説明

溶接ロボット

【課題】 タンデム溶接の際の溶接線倣いにおいて、先行極のみでなく後行極についても高い倣い追従性能を実現する。
【解決手段】 並進補正演算部23は、先行極5aの次時刻の位置のベース座標系Σbaseにおける並進方向の補正量である並進補正量ΔP(t)で先行極5aの目標値Plead(t)を補正して一次補正目標値目標値Plead(t)’を得る。回転補正演算部24は並進補正量ΔP(t)による補正によって生じる実溶接線Lreに対する先行極5a周りのトーチ6の姿勢のずれを補正するための回転補正量Δθ(t)を計算し、回転補正量Δθ(t)だけ先行極5a周りにトーチ6を回転させるように一次補正目標値Plead(t)’を補正した二次補正目標値Plead(t)''を計算する。二次補正目標値Plead(t)''でマニピュレータ2を駆動する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は溶接ロボットに関する。詳細には、本発明はタンデム溶接での溶接線倣いを行う溶接ロボットに関する。
【背景技術】
【0002】
溶接ロボット等の自動溶接装置においては、各種センサによって溶接線を自動追従する「溶接線倣い(Seam Tracking)」が広範に採用されている。溶接線倣いは、対象ワークの加工誤差、設置誤差、熱歪みに起因する溶接中の動的誤差等によって生じる溶接狙い位置のずれをセンサで検知して補正することで、溶接欠陥を防止する事を目的としている。図13は溶接線倣いの原理を模式的に示している。使用されるセンサ1としては、機械式センサ(特許文献1)、アーク溶接電流変化を用いるセンサ(特許文献2)、光学・視覚センサ(特許文献3)等がある。センサ1の方式が相違しても、センサ1によって計測した信号を信号処理部2で処理して溶接継ぎ手とトーチ3との位置ずれδ'を検出し、ロボット等の自動機械であるトーチ位置制御装置4に補正を指令するという点で、原理は同じである。
【0003】
タンデム溶接法は、2つのアーク電極(溶接ワイヤ)で同時にアークを出して高溶着かつ高速の溶接を行うものである。タンデム溶接には、図14Aに示すように2つのアーク電極5a,5bが共通のトーチ6を備えるトーチ一体型と、図14Bに示すように個々のアーク電極5a,5b毎に別体のトーチ6a,6bを備える複数トーチ型がある。一般に、2つのアーク電極5a,5bのうち溶接線上の進行方向に対して前方側に位置するもの(図14A及び図14Bのアーク電極5a)は先行極と呼ばれ、後方側に位置するもの(図14A及び図14Bのアーク電極5b)は後行極と呼ばれる。
【0004】
溶接ロボットでタンデム溶接を行う際の溶接線倣いの一例が、特許文献4に開示されている。この特許文献4の溶接線倣いでは、ウィビング動作時のアーク溶接電流変化をセンサで検出し、このセンサを2つのアーク電極の両方に設けている。溶接線に対する経路の補正は、上下及び左右の並進成分により行っている。また、2つのアーク電極のうちのいずれの電流変化を参照するか(先行極の電流変化を参照する必要がある)は、操作者がプログラム命令等によって指定する方式を採用している。この特許文献4の溶接線倣いには、主として以下の2つの問題がある。
【0005】
第1に、特に後行極について十分な倣い追従性能が確保されない。具体的には、倣いによる経路修正で後行極が位置ずれを起こして溶接欠陥を生じる。図15に示すように教示経路Lteに対し実溶接線Lreが歪曲し、並進成分のみにより補正されたトーチ6の進行方向が教示経路Lteの進行方向に対して回転成分を持つ場合がある。この場合、先行極5aは実溶接線Lreを正しく追従するものの、後行極5bについては実溶接線Lreに対する位置ずれδが生じて溶接欠陥となる。この問題を回避するには、倣いによる修正量自体を小さくする以外に方法が無い。倣いによる修正量を小さくするには、溶接対象ワークの加工精度向上だけでなく、設置時の位置ずれや溶接熱歪みを最小限に抑える等の製造面での工夫も必要となり、本来これら誤差を補正する目的の溶接線倣いが有効に機能しない結果となる。
【0006】
第2に、操作が面倒でありヒューマンエラーの原因となる。前述のように特許文献4の溶接線倣いでは、2つのアーク電極のうちいずれの電流変化を倣い制御に用いるかは、操作者がプログラム命令等によって指定する方式を採用している。しかし、この方式では、プログラム作成時に、溶接の進行方向を把握しながら逐次いずれの電極を選択するかを入力するという面倒な作業を操作者に強いることになる。また、入力ミスにより後行極の電流変化値に基づいて倣いを行うと言う不適切な倣い方法を選択する可能性もある。
