説明

炭素繊維前駆体の熱処理方法

【課題】熱処理装置外に排出された糸条からのガスの発生を防止しつつ、熱処理の生産性を向上させることができる熱処理方法を提供する。
【解決手段】熱処理装置1内を走行する糸条Fの速度を9m/min以上かつ20m/min以下の範囲としつつ、熱処理装置1の糸条出口7´における糸条Fの温度を200℃以下とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、炭素繊維前駆体の熱処理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、熱処理装置に設けられた熱処理室に加熱気体を循環させ、糸条入口から熱処理室内に炭素繊維の前駆体繊維の糸条を連続的に送入し、糸条出口から熱処理装置の外部に該糸条を連続的に送出することで、熱処理室内で該糸条を連続的に熱処理する熱処理方法が知られている。このような熱処理方法としては、例えば、縦型熱処理装置の熱処理室に隣接して上下にシール室を設け、熱処理室内に生じる上下方向の圧力差による熱処理室内への外気の流入および熱処理室内からの熱風の吹き出しを防止できるものが開示されている(例えば、特許文献1参照)。また、熱処理室の糸条出口近辺へのタールの凝縮を防止し、糸条へのタールの付着等による生産への悪影響を回避できる熱処理装置および熱処理方法が開示されている(例えば、特許文献2参照)。
【特許文献1】特開昭59−112063号公報
【特許文献2】特開2006−144167号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、上記従来の熱処理方法では、熱処理室の糸条出口近辺で高温の糸条から発生するタールが冷却され凝縮することを防止するため、シール室内あるいは糸条出入口近辺の温度を200度以上の高温に保つ必要がある。したがって、生産性の向上を目的として糸条が熱処理装置内を走行する速度を上昇させると、熱処理装置外に糸条が高温のまま排出されてしまう。この場合、熱処理装置外で高温の糸条からシアンガス等のガスが発生するという課題がある。
また、熱処理装置外でのガスの発生を防止するために、熱処理装置内を走行する糸条の速度を低下させると、熱処理の生産性が低下してしまうという課題がある。また、シール室内あるいは熱処理室の糸条出入口近辺の温度を低下させた場合、タールが冷却され凝縮することによって糸条の生産に悪影響を及ぼすという課題がある。
【0004】
そこで、この発明は、熱処理装置外に排出された糸条からのガスの発生を防止しつつ、熱処理の生産性を向上させ、かつタールの冷却、凝縮による生産への悪影響を回避することができる炭素繊維前駆体の熱処理方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の課題を解決するために、本発明は、熱処理装置の熱処理室に加熱気体を循環させ、糸条入口より前記熱処理室内に糸条を連続的に送入し、糸条出口より前記熱処理室外に前記糸条を連続的に送出し、前記熱処理室内で前記糸条を連続的に熱処理する熱処理方法において、前記熱処理装置内を走行する前記糸条の速度を9m/min以上かつ20m/min以下の範囲としつつ、前記糸条出口における前記糸条の温度を200℃以下とすることを特徴とする。
このように熱処理することで、糸条が熱処理装置内を走行する速度を適切な速度範囲に維持し、糸条の熱処理量を増加させることができるので、熱処理の生産性を向上させることができる。また、炭素繊維の前駆体繊維の糸条は、通常200℃を超える高温に加熱されるとシアン等のガスを発生するが、熱処理装置の糸条出口における糸条の温度を200℃以下に低下させることで、熱処理装置外での糸条からのガスの発生を防止できる。
【0006】
また、本発明は前記熱処理室に隣接してシール室が設けられ、Tを前記糸条出口における前記糸条の温度、Tを前記シール室内の雰囲気温度、Tを前記熱処理室内の雰囲気温度、tを前記糸条の前記シール室内滞在時間、hを前記糸条の境膜伝熱係数、Aを前記糸条の表面積、Cを前記糸条の比熱、ρを前記糸条の密度、Vを前記糸条の体積とした場合に下記式(I)、下記式(II)を満たす関係が成立することを特徴とする。
T=T−(T−T)e−mt…(I)
m=hA/C/ρ/V…(II)
【0007】
