説明

筋傷害の治療における筋線維の再生のための医薬組成物及び方法

虚血性疾患に起因する心筋の損傷又は傷害の治療又は修復において、心筋細胞を再生させるための医薬組成物及び方法。医薬組成物は、式(I)の骨格構造を有する活性成分化合物を含有する。当該活性成分化合物は、(a)筋原性前駆細胞の生存能力を増加させて、前記前駆細胞を、絶対的虚血期間を通じて生存可能にするステップ、(b)筋傷害が位置する心臓領域において、損傷した血液供給ネットワークを再構成するステップ、及び(c)心臓の細胞系譜に沿った前記前駆細胞の心筋原性分化効率を高めるステップ、の実施を可能とする。前記ステップは、同時に、又は任意の特定の順序で実施される。

【発明の詳細な説明】
【関連出願の相互参照】
【0001】
本願は、2006年4月13日に提出された米国仮出願第60/791462号に対する優先権を主張するものであり、仮出願の内容は、参照されることにより本明細書の一部を構成する。本願は更に、2005年11月8日に提出されたPCT出願第PCT/IB2005/003202号及び第PCT/IB2005/003191号に対する優先権を主張するものであり、PCT出願の内容は、参照されることにより本明細書の一部を構成する。
【発明の分野】
【0002】
本発明は、筋損傷を治療するために筋細胞及び心筋を再生させる医薬組成物及び方法に関する。特に、本発明は、虚血性疾患に起因する心筋の損傷又は傷害の治療又は修復において、心筋細胞を再生させるための医薬組成物及び方法に関する。
【発明の背景】
【0003】
心筋梗塞(MI)又は心臓発作は、心臓の一部への血液供給が遮断されることに起因する疾患であり、心筋細胞の損傷又は死滅を引き起こす。これは、世界中で男性及び女性の双方の主要な死因となっている。心筋梗塞後に新しい心筋細胞を発生させ、失われた筋細胞を置換することが可能な、天然の修復プロセスは存在しないものと考えられる。それどころか、瘢痕組織が、壊死した心筋と置き替わり、心機能の更なる悪化を引き起こす可能性がある。
【0004】
壊死した心臓組織を、新たに再生された機能的心筋細胞に治療的に置換することは、理想的な処置であるが、最近までは非現実的であった。これは、心筋細胞は最終分化したものである、或いは、言い換えれば、心臓は、分裂が終了した非再生臓器である、と考えられていたためである。しかし、最近このドグマは、Beltrami等により異議を申し立てられ、彼らは、心筋中の常在筋細胞の集団は梗塞後に複製可能であり、また、実際に複製されていることを報告した。梗塞心筋の修復を促進改善するために、心筋細胞又は骨格筋芽細胞の移植が試みられたが、機能的な心筋及び冠血管の再構成はあまり良好には行われなかった。心筋梗塞後の心臓修復のための成人骨髄由来間葉系幹細胞(MSC)の移植は、いくらかの血管形成及び筋形成を引き起こしたが、新たに再生された心筋細胞の大部分は、血液供給への影響が比較的少ない境界域に沿って存在していた1〜3
【0005】
急性心筋梗塞(MI)は、心室の供給領域の筋細胞(心筋細胞)、血管構造及び非血管構成要素の急速な損傷又は死滅を引き起こすため、新たな心筋細胞を再生させ、梗塞の中心領域(絶対的虚血領域)の梗塞心筋(心筋組織)を、心筋細胞亜集団の増殖4〜8又はMSCの移植1〜3を介して置換することは、局所的な血液供給ネットワークの早期再構築なしには不可能と思われる。このことは恐らく、MSC移植後の心筋細胞の再生の大部分が、血液供給がほぼ維持されている、梗塞巣に隣接した境界域に沿って生じていた理由の説明となる1〜11。だからこそ、梗塞の中心領域における心筋、細動脈及び毛細血管の損失は不可逆的であり、最終的に瘢痕形成をもたらすものと考えられていたのである。
【0006】
より最近の研究12により、外因性Aktで予備修飾されたMSCの心臓への移植がインビトロで良好な結果をもたらしたことが報告されている。それにも関わらず、再生された心筋細胞は境界域から瘢痕領域へ浸潤することができたにすぎず、このことは、外因性Aktの過剰発現が、移植されたMSCの生存能力を強化するものの、それだけでは、虚血中心領域におけるMSCの生存を可能にするには不十分であることを示唆している。更に、虚血の少ない境界域においても、MSC由来の再生心筋細胞は分散状態にあり、また、集合して再生心筋を形成することは困難なようであることが指摘されている。これは恐らく、生存した移植MSCの心筋原性分化効率が低いことによるものと思われる。他の供給源(内皮細胞、骨髄内ニッチ等)から動員された常在の前駆筋細胞又は幹細胞の分化を始めとする天然の心筋細胞再生では、急性的又は慢性的に損傷した心臓に生じた心筋細胞死を補うには不十分であるという知見は、心筋再生を心疾患の有望な治療方法と考える研究者の熱意を削いでいる。
【0007】
先行技術は、梗塞心筋の全領域において機能的筋細胞を再生させるのに不可欠な主たる条件が3つあることを教示しているように思われる。その3つの条件とは、1)絶対的虚血期間を通じて、すなわちドナー細胞の注入から新血管の形成までの期間を通じて生存可能なように、移植細胞の生存能力を増強させること、2)梗塞心筋において、損傷した血液供給ネットワークを早期に再構成して、移植細胞の生存及び効率的輸送を持続させ、酸素供給及び栄養送達を維持すること、及び3)移植細胞の心筋原性分化効率を高め、より多くの生存ドナー細胞を心臓の細胞系譜に沿って分化可能にすること、である。
【0008】
従って、壊死した心臓組織を、新たに再生された機能的心筋細胞で置換するという理想的療法を実現するには、新たな治療アプローチ、例えば、前述の3つの条件を十分に満たしていて、心筋梗塞の治療における治療上の要求に応えることが可能な生物学的特性を有する化合物、を使用するアプローチが求められている。
【発明の概要】
【0009】
本発明の一目的として、式(I)の共通の骨格構造を有する化合物群より選択される化合物を含有する医薬組成物が提供される。そのような化合物は、生体外(ex vivo)におけるMSCの生存能力及び心原性分化効率に対してのみではなく、生体内(in vivo)におけるMIの修復に対しても強力かつ有益な治療効果を奏する。それらの化合物自体は当分野において公知であるが、上記の生物活性及び治療効果を有することは知られていない。それらは、天然資源、特に植物から単離することができ、また、既存の、又は将来開発される合成技術を用いて、全合成又は半合成を通じて得ることができる。上記骨格構造自体は上述の筋原性効果を有するが、上記骨格構造からは、様々な位置で1個又は複数個の水素原子を置換することによって種々の変種を製造することができる。これらの変種は、共通の骨格構造及び筋原性効果を有している。もちろん、それらは筋原性効力の点で異なる可能性がある。
【0010】
【化1】

