説明

終減速装置の潤滑構造

【課題】簡単な構成で潤滑油の油面を下げ、デフリングギヤが潤滑油から受ける撹拌抵抗を低減する終減速装置の潤滑構造を提供する。
【解決手段】入力軸25に連結するデフリングギヤ2と、ドライブシャフト12と一体に回転するサイドギヤ4及びサイドギヤ4と噛合するピニオンギヤ5を収納するギヤ収納室6を有し、デフリングギヤ2と一体に回転するデフケース3と、を備え、デフリングギヤ2の内部に、ギヤ収納室6と連通し、ギヤ収納室6からの潤滑油を貯溜する貯溜室33が形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、終減速装置の潤滑構造に関する。
【背景技術】
【0002】
四輪車のうち後輪駆動車用の終減速装置は、一般に、推進軸(プロペラシャフト)の動力が入力されるドライブピニオン軸と、ドライブピニオン軸のギヤが噛合するデフリングギヤ(大歯車)とを備えて構成され、動力はドライブピニオン軸からデフリングギヤに伝達する際に減速される。そして、この動力は、デフリングギヤからデフ装置(差動装置)を介して、左右のドライブシャフト(車軸)に伝達される。
【0003】
デフリングギヤは、例えば、デフ装置を構成するデフケースにボルト締結され、デフ装置と共にハウジングに収容される。なお、デフリングギヤの一部は、キャリア内で潤滑油が溜まることで形成された潤滑油溜まりに浸漬した状態とされる。
【0004】
これに対して、ドライブピニオン軸は、高さ方向において、デフリングギヤよりも低い位置に配置され、2つの軸受にて回転自在に支持された構成とされる。そして、一般に、終減速装置は、ドライブシャフトの中心から前方上向きに傾斜した状態とされるので、ドライブピニオン軸の前記軸受は、前記潤滑油溜まりの油面よりも高い位置となる。よって、この軸受には潤滑油が行き届かない可能性がある。
【0005】
そこで、この対策として、ハウジングの前方で、かつ、ドライブピニオン軸を支持する軸受の近傍で、デフリングギヤが掻き上げた潤滑油を一時的に貯溜し、前記軸受に供給する技術が提案されている(特許文献1〜2参照)。そして、このように軸受の近傍で潤滑油が貯溜されるので、前記潤滑油溜まりの油面が下がり、回転するデフリングギヤが油面を叩くことが少なくなる。これにより、潤滑油の温度(油温)の上昇を抑えつつ、デフリングギヤが潤滑油溜まりから受ける回転抵抗を低減させ、燃費を向上させている。
【0006】
一方、前輪駆動車用の終減速装置は、トランスアクスル装置の一部として、トランスアクスル装置の内部に変速装置と共に配置される。この終減速装置は変速ギヤ列と平行に配置され、前輪と近い高さに配置されることが望ましいので、トランスアクスル装置の内部において最も低い位置に配置されることが多い。
【0007】
このような終減速装置では、車両が長時間停止後に走行開始した場合も、潤滑が必要な部位(ピニオンギヤとサイドギヤの噛合部、軸受等)に、潤滑油を供給する必要があるので、ハウジング内に、ある程度の油量が必要となる。そのため、終減速装置のデフリングギヤが、潤滑油に浸漬した状態で回転することになり、後輪駆動車用の終減速装置と同様に、油温の上昇や回転抵抗の増大等の問題を抱えることになる。
【0008】
また、トランスアクスル装置(前輪駆動車用の終減速装置)では、前記した後輪駆動用の終減速装置と異なり、デフリングギヤの掻き上げた潤滑油を貯溜するオイル溜りを形成するのがスペース的に困難な場合が多い。さらに、貯溜した潤滑油を潤滑が必要な部位に供給し、潤滑後はハウジングの底部に戻す必要があるため、ハウジングの形状や変速ギヤの配列等に制約が生じる場合もある(特許文献3〜5参照)。
【0009】
そこで、特許文献6では、カバー部材によって回転するデフケース及びデフリングギヤの回転抵抗を低減することより、デフリングギヤの撹拌抵抗を抑制する技術が提案されている(特許文献6参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特公昭61−40863号公報
【特許文献2】実開昭63−91754号公報
【特許文献3】特開2005−201316号公報
【特許文献4】特開2007−57093号公報
【特許文献5】特開2009−127772号公報
【特許文献6】実開平5−42811号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、特許文献6の技術では、カバー部材のコスト、カバーを取り付けるためのギヤへの加工コスト及び取り付けコストが発生してしまう。
