説明

格子歪測定方法及び格子歪測定装置

【課題】ナノビーム電子回折法の格子歪測定精度を向上し、結晶試料における局所領域の応力・格子歪を高精度に測定する。
【解決手段】回折スポット14と透過スポット15の間隔(あるいは異なる回折スポットの間隔)16(K)と格子面間隔dとの間には、K=1/dの関係がある。従って、スポット間隔Kの変化から格子面間隔の変化、すなわち格子歪を知ることができる。コンデンサレンズ絞り2を明瞭に観察することにより、回折スポット間隔の測定精度を高くする。この結果、格子歪の測定精度が向上する。そこで、電子回折図形を観察し記録するステップにおいて、コンデンサレンズ絞り2に焦点が合うように中間レンズ11を調整する。これにより、結晶試料4における局所領域の応力・格子歪を高精度に測定することが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は結晶試料の格子歪測定方法及び格子歪測定装置に関し、特にナノビーム電子回折法を用いて高空間分解能かつ高精度に格子歪を測定する格子歪測定方法及び格子歪測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
結晶試料における応力やこれに伴って発生する格子歪は、材料の性質を表す物性量の一つである。一般に、結晶試料における応力や格子歪は、同じ材料であっても、その成長条件や加工条件によって変化する。また、結晶試料の物性量や性質の多くは、応力や格子歪によって変化する。従って、結晶試料の応力や格子歪の状態を評価し、その用途に応じて加工・成長条件を最適化することが、高性能の材料・製品開発にとって不可欠である。
【0003】
特に、大規模半導体集積回路(LSI)においては素子の構造が微細であるため、局所的な応力・格子歪の測定が必要である。局所的な応力・格子歪の測定には、X線回折法や顕微ラマン分光法,あるいは、透過型電子顕微鏡内で行う収束電子回折法やナノビーム電子回折法が用いられている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
【特許文献1】特許第3036444号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
これまでLSIの高性能化は、基本素子であるMOS型電界効果トランジスタ(Metal-Oxide-Semiconductor Field Effect Transistor:MOSFET)の微細化により進められてきた。しかし、今日この微細化は物理的な限界に達しつつある。そこで近年は、微細化によらないMOSFETの高性能化技術、いわゆるポストスケーリング技術が注目されている。チャネルに故意に格子歪を導入し、キャリア移動度を増大させ、ドレイン電流を向上させる歪シリコン技術はその一つであり、主に高速LSI向けの技術として研究開発が進められている。従って、チャネルの格子歪を直接測定することが今後のLSI開発にとって重要である。
【0006】
また、LSI内部の局所的な応力や格子歪が、転位等の結晶欠陥の発生の原因となり得ることは古くから知られており、デバイスプロセスの適正化により制御されてきた。しかし、近年のポストスケーリング技術によるデバイス構造の変化や新規材料の導入は、LSI内部の局所的な応力や格子歪を大きく変化させる。よって、局所的な応力や格子歪に起因する結晶欠陥の発生機会が増え、その結果、素子の信頼性や歩留まりが低下する危険性がある。従って、LSI内部の局所的な格子歪を評価することは、今後もLSIの信頼性や歩留まりの向上に対して有効な知見を与えると考えられる。
【0007】
このように、LSI内部の局所応力や格子歪の評価の必要性は大きいが、格子歪測定法であるX線回折法や顕微ラマン分光法は、空間分解能が低いため、十分な測定結果を得ることができなかった。
【0008】
そこで、透過型電子顕微鏡内で行う電子回折を用いた格子歪測定法である、収束電子回折法やナノビーム電子回折法を用いて、LSI内部の局所格子歪を測定することが提案されている。例えば、特許文献1には収束電子回折法を用いて局所格子歪を測定する方法が開示されている。
