説明

膜厚測定方法、及び磁気デバイスの製造方法

【課題】数〜数十原子層の膜厚からなる絶縁体層の膜厚に関して汎用性を損なうことなく測定精度を向上させた膜厚測定方法、及びその膜厚測定方法を用いて絶縁障壁層の膜厚を制御する磁気デバイスの製造方法を提供する。
【解決手段】測定対象層11と、測定対象層11と異なる電子密度を有するスペーサ層12とが基板Sの上に交互に積層された測定試料10に対してX線を照射して小角度のスキャンを行うことにより測定試料10のX線回折スペクトルを測定する。そして、X線の波長をλ、X線回折スペクトルに基づくn次の回折角をθ、X線回折スペクトルに基づくm次の回折角をθ、スペーサ層12の膜厚をスペーサ膜厚Tとするとき、測定対象層11の対象膜厚Tを式(1)に基づいて測定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膜厚測定方法、及び磁気デバイスの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
伝導電子のトンネル効果を利用する磁気デバイスは、多層膜からなるトンネル磁気抵抗素子を有する。トンネル磁気抵抗素子は、トンネル電流の経路を担うトンネル障壁層として数〜数十原子層からなる絶縁体を有する。磁気デバイスの出力特性は、トンネル磁気抵抗素子の抵抗値に大きく依存し、このトンネル磁気抵抗素子の抵抗値は、トンネル障壁層の膜厚に対して指数関数的に変化する。そのため、トンネル磁気抵抗素子の抵抗値、すなわち、トンネル障壁層の膜厚は、磁気デバイスの出力特性を安定させるため、厳密に制御されていなければならない。
【0003】
トンネル障壁層は、一般的に、PVD法、CVD法、金属膜の酸化処理法や窒化処理法等の成膜方法を用いることにより形成される。例えば、特許文献1は、Alターゲットを利用するスパッタリング法を用いて基板上にAl層を形成し、次いで酸素ラジカルを利用する酸化処理法を用いてAl層を酸化する。これにより、Al酸化物からなるトンネル障壁層を形成する。
【0004】
トンネル障壁層の膜厚は、その膜厚が厚い場合に限り、触針式段差計や干渉光学計等を用いて測定できるが、その膜厚が数nm以下に設計される場合には、これらの測定方法の下で正確な値を得ることはできない。数nm以下に設計される膜厚を正確に測定する方法としては、測定対象となる薄膜の断面TEM像を観測する方法が知られている。しかし、断面TEM像の観測は、測定試料を作成するための時間、TEM像の観測に要する時間等、多大な時間を要するため、汎用性に乏しい。そのため、トンネル障壁層の膜厚制御においては、厚膜から求める成膜速度を基にして設計膜厚を用いる方法、トンネル電気伝導特性から類推する膜厚を用いる方法、さらには酸化処理等を施す前の導電膜の電気伝等特性から類推する膜厚を用いる方法が採用されている。
【特許文献1】特開2006−93223号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記成膜速度に基づく設計膜厚は、成膜速度の経時的な変動を誤差として含んでしまう。PVD法やCVD法等の各種の成膜プロセスは、一般的に、成膜時間の時間軸上において、基板温度、成膜圧力、供給ガス流量等の変動を伴うために、成膜速度を経時的に変動させる。そのため、成膜速度に基づく設計膜厚では、トンネル障壁層の膜厚を制御する上で十分な精度を得難い。
【0006】
また、トンネル電気伝導特性から類推する膜厚では、トンネル磁気抵抗素子を構成する全ての層の電気的な変動を誤差として含むため、トンネル障壁層の正確な膜厚情報を到底得ることはできない。さらに、酸化処理等を施す前の電気伝等特性から類推する膜厚では、測定対象膜が導電材料に限定されるため、酸化マグネシウム等の絶縁体を直接基板上に成膜する場合には利用できない。