【0011】
式(I)の骨格構造には、1個又は複数個の置換基が結合していてもよい。置換基は、水素原子の代わりに置換された原子又は原子団である。置換は、有機化学の分野で公知の手段により行うことができる。例えば、適切な設計を介せば、ハイスループットコンビナトリアル合成は、骨格構造の様々な位置に種々の置換基が結合した変種又は誘導体の大きなライブラリーを作製することができる。そして、式(I)の変種又は誘導体は、間葉系幹細胞(MSC)に対する活性試験に基づいて選択することができる。活性試験により、特定の変種が、培養されたMSCの増殖及び心原性分化を亢進可能か否か、を迅速に決定することができる。本明細書において、用語「式Iの化合物」は、骨格化合物自体、及び類似の生物活性を有する置換された変異種を包含する。これらの変種の例を以下に示すが、それらはすべて、機能的筋細胞の再生に関して、骨格構造(すなわち基本化合物自体)と同様の効果を有する。
【0012】
【化2】


【化3】


【化4】

【0013】
更に、式(I)の化合物は、治療薬として、以下に定義する「機能的誘導体」の形態を取っていてもよい。
【0014】
当業者には理解されるであろうが、上記化合物は、存在可能な様々な異性体、すなわちラセミ体、エナンチオマー又はジアステレオマーの形態を取ってもよく、無機酸及び有機酸と塩を形成してもよく、また、N−オキシド、プロドラッグ、生物学的等価体等の誘導体を形成してもよい。「プロドラッグ」とは、親分子の望ましくない特性を改変又は除去するために一時的に用いられる1つ又は複数の特殊な保護基が結合していることにより不活性化されている形態の化合物を意味し、これは、投与されると、体内(in vivo)で代謝され、又は活性化合物に変換される。「生物学的等価体(bioisostere)」とは、原子又は原子団が、ほぼ類似した別の原子又は原子団と交換された結果生じる化合物のことである。生物学的等価体への置換の目的は、親化合物に類似の生物学的特性を有する新たな化合物を作り出すことである。生物学的等価体への置換は、物理化学又はトポロジーに基づくものであってもよい。既知の化合物(本明細書中で開示されているもの等)から適切なプロドラッグ、生物学的等価体、N−オキシド、薬学的に許容可能な塩、又は様々な異性体を製造することは、当技術分野の通常の技術の範囲内にある。従って、本発明では、上で開示の化合物の適切な異性体、塩及び誘導体のすべてが企図される。
【0015】
本明細書において、用語「機能的誘導体」とは、上で開示の特定の化合物のプロドラッグ、生物学的等価体、N−オキシド、薬学的に許容可能な塩、又は様々な異性体を意味し、これは、1つ又は複数の点で、親化合物と比較して有利であってもよい。機能的誘導体の製造は容易でない可能性があるが、必要な技術のいくつかは当技術分野で周知のものである。様々なハイスループット化学合成法が利用可能である。例えば、コンビナトリアルケミストリーは化合物ライブラリーの急増をもたらし、効率の高い種々のバイオスクリーニング技術と結び付いて、有用な機能的誘導体の効率的な発見及び単離を可能とする。
【0016】
本発明の医薬組成物は、疾患、特にMIに起因する心筋の傷害又は壊死を心臓組織の再生を介して治療するのに有用である。医薬組成物は当業者に公知の従来の手段により、錠剤、カプセル剤、注射剤、液剤、懸濁剤、散剤、シロップ剤等の適切な剤形に製剤化することができ、心筋の傷害又は壊死に罹患している哺乳動物個体に投与することができる。製剤技術は本発明の一部を成すものではなく、それ故、本発明の範囲を限定するものではない。
【0017】
本発明の医薬組成物は、経口投与、全身注射、及び心臓への局所的な直接注入、或いは長期持続放出目的の体の一部への埋込み、に適した方法で製剤化することができる。
【0018】
他の態様において、本発明は、哺乳動物の病的状態を治療又は改善する方法を提供する。ここで、病的状態は、医学分野の当業者により病的状態と判断されるものであるが、機能的心筋細胞を再生させることにより緩和、治療又は治癒することでき、また、当該方法は、病的状態を有する哺乳動物に、治療有効量の、式(I)の化合物及び/又はその機能的誘導体を投与することを含む。
【0019】
他の態様において、本発明は、心筋梗塞(MI)等の心疾患により死滅又は損傷した心臓組織の置換を必要とする哺乳動物において、機能的心筋細胞を再生させる方法を提供する。これは、細胞移植ベースの治療アプローチであり、(a)MSC等の幹細胞を得るステップ、(b)前記幹細胞を、式(I)の化合物又はその機能的誘導体と接触させて、移植に先立って心原性分化経路を活性化させるステップ、及び(c)活性化した細胞を、哺乳動物の梗塞した心臓組織に移植するステップ、を含む。この治療アプローチは、次の目的を達成することができる。1)移植細胞の生存能力を向上させること、2)血液供給ネットワークを早期に再構成すること、及び3)MSCを生体外(ex vivo)で活性化させて、移植に先立って心原性前駆細胞を形成することにより、移植細胞の心筋原性分化効率を高めること。
【0020】
他の態様において、本発明は、哺乳動物の虚血性心疾患、特にMIを治療する方法を提供する。この方法は、(a)MSC又は内皮細胞を、式(I)の化合物又はその機能的誘導体と共に培養するステップ、(b)心臓の梗塞修復又はMSCの心原性分化を促進する活性を有する分泌タンパク質を含有する、処理細胞の馴化培地を採取するステップ、及び(c)馴化培地を梗塞領域内の心臓組織に投与又は送達するステップ、を含む。
【0021】
更に他の態様において、本発明は、MSC等の幹細胞の心原性分化転換に関する科学的研究用の研究試薬を提供する。試薬は、1種又は複数種の、式(I)の化合物又はその機能的誘導体を含有する。試薬は、固体形態及び液体形態のいずれでもよい。例えば、試薬はDMSOの溶液であってもよい。
【0022】
本発明を特徴付ける様々な新規な特徴は、本願書類に添付され、本願書類の一部を構成する特許請求の範囲に明示されているとおりである。本発明、本発明の作用効果、及び本発明の使用により達成される特定の目的をより深く理解するためには、本発明の好適な実施形態が例示・説明された、図面及び以下の説明を参照されたい。
