説明

燃料容器用表面処理鋼板

【課題】 皮膜の密着性、スポット溶接性、さらに劣化ガソリンに対する耐食性が良好な燃料容器用表面処理鋼板を提供する。
【解決手段】 Zn系めっき皮膜の上に、平均粒径が0.5〜10μmのNi、Ni系合金、Cr、Cr系合金、Ni系ステンレス鋼、Cr系ステンレス鋼からなる金属粉末群の1種以上を合計で12〜30重量%、ホウ酸塩、炭酸塩、アルカリ性顔料からなる中和剤群の内の1種以上を合計で12重量%以上、かつ金属粉末との合計量が60重量%以下となる範囲で含有し、残部が実質的にエポキシ系、アクリル系、ウレタン系、ポリエステル系、フェノール系樹脂、尿素樹脂、メラミン樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、アルキド樹脂、エボナイトのいずれかの樹脂からなり、厚さが3〜15μmの複合皮膜を備えた表面処理鋼板。めっき皮膜がCoを0.2〜10重量%、高分子有機物を0.5〜5.0重量%含有するZn系めっき鋼板であればなおよい。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、ガソリンを主体とする燃料容器用素材として好適な耐食性に優れた燃料容器用表面処理鋼板に関する。
【0002】
【従来の技術】自動車などに用いられるガソリンを主体とする燃料容器には、容器内面のガソリンに対する耐食性や容器外面での耐食性などが重要とされている。また、その素材としては、成形性、溶接性、ハンダ付け性、塗装性などが良好であることが必要とされる。このような要求を満たす素材として、従来からターンシートと称されるPb−Sn合金めっき鋼板が広く使用されてきた。
【0003】化石燃料あるいはアルコール燃料は、保管中に大気や水分などの影響を受けて酸化、劣化し有機酸が含有されることがある(以下ではこのような燃料を「劣化ガソリン」と記す)。劣化ガソリンは有機酸などを含有しないガソリンに比較すると腐食性が強いことが判明し、このような劣化ガソリンに対しても良好な耐食性を備えた鋼板が求められてきた。また、近年鉛の環境への影響が考慮されるようになり、燃料容器用の素材として鉛を含有しない材料が求められてきた。
【0004】特開平8−269733号公報には、鉛が含まれていない燃料タンク用防錆鋼板として、Snを40〜99重量%含有し残部がZnからなるSn−Zn合金めっき鋼板が開示されている。この鋼板は合金めっき鋼板であり、容器内面の耐食性、外面の耐食性、溶接性などのバランスがよいとされていた。
【0005】特開平9−156027号公報には、ガソリンが酸化劣化した環境でも優れた耐食性を備えた鉛を使用することの無い燃料タンク用防錆鋼板として、Si、Feなどを含有する溶融Alめっき鋼板が開示されている。
【0006】特開平10−137681号公報には、腐食性の強い燃料に対する耐食性を改善した成形性の良い燃料タンク用鋼板が開示されている。これは、クロメート皮膜を有するZn系めっき皮膜の上に、一方の面にはNi粉末とアルミニウムフレークとを分散させた樹脂皮膜を、他方の面にはシリカとワックスを含有する樹脂皮膜を備えた鋼板である。この鋼板では、樹脂皮膜に分散させたNi粉末と鱗片状アルミニウムフレークにより、劣化ガソリンに含有される有機酸の浸透を物理的に遮蔽し、その遮蔽作用により容器内部での鋼板の腐食を抑制するものである。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】燃料容器用鋼板は加工時に厳しい成形が施される場合が多いが、その際には鋼板表面のめっき層が金型により損傷を受けたり、めっき層に亀裂が生じる場合がある。特開平8−269733号公報に記載されているSn−Zn合金めっき鋼板は、めっき層にZnがある間はZnによる犠牲防食作用により耐食性が確保されるが、Snめっき層は鉄素地よりも電位的に貴となるため、めっき層のZnが溶出した後は鉄素地の腐食が始まる。このため、上記公報に記載されている鋼板では腐食性が強い燃料容器用素材としてはめっき層が加工時に損傷された場合などでの耐食性が十分ではないという問題がある。
