説明

硬質皮膜、硬質皮膜被覆材および冷間塑性加工用金型

【課題】従来の表面被覆層よりも耐摩耗性に優れると共に摩擦係数が低くて摺動性に優れる硬質皮膜、硬質皮膜被覆材および冷間塑性加工用金型を提供する。
【解決手段】(Vx 1-x )(Ba b 1-a-b )からなる硬質皮膜であって下記式(1A)〜(4A)を満たすことを特徴とする硬質皮膜等。〔但し、上記Mは4a、5a、6a族の元素、Si、Alの1種以上であり、下記式において、xはVの原子比、1−xはMの原子比、aはBの原子比、bはCの原子比、1−a−bはNの原子比を示すものである。〕
0.4≦x≦0.95 ---- 式(1A)、 0≦a≦0.2 ---- 式(2A)、
0≦1−a−b≦0.35 ---- 式(3A)、 0.6≦b≦1 ---- 式(4A)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硬質皮膜、硬質皮膜被覆材および冷間塑性加工用金型に関する技術分野に属するものであり、特には、耐摩耗性に優れると共に摩擦係数が低くて摺動性に優れた硬質皮膜に関する技術分野に属するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より金型などの金属加工用の治工具は窒化処理により耐摩耗性および耐焼き付き性の改善がなされてきた。近年では、窒化処理に代えて、PVD 等の気相コーティングによる耐摩耗性ならびに耐焼き付き性の改善が検討されている。例えば特開2000-144376 号公報には、Cr、Al、Ti、Vの2種以上を含む複合窒化物の形成による摺動性の改善が開示されている。特開2002-307128 号公報、特開2002-307129 号公報には、Ti、V、Al、Cr、Siの1種以上の窒化物、炭化物、炭窒化物を形成し、あるいは更にその上にTi、Crを含み残部Moより構成される硫化物層を形成した耐摩耗性あるいは耐焼き付き性に優れる表面被覆金型が開示されている。特開2000-1768 号公報には、硬質窒化物上にMoS2を形成した耐摩耗性ならびに耐焼き付き性に優れる表面処理材料が開示されている。
【特許文献1】特開2000-144376 号公報
【特許文献2】特開2002-307128 号公報
【特許文献3】特開2002-307129 号公報
【特許文献4】特開2000-1768 号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
前記特開2000-144376 号公報に開示されているCr、Al、Ti、Vの2種以上を含む複合窒化物は、高硬度であり、耐摩耗性には優れるが、耐焼き付き性が十分ではなく、高面圧で金属の塑性加工をする場合など、過酷な環境の使用には耐え得ない。特開2002-307128 号公報に開示のTi、V、Al、Cr、Siの1種以上の窒化物、炭化物、炭窒化物も、同様に高硬度ではあるが、耐焼き付き性に劣る。耐焼き付き性改善のために特開2002-307129 号公報や特開2000-1768 号公報に開示されるように硫化物を形成した場合、硫化物は軟質であり、使用当初は摺動性に優れるが、使用時間と共に摩滅し、長期耐久性には問題がある。
【0004】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、上記従来の表面被覆層よりも耐摩耗性に優れると共に摩擦係数が低くて摺動性に優れる硬質皮膜、硬質皮膜被覆材および冷間塑性加工用金型を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記目的を達成するため、鋭意検討した結果、本発明を完成するに至った。本発明によれば上記目的を達成することができる。
【0006】
このようにして完成され上記目的を達成することができた本発明は、硬質皮膜、硬質皮膜被覆材および冷間塑性加工用金型に係わり、請求項1〜3記載の硬質皮膜(第1〜3発明に係る硬質皮膜)、請求項4〜5記載の硬質皮膜被覆材(第4〜5発明に係る硬質皮膜被覆材)、請求項6記載の冷間塑性加工用金型(第6発明に係る冷間塑性加工用金型)であり、それは次のような構成としたものである。
