説明

耐熱高強度アルミニウム合金およびその製造方法

【課題】高温強度等に非常に優れた耐熱高強度アルミニウム合金を提供する。
【解決手段】本発明の耐熱高強度アルミニウム合金は、全体を100質量%(以下単に「%」という)としたときに、Fe:3〜6%、Zr:0.66〜1.5%、Ti:0.6〜1%、Tiに対するZrの質量比(Zr/Ti):1.1〜1.5、残部:Alと不可避不純物および/または改質元素となる合金組成を有することを特徴とする。本発明の耐熱高強度アルミニウム合金は、主に母相とAl−Fe系金属間化合物相(第一化合物相)からなり、この第一化合物相との境界近傍にある母相中にL1型Al−(Zr、Ti)系金属間化合物(第二化合物相)が整合的に析出し得る。この第二化合物相は高温環境下でも安定であり、高温強度等を担う第一化合物相の粗大化等を第二化合物相が阻止することにより、本発明の耐熱高強度アルミニウム合金は優れた耐熱性を発揮すると考えられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高温環境下に曝される部材などに適した耐熱高強度アルミニウム合金およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
最近の環境意識の高揚に伴い、自動車、二輪車、航空機などの輸送機器分野では、燃費またはCO排出量等に影響を及ぼす環境性能を向上させることが強く要求されている。その一つの効果的な対策として各種部材の軽量化や高機能化がある。このため、高温雰囲気等の過酷な環境で使用される部材にも、従来の鉄鋼材や鋳鉄材に替わって、軽量で実用強度に優れるアルミニウム合金が使用されつつある。
【0003】
もっともアルミニウム合金は、一般的に融点が低く、通常は耐熱性が必ずしも十分ではない。このため、上記のような用途拡大を図るには、アルミニウム合金の耐熱性の向上が不可欠となる。このような観点から、耐熱アルミニウム合金に関する提案が種々なされており、例えば、下記のような特許文献に関連する記載がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2011−42861号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1は、例えば、Fe:5〜10質量%(以下単に「%」という。)、ZrおよびTi:0.05〜3%、Mg:0.1〜2%としたアルミニウム合金を提案している。その実施例として、Al−5%Fe−1%Zr−0.5%Ti−1%Mg等の組成からなる合金溶湯を冷却速度:200〜500℃/秒で凝固させた鋳造板材に、400℃×1時間の熱処理を施したアルミニウム合金材を開示している。
【0006】
特許文献1に記載されたアルミニウム合金の鋳造板材は、確かに、従来のアルミニウム合金材よりも遙かに耐熱性に優れる。しかし、特許文献1に開示されたものよりも、さらに高い耐熱性が要求されるようになってきている。そして、特許文献1に記載されたアルミニウム合金の合金組成や冷却速度等に関して、未だ改善の余地があることもわかってきた。
【0007】
本発明は、このような事情に鑑みて為されたものであり、従来の耐熱アルミニウム合金よりも、さらに、高温強度等に優れる耐熱高強度アルミニウム合金と、その製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究し、アルミニウム合金の合金組成をさらに詳細に検討した結果、Fe、ZrおよびTiを特定の組成範囲内としたアルミニウム合金が、従来以上に大きな耐熱性を発揮し得ることを発見した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0009】
《耐熱高強度アルミニウム合金》
(1)本発明の耐熱高強度アルミニウム合金(以下、適宜「アルミニウム合金」という。)は、全体を100%としたときに、鉄(Fe):3〜6%、ジルコニウム(Zr):0.66〜1.5%、チタン(Ti):0.6〜1%、Tiに対するZrの質量比(Zr/Ti):1.1〜1.5、残部:アルミニウム(Al)と不可避不純物および/または改質元素となる合金組成を有することを特徴とする。
【0010】
(2)本発明のアルミニウム合金は、例えば300℃以上さらには400℃といった高温雰囲気下に長時間曝された場合でも、優れた強度や硬さ等を発揮し、熱履歴による強度や硬さの劣化が非常に少ない。むしろ、本発明のアルミニウム合金は、加熱によって強度や硬さが逆に向上し得ることもある。このような高い耐熱性(高温強度、耐軟化性または熱的安定性など)を安定して発揮し得る本発明のアルミニウム合金は、従来の耐熱性アルミニウム合金はもとより、耐熱材として使用されていた従来の鉄鋼材やチタン材等に対しても、十分にその代替となり得る。
