説明

湿式フリクションプレート

【課題】耐久性の低下を抑制しつつ油液の排出性を向上させ、クラッチ解放時のトルクの伝達を抑制することのできる湿式フリクションプレートを提供する。
【解決手段】フリクションプレート100は、円盤状のコアプレート10の表面に複数の摩擦部材20を互いに間隔を隔てて円形に配設したセグメント構造をなしている。各摩擦部材20は、油液の浸透しやすい第1部材21と、前記第1部材よりも油液の浸透しにくい第2部材22とが交互に繰り返し積層された部分を含んでおり、相手側の係合要素と当接する摩擦面において第1部材21が露出する部位と第2部材22が露出する部位とが同フリクションプレート100の周方向に交互に繰り返し並ぶように配設されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、自動変速機の湿式多板クラッチ等の係合要素として用いられる湿式フリクションプレートに関する。
【背景技術】
【0002】
自動変速機の湿式多板クラッチにあっては、クラッチ解放時にフリクションプレートと相手側の係合要素であるセパレータプレートとの間に大量の油液が滞留していると、フリクションプレートとセパレータプレートとを離間させているにも拘わらず、油液を介してトルクが伝達されてしまい、いわゆる引き摺りトルクが発生してしまう。
【0003】
そこで、こうした湿式多板クラッチに用いられる湿式フリクションプレートの中には、コアプレートの表面に複数の摩擦部材を所定の間隔を隔てて円形に配設するセグメント構造を採用しているものがある。
【0004】
こうしたセグメント構造の湿式フリクションプレートを備える湿式多板クラッチにあっては、フリクションプレートの回転に伴う遠心力の作用によって油液が各摩擦部材の間に形成された間隙を通じて外周側に排出されるようになり、上記のような引き摺りトルクの発生が抑制されるようになる。
【0005】
ところが、近年、変速機の小型化や変速時の応答性の向上を目的としてクラッチ解放時のフリクションプレートとセパレータプレートとの間隔は、狭くされる傾向にある。そして、狭くされたこの空間に油液を滞留させないようにして引き摺りトルクの発生を好適に抑制するためには、油液の排出性を更に向上させる必要があるが、各摩擦部材の間に設けた間隙だけでは、こうした要求に応える十分な排出能力を確保することができなくなってきている。
【0006】
これに対して、特許文献1に記載の湿式フリクションプレートのように摩擦部材の表面にたくさんの油溝を設けることにより、油液の排出性を更に向上させことも考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平11‐336805号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、摩擦部材の表面にたくさんの油溝を設けた場合には、油溝の凹凸のエッジ部分において剥離等の欠損が生じやすくなり、フリクションプレートの耐久性が著しく低下してしまうおそれがある。
【0009】
この発明は上記実情に鑑みてなされたものであり、その目的は、耐久性の低下を抑制しつつ油液の排出性を向上させ、クラッチ解放時のトルクの伝達を抑制することのできる湿式フリクションプレートを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
以下、上記目的を達成するための手段及びその作用効果について記載する。
請求項1に記載の発明は、円盤状のコアプレートの表面に複数の摩擦部材を互いに間隔を隔てて円形に配設したセグメント構造の湿式フリクションプレートにおいて、前記各摩擦部材は、油液の浸透しやすい第1部材と、前記第1部材よりも油液の浸透しにくい第2部材とが交互に繰り返し積層された部分を含んでなり、相手側の係合要素と当接する摩擦面において前記第1部材が露出している部位と前記第2部材が露出している部位とが同湿式フリクションプレートの周方向に交互に繰り返し並ぶように配設されてなることをその要旨とする。
【0011】
上記構成によれば、各摩擦部材は、油液の浸透しやすい第1部材と油液の浸透しにくい第2部材とが交互に繰り返し積層されている部分を含んで構成されており、その摩擦面には、油液の浸透しやすい第1部材が露出されている。そのため、相手側の係合部材との間に介在する油液が、各摩擦部材の間隙に加えて、油液の浸透しやすい第1部材からなる層を透過して排出されるようになり、クラッチ解放時に湿式フリクションプレートと相手側の係合要素との間に大量の油液が介在することによる引き摺りトルクの発生を抑制することができるようになる。
【0012】
そのため、上記請求項1に記載の発明によれば摩擦部材の表面に凹凸を設けることなく油液の排出性を向上させることができるようになり、耐久性の低下を抑制しつつ油液の排出性を向上させ、クラッチ解放時のトルクの伝達を抑制することができるようになる。
【0013】
