説明

積層磁石膜可動子

【課題】電気電子機器やロボットなどの駆動源として利用される微小な回転電気機械のトルクを向上させる。
【解決手段】外部磁界Hexに対するトルク勾配dT/dHexは、試料を膜またはフレーク状粉末としたとき、それらの寸法比L/Dの原点をゼロとした一次関数となる。面内方向磁化の場合、フレーク状粉末よりも膜のトルク勾配dT/dHexの方が、寸法比L/Dの依存性が強い。これは、フレーク状粉末よりも膜のパーミアンスが高く、結果として反磁界が小さくなるために試料の寸法比L/Dの影響を受けにくい。両者のトルク勾配dT/dHexの比から本発明の積層磁石膜可動子を用いた回転電気機械のトルク定数は、355μm以下、厚さ45μmのフレーク状粉末の場合に比べて1.13倍となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は回転電気機械などに適用される微小な積層磁石膜可動子に関し、特に、ソフト相とハード相とのナノスケール結晶組織からなる積層磁石膜を有する積層磁石膜可動子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
回転電気機械の小型軽量化に関して、例えば、情報通信機器などに利用される回転電気機械は体積約40 mm3、重さ300 mgまで小型軽量化したものが市場を形成している。これらの回転電気機械のトルクは当該回転電気機械の体積との関係においてスケーリング則に基づく累乗近似が成立ち、著しいトルク低下がある。したがって車載、情報家電、通信、精密計測、医療福祉機器分野の先端電気電子機器やロボットなどの駆動源として利用されるような本発明が対象とする回転電気機械ではトルクの向上が強く求められている。
【0003】
例えば、特許文献1には、スロットを設けた導電円筒状壁を有する円筒状本体を励磁巻線とし、外径1 mm以下、長さ2 mm以下の径方向空隙型DCブラシレスモータの血管内超音波走査システムへの応用が開示されている。
【0004】
上記にかかる微小な回転電気機械として、例えば所定形状に放電加工したNd2Fe14B焼結磁石を外径 0.76 mmの径方向に極対数1で磁化することで異方性バルク磁石可動子とし、これを固定子鉄心と組合せて外径1.6 mm、長さ2 mmの回転電気機械(DCブラシレスモータ)とする[非特許文献1参照]。あるいは、前記のような構成の異方性バルク磁石可動子を用いてH. Raisigel、M. Nakano、伊東らの、外径6 mm、長さ2.2 mm [非特許文献2参照]、外径 5 mm、長さ1 mm [非特許文献3参照]、並びに、外径 0.8 mm、長さ1.2 mm [非特許文献4参照]などの微小な回転電気機械が知られる。
【0005】
上記のような異方性バルク磁石可動子に関しては、例えば、異方性Nd2Fe14B系焼結磁石を外径0.9 mmに研削加工した後、当該表面にDy, Tbなどのスパッタ膜を形成し、内部拡散を促す熱処理を施す表面改質で磁気特性を回復させ、残留磁化Mr ≦1.35 T、保磁力HcJ= 1.34 MA/m、(BH)max = 341 kJ/m3とした異方性バルク磁石可動子が知られている[特許文献2参照]。
【0006】
一方、上記のような異方性バルク磁石ではなく、異方性磁石膜としては、D. Hinzらの、750℃でのdie upset法によって厚さ300μmの磁石膜が知られる。この異方性磁石膜は面垂直方向の残留磁化Mr=1.25 T、保磁力HcJ=1.06 MA/m、(BH)max=290 kJ/m3が得られるとしている [非特許文献5参照]。このような高Mr型磁石膜は微小な回転電気機械の異方性磁石膜可動子としての利用が知られている[非特許文献6参照]。
【0007】
さらに、Topfer、およびT. Speliotisらは直径10 mm のFe-Si基板にスクリーン印刷した残留磁化Mr 0.42 T、15.8 kJ/m3、厚さ500μmのNd2Fe14Bボンド磁石膜を等方性磁石膜可動子とし、トルク55 μNmの微小電気機械システム(MEMS)モータとしている[非特許文献7参照]。
以上のように微小な可動子の磁石に関しては残留磁化Mrが0.42〜1.35 Tに至る広範な磁気特性、磁石膜からバルクに至る多様な材料形態が試行されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特表平9-501820号公報
【特許文献2】特開2005-210876号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】太田 斎, 小原隆雄, 唐田行庸, 武田宗久,三菱電機技報 Vol.75, pp.703-708 (2001).
