説明

燃料系シール部材及び同部材用フッ素ゴム塗料組成物

【課題】滑り性を確保できるだけでなく、使用時の変形量が大きくても、滑性処理層と基材との界面剥離や滑性処理層の亀裂が発生しない燃料系シール部材を提供する。
【解決手段】
燃料キャップ用ガスケット11は、フッ素ゴムよりなる基材13と、基材13の表面に被覆された滑性処理層14とからなり、滑性処理層14が、フッ素ゴムよりなる母材15と、母材15の表面部に第1の粒子状固体潤滑剤16が溶融して形成された滑性薄膜17と、母材15及び滑性薄膜17に溶融せずに分散している第2の粒子状固体潤滑剤18とを含む。第1の粒子状固体潤滑剤16がテトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン系共重合体であり、第2の粒子状固体潤滑剤18が分子量30万以下のポリテトラフルオロエチレンである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料に接触することのあるガスケット(特に燃料キャップ用)、Oリング、パッキン、ダイヤフラム、弁等の燃料系シール部材と同部材用フッ素ゴム塗料組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年の燃料透過規制により、燃料キャップ用ガスケットは耐ガソリン透過性に優れたフッ素ゴムで形成されるようになってきた(特許文献1)。また、燃料キャップをフィラーネックに回して締める際に、ガスケットはフィラーネックのシール座面に対して摺動するが、フッ素ゴムはその際の滑り性が十分でないため、フッ素ゴムよりなる基材の表面に滑性処理層を被覆して滑り性を確保している。
【0003】
本願出願人は先に、滑性処理層として、固体潤滑剤(フッ素樹脂粉末等)、マトリックス(母材)としてウレタン系樹脂、及び、密着性改善剤として反応基結合アルキルトリアルコキシシラン系化合物(ATAS)(シランカップリング剤)を含有する水系エマルジョンである滑性処理剤の焼成塗膜を提案している(特許文献1)。ウレタン樹脂とATASとを組み合わせることにより、滑性処理層とフッ素ゴムとの密着性が増大する。その理由は、焼成時の熱硬化反応に伴うウレタン樹脂の強度向上及びATASとフッ素ゴム配合物薬剤との水素結合によるものと推定される。
【0004】
図8に示すように、自動車の燃料キャップ1に装着されるガスケット51の多くは、断面略C字形状のリングであり、その短いリップ52が使用時にフィラーネック2に押し付けられるときの変形量は例えば2mm程度と小さい。このようなガスケット51については、上記のフッ素ゴムよりなる基材の表面にウレタン系樹脂を母材とする滑性処理層を被覆したものを用いても、特に問題はない。
【0005】
ところが、近年、燃料キャップ1の着脱トルク等の操作性やシール性等を考慮して、ガスケット51を図9に示すように断面略J字形状のリングとし、その長いリップ52が使用時にフィラーネック2に押し付けられるときの変形量が例えば4.5mm程度と従来の2倍程度あるものが開発されている。このようなガスケット51に、上記のフッ素ゴムよりなる基材の表面にウレタン系樹脂を母材とする滑性処理層を被覆したものを用いると、界面剥離、亀裂等の問題が生じる。図10は表面部の拡大断面図である。
【0006】
図10において53はフッ素ゴムよりなる基材、54は滑性処理層を指し、滑性処理層54はシランカップリング剤55、母材56としてのウレタン樹脂、及び固体潤滑剤57としてのフッ素樹脂(ポリテトラフルオロエチレン、以下PTFE)粉末からなる。図9(a)のようにガスケット51がフィラーネック2に触れた状態から、燃料キャップ1がねじ込まれて、図9(b)のようにガスケット51がフィラーネック2に押し付けられると、特に大きく屈曲変形して表面歪みの大きいリップ52の基部の外表面で、滑性処理層54と基材53との界面剥離58や、滑性処理層54の亀裂59が発生し、滑り性やシール性が低下するおそれがある。
【0007】
界面剥離の理由は、ウレタン系樹脂を母材56とする滑性処理層54では、シランカップリング剤55を用いたとしても、フッ素ゴムよりなる基材53に対する密着性が未だ十分ではなく、また燃料膨潤性に劣るためと考えられる。亀裂の理由は、ウレタン系樹脂を母材56とする滑性処理層54では、伸びが十分ではなく(本発明者の試験では45%程度)、また燃料膨潤性に劣るためと考えられる。
