説明

有機物質の安定化処理方法、その方法を用いた有機物質、MEMS素子、MEMS素子の製造方法、MEMSマイクロスキャナー

【課題】有機物質ヒンジを用いたAVCにおけるドリフトの原因が、リフロー後における有機物質の機械的、化学的または電気的不安定性にあると考え、リフロー後に更に有機物質を高温加熱(アニール処理)することによりAVCの安定動作を実現できる安定化処理方法を提供する。有機物質を構成物質の少なくとも1つとして含むMEMS素子を改良する。
【解決手段】有機物質を加熱による架橋の後にフッ化水素処理し、所定温度以上で所定時間以上アニール処理すること(とくに200℃以上250℃以下で3時間以上アニール処理すること)により安定化させる。有機物質は、テトラメチルシロキサンジビニルベンゾシクロブテンを主成分とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機物質の安定化処理方法、その方法を用いた有機物質、MEMS素子の製造方法、MEMS素子、MEMSマイクロスキャナーに関する。例えば、本発明は、マイクロ電気機械機構(MEMS)、とりわけ、画像の取得・表示、光の擾乱によるセンシング量誤差の低減及び走査光によるセンシングなどに利用される光偏向器に用いられるMEMSマイクロスキャナーに関する。
【背景技術】
【0002】
MEMS技術を用いたセンサーおよびアクチュエータは、すでに様々な分野で実用化されている。前者については、例えば加速度センサーや磁性素子を用いた方位センサー等、また後者については、例えば光ミラーアレイや光マイクロスキャナー等の実用例が挙げられる。 MEMSアクチュエータの駆動方法の1つに、静電駆動方式が挙げられる。その1つとして、2つの櫛歯状電極を組み合せ、それらの相対的な位置や角度の変化による静電エネルギー量の変化を利用した、静電駆動型MEMSアクチュエータがある。更にその代表的なものとして、非特許文献1の第407頁第1図に示されている、角度付き縦型櫛歯駆動素子(AVC)がある。これは2つの櫛歯状電極が予め一定の角度をつけて形成されて製造された櫛歯駆動素子である。AVCは櫛歯構造の回転角度を大きく出来るため、例えば特許文献1に開示されているような、容量可変キャパシタ等への応用が検討されている。
【0003】
非特許文献1に示すAVC構造において、有機物質を櫛歯ヒンジ部に用いることが、大きな特徴の1つとなる。即ち、加熱に伴う有機物質の再流動(リフロー)により、一方の櫛歯がある角度分だけヒンジ周りに立ち上り、その結果、初期状態として他方の櫛歯との間に一定量の初期角を形成する。その初期角の形成は、1組の櫛歯間に電圧を印加した際に、一方の櫛歯の回転を生じるための必要条件である。
【0004】
更に非特許文献1には、有機物質がリフローを生じるためには、リフローを生ぜしめる加熱に先立ち、フッ化水素に曝されること(フッ化水素処理)が必要であることが記載されている。
【0005】
AVCを含む静電駆動型MEMSアクチュエータの問題点の1つは、駆動電圧印加に対応したアクチュエータの動きにドリフトを生じる場合があることである。ここでドリフトとは、静電駆動型MEMSアクチュエータにおいて、駆動電圧印加終了後の一定時間の間、変位や回転角等のアクチュエータの反応が緩慢に変化し続ける現象である。一例として、非特許文献2の第82頁第5(b)図では、駆動電圧印加後約3秒にわたり、静電駆動型MEMS素子の傾きが0.5度変化している。
【0006】
このようなドリフトは、駆動信号に対応したMEMSアクチュエータ動作の遅れを生じ、MEMSマイクロスキャナーを用いた光偏向器等の機能上の問題となる。
【特許文献1】米国特許7085122B2
【非特許文献1】“Angular Vertical Comb-Driven Tunable Capacitor with High-Tuning Capabilities”, Journal of Microelectromechanical Systems, Vol.13, No.3, June 2004, p.406-p.413.
