説明

発光体および発光デバイス

【課題】従来の発光体にはない発光源を含む、ガラス組成物からなる発光体を提供する。
【解決手段】原子の基底状態において電子が存在するd軌道のうち、最も外殻にあるd軌道から全ての電子が失われた遷移金属イオン(d0イオン)を含むガラス組成物からなり、紫外線以下の波長を有する電磁波、典型的には紫外線、の照射により発光する発光体とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、紫外線などの電磁波の照射により発光する発光体に関し、特に、青色に発光する青色発光体に関する。
【背景技術】
【0002】
ガラス組成物や結晶に、希土類元素あるいは希土類元素以外の遷移金属元素(以下、単に「遷移金属元素」あるいは「遷移金属」というときは、希土類元素を除くものとする)を導入することで、紫外線の照射により可視光を発する発光体が得られることが知られている。例えば、特許文献1には、希土類元素であるEu、Tb、DyおよびNdから選ばれる少なくとも1種の元素の酸化物を含むガラス組成物が開示されており、当該酸化物により、ガラス組成物に照射された紫外線が可視光に変換されることが記載されている(段落番号[0011]などを参照)。また、発光体を得るために導入される遷移金属元素としては、Cuなどが一般的である。
【0003】
これまで、紫外線の照射によるこのような発光現象は、導入した元素のd軌道間、f軌道間、d軌道とf軌道との間、あるいは、s軌道とd軌道との間の電子遷移(希土類元素ではf−f遷移またはf−d遷移、遷移金属元素ではd−d遷移またはs−d遷移)に基づくと考えられており、実際、発光体を得るために導入される公知の元素は全て、ガラス組成物や結晶内に存在する状態(通常イオンの状態である)で、f軌道(希土類元素)あるいはd軌道(遷移金属元素)に電子を有している。なお、ここで「f軌道」および「d軌道」とは、それぞれ、原子の基底状態において電子が存在するf軌道およびd軌道のうち、最も外殻にある(最もエネルギー準位が高い)f軌道およびd軌道を意味し、例えば、希土類元素における上記f軌道は、4f軌道を意味する。
【0004】
従来、上記発光体を得るために希土類元素の導入が広く行われているが、希土類元素は一般に高価であり、より安価に製造可能な発光体が望まれている。希土類元素に代わって遷移金属元素を導入することで安価な発光体とすることができるが、紫外線の照射による可視光の発光を実現する、即ち、d−d遷移またはs−d遷移を実現するためには、導入した遷移金属元素の価数の制御が非常に重要となる(例として、発光体中においてCuはCu+である必要がある)。このため、例えば、ガラス組成物に発光源として遷移金属元素を導入するためには、ガラス原料の熔融条件および熔融雰囲気を厳密に制御する必要がある。なお、価数の制御は、希土類元素を導入する場合にも非常に重要になることがある。
【0005】
一方、上記ガラス組成物からなる発光体とは別に、タングステン酸カルシウム(CaWO4)結晶におけるWの一部がMoに置換された材料が、紫外線の照射により可視光を発光することが知られている。しかしこのような結晶化発光体は、製造時に種結晶形成工程および結晶成長工程などが必須となるために、その製造工程が複雑である他、ガラス組成物に比べて形状加工性に乏しいという欠点を有する。
【特許文献1】特開2003−272557号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで本発明は、従来の発光体にはない発光源を含むガラス組成物からなる発光体、特に青色光を発光する青色発光体の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の発光体は、原子の基底状態において電子が存在するd軌道のうち、最も外殻にあるd軌道から全ての電子が失われた遷移金属イオンを含むガラス組成物からなり、紫外線以下の波長を有する電磁波の照射により発光する。
【0008】
