説明

移動物体検知装置

【課題】ドップラ信号を利用する移動物体検出装置において、センサ直近を落下する雨滴等のノイズ源によって移動物体の検知性能に大きな影響を与える。
【解決手段】三つの異なる周波数の電波を送受信して得られるドップラ信号間で二つのドップラ差信号を求める。得られたドップラ差信号間の位相差から移動物体に基づくドップラ周波数を抽出し、得られたドップラ周波数における振幅値と位相差から距離値を求める。得られた距離値と振幅値に基づき、移動物体の検出を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ドップラ信号を周波数分析することによって移動物体に基づくドップラ周波数を抽出して移動物体を特定する装置に関する。特に、雨滴等の落下と人体の移動とを識別可能な移動物体検知装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、監視空間にマイクロ波、ミリ波等の電波を送信して、監視空間内に存在する物体からの反射波を受信して得られたドップラ信号を周波数分析することによって移動物体の速度や移動物体までの距離を計測するセンサが知られている。これらの内、周波数が僅かに異なる2種類の電波を送受信して移動物体までの距離を高精度に計測する方法として2周波CW方式が知られている。
【0003】
2周波CW方式は、送信した2種類の送信周波数に対応する受信波間の位相差から距離を求める方式である。通常、受信波の位相を直接計測することができないため、送信波と受信波をミキシングしてドップラ信号を生成し、その位相差から移動物体までの距離を求める方法が採られる。
【0004】
下記特許文献1、2には、自動車用の衝突防止装置として2周波数CW方式を利用した車載レーダ装置が記載されている。
【特許文献1】特開2003−232853号公報
【特許文献2】特開2002−71793号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、監視空間内への人間の侵入検知を対象とするセンサに2周波CW方式を使用する場合には、センサ直下を落下する水滴によって発生するドップラ信号が問題となる場合がある。ドップラ信号の強度は移動物体の反射断面積に比例し、センサと移動物体との間の距離の4乗に反比例するという性質があるため、センサから遠い距離であれば前述の雨滴の落下等は強度が非常に小さくなるため問題ないが、センサから非常に近い距離を雨滴が落下する場合、そのドップラ信号の強度は非常に強いものとなり、場合によっては監視空間中をセンサから或る程度離れた位置を移動する人間に起因するドップラ信号が正しく測定できなくなるという問題があった。
【0006】
また、本来複数の移動物体の速度が異なればドップラ信号を周波数分析することにより得られるドップラ周波数により複数物体の切り分けは可能であるが、前述のような雨滴の落下現象に起因するドップラ信号は、持続時間の短いインパルス的な信号であるため、ドップラ信号を周波数分析して得られるドップラ周波数成分は、強度が強く周波数軸上の広がりが広帯域なものとなるため、人間の移動速度が異なったとしても雨滴の落下に起因するドップラ周波数成分に埋もれてしまうという問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
かかる課題を解決するために、本発明は、監視空間へ周波数が互いに異なる複数の送信波を時分割送信する送信手段と、前記送信波に対する反射波を受信する受信手段と、前記送信波ごとに、当該送信波及びその反射波からドップラ信号を抽出するドップラ信号抽出手段と、前記各送信波に対応した複数の前記ドップラ信号の差信号を複数生成する差信号生成手段と、前記複数の差信号同士の位相差を算出する位相差算出手段と、前記位相差から前記ドップラ信号のドップラ周波数を算出するドップラ周波数算出手段と、前記ドップラ周波数における前記差信号の振幅および前記位相差に基づく距離から強度分布を算出する強度分布算出手段と、前記ドップラ周波数における前記位相差に基づく距離および当該速度から速度分布を算出する速度分布算出手段と、前記強度分布と速度分布に基づき移動物体の有無を判定する判定手段とを有することを特徴とする移動物体検出装置を提供する。