【非特許文献2】H. Raisigel, O. Wiss, N. Achotte, O. Cugat, J. Delamare, Proc. of 18th Int. workshop on high performance magnets and their applications, Annecy, France, pp.942-944, (2004).
【非特許文献3】M. Nakano, S. Sato, R. Kato, H. Fukunaga, F. Yamashita, S. Hoefinger and J. Fidler, Proc. 18th Int. Workshop on High Performance Magnets and Their Applications, Annecy, France, pp.723-726 (2004).
【非特許文献4】伊東哲也,日本応用磁気学会誌, Vol.18, pp.922-927, (1994).
【非特許文献5】D. Hinz, O. Gutfleisch and K. H. Muller, Proc. 18th Int. Workshop on High Performance Magnets and Their Applications, Annecy, France, pp. 76-83 (2004).
【非特許文献6】F.Yamashita, M. Nakano, H. Fukunaga, Proc. 17th Int. Workshop on Rare-Earth Magnets and Their Applications, Newark, DE, US. pp.668-674 (2002).
【非特許文献7】Topfer, B. Pawlowski, D. Schabbel,Proc. of 18th Int. workshop on high performance magnets and their applications, pp.942-944, (2004).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、本発明が対象とする直径2 mm以下のような微小な可動子を搭載する回転電気機械のトルクTは極対数をPn、電流をI(Id, Iq)、インダクタンスをL(Ld, Lq)、及び鎖交磁束をΦaとすれば、式1で示される。
(式1)
T = [Pn×Φa×Iq] + [Pn×(Ld-Lq)×Id]
【0011】
ここで、右辺第1項は磁石トルク、第2項はリラクタンストルクである。なお、本発明が対象とする回転電気機械は可動子の外径が概ね2 mm以下である。このような実寸法の制約から本発明が対象とする積層磁石膜可動子は主に積層磁石膜で構成され、回転子鉄心をもたない。このような積層磁石膜可動子の発生トルクTは右辺第1項の磁石トルク(Pn×Φa×Iq)のみとなり、第2項のリラクタンストルクはない。
【0012】
なお、式1から、磁石トルクは極対数Pn、鎖交磁束密度Φa、すなわち空隙磁束密度Φg、固定子励磁巻線の通電電流Iに比例する。また、モータのトルク定数Kt(Nm/A)は固定子励磁巻線の通電電流Iに対するトルク勾配であり、Ktが大きいほど回転駆動力が増し、電流制御が容易となる。このことから回転電気機械の微小化に伴うトルク減少を抑制し、さらにKtを増して回転駆動力や制御性を高める手段として、1) 極対数Pnを増加する。2) 空隙磁束密度Φgを増加する。3) 空隙パーミアンスPgを高めて磁気抵抗を低減する。4)励磁電流Iq、または励磁巻線の巻数nを増すことで固定子側の励磁力を強めることなどがある。
【0013】
