説明

耐スポーリング性に優れた亜鉛めっき鋼板用圧延ロール

【課題】耐スポーリング性に優れた亜鉛めっき鋼板用圧延ロールを提供すること。
【解決手段】C:0.8〜1.0%、Si:0.3〜1.5%、Mn:1.0%以下(0%を含まない)、Cr:3.0〜3.9%、Mo:0.01〜0.34%、Ni:0.15〜0.49%を含み、残部が鉄及び不可避的不純物からなり、かつロール軸に対して垂直に切断した断面において、硬化深さが、ロール外周から100mm以上存在すると共に、ロール外周から100mmまでにおいて残留γ量が5〜11.0体積%であり、かつ該残留γ中の固溶C量が0.85〜1.70原子%である亜鉛めっき鋼板用圧延ロール。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐スポーリング性に優れた亜鉛めっき鋼板用圧延ロールに関するものである。
【背景技術】
【0002】
亜鉛、亜鉛−アルミ合金、亜鉛−ニッケル合金、亜鉛−鉄合金等の亜鉛系めっき鋼板のスキンパス圧延用ワークロール(以下、「ワークロール」ということがある)は、スキンパス圧延時に、亜鉛系めっき鋼板から生じる亜鉛系粉末の付着防止のため、ワークロール表面に潤滑用の水を噴射することにより、亜鉛系粉末の付着防止、および亜鉛系粉末の除去が行われている(水潤滑環境)。
【0003】
スキンパス圧延は、めっき鋼板の性質を改善するために通常行われており、例えば連続式溶融亜鉛めっき製造ライン(CGL)では、めっき鋼板の機械的性質を改善するために、めっき後に軽圧下のスキンパス圧延が行われる。また、電気めっきライン(EGL)の出側では、めっき鋼板の平坦度や表面性状調整のためにスキンパス圧延が行われることもある。
【0004】
ワークロールは、溶製−加熱−鍛造−焼鈍−調質−(表面)焼入れ−仕上げ旋削および研磨などの工程を経て製造され、必要に応じてさらにダル加工が施される。また使用後のワークロールは、表面研削およびダル加工が施された後に再利用される。このワークロールを水潤滑環境下で使用し続けると、ロール表面に微細な膨れキズが生じたり、さらには該膨れキズの表面が剥離してピット状のキズが発生することが知られている。ロール表面にこのようなキズが発生すると、このキズがスキンパス圧延時にめっき鋼板に転写されて品質低下の原因となる。さらにロール表面に生じたキズを起点とした疲労亀裂が発生しやすい。そして、亀裂がロール内部へと進展すると、最終的には、ワークロールにスポーリングという脆性破壊現象が発生することが知られている。
【0005】
また、スキンパス時に亜鉛系粉末が水潤滑環境下でワークロールと接触すると、異種金属接触によってワークロールに腐食が生じ(カソード:2H++2e-→H2、アノード反応:Zn→Zn2++2e-)、この腐食によって発生した水素がロール内部に侵入することが知られている。
【0006】
従来からこのような圧延ロール表面に発生するキズを防止するために様々な対策が講じられている。例えば、特許文献1には、圧延ロール表面の研削量を規定することでスポーリング現象を抑制する方法が提案されている。
【0007】
また特許文献2には、亜鉛系めっき鋼板圧延ロール表面にCrめっきを施し、めっき厚とめっき皮膜中の水素含有量を限定することによりスポーリング現象を防止する技術が提案されている。
【0008】
特許文献3には、ロールの成分組成と表面硬度と焼戻し温度条件等を制御してスポーリング現象を抑制した亜鉛系めっき鋼板スキンパス圧延用ロールが提案されている。
【0009】
また特許文献4には、特定成分組成の鋼材を用いることによってスポーリング現象を抑制した亜鉛めっき鋼板用圧延ロールが提案されている。
【0010】
さらに亜鉛めっき鋼板用以外の技術として、特許文献5、6、7には残留γ組織を規定して転動疲労寿命や靭性を向上させたロールやその製法が提案されている。特許文献5には、成分、誘導加熱処理やサブゼロ処理などの条件を規定したロールの製法が提案されており、例えば残留γ量を6%以上とすることによって、クラックの防止と、転動疲労寿命の向上が図れることが開示されている。
【0011】
特許文献6には、成分、硬度を制御し、残留γ量を5%以上とすることによって、クラックの防止と、転動疲労寿命の向上を図る技術が提案されている。
【0012】
また特許文献7には、鋼材に含まれるMnとNi添加量を制御し、残留γ量を15〜40%とすることによって、高硬度化と耐摩耗性、耐事故性(靭性)と耐食性の向上を図る技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開昭61−108413号公報
【特許文献2】特開平2−30309号公報
【特許文献3】特開平6−17196号公報
【特許文献4】特開2004−263236号公報
【特許文献5】特開平1−56826号公報
【特許文献6】特開平1−225751号公報
【特許文献7】特開平5−132738号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上記特許文献1や2のように、ロール表面の研削量の規定やCrめっき処理などを施す技術では、ロール素材の原単位が高いだけでなく、ロール表面のキズの発生を十分に抑制することはできない。特に特許文献2のようにロール表面にCrめっきを施す場合は、Crめっき時に水素が鋼材中に侵入するためスポーリングが発生しやすくなることが知られており、ロール素材の耐スポーリング性付与がより一層重要である。
