説明

燃料電池の前処理方法

【課題】酸化物系触媒を有する燃料電池において発電性能を損なうことなくエージングを行うことのできる技術を提供する。
【解決手段】燃料電池スタック300の起動時に、改質部40に原燃料を供給し、水素リッチな改質ガスを生成する。CO変成部46およびCO除去部48により、改質部40で生成した改質ガスのCO濃度を低下させた後、燃料用湿熱交換器60を用いて改質ガスを過加湿状態とする。過加湿状態となった改質ガスを燃料電池スタック300のアノード322に供給する。一方、酸化剤用湿熱交換器70を用いて過加湿状態とした空気が燃料電池スタック300のカソード324に供給される。この状態で、アノード322とカソード324との間を一定電圧に保ち、アノード322とカソード324との間に流れる電流が収束するまで改質ガスおよび空気の供給を続ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素と酸素の電気化学反応により発電する燃料電池に関する。特に、本発明は、燃料電池の起動時に行う前処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、エネルギー変換効率が高く、かつ、発電反応により有害物質を発生しない燃料電池が注目を浴びている。こうした燃料電池の一つとして、100℃以下の低温で作動する固体高分子形燃料電池が知られている。
【0003】
固体高分子形燃料電池は、電解質膜である固体高分子膜をアノード(燃料極)とカソード(空気極)との間に配した基本構造を有し、アノードに水素を含む燃料ガス、カソードに酸素を含む酸化剤ガスを供給し、以下の電気化学反応により発電する装置である。
アノード:H→2H+2e ・・・(1)
カソード:1/2O+2H+2e→HO ・・・(2)
【0004】
アノードおよびカソードは、それぞれ触媒層とガス拡散層が積層した構造からなる。各電極の触媒層が固体高分子膜を挟んで対向配置され、膜電極接合体が構成される。触媒層は、触媒を担持した炭素粒子がイオノマーにより結着されてなる層である。ガス拡散層は酸化剤ガスや燃料ガスの通過経路となる。
【0005】
アノードにおいては、供給された燃料中に含まれる水素が上記式(1)に示されるように水素イオンと電子に分解される。このうち水素イオンは固体高分子電解質膜の内部を空気極に向かって移動し、電子は外部回路を通って空気極に移動する。一方、カソードにおいては、カソードに供給された酸化剤ガスに含まれる酸素が燃料極から移動してきた水素イオンおよび電子と反応し、上記式(2)に示されるように水が生成する。このように、外部回路では燃料極から空気極に向かって電子が移動するため、電力が取り出される(特許文献1参照)。
【0006】
触媒層に用いられる触媒として白金触媒が知られている。触媒層に白金触媒を含む燃料電池では、発電時の膜電極接合体の抵抗を下げるために、アノード(燃料極)およびカソード(空気極)にそれぞれ加湿ガスが起動時に供給され、慣らし運転(エージング)が行われている。具体的には、アノードからカソードにプロトン伝導、水移動を引き起こすことで、膜電極接合体の発電性能の向上が図られている。
【0007】
一方、近年、TaCNOなどの酸化物系触媒を触媒層に用いる技術の開発が進められている。酸化物系触媒は白金触媒に比べて安価であるため、燃料電池の製造コストの低減を図ることができる。なお、本発明における酸化物系触媒とは、少なくとも、Ta、Nb、Zr、Ti等のIV族又はV族の金属を含む炭化物、窒化物、炭窒化物を部分酸化した触媒をいう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2002−203569号公報
【特許文献1】特開平06−196187公報
【特許文献2】特開2004−349050号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
