説明

耐食導電材、固体高分子型燃料電池とそのセパレータおよび耐食導電材の製造方法

【課題】耐食性および導電性に優れる耐食導電材を提供する。
【解決手段】本発明の耐食導電材は、純チタン(Ti)またはTi合金からなるTi系基材と、該基材の少なくとも一部の表面に形成された耐食性または導電性の少なくとも一方に優れる耐食導電性皮膜と、を備える耐食導電材であって、前記耐食導電性皮膜はリン化チタン皮膜であることを特徴とする。リン化チタン皮膜は、貴金属を使用した従来の皮膜よりも安価であると共に非常に優れた耐食性または導電性を示す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チタン(Ti)をベースとした耐食性または導電性に優れる耐食導電性皮膜を表面に有する耐食導電材、耐食導電材の一つである固体高分子型燃料電池用セパレータとそれを用いた固体高分子型燃料電池および耐食導電材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子型燃料電池用の金属セパレータ等に代表されるように、最近では、耐食性と導電性とを高次元で両立できる部材が求められている。もっとも、種々のことが要求される工業レベルで、それらを両立させる耐食導電性のある部材(耐食導電材)を得ることは容易ではない。
【0003】
例えば、Ti系またはステンレス系の金属材料は、表面に強固で安定な不働態皮膜を形成して優れた耐食性を発揮する。しかし、その不働態皮膜は安定な絶縁性化合物からなるため、通常は非常に抵抗が大きく導電性に乏しい。そこで、実用性のある耐食導電材を得るために、下記特許文献にあるような種々の提案がされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−336551号公報
【特許文献2】特開2004−273370号公報
【特許文献3】特開2000−353531号公報
【特許文献4】特開2000−123850号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1は、Ti材に熱処理を施してFe濃化相を形成し、そのTi材の耐食性を向上させることを提案している。もっとも、特許文献1にはそのTi材の導電性に関する開示がない。また、そのようなFe濃化相を形成するには複雑な加工熱処理が必要となる。
【0006】
特許文献2は、Ti系基材中にTiB系ホウ化物粒子を晶出させたセパレータを提案している。このセパレータは、基材上の不働態皮膜によって耐食性が確保されると共に表面に晶出したホウ化物によって導電性が発現される。もっとも、ホウ化物は非常に硬いため、そのセパレータは圧延性および成形性に劣る。勿論、ホウ化物の分散量を減らせば、成形性や圧延性は改善されるものの導電性が低下する。また、ホウ化物が脱離した部分から腐食が進行する恐れもあり得る。
【0007】
特許文献3は、Ti系基材の表面に金属窒化物層を形成したセパレータを提案している。このセパレータを本発明者が試験したところ、確かに電解腐食試験前における接触抵抗は低減されるものの、電解腐食試験後の接触抵抗が大きく増加することがわかった。
【0008】
特許文献4は、ステンレス鋼またはチタン合金等からなる基材に化学的に非常に安定な貴金属めっき層を設けたセパレータを提案している。しかし、このような貴金属の使用は高コストである。また、貴金属の使用量を低減すると、密着性の悪化やめっき層の剥離などのおそれがある。さらに、基材がAl等の場合、めっき層のピンホール部分で局部電池が形成され、基材に孔食などの局部腐食が生じるおそれもある。
【0009】
本発明は、このような事情に鑑みて為されたものであり、耐食性または導電性の少なくとも一方が安定して得られる耐食導電性皮膜を備える耐食導電材を提供することを目的とする。
【0010】
