説明

燃焼タイミング制御を利用して圧縮点火エンジンの燃焼を制御する方法

【課題】圧縮点火エンジンの燃焼を制御する方法。
【解決手段】本方法は、気体状酸化剤の燃焼室内への吸入に関連する物理パラメータの設定値と、燃料が燃焼室内に噴射されるときのクランク角度の設定値(θinjrefとを求めるステップを有している。エンジン制御システムは、物理パラメータが設定値に等しくなるようにアクチュエータを制御するのに対し、設定値(θinjrefは物理パラメータがそれらの設定値に達する前に修正される。そのため、物理パラメータの実際の値と物理パラメータの設定値との差を考慮して、クランク角度CAyは、最適化された燃焼をするための、クランク角度の基準値に等しくなるように制御される。最後に、エンジン制御システムは、最適な燃焼を維持するように、クランク角度が修正された設定値に等しくなったときに、燃焼室内への燃料噴射を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジン制御の分野に関し、特に、ディーゼルエンジンつまりCAI(Controlled Auto-Ignition:制御自己着火)エンジンのような圧縮点火エンジンの燃焼制御に関する。
【背景技術】
【0002】
ディーゼルエンジンの動作は、空気、燃焼気体および燃料の混合気の自己着火に基づいている。エンジンサイクルは、以下のように、いくつかの段階に分けられる(図1参照)。
【0003】
吸気時において、吸気弁によって空気と燃焼気体との混合気が燃焼室内に導入される段階。空気はエンジンの外側から取り込まれる。燃焼気体は、排気マニフォールドから取り込まれ、吸気マニフォールドに送り返される(排気ガス再循環:EGR)。この混合気は燃焼室を満たし、前回の燃焼から燃焼室内に残留している燃焼気体と混合する(内部EGR)。
【0004】
吸気弁が閉じ(IVC:Intake Valve Closing)、ピストンが気体を圧縮する段階。
【0005】
燃料噴射装置が所定量の燃料を噴射する段階。短い自己着火遅延期間の経過後、空気、燃焼気体および燃料の混合気が点火されて、ピストンを後方に駆動させる過圧が生じる。
【0006】
ピストンが再び下に駆動されて、排気弁が開き、混合気が排気マニフォールドを通って排出される段階。排気弁が閉じた後、気体の一部はシリンダ内に残留する(内部EGR)。排気マニフォールドを通って排出された気体は2つの部分に分けられる。一部は吸気部に向けて再循環されるが(EGR)、残りは(排気部を通って)エンジンの外に排出される。
【0007】
このようなエンジン制御の一目的は、騒音および汚染物質の排出を低減しつつ、運転者が要求するトルクを供給することである。そのため、さまざまな気体と燃料との割合の制御は、できるだけ細かく調整されなければならない。
【0008】
圧縮点火エンジンの燃焼の制御を実行するため、エンジンに搭載された検出器によって燃焼媒体を測定する公知の方法がある。高精度な手段は、燃焼室内の圧力検出器を利用したものである。このような方法は、例えば非特許文献1に記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】J. Bengtsson, P. strandh, R. Johansson, P. Tunestal and B.Johansson,「Control of Homogeneous Charge Compression Ignition (HCCl) Engine Dynamics(一様な充填圧縮点火(HCCI)エンジンの動力学の制御)」Proceeding of the 2004 American Control Conference, Boston, 6月30日〜7月2日, 2004年
【非特許文献2】K. Swan、M. Shahbakhti and C. R. Koch, "Predicting Start of Combustion Using a modified Knock Integral Method for an HCCI Engine(HCCIエンジン用の修正ノック積分法を使用した燃焼の開始の予測)", Proc. Of SAE Conference, 2006年
【非特許文献3】F. G. Chmela and G. C. Orthaber, "Rate of Heat Release Prediction for Direct Injection Diesel Engines Based on Purely Mixing Controlled Combustion(純粋な混合制御燃焼に基づく直噴ディーゼルエンジンの熱放出率の予測)", Proc. Of SAE Conference, 1999年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、検出器の相当なコストのために、標準的な乗り物において、上記のような検出器は使用されない。さらに、それらの検出器は、一般的に比較的速くドリフトする。
【0011】
各静的な動作ポイント(速度およびトルク)において理想的な条件で実施されるように、気体と燃料との割合およびタイミングが各動作ポイントにおいて最適化される方法もある。このために、以下の主な2つのデータの組について最適な値を得るために、テストベンチでの測定が実施される。
・Xair=(Mair,Mgb)で表される、燃焼室内で必要な空気の質量Mairと燃焼気体の質量Mgbとの組。
・Xfuel=(Mf,θf)で表される、燃料が噴射されるときの、燃料の質量Mfとクランク角度θfとの組。
【0012】
しかし、これらの条件は、過渡的状態では不十分である。実際には、ある動作ポイントから別の動作ポイントへの過渡的状態(乗り物の速度の変化または道路の形状の変化)において、エンジン制御は、雑音、汚染物質の排出および消費量を最小化しつつ所望のトルクを保証するように、エンジン内に存在する様々なアクチュエータを管理するべきである。これは、初期動作ポイントでのパラメータの値から最終動作ポイントでのパラメータの値への変化に置き換えられる(数1参照)。
【0013】
【数1】

