説明

脱水素処理用鋼板および電気めっき鋼板部材ならびに電気めっき鋼板部材の製造方法

【課題】脱水素処理が行われる温度域であっても所望の靱性を維持して焼戻し処理を行うことができ、焼入れ前の加工性および焼入れ焼戻し後の強度および靭性のバランスに優れる脱水素処理用鋼板を提供する。
【課題手段】、C:0.30〜0.47%、Si:0.20%以下、Mn:0.30〜1.0%、P:0.015%以下、S:0.02%以下、Ti:0.002〜0.030%、Cr:0.05〜0.50%、Al:0.050%以下およびN:0.0070%以下を含有し、さらに式(1)および式(2)を満足するBを含有し、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有することを特徴とする脱水素処理用鋼板である。
(11/14)×N+0.0005≦B≦(11/14)×N+0.0050・・・(1)
=max[N−(14/48)×Ti,0] ・・・(2)
ここで、各式におけるB、N、Tiは各元素の含有量(単位:質量%)を表し、max[ ]は[ ]内の引数の最大値を返す関数を表す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、めっき処理や酸洗処理等に起因する水素脆化の抑制を目的として脱水素処理が施される用途に供される脱水素処理用鋼板、およびこの脱水素処理用鋼板を素材とする電気めっき鋼板部材、ならびにこの電気めっき鋼板部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
機械構造用炭素鋼鋼材であるS50C〜S60C等の高炭素鋼板は、目的とする形状に成形されてから、高強度化のための焼入れ処理が施され、引き続いて靭性を確保するための焼戻し処理が施されて所定の硬度に調質されて、鋼板部材とされる。従来、これらの鋼種からなる鋼板部材は、調質後の硬度がHRCを40程度とする用途に供されていたため、実用上問題のないレベルの靭性を確保することができていた。
【0003】
一方、近年の軽量化のニーズの高まりから、従来よりも高強度を有する鋼板部材が求められている。そこで、これらの既存の鋼種を用いて強度を向上させること、例えば、焼戻し温度の低温化や焼戻し時間の短時間化といった方法により高強度化を図ることが一応考えられる。しかし、このような方法は、鋼板部材の靭性を著しく劣化させることになるため、実用的でない。また、合金元素を多量に含有させることにより鋼板部材の高強度化を図ることも一応考えられるが、これでは焼入れ処理前の鋼板の強度が上昇して加工性が劣化するため、やはり実用的とはいえない。
【0004】
一方、このような既存の鋼種に替えて焼入れ焼戻しが施される用途に供される鋼板に関する発明が、幾つか提案されている。例えば、特許文献1〜3には、優れた諸特性を有する高炭素鋼板に係る発明が開示されている。
【0005】
ところで、これらの高炭素鋼板を所定の形状に成形することにより得られる高強度の鋼板部材は、耐食性の向上を目的として、表面にCrめっき等の電気めっきが施された電気めっき鋼板部材として、用いられる場合がある。この場合には、電気めっきの前処理として酸洗が施され、場合によっては電気めっきの下地処理として別の電気めっきが施される。例えばCrめっきの下地処理としてNiめっきが行われる。
【0006】
このような電気めっき鋼板部材は、例えば、鋼板の打抜き加工→バレル研磨→焼入れ処理→焼戻し処理(通常400℃超)→酸洗→電気めっき処理→脱水素処理(通常180〜250℃でのベーキング処理)といったように、非常に多くの工程を経て製造されるため、その製造コストが嵩む。しかし、これまでは、電気めっき鋼板部材の製造工程を簡略化することにより電気めっき鋼板部材の製造コストを削減することは、技術常識から困難と考えられていたため、特に検討されていない。
【特許文献1】特開平10−251757号公報
【特許文献2】特開2001−81528号公報
