説明

肥大型心筋症モデル動物

本発明は、ヒトの肥大型心筋症を発症する実験モデル動物であって、カリウムチャンネル阻害薬又はカリウムチャンネル阻害薬及び当該動物の全身若しくは心臓に対する抗体を連続投与して作製される肥大型心筋症モデル動物を提供するものである。 この動物は肥大型心筋症の病態解明や、予防・治療薬のスクリーニングに使用でき、実験用動物として極めて有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は肥大型心筋症モデル動物、その作製方法及び該モデル動物を用いた薬物評価法に関する。
【背景技術】
特発性肥大型心筋症は、遺伝子異常によるものと、原因不明のものとが有る。左心室の形態から、(1)心室中隔肥大型、(2)求心性肥大型、(3)心尖部肥大型に分類され、心室中隔肥大型は左心室流出路閉塞型と非閉塞型とに分けられる(The Heart(5th edition),1309,Hurst JW,et al,McGraw−Hill Book Co,NY)。進行すると、末期には、心筋細胞の障害、繊維化、浮腫が発生し、左心室の収縮障害を来たし、うっ血性心不全となる。すなわち、(4)拡張相肥大型心筋症となる。この疾患は、急死することがしばしばあり、閉塞型における心室中隔部分切除以外、根治的治療法は未だ見出されていない。
一般に、医薬品開発を目的とする薬効スクリーニング試験等においては、健常動物ではなく一定の病態状態にある疾病モデル動物を用いた試験法がより実際の臨床症状に近く、薬効評価上も好ましい。
肥大型心筋症においても、動物モデルを作製する試みが従来からなされ、例えば、カテコールアミンの持続注射によるモデル(Braufuss AH,et al:Clin Res 23:77A,1975)、グリコプロテイン投与によるモデル(Witzke DJ et al:Circulation 53/54(Suppl):88,1976)、トリアック投与によるモデル(Teare D:Lancet 2:221,1977)等が報告されている。
しかしながら、斯かる動物モデルは、求心性肥大型であり臨床における前述の4型の病態の一つを作成できるのみであって、ヒト肥大型心筋症における4つの病態を発症するモデルは得られていないのが現状である。
【発明の開示】
本発明は、新規肥大型心筋症モデル動物、その作製方法並びに当該病態モデル動物を用いた薬物評価法を提供するものである。
本発明者らは、斯かる実情に鑑み鋭意検討した結果、カリウムチャンネル阻害薬又はこれと用いる動物に対する抗体を併用して連続投与することにより、心臓壁の肥厚が起こり、ヒト肥大型心筋症の各病型に極めて類似した病態を惹起することを見出した。
すなわち本発明は、ヒトの肥大型心筋症を発症する実験モデル動物であって、カリウムチャンネル阻害薬又はカリウムチャンネル阻害薬及び当該動物の全身若しくは心臓に対する抗体を連続投与して作製される肥大型心筋症モデル動物を提供するものである。
また本発明は、ヒトの肥大型心筋症を発症する実験モデル動物を作製する方法であって、カリウムチャンネル阻害薬又はカリウムチャンネル阻害薬及び当該動物の全身若しくは心臓に対する抗体を連続投与することを特徴とする肥大型心筋症モデル動物の作製方法を提供するものである。
また本発明は、上記モデル動物を用いる薬物評価法を提供するものである。
また本発明は、カリウムチャンネル開口薬、特にニコランジルを有効成分とする肥大型心筋症の予防又は治療剤を提供するものである。
また本発明は、肥大型心筋症の予防又は治療剤を製造するためのカリウムチャンネル開口薬の使用を提供するものである。
更に本発明は、カリウムチャンネル開口薬を投与することを特徴とする肥大型心筋症の処置方法を提供するものである。
【図面の簡単な説明】
図1は、薬物投与後の心臓の形態学的所見を示した写真である。
A:対照例、B:5mg/Kg投与例(矢印:肥厚した心室中隔)、C:40mg/Kg投与例、D:40mg/Kgと抗ラット全身抗体2単位投与例(矢印:浮腫)、E:40mg/Kgとニコランジル20mg/Kg投与例。目盛り:1mm。
