説明

硬質被覆層がすぐれた耐欠損性を発揮する表面被覆切削工具

【課題】すぐれた耐欠損性と靭性を発揮する表面被覆切削工具を提供する。
【解決手段】超硬合金焼結体からなる切削工具基体表面にCr1-xAlN層(0.1≦x≦0.6)からなる硬質被覆層を物理蒸着で形成した表面被覆切削工具において、Cr1-xAlN結晶粒を平均層厚と等しい高さを有する柱状晶組織とし、前記Cr1-xAlN層の水平断面における結晶粒組織を観察した場合の、粒径が10〜100nmの結晶粒が占有する面積を測定面積のうちの90%以上とし、かつ、電子線後方散乱回折装置で表面の結晶粒の結晶方位を測定した場合、隣り合う測定点との結晶方位の差が15度以上となる結晶界面によって囲まれた直径0.2〜4μmの区分が占有する面積を、測定された全体の面積のうち20%以上とし、断続重切削加工において優れた耐欠損性と靭性を発揮させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硬質被覆層が微細な柱状晶として形成されるとともに、靭性にすぐれる二軸配向ドメインを備えることから、鋼や鋳鉄などの高速切削加工という厳しい切削条件下で用いられた場合にも、すぐれた耐熱性と耐欠損性を示し、切削工具の長寿命化が可能となる表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、被覆工具には、各種の鋼や鋳鉄などの被削材の旋削加工にバイトの先端部に着脱自在に取り付けて用いられるインサートや、前記インサートを着脱自在に取り付けて、面削加工や溝加工、さらに肩加工などに用いられるソリッドタイプのエンドミルと同様に切削加工を行うインサート式エンドミルなどが知られている。
【0003】
また、被覆工具として、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金焼結体で構成された工具基体の表面に、Al−Crの窒化物(以下、(Al1-xCr)Nで示す)層からなる硬質被覆層を物理蒸着してなる被覆工具が広く知られており、各種の鋼や鋳鉄などの連続切削や断続切削加工に用いられている。
特にAlおよびCrなどの窒化物の結晶構造に着目した技術として、特許文献1に示される文献では、超硬合金、サーメット、立方晶窒化ほう素基超高圧焼結体からなる切削工具基体表面に、組成式(Al1−x Cr)N(ただし、原子比で、xは0.30〜0.60)を満足するAlとCrの複合窒化物層からなり、かつ、該複合窒化物層について電子線後方散乱回折装置(EBSD)による結晶方位解析を行った場合、表面研磨面の法線方向から0〜15度の範囲内に結晶方位<100>を有する結晶粒の面積割合が50%以上、また、表面研磨面の法線と直交する任意の方位に対して0〜54度の範囲内に存在する最高ピークを中心とした15度の範囲内に結晶方位<100>を有する結晶粒の面積割合が50%以上であるような、2軸結晶配向性を示す改質(Al,Cr)N層で硬質被覆層を構成することで、表面被覆切削工具の耐欠損性を向上させる技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−188734号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年の切削加工装置のFA化はめざましく、加えて切削加工に対する省力化、省エネ化、低コスト化さらに効率化の要求も強く、これに伴い、高送り、高切り込みなどより高効率の重切削加工が要求される傾向にあるが、上記の従来被覆工具においては、各種の鋼や鋳鉄を通常条件下で切削加工した場合に特段の問題は生じないが、切刃に対して衝撃的かつ断続的な高負荷が作用する乾式の高速フライス加工などの断続高速切削に用いた場合には、硬質被覆層の内部にクラックが発達しやすいとともに、硬質被覆層の耐熱性が低いことから、硬質被覆層の欠損を生じやすく切刃部の欠損が生じ、これが原因で、比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで、本発明者等は、前述のような観点から、被覆工具の耐欠損性を高め、使用寿命の延命化を図るべく、Cr1-xAlN層からなる硬質被覆層の結晶形態に着目し、鋭意研究を行った結果、次のような知見を得た。
【0007】
従来の被覆工具のCr1-xAlN層からなる硬質被覆層は、例えば、図2に示される物理蒸着装置の1種であるスパッタリング(SP)装置に上記のWC基超硬合金焼結体からなる工具基体を装着し、例えば、
装置内加熱温度:300〜500℃、
工具基体に印加する直流バイアス電圧:−50〜−100V、
カソード電極:Cr-Al合金
スパッタリング電力:3〜6kW、
装置内ガス流量:窒素(N)ガス+アルゴン(Ar)ガス、
