説明

有機ハロゲン系化合物除去フィルター

【課題】浄水器に求められている残留塩素やカビ臭などの除去性能を保持しながら、有機ハロゲン系化合物に対する除去性能に優れ、とりわけ高SV条件下でも除去性能が劣化せず、且つ圧力損失の小さい有機ハロゲン系化合物除去フィルターを提供する。
【解決手段】孔径が20Å以上500Å未満のメソ細孔の比表面積が100〜2500m/gであり、且つ孔径が20Å未満のミクロ細孔の比表面積が600〜2500m/gであり、全細孔容積に対するメソ細孔容積の比率が10〜40%である繊維状活性炭と、熱融着繊維との混合物を熱処理して得られものであって、見かけ密度が0.25〜0.60g/cmである成型体からなることを特徴とする有機ハロゲン系化合物除去フィルター。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、浄水処理において、水中の有害成分である有機ハロゲン系化合物を除去する有機ハロゲン系化合物除去フィルターに関するものである。
【背景技術】
【0002】
飲料用に供される水道水などについては、殺菌を目的に添加される残留塩素を一定濃度以上含有することが、健康・公衆衛生の観点から水道法上に規定されている。
【0003】
しかし、殺菌を目的として添加される残留塩素は、殺菌作用の他に無機物に対する酸化作用や有機物に対する酸化分解作用も有しており、このことから、天然有機物の一種であるフミン質などを酸化分解する過程においては、発ガン性物質である有機ハロゲン系化合物を生成することが知られている。
【0004】
ところで、近年水質汚染の拡大により、水道水などに利用される原水の水質は劣化傾向にあり、これに伴い原水中に含まれるフミン質なども増加しており、これらの酸化分解に起因して発生する有機ハロゲン系化合物の濃度も増加傾向にある。
【0005】
このため従来から、水道水に含まれる有機ハロゲン系化合物の除去手段として、吸着作用を有する活性炭を用いた浄化処理が行われてきた。
【0006】
一般に、従来の水処理用活性炭では、除去対象物に対する活性炭の単位容量当りの吸着量を高めるためとして、ヨウ素吸着性能、メチレンブルー吸着性能などの特性が良い高表面積の活性炭が使用されてきたが、有機ハロゲン系化合物の吸着除去能力については低いものであった。
【0007】
そこで、比表面積が1300m/g以上で、細孔半径9〜16Åの細孔の占める累積細孔容積が0.25cc/g以上であり、かつ細孔半径9〜16Åの細孔の占める累積細孔容積が細孔半径100Å以下の細孔の占める累積細孔容積の50%以上の繊維状活性炭 からなる浄水器用充填材(例えば、特許文献1参照)が開示されている。また、比表面積が800m/g以上で、細孔半径9Å以下の細孔の占める累積細孔容積が0.20cc/g以上であり、かつ細孔半径9Å以下の細孔の占める累積細孔容積が細孔半径100Å以下の細孔の占める累積細孔容積の50%以上の繊維状活性炭からなる浄水器用充填材(例えば、特許文献2参照)が開示されている。しかしながら、どちらの場合も有機ハロゲン系化合物の除去能力については、まだ満足できるものではなかった。
【0008】
また、繊維状活性炭、粉末状活性炭及び繊維状バインダーからなる混合物を成型せしめてなる活性炭成型体(例えば、特許文献3参照)、活性炭及び活性炭素繊維の一方又は両方からなる活性炭成分にバインダーを混合した混合材料から成形された浄水器フィルター(例えば、特許文献4参照)が開示されているが、いずれの技術も粉末状の活性炭や無機化合物等を用いて成型体を得ているため、2000〜10000程度の高SV条件下では圧力損失が極度に大きくなるだけでなく、除去性能自体も低下してしまう問題があった。また、粉末状の活性炭や無機化合物等を用いる場合、専ら湿式成形法(スラリー吸引方法)により作製するため圧力損失を小さく抑えながらフィルター密度を高めることは困難であった。
【0009】
トリハロメタンや各種臭気物質などの低分子化合物に対する効果的な吸着性能とフミン質などの高分子化合物に対する効果的な吸着除去性能とを兼ね備えた活性炭として、孔径が20Å以上の細孔の比表面積が30m/g以上2,500m/g以下であり、かつ孔径が20Å未満の細孔の比表面積が600m/g以上2,500m/g以下である繊維状活性炭が開示されている(例えば、特許文献5参照)。
【0010】