【0008】
また、前記位相差算出手段は、少なくとも複数の前記位相差の組を算出し、前記ドップラ周波数算出手段は、前記複数組の位相差を比較し、略一致する周波数帯域をドップラ周波数として抽出することが好適である。
【0009】
更に、前記複数組の位相差の比に基づき、前記複数の送信波間の周波数間隔の比を算出する送信周波数間隔比算出手段と、前記送信周波数間隔比算出手段にて算出した周波数間隔の比と事前に設定した周波数間隔比を比較し、変動を検出すると、前記送信波の周波数を補正するよう前記送信手段に指示を与える補正指示手段とを設けることが好適である。
【発明の効果】
【0010】
受信したドップラ信号同士の差信号を用いることにより、センサと移動物体との距離が近づくほど振幅を抑制する信号処理を行うことで、センサからの距離が近い位置に雨滴が落下する場合などノイズの影響を排除することができ、広い範囲の監視領域を高精度で計測することが可能な移動物体検出センサを実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態(以下、実施形態という)である移動物体検出装置について、図面に基づいて説明する。本実施形態では、移動物体検出装置を、監視空間への人間の侵入を検知する移動物体検出センサの用途で用いた場合の例について説明する。また、送受信する信号をマイクロ波とし、3つの異なる周波数のマイクロ波を時分割で送受信する場合の例として説明する。
【0012】
<実施形態1>
図1及び図2は、実施形態1に係る移動物体検出装置の概略ブロック構成図であり、図1には送信部及び受信部が詳しく示されており、図2には処理部が詳しく示されている。
【0013】
送信部100は、階段状の電圧波形を発生する階段波発生器110、マイクロ波を発生する電圧制御型発振器120、マイクロ波の逆流を防ぐと共に、マイクロ波を送信アンテナ140とミキサ220に分配する方向性結合器130、及びマイクロ波を監視空間に放射する送信アンテナ140で構成され、異なる3つの周波数f,f,fを持つ連続的なマイクロ波を時分割で監視空間に送信する。
【0014】
3周波CW方式である本装置では、階段波の電圧値は、マイクロ波の周波数を規定する。電圧制御型発振器120では、階段波の電圧値に基づいた周波数のマイクロ波を発生する。すなわち、階段波発生器110は、3種類の電圧値が周期的に現れる図3に示すような電圧波形を発生し、これにより電圧制御型発振器120は、周波数f,f,fのマイクロ波を順次発生する。本実施形態では、fを24.15000GHz、fを24.15125GHz、fを24.15375GHzとする。
【0015】
また、階段波の発生周期は、マイクロ波の周波数の切替周期を規定する。すなわち、電圧制御型発振器120では、階段波に同期してマイクロ波の周波数をf→f→f→f→…といった具合に切り替える。階段波は受信部200の切替器230にも入力され、サンプルホールド240,242,244の同期にも利用される。階段波の発生周期は通常、数十kHzから数百kHz程度に設定する。本実施形態では、発生周期を80kHzとする。これにより切替周期は4.17μ秒に規定される。
【0016】
送信部100から送信されたマイクロ波は、監視空間内に存在する物体で反射され、反射波として受信部200で受信される。監視空間内に移動物体が存在する場合、反射波には移動物体によるドップラ成分が含まれる。
【0017】
受信部200は、反射波を受信する受信アンテナ210、反射波と方向性結合器130からのマイクロ波とをミキシングして反射波に含まれるドップラ成分のみを抽出し、ドップラ信号として出力するミキサ220、階段波発生器110からの階段波の発生周期に同期してドップラ信号を周波数fのマイクロ波によるものと周波数fのマイクロ波によるもの及び周波数fのマイクロ波によるものとに分離する切替器230、切替器230によって不連続になった各ドップラ信号を補間するサンプルホールド240,242,244(図1ではS/Hと略記)、ドップラ信号間で差を計算する差信号算出部250,255、各ドップラ差信号を増幅するアンプ260,265、各ドップラ差信号の折り返し歪みを抑圧するアンチエリアスフィルタ270,275、A/D変換器280,285で構成される。
