説明

継手強度に優れたアークスポット溶接継手およびその製造方法

【課題】高い十字引張強さおよびせん断引張強さの両方を確保することができ、継手強度に優れたアークスポット溶接継手およびその製造方法を提供する。
【解決手段】鋼板成分中の炭素量が0.07質量%以上とされた高張力鋼板1が2枚重ね合わせられ、アークスポット溶接によって平面視略円形状の溶接ビード3が形成されてなり、第2鋼板1Bの裏面1d側まで溶融して形成され、且つ、第1鋼板Aおよび第2鋼板Bの各表面から突出するように形成された溶接ビード3の、第1鋼板1Aの表面1aにおけるビード径をW1(mm)、第2鋼板1Bの裏面1dにおけるビード径をW2(mm)、高張力鋼板1(1A、1B)の板厚をt(mm)とした際、ビード径W1、W2および板厚tの各々の関係を適正範囲に規定し、さらに、母材硬度Hv(BM)と溶接ビードの溶接金属硬度Hv(WM)との関係を適正範囲に規定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アークスポット溶接継手およびその製造方法に関するものであり、特に、高張力鋼板を2枚重ねとしてアークスポット溶接することで得られる、継手強度に優れたアークスポット溶接継手およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車分野においては、低燃費化や炭酸ガス(CO)の排出量削減を目的とした車体の軽量化および衝突安全性向上のために、薄い板厚であっても高い引張強度が得られる高張力鋼板(High Tensile Strength Steel)を車体や部品に使用するニーズが高まっている。このような高張力鋼板を用いて自動車部材を設計することで、同じ強度を確保するにあたり、一般の鋼板を用いる場合に比べて薄肉化できるため、車体やフレーム等の各種構造部材を軽量化することが可能となる。また、高張力鋼板は比強度が一般的な鋼板よりも大きいため、アルミニウム合金板を用いた場合に比べても、より軽量化を図ることが可能であるとともに、低コストであるというメリットがある。一方、車体の組立や部品の取付け等の工程においては、主としてスポット溶接が用いられている(例えば、特許文献1〜3を参照)。
【0003】
しかしながら、高張力鋼板をスポット溶接した場合には、以下のような問題が生じる。
スポット溶接部の品質指標としては、引張強さ(静的強度)と疲労強度等が挙げられる。このような溶接継手の引張強さには、せん断方向に引張荷重を負荷して測定する引張せん断強さ(TSS)と、剥離方向に引張荷重を負荷して測定する十字引張強さ(CTS)がある。ここで、従来、鋼板強度が980MPaクラス以上である高張力鋼板をスポット溶接した場合、母材の焼き入れ性向上に伴ってスポット溶接部(溶接金属)の靱性や延性の低下が生じ、また高張力鋼板は加工硬化係数が小さい故に応力集中しやすいことが知られている。また、スポット溶接法は、重ね合わされた鋼板を両面側から電極で挟み込む方法のため、溶接金属を挟んで鋼板が、周囲に比べて、薄くなる。このように、周囲に比べて部分的に薄い形状が顕著になると、荷重負荷に対して応力レベルが上昇してしまう。これらが重畳するため、高張力鋼板をスポット溶接によって接合した場合には、溶接部の十字引張強さが低下するという問題がある。
【0004】
図5のグラフに、高張力鋼板の引張強さ(母材)と、スポット溶接継手の十字引張強さおよびせん断引張強さとの関係を示す。図5中に示すように、スポット溶接継手のせん断引張強さは、鋼板の引張強さの上昇に伴って向上する。これに対し、スポット溶接継手の十字引張強さは、鋼板の引張強さが590MPa前後で飽和し、鋼板の引張強さがそれ以上となるに連れて、逆に、低下する特性となっていることがわかる。
【0005】
ここで、例えば、スポット溶接機の電極に大型先端径のものを用いて電流を高めることによって、より大きなナゲット径のスポット溶接部を形成することで、継手強度を高めることも考えられる。しかしながら、一般に、高張力鋼板が用いられる自動車部材等の工程においては、部材の形状やサイズ、板厚、装置の電源容量による制限から、大型先端径の電極と高電流を採用することは実用的でないという問題があった。
【0006】
また、一般的な引張強度を有する鋼板をスポット溶接するにあたり、アーク溶接によって溶接ビードを形成することで重ね合わせた鋼板同士を接合するアークスポット溶接法を用いる方法が提案されている(例えば、特許文献4、5を参照)。特許文献4、5に記載されたアークスポット溶接法は、工程時間が若干長くなるものの、鋼板の両面側から電極を圧接させるスポット溶接法に対し、鋼板の片面側から溶接することができることから、大型の部材や複雑な形状を有する部材等の溶接に対応できるというメリットを有する。
【0007】
しかしながら、特許文献4に記載の方法は、一般的な引張強度特性を有する外観の美麗な亜鉛めっき鋼板をアークスポット溶接する際に、溶接熱で気化した亜鉛ガスが溶接金属中に残存したブローホール等の溶接欠陥を抑制するものである。このため、特許文献4に記載の方法を適用して高張力鋼板をアークスポット溶接した場合でも、上述したような、溶接部の靱性低下に伴う十字引張強さの低下を防止することは困難である。
【0008】
また、特許文献5に記載の方法は、亜鉛めっき等の表面処理が施された鋼板をアークスポット溶接するにあたり、それぞれ溶接条件の異なる表面処理材料除去工程と本溶接工程と備えることで、めっき材料等の蒸気を排出した後、本溶接を行うものである。特許文献5によれば、上記工程を採用することで、めっき処理が施された鋼板をアークスポット溶接する際の溶接性低下を抑制し、安定的に溶接できるとされている。しかしながら、特許文献5に記載の方法を適用して高張力鋼板をアークスポット溶接した場合でも、特許文献4と同様、溶接部の靱性低下に伴う十字引張強さの低下を防止することは困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平11−279682号公報
【特許文献2】特公平6−45827号公報
【特許文献3】特開2002−103048号公報
【特許文献4】特開2001−121262号公報
【特許文献5】特開平7−266055号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述のように、引張強さが980MPa以上の高張力鋼板を従来のスポット溶接法で溶接した場合には、高い継手強度が得られ難く、また、適用可能な部材の形状やサイズが制限されるという問題があった。また、引張強さが980MPa以上の高張力鋼板の重ね合わせ溶接に従来のアークスポット溶接法を適用した場合にも、上記同様、高い継手強度が得られ難いという問題があった。
【0011】
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであり、高張力鋼板を重ね合わせてアークスポット溶接することで得られるアークスポット溶接継手において、高い十字引張強さおよびせん断引張強さの両方を確保することができるとともに、各種形状やサイズの部材に適用可能で、継手強度に優れたアークスポット溶接継手およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者等が上記問題を解決するために鋭意研究したところ、高張力鋼板が重ね合わせられてアークスポット溶接された継手において、まず、重ね合わせられた高張力鋼板の裏面側まで溶融させることで、周囲よりも厚くなるようにするとともに、高張力鋼板の板厚と2枚の各鋼板の表面における溶接ビードのビード径との関係を適正範囲に制御することで、継手全体の強度が向上できることを知見した。さらに、高張力鋼板の母材硬度と溶接金属硬度との関係を適正範囲に制御することすることにより、溶接金属の強度が確保でき、高い十字引張強さが得られ、継手強度に優れたアークスポット溶接継手が得られることを見出し、本発明を完成させた。
即ち、本発明の要旨は以下のとおりである。
【0013】