また、その耐食導電性皮膜を基材表面に有する耐食導電材を効率的に製造できる製造方法並びにその耐食導電材からなる固体高分子型燃料電池用セパレータとそのセパレータを用いた固体高分子型燃料電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究し、試行錯誤を重ねた結果、Ni−Pメッキを施したTi系基材に窒化処理をすることで、安定した高い耐食性および導電性をもつ耐食導電性皮膜をTi系基材の表面に形成することに成功した。本発明者は、この成果を発展させることで以降に述べる種々の発明を完成させるに至った。なお、本明細書では上記の耐食導電性皮膜の形成方法をメッキ法とよぶ。
【0012】
〈耐食導電材〉
(1)すなわち、本発明の耐食導電材は、純チタン(Ti)またはTi合金からなるTi系基材と、該基材の少なくとも一部の表面に形成された耐食性または導電性の少なくとも一方に優れる耐食導電性皮膜と、を備える耐食導電材であって、
前記耐食導電性皮膜はリン化チタン皮膜であることを特徴とする。
【0013】
(2)リン化チタンは、公知の物質ではあるが、その詳細な特性は十分に理解されていなかった。しかし、リン化チタン皮膜は、単に耐食性または導電性に優れるだけではなく、それらの特性が長期的に安定しており、従来の皮膜よりも遙かに現実的であることがわかった。そして、必ずしも高価な貴金属等を使用する必要がなく、また、比較的安価な材料や工程により形成可能であるので、工業的にも好ましく実用性が高い。
【0014】
ここで基材は、材質、形状、大きさ等を問わない。例えば、所定形状をした部材であってもよいし、これから加工、成形等される素材、粉末などでもよい。従って、本発明でいう耐食導電材は、本発明の耐食導電性皮膜を有する部材のみならず、素材または原料となるような材料自体をも含み得る。
【0015】
(3)ところで、本発明の耐食導電材は、耐食性と導電性とを同時に高次元で満足させ得るが、その場合には限らず、耐食性または導電性の一方のみに特化している場合であっても良い。
【0016】
例えば、高耐食性のみ要求される部材等にも高導電性のみ要求される部材等にも、本発明の耐食導電材は好適である。本発明の耐食導電材を利用することで、従来よりも安価な純度の低いTi系原料を用いることができたり、製造コストの削減等を図れたりする。そして部材の要求仕様に応じて、耐食導電性皮膜の構成を適宜変更して、その耐食性または導電性のいずれか一方を他方に優先して高めることも可能である。
【0017】
なお、本発明でいう基材は、必ずしも全体がTiベースである必要はない。被覆される表層部分にTiが存在して本発明の耐食導電性皮膜が形成される限り、基材のベース(中核部分)は、Al、Fe(ステンレスを含む)、Mgなどの他の金属でも良いし、さらには樹脂、セラミック等でも良い。
【0018】
〈固体高分子型燃料電池およびそのセパレータ〉
本発明は、上記の耐食導電材の代表的な一形態である固体高分子型燃料電池用セパレータとしても把握される。
【0019】
すなわち、本発明は、中央に設けられた固体高分子電解質膜と該固体高分子電解質膜の一方側に接して設けられた燃料電極と該固体高分子電解質膜の他方側に接して設けられた酸化電極と該燃料電極および該酸化電極の外側に設けられたセパレータとからなる単位電池を積層してなり、
該セパレータと該燃料電極との間に燃料ガスを供給すると共に該セパレータと該酸化電極との間に酸化剤ガスを供給して直流電力を発生させる固体高分子型燃料電池において、
前記セパレータは、少なくとも一部の表面に上記の耐食導電性皮膜を有し、少なくとも該耐食導電性皮膜上で耐食性および導電性に優れることを特徴とする固体高分子型燃料電池用セパレータであると、好適である。
【0020】
さらに本発明は、そのセパレータを用いた固体高分子型燃料電池としても把握される。
【0021】
〈耐食導電材の製造方法〉
本発明の耐食導電材等は、その製造方法等を問わないが、例えば、次のような本発明に係る方法により耐食導電性皮膜の形成または耐食導電材等の製造が可能である。
【0022】