【特許文献3】特開2001−220642号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、このような現状に鑑みてなされたものであり、焼入れ前の加工性および焼入れ焼戻し後の強度−靭性バランスに優れるとともに、脱水素処理工程に焼戻し機能を具備させて別個独立の焼戻し工程の省略を可能にしうる脱水素処理用鋼板と、この脱水素処理用鋼板を素材とするとともに、脱水素処理工程とは別工程で行われていた焼戻し工程を省略して製造される電気めっき鋼板部材と、この電気めっき鋼板部材の製造方法とを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
焼入れ後に電気めっきや酸洗が施される場合において水素脆性対策として施される脱水素処理は、上述したように、通常180〜250℃という低温域で行われる。一方、従来技術における焼戻し処理は、焼戻し脆性が生じる温度域を回避するため、400℃をやや超える高温域で行われている。このため、従来技術においては、脱水素処理工程に焼戻し機能を具備させることは全く検討されていなかった。
【0009】
しかし、脱水素処理工程に焼戻し機能を具備させることが可能になれば、焼戻し処理に関連する設備や製造コストを削減できることとなり、その効果は大きい。
そこで、本発明者は、脱水素処理が行われる温度域で焼戻し処理を行っても十分な靭性を確保することができる化学組成を鋭意検討した結果、以下に列記する知見(1)〜(5)を得て、本発明を完成した。
【0010】
(1)焼戻し脆性は、Pの粒界偏析によって惹き起こされるが、Bを含有させることによりBがPに優先して粒界に偏析するようになり、Pの粒界偏析が抑制される。したがって、Bを含有させることにより、脱水素処理と同等の低温域における焼戻し処理によっても十分な靭性を確保することが可能となる。
【0011】
(2)Bを含有させることにより、焼戻し処理温度を脱水素処理と同等の低温域とすることが可能となれば、焼戻しに伴う強度低下を抑制できるようになる。したがって、焼戻し処理後において所定の強度を確保するためにこれまで含有させてきたCの含有量を、低減させることが可能となる。
【0012】
(3)しかも、Bは焼入れ性を向上させる作用も有するので、Bを含有させることによりC含有量の低減に伴う焼入れ性の低下を補うことが可能となる。
【0013】
(4)さらに、Bは極少量の含有量によって上記効果を奏するので、焼入れ前の鋼板の強度上昇を伴うことがない。したがって、C含有量の低減により、焼入れ前の鋼板の強度を低下させることが可能となり、焼入れ前の鋼板の加工性を向上することも可能となる。
【0014】
(5)BによるPの粒界偏析抑制および焼入れ性向上は、固溶状態にあるBによってもたらされる。このため、脱水素処理と同等の低温域での焼戻し処理を可能にして、所定の焼入れ性を確保するには、Tiを含有させるとともにTiおよびNの含有量に応じてBの含有量の下限を決定することが必要である。一方、Bを過剰に含有すると、製造性を阻害するのでBの含有量の上限も規定する必要がある。以上の観点から、B含有量(%)は下記式(1)および式(2)を満足するようにする。なお、本明細書においては特に断りがない限り、組成に関する「%」は「質量%」を意味するものとする。
【0015】
(11/14)×N+0.0005≦B≦(11/14)×N+0.0050・・・(1)
=max[N−(14/48)×Ti,0] ・・・(2)
【0016】
ここで、各式におけるB、N、Tiは各元素の含有量(単位:質量%)を表し、max[ ]は[ ]内の引数の最大値を返す関数である。
【0017】
本発明は、C:0.30%以上0.47%以下、Si:0.20%以下、Mn:0.30%以上1.0%以下、P:0.015%以下、S:0.02%以下、Ti:0.002%以上0.030%以下、Cr:0.05%以上0.50%以下、sol.Al:0.050%以下およびN:0.0070%以下を含有し、さらに下記式(1)および式(2)を満足するBを含有し、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有することを特徴とする脱水素処理用鋼板である。