【0008】特開平9−156027号公報に開示されているアルミニウムめっき鋼板は亜鉛に比較して融点が200℃以上高いなどの理由から、溶接やハンダ付け等の接合性が必ずしも良好ではないという問題がある。
【0009】特開平10−137681号公報に開示されている鋼板では、加工時に厳しい成形が施されて塗膜の剥離や金属粉の脱落などが生じた場合には、有機酸の遮蔽効果が小さくなり耐食性が十分ではない場合がある。また、皮膜の電気抵抗が高く溶接性が十分ではない場合がある。
【0010】本発明の目的はこれらの問題を解決し、鉛を含有せず、劣化ガソリンに対する耐食性に優れ、加工時の被膜の密着性が良好で安定した溶接性を兼ね備え、さらに経済性にも優れた燃料容器用表面処理鋼板を提供することにある。
【0011】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、劣化ガソリンに対する耐食性を高める方法について鋭意研究を重ねた結果以下のような新たな知見を得た。
【0012】保管中のガソリンが大気や水分と反応して酸化されるとギ酸、酢酸等の有機酸が発生し、容器材料にとっては過酷な腐食環境となる。しかしながら容器材料表面にこれらの有機酸に対する中和作用を有する物質を含有した皮膜を設け、ガソリン劣化時に生じる有機酸との間で中和反応を生じさせることにより、燃料中の水素イオン濃度を低下させて容器材料の腐食を抑制することができる。
【0013】上記中和剤としては、これらの有機酸よりも弱酸性であるホウ酸塩または炭酸塩(以下、単に「塩類」とも記す)、あるいはアルカリ性顔料であるシアナミド亜鉛、酸化マグネシウム、酸化カリウム等がよい。また、これらの塩類またはアルカリ性顔料(以下、これらを総称して「中和剤」とも記す)は樹脂皮膜をバインダーとした複合皮膜としてめっき皮膜表面に備えさせるのがよい。
【0014】樹脂皮膜を有する鋼板の溶接性を維持、向上させるには、この樹脂皮膜に、導電性を有し、有機酸や水分に対する反応性が少ない金属粉末を適量含有させるのがよい。金属粉を含有させる際には、その平均粒径を特定の範囲とすることで成形加工時の皮膜の密着性を維持することができる。また、この複合皮膜の付着量を厚さ3〜15μmに相当する範囲とすることにより、容器内面の劣化ガソリン耐食性、溶接性が総合的にバランスよく発揮される。
【0015】めっき皮膜としては経済性に優れるのでZn系めっき皮膜がよい。特にZnに比較的少量のCoとデキストリン、デキストランなどで代表される高分子有機物を含有させためっき皮膜を用いれば、燃料容器外面に必要とされる優れた耐食性が確保されるばかりでなく、容器内面での劣化ガソリンに対する耐食性をさらに向上させることができる。
【0016】これらCo、デキストリン、デキストランの効果は、まだ、詳細には解明されていないが以下の性能発現機構が推測される。めっき浴に添加された高分子有機物はめっき皮膜を形成する際にめっき皮膜中に取り込まれるが、その際、亜鉛の結晶を微細化する効果がある。この微細化された結晶は腐食環境において、微細な腐食生成物を生成する。この微細な腐食生成物は、粗な腐食生成物よりも、環境遮断効果が大きい。また、めっき皮膜中に取り込まれている高分子有機物が腐食環境において溶出し、腐食生成物を微細化するという効果も見込まれる。
【0017】一方、Coの効果は、合金元素として、めっき皮膜を若干貴にし、裸耐食性を向上させると共に、高分子有機物と共同して、上記の腐食生成物の微細化・安定化に寄与すると考えられる。さらに、めっき皮膜が硬くなるので、プレス加工時の摺動特性やスポット溶接連続打点性を向上させる。
【0018】本発明はこれらの知見を基にして完成されたものであり、その要旨は下記(1)〜(3)に記載の燃料容器用表面処理鋼板にある。
