説明

磁性粉末

【課題】 保磁力、角形比に優れ、更に大気中350℃以上でも発火することなく磁気特性を保持することが可能な希土類−鉄−窒素系磁性粉末およびその製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】 一般式R100−x−y−zで表される磁性粉末であって、 前記M成分は、粉体内部の表面側に偏在していることを特徴とする(但し、RはYを含む希土類元素のうちの少なくとも一種、TはFeと遷移金属のうちの少なくとも一種、Mは300℃〜1200℃において標準ギブスエネルギーが−80kcal〜−300kcalの範囲である少なくとも一種の元素あるいはその酸化物であり、3<x<30、5<y<15、0.001<z<5である。)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は磁性粉末に係り、特に耐熱性に優れた希土類―鉄―窒素系磁性粉末およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
異方性の希土類−鉄−窒素系磁性粉末は優れた磁気特性を有し、NdFeB系の磁性粉末にかわる希土類ボンド磁石用の磁性粉末として注目されており、多くの技術報告が提案されている。例えば、希土類−鉄−窒素系磁性粉末と熱可塑性樹脂等とを混合してなるコンパウンドを、射出成形機にて溶融・固化することにより、所望とする形状のボンド磁石を容易に形成することができる。このように、希土類−鉄−窒素系磁性材料を用いた射出成形体は、形状自由度に富んでいる上に他部材との一体成形なども可能であることから、その適応分野を徐々に増やしている。希土類−鉄−窒素系磁性粉末の製造方法として、原料に希土類酸化物を含有する数μmサイズの原料粉末を用い、これに還元剤として金属カルシウムを加えて還元拡散し、引き続き窒化する方法が知られている。これにより、機械的粉砕工程を得ることなく単磁区粉末サイズの磁性粉末が得られることから、耐酸化性の優れた、高純度の希土類−鉄−窒素系磁性粉末が得られる。
【0003】
しかしながら、上記の還元拡散反応は、溶融し液体となった金属カルシウムと固体原料との間にて進行することから、固体原料同士が凝集しやすくなる。このため、単分散状態の磁性粉末のみを得ることは困難であり、いびつな形状の凝集体状の粗大磁性粉末を含有することとなる。このような粗大磁性粉末を多く含有する場合、保磁力、残留磁化の低下を伴う。そこで、希土類−鉄−窒素系磁性粉末を粉砕する技術、酸などでエッチングする技術、被膜を設ける技術などにより、磁気特性の改善が試みられており、これらの技術にて保磁力を向上させることはできるが、減磁曲線にて初期の磁化の減少度を改善することはできず、結果として保磁力、角形比を共に向上させることは難しかった。更に粉砕する方法では結晶へダメージを与えることとなり、耐熱性などの特性が低下する問題があった。またエッチングする方法や被膜を設ける方法では重量当たりの残留磁化の低下を伴う問題があった。
【0004】
一方、特別な加工を付加せずに磁気特性を改善することを目的として、希土類−鉄−窒素系合金に、Mg、Ti等のM成分を添加し、これらを微粉砕した後に焼鈍する、あるいは前記M成分を焼結時に添加することにより形成されてなる、2相分離型微構造の希土類−鉄−M−窒素系磁性材料が開示されている。前記2相分離型微構造は、微構造の粉末境界部にM含有量が多い相と粉末中心部にMの含有量が少ないかまたはMを含有しない相とからなり、このような微構造は、M成分が熱処理に応じて希土類−鉄−窒素系合金の主相間に分離層を設ける役割を演じる、もしくはさらに主相と反応して低磁気特性領域を形成することにより得られる。これにより、粒子内部、すなわち磁性領域間の相互作用を弱め、それによって逆に磁気特性を向上させることができる(特許文献1参照)。
【0005】
