説明

有機半導体素子の製造方法、有機EL装置の製造方法および有機EL装置の製造装置

【課題】発光寿命を向上させることが可能な有機EL装置の製造方法を提供する。
【解決手段】(b)金属元素を含む陽極23の表面に、吸湿により酸性を示す有機材料からなる正孔注入層70を形成する工程と、(c)水分または酸素の少なくとも一方が存在する雰囲気に正孔注入層70を暴露する工程とを有する。正孔注入層70は、PEDOT/PSSの塗布膜を乾燥させて形成する。さらに、正孔注入層70の表面に発光層を形成する工程と、発光層を加熱処理する工程とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機半導体素子の製造方法、有機EL装置の製造方法および有機EL装置の製造装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
有機EL素子を整列配置した有機EL装置が開発されている。有機EL装置は、陽極と陰極との間に有機発光層を備えたものである。この有機EL装置では、陽極から供給された正孔と陰極から供給された電子とが、発光層で再結合して発光するようになっている。なお、陽極から発光層への正孔注入効率を向上させるため、陽極と発光層との間に正孔注入層を形成する場合が多い。
【特許文献1】特開2004−119074号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
有機EL装置の最大の課題は、駆動中の輝度劣化である。この輝度劣化を抑制するために、発光材料やキャリア輸送層の開発、キャリアの注入効率を改善する電極開発、ダークスポットを発生させる水分や酸素の進入を抑制する封止技術開発が進められてきている。その開発のひとつとして、特許文献1には、正孔輸送層の形成材料として電極を構成する金属元素を含有したものを採用することにより、発光層での発光特性を向上させる技術が提案されている。しかしながら、有機EL装置には、輝度劣化による発光寿命のさらなる向上が求められている。
【0004】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであって、発光寿命を向上させることが可能な有機半導体素子の製造方法、有機EL装置の製造方法の提供を目的とする。
また長寿命の有機EL装置を効率的に製造することが可能な有機EL装置の製造装置の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するため、本発明に係る有機半導体素子の製造方法は、金属元素を含む導電膜の表面に、吸湿により酸性を示す有機膜を形成する工程と、水分または酸素の少なくとも一方が存在する雰囲気に前記有機膜を暴露する工程と、を有することを特徴とする。
また本発明に係る有機EL装置の製造方法は、金属元素を含む陽極の表面に、吸湿により酸性を示す有機材料からなる正孔注入層を形成する工程と、水分または酸素の少なくとも一方が存在する雰囲気に、前記正孔注入層を暴露する工程と、を有することを特徴とする。
従来技術に係る有機EL装置の製造方法では、有機EL素子の吸湿や酸化による寿命低下を抑制するため、有機EL素子の製造途中における大気暴露が忌避されていた。これに対して本発明では、水分または酸素の少なくとも一方が存在する雰囲気に正孔注入層を積極的に暴露する。これにより、正孔注入層が吸湿して酸性を示すので、下層の陽極が溶解されて、陽極に含まれる金属元素が正孔注入層に拡散する。その結果、発光寿命が向上することが確認された。
【0006】
また前記有機膜の暴露工程では、前記正孔注入層を大気中に6時間以上暴露することが望ましい。
この構成によれば、正孔注入層が十分に吸湿するので、発光寿命を向上させることができる。
【0007】
また前記有機膜の暴露工程は、水分濃度および/または酸素濃度をそれぞれ10%以上100%以下の範囲で調整可能な空調室内で行うことが望ましい。
この構成によれば、水分濃度および/または酸素濃度を調整することにより、正孔注入層の暴露時間を短縮することができる。
【0008】
また前記正孔注入層は、PEDOT/PSSの塗布膜を乾燥させて形成することが望ましい。
この構成によれば、吸湿により酸性を示す正孔注入層を簡単に形成することができる。
【0009】
