説明

桑由来1−デオキシノジリマイシンの抽出方法

【課題】桑などから、桑由来1−デオキシノジリマイシン含有成分を高濃度で含有する抽出物を得ることができる抽出方法を提供すること。
【解決手段】繊No.307、繊No.322、繊No.335、繊No.416、繊K61として特定される群から選択される品種の桑、或いは、蚕の排泄物を自然乾燥し(ステップST1)、得られた乾燥物を粉砕した後に(ステップST2)、水およびアルコールを主成分とする溶媒を用いて抽出する(ステップST3)。溶媒のアルコール比を50重量%より多くすることにより、溶媒中に、桑由来1−デオキシノジリマイシン含有成分が高濃度で含まれる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の品種の桑や蚕の排泄物を原料とすることにより、桑由来1−デオキシノジリマイシンを高濃度で含有する抽出物を得る桑由来1−デオキシノジリマイシンの抽出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
桑の葉に含まれている1−デオキシノジリマイシンは、α−グルコシダーゼやマンノシダーゼの働きを阻害して血糖値の上昇を抑える効果があることが知られている。このため、桑由来1−デオキシノジリマイシンを含有する組成物は糖尿病の予防などに利用できるものとして期待されている。
【0003】
桑由来1−デオキシノジリマイシンを含有する組成物の製造方法は、例えば、特許文献1に記載されている。同文献では、製茶機などを用いて桑の葉を乾燥し、この乾燥物を水およびエタノールを含む溶媒で抽出して桑由来1−デオキシノジリマイシン含有成分を含む抽出液を得ている。また、この抽出液を噴霧乾燥などにより乾燥して、粉末の組成物を得ている。さらに、同文献では、鶴田、松本一号、はやてさかり、たちみどり、改良秋田からなる群から選択される品種の桑の葉が1−デオキシノジリマイシンを高濃度で含有しているので、これらの品種の桑の葉を原料とすることが好ましいとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−63233号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ここで、本発明者らは、上記の品種以外の品種においても、1−デオキシノジリマイシンを高濃度で含有している桑があることを見出した。また、桑の葉以外のものにも、桑由来1−デオキシノジリマイシンを含有するものがあることを見出した。
【0006】
本発明の課題は、このような点に鑑みて、原料を選択することなどにより、桑由来1−デオキシノジリマイシンを高濃度で含有する抽出物を得ることができる抽出方法を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するために、本発明の桑由来1−デオキシノジリマイシンの抽出方法は、
繊No.307、繊No.322、繊No.335、繊No.416、繊K61として特定される群から選択される品種の桑、或いは、蚕の排泄物から、水およびアルコールを主成分とする溶媒を用いて桑由来1−デオキシノジリマイシン含有成分を抽出し、
前記繊No.307は、一ノ瀬(2x)と繊No.402(4x)との3倍交雑により育成した3倍体であり、
前記繊No.322は、一ノ瀬(2x)と繊No.410(4x)との3倍交雑により育成した3倍体であり、
前記繊No.335は、前記繊No.416(4x)と改良鼠返(2x)との3倍交雑により育成した3倍体であり、
前記繊No.416は、一ノ瀬(2x)の芽先のコルヒチン滴下処理により育成した4倍体であり、
前記繊K61は、多胡早世(4x)と、繊No.401(4x)およびケグワの5倍交雑とにより5倍体を育成し、さらにケグワの花粉を受粉させた6倍交雑により育成した6倍体であり、
前記繊No.401は、改良鼠返(2x)の交雑種子(2x)のコルヒチン浸漬処理により育成した4倍体であり、
前記繊No.402は、鼠返(2x)の交雑種子(2x)のコルヒチン浸漬処理により育成した4倍体であり、
前記繊No.410は、改良鼠返(2x)の芽先成長点のコルヒチン滴下処理により育成した4倍体であることを特徴とする。
