説明

脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの製造方法およびその製造装置

【課題】油脂類とアルコール類とのエステル交換反応において用いる固体触媒の活性の低下を抑制することができる脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの製造方法を提供する。
【解決手段】本発明に係る脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの製造方法は、油脂類とアルコール類とからなる反応原料に含有されているリン、リン化合物、カルシウムおよびカルシウム化合物からなる群より選択される少なくとも1種を除去する除去工程と、除去工程においてリン、リン化合物、カルシウムおよびカルシウム化合物からなる群より選択される少なくとも1種を除去した反応原料を固体触媒の存在下において反応させる反応工程と、を含んでいる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの製造方法に関するものである。より詳細には、燃料、食品、化粧品、医薬品などの用途に好適に用いることができる脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
脂肪酸アルキルエステルは、動植物油脂から得られるものが食用として使用されているほかにも、化粧品または医薬品などの分野において広く用いられている。また、近年では、軽油などに添加する燃料用としての用途も注目されている。これはすなわち、二酸化炭素の排出削減の目的から開発が進められている動植物油脂由来のバイオディーゼル燃料であり、軽油などの代替として直接使用する燃料として、または軽油などに一定の比率で添加した燃料として使用する。また、グリセリンは、主として、ニトログリセリンの製造原料として用いられているほか、アルキド樹脂の原料、医薬品、食料品、印刷インキおよび化粧品などの幅広い分野において用いられている。
【0003】
このような脂肪酸アルキルエステルおよびグリセリンの製造方法としては、油脂類の主成分であるトリグリセリドをアルコール類とエステル交換して製造する方法が知られている。油脂類とアルコール類とのエステル交換反応を工業的に行う場合、均一系アルカリ触媒を用いる方法が一般的である。しかし、均一系アルカリ触媒を用いる方法は、エステル交換反応後の反応液から触媒を分離除去するための処理を行う必要があり、その処理が煩雑である問題がある。そこで、近年、均一系アルカリ触媒を用いる場合に必要となる触媒の分離除去を必要としない固体触媒が開発されている(例えば、特許文献1〜5参照)。さらに、特許文献6には、固体触媒を用いた脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの製造方法について開示されている。
【特許文献1】特許第3941876号公報(平成17年7月28日公開)
【特許文献2】特開2006−225352号公報(平成18年8月31日公開)
【特許文献3】特開2005−177722号公報(平成17年7月7日公開)
【特許文献4】特開平7−173103号公報(平成7年7月11日公開)
【特許文献5】仏国特許出願公開第2752242号明細書
【特許文献6】特開2005−206575号公報(平成17年8月4日公開)
【特許文献7】米国特許第6878837号明細書
【特許文献8】米国特許出願公開第2005/0113588号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、上記のように脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの製造における触媒として固体触媒を用いる場合、短時間で触媒の活性が低下してしまうことがあり、煩雑な作業である触媒の交換を頻繁に行う必要がある。
【0005】
このような固体触媒の活性の低下を抑制するための一例として、特許文献7には、油脂およびアルコール中の水分濃度を規定することによりエステル交換反応系における遊離脂肪酸の生成を抑制する方法が開示されている。しかし、特許文献7に記載の方法であっても、固体触媒の劣化を十分に抑制することができないため、固体触媒が触媒作用を有する時間を十分に確保できない。
【0006】
このように、固体触媒の劣化は、脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの生産性および製造コストの低減を妨げる一因となるため、固体触媒の劣化を抑制することができる脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの製造方法の開発が求められている。
【0007】
本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、その主たる目的は、固体触媒の活性の低下を十分に抑制する、すなわち固体触媒を長寿命化することができる脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、固体触媒を劣化させる原因となる物質を鋭意検討した結果、固体触媒の劣化要因の一つが、エステル交換反応の際に、反応原料である油脂類に含有されてリン、リン化合物、カルシウムおよびカルシウム化合物からなる群より選択される少なくとも1種による固体触媒の表面の被覆であることを明らかにした。
【0009】
油脂類を化学反応(例えば、エステル交換反応)させる場合には、例えば特許文献8に記載されているように、油脂類に含有されているリン脂質およびタンパク質などのガム成分を除去する脱ガム処理を施すことが一般的である。脱ガム処理とは、従来公知の処理であり、具体的には、リン酸、硫酸、塩酸、ホウ酸またはクエン酸と、油脂類に水を加えて水和させたガム成分を遠心分離により除去する工程である。しかし、このような従来行われている脱ガム処理では、油脂類に含有されているリン脂質または他の処理工程などにおいて混入するリンまたはリン化合物を完全に除去することはできず、脱ガム処理後の油脂類にはリン原子として5ppm程度のリンまたはリン化合物が残存してしまう。また、脱ガム処理後の油脂類には、カルシウム原子として2ppm程度のカルシウムまたはカルシウム化合物も存在している。
【0010】
すなわち、本発明者らは、従来行われている脱ガム処理のみを施した油脂類では、リン、リン化合物、カルシウムおよびカルシウム化合物からなる群より選択される少なくとも1種が固体触媒の表面を被覆してしまうため、固体触媒の劣化が生じてしまうことを見出した。
【0011】
本発明者らは、固体触媒の活性を低下させる一因が、従来知られていなかった反応原料に含有されているリン、リン化合物、カルシウムおよびカルシウム化合物からなる群より選択される少なくとも1種による固体触媒表面の被覆であることを見出し、脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの製造方法に、従来行われている脱ガム処理では除去しきれないリンおよびリン化合物、ならびに脱ガムした油脂類にも含まれるカルシウムおよびカルシウム化合物の少なくともいずれか1種を除去する新たな処理を包含させることによって、本発明を完成するに至った。
【0012】
本発明は、係る新規な知見に基づいて完成されたものであり、以下の発明を包含する。
【0013】
