説明

焼結バルブガイドおよびその製造方法

【課題】耐摩耗性を向上させた焼結バルブガイドおよびその製造方法を提供する。
【解決手段】焼結バルブガイドを、パーライト、Fe−P−C三元共晶相、フェライト相、銅相、および気孔からなり、組成が、全体組成中の質量比で、P:0.075〜0.525%、Cu:3.0〜10.0%、C:1.0〜3.0%、および残部がFeおよび不可避不純物からなる混合組織中に、硬質相が、質量比で、2〜15%分散するとともに、前記硬質相は、硬質粒子が硬質相の合金基地中に集合して析出分散する金属組織を呈するものとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関に用いられる焼結バルブガイドおよびその製造方法に係り、特に、耐摩耗性をより一層向上させる技術に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関に用いられるバルブガイドは、内燃機関の燃焼室への燃料ガスを吸気する吸気バルブおよび燃焼室から燃焼ガスを排気する排気バルブのステム(竿部)を、その内周面で支持する円管状の部品であり、自己の耐摩耗性とともにバルブステムを摩耗させず円滑な摺動状態を長期に亘り維持することが必要である。このようなバルブガイドとしては、従来、鋳鉄製のものが使用されてきたが、焼結合金は、溶製材では得ることができない特殊な金属組織の合金を得ることができ耐摩耗性を付与できること、一度金型を作製すれば同じ形状の製品が多量に製造でき大量生産に向くこと、ニアネットシェイプに造形でき機械加工に伴う材料の歩留まりが高いこと、等の理由から、焼結合金製のものが多く使われるようになってきた。中でも、銅および錫を添加して基地強化されたパーライト基地中に鉄−リン−炭素化合物相を析出させ、遊離黒鉛を分散した焼結合金からなる焼結バルブガイド(特許文献1,2)は、自動車用バルブガイドとして国内外の自動車メーカにて搭載され実用化が進んでいる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特公昭55−34858号公報
【特許文献2】特開平4−157140号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、最近の自動車用内燃機関等の高性能化や燃費向上に伴って、内燃機関稼働中のバルブガイドは一段と高温および高面圧下に曝されることとなり、さらに最近の環境意識の高まりの中でバルブガイドとバルブステムとの境界面に供給される潤滑油の供給量が減少される傾向があり、バルブガイドにとってより過酷な摺動環境となってきている。このような背景から、バルブガイドの耐摩耗性に対する要求が一段と厳しくなり、焼結バルブガイドは、より一層の耐摩耗性を向上が求められてきている。したがって、本発明は、上記特許文献1,2等に比して耐摩耗性を向上させた焼結バルブガイド、およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の焼結バルブガイドは、パーライト、Fe−P−C三元共晶相、フェライト相、銅相、および気孔からなり、組成が、質量比で、P:0.075〜0.525%、Cu:3.0〜10.0%、C:1.0〜3.0%、および残部がFeおよび不可避不純物からなる混合組織中に、硬質粒子が合金基地中に析出分散する硬質相が、質量比で、2〜15%分散することを特徴とする。
【0006】
前記硬質粒子は、硬質相の合金基地中に集合していることを好ましい態様とする。
【0007】
また、前記混合組織の組成中に、さらに、質量比でSn:1.1%以下を含有するとともに、前記銅相の一部または全部が銅−錫合金相であること、前記硬質相の前記合金基地が鉄基合金またはコバルト基合金であり、前記硬質粒子がモリブデン珪化物、クロム炭化物、モリブデン炭化物、バナジウム炭化物、タングステン炭化物の少なくとも1種以上であることを好ましい態様とする。
【0008】
さらに、前記硬質相の組成が、
(A)質量比でCr:4〜25%、C:0.25〜2.4%、および残部がFeおよび不可避不純物からなる硬質相、
(B)質量比でCr:4〜25%、C:0.25〜2.4%と、Mo:0.3〜3.0%、V:0.2〜2.2%の少なくとも1種以上、および残部がFeおよび不可避不純物からなる硬質相、
(C)質量比でMo:4〜8%、V:0.5〜3%、W:4〜8%、Cr:2〜6%、C:0.6〜1.2%、および残部がFeおよび不可避不純物からなる硬質相、
(D)質量比でSi:0.5〜10%、Mo:10〜50%、および残部がFeおよび不可避不純物からなる硬質相、
(E)質量比でSi:0.5〜10%、Mo:10〜50%と、Cr:0.5〜10%、Ni:0.5〜10%、Mn:0.5〜5%の少なくとも1種以上、および残部がFeおよび不可避不純物からなる硬質相、
(F)質量比でSi:1.5〜3.5%、Cr:7〜11%、Mo:26〜30%と、および残部がCoおよび不可避不純物からなる硬質相、
のうちの少なくとも1種以上からなることを特に好ましい態様とする。
【0009】
本発明の焼結バルブガイドの製造方法は、鉄粉末に、P:15〜21質量%、および残部がFeおよび不可避不純物からなる鉄−リン合金粉末を0.5〜2.5質量%、銅粉末を3〜10質量%、黒鉛粉末を1〜3質量%、および硬質相形成粉末を2〜15質量%添加した混合粉末を原料粉末として用い、成形型の円管状のキャビティに前記原料粉末を充填し加圧圧縮して円管状の圧粉体に成形し、得られた圧粉体を非酸化性雰囲気中、加熱温度950〜1050℃で焼結することを特徴とする。
【0010】
また、前記原料粉末全体の組成において、Cu:3〜10質量%およびSn:1.1質量%以下となるよう、前記原料粉末に、錫粉末、もしくはSn:8質量%以上および残部がCuと不可避不純物からなる銅−錫合金粉末のうち少なくとも1種以上を添加するとともに、前記銅粉末の添加量を調整する、あるいは、前記銅粉末に替えて、前記銅−錫合金粉末、もしくは錫粉末と前記銅−錫合金粉末を添加することを好ましい態様とする。
【0011】
さらに、前記硬質相形成粉末の組成が、
(A)質量比でCr:4〜25%、C:0.25〜2.4%および残部がFeおよび不可避不純物からなる硬質相形成粉末、
(B)質量比でCr:4〜25%、C:0.25〜2.4%と、Mo:0.3〜3.0%、V:0.2〜2.2%の少なくとも1種以上、および残部がFeおよび不可避不純物からなる硬質相形成粉末、
(C)質量比でMo:4〜8%、V:0.5〜3%、W:4〜8%、Cr:2〜6%、C:0.6〜1.2%および残部がFeおよび不可避不純物からなる硬質相形成粉末
(D)質量比でSi:0.5〜10%、Mo:10〜50%、および残部がFeおよび不可避不純物からなる硬質相形成粉末、
(E)質量比でSi:0.5〜10%、Mo:10〜50%と、Cr:0.5〜10%、Ni:0.5〜10%、Mn:0.5〜5%の少なくとも1種以上、および残部がFeおよび不可避不純物からなる硬質相形成粉末、
(F)質量比でSi:1.5〜3.5%、Cr:7〜11%、Mo:26〜30%と、および残部がCoおよび不可避不純物からなる硬質相形成粉末、
のうちの少なくとも1種以上からなることを特に好ましい態様とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明の焼結バルブガイドは、Fe基の基地組織中にFe−P−C三元共晶相(以下、「鉄−リン−炭素化合物相」と称する)に加えてさらに硬質相を分散させることにより、耐摩耗性を向上させたものであり、近年の過酷な摺動環境の下で使用されるバルブガイドに好適なものである。また、本発明の焼結バルブガイドの製造方法は、従来と同等の簡便な方法で上記の焼結バルブガイドを製造できるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の焼結バルブガイドの金属組織を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者らは、特許文献1の焼結バルブガイドを基礎としつつその改良を図ったところ、基地中に、鉄−リン−炭素化合物相に加えてさらに硬質相を分散させると耐摩耗性が顕著に向上すること、および硬質相として、Fe基合金またはCo合金からなる合金基地中に、Mo珪化物、Cr炭化物、Mo炭化物、V炭化物、W炭化物のうちの少なくとも1種以上の硬質粒子が集合して析出分散する硬質相が、強度の低下も小さく、さらに耐摩耗性を顕著に向上させるのに好適であること、を見出した。本発明はこのような知見に基づいてなされたものであり、以下に、本発明の金属組織および数値限定の根拠について本発明の作用とともに説明する。
【0015】
本発明の焼結バルブガイドの金属組織中には気孔が分散する。焼結バルブガイドは、その気孔中に潤滑油を含浸されて保持し、バルブステムとの摺動を円滑にするとともに、一部が消費されても、その消費分は動弁機構側から補給され、気孔を通じてバルブと摺動する内周面に導かれる。このような作用を有する気孔は10〜20体積%が適している。気孔の量が10体積%に満たないと上記の潤滑油保持および潤滑油が消費された際の補給を充分に行うことが難しくなる。一方、気孔の量が20体積%を超えると、基地の量が相対的に減少して、焼結合金の強度が著しく低下するとともに、潤滑油が排気ガス側に染み出して白煙が生じる場合がある。