【0018】
アンチエリアスフィルタ270、275は比較的急峻な帯域阻止特性を持つアナログフィルタとする。A/D変換器280,285はサンプリングレートが11.025kHzのものを採用する。このときのナイキスト周波数は移動物体の速度に換算すると時速123kmに相当し、侵入検知で分析しようとする人間の移動速度に相当する周波数より十分に高い。
【0019】
すなわち、受信部200は、反射波を受信し、反射波に含まれる3つの周波数のドップラ成分の抽出、異なる2組のドップラ成分を選択し、選択したドップラ成分の差分である差信号を算出、算出した差信号をデジタル信号に変換して処理部300へ出力する。
【0020】
以下、周波数fのマイクロ波によるドップラ信号を第一ドップラ信号、周波数fのマイクロ波によるドップラ信号を第二ドップラ信号、周波数fのマイクロ波によるドップラ信号を第三ドップラ信号と称する。
【0021】
また、第一ドップラ信号と第二ドップラ信号との時間軸上で差を求めた信号を第一ドップラ差信号と称し、同様に、第二ドップラ信号と第三ドップラ信号の差を求めた信号を第二ドップラ差信号と称する。
【0022】
ここで、差信号を求める際には、いずれのドップラ信号から他方を引いても、その情報を処理部300が記憶しておけば構わない。また、第一ドップラ信号と第三ドップラ信号と差を求めた信号を用いることもできる。2周波CW方式の原理により、ドップラ差信号同士の位相差を求める必要があるため、3つのドップラ信号から少なくとも2つのドップラ差信号を求めることが必要となる。
【0023】
次に、図2を参照して、第一ドップラ差信号および第二ドップラ差信号に対する処理部300の処理について説明する。
【0024】
処理部300は、デジタル信号を処理するDSPやCPU等のプロセッサ、プログラムやパラメータを記憶するFLASHメモリ等の不揮発性メモリ、処理結果等を一時記憶するDRAM等の揮発性メモリ等により構成される。
【0025】
処理部300は、受信部200から入力される第一ドップラ差信号、第二ドップラ差信号を蓄積するバッファ部310,315、高速フーリエ変換(FFT;Fast Fourier Transform)等により複素スペクトルに変換する周波数分析部330,335、第一ドップラ差信号および第二ドップラ差信号の複素スペクトルを基にドップラ周波数,ドップラ振幅値,ドップラ位相差を抽出するドップラ周波数抽出部340、移動体検知装置から移動物体までの距離を算出する距離算出部350、移動物体の速度分布を算出する速度分布算出部370、移動物体の強度分布を算出する強度分布算出部360と、侵入者の有無を判定する侵入判定部380と、判定結果を出力する出力部400から構成される。
これらの各部はプログラムとして不揮発性メモリに記憶されたプログラムや各種ハードウエア・ファームウエアにて構成されている。
【0026】
以下、処理部300に含まれる各部について説明する。
バッファ部310は、A/D変換器280でデジタル化された第一ドップラ差信号のデータのうち、少なくともN個の最新データを蓄積する。本実施形態では、FIFO(First In First Out)バッファで構成し、Nを2048とする。
【0027】
周波数分析部330は、バッファ部310からのデータにハミング窓によるウィンドウ処理を施し、ウィンドウ処理したデータをFFTにより周波数分析して複素スペクトルを算出する。尚、ウィンドウ処理の窓関数としてハニング窓等を用いても良いし、周波数分析を離散フーリエ変換(DFT;Discrete Fourier Transform)等で行っても良い。
【0028】
バッファ部315、周波数分析部335は第二ドップラ差信号を処理する。バッファ部315はバッファ部310と、周波数分析部335は周波数分析部330と、それぞれ同じであるので説明は省略する。
【0029】