酸化物系触媒は、還元雰囲気下では部分酸化の状態が変化する傾向にあり、酸化物系触媒を有する燃料電池において、白金触媒を有する燃料電池と同様な手法でエージングを行うと、酸化物系触媒は還元雰囲気下に晒されることになり、十分な発電性能を得ることができないという問題が生じる。
【0010】
本発明はこうした課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、酸化物系触媒を有する燃料電池において発電性能を損なうことなくエージングを行うことができる技術の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明のある態様は、電解質膜と、前記電解質膜の一方の面に形成され、プロトン伝導体および酸化物系触媒を含むカソード触媒層と、前記電解質膜の他方の面に形成されたアノード触媒層とを含む膜電極接合体を有する燃料電池の前処理方法であって、アノード触媒層に過加湿状態の水素含有ガスを供給し、カソード触媒層に過加湿状態の酸化剤ガスを供給することを特徴とする。
【0012】
本発明の他の態様は、電解質膜と、前記電解質膜の一方の面に形成され、プロトン伝導体および酸化物系触媒を含むカソード触媒層と、電解質膜の他方の面に形成されたアノード触媒層とを含む膜電極接合体を有する燃料電池の前処理方法であって、アノード触媒層に飽和加湿状態の水素含有ガスを供給し、カソード触媒層に飽和加湿状態の酸化剤ガスを供給することを特徴とする。
【0013】
上述したいずれかの態様の燃料電池の前処理方法によれば、酸化物系触媒を触媒層に有する燃料電池において発電性能を損なうことなくエージングを行うことができる。
【0014】
上記態様の燃料電池の前処理方法において、水素含有ガスおよび酸化剤ガスの露点温度が、セル温度以上であってもよい。また、水素含有ガスの水素含有量が50質量%以上であってもよく、前記酸化剤ガスの酸素含有量が10質量%以上であってもよい。燃料電池の出力電圧を一定に保持した状態で、燃料電池に流れる電流密度の上昇率が10mA/(cm・30分)になるまで、水素含有ガスおよび酸化剤ガスを供給してもよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、酸化物系触媒を触媒層に有する燃料電池において発電性能を損なうことなくエージングを行うことのできる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】実施の形態に係る燃料電池システムの全体構成を示す概略図である。
【図2】実施の形態に係る燃料電池の構造を模式的に示す斜視図である。
【図3】図2のA−A線上の断面図である。
【図4】実施例の前処理方法を実施した際の電流密度の時間変化を示すグラフである。
【図5】エージング時間とセルインピーダンスの関係を示すグラフである。
【図6】比較例に係るエージング方法を実施した場合の電圧の時間変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態を図面を参照して説明する。なお、すべての図面において、同様な構成要素には同様の符号を付し、適宜説明を省略する。
【0018】
(実施の形態)
図1は、第1の実施の形態に係る燃料電池システム10の全体構成を示す概略図である。なお、図1の概略図は、主に各構成の機能やつながりを模式的に示した図であり、各構成の位置関係または配置を限定するものではない。
【0019】
燃料電池システム10は、主な構成として、改質部40、CO変成部46、CO除去部48、燃料電池スタック300、燃料用湿熱交換器60、酸化剤用湿熱交換器70、コンバータ90、インバータ92、制御部200を有する。
【0020】
改質部40には、水処理装置42で水処理が施された上水が改質用水として供給される。水処理装置42は、逆浸透膜とイオン交換樹脂を用いて上水からの水を水処理する。水処理装置42で水処理が施された水は、改質部40における水蒸気改質に用いられる。
【0021】