図2は、薬物投与後の心筋の組織所見を示した写真である。
A:対照例、B:40mg/Kg投与例、C:40mg/Kgと抗ラット全身抗体2単位投与例(矢印:浮腫と繊維化)、D:40mg/Kgとニコランジル20mg/Kg投与例。目盛り:10μm。
【発明を実施するための最良の形態】
本発明の肥大型心筋症モデル動物は、カリウムチャンネル阻害薬又はカリウムチャンネル阻害薬及び当該動物の全身若しくは心臓に対する抗体を連続投与して作製される。
ここで、「肥大型心筋症」とは、特発性心筋症の一つで、心臓壁が肥厚することにより、左心室の内腔が狭くなり心房から心室への血液の流入が障害される疾患である。心筋の壁が厚くなる部位により心室中隔肥大型、求心性肥大型、心尖部肥大型に分類される。そして、心室中隔肥大型は、左心室流出路閉塞型と非閉塞型とに分けられる(非特許文献1参照)。肥厚が進行すると、末期には心筋細胞の障害、繊維化及び浮腫が発生し、拡張相肥大型心筋症となる。
本発明のモデル動物として用いられる動物は、通常実験動物として繁用される動物が使用でき、例えばラット、マウス、モルモット、ハムスター、ウサギ、イヌ、サル等が挙げられるが、例数を多く作ることができる点から、ラット、マウス、モルモットが好ましい。
カリウムチャンネル阻害薬は、細胞膜を通過するカリウムイオンの移動を減少させ、その結果、細胞内の活動電位の延長又は膜電位の脱分極を誘導する作用を有するものであればよい。例えば、3,4−ジアミノピリジン、2,3−ジアミノピリジン、2,5−ジアミノピリジン、2,6−ジアミノピリジン、2−アミノピリジン、3−アミノピリジン、4−アミノピリジン等のモノ若しくはジアミノピリジン誘導体(Uchida Y,et al:J Cardiovasc Pharmacol 8:49,1987)、テトラエチルアンモニウム、グリベンクラミド、イベリオトキシン、チアリブドトキシン等が挙げられ、このうち特に3,4−ジアミノピリジンが好ましい。
当該動物の全身若しくは心臓に対する抗体(以下、「抗動物抗体」ともいう)とは、用いられる動物の全身又は心臓をすり潰し、当該動物以外の動物に投与することにより得られる抗体をいう。これらをカリウムチャンネル阻害薬と併用投与することにより、心筋肥大の惹起が促進されると共に繊維化や浮腫の出現率が高まり、肥大型心筋症の末期にみられる拡張相類似の変化を生じさせることができる。
感作する動物としては、モデルとする動物以外の哺乳動物が好ましく、例えばモデルラットを作成する場合には、ウサギが好ましい。
免疫は、例えばモデルラットを作成する場合、ラットの全身又は心臓をホモゲナイザー等ですり潰し、通常の緩衝液や生理食塩水に懸濁させたもの或いはこれとフロインドの完全もしくは不完全アジュバント等との混合液を、ラット以外の動物、例えばウサギに腹腔内、皮下等の適当な経路で投与して一次刺激後、必要に応じて同様の操作を繰返せばよい。免疫抗原の投与量は、投与経路、動物の種類等に応じて適宜決定される。免疫終了後、感作された動物の血清を採取することにより、抗ラット全身抗体又は抗ラット心臓抗体が得られる。
カリウムチャンネル阻害薬又はカリウムチャンネル阻害薬の動物への投与は、静脈内投与、腹腔内投与、経口投与など通常用いられている投与経路で行うことができ、特に経口投与が好ましい。投与量は動物種、系統差、性差、週齢、絶食状態等によっても異なり、好ましい量を適宜設定すればよい。例えばモデルラットを作製する場合、カリウムチャンネル阻害薬単独投与では、1日に5〜1000mg/kg、好ましくは5〜400mg/kgを30〜60日間連日投与するのが好ましい。カリウムチャンネル阻害薬と抗動物抗体を併用する場合は、上記のカリウムチャンネル阻害薬に加えて、抗動物抗体を週に0.5〜100単位/kg、好ましくは10〜50単位/kgとなるよう、週1回皮下投与するのが好ましい。この場合、カリウムチャンネル阻害薬と抗動物抗体は、同時に投与しても、時間差をおいて投与してもよい。