【0009】
上記の収束電子回折法は、薄片化試料上に高エネルギー電子を収束し、透過させた際に透過波内に現れる高次ラウエ帯回折線図形の変化から照射領域の格子歪を測定する手法である。入射電子は試料上で数nmφ以下にまで収束される。これにより、微細な素子における格子歪測定にとって十分な空間分解能が得られる。また、測定に用いられる高次ラウエ帯回折は逆格子ベクトルの大きさが大きいため、格子歪に対して敏感であることが知られている。このため、収束電子回折法の歪測定誤差は2×10-4と、後述するナノビーム電子回折法のそれの1/5である。
【0010】
このように収束電子回折法は空間分解能が高く、歪測定誤差が小さいので局所歪測定に好適な手法であると考えられるが、不利な点も持っている、すなわち、照射領域内の格子歪が一定でない場合(主として入射電子の透過方向に格子歪の分布がある場合)、高次ラウエ帯回折線が複数に分裂し定量的な歪解析が行えないという点である。この結果、サンプルによって歪測定が行えない、あるいは同一サンプル内でも歪測定が行えない領域がある等の問題が生じる。
【0011】
加えて、高次ラウエ帯回折は散乱断面積が小さいため、観察するためには十分な試料厚さ(数百nm)が必要である。これに対し、現在開発が進められている素子の代表的大きさは100nmを下回っている。よって、適切な試料厚さの薄片試料を作成できないため歪測定不可能な場合が出てくる。今後のLSI開発に対して収束電子回折法を用いるには上記2つの問題点を解決する必要がある。
【0012】
一方、ナノビーム電子回折法は、収束電子回折法と同様に透過型電子顕微鏡を用いて行う歪測定法である。このナノビーム電子回折法では、回折あるいは透過スポットの間隔変化から照射領域の格子歪を求める。収束電子回折法では入射電子は10mrad以上の収束角を持つが、ナノビーム電子回折法におけるそれは数mrad以下である。この収束角が小さいことによって回折斑点が明瞭に観察されるようになる。
【0013】
また、このナノビーム電子回折法においても入射電子は数nmφ以下に収束されるため、収束電子回折法と同様に高い空間分解能が得られる。更に、このナノビーム電子回折法で使われる回折斑点は低次の回折波であり散乱断面積が大きい。従って、ナノビーム電子回折法では、収束電子回折法に比べて、薄い試料でも格子歪測定が可能である。このことはナノビーム電子回折法が、微細素子における格子歪測定に有利であることを示している。加えて、解析不可能となるような回折図形の変化も無いため、測定不能となる場合が少ない。よって系統的な歪評価が可能である。
【0014】
しかし、ナノビーム電子回折法には、歪測定誤差が1×10-3程度と収束電子回折法の5倍大きいという不利な点がある。ナノビーム電子回折法における格子歪測定誤差は、回折あるいは透過スポット間隔を測定する際の誤差によって決まるので、格子歪測定誤差は、解析に用いられるスポット間隔、記録媒体の画素数やスポットの認識法に依存する。よって、これらを改良できれば、歪測定誤差が小さくなる可能性がある。
【0015】
ナノビーム電子回折法の空間分解能は収束電子回折法と同等であり、微細素子での測定可能性、歪の不均一による回折図形の変化については収束電子回折法よりもナノビーム電子回折法が勝っている。よって、歪測定誤差を低減できれば、ナノビーム電子回折法をLSIにおける局所格子歪測定技術として収束電子回折法以上に活用することができると考えられる。
【0016】
本発明は以上の点に鑑みなされたもので、ナノビーム電子回折法の格子歪測定精度を向上し、結晶試料における局所領域の応力・格子歪を高精度に測定し得る格子歪測定方法及び格子歪測定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記目的を達成するため、本発明に係る格子歪測定方法は、ナノビーム電子回折法を用いて結晶試料中の格子歪を測定する格子歪測定方法であって、コンデンサレンズ絞りを用いて収束角と照射領域の広さが制限された入射電子を結晶試料に照射し、得られた電子回折図形を電子レンズにより拡大し、拡大したその電子回折図形を観察して記録する際に、コンデンサレンズ絞りに焦点が合うように電子レンズを調整し、記録した電子回折図形のスポット間隔から格子歪を測定することを特徴とする。