本発明の発光体における一態様である本発明の青色発光体は、原子の基底状態において電子が存在するd軌道のうち、最も外殻にあるd軌道から全ての電子が失われた遷移金属イオンを含むガラス組成物からなり、紫外線以下の波長を有する電磁波の照射により青色光を発光する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の発光体は、原子の状態(詳しくは、原子の基底状態)において電子が存在するd軌道のうち、最も外殻にある(最もエネルギー準位が高い)d軌道(以下、「d軌道」)から全ての電子が失われた遷移金属イオン(以下、「d0イオン」)を発光源として含むことで、紫外線以下の波長(紫外域またはそれ以下の波長域の波長)を有する電磁波(以下、「紫外線等」)の照射により可視光を発光する。
【0010】
本発明の発光体が発光する色は、d0イオン以外にガラス組成物中に含まれる発光源、あるいは、ガラス組成物全体としての組成などにも依存するが、発光源であるd0イオンは紫外線等の照射により青色を発光するため典型的には青色であり、この場合、本発明の発光体は青色発光体とすることができる。なお、波長が500nm近傍を超えると緑色がかってくるが、本明細書における青色とは、波長にして380〜550nm、特に380〜520nm程度の範囲をいう。
【0011】
また、本発明の発光体はd0イオンを発光源として含むガラス組成物からなり、上述した結晶化発光体、あるいは、ガラス組成物中に発光源である結晶、例えば希土類元素化合物の結晶、が分散した発光体に比べて、製造が容易であり、形状加工性に優れるなどの特長を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
上述したように、遷移金属元素を発光源とする従来の発光体では、発光源となる遷移金属イオンのd−d遷移またはs−d遷移に基づく発光現象を利用しているため、当該イオンのd軌道には必ず電子が存在する。即ち、従来の技術常識では、遷移金属イオンのd軌道に電子が存在することが、紫外線等の照射による発光源として機能する最低限の条件であった。これに対して、本発明の発光体は、d軌道に電子が存在しない遷移金属イオンを発光源として含む点で、従来の発光体とは全く構成が異なる。d0イオンは、ガラス板などの従来のガラス物品にも含まれるイオンであるが、通常のガラス物品が、例えば太陽光に対する光の透過性を主たる課題としているためか、これまで発光源になるとは全く考えられていなかった。d0イオンを青色光の発光源として含むガラス組成物からなる本発明の発光体において、紫外線等の照射により当該発光源が青色を発光する現象は、本発明者らが初めて見出したものである。
【0013】
0イオンが青色を発光する原理は未だ明確ではないが、紫外線等の照射により、d−d遷移およびs−d遷移、ならびに、希土類元素におけるf−f遷移、f−d遷移以外の電子遷移が生じている可能性がある。このような電子遷移として、本発明者らは、金属−配位子遷移(metal-to-ligand transition)が生じているのではないかと推定している。図1に、本発明者らが考える金属−配位子遷移モデルを、d0イオンとしてTa5+を用いて模式的に示す。
【0014】
図1に示す金属−配位子遷移モデルでは以下の発光メカニズムが記述されている:(1)紫外線等の照射により、発光体中で基底状態にあるO2-(酸化物イオン)の2p軌道の電子が、Ta5+の5d軌道に励起される:(2)5d軌道に励起された電子は、最終的にTa5+の5d軌道からO2-の価電子帯へと落ち、その際、Ta5+の5d軌道とO2-の価電子帯とのエネルギー差に相当する光(波長にして約420nm)が放出される。なお、実施例に後述するが、d0イオンとしてTa5+を含むガラス組成物からなる発光体は、図1に示す遷移モデルと同様に、紫外線等の照射による発光スペクトルのピークが実際に420nmにあることが確認できた。
【0015】
本発明の発光体は、実施例に示すように、製造時における遷移金属イオンの価数の制御を省略でき、ガラス組成物とするための熔融条件、熔融雰囲気などを厳密に制御することなく製造できる。
【0016】
0イオンの種類は特に限定されないが、例えば、Ti4+、Ta5+およびW6+から選ばれる少なくとも1種であればよい。Tiは原子の状態では3d軌道に2個の電子を有する(3d2)が、4価のイオンであるTi4+の状態では3d軌道に電子が存在しない(3d0)。Taは原子の状態では5d軌道に3個の電子を有する(5d3)が、5価のイオンであるTa5+の状態では5d軌道に電子が存在しない(5d0)。Wは原子の状態では5d軌道に4個の電子を有する(5d4)が、6価のイオンであるW6+の状態では5d軌道に電子が存在しない(5d0)。Tiにおける3d軌道、ならびに、TaおよびWにおける5d軌道は、各々の元素が原子の状態にあるときに電子が存在するd軌道のうち、最も外殻にある(最もエネルギー準位が高い)d軌道である。