【0012】
そこで、本発明は、簡単な構成で潤滑油の油面を下げ、デフリングギヤが潤滑油から受ける撹拌抵抗を低減する終減速装置の潤滑構造を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記課題を解決するための手段として、本発明は、入力軸に連結するデフリングギヤと、ドライブシャフトと一体に回転するサイドギヤ及び当該サイドギヤと噛合するピニオンギヤを収納するギヤ収納室を有し、前記デフリングギヤと一体に回転するデフケースと、を備え、前記デフリングギヤの内部に、前記ギヤ収納室と連通し、前記ギヤ収納室からの潤滑油を貯溜する貯溜室が形成されていることを特徴とする終減速装置の潤滑構造である。
【0014】
このような構成によれば、デフケースが回転すると、例えば、デフケースの後記する螺旋溝を通って、潤滑油がギヤ収納室に取り込まれる。そして、デフリングギヤの内部の貯溜室はギヤ収納室と連通しているので、ギヤ収納室の潤滑油の一部は、貯溜室に流れ込み、貯溜室に貯溜される。
【0015】
ここで、潤滑油はある程度の粘性を有するので、潤滑油にはデフリングギヤ及びデフケースの回転により遠心力(径方向外向きの力)が作用し、潤滑油は貯溜室を囲む壁面のうちの径方向内側面に沿って略環状で貯溜され続ける。よって、デフリングギヤの貯溜室における回転時の潤滑油の貯溜量は、非回転時(停止時、静止時)よりも次第に多くなる。
【0016】
そうすると、デフケース外であってハウジング内に形成される潤滑油溜まりの油面が下がり、回転するデフリングギヤの浸漬量(浸漬長さ)が小さくなる。これにより、デフリングギヤが潤滑油溜りから受ける撹拌抵抗が低減される。
なお、デフリングギヤの内部に貯溜室を形成し、この貯溜室とギヤ収納室とを連通させる簡単な構成であるので、部品点数を増加させず、終減速装置を容易に製造できる。
【0017】
また、終減速装置の潤滑構造において、前記貯溜室は、前記デフリングギヤの軸回り360°にわたって前記ギヤ収納室に連通する環状の空間であることが好ましい。
【0018】
このような構成によれば、潤滑油がギヤ収納室から貯溜室にスムーズに流れ込むことができる。
【0019】
また、終減速装置の潤滑構造において、前記デフリングギヤと前記デフケースとは鋳造により一体成形されていることが好ましい。
【0020】
このような構成によれば、貯溜室を鋳造時に中子等によって形成することができ、別途の機械加工工程を要することがなくなり、製造コストを抑えることができる。デフリングギヤとデフケースとが一体であることにより、部品点数が削減される。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、簡単な構成で潤滑油の油面を下げ、デフリングギヤが潤滑油から受ける撹拌抵抗を低減する終減速装置の潤滑構造を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】(a)は終減速装置を模式的に示した構成図であり、(b)は車幅方向から見た終減速装置における入力軸と出力軸の位置関係を示す概略説明図である。
【図2】本実施形態に係る終減速装置の図1(b)のA−A線断面図であり、デフリングギヤ及びデフケースの非回転時(停止時)を示している。
【図3】本実施形態に係る終減速装置の図1(b)のA−A線断面図であり、デフリングギヤ及びデフケースの回転時を示している。
【発明を実施するための形態】
【0023】
≪終減速装置の構成≫
本発明の一実施形態について、図1〜図3を参照して説明する。なお、ここでは、本発明に係る潤滑構造を電動機により駆動される終減速装置に適用した形態について説明する。つまり、適用箇所がこれに限定されることはない。
【0024】
図1(a)は、終減速装置を模式的に示した構成図である。図1(a)に示すように、終減速装置1は、減速装置と差動装置とを備えている。
【0025】
図2において、終減速装置1は、例えば電動機Eの出力軸に連結する入力軸25上に形成された入力ギヤ24と、入力ギヤ24に噛合するアイドラドリブンギヤ23と、アイドラドリブンギヤ23と一体に回転する中間軸21と、中間軸21上に形成されたアイドラドライブギヤ22と噛合しドライブシャフト12と同軸に軸支されたデフリングギヤ2と、デフリングギヤ2と一体に形成された差動装置とから構成されている。