【0007】
本願発明は、上記問題を解決するためになされたものであって、その目的は、数〜数十原子層の膜厚からなる絶縁体層の膜厚に関して、汎用性を損なうことなく測定精度を向上させた膜厚測定方法、及びその膜厚測定方法を用いて絶縁障壁層の膜厚を制御する磁気デバイスの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、請求項1に記載の発明は、絶縁体からなる層の膜厚を測定する膜厚測定方法であって、測定対象層と、前記測定対象層と異なる電子密度を有するスペーサ層とが基板上に交互に積層された多層体に対してX線を照射して小角度のスキャンを行うことにより前記多層体のX線回折スペクトルを測定し、前記X線の波長をλ、前記X線回折スペクトルに基づくn次(nは1以上の整数)の回折角をθ、前記X線回折スペクトルに基づくm次(mはnと異なる1以上の整数)の回折角をθ、前記測定対象層の膜厚をT、前記スペーサ層の膜厚をTとするとき、前記測定対象層の膜厚を式(1)に基づいて測定することを要旨とする。
【0009】
請求項1に記載の発明によれば、測定対象層とスペーサ層からなる多層体は、小角度のX線照射により、測定対象層の膜厚に関する情報を回折角として出力する。膜厚測定に利用する回折次数は、(n−m)の項により相対的な差分値として規定されるため、絶対的な情報を必要としない。したがって、本発明の膜厚測定方法は、測定対象の膜厚を厚膜化させることなく、非破壊的に容易に測定することができる。この結果、本発明の膜厚測定方法は、数〜数十原子層の膜厚からなる絶縁体層の膜厚に関して汎用性を損なうことなく測定精度を向上できる。
【0010】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の膜厚測定方法であって、前記スペーサ層の成膜時間を固定し、かつ、前記測定対象層の成膜時間を変更した異なる少なくとも2種類以上の前記多層体の各々のX線回折スペクトルを測定し、前記各X線回折スペクトルから検出する前記各回折角と式(1)とを用いて前記測定対象層の膜厚の変化量を演算し、前記変化量と前記成膜時間の変更量とを比較することにより前記測定対象層の膜厚を測定することを要旨とする。
【0011】
請求項2に記載の発明によれば、各X線回折スペクトルから得る各回折角の値は、数原子層の膜厚変動を大きく反映する。したがって、請求項2に記載の発明は、測定対象層の膜厚の変化量と成膜時間の変更量とを比較することにより得る膜厚を、より高い精度の下で決定することができる。よって、請求項2に記載の発明は、数〜数十原子層の膜厚からなる絶縁体層の膜厚に関して、汎用性を損なうことなく測定精度を向上できる。
【0012】
請求項3に記載の発明は、請求項1に記載の膜厚測定方法であって、前記スペーサ層の膜厚の設定値をTraとするとき、前記測定対象層の膜厚を式(2)に基づいて測定することを要旨とする。
【0013】
請求項3に記載の発明によれば、測定対象層の膜厚は、一つの多層体から得る2つの異なる回折角により一義的に決定される。したがって、請求項3に記載の発明は、測定試料の数量とスキャン角度の範囲とを最小限に抑えることができるため、数〜数十原子層の膜厚からなる絶縁体層の膜厚に関して、さらに汎用性を向上できる。
【0014】
請求項4に記載の発明は、請求項1〜3に記載の膜厚測定方法であって、前記測定対象層が、酸化マグネシウムからなる層であっても良い。