燃料電池スタック300で未反応のまま排出される改質ガスである電池オフガスは、気液分離装置44を経由して改質部40に送られる。気液分離装置44において、電池オフガスの気体成分のみが取り出されて改質部40に送られ、バーナの燃料に用いられる。また、気液分離装置44は、電池オフガスと改質用水とが熱交換可能な熱交換機能を兼ね備え、電池オフガスの熱により改質用水が加熱される。
【0022】
改質部40によって生成された改質ガスはCO変成部46に供給される。CO変成部46では、シフト反応により一酸化炭素が水素に変成される。これにより、水素濃度が高められるとともに、CO濃度が1%程度まで低減される。
【0023】
CO変成部46によりCO濃度が低減された改質ガスは、CO除去部48に供給される。CO除去部48では、CO選択酸化触媒を用いたCO酸化反応によりCO濃度が10ppm以下に低減される。なお、CO変成部46によりCO濃度が低減された改質ガスには、CO酸化反応に必要な空気が供給される。
【0024】
CO除去部48によりCO濃度がさらに低下した改質ガスは、燃料用湿熱交換器60に送られる。燃料用湿熱交換器60は、制御部200の指示にしたがって、タンクに貯留された水を用いて改質ガスをバブリングすることにより、改質ガスの湿度および温度を調節する。燃料用湿熱交換器60によって加湿および加温された改質ガスは、燃料電池スタック300のアノード322に供給される。
【0025】
一方、外部からとりこまれた空気は、まず、酸化剤用湿熱交換器70に送られる。酸化剤用湿熱交換器70は、制御部200の指示にしたがって、タンクに貯留された水を用いて空気をバブリングすることにより、空気の湿度および温度を調節する。酸化剤用湿熱交換器70によって加湿および加温された空気ガスは、燃料電池スタック300のカソード324に供給される。
【0026】
燃料電池システム10には、燃料電池スタック300を冷却するための冷却水を循環させる冷却水循環系210が設けられている。燃料電池スタック300の各セルに設けられた冷却水プレート390を冷却水が流通することにより、燃料電池スタック300が冷却される。燃料電池スタック300から排出された冷却水の一部は燃料用湿熱交換器60のタンクに貯留された後、酸化剤用湿熱交換器70のタンクに貯留され、燃料電池スタック300から排出された冷却水の残りは、酸化剤用湿熱交換器70に直接送られ、酸化剤用湿熱交換器70のタンクに貯留される。
【0027】
燃料電池スタック300は、改質ガスに含まれる水素と、空気に含まれる酸素を用いて発電を行う。具体的には、燃料電池スタック300を構成する各セル(単電池)において、固体高分子電解質膜320の一方の面に接するアノード322では、式(1)で示す電極反応が起きる。一方、固体高分子電解質膜320の他方の面に接するカソード324では、式(2)で示す電極反応が起きる。各セルは、冷却水プレート390を流通する冷却水によって冷却され、約70〜80℃の適温に調節される。
アノード:H→2H+2e ・・・(1)
カソード:1/2O+2H+2e→HO ・・・(2)
【0028】
燃料電池スタック300にて発生した直流電力は、コンバータ90により所定電圧(たとえば24V)の直流電力に変換された後、インバータ92によって交流電力(たとえば100V)に変換される。インバータ92で変換された交流電力は系統94へ出力される。また、コンバータ90で変換された所定電圧の直流電力は、制御部200などの電源として利用される。
【0029】
燃料電池スタック300には、セル温度を計測する温度センサ392が設置されており、温度センサ392で計測されたセル温度は、制御部200に伝送される。
【0030】
制御部200は、改質部40から供給される燃料の供給量および外部から取り込まれる空気の供給量を調節して、燃料電池スタック300による発電量を制御する。この他に、制御部200は、冷却水用の配管に設けられた制御バルブの開度や、循環ポンプを調節して冷却水の水量を制御する。また、制御部200は、温度センサ392で計測されたセル温度に応じて、燃料用湿熱交換器60および酸化剤用湿熱交換器70を用いて燃料電池スタック300に供給される改質ガス、空気の温度・湿度をそれぞれ調節する。さらに、制御部200は、コンバータ90およびインバータ92等との間で電気信号を送受信して、これらの各種機器を制御する。制御部200はリモートコントローラ96と赤外線通信が可能である。ユーザは、リモートコントローラ96を用いて、燃料電池システム10の動作設定をすることができる。
