説明

硬質被覆層がすぐれた耐欠損性を発揮する表面被覆切削工具

【課題】断続重切削加工で硬質被覆層がすぐれた耐欠損性を発揮する表面被覆切削工具を提供する。
【解決手段】WC基超硬合金製工具基体表面にTiN層からなる硬質被覆層を物理蒸着で形成した表面被覆切削工具において、TiN層は、平均層厚と等しい高さを有し、かつ、工具基体表面に対して直立方向に成長した縦長平板状のTiN結晶粒からなり、さらに、上記TiN層の表面から0.1μmの高さの水平断面におけるTiN結晶粒組織を観察した場合、短辺が5〜100nm、アスペクト比が3以上である上記縦長平板状のTiN結晶粒の占める面積割合が、全水平断面積の30%以上である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、硬質被覆層が、工具基体表面に対して直立方向に成長した縦長平板状のTiN結晶粒で構成されることにより、断続重切削加工という厳しい切削条件下で用いられた場合にも、すぐれた耐欠損性を発揮し、切削工具の長寿命化が可能となる炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金製表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、被覆工具には、各種の鋼や鋳鉄などの被削材の旋削加工にバイトの先端部に着脱自在に取り付けて用いられるインサートや、前記インサートを着脱自在に取り付けて、面削加工や溝加工、さらに肩加工などに用いられるソリッドタイプのエンドミルと同様に切削加工を行うインサート式エンドミルなどが知られている。
【0003】
また、被覆工具として、WC基超硬合金製工具基体の表面に、Tiの窒化物(以下、TiNで示す)層からなる硬質被覆層を物理蒸着してなる被覆工具が広く知られており、各種の鋼や鋳鉄などの連続切削や断続切削加工に用いられている。
例えば、特許文献1には、WC基超硬合金製工具基体の表面に形成する硬質被覆層の一つの層として、層厚1〜8μmの柱状組織からなる炭窒化チタン層を設けた被覆工具が開示されており、この被覆工具は、断続切削加工において優れた耐欠損性を発揮することが知られている。
また、特許文献2には、WC基超硬合金製工具基体の表面に、アスペクト比が8〜100の針状結晶組織からなり、酸素を含むチタン化合物(例えば、Ti,TiO,TiCO,TiNO等)相を含有する硬質被覆層を形成した被覆工具が開示されており、この被覆工具は、断続切削加工において優れた耐欠損性、耐チッピング性を発揮することが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3161087号明細書
【特許文献2】特開2007−229821号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年の切削加工装置のFA化はめざましく、加えて切削加工に対する省力化、省エネ化、低コスト化さらに効率化の要求も強く、これに伴い、高送り、高切り込みなどより高効率の重切削加工が要求される傾向にあるが、上記の従来被覆工具においては、各種の鋼や鋳鉄を通常条件下で切削加工した場合に特段の問題は生じないが、切刃に対して大きな断続的・衝撃的負荷がかかる断続重切削加工に用いた場合には、切刃部に欠損を生じやすく、これが原因で、比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで、本発明者等は、上述のような観点から、断続重切削加工に用いられた場合にも優れた耐欠損性を示し被覆工具の長寿命化を図るべく、硬質被覆層をTiN層で構成するとともに、該TiN層の結晶粒組織に着目し鋭意研究を行った結果、次のような知見を得た。
【0007】
(a)従来、WC超硬合金からなる工具基体表面に、硬質被覆層としてのTiN層を成膜する場合、物理蒸着装置の1種であるアークイオンプレーティング(AIP)装置に上記の工具基体を装着し、例えば、
装置内加熱温度:300〜500℃、
工具基体に印加する直流バイアス電圧:−50〜−100V、
カソード電極:金属Ti、
アーク放電電流:60〜100A、
装置内ガス流量:窒素(N)ガス+アルゴン(Ar)ガス、
装置内窒素ガス圧力:1〜5Pa、
の条件の条件で、TiN層(以下、従来TiN層という)が成膜される。
【0008】
(b)しかるに、前記TiN層の形成を、例えば図1の概略説明図に示される物理蒸着装置の1種である圧力勾配型Arプラズマガスを利用したイオンプレーティング装置に上記の工具基体を装着し、
工具基体温度:350〜450 ℃、
蒸発源:金属Ti、
プラズマガン放電電力:10〜15 kW、
反応ガス流量:窒素(N)ガス 80〜120 sccm、
放電ガス:アルゴン(Ar)ガス 30〜60 sccm、