【0015】
更に特許文献3〜7のように、鋼材の成分組成を特定するだけではスポーリング現象の抑制には不十分であり、またロールの転動疲労寿命や靭性を高めるために残留γを制御するだけでは、上記水素に起因するスポーリング現象に十分に対応することはできない。
【0016】
例えば特許文献3のように成分組成と表面硬度、焼戻し温度条件の規定のみでは、腐食してワークロールに侵入した水素を十分に無害化(トラップ)することはできず、スポーリング発生防止の観点からは十分なものとは言えない。なお、この特許文献3(表1中の比較例a3及びc)には、Crを略2.9%含有した鋼材にサブゼロ処理を施した例が記載されているが、大気中の切り欠き破断強さが著しく低下していることから、靭性が低下していると考えられ、その原因としてサブゼロ処理温度が、適切でないために、残留γ量や該残留γ中の固溶C量が最適化されていないと推測される。
【0017】
また特許文献4のように成分組成を規定するだけでは腐食によりワークロールに侵入した水素を十分に無害化(トラップ)することはできず、残留γ量や該残留γ量中の固溶C(炭素)量などについて全く留意していないため、スポーリング発生防止の観点からは十分なものとは言えない。
【0018】
特許文献5では、上記水素が関与するスポーリング現象に関しては考慮されておらず、また鋼材に含まれるCr含有量(4.0〜5.5%)が高いために、サブゼロ処理しても、残留γ中の炭素濃度が0.85原子%未満であると予想され、残留γの微細化、安定化が達成できず、上記水素による亀裂進展を十分に抑制できないと考えられる(後記実施例No.11参照)。更にロール表面の硬化深さが30〜40mmと浅いため、最近の高い圧延負荷に十分に対応できていない。また硬化深さが浅いため、この技術では再利用するために表面研削やダル加工を施すことが制限されてしまう。なお、表2のNo.5の鋼材(Cr:2.79%)を−120℃でサブゼロ処理を行っているが、残留γ量が4.0%程度しかなく、転動寿命特性が劣っている。その原因として硬化深さが15mm程度しかないため、中心部に近いほど硬度が低下すると共に残留γ量が低下し、その影響で残留γ量が少ないと推測される。またこの程度の硬化深さでは上記水素が関与するスポーリング特性に関しても劣ると推測される。
【0019】
特許文献6では、上記水素が関与するスポーリング現象に関しては考慮されておらず、また鋼材に含まれるCr含有量(4.0〜6.5%)が高く、サブゼロ処理温度(0〜50℃)も高いため、残留γ中の炭素濃度が0.85原子%未満と予想され、残留γの微細化、安定化が達成できず、上記水素による亀裂進展を十分に抑制できないと考えられる。更にロール表面の硬化深さが25mm程度と浅いため、最近の高い圧延負荷に十分に対応できていない。硬化深さが浅いため、この技術では再利用するために表面研削やダル加工を施すことが制限されてしまう。また特許文献6に記載されている表2には、残留γ量が5%以上であって、転動寿命比を満足する条件においても、硬化深さが15mmと浅いこと、残留γ中の炭素濃度が0.85原子%未満と予想されることから、水素が関与するスポーリング特性に関しても劣ると推測される。
【0020】
特許文献7では、上記水素が関与するスポーリング現象に関しては考慮されておらず、この残留γ量の鋼種では、スポーリングの進展を十分に抑制できないと考えられる。
【0021】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、ロール素材としての原単位を高めることなくロール表面に発生するキズを防止でき、耐スポーリング性に優れた亜鉛めっき鋼板用圧延ロールを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0022】
上記目的を達成し得た本発明の耐スポーリング性に優れた亜鉛めっき鋼板用圧延ロールとは、C:0.8〜1.0%(「質量%」の意味。化学成分組成について以下同じ)、Si:0.3〜1.5%、Mn:1.0%以下(0%を含まない)、Cr:3.0〜3.9%、Mo:0.01〜0.34%、Ni:0.15〜0.49%を含み、残部が鉄及び不可避的不純物からなり、かつロール軸に対して垂直に切断した断面において、硬化深さが、ロール外周から100mm以上存在すると共に、ロール外周から100mmまでにおいて残留γ量が5〜11.0体積%であり、かつ該残留γ中の固溶C量が0.85〜1.70原子%であることに要旨を有するものである。
【0023】
本発明においては、更に他の元素として、V:0.5%以下(0%を含まない)を含むものも好ましい実施態様である。さらに、本発明のロールにおいては、表面にCrめっきが存在しても、高い耐スポーリング性を依然有するため、好ましい実施態様である。
【0024】
また本発明においては、前記Ni含有量が0.15〜0.40%であり、かつ残留γの円形度が0.50〜0.60であることも、好ましい実施態様である。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、ロール原単位を高めることなくロール表面に発生するキズを防止でき、耐スポーリング性に優れた亜鉛めっき鋼板用圧延ロールを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】図1は、亀裂進展試験に用いる1/2CT試験片の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