【0007】
【特許文献1】特開昭53−118239号公報
【特許文献2】特開昭58−53375号公報
【特許文献3】特開昭62−101379号公報
【特許文献4】特開2005−254242号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、タンデム溶接の際の溶接線倣いにおいて、先行極のみでなく後行極についても高い倣い追従性能を実現すること、及び操作者に面倒な作業を強いることなく、ヒューマンエラーも防止することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、多関節型のマニピュレータと、前記マニピュレータの先端に装着され、かつ一対の電極を備えるトーチと、前記電極に給電する溶接電源とを少なくとも含む溶接器と、前記電極が教示経路に沿って移動するように前記マニピュレータを動作させつ、前記溶接器により溶接対象物の溶接を実行する制御装置と、溶接中に前記溶接対象物の溶接継手の位置に対する前記電極の位置ずれを計測するセンシング手段とを備え、前記制御装置は、前記電極のうち先行極の固定直交座標系における次時刻の位置及び姿勢の目標値を計算する目標値演算手段と、前記センシング手段により計測された前記位置ずれに基づいて、前記先行極の次時刻の位置及び姿勢の前記固定座標系における並進方向の補正量である並進補正量を計算し、かつこの並進補正量で前記目標値を補正した一次補正目標値を計算する並進補正演算手段と、前記並進補正量による補正によって生じる実溶接線に対する後行極の位置ずれを補正するための回転補正量を計算し、この回転補正量だけ前記先行極周りにトーチを回転させるように前記一次補正目標値を補正した二次補正目標値を計算する回転補正演算手段と、前記二次補正目標値から計算した目標関節角度により前記マニピュレータの各関節を駆動する駆動手段とを備える、溶接ロボットを提供する。
【0010】
この構成により、倣い制御により溶接進行方向が変化した場合に、先行極だけでなく後行極の位置も補正される。
【0011】
具体的には、前記回転補正量は以下の式で表される。
【0012】
【数1】

【0013】
前記センシング手段は、それぞれ前記一対の電極のうちの一つに関連付けられた第1及び第2のセンシング手段を含み、前記制御装置は、前記トーチの進行方向と、前記トーチの形状及び前記一対の電極の位置関係を規定するトーチ形状パラメータとに基づいて、前記一対の電極のうちのいずれが前記先行極であるかを判別する先行極判別手段を備え、前記並進補正演算手段は、前記先行極判別手段の判別結果に基づいて、前記第1及び第2のセンシング手段のうち前記先行極に関連付けられたものの測定結果を使用して前記並進補正量を計算する。
【0014】
この構成により、一対の電極のうちいずれが先行極であるかが自動的に判別され、この判別結果に基づいて第1及び第2のセンシング手段のうち先行極に対応するものを使用した溶接線倣いが実行される。
【0015】
前記第1及び第2のセンシング手段としては、電流検出センサを使用できる。また、光学式センサ、機械式センサ等の他の方式のセンサも採用できる。
【発明の効果】
【0016】
回転補正演算手段を備える制御装置によって、倣いにより溶接進行方向が変化した場合に並進補正に加えて先行極周りにトーチを回転させる補正を行うことにより、先行極のみでなく後行極についても高い倣い追従性を実現できる。その結果、溶接対象物の加工精度や設置精度が低い場合や、熱歪み等による溶接中の動的誤差が発生した場合であっても高品質な溶接が可能となる。
【0017】
制御装置に先行極判別手段を設けて先行極を自動的に判断し、先行極に対応するセンシング手段を自動的に選択する事で、従来のようにプログラム作成時に倣い制御に使用するセンサを操作者が逐次指定するという面倒な作業が不要となり、ヒューマンエラーも確実に防止できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
(第1実施形態)
図1に示す本発明の第1実施形態に係る溶接ロボット1は、マニピュレータ2、溶接器3、及び制御装置4を備える。この溶接ロボット1は溶接継手8aに沿ってワーク(溶接対象物)8を自動的に溶接する。
【0019】