[1] 鋼板成分中の炭素量が0.07質量%以上とされた高張力鋼板が2枚重ね合わせられ、アークスポット溶接によって平面視略円形状の溶接ビードが形成されてなるアークスポット溶接継手であって、前記高張力鋼板の内、アークが照射される側を第1鋼板、他方を第2鋼板とし、該第2鋼板の裏面側まで溶融して形成され、且つ、前記第1鋼板および前記第2鋼板の各表面から突出するように形成された溶接ビードの、前記第1鋼板の表面におけるビード径をW1(mm)、前記第2鋼板の裏面におけるビード径をW2(mm)、前記高張力鋼板の板厚をt(mm)とした際、ビード径W1、W2および板厚tの各々の関係が、下記(1)〜(3)を満たし、さらに、前記高張力鋼板の母材硬度Hv(BM)と前記溶接ビード(溶接金属)の硬度Hv(WM)との関係が、下記(4)式を満たすことを特徴とする、継手強度に優れたアークスポット溶接継手。
2t(mm)≦W2(mm) ・・・・・(1)
W2(mm)<W1(mm)≦12t(mm){但し、W2>5tの場合} ・・・・・(2)
5t(mm)≦W1(mm)≦12t(mm){但し、2t≦W2≦5tの場合} ・・・・・(3)
0.7≦Hv(WM)/Hv(BM)≦1.2 ・・・・・(4)
{但し、上記(1)〜(4)式において、W1:第1鋼板の表面におけるビード径(mm)、W2:第2鋼板の表面におけるビード径(mm)、t:高張力鋼板の板厚(mm);第1鋼板と第2鋼板の板厚が異なる場合は何れか薄い側の板厚、Hv(BM):高張力鋼板の母材硬度(ビッカース硬さ)、Hv(WM):溶接ビード(溶接金属)の硬度(ビッカース硬さ)を示す。}
[2] 前記高張力鋼板の板厚tが、0.5〜3.0mmの範囲であることを特徴とする、上記[1]に記載の継手強度に優れたアークスポット溶接継手。
【0014】
[3] 上記[1]または[2]に記載のアークスポット溶接継手を製造する方法であって、鋼板成分中の炭素量が0.07質量%以上である高張力鋼板を2枚重ね合わせ、アークスポット溶接によって平面視略円形状の溶接ビードを形成する際、前記高張力鋼板の内、アークが照射される側を第1鋼板、他方を第2鋼板とし、これら高張力鋼板の板厚をt(mm)、溶接前に前記第1鋼板に予め形成する貫通孔の直径をd(mm)とした際、前記板厚tと前記貫通孔の直径dとの関係を下記(5)式の範囲とし、さらに、溶接時のシールドガスとして、Arガス、あるいは、Ar体積濃度が70%以上100%未満のArとCOの混合ガスを用いるとともに、溶接時のワイヤ狙い位置を、前記貫通孔の中心とするか、あるいは、前記貫通孔の中心から孔端の間で揺動させることを特徴とする、継手強度に優れるアークスポット溶接継手の製造方法。
d(mm)/t(mm)=3〜12 ・・・・・(5)
{但し、上記(5)式中において、d:第1鋼板に形成する貫通孔の直径(mm)、t:高張力鋼板の板厚(mm);第1鋼板と第2鋼板の板厚が異なる場合は何れか薄い側の板厚を示す。}
[4] 前記高張力鋼板として、前記第1鋼板および前記第2鋼板の内の少なくとも何れか一方または両方に、表面に溶融または合金化の亜鉛めっき処理、あるいは、アルミニウムめっき処理を施した鋼板を用い、溶接時に重ね合わせる前記第1鋼板と前記第2鋼板との隙間Cを、下記(6)式で表される関係を満たす範囲とすることを特徴とする、上記[3]に記載の継手強度に優れるアークスポット溶接継手の製造方法。
0.1(mm)≦C(mm)≦0.5t(mm) ・・・・・(6)
{但し、上記(6)式において、C:第1鋼板と第2鋼板との隙間、t:高張力鋼板の板厚(mm);第1鋼板と第2鋼板の板厚が異なる場合は何れか薄い側の板厚を示す。}
[5] 上記[1]または[2]に記載のアークスポット溶接継手を製造する方法であって、前記高張力鋼板として、前記第1鋼板および前記第2鋼板の内の少なくとも何れか一方または両方に、表面に溶融または合金化の亜鉛めっき処理を施した鋼板を用い、鋼板成分中の炭素量が0.07質量%以上である高張力鋼板を2枚重ね合わせ、アークスポット溶接によって平面視略円形状の溶接ビードを形成する際、前記高張力鋼板の内、アークが照射される側を第1鋼板、他方を第2鋼板とし、これら高張力鋼板の板厚をt(mm)、溶接前に前記第1鋼板に予め形成する貫通孔の直径をd(mm)とした際、前記板厚tと前記貫通孔の直径dとの関係を下記(5)式の範囲とし、さらに、溶接時のシールドガスとして、Oの体積濃度が2〜20%、O+COの体積濃度が35%以下の範囲である、Ar、CO、およびOの混合ガスを用いるとともに、溶接時のワイヤ狙い位置を、前記貫通孔の中心とするか、あるいは、前記貫通孔の中心から孔端の間で揺動させることを特徴とする、継手強度に優れるアークスポット溶接継手の製造方法。
d(mm)/t(mm)=3〜12 ・・・・・(5)
{但し、上記(5)式中において、d:第1鋼板に形成する貫通孔の直径(mm)、t:高張力鋼板の板厚(mm);第1鋼板と第2鋼板の板厚が異なる場合は何れか薄い側の板厚を示す。}
[6] さらに、溶接時に重ね合わせる前記第1鋼板と前記第2鋼板との隙間Cを、下記(6)式で表される関係を満たす範囲とすることを特徴とする、上記[5]に記載の継手強度に優れるアークスポット溶接継手の製造方法。
0.1(mm)≦C(mm)≦0.5t(mm) ・・・・・(6)
{但し、上記(6)式において、C:第1鋼板と第2鋼板との隙間、t:高張力鋼板の板厚(mm);第1鋼板と第2鋼板の板厚が異なる場合は何れか薄い側の板厚を示す。}
【0015】
なお、本発明において説明する溶接ビードとは、1回の溶接で形成される溶接金属のことを言う。
【発明の効果】
【0016】
本発明の継手強度に優れたアークスポット溶接継手によれば、上述の如く、重ね合わせられた高張力鋼板の裏面側まで溶融させ、且つ、第1鋼板および第2鋼板の各表面から突出するように形成された溶接ビードに関し、高張力鋼板の板厚tと2枚の各鋼板の表面における溶接ビードのビード径W1、W2との関係を適正範囲とし、さらに、母材硬度Hv(BM)と溶接ビード(溶接金属)の硬度Hv(WM)との関係を適正範囲に制御した構成を採用している。これにより、溶接部の靱性や延性が低下することなく、高い十字引張強さおよびせん断引張強さの両方が得られ、継手強度に優れたアークスポット溶接継手が実現できる。
【0017】
本発明の継手強度に優れたアークスポット溶接継手の製造方法によれば、高張力鋼板を2枚重ね合わせてアークスポット溶接するにあたり、高張力鋼板の板厚tと溶接前に一方の鋼板に予め形成する貫通孔の直径dとの関係、ならびに、溶接時のシールドガスの組成を適正範囲に制御するとともに、溶接時のワイヤ狙い位置を、貫通孔の中心とするか、あるいは、貫通孔の中心から孔端の間で揺動させる方法を採用している。これにより、溶接部の靱性や延性を低下させることなく、高い十字引張強さおよびせん断引張強さの両方を確保でき、継手強度に優れたアークスポット溶接継手を製造することが可能となる。
【0018】
従って、例えば、自動車用部品の製造や車体の組立等の工程において本発明を適用することにより、車体全体の軽量化による低燃費化や炭酸ガス(CO)の排出量削減、並びに衝突安全性の向上等のメリットを十分に享受することができ、その社会的貢献は計り知れない。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明に係る継手強度に優れたアークスポット溶接継手およびその製造方法の一実施形態を模式的に説明する図であり、高張力鋼板が2枚重ね合わせで溶接されてなるアークスポット溶接継手を示す断面図である。
【図2】本発明に係る継手強度に優れたアークスポット溶接継手およびその製造方法の一実施形態を模式的に説明する図であり、高張力鋼板を2枚重ね合わせてアークスポット溶接を行う際の手順を示す工程図である。
【図3】本発明に係る継手強度に優れたアークスポット溶接継手およびその製造方法の一実施形態を模式的に説明する図であり、溶接継手の十字引張強さの試験方法を示す概略図である。
【図4】本発明に係る継手強度に優れたアークスポット溶接継手およびその製造方法の一実施形態を模式的に説明する図であり、溶接継手のせん断引張強さの試験方法を示す概略図である。
【図5】本発明に係る継手強度に優れたアークスポット溶接継手およびその製造方法の一実施形態を模式的に説明する図であり、高張力鋼板の引張強さと、スポット溶接継手の十字引張強さおよびせん断引張強さとの関係を示すグラフである。