【0014】
ここで、エンジンには2つの時間のスケールがある。速い方のスケール(例えば50Hz)は、燃焼現象全体(1エンジン周期)に相当している。このスケールで、燃焼を制御するために噴射条件(Xfuel)を変更することができる。これは燃料サイクルである(数1(b)参照)。遅い方のスケール(例えば1Hz)は、エンジンマニフォールド内の気体の動力学(吸気、排気、燃焼ガス再循環)に相当している。この空気サイクル(Xair)の条件を、より速く変化させることはできない(数1(a)参照)。
【0015】
そのため、上記の方法では、この動力学の差異のために、制御される変数(Xair、Xfuel)は同時にはそれらの設定値に達しない。したがって、トルク発生、消費量、汚染物質および雑音に関する目的は、静的状態では達成される(2つの動的サイクルがそれらの基準値において安定化する)。一方、過渡的状態において予防措置が取られなければ、一部のパラメータはほぼ瞬時に最終的な設定値に達するが、残りのパラメータは初めの設定値のままになり、エンジンが多くの汚染物質や雑音を生じさせ、場合によっては停止することがある。
【0016】
さらに、シリンダ圧力の検出器が無い場合、上記の公知の方法では、過渡的状態において燃焼のタイミングを制御することができない。これは、図2および図3に示されているように、過渡的条件下においてエンジンの十分に適切な動作が保証されない。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明の目的は、従来技術の課題を解決し、特に過渡的条件下で圧縮点火エンジンの燃焼を制御する方法に関する。本方法は、一方では2つの動的サイクルを別個に制御することによって、他方ではクランク角度CAyの制御により噴射角度の基準値を修正することによって、これを達成する。
【0018】
本発明は、気体状酸化物の燃焼室内への吸入に関連する複数の物理パラメータの設定値と、燃料が燃焼室内に噴射されるときのクランク角度の設定値(θinjrefとを、燃焼を最適化するように求めるステップを有し、エンジン制御システムは物理パラメータがその設定値に等しくなるようにアクチュエータを制御する、圧縮点火エンジンの燃焼を制御する方法である。本方法は、
yパーセントの燃料が燃焼中に消費されたときのクランク角度CAyが、最適化された燃焼のための、クランク角度の基準値に等しくなるように、設定値(θinjrefに対する修正値dθinjを計算することによって、物理パラメータがそれらの設定値に達する前に設定値(θinjrefを修正するステップと、
最適な燃焼を維持するように、クランク角度が修正された設定値(θinjrefに等しくなったときに、エンジン制御システムが燃焼室内への燃料噴射を制御するステップと、を有する。
【0019】
一実施態様によれば、修正値dθinjは、複数の物理パラメータの実際の値と複数の物理パラメータの設定値との差分を考慮することと、自己着火現象をモデル化する第1のモデルおよびクランク角度CAyの関数としてエネルギー放出をモデル化する第2のモデルを含む燃焼モデルを用いてクランク角度CAyを制御することとによって求められる。それから、修正値dθinjは、
物理パラメータの実際の値を求めるステップと、
物理パラメータの、実際の値と複数の設定値との差分を計算するステップと、
第1のモデルを線形化することによって第1の線形係数を計算するステップと、
第2のモデルを線形化し、クランク角度CAyがその基準値に等しいことを考慮して第2の線形係数を計算するステップと、
係数が第1および第2の線形係数から定められる、複数の差分の線形結合によって、修正値dθinjを計算するステップと、
によって求められる。
【0020】
本態様によれば、複数の物理パラメータは、弁が閉じるときの、少なくとも以下のパラメータ、つまり燃焼室内の圧力(PIVC)、燃焼室内の温度(TIVC)、燃焼室内の燃焼気体の質量と全気体の質量との比(XIVC)およびシリンダ内の気体の全質量(MIVC)から選択可能である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】圧縮点火エンジンの燃焼サイクルのさまざまな段階を示す図である。
【図2】3つの燃焼制御状況、つまり(安定化した状態で実施された)最適制御状況と、CAy制御なしの過渡的状態での制御状況と、CAy制御を有する過渡的状態での好適な制御状況とにおいて、クランク角度の関数として燃焼経過を示す図である。
【図3】図2に示された3つの状況に対して、クランク角度θの関数として3つのエネルギー放出曲線Qを示すグラフである。
【図4】燃焼噴射角度の修正値dθinjの計算スキームを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の方法は、静的状態だけでなく過渡的状態においても圧縮点火エンジンの燃焼の進行を制御することを可能にする。本方法は、空気サイクル(遅いサイクル)および燃料サイクル(速いサイクル)における別個の独立した制御と、空気サイクルに整合するように燃料サイクルの動力学を適合させることと、を含んでいる。このようにして、本方法は、(運転者によるトルクの要求を通じて)要求される燃焼特性を維持するように、Xfuelを適合させることができる。したがって、要求されたトルクが保証されるとともに、排気および雑音に対する影響が制限される。
【0023】
本方法によれば、圧縮点火エンジンの燃焼の制御は、以下の4つの段階で実施される。
【0024】
1−さまざまな物理パラメータに対する設定値の決定
ある動作ポイントから別の動作ポイントへの過渡的状態(乗り物の速度の変化または道路の形状の変化)の間では、エンジン制御は、雑音、汚染物質の排出および燃料消費を最小にしつつ所望のトルクを保証するように、エンジン内に存在する様々なアクチュエータを管理する。したがって、過渡的状態とは、初期動作ポイントでのパラメータXairおよびXfuelの値から最終動作ポイントでのパラメータの値への変化に置き換えられる(数2参照)。
【0025】
【数2】

