説明

炭素繊維前駆体アクリル系繊維束およびその製造方法、ならびに炭素繊維束の製造方法

【課題】シリコーン化合物を主成分として用いた処理剤を付与した前駆体繊維束を焼成した場合に発生するスケールによる操業性低下や、非シリコーン系処理剤を付与した前駆体繊維束を焼成するときに発生する炭素繊維束物性の低下を改善しうる炭素繊維前駆体アクリル系繊維束を提供する。また、機械的物性および品質に優れた炭素繊維束の製造方法を提供する。
【解決手段】処理剤が、下記[A]成分と下記[B]成分を該処理剤中に60〜100質量%含み、該処理剤中の下記[A]成分と下記[B]成分の合計の付着量が、繊維束100質量部に対し0.05〜3.0質量部であり、かつ、該処理剤中の質量比率が[A]:[B]=30:70〜70:30の範囲とする。[A]変性シリコーン[B]炭素数4−8の1価の分岐型飽和炭化水素基のカルボン酸と炭素数3〜20の1価の炭化水素基を持つ1価または2価のアルコールとのモノエステルまたはジエステル

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、品質および物性の優れた炭素繊維を製造するのに好適な炭素繊維前駆体アクリル系繊維束(以下、単に前駆体繊維束とも表記する)、およびそれを用いて製造される炭素繊維束の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、炭素繊維束の製造方法として、前駆体繊維束を200〜300℃の酸素存在雰囲気下で加熱処理することにより耐炎化繊維束に転換し、引き続いて1000℃以上の不活性雰囲気下で炭素化して炭素繊維束を得る方法が知られている。この方法で得られた炭素繊維束は、優れた機械的物性により、特に複合材料用の強化繊維として工業的に広く利用されている。
【0003】
しかし、前駆体繊維束を耐炎化繊維束に転換する耐炎化工程において、単繊維間に融着が発生し、耐炎化工程および続く炭素化工程(以下、耐炎化工程と炭素化工程を総合して焼成工程とも表記する)において、毛羽や糸切れといった工程障害が発生する場合がある。また、融着したまま焼成された炭素繊維束は、表面欠陥の増加と共にストランド強度の低下が著しくなる。
【0004】
単繊維間の融着を回避するためには、前駆体繊維に付着させる処理剤の選択が重要であることが知られており、多くの化合物が検討されてきた。例えば、アミノ変性シリコーン、エポキシ変性シリコーン、ポリエーテル変性シリコーン等の変性シリコーンを配合したシリコーン系の処理剤は、高い耐熱性を有し、単繊維の融着を抑える効果があることから広く用いられている。(例えば、特許文献1および2参照)
一方、シリコーン系の処理剤には、次のような問題があった。前記特許文献に開示されているシリコーン系の処理剤は、シリコーン成分が加熱により架橋反応して高粘度化・ゲル化することにより、単繊維間の融着を防止する。そのため、ゲル化した処理剤が、繊維表面から脱落して、前駆体繊維製造工程や耐炎化工程においてロールに堆積し、毛羽や糸切れを誘発することがある。また、焼成工程において、処理剤中のシリコーン化合物の大部分は分解、飛散し、その一部が焼成炉内で酸化ケイ素や炭化ケイ素、窒化ケイ素などのケイ素化合物を生成し、これらのスケールが異物となり、工程安定性、製品の品質を低下させていた。
【0005】
シリコーン系の処理剤には、このような問題があるため、非シリコーン化合物を主成分として用いた、処理剤(非シリコーン系の処理剤)も提案されている。このような技術として、非シリコーン化合物に、ビスフェノールAのアルキレンオキサイド付加物の脂肪酸エステル(特許文献3参照)、2価アルコール又はポリオキシアルキレンジオールとカルボン酸のエステル(特許文献4参照)、アルキル又はアルケニルチオ脂肪酸エステル(特許文献5参照)などを用いた例が挙げられる。
【0006】
非シリコーン系の処理剤は焼成工程におけるケイ素化合物の発生が無いことや、原料が安価なことなど有利な点もあるが、シリコーン化合物に比べて熱安定性が劣るものが多い。そのため焼成工程での単繊維の融着による表面欠陥の増加が、シリコーン系の処理剤を用いた場合に比較して生じることが多く、これに起因して製造工程では毛羽の発生や糸切れ、製品においてはストランド強度の低下といった点において、シリコーン系の処理剤に比べて劣るため、非シリコーン系の処理剤の適用は限定的なものであった。
【0007】
これらの問題に対して、シリコーン化合物と非シリコーン化合物を組み合わせる提案がなされている(特許文献6〜8参照)。しかし、単繊維間の融着を防止する効果が十分でなかったり、焼成工程におけるケイ素化合物飛散量の低減効果が不十分であったりして、前記した問題の解決にはいたっていなかった。また、特許文献9では、非シリコーン化合物を1段目で付与した後、乾燥、洗浄後2段目としてシリコーン化合物を付与し、乾燥する方法が提案されている。しかしながら、この方法では、洗浄により処理剤の付着量を一定量に制御することは難しく、また2段目の処理剤浴中に1段目の処理剤が混入し、処理剤の組成が一定しないなどの問題もあった。
【0008】
以上のように、従来技術による非シリコーン系処理剤のみを付与した前駆体繊維束では、工程安定性、炭素繊維束の機械的物性の発現において、シリコーン系処理剤を付与した前駆体繊維束より劣る傾向にあり、高品質な炭素繊維束を安定して得ることはできない。また、非シリコーン化合物とシリコーン化合物を併用し、シリコーン化合物の含有量を低減した処理剤を付与した前駆体繊維束は、高品質な炭素繊維束を安定して得ることはできない。
【0009】
つまり、シリコーン系処理剤に端を発する焼成工程でのケイ素化合物発生の問題と、非シリコーン系処理剤による炭素繊維物性低下の問題は表裏一体の関係に有り、従来技術ではこの両課題を共に解決するに至っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2006−188795号公報
【特許文献2】特開2006−183159号公報
【特許文献3】特開2004−143645号公報
【特許文献4】特開2001−248076号公報
【特許文献5】特公昭61−15186号公報
【特許文献6】特開2008−196097号公報
【特許文献7】特開2000−199183号公報
【特許文献8】国際公開第2009/060834号パンフレット
【特許文献9】特開2005−89883号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、シリコーン化合物を主成分として用いた処理剤を付与した前駆体繊維束を焼成した場合に発生するスケールによる操業性低下や、非シリコーン化合物を主成分として、あるいはシリコーン化合物と混合した、非シリコーン系処理剤を付与した前駆体繊維束を焼成するときに発生する炭素繊維束物性の低下を改善しうる炭素繊維前駆体アクリル系繊維束を提供することにある。さらに、この炭素繊維前駆体アクリル系繊維束を焼成することにより得られる機械的物性および品質に優れた炭素繊維束の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、シリコーン化合物と非シリコーン化合物を組み合わせた処理剤において、単繊維間の融着を防止する効果が十分でない原因は、シリコーン化合物と非シリコーン化合物との相溶性が低いため、前駆体繊維束表面にシリコーン化合物と非シリコーン化合物の混合物が均一に付着せず、分離が生じているため、非シリコーン化合物が偏在した部位において、単繊維間の融着を防止する効果が十分でないのではないかとの仮説の下、シリコーン化合物と非シリコーン化合物を含有する処理剤について両成分の相溶性に着目して各工程糸を詳細に解析したところ、前駆体繊維束表面における処理剤成分の分離が、原因であることを突き止めた。すなわち、従来の技術では繊維束に付与する前の処理剤の配合物の状態での相溶性は良好であり、前駆体繊維束への付与直後は繊維表面での成分分離は見られないものの、製糸工程において前駆体繊維束を高温で処理し緻密化する乾燥工程を経ると、繊維の表面において処理剤成分の分離が発生していることを見出した。このように処理剤を付与した後の製糸工程において両成分が分離することにより、シリコーン化合物の融着抑制効果が不十分となったものと考えられる。