【0007】
即ち、請求項1記載の硬質皮膜は、(Vx 1-x )(Ba b 1-a-b )からなる硬質皮膜であって下記式(1A)〜(4A)を満たすことを特徴とする硬質皮膜である〔第1発明〕。 0.4≦x≦0.95 ----------------- 式(1A)
0≦a≦0.2 ----------------------- 式(2A)
0≦1−a−b≦0.35 ------------- 式(3A)
0.6≦b≦1 ----------------------- 式(4A)
但し、上記(Vx 1-x )(Ba b 1-a-b )において、Mは4a族、5a族、6a族の元素、Si、Alの1種以上である。上記(Vx 1-x )(Ba b 1-a-b )、上記式(1A)〜(4A)において、xはVの原子比、1−xはMの原子比、aはBの原子比、bはCの原子比、1−a−bはNの原子比を示すものである。
【0008】
請求項2記載の硬質皮膜は、(Vx Ti1-x-y y )(Cb 1-b )からなる硬質皮膜であって下記式(1B)〜(3B)を満たすことを特徴とする硬質皮膜である〔第2発明〕。
0.4≦x≦0.95 ----------------- 式(1B)
0≦y≦0.15 --------------------- 式(2B)
0.9≦b≦1 ----------------------- 式(3B)
但し、上記(Vx Ti1-x-y y )(Cb 1-b )において、MはTiを除く4a族、5a族、6a族の元素、Si、Alの1種以上である。上記(Vx Ti1-x-y y )(Cb 1-b )、上記式(1B)〜(3B)において、xはVの原子比、1−x−yはTiの原子比、yはMの原子比、bはCの原子比、1−bはNの原子比を示すものである。
【0009】
請求項3記載の硬質皮膜は、下記の皮膜層Aと皮膜層Bとが合計で2層以上積層されてなることを特徴とする硬質皮膜である〔第3発明〕。
皮膜層A:
V(Ba b 1-a-b )からなる皮膜層であって下記式(1C)〜(3C)を満たす皮膜層。
0≦a≦0.2 ----------------------- 式(1C)
0≦1−a−b≦0.35 ------------- 式(2C)
0.6≦b≦1 ----------------------- 式(3C)
但し、上記V(Ba b 1-a-b )、上記式(1C)〜(3C)において、aはBの原子比、bはCの原子比、1−a−bはNの原子比を示すものである。
皮膜層B:
M(Ba b 1-a-b )からなる皮膜層であって下記式(1D)〜(3D)を満たす皮膜層。
0≦a≦0.2 ----------------------- 式(1D)
0≦1−a−b≦0.35 ------------- 式(2D)
0.6≦b≦1 ----------------------- 式(3D)
但し、上記M(Ba b 1-a-b )において、Mは4a族、5a族、6a族の元素、Si、Alの1種以上である。上記M(Ba b 1-a-b )、上記式(1D)〜(3D)において、aはBの原子比、bはCの原子比、1−a−bはNの原子比を示すものである。
【0010】
請求項4記載の硬質皮膜被覆材は、基材の表面に請求項1〜3のいずれかに記載の硬質皮膜が形成されていることを特徴とする硬質皮膜被覆材である〔第4発明〕。
【0011】
請求項5記載の硬質皮膜被覆材は、鉄基合金よりなる基材の表面にCr、Ti、Al、Siの1種以上の窒化物よりなる皮膜層が形成され、その上に請求項1〜3のいずれかに記載の硬質皮膜が形成されていることを特徴とする硬質皮膜被覆材である〔第5発明〕。
【0012】