【0011】
(3)ところで、本発明のアルミニウム合金が上述したような優れた耐熱性を発現するメカニズムは、必ずしも定かではないが、現状、次のように考えられる。先ず本発明のアルミニウム合金は、適量のFeを含有することにより、AlとFeの金属間化合物(Al−Fe系金属間化合物:第一化合物相)を母相(α−Al相)中に形成する。この第一化合物相がアルミニウム合金の強度や硬さを高める。もっとも、この第一化合物相は、必ずしも熱的に安定ではなく、高温雰囲気に長時間曝されると、相変態や形状変化(粗大化)などを生じ得る。
【0012】
そこで本発明のアルミニウム合金は、さらに、適量のZrおよびTiを含有しており、これらの元素がAlとの間でL1型構造のAl−(Zr、Ti)系金属間化合物を形成する。この金属間化合物は、アルミニウム合金を加熱等した際に、母相中に過飽和に固溶していたZrおよびTiが超微細(例えば、平均サイズが1〜30nm程度)に析出して母相中に形成されたものである。本明細書では、このAl−(Zr、Ti)系金属間化合物を第二化合物相というが、適宜、整合相または析出相ともいう。
【0013】
この第二化合物相は、母相に整合的であると共に、Al−Fe系金属間化合物と母相の境界(界面)近傍に出現して高温域まで安定している。具体的にいうと、第二化合物相は、少なくともその析出を開始した温度以下で、相変態や粗大化を生じることが殆どない。
【0014】
そうすると、第一化合物相はアルミニウム合金の強度や硬さを担い、この第一化合物相と母相が接する近傍に存在する第二化合物相は、その第一化合物相の高温時における相変態や形状変化等を抑止(いわばピン留め)するように作用している。つまり、第一化合物相によって発揮される強度等が、第二化合物相によって高温域まで持続されている。このように、第一化合物相および第二化合物相が相乗的に作用することによって、本発明のアルミニウム合金は従来になく優れた耐熱性を発揮したと考えられる。
【0015】
ところで、第二化合物相はナノ粒子状であり、その中央部でZr濃度が高く、その外郭部でTi濃度が高くなっていることもわかっている。つまり、Al(Zr、Ti)中のZrおよびTiの濃度が、中央から外殻にかけて傾斜していることもわかっている。このような第二化合物相の形成には、ZrがTiよりも多く存在して、Tiに対するZrの質量比(Zr/Ti)が所定範囲内にあることが重要となる。
【0016】
さらに、第一化合物相の境界近傍にある母相中に第二化合物相を微細に分散させるには、ZrおよびTiを基地中に十分に固溶(過飽和固溶)させて、後から析出させることも重要である。具体的には、急冷凝固により適量のZrおよびTiを過飽和に固溶させた後、その析出を促進させる駆動力となるエネルギーの付与が必要である。このようなエネルギーとして、熱処理や熱間加工等によって加えられる熱エネルギー、塑性加工等によって加えられる歪みエネルギーなどがある。加熱処理により熱エネルギーが単独で加えられてもよいし、熱間加工等により熱エネルギーと歪みエネルギーが同時に加えられてもよい。さらには、冷間加工後または温間加工後に加熱処理を行うなど、歪みエネルギーを導入した後に熱エネルギーを加えてもよい。熱エネルギーに歪みエネルギーが加わることにより、第二化合物相の析出が加速されて、耐熱高強度アルミニウム合金を短時間内で効率的に得ることができる。
【0017】
《アルミニウム合金の製造方法》
(1)本発明はアルミニウム合金としてのみならず、その製造方法としても把握できる。上述した事情を考慮して、この製造方法は、例えば、上述した合金組成からなる合金溶湯を300℃/秒以上の冷却速度で急冷凝固させた凝固体からなる原素材に、熱間塑性加工を施して加工材を得る加工工程を備えることを特徴とすると好適である。
【0018】
(2)この製造方法では、先ず、急冷凝固させた凝固体からなる原素材を被加工材としている。このため、その凝固体ひいては原素材は、ZrおよびTiが基地中に過飽和に固溶した状態となっている。この原素材に熱間塑性加工を施すと、所望形状に創成された加工材が得られるのみならず、原素材に熱エネルギーおよび歪みエネルギーが順次または同時に印加されて、第二化合物相の析出が促進される。こうして、母相中に第一化合物相のみならず、第二化合物相が超微細に多数析出した耐熱性に優れる加工材(アルミニウム合金)が容易に得られる。そして、第二化合物相の析出に長時間を要する時効処理等を行う必要もなく、アルミニウム合金を効率的に低コストで得ることが可能となる。