しかしながら、本発明が対象とする微小な回転電気機械の可動子の外径は概ね2.0 mm以下である。このような可動子において、例えば特許文献2では、残留磁化Mr = 1.35 Tの異方性Nd2Fe14B系焼結磁石、すなわち、高い残留磁化Mrをもつ異方性バルク磁石可動子を開示している。しかし、このような微小な可動子に異方性バルク磁石を適用すると極対数Pnが1に限定される欠点がある。
【0014】
したがって、上記のような微小な異方性バルク磁石可動子を用いる回転電気機械の高トルク化手段としては、当該可動子の磁石の残留磁化Mrを高めることが有効である。しかしながら、特許文献3が開示する可動子は異方性Nd2Fe14B系バルク磁石を所定形状に機械加工したのち、当該表面にDy、Tbなどをスパッタなど物理的成膜手段で成膜し、熱処理により機械加工劣化による磁気特性を回復したもので、その残留磁化Mrは1.35 Tである。つまり、式1における右辺第1項の磁石トルク(Pn×Φa×Iq)において磁石にかかる極対数Pnを1とした状態で、Nd2Fe14B金属間化合物の理論限界1.6 Tまで残留磁化Mrを高めたと仮定してもトルクの向上は1.2倍未満にとどまっている。
【0015】
一方、高Mr型磁石膜としては、D. Hinzらの厚さ300μmの磁石膜は面垂直方向の残留磁化Mr=1.25 T、保磁力HcJ=1.06 MA/m、(BH)max=290 kJ/m3が得られる [非特許文献5]。このような磁石膜は異方性磁石膜可動子として軸方向空隙型回転電気機械への適用に限られる。
【0016】
ところで、本発明が対象とするような微小な回転電気機械の例として、100 mm3以下のDCブラシレスモータの体積V mm3とトルクT mNmの関係は径方向空隙型でT = 3x10-4x V1.0922(相関係数0.9924)、軸方向空隙型でT= 3x10-6x V1.9022(相関係数0.9864)となり、動作、構造が同じ回転電気機械の体積とトルクには累乗近似が成り立つ。
【0017】
例えば、径方向空隙型と軸方向空隙型回転電気機械の体積100 mm3でのトルクを比較すると、それぞれ45、19 μNmとなり、径方向空隙型構造の回転電気機械が2倍以上強いトルクを発生させることができる。つまり、面垂直方向に異方性をもつ異方性磁石膜を構成要素とした異方性磁石膜可動子は軸方向に空隙をもつ回転電気機械の構造上、径方向空隙型回転電気機械に比べて、そのパーミアンスが低下する。このために高トルク化が困難である。
【0018】
他方では、Topferら、およびT. Speliotisらのスクリーン印刷による残留磁化Mr 0.42 Tの等方性ボンド磁石膜を等方性磁石膜可動子として適用すると、残留磁化Mr = 1.35 Tのような高Mrをもつ異方性バルク磁石可動子から得られる径方向空隙型回転電気機械の空隙磁束密度Φaの40%未満にとどまる。このため、等方性磁石膜可動子をもちいたTopferらの回転電気機械は極対数Pnを10とするなど、極対数Pnを大幅に増さなければ相応のトルクが得られないという課題がある[非特許文献7]。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明は微小な径方向空隙型回転電気機械に適用されるような微小な積層磁石膜可動子に関する。
【0020】
(1)ソフト相とハード相とのナノスケール結晶組織からなる複数の直径2 mm以下の中実または中空状等方性磁石膜を、寸法比L/Dを1以上(ただし、Lは積層方向の長さ、Dは直径)、かつ、相対密度RDを85%以上で構成し、並びに面内方向に任意の極対数をもつ積層磁石膜を含むことを特徴とする回転電気機械の積層磁石膜可動子。
【0021】
(2)前記磁石膜は、R-TM-B(RはNd、Pr、TMはFe、Co)系溶湯合金若しくはSm-Fe系溶湯合金の急冷凝固することにより、
又は、R-TM-B(RはNd、Pr、TMはFe、Co)系溶湯合金若しくは前記Sm-Fe系溶湯合金を物理的堆積法により成膜し、
その後、それらを結晶化又は窒化して、ハード磁性を発現させた、