【0031】
図2は、燃料電池スタック300を構成する燃料電池(セル)310の構造を模式的に示す斜視図である。図3は、図2のA−A線上の断面図である。燃料電池310は、平板状の膜電極接合体350を備え、この膜電極接合体350の両側にはセパレータ334およびセパレータ336が設けられている。セパレータ334やセパレータ336を介して複数の燃料電池310が積層されることにより積層体が構成される。
【0032】
膜電極接合体350は、固体高分子電解質膜320、アノード322、およびカソード324を有する。アノード322は、アノード触媒層326とアノードガス拡散層328とからなる積層体を有する。一方、カソード324は、カソード触媒層330とカソードガス拡散層332とからなる積層体を有する。アノード触媒層326とカソード触媒層330は、固体高分子電解質膜320を挟んで対向するように設けられている。アノードガス拡散層328は、固体高分子電解質膜320とは反対側のアノード触媒層326の面に設けられている。また、カソードガス拡散層332は、固体高分子電解質膜320とは反対側のカソード触媒層330の面に設けられている。
【0033】
アノード322側に設けられるセパレータ334にはガス流路338が設けられている。燃料供給用のマニホールド(図示せず)から改質ガスがガス流路338に分配され、ガス流路338を通じて膜電極接合体350に改質ガスが供給される。同様に、カソード324側に設けられるセパレータ336にはガス流路340が設けられている。酸化剤供給用のマニホールド(図示せず)から酸化剤として空気がガス流路340に分配され、ガス流路340を通じて膜電極接合体350に空気が供給される。
【0034】
固体高分子電解質膜320は、湿潤状態において良好なイオン伝導性を示し、アノード322およびカソード324の間でプロトンを移動させるイオン交換膜として機能する。固体高分子電解質膜320は、含フッ素重合体や非フッ素重合体等の固体高分子材料によって形成され、例えば、スルホン酸型パーフルオロカーボン重合体、ポリサルホン樹脂、ホスホン酸基又はカルボン酸基を有するパーフルオロカーボン重合体等を用いることができる。スルホン酸型パーフルオロカーボン重合体の例として、ナフィオン(デュポン社製:登録商標)などが挙げられる。また、非フッ素重合体の例として、スルホン化された、芳香族ポリエーテルエーテルケトン、ポリスルホンなどが挙げられる。
【0035】
本実施の形態のカソード触媒層330は、イオノマーと、導電性材料と、酸化物系触媒とから構成される。イオノマーは、酸化物系触媒と固体高分子電解質膜20を接続し、両者間においてプロトンを伝達する役割を持つ。イオノマーは、固体高分子電解質膜20と同様の高分子材料から形成されてよい。導電性材料として、アセチレンブラック、ケッチェンブラック、フラーレン、カーボンナノチューブ、カーボンナノオニオンなどの炭素粒子が挙げられる。酸化物系触媒として、Ta-C-N-O、Ta-O-N、Zr-C-N-O、Zr-O-N、Zr-N、Co-C-N、Ba-Nb-O-N、Ba-Nb-O-N、Nb-Fe-O-N、Ti-La-O-N、Ba-Ti-O-Nなどが挙げられる。
【0036】
カソードガス拡散層332は、カソードガス拡散基材により形成される。カソードガス拡散基材は、電子伝導性を有する多孔体で構成されることが好ましく、たとえば、金属板、金属フィルム、導電性高分子、カーボンペーパー、カーボンの織布または不織布などを用いることができる。
【0037】
一方、アノード触媒層326は、イオノマーと、導電性材料と、白金触媒や酸化物系触媒などから構成される。イオノマーは、触媒と固体高分子電解質膜20を接続し、両者間においてプロトンを伝達する役割を持つ。イオノマーは、固体高分子電解質膜20と同様の高分子材料から形成されてよい。導電性材料として、アセチレンブラック、ケッチェンブラック、フラーレン、カーボンナノチューブ、カーボンナノオニオンなどの炭素粒子が挙げられる。