【0019】
但し、本発明では、熱処理(例えば、時効処理)等により第二化合物相を析出させる場合を除くものではない。
【0020】
《その他》
(1)本明細書でいう「アルミニウム合金」は、上記した組成を有すれば足り、その形態、金属組織、加工段階などは問わない。例えば、急冷凝固させた粉末、薄帯やその破砕粉、成形体やビレット、さらには焼結材や展伸材(押出材等)なども本発明のアルミニウム合金に含まれる。また本発明のアルミニウム合金は、素材であっても、中間製品であっても、最終製品であってもよい。
【0021】
(2)本明細書でいう「耐熱性」には種々の特性が含まれるが、本発明のアルミニウム合金は、いずれか一つ以上に優れるものであれば足る。なお、高温強度に優れる本発明のアルミニウム合金は、必然的に室温強度にも優れる。
【0022】
(3)本明細書でいう「整合」とは、第二化合物相の結晶基本構造が母相と同一であって、その母相との境界(界面)で原子面あるいは原子列が過不足なく連なっている場合をいう。但し、加工等に導入された転位によって原子列の乱れや点欠陥などを生じ得るが、このようなものは除いて考える。つまり、このような原子列の乱れや点欠陥などがあっても本明細書でいう「整合」には含まれる。
【0023】
(4)本明細書中でいう「改質元素」は、Al、Fe、Zr、TiおよびMg以外の元素であって、アルミニウム合金の特性改善に有効な元素である。改善される特性は、その種類は問わないが、高温域または室温域における強度、硬さ、靱性、延性、寸法安定性などがある。このような改質元素の具体例として、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)、ランタン(La)、バナジウム(V)、ハフニウム(Hf)、ニオブ(Nb)などがある。各元素の配合などは任意であるが、通常、その含有量は微量である。
【0024】
「不可避不純物」は、溶解原料中に含まれる不純物や各工程時に混入等する不純物などであって、コスト的または技術的な理由等により除去することが困難な元素である。本発明に係るアルミニウム合金の場合であれば、例えば、シリコン(Si)等がある。
【0025】
(5)特に断らない限り本明細書でいう「x〜y」は、下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を、新たな下限値または上限値として「a〜b」のような範囲を新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】400℃の加熱時間とビッカース硬さの関係を示すグラフである。
【図2A】アルミニウム合金の金属組織を観察した顕微鏡写真である。
【図2B】その金属組織中の母相と第一化合物相の界面近傍を観察した顕微鏡写真である。
【図2C】その界面近傍に析出した第二化合物相の周囲を観察した顕微鏡写真である。
【図3A】その第二化合物相を拡大して観察した顕微鏡写真である。
【図3B】第二化合物相におけるAl、ZrおよびTiの濃度分布を模式的に示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
発明の実施形態を挙げて本発明をより詳しく説明する。本明細書で説明する内容は、アルミニウム合金のみならず、その製造方法にも適用され得る。製造方法に関する構成は、プロダクトバイプロセスとして理解すれば物に関する構成ともなる。そして本明細書中から任意に選択した一つ以上の構成要素を、上述した本発明の構成要素として付加し得る。なお、いずれの実施形態が最良であるか否かは対象、要求性能等によって異なる。
【0028】
《アルミニウム合金の組成》
(1)Fe
Feは、アルミニウム合金の強度や硬さなどを高める元素である。アルミニウム合金全体を100質量%としたときに(以下ではこの記載を省略する。)、Feは3〜6%、4〜6%さらには4.5〜5.5%であると好ましい。Feが過少では十分な強度や硬さが得られず、Feが過多では延性が低下し、また高強度過ぎて成形性や加工性などが困難となる。
【0029】
(2)ZrおよびTi