【0018】
また、上記の目的を達成するため、本発明に係る格子歪測定装置は、ナノビーム電子回折法を用いて結晶試料中の格子歪を測定する格子歪測定装置であって、コンデンサレンズ絞りを用いて入射電子の収束角と照射領域の広さを制限する手段と、収束角と照射領域の広さが制限された入射電子を、結晶試料に照射して得られる電子回折図形を電子レンズにより拡大する手段と、拡大したその電子回折図形を観察して記録する際に、コンデンサレンズ絞りに焦点が合うように電子レンズを調整する手段と、記録した電子回折図形のスポット間隔から格子歪を測定する測定手段とを有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、結晶試料における局所領域の応力・格子歪を高精度に測定することが可能となるので、これに基づいた材料の成長・加工条件の最適化が可能となり、高性能、高信頼の製品開発が促進される。特に、LSIにおいては、チャネル歪の制御や、結晶欠陥発生メカニズムの解明等について新しい知見を得ることができる。これにより、LSIの高性能化及び高信頼化が促進される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態に関して、添付図面を参照して詳細に説明する。
【0021】
まず、本発明の格子歪測定方法の第一の実施形態に関して、添付図面を参照して説明する。図1は、本発明になる格子歪測定方法の基本となる、ナノビーム電子回折法における光線図の概略を示す。図1は説明のために簡略化されており、実際の電子線光線図と一致しない場合もある。ナノビーム電子回折法は一般的には、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)を用いて行われる。
【0022】
図1において、電子源1から放出された電子は、高圧電源(図示せず)により加速され、コンデンサレンズ絞り2の指数まで達する。コンデンサレンズ絞り2は、平板に穴が開けられたものであり、入射電子3の結晶試料4上での収束角αと照射領域を規定する。結晶試料4上に照射された入射電子3の大部分は散乱されず透過波5となるが、一部の電子は結晶試料4中の原子が作り出す周期的ポテンシャルにより回折され回折波6となる。
【0023】
このような過程を経た電子は、対物レンズ(図示せず)の後焦平面7上に電子回折図形8を形成する。電子回折図形8は、透過波5による透過スポット9と回折波6による回折スポット10とから構成される。この電子回折図形8は、中間レンズ11により拡大され、さらに投影レンズ12により蛍光板13上に回折スポット14と、透過スポット15として映し出される。図1には、1つの回折波6および回折スポット10のみ描かれているが、一般には複数の回折波が生じ、複数の回折スポットが蛍光板13上に映し出される。
【0024】
回折スポット10及び14は、結晶試料4中の周期的ポテンシャルにより生じるので、回折スポット10及び14はその周期すなわち格子面間隔についての情報を持っている。具体的には、回折スポット10及び14は、その周期すなわち格子面間隔についての情報を持っている。具体的には、回折スポット14と透過スポット15の間隔(あるいは異なる回折スポットの間隔)K(以下、スポット間隔と呼ぶ。)16と格子面間隔dとの間には、
K=1/d (1)
の関係がある。従って、スポット間隔Kの変化から格子面間隔の変化、すなわち格子歪を知ることができる。
【0025】
格子歪εは、格子歪無しの格子面間隔dと歪んだ格子面間隔d’とにより、次式により定義される。
【0026】
【数1】

上式に(1)式を用いればスポット間隔の変化から格子歪を求める次式が得られる。
【0027】
【数2】