【0038】
アノードガス拡散層328は、アノードガス拡散基材により形成される。アノードガス拡散基材は、電子伝導性を有する多孔体で構成されることが好ましく、たとえば金属板、金属フィルム、導電性高分子、カーボンペーパー、カーボンの織布または不織布などを用いることができる。
【0039】
以上説明した燃料電池によれば、触媒として酸化物系触媒が用いられているため、白金系触媒を用いた場合に比べて製造コストを抑制することができる。
【0040】
(膜電極接合体の作製方法)
ここで、本実施の形態の膜電極接合体の作製方法について説明する。
【0041】
<カソード触媒インク調整>
まず、Ta酸化物などを原料とする酸化物系触媒と、イオノマー、溶媒を混合し、触媒インクを作製する。このときの各比率は酸化物触媒によって異なる。酸化物触媒、イオノマー、炭素粉末、溶媒をそれぞれ、TaCNO、Nafion、ケッチェンブラック、1−プロパノールとしたとき、酸化物触媒、イオノマー、炭素粉末の重量比は、1:1:1である。
【0042】
<アノード触媒インク調整>
白金系触媒と、イオノマー、溶媒を混合し、アノード触媒インクを作製する。このときの各比率は白金系触媒によって異なる。白金系触媒、イオノマー、炭素粉末、溶媒をそれぞれ、Pt−Ru/C、Nafion、ケッチェンブラック、1−プロパノールとしたとき、白金系触媒、イオノマー、炭素粉末の重量比は、1:1:1である。
【0043】
なお、触媒インクの組成及び調整方法は、前記組成及び調整方法に限定されるものではなく、膜電極接合体に求める特性に応じて変更することができる。
【0044】
<触媒層形成>
上述したカソード触媒インクおよびアノード触媒インクを用いてそれぞれカソード触媒層、アノード触媒層を形成する際には、固体高分子電解質膜に対して、直接形成する直接塗布方法であっても間接的に形成する間接塗布方法のいずれを採用することも可能である。塗布方法としては、スクリーン印刷、ダイコート法、インクジェット法、スプレー塗布法等を用いることができる。スプレー塗布法を採用する場合には、スプレー塗布装置を用いて所望の触媒重量になるように固体高分子電解質膜に繰り返し触媒インクを塗布することにより形成される。スプレー塗布の条件は、たとえば、スプレー圧15kPa、霧化エアー150kPa、スプレー台温度60℃である。
【0045】
<固体高分子電解質膜とガス拡散層の接合>
固体高分子電解質膜をアノード側ガス拡散層の触媒塗布面とカソード側ガス拡散層の触媒塗布面で挟み、さらにその両側からガス拡散層で挟み、ホットプレス機を用いて接合する。ホットプレス時の条件は、たとえば、圧力1MPa、温度120℃、2分間実施である。なお、ホットプレス機による接合の温度、時間、圧力は触媒層に応じて任意で変更することができる。
【0046】
(前処理方法)
実施の形態に係る燃料電池システムの起動時に実施される前処理方法(エージング方法)について説明する。前処理方法として、下記の飽和加湿エージング、過加湿エージングが挙げられる。
【0047】
(飽和加湿エージング)
まず、改質部40に原燃料を供給し、水素リッチな改質ガスを生成する。CO変成部46およびCO除去部48により、改質部40で生成した改質ガスのCO濃度を低下させた後、燃料用湿熱交換器60を用いて改質ガスを飽和湿状態とする。なお、飽和加湿状態とは、燃料電池スタック300のセル温度において相対湿度が100%の状態をいう。飽和加湿状態の改質ガスは、燃料電池スタック300のアノード322に供給される。燃料電池スタック300のアノード322に供給される改質ガスの露点温度は、燃料用湿熱交換器60を用いて温度センサ392で計測されたセル温度と等しくなるように設定される。なお、アノード322に供給される改質ガス中の水素濃度は50質量%以上であることがより好ましい。
【0048】