【0026】
これらの最終値(最終動作ポイントでのパラメータの値)は、燃焼を最適化、つまり雑音を最小にしつつ排出および消費を最小にするように最大の燃料を燃焼させるように定められる。ここで、燃焼を最適化するこれらの最終値は、設定値と呼ばれる。エンジン制御は、これらの設定値を実現させている。
【0027】
そのために知る必要があり、空気サイクルによって調整される重要な物理パラメータは、燃焼室内の気体の、圧力、温度および化学成分である。これらのパラメータは、それらの設定値に即座に達することが理想である。現実には、空気サイクルは遅いため、過渡的状態において、これらのパラメータXairの、設定値と実際の値との間に誤差が生じる。その結果、シリンダ内に供給される気体の熱力学パラメータ(質量、圧力、温度および燃焼気体の割合)は、それらの設定値とは異なる。燃料サイクルは、以下のパラメータに対する誤差に合わせて制御される。
・P:燃焼室内の圧力。クランク角度θに依存する。
・T:燃焼室内の温度。クランク角度θに依存する。
・X:燃焼室内の、燃焼気体の質量と全気体の質量との割合(0〜1の範囲をとるパラメータ)。この割合は、サイクルを通して変化せず、そのため、吸気弁が閉じるときの燃焼気体の割合と等しい。
・M:シリンダ内に取り込まれている気体(空気および燃焼気体)の全質量。質量は保存されるので、このパラメータは一定である。
【0028】
本方法においては、弁が閉じるとき(IVC)のこれらのパラメータの値を区別する。
・PIVC:弁が閉じるときの燃焼室内の圧力。
・TIVC:弁が閉じるときの燃焼室内の温度。
・XIVC:弁が閉じるときの燃焼室内の、燃焼気体の質量と全気体の質量との割合。
・MIVC:シリンダ内の気体(空気および燃焼気体)の全質量。
【0029】
これらの4つのパラメータの値は連続的に求められる。そのため、弁が閉じるとき(IVC)のシリンダ内の気体の成分(XIVC)および圧力(PIVC)は、(検出器や推定器による)計測が可能な、吸気マニフォールド内の値と同じと仮定する。
【0030】
IVCは、理想気体の状態方程式、
【0031】
【数3】