また前記正孔注入層の暴露工程の後に、前記正孔注入層の表面に発光層を形成する工程と、前記発光層を加熱処理する工程と、を有することが望ましい。
この構成によれば、陽極に含まれる金属元素を正孔注入層から発光層の一部にも拡散させることが可能になり、発光寿命をさらに向上させることができる。ここで発光層の一部とは、正孔注入層と発光層との界面から発光層内部20nm程度までの領域のことをいう。
【0010】
また前記正孔注入層の暴露工程の後に、前記正孔注入層の表面に正孔輸送層を形成する工程と、前記正孔輸送層を加熱処理する工程と、を有することが望ましい。
この構成によれば、陽極に含まれる金属元素を正孔注入層から正孔輸送層にも拡散させることが可能になり、発光寿命をさらに向上させることができる。
【0011】
一方、本発明に係る有機EL装置の製造装置は、水分濃度および/または酸素濃度をそれぞれ10%以上100%以下の範囲で調整可能な空調室を備え、金属元素を含む陽極の表面に形成された吸湿により酸性を示す正孔注入層を、水分または酸素の少なくとも一方が存在する雰囲気に暴露しうるようになっていることを特徴とする。
この構成によれば、陽極に含まれる金属元素を正孔注入層に拡散させることが可能になり、発光寿命を向上させることができる。また水分濃度および/または酸素濃度を調整することにより、正孔注入層の暴露時間を短縮することが可能になる。したがって、長寿命の有機EL装置を、効率よく製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しつつ説明する。なお、以下で参照する各図面においては、理解を容易にするために、各構成要素の寸法等を適宜変更して表示している。
【0013】
(第1実施形態)
最初に、本発明の第1実施形態に係る有機EL装置について説明する。
図1は、第1実施形態に係る有機EL装置の側面断面図である。第1実施形態に係る有機EL装置は、正孔注入層70および発光層60に金属元素が含まれているものである。
【0014】
一般に有機EL装置は、素子基板2と、素子基板2の表面に配設された駆動回路部5と、駆動回路部5の表面に配設された複数の有機EL素子3と、有機EL素子3を封止する封止基板30とを主として構成されている。この有機EL素子3は、素子基板2に垂直な方向から見て円形状や長円形状等に形成され、素子基板2上にマトリクス状に整列配置されている。本実施形態では、有機EL素子3における発光光を素子基板2側から取り出すボトムエミッション型の有機EL装置を例にして説明する。
【0015】
(有機EL装置)
ボトムエミッション型の有機EL装置では、発光層60における発光光を素子基板2側から取り出すので、素子基板2としては透明あるいは半透明のものが採用される。例えば、ガラスや石英、樹脂(プラスチック、プラスチックフィルム)等を用いることが可能であり、特にガラス基板が好適に用いられる。
【0016】
素子基板2上には、有機EL素子3の駆動用TFT123(駆動素子4)などを含む駆動回路部5が形成されている。なお、駆動回路を備えたICチップを素子基板2に実装して有機EL装置を構成することも可能である。
【0017】
駆動回路部5の具体的な構成として、素子基板2の表面に絶縁材料からなる下地保護層281が形成され、その上に半導体材料であるシリコン層241が形成されている。このシリコン層241の表面には、SiO及び/又はSiNを主体とするゲート絶縁層282が形成されている。そのゲート絶縁層282の表面には、ゲート電極242が形成されている。このゲート電極242は、図示しない走査線の一部によって構成されている。なお前記シリコン層241のうち、ゲート絶縁層282を挟んでゲート電極242と対向する領域がチャネル領域241aとされている。一方、ゲート電極242およびゲート絶縁層282の表面には、SiOを主体とする第1層間絶縁層283が形成されている。
【0018】
またシリコン層241のうち、チャネル領域241aの一方側には低濃度ソース領域241bおよび高濃度ソース領域241Sが設けられ、チャネル領域241aの他方側には低濃度ドレイン領域241cおよび高濃度ドレイン領域241Dが設けられて、いわゆるLDD(Lightly Doped Drain )構造となっている。これらのうち、高濃度ソース領域241Sは、ゲート絶縁層282および第1層間絶縁層283を貫通するコンタクトホール243aを介して、ソース電極243に接続されている。このソース電極243は、図示しない電源線の一部によって構成されている。一方、高濃度ドレイン領域241Dは、ゲート絶縁層282および第1層間絶縁層283を貫通するコンタクトホール244aを介して、ソース電極243と同層に配置されたドレイン電極244に接続されている。