上記の通り、水潤滑環境下で使用される亜鉛めっき鋼板用圧延ロールの表面には、通常のワークロールよりも亀裂が発生し易く、また亀裂の進展も速いため、スポーリングが生じやすい。その理由は次の様に考えられている。
【0028】
亜鉛めっき鋼板の圧延工程では、圧延ロール表面は亜鉛と水が共存する特殊な環境に曝される。亜鉛と水が共存する環境下では、亜鉛がイオン化する一方で(Zn→Zn2++2e-)、発生した吸着水素原子の一部は再結合(H+H→H2)して水素分子として圧延ロール外へ放出されるが、一部は圧延ロールの鋼材内部へ侵入すると考えられる。水素が鋼材内部へ侵入した場合は、圧延や摩耗による剪断応力が負荷された部分に水素が濃化して鋼を脆化させるため、通常の転動疲労亀裂や摩耗キズよりも亀裂(水素割れ)が発生し易い。
【0029】
また亀裂先端部分には剪断応力が集中するため、亀裂先端での水素の濃化がさらに助長されて、亀裂が鋼材内部(深さ方向)に進展し、スポーリング(亀裂部位の表面が剪断方向に剥離すること)となって現れる。このようなスポーリング現象は、水素による鋼の脆化を伴う場合は、水素が関与しない場合と比べて進展が早く、発生しやすい。
【0030】
そこで本発明者らは、亜鉛と水が共存する特殊な環境で用いられる亜鉛めっき鋼板用圧延ロールに注目して水素浸入に伴うスポーリングの発生を抑制すべく、前述した特許文献4の技術を公開した後も、様々な角度から検討してきた。その結果、特許文献4と同様に成分組成を限定すると共に、更にサブゼロ処理を施して、残留γ量(残留オーステナイト量)と、残留γ中の固溶C量を適切に制御することで、水素割れの進展を抑制でき、その結果、耐スポーリング性を大きく改善できることを見出し、本発明を完成した。
【0031】
以下、本発明の耐スポーリング性に優れた亜鉛めっき鋼板用圧延ロールについて説明する。
【0032】
まず、本発明の亜鉛めっき鋼板用圧延ロールは、基本成分としてC:0.8〜1.0%、Si:0.3〜1.5%、Mn:1.0%以下(0%を含まない)、Cr:3.0〜3.9%、Mo:0.01〜0.34%、Ni:0.15〜0.49%を含有するものである。これらの構成元素の含有量を定めた理由は次の通りである。
【0033】
C:0.8〜1.0%(「質量%」の意味。化学成分組成について以下同じ)
Cは、FeやCr、Mo等の合金元素と結合して炭化物を形成し、圧延ロールの表面硬度を高めると共に、耐摩耗性を向上させる元素である。さらには後述するように、マトリクス中に固溶することによってロールの表面硬度を高める効果がある。固溶Cが残留γ中に一定量残存することで残留γの硬化及び安定化が図られて、亀裂先端での残留γの変態が抑制される結果、耐スポーリング性が向上する。さらにCは母相であるマルテンサイトの硬さを得るために必要な元素である。これらの効果を有効に発揮させるためには、C含有量を0.8%以上、好ましくは0.82%以上、より好ましくは0.83%以上とするのがよい。しかしC含有量が多すぎると炭化物の粗大化や、ネットワーク状の共晶炭化物が生成して、水素割れの起点となるので、1.0%以下、好ましくは0.95%以下、より好ましくは0.90%以下に抑える必要がある。
【0034】
Si:0.3〜1.5%
Siは、鋼材に固溶して固溶硬化作用や残留γ生成作用を発揮するほか、焼入れ性の改善や焼戻し軟化抵抗の増大にも寄与する有用な元素である。これらの効果を有効に発揮させるには、0.3%以上含有させる必要があり、好ましくは0.4%以上、より好ましくは0.5%以上含有させるのがよい。しかしSi量が多すぎると圧延ロール形状に熱間加工する際の鍛造性が低下するばかりでなく、ロール自体の耐クラック性や靱性も著しく低下するので、1.5%以下、好ましくは1.0%以下、より好ましくは0.8%以下に抑える必要がある。
【0035】
Mn:1.0%以下(0%を含まない)
Mnは、Siと同様に鋼材に固溶して固溶硬化、焼入れ性改善および焼戻し軟化抵抗の向上に寄与する。この様な作用を有効に発揮させるには0.2%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.25%以上含有させるのが良い。一方で、Mnはオーステナイト形成を促進する元素であるが、Mn量が多すぎるとサブゼロ処理前の残留γ量が増加し、サブゼロ処理を行っても残留γ量を十分に低減できなくなるため、耐スポーリング性が不十分となる。また、Mn量が多すぎると圧延ロールの耐クラック性を著しく劣化させる。以上のことから、Mn含有量は1.0%以下、好ましくは0.95%以下、より好ましくは0.9%以下に抑制する必要がある。
【0036】
Cr:3.0〜3.9%