【0017】
0イオンがTi4+であり、かつ、他の発光源を含まない場合、本発明の発光体は、ガラス組成物の組成により異なるが、紫外線等の照射により、スペクトルのピーク波長が450〜550nmの範囲の光を発光し、典型的には450〜520nmの範囲の光を発光する。
【0018】
0イオンがTa5+であり、かつ、他の発光源を含まない場合、本発明の発光体は、ガラス組成物の組成により異なるが、紫外線等の照射により、スペクトルのピーク波長が380〜480nmの範囲の光を発光する。
【0019】
0イオンがW6+であり、かつ、他の発光源を含まない場合、本発明の発光体は、ガラス組成物の組成により異なるが、紫外線等の照射により、スペクトルのピーク波長が430〜530nmの範囲の光を発光し、典型的には430〜520nmの範囲の光を発光する。
【0020】
このように、上記各d0イオンを含み、かつ、他の発光源を含まない場合、本発明の発光体は、紫外線等の照射により青色を発光するが、より短波長の光(青みが強い光)を発光させたい場合には、d0イオンがTa5+であることが好ましい。
【0021】
その他のd0イオンとしては、例えば、Nb5+、Mo6+、V5+、Zr4+およびHf4+などが挙げられる。
【0022】
本発明の発光体におけるd0イオンの含有率は、酸化物換算(例えばTi4+の場合にはTiO2換算、Ta5+の場合にはTa25換算、W6+の場合にはWO3換算)で、通常、10モル%以下である。当該含有率が過大になると、発光強度が低下する傾向を示す。上記d0イオンの含有率は、酸化物換算で、6モル%以下、5モル%以下、3モル%以下および2モル%以下の順で、より好ましい。当該含有率の下限は特に限定されないが、通常、酸化物換算で、0.2モル%である。
【0023】
本発明の発光体はガラス組成物からなるが、d0イオンを発光源として含む限り、その組成は特に限定されず、発光体の使用用途に応じて自由に設定できる。例えば、本発明の発光体がソーダライムシリケートガラスなどのケイ酸塩ガラスであってもよく、この場合、熱安定性、機械的特性、化学的耐久性に優れる発光体とすることができ、従来、ケイ酸塩ガラスが用いられている用途への使用が容易となる。また、このような発光体は、比較的安価に製造でき、形状加工性にも優れている。より具体的な例としては、蛍光灯やHID(High Intensity Dischargelamp)などの蛍光ランプに使用されるガラスの管体を本発明の蛍光体により構成することもでき、この場合、管体自身が発光する蛍光ランプとすることができる。
【0024】
また例えば、本発明の発光体がホウ酸塩ガラスであってもよく、この場合、ケイ酸塩ガラスなどに比べて融点が低く、形状加工性に優れるなどの特性を有する発光体とすることができ、従来、ホウ酸塩ガラスが用いられている用途への使用が容易となる。
【0025】
その他、本発明の発光体は、ホウケイ酸ガラス、アルミノケイ酸塩ガラス、リン酸塩ガラスなどであってもよい。
【0026】
本発明の発光体は、紫外線等の照射により発光する、d0イオン以外の発光源を含んでいてもよく、この場合、発光体の発光スペクトルを変化させることができる。d0イオン以外の発光源は、従来の発光体に含まれていた希土類元素のイオン(例えば、Eu2+)、あるいは、遷移金属元素のイオンであってもよいが、製造時に、ガラス組成物とするための熔融条件、熔融雰囲気の厳密な制御が不要であるイオン種を選択することが、生産性の観点からは好ましい。
【0027】
本発明の発光体の発光スペクトルは、発光体に含まれるd0イオンの種類、ガラス組成物としての組成、および、上記d0イオン以外の発光源の種類などに依存して変化する。上述したように、本発明の発光体がd0イオン以外の発光源を含まない場合、紫外線等の照射による発光スペクトルのピークは、d0イオンの種類に応じて多少の変動はあるものの、通常、波長にして380〜550nm程度の範囲であり、典型的には380〜520nmの範囲である。
【0028】
本発明の発光体は、Ce、Eu、Tm、TbおよびCuを実質的に含まなくてもよい。これらの元素は、従来の発光体に発光源として含まれる元素である。なお、「実質的に含まない」における「実質的に」とは、工業ガラス原料由来の不純物など、含有率にして0.2モル%以下の微量成分を許容する趣旨である。
