説明

機械設備の異常診断システム

【課題】 診断対象から検出された信号を、任意の周波数分解能で高速フーリエ変換して高精度に異常診断を実施できる機械設備の異常診断システムを提供すること。
【解決手段】 検出信号をデジタル信号に変換するA/D変換部2と、診断に必要な周波数帯域の信号を取り出すデジタルフィルタ部3と、取り出した信号のエンベロープを求める絶対化処理部5と、エンベロープを任意の周波数分解能で高速フーリエ変換するべくゼロ詰め補間するゼロ補間部6と、ゼロ詰め補間された信号を高速フーリエ変換により周波数分析するFFT部8と、得られた周波数スペクトルに基づいて異常を診断する診断部13とを備えた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄道車両、航空機械、風力発電装置、工作機械、自動車、製鉄機械、製紙機械、回転機械、等といった、軸受を含む機械設備の異常診断技術に関し、より詳細には、機械設備から発生する音または振動を分析することにより、その機械設備内の軸受または軸受関連部材の異常を診断する機械設備の異常診断技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、この種の異常診断技術として、機械設備の摺動部材または摺動部材関連部材からの音または振動を表す信号を検出し、検出した信号またはそのエンベロープ信号の周波数スペクトルを求め、その周波数スペクトルから、機械設備の摺動部材または機械設備の摺動部材関連部材の異常に起因する周波数成分のみを抽出し、抽出した周波数成分の大きさにより、機械設備に使用されている摺動部材における異常の有無を診断するものが知られている(特許文献1参照)。
【0003】
また、回転体または回転体関連部材から発生する音または振動を検出し、検出した信号から診断に必要な周波数帯域の信号を取り出し、更に取り出した信号のエンベロープ(包絡線)を求め、求めたエンベロープを周波数解析し、周波数解析により回転体または回転体関連部材の異常に起因する周波数の基本周波数成分の大きさと、その自然数倍の周波数成分の大きさとを求め、求めた基本周波数成分の大きさと、その自然数倍の周波数成分の大きさとを比較し、少なくともその比較結果を、機械設備の異常を判断する基準として用いるようにしたものも知られている(特許文献2参照)。
【0004】
また、機械設備から発生した音または振動のアナログ信号をA/D(アナログ・デジタル)変換によりデジタル信号に変換して実測デジタルデータを生成し、この実測デジタルデータに対して周波数分析およびエンベロープ分析等の適宜解析処理を行なって実測周波数スペクトルデータを生成し、機械設備の異常に起因した周波数成分の1次、2次、4次値に対する実測周波数スペクトルデータ上のピークの有無により、機械設備に対する異常の有無の診断を行なうものも知られている(特許文献3参照)。
【0005】
また、振動加速度のエンベロープ波形をデジタル信号に変換し、デジタル化した振動データの時間毎の振動スペクトル分布を求めると共に、振動測定時の転がり軸受の回転速度を時々刻々求めて、回転速度の時間変化パターンと振動スペクトル分布におけるピークスペクトルの周波数の時間変化パターンが一致し、さらに、任意の時刻におけるピークスペクトルの周波数が、転がり軸受の回転速度と転がり軸受の幾何学的寸法とから求まる転がり軸受損傷の特徴周波数と一致する場合に、転がり軸受の特定部位に損傷が発生したと判定するものも知られている(特許文献4参照)。
【0006】
これらの従来技術においては、検出信号のエンベロープを求めるエンベロープ処理(あるいは絶対値化処理)はアナログ処理であってあったりデジタル処理であったりするが、周波数解析処理にはデジタル処理である高速フーリエ変換(FFT)処理が使用される。 FFT演算を行なうために、エンベロープ処理の前または後にA/D変換を行なっている。そして、いずれの従来技術においても、エンベロープ処理の後にFFT演算を行なっている。
【0007】
エンベロープ処理をアナログ処理により行なう方式では、エンベロープ処理ユニットが必要となる。したがってシステムのコスト低減および小型化を図る上では、エンベロープ処理をデジタル処理で行なう方式の方が有利である。