請求項4に記載の発明によれば、数〜数十原子層の膜厚からなる酸化マグネシウム層の膜厚に関して、汎用性を損なうことなく測定精度を向上できる。
【0015】
請求項5に記載の発明は、基板の上に絶縁障壁層と磁性層とを有する磁気デバイスの製造方法であって、前記絶縁障壁層の膜厚は、請求項1〜4のいずれか一つに記載の膜厚測定方法に基づいて制御されることを要旨とする。
【0016】
請求項5に記載の発明によれば、磁気デバイスが、高い精度の下で膜厚制御された絶縁障壁層を有する。したがって、請求項5に記載の磁気デバイスの製造方法は、磁気デバイスの磁気特性を高い精度の下で制御することができる。この結果、請求項5に記載の磁気デバイスの製造方法は、磁気デバイスの磁気特性を安定させることができ、磁気デバイスの生産性を向上できる。
【発明の効果】
【0017】
上記したように、本発明によれば、数〜数十原子層の膜厚からなる絶縁体層の膜厚に関して、汎用性を損なうことなく測定精度を向上させた膜厚測定方法、及びその膜厚測定方法を用いて絶縁障壁層の膜厚を制御する磁気デバイスの製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明を具体化した一実施形態について図1〜図4に従って以下に説明する。
(測定試料)
まず、本実施形態の膜厚測定に用いる多層体としての測定試料10について説明する。図1は、測定試料10を示す側断面図である。
【0019】
図1において、測定試料10は、基板Sの上に複数の測定対象層11と複数のスペーサ層12とを有する。測定試料10は、測定対象層11とスペーサ層12とが交互に積層されることにより人工格子膜を形成する。すなわち、測定試料10において、上下一対の測定対象層11とスペーサ層12の積算膜厚は、人工格子膜の一周期長を形成する。なお、基板Sとしては、セラミック基板、シリコン基板、ガラス基板等の各種の基板を用いることができる。
【0020】
測定対象層11は、本実施形態の膜厚測定方法を用いて膜厚を測定するための層であり、膜厚が数〜数十原子層の絶縁体からなる層である。測定対象層11としては、例えばトンネル磁気抵抗素子に利用されるトンネル障壁層としての酸化マグネシウム、酸化アルミニウム、酸化チタン等を用いることができ、他の絶縁体であっても良い。
【0021】
スペーサ層12は、測定対象層11との間の界面においてX線を回折させるための層であり、測定対象層11と異なる電子密度を有する層であれば良い。スペーサ層12としては、例えばトンネル磁気抵抗素子に利用される磁性層としてのCoFeBやCoFeを用いることができる。スペーサ層12の膜厚は、特に限定されるものではないが、数〜数十原子層であって、かつ、測定対象層11と異なるサイズが好ましい。
【0022】
本実施形態においては、測定対象層11の膜厚を対象膜厚Tとし、スペーサ層12の膜厚をスペーサ膜厚Tという。また、対象膜厚Tとスペーサ膜厚Tとの加算値、すなわち人工格子膜の一周期長を、人工格子周期Λという。
【0023】
次に、測定試料10の電子密度の分布について以下に説明する。図2(a)は、一つの測定対象層11の膜厚方向における電子密度の分布を模式的に示す図である。図2(b)は、一つのスペーサ層12の膜厚方向における電子密度の分布を模式的に示す図である。図2(c)は、測定試料10の膜厚方向における電子密度の分布を模式的に示す図である。なお、本実施形態における膜厚方向とは、基板Sの表面、すなわち測定対象層11及びスペーサ層12の表面の法線方向である。
【0024】
図2(a)において、スペーサ層12は、スペーサ膜厚Tの範囲において、スペーサ層12の材料や構造に基づく固有の電子密度(以下単に、スペーサ電子密度φという。)を有する。図2(b)において、測定対象層11は、対象膜厚Tの範囲において、測