Fe-B又はαFeのソフト相とR2TM14B系又はSm2Fe17N3系ハード相とからなることを特徴とする(1)項に記載する積層磁石膜可動子。
【0022】
(3)前記磁石膜は、
Fe-B又はαFe のソフト相とR-TM-B(RはNd、Pr、TMはFe、Co)系合金又はSm-Fe系合金を交互に物理的に成膜したのち、それらを結晶化又は窒化して、ハード磁性を発現させた、
Fe-B、αFeのソフト相とR2TM14B系又はSm2Fe17N3系のハード相とからなることを特徴とする(1)項に記載する積層磁石膜可動子。
【0023】
(4)前記磁石膜は、非磁性膜を付加した複合膜であることを特徴とする(1)項に記載する積層磁石膜可動子。
【0024】
(5)前記磁石膜は、残留磁化Mrの50%程度が磁化反転しても残留磁化Mrの90%以上の磁化が回復する磁化のスプリングバック特性をもつことを特徴とする(1)項に記載する積層磁石膜可動子。
【0025】
(6)前記磁石膜は、面内方向の残留磁化Mr 1 T以上、保磁力HcJ 300 kA/m以上であり、かつ面内方向に極対数2以上に多極磁化されていることを特徴とする(1)項に記載する積層磁石膜可動子。
【0026】
(7)前記磁石膜は、面内方向の残留磁化Mr 0.95 T以上、保磁力HcJ 600 kA/m以上であり、かつ面内方向に極対数4以上に多極磁化されていることを特徴とする(1)項に記載する積層磁石膜可動子。
【発明の効果】
【0027】
本発明にかかる微小な積層磁石膜可動子を備えた回転電気機械は、高トルクが得られ、径方向空隙型DCブラシレスモータ、PM型ステッピングモータ、或いは発電機などとして情報機器、医療機器、産業機器分野における各種電気電子機器の性能が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】図1の(a)及び(b)は、本発明におけるソフト相とハード相とのナノスケール結晶組織形態を示す概念図である。
【図2】図2(a)はスプリングバックの定義、図2(b)はその特性図を、それぞれ説明する図である。
【図3】本発明の磁石膜のX線回折パターンを示す特性図である。
【図4】磁気トルクの概念図である。
【図5】磁石膜1から6およびボンド磁石1から4の諸特性を示す表1である。
【図6】磁石膜1から6およびボンド磁石1から4の外部磁界と相対トルク定数を示す表2である。
【図7】本発明の積層磁石膜の寸法比L/Dとトルク勾配dT/dHexの関係を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
先ず、本発明で言うソフト相とハード相とのナノスケール結晶組織からなる等方性磁石膜について説明する。
本発明にかかる磁石膜を構成するハード相としてR2TM14B(Rは希土類元素のうちNd、またはPr、TMは遷移金属元素のうちFe、Co)、R2TM17N3(Rは希土類元素のうちSm、TMは遷移金属元素のうちFe)を例示できる。このような、ハード相と交換結合する高い飽和磁化MsのαFeなどのソフト相が存在すると、逆磁界の下でソフト相から先に磁化反転し、高い保磁力HcJが得られない。しかし、ソフト相のサイズを磁壁幅以下に抑えると、逆磁界における不均一磁化反転が抑制される。その結果、保磁力HcJがハード相の磁気異方性Haに支配されるようになり、保磁力HcJの低下が抑えられる。さらに、ソフト相から、より高い磁束を得るには、磁石中のソフト相の体積比を増す必要がある。そのためにはハード相のサイズをできる限り小さくすることが必要である。ハード相の大きさは、やはり磁壁幅以下であればよいが、あまり狭いと保磁力HcJの維持が困難になる。このため、磁壁幅程度に抑える。なお磁壁幅はπ(A/Ku)1/2、(A:交換スティッフネス定数、Ku:磁気異方性エネルギー)で見積もられる。
【0030】