マニピュレータ2の先端のフランジ面2a(図3参照)には、ワイヤからなる一対のアーク電極(以下、単に電極という。)5a,5bを備えるタンデム型のトーチ6が装着されている。マニピュレータ2は、このトーチ6の位置及び姿勢を三次元空間内で変化させる。マニピュレータ2は6個の回転関節RJm1,RJm2,RJm3,RJm4,RJm5,RJm6を有する。回転関節RJm1〜RJm6間はリンクで連結され、最も基端側の回転関節RJm1は台座7に取り付けられている。各回転関節RJm1〜RJm6は、回転駆動のためのモータ関節角度J(J1,J2,J3,J4,J5,J6)を検出するための角度センサを備える。
【0020】
溶接器3は、前述のトーチ6に加え、個々の電極5a,5bに電力を供給する溶接電源9a,9bを備える。個々の電極5a,5bと対応する溶接電源9a,9bとの間には電流検出センサ10a,10bが配置されている。
【0021】
図2を参照すると、制御装置4は、記憶部11、マニピュレータ制御部12、及び溶接制御部13を備える。記憶部11には、後述する教示プログラムとトーチ形状パラメータを含む種々の情報が記憶されている。マニピュレータ制御部12は、回転関節RJm1〜RJm6を駆動してマニピュレータ2を動作させ、その位置及び姿勢を制御する。マニピュレータ制御部12は、先行極判別部21、目標値演算部22、並進補正演算部23、回転補正演算部24、目標関節角度演算部25、及び駆動部26を備える。溶接制御部13は、ワイヤ(電極5a,5b)の送出速度や、溶接電源9a,9bの供給電力を含む溶接器3の動作を制御する。
【0022】
次に、マニピュレータ2の制御に使用する座標を説明する。まず、マニピュレータ2に関し、原点がマニピュレータ2の台座7に設定され、かつ三次元空間に対して固定された直交座標系(ベース座標系Σbase)を設定する。ベース座標系Σbaseにおけるマニピュレータ2の位置及び姿勢をbaseP(X,Y,Z,α,β,γ)で表記する。αはロール角、βはピッチ角、γはヨー角をそれぞれ示す。また、図3に示すように、電極5a,5bを備えるトーチ6に関し、原点がマニピュレータ2の先端のフランジ面2aに固定された直交座標系(フランジ座標系Σfln)を設定する。
【0023】
次に、制御装置4により実行されるマニピュレータ2及び溶接器3の制御について説明する。
【0024】
まず、制御装置4の記憶部11には、教示プログラムとトーチ形状パラメータが記憶されている。
【0025】
本実施形態における教示プログラムを図4に示す。この教示プログラムは、溶接開始位置Pnまで移動した後、溶接開始位置Pnから溶接速度V(cm/min)で直線移動し、振幅Aで周波数fの正弦波でウィビング動作を実行しつつ溶接開始位置Pnから溶接終了位置Pn+1まで溶接を行うという動作を溶接ロボット1に実行させるものである。本実施形態では教示経路Lte(図7及び図8参照)は直線である。ただし、この教示プログラムは一例であり、教示経路Lteが曲線等の他の条件下でも本発明を実行できる。
【0026】
トーチ形状パラメータは、マニピュレータ2の先端に装着されたトーチ6が備える一対の電極5a,5bのマニピュレータ2に対する位置と、電極5a,5b間の相互の位置関係とを規定したパラメータである。具体的には、トーチ形状パラメータは、一方の電極5aの先端のフランジ座標系Σ flnでの位置及び姿勢flnPa(Xfa,Yfa,Zfa,αfa,βfa,γfa)と、他方の電極5bのフランジ座標系Σflnでの位置及び姿勢flnPb(Xfb,Yfb,Zfb,αfb,βfb,γfb)を含む。
【0027】
以下、図5A及び図5Bのフローチャートを参照する。まず、ステップS5−1において、マニピュレータ2により教示プログラムで教示された溶接開始位置Pnまでトーチ6(本実施形態では電極5aの先端)が移動する。次に、ステップS5−2において、先行極判別部21が電極5a,5bのうちいずれが先行極であるかを判別する。この先行極の判別のために、教示プログラムで教示された溶接開始位置Pnと溶接終了位置Pn+1からベース座標系Σbaseにおける溶接の進行方向を示す単位ベクトル(溶接進行方向単位ベクトルd)が計算される。この溶接進行方向単位ベクトル(以下、単に進行方向ベクトルという。)dと前述のトーチ形状パラメータとから、電極5a,5bのいずれが先行極であるかが判別される。
【0028】
以下の図5A及び図5Bに関する説明では、ステップS4−2において電極5aが先行極であると判別され、溶接開始位置Pn及び溶接終了位置Pn+1はベース座標系Σbaseにおける電極5aの位置及び姿勢で表されるものとする。先行極の判別及びそれに伴う溶接開始位置Pn及び溶接終了位置Pn+1の設定の詳細については、図6及び図9を参照して後述する。以下の図5A及び図5Bに関する説明では、必要に応じて電極5aを「先行極」、電極5bを「後行極」と呼ぶ場合がある。また、電極5a,5bの位置及び姿勢に関して言及する場合には、電極5a,5bの先端の位置及び姿勢をいうものとする。
