説明

耐塗膜膨れ性に優れた船舶用鋼材

【課題】船舶のバラストタンク等の厳しい海水腐食環境下においても、優れた塗装耐食性を発揮して、補修塗装までの期間の延長が可能で、しかも補修塗装の作業軽減を図ることができる耐塗膜膨れ性に優れた船舶用鋼材を提案する。
【解決手段】スケールを除去した鋼材の表面にジンクリッチプライマーを塗布してなる鋼材であって、前記鋼材がmass%で、C:0.01〜0.20%、Si:0.05〜0.50%、Mn:0.10〜2.00%、P:0.025%以下、S:0.0100%以下等を含有し、さらに、Mo:0.0100%以下であり、W、Sb、Sn、Cu、Crのうちから選ばれる1種以上を特定量含有し、さらに下記(1)式で示すACP値が6.75未満を満足する船舶用鋼材。
ACP=10−(3+10×W+7×Sb+9×Sn)×(1+0.04×(Cu+Cr))×(0.9−Ni−Mo) (1)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、石炭船、鉱石船、鉱炭兼用船、原油タンカー、LPG船、LNG船、ケミカルタンカー、コンテナ船、ばら積み船、木材専用船、チップ専用船、冷凍運搬船、自動車専用船、重量物船、RORO船、石灰石専用船およびセメント専用船等の船舶用の鋼材、特に海水による厳しい腐食環境下にあるバラストタンク等に用いて好適な耐塗膜膨れ性に優れた船舶用鋼材に関するものであり、バラストタンクの側壁面や底面等の海水浸漬環境に曝される部位に用いる船舶用鋼材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、船舶は、厚鋼板や薄鋼板、形鋼、棒鋼等の鋼材を溶接して建造されており、その鋼材の表面には防食塗膜が施されて使用される。この防食塗膜は、一次防錆としてジンクプライマーを塗布し、小組み後あるいは大組み後に、二次塗装(本塗装)としてエポキシ系の塗装が施されるのが一般的である。したがって、船舶の鋼材表面の大部分は、ジンクプライマーとエポキシ塗装の2層構造となっている。
【0003】
船舶で最も腐食の激しい部位は、バラストタンクであるが、バラストタンクにおける塗膜劣化は、塗膜損傷部、塗膜ピンホール、塗膜薄膜部からの腐食進行に起因する。ジンクプライマー+エポキシ塗装の2層構造部位では、船舶就航後から数年は、ジンクプライマーの作用により、腐食進行を低下させ、塗膜劣化も軽微になる。しかしながら、ジンクプライマーの塗装方法が完全ではない場合、数年の塗装耐食性を得ることなく、本来の耐食性を発揮する前に、塗膜膨れが始まり、就航直後から補修塗装が必要となってくる。そのため、プライマーと船舶用鋼材の組合せで、耐食性に優れた船舶用鋼材の開発が求められている。
【0004】
船舶のバラストタンクは、積荷がない時には、海水を注入して船舶の安定航行を可能にする役目を担うものであり、極めて厳しい腐食環境下におかれている。そのため、バラストタンクに用いられる鋼材の防食には、通常、エポキシ系塗料による防食塗膜と電気防食とが併用されている。
【0005】
しかしながら、それらの防食対策を講じても、バラストタンクの腐食状態は依然として厳しい状態にある。
【0006】
すなわち、バラストタンクに海水を注入したとき、海水に完全に浸されている部分については、電気防食が機能している場合、腐食の進行を抑えることができる。しかしながら、バラストタンクの最上部付近、特に上甲板の裏側は、海水に浸からず、海水の飛沫を浴びる状態におかれているため、このような部位では、電気防食が機能しない。さらに、この部位は、太陽光によって鋼材の温度が上昇するため、より厳しい腐食環境となり、激しい腐食を受ける。また、バラストタンクに海水が注入されていない場合には、バラストタンク全体で、電気防食作用が機能しないため、残留付着塩分の作用によって、激しい腐食を受ける。
【0007】
このような厳しい腐食環境下にあるバラストタンクの防食塗膜の寿命は、一般に約10〜15年といわれており、船舶の寿命(20〜25年)の約半分程度である。従って、残りの約10年は、補修塗装をすることによって耐食性を維持しているのが実情である。しかしながら、バラストタンクは、上記のように厳しい腐食環境にあるため、補修塗装を行ってもその効果を長期間持続させることが難しい。また、補修塗装は、狭い空間での作業となるため、作業環境としても好ましいものではない。
【0008】
そのため、補修塗装までの期間をできる限り延長でき、かつ補修塗装作業をできるだけ軽減できる耐食性に優れた鋼材の開発が望まれている。