熱処理される糸条の形状および物性を特定すれば、上記の式(II)を用いて定数mを算出できる。そして、式(I)により、糸条出口における糸条の温度Tを200℃以下とするシール室内の雰囲気温度T、熱処理室内の雰囲気温度T、糸条のシール室内滞在時間tの関係式が得られる。
これにより、シール室内の雰囲気温度T、熱処理室内の雰囲気温度T、糸条のシール室内滞在時間tのそれぞれの限定要素、例えば熱処理装置の構造、糸条が耐炎化される条件、熱処理装置の設置スペース等を考慮しつつ、それぞれを最適な値に調整し、熱処理の生産性を向上させ、熱処理装置外での糸条からのガスの発生を防止できる。
【0008】
また、前記シール室は排気口と温度検出装置とを備え、前記温度検出装置の信号に基づいて前記排気口からの排気量を調整することにより前記熱処理装置の前記糸条出口における前記糸条の温度を制御してもよい。
これにより、シール室からの排気量を調整し、シール室内の雰囲気温度Tの目標値を上記の式(I)より算出したTを200℃以下とする値として、シール室内の雰囲気温度Tを制御することで、糸条出口における糸条の温度Tを200℃以下とすることができる。
【0009】
また、前記熱処理室の前記糸条出口に、前記糸条の厚みに応じてスリット幅が変更可能、かつ前記糸条の接触部分が取り外し可能にスリット部材を設けてもよい。
これにより、糸条の厚みに応じて最適なスリット幅とし、糸条の損傷およびタールによる影響を防止することができる。また、糸条から発生したタールが冷却されて凝縮し、スリット部材に付着したとしても、スリット部材を定期的に取り外して洗浄することができる。したがって、タールが糸条の生産に悪影響を及ぼす前に、スリット部材に付着したタールを取り除くことができるので、タールが冷却され凝縮しても生産に悪影響を及ぼすことがない。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、熱処理装置の糸条出口における糸条温度を200℃以下にすることで熱処理装置外に排出された糸条からのガスの発生を防止することができる。また、熱処理装置内を走行する糸条の速度を比較的高速に維持できるので、熱処理の生産性を向上させることができる。また、熱処理室の糸条出口および糸条入口付近に付着したタールを取り除くことができるので、タールの冷却、凝縮による生産への悪影響を回避することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
(第一実施形態)
次に、本発明の第一の実施の形態を図面に基づいて説明する。
図1に示すように、熱処理装置1は箱型の熱処理室2を備えている。熱処理室2には内部に熱風を循環させる図示しない熱風循環装置が連結されている。また、熱処理室2には排気口30が設けられている。排気口30は排気路31を介してファン14に接続されている。排気路31の途中には、例えばバルブ等の流量調節機構13が設けられている。ファン14は外部の図示しないガス回収処理装置に接続されている。
【0012】
熱処理室2の図示左右両側の外壁3,3には、シール室4,4がそれぞれ連設されている。シール室4,4の外壁5,5には被処理物、例えばポリアクリロニトリル系繊維からなる炭素繊維の前駆体繊維の糸条Fを送入、送出するためのスリット状の糸条入口7,糸条出口7´がそれぞれ設けられている。同様に、熱処理室2の外壁3,3にもシール室4,4の糸条入口7,糸条出口7´に対応して糸条入口6,糸条出口6´が設けられている。熱処理室2の糸条入口6,糸条出口6´とシール室4,4の糸条入口7,糸条出口7´は、シール室4,4の上下方向にそれぞれ3段、糸条の走行方向に対応して設けられている。
【0013】
シール室4,4の内部には、上下方向に各3段設けられた糸条入口6,7、糸条出口6´,7´を別々の区画4a,4b,4cに分割する仕切り板12が設けられている。また、シール室4,4は排気口15,15を備え、排気路32,32を介して排気ファン17,17に接続されている。排気路32の途中には、例えばバルブ等の流量調節機構16が設けられている。また、図2に示すように、排気口15はシール室4,4を仕切り板12で分割した区画4a,4b,4cに各々設けられている。図2に示すように、各排気口15に接続された排気路33には、例えばバルブ等の流量調節機構34が各々設けられている。