【0029】
本発明の発光体は、希土類元素を実質的に含まなくてもよい。上述したように、希土類元素は、従来の発光体に発光源として含まれる元素である。
【0030】
本発明の発光体は、Feを実質的に含まなくてもよい。Feは、ガラス組成物中でFe3+の状態にあるときに紫外線を強く吸収する。このため、より強い発光強度を得るためには、本発明の発光体におけるFeの含有率ができるだけ少ない方が好ましい。なお、Feに限られず、本発明の発光体は、ガラス組成物中において紫外線を強く吸収する元素、例えばCe、を実質的に含まなくてもよい。
【0031】
本発明の発光体に照射する電磁波は、紫外線以下の波長を有する電磁波(波長380nm未満の電磁波)である限り特に限定されず、通常、紫外線である。d0イオンの種類によって、発光強度が最も強くなる電磁波の波長は異なる。照射する紫外線の波長は、例えば、147〜300nmの範囲であればよい。
【0032】
照射する電磁波の光源(電磁波源)は特に限定されず、例えば、電磁波が紫外線である場合、キセノンランプ、エキシマランプ、水銀ランプなどを用いればよい。紫外線の光源としては、上記水銀ランプを始め、水銀の励起により紫外線を発する光源の利用がより簡便である。
【0033】
本発明の発光体によれば、紫外線等の照射により発光を得ることができる。即ち、本発明の発光体により発光を得る方法(以下、「発光方法」)では、d0イオンを含むガラス組成物に紫外線等を照射することにより、当該ガラス組成物を発光させればよい。このように、本発明の発光体は、d0イオンを含むガラス組成物の発光体として使用することができ、このような発光体としての使用は、本発明のまた別の一側面を構成する。
【0034】
0イオンを含むガラス組成物は、上述した本発明の発光体であればよく、例えば、d0イオンがTi4+、Ta5+およびW6+から選ばれる少なくとも1種であればよい。このとき、当該ガラス組成物がd0イオン以外の発光源を含まない場合などに、スペクトルのピーク波長が380〜550nmの範囲にある光、典型的には当該ピーク波長が380〜520nmの範囲にある青色光を得ることができる。なお、上記ガラス組成物が、d0イオン以外に、紫外線等により発光する発光源を含む場合、その種類によっては波長方向により幅広いスペクトルの発光を得ることができる。
【0035】
上記発光方法において、d0イオンを含むガラス組成物に照射する電磁波は、紫外線以下の波長を有する限り特に限定されないが、紫外線を照射することがより簡便である。照射する紫外線の波長は特に限定されないが、例えば、波長にして147〜300nmの範囲の紫外線をガラス組成物に照射すればよい。このような紫外線の光源としては、例えば、キセノンランプ、エキシマランプ、水銀ランプなどを用いることができる。
【0036】
紫外線をガラス組成物に照射する場合、水銀の励起により発生させた紫外線を上記ガラス組成物に照射してもよい。
【0037】
本発明の発光デバイスは、d0イオンを含むガラス組成物を発光体として有する発光部と、紫外線等を発生させる電磁波源とを備え、上記発光部および電磁波源は、電磁波源において発生させた電磁波が上記発光体に照射され、当該照射により上記発光体が発光するように配置されている。
【0038】
本発明の発光デバイスが備える発光体は、上述した本発明の発光体であればよく、このような発光デバイスは、例えば、スペクトルのピーク波長が380〜550nmの範囲にある光、典型的には380〜520nmの範囲にある光、を発光することができる。
【0039】
本発明の発光デバイスにおいて、発光体に照射する電磁波は特に限定されないが、紫外線であることがより簡便である。発光体に紫外線を照射する場合、電磁波源が、水銀の励起を利用して紫外線を発生させてもよく、例えば、従来の蛍光ランプやHIDにおけるガラス管を本発明の発光体により形成したデバイスが、このような発光デバイスに相当する。
【0040】
本発明の発光デバイスでは、発光体がd0イオン以外に紫外線等により発光する発光源を含む場合、あるいは、発光デバイスが上記発光体以外に紫外線等により発光する部材(例えば、蛍光体層)を備える場合、上述した波長範囲よりも波長方向に幅広いスペクトルの光を発光できる。
【0041】