【0009】
そこで、バラストタンク等の厳しい腐食環境にある部位に用いられる鋼材自体の耐食性を向上させる技術が、幾つか提案されている。
【0010】
例えば、特許文献1には、C:0.20mass%以下の鋼に、耐食性改善元素としてCu:0.05〜0.50mass%、W:0.01〜0.05mass%未満を添加した耐食性低合金鋼が開示されている。
【0011】
また、特許文献2には、C:0.20mass%以下の鋼材に、耐食性改善元素としてCu:0.05〜0.50mass%、W:0.05〜0.5mass%を添加し、さらにGe、Sn、Pb、As、Sb、Bi、Te、Beのうちの1種もしくは2種以上を0.01〜0.2mass%添加した耐食性低合金鋼が開示されている。
【0012】
さらに、特許文献3には、C:0.15mass%以下の鋼に、Cu:0.05〜0.15mass%未満、W:0.05〜0.5mass%を添加した耐食性低合金鋼が開示されている。
【0013】
その他、特許文献4には、C:0.15mass%以下の鋼に、耐食性改善元素としてP:0.03〜0.10mass%、Cu:0.1〜1.0mass%、Ni:0.1〜1.0mass%を添加した低合金耐食鋼材に、タールエポキシ塗料、ピュアエポキシ塗料、無溶剤型エポキシ塗料およびウレタン塗料等の防食塗料を塗布し、樹脂被覆したバラストタンクが開示されている。この技術は、鋼材自身の耐食性向上により防食塗装の寿命を延長し、船舶の使用期間である20〜30年に亘ってメンテナンスフリー化を実現しようとするものである。
【0014】
特許文献5には、C:0.15mass%以下の鋼に、耐食性改善元素としてCr:0.2〜5mass%を添加して耐食性を向上し、船舶のメンテナンスフリー化を実現しようとする提案がなされている。
【0015】
特許文献6には、C:0.15mass%以下の鋼に、耐食性改善元素としてCr:0.2〜5mass%を添加した鋼材を構成材料として使用すると共に、バラストタンク内部の酸素ガス濃度を大気中の値に対して50%以下の比率とすることを特徴とするバラストタンクの防食方法が提案されている。
【0016】
また、特許文献7には、C:0.1mass%以下の鋼に、Cr:0.5〜3.5mass%を添加することによって耐食性を向上させ、補修塗装などの保守費用を軽減する船舶用鋼材が開示されている。
【0017】
特許文献8には、C:0.01〜0.025mass%の鋼に、Ni:0.1〜4.0mass%を添加することによって耐塗膜損傷性を向上させ、補修塗装などの保守費用を軽減する船舶用鋼材が開示されている。
【0018】
さらに、特許文献9には、C:0.01〜0.25mass%の鋼に、Cu:0.01〜2.00mass%、Mg:0.0002〜0.0150mass%を添加することで、船舶外板、バラストタンク、カーゴオイルタンクおよび鉱炭石カーゴホールド等の使用環境において耐食性を向上させた船舶用鋼が開示されている。
【0019】
特許文献10には、C:0.001〜0.2mass%の鋼において、Mo、WとCuとを複合添加し、不純物であるP、Sの添加量を限定することにより、原油油槽で生じる全面腐食、局部腐食を抑制した鋼が開示されている。特許文献11には、海水浸漬と湿潤を繰り返した環境下での使用される鋼材が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0020】
【特許文献1】特開昭48−50921号公報
【特許文献2】特開昭48−50922号公報
【特許文献3】特開昭48−50924号公報
【特許文献4】特開平7−34197号公報
【特許文献5】特開平7−34196号公報
【特許文献6】特開平7−34270号公報
【特許文献7】特開平7−310141号公報
【特許文献8】特開2002−266052号公報
【特許文献9】特開2000−17381号公報
【特許文献10】特開2004−204344号公報
【特許文献11】特開2007−191730号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
しかしながら、上記の特許文献1〜3では、バラストタンク等を構成する鋼材に対して一般的に塗布されているエポキシ系塗料の塗膜存在下での耐食性については、検討がなされておらず、したがって、上記のような塗膜存在下での耐食性向上については、別途検討の必要があった。
【0022】