【0029】
ステップS5−3で溶接が開始され、ステップS5−4で時刻tが初期化される(t=0)。続いて、ステップS5−5〜S5−13の処理が溶接終了位置Pn+1に到達するまで(ステップS5−14)、一定の時間間隔(マニピュレータ2の経路計算周期)Tc毎に繰り返され、電極5a,5bの先端がウィビング動作しつつ、直線移動するように補間動作が実行される。まず、ステップS5−5において時刻tが時刻t+Tc(次時刻)に更新される。図7及び図8において符号6Aは現時点におけるトーチ6(電極5a,5b)の位置及び姿勢を示す。
【0030】
次に、ステップS5−6において、目標値演算部22がベース座標系Σbaseにおける時刻(次時刻)tでの先行極極5aの位置及び姿勢の目標値Plead(t)を計算する。図4の教示プログラムの場合、目標値Plead(t)は以下の式(1)で表される。この式(1)において、振幅方向ベクトルwは進行方向ベクトルdと直交する単位ベクトルであり、ウィビング動作の向きを規定する。図8において、符号6Bはこの目標値Plead(t)によりマニピュレータ2が動作した場合のトーチ6(電極5a,5b)の位置及び姿勢を示す。
【0031】
【数2】

【0032】
ステップS5−7〜S5−9は、並進補正演算部23が実行する。
【0033】
まず、ステップS5−7において、先行極の電流検出センサ(本例では電極5aの電流検出センサ10a)から溶接電流Ileadを取得する。前述のようにステップS5−2において先行極が自動的に判別され、自動的に判別された先行極5aに対応する電流検出センサ10aから溶接電流Ileadを取得する。
【0034】
次に、ステップS5−8において、この溶接電流Ileadとウィビングパターン(本実施形態では振幅A、周波数fの正弦波)から目標値Plead(t)の実溶接線Lre(ワーク8の実際の溶接継手8a)に対する位置ずれ(時刻tにおける先行極5aの実溶接線Lreに対する位置ずれ)を算出し、この位置ずれを補正するためのベース座標系Σbaseにおける並進補正量ΔP(t)(ΔX,ΔY,ΔZ)を算出する(図8参照)。この先行極5aの位置ずれの算出及び時刻tにおける並進補正量ΔP(t)を算出する手法は種々知られており、例えば特開昭58−53375号に開示されている。続いて、ステップS5−9において、目標値Plead(t)を並進補正量ΔP(t)で補正して、時刻tにおける一次補正目標値Plead(t)’を計算する。一次補正目標値Plead(t)’は以下の式(2)で表すことができる。
【0035】
【数3】

【0036】
図8の符号6Bを参照すれば明らかなように、仮に一次補正目標値Plead(t)’に基づいてマニピュレータ2を動作させた場合、すなわち並進補正量ΔP(t)のみを考慮して経路修正を行った場合、先行極5aは実溶接線Lreを正しく追従するものの、後行極5aについては実溶接線Lreに対する位置ずれδが生じる。そこで、この後行極5bの位置ずれδを解消するために、回転補正演算部24がステップS5−10,S5−11を実行して一次補正目標値Plead(t)’をさらに補正する。
【0037】
まず、ステップS5−10において、時刻tにおける回転補正量Δθ(t)を計算する。図8を参照すると、この回転補正量Δθ(t)は並進補正量ΔP(t)による目標位置Plead(t)の補正(一次補正目標値Plead(t)’の計算)前後の進行方向ベクトルd,d’の角度差を表す。言い換えれば、回転補正量Δθ(t)は、並進補正量ΔP(t)による目標位置Plead(t)の補正によって生じる進行方向ベクトルdの回転角度を表す。図8を参照すれば明らかなように、幾何学的関係から回転補正量Δθ(t)は以下の式(3)で表される。
【0038】
【数4】

【0039】
次に、ステップS5−11において、一次補正目標値Plead(t)’を回転補正量Δθ(t)で補正して二次補正目標値Plead(t)''を計算する。具体的には、矢印RCで示すように、符号を考慮して回転補正量−Δθ(t)だけ先行軸5a周りにトーチ6が回転するように一次補正目標値Plead(t)’を補正する。図7及び図8の符号6Dを参照すれば明らかなように、二次補正目標値Plead(t)''に基づいてマニピュレータ2を動作させた場合、すなわち並進補正量ΔP(t)に加えて回転補正量Δθ(t)を考慮して経路修正を行った場合、先行極5aが実溶接線Lreを正しく追従するだけでなく、後行極5bも位置ずれδが解消されて実溶接線Lreを正しく追従する。