本発明のガラス組成物は、モル%で表示して、実質的に、30<SiO2<100、0<R2O<65、0<R’O<60、0<X≦10からなり、希土類元素およびFeを実質的に含まない。ただし、上記各成分におけるRはアルカリ金属元素、R’はアルカリ土類金属元素(Mg、Ca、SrおよびBaから選ばれる少なくとも1種:以下同様)、XはTiO2、Ta25およびWO3から選ばれる少なくとも1種である。なお、「実質的に」とは、工業ガラス原料由来の不純物など、含有率にして0.2モル%以下の微量成分を許容する趣旨である。
【0042】
上記本発明のガラス組成物は、モル%で表示して、実質的に、60<SiO2<100、0<R2O<20、0<R’O<20、0<X≦6からなることが好ましく、70<SiO2<100、0<R2O<20、0<R’O<10、0<X≦6からなることがさらに好ましい。
【0043】
また、上記とは別の本発明のガラス組成物は、モル%で表示して、実質的に、30<B23<100、0<R2O<50、0<R’O<50、0<X≦10からなり、希土類元素およびFeを実質的に含まない。ただし、上記各成分におけるRはアルカリ金属元素、R’はアルカリ土類金属元素、XはTiO2、Ta25およびWO3から選ばれる少なくとも1種である。
【0044】
上記本発明のガラス組成物は、モル%で表示して、実質的に、60<B23<100、0<R2O<20、0<R’O<20、0<X≦6からなることが好ましく、70<B23<100、0<R2O<20、0<R’O<10、0<X≦6からなることがさらに好ましい。
【0045】
このようなガラス組成物は上述した本発明の発光体を構成でき、紫外線等の照射により、典型的には青色に発光する。
【実施例】
【0046】
以下、実施例により、本発明をより詳細に説明する。本発明は、以下に示す実施例に限定されない。
【0047】
(実施例1)
(発光体サンプルの作製)
最初に、酸化物に換算して、SiO2:69%、Na2O:20%、CaO:10%、Ta25:1%の組成(全てモル%)となるように、ガラス原料としてSiO2、CaCO3
、Na2CO3およびTa25を混合し、ボールミルにより約10時間、全体が均一となるように粉砕した。混合する各ガラス原料は、発光特性に対する残留OH基の影響をできるだけ排除するために、上記混合前に、500℃で10時間乾燥させた。次に、白金るつぼを用いて全体を1550℃で熔融して熔融ガラスとし、当該温度で1〜4時間保持した。熔融雰囲気は大気下とし、特に熔融雰囲気の制御は行わなかった。次に、熔融ガラスをステンレス板上に流し出した後、別のステンレス板により狭持して冷却して、板状のガラス組成物を得た。なお、得られたガラス組成物の色調は透明であり、内部に気泡などは確認されなかった。
【0048】
最後に、得られたガラス組成物を5mm×5mm、厚さ1mmの形状に切断し、発光体サンプル(サンプル1:d0イオンがTa5+、d0イオンの含有率1モル%)とした。サンプル1は、上記に組成を示すようにソーダライムケイ酸塩ガラスである。
【0049】
サンプル1の作製とは別に、酸化物に換算して、SiO2:70%、Na2O:20%、CaO:10%の組成(全てモル%)を有するガラス組成物をサンプル1と同様に形成し、サンプル1と同じ形状に切断して、比較例サンプルAとした。サンプルAは、上記に示すように、d0イオンを含まない以外はサンプル1とほぼ同様の組成を有する。
【0050】
サンプル1、Aの作製とは別に、酸化物に換算して、SiO2:19%、B23:20%、ZnO:60%、CeO2:1%の組成(全てモル%)を有するガラス組成物をサンプル1と同様に形成し、サンプル1と同じ形状に切断して、比較例サンプルBとした。サンプルBは、上記に組成を示すようにセリウムドープホウケイ酸ガラスである。なお、サンプルBを作製する際には、CeO2の原料としてCeO2を、ZnOの原料としてZnOを用いた。
【0051】
(発光実験)
上記のように作製したサンプル1、AおよびBに対し、市販の水銀ランプを用いて波長254nmの紫外線を照射したところ、サンプルAおよびBの発光は目視では確認できなかったが、サンプル1は青色に発光することが目視で確認できた。
【0052】
(発光特性の評価)