【特許文献1】特開2003−202276号公報
【特許文献2】特開2003−232674号公報
【特許文献3】特開2003−130763号公報
【特許文献4】特開平09−113416号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
エンベロープ処理をデジタル処理で行なう方式において、異常診断効率を上げる方法として、FFT演算の効率を上げることが考えられる。FFT演算の効率向上は、FFT演算の点数を少なくすることにより達成可能である。しかし、FFT演算の点数を少なくして計算効率を上げようとすると、周波数分解能が悪くなってしまい、異常診断の精度低下を招くという問題がある。
【0009】
回転機械において軸受欠陥等に起因する異常を診断するための演算デバイスは、寸法や消費電力が小さい方が組込み用として望ましい。また計算精度の面からもメモリ容量の面からも、少ない演算点数でFFTを行なうことが要求される。しかし、その一方で、上述したように、周波数分解能がある程度高くないと異常診断の精度低下を招く。生波形を復元できる周波数を10kHz(サンプリング周波数は20kHz以上)までとる必要があっても軸受の欠陥周波数の上限は結局1kHz以下になる。
【0010】
本発明は、前述した事情に鑑みなされたものであり、その目的は、診断対象から検出された信号を、任意の周波数分解能でFFTして高精度に異常診断を実施できる、機械設備の異常診断システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するため、本発明に係る機械設備の異常診断システムは、下記(1)、(2)、および(3)を特徴としている。
(1) 機械設備から発生する音または振動を検出し、その信号を分析することにより、機械設備内の軸受または軸受関連部材の異常を診断する異常診断システムであって、
前記信号をデジタル信号に変換するA/D変換部と、
当該A/D変換部により変換されたデジタル信号から診断に必要な周波数帯域の信号を取り出すデジタルフィルタ処理部と、
当該デジタルフィルタ処理部により取り出された信号のエンベロープを求めるエンベロープ処理部と、
当該エンベロープ処理部により求められたエンベロープを任意の周波数分解能で高速フーリエ変換するべくゼロ詰め補間する補間処理部と、
当該補間処理部によりゼロ詰め補間された信号をFFTするFFT部と、
当該FFT部により得られた周波数スペクトルに基づいて異常を診断する診断部と、
を備えたこと。
(2) 上記(1)の構成を備えた機械設備の異常診断システムにおいて、前記補間処理部が、前記FFT部におけるサンプリング周波数が2のN乗ヘルツまたは2のN乗の倍数ヘルツになるようにゼロ詰め補間すること。
(3) 上記(1)または(2)の構成を備えた機械設備の異常診断システムが、前記FFT部により得られた周波数スペクトルのピークを検出するピーク検出部を更に備え、前記診断部が、前記ピーク検出部によって検出されたピークのうち振動の主成分に対応するピークあるいは振動の主成分および高次成分に対応するピークと診断対象の異常を示す周波数との一致度を求め、その一致度の複数回分の累計結果を評価することにより異常を診断すること。
【0012】
上記(1)の構成の異常診断システムによれば、機械設備から発生する音または振動を検出し、その信号をデジタル信号に変換し、そのデジタル信号から診断に必要な周波数帯域の信号を取り出してそのエンベロープを求め、そのエンベロープを任意の周波数分解能でFFTするべくゼロ詰め補間した上でFFTし、FFTにより得られた周波数スペクトルに基づいて異常を診断するので、高精度に異常診断を実施できる、高精度に異常診断を実施できる。
上記(2)の構成の異常診断システムによれば、FFT部におけるサンプリング周波数が2のN乗(例えばN=8〜12)ヘルツまたは2のN乗の倍数ヘルツになるようにゼロ詰め補間されるので、FFT演算時における周波数補間が確実になされる。