本発明に係る脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの製造方法(以下、単に製造方法とも称する)は、上記課題を解決するために、
油脂類とアルコール類とからなる反応原料を固体触媒の存在下において反応させる反応工程を含む脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの製造方法であって、
上記反応原料に含有されているリン、リン化合物、カルシウムおよびカルシウム化合物からなる群より選択される少なくとも1種を除去する除去工程を含むことを特徴としている。
【0014】
上記の構成によれば、本発明に係る製造方法は、反応工程の前までに反応原料に含有されているリン、リン化合物、カルシウムおよびカルシウム化合物からなる群より選択される少なくとも1種を除去している。
【0015】
これによって、反応工程においてリン、リン化合物、カルシウムおよびカルシウム化合物からなる群より選択される少なくとも1種による固体触媒の表面の被覆を防ぐことができるため、リン、リン化合物、カルシウムおよびカルシウム化合物からなる群より選択される少なくとも1種による被覆を要因とする固体触媒の活性の低下を抑制することができる効果を奏する。言い換えれば、固体触媒を長寿命化することができる効果を奏する。
【0016】
また、固体触媒の活性の低下を抑制することによって、脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの製造において、活性の低下した固体触媒を交換する煩雑な作業の頻度を減らすことができる効果を奏する。
【0017】
さらには、固体触媒の長寿命化によって、同量の固体触媒あたりの脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの生成量を増加することができるため、生成物あたりの固体触媒のコストを低減することができ、脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの生産性を向上することができる効果も併せて奏する。
【0018】
また、本発明に係る製造方法は、さらに、上記除去工程は、上記リン、リン化合物、カルシウムおよびカルシウム化合物からなる群より選択される少なくとも1種を吸着剤により吸着除去することが好ましい。
【0019】
これによって、リン、リン化合物、カルシウムおよびカルシウム化合物からなる群より選択される少なくとも1種を効果的に除去することができる効果を奏する。
【0020】
また、本発明に係る製造方法は、さらに、上記除去工程では、上記反応原料に含有されているリンおよびリン化合物におけるリン原子の濃度を2.5ppm未満とすることが好ましい。
【0021】
反応工程における油脂類とアルコール類とに含有されているリンおよびリン化合物におけるリン原子の濃度を上記範囲とすることによって、リンおよび/またはリン化合物による固体触媒表面の被覆をより一層防止することができる効果を奏する。
【0022】
また、本発明に係る製造方法は、さらに、上記除去工程では、上記反応原料に含有されているカルシウムおよびカルシウム化合物におけるカルシウム原子の濃度を1ppm未満とすることが好ましい。
【0023】
反応工程における油脂類とアルコール類とに含有されているカルシウムおよびカルシウム化合物におけるカルシウム原子の濃度を上記範囲とすることによって、カルシウムおよび/またはカルシウム化合物による固体触媒表面の被覆をより一層防止することができる効果を奏する。
【0024】
本発明に係る脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの製造装置(以下、単に製造装置とも称する)は、上記課題を解決するために、
油脂類とアルコール類とからなる反応原料に含有されているリン、リン化合物、カルシウムおよびカルシウム化合物からなる群より選択される少なくとも1種を吸着する吸着剤を充填した充填器と、
上記充填器を経由した上記反応原料を固体触媒の存在下において反応させる反応器と、を備えていることを特徴としている。
【0025】
上記の構成によれば、脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの製造方法と同様の作用効果を奏する。
【発明の効果】
【0026】
本発明に係る脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの製造方法では、脱ガムした油脂類およびアルコール類からなる反応原料をエステル交換反応させる前までに、反応原料に含有されているリン、リン化合物、カルシウムおよびカルシウム化合物からなる群より選択される少なくとも1種を除去している。
【0027】
これによって、エステル交換反応において、固体触媒の表面がリン、リン化合物、カルシウムおよびカルシウム化合物からなる群より選択される少なくとも1種により被覆されることを防ぐことができるため、リン、リン化合物、カルシウムおよびカルシウム化合物からなる群より選択される少なくとも1種による固体触媒表面の被覆を要因とする固体触媒の活性の低下を抑制することができる効果を奏する。言い換えれば、固体触媒を長寿命化することができる効果を奏する。
【0028】
また、固体触媒の活性の低下を抑制することによって、脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの製造において、活性の低下した固体触媒を交換する煩雑な作業の頻度を減らすことができる効果を奏する。さらには、固体触媒の長寿命化によって、同量の固体触媒あたりの脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの生成量を増加することができるため、生成物あたりの固体触媒のコストを低減することができ、脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの生産性を向上することができる効果も併せて奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
本実施形態では、本発明に係る脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの製造方法について説明する。なお、本明細書等における「脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリン」とは、「脂肪酸アルキルエステルおよびグリセリンの少なくとも一種」と同義である。
【0030】
本項では、まず脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの一般的な生成反応について説明した後に、本発明の好ましい実施形態について図面を参照しつつ説明する。
【0031】
(脂肪酸アルキルエステルおよびグリセリンの生成反応)
本発明において、脂肪酸アルキルエステルおよびグリセリンは、油脂類とアルコール類とからなる反応原料のエステル交換反応によって生成する。エステル交換反応とは、具体的には、下記反応式に示すように、油脂類とアルコール類(反応式においてはメタノール)とを触媒存在下、または非存在下において接触させることにより、油脂類とアルコール類との間にエステル交換を生じさせる反応である。
【0032】
【化1】

【0033】
なお、前記反応式中、Rは、炭素数6〜22のアルキル基または1つ以上の不飽和結合を有する炭素数6〜22のアルケニル基を指す。