【0019】
上述したソース電極243およびドレイン電極244、並びに第1層間絶縁層283の上層には、アクリル系やポリイミド系等の耐熱性絶縁性樹脂材料などを主体とする平坦化膜284が形成されている。この平坦化膜284は、駆動用TFT123(駆動素子4)やソース電極243、ドレイン電極244などによる表面の凹凸をなくすために形成されたものである。
【0020】
そして、平坦化膜284の表面における有機EL素子3の形成領域には、複数の画素電極23が配列形成されている。この画素電極23は、該平坦化膜284に設けられたコンタクトホール23aを介して、ドレイン電極244に接続されている。すなわち画素電極23は、ドレイン電極244を介して、シリコン層241の高濃度ドレイン領域241Dに接続されている。
【0021】
また、平坦化膜284の表面における画素電極23を囲うように、SiO等の無機絶縁材料からなる無機隔壁25が形成されている。この無機隔壁25の開口部から露出した画素電極23の表面に、複数の機能膜が積層形成されて、有機EL素子3が構成されている。有機EL素子3は、陽極として機能する画素電極23と、この画素電極23からの正孔を注入/輸送する正孔注入層70と、有機EL物質からなる発光層60と、陰極52として機能する共通電極とを積層して構成されている。
【0022】
ボトムエミッション型の有機EL装置の場合、陽極として機能する画素電極23は、透明導電材料によって形成されている。その透明導電性材料として、ITO(インジウム錫酸化物)や、IZO(登録商標、インジウム亜鉛酸化物)等を採用することが可能である。そのうちITOは、酸化インジウム(In)に錫(Sn)をドープした材料等で構成されている。
【0023】
また正孔注入層70の形成材料として、吸湿により酸性(PH4以下が好ましい)を示す材料が採用されている。特に、3,4−ポリエチレンジオキシチオフェン/ポリスチレンスルフォン酸(PEDOT/PSS)の分散液が好適に用いられる。このPEDOT/PSSは、分散媒としてのポリスチレンスルフォン酸に、ポリチオフェン誘導体である3,4−ポリエチレンジオキシチオフェンを分散させ、さらにこれを水に分散させたものである。
なお、正孔注入層70の形成材料としては、前記のものに限定されることなく種々のものが使用可能である。例えば、ポリスチレン、ポリピロール、ポリアニリン、ポリアセチレンやその誘導体などを、適宜な分散媒、例えば前記のポリスチレンスルフォン酸に分散させたものなどが使用可能である。
【0024】
発光層60を形成するための材料としては、蛍光あるいは燐光を発光することが可能な公知の発光材料が用いられる。具体的には、(ポリ)フルオレン誘導体(PF)、(ポリ)パラフェニレンビニレン誘導体(PPV)、ポリフェニレン誘導体(PP)、ポリパラフェニレン誘導体(PPP)、ポリビニルカルバゾール(PVK)、ポリチオフェン誘導体、ポリメチルフェニルシラン(PMPS)などのポリシラン系などが好適に用いられる。また、これらの高分子材料に、ペリレン系色素、クマリン系色素、ローダミン系色素などの高分子系材料や、ルブレン、ペリレン、9,10−ジフェニルアントラセン、テトラフェニルブタジエン、ナイルレッド、クマリン6、キナクリドン等の低分子材料をドープして用いることもできる。
【0025】
また、赤色の有機EL層60の形成材料としては例えばMEHPPV(ポリ(3−メトキシ6−(3−エチルヘキシル)パラフェニレンビニレン)を、緑色の有機EL層60の形成材料としては例えばポリジオクチルフルオレンとF8BT(ジオクチルフルオレンとベンゾチアジアゾールの交互共重合体)の混合溶液を、青色の有機EL層60の形成材料としては例えばポリジオクチルフルオレンを用いる場合がある。また、このような有機EL層60については、特にその厚さについては制限がなく、各色毎に好ましい膜厚が調整されている。
【0026】