【0018】
(11/14)×N+0.0005≦B≦(11/14)×N+0.0050・・・(1)
=max[N−(14/48)×Ti,0] ・・・(2)
【0019】
ここで、各式におけるB、N、Tiは各元素の含有量(単位:質量%)を表し、max[ ]は[ ]内の引数の最大値を返す関数を表す。
【0020】
この本発明に係る脱水素処理用鋼板は、従来例えば400℃超という高温域で行われていた焼戻し処理を、脱水素処理が行われている例えば180℃以上250℃以下という低温域で行うことができる。
【0021】
この本発明に係る脱水素処理用鋼板は、化学組成が、Feの一部に代えて、(a)Cu:0.15%以下を含有すること、および/または(b)Ni:0.15%以下、Mo:0.30%以下およびNb:0.030%以下からなる群から選ばれる1種または2種以上を含有することが望ましい。
【0022】
別の観点からは、本発明は、鋼板部材の表面に電気めっき層を備える電気めっき鋼板部材であって、鋼板部材が上述した本発明に係る脱水素処理用鋼板の化学組成を有することを特徴とする電気めっき鋼板部材である。
【0023】
さらに別の観点からは、本発明は、上述した本発明に係る脱水素処理用鋼板を鋼板部材に成形し、この鋼板部材に焼入れ処理を施した後に焼戻し処理を施すことなく電気めっきを施し、次いで脱水素処理を施すことを特徴とする電気めっき鋼板部材の製造方法である。
【発明の効果】
【0024】
本発明に係る脱水素処理用鋼板によれば、例えば180℃以上250℃以下という低温度域で行われる脱水素処理であっても所望の靱性を確保する焼戻し効果を得ることができる。したがって、本発明によれば、焼入れ処理前の加工性および焼入れ焼戻し処理後の強度および靭性のバランスに優れるとともに、従来脱水素処理工程とは別工程で行われていた焼戻し処理工程を省略しうる脱水素処理用鋼板を提供することができる。また、この脱水素処理用鋼板を素材とするとともに、脱水素処理工程とは別工程で行われていた焼戻し処理工程を省略して製造される電気めっき鋼板部材と、この電気めっき鋼板部材の製造方法とを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、本発明を実施するための最良の形態を詳細に説明する。はじめに、本発明に係る脱水素処理用鋼板の化学組成を限定する理由を説明する。
【0026】
C:0.30%以上0.47%以下
Cは、焼入れ焼戻し処理後の鋼板部材の強度(硬度)および焼入れ処理前の鋼板の強度に大きな影響を及ぼす。最終製品である鋼板部材の板厚中心部における断面硬度をHRCで45以上確保するために、C含有量を0.30%以上とする。一方、C含有量が0.47%を超えると、焼入れ処理前の鋼板の強度が高くなり、焼入れ処理に供する鋼板部材へ成形することが困難になるとともに、最終製品である鋼板部材において十分な靭性を確保することが困難になる。したがって、C含有量を0.30%以上0.47%以下とする。
【0027】
Si:0.20%以下
Siは、不純物として鋼中に含有される元素であるが、脱酸剤として有効な元素でもあるので、必要に応じて添加してもよい。一方、Siは固溶強化元素であり、過剰に含有すると焼入れ処理前の鋼板の強度が高くなり、焼入れ処理に供する鋼板部材へ成形することが困難になる。したがって、Si含有量を0.20%以下とする。
【0028】
Mn:0.30%以上1.0%以下
Mnは、脱酸剤として有効な元素であるとともに、焼入れ処理時の焼入れ倍数を高めて硬化深度を高めるのに有効な元素でもある。この効果を得るため、Mn含有量を0.30%以上とする。一方、Mn含有量が1.0%を超えると、Ar点が著しく低下し、焼入れ時のオーステナイト粒径の粗大化を招き、焼入れ後の鋼板部材の靭性を劣化させるとともに、焼入れ前の鋼板の強度が高くなり、焼入れ処理に供する鋼板部材へ成形することが困難になる。したがって、Mn含有量を0.30%以上1.0%以下とする。