【0016】
本発明の焼結バルブガイドの基地は、パーライト相、鉄−リン−炭素化合物相、フェライト相、および銅相の混合組織からなり、この焼結バルブガイドの基地中に硬質相が分散する金属組織となる。
【0017】
焼結バルブガイドの基地は、基地強度を高めるためにパーライト組織を断面積において基地部の50%以上とし、鉄粉末と黒鉛粉末を混合した原料粉末を焼結することにより鉄粉末に炭素が拡散して生成する。炭素が金属に固溶した金属粉末は固く圧縮性が低いので、鉄粉末及び黒鉛粉末を原料粉末として使用する。黒鉛粉末の量が不足すると、基地と結合する炭素量が乏しくなり、基地中にフェライト(α−鉄)相が多く生成して基地の強度が低下する。
【0018】
パーライト基地中には鉄−リン−炭素化合物相が分散する。鉄−リン−炭素化合物は、黒鉛粉末と共に鉄−リン合金粉末を鉄粉末に配合して焼結することによってパーライト相の結晶粒界に板状に析出して硬質な鉄−リン−炭素化合物相を生成し、焼結合金の耐摩耗性の向上に寄与する。なお、鉄−リン−炭素化合物相の生成に関連してフェライト相が鉄−リン−炭素化合物相の周囲に生成されるが、上記のように面積比で基地の50%以上がパーライトであれば、残余としてフェライトが発生しても基地強度の低下は僅かであり許容できる範囲である。なお、黒鉛粉末の添加量については後述する。
【0019】
上記の鉄−リン−炭素化合物相の形成のため、焼結合金中にはPが必須となる。この焼結合金中のP含有量は、全体組成中0.075質量%に満たないと鉄−リン−炭素化合物相の生成量が乏しくなって、耐摩耗性向上の効果が乏しい。一方、0.525質量%を超えると、鉄−リン−炭素化合物相の生成量が過多となって焼結合金の基地が脆くなり、強度が低下するとともに、相手攻撃性が著しく増加する。このことから、全体組成中のP含有量は、0.075〜0.525質量%とする。
【0020】
Pは、取扱いが容易な鉄−リン合金粉末の形態で原料粉末に添加される。リン含有量が10〜13質量%程度の鉄−リン合金は、950〜1050℃の温度範囲で鉄−リン合金の液相を生じ、多量の液相は焼結合金の寸法安定性を損なうため好ましくないが、適量の液相はネック成長を促進し、焼結合金の強度を向上させる。したがって、液相の生成を適度に抑制するためにリン含有量が15質量%以上の鉄−リン合金粉末を使用する。
【0021】
リン含有量が15質量%以上の鉄−リン合金粉末中のリンは、焼結時に鉄粉末中に拡散し、一部のリン含有量が上記範囲となって液相を発生する。この液相は鉄粉末表面を濡らして覆うが、覆った液相からリンが鉄粉末中に急速に拡散し、液相中のリン含有量が上記範囲を下回ることにより固相となる。したがって、鉄粉末どうしのネックの成長を促進して強度の向上に寄与すると共に、液相の生成が一部に抑えられ且つ短時間で固相になることから、極端な寸法安定性の劣化が防止される。
【0022】
使用する鉄−リン合金粉末のリン含有量が15質量%に満たないと、焼結時のリンの拡散により鉄−リン合金の組成が上記液相生成範囲となって液相の生成が激しくなるため寸法安定性が損なわれる。他方、鉄−リン合金粉末のリン含有量が21質量%を超えると、鉄−リン合金粉末が硬くなるために混合粉末の圧縮性が損なわれ、圧粉体及び焼結合金の密度が低下して焼結バルブガイドの強度が不足することとなる。したがって、リン含有量が15〜21質量%の鉄−リン合金粉末を使用し、添加量は、原料粉末全量の0.5〜2.5質量%程度とする。
【0023】
上記のパーライト基地中に鉄−リン−炭素化合物相が分散する混合組織の焼結合金基地中には、さらに、銅相が分散する。銅相は、銅粉末を混合した原料粉末を焼結する際に、金属組織中に残留させて形成する。銅相は軟質で、摺動相手であるバルブとのなじみ性および熱伝導率を向上して耐摩耗性に寄与するとともに、焼結合金の被削性の改善に寄与する。この銅相は、組織断面の観察視野の0.5面積%以上の割合で基地中に分散した状態でその効果が顕著になるので、組織断面の観察視野の0.5面積%以上とすることが好ましい。
【0024】
なお、銅粉末は、上記の銅相形成のみならず、焼結を促進するとともに、一部は基地に拡散して固溶され基地強度の向上にも寄与する。全体組成中のCu量は、3質量%に満たないと上記効果が乏しく、一方、10質量%を超えて与えても、添加量の割に上記の効果が向上しないことから、3〜10質量%とする。Cuは、銅粉末の形態で原料粉末に添加される。したがって、原料粉末における銅粉末の添加量を3〜10質量%とする。
【0025】
また、上記の焼結バルブガイドにおいては、全体組成中の質量比で、Sn:1.1質量%以下をさらに含有させると焼結合金の強度をより一層向上させることができる。Snは融点が232℃と低いため、上記の焼結加熱温度までの昇温過程で、溶融して液相を発生することで、焼結を促進して焼結合金の強度を向上する。また、Snの一部はCuと合金化して銅相を強化して焼結合金の強度の向上に寄与する。この場合、焼結合金中に分散する銅相の一部または全部は、銅−錫合金相となる。しかしながら、Sn含有量が、1.1質量%を超えると焼結合金の脆化を引き起こすため、1.1質量%以下に止める必要がある。
【0026】
上記のような作用を有するSnは、錫粉末の形態で原料粉末に付与してもよいが、銅−錫合金粉末の形態で付与すると、均質な組織を得易くなる。ただし、銅−錫合金粉末を用いる場合、Sn含有量が少なくなるに従い液相発生温度が上昇するため、上記の効果を得るには、液相発生温度が900℃を超えない組成とする必要があり、このため、銅−錫合金粉末のSn含有量を8質量%以上とする。
【0027】
また、Snによる銅相の強化を望む場合、銅−錫合金粉末中のSn量が多くなると液相発生温度が下がり、焼結合金基地に拡散するSn量が増加することから、銅−錫合金粉末のSn含有量を11質量%以下とする。これにより、液相発生温度が800℃以上となり、焼結時の加熱温度までの昇温過程での液相発生のタイミングが遅くなる。それに応じて、焼結合金基地に拡散するSn量が抑制されるとともに、銅−錫相に固溶されるSn量が増加する。上記の錫粉末、銅−錫合金粉末は、単独で原料粉末に与えても、併用してもよいが、銅−錫合金粉末を用いる場合は、原料粉末中のCu量が3〜10質量%となるよう、原料粉末中の銅粉末添加量を調整する必要がある。また、銅粉末の全てを銅−錫合金粉末に置き換えてもよい。
【0028】
上記のパーライト基地中に鉄−リン−炭素化合物相、銅および/または銅−錫合金相、が分散する混合組織の焼結合金基地中には硬質相がさらに分散する。硬質相は、硬質な金属炭化物および/または金属間化合物の粒子が、軟質な合金基地中に集合して析出する複合組織を示すものであり、硬質な金属炭化物および/または金属間化合物の粒子群により、自己の耐摩耗性を向上させるとともに、この硬質な金属炭化物および/または金属間化合物の粒子群の周囲を軟質な合金基地で構成したことにより、相手部材への攻撃性を緩和させる作用を有する。このような複合組織を示す硬質相が上記の焼結合金の基地中に斑状に分散することで、相手部材攻撃性を高めることなく、焼結合金の耐摩耗性向上を図ることができる。また、金属炭化物および/または金属間化合物は、硬質相の合金基地中より析出して分散するため、硬質相の合金基地への固着性が高く、脱落が生じ難い。そして、そのことも耐摩耗性の向上に寄与する。
【0029】
上記作用を得るため、硬質相の合金基地としては、ある程度軟質であり、かつ焼結合金基地へ拡散して硬質相を固着させる点から、鉄基合金またはコバルト基合金が適している。また、硬質粒子としては、硬さが高く、かつこれらの硬質相の合金基地との固着性の点からモリブデン珪化物、クロム炭化物、モリブデン炭化物、バナジウム炭化物、タングステン炭化物が適しており、これらの硬質粒子の少なくとも1種を上記の硬質相の合金基地に集合して析出分散させたものとすることが好ましい。
【0030】
硬質相は、硬質相形成粉末を、黒鉛粉末と共に鉄−リン合金粉末を配合した原料粉末に、さらに配合して焼結することによって、上記の複合組織を示す硬質相を基地中に分散させることができる。したがって、焼結合金基地中での硬質相の分散量は、硬質相形成粉末の原料粉末への添加量により決まる。焼結合金の基地中での硬質相の分散量が2質量%未満では、硬質相の量が十分ではなく、耐摩耗性向上の効果が乏しい。一方、硬質相の分散量が15質量%を超えると、原料粉末における硬質相形成粉末の量が多くなり、原料粉末の圧縮性が低下する。また、焼結合金の基地中に分散する硬質相の量が過大となり、バルブステムに対する攻撃性が高くなり、バルブステムを摩耗させる。よって、硬質相形成粉末の添加量は15%を上限とする。
【0031】
上記の硬質相としては、具体的には、
(A)質量比でCr:4〜25%、C:0.25〜2.4%、および残部がFeおよび不可避不純物からなる硬質相、