本発明にかかるナノスケール結晶組織の具体的な構成としては、図1(a)のようにソフト相をαFe、ハード相をNd2Fe14Bとしたとき、それぞれ60 nm以下、及び数nm程度とし、前記αFeよりも小さなハード相11を、ソフト相12と交互に103以上堆積した多層構造の磁石膜。 あるいは図1(b)のように10 〜50 nmの範囲のソフト相12とハード相11とがランダムに分布する構成を例示することができる。なお、このような磁石膜は何れも磁気的には等方性である。
【0031】
さらに、本発明にかかる図1(a)の構成の残留磁化Mr 1 T以上の等方性高Mr型磁石膜としてはPLD(パルスレーザディポジション)によるαFeとNd2Fe14BとがTaなどの非磁性基板にある磁石膜が例示できる[H. Fukunaga, H. Nakayama, M. Nakano, M. Ishimaru, M. Itakura, and F.Yamashita, Intermag 2008, FG-06参照]。また、図1(b)の構成の残留磁化Mr 1 T以上の等方性高Mt型磁石膜としては溶湯合金の急冷凝固によるFeB、αFe、Nd2Fe14Bの3相から成る磁石膜が例示できる [金清裕和、広沢哲,日本応用磁気学会誌,vol.22, pp.385-387 (1998)参照]。あるいは、高HcJ型磁石膜としてαFeとPr2Fe14Bとの磁石膜が例示できる[H. Yamamoto, K. Takasugi, F. Yamashita, Proc. 17th Int. Workshop on Rare-Earth Magnets and Their Applications, Newark, DE, US. pp.307-314 (2002)参照]。
【0032】
ところで、図1(b)のソフト相とハード相の大きさを20 nm程度に調整したナノスケール結晶組織から成る磁気的に等方性の磁石膜はレマネンスエンハンスメントによって残留磁化Mrは容易に1 T以上となる。また、保磁力HcJは400 kA/mに達する。とくに、αFeとR2TM14Bとの接触界面で充分な磁気的結合を付与し、それぞれの厚さを磁壁幅程度までナノスケール組織制御した場合の詳細な計算機解析によれば、結晶粒径10 nm程度の均一なナノスケール結晶組織を形成すれば、磁気的に等方性の磁石膜の(BH)max は200 kJ/m3 程度まで期待できる。
【0033】
以上のように、本発明にかかる磁石膜はR-TM-B(RはNd、Pr、TMはFe、Co)系溶湯合金、Sm-Fe系溶湯合金の急冷凝固、あるいは前記合金を物理的堆積法で成膜、あるいは、Fe-B、αFe のソフト相、R-TM-B(RはNd、Pr、TMはFe、Co)系合金、あるいはSm-Fe系合金を交互に物理的に成膜したのち、それらを必要に応じて適宜結晶化、あるいは窒化し、ハード磁性を発現させたFe-B、αFeのソフト相、R2TM14B、またはSm2Fe17N3系ハード相とのナノスケール結晶組織から成るものである。なお、当該磁石膜は必要に応じて適宜非鉄金属、有機高分子などの非磁性材料を保護膜として付加した複合膜であっても差支えない。
【0034】
上記のような、等方性磁石膜にて構成する本発明にかかる積層磁石膜可動子は、直径2 mm以下の複数の等方性磁石膜を寸法比L/Dを1以上(ただし、Lは積層方向の長さ、Dは直径)に積層し、かつ相対密度RD 85%以上の積層磁石膜としたのち、当該積層磁石膜の面内方向に磁化するものである。なお直径2 mm以下に限定する理由は、本発明が対象とする径方向空隙型回転電気機械の体積が概ね100 mm3以下だからである。
【0035】
また、直径2 mm以下の複数の等方性磁石膜を寸法比L/Dを1以上(ただし、Lは積層方向の長さ、Dは直径)に積層し、かつ相対密度RD 85%以上の積層磁石膜の構成要素とする理由は積層磁石膜可動子の面内方向に多極磁化したとき、積層磁石膜可動子の形状磁気異方性を、より効果的に引出すことができるからである。