【特定の実施形態の詳細な説明】
【0023】
I.実験手順:
本発明で用いたプロトコールはすべて、米国国立衛生研究所により発行されたThe Guide for the Care and Use of Laboratory Animalsに準拠し、香港中文大学の動物実験倫理委員会により承認されたものである。
【0024】
以下のディスカッションにおいて、CMFは本発明の基本化合物(すなわち骨格化合物)を指す。その化学的構造は、上記式(I)により規定されたものである。
【0025】
本発明の化合物の獲得:
本発明の化合物は植物より調製できるが、化学合成を介しても製造可能である。
【0026】
天然資源から上記化合物を調製する方法を説明するための一例として、ダイコンソウ(Geum Japonicum)という一植物種からのCMFの単離及び精製の詳細を以下に記載する。CMF又は変種を含有すると考えられる植物としては他に、例えば、Acaena pinnatifida R. et P.、Agrimonia pilosa Ledeb、Asparagus filicinus、ヤブコウジ(Ardisia japonica)、ノウゼンカズラ(Campsis grandiflora)、Campylotropis hirtella(Franch. Schindl.)、Caulis Sargentodoxae、チャンチン(Cedrela sinensis)、カリン(Chaenomeles sinensis KOEHNE)、Debregeasia salicifolia、ビワカルス(Eriobotrya japonica calli)、ビワ(Eriobotrya japonica LINDL.)(バラ科)、ゴレイシ(Goreishi)、ミカエリソウ(Leucosceptrum stellipilum)、キダチキンバイ(Ludwigia octovalvis)、シソ(Perilla frutescens)、エゴマ(Perilla frutescens(L.)Britt.)(シソ科)、Physocarpus intermedius、Potentilla multifida L.、Poterium ancistroides、Pourouma guianensis(クワ科)、キシュウロウロ(Rhaponticum uniflorum)、Rosa bells Rehd. et Wils.、ナニワイバラ(Rosa laevigata Michx)、ハマナス(Rosa rugosa)、Rubus alceaefolius Poir、クロミキイチゴ(Rubus allegheniensis)、トックリイチゴ(Rubus coreanus)、Rubus imperialis、Rubus imperialis Chum. Schl.(バラ科)、ホウロクイチゴ(Rubus sieboldii)、ギシギシ(Rumex japonicus)、Salvia trijuga Diels、Strasburgeria robusta、イチゴホウコウワセ(Strawberry cv. Houkouwase)、ズダヤクシュ(Tiarella polyphylla)、Vochysia pacifica Cuatrec、サンショウ(Zanthoxylum piperitum)等が挙げられる。
【0027】
心筋原性因子(CMF)のダイコンソウからの単離:
図1を参照する。中国の貴州省で8月に収穫されたダイコンソウの植物を乾燥させ(10kg)、室温下、3日間の70%エタノール(100L)浸出を2回行った。抽出物を混合し、噴霧乾燥し、固形残渣(1kg)を得た。固形残渣を10リットルのHO中に懸濁させ、次いで、クロロホルム(10L)で2回、更にn−ブタノール(10L)で2回分配し、対応する画分を得た。n−ブタノール(GJ−B)可溶性画分を濾過し、噴霧乾燥により乾燥して、粉末画分を得た。粉末画分について、細胞培養においてMSCの心原性分化を刺激する特有の能力を有することを下記の方法で確認した。n−ブタノール可溶性画分(GJ−B)が、細胞培養系における培養MSCの増殖及び心原性分化を亢進することができることが示された。GJ−Bを、10%メタノールで平衡化したセファデックスLH−20のカラムにアプライし、メタノール水溶液で、その濃度を上昇させながら溶出し、7画分(GJ−B−1からGJ−B−7)を分離した。すべての溶出画分を、MSC培養系に対する活性に関して試験した。活性試験では、画分6が、培養MSCの心原性分化の亢進の点で最も強力な活性を有することが示された。GJ−B−6から純粋な活性化合物を更に単離した。当該化合物を、本明細書を通じてCMFと呼ぶ。CMFの構造は、NMR分析及び文献との比較により決定され、式(I)のものであることが示された。
【0028】
移植用MSCの調製:
MSCをCMF(増殖培地中に10μg/mL)と共に6日間培養した。同時に、対照MSCを、等量の5%DMSOを含有する増殖培地中で培養した。2日目に、内因性リン酸化Akt1の発現を、免疫細胞化学検査及びウエスタンブロットにより評価した。4日目に、筋原性分化を、MEF2に対する免疫細胞化学検査及びウエスタンブロットにより評価し、更に6日目に、それを、MHCに特異的な抗体を用いた免疫組織化学検査及びウエスタンブロットにより確認した。3日目に、CMF予備処理MSC及び対照MSCを、培養中にCM−DiIで標識して移植に備えた。
【0029】
骨髄間葉系幹細胞の調製:
脛骨/大腿骨をSprague−Dawley(SD)ラットから取り出し、骨髄(BM)を、加熱不活性化した10%FBS(GIBCO)及び1%のペニシリン/ストレプトマイシンを含有するIMDM培地で骨から洗い出した。BMを完全に混合し、1500rpmで5分間遠心分離した。細胞ペレットを5mLの増殖培地に懸濁させた。細胞懸濁液を慎重に5mLのFicoll溶液上に置き、200rpmで30分間遠心分離した。BM細胞を含有する第2層をチューブに移し、PBSで2度洗浄して、Ficollを取り除いた(1200rpm、5分間)。細胞ペレットを、加熱不活性化した10%FBS(GIBCO)及び1%のペニシリン/ストレプトマイシン抗生物質混合物を含有するIMDM培地に再懸濁させた。5%CO、37℃のインキュベーターで24時間培養後、非接着細胞を捨て、接着細胞を、3日に一度培地交換して培養したところ、細胞は培養14日後にほぼコンフルエントになった。これが、以下でMSCと呼ぶBM細胞であり、本明細書中で実施するインビトロ研究及びインビボ研究に使用したものである。