つまり、耐炎化工程において単繊維間の融着を抑制するためには、処理剤の配合物の状態で相溶しているだけでは不十分であり、前駆体繊維束表面において、製糸工程における高温条件化でも分離が発生しないことが必要であること、さらには、特定の分岐型飽和炭化水素鎖を有するエステル化合物とシリコーン化合物を適切な比率で付与した炭素繊維前駆体アクリル系繊維束を用いることにより、繊維表面における処理剤組成物の分離を抑制することができることを見出したものである。
【0013】
すなわち、本発明の炭素繊維前駆体アクリル系繊維束は、処理剤が表面に付着したアクリル系繊維束であって、該処理剤が、下記[A]成分と下記[B]成分を該処理剤中に60〜100質量%含み、該処理剤中の下記[A]成分と下記[B]成分の合計の付着量が、該処理剤が付着される前のアクリル系繊維束100質量部に対し0.05〜3.0質量部であり、かつ、該処理剤中の下記[A]成分と下記[B]成分との質量比率が[A]:[B]=30:70〜70:30の範囲であることを特徴とする。
[A]変性シリコーン
[B]下記式(1)および/または式(2)で表される化合物
【0014】
【化1】

【0015】
(式(1)においてRは炭素数4−8の1価の分岐型飽和炭化水素基であり、Aは炭素数3〜20の1価の炭化水素基である。)
【0016】
【化2】

【0017】
(式(2)においてR,Rはそれぞれ炭素数4−8の1価の分岐型飽和炭化水素基であり、同一であっても異なっていても良い。Aは炭素数3〜20の2価の炭化水素基である)。
【0018】
本発明においては、[A]成分が、アミノ変性シリコーンであることが好ましい。
【0019】
また、前記処理剤に含まれる[A]成分および/または[B]成分の、式(1)におけるR、式(2)におけるR,Rのうち少なくとも一つが、t−ブチル基または分岐オクチル基であることが好ましい。
本発明においては、[B]成分が、ネオペンタン酸と2,4−ジエチル−1,5−ペンタンジオールから得られるジエステル、ネオペンタン酸と3−メチル−1,5−ペンタンジオールから得られるジエステル、イソノナン酸とネオペンチルグリコールから得られるジエステル、ネオペンタン酸イソステアリルエステル、ネオペンタン酸オクチルドデシルエステル、イソノナン酸イソトリデシルエステル、イソノナン酸イソデシルエステル、イソノナン酸イソノニルエステル、イソノナン酸エチルへキシルエステル から選ばれる少なくとも一つの化合物であることが好ましい。
【0020】
また、本発明の炭素繊維前駆体アクリル系繊維束は、前記処理剤を付与する前のアクリル系繊維束を、該処理剤の分散液で満たされた浴中を通過させて処理剤を付与した後、乾燥処理をする工程を有する製造方法、さらには、乾燥処理をした後、さらに処理剤を付与する工程を有する製造方法で製造されることが好ましい。
【0021】
本発明の炭素繊維前駆体アクリル系繊維束は、酸素含有雰囲気下において耐炎化し、その後炭化せしめることにより、炭素繊維束を製造するのに好ましく用いられる。
【発明の効果】
【0022】
本発明の炭素繊維前駆体アクリル系繊維束を用いると、炭素繊維束製造工程における単繊維間の融着抑制効果を維持しながら、工程障害となるケイ素化合物の発生を従来に比べて抑制することができる。これにより操業性が向上し、さらに、得られた炭素繊維は従来品に比べて良好な機械的物性を発現することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】実施例のSEM観察において処理剤の分離が発生していないと判別した画像
【図2】実施例のSEM観察において処理剤の分離が発生していると判別した画像
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明の炭素繊維前駆体アクリル系繊維束は、処理剤が表面に付着しており、該処理剤が、下記[A]成分と下記[B]成分を該処理剤中に60〜100質量%含み、該処理剤中の下記[A]成分と下記[B]成分の合計の付着量が、該処理剤が付着される前のアクリル系繊維束100質量部に対し0.05〜3.0質量部であり、かつ、該処理剤中の下記[A]成分と下記[B]成分との質量比率が[A]:[B]=30:70〜70:30の範囲であることを特徴とする。
[A]変性シリコーン
[B]下記式(1)および/または式(2)で表される化合物
【0025】
【化3】

【0026】
(式(1)においてRは炭素数4−8の1価の分岐型飽和炭化水素基であり、Aは炭素数3〜20の1価の炭化水素基である。)
【0027】
【化4】

【0028】
(式(2)においてR,Rはそれぞれ炭素数4−8の1価の分岐型飽和炭化水素基であり、同一であっても異なっていても良い。Aは炭素数3〜20の2価の炭化水素基である)。
【0029】
本発明においては、繊維束に付与する処理剤の構成が最も重要である。
【0030】
処理剤中の[A]成分は従来から融着を抑制する効果が高いことが知られている成分であるが前述したような問題を有している、[B]成分は非シリコーン化合物であるが上記の特定の構造を有することにより[A]成分と極めて相溶性が良く、製糸工程を全て経た後でさえも、前駆体繊維束表面において[A]成分と分離することがないので、これらを併用することにより、少量の[A]成分でも前駆体繊維束表面全体をカバーすることができるので、[A]成分の付与量を低減しても、強度低下を抑制することができるのである。
【0031】
すなわち、かかる特定の処理剤を用いることにより、シリコーン化合物含有量を低減と、炭素繊維束強度の向上という従来両立ができなかった課題を共に解決することが可能となったものであり、製造工程の操業性と製品の品質を同時に向上することができたものである。
【0032】
このように本発明の主な部分は特定の処理剤を適用することにあるが、製糸工程において前駆体繊維束に特定の比率で付与して得るものであるから、以下では該処理剤を付与する前駆体繊維束の製糸に関する内容から順を追って説明する。
【0033】
本発明の炭素繊維前駆体アクリル系繊維束を製造するのに用いられる、処理剤組成物を付着させる前のアクリル系繊維束は、アクリロニトリル系重合体を紡糸して得られるアクリル系繊維束であれば特に限定はされず、公知の技術により紡糸されたアクリル系繊維束を用いることができる。
【0034】
アクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリルを主な単量体とし、これを重合して得られる重合体である。アクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリルのみから得られるホモポリマーだけでなく、主成分であるアクリロニトリルに加えて他の単量体を用いたアクリロニトリル系共重合体であっても差し支えない。