なお、図2、図3は概ね図1(b)におけるA−A線に沿った断面図として示されている。
【0026】
このような終減速装置1は、概ね図1(b)に示すように、車幅方向から見て、終減速装置1のハウジング58内に入力軸25と中間軸21と差動装置が略水平に並んでいる。
【0027】
図2に示すように、終減速装置1は、電動機E(図1(a)参照)に中間軸21を介して連結するデフリングギヤ2と、デフリングギヤ2と一体に回転するデフケース3と、を備えている。デフケース3は、その内部にギヤ収納室6を有しており、ギヤ収納室6は、ドライブシャフト12と一体に回転するサイドギヤ4と、サイドギヤ4に噛合するピニオンギヤ5とを収納している。
【0028】
このようなデフケース3は、ギヤ収納室6を構成して車幅方向を回転軸Oとして回転する略球殻形状のシェル部7と、回転軸Oを軸心としてシェル部7の車幅方向両端に形成された一対の円筒形状のボス部8と、を備えている。ギヤ収納室6には、回転軸Oとの直交面に沿うようにしてピニオンシャフト9が配置されている。ピニオンシャフト9の両端はシェル部7に形成されたシャフト取付孔10に差し込まれ、一方のシャフト取付孔10において固定ピン11によりピニオンシャフト9とシェル部7とが一体化されている。
【0029】
また、シェル部7には、周方向に所定間隔で図示しない排出孔(窓とも称される)が形成されている。そして、ギヤ収納室6の潤滑油が前記排出孔を通ってデフケース3外に排出され、ギヤ収納室6における潤滑油が適量となるように設計されている。
【0030】
ピニオンシャフト9の両端寄りにはピニオンギヤ5がピニオンシャフト9に対し回転自在に取り付けられている。各ボス部8にはドライブシャフト12が挿入され、ギヤ収納室6において、ドライブシャフト12の端部にスプライン結合によりドライブシャフト12と一体回転かつ回転軸Oに沿って摺動可能にサイドギヤ4が取り付けられている。
【0031】
サイドギヤ4の背面とギヤ収納室6の内面との間にはスラストワッシャ13が介設されている。ボス部8の内周面には、ドライブシャフト12が前進回転方向に回転したときにドライブシャフト12の表面上の潤滑油をギヤ収納室6側に導くための螺旋溝14が形成されている。
【0032】
デフケース3は各ボス部8にて軸受15によりハウジング58に回転自在に支承されている。
【0033】
ハウジング58におけるドライブシャフト12の挿通孔とドライブシャフト12との間にはシール部材17が介設されている。そして、シール部材17と前記軸受15との間において、ハウジング58には、シール部材17が取り付けられるドライブシャフト12の挿通孔の径よりも大径の空間である油路空間18が形成されている。そして、ハウジング58の内壁を伝って落ちる潤滑油の一部は油路空間18を経由し前記螺旋溝14を通ってギヤ収納室6に向かい、サイドギヤ4とピニオンギヤ5との噛合部19に供給されるようになっている。
【0034】
デフケース3のシェル部7の回転軸O方向一方寄りには、デフケース3と一体となって回転軸O回りに回転し、デフケース3よりも大径のデフリングギヤ2が設けられている。本実施形態では、デフリングギヤ2とデフケース3とは、一体成形により形成されており、デフリングギヤ2は回転軸Oとの直交面に沿って延在し、その外周部に歯が形成されている。なお、このように一体であるので、部品点数が削減されている。
【0035】
詳細には、本実施形態では、デフリングギヤ2及びデフケース3は、鋳造により一体成形されている。これにより、貯溜室33を鋳造時に中子等によって形成することができ、別途の機械加工工程を要することがなくなり、製造コストを抑えることができる。
【0036】
なお、鋳鉄として、例えば熱処理により疲労強度を向上させた球状黒鉛鋳鉄を用いることができる。このように球状黒鉛鋳鉄を用いれば、大きな貯溜室33を形成する場合であっても、デフリングギヤ2の強度を確保できる。すなわち、貯溜室33をデフリングギヤ2の歯の根元近傍まで形成することにより、貯溜室33内の潤滑油の貯留量を確保しつつ、デフリングギヤ2の強度の確保の両立を図ることができる。球状黒鉛鋳鉄の熱処理手法としては例えば特公昭61−19698号公報、特許第3723706号等に記載されたものを好適に利用することができる。
【0037】