また、特許文献4の鋼材は、下地金属の耐食性を向上させるために、Pを0.03〜0.10mass%と比較的多量に添加しているため、溶接性および溶接部靱性の面から問題が残る。
【0023】
さらに、特許文献5および6の鋼材はCrを0.2〜5mass%、特許文献7の鋼材はCrを0.5〜3.5mass%と比較的多く含有しているため、いずれも溶接性および溶接部靱性に問題がある他、製造コストが高くなるという問題があった。また、特許文献8の鋼材は、C含有量が比較的低く、Ni含有量が比較的高いため、製造コストが高くなるという問題があった。
【0024】
また、特許文献9の鋼材は、Mgの添加を必須としているが、Mgは製鋼歩留りが安定していないため、鋼材の機械的特性が安定しないという問題があった。さらに、特許文献10の鋼材は、原油油槽内というH2Sが存在する環境下で使用される耐食鋼であるため、H2Sが存在しないバラストタンクでの耐食性は不明であり、さらにバラストタンク用鋼材に一般的に使用されているエポキシ系塗料が塗布された状態での耐食性については検討がなされていないため、バラストタンクに適用するには、別途検討の必要があった。また、特許文献11で開示の鋼材は、海水浸漬と乾湿環境の繰り返した環境での耐食性は不明であり、別途検討の必要があった。
【0025】
さらに、バラストタンク等の厳しい腐食環境にある部位に用いられる部材の耐食性を向上させるためには、鋼材の表面に塗装されるジンクプライマーと鋼材との組合せで、耐食性向上が必要となる。ジンクプライマー塗装鋼材は、ショットブラスト工程後の鋼材表面の清浄度が劣悪な場合、プライマーの本来の耐食性が発揮されず、清浄度に劣っている部分から腐食が進行し、最終的に腐食が広い領域にまで進行していくという問題があった。
【0026】
本発明は、上記の問題を有利に解決するもので、船舶のバラストタンク等の厳しい海水腐食環境下においても、優れた塗装耐食性を発揮して、補修塗装までの期間の延長が可能で、しかも補修塗装の作業軽減を図ることができる耐塗膜膨れ性に優れた船舶用鋼材を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0027】
そこで、本発明者らは、上記課題を解決するため、海水浸漬環境と乾湿繰り返し環境が組み合わさった環境において、優れた耐食性を示す鋼材の開発に向けて鋭意研究を重ねた。バラストタンクの側壁面や底面等の場合、海水浸漬環境と乾湿繰り返し環境が組み合わさった環境のなかで、海水浸漬時間が占める割合は、一般に30〜60%程度が想定される。
【0028】
これまで、バラストタンクの側壁面や底面等の海水浸漬+乾湿繰り返しに曝される環境において、バラストタンク上甲板のような海水飛沫+乾湿繰り返し環境に曝されて有効な塗装耐食性を発揮する耐食鋼を用いればよいと考えられていた。しかしながら、本発明者らの研究において、海水浸漬+乾湿繰り返し環境と海水飛沫+乾湿繰り返し環境とでは、鋼中への添加元素の効果には違いがあることを見出した。
【0029】
その結果、大気腐食、海水飛沫環境、あるいは高塩分で乾湿が繰り返される環境等でこれまで耐食性に有効だと言われていたMoの添加が、バラストタンク側壁部のような海水浸漬環境と乾湿繰り返し環境が組み合わさった環境において、塗装耐食性にとって有害な元素であることを見出した。さらに、Sb、Sn、Cu、Crの鋼への添加で塗装耐食性が向上し、それらとMoの添加量を適正範囲内でおさめ、さらに下記式で示すACP値が6.75未満を満足することで、さらなる塗装耐食性を有することを見出した。
ACP=10−(3+10×W+7×Sb+9×Sn)×(1+0.04×(Cu+Cr))×(0.9−Ni−Mo) (1)
これに加えて、ジンクリッチプライマー中に特定元素を含有させることにより防錆性が補強され、塗装耐食性がいっそう向上することをも見出した。ここで、塗装耐食性とは、ジンクリッチプライマーとエポキシ塗料を塗布して表面に塗膜を形成した鋼材において、その表面に存在する塗膜欠陥部から発生する塗膜膨れを低減する性能をいう。
【0030】
本発明は、上記の知見に基づき、さらに検討を加えた末に完成されたもので、その要旨は次の通りである。