上記(3)の構成の異常診断システムによれば、検出された周波数スペクトルのピークのうち振動の主成分に対応するピークあるいは振動の主成分および高次成分に対応するピークと診断対象の異常を示す周波数との一致度を求め、その一致度の複数回分の累計結果を評価することにより異常を診断するので、異常診断を高精度に実施できる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、診断対象から検出された信号を、任意の周波数分解能でFFTして高精度に異常診断を実施できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための最良の形態について、転がり軸受を含む機械設備を対象とし、機械設備内の転がり軸受の傷の有無を判断する場合を例に説明する。
【0015】
図1は本発明の異常診断システムの形態例を示す機能ブロック図である。
【0016】
図1に示すように、本発明の異常診断システムは、アナログアンプフィルタ部1、A/D変換部2、デジタルフィルタ部3、デシメーション部4、絶対値化部(エンベロープ処理部)5、ゼロ補間部(補間処理部)6、ハニング窓関数処理部7、FFT部8、ピーク検出部9、軸受欠陥基本周波数算出部10、比較部11、積算部12、診断部13、および診断結果出力部14を備えている。
【0017】
アナログアンプフィルタ部1には、診断対象の機械設備から発生する音または振動を検出する振動センサ(音響センサを含む)14により検出された信号が入力される。アナログアンプフィルタ部1は、入力された信号を所定のゲインで増幅するとともに、所定周波数以上の信号を遮断する。
【0018】
A/D変換部2は、アナログアンプフィルタ部1を通過したアナログ信号を、所定のサンプリング周波数でサンプリングしてデジタル信号に変換する。
【0019】
デジタルフィルタ部3は、A/D変換部2により生成されたデジタル信号のうち、所定の周波数帯域の信号のみ通過させる。
【0020】
デシメーション部4は、デジタルローパスフィルタ3を通過した信号を所定のサンプリング周波数でサンプリングすることにより間引き処理する。
【0021】
絶対値化部5は、デシメーション部4により取り出された信号のエンベロープ(包絡線波形)を離散化データとして求める。
【0022】
ゼロ補間部6は、絶対値化部5により得られたエンベロープの離散化データを任意の周波数分解能で高速フーリエ変換するためにゼロ詰め補間する。ここで、ゼロ詰め補間とは、FFT部8によるサンプリング周波数が2の累乗になるように、不足が生じる場合にエンベロープの離散化データに0を追加して調整する補間をいう。
【0023】
ハニング窓関数処理部7は、ゼロ補間部6により補間処理された後の信号に所定周期のハニング窓関数を掛けることにより、診断に使用する信号を切り出す。
【0024】
FFT部8は、ハニング窓関数処理部7により切り出された信号をFFTアルゴリズムにより周波数解析し、周波数スペクトル波形信号を生成する。
【0025】
ピーク検出部9は、FFT部8により得られた周波数スペクトルのピークを検出する。
【0026】
軸受欠陥基本周波数算出部10は、回転速度検出器15により検出された転がり軸受の回転速度と、ROM16から読み出された軸受の内部諸元とに基づいて軸受の欠陥を示す基本周波数を算出する。
【0027】
比較部11は、ピーク検出部9により得られたピークと、軸受欠陥基本周波数算出部10により算出された周波数とを比較し、その一致度を数値化して出力する。
【0028】
積算部12は、比較部11からの出力値を積算し、その結果を出力する。
【0029】
診断部13は、積算部12による積算結果に基づいて異常を診断する。
【0030】
診断結果出力部14は、診断部13による診断結果を出力する。
【0031】
上記ピーク検出部9は、移動平均化処理部と、平滑化微分処理部と、しきい値選別部と、ソーティング選別部とを備えている。
【0032】
移動平均化処理部は、FFT部8により得られた周波数スペクトル(周波数領域の離散データ)を左右対称に重み付けして移動平均化する。
【0033】
平滑化微分処理部は、移動平均化処理部による移動平均化処理の際に数値微分演算を行ない、微分係数の符号が変化する周波数ポイントを周波数スペクトルのピークとして抽出する。
【0034】