【0036】
次に、本発明にかかる、好ましい磁石膜の特性として、磁化のスプリングバック特性について図2(a)(b)を用いて説明する。先ず、図2(a)で本発明で言う磁化のスプリングバック特性の定義を説明する。図のように、残留磁化Mrから減磁界-Hを印加し、任意の磁化Mまで磁化反転させる。その後、減磁界-Hを除いたときの磁化をMr’としたとき、磁化反転率を(Mr-M)/Mr、磁化の復元率Mr’/Mrとした。
【0037】
図2(b)は本発明にかかるソフト相(Fe3B、αFe)とハード相(Nd2Fe14B)とのナノスケール結晶組織からなる等方性磁石膜の磁化反転率と復元率の関係を示す特性図である。なお、比較例はハード相(Nd2Fe14B)のみの単相磁石膜である。図から明らかなように、実施例にかかる磁石膜は残留磁化Mrの50%程度が磁化反転しても残留磁化Mrの90%以上の磁化が回復する強いスプリングバック特性をもつ。このようなスプリングバック特性は、本発明にかかる微小回転電気機械において回転軸が何らかの理由で拘束されたとき、積層磁石膜可動子の減磁耐力を確保するのに有効だからである。
【0038】
以上のような磁石膜は面内方向の残留磁化Mr 1 T以上、保磁力HcJ 300 kA/m以上の特性を例示することができ、この場合は面内方向に極対数2以上に多極磁化した積層磁石膜可動子とすることで、DCブラシレスモータのような径方向空隙型回転電気機械とすることができる。
【0039】
一方、面内方向の残留磁化Mr 0.95 T以上、保磁力HcJ 600 kA/m以上の場合には、面内方向に極対数4以上に多極磁化した積層磁石膜可動子とし、PM型ステッピングモータのような径方向空隙型回転電気機械とすることができる。
【実施例】
【0040】
本発明を実施例により更に詳しく説明する。ただし、本発明は実施例に限定されるものではない。
【0041】
先ず、石英坩堝に装填した10gの溶湯合金(合金組成Nd4.5FebalCo5B18.5Cr2)を10 MPaのアルゴンガス雰囲気中、直径0.7 mmのオリフィスを介し、周速30 m/secで回転するCu製ロール表面に50 MPaで吐出することで急冷凝固した幅2 mm、厚さ45μmの非晶質膜とした。
【0042】
次に、上記非晶質膜を10-4 Torrの真空中、昇温速度200℃/min、680℃×10 minの熱処理を施した。熱処理後の膜の面内方向の4.8 MA/mパルス着磁後の磁気特性は残留磁化Mr 1.05 T、保磁力HcJ 330 kA/mであった。
【0043】
図3は上記結晶化した急冷凝固Nd4.5FebalCo5B18.5Cr2磁石膜のX線回折パターンを示す特性図である。磁石膜の保磁力HcJが330 kA/mという水準は個々の結晶粒径が10〜50 nmの範囲でなければ得られないこと、ならびに図3から本発明にかかるソフト相(FeB、αFe)とハード相(Nd2Fe14B)とのナノスケール結晶組織からなる等方性磁石膜であることがわかる。
【0044】
次に、上記本発明にかかる等方性磁石膜にポリアミド系非磁性膜を保護膜として付加し、直径約1.63 mm、かつ任意の寸法比L/D(ただし、Lは積層方向の長さ、Dは直径)に積層し、160℃、10 MPaの圧力で任意の相対密度RDの積層磁石膜とした。さらに当該積層磁石膜の面内方向に4.8 MA/mパルス磁化することにより、本発明にかかる積層磁石膜可動子の必須の構成要素である積層磁石膜とした。
【0045】
一方、上記ポリアミド系非磁性膜を付加した等方性磁石膜を355μm以下のフレーク状粉砕物とし、これを160℃、1000 MPaで圧縮し、直径約1.63 mmの任意の密度と寸法比L/Dをもつボンド磁石とした。さらに、当該磁石の径方向に4.8 MA/mパルス磁化することにより、本発明の比較例となる可動子の必須の構成要素である等方性ボンド磁石とした。