1.スケールを除去した鋼材の表面にジンクリッチプライマーを塗布してなる鋼材であって、前記鋼材が、C:0.01〜0.20mass%、Si:0.05〜0.50mass%、Mn:0.10〜2.00mass%、P:0.025mass%以下、S:0.0100mass%以下、Al:0.005〜0.100mass%、N:0.0010〜0.0080mass%を含有し、さらに、Mo:0.0100mass%以下であり、さらに、W:0.005〜0.500mass%、Sb:0.001〜0.350mass%、Sn:0.001〜0.350mass%、Cu:0.001〜1.000mass%、Cr:0.001〜3.000mass%のうちから選ばれる1種以上を含有し、さらに残部がFeおよび不可避的不純物からなり、さらに下記(1)式で示すACP値が6.75未満を満足することを特徴とする耐塗膜膨れ性に優れた船舶用鋼材。
ACP=10−(3+10×W+7×Sb+9×Sn)×(1+0.04×(Cu+Cr))×(0.9−Ni−Mo) (1)
2.前記鋼材に加えて、さらに、Ni:0.100mass%以下であることを特徴とする1に記載の耐塗膜膨れ性に優れた船舶用鋼材。
3.前記鋼材に加えて、Ti:0.001〜0.030mass%、Nb:0.001〜0.030mass%、Zr:0.001〜0.100mass%およびV:0.002〜0.200mass%のうちから選ばれる1種以上を含有することを特徴とする1または2のいずれかに記載の耐塗膜膨れ性に優れた船舶用鋼材。
4.前記鋼材に加えて、B:0.0002〜0.0030mass%を含有することを特徴とする1〜3のいずれかに記載の耐塗膜膨れ性に優れた船舶用鋼材。
5.前記鋼材に加えて、Ca:0.0005〜0.0040mass%、REM:0.0001〜0.1000mass%、Mg:0.0001〜0.0100mass%およびY:0.0001〜0.1000mass%のうちから選ばれる1種以上を含有することを特徴とする1〜4のいずれかに記載の耐塗膜膨れ性に優れた船舶用鋼材。
6.前記鋼材に加えて、Se:0.0005〜0.5000mass%、Te:0.0005〜0.5000mass%およびCo:0.010〜0.500mass%のうちから選ばれる1種以上を含有することを特徴とする1〜5のいずれかに記載の耐塗膜膨れ性に優れた船舶用鋼材。
7.前記ジンクリッチプライマーが、Mo、W、P、V、Ni、Cu、Al、Mgの顔料のうちから選ばれる1種以上を亜鉛末含有量に対して0.1〜35mass%の範囲で含有することを特徴とする1〜6のいずれかに記載の耐塗膜膨れ性に優れた船舶用鋼材。
8.前記鋼材の表面に、エポキシ系塗膜を塗装してなることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の耐塗膜膨れ性に優れた船舶用鋼材。
【発明の効果】
【0031】
本発明によれば、船舶のバラストタンク等の厳しい海水腐食環境下においても、優れた塗装耐食性を発揮して、補修塗装までの期間の延長化が図られ、しかも補修塗装の作業が軽減可能な耐塗膜膨れ性に優れた船舶用鋼材を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下に、本発明を具体的に説明する。
【0033】
まず、本発明において、鋼材の成分組成を前記の範囲に限定した理由について説明する。
【0034】
C:0.01〜0.20mass%
Cは、鋼材強度を上昇させるのに有効な元素であり、本発明では所望の強度を得るために0.01mass%以上の含有を必要とする。一方、0.20mass%を超える含有は、溶接熱影響部の靱性を低下させる。よって、Cは0.01〜0.20mass%の範囲とする。さらに、靭性低下を防ぐためには、好ましくは、0.05〜0.15mass%の範囲とする。
【0035】
Si:0.05〜0.50mass%
Siは脱酸剤として、また鋼材の強度向上を目的として添加される元素であり、本発明では0.05mass%以上を含有させる。しかしながら、0.50mass%を超える添加は、鋼の靱性を劣化させるので、Siの上限は0.50mass%とする。
【0036】
Mn:0.10〜2.00mass%
Mnは熱間脆性を防止し、鋼材の強度向上に有用な元素であるので、0.10mass%以上添加する。しかしながら、2.00mass%を超える添加は、鋼の靱性および溶接性を低下させるため、Mnは2.00mass%以下とする。
【0037】
P:0.025mass%以下
Pは鋼の母材靱性のみならず、溶接性および溶接部靱性を劣化させる有害な元素であるので、極力低減することが望ましい。特に、Pの含有量が0.025mass%を超えると、母材靱性および溶接部靱性の低下が大きくなる。よって、Pは0.025mass%以下とする。
【0038】