【0034】
前記反応式に示すように、エステル交換反応では、脂肪酸アルキルエステルとグリセリンとを同時に得ることができる。すなわち、バイオディーゼル燃料または界面活性剤原料などとして利用することができる脂肪酸アルキルエステルと、化学原料として各種の用途に有用であるグリセリンとを同時に、かつ工業的に簡便な方法により得ることができる。
【0035】
〔製造装置〕
次に、本実施形態にかかる製造装置について、図1を参照しつつ説明する。図1は、本実施形態にかかる製造装置を模式的に示すブロック図である。
【0036】
図1に示すように、脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンを製造する製造装置100は、アルコール類貯留槽1、油脂類貯留槽2、充填器3、反応器(以下、「反応塔」ということもある)4、分離塔(以下、「分離器」ということもある)5、アルコール類回収塔6、相分離器7、および、固液分離機8を含む。アルコール類貯留槽1は、アルコール類が貯留される槽であり、油脂類貯留槽2は、油脂類が貯留される槽である。アルコール類貯留槽1および油脂類貯留槽2には、ライン20およびライン21がそれぞれ接続され、このライン20、21は、反応器4の上流側(反応原料が供給される端側)に接続されたライン22に接続されている。つまり、アルコール類貯留槽1とライン22とがライン20を介して、油脂類貯留槽2とライン22とがライン21を介して接続されている。さらに、ライン22の他端(ライン20、21と接続している側と反対側の端)は、反応器4へと接続されている。ライン22には、充填器3が設けられており、アルコール類と油脂類との混合物は、充填器3を経て、反応器4へ導入されることになる。反応器4と分離塔5との間は、ライン23を介して接続され、分離塔5とアルコール類回収塔6の間は、ライン24を介して、分離塔5と相分離器7との間は、ライン26を介して接続されている。ライン26には、固液分離機8が設けられており、分離塔5から出た反応液は、この固液分離機8を通過して、相分離器7に送りこまれることになる。また、アルコール類回収塔6と、アルコール類貯留槽1とは、ライン25を介して接続されている。アルコール類回収塔6にて、回収されたアルコール類は、ライン25を介して、アルコール類貯留槽1に戻り、再度反応原料として利用される。
【0037】
なお、製造装置を構成する各部材に関する詳細な説明は、製造方法の説明と併せて行なう。
【0038】
〔製造方法〕
次に、本実施形態にかかる製造方法について説明する。
【0039】
本実施形態にかかる脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの製造方法は、油脂類とアルコール類とからなる反応原料を固体触媒の存在下において反応させる反応工程と、反応工程の前に、反応原料中のリン、リン化合物、カルシウムおよびカルシウム化合物からなる群より選択される少なくとも1種を除去する除去工程を含む。除去工程を設けることにより、固体触媒の長寿命化を図ることができる。なお、該除去工程は、吸着剤によることが好ましい。
【0040】
また、本実施形態にかかる製造方法では、前記反応液を、脂肪酸アルキルエステルを含む疎水性相とグリセリンを含む親水性相とに分離する相分離工程を含むことが好ましい。
【0041】
さらに、本実施形態にかかる製造方法は、前記反応工程により得られた反応液から、未反応アルコール類を除去する分離工程を含むことが好ましい。
【0042】
加えて、本実施形態にかかる製造方法では、前記反応工程により得られた反応液から固体のステロール類を除去する固液分離工程を含むことが好ましい。
【0043】
以下の説明では、本実施形態にかかる製造方法を、除去工程、反応工程、分離工程、固液分離工程および相分離工程の順に説明する。なお、以下の説明では、図1に示す製造装置を用いた製造方法を、本発明の好ましい実施形態として説明する。
【0044】
(除去工程)
まず、除去工程について、図1を参照して説明する。除去工程は、上述のように、油脂類とアルコール類とを含む反応原料から、吸着処理によりリン、リン化合物、カルシウムおよびカルシウム化合物からなる群より選択される少なくとも1種を除去する工程である。つまり、反応原料中のリン、リン化合物、カルシウムまたはカルシウム化合物の含有量を低減する工程である。
【0045】
除去工程は、図1に示すように、アルコール類貯留槽1および油脂類貯留槽2から、それぞれ、ライン20および21を経て導入される充填器3において行われる。このとき、油脂類およびアルコール類は、ライン20および21において加熱および加圧され、続いて混合された後、充填器3に供給される。
【0046】
充填器3は、中空状であり、その内部には、リン、リン化合物、カルシウムおよびカルシウム化合物からなる群より選択される少なくとも1種を吸着する吸着剤が充填されている。そのため、充填器3に導入された油脂類とアルコール類とからなる混合溶液に含有されているリン、カルシウムおよびそれらの化合物は、充填器3に充填されている充填剤により除去される。充填器3に充填する吸着剤は、リン、リン化合物、カルシウムおよびカルシウム化合物からなる群より選択される少なくとも1種を吸着するものであれば特に限定されるものではない。具体的には、シリカ、アルミナ、シリカアルミナ、活性白土、珪藻土、チタニア、ジルコニア、酸化鉄、ハイドロタルサイト、活性炭などを挙げることができる。これらの中でも、シリカ、アルミナ、シリカアルミナ、チタニア、ジルコニア、活性炭を用いることがより好ましい。
【0047】
また、本明細書等におけるリン原子の濃度(以下、単にリン濃度とも称する)およびカルシウム原子の濃度(以下、単にカルシウム濃度とも称する)は、高周波誘導プラズマ質量分析法(ICP−MS)を用いて分析した値である。
【0048】
除去工程は、油脂類とアルコール類とからなる反応原料に含有されているリン濃度を2.5ppm未満とすることが好ましく、2ppm以下とすることがより好ましく、1.5ppm以下とすることがさらに好ましい。また、油脂類とアルコール類とからなる反応原料に含有されているカルシウム濃度は、1ppm未満とすることが好ましく、0.8ppm以下とすることがより好ましく、0.5ppm以下とすることがさらに好ましく、0.2ppm以下とすることが最も好ましい。油脂類とアルコール類とからなる反応原料におけるリン濃度を少なくとも2.5ppm未満、カルシウム濃度を少なくとも1ppm未満とすることによって、後の反応工程の際にリン、リン化合物、カルシウムおよびカルシウム化合物からなる群より選択される少なくとも1種により固体触媒の表面が被覆される量を低減することができる。これによって、リン、リン化合物、カルシウムおよびカルシウム化合物からなる群より選択される少なくとも1種による被覆を要因とする固体触媒の活性の低下速度を減少させることができる。すなわち、固体触媒を長寿命化することができる。
【0049】
また、固体触媒が長寿命化することによって、活性の低下した固体触媒を交換する頻度が減少するため、煩雑な作業を減らすことができる。さらには、同量の固体触媒あたりの脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの生成量を増加することができるため、生成物あたりの固体触媒のコストを低減することができ、脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの生産性を向上することもできる。
