説明

粒子強化アルミ合金複合材料を用いた耐摩環及びそのアルミ合金ピストン、並びにその製造方法

【課題】強度、耐摩耗性、高温特性を向上させると共に切削性を改善した粒子強化アルミ合金複合材料からなる耐摩環を提供する。
【解決手段】アルミ合金からなるピストンのトップリング溝を形成するための耐摩環において、スピネル(MgAl24)粒子またはアルミナ(Al23)粒子で強化したアルミ合金で耐摩環を形成するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミ合金からなるピストンのトップリング溝を形成するための粒子強化アルミ合金複合材料を用いた耐摩環及びそのアルミ合金ピストン、並びにその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
セラミックス粒子強化アルミニウム複合材料はアルミニウム合金より優れた強度、耐摩耗性、弾性率と耐熱性を有しているため、自動車エンジンの部品として非常に有望である。
【0003】
自動車エンジンのピストンのような部品は、従来、鋳鉄やスチールなどの材料が使われてきたが、軽量化のためアルミ合金製のピストンに変わってきた。一方、エンジンの高出力化に伴い、エンジンは高温の燃焼温度にさらされ、ピストンリングを装着するためのピストンリング溝は硬度の高いピストンリングの端面で叩きを受けるので、通常のアルミ合金ではピストンリング溝の摩耗や変形が生じるおそれがある。特にディーゼルエンジンのトップリングの溝は、燃焼圧の直接作用でピストンリングの繰り返し衝撃で激しい摩耗が生じ、ガス漏れやオイル漏れが生じると、エンジンの出力低下を来すこととなる。このように、通常のアルミ合金の耐熱性や耐摩耗性がまだ十分でないため、アルミ合金製のピストンのトップリング溝の部分に鋳鉄製の耐摩環やアルミナ短繊維のプリフォームを使って部分的に強化している。
【0004】
アルミナ短繊維を使う場合、予めアルミナ短繊維のプリフォームを作製し、その後金型にセットし、圧力鋳造法で高圧で溶湯アルミ合金をプリフォームの中に圧入することによりアルミナ短繊維強化アルミ合金のピストンが製造されている。
【0005】
この工法は耐熱性のよいピストンが製造されているが、圧力鋳造設備を使用するため、生産性がよくない。また、鋳鉄製の耐摩環をアルミ合金に鋳包むと、良好な耐摩耗性を有するが、鋳鉄とアルミの熱膨張係数差や反応性等で熱処理温度が制限される。例えば、AC8A(JIS規格)ベースの合金に鋳鉄製の耐摩環を鋳包むと、T6処理(溶体化処理510℃×4時間、時効硬化処理170℃×10時間)ができなくなり、T5処理(時効硬化処理のみ200℃×4時間)を行っている。T5で熱処理したAC8A合金の引張強度は260MPa程度で、T6で熱処理した材料の335MPaより低い。
【0006】
特許文献1ではSiC粒子を含有したアルミ合金複合材料の耐摩環をピストントップリング溝に鋳包んだピストンが提案され、アルミ合金の耐摩耗性と耐凝着性の問題を解決した。この特許文献1では、SiC粒子を含有したアルミ合金複合材をリング状に成形し、このリング状の成形体をピストンの鋳造と共に鋳込んだ後、そのリング状の成形体を切削加工して、ピストン本体にトップリング溝を有する耐摩環を形成している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特願平7−245645号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、SiC粒子は元々研磨剤として使われている材料であり、非常に硬いので、SiC粒子の添加で切削性が悪くなるおそれがある。また、鋳鉄製の耐摩環は鋳造前に予めリング溝を切削加工する必要はないものの、上述の熱処理が行えず、耐摩環を鋳込んだピストンの強度が劣る問題がある。
【0009】
そこで本発明の目的は、上記課題を解決し、強度、耐摩耗性、高温特性を向上させると共に切削性を改善した粒子強化アルミ合金複合材料からなる耐摩環及びそのアルミ合金ピストン、並びにその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成すべく請求項1の発明は、アルミ合金からなるピストンのトップリング溝を形成するための耐摩環において、スピネル(MgAl24)粒子またはアルミナ(Al23)粒子で強化したアルミ合金で耐摩環を形成することを特徴とする粒子強化アルミ合金複合材料を用いた耐摩環である。
【0011】
請求項2の発明は、前記耐摩環を形成するアルミ合金は、ピストンと同種のアルミ合金を用いる請求項1に記載の粒子強化アルミ合金複合材料を用いた耐摩環である。
【0012】