斯くして、ヒト肥大型心筋症の各病型に極めて類似した病態を惹起する動物を作製することができる。すなわち、カリウムチャンネル阻害薬の投与量を調節することにより、心室中隔の肥厚や内腔減少の程度、左心室心筋面積の増加を調節でき、心室中隔肥大型心筋症乃至は求性肥大型心筋症類似の変化を選択的に発症せしめることができる。また、高用量の投与では、間質の繊維化や浮腫が発生し、肥大型心筋症の拡張相への移行過程と類似の変化を起こすことができる。
また、抗動物抗体を併用した場合には、カリウムチャンネル阻害薬の単独投与と比べて、左心室心筋面積は有意に増加し、心筋細胞径も増大し、繊維化の程度も高度となり、浮腫の出現率も有意に増加し、いわゆる肥大型心筋症の末期にみられる拡張相類似の変化を容易に引き起こす。
本発明の肥大型心筋症モデル動物の作製は、上記のとおり、カリウムチャンネル阻害薬又はカリウムチャンネル阻害薬及び抗動物抗体を連続投与するだけであり、方法的にも非常に簡便で容易である。
この肥大型心筋症モデル動物は、肥大型心筋症の病態解明や、肥大型心筋症の予防・治療用薬物の薬効評価、例えば新薬開発を目的とするスクリーニング試験等を行うための病態モデル動物として使用できる。
すなわち、注射、経口等の投与経路で被検物質の適量を、本発明モデル動物に投与し、その経時的作用及び効果を一般的な手段により観察、評価すること、或いはカリウムチャンネル阻害薬等と共に被検物質を動物に連続投与し、心筋の肥厚抑制の程度を評価することにより、スクリーニングや薬効試験を行うことができる。
狭心症治療薬として知られているニコランジル(Uchida Y:Jpn Heart J 19:904,1978)は、カリウムチャンネル開口作用とサイクリックGMP刺激作用を有する薬物であるが、これをカリウムチャンネル阻害薬と共にラットに連続投与した場合、心筋の肥厚は抑制され、更に繊維化や浮腫も抑制された。従って、ニコランジル、ピナシジル、ジアゾキシド、クロマカリム、レブクロマカリム、レマカリム、ミノキシジルのようなカリウムチャンネル開口薬、特にニコランジルは、肥大型心筋症の予防又は治療薬として有用である。斯かるカリウムチャンネル開口薬を肥大型心筋症の予防又は治療薬として使用する場合、その投与量は、1日に0.1〜100mg/kgであるのが好ましく、投与形態は、錠剤、散剤、丸剤、顆粒剤、カプセル剤、坐剤、液剤、注射剤等の何れの製剤でも良い。
【実施例】
1.ラット肥大型心筋症モデルの作製
4週令のウイスター系ラットを用い。7匹ずつ以下の7群に分けた。
(1):対照群、
(2)〜(5):3,4−ジアミノピリジン水溶液5mg、10mg、20mg、40mg/Kg投与群(毎日、経口投与)、
(6):3,4−ジアミノピリジン水溶液40mg/Kg連日経口投与と抗ラット全身抗体20単位/Kg(週1回、皮下注射)併用群、
(7):3,4−ジアミノピリジン水溶液40mg/Kgとニコランジル20mg/Kg併用群(連日経口投与)。
投与量は、週1回体重を測定し補正した。投与期間は8週間とし、8週目に心臓を摘出し、下記に示す形態学的、組織学的検討を行った。
1)(心筋湿重量/体重)×10
2)左心室を長軸方向に3等分した部位の輪切り切片における心筋断面積の平均値(mm
3)心室中核厚/左心室後壁厚(1.3以上を中隔肥厚型とした)
4)左心室を長軸方向に3等分した部位の輪切り切片における左心室内空面積の平均値(mm
5)心筋細胞径(μm)
6)左心室心筋間質の繊維化の有無
7)左心室心筋間質の浮腫の有無
2.成績
1)3,4−ジアミノピリジン投与
図1に左心室短軸面の標本を示した。対照例(図1、A)に比べ3,4−ジアミノピリジン5mg/Kg投与例(図1、B)では心室中隔(矢印)の著明な肥厚と内腔の減少が見られる。3,4−ジアミノピリジン40mg/Kg投与例(図1、C)では、全周にわたる肥厚と内腔の減少、すなわち求心性肥厚が見られる。
図2に心筋細胞を示したが、対照例(図2、A)に比べ、3,4−ジアミノピリジン40mg/Kg投与例(図2、B)では、著明な肥大が見られる。