【0030】
ウエスタンブロット分析:
CMF処理細胞又は対照細胞の全細胞抽出物を、パック細胞容積の3倍量の溶解バッファー(50mM Tris(pH7.5)、150mM NaCl、1mM EDTA、1mM EGTA、1%ノニデット(Nonidet)P−40、10%グリセリン、200mM NaF、20mM ピロリン酸ナトリウム、10mg/mL ロイペプチン、10mg/mL アプロチニン、200mM フェニルメチルスルホニルフルオリド、及び1mM オルトバナジン酸ナトリウム)で、氷上で30分間細胞を溶解することにより調製した。タンパク質の収率は、Bio−Rad DCタンパク質アッセイキット(Bio−Rad)により定量化した。等量(30μg)の全タンパク質をSDS−PAGEによりサイズ分画し、PVDM膜(Millipore)に転写した。ブロットは、0.1%(体積/体積)Tween20添加リン酸緩衝生理食塩水(PBST)に5%(質量/体積)粉乳を含有させた溶液(PBSTM)で30分間、室温でブロッキングし、ラットリン酸化Akt1(マウス)又はラットMHC(マウス、Sigma−Aldrich)に特異的な一次抗体(PBSTM中で1:1000に希釈)を用いて、60分間プローブした。PBSTで十分に洗浄した後、ブロットを、西洋ワサビペルオキシダーゼ結合抗マウスIgG(Amersham Biosciences)(PBSTM中1/1000希釈、60分間)でプローブし、PBSTで十分に洗浄し、化学発光で発色させた。
【0031】
CMF予備処理MSCの心臓組織への移植:
Sprague−Dawley(SD)ラットを使用した。すべての動物実験手順は、動物保護に関する大学動物委員会に承認されたものである。各ラットに対して、腹腔内ペントバルビタール(50mg/kg)で麻酔し、挿管し、Harvard人工呼吸器(model683)を用いて室内空気で人工呼吸させた。左開胸の後、冠動脈左前下行枝(LAD)の永久結紮により心筋梗塞を誘発させた。生理食塩水に懸濁させた5×10のDiI標識CMF予備処理MSC(ラット32匹)を、結紮後直ちに、結紮動脈より遠位の心筋(虚血領域)の3つの部位の各々に注入した(試験群)。対照ラットについては、生理食塩水に懸濁させた等量のDiI標識未処理対照MSC(ラット32匹)を、同じ部位に同じタイミングで注入した。シャム虚血(ラット32匹)に関しては、LAD結紮を行わずに開胸を実施した。未処理の16匹のラットを標準対照として設定した。
【0032】
異なる群の実験ラットの半数を、心エコー検査の測定による心機能の評価の後、実験計画に従って梗塞後7日目及び14日目に屠殺した。屠殺した各ラットの心臓を摘出し、PBSで洗浄し、撮影した。得られた標本はすべてパラフィン包埋し、DiIシグナルの追跡、並びに血管再生、梗塞サイズ及び心筋再生の検査のために切片化した。再生細胞がDiI陽性である場合は、更に、MHC免疫組織化学染色を実施し、それらの心筋原性分化を確認した。
【0033】
DiI標識及び心臓特異的マーカー発現の共局在を共焦点顕微鏡(ZEISS、LSM 510 META)で検査した。簡潔には、切片をラット特異的トロポニンI抗体で免疫組織化学的に染色した。再生心筋を形成するDiI標識移植MSCの心筋原性分化の確認は、共焦点顕微鏡を用いて、DiI陽性細胞(ドナー細胞由来であることを示す。)と、心臓の最終分化マーカーであるトロポニンIの特異的陽性染色とを統合して、移植細胞の心筋原性分化を示すことにより行った。
【0034】
MIモデルにおけるCMF直接処理:
32匹のSDラットを無作為に、標準群、シャム群、CMF処理群及び未処理対照群(各群につきラット8匹)、の4群に分けた。ラットに対して、腹腔内ペントバルビタール(50mg/kg)で麻酔し、挿管し、Harvard人工呼吸器(model683)を用いて室内空気で人工呼吸させた。左開胸の後、冠動脈左前下行枝(LAD)の永久結紮により心筋梗塞を誘発させた。8匹のラットにおいて、5%DMSO(0.1mL。0.1mgCMF含有)中のCMFを、結紮動脈より遠位の心筋(虚血領域)に、結紮後直ちに注入した(CMF処理群)。他の8匹のラットについては、等量の5%DMSOを同じ部位に同じタイミングで注入し、これを未処理対照群とした。シャム虚血に関しては、8匹のラットに対して、LAD結紮を行わずに開胸を実施した。いかなる処理も行っていない更に別の8匹のラットを、標準群として設定した。
【0035】
CMFにより誘導された、MSC又は他の細胞からの分泌タンパク質を含有する馴化培地:
MSCを10μg/mLのCMFで24時間処理して、遺伝子発現を活性化/アップレギュレートし、次いで、十分に洗浄して残留CMFを取り除いた。その後、5mLの新鮮増殖培地を培養物に加え、更に3日間の培養後回収した。ここで回収した培地は馴化培地と呼ぶ。5mLの馴化培地を1mLの容積に濃縮し、上述の心筋梗塞動物モデルの処置剤として使用した。簡潔には、左開胸及びLAD結紮後直ちに、0.2mLの馴化培地を結紮部より遠位の部分に注入した。新鮮増殖培地を対照として使用した。
【0036】
DiI標識MSCによる骨髄置換:
16匹の5週齢SDラットを用いて骨髄移植を行った。移植ラットを、137Cs供給源(Elite Grammacell 1000)から1.140Gy/分で9.5Gyのγ線を照射することにより刺激して、ラットの骨髄由来幹細胞を完全に破壊した。そして、刺激後2時間内に、DiI標識MSC(0.3mL PBS中に懸濁させた2×10個の細胞)を、27ゲージ針を用いて尾静脈から注入した。刺激及び移植の1週間後、DiI標識骨髄を有するラットを、CMFで直接処理した群及び未処理の対照群、の2群に分けた。心筋梗塞の手術及び処置計画を、上述のように実施した。実験を、手術及び処置後14日目に終了させて、更なる評価を行った。屠殺したラットの心臓標本を得た。心臓型トロポニンI(Santa Cruz)及びPCNA(Dako)に対する特異的抗体を用いた免疫組織化学的染色により、DiI陽性細胞及びそれらの心筋原性分化に関して、すべての標本を追跡した。アルカリホスファターゼ結合特異的二次抗体(Santa Cruz)を用いて、陽性染色細胞を可視化した。DiI陽性シグナルは、蛍光顕微鏡(Laica)を用いて観察した。