【0008】
なお、特許文献2には、フッ素ゴム水性塗料において、フッ素ゴムにフッ素樹脂(PTFE等)を配合すること、そしてそのフッ素樹脂がフッ素ゴム塗膜の表面に集まることが記載されている。また、特許文献3には、フッ素ゴム塗料組成物において、フッ素ゴムにフッ素樹脂(PTFEと溶融性フッ素樹脂(テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン系共重合体、以下FEP等)との組み合わせ)を配合すること、そしてその塗料を燃料系に用いることが記載されている。
【特許文献1】特開2004−60819公報
【特許文献2】特開昭57−135871号公報
【特許文献3】国際公開WO00/56825号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、本発明の目的は、滑り性を確保できるだけでなく、使用時の変形量が大きくても、滑性処理層と基材との界面剥離や滑性処理層の亀裂が発生しない燃料系シール部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記の課題を解決するために、次の手段を採ったものである。
【0011】
フッ素ゴムよりなる基材と、前記基材の表面に被覆された滑性処理層とからなり、前記滑性処理層が、フッ素ゴムよりなる母材と、前記母材の表面部に第1の粒子状固体潤滑剤が溶融して形成された滑性薄膜と、前記母材及び前記滑性薄膜に溶融せずに分散している第2の粒子状固体潤滑剤とを含む燃料系シール部材。
【0012】
同手段における各要素の態様を、次に例示する。
【0013】
1.燃料系シール部材
燃料系シール部材の具体的製品としては、特に限定されないが、ガスケット(特に燃料キャップ用)、Oリング、パッキン、ダイヤフラム、弁等を例示することができる。
【0014】
2.基材
基材のフッ素ゴム(FKM)としては、特に限定されないが、フッ化ビニリデン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(VDF−HFP系)、フッ化ビニリデン−ヘキサフルオロプロピレン−テトラフルオロエチレン三元共重合体(VDF−HFP−TFE系)、フッ化ビニリデン−パーフルオロアルキルビニルエーテル−テトラフルオロエチレン共重合体(VDF−PAVE−TFE変性系)、テトラフルオロエチレン−パーフルオロビニルエーテル共重合体(含フッ素ビニルエーテル系)等を例示することができる。これらのうちで、耐寒性に優れたVDF−PAVE−TFE変性系のものが望ましい。
【0015】
これらのフッ素ゴムの加硫系としては、特に限定されないが、ポリアミン加硫系、ポリオール加硫系、過酸化物加硫系等を例示できる。また、このフッ素ゴムには、フッ素ゴムと相溶性が良好な他のゴムをフッ素ゴムの特性を損なわない範囲で配合してもよいし、公知のゴム配合物(補強剤、無機充填剤、軟化剤、老化防止剤、加工助剤、加硫促進剤、有機過酸化物、架橋助剤、着色剤、分散剤、難燃剤等)を適宜配合することができる。
【0016】
3.滑性処理層
3−1.母材のフッ素ゴム
母材のフッ素ゴム(FKM)としては、特に限定されないが、フッ化ビニリデン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(VDF−HFP系)、フッ化ビニリデン−ヘキサフルオロプロピレン−テトラフルオロエチレン三元共重合体(VDF−HFP−TFE系)等を例示することができ、これらのうちで耐燃料油性に優れたフッ化ビニリデン−ヘキサフルオロプロピレン−テトラフルオロエチレン三元共重合体(VDF−HFP−TFE系)等の三元フッ素ゴムが好ましい。母材にフッ素ゴムを使用するのは、フッ素ゴムよりなる基材との密着性が向上し、また燃料膨潤性に優れるためである。もって、燃料系シール部材の使用時の変形量が大きくても、滑性処理層と基材との界面剥離や滑性処理層の亀裂が発生しなくなる。
【0017】