装置内ガス圧力:0.3〜1.5Pa、
の条件で、Cr1-xAlN層(以下、従来Cr1-xAlN層という)を形成することにより製造されている。
【0008】
しかし、本発明者等は、Cr1-xAlN層の形成を、例えば図1に概略説明図で示される物理蒸着装置の1種である圧力勾配型Arプラズマガスを利用したイオンプレーティング装置を用いて、装置内に前記工具基体を装着し、
工具基体温度:300〜400℃、
蒸発源:金属Cr、金属Al
プラズマガン放電電力 金属Crに対して:9〜10 kW、
プラズマガン放電電力 金属Alに対して:7〜12 kW、
反応ガス流量:窒素(N)ガス 100〜130 sccm、
放電ガス:アルゴン(Ar)ガス 40〜60 sccm、
工具基体に印加する直流バイアス電圧: 0 V、
蒸着速度: 0.04〜0.11 nm/秒
という条件下で蒸着を行うと、このCr1-xAlN層(以下、改質Cr1-xAlN層という)は、前記従来Cr1-xAlN層に比して、切刃に対して高負荷がかかる高送り、高切り込みの重切削加工において、すぐれた耐摩耗性と耐欠損性を示すことを見出したのである。
【0009】
この発明は、前記研究結果に基づいてなされたものであって、
「炭化タングステン基超硬合金焼結体からなる工具基体の表面に、0.2〜2μmの平均層厚を有するCr1-xAlN膜からなる硬質被覆層を物理蒸着した表面被覆切削工具において、xが 0.1≦x≦0.6を満たし、さらに、
前記Cr1-xAlN層は前記平均層厚と等しい高さを有する柱状晶組織からなり、さらに、前記Cr1-xAlN層の表面から100nmの深さの水平断面における結晶粒組織を観察した場合、粒径が10〜100nmの結晶粒が測定面積のうち90%以上を占有し、かつ、電子線後方散乱回折装置で表面の結晶粒の結晶方位を測定した場合、隣り合う測定点との結晶方位の差が15度以上となる結晶界面によって囲まれた直径0.2〜4μmの区分が、測定された全体の面積のうち20%以上を占有することを特徴とする表面被覆切削工具。」
に特徴を有するものである。
【0010】
この発明について、以下に詳細に説明する。
【0011】
既に述べたように、この発明は、例えば、図1に概略説明図で示される圧力勾配型Arプラズマガスを利用したイオンプレーティング装置を用いて、装置内にWC基超硬合金焼結体からなる工具基体を装着し、
工具基体温度:300〜400℃、
蒸発源:金属Cr、金属Al
プラズマガン放電電力 金属Crに対して:9〜10 kW、
プラズマガン放電電力 金属Alに対して:7〜12 kW、
反応ガス流量:窒素(N)ガス 100〜130 sccm、
放電ガス:アルゴン(Ar)ガス 40〜60 sccm、
工具基体に印加する直流バイアス電圧: 0 V、
蒸着速度: 0.04〜0.11 nm/秒、
という条件下で成膜を行うものである。従来Cr1-xAlN層の構成成分であるCr成分が高温強度を向上させ、Al成分が耐摩耗性を向上させ、また、Nが層の強度を向上させる作用があることはすでによく知られているが、これに加えて、この発明の改質Cr1-xAlN層は高速断続切削加工条件という厳しい使用条件下でも、すぐれた靭性と耐欠損性を発揮する。
そしてその理由は以下に述べるように、改質Cr1-xAlN層の特異な結晶粒形態と強い関連性を有する。
【0012】
まず、前記蒸着で形成された改質Cr1-xAlN層について、表面を研磨面とした状態で、電子線後方散乱回折装置を用いて前記硬質被覆層のCr1-xAlN層表面の水平断面の結晶方位を解析したところ、隣り合う測定点間での結晶方位の方位差が、特定軸周りでの回転角度(以下、回転角度という)で15度以上となる結晶粒界によって囲まれたドメイン径02〜4μmのドメインの占有する面積が、測定された面積の20%以上を占有することがわかった。
なお、前記方位差を記述する上での回転角度とは、向きの異なる2つの結晶の一方に対して、1回の回転操作で2つの結晶が完全に同じ向きとなる場合の回転角度を指し、また、ここでいうドメイン径とは、そのドメイン領域と同じ面積をもつ真円の直径を指す。
【0013】
さらに、膜の表面から0.1μmの深さの水平断面の結晶組織を、透過型電子顕微鏡を用いて観察し個々の結晶粒径を測定したところ、直径10〜100nmの結晶粒が全測定面積のうち面積割合で90%以上を占めることがわかった。
なお、ここでいう直径とは、その結晶粒と同じ面積をもつ真円の直径を指す。
【0014】
この特性について、以下に詳細に説明する。
【0015】
前記のように、面積割合で90%以上の直径10〜100nmの結晶粒によって構成されており、かつ、ドメイン内部で隣り合う結晶方位の角度差が15度未満となるようなドメイン径0.2〜4μmのドメインが面積割合で20%以上存在する前記改質Cr1-xAlN層においては、前記ドメインの内部を構成する結晶粒は少なくとも面積割合で50%以上の直径10〜100nmの結晶粒によって構成されている。