【0040】
次に、ステップS5−12において、目標関節角度演算部25が二次補正目標値Plead(t)''の逆キネマティクスを計算して目標関節角度Jta(t)(=(Jta1,Jta2,Jta3,Jta4,Jta5,Jta6)を計算する。さらに、ステップS5−13において、駆動部26が目標関節角度Jta(t)によりマニピュレータ2の個々の回転RJm1〜RJm6を駆動する。
【0041】
以上のように、本実施形態の溶接ロボット1では、倣いにより溶接進行方向が変化した場合に、並進方向の補正に加えて先行極5a周りにトーチ6を回転させる補正を行うことにより、先行極5aのみでなく後行極5bについても高い倣い追従性を実現できる。その結果、ワーク8の加工精度や設置精度の低い場合や、熱歪み等による溶接中の動的誤差が発生した場合であっても高品質な溶接が可能となる。
【0042】
次に、図6及び図9を参照して先行極の判別(図5AのステップS5−2)について詳細に説明する。以下の例では現在位置(溶接開始位置)がマニピュレータ2の現在関節角度Jnow(J1now,J2now,J3now,J4now,J5now,J6now)で与えられ、次教示位置(溶接終了位置)もマニピュレータ2の関節角度J(J1n+1,J2n+1,J3n+1,J4n+1,J5n+1,J6n+1)で与えられたものとする。
【0043】
まず、ステップS6−1において、現在関節角度Jnowを電極5a,5bのベース座標系Σbaseにおける現在位置及び姿勢Panow,Pbnowに変換する。この変換は、現在関節角度Jnowの順キネマティクスを計算後、トーチ形状パラメータを適用することで実行できる。また、ステップS6−2において、次教示位置での関節角度Jn+1を、電極5a,5bのベース座標系Σbaseにおける位置及び姿勢Pan+1,Pbn+1に変換する。この変換も、関節角度Jn+1の順キネマティクスを計算後、トーチ形状パラメータを適用することで実行できる。
【0044】
次に、ステップS6−3において、電極5a,5bについて以下の式(4),(5)で定義される溶接進行方向単位ベクトル(進行方向ベクトル)da,dbを計算する。
【0045】
【数5】

【0046】
続いて、ステップS6−4において、進行方向ベクトルda,dbの内積を計算し、これらのベクトルがほぼ同一方向であるか否かを確認する。ステップS6−3において進行方向ベクトルda,dbが同一方向でない場合には、エラー(教示位置Pn,Pn+1が実行不可能な不正なものである)と判断して処理を中止する。このように、先行極の判別の際に、教示位置Pn,Pn+1の妥当性(電極5a,5bの狙いが溶接継手8aから外れていないか)を確認可能であり、教示プログラムの誤りを溶接開始前に事前に検出できる。一方、ステップS6−4においてベクトルda,dbがほぼ同一方向であれば、ステップS6−5において電極5a,5bの進行方向ベクトルda,dbのうちのいずれか一方(いずれでもよい)を、代表の進行方向ベクトルdとして選択する。以下の説明では、電極5aの進行方向ベクトルdaを進行方向ベクトルdとして選択したものとする(da=d)。
【0047】
次に、ステップS6−6において、以下の式(6)で定義される現在位置(溶接開始位置)における電極5aから電極5bに向かう単位ベクトル(電極5a,5bの差分ベクトルdab)を計算する。
【0048】
【数6】

【0049】
続いて、ステップS6−7において、進行方向ベクトルdと差分ベクトルdabの内積を計算し、それに基づいて進行方向ベクトルdと差分ベクトルdabの角度差Δθdを計算する。ステップS6−8において、この角度差Δθdを評価することで、電極5a,5bのいずれが先行極であるか判別する。
【0050】
ステップS6−8で角度差Δθdがほぼ0°の場合、すなわち進行方向ベクトルdと差分ベクトルdabがほぼ同一方向である場合には、先行極は電極5bである。この場合、溶接開始位置Pnと溶接終了位置Pn+1は、先行極である電極5bの現在位置Pbnowと次教示位置Pbn+1にそれぞれ設定される。ステップS6−8でΔθdがほぼ180°の場合、すなわち進行方向ベクトルdと差分ベクトルdabがほぼ反対方向である場合には、先行極は電極5aである。この場合、溶接開始位置Pnと溶接終了位置Pn+1は、先行極である電極5aの現在位置Panowと次教示位置Pan+1にそれぞれ設定される。ステップS6−8で、角度差Δθdがほぼ0°でもほぼ180°でもない場合には、ステップS6−11において教示位置不正のエラーと判定されて処理を中止する。