また、母材材料には、硬化剤を添加することが好ましい。後述するとおり、第1の粒子状固体潤滑剤と第2の粒子状固体潤滑剤の表面移行を促進するからである。硬化剤としては、特に限定されないが、アミン系、パーオキサイド系、ポリオール系加硫剤等を例示することができる。硬化剤の添加量は、特に限定されないが、母材100質量部に対して5〜20質量部が好ましい。硬化剤の添加量が多いほど、表面移行を促進するが、過多になると伸びを低下させる。さらに、母材材料には、フッ素ゴムと相溶性が良好な他のゴムを基材との密着性を損なわない範囲で配合してもよいし、公知のゴム配合物を適宜配合することができる。
【0018】
3−2.第1の粒子状固体潤滑剤
第1の粒子状固体潤滑剤としては、(例えば母材のフッ素ゴムを焼成する際に)溶融可能な粒子状固体潤滑剤であれば特に限定されず、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン系共重合体(FEP)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン/パーフルオロアルキルビニルエーテル(PFVE)共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン−エチレン共重合体(ETFE)等のフッ素樹脂をはじめ、(超)硬質ポリエチレン(PE)、ポリアミド(ナイロン)等を例示することができ、これらのうちで融点が低く摺動性に優れたFEPが好ましい。
【0019】
第1の粒子状固体潤滑剤の粒子径は、特に限定されないが、0.1〜1μmが好ましい。0.1μm未満でも1μmを越えても、均一分散性が低下する。第1の粒子状固体潤滑剤の配合量は、特に限定されないが、母材100質量部に対して50〜200質量部が好ましい。50質量部未満では、滑性薄膜が形成されにくく、200質量部を越えると、均一塗装性が低下する。
【0020】
3−3.第2の粒子状固体潤滑剤
第2の粒子状固体潤滑剤としては、第1の粒子状固体潤滑剤より融点の高い(不融性を含む)粒子状固体潤滑剤であれば特に限定されず、PTFE、PFA等のフッ素樹脂をはじめ、二硫化モリブデン、窒化ホウ素、フッ化黒鉛、二硫化タングステンなどの無機系を例示することができる(「化学便覧応用編改訂3版」(昭55−3−15)、丸善、p.965参照)。
【0021】
第2の粒子状固体潤滑剤の粒子径は、特に限定されないが、0.1〜1μmが好ましく、0.2〜0.3μmが特に好ましい。0.1μm未満でも1μmを越えても、分散性が低下する。第2の粒子状固体潤滑剤の配合量は、特に限定されないが、下記ディスパージョンを除く乾燥質量の比較で、母材100質量部に対して、5〜30質量部が好ましい。5質量部未満では、表面部の滑性薄膜における分散量が過少となり、30質量部を越えると、均一塗装性が低下する。
【0022】
3−4.第1の粒子状固体潤滑剤と第2の粒子状固体潤滑剤との組み合わせ
相対的に融点の低い第1の粒子状固体潤滑剤と融点の高い第2の粒子状固体潤滑剤との組み合わせであれば特に限定されず、例えば上記例示のものを適宜組み合わせることができるが、第1の粒子状固体潤滑剤がFEPであり、第2の粒子状固体潤滑剤がPTFEであることが好ましい。
【0023】
さらに、本発明におけるPTFEにおいては、低分子量PTFE、特に分子量30万以下のPTFEであることが好ましい。分子量30万以下のPTFEを使用した場合には、母材及び滑性薄膜中に均一に分散するため、次の作用効果が得られる。
(1)塗料バラツキが少なく、安定した滑性処理層が得られるため、製品の摩擦トルクが安定する(例えば、均一分散しないと、局部的にFEPが現れて、摩擦トルクが上がる)。
(2)塗装性が安定する(スプレーにて基材表面に吹きかける為、均一の塗料が好ましい)。
本発明におけるPTFEの分子量は、粒子状PTFEによりサンプル成形品を成形し、そのサンプル成形品の比重SSG(standard specific gravity)を測定し、その比重SSGを次の知られた関係式にあてはめて推定した数平均分子量(Mx)である。
SSG=−0.0579logMx+2.6113
同関係式は例えば書籍「ふっ素樹脂ハンドブック」36頁(編者:里川孝臣、発行所:日刊工業新聞社、1990年11月30日初版1刷発行)に記載されている。
【0024】
4.滑性処理層を被覆する基材の表面