【0029】
P:0.015%以下
Pは、本発明において重要な元素である。Pは、オーステナイト粒界に偏析し易く、これにより、鋼板内の強度変動を増大させたり、粒界強度を低下させて靭性を大きく劣化させたりする。このため、P含有量は少ないほど好ましい。しかし、本発明では、後述するようにBを含有させるのであり、このBのうちNと結合してBNを形成していない固溶状態のBは、焼入れ処理時に、Pに優先してオーステナイト粒界に偏析し、Pの粒界偏析を抑制する。したがって、P含有量の上限は、Bを含有させることにより緩和される。本発明では、P含有量を0.015%以下とすることにより良好な靭性を確保することができる。
【0030】
S:0.02%以下
Sは、Mnと結合しMnSを形成して鋼板の加工性を劣化させるとともに、靭性を著しく劣化させる。したがって、S含有量は少ないほど好ましく、本発明においては0.02%以下とする。好ましくは0.01%以下である。
【0031】
Ti:0.002%以上0.030%以下
Tiは、Bよりも高温域でNと結合して、NをTiNとして固定する作用を有するので、Nと結合することにより消費されるBの量を低減し、有効Bを確保するのに有効な元素である。したがって、Ti含有量を0.002%以上とする。好ましくは0.005%以上である。しかし、過剰に含有すると、Nに対して過剰なTiがCと結合してTiCを形成し、焼入れ処理前の鋼板の強度が上昇し、焼入れに供する鋼板部材へ成形することが困難になる。また、Tiは、炭窒化物を形成することにより靭性の劣化や焼入れ性の低下を招くことがある。したがって、Ti含有量を0.030%以下とする。好ましくは0.025%以下、さらに好ましくは0.020%以下である。
【0032】
Cr:0.05%以上0.50%以下
Crは、本発明において重要な元素であり、Mnと同様に、焼入れ時の焼入れ倍数を高め、硬化深度を高める作用を有する。上述したように、Mnは、その含有量が過剰であると、Ar点が著しく低下し、焼入れ時のオーステナイト粒径の粗大化を招き、焼入れ後の鋼板部材の靭性を劣化させる。したがって、本発明においては、Mnの含有量を抑制し、Crを積極的に含有させる。このため、Crの含有量を0.05%以上とする。一方、Cr含有量が0.50%を超えると、焼入れ前の鋼板の強度が高くなり、焼入れに供する鋼板部材へ成形することが困難になるとともにコストの増加も招く。このため、Cr含有量を0.05%以上0.50%以下とする。
【0033】
sol.Al:0.050%以下
Alは、不純物として鋼中に含有される元素であるが、脱酸剤として有効な元素でもあるので、必要に応じて添加してもよい。Alによる脱酸効果をより確実に得るには、sol.Al含有量を0.005%以上とすることが好ましく、0.010%以上とすることがさらに好ましい。しかし、sol.Alを過剰に含有すると、表面欠陥を生じ易くなったり、焼入れ処理前の鋼板の強度が上昇して、焼入れ処理に供する鋼板部材へ成形することが困難になったりする。したがって、sol.Al含有量を0.050%以下とする。なお、脱酸をSiのみによって行う場合にはAlを添加する必要はない。
【0034】
N:0.0070%以下
Nは、上述したようにBと結びついてBNを形成し、固溶状態にある有効Bを減少させる。したがって、N含有量は少ないほど好ましく、本発明においては0.0070%以下とする。好ましくは0.0050%以下である。
【0035】
B:(11/14)×N+0.0005≦B≦(11/14)×N+0.0050