ドップラ周波数抽出部340は、周波数分析部330から入力される第一ドップラ差信号の複素スペクトルと、周波数分析部335から入力される第二ドップラ差信号の複素スペクトルを用いて便宜的に第三ドップラ差信号の複素スペクトルを算出し、3つのドップラ差信号の複素スペクトル同士の位相差を用いて、ドップラ周波数を算出する。
【0030】
具体的には、第一ドップラ差信号および第二ドップラ差信号のそれぞれの複素スペクトルの位相差成分の比が、送信周波数の間隔比とほぼ一致するという関係を用いることによりドップラ周波数を検出する。3つのドップラ信号間の2つの位相差は互いに独立ではなく、3種類の送信周波数の間隔との間に式(1)の関係が成り立つ。
【0031】
【数1】

【0032】
ここで位相差Δφ(f)と位相差Δφ(f)は各々第二と第一、第三と第二のドップラ信号の位相差を示す。式(1)の関係を満たす周波数成分をドップラ周波数として検出することにより、人間のようにドップラ信号を周波数分析したときに明確なピークが出現しない場合でもドップラ周波数を検出することが可能となる。
【0033】
ドップラ周波数抽出部340が第一ドップラ差信号および第二ドップラ差信号のそれぞれの複素スペクトルの位相θ(f)、θ(f)から位相差Δφ(f)と位相差Δφ(f)を算出する方法について説明する。第一ドップラ差信号および第二ドップラ差信号のそれぞれの複素スペクトルの位相とドップラ信号間の位相差には式(2)に示す関係がある。
【0034】
【数2】

【0035】
ここで、θ(f)は、第三ドップラ差信号の複素スペクトル(第三ドップラ信号と第一ドップラ信号の差信号における複素スペクトル)の位相を示す。上式において新たに、第三のドップラ差信号の位相が必要になるが、ここでは、第一ドップラ差信号および第二ドップラ差信号のそれぞれの複素スペクトルから、便宜的に第三のドップラ差信号の複素スペクトルを求める方法を説明する。
【0036】
第三ドップラ差信号(第三ドップラ信号と第一ドップラ信号の差)の複素スペクトルFs3(f)は第一ドップラ差信号の複素スペクトルをFs1(f)と第二ドップラ差信号の複素スペクトルをFs2(f)を用いて式(3)から算出する。
【0037】
【数3】

【0038】
次に、得られた3つ差信号の複素スペクトルから第一から第三のドップラ差信号の位相特性θ(f),θ(f),θ(f)を算出する。
【0039】
次に、算出した位相特性θ(f),θ(f),θ(f)から位相差Δφ(f),Δφ(f)を前述の式に従い算出する。尚、コスト的に許容されるのであれば、図1のハードウエアの構成にA/D変換器等を追加して、第三ドップラ差信号の複素スペクトルを直接測定できるようにしてもよい。
【0040】
また、周知のようにドップラレーダ装置においては、2つのドップラ周波数間の位相差がπ以上になると位相比較の結果が不確定になるため、算出した位相差Δφ(f)およびΔφ(f)が[−π,+π]の範囲におさまるように2πを加減算して調整する。以上の処理にて2つの位相差が求められる。
【0041】
次に、ドップラ周波数抽出部340は、算出した位相差から移動物体に起因する信号成分を含む周波数をドップラ周波数として抽出する。すなわち、fを24.15000GHz、fを24.15125GHz、fを24.15375GHzとしているため、間隔はそれぞれ1.25MHzと2.5MHzとなるため、位相差Δφ(f)はΔφ(f)の2倍の値になっていなければならない。
【0042】
したがって、ドップラ周波数抽出部340は、位相差Δφ(f)と位相差Δφ(f)に2倍した結果を比較し、その差分が予め定めたしきい値以下の周波数成分をドップラ周波数として抽出することができる。
【0043】
ここで得られるドップラ周波数は、移動物体が1つの場合は1つの周波数成分が得られる場合もあるが、人体の歩行など複数の速度成分を持つ物体の場合は、通常複数の周波数成分からなる周波数帯域として得られる。
【0044】
距離算出部350は、ドップラ周波数ごとに、第一ドップラ差信号および第二ドップラ差信号のそれぞれの複素スペクトルの位相差を求め、位相差を用いて移動物体までの距離と算出する。