陰極52は、主陰極および補助陰極の積層構造とすることが望ましい。その主陰極として、仕事関数が3.0eV以下のCaやMg、LiF等の材料を採用することが望ましい。これにより、主陰極に電子注入層としての機能が付与されるので、低電圧で発光層を発光させることができる。また補助陰極は、陰極52全体の導電性を高めるとともに、主陰極を酸素や水分等から保護する機能を有している。そのため補助陰極として、導電性に優れたAlやAu、Ag等の金属材料を採用することが望ましい。
【0027】
一方、陰極52の上方には、接着層40を介して封止基板30が貼り合わされている。なお、陰極52の全体を覆う封止キャップを素子基板2の周縁部に固着し、その封止キャップの内側に水分や酸素等を吸収するゲッター剤を配置してもよい。また、陰極52の表面にSiO等からなる無機封止膜を積層形成してもよい。
【0028】
上述した有機EL装置では、駆動回路部5のソース電極243から供給された画像信号が、駆動素子4により所定のタイミングで画素電極23に印加される。そして、その画素電極23から注入された正孔と、陰極52から注入された電子とが、発光層60で再結合して所定波長の光が放出される。その発光光は、透明材料からなる画素電極23、駆動回路部5および素子基板2を透過して外部に取り出される。なお、無機隔壁25は絶縁材料で構成されているので、無機隔壁25の開口部の内側のみに電流が流れて発光層60が発光する。そのため、無機隔壁25の開口部の内側が有機EL素子3の画素領域となっている。
【0029】
(金属元素)
図2(a)は、本実施形態にかかる有機EL素子の断面の模式図である。有機EL素子の画素電極23は、金属元素を含む材料で構成されている。すなわち画素電極23は、ITO(インジウム錫酸化物;InにSnをドープしたもの等)で構成されているので、InやSn等の金属元素を含んでいる。
【0030】
一方、画素電極23に隣接する正孔注入層70から発光層60までの有機膜のうち、正孔注入層70を含む複数の有機膜に金属元素が含まれている。第1実施形態では、正孔注入層70および発光層60の一部に金属元素が含まれている。ここで発光層60の一部とは、正孔注入層70と発光層60との界面から発光層60の内部20nm程度までの領域のことをいう。この金属元素として、画素電極23に含まれる金属元素と同種の金属元素が含まれている。すなわち正孔注入層70および発光層60の一部には、InやSn等の金属元素がイオンの状態で存在している。
【0031】
このように、画素電極23の金属元素を正孔注入層等に拡散させることにより、有機EL素子の画素領域の外側における発光(いわゆる発光のにじみ)を抑制できることが確認されている。これは以下の理由によるものと推定される。
図2(b)は、正孔注入層に含まれるポリスチレンスルフォン酸(PSS)の化学式である。ポリスチレンスルフォン酸は、スルフォン基(−SO−)の存在によりマイナスの電荷を帯びて、ポリチオフェン誘導体である3,4−ポリエチレンジオキシチオフェンに対してドーパントとしての機能を発揮している。図2(a)に示すように、そのPSS−を含む正孔注入層に、本実施形態ではIn+やSn+等の金属元素のプラスイオンが存在している。これにより、正孔注入層70は電気的に中和され、ポリスチレンスルフォン酸のドーパントとして機能が低下し、電気抵抗が高くなっていると考えられる。そのため、画素電極23から供給された正孔が、画素領域を超えて広がる可能性が少なくなり、画素領域の外側における発光を抑制することができる。
【0032】
また、画素電極の金属元素を正孔注入層等に拡散させることにより、有機EL素子の寿命を向上しうることが確認されている。そのメカニズムは明らかでないが、以下の理由によるものと推定される。
図2(b)に示すポリスチレンスルフォン酸では、スルフォン基(−SO−)が遊離する場合がある。遊離したスルフォン基は、図2(a)に示す正孔注入層70から発光層60に侵入する(マイグレーション)。これにより、有機材料からなる発光層60の発光効率やキャリアバランス等が変化して輝度劣化が発生し、発光寿命が低下すると考えられている。これに対して、本実施形態では、発光層60の一部にもIn+やSn+等の金属元素のプラスイオンが存在している。このプラスイオンにより、発光層60に侵入しようとするスルフォン基のマイナスイオンのマイグレーションを抑制する。したがって、発光層60の輝度劣化を抑制することが可能になり、発光寿命を向上させることができる。
【0033】