請求項6記載の冷間塑性加工用金型は、請求項4または5記載の硬質皮膜被覆材を用いた冷間塑性加工用金型である〔第6発明〕。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る硬質皮膜は、従来の表面被覆層よりも耐摩耗性に優れると共に摩擦係数が低くて摺動性に優れ、金型や冶工具等の硬質皮膜として好適に用いることができ、それらの耐久性の向上がはかれる。本発明に係る硬質皮膜被覆材は、耐摩耗性に優れると共に摩擦係数が低くて摺動性に優れ、金型材や冶工具材として好適に用いることができ、それらの耐久性の向上がはかれる。本発明に係る冷間塑性加工用金型は、耐摩耗性に優れると共に摩擦係数が低くて摺動性に優れ、耐久性の向上がはかれる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
〔請求項1に係る発明(第1発明)〕
本発明に係る硬質皮膜は、摺動時の発熱および圧力下において酸化し、潤滑性を有する酸化物を形成するVを必須元素とし、高硬度化をはかるために4a族、5a族、6a族の元素、Si、Alの1種以上を原子比で0.6を上限として添加し、更に潤滑性を高めるためにCを原子比で0.6以上添加することを必須要件とするものである。
【0015】
本発明に係る硬質皮膜についての数値限定理由等を以下説明する。
【0016】
Vは摺動下において潤滑性のある酸化物(V2O5)を形成し、摩擦係数を低減し、摩耗量を低下させる作用があることから必須であり、Vの比率(原子比x)を0.4以上とする必要がある。好ましくはV量(x)0.5以上である。V量(x)の上限は添加元素M量(1−x)で決まるが、添加元素Mの役割はVCと格子定数の異なる炭化物を形成して、固溶効果による硬化により皮膜硬度を上昇させることにある。そのためには、M量(1−x)は0.05以上必要であり、好ましくは0.3以上である。M量(1−x)の上限はVの必要量の下限値0.4より、0.6となる。V量(x)の上限はM量(1−x)の必要量の下限値0.05より、0.95となる。なお、Mは4a族、5a族、6a族の元素、Si、Alの1種以上であり、1種を添加してもよいし、2種以上を同時に添加してもよい。各炭化物の格子定数は表4に示す通りである。
【0017】
Bに関しては、金属元素(M)と結合して例えばTiB2のような硬質化合物を形成すると共に、窒素を添加した場合には窒素と結合してBNのような潤滑性物質を形成することから、Bを添加することが可能であるが、過度の添加をすると金属元素とも窒素とも反応しない遊離Bとなり、皮膜硬度が低下することから、B量(原子比a)の上限を0.2とする。窒素については、炭化物より耐熱性に優れる窒化物を形成することで、高温下での摺動時に耐摩耗性が向上するが、摩擦係数は増加する傾向にあることから、N量(原子比1−a−b)の上限を0.35とする。好ましくは0.2以下である。Cに関しては、潤滑性を付与するためにC量(原子比b)を0.6以上とする必要があり、0.8以上とすることが好ましい。
【0018】
以上の点から、本発明(第1発明)に係る硬質皮膜は、前述のような構成の硬質皮膜としている。本発明(第1発明)に係る硬質皮膜は、従来の表面被覆層よりも耐摩耗性に優れると共に摩擦係数が低くて摺動性に優れ、金型や冶工具等の硬質皮膜として好適に用いることができ、それらの耐久性の向上がはかれる。
【0019】
〔請求項2に係る発明(第2発明)〕
添加元素Mの中ではTiを必ず使用し、かつ、C量(b)を0.9以上とすることが最も好ましい形態である。その理由としては、Mの炭化物の中でTiC が最も硬度が高く(約3500HV)であり、これらを組合せ且つ格子定数の違いによる固溶効果で更に硬度上昇が期待でき、耐摩耗性が固溶するからである。この場合にも、添加元素Mとして4a族、5a族、6a族の元素、Si、Alの1種以上(Tiを除く)を選択し、固溶効果により皮膜の高硬度化をはかることができるが、M添加量(原子比y)は0.15を上限とする。Mとしては特にSi、Cr、Wが好ましい。
【0020】
上記の点から、本発明(第2発明)に係る硬質皮膜は、前述のような構成の硬質皮膜としている。本発明(第2発明)に係る硬質皮膜は、従来の表面被覆層よりも耐摩耗性に優れると共に摩擦係数が低くて摺動性に優れ、金型や冶工具等の硬質皮膜として好適に用いることができ、それらの耐久性の向上がはかれる。
【0021】
〔請求項3に係る発明(第3発明)〕