Crは、FeやCと結合して(Fe,Cr)73、(Fe,Cr)3C、(Cr,Fe)236等の複合炭化物を形成し、析出硬化に寄与する元素である。それら複合炭化物の形成により、水素のトラップサイト作用を付与することが可能である。また特にNiの存在下でオーステナイト形成を促進する。さらにCrの一部は鋼材に固溶して焼入れ性の向上にも寄与する。これらの効果を発揮させるには、3.0%以上、好ましくは3.1%以上、より好ましくは3.2%以上、さらに好ましくは3.3%以上含有させるのが良い。しかしCr量が多すぎると炭化物の形成により固溶C量が低減するため、3.9%以下、好ましくは3.8%以下、より好ましくは3.7%以下、さらに好ましくは3.6%以下に抑制する必要がある。
【0037】
Mo:0.01〜0.34%
Moは、炭化物を形成する元素であり、Mo含有量が多すぎるとMo6C型などの炭化物を形成するため、残留γ中の固溶C量が低減し、耐スポーリング性が不十分となる。したがってMo含有量は、0.34%以下、好ましくは0.33%以下に抑制する必要がある。なお、焼入れ性、強度の向上に有効に作用する元素であるため、それらの作用を有効に発揮させるには0.01%以上、好ましくは0.05%以上、より好ましくは0.10%以上、さらに好ましくは0.15%以上含有させるのがよい。
【0038】
Ni:0.15〜0.49%
Niは、オーステナイト形成を促進する元素であり、Ni含有量が多すぎると残留γ量が増加するが、Cが十分に固溶していない残留γ相も増加する傾向にある。不安定な低Cの残留γ相が変態しやすいため、亀裂の進展の抑制効果が不十分となり、耐スポーリング性が不十分となる。またロールの表面硬さも確保が困難となるため、Ni含有量は0.49%以下とする。特にNi含有量を0.40%以下とすると、残留γの円形度が0.50〜0.60となり、一層高い耐スポーリング性を発揮するため、好ましい。より好ましくは0.29%以下とする。ただしNi含有量が少なすぎると、サブゼロ処理を施しても、残留γ量、残留γ中の固溶C量が少なくなる傾向にあり、また、ロール自体の耐食性が低下するため、0.15%以上、好ましくは0.20%以上含有させることが推奨される。すなわち安定的な残留γ量と残留γ中の固溶C量の確保に最も有効なのは0.20〜0.29%である。
【0039】
本発明の鋼材における上記基本成分以外の残部成分は実質的に鉄であるが、これら以外にも微量成分を含み得る。こうした微量成分としては、不純物、特にPやSなどの不可避的不純物が挙げられ、これら不可避的不純物は本発明の効果を損なわない限度(例えば、数十ppm)で許容される。例えば本発明ではロールの表面硬度向上に有用な微細炭窒化物を導入するために、不可避的不純物であるNも制御することが好ましく、Nは0.02%以下に制御することが望ましい。
【0040】
なお、本発明では、上記本発明の効果に悪影響を与えない範囲で、更に他の元素を積極的に含有させてもよい。
【0041】
本発明では、必要に応じて更に他の元素として、Vを0.5%以下(0%を含まない)含有させることも有効である。好ましい範囲を定めた理由は、次の通りである。
【0042】
V:0.5%以下(0%を含まない)
Vは、Cと結合して非常に硬い炭化物(VC)を形成し、ロールの耐摩耗性を向上させる元素である。またVの炭化物は微細に形成されるため、残留γ中の固溶C量を低減せずに水素のトラップサイト作用を付与することが可能である。これらの効果を有効に発揮させるには好ましくは0.01%以上、より好ましくは0.05%以上、さらに好ましくは0.07%以上含有させるのが良い。しかしV含有量が過剰になるとロールの被削性が劣化するため、好ましくは0.5%以下、より好ましくは0.4%以下、更に好ましくは0.3%以下に抑制する必要がある。
【0043】
本発明では必要に応じて、更に他の元素としてTi、Zr、Hf、Nbを含有させてもよく、これら元素は、鋼中のCやNと結合して硬質で水素トラップ性を有する炭化物や窒化物、炭窒化物を形成する。もっともTi、Zr、Hf、Nb含有量が過剰になると、粗大な炭化物が析出するため、Ti、Zr、Hf、Nbは合計量で、好ましくは0.2%以下、より好ましくは0.1%以下とする。
【0044】
次に本発明に係る圧延ロールの組織について説明する。まず、本発明では圧延ロールのロール軸方向に対して垂直方向に切断した断面において、ロール外周(ロール使用時の最表面)から100mmの深さまで(表層部)における残留γ量を5〜11.0%(体積%、以下同じ)とすると共に、該残留γ中の固溶C量を0.85〜1.70%(原子%、以下同じ)とした。ここで「残留γ中の固溶C量」とは、表層部の残留γ中の固溶C量を意味する。このように表層部の残留γ量と該残留γ中の固溶C量を制御することによって、耐スポーリング性を向上させることができる。その理由について説明する。
【0045】
上記したように、亜鉛と水が共存する環境下では、亀裂(水素割れ)が発生し易く、また亀裂先端部への水素の濃化に起因して該亀裂が進展し、スポーリングが発生する。そこで本発明者らがまず上記水素割れの発生自体の抑制について検討した結果、水素割れの発生抑制には残留γを存在させて靭性を向上させればよいことがわかった。また残留γは転動疲労亀裂や摩耗キズの抑制にも有効であることがわかった。しかしながら、亜鉛めっき鋼板用圧延ロールには、転動疲労亀裂や摩耗キズが亜鉛めっき鋼板へ転写されるのを防ぐために、定期的にロール表面を切削してこれらキズの除去が行われており、水素割れによる亀裂についても、該亀裂が小さいままであれば、ロール表面の切削によって除去されるため、スポーリングにまで発展することはない。もっとも、スポーリングに至る原因となる亀裂は水素割れによるものに限られないことから、スポーリングの防止には、水素割れ自体の発生を抑制するだけでなく、上記ロール表面を切削するまでに亀裂が発生した場合に、該亀裂の先端部からの亀裂の進展を抑制することが重要である。