【図6】本発明に係る継手強度に優れたアークスポット溶接継手およびその製造方法の一実施形態を模式的に説明する図であり、高張力鋼板が2枚重ね合わせで溶接されてなるアークスポット溶接継手における溶接ビード(余盛)の断面積の定義を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の継手強度に優れたアークスポット溶接継手およびその製造方法の一実施形態について、図1〜図6を参照しながら説明する。なお、本実施形態は、本発明の継手強度に優れたアークスポット溶接継手およびその製造方法の趣旨をより良く理解させるために詳細に説明するものであるから、特に指定の無い限り本発明を限定するものではない。
【0021】
近年、特に自動車分野においては、低燃費化や炭酸ガス(CO)の排出量削減を目的とした車体の軽量化および衝突安全性向上のために、車体や部品等に、鋼板強度を維持しながら薄板化が可能な高張力鋼板を使用するニーズが高まっている。また、このような高張力鋼板が用いられてなる車体の組立や部品の取付け等を行う場合には、主としてスポット溶接法が用いられる。ここで、図5のグラフに示すように、従来の方法でスポット溶接した場合、溶接部のせん断引張強さ(TSS)は鋼板(母材)の高強度化(引張強さ)に伴って上昇するものの、十字引張強さ(CTS)は、溶接金属の靱性や延性の低下の他、この部位での応力集中や、継手形状が凹状になる等の要因により、鋼板の引張強さが590MPa級程度である場合を境に低下に転じる。このため、高張力鋼板をスポット溶接するにあたり、継手のせん断引張強さおよび十字引張強さの両方を確保でき、高い継手強度を実現できる方法に対するニーズが非常に高まっている。このようなニーズに対し、本発明では、上述したように、アーク溶接による溶融範囲や、高張力鋼板の板厚と溶接ビードのビード径との関係、母材硬度と溶接金属硬度との関係の各々を適正範囲に規定している。これにより、溶接部の靱性や延性が低下することなく、高い十字引張強さおよびせん断引張強さの両方が得られ、継手強度に優れたアークスポット溶接継手が実現できるというものである。
【0022】
本実施形態のアークスポット溶接継手10は、図1(a)、(b)に例示するように、鋼板成分中の炭素量が0.07質量%以上とされた高張力鋼板1(第1鋼板1A、第2鋼板2B)が2枚重ね合わせられ、アークスポット溶接によって平面視略円形状の溶接ビード3が形成されてなる。そして、アークスポット溶接継手10は、高張力鋼板1(1A、1B)の内、アークが照射される側を第1鋼板1A、他方を第2鋼板1Bとし、この第2鋼板1Bの裏面1d側まで溶融して形成され、且つ、第1鋼板1Aおよび第2鋼板1Bの各表面から突出するように形成された溶接ビード3の、第1鋼板1Aの表面1aにおけるビード径をW1(mm)、第2鋼板1Bの裏面1dにおけるビード径をW2(mm)、高張力鋼板1(1A、1B)の板厚をt(mm)とした際、ビード径W1、W2および板厚tの各々の関係が、下記(1)〜(3)を満たす構成とされている。さらに、アークスポット溶接継手10は、高張力鋼板1(1A、1B)の母材硬度Hv(BM)と溶接ビード(溶接金属)の硬度Hv(WM)との関係が、下記(4)式を満たす構成とされている。
2t(mm)≦W2(mm) ・・・(1)
W2(mm)<W1(mm)≦12t(mm){但し、W2>5tの場合} ・・・(2)
5t(mm)≦W1(mm)≦12t(mm){但し、2t≦W2≦5tの場合} ・・・(3)
0.7≦Hv(WM)/Hv(BM)≦1.2 ・・・(4)
但し、上記(1)〜(4)式において、W1:第1鋼板1Aの表面1aにおけるビード径(mm)、W2:第2鋼板1Bの表面1dにおけるビード径(mm)、t:高張力鋼板1(1A、1B)の板厚(mm);第1鋼板1Aと第2鋼板1Bの板厚が異なる場合は何れか薄い側の板厚、Hv(BM):高張力鋼板1(1A、1B)の母材硬度(ビッカース硬さ)、Hv(WM):溶接ビード(溶接金属)の硬度(ビッカース硬さ)を示す。
【0023】
「アークスポット溶接法」
図2(a)〜(c)は、本発明において高張力鋼板1を溶接するのに用いられるアークスポット溶接法を説明するための模式図である。
本発明で用いられるアークスポット溶接法とは、JIS Z 3001で規定されるアーク溶接法の一種であり、被溶接物である重ね合わせた鋼板の一方から、溶接ワイヤを供給しながら加熱することで、重ね合わせた鋼板を点状に融着させる溶接方法である。このようなアークスポット溶接法としては、例えば、被覆アークスポット溶接、TIG(Tungsten Inert Gas)スポット溶接、MIG(Metal Inert Gas)スポット溶接等が挙げられる。
【0024】
本発明のアークスポット溶接では、例えば、図2(a)〜(c)に示す例のように、被溶接材である2枚の高張力鋼板1(第1鋼板1A、第2鋼板2B)を重ね合わせ、第1鋼板1Aに形成された貫通孔1を狙い位置としてアークスポット溶接を行う。この際、トーチ5を用い、貫通孔1に向けて溶接ワイヤ55を供給しながらアーク放電を行うことで、母材(高張力鋼板1)と溶接ワイヤ55を溶融させ、溶接金属を形成させることにより、溶接ビード3で接合されてなるアークスポット溶接継手10が得られる。
【0025】
「高張力鋼板」
本発明のアークスポット溶接継手10に用いられる、被溶接物である高張力鋼板1(第1鋼板1A、第2鋼板1B)は、特に、鋼板組成が炭素を0.07質量%以上含み、母材の引張強さが980級以上の高い強度を備えるものである。
【0026】
本発明で用いる高張力鋼板1の鋼種としては、特に限定されず、例えば、2相組織型(例えば、フェライトとマルテンサイトを含む組織、フェライトとベイナイトを含む組織)、加工誘起変態型(フェライトと残留オーステナイトを含む組織)、微細結晶型(フェライト主体組織)等、何れの型の鋼板であっても良い。何れの鋼種からなる高張力鋼板であっても、本発明を適用することで、高い十字引張強さおよびせん断引張強さの両方を備えるアークスポット溶接継手が得られる。
【0027】
本発明で用いられる高張力鋼板1の板厚tとしては、特に限定されるものではないが、0.5〜3.0mmの範囲であることが好ましい。高張力鋼板の板厚が0.5mm未満だと、継手強度が板厚に大きく支配されることから、本発明を適用して溶接ビードの溶接品質を向上させることによる継手強度の向上効果が得られ難くなる。また、本発明のアークスポット溶接継手10において、特に、自動車分野への適用を鑑みた場合、高張力鋼板の板厚が0.5mm未満では部材の強度や剛性が確保できないので、この範囲は除外した。一方、高張力鋼板の板厚が3.0mm超だと、自動車分野において更なる軽量化を実現するにあたり、高強度化と薄板化の両方を実現するための範疇から外れるので、この範囲を除外した。
【0028】
なお、本発明の適用は、同種同厚の高張力鋼板1の組合せに限定されるものではなく、同種異厚、異種同厚、あるいは異種異厚の組合せとすることも可能である。また、本発明では、高張力鋼板1として、それぞれ板厚の異なる第1鋼板1Aと第2鋼板1Bを用いた場合には、何れもの鋼板の板厚も上記範囲内であることが好ましい。
また、鋼板の成分についても、上記した炭素以外の含有成分については特に限定されず、アークスポット溶接後の特性等を勘案しながら、適宜、設定すれば良い。
【0029】
また、本発明では、めっき等の表面処理を施していない高張力鋼板に加え、表面1a、1b、1c、1dの少なくともいずれかに、溶融または合金化の亜鉛めっき処理を施した高張力鋼板1を採用することも可能である。このような亜鉛めっき処理としては、例えば、Zn系、Zn−Fe系、Zn−Ni系、Zn−Al系、Zn−Mg系等、何れのめっき層であっても良い。また、例えば、Al-Si系等のアルミニウムめっき処理が表面に施された高張力鋼板を用いても良い。また、めっき層の表層に無機系、有機系の皮膜(例えば、潤滑皮膜等)が施されていても良い。また、これらのめっき層の目付量についても、特に限定されないが、両面の目付け量で100g/m以下とすることが好ましい。めっきの目付け量が片面あたりで100g/mを越えると、めっき層が溶接の際の障害となる場合がある。
【0030】