(1)本発明者は、前述したように、上記のようなメッキ法について種々の実験を行い鋭意研究を継続したところ、少なくともリン(P)を含むメッキを基材に施すことで、優れた特性を安定して発揮するリン化チタン皮膜を比較的容易に得ることに成功した。
【0023】
すなわち本発明の耐食導電材の製造方法は、純チタン(Ti)またはTi合金からなるTi系基材の少なくとも一部をリン(P)を含むメッキ液中に浸漬して該Ti系基材の表面にメッキ層を形成するメッキ工程と、
該メッキ工程後のTi系基材に窒化処理を施す窒化工程と、
を備えてなり、前記Ti系基材の少なくとも一部の表面に耐食性または導電性の少なくとも一方に優れるリン化チタン皮膜および該リン化チタン皮膜の表面に窒化チタン皮膜が形成されることを特徴とする。
【0024】
このメッキ法により、耐食性または導電性に優れたリン化チタン皮膜が比較的容易に形成される理由やメカニズム等は、現在のところ調査研究中であり、その詳細は必ずしも定かではない。以下に、現状で考えられる範囲内で本発明について図6を用いて説明する。
【0025】
図6は、本発明の耐食導電材の製造方法の説明図である。Ti系基材19の表面には、メッキ工程においてNi−Pメッキ層21が形成される(図6(I))。このNi−Pメッキ層21およびNi−Pメッキ層21が形成されたTi系基材19の表面部では、窒化工程によるNの導入と窒化に伴う加熱により、TiがNi−Pメッキ層21へ、NiがTi系基材19へと拡散して移動する。その結果、Ti系基材19の表面には、基材側のリン化チタン皮膜22と反基材側の窒化チタン皮膜23とからなる複合皮膜20が形成される(図6(II))。
【0026】
(2)本発明の耐食導電材の製造方法は、さらに、酸性雰囲気において、前記窒化工程後の前記Ti系基材から窒化チタン皮膜を除去するとともに前記リン化チタン皮膜の表面にTi−P−O系皮膜を形成する酸化工程を備えてもよい。
【0027】
上記の複合皮膜20を備える耐食導電材を、窒化チタン皮膜23が腐食する程度に強い酸性雰囲気に曝すことで、複合皮膜20の表面から窒化チタン皮膜23が除去されるとともに、リン化チタン皮膜22の表面が酸化されて酸化皮膜が形成される。すなわち、Ti系基材19の表面には、基材側のリン化チタン皮膜22と最表面側のTi−P−O系皮膜33とからなる複合皮膜30が形成される(図6(III))。
【0028】
〈付加的構成〉
本発明の耐食導電材、固体高分子型燃料電池およびそのセパレータ並びに耐食導電材等の製造方法は、上述した構成に加えて、次に列挙する構成中から任意に選択した一つまたは二つ以上がさらに付加されるものであってもよい。
【0029】
なお、下記から選択された構成は、複数の発明に重畳的かつ任意的に付加可能であることを断っておく。また、便宜上、耐食導電材(耐食導電性皮膜等を含む)自体とその製造方法とを区別して記載するが、下記に示したいずれの構成も、カテゴリーを越えて相互に適宜組合わせ可能である。例えば、耐食導電性皮膜の構成元素であれば、耐食導電材にも、その製造方法にも関連することはいうまでもない。また、一見、「方法」に関する構成のように見えても、プロダクトバイプロセスとして理解すれば、「物」に関する構成ともなり得る。
【0030】
(1)耐食導電材(セパレータ等を含む)
(i)前記リン化チタン皮膜は、TiPからなる。
【0031】
(ii)前記耐食導電性皮膜は、さらに、前記リン化チタン皮膜の表面に形成された窒化チタン皮膜をもつ。
【0032】
(iii)前記耐食導電性皮膜は、さらに、前記リン化チタン皮膜の表面に形成されたTi−P−O系皮膜をもつ。
【0033】
(2)耐食導電材の製造方法
(i)前記窒化工程は、Nを含む窒化ガス中に前記Ti系基材を保持するガス窒化工程である。
【0034】
(ii)窒化ガスは窒素(N)ガスまたはアンモニアガス(NH)である。
【0035】
(iii)前記メッキ層は、メッキ層全体を100質量%としたときに0.5〜20質量%のPを含む。
【0036】
(iv)前記メッキ液は、NiおよびPを含むNi−Pメッキ液である。
【0037】