【0051】
以上のように、制御装置4の先行極判別部21が先行極を自動的に判断し、先行極に対応する電流検出センサ10a,10bを自動的に選択する事で、従来のようにプログラム作成時に倣い制御に使用するセンサを操作者が逐次選択するという面倒な作業が不要となり、ヒューマンエラーも確実に防止できる。
【0052】
現在位置と次教示位置は、関節角度以外、すなわち電極5aのベース座標系Σbaseにおける位置及び姿勢、電極5bのベース座標系Σbaseにおける位置及び姿勢、又は電極5a,5bの中間のベース座標系Σbaseにおける位置及び姿勢で与えられてもよい。これらのいずれの場合も、図6のフローチャートを参照して説明した方法と同様の方法で先行極を判別した後、現在位置(溶接開始位置)と次教示位置(溶接終了位置)を電極5a,5bのうちの先行極のベース座標系Σbaseにおける位置及び姿勢に変換した後、図5A及び図5Bのフローチャートを参照して説明した方法を適用することで、先行極と後行極の両方が実溶接線を追従する倣い制御を実行できる。
【0053】
(第2実施形態)
図10及び図11に示す本発明の第2実施形態に係る溶接ロボット1は、電流検出センサ10a,10b(図1及び図2参照)に代えて光学式センサ100を備える。光学式センサ100は、投光器101と受光センサ102を備える。また、本実施形態では先行極は予め分かっている(以下、電極5aを先行極とする。)。
【0054】
図12A及び図12Aに示す制御装置4により実行されるマニピュレータ2の制御は、溶接開始位置Pnまで移動して溶接が開始された後(ステップS12−1,S12−2)、先行電極5aの目標値Plead(t)の計算、並進補正量ΔP(t)を使用した一次補正目標値Plead(t)’の計算、回転補正量Δθ(t)を使用した二次補正目標値Plead(t)''の計算、二次補正目標値Plead(t)''の目標関節角度Jta(t)への変換、及び目標関節角度Jta(t)のマニピュレータ2への出力を経路計算周期Tc毎に繰り返す点は、第1実施形態と同様である(ステップS12−3〜S12−13)。
【0055】
本実施形態は、並進量演算部23が光学式センサ100から入力される画像信号を使用して並進補正量ΔP(t)を計算している点が第1実施形態と異なる。具体的には、投光器101からレーザスリット光がワーク8に照射され、その反射光が受光センサ102により受光される。ステップS12−6において、並進量演算部23は受光センサ102から入力される画像信号を処理して溶接継手の位置を検出する(マニピュレータ2の先端に固定されたセンサ座標系が設定されており、画像処理によりまずセンサ座標系における溶接継手の位置を検出し、その後ベース座標系Σbaseに座標変換する)。ステップS12−7において、光学式センサ100を使用して検出した溶接継手の位置と先行極5aの位置(いずれもベース座標系Σbase)とを比較して、並進補正量ΔP(t)を計算する。
【0056】
第2実施形態のその他の構成及び動作は第1実施形態と同様である。
【0057】
本発明は前記実施形態に限定されず、種々の変形が可能である。例えば、トーチ一体型の溶接ロボットを例に本発明を説明したが、複数トーチ型の溶接ロボットにも本発明を適用できる。電流検出センサや光学センサ以外にも機械式センサを本発明の溶接ロボットに採用できる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】本発明の第1実施形態に係る溶接ロボットを示す概略構成図。
【図2】第1実施形態における制御装置のブロック図。
【図3】マニピュレータの先端付近を示す模式図。
【図4】教示プログラムを示す模式図。
【図5A】本発明の第1実施形態に係る溶接ロボットの動作を説明するためのフローチャート。
【図5B】本発明の第1実施形態に係る溶接ロボットの動作を説明するためのフローチャート。
【図6】先行極の判判別を説明するためのフローチャート。
【図7】並進補正及び回転補正を説明するための模式図。
【図8】並進補正及び回転補正による先行極と後行極の移動示す模式図。
【図9】先行極の判別を説明するための模式図。
【図10】本発明の第2実施形態に係る溶接ロボットを示す概略構成図。
【図11】第2実施形態における制御装置のブロック図。
【図12A】本発明の第2実施形態に係る溶接ロボットの動作を説明するためのフローチャート。
【図12B】本発明の第2実施形態に係る溶接ロボットの動作を説明するためのフローチャート。
【図13】溶接線倣いの原理を示す模式図。