また、M成分を粉末の内部一様に配置することで結晶構造が安定化し磁気特性が向上するという開示もある(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平3−153852号公報
【0007】
【特許文献2】特開平9−143636号公報
【0008】
【特許文献3】特開平6−124812号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
これまでOA分野および家電分野に適応されてきた希土類磁石の応用分野が、自動車の電気自動車化やドライブバイワイヤー化に伴い、自動車用途向けにも使用用途が広がりつつあり、OA分野での磁石に求められる耐熱温度は高々120℃、多くは100℃であったのが、自動車では150℃以上、多くは200℃を越える耐熱性が求められている。さらに今後自動車分野への適応が検討されるにつれてポリアミド系樹脂以外の高耐熱樹脂、例えばPPSやPEEK、あるいはLCP等が使用されることから、これらの樹脂を用いた場合のプロセス温度は350℃以上になる事も想定され、このような状況下での原料粒子の発火の危険性も考慮に入れなければならない。発火を防止するにはプロセス全体を不活性ガスでシールするという方法もあるが工業的には非現実的である。
【0010】
しかしながら、上記した方法によりM成分が添加されてなる従来の希土類−鉄−窒素系合金は、大気中350℃以上での発火は防止できない。具体的には、二相分離型の磁性材料の場合、粉末表面にM成分が存在しないため、350℃を越える高温では大気中で発火にいたる。また、粉末全体に均一にM成分を配合する方法では、当該発明が開示するとおり、結晶構造を安定化する効果は期待できるものの、粉末表面にM成分が偏在しないため、大気中350℃以上での発火は防止できない。また、理論的にはゾルゲル法等を用いてM成分をコーティングする技術も検討可能であるが、現実には数μmの粉末表面をくまなくコーティングすることは不可能であり、しかも表面にコーティングしただけは常にM成分の脱落の危険が伴う。発火を防止するにはプロセス全体を不活性ガスでシールするという方法もあるが工業的には非現実的である。
【0011】
本発明は、上記した事情に鑑みなされたものであり、すなわち残留磁化が大きく、かつ特に保磁力、角形比に優れ、更に大気中350℃以上でも発火することなく磁気特性を保持することが可能な希土類−鉄−窒素系磁性粉末およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者等は、上記した問題を解決するために鋭意研究をした結果、磁気特性の低下の原因となる粗大粉末の発生は、合成段階にて特定のM成分を特性の配合にて原料粉末内部の表面側を、従来にない方法および形態で配置させることにより、粗大粒子の発生を抑制することができることを発見した。またその結果得られた磁性粉末は、大気中350℃以上での発火性を最小限に抑制することができ、さらに優れた磁気的な耐熱性を兼ね備えることを見出し、本発明を成すに至った。
【0013】
本発明の磁性粉末は、一般式R100−x−y−zで表される磁性粉末であって、前記M成分は、粉体内部の表面側に偏在していることを特徴とする(但し、RはYを含む希土類元素のうちの少なくとも一種、TはFeと遷移金属のうちの少なくとも一種、Mは300℃〜1200℃において標準ギブスエネルギーが−80kcal〜−300kcalの範囲である少なくとも一種の元素あるいはその酸化物であり、3<x<30、5<y<15、0.001<z<5である。)。このように、特定のM成分が、特定の配合で、磁性粉末内部の表面側に偏在してなる磁性粉末は、優れた分散性と耐酸化性機能とを共に有しており、厳しい温度条件下においても信頼性を長時間維持することができる。また前記M成分は、粉体内部の表面側に偏在することが好ましい。さらに、表面から内部に向かってなだらかに分布することがより好ましい。詳しくは、粒子断面の寸法を、表面を0、さらに中心点を1として規格化した際に、寸法0〜0.3範囲のM成分含量値が全M成分の50原子%以上100原子%以下、寸法0.3〜0.6の範囲において10原子%以上30原子%未満、寸法0.6〜1.0の範囲で0原子%以上30原子%未満の範囲にあることが望ましく、これによりM成分を粉末表面上に付けた時の密着不全によるM成分の脱落および耐酸化性の低下を抑制できる。