滑性処理層を被覆する基材の表面は、使用時に相手部材に対して摺動する部位の表面のみでもよいし、さらに他の部位の表面にかかってもよいし、基材の全表面でもよい。
【0025】
5.滑性処理層材料(フッ素ゴム塗料組成物)及びその塗布方法
上記燃料系シール部材用の滑性処理層材料としてのフッ素ゴム塗料組成物は、フッ素ゴムよりなる母材と、溶融加工可能なフッ素樹脂である第1の粒子状固体潤滑剤と、分子量30万以下のポリテトラフルオロエチレンである第2の粒子状固体潤滑剤とを含む。基材への滑性処理層材料の塗布方法は、特に限定されないが、スプレー塗布、浸漬塗布、刷毛塗り等を例示することができる。
【0026】
6.滑性処理層材料の焼成
焼成温度は、第1の粒子状固体潤滑剤の融点より高く且つ第2の粒子状固体潤滑剤の融点より低ければ特に限定されないが、第1の粒子状固体潤滑剤の融点より10℃以上(温度差分)高く且つ第2の粒子状固体潤滑剤の融点より10℃以上(温度差分)低い温度が好ましい。焼成温度を第1の粒子状固体潤滑剤の融点より高くするのは、第1の粒子状固体潤滑剤を溶融(その後冷却固化)させて基材の表面に滑性処理層を形成するためであり、焼成温度第2の粒子状固体潤滑剤の融点より低くするのは、第2の粒子状固体潤滑剤を溶融させず粒子状のままで分散させるためである。第1の固体潤滑剤としてFEP(融点は240〜270℃)、第2の粒子状固体潤滑剤としてPTFE(融点は320〜350℃)を用いた場合、用いたFEPの融点より10℃以上高く且つ用いたPTFEの融点より10℃以上低くなるように焼成温度を適宜設定することが好ましい。
【0027】
焼成時間は、焼成温度により異なるが、例えば5〜60分程度が好ましい。
【0028】
7.第1の粒子状固体潤滑剤の表面移行
母材の表面部に第1の粒子状固体潤滑剤が溶融して形成された滑性薄膜が形成される。この状態は、本発明の製造方法を実施する際に自然に形成されるが、そのメカニズムは次のようなものであると推定される。すなわち、基材の表面に塗布した滑性処理層材料を前記焼成温度で焼成する初期に、母材材料としてのフッ素ゴムは、厚さ方向の粘度勾配ができ、基材側で粘度が高くなり、表面側で粘度が低くなる。すると、第1の粒子状固体潤滑剤は、粘度の低い表面側に移行し、表面部で分散濃度が高くなり、内部ほど分散濃度が低くなる。この表面移行状態で焼成が進むと、表面部の第1の粒子状固体潤滑剤が溶融して滑性薄膜を形成するのである。
【0029】
8.滑性処理層の厚さ
滑性処理層の厚さ(焼成後)は、特に限定されないが、3〜40μmが好ましく、5〜22μmがより好ましい。3μm未満では、滑性処理層の摩耗が早くなり、40μmを越えると、滑性処理層にひび割れや亀裂が発生しやすくなるからである。
【0030】
9.滑性処理層の伸び
滑性処理層の伸びは、60%以上であることが好ましい。
【発明の効果】
【0031】
本発明の燃料系シール部材及び同部材用フッ素ゴム塗料組成物によれば、滑り性を確保できるだけでなく、使用時の変形量が大きくても、滑性処理層と基材との界面剥離や滑性処理層の亀裂が発生しないという効果を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
図1に示す燃料系シール部材としての燃料キャップ用ガスケットは、フッ素ゴムよりなる基材と、基材の表面に被覆された滑性処理層とからなり、滑性処理層が、フッ素ゴムよりなる母材と、母材の表面部に第1の粒子状固体潤滑剤が溶融して形成された滑性薄膜と、母材及び滑性薄膜に溶融せずに分散状している第2の粒子状固体潤滑剤とを含む。
【0033】
この燃料キャップ用ガスケットは、フッ素ゴムよりなる基材の表面に、母材材料としてのフッ素ゴムに相対的に融点の低い第1の粒子状固体潤滑剤と融点の高い第2の粒子状固体潤滑剤とを配合してなる滑性処理層材料を塗布した後、第1の粒子状固体潤滑剤の融点より高く且つ第2の粒子状固体潤滑剤固体潤滑剤の融点より低い焼成温度で滑性処理層材料を焼成することにより、基材の表面に滑性処理層を形成して製造される。
【0034】
好ましくは、第1の粒子状固体潤滑剤がFEPであり、第2の粒子状固体潤滑剤が分子量30万以下のPTFEであり、FEPの融点より10℃以上(温度差分)高く且つPTFEの融点より10℃以上(温度差分)低くなるように焼成温度を適宜設定できる。滑性処理層の伸びは60%以上である。
