説明

真空アーク蒸着装置

【課題】膜中にマクロパーティクル等の混入のない、平滑で、密着性が高い薄膜を生成することができ、低コストでかつメンテナンス性も優れた装置を提供することを目的とする。
【解決手段】真空アーク放電によって陰極を蒸発させて陰極物質を含むプラズマを生成する真空アーク蒸発源と、基体を収容され真空排気される真空室と、外部に磁場形成手段を有する湾曲状プラズマ輸送管とを備えた薄膜形成装置において、前記プラズマ輸送手段の内壁に、多孔質部材と針金状芯材とから構成されるパーティクル除去手段を配設したことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空アーク蒸着装置に関し、特に、硬質皮膜を形成するために用いられる真空アーク蒸着装置に関する。
【背景技術】
【0002】
薄い硬質皮膜の一種であるDLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)膜を形成するために真空アーク放電をプラズマ源とした成膜方法であるFCA(フィルタード・カソーディック・アーク)法を用いることが知られている(例えば、特許文献2、3参照)。FCA法は、陰極を真空アーク放電により蒸発させ陰極物質を含むプラズマを生成する。真空アーク放電によるプラズマ源を用いて発生させたプラズマ中のイオンを負バイアス等によって基体に引き込んで形成されたDLC膜は、SP2成分に対するSP3成分の比率が高くなる。このため、硬くて丈夫なDLC膜が得られる。
【0003】
しかしながら、FCA法ではマクロパーティクルが多いという問題がある。これは、真空アーク蒸発源で陰極と陽極となる真空アーク蒸発源を接触させアーク放電させたときに陰極物質を含むプラズマのみでなく、陰極物質が液状化した中性的な液滴であるドロップレット(以下マクロパーティクル)も発生し陰極表面外部へと固体化しながら飛散し、飛散したマクロパーティクルが湾曲状プラズマ輸送管の内壁への衝突を繰り返し、基体表面に付着するためである。
【0004】
マクロパーティクルが、皮膜を形成するための基体表面に付着すると、膜面の平滑性が損なわれるだけではなく、後に付着したマクロパーティクルが基体表面より剥れ、ひいては付着したDLC膜自身も剥れることになる。そのため、樹脂あるいはゴムなどを成形する金型等にこのような膜を表面皮膜として成膜することは好ましくない。
【0005】
マクロパーティクルの基体表面への付着を防ぐ方法として、プラズマ輸送管にパーティクル除去手段を設けた真空アーク蒸着装置が知られている。
【0006】
特許文献1には、プラズマ輸送管の内壁に多孔質部材を配設することが記載されている。特許文献2には、プラズマ輸送管の内壁に、表面から裏面まで貫く穴が設けられた板状
のフィルタ部材を設けることが記載されている。特許文献3には、プラズマ輸送管の内壁に、平板状のリング部材である薄板を、ワイヤーで連結して、バッフル構造としたものを配設することが記載されている。薄板は、隣り合う薄板が互いに平行になるようにして、薄板のない周部と外周部、円周方向には90度ずつ4箇所の計8本のワイヤーで結合されて、並設されることが記載されている。特許文献4には、プラズマ輸送管の内壁に、円錐台状のリング部材である薄板を、各々溶接して形成した一体型構造のパーティクル除去手段を設けることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002−105628号公報(図1参照)
【特許文献2】特開2008−291326号公報(図1参照)
【特許文献3】特開2004−244667号公報(図11参照)
【特許文献4】米国特許第6031239号明細書(FIG.11参照)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1のパーティクル除去手段においては、多孔質部材をプラズマ輸送管内へ固定する場合、自重で垂れ下がる場合がある。
【0009】
特許文献2のパーティクル除去手段においては、プラズマ輸送管の直線部にフィルタ板が設けられているためマクロパーティクル除去が十分ではなかった。またフィルタ板のメッシュ孔サイズが小さく目詰まりを起こしやすく長期間使用できないという問題があった。
【0010】