【0032】
によって推定される。ここで、Rは理想気体定数(R=287[JK-1kg-1])であり、MIVCは、流量計によって計測される、シリンダによって吸入された質量である。エンジンの燃焼室内への気体状酸化物の吸気に関連する上記の4つの物理パラメータに対して、設定値はそれぞれPref、Tref、XrefおよびMrefと表される。
【0033】
これらの設定値は、エンジンのテストベンチによって作成された設定値マップから得られる。これらのパラメータの設定値は、テストベンチにおいてマッピングされた最適な点(これらのパラメータが達するべき値)によって与えられる。これらの設定値は、燃焼を最適化するように定められる。
【0034】
これらのパラメータの基準値(設定値)は、テストベンチにおいてマッピングされた最適な点(これらのパラメータが達するべき値)によって与えられる。
・Prefは弁が閉じるときの燃焼室内の基準圧力である(最適な基準点について得られる)。
・Trefは弁が閉じるときの燃焼室内の基準温度である(最適な基準点について得られる)。
・Xrefは弁が閉じるときの、燃焼室内の燃焼気体の質量と全気体の質量との割合の基準値である(最適な基準点について得られる)。
・Mrefはシリンダ内に入れられている気体の質量の基準値である(最適な基準点について得られる)。
【0035】
これらのパラメータは、理想気体の状態方程式(PV=MRT)によって関連付けられている。簡単にするために、この方程式を直接説明はしないが、本方法に影響するものではない。
【0036】
本発明によれば、燃料サイクルを適合させるために重要な燃料条件パラメータは、燃料が噴射されるときのクランク角度(噴射角度)であり、θinjで表される。その設定値は、(θinjrefと表される。この値も、エンジンのテストベンチにおいてマッピングされた最適な点によって得られる。この設定値は、設定値Pref、Tref、XrefおよびMrefに対応している。
【0037】
2−空気サイクル制御(遅いサイクル)
一旦、設定値Pref、Tref、XrefおよびMrefが定まると、エンジン制御システムは、物理パラメータPIVC、TIVC、XIVCおよびMIVCの値がこれらの設定値(Pref、Tref、XrefおよびMref)に等しくなるように、アクチュエータを制御する。
【0038】
4つのパラメータPIVC、TIVC、XIVCおよびMIVCが即座にそれらの設定値Pref、Tref,XrefおよびMrefに達することが理想的である。実際には、空気サイクルが遅いため、過渡的状態を通じて、これらのパラメータの、設定値と実際の値との間に誤差が生じる。そのために、噴射角度の設定値(θinjrefを適合させる。
【0039】
3−噴射角度の設定値(θinjrefの修正
もし、空気サイクルの制御が完璧であれば、4つのパラメータPIVC、TIVC、XIVCおよびMIVCは即座にそれらの基準値Pref、Tref,Xref、およびMrefに達するであろう。実際には、空気サイクルを望むほど速くできない。そのため、過渡的状態では、パラメータPIVC、TIVC、XIVCおよびMIVCはそれらの基準値とは異なる。そのため、弁が閉じるとき、シリンダの状態は、噴射条件がマッピングされている基準状態とは異なっている。
【0040】
したがって、できるだけ基準となる燃焼に近い燃焼を維持するように燃料噴射角度を修正し、そのために、弁が閉じるときのこれらのパラメータの誤差(dP=PIVC−Pref)、(dT=TIVC−Tref)、(dM=MIVC−Mref)および(dX=XIVC−Xref)を考慮しなければならない。
【0041】
本発明によれば、燃焼によってy%の燃料が消費されているときのクランク角度CAyを制御することによって、燃焼タイミングが制御される。したがって、以降の説明では、yは0以上100以下の任意の実数値をとる(y=0は燃焼開始制御時に相当する)。
【0042】
これにより、角度CAyがその基準値となるように(dCAy=CAy−(CAyref=0)、新しく修正された噴射角度(θinjref+dθinjを求める。そのため、以下のようにdθinjを求める(各状況については図2および図3を参照)。
【0043】
誤差がない、つまりすべてのパラメータがそれらの基準値に達している場合((dP,dT,dM,dX)=(0,0,0,0))、正確に基準となる動作ポイントにあるため、dθinj=0(状況(1))である。
【0044】
パラメータがそれらの基準値に達していない場合((dP,dT,dM,dX)≠(0,0,0,0))、自己着火遅延期間の長さおよび燃焼速度は、基準燃焼におけるときと同一ではない。したがって、燃焼過程全体の位相がずれており、角度CAyはその基準値に達していない(状況(2))。
【0045】
誤差(dP,dT,dM,dX)≠(0,0,0,0)を相殺するため、位相CAyが同じになるように、噴射角度の角度補正値dθinj≠0を導入する。角度CAyの補正は、燃焼開始角度をずらすことにもつながる。これにより、燃焼開始角度は、(θinjref+dθinjとなる(状況(3))
図2は、上記の3つの状況において燃焼の経過を示している。各状況において、横軸はクランク角度θを示している。これらの横軸上には、噴射角度の設定値(θinjref、燃焼角度の設定値(θsocref、角度CAy、燃焼角度の有効値(θsoc)および噴射角度の有効値(θinj)が存在する。また、自動着火遅延は、(θinjrefと(θsocrefとの間の領域であって、燃焼は(θsocrefから生じる。
【0046】
図3は、前述した3つの状況(図2参照)において、クランク角度θの関数としてのエネルギー放出曲線Qを示している。
【0047】
次に、燃焼系のモデル化を実施する。本発明によれば、このモデル化は、2つのモデルを有している。第1のモデルは自己着火現象をモデル化したものであり、第2のモデルはエネルギー放出をモデル化したものである。
【0048】
ある特定の実施例によれば、以下に示すモデルを使用することができる。
【0049】
[自己着火モデル]
始めに、「ノック積分(knock integral)」モデルを利用する。このモデルは非特許文献2に記述されている。
【0050】
本明細書で提供された噴射角度コントローラ分析方法は、非特許文献2におけるSwan等によるものと同じ積分の形式を有する任意の自己着火遅延モデルに適用可能であるということが重要である。
【0051】
このモデルによれば、燃焼は、燃料噴射の直後には開始しない。ノック積分の形式でモデル化された自己着火遅延期間が存在する。ノック積分によって、パラメータP、T、Xおよびθinjの値から燃焼開始角度θsocを求めることができる(数4参照)。
【0052】
【数4】