(B)質量比でCr:4〜25%、C:0.25〜2.4%と、Mo:0.3〜3.0%、V:0.2〜2.2%の少なくとも1種以上、および残部がFeおよび不可避不純物からなる硬質相、
(C)質量比でMo:4〜8%、V:0.5〜3%、W:4〜8%、Cr:2〜6%、C:0.6〜1.2%、および残部がFeおよび不可避不純物からなる硬質相、
(D)質量比でSi:0.5〜10%、Mo:10〜50%、および残部がFeおよび不可避不純物からなる硬質相、
(E)質量比でSi:0.5〜10%、Mo:10〜50%と、Cr:0.5〜10%、Ni:0.5〜10%、Mn:0.5〜5%の少なくとも1種以上、および残部がFeおよび不可避不純物からなる硬質相、
(F)質量比でSi:1.5〜3.5%、Cr:7〜11%、Mo:26〜30%と、および残部がCoおよび不可避不純物からなる硬質相、
のうちの少なくとも1種を用いることが好ましい。
【0032】
硬質相(A)
硬質相(A)は、硬質粒子としてクロム炭化物を選択し、硬質相の合金基地として鉄−クロム合金を選択したものであり、硬質相形成粉末として、質量比でCr:4〜25%、C:0.25〜2.4%および残部がFeおよび不可避不純物からなる硬質相形成粉末を用いることで、鉄−クロム金基地中にクロム炭化物が析出分散する硬質相を形成する。
【0033】
硬質相形成粉末に含有されるCrは、クロム炭化物を形成して焼結合金の耐摩耗性に寄与するとともに、硬質相の合金基地中に固溶して硬質相の合金基地の強化し、硬質相の耐摩耗性および強度の向上に寄与する。また、Crの一部は硬質相形成粉末中から基地中に拡散して硬質相の焼結合金基地への固着に寄与するとともに、焼結合金基地に固溶して焼結合金基地を強化して耐摩耗性および強度の向上に寄与する。
【0034】
硬質相形成粉末に含有されるCrは、含有量が4質量%に満たないと上記の効果が不充分となり、25質量%を超えると析出するクロム炭化物の量が過多となって、相手材であるバルブステムの摩耗を促進することとなる。また、硬質相形成粉末に固溶されるCrが過多となって粉末が硬くなり、原料粉末の圧縮性が損なわれる。これらのことから、硬質相形成粉末に含有されるCrは、4〜25質量%とする。
【0035】
なお、硬質相形成粉末中に含有されるCrを、全て硬質相形成粉末中に固溶して与えるより、硬質相形成粉末中にCを与えて硬質相形成粉末中にクロム炭化物を予め析出させると、硬質なクロム炭化物が一部に析出しても、硬質相形成粉末の基地に固溶されるCr量が減少して基地硬さが減少する結果、硬質相形成粉末の硬さを低減することができる。このため、硬質相形成粉末にはCを0.25〜2.4質量%含有させる。硬質相形成粉末に含有されるCは、0.25質量%に満たないと硬質相形成粉末の硬さを低減する効果が乏しく、一方、2.4質量%を超えて含有させると硬質相形成粉末中に析出するクロム炭化物の量が過多となって、かえって硬質相形成粉末の硬さが増加する。
【0036】
上記組成の硬質相形成粉末を用いた場合、硬質相形成粉末の添加量が2〜15質量%であるから、全体組成中のCr含有量は、0.08〜3.75質量%となる。また、硬質相形成粉末により与えられるC含有量は、全体組成中で0.005〜0.36質量%であり、後述する黒鉛粉末の形態で原料粉末に与えられるC量に加算されることとなる。
【0037】
硬質相(B)
硬質相(B)は、上記の硬質相(A)に、質量比で、Mo:0.3〜3.0%、V:0.2〜2.2%の少なくとも1種以上をさらに含有させて、クロム炭化物に加えてモリブデン炭化物、バナジウム炭化物、およびこれらの複合炭化物を析出分散させ、耐摩耗性を一層向上させたものであり、全体組成には、質量比で、Mo:0.006〜0.45%、V:0.004〜0.33%の少なくとも1種以上がさらに含有されることとなる。このような硬質相(B)は、上記の硬質相(A)の硬質相形成粉末に、Mo:0.3〜3.0%、V:0.2〜2.2%の少なくとも1種以上をさらに含有させることで形成することができる。
【0038】
硬質相形成粉末に与えられたMoやVは、硬質相形成粉末中のCや、黒鉛粉末の形態で添加されたCと結合して、硬質相の鉄−クロム合金基地中にモリブデン炭化物やバナジウム炭化物、およびクロムとモリブデンの複合炭化物、クロムとバナジウムの複合炭化物、モリブデンとバナジウムを同時に与えた場合には、モリブデンとバナジウムの複合炭化物やクロムとモリブデンとバナジウムの複合炭化物を形成して析出して、上記のクロム炭化物とともに耐摩耗性の向上に寄与する。またバナジウム炭化物は微細であるため、クロム炭化物の粗大化を防止して、バルブステムの摩耗を一層抑制する。
【0039】
また、炭化物を形成しなかったMoやVは、硬質相中に固溶し、硬質相の高温硬さ、高温強度を向上させる。硬質相形成粉末におけるMo含有量が0.3質量%未満、V含有量が0.2質量%未満であると上記の効果は不充分である。一方、Mo含有量が3.0質量%を超える場合と、V含有量が2.2質量%を超える場合には、析出する炭化物の量が過大となって、却ってバルブステムの摩耗を促進する。
【0040】
硬質相(C)
硬質相(C)は、硬質粒子としてモリブデン炭化物、バナジウム炭化物、タングステン炭化物、クロム炭化物およびこれらの複合炭化物を選択し、硬質相の合金基地として鉄基合金を選択したものであり、硬質相形成粉末として、質量比でMo:4〜8%、V:0.5〜3%、W:4〜8%、Cr:2〜6%、C:0.6〜1.2%、および残部がFeおよび不可避不純物からなる硬質相形成粉末を用いることで、鉄基金基地中に上記の炭化物が析出分散する硬質相を形成する。
【0041】
硬質相形成粉末に与えられたMo、V、WおよびCrは、硬質相形成粉末中のCや、黒鉛粉末の形態で添加されたCと結合して、硬質相の鉄基合金基地中にモリブデン炭化物、バナジウム炭化物、タングステン炭化物、クロム炭化物およびこれらの複合炭化物を析出して耐摩耗性の向上に寄与する。また、炭化物を形成しなかった元素は、硬質相中に固溶し、硬質相の高温硬さ、高温強度を向上させる。一方、これらの元素の添加量が過多となると、析出する炭化物の量が過大となって、却ってバルブステムの摩耗を促進する。したがって、硬質相形成粉末における組成を、質量比でMo:4〜8%、V:0.5〜3%、W:4〜8%、Cr:2〜6%、C:0.6〜1.2%とする。
【0042】
上記組成の硬質相形成粉末を用いた場合、硬質相形成粉末の添加量が2〜15質量%であるから、全体組成中のMo含有量は0.08〜1.2質量%、V含有量は0.01〜0.45質量%、W含有量は0.08〜1.2質量%、Cr含有量は0.04〜0.9質量%となる。また、硬質相形成粉末により与えられるC含有量は、全体組成中で0.012〜0.18質量%であり、後述する黒鉛粉末の形態で原料粉末に与えられるC量に加算されることとなる。
【0043】
硬質相(D)
硬質相(D)は、硬質粒子としてモリブデン珪化物を選択し、硬質相の合金基地として鉄基合金を選択したものであり、硬質相形成粉末として、質量比でSi:0.5〜10%、Mo:10〜50%、および残部がFeおよび不可避不純物からなる硬質相形成粉末を用いることで、鉄基金基地中にモリブデン珪化物が析出分散する硬質相を形成する。
【0044】
硬質相形成粉末に含有されるMoは、同じく硬質相形成粉末に含有されるSiと反応して、耐摩耗性、潤滑性に優れたモリブデン珪化物を形成し、焼結合金の耐摩耗性の向上に寄与する。Moが10質量%未満の場合には、十分なモリブデン珪化物が得られないため十分な耐摩耗性向上効果が得られない。一方、Moが50質量%を超えると、粉末の硬さが高くなって成形時の圧縮性を損ねるだけでなく、形成される硬質相が脆くなるため衝撃によって一部が欠けてしまい研摩粉の作用によって耐摩耗性が逆に低下してしまう。よって、Mo含有量は10〜50質量%とした。
【0045】
硬質相形成粉末に含有されるSiは、上記のようにMoと反応して、耐摩耗性、潤滑性に優れたMo珪化物を形成し、焼結合金の耐摩耗性の向上に寄与する。Siが0.5質量%未満の場合には十分なモリブデン珪化物が得られないため十分な耐摩耗性向上効果が得られない。逆にSiが10質量%を超えると、粉末の硬さが高くなって成形時の圧縮性を損ねるだけでなく、粉末表層にSi酸化被膜を形成して母合金鋼粉末との拡散を阻害し、硬質相の固着性が低下する。固着性が低いと、使用時の衝撃によって硬質相の脱落が起き、それが研摩粉に作用することで耐摩耗性が逆に低下してしまう。よって、Si含有量は0.5〜10質量%とした。
【0046】
これらのことから、硬質相形成粉末に含有されるMoは10〜50質量%、Siは0.5〜10質量%とする。上記組成の硬質相形成粉末を用いた場合、硬質相形成粉末の添加量が2〜15質量%であるから、全体組成中のMo含有量は0.2〜7.5質量%、Si含有量は0.01〜1.5質量%となる。
【0047】
硬質相(E)