【0008】
本発明者らは、信州大学に保存・栽培されている約400品種の桑の中から、繊No.307、繊No.322、繊No.335、繊No.416、繊K61として特定される品種が、一般的な品種である一ノ瀬よりも1−デオキシノジリマイシンを多く含有していることを見出した。また、蚕の排泄物が、一ノ瀬よりも1−デオキシノジリマイシンを多く含有していることを見出すとともに、桑の葉などと同様の抽出方法によって蚕の排泄物からも桑由来1−デオキシノジリマイシンを高濃度で含有する抽出物を得ることができるという知見を得た。従って、本発明によれば、桑由来1−デオキシノジリマイシンを高濃度で含有する抽出物を得ることができる。
【0009】
本発明において、α−グルコシダーゼの糖質分解効果の阻害率が高い桑由来1−デオキシノジリマイシンを抽出するためには、前記繊No.307、前記繊No.322、前記繊No.335、前記繊No.416、前記繊K61として特定される群から選択される品種の桑、或いは、蚕の排泄物を自然乾燥させた後に、前記溶媒を用いて前記桑由来1−デオキシノジリマイシン含有成分を抽出することが望ましい。
【0010】
本発明において、桑由来1−デオキシノジリマイシンの抽出を促進するためには、前記繊No.307、前記繊No.322、前記繊No.335、前記繊No.416、前記繊K61として特定される群から選択される品種の桑、或いは、蚕の排泄物を乾燥させた後に粉砕し、しかる後に、前記溶媒を用いて前記桑由来1−デオキシノジリマイシン含有成分を抽出することが望ましい。
【0011】
本発明において、桑由来1−デオキシノジリマイシンを高濃度で含有する抽出物を得るためには、前記溶媒を用いて抽出した前記桑由来1−デオキシノジリマイシン含有成分を含む抽出液を凍結乾燥することが望ましい。
【0012】
この場合において、前記抽出液を凍結乾燥させて得られた乾燥粉末は、1gあたり2.22mg以上の桑由来1−デオキシノジリマイシンを含有しているものとすることができる。すなわち、本発明によれば、蚕の排泄物を原料とした場合でも、乾燥粉末には、1gあたり2.22mgの桑由来1−デオキシノジリマイシンが含有される。
【0013】
ここで、本発明者らは、桑の各部位について1−デオキシノジリマイシンの含有量を検証したところ、桑の葉のみならず、枝および樹皮にも1−デオキシノジリマイシンが含有されているということを見出した。従って、前記桑として、葉、枝および樹皮のいずれかの部位を用いることが望ましい。
【0014】
本発明において、前記溶媒におけるアルコール比は、50重量%より高いことが望ましい。すなわち、本発明者らは、溶媒のアルコール比が50重量%を越えている場合に、桑由来1−デオキシノジリマイシンを高濃度で含有する抽出物を得ることができることを見出した。また、アルコールは水よりも蒸発しやすいので、溶媒のアルコール比が50重量%を超えている場合には、抽出液を乾燥する際に乾燥時間を短縮できる。従って、乾燥粉末を効率良く得ることができる。
【0015】
次に、本発明は、桑由来1−デオキシノジリマイシンを含む1−デオキシノジリマイシン含有組成物の製造方法であって、前記桑由来1−デオキシノジリマイシンは、上記の抽出方法によって抽出されたものであることを特徴とする。ここで、1−デオキシノジリマイシン含有組成物としては、飲料や食品、サプリメントなどがある。
【0016】
また、次に、本発明は、桑由来1−デオキシノジリマイシンを含む1−デオキシノジリマイシン含有組成物であって、
前記桑由来1−デオキシノジリマイシンは、繊No.307、繊No.322、繊No.335、繊No.416、繊K61として特定される群から選択される品種の桑、或いは、蚕の排泄物から、水およびアルコールを主成分とする溶媒を用いて抽出したものであり、
前記繊No.307は、一ノ瀬(2x)と繊No.402(4x)との3倍交雑により育成した3倍体であり、
前記繊No.322は、一ノ瀬(2x)と繊No.410(4x)との3倍交雑により育成した3倍体であり、
前記繊No.335は、前記繊No.416(4x)と改良鼠返(2x)との3倍交雑により育成した3倍体であり、
前記繊No.416は、一ノ瀬(2x)の芽先のコルヒチン滴下処理により育成した4倍体であり、