S:0.0100mass%以下
Sは鋼の靱性および溶接性を劣化させる有害な元素であるので、極力低減することが望ましく、本発明では0.0100mass%以下に制限した。
【0039】
Al:0.005〜0.100mass%
Alは脱酸剤として作用し、このためには0.005mass%以上の含有を必要とするが、0.100mass%を超える含有は溶接した場合に、溶接金属部の靱性を低下させる。よってAlは0.005〜0.100mass%の範囲に制限した。
【0040】
N:0.0010〜0.0080mass%
Nは靱性に対して有害な成分であり、靱性の向上を図るためにはできるだけ低減することが望ましい。しかしながら、工業的には0.0010mass%未満に低減するのは難しい。一方、0.0080mass%を超えて含有させると靱性の著しい劣化を招く。よって本発明では、Nは0.0010〜0.0080mass%の範囲に制限した。
【0041】
Mo:0.0100mass%以下
Moは、一般的には耐食性元素であるが、本発明が狙いとする環境に適用した場合には、塗装耐食性を著しく低減させる元素である。Moは、鋼材から溶出し、MoO2−として存在し、鋼材に対してインヒビター作用を与える元素である。しかしながら、MoO2−は溶存酸素を酸化剤とし、金属表面に不動態皮膜を形成すると考えられているが、本環境のように海水浸漬、さらに塗膜が存在する状態では、鋼材表面まで十分な酸素が拡散されないことから、塗装耐食性に悪影響を与えていると、発明者らは推測している。塗装耐食性を考えた場合、可能な限り添加量を少なくする必要があるが、Moは焼き入れ性に優れる元素であるため、添加量の上限を0.0100mass%とした。
【0042】
W:0.005〜0.500mass%、 Sb:0.001〜0.350mass%、Sn:0.001〜0.350mass%、Cu:0.001〜1.000mass%、Cr:0.001〜3.000mass%のうちから選んだ1種以上
Wは塗装耐食性に効果がある元素である。このWの効果は、塗膜下でWOやFeWO皮膜を形成することで腐食を抑制するためである。この効果は、0.005mass%以上の含有で発現するが、0.500mass%を超える添加で溶接性や母材の靱性が低下するため、0.500mass%以下とすることが望ましい。そのため、Wは0.005mass%〜0.500mass%の範囲に制限した。
【0043】
SbおよびSnはいずれも耐塗膜膨れ性に効果がある。このSb、Snの効果は、鋼材表面のアノード部など、pHが下がった部位での腐食を抑制するためである。この効果は、0.001mass%以上の含有で発現するが、0.350mass%超えでは、母材靱性および溶接熱影響部靱性を劣化させるため、Sbは0.001〜0.350mass%、Snは0.001〜0.350mass%の範囲に制限した。
【0044】
CuおよびCrはいずれも耐塗膜膨れ性に効果がある。このCu、Crの効果は、塗膜下に生成する腐食生成物が緻密で保護性をもつことで、腐食を抑制するためである。この効果は、0.001mass%以上の含有で発現するが、添加量が多くなると溶接性や母材の靭性が低下する。そのため、Cuは0.001〜1.000mass%、Crは0.001mass%〜3.000mass%の範囲に制限した。
【0045】
Ni:0.100mass%以下
Niは塗装耐食性を劣化させるため、これらの含有量をできるだけ低減するのが好ましい。しかしながら、Niは、強度向上元素であるため、少量の添加は許される。そのため、Niは0.100mass%以下の範囲に制限した。
【0046】
Ti:0.001〜0.030mass%、Nb:0.001〜0.030mass%、Zr:0.001〜0.100mass%、V:0.002〜0.200mass%のうちから1種以上
Ti、Nb、Zr、Vはいずれも、鋼材強度を高める元素であり、必要とする強度に応じて選択して含有させることができる。このような効果を得るためには、Tiは0.001mass%以上、Nbは0.001mass%以上、 Zrは0.001mass%以上、Vは0.002mass%以上含有させることが好ましい。しかしながら、Tiは0.030mass%を超えて、Nbは0.030mass%を超えて、Zrは0.100mass%を超えて、Vは0.200mass%を超えて添加すると靱性が低下するため、Ti、Nb、Zr、Vはそれぞれ、上記の範囲で含有させることが好ましい。
【0047】