【0035】
本発明において用いられるアクリロニトリル系共重合体の成分としては、アクリロニトリル95モル%以上であることが、紡糸溶液の安定性の観点で好ましく、より好ましくは98モル%以上である。本発明において用いられるアクリロニトリル系共重合体には耐炎化を促進し、かつ、アクリロニトリルと共重合性のある耐炎化促進成分を0.1モル%以上含有することが好ましい。かかる成分を多量に添加すると、耐炎化時の異常発熱を生じる場合があるので、5モル%以下、より好ましくは2モル%以下の範囲で共重合したものを使用することが好ましい。かかる耐炎化促進成分としては、アクリル酸、メタクリル酸およびイタコン酸からなる群から選ばれた少なくとも一種の単量体を用いることが好ましい。また、かかる耐炎化促進成分以外にも溶媒への溶解性を高める観点から、例えば、アクリル酸メチルなどの(メタ)アクリル酸アルキルエステルを共重合しても構わない。
【0036】
紡糸溶液は、溶液重合法、懸濁重合法および乳化重合法などの重合法を採用して得ることができる。紡糸溶液に使用される溶媒としては、有機、無機いずれの溶媒も使用することができるが、特に有機溶媒を使用することが好ましい。具体的には、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどが好ましく、特にジメチルスルホキシドがより好ましい。
【0037】
紡糸方法は、上記の紡糸溶液を空気中で凝固する乾式紡糸法、凝固浴液中で凝固する湿式紡糸法など公知の紡糸方法を適宜使用できるが、特に湿式紡糸法が好適に使用される。
【0038】
湿式紡糸法による紡糸賦形は、紡糸口金から直接または一旦空気中を経てから凝固浴中に紡糸溶液を吐出し、凝固糸を得る。凝固浴液は、溶剤回収の容易さの点から、紡糸溶液に使用する溶媒と凝固促進成分とから構成することが好ましく、凝固促進成分としては水を用いることが好ましい。凝固浴液中の紡糸溶媒と凝固促進成分の割合および凝固浴液温度は、得られる凝固糸の緻密性、表面平滑性および可紡性などを考慮して適宜選択して使用される。
【0039】
紡糸して得られた凝固糸は、20℃〜98℃の温度に温調された単数または複数の水浴中で水洗され、一次延伸される。一次延伸倍率は、糸切れや単繊維間の接着が生じない範囲で、適宜設定することができるが、表面がより平滑な前駆体繊維を得るためには、一次延伸倍率は5倍以下であることが好ましい。一次延伸倍率は、製糸全工程の延伸倍率を高めることができる点で、1.1倍以上であることが好ましい。
【0040】
また、一次延伸浴の最高温度は、50℃以上とすることが好ましく、より好ましくは70℃以上であるかかる温度範囲を採ることにより、乾燥工程を経て得られる前駆体繊維の緻密性を向上させることが出きるため好ましい。また、一次延伸浴の最高温度が99℃を超えると水の蒸発が激しく、製造エネルギー消費が大きくなるため、一次延伸浴の最高温度は99℃以下であることが好ましい。
【0041】
一次延伸に続く乾燥工程において糸束の乾燥手段としては、加熱された複数のローラーに糸束を直接接触させる手段が好ましく用いられる。乾燥温度は、高いほど生産性の観点からも好ましく、単繊維間の融着が生じない範囲で高く設定することが好ましい。具体的には、乾燥温度は150℃〜200℃が好ましく、より好ましくは180℃〜190℃である。乾燥温度が200℃を超えると、乾燥工程における単繊維間の融着が顕著となる。また、処理剤を水膨潤糸に付与する場合は、乾燥温度が200℃を超えると処理剤のゲル化が発生するため、続く二次延伸工程において処理剤が繊維の延伸に追従することができず、繊維束の延伸後に処理剤の未付着部が発生し、本発明の効果を奏しない場合がある。乾燥時間は、膨潤糸束が乾燥するのに十分な時間とする。具体的には、乾燥時間は15〜60秒程度である。また、糸束への加熱状態が均一となるように、糸束をできるだけ拡幅した状態でローラーに接触させることが好ましい。
【0042】
得られる前駆体繊維の緻密性を向上する観点から、乾燥された糸束を、さらに二次延伸することが好ましい。二次延伸の方法としては、加圧水蒸気延伸、乾熱延伸等を用いることができるが、生産性向上の観点から加圧水蒸気延伸が好ましい。加圧水蒸気延伸時の水蒸気圧または温度や二次延伸倍率は、糸切れや毛羽発生のない範囲で適宜選択して使用することができる。
【0043】
その後、糸束はワインダーによって巻き上げ、アクリル系繊維束のパッケージが得られる。
【0044】
前駆体繊維の糸束を構成する単繊維の繊度(単繊維繊度)は、好ましくは0.1〜2.0dTexであり、より好ましくは0.3〜1.5dTexであり、さらに好ましくは0.5〜1.2dTexである。単繊維繊度は、小さいほど得られる炭素繊維の引張強度や弾性率を向上する点で有利であるが、生産性は低下することが多いため、性能とコストのバランスを考慮し選択することが好ましい。
【0045】
また、前駆体繊維の糸束を構成する単繊維数は、好ましくは1000〜96000本であり、より好ましくは12000〜48000本であり、さらに好ましくは24000〜48000本である。ここで、前駆体繊維の糸束を構成する単繊維数とは、耐炎化処理される直前の単繊維数をいい、生産性の観点からは単繊維数は多いほど好ましい。単繊維の数が少なすぎると、生産性が悪化することが多く、多すぎると耐炎化の際に焼成むらを発生しやすくなることが多い。
【0046】
本発明において処理剤の付与方法としては、公知の方法を使用することができるが、例えば以下の方法を用いて1段階で付与することができる。すなわち、処理剤を乳化剤により水分散液とし、その水分散液を前駆体繊維束に付与し、乾燥させる方法である。用いる分散媒としては、作業環境の側面から、水を用いることが好ましい。付与手段としては、浸漬法、噴霧法、タッチロール法あるいはガイド給油法などが挙げられる。処理剤を付与する工程としては、製糸工程のいずれの工程でも付与することができるが、水分散液とした処理剤を前述の一次延伸後の水膨潤状態にあるアクリル系繊維束に付与すれば、前駆体繊維束の乾燥と溶媒の乾燥工程をあわせて簡略化できるため、特に好ましい。
【0047】
また、本発明における処理剤の付与方法のもう一つの態様として、2段階で付与する方法が挙げられる。すなわち、前記と同じく、1段階目として水膨潤糸に油剤を付与し、乾燥緻密化処理した後、さらに2段階目としてさらに油剤を付与する方法である。本発明における[B]成分は後述するとおり、[A]成分との相溶性に優れ、また粘度も低いことから[B]成分の低粘度化剤として、2階目の処理としてタッチロール法あるいはガイド給油法などを用いることが出来る。タッチロール法やガイド給油法においては、前駆体繊維束に一定量の処理剤を添加することが出来、水等の分散媒を除去する工程が不要となるため、コスト面、設備費面でも好ましい。また、前駆体繊維へ付与する油剤の種類、成分、付着量について、1段目と2段目で成分比率を変更しても構わない。特に、1段目の処理剤のうち[A]の成分比率を前駆体繊維束100質量部当たり、0〜0.1質量部にすることが好ましい。該付着量範囲にすることにより、乾燥緻密化ロール上のガムアップを抑制し、長期間にわたって前駆体繊維の品位を良好に維持できる。さらに好ましくは0〜0.05質量部である。いずれの方法においても、処理剤が繊維束に付与された後、溶媒・分散媒を乾燥する工程において、処理剤混合物が繊維表面を覆うように拡展するため、前駆体繊維の状態において処理剤の成分は繊維表面に均一に付与可能である。