ここで、Kは格子歪無しでのスポット間隔、K’は歪んだ格子面間隔に対応するスポット間隔であり、K’=1/d’で与えられる。
【0028】
以上の説明から、ナノビーム電子回折法を用いて格子歪を高精度に測定するにはスポット間隔K、K’を高精度に測定すればよいことがわかる。
【0029】
図2は、通常の(中間レンズや投影レンズを含む)電子光学系の設定で観察されたナノビーム電子回折図形を示す。図3は、図2に示した線17に沿った電子強度のプロファイルを示す。図2に18で示したスポット間隔Kを測定するには、通常、このプロファイルの極大点間の間隔を測定する。しかし、極大点付近の分布は緩慢かつ散乱しているので、それぞれのスポットにおいて極大点を一点に決定するのは困難である。この困難さがナノビーム電子回折法の歪測定精度を下げている要因である。
【0030】
図4は、回折図形を観察する際に、コンデンサレンズ絞り2の形状が最も明瞭に観察されるよう、コンデンサレンズ絞り2に焦点が合うように中間レンズ11を調整し撮影した図を示す。図5は、図4中の線19に沿った電子強度のプロファイルを示す。図4から明らかなように、回折スポットがディスク状に広がっているため、強度の極大点をそれぞれの回折スポットにおいて特定し、相互の間隔を測定することに意味はなくなる。その代わりに、コンデンサレンズ絞り2による強度の急峻な変化点をそれぞれの回折スポットにおいて特定し、相互の間隔を測定することで、図4に20で示した“回折スポット間隔K”を測定することができる。
【0031】
プロファイルから明らかなように、図3で極大強度点を決定するよりも、図5でコンデンサレンズ絞り2による強度の急峻な変化点を特定することのほうが容易である。従って、コンデンサレンズ絞り2を明瞭に観察する方法の方が回折スポット間隔の測定精度が高い。この結果、格子歪の測定精度が向上する。そこで、第一の実施形態では、電子回折図形を観察し記録するステップにおいて、コンデンサレンズ絞り2が明瞭に観察されるように、すなわち、コンデンサレンズ絞り2に焦点が合うように電子レンズである中間レンズ11を調整するものである。
【0032】
これにより、本実施形態によれば、結晶試料における局所領域の応力・格子歪を高精度に測定することが可能となるので、これに基づいた材料の成長・加工条件の最適化が可能となり、高性能、高信頼の製品開発が促進される。特に、LSIにおいては、チャネル歪の制御や、結晶欠陥発生メカニズムの解明等について新しい知見を得ることができる。これにより、LSIの高性能化および高信頼化が促進される。
【0033】
次に、本発明の格子歪測定方法の第二の実施形態に関して、添付図面を参照して説明する。第二の実施形態では第一の実施形態で記載した格子歪測定方法によりシリコン基板上に作成された微細MOSFETのチャネル部における格子歪を測定した例について述べる。
【0034】
図6は、測定に用いた微細MOSFETの断面の模式図を示す。このMOSFETは、ゲート電極21、ゲート絶縁膜22、ソース23、ドレイン24、サイドウォール25、エッチングストッパ26とからなる。
【0035】
透過型電子顕微鏡(TEM)を用いてこのような断面が観察されるように、収束イオンビーム法(Focused Ion Beam:FIB)を用いて断面試料を作成した。この断面試料の試料厚さはおよそ100nmである。また、以下では、ゲート長方向([1−10]方向)をx軸、これに垂直なシリコン基板表面法線方向([001]方向)をy軸にとった。ゲート長方向の格子歪は(1−10)面の歪であり、これをεxxと定義する。さらに、シリコン基板表面法線方向の格子歪は(001)面の歪であり、これをεyyと定義する。
【0036】
二次元平面上での歪にはせん断歪成分(εxyと表記する)が存在するが、これは他の2成分のようにある1つの格子面の歪には対応していない。しかし、εxx、εyy、更に(1−11)面の格子歪ε(1−11)によって、せん断歪成分εxyは次式で表される。
【0037】
【数3】

ここで、θは[1−11]方向と[1−10]方向とがなす角であり、35.26°である。従って、ε(1−11)を測定すれば、εxx、εyyの測定結果を用いて、(4)式によりεxyを求めることができる。