VBCN膜とMBCN膜を積層して、全体として(V、M)(BCN)膜となるようにしてもよい。かかる点から、本発明(第3発明)に係る硬質皮膜は、前述のような構成の硬質皮膜としている。この場合の積層周期は特に規定しないが、50nm以下を目安とする。組合せとしてはVCとTiCの積層膜が最も好ましい。本発明(第3発明)に係る硬質皮膜は、従来の表面被覆層よりも耐摩耗性に優れると共に摩擦係数が低くて摺動性に優れ、金型や冶工具等の硬質皮膜として好適に用いることができ、それらの耐久性の向上がはかれる。
【0022】
〔請求項4に係る発明(第4発明)〕
本発明(第4発明)に係る硬質皮膜被覆材は、基材の表面に第1〜3発明に係る硬質皮膜のいずれかが形成されていることを特徴とする硬質皮膜被覆材である。本発明(第4発明)に係る硬質皮膜被覆材は、耐摩耗性に優れると共に摩擦係数が低くて摺動性に優れ、金型材や冶工具材として好適に用いることができ、それらの耐久性の向上がはかれる。
【0023】
〔請求項5に係る発明(第5発明)〕
鉄基合金よりなる基材への第1〜3発明に係る硬質皮膜の密着性を向上させるためにCr、Ti、Al、Siの1種以上の窒化物よりなる皮膜層を下地として形成することが有効である。かかる点から、本発明(第5発明)に係る硬質皮膜被覆材は、前述のような構成の硬質皮膜被覆材としている。このとき、下地の皮膜層としては、特にCrN膜またはTiN膜が鉄基材料に対して密着性に優れることから推奨される。下地の皮膜層の膜厚については、密着性を向上させるためには0.1 μm 以上とすることが好ましく、更に1μm 以上とすることが好ましいが、10μm 以上形成しても効果の増大は少ないことから10μm 以下とするのがよい。本発明(第5発明)に係る硬質皮膜被覆材は、耐摩耗性に優れると共に摩擦係数が低くて摺動性に優れ、金型材や冶工具材として好適に用いることができ、それらの耐久性の向上がはかれる。
【0024】
〔請求項6に係る発明(第6発明)〕
本発明(第6発明)に係る冷間塑性加工用金型は、第4〜5発明に係る硬質皮膜被覆材のいずれかを用いた冷間塑性加工用金型である。本発明(第6発明)に係る冷間塑性加工用金型は、耐摩耗性に優れると共に摩擦係数が低くて摺動性に優れ、耐久性の向上がはかれる。
【実施例】
【0025】
本発明の実施例および比較例を以下説明する。なお、本発明はこの実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0026】
〔例1〕
V及び金属元素Mあるいは更にBを含有するターゲットを、アーク蒸発源を有する成膜装置にセットして表1〜2に示す組成の皮膜を基材上に形成した。ただし、高温下での摺動試験用の皮膜形成の場合には、密着性を向上させるために基材上にCrNを約3μm 形成した後、表1〜2に示す組成の皮膜を形成した。
【0027】
このとき、基材としては、皮膜の組成、硬度の調査用の皮膜形成の場合には鏡面研磨した超硬合金基板を用い、高温下での摺動試験用の皮膜形成の場合には SKD11基板(硬度HRC 60)を用いた。いずれの皮膜の形成の場合にも、基板を成膜装置のチャンバー内に導入し、チャンバー内を真空引き(1×10-3Pa以下に排気)した後、基材を約400℃まで加熱し、この後、Crメタルイオンによるボンバードを2分間実施した。ボンバード時のアーク電流は 100Aであり、印加バイアスは 700Vとした。この後、アーク蒸発源による成膜の場合は、φ100mm のターゲットを用い、アーク電流150Aとし、全圧力1.3〜2.6Pa のメタンガス雰囲気あるいはメタン+窒素の混合ガス雰囲気中にて成膜を実施した。
【0028】
このようにして皮膜形成されたものについて、皮膜の組成、硬度および表面粗度(Ra)の調査を行い、更に高温下における摺動試験を実施し、耐摩耗性ならびに摩擦係数を調査した。
【0029】
このとき、皮膜の組成は、EPMAにより測定することによって調査した。皮膜の硬度については、マイクロビッカース硬度計を用いて、測定荷重0.25Nの条件で測定することによって調査した。表面粗度(Ra)は表面粗度計を用いて測定した。高温下における摺動試験は下記高温摺動試験条件で行った。
【0030】
〔高温摺動試験条件〕