一方、酸化剤用湿熱交換器70を用いて飽和加湿状態とした空気が燃料電池スタック300のカソード324に供給される。燃料電池スタック300のカソード324に供給される空気の露点温度は、酸化剤用湿熱交換器70を用いて温度センサ392で計測されたセル温度と等しくなるように設定される。なお、カソード324に供給される空気中の酸素濃度は10質量%以上であることがより好ましい。
【0049】
アノード322とカソード324との間を一定電圧(たとえば、5mV)に保持し、アノード322とカソード324との間に流れる電流が収束するまで改質ガスおよび空気の供給を続ける。電流の収束は、基準となる時刻をT1としたとき、T1の30分前の時刻T0からT1までにおけるアノード322とカソード324との間に流れる電流の電流密度の上昇率が10mA/(cm・30分)以下になることをいう。なお、電流密度の上昇率は3mA/(cm・30分)であることが好ましく、1mA/(cm・30分)であるとより好ましい。
【0050】
(過加湿エージング)
【0051】
まず、改質部40に原燃料を供給し、水素リッチな改質ガスを生成する。CO変成部46およびCO除去部48により、改質部40で生成した改質ガスのCO濃度を低下させた後、燃料用湿熱交換器60を用いて改質ガスを過加湿状態とする。なお、過加湿状態とは、燃料電池スタック300のセル温度よりも露点が高い状態をいう。過加湿状態の改質ガスは、燃料電池スタック300のアノード322に供給される。燃料電池スタック300のアノード322に供給される改質ガスの露点温度は、燃料用湿熱交換器60を用いて温度センサ392で計測されたセル温度より高くなるように設定される。アノード322に供給される改質ガスの露点温度は、燃料電池スタック300のセル温度に対して10℃高いことが好ましい。なお、アノード322に供給される改質ガス中の水素濃度は50質量%以上であることが好ましい。
【0052】
一方、酸化剤用湿熱交換器70を用いて過加湿状態とした空気が燃料電池スタック300のカソード324に供給される。燃料電池スタック300のカソード324に供給される空気の温度は、酸化剤用湿熱交換器70を用いて温度センサ392で計測されたセル温度より高くなるように設定される。カソード324に供給される空気の温度は、燃料電池スタック300のセル温度に対して10℃高いことが好ましい。なお、カソード324に供給される空気中の酸素濃度は10質量%以上であることが好ましい。
【0053】
アノード322とカソード324との間を一定電圧(たとえば、5mV)に保持し、アノード322とカソード324との間に流れる電流が収束するまで改質ガスおよび空気の供給を続ける。電流の収束は、基準となる時刻をT1としたとき、T1の30分前の時刻T0からT1までにおけるアノード322とカソード324との間に流れる電流の電流密度の上昇率が10mA/(cm・30分)以下になることをいう。なお、電流密度の上昇率は3mA/(cm・30分)であることが好ましく、1mA/(cm・30分)であるとより好ましい。
【0054】
本前処理方法によれば、触媒層に十分な水を供給しつつ、アノードとカソードとの間に電流を流すことにより、膜電極接合体の発電性能を向上させることができる。これは、酸化雰囲気環境は触媒比活性の維持又は向上に寄与し、十分な水分量と電流走引は触媒活性点へのプロトン輸送パスの形成に寄与していると推察される。
【0055】
(実施例1)
実施例の前処理方法に使用した膜電極接合体の層構成を下記に示す。
<固体高分子電解質膜>
材料:DuPont社製 Nafion(登録商標) NRE−212
膜厚:50μm
<アノード触媒層およびカソード触媒層>
イオノマー:DuPont社製 Nafion 20質量%溶液
酸化物系触媒:TaCNO
導電性材料:ケッチェンブラック
膜厚:15μm
<アノードガス拡散層およびカソードガス拡散層>
材料:TEC 10E50E
膜厚:20μm
【0056】
燃料電池スタック(温度80℃)のアノードに温度90℃の過加湿状態の改質ガス(水素)を供給し、カソードに温度90℃の過加湿状態の窒素ガスを供給し、アノードとカソードとの間の電圧を一定(5mV)に保持した状態でアノードとカソードとの間に流れる電流の電流密度を計測した。
