説明

硬さ分布測定方法

【課題】 広帯域集束超音波の直接反射波の到達時間差を正確に検出して、表面から深さ方向への物体の硬さ分布を正確に測定する。
【解決手段】 物体1の表面1aに向けて集束する広帯域超音波を発信する一定焦点距離の超音波センサ5を設けて、発信される超音波の集束点を表面1aから異なる深さの二位置に設定することにより、表面1aに広帯域超音波の表面波を、異なる二つの伝播距離で生じさせ、伝播距離の差とこの時生じる各周波数における超音波の位相差とから、各周波数における表面波の伝播速度を算出し、当該伝播速度に基づいて、各周波数に対応した深さにおける物体1の硬さの指標値を算出する方法において、伝播距離の差を、上記異なる深さの二位置へ発信された各超音波の、物体表面1aにおける直接反射波の相関係数が最大を示す到達時間差より算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は硬さ分布測定方法に関し、特に、表面から深さ方向への物体の硬さ分布を、超音波を使用して非破壊で測定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、物体表面下の焦点位置に向けて集束する広帯域超音波を超音波センサより発信して、物体表面に広帯域超音波の表面波を生じさせ、各周波数の表面波の音速(伝播速度)から、これら各周波数に対応した深さにおける物体の硬さの指標値を算出する硬さ分布の測定方法が開示されている。
【特許文献1】特開2006−84447
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、上記従来方法においては、物体表面からの焦点深さを算出するのに、焦点位置が物体表面にある場合の直接反射波の到達時間と、表面波測定を行う焦点深さとしたときの物体表面での直接反射波の到達時間との差を使用している。しかしこの場合、上記反射波の波形は、対象である物体の材料や媒体による減衰等によりその振幅や位相が変動するため、例えば反射波の大きさがある閾値を超えた時に当該反射波が現れたものとして上記到達時間差を検出すると、大きな誤差を生じてしまうという問題がある。
【0004】
そこで、本発明はこのような課題を解決するもので、広帯域超音波の直接反射波の到達時間差を正確に検出可能で、これにより表面から深さ方向への物体の硬さ分布を正確に測定することができる硬さ分布測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するために、本発明の方法では、表面(1a)から深さ方向へ硬さが変化している物体(1)の硬さ分布を測定する方法であって、物体(1)の表面(1a)に向けて集束する広帯域超音波を発信する一定焦点距離の超音波センサ(5)を設けて、発信される超音波の集束点を表面(1a)から異なる深さの二位置に設定することにより、表面(1a)に広帯域超音波の表面波(UL)を、異なる二つの伝播距離(L1,L2)で生じさせ、伝播距離の差(ΔL)とこの時生じる各周波数(f)における超音波の位相差(Δφ)とから、各周波数(f)における表面波(UL)の伝播速度(Vp)を算出し、当該伝播速度(Vp)に基づいて、各周波数(f)に対応した深さにおける物体(1)の硬さの指標値を算出する方法において、伝播距離の差(ΔL)を、上記異なる深さの二位置へ発信された各超音波の、物体表面(1a)における直接反射波(Sg11,Sg12)の相関係数が最大を示す到達時間差より算出する。
【0006】
本第1発明においては、物体表面における直接反射波の相関係数が最大を示す到達時間差より伝播距離の差を算出しており、算出される到達時間差は、従来のような例えば反射波の大きさがある閾値を超えた時に当該反射波が現れたものとして上記到達時間差を得る方法に較べて、反射波の位相や振幅の変動の影響を受けることが少ない。そこで、上記到達時間差に基づいて上記伝播距離の差を十分に小さな誤差で正確に得ることができ、これより、各周波数における表面波の伝播速度を算出して、各周波数に対応した深さにおける正確な物体の硬さの指標値を得ることができる。
【0007】