Bは、本発明において最も重要な元素であり、焼入れ時の焼入れ倍数を高め、硬化深度を高める作用を有する。Bによる焼入れ性向上作用は、固溶状態にある有効B(以下、「B」とも表記する。)によってもたらされ、Nと結合してBNを形成しているBは焼入れ性向上に寄与しない。そこで、鋼板部材において所定の硬さを得るために、下記式(3)および式(4)を満足するようにBを含有させる。一方、B含有量が過剰になると、スラブ段階での割れや熱間圧延時の絞込みが生じ易くなり、製造が困難になるなどの弊害が現れる。このため、B含有量を下記式(3)および式(5)を満足するようにする。
【0036】
=max[N−(14/48)×Ti,0] ・・・(3)
B≧(11/14)×N+0.0005 ・・・(4)
B≦(11/14)×N+0.0050 ・・・(5)
【0037】
ここで、各式におけるN,Bは各元素の含有量(単位:質量%)を表し、max[ ]は[ ]内の引数の最大値を返す関数である。
【0038】
さらに、本発明に係る脱水素処理用鋼板は、Cu、Ni、Mo、Nbを任意添加元素として含有してもよいので、これらについても説明する。
【0039】
Cu:0.15%以下
Cuは、酸洗時の過酸洗を抑制し、酸洗後の表面状態を安定化させる作用を有するので、必要に応じて含有させてもよい。一方、過剰に含有させると焼入れ処理前の鋼板の強度が高くなり、焼入れ処理に供する鋼板部材への加工が困難となるとともにコストの増加も招く。このため、Cuを含有する場合にはその含有量を0.15%以下とすることが好ましく、0.12%以下とすることがさらに好ましい。一方、このような作用をより確実に発揮させるには、Cu含有量を0.05%以上とすることが好ましく、0.08%以上とすることがさらに好ましい。
Ni:0.15%以下、Mo:0.30%以下およびNb:0.030%以下からなる群から選ばれる1種または2種以上
Niは、靭性向上に有効な元素であるので、必要に応じて含有させてもよい。一方、Ni含有量を過剰にすると、Niは高価な元素であるために著しいコストの増加を招くとともに、焼入れ処理前の鋼板の強度が高くなるために焼入れ処理に供する鋼板部材への加工が困難となる。したがって、Niを含有する場合には、その含有量を0.15%以下とすることが好ましく、0.12%以下とすることがさらに好ましい。一方、この靭性向上作用をより確実に発揮させるためには、Ni含有量を0.04%以上とすることが好ましく、0.06%とすることがさらに好ましい。
【0040】
Moも、靭性向上に有効な元素であるので、必要に応じて含有させてもよい。一方、過剰に含有すると焼入れ処理前の鋼板の強度が高くなり、焼入れ処理に供する鋼板部材への加工が困難になるとともにコストの増加も招く。したがって、Moを含有する場合にはその含有量を0.30%以下とすることが好ましく、0.28%以下とすることがさらに好ましい。一方、この靭性向上作用をより確実に発揮させるためには、Mo含有量を0.02%以上とすることが好ましく、0.05%以上とすることがさらに好ましい。
【0041】
さらに、Nbは、焼入れ処理時にオーステナイト結晶粒を細粒化し、靭性を向上させる作用を有するので、必要に応じて含有させてもよい。一方、過剰に含有すると、炭化物を形成して、焼入れ処理前の鋼板の強度が上昇し、焼入れ処理に供する鋼板部材へ成形することが困難になったり、焼入れ処理時の焼入れ性を低下させたりする。したがって、Nbを含有する場合にはその含有量を0.030%以下とすることが好ましく、0.025%とすることがさらに好ましい。一方、この靱性向上作用をより確実に発揮させるにはNb含有量を0.005%以上とすることが好ましく、0.010%以上とすることがさらに好ましい。
【0042】
Ni、Mo、Nbは、その1種を単独で含有してもよいし、あるいは2種以上を複合して含有してもよい。
上述した以外の残部は、Feおよび不純物である。
【0043】
用途
本発明に係る脱水素処理用鋼板は、Bを含有することにより、焼戻し脆性を惹き起こすPの粒界偏析を抑制して、脱水素処理と同等の低温域での焼戻し処理によっても十分な靭性を確保することを可能にする。このため、本発明に係る脱水素処理用鋼板を素材として鋼板部材を製造すれば、脱水素処理の際に併せて焼戻し処理を行うことができる。