【0014】
また、磁性粉末を溶融ワックスの中で磁場を印加しながら完全に配向させた試料の減磁曲線上で、残留磁化が10%低下する際の磁場Hkと真の保磁力iHcの比=角形比Hk/iHcは、0.35≦Hk≦0.8であることが好ましく、これにより1kOe程度(0.8kA/M)の比較的低い磁場中での配向性が優れた磁性粉末となることに加え、ボンド磁石等の成形磁石とした際には、パーミアンスが低くても高温時の減磁が少ないという特性を発揮することができる。
【0015】
さらに、耐熱性αは、85%以上であることが好ましく(但し、前記αは、磁性粉末を大気中150℃で1時間加熱し、室温まで放冷したときの保磁力の維持率を示す。)、これにより厳しい環境下においても優れた信頼性を保持することが可能となる。
【0016】
前記M成分は、Zr、Al、Ti、Si、B,V、Ta、Mn、Cr、Na、Zn、K、P、Mg、Liの群の少なくとも一種あるいはその酸化物であることが好ましく、これらを使用することにより、磁性粒子内でM成分の上述のような所定の分布が得られた際には、優れた耐酸化性を有するだけでなく、磁性粒子の分散が極めて良好になるといった効果が得られる。また、前記M成分は酸化物でも純金属でもかまわないが、より好ましくは酸化物の形で存在することが好ましい。
【0017】
また、本発明の磁性粉末の製造方法は、一般式R100−x−y−zで表される磁性粉末の製造方法であって、1)RイオンおよびTイオンを有する溶液に、不溶性の塩を生成することが可能な沈殿剤を添加した後に、続いてM成分を添加する第一の工程、2)得られた沈殿物を焼成し、RおよびTの複合酸化物粉末を得る第二の工程、3)粒度が10mm以下の金属カルシウムにて還元拡散反応を行う第三の工程、を有することを特徴とする(但し、RはYを含む希土類元素のうちの少なくとも一種、TはFeと遷移金属のうちの少なくとも一種、Mは300℃〜1200℃において標準ギブスエネルギーが−80kcal〜−300kcalの範囲の範囲である少なくとも一種の元素あるいはその酸化物であり、3<x<30、5<y<15、0.001<z<5である。)。これにより、分散性に優れ、粉体内部の表面側にM成分が偏在してなる磁性粉末が得られる。
【0018】
また、前記第二の工程後、前記複合酸化物粉末の厚みを、予め20mm以下に調整し、露点が−10℃以下に調整されてなる炉内にて水素還元反応を行い、続いて前記第三の工程を行うことが好ましく、これによりさらに優れた磁気特性を有する磁性粉末が得られる。
【発明の効果】
【0019】
本発明の希土類−鉄−窒素系磁性粉末は、優れた耐熱性と耐酸化性を共有していることから、様々な分野へ応用することができる。例えば、ボンド磁石に利用した場合、成形時の加熱による磁気特性の劣化が少なく、かつ保磁力、角形比が優れていることから、高いエネルギー磁束密度の薄型・小型ボンド磁石を実現することができる。
【0020】
また、本発明の希土類−鉄−窒素系磁性粉末の製造方法は、共沈工程においてRイオンおよびTイオンの共沈反応を開始させた後にM成分(Mは300℃〜1200℃において標準ギブスエネルギーが−80kcal〜−300kcalの範囲である少なくとも一種の元素あるいはその酸化物であり、3<x<30、5<y<15、0.001<z<5である。)を添加することにより、還元拡散工程中にて発生する粉末間の物質移動を抑制することができ、効率よく本発明の希土類−鉄−窒素系磁性粉末を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明にかかる実施の形態について詳述するが、本発明の技術思料を具体化するための一例であり、これに限定するものではない。
実施の形態1.