本第2発明では、上記超音波センサ(5)と物体表面(1a)との間に介在する媒体(21)の温度に応じて当該媒体(21)を通過する超音波の音速を補正する。本第2発明においては、媒体を通過する超音波の音速をその温度に応じて補正しているから、温度による変動を生じることなく、各周波数に対応した深さにおける物体の硬さの指標値をより正確に得ることができる。
【0008】
なお、上記カッコ内の符号は、後述する実施形態に記載の具体的手段との対応関係を示すものである。
【発明の効果】
【0009】
以上のように、本発明の硬さ分布測定方法によれば、広帯域超音波の直接反射波の到達時間差を正確に検出して、表面から深さ方向への物体の硬さ分布を正確に測定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
図1には本発明の測定方法を実施する装置の一例を示す。図1において、物体1は窒化処理等によって、水平な表面1a側が最も硬さが大きく、これから下方の深さ方向へ漸次硬さが小さくなり生地本来の硬さに至る硬さ分布を生じている。物体1の表面1a上には接触媒体としての例えば水21を貯留した底抜きの枠ケース2が載置されて貯留槽を構成している。枠ケース2の側壁には、移動機構たるマイクロヘッドを構成する支持架台3が固定されており、これに沿って上下動可能にスライダ4が設けてある。スライダ4には姿勢調整用の二軸スイベルテーブル41を介して超音波センサ5が支持されており、当該センサ5の下部はケース2内の水中に浸漬されている。そして、超音波センサ5の音響レンズ51の、凹状円弧断面に成形された下面5aが上記物体表面1aに正対している。超音波センサ5に内設された発信用圧電膜(図示略)から発信された超音波は音響レンズ51によって一定焦点距離に集束されて物体表面1aで反射し、反射波は再び音響レンズ51を経て受信用圧電膜(図示略)に至って受信される。演算装置7が設けられて、これに超音波センサ5の受信信号が入力している。
【0011】
物体表面1aに超音波表面波ULを生じさせるために図2に示すように、超音波センサ5から発信された超音波の集束点(焦点)FPを物体表面1aではなく、これよりも下方に設定している(デフォーカス)。このようにすると、超音波センサ5では、図3に示すように、物体1からの直接の反射波による受信信号Sg1と、これに遅れて、物体表面1aに生じた漏洩表面波ULによる反射波の受信信号Sg2が得られる。そして、上記集束点FPを物体表面1aから深い位置に設定した場合(図2(A))には、上記受信信号Sg2は相対的に長い距離L1を伝播した表面波ULによるものとなり、一方、上記集束点FPを物体表面1aから浅い位置に設定した場合(図2(B))には、上記受信信号Sg2は相対的に短い距離L2を伝播した表面波ULによるものとなる。
【0012】
ここで、本実施形態では超音波センサ5として、中心周波数40MHzで周波数帯域10〜50MHzの広帯域のものを使用している。表面波ULはおよそその波長の半分程度の深さにおける物体1の物理的性質の影響を最も受けるから、超音波センサ5の周波数帯域は硬さ測定を行う深さに応じて適宜選択する。ちなみに、周波数帯域10〜50MHzの表面波ULでは、物体1の約50〜150μmの深さ範囲が測定できる。
【0013】
超音波の表面波ULはその波長の半分程度の深さを伝播しており、その伝播速度(位相速度)Vpが硬さと弾性定数に相関がある場合、演算装置7(図1)では、下式(1)によって周波数fの表面波ULの伝播速度Vpを算出し、これに適当な係数を乗じることによって硬さの指標値を得ている。ここで、ΔLは相対的に長い伝播距離L1(図2)と相対的に短い伝播距離L2との差であり、Δφは相対的に長い伝播距離L1を伝播した後の、周波数fの表面波ULの位相φ1と、相対的に短い伝播距離L2を伝播した後の、上記表面波ULの位相φ2との差より算出される位相差である。
【0014】
Vp=2πf・ΔL/Δφ…(1)
【0015】