請求項3の発明は、アルミ合金からなるピストンのトップリング溝を形成するための耐摩環を、スピネル(MgAl24)粒子またはアルミナ(Al23)粒子で強化したアルミ合金で形成し、これをピストンに鋳包んだことを特徴とするアルミ合金ピストンである。
【0013】
請求項4の発明は、アルミ合金からなるピストンのトップリング溝を形成するための耐摩環の製造方法において、アルミ合金にスピネル(MgAl24)粒子またはアルミナ(Al23)粒子を分散させ、この粒子で強化したアルミ合金複合材料で耐摩環を形成することを特徴とする粒子強化アルミ合金複合材料を用いた耐摩環の製造方法である。
【0014】
請求項5の発明は、アルミ合金からなるピストンのトップリング溝を形成するための耐摩環の製造方法において、アルミ合金にスピネル(MgAl24)粒子またはアルミナ(Al23)粒子を分散させ、この粒子で強化したアルミ合金複合材料で耐摩環を形成し、これをピストンの鋳造と共に鋳包んだことを特徴とするアルミ合金ピストンの製造方法である。
【0015】
請求項6の発明は、前記耐摩環を200℃〜515℃に予熱してから鋳包む請求項5に記載のアルミ合金ピストンの製造方法である。
【0016】
請求項7の発明は、鋳造後のピストンをT5またはT6で熱処理する請求項5または6に記載のアルミ合金ピストンの製造方法である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、強度、耐摩耗性、高温特性を向上させると共に切削性を改善した粒子強化アルミ合金複合材料からなる耐摩環を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明及び従来におけるピストンに鋳包まれる耐摩環を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の好適な一実施の形態を添付図面に基づいて詳述する。
【0020】
先ず、耐摩環2は、図1に示すように、断面コ字状に形成され、そのピストンリング溝3がピストン本体1の外周に位置するようにピストン本体1の鋳造時に鋳包まれるものである。
【0021】
本発明はスピネル(MgAl24)粒子またはアルミナ(Al23)粒子で強化したアルミ合金複合材料を用いた耐摩環(以下、単に耐摩環ともいう)、スピネル粒子またはアルミナ粒子で強化したアルミ合金複合材料を用いた耐摩環の製造方法、ピストンのトップリング溝に相当する位置にスピネル粒子またはアルミナ粒子で強化したアルミ合金複合材料からなる耐摩環を鋳包んだアルミ合金ピストン、ピストンのトップリング溝に相当する位置にスピネル粒子またはアルミナ粒子で強化したアルミ合金複合材料からなる耐摩環を鋳包んだアルミ合金ピストンの製造方法、スピネル粒子またはアルミナ粒子で強化したアルミ合金複合材料からなる耐摩環を鋳包んだアルミ合金ピストンの熱処理方法から構成されている。
【0022】
スピネル粒子またはアルミナ粒子で強化したアルミ合金複合材料を用いた耐摩環は、攪拌法で溶湯アルミ合金にスピネル粒子またはアルミナ粒子を分散させることにより作製される。使用されるアルミ合金はAC8Aベースの合金である。鋳造後、押し出しなどのような塑性加工を施すと、より強度の高い耐摩環が作られるので、さらに好ましい。スピネル粒子とアルミナ粒子はそれぞれ単独で使ってもよいが、混ぜて使用してもよい。また、アルミナ粒子を添加する場合、アルミナ粒子と合金中のMgが反応するので、反応によるMgの減少分を補う必要がある。
【0023】
溶湯アルミ合金に粒子を添加する場合、攪拌法で高温のアルミ合金に添加する溶湯攪拌法があるが、半凝固のアルミ合金に攪拌して添加する半凝固攪拌法もある。半凝固攪拌法を用いると、粒子をより均一にマトリックス合金中に分散できる。
【0024】
攪拌法で粒子をアルミ合金に分散した後、重力鋳造法または圧力鋳造法で鋳込んだ後、冷却後、機械加工して耐摩環として使っても良いが、重力鋳造後、冷間プレスや熱間プレスなどのような塑性加工工程を施してから使っても良い。
【0025】
アルミ合金のピストンにスピネル粒子またはアルミナ粒子で強化したアルミ合金複合材料を用いた耐摩環を鋳包むには、まず耐摩環を予熱する必要がある。予熱温度は200℃〜515℃の範囲で行う。予熱温度が高くなるにつれ、耐摩環とアルミ合金の界面結合が強くなるが、温度が高すぎると、耐摩環の表面に酸化膜が生じるので、逆に界面での結合が弱くなる。
【0026】
予熱した耐摩環を型にセットしてから、溶湯アルミ合金を鋳込むことによりピストンのトップリング溝に相当する位置に粒子強化アルミ合金複合材料からなる耐摩環を鋳包んだアルミ合金ピストンが得られる。その後、T5またはT6の熱処理条件にてこのピストンを熱処理する。粒子強化アルミ合金複合材料からなる耐摩環に使っているアルミ合金はピストンの合金と同じ合金を使用するので、T5熱処理はもちろん、T6条件で熱処理が可能になるので、ピストンの強度が熱処理により向上できる。