【0048】
処理剤を付与する工程としては、製糸工程のいずれの工程でも付与することができるが、水分散液とした処理剤を前述の一次延伸後の水膨潤状態にあるアクリル系繊維束に付与すれば、前駆体繊維束の乾燥と溶媒の乾燥工程をあわせて簡略化できるため、特に好ましい。
【0049】
本発明において前駆体繊維束に付与せしめる処理剤は、[A]変性シリコーン化合物、[B]前記式(1)および/または前記式(2)で表される化合物を質量比率で[A]:[B]=30:70〜70:30の範囲で含み、[A]成分と[B]成分を該処理剤中に70〜99質量%含むものである。
【0050】
本発明において用いる処理剤の[A]成分は、変性シリコーン化合物である。本発明において、変性シリコーン化合物とは、シリコーン骨格を有し、その末端および/または側鎖に、有機官能基を有することにより、酸素雰囲気下加熱することにより架橋しうるシリコーン化合物のことをいう。加熱時に架橋しゲル化することにより、後述のように単繊維間の融着を防止する効果を有するため本発明の処理剤に必要な成分である。かかる変性シリコーンとしては、アミノ変性シリコーン、ポリエーテル変性シリコーン、エポキシ変性シリコーン、カルビノール変性シリコーン等、公知のものを使用できるが、特にアミノ変性シリコーンであることが好ましい。
【0051】
本発明に用いるアミノ変性シリコーンとしては、1級側鎖アミノ変性タイプ、1,2級側鎖アミン変性タイプ、両末端アミノ変性タイプのいずれも使用することができるが、1,2級側鎖アミンの構造で、25℃における動粘度が1000〜5000mm/s、アミノ当量が1000〜10000g/molであることが、シリコーン化合物の耐熱性、および次項で述べる耐炎化工程における反応性等の観点において好ましい。
【0052】
ここで、単繊維融着の抑制効果について変性シリコーンが、奏効する機構について説明する。アクリル系繊維束を焼成する炭素繊維の製造方法では、前駆体であるアクリル系繊維束を、200℃〜300℃の酸素含有雰囲気下で耐炎化し、その後1000℃以上の不活性雰囲気下で炭素化することによって炭素繊維を製造するが、この中で耐炎化工程は200℃以上の温度で前駆体繊維束を処理して部分的に架橋し不融化させる工程である。耐炎化工程では前駆体繊維束中の単繊維の表面は溶融しており、前駆体繊維束中でかかる単繊維同士が接触することにより容易に融着が生じてしまうが、変性シリコーンを含む処理剤を予め表面に付着せしめた前駆体繊維束においては、変性シリコーン化合物は酸素雰囲気下200℃以上の高温で架橋しゲル化したシリコーン化合物の薄膜が単繊維の表面を被覆することにより、前駆体繊維束中の単繊維同士の接触を妨げることにより、融着が抑制されているものと考えられる。
【0053】
前駆体繊維に付与する変性シリコーンの量を少なくすると、前駆体の単繊維を被覆するゲル化したシリコーン化合物の膜厚が減少し、ゲル化したシリコーン化合物の薄膜により被覆されていない部分が発生し、その部分で融着が発生すると考えられる。
【0054】
つまり、変性シリコーンの最適な付着量および付着状態は、繊維上をまんべんなく被覆し、なおかつある程度の厚みを保持することであるといえる。
【0055】
本発明においては、次に説明する[B]成分との組合せによる効果が重要な意味を持つため、ここでは上述の[A]成分の定性的な意味を示すに留め、付着量や含有比率等の量的な内容については、[B]成分と併せて後述する。
【0056】
本発明において用いる処理剤の[B]成分は、前記式(1)および/または式(2)で表される化合物である。[B]成分は、上述の単繊維の融着を防止する効果を有する[A]成分との相溶性が極めて優れているため、常温での配合時のみならず、従来の処理剤が、製糸工程において前駆体繊維束を高温で処理する乾燥緻密化工程を経た後に繊維表面で生じるシリコーン化合物成分と非シリコーン化合物成分の分離を抑制することができる。本発明における[B]成分を単独で使用した場合、融着抑制効果は見られないため、[A]成分と[B]成分を併用による、効果が現れると考えられる。
【0057】
そのメカニズムに関しては、その全てが明らかになっているわけではないが、次のように考えている。
【0058】
先に、シリコーン化合物の耐炎化工程におけるはたらきとして、架橋して単繊維表面を被覆することが融着抑制に必要であると述べた。
【0059】
従来技術においてシリコーン化合物との併用が検討されてきた非シリコーン化合物では、製糸工程で前駆体繊維束を高温で処理する乾燥緻密化工程の後、繊維表面においてシリコーン成分と非シリコーン成分の分離が発生するため、シリコーン成分由来の架橋物の被覆している範囲およびその厚みはシリコーン化合物の量に比例しているものと考えられる。本発明の処理剤では、この架橋の過程において、[B]成分を保持したままシリコーン化合物が架橋するため、被覆している範囲およびその厚みを増すことができる。つまり、[B]成分はシリコーン架橋物の膜厚保持剤として機能すると考えられる。
【0060】
続いて[B]成分の好ましい態様について説明する。
【0061】
式(1)においてRは炭素数4−8の分岐型飽和炭化水素基であり、Aは炭素数3〜20の炭化水素基である。また、式(2)において、R,Rはそれぞれ炭素数4−8の分岐型飽和炭化水素基であり、同一であっても異なっていても良く、Aは炭素数3〜20の炭化水素基である。
【0062】
,R,Rが直鎖型であったり、分岐型でも炭素数が9以上であると、シリコーン化合物との相溶性が悪化し、繊維表面における成分の分離が見られる。また、炭素数が3以下であると、[B]成分が前駆体繊維内部に浸み込みやすくなり、シリコーン化合物の膜厚増加効果が低減するためか、融着抑制効果が小さくなる。
【0063】
,R,Rとしては、式(1)におけるR、式(2)におけるR,Rのうち少なくとも一つが、t−ブチル基または分岐オクチル基であることが好ましい。t−ブチル基または分岐オクチル基は4級炭素を有したり、または、分岐鎖の数が多いことから、これらの基を有するエステル化合物は凝集エネルギーが低くなる傾向があり、同じく凝集エネルギーが低いシリコーン化合物との相溶性が向上するためと考えられる。式(1)におけるR、式(2)におけるR,Rに、t−ブチル基または分岐オクチル基を有するエステル化合物は、ネオペンタン酸またはイソノナン酸を原料としてエステル化を行い得ることができる
[B]成分としては、ネオペンタン酸と2,4−ジエチル−1,5−ペンタンジオールから得られるジエステル、ネオペンタン酸と3−メチル−1,5−ペンタンジオールから得られるジエステル、イソノナン酸とネオペンチルグリコールから得られるジエステル、ネオペンタン酸イソステアリルエステル、ネオペンタン酸オクチルドデシルエステル、イソノナン酸イソトリデシルエステル、イソノナン酸イソデシルエステル、イソノナン酸イソノニルエステル、イソノナン酸エチルへキシルエステルが挙げられる。これらは単独で用いても、複数成分を混合して用いても良い。
【0064】
[A]成分と[B]成分の質量比率、およびその付着量もまた、本発明の重要な構成要件の一つである。
【0065】
[B]成分は前述のようにシリコーン成分由来の架橋物の被覆範囲および、その膜厚を保持し、融着抑制効果を補助するが、そのもの自体の融着防止効果は少ない。よって、[A]成分と[B]成分を併用することが、必須であり、[A]成分と[B]成分を質量比率で[A]:[B]=30:70〜70:30の範囲で含むことが必要である。