したがって、面積割合で前記ドメイン内に存在する少なくとも50%以上の結晶粒は近傍に存在する結晶粒、特に同一のドメイン内に存在する結晶粒と、結晶方位の差が回転角度で15度未満となるような二軸配向性を示していることから、前記ドメイン内に存在する結晶粒同士の界面整合性が高く、あたかも単結晶のような優れた靭性を具備するとともに、さらに、直径10〜100nmという微細組織をもち優れた耐欠損性を維持できることから、皮膜中に亀裂や欠損が生じやすい断続重切削加工においても、工具の長寿命化がはかられるものである。
【0016】
前記改質Cr1-xAlN層について、xの値が0.1未満であるとAlの割合が相対的に少なくなり、Alが持つ耐摩耗性が十分に得られず、0.6を超えるとCrの割合が相対的に少なくなり過ぎ、所望の高温強度が得られないため、xの値を0.1≦x≦0.6と定めた。
また、結晶粒の大きさが10nm未満であると、結晶粒自体の強度が得られず所望の強度を得られなくなり、また100nmを超えると結晶粒が粗大になりチッピングの原因となることから、面積割合で皮膜の90%以上を占める結晶粒の大きさを10nm〜100nmと定めた。
また、Cr1-xAlN層を構成する、結晶方位が15度以上の界面で囲まれるドメインの面積割合が20%未満では、所望の靭性を得ることが出来ないため、該ドメインの面積割合を20%以上と定めた。
【発明の効果】
【0017】
この発明の被覆工具は、Cr1-xAlN層からなる硬質被覆層を構成するCr1-xAlN結晶粒のうち、粒径が10〜100nmの結晶粒が面積割合で全体の90%以上を占有し、かつ、電子線後方散乱回折装置で表面の結晶粒の結晶方位を測定した場合、隣り合う測定点との結晶方位の差が15度以上となる結晶界面によって囲まれた直径0.2〜4μmの区分が、測定された全体の面積のうち20%以上を占有するため、切刃に対して高い負荷がかかる乾式断続高速切削加工においても、優れた高温強度、耐熱性に加えて、優れた耐欠損性と靭性を示し、すぐれた工具特性を発揮し、工具寿命の延命化に寄与するものである。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】この発明の表面被覆切削工具の硬質被覆層(改質Cr1-xAlN層)を蒸着形成するため圧力勾配型Arプラズマガンを利用したイオンプレーティング装置の概略図を示し、(a)は概略正面図、(b)は概略平面図である。
【図2】従来の表面被覆切削工具の硬質被覆層(従来Cr1-xAlN層)を蒸着形成するためスパッタリング(SP)装置の概略図を示す。
【図3】この発明の表面被覆切削工具の改質Cr1-xAlN層からなる硬質被覆層の模式図を示し、(a)は水平断面組織図を、また、(b)は結晶方位の差が15度以上となる結晶界面の分布の模式図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
つぎに、この発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
なお、ここでは被覆インサートを中心にして説明するが、被覆インサートに限らず、被覆エンドミルや被覆ドリル等の各種の被覆工具に適用できるものである。
【実施例】
【0020】
原料粉末として、いずれも0.8〜4μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、VC粉末、NbC粉末、Cr3 2 粉末、およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、ボールミルで72時間湿式混合し、乾燥した後、100MPa の圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を6Paの真空中、温度:1400℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、表面を研磨し、ISO規格・SEEN1203のインサート形状をもったWC基超硬合金製のフライス加工用工具基体A1〜A10を形成した。
【0021】
ついで、前記工具基体A1〜A10を、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、図1に示される圧力勾配型Arプラズマガンを利用したイオンプレーティング装置に装着し、蒸発源として、金属Crを装着し、まず、装置内を排気して1.0×10−3Pa以下の真空に保持しながらヒーターで装置内を300〜420℃に加熱した後、Arガスを導入して2.3×10−2Paとしたのち、圧力勾配型プラズマガンの放電電力を2kWとし、装置内にArイオンを発生させ、工具基体に−200Vのバイアス電圧を印加することによって、前記工具基体を10分間Arボンバード処理し、ついで、装置内を一旦1×10−3Pa程度の真空にした後、