【0046】
そこで本発明者らが、亀裂の進展について検討した結果、亀裂の進展の抑制には残留γの制御が有効であることがわかった。特にロール表層部(具体的にはロール外周から100mmの深さまで)における残留γ量を制御することが必要である。
【0047】
残留γ量が多すぎると、高硬度で歪みが蓄積するマルテンサイトに選択的に水素が濃化されてしまい、その結果、靭性を高めてもマルテンサイトで脆性破壊が生じ、マルテンサイトラスに添って亀裂が進展する。そこで本発明ではロール外周から100mmの深さまでにおける残留γ量の上限を11.0%とした。好ましい残留γ量の上限は10.6%、より好ましく10.0%である。
【0048】
一方、残留γが適量であれば、該残留γはマルテンサイトラス間に位置するため、マルテンサイトラスに沿って進展する亀裂を残留γによって抑止できるが、鋼中成分が、上記成分範囲の本発明に係る圧延ロールにおいては、残留γ量が少なすぎると、熱処理した際の熱応力によって鋼材に割れが発生したり、靭性が低下することがあるため、5%を下限とした。好ましい残留γ量の下限は7%、より好ましくは9%である。
【0049】
もっとも、残留γ量が上記適量範囲内であったとしても、残留γが不安定であると、わずかな応力によって容易に該残留γがマルテンサイトに変態してしまい、該変態によって生じる歪みも増加するため、水素の濃化と相俟って亀裂の伝播が助長されてしまう。残留γを安定させてマルテンサイトへの変態を抑制するには、上記残留γ中の固溶C量を高める必要がある。例えば後記表2のNo.9で示すように残留γ量9.8%、残留γ中の固溶C量0.95%の場合、亀裂進展試験での亀裂進展速度が0.6×10-3mm/cycleと低いが、この場合、残留γが安定であり、亀裂先端においても残留γが殆ど変態せず、試験後の残留γ量は9.7%を保っていた。一方、No.13で示すように残留γ量が10.8%と多くても、残留γ中の固溶C量が0.61%の場合、亀裂進展試験での亀裂進展速度が3.4×10-3mm/cycleと高いが、残留γが不安定で、亀裂先端では残留γの変態量が多く、試験後の残留γ量が4.5%まで低下していることが認められた。このように、残留γの安定性を高める効果を発揮させるには、上記残留γ相中の固溶C量を0.85%以上とする。好ましい固溶C量は0.86%以上である。なお、残留γの安定性を高める観点からは残留γ中の固溶C量の上限は特に限定されず、固溶限界まで固溶していてもよく、例えば固溶Cの上限は、1.70原子%とする。
【0050】
上記ロール外周から100mmの深さまでにおける残留γ量は、X線回折法または飽和磁化変化量によって測定することができるが、X線回折法による場合は、試料調整における変態誘起を防ぐため、処理ままで測定するものとする。一方、飽和磁化変化量によってγ量を測定する方法は、例えば特開2002−161338号公報に詳述されている方法に基づいて行えばよい。
【0051】
また上記ロール外周から100mmの深さまでにおける残留γ中の固溶C量は、X線回折法(γ(200)のピークより格子定数を計算し、[(格子定数−3.572)/0.033])によって測定することができる。
【0052】
本発明の亜鉛めっき鋼板用圧延ロールは、ロール外周からの硬化深さが100mm以上である必要がある。硬化深さとはロール軸に対して垂直に切断した断面において、焼入れ前よりも高い硬度となる深さをいう。本発明では、例えばビッカース硬度計を用いて焼き入れ前の任意位置の硬度と、焼き入れ後の100mm位置の硬度を測定して比較すれば、確認が可能である。
【0053】
硬化深さを100mm以上としたのは、高負荷圧延での耐スポーリング性向上という最近のニーズに十分に対応するためと、さらに長期間にわたってロール表面の研削やダル加工を可能として、ロールの再利用による使用期間を伸ばすためである。
【0054】
また本発明では、ロール外周から深さが50mmまでの領域における硬度(表面硬度)を85〜100(HS:ショア硬さ)とすることが望ましい。圧延ロールのスポーリング性を改善するためには、表面硬度はできるだけ低い方が望ましいが、表面硬度が85(HS)未満ではロール表面に肌荒れが生じ易くなると共に、耐摩耗性も劣化するので、表面硬度は好ましくは85(HS)以上、より好ましくは87(HS)以上とする。しかし、表面硬度が100(HS)を超えるとスポーリングが発生しやすくなるので、表面硬度は100(HS)以下とすることが好ましい。
【0055】
なお、表面硬度の測定には、例えばショア硬度計を用いて、ロール最表面から50mmまでの深さにおいて、測定箇所は少なくとも5箇所とし、得られた測定結果の平均値を表面硬度とする。
【0056】
上記硬化深さと好ましくは表面硬度を満足させるには、ロール外周から深さが少なくとも50mmまでの領域を硬質組織であるマルテンサイトを主体とする組織とすることが重要である。マルテンサイト主体とは、ロール外周から深さが50mmまでの領域の組織を光学顕微鏡を用いて200〜1000倍で少なくとも5視野観察して算出したマルテンサイト組織の平均面積率が80%以上であることを意味する。