ここで、本実施形態のように、超音波センサ5から発信された超音波の集束点FPを物体表面1aよりも下方に設定することによって物体表面1aに超音波表面波ULを生じさせた場合には、上記伝播距離の差ΔLは下式(2)で得られる。ここで、θは発信超音波の入射角(図4参照)、ΔZは、超音波センサ5を下降させて発信超音波の集束点FPを物体表面1aから深い位置に設定した時のデフォーカス量Z1(図2(A))と超音波センサ5を上昇させて上記集束点FPを物体表面1aから浅い位置に設定した時のデフォーカス量Z2(図2(B))との差である。
【0016】
ΔL=2tanθ・ΔZ…(2)
【0017】
また、各周波数fでの位相差Δφは、下式(3)で得られる。ここで、Vwは水中での音速であり、周波数fにおける表面波ULの位相φ1、φ2は、超音波センサ5の受信信号Sg2を高速フーリエ変換することによって得られる。
【0018】
Δφ=φ2−(φ1−(4πf・ΔZ)/(Vw・cosθ))…(3)
【0019】
ここで、超音波センサ5の焦点距離は一定であるから、上記デフォーカス量の差ΔZは、相対的に高い位置にあるときの超音波センサ5の物体表面1aまでの距離と、相対的に低い位置にあるときの超音波センサ5の物体表面1aまでの距離の差Δdに等しい。そして、差Δdは下式(4)で算出でき、式中Δtは、相対的に高い位置にあるときの超音波センサ5から発せられた超音波の直接反射波による受信信号Sg11と、相対的に低い位置にあるときの超音波センサ5から発せられた超音波の直接反射波による受信信号Sg12との間の到達時間差である。
【0020】
ΔZ=Δd=1/2・Vw・Δt…(4)
【0021】
演算装置7では以下の手順によって硬さ指標値を得る。最初に、相対的に低い位置にあるときの超音波センサ5から発せられた超音波の直接反射波による受信信号Sg12を含む信号Sa(図5(1))を入力する(ステップ1)。続いて、相対的に高い位置にあるときの超音波センサ5から発せられた超音波の直接反射波による受信信号Sg11を含む信号Sb(図5(2))を入力する(ステップ2)。そして、上記受信信号Sg12を含む所定領域Eの波形データを抽出し、これを時間軸上で例えば数ns毎に順次移動させてその都度、上記信号Sbとの相関係数rxyを下式(5)で算出する(ステップ3)。なお、式(5)中、σxは上記波形データの標準偏差値、σyは移動させた上記波形データに対応する信号Sb部分の標準偏差値、σxyは上記波形データと信号Sb部分の共分散値である。受信信号Sg11, Sg12は振幅や位相は変動するものの、これらの波形が重なったところでその相関係数は最も大きくなるから、相関係数(図5(3))が最大値を示す時間軸上の移動位置を検出してこの移動位置から到達時間差Δtを得る(ステップ4)。以上のステップにより得られる到達時間差Δtは、例えば従来の、受信信号Sg11, Sg12の大きさがある閾値を越えた時を当該信号が生じた時として算出される到達時間差に比して、受信信号Sg11, Sg12の振幅や位相の変動の影響を受けることがなく、十分に小さな誤差の正確な値となる。したがって、このような到達時間差Δtに基づいて上式(4)で算出されるデフォーカス量の差ΔZより、周波数fの表面波ULの伝播速度Vpを算出して正確な硬さの指標値を得ることができる。
【0022】
rxy=σxy/(σx・σy)…(5)
【0023】
ちなみに、従来の方法では上記差ΔZの測定誤差Δ(ΔZ)は4μm程度もあるのに対して、本実施例の方法によれば差ΔZの測定誤差Δ(ΔZ)は1μm程度に抑えることができる。ここで、表面波ULの伝播速度Vpと差ΔZの関係は下式(6)で与えられ、従来の方法のように差ΔZの測定誤差Δ(ΔZ)が4μmもあると、伝播速度Vpの測定誤差ΔVpは下式(6)の傾きより46.4m/sにもなる。ここで、図6には、同一物体に対し超音波照射位置や照射角度を変えて表面波伝播速度Vpを複数周波数で測定した例を示し、図6(1)は本発明方法によるもの、図6(2)は従来方法によるものである。図6より明らかなように、本発明方法によれば、各周波数で算出される伝播速度の値のばらつきが小さく抑えられている。
【0024】
Vp(m/s)=−11577ΔZ(mm)+12203…(6)
【0025】