【0045】
具体的には、ドップラ周波数抽出部340にて抽出したドップラ周波数ごとに、算出した第一ドップラ差信号および第二ドップラ差信号のそれぞれの複素スペクトルの位相差を基に移動物体までの距離を算出する。光速をc、ドップラ周波数の集合をFとすると、移動物体までの距離R(f)は式(4)にて求まる。式(4)は、従来の2周波CW方式のレーダの距離を算出する式と同じである。
【0046】
【数4】

ここでFは抽出したドップラ周波数の集合を表す。
【0047】
強度分布算出部360は、ドップラ周波数ごとに第一ドップラ差信号の強度と第二ドップラ差信号の強度から元のドップラ信号の強度を算出し、その平均値を求め、求めた平均値を距離算出部350が算出した距離と対応付け、強度分布を算出する。
【0048】
具体的には、ドップラ周波数抽出部340にて抽出したドップラ周波数ごとに、第一ドップラ差信号の複素スペクトルと、第二ドップラ差信号の複素スペクトルとを読み出し、読み出した各複素スペクトルの強度を算出し、元のドップラ信号の強度を算出する。
【0049】
ここでは、位相差Δφ(f)を用いて式(5)に代入して元々のドップラ信号の強度の推定値を算出する。式(5)は、2つのドップラ信号及びその差信号がドップラ周波数毎に三角関数で表せることに基づき、加法定理を用いて導出することができるもので、元のドップラ信号の強度は差信号の強度と2つのドップラ信号の複素スペクトルの位相差を用いて表現できることを示す。
【0050】
【数5】

【0051】
また、位相差Δφ(f)からも、式(6)にて元のドップラ信号の強度を算出できるため、算出した2つ強度の推定値の平均値や最大値を各ドップラ周波数における強度としてもよい。
【0052】
【数6】

【0053】
さらに、2つの強度の差があらかじめ定められた値よりも大きい場合には、ノイズの可能性が高いとして、その周波数をドップラ周波数から除外するように構成しても良い。
【0054】
また、強度分布の算出の際には距離による減衰の補正も同時に行い、所定値以下の弱い振幅値の周波数をドップラ周波数から除外するようにしてもよい。
【0055】
速度分布算出部370は、ドップラ周波数抽出部340にて抽出したドップラ周波数毎に移動物体の速度を求め、求めた速度を距離算出部350が算出した距離とドップラ周波数によって対応付けて速度分布を算出する。
【0056】
具体的には、ドップラ周波数をfとすると、移動物体の速度vは式(7)にて求まる。式(7)ではドップラ周波数の速度を求めるために、3つの送信周波数の平均値(f+f+f)/3を用いている。
【0057】
【数7】

【0058】
侵入判定部380は、強度分布算出部360で算出した強度分布、速度分布算出部370で算出した移動物体の速度分布を基にして移動物体が人であるかを判断し、人であると判断したら、侵入ありとの判定を行う。
【0059】
具体的には、周波数軸上にて隣り合うドップラ周波数において求められた距離、強度、が、予め定めた閾値以内にあるもの同士を同一移動物体によるものとみなすクラスタリング処理を行う。そして、同一移動物体とみなした固まりごとに距離の重心位置、平均強度、強度分散値を求める。次に、速度分布を参照し、同一移動物体とみなした各距離値に対応する速度値の平均値と分散値を求める。最後に、同一移動物体ごとに、速度値の平均値と分散値、強度の平均値と分散値に所定の演算を施して人間らしさの度合いを求め、人間らしさの度合いが予め定めたしきい値以上であれば侵入ありと判定する。
【0060】
出力部400は、侵入判定部380が侵入ありと判定した場合に、検知信号を侵入検知装置の外部に出力する。検知信号は、警備システムのコントローラ等(図示せず)に入力され、コントローラにて、侵入検知を意味する表示や通信回線を介した警備センタへの通報等が行われる。
【0061】
本実施形態では、送信周波数の間隔が1:2となるように設定しているが、これはあくまで一例であり、もちろん等間隔とするように設定することも可能である。
【0062】