硬質相(E)は、上記の硬質相(D)に、質量比で、Cr:0.5〜10%、Ni:0.5〜10%、Mn:0.5〜5%の少なくとも1種以上をさらに含有させて、耐摩耗性を一層向上させたものであり、全体組成には、質量比で、Cr:0.01〜1.0%、Ni:0.01〜1.0%およびMn:0.01〜0.5%の少なくとも1種以上がさらに含有されることとなる。
【0048】
Mn、NiおよびCrは硬質相の硬質相の鉄基合金基地の強化に寄与する。基地部分を強化することで、モリブデン珪化物の流動や脱落が防げるため、苛酷な条件下でも優れた耐摩耗性を発揮することができる。また、Mn、NiおよびCrは母合金鋼に対して硬質相の固着性を良好にする効果もあるため、硬質相自体の脱落を防止でき、耐摩耗性向上を図れる。
【0049】
これらの効果は、Mnが0.5質量%未満、Crが0.5質量%未満、Niが0.5%未満であると不十分である。一方、Mnが5質量%、Crが10質量%をそれぞれ超えると、粉末表層にMnもしくはCrの酸化被膜を形成して母合金鋼粉末との拡散を阻害し、硬質相の固着性が低下する。固着性が低いと、使用時の衝撃によって硬質相の脱落が起き、それが研摩粉として作用することで耐摩耗性が逆に低下してしまう。また、Niの場合、10質量%を超えると、鉄基合金基地に拡散したNiにより鉄基合金基地中に形成される軟質なオーステナイト相の量が過多となって、強度および耐摩耗性の低下が生じる。
【0050】
硬質相(F)
硬質相(F)は、硬質粒子としてモリブデン珪化物を選択し、硬質相の合金基地としてコバルト基合金を選択したものであり、硬質相形成粉末として、質量比でSi:1.5〜3.5%、Cr:7〜11%、Mo:26〜30%、および残部がCoおよび不可避不純物からなる硬質相形成粉末を用いることで、コバルト基金基地中にモリブデン珪化物が析出分散する硬質相を形成する。
【0051】
Coは、焼結合金の基地に拡散して硬質相を基地に強固に結合する働きがある。また、焼結合金の基地に拡散したCoは基地を強化するとともに、基地および硬質相の基地の耐熱性を向上させる。さらに、Coの一部はMo、Siとともにモリブデン−コバルト珪化物を形成し、耐摩耗性を向上させる。
【0052】
Moは、主にSiと結合して硬質なモリブデン珪化物を形成するとともに、一部はCoとも反応してモリブデン−コバルト複合珪化物を形成し、耐摩耗性を向上させる。硬質相形成粉末中のMoの含有量は、26質量%未満であると、充分な量の珪化物が析出せず、30重量%を超えると形成される珪化物の量が増加して相手部品の摩耗を促進する。
【0053】
Siは、Mo,Coと結合し、硬質なモリブデン珪化物、モリブデン−コバルト複合珪化物を形成し耐摩耗性の向上に寄与する。硬質相形成粉末中のSiの含有量は、1.5重量%未満であると、充分な量の珪化物が析出せず、3.5重量%を超えると粉末の固さが増大して圧縮性が損なわれるとともに、形成される珪化物の量が増加して相手部品の摩耗を促進する。
【0054】
Crは焼結合金の基地に拡散し、基地の固溶強化および基地の焼入れ性の向上に働くとともに、硬質相を基地に強固に結合する働きがある。さらに、Coとともに硬質相の周囲に拡散相を形成し、相手部品と当接する際の衝撃を緩衝する効果がある。硬質相形成粉末中のCrの含有量は、7重量%未満であると上記効果が不充分となり、11重量%を超えると粉末の固さが増大して圧縮性を損なう。
【0055】
上記組成の硬質相形成粉末を用いた場合、硬質相形成粉末の添加量が2〜15質量%であるから、全体組成中のCo含有量は1.17〜9.82質量%、Mo含有量は0.52〜4.5質量%、Si含有量は0.03〜0.525質量%、Cr含有量は0.14〜1.65質量%となる。
【0056】
上記の硬質相(A)〜(F)は、1種のみ焼結合金基地中に分散させてもよく、また複数種を同時に焼結合金基地中に分散させてもよい。しかしながら、硬質相の総量が過多となると上記したような不具合が生じるため、硬質相を複数種用いる場合であっても、上記のように硬質相形成粉末の添加量は15%を上限とする。
【0057】
上記の焼結バルブガイドの金属組織中には気孔中に遊離黒鉛相を分散させると好ましい。すなわち、原料粉末に添加される黒鉛粉末の一部を焼結時に上記の基地および硬質相に拡散させず、未拡散の黒鉛の状態で残留させると、気孔中に遊離黒鉛として分散する。この遊離黒鉛は、固体潤滑剤として作用して焼結合金の被削性及び耐摩耗性の向上に寄与する。
【0058】
原料粉末に添加される黒鉛粉末は、上記のように、焼結合金基地に拡散して、パーライト基地および鉄−リン−炭素化合物相を形成するとともに、遊離黒鉛相を形成する。原料粉末における黒鉛粉末の添加量は、1質量%に満たないと上記の金属組織を得難くなる。一方、3質量%を超えて添加すると、鉄−リン−炭素化合物相が過大となったり、焼結合金基地中に硬質なセメンタイト(FeC)が析出して焼結合金の被削性を損なう。また、過剰の黒鉛粉末は、粉末の圧縮性を損ない、原料粉末の偏析や流動性阻害などの原因となる。さらには、焼結合金中の基地の割合が低下して焼結合金の強度の低下が生じる。よって、原料粉末における黒鉛粉末の添加量を、1〜3質量%とする。
【0059】
上記の金属組織を得るため、焼結は、非酸化性雰囲気中で、加熱温度950〜1050℃で行う。焼結時の加熱温度が950℃に満たないと、焼結が進行せず焼結合金の強度が著しく低いものとなる。一方、焼結時の加熱温度が1050℃を超えると、鉄−リン−炭素化合物相が網目状となり耐摩耗性および被削性が低下するとともに、遊離黒鉛の消失が生じる。
【0060】
なお、本発明の焼結バルブガイドの製造方法においては、通常の粉末冶金法の技術に従い、成形型の円管状のキャビティに原料粉末を充填し加圧圧縮して、原料粉末を円管状の圧粉体に成形し、得られた圧粉体を焼結することができる。
【0061】
上述した製造方法によって得られる焼結バルブガイドの金属組織断面を模式的に表わすと、図1のようになる。金属組織は、基地と、気孔と、気孔中に分散する黒鉛相とからなり、基地は、パーライト相と、鉄−リン−炭素化合物相と、硬質相と、銅−錫合金相とを有する。硬質相は、鉄基合金もしくはコバルト基合金中に硬質粒子が集合して析出分散する。鉄−リン−炭素化合物相の周囲にわずかにフェライト相が形成される。
【0062】
上記焼結バルブガイドにおいては、原料粉末中に被削性改善物質粉末を添加して、焼結合金中に被削性改善物質を分散させることで、焼結合金の被削性を改善することができる。被削性改善物質としては、硫化マンガン、弗化カルシウム、二硫化モリブデン、メタ珪酸マグネシウム系鉱物のうち少なくとも1種以上が挙げられる。被削性改善物質の分散量が過剰になると、焼結の進行が阻害されて強度が低下するため、原料粉末への被削性改善物質粉末の添加量を2.0質量%以下とし、焼結合金中に分散する被削性改善物質の分散量を2.0質量%以下とする必要がある。
【実施例】
【0063】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。
【0064】
[第1実施例]
硬質相形成粉末の添加量が焼結バルブガイドの特性に与える影響を調査した。鉄粉末としてアトマイズ鉄粉末、P:20質量%および残部がFeと不可避不純物からなる鉄−リン合金粉末、Cr:12質量%、C:1.5質量%および残部がFeと不可避不純物からなる硬質相形成粉末、銅粉末として電解銅粉末、Sn:10質量%および残部がCuおよび不可避不純物からなる銅−錫合金粉末、黒鉛粉末を用意し、これらの粉末を表1に示す配合比で混合した原料粉末を成形圧力6.0ton/cmで加圧圧縮して、外径11mm、内径6mm、長さ40mmの円管形状の圧粉体(摩耗試験及び被削性試験用)、及び外径18mm、内径10mm、長さ10mmの円管形状の圧粉体(圧環強さ試験用)に成形し、非酸化雰囲気中で1000℃の温度で60分間焼結して試料番号01〜08の焼結合金試料を得た。なお、試料番号08の試料は、従来例として用意した特許文献1に記載の焼結合金試料である。得られた試料の全体組成を表2に示す。
【0065】
これらの試料について、摩耗試験を行ってバルブガイドの摩耗量とバルブステムの摩耗量摩耗量を測定するとともに、圧環試験を行って圧環強さを測定した。
【0066】
摩耗試験は、固定された円管形状の焼結合金試料の内径にバルブのバルブステムを挿通するとともに、バルブを鉛直方向に往復動するピストンの下端部に取り付けた摩耗試験機により行い、5MPaの横荷重をピストンに加えながら、500℃の排気ガス雰囲気中で、ストローク速度3000回/分、ストローク長8mmの下でバルブを往復動させ、30時間の往復動の後、焼結体の内周面の摩耗量(μm)を測定した。
【0067】
圧環試験は、JIS Z2507に規定する方法にしたがって行い、外径D(mm)、壁厚e(mm)、長さL(mm)の円管形状の焼結合金試料を径方向に押圧し、押圧荷重を増加させて焼結合金試料が破壊したときの最大荷重F(N)を測定して、下記1式により圧環強さ(N/mm)を算出した。
K=F×(D−e)/(L×e) …(1)
【0068】
これらの結果を表2に併せて示す。なお、表中、VGはバルブガイドの摩耗量、VSはバルブステムの摩耗量である。
【0069】
【表1】