【非特許文献2】“Drift-Free Single Crystalline Silicon Micromirror with Floating Field Limiting Shield”, Proceedings of International Conference on Optical MEMS and Nanophotonics 2007, p.81-p.82.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、有機物質ヒンジを用いたAVCにおけるドリフトの原因が、リフロー後における有機物質の機械的、化学的または電気的不安定性にあると考え、リフロー後に更に有機物質を高温加熱(アニール処理)することによりAVCの安定動作を実現できる安定化処理方法を提供することを1つの目的とする。
【0008】
本発明のいま一つの目的は、構成物質の少なくとも1つとして有機物質を含むMEMS素子を改良して、有機物質の安定化処理方法、その方法を用いた有機物質、MEMS素子、MEMS素子の製造方法、及びMEMSマイクロスキャナーを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため、請求項1に係る本発明は、加熱による架橋の後にフッ化水素処理を施し、所定温度以上で所定時間以上アニール処理することにより、有機物質を安定化させることを特徴とする有機物質の安定化処理方法である。
【0010】
請求項2に係る本発明は、有機物質は、テトラメチルシロキサンジビニルベンゾシクロブテンを主成分とすることを特徴とする請求項1に記載の有機物質の安定化処理方法である。
【0011】
請求項3に係る本発明は、200℃以上250℃以下で3時間以上アニール処理することを特徴とする請求項1又は2に記載の有機物質の安定化処理方法である。
【0012】
請求項4に係る本発明は、加熱による架橋の後に、有機物質をアニール処理することによりMEM素子を製造することを特徴とするMEMS素子の製造方法である。
【0013】
請求項5に係る本発明は、加熱による架橋の後にフッ化水素処理を施し、所定温度以上で所定時間以上アニール処理することによりMEMS素子を製造することを特徴とする前述のMEMS素子の製造方法である。
【0014】
請求項6に係る本発明は、200℃以上250℃以下で3時間以上アニール処理することを特徴とする前述のMEMS素子の製造方法である。
【0015】
請求項7に係る本発明は、前述の製造方法により製造されたことを特徴とするMEMS素子である。
【0016】
請求項8に係る本発明は、加熱による架橋の後、フッ化水素処理を施し、所定温度以上で所定時間以上アニール処理することにより安定化させたことを特徴とする有機物質である。
【0017】
請求項9に係る本発明は、有機物質は、テトラメチルシロキサンジビニルベンゾシクロブテンを主成分とすることを特徴とする前述の有機物質である。
【0018】
請求項10に係る本発明は、200℃以上250℃以下で3時間以上アニール処理することを特徴とする前述の有機物質である。
【0019】
請求項11に係る本発明は、前述の有機物質を機械的接続部に含むことを特徴とするMEMS素子である。
【0020】
請求項12に係る本発明は、前述の有機物質を櫛歯接続部に含むことを特徴とするMEMSマイクロスキャナーである。
【発明の効果】
【0021】
以上により、本発明では、MEMS素子に含まれる有機物質を、加熱による架橋の後に、フッ化水素処理し、所定温度以上で所定時間以上アニール処理するので、ドリフトの発生を抑制でき、駆動信号に対する応答遅れが実質的に発生することのない静電駆動型MEMS素子の安定動作を実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本発明の1つの実施形態においては、非特許文献1に開示された微細加工プロセスに基づき、AVCを作製することができる。その際、ヒンジに用いる有機物質は、テトラメチルシロキサンジビニルベンゾシクロブテンを主成分とするCyclotene 4024-40(ザ・ダウ・ケミカルカンパニー製)とする。
【0023】
微細加工プロセスにおいて、有機物質の架橋は窒素雰囲気中で295℃に加熱することにより行うのが好ましい。
【0024】
また、フッ化水素処理は、好ましくは、濃度46%のフッ化水素溶液に8分間MEMS素子を浸漬することにより実施する。更に、有機物質のリフロー処理として、400℃で5分間の加熱処理を行う。
【0025】
図示例
図1はAVCにおけるヒンジ周辺部の平面模式図である。
【0026】
図2は図1に示したAVCのヒンジ1の周辺部分の断面模式図である。
【0027】
図1〜2において、ヒンジ1は、複数の回転櫛歯3を含む構造体2と基板5を、図中に示す約1ミクロンの間隔Δを挟んで接続している。
【0028】
ヒンジ1は有機物質からなる。
【0029】
ヒンジ1の大きさは、例えば、縦40〜60ミクロン、横180〜260ミクロン、厚さ約5ミクロンである。
【0030】
構造体2の回転櫛歯3は、複数の固定櫛歯4と相互に噛み合う形で相対している。回転櫛歯3と固定櫛歯4との間に電圧が印加されると、ヒンジ1、回転櫛歯3及び基板5は、基板5に設けられたねじりばね構造(図には示されていない)を中心として、一体として回転する。
【0031】
ヒンジ1はリフロー処理により、基板5から一定角度、構造体2を回転させ、初期角を形成している。
【0032】
なお、ヒンジ1、構造体2及び基板5の上面には金6が蒸着されている。
【0033】
また、構造体2及び基板5はシリコン製である。一般にMEMS素子は単結晶シリコンで形成されている。
【0034】
図3は、ヒンジ1の周辺部分の走査電子顕微鏡による観察像の一例を示す。
【0035】
基板5とAVCは有機物質からなるヒンジ1により連結され、基板5の一部に反射ミラーが設けられている。駆動電圧の印加に伴うAVCの動作挙動は、次のように評価した。すなわち、基板5と一体となって回転するミラー部(図示せず)をAVCに設け、これにヘリウム−ネオンレーザを参照光として入射し、反射光の位置変化をポジションセンシティブディテクタにより検出することにより評価した。