(有機EL装置の製造方法)
次に、本実施形態に係る有機EL装置の製造方法について説明する。
図3および図4は、第1実施形態に係る有機EL装置の製造方法の工程図である。なお図3および図4では、理解を容易にするため、素子基板、駆動回路部および封止基板の記載を省略して、図1のA部の拡大図を記載している。
まず図3(a)に示すように、画素電極23の周囲に無機隔壁25を形成する。次に、超純水を用いて基板表面の超音波洗浄を行う。さらに、画素電極23の表面の親液化処理として、酸素ガス等を用いた大気圧プラズマ処理を行う。
【0034】
次に図3(b)に示すように、画素電極23および無機隔壁25の表面全体に、液相プロセスにより正孔注入層70を形成する。具体的には、まず正孔注入層70の形成材料の液状体を、スピンコート法やスプレーコート法、ディッピング法等により基板全体に塗布する。次に、その塗布膜を加熱して乾燥させ、膜中に含まれる水分を除去する。例えば、大気中にて180℃で15分間の加熱処理を施す。
【0035】
次に図3(c)に示すように、水分または酸素の少なくとも一方が存在する雰囲気に、正孔注入層70を放置する。この放置工程は、水分濃度および/または酸素濃度を調整可能な空調室10内で行う。
この空調室10は、内部に基板を配置しうるチャンバ11と、チャンバ11内への水分の供給装置12および酸素の供給装置13と、チャンバ11内の排気装置14とを備えている。この水分供給装置12および酸素供給装置13により、チャンバ11内の水分濃度および酸素濃度が、それぞれ10%以上100%以下の範囲で調整可能とされている。これにより、チャンバ11内を、水分または酸素の少なくとも一方が存在する雰囲気に保持しうるようになっている。
【0036】
この空調室10のチャンバ11内に、正孔注入層70が形成された基板を配置する。次に、チャンバ11内を大気と同じ雰囲気(水分濃度45%以下、酸素濃度約21%)に調整して、正孔注入層70をその雰囲気に暴露する。後述するように、暴露時間は6時間以上とすることが望ましい。これにより、正孔注入層70が吸湿して酸性を示すようになる。その正孔注入層70により画素電極23が溶解されて、画素電極23に含まれる金属元素が正孔注入層70に拡散する。
【0037】
次に図4(a)に示すように、正孔注入層70の表面に、液相プロセスにより発光層60を形成する。具体的には、発光層60の形成材料の液状体を、スピンコート法やスプレーコート法、ディッピング法等により基板全体に塗布する。
次に図4(b)に示すように、発光層60を乾燥させる。この乾燥工程は、Nグローブボックス15の内部で行う。Nグローブボックス15は、内部に基板を配置しうるチャンバ16と、チャンバ16内へのNガスの供給装置17と、チャンバ16内の排気装置18と、基板の加熱装置19とを備えている。このNガスの供給装置17により、チャンバ内の空気をNガスで置換しうるようになっている。
【0038】
このNグローブボックス15のチャンバ16内に、発光層の形成材料が塗布された基板を配置する。次に、チャンバ16内をNガスで置換し、チャンバ16内における水分および酸素の濃度を1ppm以下まで低下させる。次に、加熱装置19により基板を加熱して塗布膜を乾燥させる。例えば、160℃で30分間の加熱処理を行う。これにより、発光層60を形成する。
上述したように、正孔注入層70の内部には、画素電極23を構成する金属元素が拡散している。この金属元素が、発光層60の加熱処理に伴って、正孔注入層70から発光層60の一部に拡散する。
【0039】
次に図4(c)に示すように、真空蒸着法等により陰極52を形成する。
以上により、第1実施形態に係る有機EL装置が形成される。
【0040】
図5は、第1実施形態に係る有機EL装置(実施例1)と、従来技術に係る有機EL装置(比較例1)との対比説明図である。なお、図5(a)は各層における金属元素の濃度を記載した表であり、図5(b)は有機EL装置の輝度劣化を示すグラフである。
【0041】
図5(a)に示すように、実施例1に係る有機EL装置では、正孔注入層における金属元素の濃度は2.4atm%であり、発光層の一部における金属元素の濃度は0.2atm%である。発光層の一部とは、正孔注入層と発光層との界面から発光層内部20nm程度までの領域のことをいう。ちなみに、水分または酸素の少なくとも一方が存在する雰囲気に正孔注入層を暴露する時間(以下「暴露時間」という。)が6時間の場合には、正孔注入層における金属元素の濃度は1.0atm%以上である。また暴露時間が24時間の場合には、正孔注入層における金属元素の濃度は約2.4atm%であり、発光層と正孔注入層の界面における金属元素の濃度は約0.3atm%である。