【0037】
梗塞サイズの算出:
14日目に屠殺した実験ラットの左心室を取り出し、心尖部から心基部までをスライスして3つの横断切片を得た。切片をホルマリンで固定し、パラフィンに包埋した。左心室の切片(厚さ20μm)をマッソントリクロームで染色した。これにより、コラーゲンは青色に、心筋は赤色に標識される。これらの切片をデジタル化し、全青色染色を形態計測学的に定量化した。個々の切片の梗塞容積(mm)を切片の厚みを基に算出した。全切片の梗塞組織の容積を足し合わせて、個々の心臓の全梗塞容積を算出した。すべての検査は、盲検的に病理学者により行われた。
【0038】
梗塞領域における血管新生評価:
梗塞後7日に、組織切片において、高倍率視野(HPF)(×400)の下で光学顕微鏡を用いて梗塞領域内の血管の数を数えることにより、血管密度を測定した。梗塞領域内の、重複しない無作為の6つのHPFを用いて、すべての実験心臓の各切片における全新生血管を数えた。各HPF中の血管の数の平均を求め、HPF当たり血管数で表した。
【0039】
再生した心筋細胞及び心筋の評価:
結紮後7日にCMF予備処理MSC移植群及び未処理MSC移植群の双方から得た切片を、Ki67又はミオシン重鎖(MHC)抗体で染色して、再生心筋を同定した。アルカリホスファターゼ結合特異的二次抗体を用いて、陽性染色を可視化した。簡潔には、パラフィン包埋切片を0.1M EDTA緩衝液中でマイクロ波にかけ、ラットKi67に対して特異性のあるポリクロナールウサギ抗体(1:3000希釈)(Sant Cruz Biotechnology)で用いて染色し、4℃で一晩インキュベートした。洗浄後、切片を、1:200希釈のアルカリホスファターゼ結合ヤギ抗ウサギIgG二次抗体(Sigma)と共に30分間インキュベートし、陽性核を、5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリルリン酸−p−トルイジン−ニトロブルーテトラゾリウム基質キット(Dako)で暗青色に可視化した。対応するパラフィン組織ブロックに隣接した切片を、1:50希釈のウサギ抗ラットMHC(MF20、Developmental Hybridoma Bank, University of Iowa)抗体中で、4℃で一晩インキュベートし、更に、1:100希釈のペルオキシダーゼ結合ヤギ抗ウサギIgG(Sigma)中で、室温で30分間インキュベートした。1mg/mLの3,3’−ジアミノベンジジン(DAB;0.02%H添加)と共にインキュベートした後、スライドを顕微分析により検査した。再生心筋領域を、投影視野内で、42のサンプリングポイントを含むグリッドにより線引きした。各切片において、個々の再生心筋の境界に沿った約30〜60の計算点を選択した。上記グリッドにより62,500μmの非圧縮組織領域が画定され、これを用いて、各切片の選択された30〜60の計算点を測定した。梗塞の中心領域における再生心筋の形状及び容積を、約70の切片の各切片(50μm間隔)において、再生心筋が占める部分の形状及び面積、並びに切片の厚さを測定することにより決定した。これらの変数を用いて積分計算することによって、立体構造を割り出し、また、各切片内の梗塞の中心領域における個々の再生心筋の容積を求めた。個々の組織ブロックの全切片の値及び立体構造を統合して、再生心筋の全容積及び全立体構造を得た。
【0040】
心エコー検査による心筋機能の評価:
心エコー検査を、15MHzリニアアレイトランスデューサーと共にSequoia C256 System(Siemens Medical)を用いて実施した。実験ラットの胸部を剃毛し、動物を保温パッド上に仰臥位に置き、ECG肢電極を配置し、制御麻酔下で心エコー検査を記録した。各実験ラットは、実験開始前にベースラインの心エコー検査を受けた。2次元誘導Mモード及び2次元(2D)心エコー検査画像を胸骨傍の長軸方向及び短軸方向から記録した。左室(LV)の収縮末期及び拡張末期のサイズ、並びに収縮末期及び拡張末期の壁厚を、American Society of Echocardiographyの最新の手法を用いてMモード図から測定した。LV拡張末期(LVDA)及びLV収縮末期(LVSA)の面積を胸骨傍の長軸方向からプラニメーターで測定し、LV拡張末期及びLV収縮末期の容積(LVEDV及びLVESV)をMモード法により算出した。LV駆出分画(LVEF)及び内径短縮率(FS)を、2D短軸像におけるLV断面積から導出した。EF=[(LVEDV−LVESV)/LVEDV]×100%;FS=[(LVDA−LVSA)/LVDA]×100%。心エコー検査の計算には標準公式を用いた。すべてのデータは、検査終了時に、超音波システム内のソフトウェアを用いてオフラインで分析した。測定・計算された指数はすべて、3〜5回の連続した測定の結果の平均で示した。
【0041】
統計:
すべての形態計測データを無差別に収集し、実験終了時にコードを破棄した。結果は、各心臓から得られた平均測定値から算出した平均±SDで示す。2つの測定値間の比較の統計的有意性は、対応のない両側スチューデントt検定を用いて判定した。P<0.05の値を有意とみなした。
【0042】
II.生体外(ex vivo)における、CMF誘発性の、MSCの生存能力及び心原性分化の亢進:
図2を参照する。培養物中でCMF(10μg/mL)により2日間処理した後、リン酸化Akt1の発現が、未処理対照と比較して顕著にアップレギュレートされた。これは、リン酸化Akt1に特異的な抗体を用いた、細胞の免疫組織化学的染色(陽性細胞では、主として細胞質が赤く染色される。)により示されている(図2a−1)。ウエスタンブロットでは、リン酸化Akt1の発現が、未処理細胞と比較して最大3〜4倍増加していたことが確認された(図2b−5A)。リン酸化Akt1でアップレギュレートされたMSCのうち、90%以上のものが、更に2日間培養することにより、筋細胞エンハンサー因子2(MEF2)に特異的な抗体で陽性に染色されるようになった。MEF2は、心原性細胞系譜の最も早い段階のマーカーの1つである。陽性細胞では核がオレンジに染色され(図2a−2)、また、陽性細胞はウエスタンブロットにより確認された(図2b−6A)。これらは、心原性分化へのMSCの関与を示唆している。青色の核の存在により示唆されるように、培養MSCのすべてが抗MEF2抗体により陽性に染色されたわけではない(図2a−2)ことが注目される。これは、すべての培養MSCが、CMFにより心原性分化経路に沿って転換されるわけではないこと、或いは、MSCの調製物中に微量の不純物が存在していたこと、によるものと思われる。同様に、培養MSCの大部分が、心臓型ミオシン重鎖に特異的な抗体で陽性に染色された。陽性細胞では細胞質が赤く染色され(図2a−3)、また、陽性細胞は、CMF存在下で6日間培養して得た培養物に対するウエスタンブロットにより確認された(図2b−7A)。他方、対照細胞は、3つの特異的抗体のすべてによりネガティブ染色された(図2a−4及び図2b−B)。続いて起こったMEF2及びMHCの発現誘導により、生体外におけるCMF誘発性のMSCの心原性分化の進展が裏付けられた。図2bにおいて、AはCMF処理試料を、Bは未処理対照を表す。
【0043】
III.CMFで予備処理されたMSCの移植による治療の効果:
移植に先立ってCMFで処理されたMSCにおいて、生体外(ex vivo)で示された生存能力及び心原性分化効率の増大が、インビボでのMI修復において顕著な改善をもたらすか否か、或いは言い換えれば、CMFの生体外効果が治療的価値を有するか否かを判定するために、MI動物モデルを用いた細胞移植実験を実施した。実験では、CMFで予備処理されたMSCを梗塞領域に移植した。移植細胞のホーミング、生存、増殖、心筋原性分化及び成熟を、梗塞及び細胞移植後7日及び14日の心臓から得た切片において、DiI蛍光の陽性シグナルにより、或いは、Ki67及びMHCに関する免疫組織化学的染色により追跡した。図3に示されるように、7日目に、試験心筋群では、心筋細胞の特徴的表現型を有するDiI陽性細胞(図3−1)が梗塞の全領域に渡って観察され、それらがドナー細胞に由来し、また、全梗塞域に分布することが示唆された。対照群(CMF未処理)では、梗塞境界の周囲に散在するDiIシグナルのみが見られた(図3−2)。共焦点顕微鏡観察により、全梗塞域において、DiIシグナル(赤)及び心臓特異的トロポニンI発現(緑)の共局在が観察された(図3−3〜−5)。DiI陽性(赤)と心臓特異的マーカートロポニンI発現(緑)との統合画像では、同一細胞において黄色−赤色−緑色が重複していたが、これにより、生体外でCMFにより予備処理された移植MSCの、インビボでの心筋原性分化及び成熟が確認された。また、トロポニンI陽性細胞(緑)のいくつかはDiI陽性でなかった(図3−3及び−5)ことが注目されるが、これは、移植されたDiI標識MSCに由来しない再生筋細胞が存在していたことによるものと考えられる。同様に、明るい青の円の中に示されているいくつかのDiI陽性細胞(図3−4及び−5)は、トロポニンI免疫染色において陰性であった。これは、少数の移植細胞がインビボでの心原性分化に関与していなかったこと、或いはMSCの調製物中に不純物が含有されていたことを示唆している。
【0044】
新血管の形成が移植後早くも12時間で認められ、24時間後(再生心筋細胞が観察される前)、及び梗塞から7日後には、試験群の全梗塞領域において、血液細胞で満たされた更に多くの新生血管及び新生毛細血管が観察された(図3−1、黄色の円)。CMF予備処理MSCを移植した心筋の梗塞領域における新生血管の密度は、7日目に、高倍率視野(40×)(HPF)当たり平均8±2であった。しかし、新血管はDiI陽性ではなく、これにより、血管の細胞供給源がドナー細胞でないことが示唆された。ドナーMSCがCMF予備処理により活性化されると、特定の血管新生因子の発現を誘導する血管形成特異的シグナル経路が刺激されてアップレギュレートされ、上記血管新生因子により、梗塞心筋における早期血行再建のプロセスが直接亢進される、と考えられる。これに対して、予備処理なしのMSCを移植した対照の梗塞心筋では、7日目に、HPF当たり約3±2の血管が観察された(図3−2、黄色の円)。
【0045】
図3に示されるように、多数のドナー細胞由来筋細胞が、梗塞領域において、集合して心筋様組織に組織化された。上記細胞は、MHC特異的抗体(図3−6、青色の円)及びKi67特異的抗体(図3−7、青色の円)により陽性に染色された。移植されたCMF予備処理MSCが分化能力を保持し、インビボでの、移植後の心筋原性分化に関与していたことが示唆された。高倍率視野の下において、これらの心筋様組織は、既存の無損傷の筋細胞よりサイズが小さい点を除けば、心筋の典型的な形態を示した(図3−9、青色の円)。これらの高度に組織化された再生心筋様組織は、試験心筋群において、7日目に全梗塞容積の平均70±8%を占め、梗塞後14日目に、梗塞心筋を、平均80±8.5%まで置換していた(図3−8、R:再生された心筋細胞;N、既存の正常心筋細胞)。梗塞した心臓組織の置換は、心エコー検査の測定結果(図4及び表1)に示されるように、顕著な機能改善を伴っていた。予備処理なしのMSCを移植したMI群の、梗塞後2日及び14日の結果と比較して、予備処理MSCを移植したMI心臓の駆出分画(EF)は、2日目に有意に高く(59.79±2.33対52.1±2.54、P=0.03)、14日目に顕著に増加していた(67.13±2.53対53.3±2.31、P=0.001)。同様に、移植MI心臓の内径短縮率(FS)は、2日目に有意に高く(29.43±1.35対24.07±1.47、P=0.01)、14日目に顕著に増加していた(31.72±2.57対23.49±1.99、P=0.002)。EF及びFSの顕著な改善は、心筋細胞の機能的回復の確固たる反映である(表1)。
【0046】
【表1】