等間隔にすることにより、測距の際に使用する位相差Δφ(f)を第一ドップラ差信号の位相θ(f)と第二ドップラ差信号の位相θ(f)の差(θ(f)−θ(f))から直接求めることができるため、信号処理量を減らせる利点がある。
【0063】
また、送信周波数の間隔を1:N(Nは1以上の実数)のように不等間隔とした場合は、複数の最大監視可能距離の設定が可能となり、測距精度を重視した設定と、検知距離の拡大を重視した設定など用途に応じた処理結果を同時に用いることが可能になる。
【0064】
次に本実施形態で、差信号を用いる理由を説明する。
先ず、図4を参照して、差信号を用いずにドップラ信号をそのまま周波数解析した場合を説明する。図4は、ドップラ信号の波形(左欄)とそのパワースペクトル(右欄)を示した図である。
【0065】
図4(a)は、センサから約3m離れた監視空間内を人間が移動している場合であり、パワースペクトル(右欄)を見ると、人に起因する比較的急峻な山形波形が周波数100付近に出ているのがわかる。また、図4(b)はセンサの直近を水滴が落下している場合であり、パワースペクトル(右欄)を見ると、水滴に起因する比較的緩やかな山形波形が出ているのがわかる。
【0066】
しかし、図4(c)のように、人と水滴が同時に入った場合では、パワースペクトルから明らかなように人間の移動に起因する信号が水滴に起因する信号によって埋没させられてしまい、人と水滴を区別が困難なことがわかる。
【0067】
次に、図5を参照して、ドップラ信号から差信号を算出し、周波数解析した場合を説明する。図5は、第一ドップラ差信号の波形(左欄)とそのパワースペクトル(右欄)を示した図である。
【0068】
図5(a)は、センサから約3m離れた監視空間内を人間が移動している場合であり、図4(a)の場合と同様である。図5(b)はセンサの直近を水滴が落下している場合であるが、水滴に起因するようなパワースペクトルの山がでていないことがわかる。更に、図5(c)の人と水滴が同時に入った場合では、図5(a)と同様に人に起因するパワースペクトルのみが現れていることがわかる。
【0069】
更に、差信号を求めることの効果について、図6を参照して説明する。
2つの信号の位相差は、2周波CW方式の原理に従い、センサからの距離が離れるほど大きくなる。また、振幅と周波数がほぼ同じ2つの信号の差信号の振幅は、位相差が大きくなるほど大きくなる。従って、センサからの距離が近い場合は、2つの信号の位相差が小さいため、差信号の振幅は小さくなる。一方、センサからの距離が遠い場合は、2つの信号の位相差が大きいため差慎吾の振幅は大きくなる。即ち、2つの信号の差を取ることにより、センサからの距離が近いほど振幅を減じる効果が得られることになる。
【0070】
この差信号の振幅とセンサからの距離の関係の理論値を図6(a)に示す。また、図6(b)は、振幅の距離減衰の理論値を示した図であるが、図6(b)に示すようにマイクロ波は、センサからの距離の4乗に比例して振幅が減衰する。観測される信号は、この2つの効果を掛け合わせたものとなる。図6(c)に距離減衰を考慮した差信号の場合の振幅値とドップラ信号の場合の振幅値と距離の理論値を示す。図6(c)に示すように、ドップラ信号の場合、10mまでの距離を観測するためには80dB必要となるが、差信号を用いる場合は30dBあればよくダイナミックレンジを圧縮することができる。即ち、ドップラ信号を直接A/D変換するよりも、差信号を求めてからA/D変換することにより、A/D変換器に必要なビット数を少なくすることができる。
【0071】
<実施形態2>
以下、実施形態1に電圧制御型発信器の発振周波数の時間変動を補償する機能を付加した実施形態2について図7および図8を参照して説明する。なお、図7および図8中の番号は図1および図2中の構成要素と同じものに関しては同一の番号を付し、説明を簡略化する。
【0072】
前述のように、侵入検知装置の場合、検知対象は主に人間であり、ドップラ信号を周波数解析した際に車両等のように明確なピークが出現しないため、ドップラ信号の信号成分とノイズ成分を判別するため、2つ算出される位相差からドップラ周波数を抽出している。
【0073】