【0050】
図1において、充填器3は、ライン20および21の合流した後に備えられているが、エステル交換反応を行うよりも前に備えられていれば、これに限定されるものではない。すなわち、充填器3は、ライン20および21上に備えられていてもよいし、下記に説明する反応器4の入り口部分(反応原料の供給口部分)に備えられていてもよいし、または油脂類貯留槽2およびアルコール貯留槽1と一体をなして備えられていてもよい。さらには、油脂類貯留槽2およびアルコール貯留槽1の前に備えられていて、反応時にリン濃度の合計およびカルシウム濃度の合計の少なくともいずれかが、それぞれ2.5ppm未満、1ppm未満となるような油脂類およびアルコール類がそれぞれの貯留槽に供給されるようにしてもよい。
【0051】
なお、上述したように、アルコール類に含有されているリン、リン化合物、カルシウムおよびカルシウム化合物は、無視できるほど微量であるため、油脂類のリン濃度およびカルシウム濃度のみを低減させることにより、油脂類とアルコール類とからなる反応原料に含有されているリン濃度およびカルシウム濃度をそれぞれ2.5ppm未満、1ppm未満にしてもよい。
【0052】
さらに、充填器3は、複数が原料の進行方向に対して並列に備えられていることが好ましい。これによって、一方の充填器内の吸着剤を交換するときであっても、交換作業を行わない充填器を使用してリン、リン化合物、カルシウムおよびカルシウム化合物からなる群より選択される少なくとも1種を除去することができる。そのため、製造装置の運転を中止ことなく、すなわち脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの生産を中断することなく充填器内の吸着剤の交換を実施することができる。したがって、脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの生産性を損なうことを防ぐことができる。
【0053】
なお、リン、リン化合物、カルシウムおよびカルシウム化合物からなる群より選択される少なくとも1種の除去は、エステル交換反応の反応原料におけるリン、リン化合物、カルシウムおよびカルシウム化合物からなる群より選択される少なくとも1種を除去することができるものであれば、充填器3の使用に限定されるものではない。充填器3の代わりとして、例えば、膜分離、蒸留、または抽出のような他の除去手段を備えた装置を設置することにより除去を行ってもよい。
【0054】
また、原料油脂類は、除去工程に先立って、油脂類に含有されるリン脂質およびタンパク質などのガム成分を除去する脱ガム処理を施したものを用いる。脱ガム処理は、従来公知の処理であり、具体的には、リン酸、硫酸、塩酸、ホウ酸またはクエン酸と、水を油脂類に加えて、水和させたガム成分を遠心分離により除去する工程である。
【0055】
(反応工程)
次に、反応工程について説明する。この反応工程では、油脂類とアルコール類とを接触させて、エステル交換反応を起こす。図1に示すように、リンまたはリン化合物の含有量が低減された反応原料は、ライン22を通って反応器4に供される。本実施形態では、固体触媒を用いた反応について説明するが、この場合、反応器4には、固体触媒が充填されている。
【0056】
反応器4における反応原料の温度、すなわち反応温度は、50〜300℃であることが好ましく、70〜290℃であることがより好ましく、100〜280℃であることがさらに好ましい。反応温度を前記範囲内とすることによって、反応速度を十分に向上し、かつアルコール類の分解を十分に抑制することができる。
【0057】
反応器4における圧力、すなわち反応圧力は、0.1〜10MPaであることが好ましく、0.2〜9MPaであることがより好ましく、0.3〜8MPaであることがさらに好ましい。反応圧力を前記範囲内とすることによって、反応速度を十分に向上し、かつ副反応を十分に抑制することができる。また、反応圧力が10MPaを超える場合には、高圧に耐えうる特殊な装置が必要となるため、設備費などのコストが余分にかかることとなる。
【0058】
また、反応器4に供給される反応原料の供給量、すなわちアルコール類および油脂類の供給量は、油脂類の供給量に対するアルコール類の供給量を理論必要量の1〜30倍とすることが好ましく、1.2〜20倍とすることがより好ましく、1.5〜15倍とすることがさらに好ましく、2〜10倍とすることがさらに一層好ましい。油脂類の供給量に対するアルコール類の供給量を前記範囲内とすることによって、油脂類とアルコール類とを十分に反応させることができ、油脂類の転化率を十分に向上させることができる。また、下記に説明する第1の精製工程におけるアルコール類の回収量および、アルコール類回収塔6にかかるユーティリティコストを低減することができるため、製造コストを低減することができる。
【0059】
なお、本明細書等におけるアルコール類の理論必要量とは、油脂類のけん化価に対応するアルコール類のモル数を指しており、下記式によって算出することができる。
【0060】
アルコール類の理論必要量(g)=アルコール類の分子量×[油脂の使用量(g)×けん化価(mg(KOH)/g(油脂))/56100]。
【0061】
反応器4の形態は、バッチ式および固定床流通式のいずれであってもよいが、固定床流通式であることが好ましい。反応器4を固定床反応装置とすることによって、触媒の分離工程を不要とすることができる。これによって、煩雑な作業工程を省くことができるため、工業的な製造を容易なものとすることができる。
【0062】
反応器4を固定床反応装置とする場合、反応器4における混合溶液の平均滞留時間は、1分〜5時間であることが好ましく、15分〜4時間であることがより好ましく、30分〜2時間であることがさらに好ましい。平均滞留時間を前記範囲内とすることによって、アルコール類と油脂類とを十分に反応させることができる。また、平均滞留時間が長くなるほど反応器4の大きさを大きくする必要があるため、反応器4の大きさを常識的なものとするためにも前記範囲内とすることが好ましい。
【0063】
また、反応器4は、バッチ式の反応槽としてもよい。バッチ式とは、触媒を油脂類とアルコール類とからなる反応原料に投入する形態であり、反応時間としては、使用する触媒量により異なるが、通常、15分〜30時間であることが好ましく、30分〜20時間であることがより好ましい。
【0064】
(分離工程)
次に、分離工程について説明する。分離工程は、反応工程により得られた反応液から主に未反応のアルコール類を分離する工程である。図1に示すように、反応器4を通過することによって得られた、脂肪酸アルキルエステルおよびグリセリンを含む反応液は、ライン23を経由して分離塔5に供給される。このとき、得られた反応液中には、脂肪酸アルキルエステルおよびグリセリンの他にも、グリセリド、遊離脂肪酸、未反応のアルコール類および水などが含まれている。なお、前記反応液における不溶性固体触媒の活性成分は、1000ppm以下、好ましくは800ppm以下、より好ましくは600ppm以下、さらに好ましくは300ppm以下、最も好ましくは分析装置で検出されないことである。
【0065】