【0038】
図7は、εxxを測定するために撮影したナノビーム電子回折図形を示す。撮影にはイメージングプレートを用いた。観察時のTEMの加速電圧は200kVであった。試料上でのプローブ径は電子強度の半値全幅で4nm、プローブの収束角は1.2mradであった。電子プローブの形成には10μmφのコンデンサレンズ絞りを用いた。
【0039】
εxxは(1−10)面の格子歪であるので、注目すべき回折あるいは透過スポット間隔は次式
(hkl)−(h’k’l’)=m(1−10) (5)
を満たす回折スポット(hkl)と回折スポット(h’k’l’)の間隔である。ここで、h、k、l、m、h’、k’、l’は0又は整数である。なお、(5)式及び以下(6)式〜(11)式中のk、k’は、前述した(1)式、(2)式のスポット間隔K,K’とは異なる変数である。
【0040】
ここで、(5)式を一般式で表すものとすると、結晶試料中の[uvw]方向の格子歪を測定する場合(ただし、u,v,wは0又は整数)、本実施形態では、
(hkl)−(h’k’l’)=m(uvw) (6)
を満たす回折(あるいは透過)スポット(hkl)と、回折(あるいは透過)スポット(h’k’l’)のスポット間隔を測定するものである。
【0041】
回折スポット(hkl)は、試料内の(hkl)面によって生じた回折スポットを意味する。また、透過スポットは回折スポット(000)で表されるものとする。以下、特に説明されない限り、透過スポットが回折スポット(000)で表されるものとする。
【0042】
本実施形態においては、図7に示すように歪測定精度にとって有利なできるだけ大きいスポット間隔が得られる、回折スポット(3−33)と回折スポット(−333)に注目した。この場合のスポット間隔は、(6)式より
(3−33)−(−333)=(6−60)=6(1−10)
で表される。従って、この場合、(1−10)面の格子歪を測定するときのスポット間隔を示す(6)式中のmは「6」となる。
【0043】
原理的にはより大きいスポット間隔を注目したほうが良いが、逆格子ベクトルの大きさが大きい回折スポットは回折強度が小さくなり観察が困難になることや、撮影の際イメージングプレートに収まらないなどの問題があるため、これらを考慮して注目するスポット間隔を決定した。なお、大きいスポット間隔を観察することが歪測定精度にとって有利である理由は後に述べる。
【0044】
図8は、εyyを測定するために撮影したナノビーム電子回折図形を示す。改めて述べられていない撮影条件は上で述べたεxxの測定の場合と同一である。今度は、εyyが(001)面の歪であるので、注目すべき回折スポット間隔は、次式
(hkl)−(h’k’l’)=m(001) (7)
を満たす回折スポット(hkl)と回折スポット(h’k’l’)との間の間隔である。ここで、h、k、l、m、h’、k’、l’は0又は整数である。本実施形態においては、εxxの場合と同様な理由から、図8に示すように、回折スポット(−226)と回折スポット(−22−2)の間隔に注目した。この場合は、(6)式のmは「8」である。
【0045】
図9は、ε(1−11)を測定するために撮影したナノビーム電子回折図形を示す。改めて述べられていない撮影条件は上で述べたεxx、及びεyyの測定の場合と同一である。今度は、(1−11)面の歪であるので、注目すべき回折スポット間隔は、次式
(hkl)−(h’k’l’)=m(1−11) (8)
を満たす回折スポット(hkl)と回折スポット(h’k’l’)の間隔である。ここで、h、k、l、m、h’、k’、l’は0又は整数である。本実施形態においては、εxx及びεyyの場合と同様な理由から、図9に示すように回折スポット(2−24)と回折スポット(−33−1)の間隔に注目した。この場合は、(6)式のmは「5」である。
【0046】