【0042】
これに対して、比較例1に係る有機EL装置では、正孔注入層のみに金属元素が含まれている。すなわち、正孔注入層における金属元素の濃度は0.5atm%であるが、発光層には金属元素が含まれていない。
【0043】
実施例1および比較例1に係る有機EL装置につき、発光効率を測定した。発光効率は、同じ輝度を得るために必要な電流値で示される。比較例1では、実施例1と同じ輝度を得るために、実施例1の約1.17倍の電流が必要であった。これにより、実施例1の発光効率は比較例1より優れていることが確認された。
【0044】
また実施例1および比較例1に係る有機EL装置につき、発光輝度の経時変化を測定した。その結果、図5(b)に示すように、実施例1における発光輝度の低下速度は、比較例1に比べて緩やかであることが判明した。発光輝度の10%低下を寿命と規定した場合、実施例1に係る有機EL装置の発光寿命は、比較例1の1.5倍程度に伸びることが確認された。
【0045】
以上に詳述したように、第1実施形態に係る有機EL装置では、正孔注入層および発光層に金属元素が含まれている構成とした。この構成によれば、正孔注入層から発光層に拡散しようとするマイナスイオン成分を、金属元素のプラスイオンによって捕捉することができる。したがって、有機EL装置の発光寿命を向上させることが可能になり、また発光効率を向上させることが可能になる。
【0046】
また、第1実施形態に係る有機EL装置の製造方法では、金属元素を含む画素電極の表面に、吸湿により酸性を示す有機材料からなる正孔注入層を形成する工程と、水分または酸素の少なくとも一方が存在する雰囲気に、正孔注入層を暴露する工程とを有する構成とした。この構成によれば、正孔注入層が吸湿して酸性を示すので、下層の画素電極が溶解されて、陽極に含まれる金属元素が正孔注入層に拡散する。また発光層を加熱処理する工程を有するので、画素電極の金属元素を正孔注入層から発光層の一部にも拡散させることができる。これにより、発光寿命を向上させることが可能になり、また発光効率を向上させることが可能になる。
【0047】
また、第1実施形態に係る有機EL装置の製造方法では、従来技術と同じ材料を用いて正孔注入層および発光層を形成することが可能である。すなわち、正孔注入層の形成材料である液状体に予め金属元素を添加しておく必要がないので、正孔注入層の成膜性を向上させることができる。また正孔注入層の内部における金属元素の分散性を向上させることができる。
【0048】
(第2実施形態)
次に、本発明の第2実施形態に係る有機EL装置について説明する。
図7は、第2実施形態に係る有機EL装置の側面断面図である。第2実施形態に係る有機EL装置は、正孔注入層70と発光層60との間に正孔輸送層65が形成され、正孔注入層70および正孔輸送層65に金属元素が含まれている点で、第1実施形態とは異なっている。なお第1実施形態と同様の構成となる部分については、その詳細な説明を省略する。
【0049】
第2実施形態に係る有機EL装置では、正孔注入層70の表面全体に、正孔輸送層65が形成されている。この正孔輸送層65の構成材料として、化学式1で示されるTFB(poly(2,7-(9,9-di-n-octylfluorene)-alt-(1,4-phenylene-((4-sec-butylphenyl)imino-1,4-phenylene))))を採用することが望ましい。TFBは正孔注入層70と発光層60の間に形成され、正孔注入層70から発光層60へのホールに輸送を補助する役割があるので好適である。なお正孔輸送層65の厚さは、20nm以下に形成される。
【0050】
【化1】

【0051】
次に、第2実施形態に係る有機EL装置の製造方法について説明する。まず第1実施形態と同様に、図3(a)ないし図3(c)に示す工程を実施して、画素電極23および無機隔壁25の表面に正孔注入層70を形成する。この正孔注入層70には、画素電極23の金属元素が拡散している。
【0052】
図8は、第2実施形態に係る有機EL装置の製造方法の工程図である。