さらに、図7に示すように、水中音速Vwは水温によって変化する。そこで、本実施形態では、水21(図1)の貯留槽内に水温計(図示略)を設け、演算装置7は図7に示す水中音速Vwと水温の関係を予め記憶しておいて(ステップ1)、読み込んだ水温値から、対応する水中音速Vwを取得する(ステップ2)。そして、取得した水中音速Vwで上式(4)を補正して正確なデフォーカス量の差ΔZを求め(ステップ3)、これより表面波伝播速度Vpを算出する(ステップ4)。以上のステップを行うことにより、図8の黒丸印で示すように、算出される表面波ULの伝播速度Vpの値が水温の影響を受けにくくなる。これに対して、水温補正をしないと図8の白三角印で示すように表面波ULの伝播速度Vpの値が水温の影響を受けて大きく変動してしまう。
【0026】
上式(1)で算出された各周波数fの表面波ULの伝播速度Vpに適当な係数を乗じて得られた、物体1の各深さにおける硬さの指標値を白丸印で図9にプロットすると、これは圧痕の径を測定する従来の方法で得られるビッカース硬さHvの分布(図9の黒丸印)と同様の傾向となり、物体1の表面1aから深さ方向への実際の硬さ分布を良く示している。なお、図9の白角印は窒化処理等の硬化処理をしていない物体1について本発明方法で測定された物体の各深さにおける硬さの指標値を示し、この場合は当然のことながら表面近くでの硬さ指標値の急増はなく、硬さ指標値はほぼ一定となる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の測定方法を実施するための装置の一例を示す部分断面側面図である。
【図2】超音波センサによる表面波発生の原理を示す概略側面図である。
【図3】超音波センサの受信信号の波形図である。
【図4】超音波センサ部の測定諸元を示す概略側面図である。
【図5】超音波センサで受信される信号の時間軸上の変化と相関係数の変化を示す図である。
【図6】複数の周波数で算出された表面波伝播速度のばらつきを示すグラフである。
【図7】水中音速の水温依存性を示すグラフである。
【図8】算出された表面波伝播速度の水温依存性を示すグラフである。
【図9】本発明方法による硬さ測定結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0028】
1…物体、1a…表面、21…水(媒体)、3…架台、4…スライダ、5…超音波センサ、6…マイクロメータ、FP…集束点、L1,L2…伝播距離、Sg11,Sg12…直接反射波、UL…表面波、Z1,Z2…深さ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面から深さ方向へ硬さが変化している物体の硬さ分布を測定する方法であって、前記物体の表面に向けて集束する広帯域超音波を発信する一定焦点距離の超音波センサを設けて、発信される超音波の集束点を前記表面から異なる深さの二位置に設定することにより、前記表面に広帯域超音波の表面波を、異なる二つの伝播距離で生じさせ、伝播距離の差とこの時生じる各周波数における超音波の位相差とから、前記各周波数における前記表面波の音速を算出し、当該音速に基づいて、前記各周波数に対応した深さにおける前記物体の硬さの指標値を算出する方法において、前記伝播距離の差を、前記異なる深さの二位置へ発信された各超音波の、前記物体表面における直接反射波の相関係数が最大を示す到達時間差より算出することを特徴とする硬さ分布測定方法。
【請求項2】
前記超音波センサと前記物体表面との間に介在する媒体の温度に応じて当該媒体を通過する超音波の音速を補正するようにした請求項1に記載の硬さ分布測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−31088(P2009−31088A)
【公開日】平成21年2月12日(2009.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−194398(P2007−194398)
【出願日】平成19年7月26日(2007.7.26)
【出願人】(000003713)大同特殊鋼株式会社 (916)
【Fターム(参考)】