【0057】
残留γの円形度が低いと、一層高い耐スポーリング性を発揮するため、残留γの円形度を0.50〜0.60とすることが望ましい。このような効果が得られる詳細は不明であるが、残留γの円形度を低く制御することで残留γの安定性を高めることができ、その結果、耐スポーリング性が一層向上するものと考えられる。具体的には、残留γの円形度を好ましくは0.50以上、0.60以下とすることで、水素割れの進展を抑制でき、耐スポーリング性をさらに改善できる。耐スポーリング性を更に向上させるには、残留γの円形度をより好ましくは0.59以下、更に好ましくは0.58以下とする。なお、マルテンサイトラス間に生成する残留γの円形度がおおむね0.50程度であれば、優れた耐スポーリング性を発現するため、下限を好ましくは0.50以上としたが、残留γの円形度は低いほど好ましいため、これに限定されない。
【0058】
残留γの「円形度」は、下記式(1)によって求めることができる。
円形度=4πS/L・・・(1)
式中、Sは円の面積、Lは円の周囲長さ
また残留γは、EBSP(Electron Back Scatter diffraction Pattern )検出器を備えたFE−SEM等により、EBSP像のFCC(面心立方格子)相に対して画像解析ソフト(例えばImageJなど)を用いて、形態解析を行い、検出された残留γを測定対象とする。
【0059】
以下、上記本発明の亜鉛めっき鋼板用圧延ロールを製造する方法について説明する。上記特性が得られるのであれば、製造方法は特に限定されないが、例えば以下のような製造方法が推奨される。
【0060】
上記本発明の成分組成を満足する鋼材を、例えば電気炉を用いた通常工程や、真空溶解工程、またはエレクトロスラグ溶解工程によって溶製された鋼塊を、加熱炉で適当な温度(例えば900〜1200℃)に加熱した後、プレス機により鍛造して棒状にした後、焼鈍・調質熱処理を施し、その後、外径旋削を行ってロール材とする。
【0061】
次いでロール材に低周波焼入れ(20〜1000Hz)、または中周波焼入れ(1000〜50000Hz)を施す。低・中周波焼入れを施すことによって、ロール外周から深さが100mmまでの領域がマルテンサイト主体の組織となり、ロール表面からの硬化深さ100mm以上で、かつ好ましくは表面硬度85〜100(HS)を確保することができる。また焼入れ温度が高いほど、残留γ量が増加する。効率的にこのような組織や硬度を確保する観点からは中周波焼き入れを施すのが望ましい。
【0062】
低・中周波焼入れを施した後、室温まで水冷し、その後、冷媒へ浸漬して−60〜−140℃に急冷するサブゼロ処理を施す。
【0063】
上記サブゼロ処理を施すことによって、ロールの表層部における残留γ量と該残留γ中の固溶C量を制御することができる。サブゼロ処理の温度が低いほど、残留γ中の固溶C量が低い残留γがマルテンサイトに変態するため、残留γ量を低減させつつ、固溶C量が高い残留γを残存させることができる。したがって残留γ量と該残留γ中の固溶C量を上記本発明の範囲とするには、サブゼロ処理の温度は−60℃以下とすることが好ましい。ただし、−140℃より低くしても残留γの変態が進まないため、−140℃以上が好ましく、より好ましくは−100℃以上である。
【0064】
サブゼロ処理後、焼戻し(例えば70〜200℃)を行なうことによって圧延ロールが得られる。本発明の圧延ロールは、ロール原単位を高めることなく耐スポーリング性に優れた特性を有する。またさらに、本発明のロールにおいては、表面にCrめっきが存在してもよい。Crめっきによって水素が鋼材中に侵入しても、ロール素材が高い耐スポーリング性を有するため、亀裂の進展を抑制することができる。
【0065】
本発明の圧延ロールは、めっき後の鋼板にスキンパス圧延を施す際に用いるロールとして好適に用いることができる。
【実施例】
【0066】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0067】
(実施例1)
実機で用いられる亜鉛めっき鋼板用圧延ロールを模した試験片を作製し、実機環境を模擬した亀裂進展試験を行なって亀裂進展速度を評価することで耐スポーリング性を評価した。
【0068】
下記表1に示す化学成分組成(残部鉄及び不可避的不純物)の鋼材を真空溶解炉(150kg級)にて溶製し、鋳造してインゴットを作製した後、冷却した。このインゴットを約1200℃に加熱した後、熱間鍛造して200mm角の角材(長さは加工まま)を作製した。予めビッカース硬度計を用いて焼鈍前の硬度を表面から測定した(測定数:各5箇所)。次いでこの角材にAcm以下の温度で焼鈍・調質熱処理を行った。得られた角材を中周波焼入れ(1000〜50000Hz)を施した後、室温まで放冷し、その後、70〜150℃で10時間焼戻して試験片を得た。
【0069】
なお、一部の実施例(No.8〜14)については室温まで放冷した後、角材を液体窒素に浸漬して実体温度が−60〜−100℃となるまで冷却するサブゼロ処理の後、角材を液体窒素から取り出して室温に戻し、その後上記焼戻し処理をした。
【0070】
また各角材に対して、焼入れ前に、角材表面(任意の位置)からビッカース硬度計を用いて硬度を測定した。