ここで、シール室4の糸条Fの走行方向の長さLsは繊維の性状、室内の清掃やメンテナンス作業性、熱処理装置の設置スペースおよび後述する糸条のシール室内滞在時間等を考慮して適宜決定される。
【0014】
シール室4,4の外壁5,5には、糸条入口7,糸条出口7´を挟むように上下に一対のノズル10a,10bを備えたエアーカーテン手段8がそれぞれ設けられている。ノズル10a、10bは、圧力印加の点で好ましい支持部9の前端コーナー部分に取り付けられている。エアーカーテン手段8の上下のノズル10a,10bは単一の給気路35に接続され、給気路35には、例えばバルブ等の流量調節機構21が設けられている。各流量調節機構21はさらに共通給気路37を介して給気ファン24に接続されている。
【0015】
熱処理室2およびシール室4,4の各区画4a,4b,4cには、例えば赤外線温度計や熱電対等の温度検出装置38が各室内の雰囲気温度および糸条温度を検出可能に設けられている。温度検出装置38は図示しない排気量制御装置に接続され、検出した温度を電気信号として排気量制御装置に伝送することが可能となっている。同様に、シール室4,4の排気路32に設けられた排気ファン17も排気量制御装置に接続され、伝送された電気信号に応じて排気量を調整することが可能となっている。
【0016】
シール室4,4の外壁5,5の外側には糸条入口7、糸条出口7´の高さに対応して糸条Fを掛け渡すロール11が配置されている。ロール11の回転軸は図示しないモータ、コントローラ、電源等に接続され、自在に回転可能となっている。また、ロール11の表面は糸条Fに動力を伝達するのに適した摩擦係数を有している。
【0017】
熱処理室2の外壁3,3の各糸条入口6および各糸条出口6´の上下には一対の板状のスリット部材40が、糸条入口6,糸条出口6´を通過する糸条Fの走行方向と略平行に、糸条入口6,糸条出口6´の紙面垂直方向の幅と略同じか、それ以上の幅で設けられている。図3に示すように、スリット部材40は上側部41と下側部42によって構成され、熱処理室2側にはフランジ部43,44が設けられている。スリット部材40の上側部41および下側部42はそれぞれフランジ部43,44を介して熱処理室2の外壁3の上下方向に形成された固定溝45,46に、例えばボルト等の締結具によって上下方向に移動可能かつ取り外し可能に固定され、スリット幅Wが自在に変更可能となっている。
【0018】
次に、本実施の形態の作用・効果について説明する。
図1に示すように、炭素繊維の前駆体繊維の糸条Fが紙面に垂直方向に平行に揃えられた状態で熱処理装置1の図示左側のシール室4の最上段の糸条入口7から送入される。次いで、糸条Fは熱処理室2の外壁3の糸条入口6を通過し、熱処理室2の対抗する外壁3の糸条出口6´から送出される。さらに、糸条Fは熱処理室2に連接されたシール室4の外壁5の糸条出口7´を通過して熱処理装置1の外部に送出される。熱処理装置1の外部に送出された糸条Fはシール室4の外部のロール11に巻き掛けられるようにして折り返され、送出された糸条出口7´の一つ下の糸条入口7から、再び熱処理装置1内部に送入される。
【0019】
再び熱処理装置1内部に送入された糸条Fは、逆向きに同様の経路を経て熱処理装置1の外部に送出され、熱処理装置1外部のロール11に再び巻き掛けられ折り返される。このように、糸条Fはロール11によって熱処理装置1の外部で繰り返し折り返されながら、熱処理装置1に繰り返し送入、送出され、蛇行するようにして熱処理装置1の内部を通過する。このとき、糸条Fにはロール11の回転とロール11表面の摩擦によって動力が与えられ、図1の矢印X方向に連続的に送り出されている。また、熱処理装置内を走行する糸条Fの矢印X方向の速度は、ロール11の回転を制御することによって自在に制御可能となっている。
【0020】
一方、熱処理室2の内部には図示しない熱風循環装置によって熱風が循環し、例えば、約200〜300℃の温度に保たれている。したがって、熱処理室2内部に連続的に繰り返し送入された糸条Fは、熱処理室2内で徐々に耐炎化されていく。この際、糸条Fの酸化反応によって熱処理室2内にシアン化合物、アンモニア、及び一酸化炭素等の分解ガスが発生する。発生した分解ガスは、熱処理室2に設けられた排気口30から排気ファン14によって排出され、外部のガス回収処理装置によって回収され処理される。また、排気ファン14による排気量の調整は、例えばバルブ等の流量調節機構13により行うことができる。