【0046】
ところで、以上のような面内方向に極対数1で磁化した可動子構成要素としての磁石が、図4のように一様な外部磁界Hexに暴露したとする。ここで、回転方向(磁気トルクの発生方向)の反時計回りを正とし、Hex(固定子からの回転磁界に相当)のS極中心が磁石のN極の真上から反時計回りに回ると考える。するとHexのS極中心が磁石のN極の真上にある場合、トルクはゼロであり、半時計回りにHexのS極中心が回転すると磁気トルクは徐々に増加し、90度回転した位置で最大の磁気トルクとなる。さらに回転すると磁気トルクは再び徐々に減少し、180度でゼロとなる。なお、極対数1で磁化した磁石を試料とした磁気トルク計によるトルク計測値は極対数1の回転電気機械におけるトルクと等価である。
【0047】
図5に示す表1は実施例、ならびに比較例を含む極対数1に磁化した各試料を外部磁界Hex 8 kA/mとした磁気トルク計で測定したトルクを試料の履歴とともに一括して示す特性表である。
【0048】
図6に示す表2は外部磁界Hexを変化させたときの実施例、ならびに比較例を含む極対数1に磁化した各試料をトルク、ならびに回転電気機械のトルク定数に相当する外部磁界Hexに対するトルク勾配を示す特性表である。ただし、各試料番号は表1に対応している。
【0049】
ところで、図4の負荷角θに対するトルク(M×Hex sinθ)は式1右辺第1項の磁石トルク(Pn×Φa×Iq)に相当する。ここで、PnとΦaは試料にかかり、IqはHexにかかる。また、寸法比L/Dとトルクは原点をゼロとする1次関数である。したがって、表1の寸法比L/D=1でのトルクは各試料の任意の寸法比L/Dにおけるトルクと原点を結ぶ一次式から外挿(内挿)法により求めた。
【0050】
また、図7のように、表2に示した外部磁界Hexに対するトルク勾配dT/dHexは試料の材料形態、すなわち、膜、またはフレーク状粉末としたとき、それらの寸法比L/Dの原点をゼロとした一次関数となる。図7のように材料形態が膜、あるいはフレーク状粉末の面内方向磁化の場合、寸法比L/Dに対するトルク勾配dT/dHexの傾きが異なる。すなわち、同じ面内方向磁化のときフレーク状粉末よりも膜のトルク勾配dT/dHexの方が寸法比L/Dの依存性が強い。これは、同じ面内方向磁化のときフレーク状粉末よりも膜のパーミアンスが高く、結果として反磁界が小さいために試料の寸法比L/Dの影響を受けにくいことを意味する。また、両者のトルク勾配dT/dHexの比から本発明にかかる積層磁石膜可動子を用いた回転電気機械のトルク定数は355μm以下、厚さ45μmのフレーク状粉末の場合に比べて1.13倍となる。
【0051】
なお、本発明が対象とする微小な可動子の必須の構成要素をボンド磁石とする場合、上記のような355μm以下、厚さ45μmという粗大なフレーク状粉末を結合剤とともに、そのまま直接圧縮成形型キャビティに充填することは困難である。あるいは射出成形材料への適用も困難である。したがって、微小な可動子の必須の構成要素をボンド磁石とする場合、当該フレーク状粉末は、例えば150μm以下に調整される。すなわち、本発明にかかる積層磁石膜可動子とフレーク状粉末を結合剤で固めたボンド磁石を可動子の構成要素とした場合、かかる回転電気機械のトルク定数の差はさらに拡がることになる。
【0052】
ところで、図5に示す表1における寸法比L/D=2のトルクは、寸法比L/Dとトルク勾配dT/dHexの原点をゼロとする一次式の傾きから求めている。試料の寸法比L/Dが大きくなると、試料を構成する材料形態の差が反磁界の差に反映される。このため、本発明にかかる可動子の必須な構成要素である積層磁石膜の寸法比L/D=2におけるトルクはL/D=1のトルクを単純に2倍した値と、ほぼ等しい。しかし、フレーク状粉末を固めた試料のL/D=2のトルクは本発明と異なり、材料形態の差に起因するパーミアンス(反磁界)の差によって12%程度減少する。