(v)前記メッキ層は、Ni−Pメッキ層である。
【0038】
(vi)前記Ni−Pメッキ液は、さらにFeを含むNi−P−Feメッキ液である。
【0039】
(vii)前記Ni−Pメッキ層は、Ni−P−Feメッキ層である。
【0040】
〈その他〉
(1)本明細書でいう「耐食導電材」は前述したように、その形態を問わない。製品形状またはそれに近い形状の部材のみならず、例えば、インゴット状、棒状、管状、板状等の素材であっても良いし、さらには粉末等の原料的なものであってもよい。
【0041】
(2)本発明の耐食導電材は、Ti系基材の表面に耐食導電性皮膜として少なくともリン化チタン皮膜を備えるものであって、耐食性または導電性の少なくとも一方を発現するものであれば足りる。リン化チタン皮膜の表面に、さらに、窒化チタン皮膜あるいはTi−P−O系皮膜を備える耐食導電性皮膜であってもよい。
【0042】
もっとも、耐食導電性皮膜は、その特性を改善し、または劣化させない改質元素などの任意元素を多少含んでもよい。例えば、このような元素として、Cr、Mn、Co、B、Al、希土類元素(Sc、Y、ラインタノイド、アクチノイド)などがある。
【0043】
また、耐食導電性皮膜は、改質元素以外に「不可避不純物」の含有も許容し得る。不可避不純物は、コスト的または技術的な理由等により除去することが困難な元素である。このような不可避不純物は、基材などに元々含まれる場合の他、耐食導電性皮膜の形成時に不可避に混入等し得る。不可避不純物として、例えば、Li、Na、Mg、K、Ca、V、Ni、Cu、O、Cl等がある。
【0044】
但し、本発明の場合、耐食導電性皮膜が形成される基材から観れば不可避不純物であっても、耐食導電性皮膜自体から観ると不可避不純物でないもの、または耐食導電性皮膜の特性改善に有効なもの、さらには耐食導電性皮膜の必須構成元素となるものも存在する。例えば、Ti系基材の不純物であるFeなどは、耐食導電性皮膜から観ると必須構成元素となり得る。
【0045】
(3)本明細書でいう「耐食性」は、酸性雰囲気下や酸化雰囲気下でも腐食しない耐酸性、酸素雰囲気下でも酸化されない耐酸化性など、少なくともいずれか一つの特性で優れていればよい。「導電性」は、皮膜自体の電気抵抗が小さい場合、他の導電材と接触したときに問題となる接触抵抗が小さい場合など、少なくともいずれか一つの特性で優れていればよい。
【0046】
また、特に断らない限り、本明細書でいう「x〜y」は、下限xおよび上限yを含む。また、本明細書に記載した下限および上限は任意に組合わせて、「a〜b」のような範囲を構成し得ることを断っておく。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】試験片1の断面を観察した透過電子顕微鏡(TEM)像である。
【図2】試験片1’の断面を観察したTEM像、電子線回折図形ならびにエネルギー分散型X線分析装置(EDX)による元素分析結果を示す。
【図3】接触抵抗の測定装置を示す模式図である。
【図4】各試験片の接触抵抗を示すグラフである。
【図5A】本実施例に係る固体高分子型燃料電池の1セルを示す断面図である。
【図5B】本実施例に係る固体高分子型燃料電池の1セルの分解斜視図である。
【図6】本発明の耐食導電材の製造方法の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0048】
発明の実施形態を挙げて本発明をより詳しく説明する。
【0049】
なお、以下の実施形態を含め、本明細書で説明する内容は、耐食導電材のみならず、耐食導電材の製造方法さらには耐食導電材の適用例等にも、適宜適用できる。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0050】
〈耐食導電性皮膜の組成〉
(1)本発明の耐食導電材は、Ti系基材の表面に少なくともリン化チタン皮膜を備える。リン化チタンは、TiPの他、TiP、TiP、Ti、Ti、Ti等があるが、TiPは化学的に最も安定であるため好ましい。なお、リン化チタン皮膜の膜厚は、0.5〜20μmさらには2〜10μmであるとよい。