【0066】
[A]成分の[B]成分に対する比率が30:70に満たない範囲では、シリコーン化合物の含有量が少ないため、炭素繊維束の強度が不十分となる。[A]成分の[B]成分に対する比率が70:30を超える範囲では、相対的にシリコーン化合物の付与量が多くなってしまうため、スケール低減効果が不十分となる。スケールの低減と炭素繊維束の強度の両立を勘案すると、[A]:[B]は30:70〜70:30の範囲が好ましく、40:60〜70:30の範囲がより好ましく、50:50〜70:30の範囲がさらに好ましい。
【0067】
本発明における処理剤における[A]成分と[B]成分の合計の付着量は、炭素繊維前駆体製造条件において用いられるアクリル系繊維束(すなわち、該処理剤が付着される前のアクリル系繊維束)100質量部に対し、0.05〜3.0質量部の範囲で用いると良い。
【0068】
焼成工程において、繊維表面に付着したシリコーン化合物の大部分はスケールとなり繊維から飛散するため、ケイ素化合物の発生量は繊維に付着しているシリコーン化合物の量とほぼ比例関係にある。つまり、スケール抑制の観点からは、前駆体繊維へのシリコーン化合物の付着量は可能な限り少ないほうが好ましい。よって、処理剤の付与量も可能な限り少ない方が好ましい。しかしながら、付着量が0.05質量部に満たない場合、工程中での集束性が低下し、毛羽の発生や単糸切れが顕著になり、操業性が低下する。また、繊維表面を十分な量の処理剤で覆うことができず、耐炎化での融着が増加し炭素繊維束の強度が低下する。
【0069】
また、処理剤の付与量が3.0質量部を超える場合はローラーへの巻付き等の工程障害が多くなる。
【0070】
本発明において、[A]成分と[B]成分の他に、後述するような他の成分を添加しても良いが、本発明の効果を得るためには、[A]成分と[B]成分は、処理剤中にあわせて60〜100質量%含まれていることが必要である。
【0071】
なお、処理剤の付着量は、処理剤付着後の前駆体繊維束をメチルエチルケトンやアセトン、クロロホルム等の有機溶剤により抽出し、その前後の繊維束質量を精秤し、その質量の差から求めることができる。
【0072】
処理剤の繊維表面への付着状態は、走査型電子顕微鏡や光学顕微鏡を用いて前駆体繊維表面を観察することにより確認可能である。本発明においては、少なくとも[A]成分と[B]成分が繊維表面において分離しないことが必要である。
【0073】
本発明の処理剤の構成成分として、[A]成分、[B]成分に加え、糸束の収束性向上、および潤滑性向上を目的とした潤滑性向上剤として、芳香族エステルおよび/またはポリオールエステルを5〜30質量%含むことができる。
【0074】
本発明において[B]成分は、分岐型飽和炭化水素基を有することを特徴としているが、一般に分岐型飽和炭化水素基を有する化合物を付与した繊維は潤滑性に劣り、繊維束とローラーの間の摩擦が高い傾向にあることが知られている。
【0075】
そのため、これまで[A]成分が担っていた潤滑性向上効果について、一部が[B]成分に置き換わる事により相対的に潤滑性が低下し、擦過毛羽発生等の工程障害を引き起こす可能性も考えられる。
【0076】
そこで、本発明の処理剤には、本発明の効果を阻害しない上記の範囲で、潤滑性向上剤を含むことができる。
【0077】
潤滑性向上剤は、炭素繊維前駆体アクリル繊維用の処理剤として一般に用いられているものであり、潤滑性向上効果および高収束性付与効果を具備するものである。成分としては、公知の潤滑剤を幅広く使用できるが、芳香族エステルおよび/またはポリオールエステルであることが好ましく、トリメリット酸アルキルエステル、ビスフェノールAのエチレンオキサイドあるいはプロピレンオキサイド付加物の両末端脂肪酸エステル化物、ペンタエリスリトール脂肪酸エステル、トリメチロールプロパン脂肪酸エステル、ジペンタエリスリトール脂肪酸エステルから選ばれる少なくとも一つの化合物であることが好ましい。
【0078】
処理剤中の潤滑向上剤の好ましい含有量は、前駆体繊維束の表面形態、繊度、製造条件等により異なるが、、[A]成分と[B]成分の効果を阻害しないように、できるだけ少ない含有量にすることが好ましい。
【0079】
含有量が5%に満たないと、顕著な潤滑性向上効果は見られなくなり、毛羽の発生が多くなることがあり、含有量が30質量%を超えると、[B]成分の膜厚増量効果を阻害し、十分な融着抑制効果を発揮できなくなる。
【0080】
本発明に供する前駆体に付与する処理剤には、上記[A]、[B]、潤滑性向上剤に加え、本発明の効果を阻害しない範囲で、乳化剤、酸化防止剤、制電剤、消泡剤、防腐剤、抗菌剤、浸透剤等の添加剤を含んでいてもよい。
【0081】
特に、前駆体繊維束への付与時の分散媒として水を使用する場合においては、[A]成分および[B]成分は極性が低く水に難溶のものが多いため、適切な乳化剤を用いることが好ましい。
【0082】
本発明の炭素繊維前駆体アクリル系繊維束は、次に述べる方法で、耐炎化処理した後、炭素化処理することにより、高性能な炭素繊維束を製造することができる。
【0083】
耐炎化処理は、通常、酸素含有気体雰囲気下、200〜300℃の温度で行なわれる。コスト削減および得られる炭素繊維の性能を高める観点から、炭素繊維前駆体アクリル系繊維束が反応熱の蓄積によって糸切れを生じる温度よりも10℃〜20℃低い温度で耐炎化することが好ましい。耐炎化処理の時間は、生産性および炭素繊維の生産性を高める観点から。10〜100分間が好ましく、より好ましくは30〜60分間である。この耐炎化処理の時間とは、糸束が耐炎化炉内に滞留している全時間をいう。この時間が少なすぎると、各単繊維の酸化された外周部分と酸化不足の内側部分の構造差が全体的に顕著となり、炭素繊維の物性を低下させる可能性がある。
【0084】
耐炎化処理工程における糸束の延伸比は、好ましくは0.85〜1.10であり、より好ましくは0.88〜1.06であり、さらに好ましくは0.92〜1.02である。延伸比を高めることにより、同じ熱処理量で炭素繊維の弾性率を向上させることができる。
【0085】
耐炎化処理工程に続いて、炭素化処理の工程に移るが、その前に温度300℃〜800℃の不活性雰囲気下、好ましくは窒素またはアルゴン雰囲気下で行なう予備炭素化処理の工程を設けることも好ましい態様である。この予備炭素化処理工程における延伸比は、得られる炭素繊維の性能を高める観点から、好ましくは0.90〜1.25であり、より好ましくは1.00〜1.20であり、さらに好ましくは1.05〜1.15である。
【0086】
不活性雰囲気下で行なわれる炭素化処理工程の温度は800℃〜2000℃であるのがよい。また、その最高温度は、所望する炭素繊維の要求特性に応じて適宜選択して使用されるが、800℃を下回ると、得られる炭素繊維の引張強度、弾性率が低下することがある。炭素化工程における延伸比は、好ましくは0.95〜1.05、より好ましくは0.97〜1.02、特に好ましくは0.98〜1.01であるのが、得られる炭素繊維の性能を高める点から良い。
【0087】
弾性率がより高い炭素繊維を所望する場合には、炭素化処理に引き続いて、黒鉛化処理を行なうこともできる。黒鉛化処理は、通常、不活性雰囲気下で、2000〜3000℃の温度で行なわれる。その最高温度は、所望する炭素繊維の要求特性に応じて適宜選択して決定される。黒鉛化処理工程における延伸比は、所望する炭素繊維の要求特性に応じて、毛羽発生など品位低下の生じない範囲で適宜選択することができる。
【0088】