なお、鋼板をアークスポット溶接するにあたっては、予め、アークが照射される第1鋼板1Aに孔開け加工を施し、貫通孔11を形成しておく必要がある。このため、自動車の車体等における組み付け溶接において、スポット溶接法からアークスポット溶接法に代替することは困難であるが、例えば、耐衝突時性能として厳しい剥離強度特性が要求される部分にのみ、適用することも可能である。
【0031】
「溶接ビード」
本発明では、アークスポット溶接によって形成される溶接ビード3について、溶融範囲や高張力鋼板1の板厚tと溶接ビード3のビード径W1、W2との関係、高張力鋼板1の母材硬度と溶接金属硬度との関係を、以下に詳述する範囲に規定している。ここで、本発明で規定するビード径とは、平面視において概略最大である方向のビード径であり、例えば、平面視で楕円形のビードが形成された場合には、その径が最も大きくなる長円方向のビード径を言う。
【0032】
(寸法ならびに形状)
本発明において、アークスポット溶接によって形成されてなる溶接ビード3は、図1(a)、(b)に示すように、平面視略円形状とされるともに、第2鋼板1Bの裏面1d側まで溶融して形成されている。本発明では、上記形状の溶接ビード3の寸法に関し、第1鋼板1Aの表面1aにおけるビード径をW1(mm)、第2鋼板1Bの裏面1dにおけるビード径をW2(mm)、高張力鋼板1の板厚をt(mm)とした際、平均ビード幅W1、W2および板厚tの関係が、下記(1)〜(3)で表される関係を満たす構成を採用している。
2t(mm)≦W2(mm) ・・・(1)
W2(mm)<W1(mm)≦12t(mm){但し、W2>5tの場合} ・・・(2)
5t(mm)≦W1(mm)≦12t(mm){但し、2t≦W2≦5tの場合} ・・・(3)
但し、上記(1)〜(3)式において、W1:第1鋼板1Aの表面1aにおけるビード径(mm)、W2:第2鋼板1Bの表面1dにおけるビード径(mm)、t:高張力鋼板1の板厚(mm)を示す。なお、第1鋼板1Aと第2鋼板1Bの板厚が異なる場合には、何れか薄い側の板厚tを用いる。
【0033】
本発明では、アークスポット溶接継手の十字引張強さ(CTS)を向上させるため、まず、高張力鋼板1の板厚tに対する関係が適正範囲となるビード径を確保することを必須としている。また、本発明では、詳細を後述するように、一般的に硬化しやすい高張力鋼板1の溶接部(溶接ビード3)の硬度や靱性を制御することを必須としている。
【0034】
またさらに、本発明では、溶接ビード3(溶接金属)が、第2鋼板1Bの裏面1d側まで溶融して形成された構成を必須としている。これにより、継手強度を主に支配する、重ね合わせ面1b、1cにおいて所定以上のビード径を確保することができ、且つ、このビード径の確保の有無を外観上において認識することが可能となる。また、第2鋼板1Bの裏面1d側まで溶融して溶接ビード3が形成されることで、ビードの断面形状がストレート形状、即ち、第1鋼板1Aの表面1aから第2鋼板1Bの裏面1dに掛けてビード径が概ね同等となる形状により近づき、溶接変形を低減することが可能となる。
【0035】
まず、本発明においては、上記(1)式で表されるように、第2鋼板1Bの裏面1dにおけるビード径W2を2t(mm)以上に規定する。裏面1d側におけるビード径W2が2t(mm)未満だと、高い継手強度が確保できない。
【0036】
次に、上記(2)式で表されるように、2枚重ねとした鋼板をアークスポット溶接した場合、通常、アークを照射する側の第1鋼板1Aの表面1aにおける溶接ビード3のビード径W1は、第2鋼板1Bの裏面1d側におけるビード径W2よりも大きくなる。本発明では、上記(2)式で表されるように、ビード径W2と板厚tとの関係が次式{5t<W2}の範囲である場合、ビード径W1の下限をビード径W2超として設定し、また、ビード径W1の上限を12tとする。ビード径W1をビード径W2以下として溶接ビードを形成することは、溶接上、不可能である。また、ビード径W1が板厚tの12倍を超えるサイズで溶接ビードを形成すると、トーチの揺動範囲を大きく設定する必要があり、工程時間が長くなって生産性が低下するとともに、アーク照射範囲の増大および合計入熱の増加により、溶接変形が顕著となるおそれがある。
【0037】
また、本発明では、上記(3)式で表されるように、ビード径W2と板厚tとの関係が次式{W2≦5t}の範囲である場合、ビード径W1の下限を5tとする。ビード径W1を板厚tの5倍未満として溶接ビードを形成した場合、十分な継手強度が得られないおそれがある。また、この場合においても、W1の上限は、上記同様12tとする。この場合のW2の下限は特に設けないが、3t以上であることが望ましい。
【0038】
第1鋼板1Aの表面1a、および、第2鋼板1Bの裏面1dにおける溶接ビード3の形状としては、優れた継手強度が得られる観点から、第1鋼板1Aおよび第2鋼板1Bの各表面から突出するような形状、具体的には、凸形状であることが必須である。これら表面1a、裏面1dにおける溶接ビード3の形状を凸形状とすることにより、継手強度をより向上させることが可能となる。ここで、本実施形態で説明する凸形状とは、図1(a)に例示するように、ビード(余盛)の一部に窪みが存在しても良い。本実施形態では、窪んだ部位であっても、その窪みの底が鋼板表面よりも外側の位置となっていれば、凸形状と呼ぶ。このような凸形状(凸部;余盛=ビードの内、鋼板表面から外側に出ている部分)の高さは特に限定されない。しかしながら、図6に示すような溶接部断面において、表側および裏側の余盛のうち、余盛の断面積の小さい方の余盛の平均厚み(=余盛部の面積/ビード径、即ち、S1/W1、S2/W2)が鋼板板厚tの0.4倍以上の範囲であれば、特に高い継手強度が得られる。ここで、余盛部の面積は、平面視において概略最大である方向のビード径の部位を切断し、図6に示すような断面写真を撮影した後、画像解析装置によって求めることができる。
上述のような効果が得られるメカニズムとしては、以下に説明するような作用が考えられる。
【0039】
一般に、十字引張試験のような剥離試験を行う場合、溶接部(溶接ビード3)に対して、第1鋼板1Aと第2鋼板1Bとの重ね合わせ面1b、1cの位置には引張応力が作用し、また、表面1aおよび裏面1d側には圧縮応力が作用する。本実施形態では、表面1a、裏面1dにおける溶接ビード3の形状を凸形状とすることにより、板厚を増加させるのと同様の効果、即ち、応力負担領域の拡大(応力低減)により、重ね合わせ面1b、1cの位置における引張応力レベルを低減できる効果が得られ、継手強度が向上するものと考えられる。
【0040】
(溶接ビード:溶接金属の硬度)
本発明においては、アークスポット溶接継手10をなす高張力鋼板1(第1鋼板1A、第2鋼板1B)の母材硬度Hv(BM)と、溶接ビード3(溶接金属)の硬度Hv(WM)が、下記(4)式で表される関係を満たす構成とされている。
0.7≦Hv(WM)/Hv(BM)≦1.2 ・・・(4)
但し、上記(4)式において、Hv(BM):高張力鋼板1(1A、1B)の母材硬度(ビッカース硬さ)、Hv(WM):溶接ビード3(溶接金属)の硬度(ビッカース硬さ)を示す。
【0041】
本発明では、継手強度をより向上させることを目的として、母材硬度Hv(BM)と溶接ビード3(溶接金属)の硬度Hv(WM)との関係を上記範囲に規定している。
ここで、Hv(WM)/Hv(BM)が0.7未満だと、溶接金属の強度が不足することから、この溶接金属での破断が生じ、継手強度が低下してしまう。また、Hv(WM)/Hv(BM)が1.2超だと、溶接金属の靱性や延性が乏しくなり、十分なビード径を確保して溶接ビードを形成させた場合であっても、十分な継手強度が得られない場合がある。なお、溶接ビード3(溶接金属)の硬度Hv(WM)の絶対値としては、特に規定するものではないが、ビッカース硬さが、Hv420以下であることが望ましい。
【0042】
また、上記(4)式で表されるHv(WM)/Hv(BM)の範囲を満足するため、母材(高張力鋼板1)と溶接ワイヤ55(図2(a)〜(c)を参照)が溶融混合して形成される溶接金属(溶接ビード3)の炭素量を0.07〜0.25%の範囲に制御することが好ましい。即ち、詳細を後述するが、溶接ビード(溶接金属)3中の炭素量を上記範囲に制御可能な成分を有する溶接ワイヤ55を採用することが好ましい。