前記反応液中に含まれる未反応の原料アルコール類は、分離塔5の圧力および温度を適切に調整することによって留去することができる。分離塔5における圧力は、未反応の原料アルコール類と生成物である脂肪酸アルキルエステルおよびグリセリンが分離可能であれば特に限定されないが、反応器4における圧力よりも低いことが好ましい。また、分離塔5の温度は、原料として用いたアルコール類および生成物である脂肪酸アルキルエステルおよびグリセリンの沸点を考慮して調整することが好ましい。より具体的に説明すると、分離塔5における適切な温度は、下限値としては未反応の原料アルコール類の分離塔5の内圧における沸点であることが好ましく、上限値としては生成物の脂肪酸アルキルエステルおよびグリセリンの分離塔5の内圧における沸点のうち低いほうであることが好ましい。
【0066】
留去されたアルコール類を原料として再利用する場合、図1に示すように、留去されたアルコール類および水は、ライン24を通ってアルコール類回収塔6に供給される。アルコール類回収塔6に供給されたアルコール類および水は、蒸留、膜分離または吸着分離などの従来公知の方法によって、アルコール類と水とに分離される。アルコール類回収塔6において分離されたアルコール類は、さらにライン25を通ってアルコール類貯留槽1に送られ、原料として再度利用することができる。
【0067】
アルコール類回収塔6での分離方法が蒸留による場合は、分離操作に多量の熱を必要とするため、製造装置100内で得られる少なくとも一部の熱量を回収して使用することが好ましい。特に、分離塔5では、残余した未反応のアルコール類から容易に熱量を回収することができるので、この熱量をアルコール類回収塔6で利用することが好ましい。
【0068】
アルコール類回収塔6において分離されたアルコール類を原料として再利用する場合には、アルコール類に含まれる水分濃度を、0.001〜5%とすることが好ましく、0.005〜3%とすることがより好ましく、0.01〜1.5%とすることがさらに好ましい。これによって、反応工程において脂肪酸アルキルエステルの加水分解反応が進行し、脂肪酸アルキルエステルの収率が低下することを防ぐことができる。
【0069】
また、分離塔5とアルコール類回収塔6とを兼用することもできる。その場合、アルコール類回収塔6を省略することができる。
【0070】
(固液分離工程)
次に、固液分離工程について説明する。固液分離工程は、反応工程により得られた反応液、または分離工程を経て未反応の原料アルコール類の含有量が低減した反応液から、主にステロール類からなる固形物を除去する工程である。なお、本明細書において、ステロール類とは、動植物油等に微量成分として存在することが知られているステロイド骨格をもつアルコールおよびそのエステル化合物のことを指す。また、ここで、固形物(主にステロール類)の除去とは、反応液中に含まれる固形物を完全に除去する場合のみを意味するのではなく、少なくとも一部を取り除くことも含む意味である。
【0071】
固液分離工程では、反応工程により得られた反応液または分離工程を経て未反応の原料アルコール類の含有量が低減した反応液を、固液分離機に通過させることにより実現される。固液分離機8としては、反応液中に析出したステロール類を除去することができるものであれば、特に限定されるものではなく、例えば、ろ過機、遠心分離機、沈殿槽等が利用可能である。これらの中でも、エネルギー効率や装置スケールなどの観点から、ろ過機が好ましい。ろ過機の形式としては、スクリーン型ろ過(膜ろ過、マイクロストレーナー等)や深層ろ過(膜ろ過、粒子層ろ過、繊維層ろ過等)などのろ材ろ過でもよく、真空式あるいは加圧式のろ過機(ドラム型、ディスク型、水平型、リーフ型、キャンドル型等)、フィルタープレス、ロール(ベルト)プレス、スクリュープレス等のろ過機を用いたケークろ過でもよいが、反応液中の固形物の濃度、粒径や装置コスト、ランニングコストの観点からろ材ろ過が好ましい。ろ過機のろ過精度としては、固液分離工程の効果が得られる程度に固形物の除去ができればよく、特に限定されるものではない。固形物の粒径を考慮すると、100μm以下であることが好ましく、50μm以下であることがより好ましく、10μm以下であることがさらに好ましく、5μm以下であることが特に好ましい。また、十分な流量の通液を可能とするため、ろ過精度の下限は、0.1μm以上であることが好ましく、1μm以上であることがより好ましい。本明細書において、「ろ過精度」とは、その値以上の短径を持つ固形物の99.9%以上を補足することができるろ過機の能力を表す。すなわち、ろ過精度5μmのろ過機を用いれば、固液分離工程に供給された反応液に含まれる5μm以上の短径を有する固形物を99.9%以上除去できることになる。
【0072】
また、固液分離工程は、上記分離工程の後に行うことが好ましい。分離工程において、未反応のアルコール類が反応液から分離されることに伴い、反応液におけるステロール類の溶解度が低下し、固体のステロール類が析出しやすくなる。そのため、この分離工程の後に固液分離工程を行うことにより、固体のステロール類を良好に除去することができるのである。また、ステロール類の溶解度は温度にも依存する。より効率的にステロール類の除去を行なうためには、固液分離工程を100℃以下で行なうことが好ましく、80℃以下で行なうことがより好ましく、60℃以下で行なうことがさらに好ましい。温度の下限としては、反応液に含まれる中間体グリセリド類などが析出しない温度で固液分離工程を行なうために、30℃以上が好ましく、40℃以上であることがより好ましい。
【0073】
なお、本実施形態では、反応器4と相分離器7との間に固液分離機8が1つ設けられている場合について説明したが、これに限定されない。たとえば、固液分離機8は、複数設けられていてもよい。複数設けられている場合は、反応液の流路上の同一位置に設けられていてもよいし、また、それぞれが異なる位置に設けられていてもよい。また、同一位置に複数のろ過機が設けられている場合には、ろ過機が反応液の流れに対して、並列となるように配置されていることが好ましい。この場合は、一方のろ過機のろ過性能が低下したときに、他方のろ過機へと反応液が流れることができるようにラインを制御することにより、ろ過機性能の低下に伴って、製造装置全体の運転を停止する必要がないという利点がある。そのため、本実施形態によれば、運転効率が向上した製造装置を提供することができる。
【0074】
(相分離工程)
次に、固液分離機8を経た反応液がライン26を介して相分離器7に送り込まれる。前記反応液は、相分離器7において、上相(疎水性相)と下相(親水性相)とに相分離される。相分離器としては、連続相分離槽を用いることができる。連続相分離槽とは、連続的に反応液が供給され、連続相分離槽の上側および下側から、オーバーフロー形式により各相を抜き出す相分離器である。このとき、適切に相分離が行われるよう、分離界面を監視しつつ、反応液の供給速度や、上相と下相の界面レベルが調整される。
【0075】
本実施形態にかかる製造方法は、このような連続相分離槽を用いる場合に、さらなる利点を有する。上記連続相分離槽では、槽の中心付近に分離界面を監視する監視窓、いわゆる「サイトグラス部」を有する。固体のステロール類を含む反応液が相分離器に導入されると、固体のステロール類が監視窓に付着し、分離界面の監視が困難になることがある。この場合、界面レベルや相分離状態の点検ができなくなるため、分離不良等の異常が発生した際にその発覚が遅れるといったプロセス管理上の問題が生じる。また、相分離槽内部への固形物の蓄積は、上相と下相の分離不良の原因ともなる。分離不良が発生すると、上相のオーバーフロー液に下相が含まれてしまったり、その逆の現象が起きたりして、製品純度の低下を引き起こすことがある。しかしながら、本発明によれば、相分離工程の前の固体のステロール類を除去しているため、これらの問題が起こることがなく、長期にわたり安定的に相分離器を稼動することができるのである。