(磁性粉末)
本発明の磁性粉末は、一般式R100−x−y−zで表される磁性粉末であって、前記M成分が粉体内部の表面側に偏在していれば特に限定されない(但し、RはYを含む希土類元素のうちの少なくとも一種、TはFeと遷移金属のうちの少なくとも一種、Mは300℃〜1200℃において標準ギブスエネルギーが−80kcal〜−300kcalの範囲である少なくとも一種の元素あるいはその酸化物であり、3<x<30、5<y<15、0.001<z<5である。)。
【0022】
ここで、本明細書における標準ギブスエネルギーとは、ある元素が酸素分子1モルと反応し、酸化物を生成する際のエネルギー変化が標準ギブスエネルギーである。
【0023】
本発明における成分Mは、300℃〜1200℃において標準ギブスエネルギーが−80kcal〜−300kcalの範囲である少なくとも一種の元素あるいはその酸化物であり、好ましくは−100〜−260、より好ましくは−150〜−260kcalの標準ギブスエネルギーを有する一種の元素あるいはその酸化物であることが好ましい。これにより、磁性粒子内でM成分の所定の分布が得られた際には、優れた耐酸化性を有するだけでなく、磁性粒子の分散が極めて良好になるといった効果が得られる。具体的には、Zr、Al、Ti、Si、B,V、Ta、Mn、Cr、Na、Zn、K、P、Mg、Li、Ceの群の少なくとも一種あるいはその酸化物を好ましく用いることができる。
【0024】
一般式R100−x−y−zで表される磁性粉末において、M成分は粉末内部の表面側に偏在している。このように、M成分を磁性粉末の表面に被膜的に形成するのではなく、磁性粉末の一組成として粉末の内部、特に表面側に偏在させることにより、粉末単独に関しては大幅な磁化の低下を招くことなく、さらに良好な耐酸化性が得られると同時に、粉末全体の分散性が大幅に向上することにより、角型比が向上するので、結果として磁気特性は向上する。さらに加えて、粉末を大気中350℃の環境にさらしても発火することはない。
【0025】
(磁性粉末の製造方法)
本発明の磁性粉末は、粉末の内部の表面側に特定成分Mを有している。このような磁性粉末を得るには、母合金合成時、母合金とM成分と混合合金してしまうのではなく、母合金の周囲にM成分を均一に配置させることが重要である。そこで本願発明の磁性粉末の製造方法は、還元拡散法において、粉末内部の表面側にM成分を偏在させるために以下の工程を具備している。
【0026】
(第一の工程)
本願発明の第一の工程は、RイオンおよびTイオンを含有する溶液中から粗原料を合成する工程において、これらの主成分を沈殿させた後に、M成分を沈殿させることを特徴とする。例えば、SmおよびFeがイオン化してなる反応タンク溶液中に、これらを共沈させることが可能な沈殿剤を添加してイオン溶解度を低下させることによりSm−Fe沈殿物を析出させる。次に、Sm−Fe沈殿物を反応タンク内にて攪拌しながらM成分を添加する。これにより粒子内部の表面側に高濃度の原料粉末が得られる。
【0027】
本発明の製造方法において、構成成分の陽イオンは、溶媒中で均一に混合する。従って、これら合金等の構成成分である、希土類元素元素及び遷移金属を溶解した液を調製することが必要となる。これら金属元素を共通にイオン化して溶解しうる溶媒として、酸水溶液を使用することができる。好ましい酸としては、塩酸、硫酸、硝酸等の鉱酸があり、上述の金属イオンを高濃度に溶解することができる。また、金属元素の溶解液の調製のもう一つの方法として、これら構成金属の塩化物、硫酸塩、硝酸塩を水に溶解することでも可能である。また、溶解液は水溶液だけに限らず、金属アルコキシド等の形の有機金属を有機溶媒、例えば、アルコール、アセトン、シクロヘキサン、テトラハイドロフラン等の有機溶媒に溶解した溶液であってもよい。
【0028】