ドップラ周波数の抽出に際して実施形態1では位相差Δφ(f)とΔφ(f)がある一定の関係を保っていることを前提にしているが、この前提が成立するためには送信周波数の間隔の比|f−f|:|f−f|が一定に保たれている必要がある。しかし、実際には電圧制御型発信器120には温度特性等の理由により発振周波数が時間とともに変化することが避けられない。実施形態1に記載した通り、位相差Δφ(f)と位相差Δφ(f)との比が送信周波数の間隔の比とがほぼ一致する周波数をドップラ周波数として抽出するため、送信周波数の間隔の比が初期設定値からずれると位相差Δφ(f)と位相差Δφ(f)の差が大きくなり、ドップラ周波数を正しく抽出できなくなるという問題が発生する。
【0074】
そこで実施形態2では、温度特性等により発振周波数が多少変動するような電圧制御型発信器を使用する場合でもドップラ周波数を正しく抽出できるようにするために、ドップラ信号同士の位相差の比が予め記憶してある送信周波数間隔の比と一致しなくなったときに、送信周波数間隔の比が変動したと判定し、送信周波数の間隔を自動的に調節するよう制御する方法について説明する。
【0075】
本発明の実施形態2の侵入検知装置における構成を図7に示す。
【0076】
送信部101は、実施形態1と同様、異なる3つの周波数f,f,fを持つ連続的なマイクロ波を時分割で監視空間に送信する。
【0077】
階段波の電圧値は、マイクロ波の周波数を規定し、処理部301からの指令値に基づいてfを規定する電圧値を調整する構成となる点が実施形態1と異なる。
【0078】
受信部200は、実施形態1と同様であるため、説明を省略する。
【0079】
処理部301は、実施形態1と同様、受信部200から入力される第一ドップラ差信号、第二ドップラ差信号のデジタルデータから、第一ドップラ差信号および第二ドップラ差信号の複素スペクトルを基にドップラ周波数抽出部340にてドップラ周波数を抽出する。
【0080】
本実施形態においては、抽出したドップラ周波数における位相差から送信周波数の間隔の比を推定する送信周波数間隔比算出部342、推定した送信周波数間隔比に基づいて送信部101に与える電圧指令値を算出する電圧指令値算出部344が追加される。
【0081】
送信周波数間隔比算出部342はドップラ周波数抽出部340にて抽出したドップラ周波数における第二ドップラ信号と第一ドップラ信号の位相差Δφ(f)と第三ドップラ信号と第二ドップラ信号の位相差Δφ(f)の比を算出する。位相差の比は、ドップラ周波数成分が複数ある場合は平均値を算出する。
【0082】
送信周波数間隔比算出部342が抽出したドップラ周波数において位相差Δφ(f)と位相差Δφ(f)の比F(f)を算出する。
具体例のひとつとして比F(f)を式(8)を用いて算出する。
【0083】
【数8】

【0084】
次に算出した比F(f)の平均値Fを求め、送信周波数f,f,fの設定値から算出される理論値との間の差Sを式(9)を用いて算出する。
【0085】
【数9】

【0086】
上記のようにFおよびSを設定することで送信周波数の間隔比の推定値をFで、初期設定値との誤差をSで評価することが出来る。なお、Sは周波数fが高い場合は負、低い場合は正になり、その大きさは初期設定値からのずれに比例するため、その値を用いて電圧制御型発信器120に与える指令電圧値を比例制御にて調整することが出来る。
【0087】
具体的な調整方法の例として、電圧制御型発信器120の入力電圧と発振周波数の関係が図9に例示するように単調増加の関係(図中の曲線600)である場合、αを正の実定数として式(10)によって値を更新するのが好適である。
【0088】
【数10】

【0089】
式(10)においてαは、電圧値の応答性を制御する係数であり、事前に電圧制御型発振器への電圧と出力周波数をモニタしながら適切に決定される。αが大きくすれば応答性が良くなる半面振動的になり、小さくすれば応答性が悪くなる反面安定しやすくなる。式(10)に基づき電圧値を調整することにより送信周波数の周波数を調整できる。
【0090】