前記繊K61は、多胡早世(4x)と、繊No.401(4x)およびケグワの5倍交雑とにより5倍体を育成し、さらにケグワの花粉を受粉させた6倍交雑により育成した6倍体であり、
前記繊No.401は、改良鼠返(2x)の交雑種子(2x)のコルヒチン浸漬処理により育成した4倍体であり、
前記繊No.402は、鼠返(2x)の交雑種子(2x)のコルヒチン浸漬処理により育成した4倍体であり、
前記繊No.410は、改良鼠返(2x)の芽先成長点のコルヒチン滴下処理により育成した4倍体であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明者らは、約400品種の桑の中から、繊No.307、繊No.322、繊No.335、繊No.416、繊K61として特定される品種が、一般的な品種である一ノ瀬よりも1−デオキシノジリマイシンを多く含有していることを見出した。また、蚕の排泄物が、一ノ瀬よりも1−デオキシノジリマイシンを多く含有していることを見出すとともに、桑の葉などと同様の抽出方法によって蚕の排泄物からも桑由来1−デオキシノジリマイシンを高濃度で含有する抽出物を得ることができるという知見を得た。従って、本発明によれば、桑由来1−デオキシノジリマイシンを高濃度で含有する抽出物を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】桑由来1−デオキシノジリマイシンの抽出方法を示すフローチャートである。
【図2】一ノ瀬の葉の乾燥物1gに含まれる1−デオキシノジリマイシンの量を算出した結果をエタノール比の異なる溶媒毎に示した棒グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、図面を参照して、本発明を適用した桑由来1−デオキシノジリマイシンの抽出方法を説明する。
【0020】
(原料)
まず、本発明者らは、信州大学繊維学部の農場に栽培されている約400品種の桑の中で、繊No.307、繊No.322、繊No.335、繊No.416、繊K61として特定される一ノ瀬由来の交配種に、一ノ瀬よりも1−デオキシノジリマイシンが多く含まれていることを見出した。繊No.307は、一ノ瀬(2x)と繊No.402(4x)との3倍交雑により育成した3倍体であり、繊No.402は、鼠返(2x)の交雑種子(2x)のコルヒチン浸漬処理により育成した4倍体である。繊No.322は、一ノ瀬(2x)と繊No.410(4x)との3倍交雑により育成した3倍体であり、繊No.410は、改良鼠返(2x)の芽先成長点のコルヒチン滴下処理により育成した4倍体である。繊No.335は、繊No.416(4x)と改良鼠返(2x)との3倍交雑により育成した3倍体である。前記繊No.416は、一ノ瀬(2x)の芽先のコルヒチン滴下処理により育成した4倍体であり、前記繊K61は、多胡早世(4x)と、繊No.401(4x)およびケグワの5倍交雑とにより5倍体を育成し、さらにケグワの花粉を受粉させた6倍交雑により育成した6倍体であり、前記繊No.401は、改良鼠返(2x)の交雑種子(2x)のコルヒチン浸漬処理により育成した4倍体である。
【0021】
また、従来、1−デオキシノジリマイシンは桑の葉に含まれていることが知られていたが、品種に拘わらず、枝および樹皮にも1−デオキシノジリマイシンが含まれていることを見出した。
【0022】
さらに、本発明者らは、蚕の排泄物に、一ノ瀬よりも1−デオキシノジリマイシンが多く含まれていることを見出した。
【0023】
(桑の品種および桑の部位)
本発明者らは、繊No.307、繊No.322、繊No.335、繊No.416、繊K61として特定される各品種が含有する1−デオキシノジリマイシンを定量した。より具体的には、各品種の各部位の乾燥物を水とエタノールからなる溶媒(エタノール比50重量%)で抽出し、この抽出液を凍結乾燥した後に粉砕して乾燥粉末とした。また、この乾燥粉末を、水とアセトニトリルからなる溶液(アセトニトリル比50重量%、6.5mM酢酸アンモニウムを含む、pH5.5)に溶解し、0.2あるいは0.45μMフィルターでろ過し、液体クロマトグラフ・質量分析計(LC−MS)により測定した。比較例として、一ノ瀬についても同様に定量した。