また、ボーヘム(Boehem)の方法による活性炭の全表面酸性官能基量が0.01〜0.12mmol/gであり、孔径が20Å以上500Å未満のメソ細孔の比表面積が100〜2,500m/gであり、かつ孔径が20Å未満のミクロ細孔の比表面積が600〜2,500m/gであることを特徴とする繊維状活性炭が提案されている(例えば、特許文献6参照)。さらに、活性炭繊維と熱融着性の複合繊維とを乾式抄紙法で混抄し、複合繊維を融着させて得られた活性炭繊維シートを積層した濾材を使用した浄水器も開示されている(例えば、特許文献7参照)。これらの技術は極めて有意義なものであるが、まだ十分満足しているとは言えず、さらなる高性能化が要望されていた。特に、2000〜10000程度の高SV条件下でも有機ハロゲン系化合物の除去性能が劣化せず、且つ圧力損失の小さい有機ハロゲン系化合物除去フィルターが望まれていた。
【特許文献1】特開平6−99064号公報
【特許文献2】特開平6−99065号公報
【特許文献3】特開2005−13883号公報
【特許文献4】特開2003−10614号公報
【特許文献5】特開平11−240707号公報
【特許文献6】特開2006−315903号公報
【特許文献7】特開2002−159966号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記の問題点を解決し、通常、浄水器に求められている残留塩素やカビ臭などの除去性能を保持しながら、有機ハロゲン系化合物に対する除去性能に優れ、とりわけ高SV条件下でも除去性能が劣化せず、且つ圧力損失の小さい有機ハロゲン系化合物除去フィルターを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討した結果、孔径が20Å以上500Å未満のメソ細孔の比表面積が100〜2500m/gであり、かつ孔径が20Å未満のミクロ細孔の比表面積が600〜2500m/gであり、全細孔容積に対するメソ細孔容積の比率が10〜40%である繊維状活性炭と熱融着繊維からなる混合物を、特定範囲の密度を有する成型体とすることで、高SV条件下でも有機ハロゲン系化合物除去性能に優れ、且つ圧力損失を小さくすることができることを見出し、本発明に到達した。
【0013】
すなわち、本発明は、孔径が20Å以上500Å未満のメソ細孔の比表面積が100〜2500m/gであり、且つ孔径が20Å未満のミクロ細孔の比表面積が600〜2500m/gであり、全細孔容積に対するメソ細孔容積の比率が10〜40%である繊維状活性炭と、熱融着繊維との混合物を熱処理して得られものであって、見かけ密度が0.25〜0.60g/cmである成型体からなることを特徴とする有機ハロゲン系化合物除去フィルターを要旨とするものであり、好ましくは、繊維状活性炭のボーヘム(Boehem)の方法による活性炭の全表面酸性官能基量が、0.01〜0.12mmol/gであるものであり、また好ましくは、成型体が、繊維状活性炭と熱融着繊維との混合物からなるシートを熱処理した後、捲回して得られる円筒状の成型体であるものである。また、本発明は、総トリハロメタンを空間速度(SV)3000h−1の条件下でフィルターに通過させた場合に、総トリハロメタン除去性能が8L/cm以上であり、且つ圧力損失が0.15MPa以下である前記した有機ハロゲン系化合物除去フィルターである。
【0014】
本発明において用いられる用語について、以下説明する。
〔全表面酸性官能基量(mmol/g)〕
全表面酸性官能基量は、Boehemらの報告(例えば、Angew.Chem.,Intern.Ed.Engl.,5,533(1966)参照)にある方法に従って測定した。具体的には、乾燥状態の繊維状活性炭1.0gを0.05mol/lの水酸化ナトリム水溶液100mlに浸漬し、24時間振とうしたのち、その溶液100mlを分取して1mol/l塩酸で滴定を行い、アルカリの消費量から全表面酸性官能基量を求めた。
【0015】
〔比表面積(m/g)〕
本発明の有機ハロゲン系化合物除去フィルターに用いられる繊維状活性炭の比表面積は、77.4Kにおいて窒素吸着等温線に基づいて算出される。具体的には、次のようにして窒素吸着等温線が作成される。活性炭を77.4K(窒素の沸点)に冷却し、窒素ガスを導入して容量法により窒素ガスの吸着量V[cc/g]を測定する。このとき、導入する窒素ガスの圧力P[hPa]を徐々に上げ、窒素ガスの飽和蒸気圧P[hPa]で除した値を相対圧力P/Pとして、各相対圧力に対する吸着量をプロットすることにより窒素吸着等温線が作成される。窒素ガスの吸着量は、市販の自動ガス吸着量測定装置(例えば、商品名「AUTOSORB−6」(QUANTCHROME製)など)を用いて実施できる。本発明では、窒素吸着等温線に基づき、BET法に従って比表面積を求める。この解析は、上記装置に付属する解析プログラムなどのような公知の手段を用いることができる。