【0027】
この本発明の耐摩環は、予め断面コ字状に鋳造しても、鋳造後に断面コ字状に機械加工してもよく、また、ピストンに鋳込んだ後に切削加工で断面コ字状に形成しても、いずれでもよい。
【0028】
以上要するに本発明によれば、アルミ合金からなるピストンのトップリング溝を形成するための耐摩環を、スピネル(MgAl24)粒子またはアルミナ(Al23)粒子で強化して形成しているため、ピストンの強度、耐摩耗性、高温特性が向上すると共に、従来問題となっていた難切削性が改善され、高圧力のエンジンのピストンに応用できる。
【実施例】
【0029】
(実施例1)
溶湯攪拌法で730℃の溶湯アルミニウム合金(AC8A)を攪拌しながらスピネル粒子(平均粒径10ミクロン、10mass%)をアルミ合金に添加し、その後圧力鋳造にてリング状の耐摩環を作製した。アルミ複合材料耐摩環を400℃に加熱した後、ピストン鋳造用の型にセットし、ピストントップリング溝に耐摩環として鋳包んだ。鋳造後、T6(510℃×4h、175℃×10h)で熱処理を行った。ピストンの評価はディーゼルエンジンにて行った。200hの実機テストを行った後、トップリング溝の摩耗量を評価した結果、摩耗量は観察されなかった。
【0030】
(実施例2)
半凝固攪拌法で560℃のアルミニウム合金(AC8A)を攪拌しながらアルミナ粒子(平均粒径10ミクロン、10mass%)と適量のマグネシウムをアルミ合金に添加し、円柱状の金型に鋳込んだ。その後、円柱体のアルミ複合材料を450℃に予熱し、押し出し成形により、パイプ状のアルミ複合材料に加工し、その後更に機械加工によりリングのアルミ複合材料耐摩環を作製した。その耐摩環を400℃に加熱した後、ピストン鋳造用の型にセットし、ピストントップリング溝に耐摩環として鋳包んだ。その後、T5(300℃×4h)で熱処理を行った。ピストンの評価はディーゼルエンジンにて行った。200hの実機テストを行った後、トップリング溝の摩耗量を評価した結果、摩耗が観察されなかった。
【0031】
一方、アルミ複合材料耐摩環を鋳包んでいなかった通常のアルミ合金ピストンでは、同じ時間の実機テスト後、その摩耗量は10ミクロンで、摩耗が激しかった。
【符号の説明】
【0032】
1 ピストン本体
2 耐摩環
3 トップリング溝

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミ合金からなるピストンのトップリング溝を形成するための耐摩環において、スピネル(MgAl24)粒子またはアルミナ(Al23)粒子で強化したアルミ合金で耐摩環を形成することを特徴とする粒子強化アルミ合金複合材料を用いた耐摩環。
【請求項2】
前記耐摩環を形成するアルミ合金は、ピストンと同種のアルミ合金を用いる請求項1に記載の粒子強化アルミ合金複合材料を用いた耐摩環。
【請求項3】
アルミ合金からなるピストンのトップリング溝を形成するための耐摩環を、スピネル(MgAl24)粒子またはアルミナ(Al23)粒子で強化したアルミ合金で形成し、これをピストンに鋳包んだことを特徴とするアルミ合金ピストン。
【請求項4】
アルミ合金からなるピストンのトップリング溝を形成するための耐摩環の製造方法において、アルミ合金にスピネル(MgAl24)粒子またはアルミナ(Al23)粒子を分散させ、この粒子で強化したアルミ合金複合材料で耐摩環を形成することを特徴とする粒子強化アルミ合金複合材料を用いた耐摩環の製造方法。
【請求項5】
アルミ合金からなるピストンのトップリング溝を形成するための耐摩環の製造方法において、アルミ合金にスピネル(MgAl24)粒子またはアルミナ(Al23)粒子を分散させ、この粒子で強化したアルミ合金複合材料で耐摩環を形成し、これをピストンの鋳造と共に鋳包んだことを特徴とするアルミ合金ピストンの製造方法。
【請求項6】
前記耐摩環を200℃〜515℃に予熱してから鋳包む請求項5に記載のアルミ合金ピストンの製造方法。
【請求項7】
鋳造後のピストンをT5またはT6で熱処理する請求項5または6に記載のアルミ合金ピストンの製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−190719(P2011−190719A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−56114(P2010−56114)
【出願日】平成22年3月12日(2010.3.12)
【出願人】(000000170)いすゞ自動車株式会社 (1,721)
【Fターム(参考)】