【0024】
表1は、各品種の乾燥粉末1gあたりの1−デオキシノジリマイシンの定量結果を示している。表1中のaは、採取した桑を水洗浄した後に室温で自然乾燥して乾燥物としたものである。bは、採取した後に−35°Cで保存されていたものを取り出し、水洗浄した後に送風乾燥機を用いて50℃で温風乾燥して乾燥物としたものである。c、dは、採取した枝や樹皮をそのまま室温で自然乾燥して乾燥物としたものである。
【0025】
【表1】

【0026】
表1の定量結果からは、繊No.307、繊No.322、繊No.335、繊No.416、繊K61として特定される各品種の乾燥粉末における1−デオキシノジリマイシンの含有量は、一ノ瀬の乾燥粉末における対応する項目の含有量よりも多いことが見出される。
【0027】
次に、本発明者らは、表1の含有量に基づいて、溶媒で抽出する前の各品種の乾燥物1gあたりの1−デオキシノジリマイシンを算出した。表2はこの算出結果を示している。表2中のa〜dは表1中のa〜dと同様の内容である。
【0028】
【表2】

【0029】
表2の算出結果からは、繊No.307、繊No.322、繊No.335、繊No.416、繊K61として特定される各品種の乾燥物における1−デオキシノジリマイシンの含有量は、一ノ瀬の乾燥物における対応する項目の含有量よりも多いことが見出される。
【0030】
また、表1および表2からは、品種にかかわらず、桑の枝や樹皮に、葉と同程度か、或いは、それ以上の1−デオキシノジリマイシンが含まれていることが見出される。
【0031】
以上より、繊No.307、繊No.322、繊No.335、繊No.416、繊K61として特定される群から選択される品種は、1−デオキシノジリマイシンを高濃度で含有している。また、品種にかかわらず、桑の枝や樹皮にも1−デオキシノジリマイシンが含有されている。従って、これら特定の品種を原料として溶媒で抽出すれば、桑由来1−デオキシノジリマイシンを高濃度で含有する抽出物を得ることができる。また、桑の葉だけではなく、枝や樹皮を原料としてとして溶媒で抽出すれば、桑由来1−デオキシノジリマイシンを含有する抽出物を得ることができる。
【0032】
ここで、本発明者らは、各品種の抽出液について、α−グルコシダーゼの糖質分解効果の阻害率も測定した。測定では、市販ラット小腸アセトンパウダー0.5gに生理食塩水5mlを加え、超音波処理(60秒、3回)後、遠心分離(3000rpm、30分)し、上清を4倍希釈して、粗酵素液とした。0.25Mマルトース溶液0.1mlに抽出液を0.3ml加えて、37℃で5分間反応させた後、粗酵素液0.1mlを加え、37℃で1時間反応させた。酵素反応終了後に100℃で5分間加熱して、酵素を失活後に、生成したグルコースはグルコースキットであるグルコーステストワコー(和光純薬製)で定量した。すなわち、酵素反応液0.1mlと発色液3mlを混合し、37℃で5分間反応させ、505nmの吸光度を測定した。試料を使用した酵素反応液の吸光度と対照溶液(試料溶液の代わりにバッファである酢酸アンモニウム水溶液pH5.5を使用し、同様に反応させた酵素反応液)の吸光度に基づいて阻害率を計算した。表3は、各品種の抽出液によるα−グルコシダーゼの糖質分解効果の阻害率を示している。
【0033】
【表3】

【0034】
表3によれば、繊No.307、繊No.322、繊No.335、繊No.416、繊K61として特定される各品種の抽出液の阻害率は、一ノ瀬の抽出液の阻害率よりも高い。また、合成された1−デオキシノジリマイシン標準品の阻害率96.5%に近いレベルを示している。従って、桑由来1−デオキシノジリマイシンを含む1−デオキシノジリマイシン含有組成物を製造する際に、繊No.307、繊No.322、繊No.335、繊No.416、繊K61として特定される各品種を原料とすれば、糖尿病の予防などに適した1−デオキシノジリマイシン含有組成物を製造できる。
【0035】