【0053】
また、表1の磁気トルク比は密度5.88 Mg/m3のボンド磁石(試料番号 ボンド磁石1)を基準として寸法比L/D=1、および2の磁気トルクを規格化した値である。表のように、寸法比L/D=1の場合では本発明にかかる積層磁石膜の相対密度RDが85%以上のとき、密度5.88 Mg/m3のボンド磁石基準で120%を越えるトルクの増加がある。
【0054】
なお、フレーク状粉末を結合剤とともに1000 MPa程度で圧縮したボンド磁石の相対密度RDは概ね80%が限度である。これに対して本発明にかかる積層磁石膜は10 MPa程度の圧力で相対密度RDの水準を容易に85%以上とすることができる。
【符号の説明】
【0055】
11:ハード相、12:ソフト相

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ソフト相とハード相とのナノスケール結晶組織からなる複数の直径2 mm以下の中実または中空状等方性磁石膜を、寸法比L/Dを1以上(ただし、Lは積層方向の長さ、Dは直径)、かつ、相対密度RDを85%以上で構成し、並びに面内方向に任意の極対数をもつ積層磁石膜を含むことを特徴とする回転電気機械の積層磁石膜可動子。
【請求項2】
前記磁石膜は、R-TM-B(RはNd、Pr、TMはFe、Co)系溶湯合金若しくはSm-Fe系溶湯合金の急冷凝固することにより、
又は、R-TM-B(RはNd、Pr、TMはFe、Co)系溶湯合金若しくは前記Sm-Fe系溶湯合金を物理的堆積法により成膜し、その後、それらを結晶化又は窒化して、ハード磁性を発現させた、Fe-B又はαFeのソフト相と、R2TM14B系又はSm2Fe17N3系ハード相と、からなることを特徴とする請求項1に記載する積層磁石膜可動子。
【請求項3】
前記磁石膜は、
Fe-B又はαFe のソフト相とR-TM-B(RはNd、Pr、TMはFe、Co)系合金又はSm-Fe系合金を交互に物理的に成膜したのち、それらを結晶化又は窒化して、ハード磁性を発現させた、
Fe-B、αFeのソフト相とR2TM14B系又はSm2Fe17N3系のハード相と、からなることを特徴とする請求項1に記載する積層磁石膜可動子。
【請求項4】
前記磁石膜は、非磁性膜を付加した複合膜であることを特徴とする請求項1に記載する積層磁石膜可動子。
【請求項5】
前記磁石膜は、残留磁化Mrの50%程度が磁化反転しても残留磁化Mrの90%以上の磁化が回復する磁化のスプリングバック特性をもつことを特徴とする請求項1に記載する積層磁石膜可動子。
【請求項6】
前記磁石膜は、面内方向の残留磁化Mr 1 T以上、保磁力HcJ 300 kA/m以上であり、かつ面内方向に極対数2以上に多極磁化されていることを特徴とする請求項1に記載する積層磁石膜可動子。
【請求項7】
前記磁石膜は、面内方向の残留磁化Mr 0.95 T以上、保磁力HcJ 600 kA/m以上であり、かつ面内方向に極対数4以上に多極磁化されていることを特徴とする請求項1に記載する積層磁石膜可動子。

【図2】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図1】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−229218(P2011−229218A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−94440(P2010−94440)
【出願日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【出願人】(000114215)ミネベア株式会社 (846)
【Fターム(参考)】