【0021】
シール室4,4の内部は、排気ファン17,17によって内部の気体を吸引することで負圧となっている。また、熱処理室2内部には加熱されることによって上部が高圧で下部が低圧となる上下方向の圧力分布が生じる。ここで、熱処理装置1外部の空気を給気ファン24によってエアーカーテン手段8のノズル10a,10bに供給し、糸条Fに向かって噴出することによってエアーカーテンを形成する。これにより、シール室からの分解ガスの漏出を確実に防止することができると共に、熱処理室2内への外気の流入を抑制することができる。
【0022】
また、非定常熱伝導の式より、Tを熱処理装置1の糸条出口7´における糸条Fの温度、Tをシール室4内の雰囲気温度、Tを熱処理室2内の雰囲気温度、tを糸条Fのシール室4内滞在時間、hを糸条Fの境膜伝熱係数、Aを糸条Fの表面積、Cを糸条Fの比熱、ρを糸条Fの密度、Vを糸条Fの体積とした場合に下記式(I)、下記式(II)を満たす関係が成立する。
T=T−(T−T)e−mt…(I)
m=hA/C/ρ/V…(II)
【0023】
ここで、糸条Fの比熱C、糸条Fの密度ρは用いる炭素繊維の前駆体繊維の糸条Fの仕様によって特定される。また、糸条Fの表面積Aおよび糸条Fの体積Vは、例えば断面が略矩形状に整形された状態の糸条Fの寸法を、ノギス等により測定して得ることができる。また、温度検出装置38によりシール室4内の雰囲気温度T、熱処理室2内の雰囲気温度Tを測定することができる。さらに、糸条Fのシール室4内滞在時間tは、熱処理装置1内を走行する糸条Fの速度とシール室長さLsより算出することができる。
【0024】
一方、糸条Fの境膜伝熱係数hは測定によって求めることが困難であるため、例えば、熱処理装置1の糸条出口7´における糸条の温度Tを測定し、上記の式(I)に代入することで、定数mを逆算して求めてもよい。これにより、式(I)から熱処理装置1の糸条出口7´における糸条の温度Tを200℃以下とするシール室4内の雰囲気温度T、熱処理室2内の雰囲気温度T、糸条Fのシール室4内滞在時間tの関係式を得ることができる。
【0025】
ここで、まず熱処理装置の設置スペースの制限から、シール室の長さLsを決定する。次に、炭素繊維の前駆体繊維の糸条Fを耐炎化するのに要する温度と時間および糸条Fの走行方向の熱処理室2の長さの関係から、熱処理装置1内を走行する糸条Fの速度と熱処理室2内の雰囲気温度Tを決定する。このとき糸条Fの速度は、従来よりも生産性を向上させることができ、かつ糸条Fを耐炎化できるように9m/min以上かつ20m/min以下の範囲で決定する。決定したシール室の長さLsと糸条Fの速度より、糸条Fのシール室4内滞在時間tが得られる。
これにより、式(I)から熱処理装置1の糸条出口7´における糸条の温度Tを200℃以下とするシール室4内の雰囲気温度Tの値(目標温度)を得ることができる。
【0026】
シール室4内の雰囲気温度Tは、シール室4のからの排気量を調整し、シール室4内への外気の流入量を増減させることで制御することができる。したがって、例えば、シール室4内の雰囲気温度Tを温度検出装置38によって検出し、検出された温度の信号を排気量制御装置に伝送し、伝送された温度の信号と上述の目標温度との差分に基づいて排気量制御装置によって排気量を調整することで、検出された温度と目標温度との差分を0とするようにシール室4内の雰囲気温度Tを制御することができる。
【0027】
したがって、本実施の形態によれば、シール室4内の雰囲気温度Tを温度検出装置38によって検出し、排気量制御装置によってシール室4からの排気量を調整し、糸条出口7´における糸条の温度Tを200℃以下に制御することができる。
また、糸条Fが熱処理装置1内を走行する速度を上記の範囲とすることで、従来よりも一定時間に熱処理される糸条Fの量を増加させ、熱処理の生産性を向上させることができる。
【0028】
一方、上記のようにシール室4内の雰囲気温度を制御することで、シール室4内の雰囲気温度が200℃以下となった場合、糸条Fから発生したタールが熱処理室2の糸条出口6´近辺で冷却され凝縮する。しかし、糸条出口6´に糸条Fの厚みに応じてスリット幅Wが上下方向で変更可能、かつ糸条Fの接触部分、すなわち熱処理室2の糸条出口6´の上下に設けられたスリット部材40の上側部41および下側部42を取り外し可能に設けたので、熱処理室2の糸条出口6´近辺でタールが凝縮し、スリット部材40に付着したとしても、スリット部材40を定期的に取り外して洗浄することができる。また、スリット幅Wを糸条Fの厚みに合わせて最適な幅に設定することができる。