工具基体に印加する直流バイアス電圧:0〜+5 V、
ハースと工具基体間の距離:950〜1050 mm、
という特定の条件でTiN層を蒸着形成した場合、この結果形成されたTiN層(以下、改質TiN層という)を硬質被覆層とする被覆工具は、前記従来TiN層を形成した被覆工具に比して、高切り込み、高送りの断続重切削加工条件において、すぐれた耐欠損性を示すことを見出した。
【0009】
(c)上記改質TiN層の断面組織を透過型電子顕微鏡で観察したところ、図2の断面斜視図に示すように、層厚方向の縦断面においては、工具基体表面に対して直立方向に成長した縦長平板状のTiN結晶粒が形成され、また、改質TiN層の表面から0.1μmの高さの水平断面においては、短辺が5〜100nmであって、アスペクト比が3以上である上記縦長平板状のTiN結晶粒が所定の面積割合で形成されていることを確認した。
【0010】
(d)そして、表面被覆切削工具の硬質被覆層を、上記結晶粒組織の改質TiN層で構成すると、層の曲げ抵抗が大になり耐塑性変形性が向上するとともに、結晶粒界が複雑に入り組んで形成されていることから、硬質被覆層にクラックが発生した場合でも、クラックの進展に対する抵抗性が増し、その結果、切刃に対して大きな断続的・衝撃的負荷がかかる高送り、高切り込みの断続重切削加工に用いた場合であっても、チッピング、欠損の発生が抑制され、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮することを見出したのである。
【0011】
この発明は、上記の知見に基づいてなされたものであって、
「 炭化タングステン基超硬合金製工具基体の表面に、0.2〜2μmの平均層厚のTiN層からなる硬質被覆層を物理蒸着した表面被覆切削工具において、
上記TiN層は、上記平均層厚と等しい高さを有し、かつ、上記工具基体表面に対して直立方向に成長した縦長平板状のTiN結晶粒からなり、
さらに、上記TiN層の表面から0.1μmの高さの水平断面における結晶粒組織を透過型電子顕微鏡で観察した場合、短辺が5〜100nmであって、アスペクト比が3以上である上記縦長平板状のTiN結晶粒が存在し、かつ、該水平断面において縦長平板状のTiN結晶粒が占める面積の合計は、全断面積の30%以上であることを特徴とする表面被覆切削工具。」
に特徴を有するものである。
【0012】
本発明について、以下に説明する。
【0013】
TiN層を蒸着形成するための数多くの試験を行った結果、図1に示される圧力勾配型Arプラズマガンを利用したイオンプレーティングにより、工具基体上にTiN層を形成する条件を、例えば、
工具基体温度:350〜450 ℃、
蒸発源:金属Ti、
プラズマガン放電電力:10〜15 kW、
反応ガス流量:窒素(N)ガス 80〜120 sccm、
放電ガス:アルゴン(Ar)ガス 30〜60 sccm、
工具基体に印加する直流バイアス電圧:0〜+5 V、
ハースと工具基体間の距離:950〜1050 mm、
蒸着時間: 30〜150 min、
のような特定の条件に調整して蒸着すると、工具基体表面に対して直立方向に成長した縦長平板状のTiN結晶粒からなる改質TiN層が形成される。
【0014】
改質TiN層の組織をより詳細に透過型電子顕微鏡で観察すると、図2の断面斜視図に示すように、改質TiN層の層厚方向の縦断面においては、上記縦長平板状のTiN結晶粒の高さが、改質TiN層の層厚を構成している。
また、工具基体表面に平行で、改質TiN層の表面から0.1μmの高さにある水平断面(即ち、改質TiN層表面から0.1μmの高さにあり、層厚方向に直交する平面)においては、短辺が5〜100nmであって、アスペクト比が3以上である矩形状のTiN結晶粒が存在する。
しかも、上記水平断面において、上記矩形状のTiN結晶粒の面積の合計が占める面積割合は、水平断面の全面積の30%以上となっている。
【0015】
この改質TiN層の平均層厚(上記縦長平板状のTiN結晶粒の高さと同じ)は成膜時間によって大きく影響され、成膜時間が短いため(例えば、30分未満)に上記TiN結晶粒の高さが0.2μmに満たないような場合は、耐摩耗性に劣り長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮することはできず、一方、成膜時間が長くなり(例えば、150分を超える)、上記TiN結晶粒の高さが2μmを超えるような場合は、TiN結晶粒が粗大化し、表面平滑性が失われ、チッピングが生じ易くなる。
したがって、改質TiN層の平均層厚(=上記縦長平板状のTiN結晶粒の高さ)は、0.2〜2μmと定める。
【0016】
また、この改質TiN層の表面から0.1μmの高さにある水平断面に存在する矩形状のTiN結晶粒の短辺が5nm未満では、結晶粒単体で十分な強度を維持することはできず、一方、短辺が100nmを超えると、結晶粒が粗大になりチッピングを生じ易くなることから、上記矩形状のTiN結晶粒の短辺は5〜100nmと定める。