【0053】
ここで、
【0054】
【数5】

【0055】
である。
【0056】
A、C1、C2、nおよびTAは、目盛を調整する固定された物理パラメータである。
【0057】
eはエンジンの回転数である。一般に、エンジンの回転数は一定と考えられている(この仮定は、回転数の変動が、対象とする他のパラメータの変動よりもはるかに遅いことから妥当である)。
【0058】
θはクランク角度である。
【0059】
また、燃焼が始まる前、混合気は断熱圧縮された状態にあると考えられる。したがって、P(θ)およびT(θ)の情報をPIVCおよびTIVCの情報および燃焼室の体積V(θ)の情報に換算することが可能であり、燃焼室の体積の情報は既知である。さらに、燃焼気体の割合は、燃焼していない圧縮段階を通じて変化せず、X(θ)=XIVCとなる。したがって、ノック積分は、以下の積分に変換される。
【0060】
【数6】

【0061】
ここで、fは下記付録3で定義される既知関数である。
【0062】
[エネルギー放出モデル]
角度CAyを介して、燃焼の開始だけではなく、燃焼の進行全体を制御するように、エネルギー放出モデルを考慮する必要がある。
【0063】
Chemela等によるディーゼルエネルギー放出モデル(非特許文献3)を使用することができる。このモデルでは、ディーゼル燃焼に関するエネルギー放出が下記の微分方程式の形式で与えられる。
【0064】
【数7】

【0065】
ここで、
fは噴射された燃料の全質量であり、
LHVは燃料内で利用可能な質量エネルギーであり、
Qは燃焼によって放出されるエネルギーであり、
cyl(θ)はシリンダの容積であり、
k(θ)はシリンダ内の乱流運動エネルギー密度であり、下記付録4で与えられた微分方程式に合致しており、
modeおよびCrateは定数であり、
eはエンジンの回転数である。
【0066】
燃焼室内の再循環燃焼気体の存在を考慮するために、このモデルを修正する。そのため、以下のように、燃焼前に存在した燃焼気体の割合XIVCの関数からなる項を追加する。
【0067】
【数8】