しきい値選別部は、平滑化微分処理部により抽出されたピークのうち、振幅レベルの二乗平均平方根がしきい値以上のものを選別する。しきい値には、平滑化微分処理部により抽出されたピークのパワー平均値や二乗平均平方根に応じて決まる相対的な値を用いる。
【0035】
ソーティング選別部は、しきい値選別部で選別されたピークのうち、振幅レベルの二乗平均平方根が大きい方から所定の個数までのピークを選別する。その最も簡単な方法として、たとえば公知のソーティングアルゴリズムを用いて複数のピークをレベルに関して降順ソートした後、上位のものから選別する方法をあげることができる。
【0036】
図2は本発明の異常診断システムの具体的構成要素であるマイクロコンピュータ(MPU)とその周辺回路の形態例を示すブロック図(ハードウェア構成図)である。
【0037】
図2に示すように、マイクロコンピュータ(MPU)20には、シンクロナスDRAM21、フラッシュメモリ22、アナログアンプフィルタ23(1)、A/D変換器24(2)、および液晶表示器(LCD)25(14)が接続されている。
【0038】
MPU20は、RISC型コンピュータである。MPU20は、CPU20aの他にDSP20b、キャッシュRAM20c、およびダイレクトメモリアクセスコントローラ(DMAC)20dを備えている。
【0039】
DSP20bは、固定小数点演算方式のDSPである。DSP20bは、専用の命令で積和演算を1サイクルで実行できるように、それぞれ専用のバスで接続されたX-RAMとY-RAMとからなる高速メモリ(X/Y-RAM20)eを内蔵している。X-RAMとY-RAMの容量は8キロバイトずつである。DSP20bは、命令バスと合わせて3つのバスに同時にアクセス可能であり、複数の命令を同時に実行することができる。X/Y-RAMは、デュアルポートRAM、デュアルアクセスRAM、マルチポートRAM、等とも呼ばれる。
【0040】
シンクロナスDRAM21、フラッシュメモリ22およびA/D変換器24は、CPU20aの外部バスに接続されている。シンクロナスDRAM21は、主記憶として機能する32MB(メガバイト)の容量のメモリである。フラッシュメモリ22は、プログラム格納領域として機能する4MBの容量のメモリである。フラッシュメモリ22には、マイクロコンピュータ20を、図1中のデジタルフィルタ部3、デシメーション部4、絶対値化部5、ゼロ補間部6、ハニング窓関数処理部7、FFT部8、ピーク検出部9、軸受欠陥基本周波数算出部10、比較部11、積算部12、および診断部13として機能させるためのプログラムが格納されている。
【0041】
シンクロナスDRAM21およびフラッシュメモリ22は、CPU20aよりも動作速度が遅いため、CPU20aの高速性を生かすためにはキャッシュメモリが不可欠である。そのために、マイクロコンピュータ20には、データ/命令混在型のキャッシュRAM20cが内蔵されている。
【0042】
DMAC20dは、シンクロナスDRAM21に対してA/D変換器24で得られたデータをCPU20aを使わずに転送するDMA動作を制御する。
【0043】
液晶表示器25は、診断情報を表示するための出力装置である。
【0044】
図1に示す異常診断システムでデジタル演算処理を行なう機能ブロックのうち一度に(1ループ毎に)扱うデータの量が最も大きいのはFFT部8である。FFT部8をMPU20内のDSP20bで実現するには、FFT演算処理で使用するデータがX/Y-RAM20dに収まる必要がある。
【0045】
一方、軸受の振動解析によって傷を検出するには、10kHz程度までの周波数帯域で波形を観測する必要があるが、傷の特徴となる周波数は一般的には1kHz以下になる。
【0046】
この例では、診断対象である軸受の傷の特徴周波数が100Hz以下の低い周波数であるものとし、FFT部8の周波数分解能を1Hz(±0.5Hz)、サンプリング周波数を32.768kHz、サンプリング時間(Tw)を750msとする。したがって、生波形のサンプリング個数は32768×0.75=24576である。最終的にFFT部8で周波数スペクトルを求める段階では、サンプリング時間が1sとなるようにゼロ補間を行なうことにより、周波数分解能は1Hz(±0.5Hz)となる。
【0047】