【0071】
この試験片の軸(長手方向)に対して垂直に切断した断面の硬度(硬化深さ)、表面硬度(ショア硬さ)、組織、残留γ量、該残留γ中の固溶C量、亀裂進展速度について調べた。
【0072】
硬度(硬化深さ)は、試験片の切断面において、試験片表面(外周)から100mm(中心の位置)においてビッカース硬度計を用いて硬度を測定した(測定数:各5箇所)。その結果、いずれの試験片においても、硬化深さは100mmであった。
【0073】
表面硬度(ショア硬さ)は、試験片の断面の内、表面から50mm深さに当たる位置で任意の5箇所においてビッカース硬度計を用いて硬度を測定し、SAE J 417の硬さ換算表にてショア硬さに換算した。その結果、いずれの試験片においても表面硬度は85〜100(HS)の範囲内であった。
【0074】
組織は、試験片の表面を光学顕微鏡を用いて200〜1000倍で10視野観察した。その結果、いずれの試験片においても、マルテンサイト主体(マルテンサイト面積率80%以上)の組織であった。
【0075】
残留γ量は、試験片の表面をリガク製RINT1500 X線回折装置を用い、40°〜130°の測定範囲において、走査速度2°/minにてX線回折パターンを測定し、αFeピークとγFeピークとの積分強度比から求めた。
【0076】
残留γ中の固溶C量は、同X線回折装置を用い、30°〜140°の測定範囲において、走査速度1°/minにてX線回折パターンを測定し、γ(200)のピークよりγFeの格子定数を計算し、[(格子定数−3.572)/0.033]によって換算した。
【0077】
次に亀裂進展速度を調べた。まず、試験片の表面から100mm深さの位置(すなわち硬化している表面層)から、図1に示す1/2CT試験片(60mm×60mm×12.5mm)を作製した。この1/2CT試験片を用いて、亀裂進展速度を調べた。具体的には亜鉛系めっき鋼板のスキンパス圧延時に生じるロールへの水素侵入は、鋼板(ロール本体)と亜鉛系めっき粉とが、ロール表面および亜鉛系めっき鋼板の表面を覆っている潤滑水中で接触することによって、異種金属接触腐食が生じることに由来する。そのため、まず、試験片への予備水素の導入として、潤滑水中での亜鉛の自然電位を考慮し、該試験片に対して25℃の3%NaCl水溶液中において電源装置を用いて飽和カロメル電極(SCE)基準で−1100Vの電位を24時間印加して鋼中水素量を均一化した。その後、同雰囲気中にて同電位を維持したまま、ASTM E−647に準拠して島津製作所製±50kN電気油圧サーボ式疲労試験機を用いて、応力拡大係数ΔKが14Pa・m1/2となる一定の応力を正弦波10Hzにて繰り返し加え、変位(亀裂進展量)をクリップゲージにより読み取り、亀裂進展速度とした。
【0078】
各試験片の鋼種、サブゼロ処理の有無、残留γ量、残留γ中の固溶C濃度、亀裂進展試験での進展速度を表2に示す。
【0079】
【表1】

【0080】
【表2】

【0081】
表2より、本発明で規定する化学成分組成を満足する鋼種(b、c、h)を用いると共に、適切なサブゼロ処理が施されている試験片No.9、10、15は、残留γ量、及び残留γ中の固溶C量、硬化深さが本発明の範囲を満足するものであった。この試験片No.9、10、15の亀裂進展速度はいずれも0.8×10-3mm/cycleを下回っており、耐スポーリング性に優れた性質を示した。
【0082】
一方、本発明で規定する化学成分組成を外れる鋼種(a、d、e、f、g)を用いた場合(試験片No.8、11、12、13、14)、適切なサブゼロ処理を施しても、残留γ量や残留γ中の固溶C量は本発明の範囲を外れるものとなった。この試験片No.8、11、12、13、14の亀裂進展速度はいずれも0.8×10-3mm/cycleを超えており、耐スポーリング性に劣る性質を示した。このうち、No.8は、Niが入っていないため、サブゼロ処理を施しても残留γ中の固溶C量を適切に制御することができず、耐スポーリング性に劣る。No.11は、上記特許文献5を模擬した例であり、Cr量が多いため、サブゼロ処理を施しても残留γ中の固溶C量を適切に制御することができず、耐スポーリング性に劣る。またNo.12は、C、Cr量が少なく、硬度を確保するためにMo、Niを多くした鋼種であるが、MoやNiが多いことによって残留γ量が多すぎ、C量が少なく、Moが多いことによって固溶Cが少ないために、残留γの安定性が低く、マルテンサイトに変態しやすく、亀裂が進展しやすいため、耐スポーリング性に劣る。No.13も、Ni量が多いため、固溶C量が少なく、残留γの安定性が低いため、耐スポーリング性に劣る。No.14は、Cr量が少ないため、サブゼロ処理を施しても残留γ中の固溶C量を適切に制御することができず、耐スポーリング性に劣る。
【0083】
また本発明で規定する化学成分組成を満足する鋼種(b、c)を用いた場合であっても、サブゼロ処理が施されていない試験片No.2、3は残留γ量、残留γ中の固溶C量が本発明の範囲を外れるものとなった。この試験片No.2、3の亀裂進展速度はいずれも0.8×10-3mm/cycleを超えており、耐スポーリング性に劣る性質を示した。
【0084】