【0016】
〔全細孔容積(cc/g)〕
本発明の有機ハロゲン系化合物除去フィルターに用いられる繊維状活性炭の全細孔容積は、上記の窒素ガスの吸着量の測定結果における窒素の最大吸着量から計算する。
【0017】
〔メソ細孔容積(cc/g)およびメソ細孔容積率(%)〕
本発明の有機ハロゲン系化合物除去フィルターに用いられる繊維状活性炭のメソ細孔容積は、上記の細孔分布に基づきBJH法で計算する。BJH法自体は公知の方法である(例えば、J.Amer.Chem.Soc.,73,373(1951)参照)。また、本発明の有機ハロゲン系化合物除去フィルターに用いられる繊維状活性炭のメソ細孔容積率とは、全細孔容積に対するメソ細孔容積の割合をいう。
【0018】
〔見かけ密度(g/cm)〕
本発明の有機ハロゲン系化合物除去フィルターの見かけ密度は、フィルターを熱風乾燥機にて80℃、3時間乾燥させ、デシケーター内で室温まで冷却した後、電子天秤にて質量を秤量し、その質量(g)をフィルター体積(cm)で割った値(g/cm)である。
【0019】
〔総トリハロメタン除去性能(L/cm)〕
フィルターをステンレス製ハウジングに装填し、0.1μmフィルターにより浄化処理したイオン交換水に、JIS S 3201に準じて総トリハロメタン濃度が100±20ppbとなるようにトリハロメタン類を添加したものを調整原水とし、所定の流量でハウジングに充填したフィルターを通過させ、フィルターの流入前後で総トリハロメタンの濃度を、ヘッドスペース−ガスクロマトグラフ法にて定量測定した(例えば、「上水試験方法2001」(日本水道協会編)参照)。この時、活性炭層通過前後で、流入水に対する流出水の総トリハロメタンの水中濃度が、20%以上になる点を破過点とし、破過点までの総ろ過水量(L)をフィルター体積(cm)で割った値を総トリハロメタン除去性能とした。
【0020】
〔圧力損失(MPa)〕
フィルターをステンレス製ハウジングに装填し、0.1μmフィルターにより浄化処理したイオン交換水を所定の流量で、ハウジングに充填したフィルターを通過させ10分間その流量を保持した後にブルドン管圧力計にて圧力損失を測定した。
【発明の効果】
【0021】
本発明の有機ハロゲン系化合物除去フィルターは、通常、浄水器に求められている残留塩素やカビ臭などの除去性能を保持しながら、有機ハロゲン系化合物に対する除去性能に優れ、とりわけ2000〜10000程度の高SV条件下でも除去性能が劣化せず、圧力損失も小さいので、フィルターの小型化や大流量化が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0023】
本発明に用いられる繊維状活性炭としては、繊維状の形態を有し、活性炭表面および内部に所定量のミクロ細孔及びメソ細孔を内在させた活性炭をいう。本発明におけるミクロ細孔及びメソ細孔とは、孔径20Åを境界として、孔径20Å未満の細孔をミクロ細孔、孔径20Å以上500Å未満の細孔をメソ細孔という。
【0024】
本発明に用いられる繊維状活性炭は、孔径が20Å以上500Å未満であるメソ細孔の比表面積としては、100〜2500m/gであり、好ましくは150〜2000m/gであり、より好ましくは200〜1500m/gである。この比表面積が100m/g未満の場合は、有機ハロゲン系化合物を効果的に吸着除去することが困難になるため採用できず、逆に、2500m/gを超える場合には、活性炭そのものの強度が低下するおそれがあり、加えて、活性炭としての収率が低く製造が困難になるため採用できない。
【0025】
また、本発明に用いられる繊維状活性炭は、孔径が20Å未満であるミクロ細孔の比表面積としては、600〜2500m/gであり、好ましくは650〜2000m/gであり、より好ましくは700〜1500m/g以下である。この比表面積が600m/g未満の場合は、本発明の課題とする有機ハロゲン系化合物である低分子化合物を十分に吸着除去することが困難になるために、逆に、2500m/gを超える場合には、活性炭そのものの強度が低下するおそれがあり、また、活性炭としての収率が低く製造が困難になるために採用できない。
【0026】