【0070】
【表2】

【0071】
表1および表2の試料番号01〜7の焼結合金試料により、硬質相形成粉末の添加量の影響がわかる。
【0072】
硬質相形成粉末を添加せず、硬質相が分散しない試料番号01の焼結合金試料は、バルブガイド摩耗量が大きく、従来の焼結合金試料(試料番号08)よりもバルブガイド摩耗量が大きくなっている。これは、従来の焼結合金試料(試料番号08)はSnを含有しており基地がSnにより強化されているが、試料番号01の焼結合金試料はSnを含有しておらず、その分基地の強度、耐摩耗性が低いことによるものと考える。一方、硬質相形成粉末を1質量%添加して硬質相が1質量%分散する試料番号02の焼結合金試料では、バルブガイド摩耗量が低減し、Snを含有していないにもかかわらず従来の焼結合金試料(試料番号08)と同等の摩耗量となっている。
【0073】
また、硬質相形成粉末の添加量が2質量%の試料番号03の焼結合金試料は、バルブガイド摩耗量がおよそ15%低減され、耐摩耗性が向上している。硬質相形成粉末の添加量が増加するに従い、添加量が15質量%までの焼結合金試料(試料番号04〜06)では、バルブガイド摩耗量が低減している。
【0074】
バルブステムの摩耗量は硬質相形成粉末の添加量が増加するに従いごく僅かに増加する傾向を示すが、バルブガイド摩耗量の低減量が大きく、合計摩耗量も硬質相形成粉末の添加量の増加に従い低減しており、合計摩耗量は、従来の焼結合金試料(試料番号08)に比して最大で44%にまで低減されている。しかしながら、硬質相形成粉末の添加量が15質量%を超える試料番号07の焼結合金試料では、焼結合金中に分散する硬質相が過多となってバルブ攻撃性が高くなり、バルブステム摩耗量が大きくなるとともに、バルブステムの摩耗粉が研磨粒子として作用する結果、バルブガイド摩耗量も増加し、合計摩耗量が急激に増加している。
【0075】
圧環強さは、硬質相形成粉末を添加せず硬質相が分散しない試料番号01の焼結合金試料が最も高いが、従来の焼結合金試料(試料番号08)よりも若干低い値となっている。これは上記のようにSn含有による基地強化がないためと考えられる。また、硬質相形成粉末を添加した焼結合金試料(試料番号02〜07)では、硬質相形成粉末を添加せず硬質相が分散しない試料番号01の焼結合金試料よりも圧環強さが低下しており、硬質相形成粉末の添加量の増加に従って圧環強さが一様に低下している。これは、強度の低い硬質相が増加すること、および原料粉末中の硬質相形成粉末の増加により圧縮性が低下するためであるが、硬質相形成粉末の添加量が15質量%の試料番号06の焼結合金試料では、圧環強さが従来の焼結合金試料(試料番号08)の80%以上の値を示しており、実用上問題ないレベルである。しかしながら、硬質相形成粉末の添加量が15質量%を超える試料番号07の焼結合金試料では、従来の焼結合金試料(試料番号08)の75%程度まで低減している。
【0076】
以上より、硬質相形成粉末を原料粉末に添加して、焼結合金中に硬質相を分散させるとバルブガイドの耐摩耗性の向上に効果があり、2〜15質量%の範囲で従来の焼結合金よりも耐摩耗性を向上できること、および硬質相形成粉末を原料粉末に添加すると圧環強さは低下するが、この範囲で圧環強さの低下は実用上問題ないレベルであることが確認された。
【0077】
[第2実施例]
硬質相形成粉末中のCr量およびC量が焼結バルブガイドの特性に与える影響を調査した。第1実施例の鉄粉末、鉄−リン合金粉末、銅粉末、銅−錫合金粉末および黒鉛粉末を用意するとともに、表3に示すCr含有量およびC含有量が異なる組成の硬質相形成粉末を用意し、表3に示す配合比で混合した原料粉末を第1実施例と同じ条件で焼結合金試料を作製し試料番号09〜22の焼結合金試料を得た。また、これらの焼結合金試料について、第1実施例と同じ条件で摩耗試験および圧環試験を行い、摩耗量および圧環強さを測定した。これらの試料の全体組成および試験結果を表4に併せて示す。なお、表3および表4には、第1実施例の試料番号05の焼結合金試料の値および試料番号08の従来の焼結合金試料の値を併せて示す。
【0078】
【表3】