【実施例】
【0035】
以下、本発明を自動車の燃料キャップ用ガスケットに具体化した実施例について説明する。図1〜図6に示す実施例は、変形量の大きい断面略J字形状のリングに具体化したものである。すなわち、このガスケット11は、その長いリップ12が使用時にフィラーネック2に押し付けられるときの変形量が例えば4.5mm程度と大きいものである。
【0036】
このガスケット11は、フッ素ゴムよりなる基材13と、基材13のうち燃料キャップ1に接する部位からリップ12の外側にかかる部位の表面に被覆された厚さ約12μmの滑性処理層14とからなる。図3(b)に示すように、滑性処理層14は、フッ素ゴムよりなる母材15と、母材15の表面部に第1の粒子状固体潤滑剤16が溶融して形成された滑性薄膜17と、母材15及び滑性薄膜17に溶融せずに分散状している第2の粒子状固体潤滑剤18とを含む。第1の粒子状固体潤滑剤16はFEPであり、第2の粒子状固体潤滑剤18が分子量30万以下のPTFEである。第2の粒子状固体潤滑剤18は、母材15よりも滑性薄膜17に分散している。滑性処理層14の伸びは60%以上である。
【0037】
このガスケット11は、次のステップ(工程)を経て製造されたものである。
【0038】
1.基材の成形ステップ
下記の配合処方のフッ素ゴム組成物を用いて、図1及び図2に示すガスケット11の基材13を成形し加硫した。
VDF−PAVE−TFE変性系FKM 100質量部
MTブラック 13質量部
水酸化カルシウム(Ca(OH)2 ) 3質量部
有機過酸化物(ハイドロパーオキサイド) 3質量部
架橋助剤 2質量部
【0039】
2.滑性処理層材料の塗布ステップ
前記基材13の表面に、下記の配合処方をさらにエマルジョン化してなる滑性処理層材料(フッ素ゴム塗料組成物)をスプレー塗布した。
VDF−HFP−TFE系FKM 100質量部
アミン硬化剤 7質量部
粒子状FEP(融点270℃) 120質量部
分子量30万以下の粒子状PTFE(融点330℃) 11質量部
【0040】
3.滑性処理層材料の焼成ステップ
前記塗布後のガスケット11を加熱槽に入れ、FEPの融点より高く且つPTFEの融点より低い焼成温度300℃で10分、滑性処理層材料を焼成することにより、滑性処理層14を形成した。この焼成の初期に、前述したメカニズムにより、図3(a)に示すように、第1の粒子状固体潤滑剤16(FEP)と第2の粒子状固体潤滑剤18(分子量30万以下のPTFE)は共に、粘度の低い表面側に移行する。そして焼成が進むと、図3(b)に示すように、母材15の表面部に第1の粒子状固体潤滑剤16が溶融して形成された滑性薄膜17が形成され、また、第2の粒子状固体潤滑剤18は、母材15よりも滑性薄膜17に多く分散し、滑性薄膜17の表面を粗面にする。焼成後のガスケット11は加熱槽から取り出し、自然冷却した。
【0041】
以上のように構成されたガスケット11は、図1及び図2に示すように、燃料キャップ1に取り付けられる。そして使用時には、図1(a)のようにガスケット11がフィラーネック2に触れた状態から、燃料キャップ1がねじ込まれて、図1(b)のようにガスケット11がフィラーネック2に押し付けられる。このとき、滑性処理層14によりフィラーネック2に対する滑り性を確保できる。また、前記押しつけにより、リップ12は大きく屈曲変形するが、特に表面歪みの大きいリップ12の基部の外表面においても、滑性処理層14と基材13との界面剥離や、滑性処理層14の亀裂は発生しない。
【0042】
界面剥離が発生しない理由は、フッ素ゴムを母材15とする滑性処理層14は、フッ素ゴムよりなる基材13に対する密着性が十分に高く、また燃料膨潤性に優れるためと考えられる。亀裂が発生しない理由は、フッ素ゴムを母材15とする滑性処理層14は、伸びが十分に高く、また燃料膨潤性に優れるためと考えられる。
【0043】
[顕微鏡観察]
こうして得られたガスケット11の表面部を走査型電子顕微鏡(SEM)により1万倍にて観察した結果、図4に示すように、コーティング層(滑性処理層)の表面部にFEPが溶融して形成された滑性薄膜が形成されていることが確認された。また、滑性処理層の母材中に粒子が認められるが、それがFEPと分子量30万以下のPTFEのいずれであるのかはSEMでは判別できない。母材中に分散する粒子状FEPは焼成時に溶融するが粒子の形態のまま硬化するものも多いため、溶融せずに粒子のままでいる分子量30万以下の粒子状PTFEと、外観的には判別できないからである。