なお、この発明でいう「短辺」とは、改質TiN層の表面から0.1μmの高さにある水平断面に存在する個々のTiN結晶粒について、そのサイズを透過型電子顕微鏡により測定し、個々の結晶粒の測定された最大径を示す線分を長辺とした場合に、長辺方向に対して垂直な方向における最大幅をいう。
【0017】
また、この改質TiN層の表面から0.1μmの高さにある水平断面に存在する矩形状のTiN結晶粒のアスペクト比が3未満では、層の曲げ抗力が小さくなり所望の耐塑性変形性が得られないことから、上記矩形状のTiN結晶粒のアスペクト比は3以上と定める。
なお、ここでいう「アスペクト比」とは、前記個々の結晶粒の測定された最大径を示す線分である長辺の値を、前記短辺の値で除した値である。
【0018】
また、この改質TiN層の表面から0.1μmの高さにある水平断面に存在する矩形状のTiN結晶粒の面積割合が、測定した水平断面の全面積の30%未満であるような場合は、クラックの進展経路が複雑でなくなりクラックの進展に対する抵抗力が十分に得られずチッピングを生じやすくなることから、上記矩形状のTiN結晶粒面積割合は30%以上とする。
【0019】
改質TiN層の表面から0.1μmの高さにある水平断面に存在する矩形状のTiN結晶粒の短辺の値、アスペクト比の値および面積割合は、改質TiN層の蒸着条件の内のそれぞれ、成膜時間、成膜温度および印加する直流バイアス電圧、成膜温度および印加する直流バイアス電圧によって影響を受けるので、矩形状のTiN結晶粒の短辺の値、アスペクト比の値および面積割合を所定の数値範囲に維持するためには、前記蒸着条件のうち、特に、成膜時間、成膜温度、印加する直流バイアス電圧については厳密に調整しなければならない。
【発明の効果】
【0020】
この発明の被覆工具は、硬質被覆層を構成する改質TiN層が、工具基体表面に対して直立方向に成長した縦長平板状のTiN結晶粒からなり、さらに、上記改質TiN層の表面から0.1μmの高さの水平断面において、短辺が5〜100nmであって、アスペクト比が3以上である上記縦長平板状のTiN結晶粒が存在し、かつ、該縦長平板状のTiN結晶粒が占める面積の合計は、全断面積の30%以上である結晶粒組織を備えることから、改質TiN層の曲げ抵抗が大になり耐塑性変形性が向上するとともに、切刃に対して断続的・衝撃的負荷が作用する高送り、高切り込みの断続重切削加工において硬質被覆層にクラックが発生した場合でも、結晶粒界が複雑に入り組み形成されていることから、クラックの進展に対する抵抗性が増し、その結果、耐欠損性が改善され、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮し、工具寿命の延命化が図られるのである。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】この発明の表面被覆切削工具の硬質被覆層(改質TiN層)を蒸着形成するため圧力勾配型Arプラズマガンを利用したイオンプレーティング装置の概略図を示す。
【図2】この発明の表面被覆切削工具の改質TiN層からなる硬質被覆層の断面斜視図を示す。
【図3】本発明インサート1の改質TiN層の表面から0.1μmの高さの水平断面におけるTiN結晶粒の組織写真を示す。
【発明を実施するための形態】
【0022】
つぎに、この発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
なお、ここでは被覆インサートを中心にして説明するが、被覆インサートに限らず、被覆エンドミル、被覆ドリル等の各種の被覆工具に適用できるものである。
【実施例1】
【0023】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、VC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr3 2 粉末、およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、ボールミルで72時間湿式混合し、乾燥した後、100MPa の圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を6Paの真空中、温度:1400℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分にR:0.03のホーニング加工を施してISO規格・CNMG120412のインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体1〜10を形成した。
【0024】
【表1】