上記した金属イオンを溶解した溶液から、これらイオンと不溶性の塩を生成する物質として、水酸化物イオン、炭酸イオン、蓚酸イオン等の陰イオン(非金属イオン)が好ましく使用することができる。すなわち、これらのイオンを供給することができる物質の溶液なら使用することができる。例えば、水酸化物イオンを供給する物質としてアンモニア、苛性ソーダ等、炭酸イオンを供給する物質として、重炭酸アンモニウム、重炭酸ソーダ等、蓚酸イオンを供給するものとしては、蓚酸が使用可能である。金属アルコキシドを有機溶媒に溶解した液の場合、水を添加することで、金属水酸化物の形で沈殿を析出可能である。これ以外にも、金属イオンと反応して不溶性の塩を生成する物質なら本発明に適用可能である。また、水酸化物の不溶性の塩を生成する方法として、ゾルゲル法が好ましく使用することができる。
【0029】
金属イオンと非金属イオンとの反応を制御することにより、沈殿物粉末内の構成元素の分布が均質で、粒度分布のシャープな、粉末形状の整った、理想的な合金粉末原料を得ることができる。このような原料を使用することが最終製品である合金粉末(磁性材料)の磁気特性を向上する。この沈殿反応の制御には、金属イオンと非金属イオンの供給速度、反応温度、反応液濃度、反応液の攪拌状態、反応時のpH等を適当に設定することで行うことができる。これらの条件の設定には、まず、沈殿物の収率を最良にするように選択し、沈殿物粉末の独立性(粉末形状)、沈殿物粉末の粒度分布がシャープであることなどを顕微鏡観察しながら各条件を決定する。また、原料として、どのような化学種を選択し、どのような沈殿反応を適用するかによって、沈殿物の形態は大きく変化することはいうまでもない。この沈殿工程により、最終の磁性材料としての合金粉末の粉末径、粉末形、粒度分布がおよそ決定される。前述したように、粉末性能は磁性材料に密接に反映される点で、この沈殿反応の制御は非常に重要となる。この沈殿物粉末の粉末径は0.05〜20μm、好ましくは0.1〜10μmの範囲にほぼ全粉末が入るような大きさと分布であることが好ましい。また、平均粉末径は0.1〜10μmの範囲内にあることが好ましい。このようにして得られる沈殿物粉末中には希土類元素と遷移金属元素が十分に混合された状態で存在する。
【0030】
第一の工程において、M成分の添加方法は、特に限定されないが、イオン状態にて添加することが最も好ましい。その他、コロイド状、固体粉末状にてM成分を添加することも可能である。また、M成分を添加後、さらに沈殿剤を加えることにより、工程を促進させることができる。
【0031】
(第二の工程)
本発明において、沈殿反応から得られる沈殿物を焼成してRおよびTの複合酸化物を生成するが、通常、沈殿物は焼成前に脱溶媒したものを焼成する。この工程において十分に脱溶媒しておくと、焼成が容易であるからである。また、沈殿物が高温度において溶媒への溶解度が大きくなるような場合、特に十分に脱溶媒しておく必要がある。沈殿物粉末が溶解して、粉末が凝集し、粒度分布、粉末径に悪影響を及ぼすからである。
【0032】
沈殿物の焼成時は、金属イオンと非金属イオンからなる不溶性の塩が加熱された結果、非金属イオンが分解して金属酸化物を生成する。従って、この焼成は酸素リッチな条件で焼成されることが好ましい。また、非金属イオンの構成元素に酸素を含むものを選択することが好ましい。そのようなものには、水酸イオン、重炭酸イオン、蓚酸イオン、クエン酸イオン等がある。逆に硫化物イオン等は、これら金属を共通して沈殿を引き起こすイオンではあるが、イオンの構成に酸素を含まないから、酸化物に分解しがたく適当ではない。また、燐酸イオン、硼酸イオン、珪酸イオン等も、希土類元素イオン、遷移金属イオンと不溶性の塩を生成する物質であるが、それぞれ燐酸塩、硼酸塩、珪酸塩は、後の焼成で容易に酸化物を生成するものではなく、本発明に適用するのは困難である。従って、本発明を構成する沈殿反応に好ましく適用することができる非金属イオンは、水酸イオン、炭酸イオン、蓚酸イオン等の加熱すると容易に酸化物を生成することができる無機塩と、加熱すると容易に燃焼する不溶性の有機塩である。たた、不溶性の有機塩がアルコキシドのように水で加水分解し、水酸化物を生成するような場合は、一旦水酸化物としてそれを加熱することが好ましい。
【0033】
この焼成の要点は非金属イオンを分解して金属酸化物を得ることであるから、焼成温度もそのような分解反応が起こる温度以上の温度で焼成する。従って、焼成温度は金属イオンの種類、非金属イオンの種類に応じて変化するが、800〜1300℃の温度で数時間焼成するのが適当であり、より好ましくは900〜1100℃の範囲で焼成する。この場合、炉の雰囲気は送風機等を用いて空気を十分に送入するか、酸素を炉内に導入して焼成することが好ましい。