【0019】(1)Zn系めっき皮膜の上に、平均粒径が0.5〜15μmのNi、Ni系合金、Cr、Cr系合金、Ni系ステンレス鋼およびCr系ステンレス鋼からなる金属粉末群の内の1種または2種以上を合計で12〜30重量%と、平均粒径が0.5〜10μmのホウ酸塩、炭酸塩およびアルカリ性顔料からなる中和剤群の内の1種または2種以上を合計で12重量%以上、かつ前記金属粉末との合計量が60重量%以下となる範囲で含有し、残部が実質的に樹脂からなる、厚さが3〜15μmの複合皮膜を備えたことを特徴とする燃料容器用表面処理鋼板。
【0020】(2)複合皮膜の構成要素である樹脂が、エポキシ系樹脂、アクリル系樹脂、ウレタン系樹脂、ポリエステル系樹脂、フェノール系樹脂、尿素樹脂、メラミン樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、アルキド樹脂、エボナイトの内のいずれかの樹脂からなることを特徴とする上記(1)に記載の燃料容器用表面処理鋼板。
【0021】(3)Zn系めっき皮膜が、Coを0.2〜10重量%、高分子有機物を0.5〜5.0重量%含有し、残部が実質的にZnからなるものであることを特徴とする上記(1)または(2)に記載の燃料容器用表面処理鋼板。
【0022】
【発明の実施の形態】本発明の実施の形態を詳細に述べる。なお、以下の化学組成の%表示は重量%を意味する。
【0023】めっき母材:めっき母材の種類は特に限定するものではないが、通常用いられる冷延鋼板がよい。燃料容器は形状が複雑で厳しい成形加工がおこなわれる場合が多いので、中でも、深絞り用冷延鋼板、例えばTi、Nb、Bなどを含有させた極低炭素鋼板などが好ましい。しかしながらこれに限定する必要はなく、容器の形状によっては熱延鋼板などを用いても構わない。
【0024】めっき皮膜:めっき皮膜は、ZnめっきまたはZn系合金めっきとする。本発明ではこれらを単にZn系めっきと総称する。Zn系合金めっきに含有させる合金元素としては、Co、Al、Al−Si、Ni、Fe、Cr、Mg、Snなどが好適である。中でもCoを0.2〜10%含有させたZn−Co合金めっきがよい。Co含有量が0.2%に満たない場合には、Coを含有させることによる耐食性向上効果が十分ではない。Coは高価であるうえ、その含有量が10%を超えると耐食性改善効果が飽和するので、Coを含有させる場合には10%以下とするのがよい。合金元素としてAlを含有させる場合のAl含有量は60%以下とするのがよい。
【0025】めっき皮膜の重量に対する割合で0.5〜5.0%の高分子有機物をめっき皮膜中に共析させるとめっき皮膜の耐食性がさらに改善される。めっき皮膜中の高分子有機物の含有量が0.5%未満であると耐食性の改善効果が十分ではない。高分子有機物の含有量が5.0%を超えると耐食性改善効果が飽和するうえ、溶接時にガスが多く発生し、めっき製品の溶接性が損なわれるので好ましくない。
【0026】高分子有機物としては、でんぷんの構成要素であるアミロペクチンおよびでんぷんを加水分解して得られるデキストリン、デキストランの内のいずれか1種、または2種以上を用いるのが好ましい。その分子量が103 〜109 のものが好適である。めっき皮膜中の高分子有機物の含有量は、硫酸等でめっき皮膜を溶解し、溶解液中の高分子有機物をグルコースに分解した後フェノール硫酸法によりグルコース量を定量することで測定できる。高分子有機物の分子量はゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)法で測定することができる。
【0027】めっき付着量は、燃料容器の使用環境などに応じて任意に決めればよいが、耐食性を確保するために、好ましくは片面あたりで10g/m2 以上とするのがよい。さらに好ましくは15g/m2 以上である。めっき付着量の上限は特に限定するものではないが、プレス成型時のめっき皮膜の損傷を考慮すると、90g/m2 以下とするのが好ましい。
【0028】複合皮膜:保管中の燃料が大気や水分と反応して酸化されるとギ酸、酢酸等の有機酸が発生し、容器用材料にとって過酷な腐食環境となる。従って燃料容器内面では劣化ガソリンに対する耐食性が特に必要とされる。燃料容器用鋼板のめっき皮膜表面に、中和剤としてこれらの有機酸よりも弱酸性であるホウ酸塩、炭酸塩、あるいはアルカリ性顔料を介在させることにより、これらの物質が有機酸と中和反応を生じて燃料中の水素イオン濃度を低化させ、めっき皮膜と鋼板の腐食を抑制する。