【0025】
ついで、上記の工具基体1〜10を、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、図1に示される圧力勾配型Arプラズマガンを利用したイオンプレーティング装置に装着し、蒸発源として、金属Tiを装着し、まず、装置内を排気して1.0×10−3Pa以下の真空に保持しながらヒーターで装置内を240〜400℃に加熱した後、Arガスを導入して2.3×10−2Paとしたのち、工具基体に−200Vのバイアス電圧を印加することによって、前記工具基体を10分間Arボンバード処理し、ついで、装置内を一旦1×10−3Pa程度の真空にした後、圧力勾配型Arプラズマガンの放電電力を12kWとし、Arガスを45sccm,窒素ガスを100sccm流しながら、炉内の圧力を3×10−2〜6×10−2Paに保ち、蒸発源にプラズマビームを入射し金属Tiの蒸気を発生させるとともにプラズマビームでイオン化して、蒸発源の上部1000mmに固定された工具基体表面に、表3に示される目標層厚の改質TiN層を硬質被覆層として蒸着形成することにより、本発明被覆工具としての本発明表面被覆インサート(以下、本発明インサートという)1〜10を製造した。
なお、表2に、本発明インサート1〜10の改質TiN層の形成条件である圧力勾配型Arプラズマガンを利用したイオンプレーティングの各種条件を一覧で示す。
【0026】
比較のため、上記の工具基体A1〜A10について、通常のアークイオンプレーティング(AIP)法によって、以下の条件で、表5に示される目標層厚の従来TiN層を蒸着形成することにより、比較例表面被覆インサート(以下、比較例インサートという)1〜10を製造した。
装置内加熱温度:300〜500℃、
工具基体に印加する直流バイアス電圧:−50〜−100V、
カソード電極:金属Ti、
アーク放電電流:60〜100A、
装置内ガス:窒素(N)ガス、
装置内窒素ガス圧力:1〜5Pa、
なお、表4に、比較例インサート1〜10の従来TiN層の形成条件であるアークイオンプレーティング(AIP)の各種条件を一覧で示す。
【0027】
さらに比較のために、上記の工具基体A1〜A10の内の工具基体A1〜A5については、特許文献2に開示されたCVD法によって、CVD条件を調整し、酸素を含むTi化合物(例えば、Ti,TiO,TiCO,TiNO等)相を含有する硬質被覆層を蒸着形成することにより、表6に示されるTi化合物相を含有する目標層厚の硬質被覆層を形成した、参考例表面被覆インサート(以下、参考例インサートという)1〜5を製造した。
【0028】
ついで、本発明インサート1〜10,比較例インサート1〜10および参考例インサート1〜5の各硬質被覆層について、透過型電子顕微鏡を用いて結晶粒組織の状態を観察した。
表3,5,6に、その観察結果を示す。
表3によれば、本発明インサート1〜10では、改質TiN層の平均層厚と等しい高さの縦長平板状のTiN結晶粒が、工具基体表面に対して直立方向に成長しており、TiN層の表面から0.1μmの高さの水平断面について透過型電子顕微鏡を用いて観察・測定したところ、短辺が5〜100nm、アスペクト比が3以上であり、かつ、該水平断面における合計面積が、全断面積の30%以上である縦長平板状のTiN結晶粒が存在することが確認された。
図3に、一例として、本発明インサート1の改質TiN層の表面から0.1μmの高さの水平断面におけるTiN結晶粒の組織写真を示す。
【0029】
これに対して、表5から、TiN層を通常のアークイオンプレーティング法により成膜した比較例インサート1〜10においては、従来TiN層の平均層厚と等しい高さの柱状のTiN結晶粒が工具基体表面に対して直立方向に成長しており、TiN層の表面から0.1μmの高さの水平断面につて透過型電子顕微鏡を用いて観察・測定したところ、観測面の大部分をアスペクト比が2未満の粒により構成されており、アスペクト比が3以上の粒子の存在は確認されないことが分かる。
また、特許文献2に開示されたCVD法により成膜した硬質被覆層を備える参考例インサート1〜5については、表6にも示すように、長径1〜4μm、短径0.03〜0.5μm、アスペクト比8〜100の酸素を含むTi化合物からなる針状結晶相の存在が確認されたが、水平断面内での前記針状結晶粒の面積割合は30%以下であった。
【0030】
【表2】