【0044】
また、本発明に係る脱水素処理用鋼板は、Bを含有することにより、鋼板の焼入れ性を向上させるとともに、脱水素処理という低温焼戻しによって鋼板部材の強度(硬度)を向上させることを可能にするので、C含有量の低減を図ることができ、これにより、焼入れ処理前の鋼板の強度を低下させて加工性を向上させることもできる。
【0045】
したがって、本発明に係る脱水素処理用鋼板は、焼入れ処理前においては優れた加工性を有するとともに、焼入れ処理後においては優れた強度−靭性バランスを有する。また、従来技術において必須とされていた高温焼戻しを施さずとも、焼戻し処理を兼ねた脱水素処理を施すことにより良好な靭性を有する鋼板部材が得られるので、従来の鋼板部材の製造プロセスにおいて必須であった高温焼戻し処理工程の省略を可能にする。
【0046】
このように、本発明に係る脱水素処理用鋼板は、脱水素処理が施される用途、より具体的には、焼入れ処理後に脱水素処理(例えば180℃以上250℃以下に加熱して行われる脱水素処理)が行われる用途に供されるものである。そして、このような用途であるならば如何なる用途であっても適用が可能であり、電気めっきが施される用途に限定されるものではない。例えば、焼入れ処理後に酸洗のみが施され、その後に脱水素処理が行われる用途が例示される。
【0047】
脱水素処理用鋼板の製造法の例示
本発明に係る脱水素処理用鋼板は、上述した化学組成を有するので、常法によって製造すれば、焼入れ処理前においては優れた加工性を有するとともに、焼入れ処理後においては、従来の高温焼戻しを施さずとも、焼戻しを兼ねた脱水素処理を施すことにより、高い強度と優れた靭性とをともに備える鋼板部材を得ることが可能となる。したがって、本発明に係る脱水素処理用鋼板の製造方法は、特に限定する必要はない。以下に、本発明に係る脱水素処理用鋼板の好適な製造方法を例示する。
【0048】
(a)熱間圧延完了温度:850℃以上910℃以下
熱間圧延完了温度が910℃を超えると、スケール厚が厚くなりすぎて、酸洗効率や歩留まりが低下したり、表面品質が劣化したりする場合がある。一方、熱間圧延完了温度が850℃未満の場合であると、鋼塊または鋼片の変形抵抗が大きくなって熱間圧延そのものを実施できなくなる場合がある。したがって、熱間圧延完了温度は850℃以上910℃以下とすることが好ましい。
【0049】
(b)巻取温度:550℃以上660℃以下
巻取温度が低すぎると鋼板が高強度となり、熱間圧延ままの鋼板を焼入れ処理に供する場合には焼入れ処理前の鋼板の加工性が劣化する。このため、巻取温度は550℃以上とすることが好ましい。一方、巻取温度があまりに高すぎると、スケール厚が厚くなりすぎて、酸洗効率や歩留まりが低下したり、表面品質が劣化したりする。このため、巻取温度は660℃以下とすることが好ましい。
【0050】
なお、本発明に係る脱水素処理用鋼板は、熱延鋼板あるいは冷延鋼板のいずれであってもよい。
熱延鋼板の場合には、熱間圧延ままの鋼板であってもよく、あるいは熱延板焼鈍を施してさらに軟質化した鋼板であってもよい。熱延板焼鈍を施す場合には、焼鈍温度を650℃以上760℃以下とし、焼鈍時間を0.1時間以上30時間以下とすることが好ましい。通常酸洗処理が施されて鋼板部材へ加工された後に焼入れが施される。
【0051】
また、冷延鋼板の場合には、冷間圧延ままの鋼板であってもよく、あるいは焼鈍を施してさらに軟質化した鋼板であってもよい。ここで、冷間圧延に供する熱延鋼板は、上述したような熱間圧延ままの鋼板であってもよく、熱延板焼鈍を施して軟質化した鋼板であってもよい。冷間圧延の冷圧率としては20%以上70%以下が例示される。焼鈍を施す場合には、焼鈍温度を650℃以上760℃以下とし、焼鈍時間を0.1時間以上30時間以下とすることが好ましい。冷間圧延と焼鈍とを複数回繰り返してもよい。
【0052】
鋼板部材およびその製造方法