【0057】
図4は、実施例1の前処理方法を実施した際の電流密度の時間変化を示すグラフである。図5は、エージング時間とセルインピーダンスの関係を示すグラフである。エージング時間が30分、1時間、2.5時間、4時間のときの電流密度の上昇率は、それぞれ、15、10、3、1mA/(cm・30分)である。電流密度の上昇率が10mA/(cm・30分)以下になると、実抵抗が顕著に減少することが確認された。
【0058】
(比較例1)
比較例1に係る前処理方法では、実施例1の前処理方法と同じ層構成の膜電極接合体に対して、白金触媒を有する燃料電池で用いられているエージング方法を適用した。具体的には、燃料電池スタック(温度80℃)のアノードに温度90℃の過加湿状態の改質ガス(水素ガス)を供給し、カソードに温度90℃の過加湿状態の窒素ガスを供給し、電圧が収束するまでアノードとカソードとを短絡させた。
【0059】
図6は、比較例1に係るエージング方法を実施した場合の電圧の時間変化を示すグラフである。電圧の時間変化が±3mVに収束するまでアノードとカソードとを短絡させた
【0060】
(評価結果1)
実施例1に係る前処理方法(エージング時間:4時間)を施した燃料電池、と比較例1に係る前処理方法を施した燃料電池について電流密度を計測した。表1にその結果を示す。表1に示すように、実施例1に係る前処理方法を施した場合の電流密度は、比較例1に係る前処理方法を施した場合の電流密度に比べて高くなっており、実施例1に係る前処理方法により、酸化物系触媒を有する燃料電池において発電性能を損なうことなくエージングが可能であることが確認された。
【0061】
【表1】

【0062】
(実施例2)
実施例2に係る前処理方法では、実施例1の前処理方法と同じ層構成の膜電極接合体に対して、燃料電池スタック(温度80℃)のアノードに温度80℃の飽和加湿状態の改質ガス(水素)を供給し、カソードに温度80℃の飽和加湿状態の空気(酸化剤)を供給し、アノードとカソードとの間の電圧を一定(5mV)にして1時間保持した後、アノードとカソードとの間に流れる電流の電流密度を計測した。
【0063】
(比較例2)
比較例2に係る前処理方法では、実施例2の前処理方法と同じ層構成の膜電極接合体に対して、燃料電池スタック(温度80℃)のアノードに温度60℃の飽和加湿状態の改質ガス(水素)を供給し、カソードに温度60℃の低い加湿状態の空気(酸化剤)を供給し、アノードとカソードとの間の電圧を一定(5mV)にして1時間保持した後、アノードとカソードとの間に流れる電流の電流密度を計測した。
【0064】
(評価結果2)
実施例2に係る前処理方法(アノード:飽和加湿、カソード:飽和加湿)を施した燃料電池と比較例2に係る前処理方法(アノード:低加湿、カソード低加湿)を施した燃料電池について電流密度を計測した。表2にその結果を示す。表2に示すように、実施例2に係る前処理方法を施した場合の電流密度は、比較例2に係る前処理方法を施した場合の電流密度に比べて高くなっており、実施例2に係る前処理方法により、酸化物系触媒を有する燃料電池において発電性能を損なうことなくエージングが可能であることが確認された。
【0065】
【表2】

【0066】
(実施例3)
実施例3に係る前処理方法では、実施例1の前処理方法と同じ層構成の膜電極接合体に対して、燃料電池スタック(温度80℃)のアノードに温度80℃の飽和加湿状態の改質ガス(水素)を供給し、カソードに温度80℃の飽和加湿状態の空気(酸化剤)を供給し、アノードとカソードとの間の電圧を一定(5mV)にした状態で、電流密度の上昇率が10mA/(cm・30分)になるまで保持した後、アノードとカソードとの間に流れる電流の電流密度を計測した。
【0067】
(比較例3)