図8(a)に示すように、正孔注入層70の表面に、液相プロセスにより正孔輸送層65を形成する。具体的には、正孔輸送層であるTFBの液状体を、スピンコート法やスプレーコート法、ディッピング法等により基板全体に塗布する。
【0053】
次に図8(b)に示すように、正孔輸送層65を乾燥させる。この乾燥工程は、Nグローブボックス15の内部で行う。具体的には、Nグローブボックス15のチャンバ内に、正孔輸送層65の形成材料が塗布された基板を配置する。次にチャンバ内をN2ガスで置換し、チャンバ内における水分および酸素の濃度を1ppm以下まで低下させる。次に、基板を180℃、1時間加熱して塗布膜を乾燥させ、正孔輸送層65を形成する。その後、キシレン溶媒によりTFBの可溶層を除去することが望ましい。これにより、キシレン溶媒に不溶なTFB層が形成される。
【0054】
その後、第1実施形態と同様に、図4(a)ないし図4(c)に示す工程を実施して、発光層60および陰極52を形成する。
以上により、第2実施形態に係る有機EL装置が形成される。
【0055】
図9は、第2実施形態に係る有機EL装置(実施例2)と、従来技術に係る有機EL装置(比較例2)との対比説明図である。なお、図9(a)は各層における金属元素の濃度を記載した表であり、図9(b)は有機EL装置の輝度劣化を示すグラフである。
【0056】
図9(a)に示すように、実施例2に係る有機EL装置では、正孔注入層における金属元素の濃度は1.0atm%以上であり、正孔輸送層における金属元素の濃度は0.2atm%以上である。これに対して、比較例2に係る有機EL装置では、正孔注入層のみに金属元素が含まれている。すなわち、正孔注入層における金属元素の濃度は0.5atm%であるが、正孔輸送層には金属元素が含まれていない。
【0057】
実施例2および比較例2に係る有機EL装置につき、発光効率を測定した。比較例2では、実施例2と同じ輝度を得るために、実施例2の約1.06倍の電流が必要であった。これにより、実施例2の発光効率は比較例2より優れていることが確認された。
また実施例2および比較例2に係る有機EL装置につき、発光輝度の経時変化を測定した。その結果、図9(b)に示すように、実施例2における発光輝度の低下速度は、比較例2における発光輝度の低下速度に比べて緩やかであることが判明した。これにより、実施例2に係る有機EL装置の発光寿命は、比較例2より長くなることが確認された。
【0058】
図6は、正孔注入層の大気放置(暴露)時間と、有機EL素子の発光寿命との関係を示すグラフである。本願の発明者は、正孔注入層の大気放置時間を変化させて、さまざまな有機EL装置を試作した。なお大気中の水分濃度は45%以下、酸素濃度は約21%である。そして、各有機EL装置の発光寿命を測定した。図6では、正孔注入層を24時間大気放置した場合の発光寿命を1として規格化している。図6に示すように、正孔注入層を0.5時間大気放置した場合の発光寿命は約0.7と低いが、6時間以上大気放置した場合の発光寿命は0.9〜1.1程度の範囲に収束している。この結果から、正孔注入層の放置時間は6時間以上とすることが望ましいといえる。
【0059】
以上に詳述したように、第2実施形態に係る有機EL装置では、正孔注入層および正孔輸送層に金属元素が含まれている構成とした。この構成によれば、正孔注入層から正孔輸送層を通り、発光層内部へ拡散しようとするマイナスイオン成分を、金属元素のプラスイオン成分によって捕捉することが可能となる。したがって、有機EL装置の発光寿命を向上させることが可能になり、また発光効率を向上させることが可能になる。
【0060】
また、第2実施形態に係る有機EL装置の製造方法では、正孔輸送層を加熱しつつ形成する構成としたので、画素電極の金属元素を正孔注入層に加えて正孔輸送層にも拡散させることができる。これにより、発光寿命を向上させることが可能になり、また発光効率を向上させることが可能になる。加えて、従来と同じ材料を用いて正孔輸送層を形成することができる。
【0061】
なお、本発明の技術範囲は、上述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において、上述した実施形態に種々の変更を加えたものを含む。すなわち、実施形態で挙げた具体的な材料や構成などはほんの一例に過ぎず、適宜変更が可能である。