更に本発明で規定する化学成分組成を外れる鋼種(No.a、d、e、f、g)を用いると共に、サブゼロ処理が施されていない試験片No.1、4、5、6、7はいずれも残留γ量が本発明の範囲を外れるものとなった。この試験片No.1、4、5、6、7の亀裂進展速度はいずれも0.8×10-3mm/cycleを超えており、耐スポーリング性に劣る性質を示した。
【0085】
以上の結果から、鋼中成分を本発明範囲内にすると共に、適切なサブゼロ処理を実施することによって残留γ量を5〜11.0体積%、残留γ中の固溶C量を0.85〜1.70原子%の範囲に制御することができ、その結果、亀裂進展速度を0.8×10-3mm/cycle以下とすることができることわかる。
【0086】
(実施例2)
上記実施例1で作製した鋼種No.b、c、hについて残留γの円形度を算出した。
残留γの円形度は、板厚1/4位置で圧延面と平行な面における任意の箇所を測定対象(約50×50μm;測定間隔0.1μm)とした。板厚1/4位置まで研磨する際は、残留オーステナイトの変態を防ぐため、電解研磨した。電解研磨後、EBSP検出器を備えたFE−SEMを用い、EBSP画像を高感度カメラで撮影し、コンピューターに画像データを取り込んで、既知の結晶系(残留オーステナイト:FCC(面心立方格子))を用いたシミュレーションによるパターンとの比較によって決定したFCC相に対してカラーマップピングした。マッピングされた領域の残留γの形態を解析し、残留γの円形度を算出した。なお、解析には電子計算機を用い、解析に用いるソフトウエアはEDAX−TSL社製OIM(Orientation Imaging Nicroscopy)Analysis5.2を用いた。円形度の算出式には「円形度=4πS/L:式中、Sは円の面積、Lは円の周囲長さ」を用いた。
【0087】
次に亀裂進展速度を調べた。まず、実施例1と同様にして、図1に示す1/2CT試験片(60mm×60mm×12.5mm)を作製した。上記実施例1よりも過酷な条件下での使用を考慮し、以下の条件で亀裂進展速度を調べた。
0.5mol/L硫酸+0.01mol/Lチオシアン酸カリウム溶液中にて、1/2CT試験片を陰極、白金板を正極とし、陰極に0.1mA/mmの電流密度の電流を24時間印加して鋼中水素量を均一化した。その後、同電流密度を維持したまま、ASTME−647に準拠して、島津製作所製±50kN電気油圧サーボ式疲労試験機を用いて、一定の応力の正弦波10Hzを繰り返し加え、予亀裂の先端での応力拡大係数ΔKが14以上15以下の場合の変位(亀裂進展量)をクリップゲージにより読み取り、この平均を亀裂進展速度とした。亀裂進展速度が2.0×10-3mm/cycle以下を合格とし、1.2×10-3mm/cycle以下を特に優れると評価した。結果を表3に示す。
【0088】
【表3】

【0089】
表3の結果から、試験片No.16、17はいずれも残留γの量、及び残留γ中の固溶C量を満足すると共に、円形度が0.50〜0.60の範囲内であるため、亀裂進展速度はいずれも2.0×10-3mm/cycleを下回っており、優れた耐スポーリング性に優れた性質を示した。
【0090】
一方、試験片No.18は、化学成分組成、残留γ量、残留γ中の固溶C量は本発明で規定する範囲内であったが、本発明で規定するNi含有量の好ましい範囲を外れるため、残留γの円形度が0.50〜0.60の範囲を外れていた。この試験片No.18の亀裂進展速度は2.0×10-3mm/cycleを下回っており、優れた耐スポーリング性を示したが、試験片No.16、17と比べると耐スポーリング性が若干劣る結果となった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.8〜1.0%(「質量%」の意味。化学成分組成について以下同じ)、
Si:0.3〜1.5%、
Mn:1.0%以下(0%を含まない)、
Cr:3.0〜3.9%、
Mo:0.01〜0.34%、
Ni:0.15〜0.49%
を含み、残部が鉄及び不可避的不純物からなり、
かつロール軸に対して垂直に切断した断面において、硬化深さが、ロール外周から100mm以上存在すると共に、ロール外周から100mmまでにおいて残留γ量が5〜11.0体積%であり、かつ該残留γ中の固溶C量が0.85〜1.70原子%であることを特徴とする、耐スポーリング性に優れた亜鉛めっき鋼板用圧延ロール。
【請求項2】
更に他の元素として、V:0.5%以下(0%を含まない)を含むものである請求項1に記載の亜鉛めっき鋼板用圧延ロール。
【請求項3】
前記ロールの表面にCrめっき皮膜が存在するものである請求項1または2に記載の亜鉛めっき鋼板用圧延ロール。
【請求項4】
前記Ni含有量が0.15〜0.40%であると共に、残留γの円形度が0.50〜0.60である請求項1〜3のいずれかに記載の亜鉛めっき鋼板用圧延ロール。

【図1】
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【公開番号】特開2012−180586(P2012−180586A)
【公開日】平成24年9月20日(2012.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−131076(P2011−131076)
【出願日】平成23年6月13日(2011.6.13)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】