【0043】
本発明で採用するアークスポット溶接法は、溶接ワイヤ55の選定や溶接時の希釈条件により、溶接金属硬度Hv(WM)を所望の特性に制御できる点で、溶接ワイヤを使用しないスポット溶接法やレーザ溶接法とは相違する。また、アークスポット溶接法は、溶接時の冷却速度がスポット溶接法やレーザ溶接法に比較して遅いことから、硬化組織において、靭性に乏しい100%マルテンサイトが生成されるのを抑制することができ、継手強度をより向上させることが可能となる。
【0044】
「アークスポット溶接継手の製造方法(溶接方法)」
上述のような、本発明に係るアークスポット溶接継手10を製造する際の各条件および手順について、主に図1、2を参照しながら以下に詳述する。
【0045】
本発明の製造方法は、鋼板成分中の炭素量が0.07質量%以上である高張力鋼板1を2枚重ね合わせ、アークスポット溶接によって平面視略円形状の溶接ビード3を形成し、上記のアークスポット溶接継手10を製造する方法である。この際、高張力鋼板1の内、アークが照射される側を第1鋼板1A、他方を第2鋼板1Bとし、これら高張力鋼板1の板厚をt(mm)、溶接前に第1鋼板1Aに予め形成する貫通孔11の直径をd(mm)とした際、板厚tと直径dとの関係を下記(5)式の範囲に規定している。さらに、アークスポット溶接時のシールドガスとして、Arガス、あるいは、Ar体積濃度が70%以上100%未満のArとCOの混合ガスを用いるとともに、溶接時のワイヤ狙い位置を、貫通孔11の中心11aとするか、あるいは、貫通孔11の中心11aから孔端11bの間で揺動させる方法を採用している。
d(mm)/t(mm)=3〜12 ・・・・・(5)
但し、上記(5)式中において、d:第1鋼板1Aに形成する貫通孔11の直径(mm)、t:高張力鋼板1の板厚(mm);第1鋼板1Aと第2鋼板1Bの板厚が異なる場合は何れか薄い側の板厚を示す。
【0046】
(板厚tと貫通孔の直径dとの関係)
アークは、レーザ等に比較してエネルギー密度の低い熱源であることから、従来の条件でアークスポット溶接を行った場合、鋼板の板厚方向における溶融(鋼板の板厚方向での貫通)が困難となるおそれがある。この際、溶接電流・電圧を増加させることで溶接入熱を増大させれば、鋼板の板厚方向での溶融・貫通能力を向上させることができる。しかしながら、例えば、自動車車体等に用いられる、板厚が0.5mmから3.0mm程度の薄い高張力鋼板をアークスポット溶接する際に溶接電流・電圧を増加させた場合、過大な溶接入熱によって溶け落ちが発生するという問題がある。
そこで、本発明においては、アークスポット溶接を行う前に、予め、アークを照射する側の第1鋼板1Aに貫通孔11を形成する。これにより、溶接電流・電圧の増加による貫通能力の増大が不要となり、低入熱化できることから、溶接時の溶け落ちを防止することが可能となる。
【0047】
本発明では、上記した構成のアークスポット溶接継手10を製造するにあたり、高強度鋼板1の板厚t(mm)と、第1鋼板1A側に形成する貫通孔11の直径d(mm)との関係を、上記(5)式で表される範囲に規定している。これにより、第2鋼板1Bの裏面1d側まで貫通させながら、安定してアークスポット溶接を行うことが可能となり、上記のような寸法および形状とされたアークスポット溶接継手10を製造することが可能となる。
【0048】
ここで、上記(5)式中におけるd/tが3未満だと、第1鋼板に形成される貫通孔の直径dが板厚tに対して不十分であり、アーク溶接による第2鋼板の裏面側までの貫通が不安定になる。このため、第1鋼板1Aと第2鋼板1Bとの重ね合わせ面1b、1cの位置におけるビード幅の確保が困難になる場合がある。
一方、上記(5)式中におけるd/tが12を超えると、貫通孔の孔端を十分に溶融させるためには、トーチを大きな振れ幅で揺動させる必要が生じる。このため、工程時間が長くなって生産性が低下する場合がある他、アーク照射範囲の増大および溶接入熱の合計量が増大することから、上述した溶接変形が顕著になるおそれがある。
【0049】
なお、アークスポット溶接の際、貫通孔の全周に渡って溶接することが、高い継手強度を発揮する観点から望ましい。但し、溶接ビードに対して高い応力が負荷される位置があらかじめ判っている場合には、その応力の高い位置の貫通孔の溶融をより確実に行うことが望ましく、また、応力の低い位置の貫通孔を溶け残す条件としても構わない。
【0050】
(シールドガス)
本発明の製造方法においては、アークスポット溶接時のシールドガスとして、Arガス、あるいは、Ar体積濃度が70%以上100%未満のArとCOの混合ガスを用いる。シールドガスの組成を上記範囲として高張力鋼板1をアークスポット溶接することにより、溶接部に過度な酸化や欠陥が生じるのが抑制され、継手特性に優れたアークスポット溶接継手10を製造することが可能となる。ここで、シールドガスとして、Ar体積濃度が70%未満であるArとCOの混合ガスを用いた場合には、溶接部における欠陥抑制の効果が得られにくくなる。
【0051】
また、本発明の製造方法においては、シールドガスの流量についても特に限定されるものではなく、溶接条件に応じて適宜設定することが可能であるが、十分なシールド性が確保でき、溶接欠陥等を抑制する効果が得られる範囲として5〜30(L/min)とすることがより好ましい。
【0052】
(溶接ワイヤの狙い位置および揺動)
本発明の製造方法では、図2(a)中における、溶接時のワイヤ狙い位置、即ち、溶接ワイヤ55の先端55aの狙い位置を、貫通孔11の中心11aとするか、あるいは、貫通孔11の中心11aから孔端11bの間で、回転や往復など揺動させる方法とする。
上述のように、溶接ワイヤ55の先端55aの狙い位置を、貫通孔11の中心11aに設定することにより、形状が均一な溶接ビード3を安定して形成させることが可能となる。
【0053】
また、特に、貫通孔11の直径d(mm)が大きい場合には、溶接ワイヤ55の先端55aが、貫通孔11の中心11aから孔端11bの間で揺動するように、トーチ5を動作させることが好ましい。これにより、高張力鋼板1の板厚tに応じて、上記(5)式を満たす範囲で大きめの貫通孔11を設けた場合であっても、特に、孔端11bにおいて溶融が不十分となる箇所が発生することなく、均一な溶接ビード3を形成させることが可能となる。
【0054】
(表面処理)
本発明においては、上述したように、特にめっき等の表面処理を施していない高張力鋼板に加え、さらに、表面1a、1b、1c、1dの少なくとも何れか、即ち、第1鋼板1Aおよび第2鋼板1Bの内の少なくとも何れか一方または両方に、溶融または合金化の亜鉛めっき処理を施した高張力鋼板1を採用することも可能である。このような亜鉛めっき処理としては、例えば、Zn系、Zn−Fe系、Zn−Ni系、Zn−Al系、Zn−Mg系等、何れのめっき層であっても良い。また、例えば、Al-Si系等のアルミニウムめっき処理が表面に施された高張力鋼板を用いても良い。
【0055】
また、本発明において、上述のような、表面1a、1b、1c、1dの少なくとも何れかに溶融または合金化の亜鉛めっき処理を施した高張力鋼板1を採用した場合には、さらに、アークスポット溶接時のシールドガスとして、Oの体積濃度が2〜20%、O+COの体積濃度が35%以下の範囲である、Ar、CO、およびOの混合ガスを用いることが、めっきに起因する溶接欠陥を低減することが可能となる点から好ましい。
通常、アークスポット溶接を行う場合、第1鋼板1Aと第2鋼板1Bとは、重ね合わされて溶接される。ここで、亜鉛めっき鋼板を用いると、溶接部の沸点以上に達しためっき中の亜鉛が蒸発して溶融金属中に侵入し、その後の凝固過程で大気中に散逸できなかった場合に溶接金属中に残存する、いわゆる気孔欠陥が生じる。このため、溶融または合金化の亜鉛めっき処理を施した高張力鋼板を用いた場合には、シールドガス中にOを混合することが、気孔欠陥を低減する観点から好ましい。ここで、シールドガス中におけるOの体積濃度が2%未満では、上記効果が得られない。一方、Oの体積濃度が30%超だと、むしろ上記効果が低減されてしまうとともに、ビード形状の乱れやブローホールの発生、スラグの過度な形成等を誘発してしまうという問題がある。