【0076】
分離した上相は、ライン27を通って、脂肪酸アルキルエステルとして回収される。また、分離した下相は、ライン28を通って、グリセリンとして回収される。このようにして得られた脂肪酸アルキルエステルおよびグリセリンは、用途に応じて蒸留または分留などによって、精製してもよい。脂肪酸アルキルエステルおよびグリセリンの精製方法は、従来公知の方法を用いることができる。
【0077】
また、本発明の製造方法および製造装置は、2段以上の反応工程を含むものであってもよく、既に述べた一連の工程を複数回繰り返す実施形態であることが好ましい。
【0078】
エステル交換反応は、平衡反応であるため、1段反応では、ライン27から得られた疎水性相に、反応中間体であるグリセリド類が残存する場合がある。グリセリド類が残存する場合には、従来公知の方法によりこれらのグリセリド類をさらに反応させ、除去することが好ましい。すなわち、ライン27から脂肪酸アルキルエステルを回収した後、再度原料として利用し、アルコール類とエステル交換させる2段階の反応とすることが好ましい。この方法によれば、中間体グリセリド類の残存量をより減少させることができ、目的とする脂肪酸アルキルエステルの純度(品質)をより向上できる。
【0079】
なお、2段目以降の反応工程においても、製造装置100と基本的に同一の装置を用いることができる。しかし、2段目以降の反応中間体におけるリン、リン化合物、カルシウム、およびカルシウム化合物からなる群より選択される少なくとも1種の含有量は、1段目の充填器3において低減されているため、2段目以上に用いる製造装置では、充填器3を省略することができる。これによって、設備費を低減することができるため、脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの製造に要するコストを低減することができる。
【0080】
また、2段目以降の反応では、反応により生じる水の量が微量であるため、アルコール類回収塔6も省略することができる。これによって、設備費をより一層低減することができるため、脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの製造に要するコストをより一層低減することができる。
【0081】
さらに、2段目以降の反応工程における分離塔については、滞留時間の短い(具体的には、20分以下)熱交換器を備えた蒸留塔であることが好ましい。これによって、最終生成物として得られる脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンを過剰に加熱することによる逆反応の進行を避けることができるとともに、2段目以降の反応における相分離器において相分離すべき対象物(精製した反応液)から十分にアルコール類を除去することができる。したがって、最終製品の純度を向上することができる。
【0082】
なお、蒸留塔に備えられる滞留時間の短い熱交換器としては、具体的には、掻面式液膜熱交換器、液膜式熱交換器、薄膜上昇式熱交換器、または遠心薄膜熱交換器などを挙げることができる。
【0083】
また、2段目以降の反応工程における分離塔を用いて、1段目の反応工程における相分離器7からライン28を通って回収されるグリセリンを精製することが好ましい。これによって、1段目の反応工程から回収されるグリセリンの純度(品質)をより一層向上することができる。
【0084】
[反応原料および固体触媒]
次に、本発明において用いることができる反応原料および固体触媒について説明する。
【0085】
(固体触媒)
本明細書等において、「固体触媒」とは、エステル交換反応において、原料および生成物などが含まれる反応液にほとんど溶解することなく、触媒作用を有する化合物を意味する。
【0086】
本発明に好適に用いることができる固体触媒は、原料である油脂類およびアルコール類ならびに生成物である脂肪酸アルキルエステルおよびグリセリンなどが含まれる反応液に不溶である不溶性固体触媒であることが好ましい。本明細書等における固体触媒の「不溶性」とは、エステル交換反応後の反応液において、固体触媒の活性成分(例えば、活性金属成分)が1000ppm以下、好ましくは800ppm以下、より好ましくは600ppm以下、さらに好ましくは300ppm以下、最も好ましくは分析装置で検出されないことを意味している。
【0087】
反応液における固体触媒の活性成分が、少なくとも1000ppm以下であれば、アルコール類と油脂類とのエステル交換反応における逆反応を十分に抑制することができる。また、溶出した活性成分を反応液から除去する工程を省略することができる。
【0088】
なお、反応液における固体触媒の活性成分の濃度(溶出量)は、蛍光X線分析法(XRF)を用いて測定することができる。蛍光X線分析法では、反応後の反応液を、溶液状態のまま用いることができる。また、より微小量の溶出量を測定する場合には、高周波誘導プラズマ発光分析法(ICP―AES)により測定してもよい。
【0089】
本発明において好適に用いることができる固体触媒としては、原料である油脂類およびアルコール類、ならびに生成物(脂肪酸アルキルエステルおよびグリセリン)などに不溶性のものであれば、特に限定されるものではないが、油脂類とアルコール類とのエステル交換反応後に反応系から容易に除去できるものであることが好ましい。
【0090】
また、固体触媒は、油脂類中に含まれる遊離脂肪酸のエステル化反応に対して活性を持つ触媒、すなわち油脂類中に含まれるグリセリドのエステル交換反応と遊離脂肪酸のエステル化反応の両反応に対して活性を持つ触媒であることが好ましい。これによって、原料である油脂類が遊離脂肪酸を含んでいる場合であっても、遊離脂肪酸をエステル化させつつアルコール類と油脂類とのエステル交換反応を行なうことができる。これによって、エステル交換反応とは別にエステル化反応する必要がないため、工程の煩雑化を回避できると共に、得られる脂肪酸アルキルエステルの収率を向上させることができる。
【0091】
上述したような固体触媒として、具体的には、アルカリ金属含有化合物、アルカリ土類金属含有化合物、アルミニウム含有化合物、ケイ素含有化合物、チタン含有化合物、バナジウム含有化合物、クロム含有化合物、マンガン含有化合物、鉄含有化合物、コバルト含有化合物、ニッケル含有化合物、銅含有化合物、亜鉛含有化合物、ジルコニウム含有化合物、ニオブ含有化合物、モリブデン含有化合物、スズ含有化合物、希土類含有化合物、タングステン含有化合物、鉛含有化合物、ビスマス含有化合物、またはイオン交換樹脂であることが好ましい。
【0092】
前記化合物としては、前記必須成分を有する限り特に限定されないが、例えば、単一、混合または複合酸化物、硫酸塩、リン酸塩、シアン化物、ハロゲン化物、錯体などの形態であること好ましい。これらの中でも、単一、混合または複合酸化物もしくはシアン化物であることがより好ましく、具体的には、アルミニウム酸化物、チタン酸化物、マンガン酸化物、亜鉛酸化物、ジルコニウム酸化物、およびこれらもしくは他の金属との混合および/または複合酸化物、シアン化亜鉛、シアン化鉄、シアン化コバルト、およびこれらもしくは他の金属との混合および/または複合シアン化物などを挙げることができる。なお、これらの形態のものを担体上に坦持または固定化した形態であってもよく、担体としては、例えば、シリカ、アルミナ、シリカ・アルミナ、各種ゼオライト、活性炭、珪藻土、酸化ジルコニウム、酸化チタン、酸化すず、酸化鉛などを挙げることができる。