【0068】
ここで、hは既知の微分可能な関数である。
【0069】
本分析方法は、関数hの形に依らないことに注意することが重要である。通常用いられる関数は、h(XIVC)=(1−XIVC)βである。ここで、βは定数である。
【0070】
表1に、数8におけるパラメータの設定例が示されている。
【0071】
【表1】

【0072】
以下のことを考慮する。
【0073】
燃焼開始前に、燃料質量の全体が噴射される。したがって、微分方程式(数8)におけるパラメータMfは、噴射された燃料の全質量に等しい定数となる。
【0074】
また、クランク角度θ、質量MIVC,Mfおよび燃料噴射角度θinjの関数として、下記数9のような乱流運動エネルギー密度の式が得られる(下記付録4を参照)。
【0075】
【数9】

【0076】
ここで、Cdissは定数であり、k0(Mf,Ne)は(噴射システムの技術的特徴によって与えられる)燃料流量プロフィールの形状によって設定される既知の関数である。
【0077】
これらの考慮により、上記の数8を、反応によって消費される燃料質量の割合(x∈[0、1])と角度CAyとを関連づける式、
【0078】
【数10】

【0079】
に変換することができる(下記付録5を参照)。
【0080】
[噴射角度の設定値(θinjrefに対する修正値の予測]
修正値の計算は、上記の2つのモデル(自己着火モデルおよびエネルギー放出モデル)に適用される2つの同一の段階において実施される。これらのモデルは、差分dP、dT、dM、dX、dθinjおよびdθsocを導入することによって、それらの基準値の周りのPIVC、TIVC、MIVC、XIVC、θinjおよびθsocにおいて線形化される。したがって、空気サイクルの誤差dP、dT、dM、dXに応じてdθinjを求めることができる2つの方程式が得られる。
【0081】
[第1の段階]
ノック積分を線形化することによって、修正値dθinjが燃焼開始角度の差分dθsocに関連付けられる(次のような小さい摂動、dθinj<<θinj、dP<<Pref、dT<<TrefおよびdX<<Xrefを仮定する)。
【0082】
値(Pref,Tref,Xref,(θinjref,(θsocref)の付近で線形化された(PIVC、TIVC、XIVC、θinj,θsoc)に関する方程式として自己着火遅延方程式、
【0083】
【数11】

【0084】
を考慮する。すると、以下のような関係式が得られる。
【0085】
【数12】

【0086】
線形係数αinj、αp、αTおよびαxは、燃焼開始のずれdθsocに対して、それぞれ、誤差dP、dT、dXおよびdθinjの影響を表している。これらの線形係数の表式は下記付録1で与えられる。
【0087】
[第2段階]
同様に、上記の数10を、(MIVC、XIVC、θinj、θsoc)における陰関数と考える。方程式は、(Pref、Tref、Mref、Xref、(θinjref、(θsocref)の付近で線形化されており、それによって差分(dM,dX,dθinj,dθsoc)を導入が可能である(したがって以下の小さい摂動を仮定する。dθinj<<θinj、dPi<<Pref、dT<<Tref、dX<<Xrefおよびdθsoc<<θsoc)。その結果、以下の関係式が得られる。
【0088】
【数13】

【0089】
本発明によれば、噴射角度は、角度CAyの制御によって修正される。このことは、(dCAy=CAy−(CAyref=0)という条件(角度CAyがその基準値となる条件)に置き換えられる。
【0090】
そして、以下の関係式が用いられる。
【0091】
【数14】

【0092】
線形係数βinj、βM、βX、βsocは、燃焼中に同じ角度CAyを維持するための、誤差dM、dXの影響およびずれdθsoc、dθinjの影響を表している。これらの表式は、下記の付録2で与えられる。これらの表式は、角度CAyの基準値、つまり(CAyrefに関連している。この値を求めるには、マッピングを用いるか、基準値Pref、Tref、Mref、Xrefおよび(θinjrefが用いられた自己着火モデルおよびエネルギー放出モデルを使用するかのいずれかによって可能である。自己着火モデルによって、(θsocrefを得ることが可能であり、自己着火モデルによって(CAyrefを求めることができる。
【0093】
上記の数12および数14によって、以下の関係式が得られる。
【0094】
【数15】