また、表3によれば、桑の枝の抽出液の阻害率が、桑の葉の抽出液の阻害率と同等か、或いはそれ以上の値を示している。従って、桑由来1−デオキシノジリマイシンを含む1−デオキシノジリマイシン含有組成物を製造する際に、桑の葉のみならず、桑の枝を原料とした場合でも、糖尿病の予防などに適した1−デオキシノジリマイシン含有組成物を製造できる。さらに、一ノ瀬において、樹皮の抽出液の阻害率が葉の抽出液の阻害率と同等であることが認められた。従って、桑の部位として、樹皮を用いることによっても、糖尿病の予防などに用いる1−デオキシノジリマイシン含有組成物を製造できる。
【0036】
(蚕の排泄物)
また、本発明者らは、蚕の排泄物が含有する1−デオキシノジリマイシンを定量した。より具体的には、蚕の排泄物を自然乾燥させた乾燥物を、水とエタノールからなる溶媒(エタノール比50重量%)で抽出し、抽出液を凍結乾燥した後に粉砕して乾燥粉末とした。また、乾燥粉末を、水とアセトニトリルからなる溶液(アセトニトリル比50重量%、6.5mM酢酸アンモニウムを含む、pH5.5)に溶解し、0.2あるいは0.45μMフィルターでろ過し、液体クロマトグラフ・質量分析計(LC−MS)により測定した。なお、蚕の排泄物として、一ノ瀬の葉で飼育した蚕の排泄物と、人工飼料で飼育した蚕の排泄物とを用いた。人工飼料は、「くわのはな」(登録商標)であり、乾燥した葉の粉末、デンプン、脱脂大豆の粉末、ビタミンなどを羊羹状にしたものである。
【0037】
定量の結果、一ノ瀬で飼育した蚕の排泄物の乾燥粉末1gあたりの1−デオキシノジリマイシンの含有量は2.22mg/gであり、一ノ瀬の乾燥粉末における対応する項目の含有量(2.02mg/g)よりも多いことが見出される。また、人工飼料で飼育した蚕の排泄物であっても、その乾燥粉末1gあたりの1−デオキシノジリマイシンの含有量は0.76mg/gであった。
【0038】
また、本発明者らは、上記の含有量に基づいて、蚕の排泄物の溶媒で抽出する前の乾燥物1gあたりの1−デオキシノジリマイシンを算出した。算出の結果、一ノ瀬の葉で飼育した蚕の排泄物の乾燥物1gあたりの1−デオキシノジリマイシンの含有量は0.62mgであり、一ノ瀬の乾燥物における対応する項目の含有量(0.43mg/g)よりも多いことが見出される。また、人工飼料で飼育した蚕の排泄物であっても、その乾燥物の含有量は0.11mg/gであった。
【0039】
また、本発明者らは、蚕の排泄物の抽出液について、表3の測定方法と同様の方法によりα−グルコシダーゼの糖質分解効果の阻害率も測定した。測定結果によれば、一ノ瀬の葉で飼育した蚕の排泄物の抽出液の阻害率は、97.8%であり、一ノ瀬の抽出液の阻害率よりも高い。さらに、合成された1−デオキシノジリマイシン標準品の阻害率96.5%を超えるレベルを示している。また、人工飼料で飼育した蚕の排泄物の抽出液であっても、その阻害率は95.4%であり、一ノ瀬の抽出液の阻害率よりも高い。
【0040】
以上より、蚕の排泄物は、桑由来1−デオキシノジリマイシンを高濃度で含有している。従って、蚕の排泄物を原料として溶媒で抽出すれば、桑由来1−デオキシノジリマイシンを高濃度で含有する抽出物を得ることができる。
【0041】
(桑由来1−デオキシノジリマイシンの抽出方法)
図1は、本発明の桑由来1−デオキシノジリマイシンの抽出方法を示すフローチャートである。
【0042】
図1に示すように、本発明の抽出方法は、桑の葉などを乾燥して乾燥物を得る乾燥工程(ステップST1)と、乾燥物を粉砕する粉砕工程(ステップST2)と、粉砕された乾燥物を水およびアルコールからなる溶媒で抽出して抽出液を得る抽出工程(ステップST3)と、抽出液を乾燥した後に粉砕して乾燥粉末を得る後処理工程(ステップST4)を含んでいる。後処理工程(ステップST4)では、抽出液を凍結乾燥する凍結乾燥工程(ステップST41)を含んでいる。
【0043】
本例では、原料として一ノ瀬の葉を用いているが、原料として、繊No.307、繊No.322、繊No.335、繊No.416、繊K61として特定される群から選択される品種の桑や枝や樹皮や蚕の排泄物を用いた場合でも、同様の抽出方法により、桑由来1−デオキシノジリマイシンを抽出できる。
【0044】
(乾燥工程)
乾燥工程(ステップST1)では、採取後に水洗浄して異物を除去した桑の葉を室内で自然乾燥して乾燥物を得る。ここで、本発明者らは、後述するように、自然乾燥により乾燥物を得れば、抽出工程(ステップST3)で得られる抽出液におけるα−グルコシダーゼの糖質分解効果の阻害率が高くなるという知見を得ている。また、発明者らは、自然乾燥によれば、原料を加熱しないので、原料に含まれる1−デオキシノジリマイシンの損失を抑えることができるという知見を得ている。