【0044】
[摩擦トルク測定]
図5に示すように、燃料キャップを模した雄ネジのないキャップ体21にガスケット11を装着し、キャップ体とともにガスケットをフィラーネックを模した雌ネジのないパイプのネック部22に100Nの力で押し付けながら回転速度30°/分で回転させ、そのときの摩擦トルクを測定した。また、上記のとおり300℃で焼成したものの他、250℃で焼成したものと350℃で焼成したものについても測定した。前記配合処方のとおり、使用した粒子状FEPの融点は270℃であり、分子量30万以下の粒子状PTFEの融点は330℃である。この測定結果を図6及び表1に示す。
【0045】
【表1】

【0046】
250℃又は350℃で焼成したものでも、現在要求されている摩擦トルクの規格は満足しているが、300℃で焼成したものは、摩擦トルクが1.19(@100N)[N・m]で特に摺動性に優れるものであった。これは、前記のとおり粒子状FEPが溶融して滑性薄膜を形成し、粒子状PTFEが溶融せずに表面部に粗面を形成し、接触面積が小さく、PTFEの動摩擦係数も小さいためであると考えられる。
【0047】
[追加測定]
次に、前記ガスケットとは別のテストピースを作成して、剥離強度と滑り性(動摩擦係数)と伸びとを測定した。
【0048】
(1)剥離強度
前記実施例と同じ配合処方のフッ素ゴム組成物を用いて、厚さ2mmのゴムシートを成形し加硫した。前記配合処方のとおり、使用した粒子状FEPの融点は270℃であり、分子量30万以下の粒子状PTFEの融点は330℃である。加硫後のゴムシートの表面に、前記実施例と同じ配合処方のフッ素ゴムを母材とする滑性処理層材料をスプレー塗布した。塗布後のゴムシートを加熱槽に入れ、焼成温度300℃で10分、滑性処理層材料を焼成することにより、厚さ50μmの滑性処理層を形成した。焼成後のゴムシートから幅5mm×長さ50mmのテストピースを打ち抜き、引張試験機にかけて引張速度50mm/分で剥離試験を行った。また比較例として、同じ加硫後のゴムシートの表面に、特許文献1の実施例に記載されたウレタン系樹脂を母材とする滑性処理剤を塗布してこれを焼成し、厚さ50μmの滑性処理層を形成し、同様のテストピースを打ち抜いて剥離試験を行った。これらの試験結果を表2に示す。ウレタン系樹脂を母材とする滑性処理層に対し、フッ素ゴムを母材とする滑性処理層の方が約3倍の剥離強度が得られた。
【0049】
【表2】

【0050】
(2)滑り性(動摩擦係数)
前記剥離試験の試験例と同様の加硫後のゴムシートの表面に、分子量30万以下の粒子状PTFEの配合量を段階的に変えた以外は前記実施例と同じ配合処方のフッ素ゴムを母材とする滑性処理層材料をスプレー塗布し、これを同様に焼成した。前記配合処方のとおり、使用した粒子状FEPの融点は270℃であり、分子量30万以下の粒子状PTFEの融点は330℃である。焼成後のゴムシートから幅50mm×長さ150mmのテストピースを打ち抜き、その上で分銅を載せた時計皿(分銅と時計皿とで合計220g)を引張試験機にかけて引張速度200mm/分で摺動させ、動摩擦係数を測定した。この試験結果を表3に示す。表3の分子量30万以下の粒子状PTFEの配合量は、母材100質量部に対する質量部である。分子量30万以下の粒子状PTFEの配合がなくても、FEPによる滑性薄膜により十分に低い動摩擦係数が得られたが、分子量30万以下の粒子状PTFEを配合しその配合量が増すほど動摩擦係数はさらに低下し、極めて優れた滑り性が得られた。
【0051】
【表3】

【0052】
(3)伸び
アルミニウム薄膜の表面に、前記実施例と同じ配合処方のフッ素ゴムを母材とする滑性処理層材料を多数回スプレー塗布し、焼成温度を段階的に変えた以外は前記実施例と同様に焼成することにより、厚さ50μmの滑性処理層を形成した。アルミニウム薄膜より剥がした滑性処理層から、JIS6号ダンベルを打ち抜き、引張試験機にかけて引張速度50mm/分で伸びを測定した。前述したとおり、従来のウレタン系樹脂を母材とする滑性処理層では伸びが45%程度しかなかったのに対し、焼成温度300で伸びは96%と大きくなった。