【0093】
また、イオン交換樹脂としては、アニオン交換樹脂などを挙げることができる。アニオン交換樹脂の具体例としては、強塩基性アニオン樹脂、弱塩基性アニオン樹脂などを挙げることができ、アニオン交換樹脂を架橋度または多孔度から分類した場合には、ゲル型、ポーラス型およびハイポーラス型などを挙げることができる。
【0094】
(油脂類)
次に、本発明に用いることができる油脂類について、以下に説明する。
【0095】
油脂類は、グリセリンの脂肪酸エステルを含有するものであって、アルコール類と共に脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの原料となるものであればよく、一般的に「油脂」と呼ばれる、グリセリンの脂肪酸エステルを含有するものであれば特に限定されるものではない。通常は、トリグリセリド(グリセリンと高級脂肪酸とのトリエステル)を主成分として、ジグリセリド、モノグリセリド、遊離脂肪酸およびその他の副成分を少量含有する油脂を用いることが好ましいが、トリオレインまたはトリパルミチンなどのグリセリンの脂肪酸エステルを用いてもよい。
【0096】
このような油脂の具体例としては、ココナツ油、ナタネ油、ゴマ油、ダイズ油、トウモロコシ油、ヒマワリ油、パーム油、パーム核油、ヤシ油、ベニバナ油、アマニ油、綿実油、キリ油およびヒマシ油などの植物油脂、牛脂、豚油、魚油および鯨脂などの動物油脂、ならびに各種食用油の使用済み油(廃食油)などを挙げることができる。これらの中でも、含有されているリン脂質の量が少ないパーム油を用いることがより好ましい。なお、これらの油脂は、単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0097】
(アルコール類)
最後に、本発明に用いることができるアルコール類について、以下に説明する。本明細書等における「アルコール類」とは、炭化水素の水素原子をヒドロキシル基によって置換した形の化合物の総称を意味している。
【0098】
バイオディーゼル燃料の製造を目的にする場合には、アルコール類として、炭素数1〜6のアルコール類を用いることが好ましく、炭素数1〜3のアルコール類を用いることがより好ましい。炭素数1〜6のアルコール類としては、例えば、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロピルアルコール類、1−ブタノール、2−ブタノール、t−ブチルアルコール類、1−ペンタノール、3−ペンタノール、1−ヘキサノールおよび2−ヘキサノールなどを挙げることができる。これらの中でも、メタノールまたはエタノールであることが好ましい。また、これらのアルコール類は、単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0099】
なお、食用油、化粧品および医薬などに用いる材料の製造を目的とする場合には、アルコール類として、ポリオールを用いることが好ましい。ポリオールとしては、エチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン、ペンタエリスリトールおよびソルビトールなど挙げることができる。これらの中でも、グリセリンであることが好ましい。また、これらのアルコール類は、単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0100】
アルコール類としてポリオールを用いる場合には、本発明の脂肪酸アルキルエステルの製造方法は、本発明の脂肪酸アルキルエステルの製造方法は、グリセリド類の製造方法と読み替えることができ、グリセリド類を得る方法において好適に用いることができることとなる。
【0101】
また、本発明に係る脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの製造方法においては、油脂類、アルコール類および固体触媒以外のその他の微量成分が存在してもよい。
【0102】
以上、本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。すなわち、請求項に示した範囲で適宜変更した技術的手段を組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0103】
〔実施例1〕
(固体触媒調製方法)
炭酸マンガン(239g)、アナターゼ型酸化チタン(152g)、およびアルキルセルロース(信越化学工業株式会社製メトローズ90SH−15000;8g)をよく混合した。混合した粉体に、150gの水を何度かに分けて、均一に加え、さらによく混合した後、湿式押出造粒機(不二パウダル株式会社製、ドームグランDG−L1)にて、直径0.4mmの孔から押出した。押出したものを、120℃で一昼夜乾燥させ、微粉砕装置(不二パウダル株式会社製、サンプルミル)にて、長さ5mm程度にせん断し、空気雰囲気下1000℃で5時間焼成して触媒MnTiOを得た。
【0104】
得られた固体触媒のうち15mLを、内径10mm、長さ210mmのSUS−316製直管反応管(反応器4)内に充填した。反応管の出口には、空冷式冷却管を介してフィルターと背圧弁を取り付け、圧力制御できるようにした。
【0105】
(用いる油脂類およびアルコール類)
油脂類はパーム油を使用し、アルコール類はメタノールを使用した。なお、パーム油は、脱ガム処理も行っている精製パーム油を使用した。
【0106】
(製造方法)
パーム油およびメタノールを貯留するメタノール貯留槽およびパーム油貯留槽(アルコール類貯留槽1および油脂類貯留槽2)から精密高圧定量ポンプを使用して、パーム油(流量:6.3g/h)およびメタノール(流量:6.3g/h)を混合させた。混合させたパーム油およびメタノールは、吸着剤(15mL)が充填されている、内径10mm、長さ210mmのSUS−316製直管充填器(充填器3)を経由させた後、反応管上部より下向きに連続的に流通させた。このとき、充填器内および反応管内の圧力は、背圧弁を用いて5MPaに設定した。パーム油に対するメタノールの供給量は、理論必要量の9倍とした。また、充填器および反応管の内部温度は、外部から加熱することによって、200℃とした。
【0107】
(吸着剤)
本実施例において、吸着剤は、富士シリシア製CARiACT Q−50の70〜180μmの球状シリカを用いた。
【0108】
(固体触媒の活性の測定)
MnTiOの活性の測定は、反応時間210時間、402時間、642時間、および843時間におけるパーム油の転化率および脂肪酸メチルエステルの収率を測定することにより行った。本実施例において、パーム油の転化率および脂肪酸メチルエステルの収率は、以下の式を用いて算出した。
【0109】
パーム油の転化率(%)=(反応終了時のパーム油の消費モル数)/(パーム油の仕込みモル数)×100
脂肪酸メチルエステルの収率(%)=(反応終了時の脂肪酸メチルエステルの生成モル数)/(仕込み時の有効脂肪酸類のモル数)×100
なお、有効脂肪酸類とは、パーム油に含まれる脂肪酸のトリグリセリド類、ジグリセリド類、モノグリセリド類および遊離脂肪酸類のことを指す。すなわち、仕込み時の有効脂肪酸類のモル数は、下記式によって算出することができる。
【0110】