【0029】
したがって、本実施の形態によれば、スリット幅Wを糸条Fの厚さに応じて最適に設定することが可能であると共に、タールが糸条Fに付着するなどして生産に悪影響を及ぼす前に、スリット部材40に付着したタールを取り除くことができるので、シール室内でタールが冷却され凝縮しても生産に悪影響を及ぼすことがない。
【0030】
(第二実施形態)
次に、本発明の第二の実施の形態を、図1〜3を援用して説明する。
本実施の形態では、シール室4の雰囲気温度Tを制御するのではなく、シール室4内滞在時間tを調整することで、熱処理装置1の糸条出口7´における糸条の温度Tを200℃以下とする点で上述の第一の実施の形態と異なる。その他の構成は第一の実施の形態と同様であるので、説明は省略する。
【0031】
上述の式(I)、式(II)から、第一の実施の形態と同様に、熱処理装置1の糸条出口7´における糸条の温度Tを200℃以下とするシール室4内の雰囲気温度T、熱処理室2内の雰囲気温度T、糸条Fのシール室4内滞在時間tの関係式を得ることができる。そして、第一の実施の形態と同様にシール室4の長さLsを決定した後、シール室4内の雰囲気温度T、熱処理室2内の雰囲気温度Tを適当な値に決定する。
【0032】
これにより、式(I)、式(II)から、糸条出口7´における糸条の温度Tを200℃以下とするために必要な糸条Fのシール室4内滞在時間tの最小値を得ることができるので、この最小値に基づいて糸条Fの速度が9m/min以上かつ20m/min以下の範囲となる最小のtを決定することができる。
このとき、温度Tを200℃以下とする糸条Fのシール室4内滞在時間tが存在しない場合、または、糸条Fの速度が9m/minよりも小さくなってしまう場合は、シール室4の長さLs、シール室4内の雰囲気温度T、熱処理室2内の雰囲気温度Tを再度調整し、同様の手順を繰り返す。
【0033】
したがって、本実施の形態によれば、予め決定したシール室4内の雰囲気温度T、熱処理室2内の雰囲気温度Tに応じて、糸条出口7´における糸条Fの温度Tを200℃以下とし、かつ糸条Fの速度を9m/min以上かつ20m/min以下の範囲で最大とすることできる。よって、第一の実施の形態と同様の効果を得ることができる。
【0034】
(第一変形例)
次に、上述の実施の形態の第一変形例について、図1および図2を援用し、図6を用いて説明する。上述の本実施形態では図3に示すように、スリット部材40を一体的に構成し、外壁3に直接取り付ける構造としたが、本変形例では、図6に示すように、熱処理室2の外壁3の糸条入口6,糸条出口6´を挟んで上下に、固定溝45´を有する断面L字形状の第一支持部材47が固定されている。固定溝45´は図の上下方向に幅を持たせて形成されている。この第一支持部材47に、第二部材支持部材48の一端側が固定溝45´を介してボルト等で着脱自在に固定されている。第二支持部材48の他端側はT字状に形成され、その両端部は第二支持部材48の一端側に立ち上がり、係止部48´、48´が形成されている。
【0035】
また、第二支持部材48のT字状に分岐にした他端側および係止部48´、48´を包み込むように、断面C字形状のスリット部材40が装着されている。ここで、スリット部材40としては、例えばステンレス製角パイプの一側面に切込みを入れたものを用いることができる。スリット部材40は係止部48´の端面に接し、熱処理装置1の奥行き方向にスライド可能に設けられている。また、スリット部材40は、熱処理装置1の奥行き方向にスライドさせることで、着脱自在に装着されている。
【0036】
上述のように、スリット部材40の形状を、第二支持部材48の先端に嵌め込み可能な形状とし、熱処理装置1の奥行き方向にスライド可能かつ着脱自在に構成したことで、スリット部材40の取り付け、取り外しを簡便に行うことができる。したがって、本変形例によれば、熱処理装置1のメンテナンスを容易にすることができる。