上記のように作製したサンプル1およびサンプルAに対し、光吸収スペクトル、励起スペクトルおよび発光スペクトルを評価した。光吸収スペクトルの評価には、JASCO社製、V570 UV−VIS−NIR分光光度計を用い、励起スペクトルおよび発光スペクトルの評価には、日立製作所製、850蛍光分光光度計を用いた。測定波長は、光吸収スペクトルについて190〜350nmの範囲、励起スペクトルについて200〜400nmの範囲、発光スペクトルについて260〜700nmの範囲とした。発光スペクトルの評価にあたっては、上記測定範囲に基づき、各サンプルに波長200〜400nmの電磁波を照射した。
【0053】
図2にサンプル1、Aの光吸収スペクトルを示す。図2における曲線aがサンプルA、曲線bがサンプル1の光吸収スペクトルである。
【0054】
図2に示すように、サンプルAに比べてサンプル1では、紫外線領域に、より幅広く平坦な吸収ピークが観察された。サンプルAの吸収ピーク波長は205nmであったが、d0イオンであるTa5+の存在により、サンプル1の吸収ピーク波長はより長波長側の236nm程度まで広がることがわかった。なお、両サンプルの最大吸収係数は、サンプル1が32cm-1、サンプルAが27cm-1であった。
【0055】
図3にサンプル1、Aの励起および発光スペクトルを示す。図3における曲線aがサンプルA、曲線bがサンプル1の励起および発光スペクトルである。なお、サンプル1、Aともに、波長200〜300nmの範囲にピークを有するスペクトルが励起スペクトル、波長300〜600nmの範囲にピークを有するスペクトルが発光スペクトルである。
【0056】
図3に示すように、サンプルAに比べてサンプル1では、強い(ピーク強度が大きい)励起および発光スペクトルが観察された。サンプル1の励起スペクトルのピーク波長は245nmであった。また、サンプル1の発光スペクトルのピーク波長は420nmであり、波長254nmの励起において、そのピーク強度は、サンプルAの発光スペクトルのピーク強度の100倍以上であった。なお、サンプル1の励起スペクトルのピーク幅は、半値幅(FWHM)にして37nmであり、サンプル1の発光スペクトルのピーク幅は、FWHMにして115nmであった。
【0057】
サンプルAの発光スペクトルは、サンプルAに含まれるFe3+などのガラス原料由来の不純物によるものと推定される。サンプルAにおけるFe3+の含有率をガラス原料の純度から推定したところ、Fe23換算で、0.1モル%であった。
【0058】
なお、サンプル1の発光について、シリカガラスで見られるようなケイ素のB2欠陥(≡Si−Si≡)による発光の影響を考察したところ、紫外線の照射によるB2欠陥に基づく発光スペクトルでは、波長280nmに強い発光ピーク、波長452nmに弱い発光ピークを伴って波長394nmに強いピークが観察されるが、サンプル1の発光スペクトルには280nmおよび452nmにピークが見られないこと、B2欠陥に基づく吸収のピークは波長248nmにあるが、当該波長におけるサンプル1の吸収係数は1cm-1以下であること、などから、B2欠陥の影響は無視できると考えられる。
【0059】
次に、上記のように作製したサンプルBに対し、サンプル1、Aと同様に、その発光スペクトルの評価を行った。図4に、サンプルBの発光スペクトルをサンプル1の発光スペクトルとともに示す。なお、上記図2〜3、ならびに、以降の図5〜7の各図における強度の値は、規格化により無次元化された相対的な値であり、異なる図の間で、その強度は単純には比較できない。
【0060】
図4に示すように、セリウムドープホウケイ酸ガラスであるサンプルBに比べて、Ta5+含有ケイ酸塩ガラスであるサンプル1では、非常に大きい強度を有する発光スペクトルが観察され、そのピーク強度はサンプルBのおよそ35倍程度であった。
【0061】
(実施例2)
実施例2では、Ta5+含有ケイ酸塩ガラスの発光スペクトルのピーク強度におけるTa5+含有率依存性を評価した。
【0062】
サンプル1の作製と同様にして、Ta25の含有率(モル%)を0.5%、1.0%、2.0%および3.0%と変化させた発光体サンプルを作製した。サンプル1(Ta25の含有率が1.0モル%)に対するTa25の含有率の変化量は、SiO2の含有率を相対的に変化させることで調整した。
【0063】
上記のように作製した各発光体サンプルに対して、実施例1と同様にその発光スペクトルを測定し、当該スペクトルのピーク強度を評価した。評価結果を図5に示す。
【0064】
図5に示すように、Ta5+の含有率が、Ta25換算で、1.8〜3.0モル%程度の場合、特に2.0モル%の場合に、強いピーク強度が得られることがわかった。当該含有率がTa25換算で1.0モル%以下では、2.0モル%の場合に比べてピーク強度が低下する傾向を示した。なお、各サンプルとも、ピーク波長はほぼ同じ位置にあった。