定対象層11の材料や構造に基づく固有の電子密度(以下単に、対象電子密度φという。)を有する。
【0025】
図2(c)において、測定試料10は、測定対象層11とスペーサ層12とが交互に繰り返されるため、スペーサ層12の領域においてスペーサ電子密度φの電子密度を有し、測定対象層11の領域において対象電子密度φの電子密度を有する。すなわち、測定試料10の電子密度の分布は、人工格子周期Λごとに、相対的に高い電子密度(あるいは低い電子密度)を繰り返す。なお、図2においては、対象電子密度φがスペーサ電子密度φよりも低い構成を示すが、これに限らず、対象電子密度φがスペーサ電子密度φよりも高い構成であっても良い。
【0026】
(膜厚測定装置)
次に、本実施形態の膜厚測定方法に用いるX線反射率測定装置(以下単に、XRD装置20という。)について説明する。図3は、XRD装置20を模式的に示す平面図である。図3において、XRD装置20は、X線照射系21、ゴニオメータ22、X線検出器23を有する。
【0027】
X線照射系21は、回転対陰極等のX線源(例えば、Cu−Kα線源(λ=0.1541nm))と、X線源から出射されるX線を整形するスリットと、X線源から出射されるX線を単色光化するモノクロメータとを有する。X線照射系21は、X線源から出射されるX線を所定波長に単色化し、かつ、平行化した後にゴニオメータ22に向けて照射する。本実施形態においては、X線照射系21からゴニオメータ22に向けて照射されるX線を入射X線Rxとし、入射X線Rxの光軸と基板Sの表面とのなす角度を入射角θxという。
【0028】
ゴニオメータ22は、測定試料10の表面に対するX線の入射角θxを任意に設定する。本実施形態のゴニオメータ22は、入射角θxを小角領域、すなわち0≦θx≦30°の範囲で走査する。測定試料10に入射する入射X線Rxは、測定試料10が有する人工格子膜に反射される。本実施形態においては、測定試料10から反射されるX線を、反射X線Rdという。反射X線Rdは、人工格子周期Λに関する情報を有する。
【0029】
X線検出器23は、測定試料10からの反射X線Rdの強度を検出するシンチレーションカウンタを搭載する。X線検出器23は、ゴニオメータ22の回転に連動して回転し、入射X線Rxの入射角θxとX線検出器23の仰角θdとを等しくする。すなわち、XRD装置20は、θ/2θスキャンを行う。
【0030】
(膜厚測定方法)
次に、測定試料10とXRD装置20とを用いる膜厚測定方法について以下に説明する。まず、小角領域(0°≦θ≦30°)におけるX線散乱について説明する。図4は、XRD装置20を用いて測定した測定試料10のX線回折スペクトルを示す。
【0031】
X線の回折は、一般的に、原子の格子間隔を反映した干渉効果により発現する。面間隔がdの格子面に波長λのX線を入射する場合、隣り合う面からのX線の散乱波は、互いに干渉して強め合い、これにより回折を起こす。X線の回折条件は、回折角をθとし、反射の次数をn(nは1以上の整数)とすると、式(1−1)式によって表される。
【0032】
入射角θxが小角の場合においても、X線の回折角に関わる情報は、式(1−1)から得られる。例えば、1次(n=1)の回折角が2θ=5°の場合、式(1−2)に示すように、2θ=5°の回折ピークは、d=1.77nmの格子周期、すなわち原子の格子間隔の約10倍の格子周期を反映する。そのため、測定試料10から得る小角領域の回折角
θは、人工格子周期Λ(対象膜厚Tとスペーサ膜厚Tの加算値)を反映し、また対象電子密度φとスペーサ電子密度φの差を反映する。
【0033】
【数3】