【0045】
なお、乾燥工程(ステップST1)では、凍結乾燥、真空凍結乾燥、温風乾燥、低温除湿乾燥などの周知の乾燥方法や、製茶機を用いて乾燥する方法を用いることもできる。
【0046】
(粉砕工程)
粉砕工程(ステップST2)では、乾燥工程(ステップST1)で得られた乾燥物を公知の粉砕機に投入して、これらを粉末化する。粉末化されることにより、次の抽出工程(ステップST3)で溶媒が原料の中に浸み込みやすくなるので、1−デオキシノジリマイシンの抽出が促進される。
【0047】
(抽出工程)
抽出工程(ステップST3)では、粉末化された乾燥物を、水およびエタノールを主成分とする溶媒で抽出して、抽出液を得る。より詳細には、粉末化された乾燥物を溶媒に投入し、室温で8時間〜12時間程振とうさせながら、抽出を行う。
【0048】
ここで、溶媒としては、エタノール比が25重量%以上のものを用いることができるが、本発明者らは、溶媒におけるエタノール比を50重量%より高い方が好ましく、さらに、50重量%より高く75重量%以下の範囲で抽出液に1−デオキシノジリマイシンが高濃度で抽出されることを見出している。
【0049】
すなわち、本発明者らは、粉末化された一ノ瀬の乾燥物をエタノール比が異なる溶媒で抽出して各抽出液を得るとともに、各抽出液を凍結乾燥した後に粉砕して乾燥粉末とし、乾燥粉末に含まれている1−デオキシノジリマイシンを定量した。定量では、乾燥粉末を、水とアセトニトリルからなる溶液(アセトニトリル比50重量%、6.5mM酢酸アンモニウムを含む、pH5.5)に溶解し、0.2あるいは0.45μMフィルターでろ過し、液体クロマトグラフ・質量分析計(LC−MS)により測定した。さらに、定量結果から、溶媒で抽出する前の乾燥物1gあたりの1−デオキシノジリマイシンを算出した。図2は、この乾燥物1gあたりの1−デオキシノジリマイシンの抽出量を溶媒毎に示す棒グラフである。
【0050】
図2に示すように、エタノール比75重量%の溶媒を用いた場合には、乾燥物あたりの1−デオキシノジリマイシンの抽出量は0.3mg/gである。この値は、エタノール比50重量%の溶媒を用いた場合の抽出量0.24mg/gよりも多く、エタノール比25重量%の溶媒を用いた場合の抽出量0.21mg/gよりも多い。
【0051】
また、本発明者らは、エタノール比の異なる溶媒で抽出した各抽出液について、α−グルコシダーゼの糖質分解効果の阻害率も測定した。表4はその測定結果である。阻害率の測定方法は表3の場合と同様である。
【0052】
【表4】

【0053】
表4によれば、エタノール比75重量%の溶媒で得られた抽出液の阻害率は91.9%であり、エタノール比25重量%の溶媒で得られた抽出液の阻害率86.1%、および、エタノール比50重量%の溶媒で得られた抽出液の阻害率87.3%よりも高い。すなわち、エタノール比75重量%の溶媒を用いて得た抽出液に含まれる桑由来1−デオキシノジリマイシン含有成分は、エタノール比25重量%の溶媒およびエタノール比50重量%を用いて得た抽出液に含まれる桑由来1−デオキシノジリマイシン含有成分よりもα−グルコシダーゼの糖質分解効果の阻害率が高いので、桑由来1−デオキシノジリマイシンを含む1−デオキシノジリマイシン含有組成物を製造する際に、エタノール比75重量%の溶媒を用いて得た抽出液を用いれば、糖尿病の予防などに適した1−デオキシノジリマイシン含有組成物を製造できる。
【0054】
また、表4によれば、乾燥工程において、自然乾燥で得た乾燥物を溶媒で抽出した抽出液の阻害率の方が、温風乾燥で得た乾燥物を溶媒で抽出した抽出液の阻害率よりも高い。従って、α−グルコシダーゼの糖質分解効果の阻害率が高い桑由来1−デオキシノジリマイシン含有成分を抽出するためには、乾燥工程(ステップST1)において、原料を自然乾燥することが好ましい。
【0055】
(後処理工程)