本発明に係る鋼板部材は、上述した化学組成を備えるとともに表面に電気めっき層を備える。本発明は、電気めっき処理等に伴って鋼板部材中に浸入した水素を除去するために行われる脱水素処理により、焼戻し処理を併せて行うことに特徴を有するので、この作用効果により利益を享受できる典型的用途を示すものである。電気めっきの種類は特に限定する必要はなく、代表例としてCrめっきが例示される。
【0053】
本発明に係る電気めっき鋼板部材は、上述した脱水素処理用鋼板を鋼板部材に成形し、この鋼板部材に焼入れ処理を施した後に焼戻し処理を施すことなく電気めっきを施し、次いで脱水素処理を施すことにより、製造される。上述した脱水素処理用鋼板を用いることにより、脱水素処理に焼戻し機能を具備させることが可能となるため、この脱水素処理とは別個に焼戻し処理を行わなくとも、良好な靭性を確保することができるからである。
【0054】
このようにして本発明によれば、焼入れ処理前の加工性および焼入れ焼戻し処理後の強度および靭性のバランスに優れるとともに、例えば180℃以上250℃以下という低温域で行われる脱水素処理工程に焼戻し機能を具備させて別個独立の焼戻し工程の省略を可能にしうる脱水素処理用鋼板と、この脱水素処理用鋼板を素材とするとともに、脱水素処理工程とは別工程で行われていた焼戻し処理工程を省略して製造される電気めっき鋼板部材と、この電気めっき鋼板部材の製造方法とが提供される。
【実施例】
【0055】
さらに、本発明を、実施例を参照しながらより具体的に説明する。
表1に示す化学組成を有するスラブNo.1〜29を1250℃に加熱して、仕上温度:870℃、巻取温度:620℃の条件で熱間圧延を施して2.6mm厚の熱延鋼板とした。得られた熱延鋼板に酸洗処理を施して各試験に供した。
【0056】
評価方法としては、まず、熱延鋼板について、引張試験によりYS、TS、Elを測定して機械特性を評価した。引張試験はJIS Z 2241に基づいて行った。
次に、熱延鋼板を870℃に20分間保持した後に油焼入を行う焼入れ処理を施し、さらに酸洗処理およびCrめっき処理を施し、その後200℃で4時間保持する脱水素処理を施した。
【0057】
ただし、No.15〜17は既存鋼種であり、靭性の著しい劣化が予想されたため、焼入れ処理後Crめっき処理前に300℃で2時間保持する焼戻し処理を施した。
このようにして脱水素処理が施された鋼板について板厚中心部(1/2t)の断面硬度を測定するとともに、シャルピー試験により靭性についても評価した。シャルピー試験は、圧延方向および圧延直角方向の試験片を採取して、JIS Z 2242に基づいて行った。結果を表2に示す。
【0058】
表1、2におけるNo.1〜14は、本発明で規定する条件を全て満足する本発明例であり、No.15〜17は、既存鋼種(順にS35C、S50C、S60C)であり、さらに、No.18〜29は、本発明で規定する条件を満足しない比較例である。
【0059】
表2に示すように、No.1〜14の本発明例は、焼入れ処理前においては、TSが600MPa以下であり加工性に優れているとともに、300℃で2時間保持する焼戻し処理を行っていないにもかかわらず、脱水素処理後の板厚中心における断面硬度はHRCで45以上の高強度でありながら、圧延方向(L方向)のシャルピー衝撃値が45J/cm以上であり靭性も優れている。
【0060】
これに対し、No.15は、300℃で2時間保持する焼戻し処理を行っているにもかかわらず、脱水素処理後の圧延方向(L方向)のシャルピー衝撃値が33.5J/cmであり、靭性が不芳である。
【0061】
No.16、17は、焼入れ処理前におけるTSが600MPa超であり加工性が不芳であるとともに、300℃で2時間保持する焼戻し処理を行っているにもかかわらず、脱水素処理後の圧延方向(L方向)のシャルピー衝撃値が5.0、3.0J/cmであり、靭性も不芳である。
【0062】
No.18は、Si含有量が本発明で規定する範囲の上限を上回るため、焼入れ処理前におけるTSが637MPaあり、加工性が不芳である。