表2に示す条件で、圧力勾配型Arプラズマガンの放電電力を12kWとし、Arガスを60sccm,窒素ガスを120sccm流しながら、炉内の圧力を3×10−2〜6×10−2Paに保ち、金属Cr蒸発源および金属Al蒸発源にプラズマビームを入射し金属Crおよび金属Alの蒸気を発生させるとともにプラズマビームでイオン化し、かつ、チャンバー内での改質Cr1-xAlN層の成長速度を、水晶発振式膜厚コントローラを用いて測定しながら、前記成長速度が目的の速度(0.04〜0.11nm/sec)から±0.01nm/secの範囲となるようプラズマガンの出力を調整しながら、工具基体表面に、表4に示される所定目標層厚の改質Cr1-xAlN層を蒸着形成させ、本発明被覆工具としての本発明被覆インサート(以下、本発明インサートという)1〜14を製造した。なお、表2に、本発明インサート1〜14の改質Cr1-xAlN層の形成条件である圧力勾配型Arプラズマガンを利用したイオンプレーティングの各種条件を示す。
【0022】
比較の目的で、上記の工具基体A1〜A10を、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、図2に示されるスパッタリング(SP)装置に装着し、カソード電極(蒸発源)として金属CrおよびCr-Al合金を装着し、まず、装置内を排気して0.01Pa以下の真空に保持しながらヒーターで装置内を400℃に加熱した後、Arガスを200sccm導入し、金属Crと前記工具基体との間に−800Vの直流バイアス電圧を印加し、前記工具基体表面を5分間Crボンバード処理し、ついで、表3に示す条件で、装置内に雰囲気ガスとして窒素ガスおよびArガスを導入して0.5Paの雰囲気とするとともに、前記Cr−Al合金と前記工具基体との間にバイアス電圧として−50Vの直流バイアス電圧を印加し、もって前記工具基体の表面に、表6に示される目標層厚の従来Cr1-xAlN層を硬質被覆層として蒸着形成することにより、従来被覆工具としての従来表面被覆インサート(以下、従来インサートという)1〜14を製造した。
なお、表3には、従来インサート1〜14の従来Cr1-xAlN層の形成されるスパッタリング条件を示す。
【0023】
本発明インサート1〜14の改質Cr1-xAlN層および従来インサート1〜14の従来Cr1-xAlN層について、その表面を研磨面とした状態で、電子線後方散乱回折装置(EBSD)を用いて硬質被覆層表面の結晶方位を解析した。すなわち、10μm×10μmの領域を0.03μm/stepの間隔で、前記改質Cr1-xAlN層がもつ結晶方位を測定し、測定ノイズを除去したのち、隣り合う測定点間の結晶方位の差が回転角度で15度以上となる界面を図3(b)に例示されるように測定領域のマップ上に表示し、それらの界面によって区分される領域(以下、ドメインという)のうち、0.2〜4μmのドメイン径を有する全測定面積に対する面積割合を求め、この値を、ドメイン径の平均値とともに表4および表5に示した。
さらに、前記硬質被覆層を基板側から約1mmの厚さまで機械研磨したのち、Arイオン研磨装置を用いて厚さ100nmとなるまで研磨し薄片とした状態で、透過型電子顕微鏡を用いて層の表面から100nmの深さ近傍におけるCr1-xAlN層の結晶粒径を観察し、図3(a)に例示されるように改質Cr1-xAlN層の工具基体表面のうち、幅10〜100nmの微細粒が占有する面積割合αを求め、ドメインの全測定面積に対する面積割合とともに表4および表5に示した。
表4から、本発明インサート1〜14の改質Cr1-xAlN層は、直径10〜100nmのCr1-xAlN結晶粒が面積割合で90%を占め、かつ、電子線後方散乱回折装置で結晶方位を解析したときに、回転角度で15度以上の結晶方位の差をもつ界面によって囲まれるドメイン径0.2〜4μmのドメインの面積割合が、全測定面積の20%以上となっており、二軸配向性を有する10〜100nmの微細結晶によって構成されているドメインが面積割合で20%以上存在ことが分かる。
一方、表5から、従来インサート1〜14の従来Cr1-xAlN層は、回転角度で15度以上の結晶方位の差をもつ界面によって区分されるドメイン径0.2〜4μmのドメインの面積割合が少なく(5%以下)、さらに、10〜100nmの微細結晶の存在割合は面積割合で90%以下となっており、すなわち、二軸配向性を有する10〜100nmの微細結晶によって構成されるドメインは十分な面積割合(20%以上)で存在していないことが分かる。