【0051】
また、リン化チタン皮膜は、Feを含んでもよい。Feは、FePといったリン化物の形態で含まれる。
【0052】
(2)リン化チタン皮膜は、その表面に窒化チタン(TiN)皮膜を備えてもよい。すなわち、本発明の耐食導電材は、耐食導電性皮膜としてリン化チタン皮膜と窒化チタン皮膜との複合皮膜を備えるものであってもよい。窒化チタン皮膜は、酸性雰囲気下で耐食性を示すとともに、リン化チタン皮膜の導電性を妨げない。なお、窒化チタン皮膜の膜厚は、0.001〜10μmさらには2〜4μmであるとよい。
【0053】
(3)リン化チタン皮膜は、その表面にTi−P−O系皮膜を備えてもよい。すなわち、本発明の耐食導電材は、耐食導電性皮膜としてリン化チタン皮膜とTi−P−O系皮膜との複合皮膜を備えるものであってもよい。Ti−P−O系皮膜は、強度の酸性雰囲気下で高い耐食性を示すとともに、それ自体が高い電子伝導性をもつためリン化チタン皮膜の導電性を妨げない。強度の酸性雰囲気とは、具体的には、pH3〜pH1さらにはpH2.5〜pH1.5である。ただし、pH6〜pH3程度の酸性雰囲気においても耐食性を示すことは言うまでもない。
【0054】
なお、Ti−P−O系皮膜は、リン化チタン皮膜の表面に1〜200nm程度の極薄い皮膜として存在する。そのため、Ti−P−O系皮膜の組成を厳密に特定することは困難である。しかし、図2に示したEDX分析結果から3元系で構成される物質であることは明白である。
【0055】
〈耐食導電材の製造方法または耐食導電性皮膜の形成方法〉
耐食導電性皮膜の形成や耐食導電材の製造は、その方法が特に限定さあれるものではないが、以下では、メッキ法を例に挙げて説明する。この方法は、リン化チタンの製造として従来知られていない、新規な方法である。
【0056】
(1)メッキ工程
メッキ工程では、少なくともPを含むメッキ液中にTi系基材を浸漬し、該基材の表面にメッキ層を形成する。メッキは電解メッキでも無電解メッキでもよいが、複雑形状をもつ基材の表面であっても一様の厚さにメッキでき被覆能力に優れた無電解メッキがより望ましい。メッキ層の厚さは耐食導電性皮膜の厚さに応じて適宜調整される。メッキ液は、Pを含むものであればよく、Ni−Pメッキ液の他、Fe−Pメッキ液、Ni−P−Feメッキ液などを用いるとよい。これらのメッキ液を用いる無電解メッキは、容易に行い得る。ただし、メッキ層を構成する元素は、必ずしもメッキ液から供給される必要はなく、基材側などから供給されてもよい。
【0057】
(2)窒化工程
窒化工程により、耐食導電性皮膜中へNが導入される。その結果、リン化チタン皮膜およびTiN皮膜からなる化学的に安定な複合皮膜が形成され耐食導電性が確保される。また、窒化工程以前で耐食導電性皮膜中に導入されたOが還元等により除去される。
【0058】
この窒化方法には、ガス窒化(ガス軟窒化を含む)、イオン窒化(プラズマ窒化)、塩浴窒化(塩浴軟窒化(タフトライド)を含む)等がある。もっとも、本発明における耐食導電性皮膜の形成にはガス窒化が好ましい。比較的容易な装置または工程で、耐食導電性皮膜へNの導入が可能だからである。
【0059】
ガス窒化は、Nガス、NHガスまたはそれらの混合ガスなどで満たされた高温雰囲気下に、上述した前処理後の基材を保持することで行われる。なお、それら窒化ガス自体は流動していてもよい。特にNHガスを用いるガス窒化は、純Nガスを用いるガス窒化よりも窒化力が強い。また、NHガスを用いる場合には、基材が収容される炉内に単純にNHガスを流して予め炉内にあったガス(空気)と置換させるだけで窒化雰囲気を形成することができるため、炉内を真空に排気する必要が無く低廉なプロセスである。
【0060】
処理温度や処理時間は、ガス組成や導入するN量により適宜調整される。Nガスにより窒化する場合であれば、処理温度850〜1100℃さらには950〜1050℃、処理時間0.5〜2時間が好ましい。NHガスを使用する場合の処理温度は低温であってもよく、650℃以上であればよい。