【0056】
上述のような、溶接金属中における気孔欠陥を低減できるメカニズムについては、必ずしも明らかではないが、シールドガスに適正量のOを含むことで溶融金属の粘性が低下して亜鉛蒸気の浮上速度が向上し、大気への散逸が促進されるものと考えられる。
【0057】
また、本発明の製造方法において、上述のような、表面1a、1b、1c、1dの少なくとも何れかに溶融または合金化の亜鉛めっき処理、あるいは、アルミニウムめっき処理を施した高張力鋼板1を採用した場合には、アークスポット溶接時に重ね合わせる第1鋼板1Aと第2鋼板1Bとの隙間Cを、下記(6)式で表される関係を満たす範囲とすることが、めっきに起因する溶接欠陥を低減することが可能となる点から好ましい。
0.1(mm)≦C(mm)≦0.5t(mm) ・・・・・(6)
但し、上記(6)式において、C:第1鋼板と第2鋼板との隙間、t:高張力鋼板の板厚(mm);第1鋼板と第2鋼板の板厚が異なる場合は何れか薄い側の板厚を示す。
【0058】
第1鋼板1Aと第2鋼板1Bとが重ね合わされて溶接されると、亜鉛めっき鋼板の場合には、上記したような気孔が発生し、溶接金属中に気孔欠陥が残存する恐れがある。一方、アルミニウムめっき鋼板の場合には、めっき層のアルミニウムが溶融して溶融金属中に侵入し、フェライト粒の粗大化を招き、継手の疲労強度が大きく低下する場合がある。このため、これら亜鉛めっき鋼板やアルミニウムめっき鋼板の特性劣化を防止する観点から、第1鋼板1Aと第2鋼板1Bとの間に、隙間Cを設けることが有効である。このような隙間Cを設けることにより、めっき層に起因する亜鉛蒸気は大気中(隙間)に散逸して気孔欠陥が低減されるとともに、溶融しためっき層に含まれるアルミニウムは溶融金属中には侵入しないため、フェライト粒の粗大化を抑制することが可能となる。ここで、隙間Cが0.1mm未満では上記効果が不十分となり、また、0.5t(mm)超では、第1鋼板1Aと第2鋼板1Bとの重ね合わせ面1b、1cの位置における溶接ビードの形状が乱れる場合がある他、溶接時に第2鋼板を安定して貫通溶融させるのが困難になる。
【0059】
(溶接ワイヤ)
本発明において、アークスポット溶接に用いる溶接ワイヤ55について、その成分や直径等は特に限定されるものではなく、例えば、JIS Z 3312やJIS Z 3313等で規定される溶接ワイヤ等、従来公知のものを何ら制限無く用いることができる。
また、上述したように、本発明で用いる溶接ワイヤ55は、溶接ビード(溶接金属)3の硬度Hv(WM)を所望の特性に制御することを考慮し、その成分や溶接時の希釈条件を勘案しながら採用を決定することが望ましい。
【0060】
また、溶接ワイヤ55の直径についても特に限定されるものではないが、0.9〜1.4mmの範囲であることが好ましい。
溶接ワイヤの直径が上記範囲よりも細いと、ワイヤの剛性が小さくなるので座屈が生じ易くなり、ワイヤ先端の溶接狙い位置が不安定となり、アークの照射範囲から外れるか、溶融状態が不均一となるので、溶接ビードが均一な形状・寸法にならないおそれがある。一方、溶接ワイヤ55の直径が上記範囲を超えると、ワイヤが太すぎるため、電流密度が低下してアークが不安定となり、完全には溶融しないおそれがある。
【0061】
また、溶接ワイヤ55の供給速度についても、特に限定されるものではなく、被溶接物や目標とする溶接ビードのサイズに応じて適宜設定することが可能である。例えば、自動車車体等で多用される0.5〜3mmの板厚の高張力鋼板1を重ね合わせ、アークスポット溶接する場合には、溶接ワイヤ55の供給速度を30〜100mm/sec程度に設定することができる。溶接ワイヤ55の供給速度が上記範囲であれば、自動車車体等に最適な0.5〜3mmの範囲とされた板厚の高張力鋼板1を、溶接欠陥等が無く安定した状態でアークスポット溶接することが可能となる。
【0062】
(溶接通電条件)
本発明の製造方法においては、アークスポット溶接の通電条件についても、特に限定されるものではなく、鋼板をアークスポット溶接する際に用いられる従来公知の通電パターンや溶接電流・電圧条件を、何ら制限なく採用することが可能である。また、溶接装置としても、図2(a)〜(c)に示すようなトーチ5が備えられたアークスポット溶接装置を何ら制限なく採用することが可能である。また、トーチ5に供給する溶接電源についても、その制御方式等、特に制限されるものではなく、直流あるいは交流の何れの電源を用いても良い。
【0063】
なお、本発明で規定する条件で、高張力鋼板1を重ね合わせてアークスポット溶接する場合には、十分な継手強度を確保する観点から、溶接電流を100〜300(A)程度とすることが好ましい。また、生産性やコストの観点から、溶接時間や溶接電流は、溶接ビード3を形成させるのに十分な程度とし、過剰とならないように設定することがより好ましい。
【0064】
(アークスポット溶接手順)
本発明のアークスポット溶接では、図2(a)に示すように、まず、2枚の高張力鋼板1、即ち、第1鋼板1Aと第2鋼板1Bとを重ね合わせる。この際、予め、図示例のように、第1鋼板1Aに、アークスポット溶接後に内部に溶接金属が形成される貫通孔11形成する。
次いで、図2(b)に示すように、第1鋼板1Aに形成された貫通孔1を狙い位置として、トーチ5を用いてアークスポット溶接を行う。この際、トーチ5から貫通孔1に向けて溶接ワイヤ55を供給し、アーク放電を行うことで母材(高張力鋼板1)と溶接ワイヤ55を溶融させる。
【0065】
そして、図2(c)に示すように、第1鋼板1Aに形成された貫通孔11の内部と、第2鋼板1Bにおいて貫通孔11に対応する位置に溶融金属が生成される。その後、この溶融金属が冷却され、凝固することにより、図示例のような、断面形状が表面1aや表面1d側に膨らみを持った形状とされた溶接金属(溶接ビード)が形成される。このような工程により、2枚の高張力鋼板1(第1鋼板1A、第2鋼板2B)が重ね合わされてスポット溶接され、溶接ビード3で接合されてなるアークスポット溶接継手10が得られる。
【0066】
なお、本発明においては、図2(a)〜(c)等に示すように、溶接姿勢を、トーチ5が下方を向く下向き水平とすることが最も好ましいが、例えば、横向きや傾斜下向き等の溶接姿勢を適宜採用することも可能である。また、この際、重ね合わせられた高張力鋼板1の複数箇所を連続してアークスポット溶接する場合、その移動方向についても何れの方向であっても良い。
【0067】
以上説明したような、本発明に係る継手強度に優れたアークスポット溶接継手によれば、上述の如く、重ね合わせられた高張力鋼板の裏面側まで溶融させるとともに、高張力鋼板の板厚tと2枚の各鋼板の表面における溶接ビードのビード径W1、W2との関係を適正範囲とし、さらに、母材硬度Hv(BM)と溶接ビード3(溶接金属)の硬度Hv(WM)との関係を適正範囲に制御した構成を採用している。これにより、溶接部の靱性や延性が低下することなく、高い十字引張強さおよびせん断引張強さの両方が得られ、継手強度に優れたアークスポット溶接継手が実現できる。
【0068】
また、本発明の継手強度に優れたアークスポット溶接継手の製造方法によれば、高張力鋼板を2枚重ね合わせてアークスポット溶接するにあたり、高張力鋼板の板厚tと溶接前に一方の鋼板に予め形成する貫通孔の直径をdとの関係、ならびに、溶接時のシールドガスの組成を適正範囲に制御するとともに、溶接時のワイヤ狙い位置を、貫通孔の中心とするか、あるいは、貫通孔の中心から孔端の間で揺動させる方法を採用している。これにより、溶接部の靱性や延性を低下させることなく、高い十字引張強さおよびせん断引張強さの両方を確保でき、継手強度に優れたアークスポット溶接継手を製造することが可能となる。
【0069】
従って、例えば、自動車用部品の製造や車体の組立等の工程において本発明を適用することにより、車体全体の軽量化による低燃費化や炭酸ガス(CO)の排出量削減、並びに衝突安全性の向上等のメリットを十分に享受することができ、その社会的貢献は計り知れない。
【実施例】
【0070】