本実施形態で用いたMOSFETは、いわゆる<110>チャネルのMOSFETであったため、上記のような条件で測定を行ったが、これが<100>チャネルのMOSFETである場合でも同様に測定可能である。その場合は、チャネル長方向([010]方向)をx軸、シリコン基板表面法線方向([001]方向)をy軸と定義したとき、εxxの測定の際には、h、k、l、h’、k’、l’mを0又は整数として、次式
(hkl)−(h’k’l’)=m(010) (9)
を満たす回折スポット(hkl)と回折スポット(h’k’l’)の間隔を測定すればよい。実用的には回折スポット(040)と回折スポット(0−40)の間隔を測定する。この場合、(6)式のmは「8」である。
【0047】
同様に、εyyの測定の際には、h、k、l、h’、k’、l’、mを0又は整数として、次式
(hkl)−(h’k’l’)=m(001) (10)
を満たす回折スポット(hkl)と回折スポット(h’k’l’)の間隔を測定すればよい。実用的には回折スポット(004)と回折スポット(00−4)の間隔を測定する。この場合、(6)式のmは「8」である。
【0048】
最後に、εxyについてであるが、すでに述べたように、他の2成分とは異なって、εxyは1つの格子面の歪には対応していない。そこで、(201)面の格子歪ε(201)を測定し、εxx、εyy、ε(201)とεxyとの間に成り立つ次式を用いて、εxyを求める。
【0049】
【数4】

ここで、θは[100]方向と[201]方向とがなす角であり、26.57°である。
また、ε(201)を測定するには、h、k、l、h’、k’、l’、mを0又は整数として、次式
(hkl)−(h’k’l’)=m(201) (12)
を満たす回折スポット(hkl)と回折スポット(h’k’l’)の間隔を測定する。実用的には回折スポット(−400)と回折スポット(404)の間隔を測定する。この場合、(6)式のmは「4」である。
【0050】
次に、大きいスポット間隔(例えば、(5)式における整数mがより大きくなるようなスポット間隔)を測定することが、格子歪精度向上に対して有利であることについて説明する。既に述べたように、スポット間隔Kと面間隔dとの間にはK=1/dなる関係がある。この式の左辺と右辺の両方を微分すると、
ΔK=−(Δd/d)K (13)
が得られる。
【0051】
この(12)式を格子歪(Δd/d)に対するスポット間隔の変化ΔKを与える式であると考えると、スポット間隔K自身が大きいほど、一定の格子歪(Δd/d)に対するスポット間隔の変化(ΔK)が大きいと解釈することができる。このことは、スポット間隔K自身が大きいほど、より小さな歪を検出することができることを示している。これが、より大きなスポット間隔を測定することが格子歪精度向上に対して有利であることの理由である。
【0052】
実際の歪測定の際には、まず歪が存在しないと考えられる試料上の指数に電子プローブを置き、ナノビーム電子回折図形を観察、撮影する。この回折図形から得られる注目する回折スポット間隔をKとする。
【0053】
次に、測定指数に電子プローブを置き、同様にナノビーム電子回折図形を観察、撮影し、注目する回折スポット間隔を測定する。これをK’とする。こうして得られたK及びK’を(3)式に代入して格子歪εを得る。
【0054】
図10は、上記の方法で得られた<110>チャネル微細MOSFETのチャネル領域におけるゲート長方向の格子歪εxx、シリコン基板表面法線方向の格子歪εyy、せん断歪成分εxyの測定結果を示す。縦軸は歪を示す。また、横軸の番号は測定点の番号であり、図6中の番号に対応している。
【0055】
図10に示すように、εxxはどの点においても正(引っ張り歪)であるが、εyyは反対にどの点においても負(圧縮歪)である。また、εxyの絶対値はゲート電極の端部で大きくなっている。このように、本発明による歪測定方法によって、微細MOSFETのチャネル部における格子歪の直接測定が可能になった。
【0056】