B:0.0002〜0.0030mass%
Bは鋼材の強度を高める元素であり、必要に応じて含有させることができる。上記の効果を得るためには、0.0002mass%以上含有させることが好ましいが、0.0030mass%を超えて添加すると靱性が劣化する。よって、Bは0.0002〜0.0030mass%の範囲で含有させることが好ましい。
【0048】
Ca:0.0005〜0.0040mass% 、REM:0.0001〜0.1000mass%、Mg:0.0001〜0.0100mass%、Y:0.0001〜0.1000mass%のうちから1種以上
Caは、硫化物の形態を制御して鋼の靱性向上に寄与する元素である。このような効果を発揮させるためには、少なくとも0.0005mass%含有することが必要である。しかし過度に添加すると、粗大な介在物を形成し母材の靱性を劣化させるので、添加量の上限を0.0040mass%とした。
REM、Mg、Yはいずれも溶接熱影響部の靱性向上に有効な元素であり、必要に応じて含有させることができる。この効果は、REM、Mg、Yいずれも0.0001mass%以上の含有で得られるが、REMは0.1000mass%を超えて、Mgは0.0100mass%を超えて、Yは0.1000mass%を超えて含有させると、かえって靱性の低下を招くので、REM、Mg、Yはそれぞれ、上記の範囲で含有させるのが好ましい。なお、本発明において、REM(Rare Earth Metals:希土類金属)とは、原子番号57のLaから71のLuまでのいわゆるランタノイド元素から選択される1種以上を指すものとする。REMであれば、どの元素であっても、上記の効果は共通して得られる。REMを含有させるにあたっては、たとえば、Ce、Laなどの一種類のREMやその化合物を添加してもよく、また、複数種類のREMを含有する混合物として添加してもよい。混合物としては、たとえば、一般にミッシュメタルと呼ばれる、Ce、La、Ndなどを主成分とする混合物を用いることができ、その混合物の組成によらず、上記の効果が得られる。
【0049】
Se:0.0005〜0.5000mass%、Te:0.0005〜0.5000mass%、Co:0.010〜0.500mass%のうちから1種以上
Se、Te、Coは、鋼材の強度を高める元素であり、必要に応じて含有させることができる。この効果を得るためには、Se、Teは0.0005mass%以上、Coは0.010mass%以上含有させることが好ましいが、Se、Teは0.5000mass%を超えて、Coは0.500mass%を超えて含有させると靱性や溶接性が劣化するため、上記の範囲で含有させることが好ましい。
【0050】
鋼材上に塗布されるジンクリッチプライマーにMo、W、P、V、Ni、Cu、Al、Mgの顔料のうちから選ばれる1種以上を亜鉛末含有量に対して0.1〜35mass%
ジンクリッチプライマーのZnによる防錆性を補強する添加成分として、Mo、W、P、V、Ni、Cu、Al、Mgの顔料の添加が有効である。これらの顔料に含まれる金属元素の存在形態は、金属、化合物のいずれの形態でもよい。これらの成分を添加することによって、亜鉛の緻密な腐食生成物を形成したり、亜鉛とFeとの安定な複合酸化物を形成したり、また、発生した錆中にこれらの顔料に起因する酸化物または鉄との複合酸化物を形成することで、塗膜膨れが抑制される。さらに、Mo、W、P、Vについては、塗膜中に水が浸透した際にこれら顔料がイオンとして溶出し、これらのインヒビター作用により、鋼材の腐食を抑制する。また、Al、Mgは、鋼より卑なる金属であるため、犠牲防食作用を発現し、塗膜膨れが抑制される。これらの顔料による耐塗膜膨れ効果は、亜鉛末含有量に対して0.1mass%以上の添加で得られる。一方で、35mass%を超えて添加しても、効果が飽和するため、最適範囲は0.1〜35mass%とした。
【0051】
本発明の鋼材は、上記以外の成分は、Feおよび不可避的不純物であることが好ましい。ただし、本発明の効果を害しない範囲内であれば、上記以外の成分の含有を拒むものではないことは勿論である。
【0052】
また、以上のような鋼材の表面に、エポキシ系塗膜を形成させるとさらに、従来の船舶用鋼材の場合と比較して、船舶用として、特に海水による厳しい腐食環境下にあるバラストタンク等に用いて、より好適な耐塗膜膨れ性が向上する効果が得られる。
【0053】
さらに、本発明では、下記(1)式で示すACP値が6.75未満を満足することを特徴とする。