【0065】
(実施例3)
実施例3では、ホウ酸塩ガラスの発光体サンプルを作製し、当該サンプルの発光スペクトルを評価した。
【0066】
サンプル1の作製と同様にして、B23:69%、Na2O:20%、CaO:10%、Ta25:1%の組成(全てモル%)を有するガラス組成物を形成し、サンプル1と同じ形状に切断して、実施例サンプル2とした。サンプル2はTa5+含有ホウ酸塩ガラスである。なお、サンプル2を作製する際には、B23の原料としてB23を用いた。
【0067】
上記のように作製したサンプル2に対し、市販の水銀ランプを用いて波長254nmの紫外線を照射したところ、サンプル2が青色に発光することが目視で確認できた。
【0068】
目視による確認とは別に、上記のように作製したサンプル2に対して、実施例1と同様にその発光スペクトルを評価した。サンプル2の発光スペクトルを図6に示す。
【0069】
図6に示すように、ホウ酸塩ガラスであるサンプル2においても、サンプル1と同様のピーク位置を有する発光スペクトルが得られた。
【0070】
(実施例4)
実施例4では、Ta5+の代わりにd0イオンとしてTi4+を含む発光体サンプルを作製し、当該サンプルの発光スペクトルを評価した。
【0071】
サンプル1の作製と同様にして、SiO2:69%、Na2O:20%、CaO:10%、TiO2:1%の組成(全てモル%)を有するガラス組成物を形成し、サンプル1と同じ形状に切断して、実施例サンプル3とした。サンプル3はTi4+含有ケイ酸塩ガラスである。なお、サンプル3を作製する際には、TiO2の原料としてTiO2を用いた。
【0072】
上記のように作製したサンプル3に対し、市販の水銀ランプを用いて波長254nmの紫外線を照射したところ、サンプル3が青色に発光することが目視で確認できた。ただ、その発光の色調は、青色であるものの、サンプル1に比べてやや緑がかかっていた。
【0073】
目視による確認とは別に、上記のように作製したサンプル3に対して、実施例1と同様にその励起スペクトルおよび発光スペクトルを評価した。サンプル3の励起スペクトルおよび発光スペクトルを、サンプル1の励起スペクトルおよび発光スペクトルとともに図7に示す。
【0074】
図7に示すように、サンプル3では、サンプル1と同様のピーク強度を有する励起スペクトルおよび発光スペクトルが得られた。ただし、サンプル3の励起および発光スペクトルのピーク位置は、それぞれ、260nmおよび510nmであり、双方のピーク位置とも、サンプル1に対して若干長波長側にシフトしていた。また、サンプル3の励起および発光スペクトルの形状は、それぞれ、サンプル1の励起および発光スペクトルの形状に対して、ややブロードであった。
【0075】
(実施例5)
実施例5では、Ta5+の代わりにd0イオンとしてW6+を含む発光体サンプルを作製し、当該サンプルの発光スペクトルを評価した。
【0076】
サンプル1の作製と同様にして、SiO2:69%、Na2O:20%、CaO:10%、WO3:1%の組成(全てモル%)を有するガラス組成物を形成し、サンプル1と同じ形状に切断して、実施例サンプル4とした。サンプル4はW6+含有ケイ酸塩ガラスである。なお、サンプル4を作製する際には、WO3の原料としてWO3を用いた。
【0077】
上記のように作製したサンプル4に対し、市販の水銀ランプを用いて波長254nmの紫外線を照射したところ、サンプル4が青色に発光することが目視で確認できた。
【0078】
目視による確認とは別に、上記のように作製したサンプル4に対して、実施例1と同様にその励起スペクトルおよび発光スペクトルを評価した。サンプル4の励起スペクトルおよび発光スペクトルを図8に示す。
【0079】
図8に示すように、サンプル7では、波長265nmに励起スペクトルのピークが、波長470nmに発光スペクトルのピークが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明によれば、従来の発光体にはない発光源を含むガラス組成物からなる発光体、特に青色発光体、を提供できる。本発明の発光体は形状加工性に優れ、照明器具、ディスプレイパネルなどの各種の発光デバイスが備える発光部などへの応用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】金属−配位子遷移モデルを示す模式図である。