【0034】
この焼成により、粉末内に希土類元素と遷移金属元素の微視的な混合がなされ、且つ粉末の内部の表面側にM成分が偏在してなる金属酸化物粉末が得られる。この酸化物粉末は上記した沈殿物粉末の形状分布をそのまま継承した酸化物である。
【0035】
(前処理)
本発明では、第三の工程の前処理として、予め上記複合酸化物粉末の一部を還元することもできる。この前処理還元工程では、上記複合酸化物粉末を、H2、CO、CH4等炭化水素ガスによる還元性ガスによる還元のような、通常の還元性ガスによる還元雰囲気下にて加熱することで、遷移金属と化合している酸素をH2OあるいはCOの形で徐々に除去することができる。この場合の加熱温度は300〜900℃の範囲に設定する。この範囲よりも低温では遷移金属酸化物の還元は起こりにくく、この範囲より高温では、還元は起こるが、酸化物粉末が高温により粉末成長と偏析を起こし、所望の粉末径から逸脱してしまうからである。従って、加熱温度は400〜800℃の範囲がより好ましい。また、水素を用いる場合、供される原料粉末は厚みを20mm以下に調整し、さらに反応炉内の露点を−10℃以下に調整する必要がある。これにより、M成分による凝集防止効果を維持することができる。
【0036】
(第三の工程)
本発明の還元拡散工程では、特定部位に成分Mが含有されてなるRおよびTの複合酸化物粉末を、金属カルシウムと混合し、不活性ガス雰囲気もしくは真空中で加熱することにより、希土類酸化物をカルシウム融体もしくはその蒸気と接触させて還元拡散させる。
【0037】
金属カルシウムは、粒状または粉末状の形で使用されるが、粒度は10mm以下のものが好ましく、これにより還元拡散反応時における凝集をさらに防止することができる。また、金属カルシウムは、反応当量(希土類酸化物を還元するのに必要な化学量論量であり、遷移金属を酸化物の形で使用した場合には、これを還元するに必要な分を含む)の 1.1〜3.0倍量、好ましくは 1.5〜2.0 倍量の割合で添加することが好ましい。
【0038】
本発明においては、還元剤とともに、必要に応じて崩壊促進剤を使用することができる。この崩壊促進剤は、後述する湿式処理に際して、生成物の崩壊、粒状化を促進させるために適宜使用されるものであり、例えば特開昭63−105909号公報に開示されている塩化カルシウム等のアルカリ土類金属塩、及び酸化カルシウム等がある。これらの崩壊促進剤は、希土類源として使用される希土類酸化物当り1〜30重量%、特に5〜30重量%の割合で使用される。
【0039】
本発明においては、上述した原料粉末と還元剤、及び必要により使用される崩壊促進剤とを混合し、該混合物を窒素以外の不活性雰囲気、例えばアルゴンガス中で加熱を行うことにより還元を行う。また還元のために行われる加熱処理温度は700〜1200℃、特に800〜1100℃の範囲とすることが好適であり、加熱処理時間は特に制約されないが、還元反応を均一に行うためには、10分〜10時間の範囲の時間で行うことができ、10分〜2時間の範囲で行うのがより好ましい。
【実施例】
【0040】
以下、本発明に係る実施例を挙げて説明するが、この実施例に限定されるものではない。
【0041】
実施例1.
(原料調整工程)
まず、Fe−Sm硫酸溶液を形成する。純水3.3kgとFeSO4・7HO8.37kgを混合溶解し、さらにSm0.812kgと70%硫酸1.24kgとを加えよく攪拌し、完全に溶解させる。次に、上記溶液に純水を加え、最終的にFeが0.726mol/l、Smが0.112mol/lとなるように調整する。これをFe−Sm硫酸溶液とする。
【0042】
次に、温度が35℃に保たれた純水3kg中に、上記Fe−Sm硫酸溶液を攪拌しながら滴下し、同時にアンモニア液を滴下させ、pHを7.5に調整する。これにより、難溶性の塩であるFe-Sm水酸化物沈殿を有するスラリーが得られる。
【0043】
次に、上記スラリーにAl2(SO4373.0g含有純水溶液を攪拌しながら添加する。その後さらにアンモニア液で滴下することにより、Fe−Sm−Al水酸化物沈殿が得られる。
【0044】