【0029】このような作用が得られるホウ酸塩としては、ホウ酸ナトリウム、ホウ酸カリウム、ホウ酸カルシウム、ホウ酸バリウム、ホウ酸ストロンチウムなどが適用できる。また、炭酸塩としては、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、炭酸バリウム、炭酸ストロンチウムなどのギ酸、酢酸より弱酸である酸の塩が適用できる。
【0030】アルカリ性顔料としては、ギ酸、酢酸と反応し、中和する顔料が適用できるが、環境排出規制から鉛を含有する材料は好ましくない。従ってアルカリ性顔料としてはシアナミド亜鉛、酸化マグネシウム、酸化カリウム等が好適である。これらの中和剤は単独で皮膜中に含有させてもよいし、2種以上を混合して含有させてもよい。
【0031】中和剤の含有量は複合皮膜の重量に対して12%以上とする。12%に満たない場合には耐食性がよくない。好ましくは15%以上である。中和剤と金属粉末の合計量が過度に多くなると複合皮膜の密着性が損なわれるのでその合計量が60%以下になる範囲で中和剤を含有させる。好ましくは合計量は55%以下とするのがよい。
【0032】中和剤の平均粒子径が小さくなるほどコスト高となり、塗料組成物への均一分散も難しくなる。従ってその平均粒径は0.5μm以上とする。好ましくは3μm以上である。平均粒径が10μmを超えると、成型加工時に中和剤が脱落し皮膜が剥離することがあり好ましくない。従ってその平均粒径は10μm以下とする。好ましくは8μm以下である。
【0033】複合皮膜には、溶接性を確保するために、Ni、Ni系合金、Cr、Cr系合金、Ni系ステンレス鋼、Cr系ステンレス鋼からなる群の内の1種または2種以上の平均粒径が0.5〜15μmの金属粉末を合計で12〜30%含有させる。これらの金属粉末は、導電性に富むうえ、塗装作業時や燃料容器として使用時に水分や有機酸と反応せず安定であるので耐食性を阻害することがない。
【0034】金属粉末の形態は粒子状が好ましい。その平均粒子径が過度に小さくなると溶接性改善効果が小さいうえコストが高くなる。従ってその平均粒径は0.5μm以上とする。好ましくは3μm以上である。溶接性は金属粉末の粒子径を乾燥皮膜厚さよりもやや大きくした場合に最も優れるが、過度に大きくしすぎると成型加工時に複合皮膜から脱落しやすくなり、皮膜が剥離する場合があるのでよくない。従って金属粉末の平均粒径は15μm以下とする。好ましくは10μm以下である。
【0035】金属粉末の含有量が12%に満たない場合にはスポット溶接時に導通不良となり問題になる場合がある。これを避けるために金属粉末の含有量は、合計で12%以上とする。好ましくは15%以上である。金属粉末の含有量が合計で30%を超えると、スポット溶接性改善効果が飽和するうえ、成型時に金属粉末が脱落し、複合皮膜が損傷されるおそれがある。これを防止するためその含有量は30%以下とする。好ましくは25%以下である。
【0036】複合皮膜の残部は実質的に樹脂からなる。この場合の樹脂の主たる役割は、劣化ガソリンに含まれる腐食促進成分をめっき皮膜表面から遮蔽することと、金属粉末を保持するバインダーとしての作用にある。従って樹脂の種類としては、樹脂自体がガソリン成分に対して溶解、膨潤もしくは透過し難い性質を有するものがよい。特に、a.耐酸性、耐溶剤性に優れる、b.プレス成型時の皮膜密着性に影響する皮膜の延性が優れる、c.皮膜硬度が大きい、などの特性を有する樹脂が好ましい。さらには、皮膜の架橋密度が高い熱硬化性樹脂が熱可塑性樹脂よりも適している。
【0037】このような樹脂として、エポキシ系樹脂、アクリル系樹脂、ウレタン系樹脂、ポリエステル系樹脂、フェノール系樹脂、尿素樹脂、メラミン樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、アルキド樹脂、エボナイトなどが好適である。