【0047】
IV.MSCの予備処理及び移植を行わなかったMIモデルにおける直接的治療の効果:
図5を参照する。MIモデルにCMFを局所的に直接注入すると、梗塞から2週間後に、対照群(CMF処理なし)において、結紮部位より遠位部の心筋が、虚血性壊死のために外観上実質的に白くなったことが判明した(図5−2)。これに対して、CMF処理心臓の同等部分は、恐らく新血管形成のために外観上比較的赤く(図5−1)、その点では心臓の非虚血部分と同様であったが、梗塞サイズは対照心臓の梗塞サイズよりもかなり小さかった(図5−2)。更に、梗塞領域の横断面では、CMF処理心臓の左室壁(図5−3)は、対照心臓の左室壁よりもかなり厚かった(図5−4)。組織学的観察により、CMF処理心臓(n=8)の梗塞サイズが、対照心臓(n=8)の梗塞サイズに対して平均して約1/3〜1/2であることが明らかになった。これは、結紮後14日目に左室自由壁の梗塞容積を測定することにより計算されたものである。マッソントリクローム染色により、CMF処理心臓において、筋細胞様の細胞集団が、梗塞心筋又は周辺の生存心筋とほぼ同じ配向で配列し、全梗塞領域の大部分に分布していることが判明した(図5−5)。これに対して、対照心臓の梗塞領域はほぼ完全に線維組織の置換で占められ、心筋細胞再生のためのスペースはほとんど残っていなかった(図5−6)。高倍率視野の下において、対照群では、線維性瘢痕が全体的に青く染色されていた(図5−8)が、これとは著しく対照的に、CMF処理群では、全梗塞領域が、形のよい心筋形態を呈する再生筋細胞集団で満たされ、合間には線維組織がほとんど存在しなかった(図5−7)。これらの再生筋細胞のサイズは周辺の既存の筋細胞より小さかったが、これは、未だ成熟途上にあるためと考えられる。
【0048】
更に、心エコー検査により、CMF処理心臓では、構造的に一体化した再生心筋及び再構成された血管系による、梗塞した心臓組織の置換に伴って、梗塞後2日までに、対照心臓と比較して顕著な機能改善が生じ、14日までに更なる改善が生じることが明らかになった。これは、梗塞を修復した再生心筋及び血管系の成長及び成熟によるものと考えられる。
【0049】
CMF処理MSCにより誘導された馴化培地による治療の効果:
CMFで活性化されたMSCにより分泌された特定の誘導タンパク質を含有する馴化培地が、梗塞領域へのCMFの直接適用又はCMF予備処理MSCの移植と同様の効果をもたらすか否かを判定するために、馴化培地を、MSC培養物及び心筋梗塞動物モデルの双方を用いて試験した。図6aを参照する。馴化培地で24時間処理後、MSCの増殖率は、対照培地(新鮮増殖培地)と比較して120%に増加した。図6bを参照する。MIモデルの虚血領域に馴化培地を局所注入すると、心筋細胞の再生が観察された。簡潔には、対照における線維性置換(図6b−1)と比較すると、全梗塞域において、多くの再生心筋細胞、及び血液細胞で満たされた多くの新生血管が観察された(図6b−2)。
【0050】
V.CMF直接処理後の再生心筋の細胞供給源:
図7を参照する。DiI標識MSCで骨髄置換を行ったMIモデルの研究により、再生心筋の細胞供給源が骨髄MSCであることの直接証拠が提供された。骨髄置換の1週間後、心筋梗塞手術を上述のように実施した。梗塞後14日に、CMF処理心臓の全梗塞領域が、DiI標識細胞で十分に占領されていることが判明した。DiI標識細胞は、既存の生存心筋細胞が存在する非梗塞領域にはほとんど存在しなかった。これらのDiI陽性細胞は集合して一群となり、心筋様形態を呈していたが、既存の心筋細胞と比較するとサイズが小さかった(図7−1)。これに対して、対照の梗塞心臓では、ごく少数のDiI陽性細胞の散在のみが梗塞境界域に沿って観察された(図7−2)。十分に組織化されたそれらのDiI陽性細胞が再生心筋であることを確認するために、トロポニンI及びPCNAに特異的な抗体を用いた免疫組織化学検査を実施した。全梗塞域に分布する多数のDiI陽性細胞が、トロポニンI(図7−3)又はPCNA(図7−4)に対する特異的抗体により陽性に染色されていることが判明した。これらのDiI陽性及びトロポニンI若しくはPCNA陽性染色細胞は、CMF処理心臓の全梗塞域において心筋様組織に組織化されていた(図7−3及び−4)。高倍率視野の下において、これらの再生心筋様組織は心筋の典型的な形態を示し、再生筋細胞間には明瞭な介在板結合が存在していた。個々の再生筋細胞が超微細構造的に成熟して心筋に統合されたことが示唆された(図7−5)。再生筋細胞間、及び再生心筋と既存の生存心筋との間、の構造的統合がなければ、機能的統合及び同調的な機械的活動は保証されないであろう。これらの再生心筋は、梗塞後14日に、全梗塞容積の平均69.3%を占めていた。これに対して、6つの対照心臓では、ごく少数の細胞のみがトロポニンI及びDiIの双方に陽性であり、また、血管の周囲に散在し、他方、梗塞域が主として線維性瘢痕で占領されていた(図7−6)。これらの結果により、CMF誘導再生心筋が機能的であり、また、骨髄MSCに由来することが示された。
【0051】
IV.医薬組成物の製造、及び哺乳動物の虚血性心疾患の治療における医薬組成物の使用:
有効な化合物が同定され、当該化合物の部分的又は実質的に純粋な調製物が、植物等の天然資源からの化合物の単離又は化学合成により得られれば、当産業の既存の方法又は将来開発される方法を用いて、種々の医薬組成物又は医薬製剤を、部分的又は実質的に純粋な化合物から製造することができる。化合物から医薬製剤及び医薬品剤形(錠剤、カプセル剤、注射剤、シロップ剤を含むが、これらに限定されない。)を製造する特定の方法は、本発明の一部を成すものではなく、医薬品産業の当業者は、本発明の実施に、当産業において確立された1つ又は複数の方法を適用することができる。或いは、本発明の化合物をより適合させるために、当業者は従来の既存の方法を改変してもよい。例えば、米国特許商標庁(USPTO)の公式ウェブサイトが提供する特許又は特許出願のデータベースには、有効な化合物からの医薬製剤及び医薬製品の製造に関する豊富な情報が含まれている。有用な情報源としては、他に、Handbook of Pharmaceutical Manufacturing Formulations(編集:Sarfaraz K.Niazi、販売:Culinary & Hospitality Industry Publications Services)が挙げられる。
【0052】
本願の明細書及び特許請求の範囲において、用語「植物抽出物」とは、植物の構成部分から得られる、天然化合物の混合物であって、全乾燥重量の少なくとも10%が未同定化合物であるものを意味する。すなわち、植物抽出物は、植物から実質的に精製された同定済みの化合物を包含するものではない。用語「医薬品添加物」とは、薬剤に含有される成分のうち、薬理活性を示す成分以外のものを意味する。用語「有効量」とは、治療される個体において治療効果を引き出すのに十分な量を意味する。当業者には理解されることだが、有効量は、治療される疾患の種類、投与経路、添加物の使用、及び他の治療上の処置との併用の可能性によって異なる。当業者であれば、特定状況下の有効量を決定することができる。
【0053】
好適な実施形態に当てはまる本発明の新規な基本的特徴を説明・指摘してきたが、当業者が、本発明の精神から逸脱することなく、例示の実施形態の外形及び細部において、様々な省略、置換及び変更を行うことができることは理解されるであろう。本発明は、例示にすぎない上述の実施形態により限定されるものではなく、添付の特許請求の範囲で規定される保護範囲内で様々な点で改変することができる。
【0054】
参考文献:
1. Orlic,D.et al.Bone marrow cells regenerate infarcted myocardium.Nature 410,701−5(2001).
2. Toma,C.,Pittenger,M.F.,Cahill,K.S.,Byrne,B.J.& Kessler,P.D.Human mesenchymal stem cells differentiate to a cardiomyocyte phenotype in the adult murine heart.Circulation 105,93−8(2002).
3. Tomita,S.et al.Autologous transplantation of bone marrow cells improves damaged heart function.Circulation 100,II247−56(1999).
4. Beltrami,A.P.et al.Evidence that human cardiac myocytes divide after myocardial infarction.N Engl J Med 344,1750−7(2001).
5. Kajstura,J.et al.Myocyte proliferation in end−stage cardiac failure in humans.Proc Natl Acad Sci USA 95,8801−5(1998).
6. Laugwitz,K.L.et al.Postnatal isl1+cardioblasts enter fully differentiated cardiomyocyte lineages.Nature 433,647−53(2005).
7. Leferovich,J.M.et al.Heart regeneration in adult MRL mice.Proc Natl Acad Sci USA 98,9830−5(2001).
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9. Reinecke,H.,Zhang,M.,Bartosek,T.& Murry,C.E.Survival,integration,and differentiation of cardiomyocyte grafts:a study in normal and injured rat hearts.Circulation 100,193−202(1999).
10. Taylor,D.A.et al.Regenerating functional myocardium:improved performance after skeletal myoblast transplantation.Nat Med 4,929−33(1998).
11. Yoo,K.J.et al.Heart cell transplantation improves heart function in dilated cardiomyopathic hamsters.Circulation 102,III204−9(2000).
12. Mangi,A.A.et al.Mesenchymal stem cells modified with Akt prevent remodeling and restore performance of infarcted hearts.Nat Med 9,1195201(2003).
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本発明の化合物の一製造例として、ダイコンソウ(Geum Japonicum)の植物からニガイチゴシド(Niga−ichigoside)Fl(「CMF」と呼ぶ。)を単離するプロセスの概略を示す図である。
【図2】生体外(ex vivo)における、MSCの心原性分化及びリン酸化Akt1発現のアップレギュレーションに対するCMFの効果を示す図である。
【図3】CMFで予備処理したMSCの移植をベースとする処置の治療効果を示す図である。
【図4】ラットの3群(A:標準群、B:CMF処理MSCを移植したMI群、C:CMF未処理MSCを移植したMI群)における、細胞移植2日後及び2週間後の駆出分画(EF)及び内径短縮率(FS)の分布を示す図である。
【図5】心筋梗塞(MI)動物モデルに対するCMFの治療効果を示す図である。
【図6】馴化培地により誘発された、培養MSC増殖亢進及び心筋再生を示す図である。
【図7】MI動物モデルにおけるCMF誘発心筋再生の細胞供給源を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
薬学的に許容可能な添加物と、有効量の、式(I)に示される骨格構造を有する化合物又は前記化合物の機能的誘導体と、を含有し、
植物の抽出物を含有せず、
心臓組織の損傷に起因する心疾患の治療用に製剤化されている医薬組成物。
【化1】