ZrおよびTiは、Alと協調して、アルミニウム合金の耐熱性を高める第二化合物相を形成する重要な元素である。Zrは0.66〜1.5%、0.7〜1.3%さらには0.8〜1.2%であると好ましい。またTiは0.6〜1%さらには0.7〜0.9%であると好ましい。この際、両者の質量比(Zr/Ti)が1.1〜1.5さらには1.15〜1.4であると、高温域まで安定な第二化合物相が形成されて好ましい。ちなみに、この質量比をTi(原子%)に対するZr(原子%)の原子比(Zr/Ti)aに換算すると、0.57〜0.79さらには0.6〜0.7であると好ましい。
【0030】
ZrまたはTiが過少であると、その効果がない。ZrまたはTiが過多であると、溶解温度が極めて高くなり製造コスト高になると共にAlとの間で粗大な晶出物または析出物が形成されたり、アルミニウム合金の加工性や成形性が低下し得る。Zr/Tiは過小でも過大でも、所望の第二化合物相の形成が困難となる。
【0031】
(3)Mg
Mgは、アルミニウム合金の強度(特に室温強度)の向上に有効な元素である。Mgは0.6〜2.2%、1〜2%さらには1.2〜1.8%であると好ましい。Mgが過少ではその効果がなく、過多ではアルミニウム合金材の加工性や成形性の低下を招く。
【0032】
《アルミニウム合金の金属組織》
(1)本発明のアルミニウム合金は、Alの母相(α相)と、Al−Fe系金属間化合物相(第一化合物相)と、Al−(Zr、Ti)系金属間化合物(第二化合物相)を少なくとも有する複合組織からなる。このような金属組織により、本発明のアルミニウム合金は優れた耐熱性を発揮する。
【0033】
(2)第二化合物相の平均サイズは、1〜30、2〜20nmさらには3〜15nmであると好ましい。このサイズが過小でも過大でも、第二化合物相によるアルミニウム合金の耐熱性を向上させる効果が低下し得る。なお平均サイズとは、アルミニウム合金中より無作為に抽出したサンプルを透過電子顕微鏡(TEM)で観察し、30個以上の分散する第二化合物相の平均直径を画像処理法により解析して求めた値である。
【0034】
《アルミニウム合金の製造方法》
本発明のアルミニウム合金の製造方法は、種々考えられる。もっとも、第二化合物相が基地中に超微細に均一的に分散した金属組織を得るには、前述したように、急冷凝固させた凝固体からなる原素材に熱間塑性加工を施す製造方法が好適である。
【0035】
急冷凝固させた凝固体を介することによって、第二化合物相の生成に必要なZrおよびTiを過飽和に固溶させた原素材を容易に得ることができる。凝固体の冷却速度は大きいほど好ましく、例えば、300℃/秒以上、1000℃/秒以上、5000℃/秒以上さらには10000℃/秒以上であるとよい。
【0036】
このように急冷凝固は、例えば、アトマイズ法、スプレーフォーミング法、ストリップキャスト法(ロール鋳造法等)などにより行える。アトマイズ法によると、粉末状の凝固体(アトマイズ粒子が集合したアトマイズ粉末)が得られる。スプレーフォーミング法によると、塊状の凝固体が得られる。連続鋳造法によると、薄帯からなる凝固体が得られる。
【0037】
凝固体のサイズは問わないが、アトマイズ粒子なら、例えば、平均粒径が50〜300μm程度であり、薄片なら、例えば、厚さが0.05〜1.5mmで5〜8mm角程度であると好ましい。
【0038】
原素材は、このような凝固体そのものでも良い。もっとも、アトマイズ粉末(水アトマイズ粉末、ガスアトマイズ粉末、水・ガスアトマイズ粉末)や薄帯を破砕または粉砕した薄片からなる破砕粉等を、圧縮成形した成形体またはビレットを原素材として用いると、生産性等の点で好ましい。
【0039】
このような原素材に、熱処理、塑性加工または熱間塑性加工等を施すことにより、過飽和に固溶していたZrおよびTiがAl−(Zr、Ti)系金属間化合物として微細に析出する。特に熱間塑性加工(加工工程)を行うと、形状創成と第二化合物相の析出を同時に行えて効率的である。
【0040】
熱間塑性加工には、押出加工、鍛造加工、圧延加工等がある。例えば、ビレットを熱間で押出成形して押出材(加工材)を得る押出加工の場合、ビレットの押出温度は350〜500℃さらには400℃〜480℃にすると好ましい。押出温度が過小であると、第二化合物相の析出やアルミニウム合金の耐熱温度が不十分となる。また加工力も増加して好ましくない。一方、押出温度が過大になると、金属組織の粗大化が進行し、却ってアルミニウム合金の耐熱性が低下し得る。
【0041】
ビレットの押出比は5〜30さらには10〜20が好ましい。押出比が過小であると、粉末粒子同士または破砕片同士の圧接が不十分となり、所望の強度や延性が得られず、押出比が過大になると加工力が増加して成形困難となる。
【0042】