【0036】
AVCに含まれるリフロー処理後の有機物質からなるヒンジ1に、(本発明による)アニール処理を行う前後の、AVCの動作挙動及びドリフト発生の有無について、以下に詳しく述べる。
【0037】
図4は、本発明によるアニール処理前のAVCを駆動した際に観察されたドリフトの一例を示す。縦軸は、右側が駆動電圧(applied voltage)で、左側がミラー部の移動(mirror displacement)であり、横軸が時間(time)である。
【0038】
また、図5はアニール処理後のAVCにおける実質ドリフトを伴わない動作の一例を示す。ここで、駆動電圧は、図5に示すような3ステップ(図5では、0.54V→2.08V、2.08V→0.54V、0.54V→2.08Vの3ステップ)により行った。
【0039】
図4から明らかなように、駆動電圧の印加終了後、約110msecの間、ポジションセンシティブディテクタの出力が徐々に増加しており、ドリフトが発生していることが観察される。
【0040】
これに対し、図5では、駆動電圧の印加開始後、約0.05msecで、AVCの動作が開始し、印加終了後、約0.08msecで、AVCの動作が完了している。即ち、図5の例では、AVCの挙動に実質ドリフトは発生していない。
【0041】
表1は、ドリフトの抑制を目的とした種々の大気中アニール処理を行う前後の、ドリフト量の変化を示す。本結果から、アニール処理温度が200℃と250℃の場合に、ドリフトの抑制効果が顕著となっていることが分かる。
【表1】

【0042】
また、本発明の効果がとくに顕著となるアニール時間は、アニール温度により異なり、アニール温度が高いほど短くなる。
【0043】
安定化処理は、180℃〜250℃の範囲で所定時間アニールすることが望ましく、更に望ましくは、200℃〜250℃の範囲で3時間以上アニールすることにより、本発明の効果は最良となる。アニール温度が200℃未満の場合は、安定化をもたらすと考えられる有機物質の反応が遅く、安定化に長時間を要する。また250℃超の場合は、有機物質の劣化を生じ易くなる。
【0044】
このようなアニール処理によりAVCのドリフト挙動が抑制される理由は明らかでないが、アニール処理により生じる何らかの反応により、フッ化水素処理直後に比べ、有機物質の機械的、化学的または電気的な安定性が増すことが考えられる。
【0045】
以上から、有機物質をヒンジに含むAVCにおいて、有機物質を加熱による架橋後にフッ化水素処理し、更に所定温度以上で所定時間以上アニールすることにより、駆動電圧の印加時のドリフトを抑制し、駆動信号に対するレスポンスを改善することが出来る。
【0046】
また、本発明によるアニール処理では、テトラメチルシロキサンジビニルベンゾシクロブテンを主成分とする有機物質を含むAVCが好ましいが、本発明は、それに限定されず、有機物質を構成物質として含む静電駆動型MEMS素子の動作安定化に広く適用できるものである。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】AVCにおけるヒンジ周辺部の平面模式図である。
【図2】AVCのヒンジ周辺部の断面模式図である。
【図3】ヒンジ部周辺の走査電子顕微鏡による観察像を示す。
【図4】本発明によるアニール処理前のAVCを駆動した際に観察されたドリフトの例を示す。
【図5】アニール処理後のAVCにおける実質ドリフトを伴わない動作例を示す。
【符号の説明】
【0048】
1 ヒンジ
2 構造体
3 回転櫛歯
4 固定櫛歯
5 基板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
加熱による架橋の後に、フッ化水素処理を施し、所定温度以上で所定時間以上アニール処理することにより、有機物質を安定化させることを特徴とする有機物質の安定化処理方法。
【請求項2】
有機物質は、テトラメチルシロキサンジビニルベンゾシクロブテンを主成分とすることを特徴とする請求項1に記載の有機物質の安定化処理方法。
【請求項3】
200℃以上250℃以下で3時間以上アニール処理することを特徴とする請求項1又は2に記載の有機物質の安定化処理方法。
【請求項4】
加熱による架橋の後に、有機物質をアニール処理することにより、MEMS素子を製造することを特徴とするMEMS素子の製造方法。
【請求項5】
加熱による架橋の後に、フッ化水素処理を施し、所定温度以上で所定時間以上アニール処理することによりMEMS素子を製造することを特徴とする請求項4に記載のMEMS素子の製造方法。
【請求項6】
200℃以上250℃以下で3時間以上アニール処理することを特徴とする請求項4〜5のいずれか1項に記載のMEMS素子の製造方法。
【請求項7】
請求項4〜6のいずれか1項に記載の製造方法により製造されたことを特徴とするMEMS素子。
【請求項8】
加熱による架橋の後、フッ化水素処理を施し、所定温度以上で所定時間以上アニール処理することにより安定化させたことを特徴とする有機物質。
【請求項9】
有機物質は、テトラメチルシロキサンジビニルベンゾシクロブテンを主成分とすることを特徴とする請求項8に記載の有機物質。
【請求項10】
200℃以上250℃以下で3時間以上アニール処理することを特徴とする請求項8又は9に記載の有機物質。
【請求項11】
請求項8〜10のいずれか1項に記載の有機物質を機械的接続部に含むことを特徴とするMEMS素子。
【請求項12】
請求項8〜10のいずれか1項に記載の有機物質を櫛歯接続部に含むことを特徴とするMEMSマイクロスキャナー。

【図4】
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【図5】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−241188(P2009−241188A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−89835(P2008−89835)
【出願日】平成20年3月31日(2008.3.31)
【出願人】(000220343)株式会社トプコン (904)
【Fターム(参考)】