【0038】樹脂の含有量は、複合皮膜の重量に対して40%以上がよい。40%に満たない場合にはバインダー効果が小さく皮膜密着性が低下する。より好ましくは50%以上である。その上限は、76%とするのがよい。これを超えて含有させると塩類やシアナミド亜鉛あるいは金属粉末の含有量が少なくなり耐食性や溶接性が損なわれることがあるので好ましくない。より好ましくは70%以下である。
【0039】残部が実質的に樹脂からなるとの意味は、複合皮膜には上記以外に、公知の着色顔料防錆顔料、架橋剤、等が合計で30%以下含有されていてもよいことを意味する。例えば、主となる樹脂に架橋剤を添加して架橋密度を高めることが一般的に行われているが、本発明においてもこれらの公知の処理をおこなっても構わない。
【0040】複合皮膜の厚さが3μmに満たない場合には耐食性がよくないので、その厚さは3μm以上とする。好ましくは5μm以上である。複合皮膜の厚さが15μmを超える場合にはスポット溶接性が損なわれることがあるので、その厚さは15μm以下とする。好ましくは10μm以下である。
【0041】本発明の表面処理鋼板の基本的な構成要件は上述のとおりであるが、めっき皮膜と複合皮膜との間に、反応型や塗布型のクロメート処理皮膜、燐酸亜鉛系や燐酸鉄系などの燐酸塩処理皮膜、シリケートや燐酸化合物を含有する樹脂皮膜からなるいわゆるノンクロメート処理皮膜などの公知の化成皮膜を備えさせても構わない。これらの処理皮膜を介在させれば、めっき皮膜と複合皮膜との密着性が向上し、表面処理鋼板としての耐食性がさらに改善される効果がある。
【0042】燃料容器に加工する場合には厳しい成形加工がなされる場合が多いため、特に容器外面になる鋼板表面は潤滑性がよいことが望ましい。従って、該表面には固形潤滑性皮膜を備えさせることもできる。潤滑性皮膜としては、その後の外面の塗装性を損なわないために、アルカリ脱脂等で除去できる脱膜型潤滑皮膜が好ましい。表面に防錆油を塗布したり、成形加工時に潤滑油を塗布するのも好適である。
【0043】本発明の製品の製造方法は任意である。母材のめっき方法としては、溶融めっき法、電気めっき法、蒸着めっき法などのいずれでもよい。高分子有機物をめっき皮膜に含有させる場合には電気めっき法でめっきするのがよい。その際の電気めっき浴は、酸性浴(例、硫酸塩浴、塩化物浴)およびアルカリ性浴(例、シアン化物浴)のいずれでもよいが、酸性浴、特に硫酸浴が好適である。めっき浴には、亜鉛源およびCo源を、これらの金属を含む硫酸塩、酢酸塩、炭酸塩の内のいずれかの塩として目標の組成となる量だけ含有させるのがよい。
【0044】めっき皮膜に高分子有機物を含有させるには、電気めっき浴に水溶性または水分散性を有する高分子有機物を含有させる。高分子有機物としては、でんぷんの構成要素であるアミロペクチンおよびでんぷんを加水分解して得られるデキストリン、デキストランの内のいずれか1種または2種以上を用いるのが好ましい。
【0045】次いで、上記樹脂と中和剤および上記金属粉末を含有する塗料組成物を上記めっき皮膜表面の少なくとも片面に塗布し、乾燥焼付けすればよい。これらの塗装作業は公知の塗装設備を用いておこなえばよい。
【0046】
【実施例】(実施例1)厚さが0.8mmの極低炭素鋼を用いた深絞り用冷延鋼板の両面に、Niを13%含有し、残部が実質的にZnよりなり、付着量が片面あたり30g/m2 であるZn系電気めっきを備えた電気めっき鋼板を作製した。この電気めっき鋼板の上に、Cr付着量が60mg/m2 である塗布型クロメート処理を施した鋼板試験片と、塗布型クロメート処理を施さない電気めっき鋼板試験片とを用意した。
【0047】数平均分子量が3×104 である熱硬化型ウレタン変性エポキシ樹脂に、中和剤としての平均粒子径5μmの、ホウ酸塩、炭酸塩およびシアナミド亜鉛からなる群の内の1種または2種と、平均粒径が10μmであるNi粉末とを種々の割合で混合した塗料を用意した。
【0048】上記の各試験片の片面に乾燥膜厚が8μmとなるように上記塗料を塗布し、230℃で50秒間焼き付けて複合皮膜を備えた表面処理鋼板を作製した。これらの表面処理鋼板の性能を以下に示す方法で評価した。