【図14A】トーチ一体型を示す模式図。
【図14B】複数トーチ型を示す模式図。
【図15】経路修正時の後行極の位置ずれを示す模式図。
【符号の説明】
【0059】
1 溶接ロボット
2 マニピュレータ
2a フランジ面
3 溶接器
4 制御装置
5a,5b アーク電極
6 トーチ
7 台座
8 ワーク
9a,9b 溶接電源
10a,10b 電流検出センサ
11 記憶部
12 マニピュレータ制御部
13 溶接制御部
21 先行極判別部
22 目標値演算部
23 並進補正演算部
24 回転補正演算部
25 目標関節角度演算部
26 駆動部
100 光学式センサ
101 投光器
102 受光センサ
RJm1〜RJm6 回転関節

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多関節型のマニピュレータと、
前記マニピュレータの先端に装着され、かつ一対の電極を備えるトーチと、前記電極に給電する溶接電源とを少なくとも含む溶接器と、
前記電極が教示経路に沿って移動するように前記マニピュレータを動作させつ、前記溶接器により溶接対象物の溶接を実行する制御装置と、
溶接中に前記溶接対象物の溶接継手の位置に対する前記電極の位置ずれを計測するセンシング手段と
を備え、
前記制御装置は、
前記電極のうち先行極の固定直交座標系における次時刻の位置及び姿勢の目標値を計算する目標値演算手段と、
前記センシング手段により計測された前記位置ずれに基づいて、前記先行極の次時刻の位置及び姿勢の前記固定座標系における並進方向の補正量である並進補正量を計算し、かつこの並進補正量で前記目標値を補正した一次補正目標値を計算する並進補正演算手段と、
前記並進補正量による補正によって生じる実溶接線に対する後行極の位置ずれを補正するための回転補正量を計算し、この回転補正量だけ前記先行極周りにトーチを回転させるように前記一次補正目標値を補正した二次補正目標値を計算する回転補正演算手段と、
前記二次補正目標値から計算した目標関節角度により前記マニピュレータの各関節を駆動する駆動手段と
を備える、溶接ロボット。
【請求項2】
前記回転補正量は以下の式で表される、請求項1に記載の溶接ロボット。

【請求項3】
前記センシング手段は、それぞれ前記一対の電極のうちの一つに関連付けられた第1及び第2のセンシング手段を含み、
前記制御装置は、前記トーチの進行方向と、前記トーチの形状及び前記一対の電極の位置関係を規定するトーチ形状パラメータとに基づいて、前記一対の電極のうちのいずれが前記先行極であるかを判別する先行極判別手段を備え、
前記並進補正演算手段は、前記先行極判別手段の判別結果に基づいて、前記第1及び第2のセンシング手段のうち前記先行極に関連付けられたものの測定結果を使用して前記並進補正量を計算する、
請求項1又は請求項2に記載の溶接ロボット。
【請求項4】
前記第1及び第2のセンシング手段は電流検出センサである、請求項3に記載の溶接ロボット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5A】
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【図5B】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12A】
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【図12B】
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【図13】
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【図14A】
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【図14B】
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【図15】
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【公開番号】特開2009−166076(P2009−166076A)
【公開日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−6026(P2008−6026)
【出願日】平成20年1月15日(2008.1.15)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】