【0034】
【数4】

【0035】
図4に示すように、測定試料10のX線回折スペクトルは、小角領域(2≦2θ≦16)に複数の回折ピークを有する。本実施形態では、回折ピークの回折次数を、低角側から順に1次、2次、3次、・・・という。各回折ピークの位置(回折角θ)は、それぞれ人工格子周期Λ、すなわち対象膜厚Tとスペーサ膜厚Tの加算値の情報を含む。
【0036】
小角領域におけるX線のn次(nは1以上の整数)の回折ピークと、m次(mはnと異なる1以上の整数)の回折ピークは、それぞれ式(1−1)及び人工格子周期Λを用いて式(1−3)と式(1−4)で表される。
【0037】
【数5】

【0038】
【数6】

【0039】
人工格子周期Λ、すなわち対象膜厚Tとスペーサ膜厚Tの加算値は、式(1−3)と式(1−4)とを用いて、式(1−5)で表される。
【0040】
【数7】

【0041】
式(1−5)において、回折次数は、(n−m)の項として人工格子周期Λに寄与する。そのため、対象膜厚Tとスペーサ膜厚Tの加算値を得る場合には、n及びmの絶対値が不要になり、回折次数の差分値に関わる情報があれば良い。例えば、連続する2つの回折ピークを用いて人工格子周期Λを得る場合には、nとmの値に関わらず、(n−m)を常に1として扱うことができる。したがって、式(1−5)によれば、絶対的な回折次数に関わらず、人工格子周期Λを高い精度の下で得ることができる。
【0042】
対象膜厚Tは、式(1−5)を用いることにより式(1)で表される。
【0043】
【数8】

【0044】
式(1)において、対象膜厚Tの変化量は、スペーサ層12の成膜時間を固定し、かつ、測定対象層11の成膜時間を変更した2種類以上の測定試料10の回折スペクトルを計測し、各回折スペクトルの各回折角θと式(1)とを用いて求められる各人工格子周期Λを比較することにより得られる。例えば、成膜時間の異なる測定対象層11の膜厚をそれぞれT1及びT2、これらに対応する人工格子周期をそれぞれΛ1及びΛ2とする。スペーサ膜厚Tが等しいとすると、Λ1=T1+T、Λ2=T2+Tであるため、人工格子周期の差分値Λ2−Λ1(=T1−T2)から対象膜厚の変化量を得ることができる。これによれば、単位時間当たり堆積される測定対象層11の膜厚を、原子層レベルで演算することができる。ひいては、対象膜厚Tを、より高い精度の下で測定することができる。
【0045】
また、対象膜厚Tは、スペーサ膜厚Tが既知の設定値Traであるとき、式(2)で表される。すなわち、スペーサ膜厚Tが既知の場合、対象膜厚Tは、1つのX線回折スペクトルから少なくとも2つの回折角θを検出するだけで、対象膜厚Tを測定できる。
【0046】
【数9】

【0047】
(回折次数)
次に、本実施形態の膜厚測定方法に用いる回折次数について以下に説明する。
X線回折スペクトルにおいて、対象膜厚Tとスペーサ膜厚Tが同じになる場合、すなわち人工格子周期ΛがΛ=2Tを満たす場合、偶数の回折次数に対応する回折ピークは消失する。そのため、本実施形態の膜厚測定方法においては、回折次数の正否の判断が適宜行われる。
【0048】
すなわち、測定試料10から得るX線回折スペクトルの強度I(Q)は、XRD装置20に起因する固有強度Ie、人工格子の構造因子|F(Q)|、及びラウエ関数L(Q)を用いることにより、式(2−1)で表される。人工格子膜の構造因子|F(Q)|は、測定対象層11の構造因子F(Q)と、スペーサ層12の構造因子F(Q)を用いることにより、式(2−2)で表される。ラウエ関数L(Q)は、式(2−3)で表される。なお、各式中におけるQは、X線の散乱ベクトルであって、式(2−4)で表される。
【0049】
【数10】

【0050】
【数11】

【0051】
【数12】

【0052】
【数13】

【0053】
測定対象層11の構造因子F(Q)は、対象電子密度φを用いることにより、式(2−5)で表される。スペーサ層12の構造因子F(Q)は、測定対象層11の構造因子F(Q)と同じく、スペーサ電子密度φを用いることにより、式(2−5)における対象膜厚Tをスペーサ膜厚Tに変換した式で表される。なお、式(2−5)におけるZは、膜厚方向の座標を示す。
【0054】
【数14】

【0055】
式(2−5)に基づく構造因子F(Q)及び構造因子F(Q)をそれぞれ式(2−2)に代入すると、人工格子膜の構造因子|F(m)|は、式(2−6)で表される。式(2−6)において、対象膜厚Tとスペーサ膜厚Tとが同じになる場合、すなわち人工格子周期ΛがΛ=2Tを満たす場合、人工格子膜の構造因子|F(m)|は、式(2−7)で表される。
【0056】
【数15】