なお、押出成形等に用いるビレットの相対密度(嵩密度/真密度)は問わないが、60%以上、70%以上、80%以上、85%以上さらには90%以上であると好ましい。相対密度が過小であると、ビレットの保形性や取扱性が低下する。相対密度の上限は問わないが、生産性を考慮すると、95%以下が好ましい。
【0043】
《用途》
本発明のアルミニウム合金は、その用途や使用環境を問わないが、優れた耐熱性を有するため、内燃機関のピストン、吸気バルブ、コンロッド、過給機ロータ、圧縮機の羽根車など、高温環境下で使用される高強度部材などに好適である。なお、アルミニウム合金に加えられる熱処理や加工などの条件は、製品の要求仕様に応じて適宜調整されればよい。ちなみに、本発明のアルミニウム合金は、高温域のみならず室温域においても高い強度特性を発現する。このため、高温域で使用される部材に限らず、軽量化が要求される高強度部材に広く本発明のアルミニウム合金は利用され得る。
【実施例】
【0044】
実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
《試料の製造》
表1に示す組成のアルミニウム合金の溶湯を調製した(溶湯調製工程)。この合金溶湯を真空雰囲気中に噴霧してエアアトマイズ粉末(凝固体)を得た(凝固工程)。得られたエアアトマイズ粉末の粒子(アトマイズ粒子)を分級して粒径:150μm以下のアトマイズ粉末を用意した。ちなみに、エアアトマイズにより得られる粉末粒子のサイズと冷却速度の関係は公知である。これにより、上記アトマイズ粉末は10℃/秒以上の冷却速度で急冷凝固した粒子からなるといえる。
【0045】
アトマイズ粉末を冷間静水等方圧プレス成形(CIP)して、φ40mm×40mm、相対密度85%の押出ビレット(原素材)を得た。
【0046】
この押出ビレットを押出成形機のコンテナ(図略)内に装?した。そして、そのコンテナに設けた加熱装置で430℃に加熱した押出ビレットを、押出成形して、φ12mm×400mmの(中実)棒材(加工材)を得た(熱間塑性加工/加工工程)。このときの押出比(原素材の断面積/加工材の断面積)は11.1とした。こうして得られたアルミニウム合金の棒材から採取した試料を用いて、以下の測定等を行った。
【0047】
《試料の測定》
(1)強度および延性
各試料からから切り出した試験片を用いて引張試験を行い、室温における強度および延性と、300℃(予熱なし)における強度を測定した。その結果を表1に併せて示した。なお、引張試験はJIS Z2241に沿って行い、表1に示した強度は破断強さであり、延性は試験開始から破断時までにおける標点間距離の延び率である。
【0048】
(2)残留硬さ(耐軟化性)の測定
各試料の残留硬さ(各試料を高温加熱した後の室温硬さ)も測定した。具体的には、400℃の大気雰囲気中に10時間保持した後、室温状態に戻した各試料のビッカース硬さを測定した。ビッカース硬さの測定は、ビッカース試験機を用いて、荷重0.49N、保持時間15sとして室温環境下で行った。
【0049】
さらに、表1中の数個の試料と、耐熱アルミニウム合金材として市販されている従来材(JIS A2618)とを400℃の大気雰囲気中に所定時間保持し、それぞれの場合における高温硬さ(ビッカース硬さ)の変化を測定した。この結果を図1に示した。
【0050】
《試料の観察》
表1に示した試料No.11の金属組織を観察した写真を図2A〜図2Cおよび図3Aに示した。図2Bは図2A中の母相と第一化合物相の界面近傍を、図2Cは母相内の第二化合物相(析出相、整合相)を、図3Aはその第二化合物相をさらに拡大したものを、それぞれ観察した写真である。なお、図2Aは走査型電子顕微鏡(SEM)を、図2B〜図3Aは透過型電子顕微鏡(TEM)を用いてそれぞれ観察した。
【0051】
図3Aに示した第二化合物相およびその近傍について、3次元アトムプローブにより、構成元素の濃度分布を分析した結果を図3Bに模式的に示した。
【0052】
《試料の評価》
(1)初期特性
表1から明らかなように、本発明の組成範囲内にある試料はいずれも、室温状態における初期特性に優れる。これは一般的な耐熱アルミニウム合金である試料No.C1(A2618のT6処理材/JIS)や試料No.C2(AC8A/JIS)と比較すると明らかである。特に本発明に係る試料は、Fe量およびMg量が増加するほど強度が高くなっている。逆にいうと、Fe量が過少では室温域ですら強度が不十分となる。一方、Fe量が過多になると、押出加工時に高い加工力が必要となるだけでなく延性も低下している。
【0053】
(2)高温特性