表1に、統計処理した結果を示す。心筋重量/体重比は3,4−ジアミノピリジン20mg/Kg以上の投与群で有意に増加した。心筋重量の指標である左心室心筋面積は、3,4−ジアミノピリジン10mg/Kg以上の投与群で有意に増加した。すなわち、心筋肥大が起こった。中隔肥大型心筋症は心室中隔厚/左心室後壁厚が1.3以上の場合をいうが、3,4−ジアミノピリジン5mg/Kg,10mg/Kgという低用量で1.3を越していた。すなわち、心室中隔肥厚型肥大型心筋症類似の変化が発生した。3,4−ジアミノピリジン20mg/Kg以上の投与群では、全周性に肥厚し、左心室内腔が減少し、求心性肥大型心筋症類似の変化が発生した。心筋細胞径は3,4−ジアミノピリジン5mg/Kg以上の投与群で出現し、容量依存性に増大した。すなわち、心筋細胞の肥大が左心室肥大の原因と判断された。また、間質の繊維化や浮腫が高用量で発生した。また、3,4−ジアミノピリジン40mg/Kg投与群では左心室内腔は増加傾向を示し、ヒトでみられる肥大型心筋症の拡張相への移行過程と類似していた。
2)抗動物抗体併用投与
図1のDに抗ラット全身抗体併用例を示す。左心室壁は著明に肥厚し、著明な浮腫(矢印)が見られた(図1、D)。また、浮腫と繊維化(矢印)が見られた(図2、C)。表1に示すごとく、3,4−ジアミノピリジン40mg/Kg単独投与と比べて、左心室心筋面積は有意に増加し、心筋細胞径も増大し、繊維化の程度も高度となり、浮腫の出現率も有意に増加した。すなわち、抗ラット全身抗体は3,4−ジアミノピリジンによる心筋肥大を促進し、一方、心筋障害を引き起こし、いわゆる、肥大型心筋症の末期にみられる拡張相類似の変化を引き起こした。
3)ニコランジル投与の効果
ニコランジル(中外製薬社製)20mg/Kgの併用により、図1のE、図2のDおよび表1に示したごとく、心筋の肥厚は抑制され、繊維化や浮腫も抑制された。すなわち、肥大型心筋症類似の変化の出現を予防した。従って、ニコランジルは、肥大型心筋症の予防又は治療薬として有用であることが見出された。

【産業上の利用可能性】
本発明によれば、ヒトの肥大型心筋症に極めて類似した心筋症を発症するモデル動物がごく簡単に且つ短期間で作製できる。この動物は肥大型心筋症の病態解明や、予防・治療薬のスクリーニングに使用でき、実験用動物として極めて有用である。
【図1】

【図2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトの肥大型心筋症を発症する実験モデル動物であって、カリウムチャンネル阻害薬又はカリウムチャンネル阻害薬及び当該動物の全身若しくは心臓に対する抗体を連続投与して作製される肥大型心筋症モデル動物。
【請求項2】
カリウムチャンネル阻害薬がアミノ基を有するピリジン誘導体、テトラエチルアンモニウム又はグリベンクラミドである請求項1記載のモデル動物。
【請求項3】
アミノ基を有するピリジン誘導体が3,4−ジアミノピリジンである請求項2記載のモデル動物。
【請求項4】
ヒトの肥大型心筋症を発症する実験モデル動物を作製する方法であって、カリウムチャンネル阻害薬又はカリウムチャンネル阻害薬及び当該動物の全身若しくは心臓に対する抗体を連続投与することを特徴とする肥大型心筋症モデル動物の作製方法。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項記載のモデル動物を用いる薬物評価法。
【請求項6】
カリウムチャンネル開口薬を有効成分とする肥大型心筋症の予防又は治療剤。
【請求項7】
カリウムチャンネル開口薬がニコランジル又はピナシジルである請求項6記載の肥大型心筋症の予防又は治療剤。
【請求項8】
肥大型心筋症の予防又は治療剤を製造するためのカリウムチャンネル開口薬の使用。
【請求項9】
カリウムチャンネル開口薬を投与することを特徴とする肥大型心筋症の処置方法。

【国際公開番号】WO2005/018316
【国際公開日】平成17年3月3日(2005.3.3)
【発行日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−508187(P2005−508187)
【国際出願番号】PCT/JP2003/010621
【国際出願日】平成15年8月22日(2003.8.22)
【出願人】(501356237)
【Fターム(参考)】