デジタルフィルタ部3の通過帯域幅は、異常に起因する振動とノイズとのS/N比が最も大きくなる周波数帯域に合わせて選定される。たとえば、予め1kHz〜4kHzの周波数帯域で剥離欠陥のS/N比が最大になることが分かっている場合、デジタルフィルタ部3の通過帯域幅を1kHz〜4kHzに選定する。この種のデジタルフィルタは、FIRフィルタ、IIRフィルタ、FFTと逆FFT(IFFT)を用いたフィルタ、等で構成することが可能であるが、固定小数点演算方式のDSPを内蔵したRISC型マイコンの場合はFIRフィルタが適している。
【0048】
絶対値化処理部5は、エンベロープまたは絶対値波形に対してDC成分を消すために平均値をとって、振幅ゼロのラインを引き直す。この絶対値処理(エンベロープ処理)により、軸受欠陥に起因した1kHz未満の低域の信号が顕在化する。この時点では、高域の信号も含まれたままになっているので、FFTを行なう前に1kHz未満の低域の信号のみ通過させるFIRローパスフィルタをかけておくことが望ましいが、既に生波形に対してデジタルフィルタ部3によるバンドパスフィルタ処理と絶対値化処理部5による絶対値化(エンベロープ抽出)処理とを施してあるので、FFT部8の直前におけるローパスフィルタ処理を省略しても軸受欠陥の診断精度への影響は少ない。
【0049】
デシメーション部4によるFFT演算ポイントの間引き率(間引き量)およびゼロ補間部6による補間率あるいは補間ビット数は、分析すべき周波数帯域、周波数分解能、FFT演算点数、等に応じて決められる。この例では、MPU20内のDSP20bによる超高速FFT演算処理を実現しようしとしているため、FFT演算点数はDSP20bから並列専用バスでアクセスできるX/Y-RAM20eの容量によって自ずと制限される。
【0050】
FFT部8で演算処理されるデータは、実数部と虚数部とからなり、それぞれX/Y-RAM20eのX-RAMとY-RAMに割り当てられる。入力と出力でメモリ領域を供給させる方式とすれば、8kB分のデータ長をFFTできる。A/D変換器24(2)の分解能が16ビット(2バイト)であれば、演算変数も2バイト長にしておくことにより、8192/2バイトすなわち4096点までのデータをDSP20bで高速処理することが可能である。
【0051】
必要な周波数分解能Δfwは、サンプリング周波数(fs,fft)が1.0HzのときのFFTの区間長をTw,fftとすると、Δfw=1/Tw,fftで表される。したがって、Tw,fft=1sであれば要件を満たす。
【0052】
この例では、サンプリング時間Tw,fftを0.75sとしたので、0.25sサンプリング時間が不足する。この不足分をゼロ補間部6で補間するのであるが、単にゼロ補間しただけでは、データ数が32786にも及んでしまう。
【0053】
そこで、当初のサンプリング個数(32.768)を、DSP20bのX/Y-RAM20eの容量と演算のバイト長から決まる上限のFFT演算点数である4096に間引くと、データ数が当初の1/8になり、FFT部8のサンプリング周波数も32.768/8=4.096に削減される。したがって、FFT部8で分析できる周波数の上限(ナイキスト周波数)は、その半分の2.048kHzになるが、それでもまだ軸受の欠陥を表す周波数(1kHz未満)を十分にカバーしている。
【0054】
この例では、これに準じて32.768kHzで0.75sのサンプリング(24576点)を行ない、デジタルフィルタ部3と絶対値化処理部5とで周波数帯域を低域化した後に1/8の間引き処理を行ない、サンプリング数とサンプリング周波数とをそれぞれ3072点と4.096Hzに下げ、4096に足りない点には、3072点の後ろに1024個のゼロ(0)を詰めて4096点のサンプリング波形データとする(図3参照)。この波形データがハニング窓関数部7を経てFFT部8に入力される。ハニング窓関数部7は、入力波形データにハニング窓関数を掛けることにより、FFT部8に入力される波形データの両端の影響を軽減する。この波形データをFFT部8でFFTすることにより、周波数スペクトルが1Hzの分解能で得られる。得られた周波数スペクトルデータは、ピーク検出部9に入力される。
【0055】