【0079】
【表4】

【0080】
表3および表4の試料番号05および09〜15の焼結合金試料により、硬質相形成粉末中におけるCr量の影響がわかる。
【0081】
硬質相形成粉末中のCr量が2質量%であり、全体組成中のCr量が0.2質量%の試料番号09の焼結合金試料は、バルブガイド摩耗量が従来の焼結合金試料(試料番号08)と同等である。一方、硬質相形成粉末中のCr量が4質量%であり、全体組成中のCr量が0.4質量%の試料番号10の焼結合金試料は、硬質相中に充分なクロム炭化物が析出して焼結合金の耐摩耗性が向上した結果、バルブガイド摩耗量が従来の焼結合金試料(試料番号08)に比して20%低減している。また、硬質相形成粉末中のCr量が20質量%(全体組成中のCr量が2質量%)の試料番号13の焼結合金試料まで(試料番号10、11、05、12、13)、硬質相形成粉末中のCr量が増加するに従い、硬質相中に析出分散するクロム炭化物の量が増加して、バルブガイド摩耗量が低減している。
【0082】
バルブステム摩耗量は硬質相形成粉末中のCr量が増加するに従い硬質相中に析出する硬質なクロム炭化物の量が増加することにより、ごく僅かに摩耗量の増加傾向が見られるが、バルブガイド摩耗量の低減量が大きいため合計摩耗量は、従来の焼結合金試料(試料番号08)に比して最大で45%程度まで低減されている。硬質相形成粉末中のCr量がさらに増加すると、硬質相形成粉末中のCr量が25質量%(全他組成中のCr量が2.5質量%)の試料番号14の焼結合金試料では、バルブガイド摩耗量は低減されているが、硬質相中に析出するクロム炭化物の量が増加してバルブステム摩耗量が僅かに増加する結果、合計摩耗量が僅かに増加している。そして、硬質相形成粉末中のCr量が25質量%(全他組成中のCr量が2.5質量%)を超える試料番号15の焼結合金試料では、硬質相中に析出するクロム炭化物の量が過多となって、バルブステム摩耗量が大きくなるとともに、バルブの摩耗粉が研磨粒子として作用する結果、バルブガイド摩耗量も増加し、合計摩耗量が急激に増加している。
【0083】
圧環強さは、硬質相形成粉末中のCr量が増加するに従い、硬質相形成粉末から焼結合金の基地へ拡散するCr量が増加して基地を強化するため、硬質相形成粉末中のCr量が12質量%(全体組成中のCr量が1.2質量%)まで(試料番号09〜11、05)は、増加する。一方、硬質相形成粉末中のCr量が12質量%(全体組成中のCr量が1.2質量%)を超える(試料番号12〜15)と、硬質相形成粉末中に含有されるCr量が多くなり、硬質相形成粉末の硬さが増加して原料粉末の圧縮性が低下することにより、成形体密度が低下し、その結果焼結合金の密度が低下して、焼結合金の強度が低下することから、圧環強さが低下する傾向を示す。しかしながら、硬質相形成粉末中のCr量が25質量%(全体組成中のCr量が2.5質量%)を超える試料番号15の試料において、圧環強さは従来の焼結合金試料(試料番号08)の80%以上の値となっている。
【0084】
以上より、硬質相形成粉末のCr量が4〜25質量%の範囲で、全体組成中のCr量が0.4〜2.5質量%の範囲で、耐摩耗性向上の効果があり、この範囲で圧環強さは実用上問題ないレベルであることが確認された。
【0085】
表3および表4の試料番号05および16〜22の焼結合金試料により、硬質相形成粉末中におけるC量の影響がわかる。
【0086】
硬質相形成粉末中のC量が0.1質量%の試料番号16の焼結合金試料は、硬質相形成粉末中のC量が少ないため、硬質相形成粉末中に析出するクロム炭化物の量が少なくなってバルブガイド摩耗量が大きい。これに対して、硬質相形成粉末中のC量が0.25質量%の試料番号17の焼結合金試料では、硬質相中に析出するクロム炭化物の量が増加して、焼結合金の耐摩耗性が向上し、バルブガイド摩耗量が従来の焼結合金試料(試料番号08)およそ25%低減している。また、硬質相形成粉末中のC量が2質量%の試料番号20の焼結合金試料まで(試料番号18、19、05、20)、硬質相形成粉末中のC量が増加するに従い、硬質相中に析出分散するクロム炭化物の量が増加して、バルブガイド摩耗量が低減している。
【0087】
バルブステム摩耗量は硬質相形成粉末中のC量が増加するに従い硬質相中に析出する硬質なクロム炭化物の量が増加することにより、ごく僅かに摩耗量の増加傾向が見られるが、バルブガイド摩耗量の低減量が大きいため合計摩耗量は、従来の焼結合金試料(試料番号08)に比して最大でおよそ50%程度まで低減されている。硬質相形成粉末中のC量がさらに増加すると、硬質相形成粉末中のC量が2.4質量%の試料番号21の焼結合金試料では、硬質相形成粉末の硬さが増加したことにより、原料粉末の圧縮性が低下して、成形体密度が低下している。焼結体密度が低下した結果、焼結合金の強度が低下してバルブガイド摩耗量が増加している。加えて、硬質相中に析出するクロム炭化物の量が増加してバルブステム摩耗量が僅かに増加する結果、合計摩耗量が僅かに増加している。そして、硬質相形成粉末中のC量が2.4質量%を超える試料番号22の焼結合金試料では、硬質相中に析出するクロム炭化物の量が過多となって、バルブステム摩耗量が大きくなるとともに、バルブステムの摩耗粉が研磨粒子として作用する結果、バルブガイド摩耗量も増加し、合計摩耗量が急激に増加している。
【0088】
硬質相形成粉末中のC量が0.1質量%の試料番号16の焼結合金試料でバルブガイド摩耗量が多くなった他の理由として次のことが言える。すなわち、C量が0.1質量%では、硬質相形成粉末に含有されるCr量に比してC量が少ないため、硬質相形成粉末の基地に固溶されるCr量が多くなり、硬質相形成粉末の硬さが高くなった。これにより、原料粉末の圧縮性が低くなった。
【0089】
一方、硬質相形成粉末中のC量が増加すると、硬質相形成粉末中に析出するクロム炭化物の量が増加するとともに、硬質相形成粉末の基地中に固溶するCr量が減少して基地硬さが低下する。その結果、硬質相形成粉末中のC量が1質量%までの焼結合金試料(試料番号17〜19)では、粉末の基地中に固溶するCr量減少による粉末硬さ低減の効果が大きく、硬質相形成粉末の硬さが減少して、原料粉末の圧縮性が向上する。そして、成形体密度が向上する結果、圧環強さが増加する傾向を示している。
【0090】
しかしながら、硬質相形成粉末中のC量が1質量%を超える焼結合金試料(試料番号05、20〜22)では、硬質相形成粉末中のC量の増加に従い粉末中の硬質なクロム炭化物の析出量が増加するため、クロム炭化物による粉末硬さ増加の負の効果が、基地中に固溶するCr量減少による粉末硬さ低減の効果を上回る。したがって、硬質相形成粉末の硬さが増加することによる原料粉末の圧縮性低下の影響により、硬質相形成粉末中のC量の増加に従い圧環強さが低下している。ただし、硬質相形成粉末中のC量が2.6質量%の範囲では、圧環強さが従来の焼結合金試料(試料番号08)の80%以上の値を示しており、実用可能な強度となっている。
【0091】
以上より、硬質相形成粉末のC量が0.25〜2.4質量%の範囲で、耐摩耗性向上の効果があり、この範囲で圧環強さは実用上問題ないレベルであることが確認された。
【0092】
[第3実施例]
硬質相形成粉末中のMo量およびV量が焼結バルブガイドの特性に与える影響を調査した。第1実施例の鉄粉末、鉄−リン合金粉末、銅粉末、銅−錫合金粉末および黒鉛粉末を用意するとともに、表5に示す組成の硬質相形成粉末を用意し、表5に示す配合比で混合した原料粉末を第1実施例と同じ条件で焼結合金試料を作製し試料番号23〜30の焼結合金試料を得た。また、これらの焼結合金試料について、第1実施例と同じ条件で摩耗試験および圧環試験を行い、摩耗量および圧環強さを測定した。これらの試料の全体組成および試験結果を表6に併せて示す。なお、表6には第1実施例の試料番号05の焼結合金試料の値および試料番号08の従来の焼結合金試料の値を併せて示す。
【0093】
【表5】