デフリングギヤ2の内部には、ギヤ収納室6からの潤滑油を貯溜する環状の貯溜室33が形成されている。すなわち、貯溜室33は、デフリングギヤ2の軸回り(回転軸Oの軸周り)360°にわたってギヤ収納室6に連通する環状の空間である。
【0038】
なお、デフリングギヤ2及びデフケース3の非回転時、ハウジング58の底部に溜まる潤滑油の油面Hは、デフケース3の外周面下部に接する程度に設定され、潤滑油は貯溜室33にも溜まっている。
【0039】
デフリングギヤ2の略水平位置には、回転軸Oと平行に中間軸21が配置されている(図1(b)参照)。中間軸21は両端が開口した筒状の軸部材からなり、外周上にアイドラドライブギヤ22及びアイドラドリブンギヤ23が設けられている。アイドラドライブギヤ22はデフリングギヤ2と噛合し、アイドラドリブンギヤ23は入力軸25の入力ギヤ24に噛合している。
【0040】
中間軸21は両端において軸受26、27に支承され、入力軸25は軸受30、31に支承されている。各軸受26、27、31とハウジング58の内面との間にはそれぞれ油路空間28、29、32が形成されている。
【0041】
≪終減速装置の動作・効果≫
次に、終減速装置1の動作・効果を説明する。
電動機Eからの回転入力により中間軸21を介してデフリングギヤ2及びデフケース3が一体に回転すると、ハウジング58の内壁を伝って落ちる潤滑油の一部は油路空間18を経由し螺旋溝14を通ってデフケース3のギヤ収納室6に供給される。
【0042】
ギヤ収納室6に流れ込んだ潤滑油の一部は、遠心力の作用により、貯溜室33に流れ込む。そして、潤滑油は、遠心力の作用により、貯溜室33を囲む壁面のうちの径方向内側面34に沿って略環状で貯溜する(図3参照)。なお、潤滑油の粘度が高くなるにつれて、貯溜室33において軸方向視で環状にて貯溜する潤滑油の貯溜深さが大きくなる。
【0043】
その後も、潤滑油がギヤ収納室6から環状の貯溜室33に流れ込み、貯溜室33における潤滑油が増加する。そうすると、デフリングギヤ2及びデフケース3外であって、ハウジング58内の潤滑油の量が少なくなり、その結果、潤滑油の油面Hが下がる。
【0044】
これにより、デフリングギヤ2の浸漬量(浸漬長さ)が小さくなる。したがって、デフリングギヤ2が潤滑油溜りから受ける撹拌抵抗が低減される。よって、潤滑油の温度が上昇し難くなり、また、燃費も向上する。
【0045】
≪変形例≫
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明はこれに限定されず、例えば、次のように変更してもよい。
前記した実施形態では、デフリングギヤ2とデフケース3とが一体で成型された鋳造品である構成を例示したが、別部品である構成でもよい。
【符号の説明】
【0046】
1 終減速装置
2 デフリングギヤ
3 デフケース
4 サイドギヤ
5 ピニオンギヤ
6 ギヤ収納室
12 ドライブシャフト
25 入力軸
33 貯溜室
58 ハウジング
H 油面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力軸に連結するデフリングギヤと、
ドライブシャフトと一体に回転するサイドギヤ及び当該サイドギヤと噛合するピニオンギヤを収納するギヤ収納室を有し、前記デフリングギヤと一体に回転するデフケースと、
を備え、
前記デフリングギヤの内部に、前記ギヤ収納室と連通し、前記ギヤ収納室からの潤滑油を貯溜する貯溜室が形成されている
ことを特徴とする終減速装置の潤滑構造。
【請求項2】
前記貯溜室は、前記デフリングギヤの軸回り360°にわたって前記ギヤ収納室に連通する環状の空間である
ことを特徴とする請求項1に記載の終減速装置の潤滑構造。
【請求項3】
前記デフリングギヤと前記デフケースとは鋳造により一体成形されている
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の終減速装置の潤滑構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−60978(P2013−60978A)
【公開日】平成25年4月4日(2013.4.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−198364(P2011−198364)
【出願日】平成23年9月12日(2011.9.12)
【出願人】(000146010)株式会社ショーワ (715)
【Fターム(参考)】