有機ハロゲン系化合物の吸着には、孔径が10〜20Åの範囲のミクロ細孔が有効である。これは、多孔質の吸着材表面に分子が吸着されるとき、分子と吸着材表面との相互作用ポテンシャルは細孔が小さくなるほど大きくなり、分子は細孔の表面により強く吸着されるからである。ここで、有機ハロゲン系化合物の典型的な分子であるクロロホルムの分子直径としては、約4.7Åである。この場合、クロロホルム分子に強い相互作用ポテンシャルが働くのは、吸着材の細孔壁からせいぜい2分子程度の距離までである。したがってクロロホルム分子の直径の4倍、約20Å程度までの細孔、即ち一般にミクロ細孔と呼ばれる範囲の細孔がクロロホルムの吸着に対して好適であると考えられる。
【0027】
しかし、このように小さな細孔内では、分子の拡散速度がきわめて遅くなるという問題が生じる。この現象は、吸着材の性能評価として実験室で行われる平衡吸着量の測定(完全平衡になるまで閉鎖系で吸着させる測定法)では問題として現れにくいが、吸着材の層に水溶液を通液させる方式、つまり工業的規模で用いられている一般的な吸着方式においては、特に大きな問題となってくる。
【0028】
つまり、拡散速度の影響の大きい使用方式(通液方式による吸着)においては、分子の拡散速度を向上させるべく活性炭の構造を設計することが重要である。本発明の有機ハロゲン系化合物除去フィルターでは、孔径20Å以上500Å未満のメソ細孔を上記の所定範囲で制御された繊維状活性炭を用いることで、この問題を解決している。
【0029】
これは、相対的に孔径が大きいため有機ハロゲン系化合物の拡散が比較的自由に起こるメソ細孔を、所定量存在させることで、吸着対象である有機ハロゲン系化合物を繊維状活性炭の内部に存在するミクロ細孔へ効果的に誘導させ、吸着効果の改善を図ることを目的としたものである。
【0030】
本発明に用いられる繊維状活性炭において、孔径20Å未満のミクロ細孔の比表面積及び孔径20Å以上500Å未満であるメソ細孔の比表面積を上記した範囲に制御する方法としては、特定の有機金属化合物と活性炭前駆体とを混合した後、紡糸、不融化処理、炭素化処理、賦活処理する方法が挙げられる(詳細は特許文献5を参照)。
【0031】
ここで用いられる有機金属化合物としては、例えばイットリウム化合物、チタン化合物、ジルコニウム化合物、イッテルビウム化合物、サマリウム化合物、バナジウム化合物、マンガン化合物、鉄化合物、マグネシウム化合物およびネオジウム化合物を挙げることができる。
【0032】
一方、ここで用いられる活性炭前駆体は、炭素化や不融化などの手法により容易に活性炭にすることができ、しかも上述の有機金属化合物と溶媒を用いて混合可能なものであれば特に限定されるものではない。具体的には、アクリロニトリル、ポリビニルアルコール、フェノール樹脂などの合成樹脂および石炭、石炭系ピッチ、石油系ピッチなどの、活性炭を製造するために一般的に用いられているものが挙げられる。このうち、炭素化時における理論炭化収率が好適な点でピッチを用いるのが好ましい。
【0033】
本発明に用いられる繊維状活性炭は、全細孔容積に対するメソ細孔容積の比率が10〜40%であることが必要であり、好ましくは、15〜35%、さらに好ましくは25〜32%である。全細孔容積に対するメソ細孔容積の比率が10〜40%の範囲外であると、有機ハロゲン系化合物を効果的に吸着除去することが困難となる。当該比率が10%未満である場合では、被吸着体である有機ハロゲン系化合物を活性炭内部のミクロ細孔にまで誘導することが困難となるため、十分な吸着効果を引き出すことができない。また、当該比率が40%を超える場合では、有機ハロゲン系化合物の吸着にとって有効なミクロ細孔の割合が低くなりすぎ、吸着に直接関与する部位の絶対量が少なくなるため、同様に本発明の効果を十分に得られないこととなる。
【0034】
本発明に用いられる繊維状活性炭において、全細孔容積に対するメソ細孔容積の比率は、メソ細孔の形成に必要な有機金属化合物の活性炭前駆体への混合割合を調節することで制御することができる。すなわち、同一の有機金属化合物であっても、その混合割合を増加させることで、最終的に得られる繊維状活性炭のメソ細孔の容積比率は高まり、有機金属化合物の混合割合を減らすと逆にメソ細孔容積比率も低下することとなる。
【0035】
以上、説明したように、本発明の有機ハロゲン系化合物除去フィルターに用いられる繊維状活性炭は、その構造において、ミクロ細孔とマクロ細孔とを好適に内在しているため、動的使用形態(通液方式)並びに静的使用形態(閉鎖系方式)のいずれにおいても、効果的に有機ハロゲン系化合物を吸着除去できることとなるが、さらに、本発明の有機ハロゲン系化合物除去フィルターに用いられる繊維状活性炭においては、ボーヘムの方法による全表面酸性官能基量としては、0.01〜0.12mmol/gであることが好ましい。