特許文献3のパーティクル阻止手段は、平板状のリング部材を多数ワイヤーで連結しているため構造が複雑となり、製作コストがかかる。
【0011】
特許文献4の構造においても、円錐台状のリング部材を連結するため溶接作業が多くなり、製作コストがかかる。また、特許文献4のマクロパーティクル除去手段では取り付け方向を間違って逆に取り付けた場合、マクロパーティクルが基体に付着する量が逆に増えてしまうという問題もある。
【0012】
特許文献2、3では、穴のあいた平板ドーナツ状の部材を用いているため、プラズマを輸送する通路断面積が小さくなり、成膜に寄与するプラズマが減少するという問題があった。また、特許文献2、3、4において、パーティクル除去手段の外径を、湾曲上プラズマ輸送管の内径と同程度とした場合、湾曲状プラズマ輸送管内壁へ取り付ける場合、湾曲状プラズマ輸送管内4壁との摩擦抵抗によりメンテナンス時に取り付け、取り外しが困難になるという問題があった。
【0013】
本発明は、膜中にマクロパーティクル等の混入のない、平滑で、密着性が高い薄膜を生成することができ、低コストでかつメンテナンス性も優れた装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の真空アーク蒸着装置は、真空アーク放電によって陰極を蒸発させて陰極物質を含むプラズマを生成する真空アーク蒸発源と、基体を収容され真空排気される真空室と、外部に磁場形成手段を有する湾曲状プラズマ輸送管とを備えた薄膜形成装置において、前記プラズマ輸送手段の内壁に、多孔質部材と針金状芯材とから構成されるパーティクル除去手段を配設したことを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明の装置により、真空アーク蒸発源で発生したプラズマ中のマクロパーティクルを効果的に除去することができる。そのため、基体の表面に成膜されたDLC膜中にマクロパーティクルの混入がなく、混入したマクロパーティクルの基体表面からの剥れによるDLC膜の剥れのない密着性の良いDLC膜を成膜することができる。
【0016】
また、本発明によるマクロパーティクル除去手段により、湾曲状プラズマ輸送管内壁への固定が容易となり、取り付け、取り外しといったメンテナンス作業の短縮や装置の大気暴露時間を短くすることができる。さらに、構造も従来の薄板リングをつなぎ合わせたバッフルよりも簡便なため安価に製作できランニングコスとを低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明に係る真空アーク蒸着装置の構成を示す模式図である。
【図2】本発明のパーティクル除去手段の一態様を示す模式図である。
【図3】本発明のパーティクル除去手段の他の例を示す模式図である。
【図4】基体としての金型の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面を参照して、本発明の実施の形態を説明するが、本発明は本実施形態に限定されるものではない。
【0019】
まず、図1を参照して、本発明の真空アーク蒸着装置の一態様について説明する。
図1は、本発明の真空アーク蒸着装置の一態様を示す模式図である。真空アーク蒸着装置は、不図示の真空排気装置によって真空排気される真空室1を備えている。真空室1内に、成膜しようとする基体2を保持するホルダ10が配置されている。ホルダ10は回転する回転軸に支持されており、駆動部8によって回転する。ホルダ10及びそれに保持される基体2には、バイアス電源が接続されており、バイアス電圧が印加される。
【0020】
プラズマ輸送管4は、曲がった形状をしている。湾曲状のプラズマ輸送管4の外周には、磁気コイル3からなる偏向磁場形成手段が設けられている。磁気コイル3としては、例えば、ポリアミドイミド被覆銅線を巻いたコイルが用いられる。また、プラズマ輸送管4の内壁には、マクロパーティクル除去手段5が設けられている。
【0021】
プラズマ輸送管の、一方の端部には真空アーク蒸発源7が接続されている。プラズマ輸送管4の一方の端部は、ホルダ10上の基体2に向くように、真空室1の開口の一部に接続されている。真空室1を真空排気することにより、湾曲状プラズマ輸送管4内も真空排気される。
【0022】