【0031】
【表3】

【0032】
【表4】

【0033】
【表5】

【0034】
【表6】

【0035】
つぎに、上記本発明インサート1〜10、比較例インサート1〜10および参考例インサート1〜5について、これを工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、
被削材:JIS・SCMnH2の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度: 120 m/min.、
切り込み: 4.0 mm、
送り: 0.35 mm/rev.、
切削時間: 2 分、
の条件(切削条件1という)での高マンガン鋼の乾式断続重切削加工試験(通常の切り込み及び送りは、それぞれ、3mm、0.3mm/rev.)、
被削材:JIS・S45Cの長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度: 180 m/min.、
切り込み: 5 mm、
送り: 0.35 mm/rev.、
切削時間: 2 分、
の条件(切削条件2という)での炭素鋼の乾式断続重切削加工試験(通常の切り込み及び送りは、それぞれ、3mm、0.20mm/rev.)、
を行い、
いずれの切削加工試験でも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
この測定結果を表7に示した。
【0036】
【表7】

【0037】
表3,5〜7に示される結果から、本発明インサート1〜10は、いずれも硬質被覆層を構成する改質TiN層が0.2〜2μmの平均層厚を有するとともに、工具基体表面に対して直立方向に平均層厚と同じ高さの縦長平板状のTiN結晶粒組織が形成されており、さらに、上記改質TiN層の表面から0.1μmの高さの水平断面において、短辺が5〜100nmであって、アスペクト比が3以上である上記縦長平板状のTiN結晶粒が存在し、かつ、該縦長平板状のTiN結晶粒が占める面積の合計は、全断面積の30%以上である結晶粒組織を備えることから、改質TiN層の曲げ抵抗性が増し、耐塑性変形性が向上するとともに、切刃に対して断続的・衝撃的負荷が作用する高送り、高切り込みの断続重切削加工において硬質被覆層にクラックが発生した場合でも、結晶粒界が複雑に入り組み形成されていることから、クラックの進展に対する抵抗性が増し、その結果、耐欠損性が改善され、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮し、工具寿命の延命化が図られているのである。
【0038】
これに対して、比較例インサート1〜10においては、従来TiN層における結晶粒はアスペクト比が低く、結晶粒界が複雑に入り組んで形成されておらず、クラックの進展に対する抵抗力が弱いため、断続切削加工においては、欠損等により比較的短時間で使用寿命に至り、また、硬質被覆層中に、酸素を含むTi化合物からなる針状結晶相を含有する参考例インサート1〜5においても、厳しい切削条件である断続重切削加工においては、欠損等により比較的短時間で使用寿命に至ることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0039】
上述のように、この発明の被覆工具は、硬質被覆層(改質TiN層)が、特定の短径、アスペクト比、面積割合を有する縦長平板状のTiN結晶粒組織として形成されていることから、優れた耐欠損性を備えており、そして、この優れた切削性能は、実施例において示した被覆インサートばかりでなく、被覆エンドミル、被覆ドリル等の各種被覆工具においても、長期の使用に亘って発揮されるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金製工具基体の表面に、0.2〜2μmの平均層厚のTiN層からなる硬質被覆層を物理蒸着した表面被覆切削工具において、
上記TiN層は、上記平均層厚と等しい高さを有し、かつ、上記工具基体表面に対して直立方向に成長した縦長平板状のTiN結晶粒からなり、
さらに、上記TiN層の表面から0.1μmの高さの水平断面における結晶粒組織を透過型電子顕微鏡で観察した場合、短辺が5〜100nmであって、アスペクト比が3以上である上記縦長平板状のTiN結晶粒が存在し、かつ、該水平断面において縦長平板状のTiN結晶粒が占める面積の合計は、全断面積の30%以上であることを特徴とする表面被覆切削工具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−88250(P2011−88250A)
【公開日】平成23年5月6日(2011.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−244259(P2009−244259)
【出願日】平成21年10月23日(2009.10.23)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】