【0049】耐食性:試験片に後述する方法で深絞り成形を施して内面側に複合皮膜を備えた円筒を成形し、アルカリ脱脂して乾燥した。次いでこの円筒に、ギ酸を3000ppm含有する水溶液10ccと、ガソリン20ccとを入れて密閉し、50℃で20日間保持した。20日後に内部の液の濁り程度を、波長600nmの可視光線の透過度を紫外可視分光光度計を用いて測定した。濁りが発生することは有機酸によるめっき皮膜あるいは鋼板の腐食が進行していることを表す。透過度を下記の基準で評価し、試験片の耐食性を評価した。
【0050】
◎(極めて良好):透過度90〜100%、○(良好):80%以上、90%未満、△(不良):透過度60%以上、80%未満、×(極めて不良):透過度60%未満。
【0051】深絞り成形条件:ブランク直径:100mm、ポンチ直径:50mm、ポンチ肩半径:5mm、ダイ孔直径:52.5mm、ダイ肩半径:5mm、絞り高さ:25mm、潤滑油使用。
【0052】溶接性:複合皮膜を備えた表面処理鋼板2枚を、複合皮膜が合わせ面になるようにして重ね合わせた後、直径:5mm、先端形状:ドーム形の電極棒を使用し、加圧力:300kgf、通電時間:3Hz/60Hz、休止時間:2Hz/60Hz、電流13kA、の条件でスポット溶接した後、溶接部を切断し、切断面を顕微鏡を用いて観察し、接合状況を下記の基準で評価した。
【0053】
◎:欠陥が無く極めて良好、○:直径0.5mm未満のブローホールあるが良好、△:直径0.5mm以上のブローホールあり不良、×:未溶着部あり極めて不良。
【0054】密着性:上記の方法で深絞り成形し、アルカリ脱脂し乾燥した円筒の内壁面に粘着テープを貼り付け、粘着テープを引き剥がした後、複合皮膜または複合皮膜とめっき皮膜が剥離した面積率により密着性を評価した。また、円筒内外面の皮膜損傷状況を目視観察した。
【0055】
◎(極めて良好):剥離なし、○(良好):剥離面積率10%以下、△(不良):10%超え、30%以下、×(極めて不良):30%超え。
【0056】表1に試験に供した鋼板の複合皮膜組成と性能評価結果を示す。
【0057】
【表1】


【0058】表1からわかるように、本発明の規定する条件を満足する試験番号A5〜A14、A21〜A29では劣化ガソリンに対する耐食性、スポット溶接性および皮膜密着性がいずれも良好であった。クロメート処理を施したものは性能が特に良好であった。これに対し、Ni粉を含有しなかった試験番号A1、A2およびその含有量が12%に満たなかった試験番号A3、A4はスポット溶接性がよくなかった。試験番号A15〜A18は中和剤の含有量が少なすぎたために耐食性がよくなかった。試験番号A19、A20は中和剤と金属粉末の合計量が過剰であったために皮膜が損傷され剥離した。
【0059】(実施例2)厚さが0.8mmの極低炭素鋼を用いた深絞り用冷延鋼板を母材とするZn−55%Alめっき鋼板(めっき付着量:表裏面ともそれぞれ60g/m2 )に、金属Cr換算で付着量20mg/m2 に相当する厚さの反応型クロメート処理皮膜を設けた。容器内面用複合皮膜を設けるために、数平均分子量が2.5×104 である熱硬化型アミン変性エポキシ樹脂を乾燥後の皮膜重量に対して60%、Ni粉末(平均粒子径0.8μm)を乾燥後の皮膜重量に対して20%、炭酸ナトリウムまたはシアナミド亜鉛(平均粒子径はいずれの場合も5μm)を乾燥後の皮膜重量に対して20%となるように混合し分散させた塗料組成物を乾燥膜厚が2〜30μmとなるように塗布し、200℃で45秒間焼き付けた。得られた表面処理鋼板について、実施例1に記載したのと同様の方法で耐食性と溶接性を評価した。表2に試験に供した鋼板の複合皮膜の厚さと性能評価結果を示す。
【0060】
【表2】


【0061】表2からわかるように、複合皮膜の厚さが3μmに満たない場合には、劣化ガソリンに対する耐食性が十分ではなかった。他方、その厚さが15μmを超えた場合には溶接性が好ましくなかった。