【0062】
上記実施形態ではボトムエミッション型の有機EL装置を例にして説明したが、本発明をトップエミッション型の有機EL装置に適用することも可能である。トップエミッション型の有機EL装置の画素電極は、AlやCr等の高反射率の金属材料で構成されているが、正孔注入性を向上させるため、金属材料の表面にITOやIZO(登録商標)等の透明導電性材料が積層形成されるからである。
また上記実施形態では有機EL装置を例にして説明したが、有機物を能動的に使用する有機半導体を安定駆動させるため、有機半導体全般に本発明を適用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】第1実施形態に係る有機EL装置の側面断面図である。
【図2】(a)は有機EL素子の断面の模式図、(b)はポリスチレンスルフォン酸の化学式である。
【図3】第1実施形態に係る有機EL装置の製造方法の工程図である。
【図4】第1実施形態に係る有機EL装置の製造方法の工程図である。
【図5】第1実施形態に係る有機EL装置(実施例1)と、従来技術に係る有機EL装置(比較例1)との対比説明図である。
【図6】正孔注入層の大気放置時間と有機EL素子の発光寿命との関係を示すグラフである。
【図7】第2実施形態に係る有機EL装置の側面断面図である。
【図8】第2実施形態に係る有機EL装置の製造方法の工程図である。
【図9】第2実施形態に係る有機EL装置(実施例2)と、従来技術に係る有機EL装置(比較例2)との対比説明図である。
【符号の説明】
【0064】
10…空調室 23…画素電極(陽極、導電膜) 25…無機隔壁 52…陰極 60…発光層 65…正孔輸送層 70…正孔注入層(有機膜)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属元素を含む導電膜の表面に、吸湿により酸性を示す有機膜を形成する工程と、
水分または酸素の少なくとも一方が存在する雰囲気に前記有機膜を暴露する工程と、
を有することを特徴とする有機半導体素子の製造方法。
【請求項2】
金属元素を含む陽極の表面に、吸湿により酸性を示す有機材料からなる正孔注入層を形成する工程と、
水分または酸素の少なくとも一方が存在する雰囲気に、前記正孔注入層を暴露する工程と、
を有することを特徴とする有機EL装置の製造方法。
【請求項3】
前記正孔注入層の暴露工程では、前記正孔注入層を大気中に6時間以上暴露することを特徴とする請求項2に記載の有機EL装置の製造方法。
【請求項4】
前記正孔注入層の暴露工程は、水分濃度および/または酸素濃度をそれぞれ10%以上100%以下の範囲で調整可能な空調室内で行うことを特徴とする請求項2または請求項3に記載の有機EL装置の製造方法。
【請求項5】
前記正孔注入層は、PEDOT/PSSの塗布膜を乾燥させて形成することを特徴とする請求項2ないし請求項4のいずれか1項に記載の有機EL装置の製造方法。
【請求項6】
前記正孔注入層の暴露工程の後に、前記正孔注入層の表面に発光層を形成する工程と、
前記発光層を加熱処理する工程と、
を有することを特徴とする請求項2ないし請求項5のいずれか1項に記載の有機EL装置の製造方法。
【請求項7】
前記正孔注入層の暴露工程の後に、前記正孔注入層の表面に正孔輸送層を形成する工程と、
前記正孔輸送層を加熱処理する工程と、
を有することを特徴とする請求項2ないし請求項5のいずれか1項に記載の有機EL装置の製造方法。
【請求項8】
水分濃度および/または酸素濃度をそれぞれ10%以上100%以下の範囲で調整可能な空調室を備え、
金属元素を含む陽極の表面に形成された、吸湿により酸性を示す有機材料からなる正孔注入層を、水分または酸素の少なくとも一方が存在する雰囲気に暴露しうるようになっていることを特徴とする有機EL装置の製造装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−234293(P2007−234293A)
【公開日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−51979(P2006−51979)
【出願日】平成18年2月28日(2006.2.28)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】