【0061】
(3)酸化工程
酸化工程により、表層の窒化チタン皮膜を除去するとともに、リン化チタン皮膜の表面にTi−P−O系皮膜を形成する。酸化工程は、窒化チタン皮膜が腐食する程度に強い酸性雰囲気に窒化工程後の耐食導電材を曝すことで行われる。強い酸性雰囲気とは、pH3〜pH1さらにはpH2.5〜pH1.5であって、たとえば、強酸性の腐食溶液に窒化処理後の耐食導電材を浸漬するとよい。上記の溶液を用いるのであれば、溶液温度50〜80℃、浸漬時間1〜50時間、腐食電圧1.0〜2.0V(vs.SHE)が望ましい。
【0062】
Ti−P−O系皮膜の構造は特に限定されないが、上記の方法で得られるTi−P−O系皮膜は、電子線回折などの結果から考えて、非晶質あるいは非常に微細な微結晶を含む。
【0063】
〈用途〉
本発明の耐食導電材は、固体高分子型燃料電池用セパレータ、通電部材などの他、Tiの耐食被膜等にも利用され得る。
【実施例】
【0064】
実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
《実施例1》
〈試験片の製造〉
純チタン(JIS1種)からなるTi基板(Ti系基材)に、次に示すメッキ処理を施した。
【0065】
(1)メッキ工程
Ni−Pメッキ液に前述したTi基板を浸漬して、表面に約5μmのNi−13%Pメッキ層を形成した。Ni−Pメッキ液には、トップニコロンP−13(奥野製薬製)を用いた。なお、本実施例で行ったメッキは無電解メッキである。
【0066】
(2)窒化工程
このNi−PメッキしたTi基板へ、Nガス雰囲気によるガス窒化を施した(ガス窒化工程)。このガス窒化は、ガス組成:N>99.999%、温度:1000℃、時間:0.5hrで行い、試験片1を得た。
【0067】
(3)酸化工程(電解腐食試験)
上記の手順でられた試験片1を腐食溶液中に浸漬して、電解腐食試験を行った。腐食溶液として、硫酸(pH2)に50ppmFおよび10ppmClを添加し、80℃に保持した溶液を用いた。印加した腐食電圧は0.26V(vs.Pt)、腐食試験は100時間行った。以下、腐食試験後の試験片1を、試験片1’と表記する。
【0068】
〈試験片の測定〉
(1)断面観察およびEDX分析
透過電子顕微鏡(TEM)を用いて、電解腐食試験前後の試験片(試験片1および試験片1’)の断面を観察した。観察した断面は、Ni−Pメッキ層が形成された表面に対して垂直方向の断面とした。試験片1(試験前)のTEM像を図1に、試験片1’(試験後)のTEM像を図2の左図に、それぞれ示す。なお、試験片1’については、電子線回折図形も図2に併せて示す。
【0069】
また、エネルギー分散型X線分析装置(EDX)を用いて、電解腐食試験前後の試験片(試験片1および試験片1’)の表面の元素分析を行った。試験片1’を測定した結果を、図2に示す。
【0070】
試験片1では、Ti基板の表面に2層の皮膜からなる複合皮膜が観察された(図1)。複合皮膜のうちTi基板側の皮膜は、電子線回折図形からTiPからなることが同定された。また、複合皮膜のうち反基板側(表面側)の皮膜は、電子線回折図形からTiNからなることが同定された。反基材側の皮膜がTiNからなることは、試験片1の表面がTiN特有の金色を呈していることからも明確である。なお、TiNの電子線回折図形は図示を省略したが、TiPの電子線回折図形は図2に示すTiPの電子線回折図形と同様であった。また、複合皮膜のEDX分析結果からは、Niの存在が検出されなかったが、Ti基板には、上記の窒化工程においてNi−Pメッキ層から拡散したNiを含むTi−Ni化合物の存在が確認された。Ti−Ni化合物は、たとえば、図1の右下部分に見られる縞状のコントラストをもつ結晶粒である。
【0071】