ACP=10−(3+10×W+7×Sb+9×Sn)×(1+0.04×(Cu+Cr))×(0.9−Ni−Mo) (1)式
このACP値と耐食性との関係を詳細に検討したところ、後述する表1に示すようにACP値が6.75未満であれば、塗膜膨れ面積が従来鋼の場合の50%以下という良好な耐食性を示している。
【0054】
次に、本発明に係る耐食鋼材の好適製造方法について説明する。
上記した好適成分組成になる溶鋼を、転炉や電気炉等の公知の炉で溶製し、連続鋳造法や造塊法等の公知の方法でスラブやビレット等の鋼素材とする。なお、溶鋼に、取鍋精錬や真空脱ガス等の処理を付加しても良いことは言うまでもない。
【0055】
次いで、上記鋼素材を、好ましくは1050〜1250℃の温度に加熱したのち所望の寸法形状に熱間圧延するか、あるいは鋼素材の温度が熱間圧延可能な程度に高温である場合には加熱することなく、あるいは均熱する程度で直ちに所望の寸法形状の鋼材に熱間圧延することが好ましい。
【0056】
なお、熱間圧延では、強度を確保するために、熱間仕上圧延終了温度および熱間仕上圧延終了後の冷却速度を適正化することが好ましく、熱間仕上圧延終了温度は、700℃以上、熱間仕上圧延終了後の冷却は、空冷または冷却速度10℃/s以上の加速冷却を行うことが好ましい。なお、冷却後、再加熱処理を施してもよい。
【実施例】
【0057】
表1に示す成分となる溶鋼を、真空溶解炉で溶製または転炉溶製後、連続鋳造によりスラブとした。なお、表1において、REMと表示したものは市販のミッシュメタルを添加したものである。ついで、スラブを加熱炉に装入して1150℃に加熱後、熱間圧延により30mm厚の鋼板とした。ここで、熱延仕上終了温度は、800℃、熱延後の冷却は放冷とした。
【0058】
その後、3mmt×50mmW×150mmLの試験片を採取し、その試験片の表面をショットブラストして、表面のスケールや油分を除去したのち、試験片表面に表2に示すジンクリッチプライマーを約15μm塗装し、さらにその上に変性エポキシ樹脂塗料(約320μm)の塗膜を塗装した試験片を作製した。ショットブラストに用いた研掃材は、スチールショットを用いた。
【0059】
耐食性は、塗膜の上からカッターナイフで地鉄表面まで達する80mm長さのスクラッチ疵を一文字状に付与しておき、以下の条件の腐食試験後に、スクラッチ疵の周囲に発生した塗膜膨れ面積により評価した。
【0060】
【表1】

【0061】
【表2】

【0062】
【表3】

【0063】
腐食試験:実船のバラストタンクで海水に没水する側壁部や底面部に相当する腐食環境を模擬した、海水浸漬(50℃人工海水浸漬)7日間 → 乾湿繰り返し試験(60℃、30%RH、4hr ⇔ 50℃、95%RH、2hr)7日間を1サイクルとする試験を52サイクル行った。ここで、RHとは相対湿度を意味する。
【0064】
表3に、各鋼種とその各ジンクリッチプライマー種において、比較であるベース鋼A25にベースのジンクリッチプライマーB1を塗装した試験片No.X25(以下、ベース材とも称す)に対する塗膜膨れ面積比率の結果を整理する。
【0065】
表3から、本発明の鋼材成分組成を満たす発明例のX1〜X24の試験片は、ベース材であるX25の試験片に対して、塗膜膨れ面積が50%以下であり、良好な塗装耐食性を有していることが分かる。また、全ての試験片は、強度、母材靱性、溶接熱影響部靱性等、機械的特性は問題となっていない。
【0066】
これに対して、X26およびX28〜X31の試験片は、Mo含有量およびACP値が本発明の範囲を超えたため塗膜膨れ面積がベース材の場合を上回るか、あるいは、ベース材の場合を下回ってもベース材の場合の50%を超えており、優れた塗装耐食性が実現されなかった。X27、X33およびX34の試験片は、個別の鋼材成分組成は本発明範囲を満たすものの、ACP値が本発明の範囲を超えたため塗膜膨れ面積がベース材の場合を上回るか、あるいは、ベース材の場合を下回ってもベース材の場合の50%を超えており、優れた塗装耐食性が実現されなかった。X32の試験片は、MoおよびNiの含有量ならびにACP値が本発明の範囲を超えたため塗膜膨れ面積がベース材の場合の50%を超えた。X35の試験片は、ACP値が本発明範囲内にあるもののMo含有量が本発明範囲を超えたため、塗膜膨れ面積がベース材の場合の50%を超えた。また、表2に示すB2〜B16のジンクリッチプライマーを塗装することで、B1のベースのジンクリッチプライマーを塗装した同一鋼種の結果と比べると、大幅に塗膜膨れの抑制がみられた。