得られた炭素繊維に対しては、表面処理を行なうことにより、複合材料としたときのマトリックスとの接着強度をより高めることができる。表面処理方法としては、気相処理や液相処理を採用することができるが、生産性や品質のばらつきを考慮すると、液相処理の中でも電解処理(陽極酸化処理)が好ましく適用される。
【0089】
電解処理に用いられる電解液としては、硫酸、硝酸および塩酸のような酸、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムおよびテトラエチルアンモニウムヒドロキシドのようなアルカリ、あるいはそれらの塩を含む水溶液を用いることができるが、特に好ましくはアンモニウムイオンを含む水溶液が用いられる。例えば、硝酸アンモニウム、硫酸アンモニウム、過硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、臭化アンモニウム、燐酸2水素アンモニウム、燐酸水素2アンモニウム、炭酸水素アンモニウム、炭酸アンモニウムあるいはそれらの混合物を含む水溶液を電解液として用いることができる。
【0090】
電解処理において炭素繊維に与える電気量は、使用する炭素繊維により異なる。例えば、炭素化度の高い炭素繊維ほど高い通電電気量が必要となるが、一般には、接着特性向上の観点から、X線光電子分光法(ESCA)により測定される炭素繊維の表面酸素濃度O/Cおよび表面窒素濃度N/Cが、それぞれ0.05以上0.40以下および0.02以上0.30以下の範囲になるように電気量を設定することが好ましい。
【0091】
これらの条件を満足することにより、複合材料とした際の炭素繊維とマトリックスとの接着が適正なレベルとなる。したがって、炭素繊維とマトリックスとの接着が強すぎて非常に脆性的な破壊となって複合材料の縦方向の引張強度が低下してしまうという欠点も、あるいは、複合材料の縦方向の引張強度は強いものの、炭素繊維とマトリックスとの接着力が低すぎて、複合材料の非縦方向の機械的特性が発現しないという欠点も防止することができ、繊維束方向および非繊維束方向にバランスのとれた複合材料特性が発現される。
【0092】
得られた炭素繊維は、さらに、必要に応じて、サイジング処理がなされる。サイジング剤には、マトリックスとの相溶性のよいサイジング剤が好ましく、マトリックスに併せて選択して使用される。
【0093】
このようにして得られた炭素繊維は、プリプレグ化した後に複合材料に成形することもできるし、織物などのプリフォームとした後、ハンドレイアップ法、プルトルージョン法およびレジントランスファーモールディング法などにより複合材料に成形することもできる。また、炭素繊維は、フィラメントワインディング法や、チョップドファイバーやミルドファイバー化した後、射出成形することにより複合材料に成形することができる。
【0094】
本発明で得られた炭素繊維を用いた複合材料は、ゴルフシャフトや釣り竿などのスポーツ用途、航空宇宙用途、フードやプロペラシャフトなどの自動車構造部材用途、およびフライホイールやCNGタンクなどのエネルギー関連用途などに好適に用いることができる。
【実施例】
【0095】
以下、実施例を用いて、本発明をさらに具体的に説明する。
【0096】
なお実施例では、各特性を次の方法により測定した。
【0097】
<処理剤付着量の測定>
前駆体繊維束を105℃で1時間乾燥させた後、約10gを精秤しサンプルとした。ソックスレー抽出機を用い、還流下のメチルエチルケトン200mlに8時間浸漬して付着した処理剤組成物を溶媒抽出した。処理剤抽出後の前駆体繊維束を1kPaの減圧下40℃で2時間乾燥した。処理剤付着量は、この抽出前後の炭素繊維前駆体繊維束の質量を精秤し、その差から求めた。測定は各水準n=1で行った。求めた処理剤付着量を抽出後の前駆体繊維束の質量で除して規格化し、前駆体繊維束100質量部に対する処理剤の付着部数に換算した後、該処理剤の組成より[A]成分と[B]成分の合計の付着部数に換算し、水準間を比較した。
【0098】
2段付与を行った水準に関しては、1段目の処理剤付着量と、合計の処理剤付着量を測定し、その差から2段目の処理剤の付着量を計算した。
【0099】
<前駆体繊維への処理剤の付着状態の観察>
走査型電子顕微鏡を用いて前駆体繊維表面を観察し、繊維表面における成分分離の有無を評価した。
【0100】
前駆体繊維束(単繊維数3000本)をボビンから引き出し、20mm長にカットした後均等に4分割し、約750本の単繊維からなる繊維束を分割面が表面になるようにカーボンテープで試料台に固定した。サンプリングは一水準につき、ボビンの2ヶ所から行った。試料表面にアルゴン雰囲気下イオンビームスパッターで白金を厚さ3nmに蒸着し、観察に供した。
【0101】
走査型電子顕微鏡は日立製作所社製S−4800を用い、加速電圧1kV、観察倍率2500倍で観察した。無作為に選んだ38×50μmの10視野に対し、上記観察条件にて10枚の画像を得、繊維表面における処理剤成分分離の有無を判別した。繊維表面に直径1μm以上の半球状、又は円状の付着物が観察される場合を処理剤の分離が発生しているとした。なお、分離が発生していないと判別した画像の一例を図1に、分離が発生していると判別した画像の一例を図2に示す。図2において、矢印で示した箇所が、繊維表面に直径1μm以上の半球状、又は円状の付着物が観察された部分である。このような付着物が、視野内に1箇所でも有れば、その画像は、分離発生している画像であるとする。付着状体の評価尺度について、以下のようにした。
【0102】
○:(分離発生の画像の数)=0
△:(分離発生の画像の数)=1〜2
×:(分離発生の画像の数)≧3。
【0103】
<単繊維間融着数(融着数)>
炭素化した炭素繊維束(単繊維数12000本)を3mm長に切断し、アセトン中に分散させ、10分間攪拌した後の全単繊維数と融着数を計数し、単繊維100本あたりの融着数を算出して評価した。評価基準は下記の通りである。
○:融着数(個/100本)≦1
×:融着数(個/100本)>1
測定は各水準n=1で行った。
【0104】
<炭素繊維のストランド引張強度および引張弾性率の測定>
炭素繊維束(単繊維数12000本)を下記組成の樹脂に浸漬することにより含浸させ、130℃の温度で35分間硬化させた後、JIS R7601(1986年)に基づいて引張試験を行い、n=6本のストランドについて測定し、平均値でストランド引張強度と引張弾性率を求めた。
[樹脂組成](かっこ内は、メーカー等)
・3,4−エポキシシクロヘキシルメチル−3,4エポキシシクロヘキシルカルボキシレート(ERL−4221、ユニオンカーバイド社製)・・・・・・・・100質量部
・3フッ化ホウ素モノエチルアミン(ステラケミファ(株)製)・・・・・3質量部
・アセトン(和光純薬工業(株)製)・・・・・・・・・・・・・・・・・4質量部
得られた引張強度について、以下の基準を用い、性能を評価した。
◎:5.5GPa以上
○:5.2〜5.5GPa
△:4.8〜5.2GPa
×:4.8GPa以下。
【0105】
<焼成工程におけるシリコーン化合物由来のケイ素飛散量評価>
焼成工程におけるシリコーン化合物由来のケイ素飛散量は、炭素繊維前駆体アクリル系繊維束とそれを焼成した炭素繊維束、それぞれのケイ素含有量を蛍光X線分析装置にて測定し、それらの差異により焼成工程で飛散したケイ素量を算出し評価の指標とした。
【0106】
(ケイ素飛散量)=前駆体繊維束のケイ素含有量−炭素繊維束のケイ素含有量[g/kg]