また、摩擦部材の表面に油溝を形成した場合には、油液が過剰に排出されてしまい、摩擦部材の表面に油液が存在しない部位が生じ、油膜切れが生じるおそれもある。そして、こうした油膜切れが生じると、クラッチ解放時に湿式フリクションプレートがふらついたときに摩擦部材が相手側の係合要素に直接接触してしまい、それに伴って瞬間的にトルクが伝達されて振動や騒音が生じるおそれがある。
【0014】
これに対して上記請求項1に記載の発明にあっては、摩擦面に油液の浸透しやすい第1部材が露出する部位と油液の浸透しにくい第2部材が露出する部位とが湿式フリクションプレートの周方向において交互に繰り返し並ぶように摩擦部材を配設するようにしている。そのため、相手側の係合要素との間に介在している油液の流体層にあっては、フリクションプレートの回転に伴って摩擦部材における油液の浸透しやすい部位に接触する部分と油液の浸透しにくい部位に接触する部分とが交互に入れ替わるようになり、各部の油圧が周期的に変動するようになる。その結果、スクイーズ効果によって摩擦部材の表面近傍では油圧が増大し、摩擦部材の表面に薄い油膜が形成されるようになり、湿式フリクションプレートがふらついたときに摩擦部材が相手側の係合要素に直接接触してしまうことが抑制されるようになる。
【0015】
すなわち、上記請求項1に記載の発明によれば、耐久性の低下を抑制しつつ油液の排出性を向上させる一方で、摩擦部材の表面に油膜を形成して摩擦部材と相手側の係合要素とが直接接触することに起因する接触抵抗を低減し、それに起因する振動や騒音の発生を抑制することもできるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】この発明の一実施形態にかかるフリクションプレートの正面図。
【図2】同実施形態にかかるフリクションプレートの断面図。
【図3】同実施形態にかかるフリクションプレートの図2における部分Bを拡大して示す拡大断面図。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、この発明にかかる湿式フリクションプレートを、自動変速機の湿式多板クラッチに適用されるフリクションプレートとして具現化した一実施形態について、図1〜3を参照して説明する。
【0018】
図1は本実施形態にかかるフリクションプレート100の正面図である。図1に示されるように本実施形態のフリクションプレート100にあっては、金属によって形成された円盤状のコアプレート10の表面に12個の摩擦部材20が互いに一定の間隔を隔てて円形に配設されている。尚、フリクションプレート100にあっては、コアプレート10の裏面にも同様に12個の摩擦部材20が固定されている。
【0019】
図1に示されるようにコアプレート10の内周には、スプライン11が形成されている。本実施形態のフリクションプレート100は、このスプライン11が自動変速機のハブの外周面に形成されたスプラインに噛合されることにより、このハブに対して回動不能であり、且つ軸方向に変位可能に取り付けられることとなる。
【0020】
尚、自動変速機の湿式多板クラッチにあっては、ハブに取り付けられたフリクションプレート100と、ドラムの内周面に同様にスプラインを介して取り付けられたセパレータプレートとを交互に複数枚並べてクラッチを構成する。そして、油圧式のピストンの付勢力によってこれらフリクションプレート100とセパレータプレートとを当接させることにより、クラッチを係合状態として摩擦部材20とセパレータプレートとの間に生じる摩擦力を利用してハブとドラムとの間で駆動力を伝達させる。一方で、駆動力の伝達を切断する際には、ピストンに作用させる油圧を低減させ、フリクションプレート100とセパレータプレートとを離間させてその係合を解除し、クラッチを解放状態にする。
【0021】
上述したようにフリクションプレート100にあっては、コアプレート10の表面に配設された各摩擦部材20の間に間隙が設けられている。そのため、クラッチ解放中には、フリクションプレート100の回転に伴う遠心力の作用により、図1に実線矢印で示されるようにこの間隙を通じて油液が外周側に排出され、フリクションプレート100とセパレータプレートとの間に介在する油液の量が低減されるようになっている。
【0022】
本実施形態のフリクションプレート100にあっては、更に油液の排出性を向上させるべく、摩擦部材20を多層構造とするようにしている。以下、図2を併せ参照して本実施形態にかかるフリクションプレート100の摩擦部材20の構成を説明する。尚、図2は図1におけるA‐A線方向の断面図である。
【0023】
図2に示されるように、フリクションプレート100の摩擦部材20は、それぞれ薄板状をなしている第1部材21と、第2部材22と、第3部材23とを、フリクションプレート100の周方向に対して垂直な状態で互いに積層させた多層構造となっている。
【0024】