【図2】実施例1において測定した、実施例サンプル1(曲線b)および比較例サンプルA(曲線a)の光吸収スペクトルを示す図である。
【図3】実施例1において測定した、実施例サンプル1(曲線b)および比較例サンプルA(曲線a)の励起スペクトルおよび発光スペクトルを示す図である。
【図4】実施例1において測定した、実施例サンプル1および比較例サンプルBの発光スペクトルを示す図である。
【図5】実施例2において測定した、Taの含有率に対する発光スペクトルのピーク強度の変化を示す図である。
【図6】実施例3において測定した、実施例サンプル2の発光スペクトルを示す図である。
【図7】実施例4において測定した、実施例サンプル1および3の励起スペクトルおよび発光スペクトルを示す図である。
【図8】実施例5において測定した、実施例サンプル4の励起スペクトルおよび発光スペクトルを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原子の基底状態において電子が存在するd軌道のうち、最も外殻にあるd軌道から全ての電子が失われた遷移金属イオンを含むガラス組成物からなり、
紫外線以下の波長を有する電磁波の照射により発光する発光体。
【請求項2】
前記遷移金属イオンが、Ti4+、Ta5+およびW6+から選ばれる少なくとも1種である請求項1に記載の発光体。
【請求項3】
前記遷移金属イオンが、Ta5+である請求項2に記載の発光体。
【請求項4】
前記遷移金属イオンの含有率が、酸化物換算で、10モル%以下である請求項1に記載の発光体。
【請求項5】
前記ガラス組成物が、ケイ酸塩ガラスまたはホウ酸塩ガラスである請求項1に記載の発光体。
【請求項6】
発光スペクトルのピークが波長380〜550nmの範囲にある請求項1に記載の発光体。
【請求項7】
Ce、Eu、Tm、TbおよびCuを実質的に含まない請求項1に記載の発光体。
【請求項8】
希土類元素を実質的に含まない請求項1に記載の発光体。
【請求項9】
Feを実質的に含まない請求項1に記載の発光体。
【請求項10】
波長147〜300nmの範囲の紫外線の照射により発光する請求項1に記載の発光体。
【請求項11】
原子の基底状態において電子が存在するd軌道のうち、最も外殻にあるd軌道から全ての電子が失われた遷移金属イオンを含むガラス組成物からなり、
紫外線以下の波長を有する電磁波の照射により青色光を発光する青色発光体。
【請求項12】
原子の基底状態において電子が存在するd軌道のうち、最も外殻にあるd軌道から全ての電子が失われた遷移金属イオンを含むガラス組成物を発光体として有する発光部と、
紫外線以下の波長を有する電磁波を発生させる電磁波源とを備え、
前記発光部および前記電磁波源は、前記電磁波源において発生させた前記電磁波が前記発光体に照射され、前記照射により前記発光体が発光するように配置されている発光デバイス。
【請求項13】
前記電磁波が紫外線である請求項12に記載の発光デバイス。
【請求項14】
モル%で表示して、実質的に、
30<SiO2<100
0<R2O<65
0<R’O<60
0<X≦10
からなり、
希土類元素およびFeを実質的に含まないガラス組成物。
ただし、上記各成分におけるRはアルカリ金属元素、R’はアルカリ土類金属元素、XはTiO2、Ta25およびWO3から選ばれる少なくとも1種である。
【請求項15】
モル%で表示して、実質的に、
30<B23<100
0<R2O<50
0<R’O<50
0<X≦10
からなり、
希土類元素およびFeを実質的に含まないガラス組成物。
ただし、上記各成分におけるRはアルカリ金属元素、R’はアルカリ土類金属元素、XはTiO2、Ta25およびWO3から選ばれる少なくとも1種である。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−31017(P2008−31017A)
【公開日】平成20年2月14日(2008.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−208262(P2006−208262)
【出願日】平成18年7月31日(2006.7.31)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】