真空アーク蒸発源7は、ターゲットとして、真空アーク蒸発源7内に配置されたグラファイト(カーボン)を材料とする円柱状の陰極6を有している。陰極6には、電源Eが接続されている。真空アーク蒸発源7は、陰極6と陽極を兼ねる真空アーク蒸発源7との間でストライカ11によって陰極6表面を接触させ真空アーク放電によって、陰極6表面を溶解させて陰極物質を蒸発させる。陰極表面から蒸発した陰極物質は、イオン化する。一方、アーク放電により発生したプラズマは、プラズマ輸送管4の外周部に巻かれた電磁コイル3が作る磁界によりプラズマ中の荷電粒子である電子及び陰極物質イオンのみを輸送する。そのため、陰極物質イオンは、基体2表面に達する。
【0023】
プラズマを、プラズマ輸送管4を用いて、真空室1内に配置された基体2までプラズマを誘導し、基体2表面に硬質皮膜であるDLC膜を形成する。この場合陰極6にグラファイト(炭素)を用いているのでsp3成分比の高いDLC膜が得られる。
【0024】
また、本発明では、プラズマ輸送管にパーティクル除去手段5が設けられているので、真空アーク蒸発源で発生したプラズマ中のマクロパーティクルを効果的に除去することができる。そのため、基体の表面に成膜されたDLC膜中にマクロパーティクルの混入がなく、混入したマクロパーティクルの基体表面からの剥れによるDLC膜の剥れのない密着性の良いDLC膜を成膜することができる。
【0025】
次に、図2を参照して、本発明のマクロパーティクル除去手段の一実施態様を、説明する。図2(b)は、本発明のマクロパーティクル除去手段の一態様を模式的に示す概略図である。また、図2(a)は、本発明のマクロパーティクル除去手段を形成するベース部材を示す模式図である。
【0026】
本態様のマクロパーティクル除去手段23は、長尺のベース部材20を螺旋状に巻いた形状を有する。ベース部材20は、多孔質部材と針金状芯材とから構成される。針金状芯材22が、多孔質部材21の長尺方向に少なくとも2本串刺すように配置されている。多孔質部材21としては、金属性の多孔質部材を用いることが好ましい。金属性の多孔質部材としては、金属ウールを用いることができる。芯材22としては、金属性の針金状芯材を用いることが好ましく、バネ性のある針金などを用いることができる。針金としては、ステンレスを用いることができる。金属ウールとしては、ステンレスを用いることができるが、ステンレスに限らず銅や鉄にメッキ等コーティングしたものを用いてもよい。
【0027】
なお、金属ウールとは、金属繊維等より構成されたものに限定されず、細長い金属箔をウール状にして多孔質性、ガス透過性を有するように構成したもの、製法の如何を問わず、結果的にウール状の構成となるものを含む。
【0028】
本発明のマクロパーティクル除去手段を用いれば、マクロパーティクルの運動エネルギーをウール状、繊維状の部材がその弾力で吸収するので、マクロパーティクルが再び反射し散乱しない。また、例え反射したとしても、本発明のマクロパーティクル除去手段は多孔質部材から形成されているので、ウール状、繊維状部材の内部に再付着するためマクロパーティクルのトラップ効果が持続する。さらに、ウール状、繊維状部材から形成される多孔質部材の表面積も大きく長期間の効果を持続することが可能である
【0029】
本態様のマクロパーティクル除去手段は、金属ウールのような多孔質部材21に、バネ性のある金属性の針金状芯材22が串刺すように配置された長尺状のベース部材30を、螺旋状にして形成されているので、長さ方向及び径方向に伸縮性を有する。そのため、バネ力によって、挿入時は輸送管径よりも縮めて挿入し、内部で拡がる形になり、固定金具等無しに簡便に固定することができる。また湾曲状プラズマ輸送管4の湾曲部の内壁へも隙間なく覆うことが可能である。
【0030】
さらに、本態様のマイクロパーティクル手段のベース部材20は、金属ウールで形成された部材21と芯材22からなる2重構造となっているので、湾曲状プラズマ輸送管4の内壁へ金属ウール状の素材で形成された部材21を密着させることができる。
【0031】
図3を参照して、本発明のマクロパーティクル除去手段の他の態様を説明する。図3(b)は、本発明のマクロパーティクル発生手段の他の態様を摸式的に示す概略図である。また、図3(a)は、本発明のマクロパーティクル除去手段を形成するベース部材を示す模式図である。