上記Fe−Sm−Al水酸化物沈殿を洗浄分離後、乾燥、約1000℃で大気焼成し、Fe-Sm-Al酸化物を得る。
【0045】
(水素還元工程)
得られた酸化物3kgを、嵩厚15mmとなるように鋼製容器に入れる。容器を炉内に入れ、炉内を一定露点−25℃に保持してなる水素ガス雰囲気とする。その後、温度を700℃まで上昇させ、20時間保持する。これにより、Fe成分と結合している酸素のうち、95%が還元されてなる、黒色Fe-Sm-Al酸化物が得られる。
【0046】
(還元拡散工程)
次に、上記黒色Fe−Sm−Al酸化物の酸素量に対し、2倍当量に相当する粒度が10mm以下である金属Ca粉末を添加する。真空排気を行った後、Arガスを導入し、1050℃まで温度を上昇させ、1〜2時間保持することにより、Fe−Sm−Al粉末を得る。ここで、本明細書における「粒度が10mm以下」とは、ステンレス製の線径1.5mm、目開きが10mm、織り方が綾織である金網を用いた振動篩い機によりその金網を通過したものを指す。
【0047】
(窒化工程)
次に、100℃まで冷却した後、真空排気を行い、引き続き窒素ガスを導入しながら450℃まで温度上昇させ、20時間保持する。
【0048】
(水洗)
得られた処理物(塊状)を純水中に投入、撹拌する。静止後、上澄みを排水する。以上のデカンテーションを8回繰り返す。
【0049】
(酸処理)
次に99.9%の酢酸水溶液を投入し、撹拌する。静止後、上澄みを排水する。得られたスラリーを固液分離し、真空乾燥にて乾燥する。このようにして得られた磁性粉末は、Sm9.20Fe77.2912.39Al1.12で表される。
【0050】
実施例2.
Al原料調整において、Al2(SO4373.0g含有純水溶液の代わりに、TiOSO436.1g含有純水溶液を用いる以外は、実施例1と同様にしてSm9.30Fe77.7212.46Ti0.52磁性粉末を形成する。
【0051】
実施例3.
Al原料調整において、Al2(SO4373.0g含有純水溶液の代わりに、MnSO431.7g含有純水溶液を用いる以外は、実施例1と同様にしてSm9.28Fe77.72N12.46Mn0.54磁性粉末を形成する。
【0052】
実施例4.
原料調整において、Al2(SO4373.0g含有純水溶液Fe-Sm水酸化物沈殿を有するスラリーに添加するAl成分として、Al(OH)3(無水として)コロイド溶液を33.3g用いる以外は、実施例1同様にしてSm−Fe−N−Al磁性粉末を形成する。
【0053】
実施例5.
原料調整において、Fe-Sm水酸化物沈殿を有するスラリーに添加するAl成分として、Al23粉末21.8gを用い、高速煎断攪拌機で混合することによりFe−Sm−Al酸化物を得る以外は、実施例1同様にしてSm−Fe−N−Al磁性粉末を形成する。
【0054】
実施例6.
水素還元工程において、炉内の露点を−50℃に保持する以外は、実施例1と実施例1同様にしてSm−Fe−N−Al磁性粉末を形成する。
【0055】
実施例7.
還元拡散工程において、粒度が5mm以下である金属Ca粉末を添加する以外は、実施例1同様にしてSm−Fe−N−Al磁性粉末を形成する。
【0056】
比較例1.
原料調整工程において、Fe−Sm硫酸溶液にAl2(SO4373.0g含有純水溶液を攪拌しながら添加すると同時に、アンモニア液を滴下させ、難溶性の塩であるFe-Sm−Al水酸化物沈殿物を形成する以外は、実施例1と同様にしてSm−Fe−N−Al磁性粉末を形成する。
【0057】
比較例2.
高周波溶解炉において、純度99.9%の金属サマリウム350g、純度99.99%の金属鉄1000g、純度99.99%の金属アルミニウム7gを、1800℃にて溶解する。次に、溶湯を水冷銅るつぼに注いでインゴットとする。次に、均質化を目的として、アルゴン気流中、1300℃にて20時間の焼鈍を行う。引き続きインゴットをジョークラッシャーで粉砕し、さらにボールミルにて平均粒子径2.5μmまで粉砕する。この微粒子を窒素気流中で、450℃にて10時間の窒化処理を行った。得られた合金の組成式はSm9.50Fe77.0111.90Al1.59であり、実施例1とほぼ同じ組成を持った合金粉末が得られる。
【0058】
比較例3.