蛍光X線分析装置には、日本フィリップス社製蛍光X線装置VENUS200を用いた。一次X線源はScを用い、測定時の条件としては、減圧気圧4〜8Paの条件で、温度37℃、25秒間の測定時間とした。測定試料である前駆体繊維、炭素繊維は長さ30mm、幅30mm、厚さ2mmのテフロン(登録商標)製の板に隙間のないように均一に巻き付け測定に供した。この際、前駆体繊維は長さ60cm、炭素繊維は長さ1mにサンプリングして用いた。得られた前駆体繊維束および炭素繊維束のケイ素元素の蛍光X線強度から、検量線を用い、それぞれの繊維束について、繊維質量に対するケイ素含有量を求めた。測定数はn=10とし、それらの平均値を用い以下のように評価した。
○:ケイ素飛散量 0〜0.9g/kg
△:ケイ素飛散量 0.9〜1.8g/kg
×:ケイ素飛散量 1.8g/kg以上。
【0107】
本発明において使用した成分は以下の通りである。
【0108】
<[A]成分>
A1:1,2級側鎖アミノ変性シリコーン(商品名『KF−8002』、信越化学工業株式会社製)
A2:1級側鎖アミノ変性シリコーン(『KF−864』、信越化学工業株式会社製)
A3:両末端アミノ変性シリコーン(『KF−8008』、信越化学工業株式会社製)
A4:ポリエーテル変性シリコーン(『KF−615』、信越化学工業株式会社製)。
【0109】
<[B]成分(B成分と比較する成分含む)>
B1:ネオペンタン酸イソステアリルエステル(『ネオライト(登録商標)180P』、高級アルコール工業株式会社製)
B2:ネオペンタン酸オクチルドデシルエステル(『ネオライト(登録商標)200P』、高級アルコール工業株式会社製)
B3:イソノナン酸エチルヘキシルエステル(『ES108109』、高級アルコール工業株式会社製)
B4:イソノナン酸イソノニルエステル(『KAK 99』、高級アルコール工業株式会社製)
B5:イソノナン酸イソデシルエステル(『KAK 109』、高級アルコール工業株式会社製)
B6:イソノナン酸イソトリデシルエステル(『KAK 139』、高級アルコール工業株式会社製)
B’7:ネオデカン酸オクチルドデシルエステル(『ネオライト(登録商標)2000』、高級アルコール工業株式会社製)(Rの炭素数が式(1)の範囲に含まれないため、本発明の[B]成分には該当しない)
B8:ネオペンタン酸と2,4−ジエチル−1,5−ペンタンジオールから得られるジエステル(『Neosolue(登録商標)−DE』、日本精化株式会社製)
B9:ネオペンタン酸と3−メチル−1,5−ペンタンジオールから得られるジエステル(『Neosolue(登録商標)−MP』、日本精化株式会社製)
B10:イソノナン酸とネオペンチルグリコールから得られるジエステル(『NPDIN』、高級アルコール工業株式会社製)。
【0110】
<その他の成分(乳化剤)>
ブロックポリエーテル型界面活性剤(PEG/PPG−160/30コポリマー、『アデカプルロニック(登録商標)F−68』、株式会社ADEKA製)
なお、使用した上記の成分に関しては、[A]成分を表1に、その他の成分を表2に内容をまとめた。
【0111】
<処理剤分散液の調整>
表3に記載した組成で各処理剤を調整し、炭素繊維前駆体繊維束の製造に使用した。
【0112】
処理剤は、表3に示す配合比率で各成分を混合して処理剤を調製し、前記処理剤を水分散液中での濃度が20質量%となるようにイオン交換水を加え、ホモミキサーで攪拌して乳化を行った。この状態では乳化した処理剤の粒子径が1〜2μm程度であるため、さらに高圧ホモジナイザーによって0.2μm以下の粒子径まで分散し、処理剤分散原液を得た。この処理剤分散原液にさらにイオン交換水を加え、表3に示す濃度に調整して処理剤分散液とし、以下の工程で用いた。
【0113】
2段目の付与に供した処理剤については、表4に示すとおり、処理分散液を調整せず、[A]および[B]の成分を単独、もしくは混合して用いた。
【0114】
<前駆体繊維束の製造法>
(実施例1〜14,比較例1〜8)
アクリロニトリル99.5モル%とイタコン酸0.5モル%を共重合した共重合体を、ジメチルスルホキシドを溶媒とする溶液重合法により重合し、濃度22質量%の紡糸溶液を得た。重合後、紡糸溶液にアンモニアガスをpH8.5になるまで吹き込み、イタコン酸を中和して、アンモニウム基を成分に導入することにより、紡糸溶液の親水性を向上させた。得られた紡糸溶液を40℃の温度で、直径0.15mm、孔数3000の紡糸口金を用いて、一旦空気中に吐出し、約4mmの距離の空間を通過させた後、10℃の温度にコントロールした40質量%ジメチルスルホキシド水溶液からなる凝固浴に導入する乾湿式紡糸により凝固させた。得られた凝固糸を水洗した後、70℃の温度の温水中で2.8倍に延伸した。さらに上記で調整した処理剤分散液を満たした浴中を通過させることにより、繊維束に処理剤をディップ−ニップ法で付与し、180℃の温度の加熱ローラーを用いて、接触時間40秒の乾燥処理を行った。
【0115】
得られた乾燥糸を、二次延伸倍率を5倍として0.4MPaの加圧水蒸気中で延伸することにより、単繊維繊度1dtex、単繊維本数3000本の前駆体繊維束を得た。
【0116】
(実施例15〜17,比較例9〜11)
実施例1と同様の方法で、凝固、水洗、延伸した前駆体繊維を、さらに上記で調整した処理剤分散液を満たした浴中を通過させることにより、繊維束に処理剤をディップ−ニップ法で、第1段目の付与処理を行った。引き続いて、180℃の温度の加熱ローラーを用いて、接触時間40秒の乾燥処理を行った。
【0117】
得られた乾燥糸を、二次延伸倍率を5倍として0.4MPaの加圧水蒸気中で延伸をおこなった。二次延伸を終了した前駆体繊維に表4で示す配合比率の処理剤をタッチロール法により、2段目の付与処理を行うことにより、単繊維繊度1dtex、単繊維本数3000本の前駆体繊維束を得た。
【0118】
<炭素繊維束の製造法>
得られた前駆体繊維束を4本合糸して単繊維本数を12000本とした後、240〜280℃の温度の空気中で加熱して耐炎化繊維束に転換した。耐炎化処理の時間は40分で、耐炎化処理の工程における延伸比は1.00とした。
【0119】
さらに、この耐炎化繊維束を、300〜800℃の温度の窒素雰囲気中で加熱して予備炭素化処理した後、最高温度1300℃の窒素雰囲気中で加熱して炭素化処理した。予備炭素化処理の工程における延伸比は1.10で、炭素化処理の工程における延伸比は0.97とした。さらに、炭素化処理して得られた繊維束を、硫酸水溶液中で10クーロン/g−CFの電気量で陽極酸化処理を行って炭素繊維束を得た。
【0120】
製造した前駆体繊維束および炭素繊維束は、前述の各方法でその性能を評価した。評価結果はまとめて表3、4に示した。以下、各評価水準間の比較を行なう。
【0121】
【表1】

【0122】
【表2】

【0123】
【表3】

【0124】
【表4】

【0125】
<実施例1〜9、比較例1〜3の比較>
処理剤に含まれる[B]成分の種類に関しての比較検討を行った。
【0126】
比較例1は、従来公知の、[B]成分を含有しないシリコーン系処理剤を、炭素繊維の強度および操業性を考慮したうえで、最適量付着せしめた前駆体繊維束の例であり、本発明における比較基準となる。高強度の炭素繊維が得られたが、ケイ素飛散量が多くスケールが発生し、焼成工程の安定性は許容できるレベルではなかった。
【0127】
比較例2のように、比較例1で使用した処理剤の付着量を半減すると、ケイ素飛散量は半減するが、融着数が増え、炭素繊維の大幅な強度低下が見られた。