後処理工程(ステップST4)では、抽出工程(ステップST3)で得られた抽出液をろ過あるいは遠心分離機にかけて上清を得る。そして、この上清を凍結乾燥機や真空凍結乾燥機で凍結乾燥して凍結乾燥物を得る凍結乾燥工程(ステップST41)を行う。さらに、得られた凍結乾燥物を粉砕して、乾燥粉末とする。これにより、桑由来1−デオキシノジリマイシン含有成分を高濃度で含有する抽出物を得ることができる。また、抽出物として乾燥粉末を得ることにより、保存性が高まり、取り扱いが容易になる。従って、この乾燥粉末を利用して、飲料や食品、サプリメントなどの桑由来1−デオキシノジリマイシン含有組成物を製造することが容易になる。
【0056】
ここで、エタノールは水よりも蒸発、昇華しやすいので、エタノール比が50重量%を超えている溶媒で得た抽出液の凍結乾燥に要する時間は、エタノール比が50重量%以下の溶媒で得た抽出液の凍結乾燥に要する時間よりも短くなる。従って、1−デオキシノジリマイシンを高濃度で含有する組成物を、効率よく製造できる。
【0057】
なお、後処理工程(ステップST4)では、上清を蒸留した後に、凍結乾燥工程(ステップST41)を行ってもよい。或いは、上清を減圧濃縮した後に、凍結乾燥工程(ステップST41)を行ってもよい。上清の蒸留または減圧濃縮を行った場合でも、重量比の高いエタノールを短時間で削減或いは除去できるので、凍結乾燥工程(ステップST41)に要する時間を短縮できる。
【0058】
また、後処理工程(ステップST4)では、噴霧乾燥、熱風乾燥、低温除湿乾燥により、上清を乾燥させることもできる。
【0059】
(抽出方法による効果)
本実施の形態の抽出方法によれば、抽出工程(ステップST3)において、溶媒に桑由来1−デオキシノジリマイシン含有成分がよく溶け出す。従って、一般的な品種である一ノ瀬を原料として用いた場合でも、1−デオキシノジリマイシンを高濃度で含有する抽出物を得ることができる。
【0060】
また、溶媒におけるエタノール比が高いので、後処理工程(ステップST4)における凍結乾燥に要する時間を短縮できる。従って、1−デオキシノジリマイシンを高濃度で含有する抽出物を、効率よく得ることができる。
【0061】
ここで、原料として、繊No.307、繊No.322、繊No.335、繊No.416、繊K61として特定される群から選択される品種の桑や枝や樹皮、或いは、蚕の排泄物を用いれば、原料自体が1−デオキシノジリマイシンを高濃度で含有するので、より高濃度で1−デオキシノジリマイシンを含有する抽出物を得ることができる。また、これら繊No.307、繊No.322、繊No.335、繊No.416、繊K61として特定される各品種の抽出液はα−グルコシダーゼの糖質分解効果の阻害率が高いことが認められたので、これら特定の品種を原料として得られた抽出物、および、これらの抽出物を利用して製造される組成物は、糖尿病の予防などに適している。
【0062】
(その他の実施の形態)
上記の実施の形態では、水とエタノールとからなる溶媒を用いていたが、エタノールの替わりに、メタノール、1−プロパノール、2−プロパノールなどの親水性のある低級アルコールを用いても同様の作用効果を得ることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊No.307、繊No.322、繊No.335、繊No.416、繊K61として特定される群から選択される品種の桑、或いは、蚕の排泄物から、水およびアルコールを主成分とする溶媒を用いて桑由来1−デオキシノジリマイシン含有成分を抽出し、
前記繊No.307は、一ノ瀬(2x)と繊No.402(4x)との3倍交雑により育成した3倍体であり、
前記繊No.322は、一ノ瀬(2x)と繊No.410(4x)との3倍交雑により育成した3倍体であり、
前記繊No.335は、前記繊No.416(4x)と改良鼠返(2x)との3倍交雑により育成した3倍体であり、
前記繊No.416は、一ノ瀬(2x)の芽先のコルヒチン滴下処理により育成した4倍体であり、
前記繊K61は、多胡早世(4x)と、繊No.401(4x)およびケグワの5倍交雑とにより5倍体を育成し、さらにケグワの花粉を受粉させた6倍交雑により育成した6倍体であり、
前記繊No.401は、改良鼠返(2x)の交雑種子(2x)のコルヒチン浸漬処理により育成した4倍体であり、