尚、位相差の比の算出方法および送信周波数調整のための電圧値の更新方法はあくまで一例であり、同様の効果が得られる他の手法(例えば比としてΔφ(f)/Δφ(f)を用いたり、送信周波数fを調整する代わりに送信周波数fを調整するように構成する等)を用いても良い。
【0091】
電圧指令値算出部344は送信周波数間隔比算出部342で算出した送信周波数間隔比と事前に設定した送信周波数間隔比を比較し、その差Sがあらかじめ定めた値以上になった場合に、送信部101に含まれる階段波発生器111で生成される電圧波形を修正するための指示を行う。
【0092】
各実施形態は、侵入検知装置として説明を行ったが、本発明が速度や距離を計測する移動物体は人間に限定されるものではなく、車両等を計測対象とした装置にも適用可能である。また、上記各実施形態は、マイクロ波を用いた侵入検知装置として説明を行ったが、本発明は、マイクロ波に限定されるものではなく、ミリ波などの他の周波数帯の電波あるいは超音波などの音波、レーザ等の光を用いた装置にも適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0093】
【図1】実施形態1に係る移動物体検出装置の概略のブロック構成図である。
【図2】実施形態1に係る移動物体検出装置の処理部の構成を示すブロック構成図である。
【図3】送信信号に加えられる階段波を示す図である。
【図4】差信号を用いずにドップラ信号をそのまま周波数解析した場合のドップラ信号の波形とそのパワースペクトルとの関係を示す図である。
【図5】ドップラ信号から差信号を算出し、周波数解析した場合のドップラ信号の波形とそのパワースペクトルとの関係を示す図である。
【図6】差信号による距離減衰の効果を説明した図である。
【図7】実施形態2に係る移動物体検出装置の概略のブロック構成図である。
【図8】実施形態2に係る移動物体検出装置の処理部の構成を示すブロック構成図である。
【図9】電圧制御型発信器120の入力電圧と発振周波数の関係を示す図である。
【符号の説明】
【0094】
100 送信部
200 受信部
300 処理部
400 出力部



【特許請求の範囲】
【請求項1】
監視空間へ周波数が互いに異なる複数の送信波を時分割送信する送信手段と、
前記送信波に対する反射波を受信する受信手段と、
前記送信波ごとに、当該送信波及びその反射波からドップラ信号を抽出するドップラ信号抽出手段と、
前記各送信波に対応した複数の前記ドップラ信号の差信号を複数生成する差信号生成手段と、
前記複数の差信号同士の位相差を算出する位相差算出手段と、
前記位相差から前記ドップラ信号のドップラ周波数を算出するドップラ周波数算出手段と、
前記ドップラ周波数における前記差信号の振幅および前記位相差に基づく距離から強度分布を算出する強度分布算出手段と、
前記ドップラ周波数における前記位相差に基づく距離および当該速度から速度分布を算出する速度分布算出手段と、
前記強度分布と速度分布に基づき移動物体の有無を判定する判定手段と
を有することを特徴とする移動物体検出装置。
【請求項2】
前記位相差算出手段は、少なくとも複数の前記位相差の組を算出し、
前記ドップラ周波数算出手段は、前記複数組の位相差を比較し、略一致する周波数帯域をドップラ周波数として抽出する請求項1に記載の移動物体検知装置。
【請求項3】
前記複数組の位相差の比に基づき、前記複数の送信波間の周波数間隔の比を算出する送信周波数間隔比算出手段と、
前記送信周波数間隔比算出手段にて算出した周波数間隔の比と事前に設定した周波数間隔比を比較し、変動を検出すると、前記送信波の周波数を補正するよう前記送信手段に指示を与える補正指示手段と
を有する請求項1または請求項2に記載の移動物体検出装置。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−271559(P2007−271559A)
【公開日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−100313(P2006−100313)
【出願日】平成18年3月31日(2006.3.31)
【出願人】(000108085)セコム株式会社 (596)
【Fターム(参考)】