【0036】
全表面酸性官能基量が0.12mmol/gを超える場合、活性炭表面全体の親水性が増すため、クロロホルムなどの疎水性の高い有機ハロゲン系化合物の分子においては、その吸着サイトとなる細孔表面への拡散・到達が妨げられる傾向となり、有機ハロゲン系化合物に対する活性炭の吸着能力が低下する。また、全表面酸性官能基量が0.01mmol/g未満の場合、活性炭表面の疎水性が高くなりすぎ、これにより濡れ特性が大幅に低下するため、水分子の細孔への浸透速度が低くなり、水中に溶存しているトリハロメタン類も細孔内へ取り込まれにくくなる。これに対し全表面酸性官能基の量が0.01〜0.12mmol/gの範囲にある活性炭であれば、有機ハロゲン系化合物の活性炭表面近傍への拡散が阻害されず、また同時に、吸着サイトとなる微細な細孔の表面に親水性基がほとんど存在しないため、疎水性である有機ハロゲン系化合物分子が選択的かつ好適に吸着可能となる。
【0037】
一般に、繊維状活性炭の表面酸性官能基量は0.15〜0.8mmol/g程度である。
したがって、本発明の有機ハロゲン系化合物除去フィルターに用いられる繊維状活性炭において、表面酸性官能基量が0.12mmol/g以下となるようにする方法としては、当該繊維状活性炭を、真空雰囲気下又は不活性ガス雰囲気下で熱処理させる方法などが挙げられる。ここで、本発明において好ましい雰囲気としては真空雰囲気または窒素雰囲気が挙げられ、より好ましくは真空雰囲気である。
【0038】
ここで、真空雰囲気としては、267Pa(2Torr)以下であることが好ましく、26.7Pa(0.2Torr)以下であることがより好ましい。一方、不活性ガス雰囲気とした場合、不活性ガスは静止していること、あるいは流動していることとの制約を特に受けるものではないが、加熱処理の間、不活性ガスを流通させることでキャリアガスとしての効果を持たせ、酸性官能基の分解により生成したガスを除去させることがより好ましい。この場合の加熱温度としては、550〜1100℃の範囲であり、800〜1000℃であることがより好ましい。
【0039】
本発明の有機ハロゲン系化合物除去フィルターは、繊維状活性炭と熱融着繊維との混合物を熱処理して得られるものである。本発明に用いられる熱融着繊維としては、融点又は軟化点の異なる2成分以上のポリマーで形成された熱融着性の繊維が好ましく、高融点ポリマーを芯成分、低融点ポリマーを鞘成分とする芯鞘構造を有する繊維がシートや濾材形成時の熱処理が容易な点から特に好ましい。芯鞘構造を有する繊維としては、例えば、芯部がポリプロピレンで鞘部が変性ポリエチレンからなるポリオレフィン系、芯部がポリエチレンテレフタレートで鞘部がポリオレフィンからなる繊維、芯部がポリエチレンテレフタレートで鞘部が低融点(低軟化点)ポリエステルからなるポリエステル系等の複合繊維が挙げられる。
【0040】
本発明の有機ハロゲン系化合物除去フィルターにおける繊維状活性炭の混率は本発明の効果を損なわない限り特に限定されるものではないが、繊維状活性炭混率が50〜98質量%の範囲が好ましく、65〜88質量%の範囲がより好ましい。繊維状活性炭混率が50質量%未満の場合、総トリハロメタン除去性能が低下するおそれがあるため、好ましくない。一方、98質量%を超える場合、シート自体の強度が低下し、成型加工することが困難となるだけでなく、炭塵漏れの原因となるため好ましくない。
【0041】
また本発明においては、繊維状活性炭と熱融着繊維の他に、本発明の効果を損なわない限り、その他のろ材と組み合わせて用いることもできる。その他のろ材としては、例えば、粒状活性炭、粉末状活性炭、繊維状活性炭、イオン交換樹脂、イオン交換繊維、天然石、セラミック、亜硫酸カルシウム、中空糸、不織布、織布などが挙げられる。その他のろ材を用いる場合、1種類だけ用いてもよいし、2種類以上を用いても構わない。また、浄化フィルターに抗菌性を付与するために、銀あるいは銀化合物を含有させた繊維状活性炭、粒状活性炭、粉末状活性炭などを併用することもできる。さらに、フィルターの強度を向上させるためとして、紙力増強剤などを添加してもよい。
【0042】