【0032】
本態様のマクロパーティクル除去手段は、板状のベース部材30を筒状にまるめることにより形成された例である。このとき、ベース部材30をまるめた両端が10mm〜30mm程度の隙間を有するように、ベース部材30をまるめることが好ましい。このような形態のマクロパーティクル除去手段をプラズマ輸送管内に挿入する際には、この隙間がなくなるように(重なるよう)にして径の小さい筒状にして挿入する。プラズマ輸送管内に固定するときには
ちょうど隙間が0mmになるか、10mm〜30mm程度の重なるようにして固定する。
【0033】
ベース部材30は、金属性多孔質部材31を金属性の針金状芯材32が縦横に串刺すように配置されている。本態様のマクロパーティクル除去手段は、バネ性のある芯材を用いて形成されたベース部材30を、円筒状にして形成されているので、バネ力によって、挿入時は輸送管径よりも縮めて挿入し、内部で拡がる形になり、固定金具等無しに簡便に固定することができる。また、本態様のマクロパーティクル除去手段のベース部材30は、金属ウールで形成された多孔質部材31とバネ性のある針金状芯材32から形成されているので、湾曲状プラズマ輸送管4の内壁へ金属ウール31を密着することが可能である。
【0034】
本発明の真空アーク蒸着装置によれば、図5に示したような、樹脂あるいはゴム成形用金型51上の成型部分にDLC薄膜を成膜し、硬質皮膜52を形成することができる。
【0035】
更に本発明により形成される、DLC膜は樹脂あるいはゴム成形用金型の硬質皮膜に限定されない。例えば、機械部品、自動車部品、工具等の機能保護膜、磁気記録媒体の保護膜、磁気ヘッドの保護膜としてのDLC膜を形成する際に本発明を用いてもよい。また、半導体素子、電子部品素子等の一部にDLC膜を形成する際に本発明のアーク蒸着装置を用いてもよい。
【符号の説明】
【0036】
1 真空室
2 基体
3 コイル
4 プラズマ輸送管
5 マクロパーティクル除去手段
6 陰極
7 真空アーク蒸発源
8 駆動部
9 バイアス電源
20 ベース部材
21 金属ウール
22 針金状芯材
23 マクロパーティクル除去手段
30 ベース部材
31 金属ウール
32 針金状芯材
33 マクロパーティクル除去手段
51 金型
52 硬質皮膜


【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空アーク放電によって陰極を蒸発させて陰極物質を含むプラズマを生成する真空アーク蒸発源と、基体を収容され真空排気される真空室と、外部に磁場形成手段を有する湾曲状プラズマ輸送管とを備えた薄膜形成装置において、前記プラズマ輸送手段の内壁に、金属性の多孔質部材と金属性の針金状芯材とから構成されるパーティクル除去手段を配設したことを特徴とする真空アーク蒸着装置。
【請求項2】
前記多孔質部材が金属性の多孔質部材であり、前記針金状芯材が金属性の針金状芯材であることを特徴とする請求項1に記載の真空アーク蒸着装置。
【請求項3】
前記金属性の多孔質部材は、金属ウールであることを特徴とする請求項1または2に記載の真空アーク蒸着装置。
【請求項4】
前記パーティクル除去手段は、前記多孔質部材と前記芯材とからなる板状部材を、螺旋状に曲げた形状を有することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の真空アーク蒸着装置。
【請求項5】
前記パーティクル除去手段は、前記多孔質部材と前記芯材とからなる板状部材を、筒状に曲げた形状を有することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の真空アーク蒸着装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−137191(P2011−137191A)
【公開日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−296503(P2009−296503)
【出願日】平成21年12月26日(2009.12.26)
【出願人】(000227294)キヤノンアネルバ株式会社 (564)
【Fターム(参考)】