【請求項2】
心臓組織の損傷に起因する心疾患の治療に当該組成物が有用である旨の情報が添付された、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
前記心臓組織の損傷が虚血性心疾患に起因する、請求項2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
医薬品剤形に製剤化され、
容器に収納され、
前記情報が、前記容器に、又は前記容器内に含まれている添付文書若しくはパンフレットに表示されている、請求項3に記載の医薬組成物。
【請求項5】
前記剤形が、錠剤、カプセル剤、注射剤、懸濁剤、液剤、散剤及びシロップ剤からなる群より選択される、請求項4に記載の医薬組成物。
【請求項6】
心筋傷害に罹っている哺乳動物個体の心臓において、筋細胞又は心筋を再生させる方法であって、
請求項1中で規定される式(I)の骨格構造を有する化合物、又は前記化合物の機能的誘導体、を使用するステップを含む方法。
【請求項7】
前記化合物が、置換なしの前記骨格構造自体である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記化合物が、
【化2】


【化3】


【化4】


からなる群より選択される、請求項6に記載の方法。
【請求項9】
前記化合物が、
【化5】


である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記心筋傷害が虚血性イベントに起因する、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記虚血性イベントが心筋梗塞である、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記筋細胞又は心筋が、
(a)筋原性前駆細胞の生存能力を増加させて、前記前駆細胞を、絶対的虚血期間を通じて生存可能にするステップ、
(b)筋傷害が位置する心臓領域において、損傷した血液供給ネットワークを再構成するステップ、及び
(c)心臓の細胞系譜に沿った前記前駆細胞の心筋原性分化効率を高めるステップ、
のうちの1つ又は複数を含むプロセスであって、前記ステップが同時に、又は任意の特定の順序で実施されるプロセス、で再生される、請求項6に記載の方法。
【請求項13】
前記筋原性前駆細胞が、血液循環を介して移動した骨髄由来の間葉系幹細胞である、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記化合物が、置換なしの前記骨格構造自体である、請求項2に記載の医薬組成物。
【請求項15】
前記化合物が、
【化6】


【化7】


【化8】


からなる群より選択される、請求項2に記載の医薬組成物。
【請求項16】
前記化合物が、
【化9】


である、請求項15に記載の医薬組成物。
【請求項17】
請求項1に記載の医薬組成物と、容器と、前記医薬組成物の使用法に関する情報と、を含む医薬製品。
【請求項18】
前記情報が、前記容器の外側表面に示されている医薬製品。
【請求項19】
前記情報が、前記容器内に含まれているパンフレット又は添付文書に示されている医薬製品。
【請求項20】
(a)複数の幹細胞を得るステップと、
(b)前記幹細胞を、前記化合物又は前記機能的誘導体と一定期間接触させるステップと、
(c)前記細胞を、前記哺乳動物個体の梗塞した心臓組織に移植するステップと、
を更に含む、請求項6に記載の方法。
【請求項21】
(a)前記化合物又は前記機能的誘導体を剤形に製剤化するステップと、
(b)前記化合物又は前記機能的誘導体を、前記剤形で前記哺乳動物個体に全身投与するステップと、
を更に含む、請求項6に記載の方法。
【請求項22】
前記剤形が、錠剤、カプセル剤、注射剤、液剤、シロップ剤、懸濁剤及び散剤からなる群より選択される、請求項21に記載の方法。
【請求項23】
(a)複数のMSC又は内皮細胞を、前記化合物又は前記機能的誘導体を含有する培地で一定期間培養するステップと、
(b)前記MSC又は内皮細胞からの分泌タンパク質を含有する前記培地を回収するステップと、
(c)前記培地を梗塞領域内の心臓組織に投与又は送達するステップと、
を更に含む、請求項6に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公表番号】特表2009−520683(P2009−520683A)
【公表日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−529455(P2008−529455)
【出願日】平成18年10月27日(2006.10.27)
【国際出願番号】PCT/CN2006/002885
【国際公開番号】WO2007/048352
【国際公開日】平成19年5月3日(2007.5.3)
【出願人】(507230326)リード ビリオン リミテッド (2)
【Fターム(参考)】