比較例3に係る前処理方法では、実施例3の前処理方法と同じ層構成の膜電極接合体に対して、燃料電池スタック(温度80℃)のアノードに温度80度の飽和加湿状態の改質ガス(水素)を供給し、カソードに温度80度の飽和加湿状態の空気(酸化剤)を供給し、アノードとカソードとの間の電圧を一定(5mV)にした状態で、電流密度の上昇率が12mA/(cm・30分)になるまで保持した後、アノードとカソードとの間に流れる電流の電流密度を計測した。
【0068】
(評価結果3)
実施例3に係る前処理方法(電流密度の上昇率:10mA/(cm・30分))を施した燃料電池、と比較例3に係る前処理方法(電流密度の上昇率:12mA/(cm・30分))を施した燃料電池について電流密度を計測した。表3にその結果を示す。表2に示すように、実施例3に係る前処理方法を施した場合の電流密度は、比較例3に係る前処理方法を施した場合の電流密度に比べて高くなっており、実施例3に係る前処理方法により、酸化物系触媒を有する燃料電池において発電性能を損なうことなくエージングが可能であることが確認された。
【0069】
【表3】

【符号の説明】
【0070】
10 燃料電池システム、320 固体高分子電解質膜、300 燃料電池スタック、322 アノード、324 カソード、326 アノード触媒層、328 アノードガス拡散層、330 カソード触媒層、332 カソードガス拡散層、350 膜電極接合体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解質膜と、前記電解質膜の一方の面に形成され、プロトン伝導体および酸化物系触媒を含むカソード触媒層と、前記電解質膜の他方の面に形成されたアノード触媒層とを含む膜電極接合体を有する燃料電池の前処理方法であって、
アノード触媒層に過加湿状態の水素含有ガスを供給し、カソード触媒層に過加湿状態の酸化剤ガスを供給することを特徴とする燃料電池の前処理方法。
【請求項2】
電解質膜と、前記電解質膜の一方の面に形成され、プロトン伝導体および酸化物系触媒を含むカソード触媒層と、前記電解質膜の他方の面に形成されたアノード触媒層とを含む膜電極接合体を有する燃料電池の前処理方法であって、
アノード触媒層に飽和加湿状態の水素含有ガスを供給し、カソード触媒層に飽和加湿状態の酸化剤ガスを供給することを特徴とする燃料電池の前処理方法。
【請求項3】
前記水素含有ガスおよび前記酸化剤ガスの露点温度のうち少なくとも一方が、セル温度より高い請求項1に記載の燃料電池の前処理方法。
【請求項4】
前記水素含有ガスおよび前記酸化剤ガスの露点温度のうち少なくとも一方が、セル温度と等しい請求項2に記載の燃料電池の前処理方法。
【請求項5】
前記水素含有ガスの水素含有量が50質量%以上である請求項1乃至4のいずれか1項に記載の燃料電池の前処理方法。
【請求項6】
前記酸化剤ガスの酸素含有量が10質量%以上である請求項1乃至5のいずれか1項に記載の燃料電池の前処理方法。
【請求項7】
前記燃料電池の出力電圧を一定に保持した状態で、前記燃料電池に流れる電流密度の変化が収束するまで、前記水素含有ガスおよび前記酸化剤ガスを供給する請求項1乃至6のいずれか1項に記載の燃料電池の前処理方法。
【請求項8】
前記燃料電池の出力電圧を一定に保持した状態で、前記燃料電池に流れる電流密度の上昇率が10mA/(cm・30分)になるまで、前記水素含有ガスおよび前記酸化剤ガスを供給する請求項1乃至7のいずれか1項に記載の燃料電池の前処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−146245(P2011−146245A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−5997(P2010−5997)
【出願日】平成22年1月14日(2010.1.14)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 固体高分子形燃料電池実用化戦略的技術開発委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000004444)JX日鉱日石エネルギー株式会社 (1,898)
【Fターム(参考)】