また、第二支持部材48の他端側の断面形状をT字形状に分岐させ、その両端部を一端側に立ち上げて係止部48´を設け、スリット部材40として、例えばステンレス製角パイプの一側面に切込みを入れた断面C字形状のものを用いている。係る構造は以下の好ましい特性を有する。即ち、
1)耐熱性を有する。
2)強度に優れ、取り外し、洗浄を繰り返して行う際の耐久性を有する。
3)耐久性を有しつつ、軽量化できるので作業性に優れる。
【0037】
(第二変形例)
次に、本実施の形態の第二変形例について、図1および図2を援用し、図7を用いて説明する。本変形例は、上述の実施の形態および第一変形例と比較して、図7に示すように第一支持部材47の熱処理室2の外壁3への固定部を支点49として、第一支持部材47および第二支持部材48が上下方向を向く状態から、水平或いは斜め上、斜め下方向を向く状態に自在に回転可能となっている点で異なっている。その他の構成は第一変形例と同様であるので、説明は省略する。
【0038】
このように、第一支持部材47の固定部を支点49としてスリット部材40を回転自在に設けたので、熱処理室2の外側に設けられた支点49の軸部分を回転させることで、スリット幅Wの調整を熱処理室2の外側から行うことができる。したがって、スリット幅Wの操作を容易にすることができる。
また、スリット幅Wの操作を熱処理室2の外側から行うためには、外壁3を貫通させて操作部を設ける必要がある。このため、外壁3の貫通部からの有害ガスの漏れを防止する必要がある。したがって、図3に示すように外壁3に長孔状の固定溝45を形成する場合、固定溝45全体をシールしなければならない。一方、本変形例では第一支持部材47、第二支持部材48を回転自在に設けたことで、支点49の回転軸部分をシールするだけでよいので、その他方式と比較して、シール機構が単純となる。更に支点49を中心としてスリット部材40を回転させることでスリット幅Wを操作することができるので、スリット幅Wの操作のために必要な力も小さくできる。
【0039】
また、熱処理室2は、温度の変化に伴って膨張・収縮する。一方糸条Fは熱処理室2に固定されていないので、熱処理室2とは連動せずに一定の位置を保つ。従って回転機構を有さない場合、熱処理室2の温度が低い状態でスリット部材40の位置が適切となるように調節すると、昇温に伴い熱処理室2が膨張し、糸条入口6,糸条出口6´の位置も上に移動するので糸条の下側の隙間が狭くなる。また昇温完了後にスリット部材40の位置が適切な位置となる状態に調節した上で昇温しようとすると、昇温開始時に糸条の上側の隙間が狭くなる。
【0040】
このとき、回転機構を設けたことで、上下のスリット部材40の位置を、昇温完了後に適切な位置となるように調整した上で、上側の第二支持部材48を回転させて上げた状態で昇温を開始し、昇温完了後にこれを下ろすことができる。また、温度を下げる場合は逆に下側の第二支持部材48を回転させ下げてから行うことができる。したがって、温度変化に伴って糸条入口6,糸条出口6´における糸条Fの上下の隙間が狭くなったとしても、上下のスリット部材40の位置を調整し、糸条Fに接触することを防止できる。
【0041】
加えて、清掃や糸条Fの品種切替を行った際、立ち上げ時に熱処理室2に糸条Fを通すに当たって、別の糸条と結んだものを通す必要が生じる。このとき、結び目が通る際にどちらか一方或いは両方の第二支持部材48を回転させて、スリット部材40を糸条Fから遠ざけておくことができる。したがって、糸条Fの結び目がスリット部材40に接触することを防止できる。
【0042】
尚、本発明は上述した実施の形態に限られるものではなく、上記の式(I)、式(II)の関係から糸条出口における糸条温度を200℃以下とするものであれば、シール室の雰囲気温度、糸条のシール室内滞在時間以外のパラメータを調整しても良い。例えば、物性値、表面積等の異なる糸条を使用するなどして定数mを調整してもよいし、熱処理室内の雰囲気温度Tを調整してもよい。
また、熱処理装置は上述の実施の形態で説明した横型炉ではなく、糸条の走行方向が熱処理装置の上下方向となる縦型熱処理装置であってもよい。
【0043】
また、シール室の温度検出装置は、シール室内の温度勾配に対応して糸条走行方向に複数設けてもよい。これにより、シール室内の温度分布、あるいは平均温度を得ることができる。また、シール室の排気量の制御方法は、温度検出装置によって検出した温度の信号に基づいて排気量を調整するものであれば、上述した制御方法でなくてもよい。また、シール室の糸条入口、糸条出口のシール手段は、エアーカーテン手段でなくてもよい。また、熱処理装置のパス数は上述の実施の形態のパス数と異なるものであっても差し支えない。