・装置:ベーンオンディスク型摺動試験装置
・ベーン:SKD 61鋼(HRC 50) 3.5×5mm, 長さ20mm, 先端半径10R
・ディスク:SKD 11鋼(HRC 60)に皮膜形成したもの
・摺動速度:0.2m/秒
・荷重:500N
・摺動距離:1000m
・試験温度:25℃(加熱無し),400℃
【0031】
上記試験の結果を表1〜2に示す。なお、表1〜2において、組成の欄での値は原子比での値である。表1〜2からわかるように、本発明の要件を満たす硬質皮膜、即ち、本発明例(No.6a, No.6b, No.7〜8, 10 〜19, 21〜24, 27〜30)は、本発明の要件を満たさないもの、即ち、比較例(No.1〜5, 9, 20, 25, 26)に比較し、摩擦係数が小さくて摺動性に優れ、且つ、膜摩耗深さが少なくて耐摩耗性に優れている。なお、本発明例(No.6a, No.6b, No.7〜8, 10 〜19, 21〜24, 27〜30)の中、No.6a, No.6b, No.7〜8, 21 〜22は、第2発明(請求項2に係る発明)の例に該当するものである。
【0032】
〔例2〕
V及び金属元素Mあるいは更にBを含有するターゲットを、アーク蒸発源を有する成膜装置にセットして表3に示す組成、積層構造(多層構造)の皮膜を基材上に形成した。ただし、高温下での摺動試験用の皮膜形成の場合には、密着性を向上させるために基材上にTiNを約2μm 形成した後、表3に示す組成の皮膜を形成した。
【0033】
このとき、基材としては、皮膜の組成、硬度の調査用の皮膜形成の場合には鏡面研磨した超硬合金基板を用い、高温下での摺動試験用の皮膜形成の場合には SKD11基板(硬度HRC 60)を用いた。いずれの皮膜の形成の場合にも、基板を成膜装置のチャンバー内に導入し、チャンバー内を真空引き(1×10-3Pa以下に排気)した後、基材を約400℃まで加熱し、この後、Crメタルイオンによるボンバードを2分間実施した。ボンバード時のアーク電流は 100Aであり、印加バイアスは 700Vとした。この後、アーク蒸発源による成膜の場合は、φ100mm のターゲットを用い、アーク電流150Aとし、全圧力1.3〜2.6Pa のメタンガス雰囲気あるいはメタン+窒素の混合ガス雰囲気中にて成膜を実施した。
【0034】
このようにして皮膜形成されたものについて、前記例1の場合と同様の方法により、皮膜の組成、硬度および表面粗度(Ra)の調査を行い、更に高温下における摺動試験を実施し、耐摩耗性ならびに摩擦係数を調査した。
【0035】
上記試験の結果を表3に示す。なお、表3において、膜のタイプの欄での多層膜は層Aと層Bを交互に形成した多層構造の膜である。いずれの場合も、層Aの方から形成し、層Bで終わるようにした。積層数は、(層Aの層数+層Bの層数)/2であり、総膜厚は積層膜の全厚である。A層、B層での組成の値は原子比での値である。例えば、TiC0.9 N0.1 は、Tiの原子比が1であり、Cの原子比が0.9 、Nの原子比が0.1 であることを示し、Ti0.9 Si0.1 Cは、Tiの原子比が0.9 、Siの原子比が0.1 であり、Cの原子比が1であることを示すものである。
【0036】
表3からわかるように、第3発明(請求項3に係る発明)の要件を満たす硬質皮膜、即ち、第3発明例(No.1〜10)は、前記例1での比較例(表1のNo.1〜5, 9, 20, 25, 26)に比較し、摩擦係数が小さくて摺動性に優れ、且つ、膜摩耗深さが少なくて耐摩耗性に優れている。
【0037】
【表1】

【0038】
【表2】

【0039】
【表3】

【0040】
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明に係る硬質皮膜は、従来の表面被覆層よりも耐摩耗性に優れると共に摩擦係数が低くて摺動性に優れ、金型や冶工具等の硬質皮膜として好適に用いることができ、それらの耐久性の向上がはかれて有用である。本発明に係る硬質皮膜被覆材は、耐摩耗性に優れると共に摩擦係数が低くて摺動性に優れ、金型材や冶工具材として好適に用いることができ、それらの耐久性の向上がはかれて有用である。本発明に係る冷間塑性加工用金型は、耐摩耗性に優れると共に摩擦係数が低くて摺動性に優れ、耐久性の向上がはかれて有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(Vx 1-x )(Ba b 1-a-b )からなる硬質皮膜であって下記式(1A)〜(4A)を満たすことを特徴とする硬質皮膜。