【0095】
ここで、各係数は下記式で表わされる。
【0096】
【数16】

【0097】
4−燃料サイクルの適用(速いサイクル)
エンジン制御システムは、最適な燃焼を維持するように、クランク角度が修正された設定値(θinjref+dθinjに等しくなったときに、燃焼室内の燃料噴射システムを駆動する。
【0098】
本方法の1つの重要な点は、空気サイクルの誤差が、既知であり、計算可能な複数のパラメータ(κP,κT,κX,κM)を介して、燃料サイクルに適用される修正値に直接関連付けられることである(関数f、kと、基準値Pref、Tref、XrefおよびMrefと、特定数の既知の定数と、にのみ依存している)。
【0099】
前回の噴射における修正値を噴射角度に適用することによって、角度CAyがその基準値になることを保証することができる(線形係数βinj,βM,βX,βsocの選択)。
【0100】
空気サイクルは、少しずつ、誤差dP,dT,dMおよびdXをゼロに近づけていき、安定化した静的状態で修正値は零となる。制御方法が図4に模式的に示されている。この図は、燃焼噴射角度の修正値dθinjの計算スキームを示している。PIVC、TIVC、MIVCおよびXIVCの実際の値を推測し、設定値Pref、Tref、Xref、Mrefおよび(θinjrefを定めた後、差分dP、dT、dMおよびdXを計算する。それから、選択した2つの燃焼モデルに従って、線形係数κP,κT,κX,κMを計算する。最後に、修正値dθinjを、
【0101】
【数17】

【0102】
によって計算する。
【0103】
[付録1]線形係数の表式:(αinj,αp,αT,αx
以下の式が得られる。
【0104】
【数18】

【0105】
ここで、各線形係数は、
【0106】
【数19】

【0107】
となる。
【0108】
[付録2]線形係数の表式:(βinj,βM,βX,βsoc
以下の式が得られる。
【0109】
【数20】

【0110】
ここで、各線形係数は、
【0111】
【数21】

【0112】
となる。
【0113】
[付録3]ノック積分
燃焼は、燃料噴射の直後には開始しない。ノック積分の形式でモデル化された自己着火遅延期間が存在する。下式で表わされるノック積分は、噴射角度と燃焼開始角度との関係を暗示している。
【0114】
【数22】

【0115】
ここで、
【0116】
【数23】

【0117】
であり、θはクランク角度であり、A、C1、C2、nおよびTAは、モデルの、固定された既知のパラメータであり、Neはエンジンの回転数である。
【0118】
数23におけるパラメータの設定例が表2に記載されている。
【0119】
【表2】

【0120】
混合気が理想気体であり、断熱圧縮することを考慮すると、燃焼開始前において以下の関係が得られる。
【0121】
【数24】

【0122】
ここで、下記式、
【0123】
【数25】

【0124】
は、既知の体積関数であり、
IFCは弁が閉じるときの燃焼室の体積であり、
V(θ)はクランク角度の関数としての燃焼室の体積であり、
γ(X)は断熱圧縮のパラメータであり、化学成分Xに依存しており、
Xは化学成分を表し、シリンダ内では変化せず、吸気弁が閉じたときの成分に等しい(X=XIVC)。
【0125】
なお、数式中の「cste」は、定数であることを示している。
【0126】
これにより、最終的に以下の一般式が得られる。
【0127】
【数26】

【0128】
ここで、
【0129】
【数27】

【0130】
である。
【0131】
[付録4]乱流運動エネルギー密度の計算
一般的に、直噴ディーゼル燃焼では、乱流運動エネルギーは主に燃料噴射による(95%程度)と考えられる。したがって、乱流エネルギー密度kの変化は、以下のような微分方程式によって定まる。
【0132】
【数28】

【0133】
ここで、
D(Ne)はエンジンの回転数に依存する関数であり(そのため一定と考えられる)、
turbは定数であり、
carbは瞬間的な燃料流量であり、(燃料流量の期間およびプロフィールを定める)噴射された質量に依存する。さらに、噴射が時間的にずれると、このプロフィールもずれる。そのため燃料流量は、現在の時刻(クランク角度θ)と噴射時刻(クランク角度θinj)との間のインターバルおよびMfにのみ依存し、次のような式で与えられる。
【0134】
【数29】