図11(A)は既存の格子歪測定方法によるスポット間隔と歪標準偏差との関係、同図(B)は本実施形態の格子歪測定方法によるスポット間隔と歪標準偏差との関係の実験結果を示す。図11(A)、(B)を比較すると分かるように、今まで9×10−4程度と考えられていたナノビーム電子回折の歪測定の標準偏差は、本実施形態の測定法を用いることで、3×10−4以下に低減されることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本発明の基本的なナノビーム電子回折法における概略光線図である。
【図2】通常の電子光学系の設定で観察されたナノビーム電子回折図形である。
【図3】図2中の線17に沿った電子強度のプロファイルである。
【図4】コンデンサレンズ絞りの形状が最も明瞭に観察されるように中間レンズを調整し撮影されたナノビーム電子回折図形である。
【図5】図4中の線19に沿った電子強度のプロファイルである。
【図6】格子歪測定に用いた微細MOSFETの断面模式図である。
【図7】εxxを測定するために撮影されたナノビーム電子回折図形である。
【図8】εyyを測定するために撮影されたナノビーム電子回折図形である。
【図9】ε(1−11)を測定するために撮影されたナノビーム電子回折図形である。
【図10】微細MOSFETのチャネル領域における格子歪分布を示す図である。
【図11】歪標準偏差とスポット間隔との関係の実験結果を示す図である。
【符号の説明】
【0058】
1 電子源
2 コンデンサレンズ絞り
3 入射電子
4 結晶試料
5 透過波
6 回折波
7 後焦平面
8 電子回折図形
9、15 透過スポット
10、14 回折スポット
11 中間レンズ
12 投影レンズ
13 蛍光板
16、18、20 スポット間隔
17、19 (ラインプロファイルをとった)線
21 ゲート電極
22 ゲート絶縁膜
23 ソース
24 ドレイン
25 サイドウォール
26 エッチングストッパ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナノビーム電子回折法を用いて結晶試料中の格子歪を測定する格子歪測定方法であって、
コンデンサレンズ絞りを用いて収束角と照射領域の広さが制限された入射電子を前記結晶試料に照射し、得られた電子回折図形を電子レンズにより拡大し、拡大したその電子回折図形を観察して記録する際に、前記コンデンサレンズ絞りに焦点が合うように前記電子レンズを調整し、記録した前記電子回折図形のスポット間隔から前記格子歪を測定することを特徴とする格子歪測定方法。
【請求項2】
コンデンサレンズ絞りを用いて入射電子の収束角と照射領域の広さを制限する第1のステップと、
結晶試料に前記第1のステップで収束角と照射領域の広さが制限された入射電子を照射する第2のステップと、
前記第2のステップで前記結晶試料に前記入射電子を照射して得られる電子回折図形を電子レンズを用いて拡大する第3のステップと、
拡大された前記電子回折図形を観察し記録する第4のステップと、
前記第4のステップで記録された前記電子回折図形において注目する回折スポット間又は透過スポットと注目する回折スポットの間のスポット間隔を測定する第5のステップと、
前記第5のステップで測定された前記スポット間隔から格子歪を算出する第6のステップとを
含み、前記第4のステップは、前記コンデンサレンズ絞りに焦点が合うように前記電子レンズを調整することを特徴とする格子歪測定方法。
【請求項3】
前記第5のステップは、電子強度プロファイル中の前記コンデンサレンズ絞りによる強度変化点の間隔を前記スポット間隔として測定することを特徴とする請求項2記載の格子歪測定方法。
【請求項4】
前記結晶試料中の[uvw]方向(u,v,wは0又は整数)の格子歪を測定するときは、前記第5のステップは、第1の回折又は透過スポットの指数を(hkl)とし、第2の回折又は透過スポットの指数を(h’k’l’)としたとき(ただし、h、k、l、h’、k’、l’は0又は整数)、次式
(hkl)−(h’k’l’)=m(uvw)
を満たすスポット間隔を測定することを特徴とする請求項2又は3記載の格子歪測定方法。
【請求項5】
前記結晶試料上での前記入射電子の照射領域は、5nmφ以下であることを特徴とする請求項1乃至4のうちいずれか一項記載の格子歪測定方法。