【0128】
実施例1〜9においては、[A]成分の付着量が比較例2と同等であり、ケイ素飛散量は半減しているのにもかかわらず、炭素繊維の強度低下は見られず、実施例2〜4、実施例7、実施例8において問題とならない範囲で炭素繊維に多少の毛羽立ちが見られたものの品質、品位良好な炭素繊維を得ることができた。
【0129】
つまり、本発明の実施例1〜9においては、比較例1および比較例2で見られた、炭素繊維の強度とケイ素飛散量のトレードオフの関係を解消し、ケイ素化合物の飛散を半減し、なおかつ炭素繊維の機械的強度の低下を抑制することが可能であることが確認できた。なお、実施例1〜9のいずれにおいても、前駆体繊維表面における処理剤成分の分離も観察されなかった。
【0130】
また、比較例3は式(1)におけるRの炭素数が9つであるため本発明の[B]成分には該当しない化合物B’7を使用した水準であるが、前駆体繊維表面においてシリコーン化合物との分離が発生し、融着数も多く、炭素繊維の強度は満足できるレベルではなかった。
【0131】
<実施例1、実施例10〜12の比較>
続いて、本発明の処理剤に用いられる[A]成分の種類に関しての比較検討を行った。
【0132】
変性シリコーンの種類を変更しても、大きな強度低下は見られず、いずれの水準も品質、品位良好な炭素繊維を得ることができた。
【0133】
前駆体繊維表面における処理剤成分の分離も観察されなかった。また、ケイ素飛散量も良好であった。
【0134】
なお、実施例12においては、問題とならないレベルであるが、焼成工程における単繊維巻付、および毛羽の発生があった。
【0135】
<実施例13,実施例14、比較例4〜6の比較>
[A]成分と[B]成分の比率について比較検討を行った。
【0136】
[A]成分を含有しない処理剤を用いた比較例4においては、焼成工程においてローラーへの巻付きが多発し、前駆体繊維束を得ることができなかった。
【0137】
実施例13においては、問題とならない範囲で炭素繊維に多少の毛羽立ちが見られたものの炭素繊維の強度およびケイ素飛散量ともに満足する結果が得られた。繊維表面における処理剤成分の分離も観察されなかった。
【0138】
さらに[A]成分を減量し、[B]成分を増量した比較例5においては、繊維表面における処理剤成分の分離は観察されなかったが、融着数が多く、炭素繊維の強度は満足できるレベルではなかった。
【0139】
実施例14においては、炭素繊維の強度低下はみられなかった。多少ケイ素飛散量が多かったが、許容できる範囲であった。繊維表面における処理剤成分の分離は観察されなかった。
【0140】
さらに[A]成分を増量し、[B]成分を減量した比較例6においては、炭素繊維の強度低下は見られなかったが、ケイ素飛散量が多くスケールが発生し、焼成工程の安定性は比較例1と同様に許容できるレベルではなかった。
【0141】
<実施例1、比較例7、比較例8の比較>
処理剤の付着量に関して比較検討を行った。
【0142】
処理剤を高付着量にした比較例7では、融着数は少ないが、焼成工程におけるローラーへの巻付が多くなり、操業性は満足できるレベルではなかった。また、炭素繊維の強度も低く、ケイ素飛散量が多かった。
【0143】
処理剤を低付着量にした比較例8においては、焼成工程においてローラーへの巻付きが多発し、前駆体繊維束を得ることができなかった。
【0144】
<実施例1,15〜17、比較例9〜11の比較>
続いて、本発明の処理剤の付与方法に関して比較検討を行った。2段付与を行った実施例15〜17においては、実施例1と同様に大きな強度低下は見られず、いずれの水準も品質、品位良好な炭素繊維を得ることができた。また、乾燥ローラー上におけるガムアップも少なく、工程通過性も良好であった
一方、2段付与は行ったものの[A]成分を含有しない処理剤を用いた比較例9においては、焼成工程においてローラーへの巻付きが多発し、前駆体繊維束を得ることができなかった。また、[A]成分の比率を低い比較例10〜11においても炭素繊維の強度が大幅に低下し、満足できるものではなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
処理剤が表面に付着したアクリル系繊維束であって、該処理剤が、下記[A]成分と下記[B]成分を該処理剤中に60〜100質量%含み、該処理剤中の下記[A]成分と下記[B]成分の合計の付着量が、該処理剤が付着される前のアクリル系繊維束100質量部に対し0.05〜3.0質量部であり、かつ、該処理剤中の下記[A]成分と下記[B]成分との質量比率が[A]:[B]=30:70〜70:30の範囲であることを特徴とする炭素繊維前駆体アクリル系繊維束。
[A]変性シリコーン
[B]下記式(1)および/または式(2)で表される化合物
【化1】

(式(1)においてRは炭素数4−8の1価の分岐型飽和炭化水素基であり、Aは炭素数3〜20の1価の炭化水素基である。)
【化2】

(式(2)においてR,Rはそれぞれ炭素数4−8の1価の分岐型飽和炭化水素基であり、同一であっても異なっていても良い。Aは炭素数3〜20の2価の炭化水素基である。)
【請求項2】
[A]成分が、アミノ変性シリコーンである、請求項1に記載の炭素繊維前駆体アクリル系繊維束。
【請求項3】
前記処理剤に含まれる[A]成分および/または[B]成分の、式(1)におけるR、式(2)におけるR,Rのうち少なくとも一つが、t−ブチル基または分岐オクチル基である、請求項1または2に記載の炭素繊維前駆体アクリル系繊維束。
【請求項4】
[B]成分が、ネオペンタン酸と2,4−ジエチル−1,5−ペンタンジオールから得られるジエステル、ネオペンタン酸と3−メチル−1,5−ペンタンジオールから得られるジエステル、イソノナン酸とネオペンチルグリコールから得られるジエステル、ネオペンタン酸イソステアリルエステル、ネオペンタン酸オクチルドデシルエステル、イソノナン酸イソトリデシルエステル、イソノナン酸イソデシルエステル、イソノナン酸イソノニルエステル、イソノナン酸エチルへキシルエステルからなる群から選ばれる少なくとも一つの化合物である、請求項1〜3のいずれかに記載の炭素繊維前駆体アクリル系繊維束。
【請求項5】
請求項1〜4に記載の炭素繊維前駆体アクリル系繊維束の製造方法であって、前記処理剤を付与する前のアクリル系繊維束を、該処理剤の分散液で満たされた浴中を通過させて処理剤を付与した後、乾燥処理をする工程を有する炭素繊維前駆体アクリル系繊維束の製造方法。
【請求項6】
乾燥処理をした後、さらに処理剤を付与する工程を有する、請求項5に記載の炭素繊維前駆体アクリル系繊維束の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜4のいずれかに記載の炭素繊維前駆体アクリル系繊維束、または請求項5または6の方法で製造された炭素繊維前駆体アクリル系繊維束を、酸素含有雰囲気下において200〜300℃で耐炎化し、その後炭化せしめることを特徴とする炭素繊維束の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−202336(P2011−202336A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−30456(P2011−30456)
【出願日】平成23年2月16日(2011.2.16)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】