より詳しくは、図2に示されるように第3部材23を中心に、その両側にそれぞれ油液の浸透しやすい第1部材21と第1部材よりも油液の浸透しにくい第2部材とを交互に4層積層させた部分を配設した多層構造となっている。
【0025】
尚、第1部材21、第2部材22、第3部材23は、いずれも紙を基材としたペーパーフェージングであり、基材となる紙に摩擦係数を調整する添加材を加え、これを樹脂等でモールドしたものである。第1部材21と第2部材にあっては、その組成は同一であるものの、密度が互いに異なっており、第2部材22は第1部材21よりも密度が高くなっている。これにより、第2部材22は第1部材21よりも油液が浸透しにくくされている。
【0026】
また、本実施形態のフリクションプレート100にあっては、第3部材23の摩擦係数を調整することにより、摩擦部材20全体としての摩擦係数を調整し、自動変速機の湿式多板クラッチとしてのトルク伝達特性を確保するようにしている。
【0027】
本実施形態のフリクションプレート100にあっては、第1部材21,第2部材22,第3部材23によって形成される各層がそれぞれフリクションプレート100の径方向に沿って延び、且つ各層がフリクションプレート100の周方向に対して略垂直になるように摩擦部材20が配設されている。
【0028】
そのため、各摩擦部材20にあってはフリクションプレート100の内周側から外周側まで第1部材21によって形成された層が延びている。この層は油液の浸透しやすい第1部材21によって形成されているため、油液が透過しやすくなっている。これにより、本実施形態のフリクションプレート100を備えて構成されるクラッチにあっては、同フリクションプレート100の回転に伴って、各摩擦部材20の間隙に加えて、摩擦部材20における第1部材21によって形成された層を透過して図1に破線矢印で示されるように油液が排出されるようになる。
【0029】
また、摩擦部材20の摩擦面にあっては、油液の浸透しやすい第1部材21が露出する部位と油液の浸透しにくい第2部材が露出する部位とがフリクションプレート100の周方向において交互に繰り返し並ぶようになっている。そのため、セパレータプレートとの間に形成されている油液の流体層にあっては、図3に破線で示されるように第1部材21が露出している油液の浸透しやすい部位に接触する部分では油液の一部が第1部材21に浸透して油圧が低くなる。尚、図3は、図2において破線で囲んだ部分Bを拡大して示す拡大断面図であり、図3にあってはクラッチ解放時のセパレータプレート200の表面を二点鎖線で示している。
【0030】
上記のように油液の流体層のうち、第1部材21が露出している部位に接触している部分では油圧が低くなるため、フリクションプレート100の回転に伴って油液の浸透しやすい部位に接触している部分と油液の浸透しにくい部位に接触している部分とが交互に入れ替わると、流体層の各部ではその油圧が周期的に変動するようになる。その結果、スクイーズ効果によって摩擦部材20の表面近傍では油圧が増大して摩擦部材20の表面に薄い油膜が形成されるようになる。
【0031】
以上説明した実施形態によれば、以下の効果が得られるようになる。
(1)各摩擦部材20が、油液の浸透しやすい第1部材21と油液の浸透しにくい第2部材22とが交互に繰り返し積層されている部分を含んで構成されている。そして、各摩擦部材20の摩擦面には油液の浸透しやすい第1部材21が露出されている。そのため、セパレータプレート200との間に介在する油液が、油液の浸透しやすい第1部材21によって形成された層を透過して排出されるようになり、クラッチ解放時にフリクションプレート100とセパレータプレート200との間に大量の油液が介在することによる引き摺りトルクの発生を抑制することができるようになる。
【0032】
すなわち、摩擦部材20の表面に凹凸を設けることなく油液の排出性を向上させることができるようになり、耐久性の低下を抑制しつつ油液の排出性を向上させ、クラッチ解放時のトルクの伝達を抑制することができる。
【0033】
(2)摩擦部材20の表面に凹凸を設けることなく油液の排出性を向上させることができるため、摩擦部材20の表面に油溝を形成する構成と比較して、クラッチ係合時の摩擦部材20とセパレータプレート200との接触面積を増大させることができ、比較的大きなトルクを伝達することができるようになる。
【0034】
(3)摩擦部材20の表面に油溝を形成した場合には、油液が過剰に排出されてしまい、摩擦部材20の表面に油液が存在しない部位が生じ、油膜切れが生じるおそれがある。そして、こうした油膜切れが生じると、クラッチ解放時にフリクションプレート100がふらついたときに摩擦部材20がセパレータプレート200の表面に直接接触してしまい、それに伴って瞬間的にトルクが伝達されて振動や騒音が生じるおそれがある。
【0035】