【0062】(実施例3)各種の亜鉛系およびアルミニウム系めっき鋼板を準備し、通常の方法で脱脂処理した後、塗布型クロメート処理(金属Cr換算で付着量50mg/m2 )を施した。次いで、中和剤として、平均粒子径が8μmの炭酸マグネシウムを乾燥後の皮膜重量で20%、平均粒子径が11μmのNi粉末を乾燥後の皮膜重量で20%、残部が樹脂、架橋剤および酸化チタンからなる水系ポリエステル塗料を乾燥膜厚が10μmとなるように塗布し、150℃で20分間保持して焼き付けた。その後、カッターナイフを用いて鋼板素地に達する疵を複合皮膜につけ、JIS−Z2371に規定される方法に準じて塩水噴霧試験を240時間おこない、傷部からの皮膜膨れ幅を10倍ルーペで目視観察し、皮膜ふくれ幅が4mm未満の場合を燃料容器外面として良好な耐食性を備えるものと判断した。表3に得られた結果を示す。
【0063】
【表3】


【0064】表3に示すように、塩水噴霧試験結果は亜鉛系めっき鋼板を用いた場合が良好であった。特にZn−Coめっき鋼板を用いたものが優れていた。比較として評価したアルミニウムめっき(試験番号C10)およびアルミニウム合金めっき(試験番号C11)の場合は耐食性がよくなかった。
【0065】(実施例4)電気Znめっき鋼板(めっき付着量:表裏面それぞれ50g/m2 )に浸漬型燐酸亜鉛処理を両面にほどこし、付着量がそれぞれ2g/m2 の燐酸亜鉛皮膜を設けた。実施例2に記載したのと同様の熱硬化型アミン変性エポキシ樹脂と、中和剤としての種々の平均粒径のホウ酸カリウムまたはシアナミド亜鉛塩類と、金属粉末としての種々の平均粒径のステンレス鋼粉末とを混合、分散させて容器内面用塗料組成物を作製した。この塗料組成物を上記浸漬型燐酸亜鉛処理済みの電気Znめっき鋼板に塗布し、240℃で80秒間焼き付けた。得られた表面処理鋼板について、実施例1に記載したのと同様の方法で皮膜密着性と溶接性を評価した。表4に試験に供した鋼板の複合皮膜の厚さと性能評価結果を示す。
【0066】
【表4】


【0067】表4に示すように、中和剤の平均粒径が10μmを超えた番号D1〜3および金属粉末の平均粒径が15μmを超えた番号D10では、深絞り成形時に中和剤または金属粉末の脱落があり複合皮膜が損傷した。本発明の規定する条件範囲を満たすものはいずれも良好な結果であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 Zn系めっき皮膜の上に、平均粒径が0.5〜15μmのNi、Ni系合金、Cr、Cr系合金、Ni系ステンレス鋼およびCr系ステンレス鋼からなる金属粉末群の内の1種または2種以上を合計で12〜30重量%と、平均粒径が0.5〜10μmのホウ酸塩、炭酸塩およびアルカリ性顔料からなる中和剤群の内の1種または2種以上を合計で12重量%以上、かつ前記金属粉末との合計量が60重量%以下となる範囲で含有し、残部が実質的に樹脂からなる、厚さが3〜15μmの複合皮膜を備えたことを特徴とする燃料容器用表面処理鋼板。
【請求項2】 複合皮膜の構成要素である樹脂が、エポキシ系樹脂、アクリル系樹脂、ウレタン系樹脂、ポリエステル系樹脂、フェノール系樹脂、尿素樹脂、メラミン樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、アルキド樹脂、エボナイトの内のいずれかの樹脂からなることを特徴とする請求項1に記載の燃料容器用表面処理鋼板。
【請求項3】 Zn系めっき皮膜が、Coを0.2〜10重量%、高分子有機物を0.5〜5.0重量%含有し、残部が実質的にZnからなるものであることを特徴とする請求項1または2に記載の燃料容器用表面処理鋼板。

【公開番号】特開2000−248376(P2000−248376A)
【公開日】平成12年9月12日(2000.9.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平11−141373
【出願日】平成11年5月21日(1999.5.21)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】