本発明において、上記混合物の形状としては、特に限定されないが、以降の成形・処理などを考慮すれば、シートとするのが好ましい。このようなシートは、湿式抄紙法、乾式不織布法、湿式不織布法などの公知の製造方法によって得ることができる。
【0043】
上記混合物に熱処理を施して熱融着繊維を融着させることとなるが、その熱処理条件としては、使用する熱融着繊維の融点によって異なり、一般に、110〜260℃で融着させるのが好ましい。温度が高すぎると,熱可塑性繊維が溶融流動し,繊維状活性炭を被覆して吸着性能を低下させるという問題が生じる。また,温度が低すぎる場合は熱融着されず,成型できない問題が生じる。
【0044】
本発明の有機ハロゲン系化合物除去フィルターは、上記混合物を熱処理して得られた成型体からなるものであり、該成型体の密度が0.25〜0.60g/cmの範囲であることが必要であり、好ましくは0.30〜0.50g/cmであり、より好ましくは、0.35〜0.45g/cmである。密度が0.25g/cm未満の場合、有機ハロゲン系化合物除去性能が低下するおそれがあるため好ましくない。一方で、密度が0.60g/cmを超える場合、フィルターのサイズ(層厚)にもよるが、高SV域での圧力損失が大きくなるおそれがあるため好ましくない。
【0045】
本発明において、成型体の密度を上記した範囲に制御するための方法としては、シートをロールプレス機に通過させる方法やシートを捲回する際のシート張力を制御する方法等
が挙げられる。
【0046】
上記成型体の形状としては、本発明の効果が損なわれない限り、どのような形状でも構わないが、前記した繊維状活性炭及び熱融着繊維の混合物がシートである場合には、シートを捲回することにより円柱状あるいは円筒状の成型体とすることが好ましく、熱処理は捲回する前後いずれにおいて行ってもよい。また、シートを積層して任意の形状に打ち抜き、熱処理してフィルターとする方法などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0047】
以上、説明したような本発明の有機ハロゲン系化合物除去フィルターは、2000〜10000程度の高SV条件下での使用においても、圧力損失を低く抑えながら、優れた除去性能を発揮する。なお、本発明における有機ハロゲン系化合物としては、一般的にトリハロメタンと呼ばれるクロロホルム,ブロモジクロロメタン,ジブロモクロロメタン,ブロモホルムなどを示す。さらに、ジクロロエタン,トリクロロエタン,トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン、クロロ酢酸、ジクロロ酢酸、トリクロロ酢酸などに代表される、炭素数2のハロゲン化合物も含まれる。
【0048】
本発明の有機ハロゲン系化合物除去フィルターは、例えば、SV=3000h−1における総トリハロメタン除去性能として8L/cm以上を発揮するものであり、好ましくは、10L/cm以上であり、さらに好ましくは13L/cm以上である。浄水器のサイズや種類等にもよるが、除去性能が8L/cm未満だと、例えば小型で大流量の浄水器に使用する場合にフィルターの寿命が短くなり、フィルターの交換頻度が増えることになり好ましくない。さらに、本発明の有機ハロゲン系化合物除去フィルターは、SV=3000h−1における圧力損失が0.15MPa以下であるものであり、好ましくは、0.10MPa以下であり、さらに好ましくは0.05MPa以下である。圧力損失が0.15MPaを超えると、例えば浄水器として使用する際に流量が確保できなくなるおそれがあるため好ましくない。
本発明の有機ハロゲン系化合物除去フィルターの用途としては、例えば、浄水器、アルカリイオン整水器、純水製造装置、軟水器等の商品用途など、多様な形態での利用が可能となる。
【実施例】
【0049】
以下、実施例にて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものでは
ない。
【0050】
参考例〔繊維状活性炭の製造〕
水分およびキノリン不溶分を除去したコールタール1100gを窒素雰囲気下で80℃に加温し、これにトリアセチルアセトナトジアコイットリウム〔Y(CH3COCHCOCH3)3・2H2O〕(和光純薬工業)4.0gを溶解したキノリン(和光純薬工業)100mlを徐々に滴下しながら5時間撹拌した。
【0051】
次に、これを減圧蒸留し、その後5L/分の割合で空気を吹き込みながら330℃で3時間反応させ、活性炭前駆体混合物であるイットリウム含有コールタールピッチを得た。