試験片1’では、50nm程度の極薄い表面層をもつ複合皮膜がTi基板の表面に観察された(図2左の写真)。複合皮膜は、EDXおよび電子線回折図形より、大部分はTiPであることが同定された。つまり、腐食試験後もTiP皮膜が残存することがわかった。一方、表面層でNの検出はなく、Tiのほか、PおよびOが検出された。なお、EDXで炭素(C)が検出されたが、これは、分析のために被覆した皮膜から検出されたものである。つまり、試験片1のTiN皮膜は上記の酸化工程において除去され、TiP皮膜の表面が酸化されてTi−P−O系皮膜が形成されたと考えられる。
【0072】
(2)接触抵抗
試験片1および1’の接触抵抗を図3に示すようにして測定した。すなわち、各試験片Sとカーボンペーパー105とを積層状態で2枚の金メッキ銅板161、162間に挟み込み、金メッキ銅板161、162間へ、定電流DC電源107から1Aの定常電流を流した。このとき、金メッキ銅板61、62間に空気圧1.47MPaの荷重Fを印加した。この状態で60秒間保持した後に、金メッキ銅板161、162間の電位差Vを測定した。これに基づき、接触抵抗R(=V/A)を算出した。これらの結果を図4に示す。
【0073】
試験片1(腐食試験前)の接触抵抗は5mΩ・cmで非常に低い値であった。そして、pH2という強酸性の腐食溶液に浸漬された後の試験片1’も、6mΩ・cmで非常に低い接触抵抗を示した。つまり、TiP皮膜を有することで、高導電性であり、かつ、強酸雰囲気に曝されても腐食しにくく導電性が安定していることがわかった。また、Ti−P−O系皮膜が表面に存在する試験片1’であっても、優れた耐食性と導電性を示すことがわかった。
【0074】
なお、pH4の希硫酸に5ppmFおよび10ppmClを添加し、80℃に保持した腐食溶液を用い、試験片1に対して同様の腐食試験を行っても、試験片1の表面は金色のままでTiN皮膜に変化は見られなかった。また、接触抵抗も、腐食試験の前後で大きな変化は見られなかった。なお、腐食試験後の接触抵抗は、8mΩ・cmであった。
【0075】
《固体高分子型燃料電池》
本発明に係る耐食導電性皮膜または耐食導電材の一実施形態として、Ti基板の表面に耐食導電性皮膜を形成した固体高分子型燃料電池用セパレータを備える固体高分子型燃料電池を図5Aおよび図5Bに示す。
【0076】
固体高分子型燃料電池は、分子中にプロトン交換基をもつ固体高分子電解質膜がプロトン導電性電解質として機能することを利用したものである。具体的には図5A、図5Bに示すように、固体高分子型燃料電池Fは、固体高分子電解質膜1の両側にそれぞれ酸化電極2と燃料電極3が接合されている。さらに、それら電極の外側に、ガスケット4を介しセパレータ5が配置される。酸化電極2側のセパレータ5には空気供給口6と空気排出口7が設けられ、燃料電極3側のセパレータ5には水素供給口8と水素排出口9が設けられる。
【0077】
セパレータ5には、水素g及び空気oの導通及び均一分配のため、水素g及び空気oの流動方向に延びる複数の溝10が形成されている。また、給水口11から送り込んだ冷却水wはセパレータ5の内部を循環した後、排水口12から排出させる。このセパレータ5に内蔵された水冷機構により、発電時の発熱に依る固体高分子電解質膜等の過熱が抑制される。
【0078】
水素供給口8から燃料電極3とセパレータ5との間隙に送り込まれた水素gは、電子を放出したプロトンとなって固体高分子電解質膜1を透過し、酸化電極2とセパレータ5との間隙を通過する空気o中の酸素と反応してによって燃焼する。そして、酸化電極2と燃料電極3との間の負荷に電力が供給され得る。
【0079】
一般的に燃料電池は、1セル当りの発電量が極く僅かである。このため、一対のセパレータ5、5間を1単位としたセルを複数積層することで、所望の出力(電力が確保される。もっとも、多数のセルを積層した場合、セパレータ5と各電極2、3との間の接触抵抗が大きくなり、電力損失も大きくなって、固体高分子型燃料電池Fの発電効率が低下し易い。
【0080】