【0053】
なお、本発明は前記実施形態に限定されるものではなく、発明の趣旨から逸脱しない範囲で適宜変更して具体化することもできる。
(1)本発明は各種形状のガスケットに具体化でき、例えば、図7に示す変形量の小さい断面略C字形状のリングにも使用できる。
【0054】
(2)また、ガスケットのみならず、本発明は、図11に示すように、燃料キャップ1のガスケットより内側に存在する圧力調整弁装置の弁体(バルブ)21にも適用できる。すなわち、弁体21を、前記実施例と同じくフッ素ゴムよりなる基材13と、基材13の表面に被覆された前記構成の滑性処理層14とから構成することができる。この弁体21は、燃料キャップ1に取り付けられる取付部22と、弁座3に対し当接してシールするシール部23とからなり、特にシール部23ないしシール部23と取付部22との境界部は屈曲が繰り返される。このとき、シール部23と弁座3との界面での摺動性が高い方が、前記屈曲が繰り返される部位における応力を緩和することができる。よって、本発明を適用することによる前記効果(滑り性、剥離・亀裂防止)は有用である。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本発明の実施例の燃料キャップ用ガスケットを示し、(a)は変形前の断面図、(b)は変形後の断面図である。
【図2】同ガスケットを取り付けた燃料キャップの断面図である。
【図3】(a)は同ガスケットの焼成初期の表面部拡大断面図、(b)は同ガスケットの焼成後の表面部拡大断面図である。
【図4】同ガスケットの表面部の顕微鏡写真である。
【図5】同ガスケットの摩擦トルク測定方法を示す説明図である。
【図6】摩擦トルクの測定結果を示すグラフである。
【図7】別例のガスケットを取り付けた燃料キャップの断面図である。
【図8】従来例のガスケットを取り付けた燃料キャップの断面図である。
【図9】(a)は同ガスケットの変形前の断面図、(b)は変形後の断面図である。
【図10】同ガスケットの表面部拡大断面図である。
【図11】本発明を適用した燃料キャップの圧力調整弁装置の弁体を示す断面図である。
【符号の説明】
【0056】
1 燃料キャップ
2 フィラーネック
11 ガスケット
12 リップ
13 基材
14 滑性処理層
15 母材
16 第1の粒子状固体潤滑剤
17 滑性薄膜
18 第2の粒子状固体潤滑剤
21 弁体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ素ゴムよりなる基材と、前記基材の表面に被覆された滑性処理層とからなり、前記滑性処理層が、フッ素ゴムよりなる母材と、前記母材の表面部に第1の粒子状固体潤滑剤が溶融して形成された滑性薄膜と、前記母材及び前記滑性薄膜に溶融せずに分散している第2の粒子状固体潤滑剤とを含む燃料系シール部材。
【請求項2】
前記第1の粒子状固体潤滑剤がテトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン系共重合体であり、前記第2の粒子状固体潤滑剤がポリテトラフルオロエチレンである請求項1記載の燃料系シール部材。
【請求項3】
前記第2の粒子状固体潤滑剤が分子量30万以下のポリテトラフルオロエチレンである請求項1又は2記載の燃料系シール部材。
【請求項4】
フッ素ゴムよりなる母材と、溶融加工可能なフッ素樹脂である第1の粒子状固体潤滑剤と、分子量30万以下のポリテトラフルオロエチレンである第2の粒子状固体潤滑剤とを含む請求項1〜4のいずれか一項に記載の燃料系シール部材用フッ素ゴム塗料組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−146096(P2007−146096A)
【公開日】平成19年6月14日(2007.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−380604(P2005−380604)
【出願日】平成17年12月29日(2005.12.29)
【出願人】(000241463)豊田合成株式会社 (3,467)
【出願人】(000002853)ダイキン工業株式会社 (7,604)
【Fターム(参考)】