【0094】
【表6】

【0095】
表5および表6の試料番号05および23〜26の焼結合金試料により、硬質相形成粉末にMoを含有させる効果がわかる。
【0096】
硬質相形成粉末中にMoを含有しない試料番号05の焼結合金試料に比して、硬質相形成粉末中にMoを0.3〜3質量%含有する試料番号23〜25の焼結合金試料は、硬質相中にクロム炭化物に加えてモリブデン炭化物が析出することから、焼結合金の耐摩耗性が向上し、バルブガイド摩耗量が低減して合計摩耗量も低減している。しかしながら、硬質相形成粉末中のMo量が3質量%を超えると硬質相中の炭化物の量が過多となって、バルブステム摩耗量が大きくなるとともに、バルブステムの摩耗粉が研磨粒子として作用する結果、バルブガイド摩耗量も増加し、合計摩耗量が急激に増加している。
【0097】
圧環強さは、硬質相形成粉末中にMoを含有しない試料番号05の焼結合金試料に比して、硬質相形成粉末中にMoを含有させると低下するとともに、Moの含有量が増加するに従い低下する傾向を示す。ただし、上記の試験範囲で圧環強さは、従来の焼結合金試料(試料番号08)の80%以上の値を示しており、実用可能な強度となっている。
【0098】
以上より、硬質相形成粉末に0.3〜3質量%のMoを含有させることで、焼結合金の耐摩耗性を一層向上でき、この範囲で圧環強さは実用上問題ないレベルであることが確認された。
【0099】
表5および表6の試料番号05および27〜30の焼結合金試料により、硬質相形成粉末にVを含有させる効果がわかる。
【0100】
硬質相形成粉末中にVを含有しない試料番号05の焼結合金試料に比して、硬質相形成粉末中にVを0.2〜2.2質量%含有する試料番号27〜29の焼結合金試料は、硬質相中にクロム炭化物に加えてバナジウム炭化物が析出することから、焼結合金の耐摩耗性が向上し、バルブガイド摩耗量が低減して合計摩耗量も低減している。しかしながら、硬質相形成粉末中のV量が2.2質量%を超えると硬質相中の炭化物の量が過多となって、バルブステム摩耗量が大きくなるとともに、バルブステムの摩耗粉が研磨粒子として作用する結果、バルブガイド摩耗量も増加し、合計摩耗量が急激に増加している。
【0101】
圧環強さは、硬質相形成粉末中にVを含有しない試料番号05の焼結合金試料に比して、硬質相形成粉末中にVを含有させると低下するとともに、Vの含有量が増加するに従い低下する傾向を示す。ただし、上記の試験範囲で圧環強さは、従来の焼結合金試料(試料番号08)の80%以上の値を示しており、実用可能な強度となっている。
【0102】
以上より、硬質相形成粉末に0.2〜2.2質量%のVを含有させることで、焼結合金の耐摩耗性を一層向上でき、この範囲で圧環強さは実用上問題ないレベルであることが確認された。
【0103】
[第4実施例]
黒鉛粉末の添加量が焼結バルブガイドの特性に与える影響を調査した。第1実施例の鉄粉末、鉄−リン合金粉末、硬質相形成粉末、銅粉末、銅−錫合金粉末および黒鉛粉末を用意し、表7に示す配合比で混合した原料粉末を第1実施例と同じ条件で焼結合金試料を作製し試料番号31〜36の焼結合金試料を得た。また、これらの焼結合金試料について、第1実施例と同じ条件で摩耗試験および圧環試験を行い、摩耗量および圧環強さを測定した。これらの試料の全体組成および試験結果を表8に併せて示す。なお、表8には第1実施例の試料番号05の焼結合金試料の値および試料番号08の従来の焼結合金試料の値を併せて示す。
【0104】
【表7】

【0105】
【表8】

【0106】
表7および表8の試料番号05および31〜36の焼結合金試料により、黒鉛粉末の添加量の影響がわかる。
【0107】
黒鉛粉末の添加量が0.5質量%の試料番号31の焼結合金試料は、黒鉛粉末の添加量が不充分で、基地中に生成する鉄−リン−炭素化合物相の量および気孔中に残留する遊離黒鉛の量が不充分となり、バルブガイド摩耗量が大きく、従来の焼結合金試料(試料番号08)よりもバルブガイド摩耗量が大きくなっている。一方、黒鉛粉末を1質量%添加した試料番号32の焼結合金試料では、基地中に生成する鉄−リン−炭素化合物相の量および気孔中に残留する遊離黒鉛の量が充分となり、焼結合金の耐摩耗性が向上して、バルブガイド摩耗量が従来の焼結合金試料(試料番号08)よりも小さくなっている。
【0108】
また、黒鉛粉末の添加量が増加するに従い、基地中に生成する鉄−リン−炭素化合物相の量および気孔中に残留する遊離黒鉛の量が増加するため、添加量が2.5質量%までの焼結合金試料(試料番号33、05、34)では、バルブガイド摩耗量が低減している。バルブステムの摩耗量は黒鉛粉末の添加量が増加するに従いごく僅かに増加する傾向を示すが、バルブガイド摩耗量の低減量が大きく、合計摩耗量も硬質相形成粉末の添加量の増加に従い低減しており、合計摩耗量は、従来の焼結合金試料(試料番号08)に比して最大で1/2程度にまで低減されている。
【0109】
黒鉛粉末の添加量がさらに増加すると、黒鉛粉末の添加量が3質量%の焼結合金試料(試料番号35)では、鉄−リン−炭素化合物相の量および硬質相中に析出するクロム炭化物の量が増加することにより、焼結合金の基地の強度が低下してバルブガイド摩耗量が増加するとともに、バルブステムの攻撃性が増加して、バルブステム摩耗量が増加する傾向が見られる。そして、黒鉛粉末の添加量が3質量%を超える焼結合金試料(試料番号36)では、鉄−リン−炭素化合物相の量および硬質相中に析出するクロム炭化物の量が過多となって、焼結合金の基地の強度が著しく低下してバルブガイド摩耗量が増加するとともに、バルブステムの攻撃性が増大して、バルブステム摩耗量が著しく増加している。
【0110】
圧環強さは、黒鉛粉末の添加量が0.5質量%の試料番号31の焼結合金試料では高い値を示し、黒鉛粉末の添加量が増加するに従い、一様に低下する傾向を示す。しかしながら、黒鉛粉末の添加量が3質量%の焼結合金試料(試料番号35)において、従来の焼結合金試料(試料番号08)の80%程度の値を示しており、実用可能な強度である。一方、黒鉛粉末の添加量が3質量%を超える焼結合金試料(試料番号36)では、著しく強度が低下している。
【0111】
以上より、黒鉛粉末の添加量が1〜3質量%の範囲で、バルブガイドの耐摩耗性向上の効果があり、この範囲で圧環強さは実用上問題ないレベルであることが確認された。
【0112】
[第5実施例]
銅粉末の添加量が焼結バルブガイドの特性に与える影響を調査した。第1実施例の鉄粉末、鉄−リン合金粉末、硬質相形成粉末、銅粉末、銅−錫合金粉末および黒鉛粉末を用意し、表9に示す配合比で混合した原料粉末を第1実施例と同じ条件で焼結合金試料を作製し試料番号37〜42の焼結合金試料を得た。また、これらの焼結合金試料について、第1実施例と同じ条件で摩耗試験および圧環試験を行い、摩耗量および圧環強さを測定した。これらの試料の全体組成および試験結果を表10に併せて示す。なお、表10には第1実施例の試料番号05の焼結合金試料および試料番号08の従来の焼結合金試料の値を併せて示す。
【0113】
【表9】

【0114】
【表10】

【0115】
表9および表10の試料番号05および37〜42の焼結合金試料により、銅粉末の添加量の影響がわかる。
【0116】
銅粉末を添加しない試料番号37の焼結合金試料は、焼結合金の基地中に充分な量の鉄−リン−炭素化合物相、硬質相および遊離黒鉛が分散することから、バルブガイド摩耗量は、従来の焼結合金試料(試料番号08)の78%程度であり、良好な耐摩耗性を示している。しかしながら、銅粉末を添加して焼結合金にCuを含有させると、軟質な銅相が分散するとともに、焼結合金の基地が強化されて、バルブガイド摩耗量が一層低減でき、Cu量の増加にともないバルブガイド摩耗量が低減され、従来の焼結合金試料(試料番号08)の50%程度まで低減できることが判る。しかしながら、銅粉末の添加量が10質量%を超え、全体組成中のCu量が10質量%を超えても摩耗量低減の効果は、それ以上の向上は見られない。
【0117】
銅粉末を添加しない試料番号37の焼結合金試料は、焼結合金の基地の強度が低く、圧環強さが低いが、銅粉末を添加して焼結合金にCuを含有させると、焼結合金の基地が強化され、圧環強さが向上する。加えて、銅粉末の添加量が増加して全体組成中のCu量が増加するに従い、圧環強さが向上する傾向を示す。ただし、銅粉末の添加量が1.5質量%であり全体組成中のCu量が1.5質量%の試料番号38の焼結合金試料では、焼結合金の基地が強化されて圧環強さは増加するものの、未だ実用可能なレベルではない。一方、銅粉末の添加量が3質量%であり全体組成中のCu量が3質量%の試料番号39の焼結合金試料では、圧環強さが実用可能なレベルとなっている。しかしながら、銅粉末の添加量が10質量%を超え、全体組成中のCu量が10質量%を超えると、圧環強さのそれ以上の向上は見られない。
【0118】
以上より、焼結合金の強度より、全体組成中のCu量を3質量%以上とし、Cu量増加の割に耐摩耗性および強度の向上効果が乏しくなることから、Cu量上限を10質量%とした。
【0119】
[第6実施例]
錫の含有量が焼結バルブガイドの特性に与える影響を調査した。第1実施例の鉄粉末、鉄−リン合金粉末、硬質相形成粉末、銅粉末、銅−錫合金粉末および黒鉛粉末を用意し、表11に示す配合比で混合した原料粉末を第1実施例と同じ条件で焼結合金試料を作製し試料番号43〜46の焼結合金試料を得た。また、これらの焼結合金試料について、第1実施例と同じ条件で摩耗試験および圧環試験を行い、摩耗量および圧環強さを測定した。これらの試料の全体組成および試験結果を表12に併せて示す。なお、表12には第1実施例の試料番号05の焼結合金試料および試料番号08の従来の焼結合金試料の値を併せて示す。
【0120】
【表11】