0.4≦x≦0.95 ----------------- 式(1A)
0≦a≦0.2 ----------------------- 式(2A)
0≦1−a−b≦0.35 ------------- 式(3A)
0.6≦b≦1 ----------------------- 式(4A)
但し、上記(Vx 1-x )(Ba b 1-a-b )において、Mは4a族、5a族、6a族の元素、Si、Alの1種以上である。上記(Vx 1-x )(Ba b 1-a-b )、上記式(1A)〜(4A)において、xはVの原子比、1−xはMの原子比、aはBの原子比、bはCの原子比、1−a−bはNの原子比を示すものである。
【請求項2】
(Vx Ti1-x-y y )(Cb 1-b )からなる硬質皮膜であって下記式(1B)〜(3B)を満たすことを特徴とする硬質皮膜。
0.4≦x≦0.95 ----------------- 式(1B)
0≦y≦0.15 --------------------- 式(2B)
0.9≦b≦1 ----------------------- 式(3B)
但し、上記(Vx Ti1-x-y y )(Cb 1-b )において、MはTiを除く4a族、5a族、6a族の元素、Si、Alの1種以上である。上記(Vx Ti1-x-y y )(Cb 1-b )、上記式(1B)〜(3B)において、xはVの原子比、1−x−yはTiの原子比、yはMの原子比、bはCの原子比、1−bはNの原子比を示すものである。
【請求項3】
下記の皮膜層Aと皮膜層Bとが合計で2層以上積層されてなることを特徴とする硬質皮膜。
皮膜層A:
V(Ba b 1-a-b )からなる皮膜層であって下記式(1C)〜(3C)を満たす皮膜層。
0≦a≦0.2 ----------------------- 式(1C)
0≦1−a−b≦0.35 ------------- 式(2C)
0.6≦b≦1 ----------------------- 式(3C)
但し、上記V(Ba b 1-a-b )、上記式(1C)〜(3C)において、aはBの原子比、bはCの原子比、1−a−bはNの原子比を示すものである。
皮膜層B:
M(Ba b 1-a-b )からなる皮膜層であって下記式(1D)〜(3D)を満たす皮膜層。
0≦a≦0.2 ----------------------- 式(1D)
0≦1−a−b≦0.35 ------------- 式(2D)
0.6≦b≦1 ----------------------- 式(3D)
但し、上記M(Ba b 1-a-b )において、Mは4a族、5a族、6a族の元素、Si、Alの1種以上である。上記M(Ba b 1-a-b )、上記式(1D)〜(3D)において、aはBの原子比、bはCの原子比、1−a−bはNの原子比を示すものである。
【請求項4】
基材の表面に請求項1〜3のいずれかに記載の硬質皮膜が形成されていることを特徴とする硬質皮膜被覆材。
【請求項5】
鉄基合金よりなる基材の表面にCr、Ti、Al、Siの1種以上の窒化物よりなる皮膜層が形成され、その上に請求項1〜3のいずれかに記載の硬質皮膜が形成されていることを特徴とする硬質皮膜被覆材。
【請求項6】
請求項4または5記載の硬質皮膜被覆材を用いた冷間塑性加工用金型。

【公開番号】特開2009−68047(P2009−68047A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−235635(P2007−235635)
【出願日】平成19年9月11日(2007.9.11)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】