【0044】
また、スリット部材は上下方向に移動可能かつ取り外し可能な構造であれば、上述の実施の形態および変形例に示した構造に限られない。すなわち、スリット部材を取り外し可能にする構造は、図3、図6および図7に示す構造に限定されるものではない。また、スリット部材を第二支持部材に装着するための構造は特に限定されない。
【実施例1】
【0045】
以下、実施例により本発明を具体的に説明する。
上述の実施の形態において説明した熱処理装置により、糸条走行方向のシール室長さを1.5m、熱処理装置内を走行する糸条走行速度を12m/minとして、繊度18000dtex(15K)の炭素繊維の前駆体繊維の糸条の熱処理を行った。このときの糸条のシール室内滞在時間は7.5secである。また、熱電対により、熱処理室雰囲気温度T、シール室雰囲気温度T、放射温度計(チノー製IR−TA)により糸条出口の糸条温度Tを測定した。次いで、上述の非定常熱伝導の式(I)より定数mを算出した。得られた値を表1に示す。
【0046】
【表1】

【0047】
表1に示した条件で糸条の熱処理を行った結果、糸条出口の糸条温度Tを200℃以下とすることができ、熱処理装置外でのシアンガス等のガスの発生を防止することができた。
また、図4に示すように、縦軸を糸条出口の糸条温度T、横軸を糸条のシール室内滞在時間tとするグラフを作成した。グラフ中、円形の点iは表1に示したデータを表している。また、一点鎖線はシール室雰囲気温度T、熱処理室雰囲気温度Tおよび定数mを表1の条件に固定したときに、式(I)の関係を満たす糸条出口の糸条温度Tと糸条のシール室内滞在時間tを示している。
【0048】
これにより、糸条出口の糸条温度Tは200℃以下にするためには、シール室内滞在時間tを約2.5sec以上とすればよいことが分かる。したがって、糸条走行速度を約36m/minまで上昇させることが考えられるが、例えば、熱処理室における熱処理時間等の制限により、糸条の走行速度の最大値は約20m/minとなる。したがって、糸条の走行速度を許容できる最大値まで増加させ、糸条の熱処理の生産性を向上することができる。
【実施例2】
【0049】
シール室の排気量を調整し、シール室雰囲気温度Tを156℃とした以外は、実施例1と同様の条件で炭素繊維の前駆体繊維の糸条の熱処理を行った。
【0050】
【表2】

【0051】
表2に示した条件で糸条の熱処理を行った結果、糸条出口の糸条温度Tを200℃以下とすることができ、熱処理装置外においてシアンガス等のガスの発生を防止することができた。
図4に示すグラフ中、四角形の点iiは表2に示したデータを表している。また、破線はシール室雰囲気温度T、熱処理室雰囲気温度Tおよび定数mを表2の条件に固定したときに、式(I)の関係を満たす糸条出口の糸条温度Tと糸条のシール室内滞在時間tを示している。
これにより、糸条出口の糸条温度Tは200℃以下にするためには、シール室内滞在時間tを約5sec以上とすればよいことが分かる。したがって、糸条走行速度を約18m/minまで上昇させ、糸条の熱処理の生産性を向上することができる。
【実施例3】
【0052】
熱処理室雰囲気温度Tを243℃まで上昇させ、シール室の排気量を調整し、シール室雰囲気温度Tを96℃とした以外は、実施例1、実施例2と同様に炭素繊維の前駆体繊維の糸条の熱処理を行った。
【0053】
【表3】

【0054】
表3に示した条件で糸条の熱処理を行った結果、糸条出口の糸条温度Tを200℃以下とすることができ、熱処理装置外においてシアンガス等のガスの発生を防止することができた。
上述の図4に示すグラフと同様に、図5に示すグラフを作成した。図5に示すグラフ中、円形の点iiiは表3に示したデータを表している。また、一点鎖線はシール室雰囲気温度T、熱処理室雰囲気温度Tおよび定数mを表3の条件に固定したときに、式(I)の関係を満たす糸条出口の糸条温度Tと糸条のシール室内滞在時間tを示している。
これにより、糸条出口の糸条温度Tは200℃以下にするためには、シール室内滞在時間tを約3sec以上とすればよいことが分かる。したがって、糸条走行速度を許容できる最大値である約20m/minまで増加させ、糸条の熱処理の生産性を向上することができる。