【請求項6】
前記入射電子は、10μmφ以下の前記コンデンサレンズ絞りによって形成されることを特徴とする請求項1乃至5のうちいずれか一項記載の格子歪測定方法。
【請求項7】
前記結晶試料上での前記入射電子の収束角は、1.5mrad以下であることを特徴とする請求項1乃至6のうちいずれか一項記載の格子歪測定方法。
【請求項8】
ナノビーム電子回折法を用いて結晶試料中の格子歪を測定する格子歪測定装置であって、
コンデンサレンズ絞りを用いて入射電子の収束角と照射領域の広さを制限する手段と、
前記収束角と照射領域の広さが制限された入射電子を、前記結晶試料に照射して得られる電子回折図形を電子レンズにより拡大する手段と、
前記拡大したその電子回折図形を観察して記録する際に、前記コンデンサレンズ絞りに焦点が合うように前記電子レンズを調整する手段と、
記録した前記電子回折図形のスポット間隔から前記格子歪を測定する測定手段と
を有することを特徴とする格子歪測定装置。
【請求項9】
入射電子の収束角と照射領域の広さを制限するコンデンサレンズ絞りと、
結晶試料に収束角と照射領域の広さが制限された前記入射電子を照射する照射手段と、
前記結晶試料に前記入射電子を照射して得られる電子回折図形を拡大する電子レンズと、
前記コンデンサレンズ絞りに焦点が合うように前記電子レンズを調整する調整手段と、
前記電子レンズで拡大された前記電子回折図形を観察し記録する記録手段と、
前記記録手段で記録された前記電子回折図形において注目する回折スポット間又は透過スポット間のスポット間隔を測定する測定手段と、
前記測定手段で測定された前記スポット間隔から格子歪を算出する算出手段と
を有することを特徴とする格子歪測定装置。
【請求項10】
前記測定手段は、電子強度プロファイル中の前記コンデンサレンズ絞りによる強度変化点の間隔を前記スポット間隔として測定することを特徴とする請求項9記載の格子歪測定装置。
【請求項11】
前記結晶試料中の[uvw]方向(u,v,wは0又は整数)の格子歪を測定するときは、前記測定手段は、第1の回折又は透過スポットの指数を(hkl)とし、第2の回折又は透過スポットの指数を(h’k’l’)としたとき(ただし、h、k、l、h’、k’、l’は0又は整数)、次式
(hkl)−(h’k’l’)=m(uvw)
を満たすスポット間隔を測定することを特徴とする請求項9又は10記載の格子歪測定装置。
【請求項12】
前記コンデンサレンズ絞りは、前記結晶試料上での前記入射電子の照射領域を、5nmφ以下に制限することを特徴とする請求項8乃至11のうちいずれか一項記載の格子歪測定装置。
【請求項13】
前記入射電子は、10μmφ以下の前記コンデンサレンズ絞りによって形成されることを特徴とする請求項8乃至12のうちいずれか一項記載の格子歪測定装置。
【請求項14】
前記結晶試料上での前記入射電子の収束角が、1.5mrad以下であることを特徴とする請求項8乃至13のうちいずれか一項記載の格子歪測定装置。

【図1】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図10】
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【図11】
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【図2】
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【図4】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−250943(P2009−250943A)
【公開日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−103061(P2008−103061)
【出願日】平成20年4月11日(2008.4.11)
【出願人】(000004237)日本電気株式会社 (19,353)
【Fターム(参考)】