仕込み時の有効脂肪酸類のモル数(mol)=[パーム油の仕込み量(g)×パーム油のけん化価(mg(KOH)/g(パーム油))/56100]。
【0111】
また、1000時間反応させた後の吸着剤および触媒を、蛍光X線分析法(XRF)を用いて分析した。その結果、吸着剤には、リンおよびリン化合物が8mg、カルシウムおよびカルシウム化合物が5mg吸着していることがわかった。一方、触媒にはリンおよびリン化合物が25mg、カルシウムおよびカルシウム化合物が2mg吸着していた。
【0112】
(リン濃度およびカルシウム濃度の測定)
リン濃度およびカルシウム濃度の測定は、高周波誘導プラズマ質量分析法(ICP−MS)により行った。具体的には、測定する反応原料(2g)をテフロン(登録商標)ビーカーに秤取した後、硫酸、硝酸、過塩素酸および過酸化水素水により加熱分解し、希硝酸で加熱溶解して定溶の水溶液とした。そして、得られた水溶液をICP−MSにて測定し、リン濃度およびカルシウム濃度を測定した。
【0113】
その結果、反応原料におけるリン濃度は、1.5ppm(μg/g)、カルシウム濃度は、0.2ppm(μg/g)であった。また、この際、空試験結果を加味しての定量限界は、リンが0.4ppm、カルシウムが0.06ppmであった。
【0114】
〔比較例1〕
パーム油およびメタノール中を混合した後、充填器を経由させる処理を除いた以外は、実施例1と同様の材料および方法によって、脂肪酸メチルエステルおよびグリセリンを生成し、固体触媒の活性を測定した。なお、比較例1において、MnTiOの活性の測定は、反応時間216時間、408時間、599時間、および840時間とした。
【0115】
なお、比較例1における反応原料のリン濃度は2.5ppm(μg/g)、カルシウム濃度は1.0ppm(μg/g)であった。
【0116】
また、1000時間反応させた後の吸着剤および触媒を、蛍光X線分析法(XRF)を用いて分析した。その結果、触媒には、リンおよびリン化合物が35mg、カルシウムおよびカルシウム化合物が7mg吸着していた。
【0117】
(固体触媒の活性の測定結果)
固体触媒の活性の測定結果を図2に示した。図2は、反応時間を200〜1000時間まで変化したときのパーム油の転化率および脂肪酸メチルエステルの収率の変化を示したグラフである。なお、図2中における「黒色の三角」は、実施例1におけるパーム油の転化率であり、「白色の三角」は比較例1におけるパーム油の転化率であり、「黒色の四角」は実施例1における脂肪酸メチルエステルの収率であり、「白色の四角」は比較例1における脂肪酸メチルエステルの収率である。
【0118】
図2に示すように、充填器を経由させ、反応原料におけるリン濃度およびカルシウム濃度を低減させた実施例1では、反応時間200〜1000時間の間、パーム油の転化率および脂肪酸メチルエステルの収率は、3〜5%程度減少したのみであり、いずれにも大きな変化は見られなかった。
【0119】
一方、充填器を経由させず、反応原料におけるリン濃度およびカルシウム濃度を、それぞれ2.5ppm未満、1ppm未満に低減させていない比較例1では、反応時間の経過と共に、パーム油の転化率および脂肪酸メチルエステルの収率のいずれにも大きな変化が見られた。パーム油の転化率は、実施例1よりも約2倍減少しており、脂肪酸メチルエステルの収率は、実施例1よりも約4倍減少していた。
【0120】
図2に示した結果から、反応原料におけるリン濃度を2.5ppm未満、カルシウム濃度を1ppm未満に低減させることによって、MnTiOの活性の低下を抑制することができることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0121】
本発明に係る製造方法を用いることにより製造される高品質の脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンは、燃料、食品、化粧品および医薬品などの用途に用いることができる。特に、脂肪酸アルキルエステルを利用した燃料は、地球温暖化の原因となる二酸化炭素の排出を抑制した新たな燃料として好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0122】
【図1】本発明に係る脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの製造装置を模式的に示すブロック図である。
【図2】実施例1および比較例1におけるパーム油の転化率および脂肪酸メチルエステルの収率の変化を示したグラフである。
【符号の説明】
【0123】
1 アルコール類貯留槽
2 油脂類貯留槽
3 充填器
4 反応器
5 分離塔
6 アルコール類回収塔
7 相分離器
8 固液分離機
100 製造装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
油脂類とアルコール類とからなる反応原料を固体触媒の存在下において反応させる反応工程を含む脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの製造方法であって、
上記反応原料に含有されているリン、リン化合物、カルシウムおよびカルシウム化合物からなる群より選択される少なくとも1種を除去する除去工程を含むことを特徴とする脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの製造方法。
【請求項2】
上記除去工程では、リン、リン化合物、カルシウムおよびカルシウム化合物からなる群より選択される少なくとも1種を吸着剤により吸着除去することを特徴とする請求項1に記載の脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの製造方法。
【請求項3】
上記除去工程では、上記反応原料に含有されているリンおよびリン化合物におけるリン原子の濃度を2.5ppm未満とすることを特徴とする請求項1または2に記載の脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの製造方法。
【請求項4】
上記除去工程では、上記反応原料に含有されているカルシウムおよびカルシウム化合物におけるカルシウム原子の濃度を1ppm未満とすることを特徴とする請求項1または2に記載の脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの製造方法。
【請求項5】
油脂類とアルコール類とからなる反応原料に含有されているリン、リン化合物、カルシウムおよびカルシウム化合物からなる群より選択される少なくとも1種を吸着する吸着剤を充填した充填器と、
上記充填器を経由した上記反応原料を固体触媒の存在下において反応させる反応器と、を備えていることを特徴とする脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンの製造装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−155475(P2009−155475A)
【公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−335303(P2007−335303)
【出願日】平成19年12月26日(2007.12.26)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【Fターム(参考)】