これに対して上記実施形態のフリクションプレート100にあっては、摩擦面において油液の浸透しやすい第1部材21が露出する部位と油液の浸透しにくい第2部材22が露出する部位とが同フリクションプレート100の周方向において交互に繰り返し並ぶように摩擦部材20が配設されている。そのため、セパレータプレート200との間に形成されている油液の流体層にあっては、フリクションプレート100の回転に伴って摩擦部材20における油液の浸透しやすい部位に接触している部分と油液の浸透しにくい部位に接触している部分とが交互に入れ替わるようになって各部の油圧が周期的に変動するようになる。その結果、上述したようにスクイーズ効果によって摩擦部材20の表面近傍では油圧が増大して摩擦部材20の表面に薄い油膜が形成されるようになり、フリクションプレート100がふらついたときに摩擦部材20がセパレータプレート200に直接接触してしまうことが抑制されるようになる。
【0036】
すなわち、上記実施形態のフリクションプレート100によれば、摩擦部材20の表面に油膜を形成して摩擦部材20とセパレータプレート200とが直接接触することに起因する接触抵抗を低減し、それに起因する振動や騒音の発生を抑制することもできる。
【0037】
尚、上記実施形態は、これを適宜変更した以下の形態にて実施することもできる。
・上記実施形態では、コアプレート10の内周側にスプライン11が形成されているフリクションプレート100を例示したが、外周側にスプラインが形成されていてもよい。
【0038】
・油液の浸透しやすい第1部材21と油液の浸透しにくい第2部材22とが摩擦部材20の摩擦面におけるフリクションプレート100の周方向において交互に露出されていればよい。そのため、摩擦部材20における第1部材21と第2部材22とによって形成される各層の層数は、適宜変更することができる。しかし、フリクションプレート100の回転に伴って油液の流体層に油圧の変動による振動を生じさせ、スクイーズ効果による油膜形成を図る上では、第1部材21と第2部材22とを幾層も積層させ、フリクションプレート100の回転に伴って油液が接触する部位が交互に素早く切り替わるようにする必要がある。そのため、上記実施形態のように第1部材21と第2部材22とを交互に少なくとも4層以上積層させることが望ましい。
【0039】
・第3部材23を設けて摩擦部材20の全体における摩擦係数を調整する構成を示したが、第1部材21と第2部材22だけで必要な摩擦係数を容易に実現することができる場合には、第3部材23を省略することもできる。すなわち、少なくとも油液の浸透しやすい第1部材21と油液の浸透しにくい第2部材22とがフリクションプレート100の周方向において交互に積層されていれば、上述したような本願発明の効果を得ることができる。
【0040】
・また、上記実施形態にあっては、摩擦部材20をコアプレート10の両面に設ける構成を例示したが、コアプレート10の片面にのみ摩擦部材20を設ける構成を採用することもできる。
【0041】
・また、上記実施形態では、コアプレート10の表面に12個の摩擦部材20を設ける構成を例示したが、コアプレート10の表裏各面に設ける摩擦部材20の数は適宜変更することができる。
【0042】
・上記実施形態では、本願発明にかかる湿式フリクションプレートを自動変速機の湿式多板クラッチのフリクションプレートとして具現化した例を示したが、本願発明はクラッチのフリクションプレートに限定されるものではない。そのため、油液中で使用されるものであれば、ブレーキ等のフリクションプレートとして本願発明を適用することもできる。
【符号の説明】
【0043】
10…コアプレート、11…スプライン、20…摩擦部材、21…第1部材、22…第2部材、23…第3部材、100…フリクションプレート、200…セパレータプレート。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
円盤状のコアプレートの表面に複数の摩擦部材を互いに間隔を隔てて円形に配設したセグメント構造の湿式フリクションプレートにおいて、
前記各摩擦部材は、油液の浸透しやすい第1部材と、前記第1部材よりも油液の浸透しにくい第2部材とが交互に繰り返し積層された部分を含んでなり、相手側の係合要素と当接する摩擦面において前記第1部材が露出する部位と前記第2部材が露出する部位とが同湿式フリクションプレートの周方向に交互に繰り返し並ぶように配設されてなる
ことを特徴とする湿式フリクションプレート。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−185545(P2010−185545A)
【公開日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−31352(P2009−31352)
【出願日】平成21年2月13日(2009.2.13)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】