【0121】
【表12】

【0122】
表11および表12の試料番号05および43〜46の焼結合金試料により、焼結合金中にSnを含有させる効果が判る。
【0123】
Snを含有しない試料番号05の焼結合金試料と比較して、焼結合金中にSnを含有させてもバルブガイド摩耗量はほぼ変わらず、良好な耐摩耗性を示すことがわかる。一方、圧環強さは、焼結合金中にSnを含有させることで向上し、焼結合金中のSn量が増加するに従い、焼結時に発生する液相量が増加して焼結が促進され、圧環強さが増加するすることがわかる。特にSn量が0.6〜0.7質量%の範囲で、従来の焼結合金試料(試料番号08)と同等の値まで向上している。以上により、焼結合金中にSnを含有させることで、焼結合金の耐摩耗性を維持したまま、焼結合金の強度を向上させることができることが確認された。
【0124】
[第7実施例]
種々の硬質相形成粉末の添加が焼結バルブガイドの特性に与える影響を調査した。第1実施例の鉄粉末、鉄−リン合金粉末、硬質相形成粉末、銅−錫合金粉末および黒鉛粉末を用意し、表13に示す配合比で混合した原料粉末を第1実施例と同じ条件で焼結合金試料を作製し、試料番号47〜50の焼結合金試料を得た。これらの試料番号47〜50の試料の全体組成を表14に示す。これらの焼結合金試料について、第1実施例と同じ条件で摩耗試験および圧環試験を行い、摩耗量および圧環強さを測定した。これらの試料の全体組成および試験結果を表15に示す。なお、表13〜15には第1実施例の試料番号08の従来の焼結合金試料、および第6実施例の試料番号46の焼結合金試料の値を併せて示す。
【0125】
【表13】

【0126】
【表14】

【0127】
【表15】

【0128】
表13〜15の試料番号46〜50の焼結合金試料により、硬質相の種類を替えた場合の影響がわかる。これらの結果より、硬質相の種類を硬質相(A)から硬質相(C)〜(F)のように換えてもバルブガイド摩耗量およびバルブステム摩耗量の値を小さく抑制でき、耐摩耗性を改善できることが確認された。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
パーライト、Fe−P−C三元共晶相、フェライト相、銅相、および気孔からなり、組成が、質量比で、P:0.075〜0.525%、Cu:3.0〜10.0%、C:1.0〜3.0%、および残部がFeおよび不可避不純物からなる混合組織中に、硬質粒子が合金基地中に析出分散する硬質相が、質量比で、2〜15%分散することを特徴とする焼結バルブガイド。
【請求項2】
前記硬質粒子は、硬質相の合金基地中に集合していることを特徴とする請求項1に記載の焼結バルブガイド。
【請求項3】
前記混合組織の組成中に、さらに、質量比でSn:1.1%以下を含有するとともに、前記銅相の一部または全部が銅−錫合金相であることを特徴とする請求項1または2に記載の焼結バルブガイド。
【請求項4】
前記硬質相の前記合金基地が鉄基合金またはコバルト基合金であり、前記硬質粒子がモリブデン珪化物、クロム炭化物、モリブデン炭化物、バナジウム炭化物、タングステン炭化物の少なくとも1種以上であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の焼結バルブガイド。
【請求項5】
前記硬質相の組成が、下記の(A)〜(F)の少なくとも1種以上からなることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の焼結バルブガイド。
(A)質量比でCr:4〜25%、C:0.25〜2.4%、および残部がFeおよび不可避不純物からなる硬質相
(B)質量比でCr:4〜25%、C:0.25〜2.4%と、Mo:0.3〜3.0%、V:0.2〜2.2%の少なくとも1種以上、および残部がFeおよび不可避不純物からなる硬質相
(C)質量比でMo:4〜8%、V:0.5〜3%、W:4〜8%、Cr:2〜6%、C:0.6〜1.2%、および残部がFeおよび不可避不純物からなる硬質相
(D)質量比でSi:0.5〜10%、Mo:10〜50%、および残部がFeおよび不可避不純物からなる硬質相
(E)質量比でSi:0.5〜10%、Mo:10〜50%と、Cr:0.5〜10%、Ni:0.5〜10%、Mn:0.5〜5%の少なくとも1種以上、および残部がFeおよび不可避不純物からなる硬質相
(F)質量比でSi:1.5〜3.5%、Cr:7〜11%、Mo:26〜30%と、および残部がCoおよび不可避不純物からなる硬質相
【請求項6】
硫化マンガン、弗化カルシウム、二硫化モリブデン、メタ珪酸マグネシウム系鉱物のうち少なくとも1種以上が、質量比で、2%以下前記金属組織中に分散していることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の焼結バルブガイド。
【請求項7】
鉄粉末に、
P:15〜21質量%、および残部がFeおよび不可避不純物からなる鉄−リン合金粉末を0.5〜2.5質量%、
銅粉末を3〜10質量%、
黒鉛粉末を1〜3質量%、および
硬質相形成粉末を2〜15質量%添加した混合粉末を原料粉末として用い、
成形型の円管状のキャビティに前記原料粉末を充填し加圧圧縮して円管状の圧粉体に成形し、得られた圧粉体を非酸化性雰囲気中、加熱温度950〜1050℃で焼結することを特徴とする焼結バルブガイドの製造方法。
【請求項8】
前記原料粉末全体の組成において、Cu:3〜10質量%およびSn:1.1質量%以下となるよう、
前記原料粉末に、錫粉末、もしくはSn:8質量%以上および残部がCuと不可避不純物からなる銅−錫合金粉末のうち少なくとも1種以上を添加するとともに、前記銅粉末の添加量を調整する、あるいは、
前記銅粉末に替えて、前記銅−錫合金粉末、もしくは錫粉末と前記銅−錫合金粉末を添加することを特徴とする請求項7に記載の焼結バルブガイドの製造方法。
【請求項9】
前記硬質相形成粉末の組成が、下記の(A)〜(F)の少なくとも1種以上からなることを特徴とする請求項7または8に記載の焼結バルブガイドの製造方法。
(A)質量比でCr:4〜25%、C:0.25〜2.4%および残部がFeおよび不可避不純物からなる硬質相形成粉末
(B)質量比でCr:4〜25%、C:0.25〜2.4%と、Mo:0.3〜3.0%、V:0.2〜2.2%の少なくとも1種以上、および残部がFeおよび不可避不純物からなる硬質相形成粉末
(C)質量比でMo:4〜8%、V:0.5〜3%、W:4〜8%、Cr:2〜6%、C:0.6〜1.2%および残部がFeおよび不可避不純物からなる硬質相形成粉末
(D)質量比でSi:0.5〜10%、Mo:10〜50%、および残部がFeおよび不可避不純物からなる硬質相形成粉末
(E)質量比でSi:0.5〜10%、Mo:10〜50%と、Cr:0.5〜10%、Ni:0.5〜10%、Mn:0.5〜5%の少なくとも1種以上、および残部がFeおよび不可避不純物からなる硬質相形成粉末
(F)質量比でSi:1.5〜3.5%、Cr:7〜11%、Mo:26〜30%と、および残部がCoおよび不可避不純物からなる硬質相形成粉末
【請求項10】
前記原料粉末に、硫化マンガン、弗化カルシウム、二硫化モリブデン、メタ珪酸マグネシウム系鉱物のうち少なくとも1種以上を質量比で2%以下配合したことを特徴とする請
求項7〜9のいずれかに記載のバルブガイド用焼結合金の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−149088(P2011−149088A)
【公開日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−221578(P2010−221578)
【出願日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【出願人】(000233572)日立粉末冶金株式会社 (272)
【Fターム(参考)】