ピーク検出部9では、FFT部8により得られた周波数スペクトルを左右対称に重み付けして移動平均化する。これにより、周波数スペクトルが平滑化され雑音が軽減される。 さらに、移動平均化処理の際に数値微分演算を行なう。そして、微分係数の符号が変化する周波数ポイントを周波数スペクトルのピークとして抽出する。そして、抽出されたピークのうち振幅レベルの二乗平均平方根がしきい値以上のものを選別し、振幅レベルの二乗平均平方根が大きい方から所定の個数(たとえば10個)までのピークを選別する。
【0056】
一方、軸受欠陥基本周波数算出部10は、回転速度検出器15により検出された軸受の回転速度とROM16から読み出した軸受の内部諸元とに基づいて軸受の欠陥を示す基本周波数を算出する。回転速度検出器15による軸受の回転速度の検出は、振動センサ14による振動検出と同期して(例えば0.75sに1回)複数サイクル繰り返し実施される。
【0057】
そして、ピーク検出部9により検出されたピークの周波数と、軸受欠陥基本周波数算出部10により算出された基本周波数とが、各サイクル毎に同期して比較部11に入力される。
【0058】
比較部11は、ピークの周波数と基本周波数とが入力される度に、基本周波数およびその高調波成分とピークの周波数とを比較し、両者の一致する度合いに応じた点数を付け(数値化)、その値を積算部12に出力する。ここでの点数の付け方の例を下記の表に示す。
【0059】
【表1】

【0060】
この場合、一回の波形取り込みに対する診断処理は、算出された軸受欠陥に起因する振動の基本周波数と4次まで高調波成分に対して、検出されたピークとが一致する度合いに応じた診断点数を付けることに相当する。
【0061】
そして、周波数ピーク検出を繰り返してその都度、診断点数を加算していき、ポイント数の累計値を評価することにより、スペクトルのばらつきの影響を軽減して異常診断を高精度に行なうことができる。
【0062】
図4は、欠陥を導入した軸受(欠陥品)と欠陥のない軸受(正常品)の診断点数の累計値を棒グラフにして示したものである。この例は、内輪回転タイプの軸受に対し、上記異常診断システムを使用してテストを行なったものである。内輪回転タイプの軸受では外輪軌道に損傷を生じる場合が多いので、この例でも外輪軌道に傷を導入してテストを行なった。4セットの軸受を診断対象に用い、そのうちの2セットに外輪傷を導入した。このテストの条件では、外輪軌道に欠陥がある場合の基本周波数は100Hz以下であった。基本波に関しては、ピークの周波数が基本周波数の±1.0Hzの範囲内にあればピークの周波数と一致したものと判断し、2次、3次、4次の各高調波に関しては、ピークの周波数が各高調波周波数の±2.0Hzの範囲内にあればピークの周波数と一致したものと判断して、上記表1の点数を加算した。テスト時間は60秒とした。1サイクル分のサンプリング時間は0.75秒で、異常診断点数を出すための演算所用時間は0.15秒程度かかる。データ取り込みはDMAで行ない、演算処理は次回のデータを取り込む間に0.15秒で行なってしまうので、図5のようにトータルで見れば、60(+0.15)秒間連続で本システムを走らせることにより、80(=60/0.75)回の診断処理を実行できる。
【0063】
図4に示すように、正常品であっても若干のノイズがカウントされるが、欠陥品との差は歴然としている。欠陥品と正常品との間に大きな差が生じることから、しきい値の範囲を大きく取れるため、この範囲をグレーゾーンとして段階的な警報を発するようにすることも可能である。
【0064】
図6はFFT演算処理の時間について、DSP20bを使った場合とCPU20aのみで行なった場合とを対比させて示したグラフである。DSP20b内のX/Y-RAM20eの容量に合わせるように、FFT演算の点数をデジタルフィルタ部3で帯域を下げた後デシメーション部4で間引いたので、FFT演算をDSP20bで極めて高速に実行することができた。
【0065】
以上説明したように、この形態例の異常診断システムでは、検出信号をデジタル信号に変換し、診断に必要な周波数帯域の信号を取り出し、それを間引き処理した信号のエンベロープを求め、そのエンベロープを任意の周波数分解能でFFTするためにゼロ詰め補間し、更にハニング窓関数により診断に使用する信号を切り出した上で、FFTにより周波数分析し、得られた周波数スペクトルに基づいて異常を診断するので、FFT演算に使用する演算デバイスに合ったサンプリング周波数および周波数分解能で検出信号をFFTして高精度に異常診断を実施できる。