このようにして得られた活性炭前駆体混合物をノズル径が0.3mmの紡糸器内に仕込み、ピッチの溶融温度に加熱しながら巻き取り速度を150m/秒に設定して紡糸することによりピッチファイバーを得た。
【0052】
得られたピッチファイバーを空気雰囲気下で常温から2℃/分の割合で375℃まで加熱し、その温度で15分間保持して不融化処理を施した。その後、不融化処理されたピッチファイバーに対し、水蒸気を含む窒素ガス雰囲気下において所定の条件(温度:850℃、時間:25分)で賦活処理を行い、ピッチ系繊維状活性炭を得た。
【0053】
その後、得られたそのピッチ系繊維状活性炭を、さらに窒素雰囲気下(流量:3L/min)において、7時間で700℃まで昇温、さらに700℃で5時間保持した後、室温まで同様の雰囲気のままで放冷することで、ピッチ系繊維状活性炭(孔径20Å未満の細孔の比表面積が700m/g、孔径20Å〜500Åの細孔の比表面積が300m/g、メソ細孔容積率が30%、全表面酸性官能基量は0.10mmol/g)を得た。
【0054】
実施例1
参考例のピッチ系繊維状活性炭85質量部と芯鞘型ポリエステル繊維(ユニチカ社製;メルティ4080)15質量部を混合し、湿式抄紙法により坪量90g/mで厚み0.33mmのシートを作製した。得られたシートを捲回した後、150℃で1時間熱処理して、外径50mm/内径20mm×長さ65mm(φ50/20×65L,107cm)の円筒状のフィルターを得た。得られたフィルターの見かけ密度は0.35g/cmであった。
【0055】
実施例2
参考例のピッチ系繊維状活性炭85質量部と芯鞘型ポリエステル繊維(ユニチカ社製;メルティ4080)15質量部を混合し、湿式抄紙法により坪量90g/mで厚み0.25mmのシートを作製した。得られたシートを捲回した後、150℃で1時間熱処理して、φ50/20×65Lの円筒状のフィルターを得た。得られたフィルターの見かけ密度は0.45g/cmであった。
【0056】
実施例3
参考例のピッチ系繊維状活性炭を真空雰囲気下(25Pa)において、9.5時間で950℃まで昇温、さらに950℃で5時間保持した後、室温まで同様の雰囲気のままで放冷した。該繊維状活性炭を用いた以外は実施例2と同様にしてフィルターを作製した。得られたフィルターの見かけ密度は0.45g/cmであった。
【0057】
比較例1
参考例のピッチ系繊維状活性炭85質量部と芯鞘型ポリエステル繊維(ユニチカ社製;メルティ4080)15質量部を混合し、湿式抄紙法により坪量90g/mで厚み0.45mmのシートを作製した。得られたシートを捲回した後、150℃で1時間熱処理して、φ50/20×65Lの円筒状のフィルターを得た。得られたフィルターの見かけ密度は0.22g/cmであった。
【0058】
比較例2
参考例のピッチ系繊維状活性炭85質量部と芯鞘型ポリエステル繊維(ユニチカ社製;メルティ4080)15質量部を混合し、湿式抄紙法により坪量90g/mで厚み0.17mmのシートを作製した。得られたシートを捲回した後、150℃で1時間熱処理して、φ50/20×65Lの円筒状のフィルターを得た。得られたフィルターの見かけ密度は0.65g/cmであった。
【0059】
比較例3
ピッチ系繊維状活性炭(アドール社製;A−10,孔径20Å未満の細孔の比表面積が1300m/g、孔径20Å〜500Åの細孔の比表面積が20m/g、メソ細孔容積率が1%)85質量部と芯鞘型ポリエステル繊維(ユニチカ社製;メルティ4080)15質量部を混合し、湿式抄紙法により坪量90g/mで厚み0.45mmのシートを作製した。得られたシートを捲回した後、150℃で1時間熱処理して、φ50/20×65Lの円筒状のフィルターを得た。得られたフィルターの見かけ密度は0.22g/cmであった。
【0060】
比較例4
参考例のピッチ系繊維状活性炭30質量部と粒状活性炭(クラレケミカル社製;GW26/70THM)65質量部と、バインダーとして麻パルプ5質量部からなるφ50/20×65Lの円筒状のフィルターを湿式成型法により得た。得られたフィルターの見かけ密度は0.35g/cmであった。
【0061】
試験例
以上の実施例1〜3及び比較例1〜4で得られたフィルターについて、圧力損失と総トリハロメタン除去性能を以下の方法で調べた。
<圧力損失>
フィルターの両端面をシリコーンシーラント(セメダイン社製)でシールした後、ステンレス製ハウジングに装填し、0.1μmフィルターにより浄化処理したイオン交換水を5.4L/minの流量(SV=3028h−1)で、外側から内側に通過させ、10分間その流量を保持した後にブルドン管圧力計にて圧力損失(MPa)を測定した。