以下、本発明に係る継手強度に優れたアークスポット溶接継手およびその製造方法の実施例を挙げ、本発明をより具体的に説明するが、本発明は、もとより下記実施例に限定されるものではなく、前、後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【0071】
「試験片の作製」
本実施例では、まず、下記表1に示すような、板厚:1.0〜2.3mm、引張強さ:1410〜1520MPaの高張力鋼板(日本鉄鋼連盟規格:CR1470、GI−HP)を用いた。これらの内、鋼板記号A1、A2としては、溶融亜鉛めっき高張力鋼板を用い、鋼板記号A3としては、アルミニウムめっき高張力鋼板を用いた。
【0072】
【表1】

【0073】
次に、上記強度試験用試験片を用いて、スポット溶接継手の十字引張試験方法(JIS Z3137)に基づき、図3に示すような十字状に各試験片を重ね合わせ、下記表2に示す各条件でアークスポット溶接法によって試験片同士を溶接し、溶接継手によって各サンプル片が接合されてなる十字引張試験片を作製した。この際、溶接ワイヤとして、(JIS Z3312に記載のYGW17を用いた。また、下記表2には、十字引張試験片とせん断引張試験片をアークスポット溶接した際の入熱(電流、電圧、時間で決まる)も示した。
【0074】
また、同様に、上記強度試験用試験片を用いて、スポット溶接継手のせん断引張試験方法(JIS Z3136)に基づき、図4に示すような平行に各試験片を重ね合わせ、下記表2に示す各条件でアークスポット溶接法によって試験片同士を溶接し、溶接継手によって各サンプル片が接合されてなるせん断引張試験片を作製した。
【0075】
さらに、同様にして作成した強度試験用試験片を、図3に示すように同鋼種の組合せで重ね合わせ、下記表2に示す各条件で、従来公知のスポット溶接法によって試験片同士を溶接し、サンプル片を作製した。この際、上記アークスポット溶接法で接合した試験片とは異なり、第1鋼板側への貫通孔は形成しなかった。
【0076】
また、表面側および裏面側における溶接ビードのビード径W1、W2を測定し、この寸法を下記表2に示した。なお、下記表2中に示すビード径は、平面視において概略最大である方向のビード径を測定した。また、試験番号1、7、15、19については、スポット溶接によって形成されたナゲットの径を測定し、この寸法を下記表2に示した。
また、余盛部の平均厚み(平均高さ)については、まず、平面視において概略最大である方向のビード径の部位を切断し、図6に示すような断面写真を撮影した後、画像解析装置によって余盛部の面積を求め、この値をビード径で割ることで求めた。そして、この、余盛部の平均厚みの鋼板の板厚tに対する割合を、下記表3に示した。
【0077】
【表2】

【0078】
「評価方法」
上記手順で得られたアークスポット溶接後の各試験片について、まず、表面側(第1鋼板)および裏面側(第2鋼板)における溶接ビード形状を目視にて確認するとともに、ビード形状不良ならびに溶接変形の有無を目視確認し、これらの結果を下記表3に示した。なお、下記表3においては、溶接ビード形状については「凸」、「凹」で結果を示し、また、ビード形状不良ならびに溶接変形の有無については、「OK」、「NG」で結果を示した。ここで、溶接ビード形状の「凸」とは、表裏ともに余盛が溶接部断面の全域で鋼板表面の位置と同等、または鋼板表面位置よりも高くなっている状態を指し、「凹」とは、表裏の余盛の少なくとも一部が、鋼板表面の位置よりも薄くなっている状態を指す。そして、溶接部断面において、表裏の余盛の内、薄い方の余盛の平均厚み(=余盛部の面積/ビード径)と、板厚の比を評価した結果を下記表3に示した。
【0079】
次に、得られた十字引張試験片について、スポット溶接継手の十字引張試験方法(JIS Z3137)に基づき、十字引張試験を実施した。この際、剥離方向、即ち、図3中の符号6で示すように、上側の試験片を上方向に、下側の試験片を下方向に、相互に剥離する方向で荷重を負荷することで十字引張試験を実施し、十字引張強さ(CTS)を測定し、結果を下記表3に示した。
また、同様に、得られたせん断引張試験片について、スポット溶接継手のせん断引張試験方法(JIS Z3136)に基づき、せん断引張試験を実施した。この際、せん断方向、即ち、図4中の符号7で示すように、それぞれの試験片を左右方向に、相互にせん断方向で荷重を負荷することでせん断引張試験を実施し、せん断引張強さ(TSS)を測定し、結果を下記表3に示した。
【0080】
また、本実施例では、上記手順で得られたアークスポット溶接後の各試験片について、溶接ビード(溶接金属)および母材のビッカース硬さを測定した。この際、従来公知の測定方法により、まず、正四角錐ダイヤモンドからなる先端がピラミッド形の圧子を、試験片の溶接金属の表面に荷重F(N)で押し込み、除荷した後に圧子を当該部分から移動し、圧子でできたへこみの対角線の長さd(mm)から、表面積S(mm)を算出し、荷重F(N)を表面積S(mm)で除することにより、ビッカース硬さ(Hv)を求めた。また、同様の方法を用いて、高張力鋼板の母材についてもビッカース硬さ(Hv)を求め、これらの結果を下記表3に示した。
【0081】
【表3】

【0082】
「評価結果」
表3に示す結果の内、試験番号2、3、5、9、10、17、20、21は本発明例であり、試験番号1、4、6〜8、11〜16、18、19、22は比較例である。これらの内、試験番号1〜14は、鋼種番号Bの表面にめっき処理を施していない高張力鋼板(CR1470)と、鋼種番号A1の表面に溶融亜鉛めっき処理が施された高張力鋼板(GI−HP)とを接合した例である。また、試験番号15〜18は、鋼種番号A2の表面に溶融亜鉛めっき処理が施された高張力鋼板(GI−HP)同士を接合した例である。また、試験番号19〜22は、鋼種番号A2の表面に溶融亜鉛めっき処理が施された高張力鋼板(GI−HP)と、鋼板記号A3の表面にアルミニウムめっき高張力鋼板(GI−HP)とを接合した例である。また、試験番号23〜25は、鋼種番号Bの表面に溶融亜鉛めっき処理が施されていない高張力鋼板(CR−1470)同士を接合した例である。また、試験番号1、7、15、19は、それぞれ、従来公知のスポット溶接法を用いて接合した例である。
【0083】
表3の結果に示すように、本発明で規定する炭素量を有した高張力鋼板を重ね合わせ、本発明で規定する各条件でアークスポット溶接を行った本発明例においては、何れの鋼種からなる高張力鋼板を用いた場合でも、十字引張強さおよびせん断引張強さの何れもが優れた特性を示し、継手強度に優れていることが明らかとなった。また、これら本発明例においては、溶接部(溶接ビード)における大きな溶接変形等も見られなかった。
【0084】
一方、本発明で規定する範囲外の溶接条件でアークスポット溶接を行った比較例においては、何れの鋼種の高張力鋼板を用いた場合においても、十字引張強さ又はせん断引張強さの何れかが劣るものとなるか、あるいは、溶接ビードに溶接変形が生じる結果となった。
【0085】
試験番号1、7、19の比較例は、従来の抵抗スポット溶接法で高張力鋼板を溶接したものであるため、いずれも十字引張強さが劣る結果となった。
試験番号15の比較例は、従来の抵抗スポット溶接法で高張力鋼板を溶接したものであり、板厚が厚いために十字引張強さは確保されているものの、自動車車体等の溶接において実用的でない大型の電極を用いて大きなナゲットを形成する必要があった例である。
試験番号4、14の比較例では、シールドガスが本発明で規定する範囲外の成分となっていることから、表面側の溶接ビード形状が乱れた状態、具体的には、形状が円形状でなく、また、ピットも見られる状態となったため、ビード径の測定を実施しなかった。さらには、試験番号4、14は、裏面側にはビードが形成されず、何れも十字引張強さが劣る結果となった。
【0086】
試験番号6、8、22、25の比較例では、第1鋼板に貫通孔を設けずにアークスポット溶接を行い、且つ、溶接条件が本発明の規定範囲外であったために貫通溶融ができず、裏面側には溶接ビードが形成されなかったことから、ビード形状が「NG」の評価であるとともに、十字引張強さ又はせん断引張強さの何れかが劣るものとなった。
試験番号11、18の比較例では、第1鋼板に形成する貫通孔が大きすぎたため、表面側のビード径W1が大きくなりすぎ、溶接変形が発生した。