【0024】
【表1】

【0025】
【表2】

【0026】
【表3】

【0027】
【表4】

【0028】
【表5】

【0029】
つぎに、前記本発明インサート1〜14および従来インサート1〜14について、これを切刃外径80mmの工具鋼製カッタ(SE445R)の先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、
被削材:平面寸法 100mm×250mm 厚さ50mmの JIS規格・SCMN439の板材
切削速度: 200 m/min.、
切り込み: 3 mm、
1刃あたりのテーブル送り: 0.35 mm/刃、
切削時間: 2 分、
の条件(切削条件1という)での合金鋼の乾式高速高送り正面フライス加工試験(通常の切削速度及びテーブル送りは、それぞれ、150m/min、0.2mm/rev.)、
被削材:平面寸法 100mm×250mm 厚さ50mmの JIS・S35Cの板材
切削速度: 320 m/min.、
切り込み: 3 mm、
1刃あたりのテーブル送り: 0.4 mm/刃、
切削時間: 2 分、
の条件(切削条件2という)での炭素鋼の乾式高速正面フライス加工試験(通常の切削速度及びテーブル送りは、それぞれ、200m/min、0.3mm/rev.)、
を行い、いずれの切削加工試験でも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
この測定結果を表6に示した。
【0030】
【表6】

【0031】
表4、表6から、本発明インサート1〜14は、粒径が10〜100nmの結晶粒が測定面積のうち90%以上を占有し、かつ、電子線後方散乱回折装置で表面の結晶粒の結晶方位を測定した場合、隣り合う測定点との結晶方位の差が15度以上の回転角度となる結晶界面によって囲まれた直径0.2〜4μmのドメインが、測定された全体の面積のうち20%以上を占めており、すなわち、強く配向した10〜100nmの結晶粒によって構成される0.2〜4μmのドメインが多く存在することにより、すぐれた耐欠損性と靭性を発揮し、乾式断続高速切削加工条件においても優れた工具寿命を実現していることが分かる。
これに対して、表5、表6から、従来インサート1〜14においては、従来Cr1-xAlN層は、回転角度で15度以上の結晶方位の差をもつ界面によって区分されるドメイン径0.2〜4μmのドメインの面積割合が少なく(5%以下)、さらに、10〜100nmの結晶粒の占める面積割合が小さい、すなわち、微細な粒子の割合が低いことから、耐欠損性と靭性に劣り、乾式断続高速切削加工条件ではチッピングや欠損等により、比較的短時間で使用寿命に至ることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0032】
前述のように、この発明の被覆工具は、硬質被覆層(改質Cr1-xAlN層)がすぐれた耐欠損性、靭性を有することから、被覆インサートばかりでなく、被覆エンドミル、被覆ドリル等の各種被覆工具として用いることができ、そして、これによって、靭性不足、強度不足等に起因する工具欠損の発生を防止し、長期の使用に亘って優れた切削性能を発揮するものであるから、低コスト化に十分満足に対応できるとともに、工具寿命の延命化を図ることができるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金焼結体からなる工具基体の表面に、0.2〜2μmの平均層厚を有するCr1-xAlN膜からなる硬質被覆層を物理蒸着した表面被覆切削工具において、xが0.1≦x≦0.6を満たし、さらに、
前記Cr1-xAlN層は前記平均層厚と等しい高さを有する柱状晶組織からなり、さらに、電子線後方散乱回折装置で表面の結晶粒の結晶方位を測定した場合、隣り合う測定点との結晶方位の差が15度以上となる結晶界面によって囲まれた直径0.2〜4μmの区分が、測定された全体の面積のうち20%以上を占有し、かつ、前記Cr1-xAlN層の表面から100nmの深さの水平断面における結晶粒組織を観察した場合、粒径が10〜100nmの結晶粒が測定面積のうち90%以上を占有することを特徴とする表面被覆切削工具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−194535(P2011−194535A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−65530(P2010−65530)
【出願日】平成22年3月23日(2010.3.23)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】