【0055】
(比較例1)
シール室の排気量を調整し、シール室雰囲気温度Tを215℃とした以外は、実施例3と同様に炭素繊維の前駆体繊維の糸条の熱処理を行った。
【0056】
【表4】

【0057】
表4に示した条件で糸条の熱処理を行った結果、糸条出口の糸条温度Tは200℃以上となり、熱処理装置外においてシアンガス等のガスが検出された。
図5に示すグラフ中、四角形の点ivは表4に示したデータを表している。また、破線はシール室雰囲気温度T、熱処理室雰囲気温度Tおよび定数mを表4の条件に固定したときに、式(I)の関係を満たす糸条出口の糸条温度Tと糸条のシール室内滞在時間tを示している。
これにより、シール室内滞在時間tを延長しても糸条出口の糸条温度Tは200℃以下に低下しないことが分かる。したがって、表4に示すようにシール室雰囲気温度Tを215℃とした場合、熱処理装置外部でのシアンガスの発生を防止することができない。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】本発明の実施の形態における熱処理装置の概略断面図である。
【図2】本発明の実施の形態における熱処理装置の部分拡大側面図である。
【図3】本発明の実施の形態におけるスリット部材の断面図である。
【図4】本発明の実施例1、実施例2における糸条出口の糸条温度と糸条のシール室内滞在時間との関係を表すグラフである。
【図5】本発明の実施例3、比較例1における糸条出口の糸条温度と糸条のシール室内滞在時間との関係を表すグラフである。
【図6】本発明の実施の形態におけるスリット部材の変形例の断面図である。
【図7】本発明の実施の形態におけるスリット部材の変形例の断面図である。
【符号の説明】
【0059】
1 熱処理装置
2 熱処理室
4 シール室
7 糸条入口
7´ 糸条出口
15 排気口
38 温度検出装置
40 スリット部材
F 糸条
W スリット幅

【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱処理装置の熱処理室に加熱気体を循環させ、糸条入口より前記熱処理室内に糸条を連続的に送入し、糸条出口より前記熱処理室外に前記糸条を連続的に送出し、前記熱処理室内で前記糸条を連続的に熱処理する熱処理方法において、
前記熱処理装置内を通過する前記糸条の速度を9m/min以上かつ20m/min以下の範囲としつつ、前記糸条出口における前記糸条の温度を200℃以下とすることを特徴とする熱処理方法。
【請求項2】
前記熱処理室に隣接してシール室が設けられ、Tを前記糸条出口における前記糸条の温度、Tを前記シール室内の雰囲気温度、Tを前記熱処理室内の雰囲気温度、tを前記糸条の前記シール室内滞在時間、hを前記糸条の境膜伝熱係数、Aを前記糸条の表面積、Cを前記糸条の比熱、ρを前記糸条の密度、Vを前記糸条の体積とした場合に下記式(I)、下記式(II)を満たす関係が成立することを特徴とする請求項1記載の熱処理方法。
T=T−(T−T)e−mt…(I)
m=hA/C/ρ/V…(II)
【請求項3】
前記シール室は排気口と温度検出装置とを備え、前記温度検出装置の信号に基づいて前記排気口からの排気量を調整することにより前記糸条出口における前記糸条の温度を制御することを特徴とする請求項2記載の熱処理方法。
【請求項4】
前記熱処理室の前記糸条出口に、前記糸条の厚みに応じてスリット幅が変更可能、かつ前記糸条の接触部分が取り外し可能にスリット部材を設けたことを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれかに記載の熱処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−144325(P2008−144325A)
【公開日】平成20年6月26日(2008.6.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−335694(P2006−335694)
【出願日】平成18年12月13日(2006.12.13)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】