試験番号12の比較例では、溶接ワイヤの選定等の条件が適切でなかったために、溶接金属硬さ(Hv)が高くなりすぎ、十字引張強さが劣る結果となった。
【0087】
試験番号13の比較例では、表面側および裏面側における溶接ビードの形状が凹形状であることから、十字引張強さが劣る結果となった。
試験番号16の比較例では、第1鋼板に形成した貫通孔の直径が小さすぎるため、表面側のビード径が小さくなりすぎ、十字引張強さおよびせん断引張強さの何れもが劣る結果となった。
【0088】
以上説明した実施例の結果より、本発明の継手強度に優れたアークスポット溶接継手およびその製造方法を用いることにより、特に、引張強さが980MPa級以上で板厚の薄い高張力鋼板をアークスポット溶接した場合であっても、高い十字引張強さおよびせん断引張強さの両方を確保でき、継手強度に優れたアークスポット溶接継手が得られることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明によれば、自動車用車体や部品等に用いる高張力鋼板をスポット溶接する際、良好な溶接作業性を確保しつつ、溶接金属の靱性や延性の低下を防止し、高い十字引張強さおよびせん断引張強さの両方が確保できるので、継手強度を向上させることが可能となる。従って、自動車分野等で高張力鋼板を適用することによる、車体全体の軽量化に伴う低燃費化や炭酸ガス(CO)の排出量削減、並びに衝突安全性の向上等のメリットを十分に享受することができ、その社会的貢献は計り知れない。
【符号の説明】
【0090】
1…高張力鋼板、
1A…第1鋼板(高張力鋼板)、
11…貫通孔
11a…中心(貫通孔)、
11b…孔端(貫通孔)、
1B…第2鋼板(高張力鋼板)
3…溶接ビード(溶接金属)、
5…トーチ、
55…溶接ワイヤ、
10…アークスポット溶接継手、
t…板厚(高張力鋼板)、
W1…ビード径(第1鋼板)、
W2…ビード径(第2鋼板)、
d…直径(貫通孔)、

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板成分中の炭素量が0.07質量%以上とされた高張力鋼板が2枚重ね合わせられ、アークスポット溶接によって平面視略円形状の溶接ビードが形成されてなるアークスポット溶接継手であって、前記高張力鋼板の内、アークが照射される側を第1鋼板、他方を第2鋼板とし、該第2鋼板の裏面側まで溶融して形成され、且つ、前記第1鋼板および前記第2鋼板の各表面から突出するように形成された溶接ビードの、前記第1鋼板の表面におけるビード径をW1(mm)、前記第2鋼板の裏面におけるビード径をW2(mm)、前記高張力鋼板の板厚をt(mm)とした際、ビード径W1、W2および板厚tの各々の関係が、下記(1)〜(3)を満たし、さらに、前記高張力鋼板の母材硬度Hv(BM)と前記溶接ビード(溶接金属)の硬度Hv(WM)との関係が、下記(4)式を満たすことを特徴とする、継手強度に優れたアークスポット溶接継手。
2t(mm)≦W2(mm) ・・・・・(1)
W2(mm)<W1(mm)≦12t(mm){但し、W2>5tの場合} ・・・・・(2)
5t(mm)≦W1(mm)≦12t(mm){但し、2t≦W2≦5tの場合} ・・・・・(3)
0.7≦Hv(WM)/Hv(BM)≦1.2 ・・・・・(4)
{但し、上記(1)〜(4)式において、W1:第1鋼板の表面におけるビード径(mm)、W2:第2鋼板の表面におけるビード径(mm)、t:高張力鋼板の板厚(mm);第1鋼板と第2鋼板の板厚が異なる場合は何れか薄い側の板厚、Hv(BM):高張力鋼板の母材硬度(ビッカース硬さ)、Hv(WM):溶接ビード(溶接金属)の硬度(ビッカース硬さ)を示す。}
【請求項2】
前記高張力鋼板の板厚tが、0.5〜3.0mmの範囲であることを特徴とする、請求項1に記載の継手強度に優れたアークスポット溶接継手。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載のアークスポット溶接継手を製造する方法であって、
鋼板成分中の炭素量が0.07質量%以上である高張力鋼板を2枚重ね合わせ、アークスポット溶接によって平面視略円形状の溶接ビードを形成する際、前記高張力鋼板の内、アークが照射される側を第1鋼板、他方を第2鋼板とし、これら高張力鋼板の板厚をt(mm)、溶接前に前記第1鋼板に予め形成する貫通孔の直径をd(mm)とした際、前記板厚tと前記貫通孔の直径dとの関係を下記(5)式の範囲とし、
さらに、溶接時のシールドガスとして、Arガス、あるいは、Ar体積濃度が70%以上100%未満のArとCOの混合ガスを用いるとともに、溶接時のワイヤ狙い位置を、前記貫通孔の中心とするか、あるいは、前記貫通孔の中心から孔端の間で揺動させることを特徴とする、継手強度に優れるアークスポット溶接継手の製造方法。
d(mm)/t(mm)=3〜12 ・・・・・(5)
{但し、上記(5)式中において、d:第1鋼板に形成する貫通孔の直径(mm)、t:高張力鋼板の板厚(mm);第1鋼板と第2鋼板の板厚が異なる場合は何れか薄い側の板厚を示す。}
【請求項4】
前記高張力鋼板として、前記第1鋼板および前記第2鋼板の内の少なくとも何れか一方または両方に、表面に溶融または合金化の亜鉛めっき処理、あるいは、アルミニウムめっき処理を施した鋼板を用い、溶接時に重ね合わせる前記第1鋼板と前記第2鋼板との隙間Cを、下記(6)式で表される関係を満たす範囲とすることを特徴とする、請求項3に記載の継手強度に優れるアークスポット溶接継手の製造方法。
0.1(mm)≦C(mm)≦0.5t(mm) ・・・・・(6)
{但し、上記(6)式において、C:第1鋼板と第2鋼板との隙間、t:高張力鋼板の板厚(mm);第1鋼板と第2鋼板の板厚が異なる場合は何れか薄い側の板厚を示す。}
【請求項5】
請求項1または請求項2に記載のアークスポット溶接継手を製造する方法であって、
前記高張力鋼板として、前記第1鋼板および前記第2鋼板の内の少なくとも何れか一方または両方に、表面に溶融または合金化の亜鉛めっき処理を施した鋼板を用い、
鋼板成分中の炭素量が0.07質量%以上である高張力鋼板を2枚重ね合わせ、アークスポット溶接によって平面視略円形状の溶接ビードを形成する際、前記高張力鋼板の内、アークが照射される側を第1鋼板、他方を第2鋼板とし、これら高張力鋼板の板厚をt(mm)、溶接前に前記第1鋼板に予め形成する貫通孔の直径をd(mm)とした際、前記板厚tと前記貫通孔の直径dとの関係を下記(5)式の範囲とし、
さらに、溶接時のシールドガスとして、Oの体積濃度が2〜20%、O+COの体積濃度が35%以下の範囲である、Ar、CO、およびOの混合ガスを用いるとともに、溶接時のワイヤ狙い位置を、前記貫通孔の中心とするか、あるいは、前記貫通孔の中心から孔端の間で揺動させることを特徴とする、継手強度に優れるアークスポット溶接継手の製造方法。
d(mm)/t(mm)=3〜12 ・・・・・(5)
{但し、上記(5)式中において、d:第1鋼板に形成する貫通孔の直径(mm)、t:高張力鋼板の板厚(mm);第1鋼板と第2鋼板の板厚が異なる場合は何れか薄い側の板厚を示す。}
【請求項6】
さらに、溶接時に重ね合わせる前記第1鋼板と前記第2鋼板との隙間Cを、下記(6)式で表される関係を満たす範囲とすることを特徴とする、請求項5に記載の継手強度に優れるアークスポット溶接継手の製造方法。
0.1(mm)≦C(mm)≦0.5t(mm) ・・・・・(6)
{但し、上記(6)式において、C:第1鋼板と第2鋼板との隙間、t:高張力鋼板の板厚(mm);第1鋼板と第2鋼板の板厚が異なる場合は何れか薄い側の板厚を示す。}

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−10139(P2013−10139A)
【公開日】平成25年1月17日(2013.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−120167(P2012−120167)
【出願日】平成24年5月25日(2012.5.25)
【出願人】(000006655)新日鐵住金株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】