【0135】
上式におけるパラメータの設定例が表3に記載されている。
【0136】
【表3】

【0137】
上記の一次微分方程式は定数変化法によって積分され、下記式が導かれる。
【0138】
【数30】

【0139】
ここで、
【0140】
【数31】

【0141】
である。
【0142】
数31における積分は、噴射期間のみにおいて零ではない被積分関数を有している(それ以外では燃料流量は零である)。噴射時間をΔθinjと表す場合、以下が得られる。
【0143】
【数32】

【0144】
燃焼中における、乱流運動エネルギー密度kの表式について考える(kはエネルギー放出の表式にのみ現れる)。ここで、噴射は、燃焼が開始するときに完了すると仮定している。これにより、下記数式
【0145】
【数33】

【0146】
が得られる。
【0147】
したがって、燃焼中に、k0は、燃料の噴射のされかた(Dcarbのプロフィール)に依存するが、θinjまたはθには直接依存しない。これにより、下記式
【0148】
【数34】

【0149】
が得られる。ここで、
【0150】
【数35】

【0151】
となる。
【0152】
[付録5]エネルギー放出
燃焼中に、以下の法則に従ってエネルギーが放出される。
【0153】
【数36】

【0154】
上式におけるパラメータの設定例が表4に記載されている。
【0155】
【表4】

【0156】
消費された燃料質量の割合をxで表すと、放出されたエネルギーQ、燃料に含まれている全化学エネルギーMfLHVおよびxを関連付ける以下のような通常の関係が得られる。
【0157】
【数37】

【0158】
最後に、数37の式を数36の式に代入することによって、以下の関係式が得られる。
【0159】
【数38】

【0160】
CAyはy%の燃料が消費されているときのクランク角度である。したがって、x=y/100に相当する。数38の方程式の両辺を別個に積分して、以下の数式のような、CAyと燃焼開始θsocとの関係が得られる。
【0161】
【数39】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
気体状酸化剤の燃焼室内への吸入に関連する複数の物理パラメータの設定値と、燃料が前記燃焼室内に噴射されるときのクランク角度の設定値(θinjrefとを、燃焼を最適化するように求めるステップを有し、エンジン制御システムは前記物理パラメータが前記物理パラメータの設定値に等しくなるようにアクチュエータを制御する、圧縮点火エンジンの燃焼を制御する方法において、
yパーセントの燃料が燃焼中に消費されたときのクランク角度CAyが、最適化された燃焼のための、クランク角度の基準値に等しくなるように、前記設定値(θinjrefに対する修正値dθinjを計算することによって、前記物理パラメータが前記物理パラメータの設定値に達する前に前記設定値(θinjrefを修正するステップと、
最適な燃焼を維持するように、前記クランク角度が、修正された設定値(θinjrefに等しくなったときに、前記エンジン制御システムが前記燃焼室内への燃料噴射を制御するステップと、を有することを特徴とする方法。
【請求項2】
前記修正値dθinjは、
前記複数の物理パラメータの、実際の値と設定値との間の差分を考慮することと、
自己着火現象をモデル化する第1のモデルと、クランク角度CAyの関数としてエネルギー放出をモデル化する第2のモデルと、を含む燃焼モデルを用いて、前記クランク角度CAyを制御することと、
によって求められる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記修正値dθinjは、
前記複数の物理パラメータの実際の値を求めるステップと、
前記複数の物理パラメータの、実際の値と設定値との間の複数の差分を計算するステップと、
前記第1のモデルを線形化して第1の線形係数を計算するステップと、
前記第2のモデルを線形化することと、クランク角度CAyが該クランク角度の基準値に等しいことを考慮して、第2の線形係数を計算するステップと、
係数が前記第1および第2の線形係数から定められる、前記複数の差分の線形結合によって、前記修正値dθinjを計算するステップと、
を利用して求められる、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記複数の物理パラメータは、弁が閉じたときの、少なくとも前記燃焼室内の圧力(PIVC)、前記燃焼室内の温度(TIVC)、前記燃焼室内の、燃焼気体の質量と全気体の質量との比(XIVC)およびシリンダ内の気体の全質量(MIVC)から選択可能である、請求項1から3のいずれか1項に記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2010−48252(P2010−48252A)
【公開日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−189199(P2009−189199)
【出願日】平成21年8月18日(2009.8.18)
【出願人】(591007826)イエフペ (261)
【Fターム(参考)】