【0066】
また、FFTにより得られた周波数スペクトルを移動平均化処理し、更にそのスペクトルを平滑化微分して、微分係数の符号が正から負へ変化する周波数ポイントをピークとして検出した後、所定のしきい値以上のものを抽出し、それらをソーティングしてそのうちの上位所定数個をピークとして抽出し、それらのピークのうち振動の主成分に対応するピークあるいは振動の主成分および高次成分に対応するピークと診断対象の異常を示す周波数との一致度を求め、その一致度に点数を付けて複数回分累計し、その累計値を評価することにより異常を診断するので、異常信号や異常予兆信号と雑音信号とのS/N比が小さい条件下においても、雑音信号を異常あるいは異常予兆信号と誤検出することなく、極めて高精度に且つ高効率に異常診断を実施できる。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】本発明の異常診断システムの形態例を示す機能ブロック図である。
【図2】本発明の異常診断システムの具体的構成要素であるマイクロコンピュータとその周辺回路の形態例を示すブロック図である。
【図3】図1中のゼロ補間部によるゼロ補間処理の説明図である。
【図4】欠陥品と正常品の異常診断結果を示す図である。
【図5】データの取り込み処理とデータの演算処理のタイミングおよび所用時間を示すタイミング図である。
【図6】FFT演算処理の時間について、DSPを使った場合とCPUのみで行なった場合とを対比させて示した図である。
【符号の説明】
【0068】
2 A/D変換部
3 デジタルフィルタ部
5 絶対値化部(エンベロープ処理部)
6 ゼロ補間部(補間処理部)
8 FFT部
9 ピーク検出部
11 比較部
13 診断部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
機械設備から発生する音または振動を検出し、その信号を分析することにより、機械設備内の軸受または軸受関連部材の異常を診断する異常診断システムであって、
前記信号をデジタル信号に変換するA/D変換部と、
当該A/D変換部により変換されたデジタル信号から診断に必要な周波数帯域の信号を取り出すデジタルフィルタ処理部と、
当該デジタルフィルタ処理部により取り出された信号のエンベロープを求めるエンベロープ処理部と、
当該エンベロープ処理部により求められたエンベロープを任意の周波数分解能で高速フーリエ変換するべくゼロ詰め補間する補間処理部と、
当該補間処理部によりゼロ詰め補間された信号を高速フーリエ変換するFFT部と、
当該FFT部により得られた周波数スペクトルに基づいて異常を診断する診断部と、
を備えたことを特徴とする機械設備の異常診断システム。
【請求項2】
前記補間処理部が、前記FFT部におけるサンプリング周波数が2のN乗ヘルツまたは2のN乗の倍数ヘルツになるようにゼロ詰め補間することを特徴とする請求項1に記載した機械設備の異常診断システム。
【請求項3】
前記FFT部により得られた周波数スペクトルのピークを検出するピーク検出部を更に備え、
前記診断部が、前記ピーク検出部によって検出されたピークのうち振動の主成分に対応するピークあるいは振動の主成分および高次成分に対応するピークと診断対象の異常を示す周波数との一致度を求め、その一致度の複数回分の累計結果を評価することにより異常を診断することを特徴とする請求項1または請求項2に記載した機械設備の異常診断システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−125976(P2006−125976A)
【公開日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−313875(P2004−313875)
【出願日】平成16年10月28日(2004.10.28)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】