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明の耐塗膜膨れ性に優れた船舶用鋼材は、バラストタンク内の腐食環境下において、優れた耐食性を示し、過酷な腐食環境に置かれるバラストタンクへ適用した場合、その優れた塗装耐食性から、補修再塗装等の保守費用を大幅に削減できるため、産業上その貢献度は極めて大である。なお、本鋼材は、海水による腐食環境下で優れた塗装耐食性を示すので、船舶のバラストタンクだけでなく、他の類似の海水による腐食環境で使用される用途にも用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スケールを除去した鋼材の表面にジンクリッチプライマーを塗布してなる鋼材であって、前記鋼材が、
C:0.01〜0.20mass%
Si:0.05〜0.50mass%
Mn:0.10〜2.00mass%
P:0.025mass%以下
S:0.0100mass%以下
Al:0.005〜0.100mass%
N:0.0010〜0.0080mass%を含有し、さらに、
Mo:0.0100mass%以下であり、さらに、
W:0.005〜0.500mass%
Sb:0.001〜0.350mass%
Sn:0.001〜0.350mass%
Cu:0.001〜1.000mass%
Cr:0.001〜3.000mass%
のうちから選ばれる1種以上を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
さらに下記(1)式で示すACP値が6.75未満を満足することを特徴とする耐塗膜膨れ性に優れた船舶用鋼材。
ACP=10−(3+10×W+7×Sb+9×Sn)×(1+0.04×(Cu+Cr))×(0.9−Ni−Mo) (1)式
【請求項2】
前記鋼材に加えて、さらに、
Ni:0.100mass%以下
であることを特徴とする請求項1に記載の耐塗膜膨れ性に優れた船舶用鋼材。
【請求項3】
前記鋼材に加えて、
Ti:0.001〜0.030mass%
Nb:0.001〜0.030mass%
Zr:0.001〜0.100mass%および
V:0.002〜0.200mass%のうちから選ばれる1種以上を含有することを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載の耐塗膜膨れ性に優れた船舶用鋼材。
【請求項4】
前記鋼材に加えて
B:0.0002〜0.0030mass%を含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の耐塗膜膨れ性に優れた船舶用鋼材。
【請求項5】
前記鋼材に加えて
Ca:0.0005〜0.0040mass%
REM:0.0001〜0.1000mass%
Mg:0.0001〜0.0100mass%および
Y:0.0001〜0.1000mass%のうちから選ばれる1種以上を含有することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の耐塗膜膨れ性に優れた船舶用鋼材。
【請求項6】
前記鋼材に加えて
Se:0.0005〜0.5000mass%
Te:0.0005〜0.5000mass%および
Co:0.010〜0.500mass%のうちから選ばれる1種以上を含有することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の耐塗膜膨れ性に優れた船舶用鋼材。
【請求項7】
前記ジンクリッチプライマーが、Mo、W、P、V、Ni、Cu、Al、Mgの顔料のうちから選ばれる1種以上を亜鉛末含有量に対して0.1〜35mass%の範囲で含有することを特徴とする、請求項1〜6のいずれかに記載の耐塗膜膨れ性に優れた船舶用鋼材。
【請求項8】
前記鋼材の表面に、エポキシ系塗膜を塗装してなることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の耐塗膜膨れ性に優れた船舶用鋼材。

【公開番号】特開2011−21247(P2011−21247A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−167671(P2009−167671)
【出願日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】