<総トリハロメタン除去性能>
フィルターの両端面をシリコーンシーラント(セメダイン社製)でシールした後、ステンレス製ハウジングに装填し、0.1μmフィルターにより浄化処理したイオン交換水に、JIS S 3201に準じて総トリハロメタン濃度が100±20ppbとなるようにトリハロメタン類を添加したものを調整原水とし、5.4L/min(SV=3028h−1)の流量で外側から内側に通過させ、フィルターの流入前後で総トリハロメタンの濃度をヘッドスペース−ガスクロマトグラフ法にて定量測定した。この時、活性炭層通過前後で、流入水に対する流出水の総トリハロメタンの水中濃度が、20%以上になる点を破過点とし、破過点までの総ろ過水量(L)をフィルター体積(cm)で割った値を総トリハロメタン除去性能(L/cm)とした。
【0062】
測定された圧力損失と総トリハロメタン除去性能を、フィルターの見かけ密度とともに表1に示した。
【0063】
【表1】

表1から、本発明の実施例1〜3の有機ハロゲン系化合物除去フィルターは、SV=約3000h−1という高SV条件下にもかかわらず12〜17L/cmと非常に優れた総トリハロメタン除去性能を有していることが分かる。さらに、圧力損失も0.10MPa以下であり、圧力損失も小さいことが分かる。
【0064】
比較例1は、フィルターの見かけ密度を0.22g/cmとした以外は実施例1,2と同様にして作製したフィルターであるが、総トリハロメタン除去性能が6L/cmと低性能であった。比較例2は、フィルターの見かけ密度を0.65g/cmとした以外は実施例1,2と同様にして作製したフィルターであるが、圧力損失が0.25MPa以上と著しく増大し、流量を安定して確保できなかった。比較例3は、孔径20Å未満の細孔の比表面積が1300m/g、孔径20Å〜500Åの細孔の比表面積が20m/g、メソ細孔容積率が1%であるピッチ系繊維状活性炭を使用したものであるが、フィルターの見かけ密度も0.22g/cmと低いため、総トリハロメタン除去性能が2L/cmと低性能であった。比較例4は、繊維状活性炭の他に粒状活性炭を併用し、湿式成型法によって作製した見かけ密度0.35g/cmのフィルターであるが、総トリハロメタン除去性能が4L/cmと低性能であった。また、圧力損失も、実施例1と比べて2倍高いことが分かる。
【0065】
以上のことから、本発明の有機ハロゲン系化合物除去フィルターは高SV条件下であっても、トリハロメタンに代表される有機ハロゲン系化合物に対する除去性能に優れ、且つ圧力損失も小さいことから、浄水器、アルカリイオン整水器、純水製造装置、軟水器等に好適に使用することができる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
孔径が20Å以上500Å未満のメソ細孔の比表面積が100〜2500m/gであり、且つ孔径が20Å未満のミクロ細孔の比表面積が600〜2500m/gであり、全細孔容積に対するメソ細孔容積の比率が10〜40%である繊維状活性炭と、熱融着繊維との混合物を熱処理して得られものであって、見かけ密度が0.25〜0.60g/cmである成型体からなることを特徴とする有機ハロゲン系化合物除去フィルター。
【請求項2】
繊維状活性炭のボーヘム(Boehem)の方法による活性炭の全表面酸性官能基量が、0.01〜0.12mmol/gである請求項1記載の有機ハロゲン系化合物除去フィルター。
【請求項3】
成型体が、繊維状活性炭と熱融着繊維との混合物からなるシートを熱処理した後、捲回して得られる円筒状の成型体である請求項1又は2記載の有機ハロゲン系化合物除去フィルター。
【請求項4】
総トリハロメタンを空間速度(SV)3000h−1の条件下でフィルターに通過させた場合に、総トリハロメタン除去性能が8L/cm以上であり、且つ圧力損失が0.15MPa以下である請求項1〜3のいずれかに記載の有機ハロゲン系化合物除去フィルター。


【公開番号】特開2008−149267(P2008−149267A)
【公開日】平成20年7月3日(2008.7.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−339930(P2006−339930)
【出願日】平成18年12月18日(2006.12.18)
【出願人】(000004503)ユニチカ株式会社 (1,214)
【Fターム(参考)】