表1から明らかなように、本発明の組成範囲内にある試料はいずれも、高温特性にも優れている。この点も、試料No.C1や試料No.C2と比較すれば明らかである。また本発明に係る試料は、Fe量が増加するほど高温強度も増加する傾向があるが、Zr量またはTi量が適量でないと、十分な高温強度が得られていない。
【0054】
また図1から明らかなように、本発明に係る試料はいずれも、1時間程度の加熱した後に、ほぼ硬さがピークに到達し、その後は400℃の高温環境下でも、その硬さが安定的に維持されている。この点、初期硬さは大きいものの、加熱時間の増加と共に硬さが低下する従来の耐熱性アルミニウム合金(試料No.C1)と大きく異なる。
【0055】
(3)金属組織
先ず、図2Aから、本発明に係るアルミニウム合金は、母相(灰色に写っている部分)とAl−Fe系金属間化合物相からなる第一化合物相(白く写っている部分)とから主に構成されていることがわかる。
【0056】
次に、図2Bおよび図2Cから、母相と整合的な第二化合物相が、母相中から微細に析出していることがわかる。また第二化合物相は、少なくとも、母相と第一化合物相との界面近傍で析出していることもわかる。
【0057】
さらに図3Aおよび図3Bから、第二化合物相の中央部でZr濃度が高く、それを囲繞する外郭部でTi濃度が高くなっていることがわかる。すなわち、ZrまたはAl−Zrが第二化合物相の核となっており、そこから離れるに連れてZr量が減少し、逆にTiまたはAl−Tiの割合が増加していることがわかる。このように、1〜30nm程度の超微細な第二化合物相内で、Al、ZrおよびTiの濃度分布が存在することも、第二化合物相が高温安定性を発揮する一因と考えられる。
【0058】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
全体を100質量%(以下単に「%」という)としたときに、
鉄(Fe):3〜6%、
ジルコニウム(Zr):0.66〜1.5%、
チタン(Ti):0.6〜1%、
Tiに対するZrの質量比(Zr/Ti):1.1〜1.5、
残部:アルミニウム(Al)と不可避不純物および/または改質元素
となる合金組成を有することを特徴とする耐熱高強度アルミニウム合金。
【請求項2】
前記合金組成の合金溶湯を300℃/秒以上の冷却速度で急冷凝固させた凝固体からなる原素材に、熱間塑性加工を施した加工材からなる請求項1に記載の耐熱高強度アルミニウム合金。
【請求項3】
前記原素材は、アトマイズ粒子または薄片を圧縮成形したビレットであり、
前記加工材は、該ビレットを熱間で押出成形した押出材である請求項2に記載の耐熱高強度アルミニウム合金。
【請求項4】
前記合金組成は、さらに、マグネシウム(Mg):0.6〜2.2%を含む請求項1〜3のいずれかに記載の耐熱高強度アルミニウム合金。
【請求項5】
請求項1または4に記載の合金組成からなる合金溶湯を300℃/秒以上の冷却速度で急冷凝固させた凝固体からなる原素材に、熱間塑性加工を施して加工材を得る加工工程を備えることを特徴とする耐熱高強度アルミニウム合金の製造方法。
【請求項6】
前記原素材は、アトマイズ粒子または薄片を圧縮成形したビレットであり、
前記加工工程は、該ビレットを350〜500℃に加熱して5〜30の押出比で押出成形した押出材を得る押出工程である請求項5に記載の耐熱高強度アルミニウム合金。

【図1】
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【図3B】
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【図2A】
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【図2B】
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【図2C】
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【図3A】
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【公開番号】特開2012−207283(P2012−207283A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−74726(P2011−74726)
【出願日】平成23年3月30日(2011.3.30)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】