実施例1においてAl成分を排除した上で、その他は同じ工程を経てSmFeN磁性粉末を形成する。その後ロッド型のアルミ製カソードを備えた回転型の真空容器中で、粉末をかくはんしながら、Al膜をスパッタリングで粉末表面に形成する。雰囲気ガスはAr、圧力は5Pa、放電電圧は直流2.0kV、放電電流は50mAである。得られた粉末のの組成式はSm9.25Fe77.6812.45Al0.62である。ここで、本明細書における組成式は、化学分析によるものである。
【0059】
比較例4.
水素還元工程において、炉内の露点を−5℃に保持する以外は、実施例1と同様にしてSm−Fe−N−Al磁性粉末を形成する。
【0060】
以下の方法にて、上記実施例及び比較例にて得られらた磁性粉末のAl成分分布状態および磁気特性の測定を行い、得られた観測および測定結果を表1にまとめる。
【0061】
(M成分分布状態)
1N塩酸水溶液1リットルに磁性粉末10gを投入する。予備実験として、一定時間ごとに粉末を一部すくい取り、この粒子径データを取得しておくと同時に、M成分のほか必要な元素分析をICPで行う。このデータをもとに、再度同じ系での分析を行う。すなわち粉末表面から所定の距離(本発明の場合は表面から30%、60%)までエッチングされた段階で溶液の分析を行う。こうしてM成分の粒子内の分布状態を測定する。
【0062】
(磁気特性)
得られた磁性粉末を、パラフィンワックスと共に試料容器に詰め、ドライヤーにてパラフィンワックスを溶融させた後、16kA/mの配向磁場にてその磁化容易磁区を揃える。この磁場配向した試料を32kA/mの着磁磁場でパルス着磁し、最大磁場16kA/mのVSM(振動試料型磁力計)を用いて保磁力、角形比、および残留磁化を測定する。
【0063】
(耐熱性)
得られた磁性粉末の所定量を容器に入れ、大気中にて300℃4時間加熱する。室温にて法令後、上記方法にて保磁力を測定し、加熱前後の保磁力の比を算出し、耐熱性αとする。この耐熱性αが大きいほど耐熱性に優れていることを意味する。
【0064】
(発火性)
さらに、発火性を調査するため、磁性粉末5gを薄型ステンレストレーに乗せたまま、350℃の大気雰囲気のオーブンに入れる。その際発火するかどうかの確認を行う。
【0065】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明は、コンピュータのハードディスクやレーザプリンター、MRI(磁気共鳴診断装置)、自動車関連部品等の、高温・多湿環境下で使用されるモーターの永久磁性材料として利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式SmFe100−x−y−zで表される磁性粉末であって、
Smイオン及びFeイオンを有する溶液に、不溶性の塩を生成することが可能な沈殿剤を添加した後に、続いてM成分を添加する第一の工程と、
得られた沈殿物を焼成し、SmおよびFeの複合酸化物粉末を得る第二の工程と、
粒度が10mm以下の金属カルシウムにて還元拡散反応を行う第三の工程、
によって得られ、

前記M成分は、磁性粉末断面の寸法において、表面を0、さらに中心点を1として規格化した際に、寸法0〜0.3範囲のM成分含量値が全M成分の50原子%以上100原子%以下であり、寸法0.3〜0.6の範囲において10原子%以上30原子%未満、寸法0.6〜1.0の範囲で0原子%以上30原子%未満の範囲にあって、粉体内部の表面側から中央に向かって存在率が減少していることを特徴とする磁性粉末。
(但し、MはAl、Ti及びMnからなる群より選ばれる少なくとも一種の元素あるいはその酸化物であり、3<x<30、5<y<15、0.001<z<5である。)
【請求項2】
角形比Hkは、0.35≦Hk≦0.8であることを特徴とする請求項1に磁性粒子。
【請求項3】
耐熱性αは、85%以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載の磁性粒子。
(但し、前記αは、磁性粒子を大気中150℃で1時間加熱し、室温まで放冷したときの保磁力の維持率を示す。)

【公開番号】特開2010−196170(P2010−196170A)
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−65554(P2010−65554)
【出願日】平成22年3月23日(2010.3.23)
【分割の表示】特願2004−133652(P2004−133652)の分割
【原出願日】平成16年4月28日(2004.4.28)
【出願人】(000226057)日亜化学工業株式会社 (993)
【Fターム(参考)】