No.19は、Mn含有量が本発明で規定する範囲の下限を下回るため、脱水素処理後の板厚中心における断面硬度が31.5と低かった。
【0063】
No.20は、Mn含有量が本発明で規定する範囲の上限を上回るため、焼入れ処理前におけるTSが600MPa超であり加工性が不芳である。
No.21および22は、いずれも、P含有量が本発明で規定する範囲の上限を上回るため、脱水素処理後の靱性が不芳であった。
【0064】
No.23は、S含有量が本発明で規定する範囲の上限を上回るため、脱水素処理後の靱性が不芳であった。
No.24は、Cr含有量が本発明で規定する範囲の上限を上回るため、焼入れ処理前における加工性が不芳であるとともに、脱水素処理後の靱性も不芳である。
【0065】
No.25は、Cu含有量が本発明で規定する範囲の上限を上回るため、焼入れ処理前における加工性が不芳である。
No.26は、Ti含有量が本発明で規定する範囲の下限を下回るとともに、B含有量が本発明で規定する範囲の下限を下回るため、靱性が不芳である。
【0066】
さらに、No.27はTi含有量が本発明で規定する範囲の上限を上回り、No.28はMo含有量が本発明で規定する範囲の上限を上回り、No.29はNb含有量が本発明で規定する範囲の上限を上回るため、いずれも、焼入れ処理前における加工性が不芳である。
【0067】
【表1】

【0068】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.30〜0.47%、Si:0.20%以下、Mn:0.30〜1.0%、P:0.015%以下、S:0.02%以下、Ti:0.002〜0.030%、Cr:0.05〜0.50%、sol.Al:0.050%以下およびN:0.0070%以下を含有し、さらに下記式(1)および式(2)を満足するBを含有し、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有することを特徴とする脱水素処理用鋼板。
(11/14)×N+0.0005≦B≦(11/14)×N+0.0050・・・(1)
=max[N−(14/48)×Ti,0] ・・・(2)
ここで、各式におけるB、N、Tiは各元素の含有量(単位:質量%)を表し、max[ ]は[ ]内の引数の最大値を返す関数を表す。
【請求項2】
前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Cu:0.15%以下を含有することを特徴とする請求項1に記載の脱水素処理用鋼板。
【請求項3】
前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Ni:0.15%以下、Mo:0.30%以下およびNb:0.030%以下からなる群から選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の脱水素処理用鋼板。
【請求項4】
鋼板部材の表面に電気めっき層を備える電気めっき鋼板部材であって、前記鋼板部材が請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載の化学組成を有することを特徴とする電気めっき鋼板部材。
【請求項5】
請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載の脱水素処理用鋼板を鋼板部材に成形し、前記鋼板部材に焼入れ処理を施した後に焼戻し処理を施すことなく電気めっきを施し、次いで脱水素処理を施すことを特徴とする電気めっき鋼板部材の製造方法。

【公開番号】特開2009−299095(P2009−299095A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−151840(P2008−151840)
【出願日】平成20年6月10日(2008.6.10)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】