ここで本実施例のセパレータ5は、その表層に導電性に優れた耐食導電性皮膜を有するため、その耐食性が確保されつつも、酸化電極2および燃料電極3との間の接触抵抗が低減される。従って、本実施例に係る耐食導電材を用いれば、加工性や耐衝撃性等に優れると共に、耐食性と導電性の両立を図った固体高分子型燃料電池用セパレータが容易に得られる。
【符号の説明】
【0081】
S:試験片
F:固体高分子型燃料電池
1:固体高分子電解質膜
2:燃料電極
3:酸化電極
5:セパレータ
19:Ti系基材
21:Ni−Pメッキ層
22:Ti3P皮膜
23:TiN皮膜
33:Ti−P−O系皮膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
純チタン(Ti)またはTi合金からなるTi系基材と、該基材の少なくとも一部の表面に形成された耐食性または導電性の少なくとも一方に優れる耐食導電性皮膜と、を備える耐食導電材であって、
前記耐食導電性皮膜はリン化チタン皮膜であることを特徴とする耐食導電材。
【請求項2】
前記リン化チタン皮膜は、TiPからなる請求項1記載の耐食導電材。
【請求項3】
前記耐食導電性皮膜は、さらに、前記リン化チタン皮膜の表面に形成された窒化チタン皮膜をもつ請求項1または2記載の耐食導電材。
【請求項4】
前記耐食導電性皮膜は、さらに、前記リン化チタン皮膜の表面に形成されたTi−P−O系皮膜をもつ請求項1または2記載の耐食導電材。
【請求項5】
中央に設けられた固体高分子電解質膜と該固体高分子電解質膜の一方側に接して設けられた燃料電極と該固体高分子電解質膜の他方側に接して設けられた酸化電極と該燃料電極および該酸化電極の外側に設けられたセパレータとからなる単位電池を積層してなり、
該セパレータと該燃料電極との間に燃料ガスを供給すると共に該セパレータと該酸化電極との間に酸化剤ガスを供給して直流電力を発生させる固体高分子型燃料電池において、
前記セパレータは、請求項1〜4のいずれかに記載の耐食導電材からなることを特徴とする固体高分子型燃料電池用セパレータ。
【請求項6】
請求項5に記載の固体高分子型燃料電池用セパレータを備えることを特徴とする固体高分子型燃料電池。
【請求項7】
純チタン(Ti)またはTi合金からなるTi系基材の少なくとも一部をリン(P)を含むメッキ液中に浸漬して該Ti系基材の表面にメッキ層を形成するメッキ工程と、
該メッキ工程後のTi系基材に窒化処理を施す窒化工程と、
を備えてなり、前記Ti系基材の少なくとも一部の表面に耐食性または導電性の少なくとも一方に優れるリン化チタン皮膜および該リン化チタン皮膜の表面に窒化チタン皮膜が形成されることを特徴とする耐食導電材の製造方法。
【請求項8】
さらに、酸性雰囲気において、前記窒化工程後の前記Ti系基材から窒化チタン皮膜を除去するとともに前記リン化チタン皮膜の表面にTi−P−O系皮膜を形成する酸化工程を備える請求項7記載の耐食導電材の製造方法。
【請求項9】
前記メッキ液は、ニッケル(Ni)およびPを含むNi−Pメッキ液である請求項7記載の耐食導電材の製造方法。

【図3】
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【図4】
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【図5A】
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【図5B】
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【図6】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−182558(P2010−182558A)
【公開日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−25699(P2009−25699)
【出願日】平成21年2月6日(2009.2.6)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】