前記繊No.402は、鼠返(2x)の交雑種子(2x)のコルヒチン浸漬処理により育成した4倍体であり、
前記繊No.410は、改良鼠返(2x)の芽先成長点のコルヒチン滴下処理により育成した4倍体であることを特徴とする桑由来1−デオキシノジリマイシンの抽出方法。
【請求項2】
前記繊No.307、前記繊No.322、前記繊No.335、前記繊No.416、前記繊K61として特定される群から選択される品種の桑、或いは、蚕の排泄物を自然乾燥させた後に、前記溶媒を用いて前記桑由来1−デオキシノジリマイシン含有成分を抽出することを特徴とする請求項1に記載の桑由来1−デオキシノジリマイシンの抽出方法。
【請求項3】
前記繊No.307、前記繊No.322、前記繊No.335、前記繊No.416、前記繊K61として特定される群から選択される品種の桑、或いは、蚕の排泄物を乾燥させた後に粉砕し、しかる後に、前記溶媒を用いて前記桑由来1−デオキシノジリマイシン含有成分を抽出することを特徴とする請求項1に記載の桑由来1−デオキシノジリマイシンの抽出方法。
【請求項4】
前記溶媒を用いて抽出した前記桑由来1−デオキシノジリマイシン含有成分を含む抽出液を凍結乾燥することを特徴とする請求項1、2または3に記載の桑由来1−デオキシノジリマイシンの抽出方法。
【請求項5】
前記抽出液を凍結乾燥させて得られた乾燥粉末には、1gあたり2.22mg以上の桑由来1−デオキシノジリマイシンが含有されていることを特徴とする請求項4に記載の桑由来1−デオキシノジリマイシンの抽出方法。
【請求項6】
前記桑として、葉、枝および樹皮のいずれかの部位を用いることを特徴とする請求項1ないし5のうちのいずれかの項に記載の桑由来1−デオキシノジリマイシンの抽出方法。
【請求項7】
前記溶媒におけるアルコール比は、50重量%より高いことを特徴とする請求項1ないし6のうちのいずれかの項に記載の桑由来1−デオキシノジリマイシンの抽出方法。
【請求項8】
桑由来1−デオキシノジリマイシンを含む1−デオキシノジリマイシン含有組成物の製造方法であって、
前記桑由来1−デオキシノジリマイシンは、請求項1ないし7のうちのいずれかの項に記載の抽出方法によって抽出されたものであることを特徴とする1−デオキシノジリマイシン含有組成物の製造方法。
【請求項9】
桑由来1−デオキシノジリマイシンを含む1−デオキシノジリマイシン含有組成物であって、
前記桑由来1−デオキシノジリマイシンは、繊No.307、繊No.322、繊No.335、繊No.416、繊K61として特定される群から選択される品種の桑、或いは、蚕の排泄物から、水およびアルコールを主成分とする溶媒を用いて抽出したものであり、
前記繊No.307は、一ノ瀬(2x)と繊No.402(4x)との3倍交雑により育成した3倍体であり、
前記繊No.322は、一ノ瀬(2x)と繊No.410(4x)との3倍交雑により育成した3倍体であり、
前記繊No.335は、前記繊No.416(4x)と改良鼠返(2x)との3倍交雑により育成した3倍体であり、
前記繊No.416は、一ノ瀬(2x)の芽先のコルヒチン滴下処理により育成した4倍体であり、
前記繊K61は、多胡早世(4x)と、繊No.401(4x)およびケグワの5倍交雑とにより5倍体を育成し、さらにケグワの花粉を受粉させた6倍交雑により育成した6倍体であり、
前記繊No.401は、改良鼠返(2x)の交雑種子(2x)のコルヒチン浸漬処理により育成した4倍体であり、
前記繊No.402は、鼠返(2x)の交雑種子(2x)のコルヒチン浸漬処理により育成した4倍体であり、
前記繊No.410は、改良鼠返(2x)の芽先成長点のコルヒチン滴下処理により育成した4倍体であることを特徴とする1−デオキシノジリマイシン含有組成物。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−26272(P2011−26272A)
【公開日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−175743(P2009−175743)
【出願日】平成21年7月28日(2009.7.28)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】