【0057】
【数16】

【0058】
式(2−7)において、回折次数mが偶数の場合、人工格子膜の構造因子|F(m)|は零になる。すなわち、回折次数mが偶数の場合、X線回折スペクトルの強度I(Q)が零になり、偶数次の回折ピークが消失してしまう。
【0059】
そこで、本実施形態の膜厚測定方法においては、対象膜厚Tあるいはスペーサ膜厚Tの異なる2つ以上の測定試料10に関して、それぞれX線回折スペクトルが測定され、偶数次の回折ピークが消失しているか否かの判断に基づき、回折次数の差分値(n−m)が決定される。この膜厚測定方法によれば、対象膜厚Tとスペーサ膜厚Tとが同じになる場合であっても、回折ピークの消失に伴う誤差を回避することができる。
【0060】
小角領域におけるX線の経路は、入射角θxが小さくなる分だけ、人工格子膜の中で長くなる。X線に対する各元素の屈折率は、表1に示すように、非常に小さい値である。しかしながら、X線の経路が人工格子膜の中で長くなると、X線回折スペクトルにおいては、人工格子膜の複素屈折率に基づく影響を無視できなくなる。そのため、本実施形態の膜厚測定方法においては、回折次数の選択が適宜行われる。
【0061】
【表1】

【0062】
すなわち、人工格子膜が有する屈折率をδとすると、m次の回折ピークは、式(2−8)で表される。式(2−8)によれば、回折次数mが小さくなる程、回折角θに与える屈折率δの影響が大きくなり、式(1−4)の関係、ひいては式(1)の関係を十分に満たさなくなる。
【0063】
【数17】

【0064】
本実施形態においては、屈折率δを零と仮定する場合に得られる回折角θと、屈折率δを加味する場合に得られる回折角θとの差を、回折角誤差Δθという。また、回折角誤差Δθに相等する人工格子周期Λを、周期誤差ΔΛという。
【0065】
表2は、回折次数と、回折角誤差Δθ及び周期誤差ΔΛとの関係を示す。なお、表2は、以下の構成からなる測定試料10に対してCu−Kα線を用いる場合を示す。
・測定対象層11:MgO
・測定対象層11の予測膜厚:2nm
・スペーサ層12:Co40Fe4020
・スペーサ層12の予測膜厚:3nm
・人工格子周期Λ:5nm
【0066】
【表2】

【0067】
表2に示すように、1次の回折ピークは、人工格子周期Λ(5nm)に対して、屈折率δの影響により、−0.246nmも誤差を含んでしまう。屈折率δに起因する誤差は、回折次数が2次、3次・・・と増大するに連れて減少する。
【0068】
そこで、本実施形態の膜厚測定方法においては、式(2−8)に基づいて、予め周期誤差ΔΛを演算し、人工格子周期Λに対する周期誤差ΔΛを1%以下にする回折次数が、測定の対象として選択される。例えば、表2においては、2次以上の回折次数は、人工格子周期Λ(5nm)に対する周期誤差ΔΛを1%以下にする。そのため、2次以上の回折次数が、測定の対象として選択される。
【0069】
なお、回折次数が増加するに連れて、X線回折ピークの強度I(Q)は減少する(図4参照)。そのため、本実施形態の膜厚測定方法においては、5次以下の回折次数を用いるのが好ましい。
【0070】
(実施例)
次に、実施例を以下に説明する。表3は、上記膜厚測定方法を用いて測定した対象膜厚Tを示す表である。
【0071】
以下の条件に基づいて実施例の測定試料10を得た。なお、この際、測定対象層11の成膜条件としては、予めTEM像の観測結果に基づいて、対象膜厚Tが2nmになる成膜条件を選択した。
・基板S:シリコンウェハ(直径:200mm)
・測定対象層11:MgO(MgOターゲットを用いたスパッタ法)
・測定対象層11の層数:10層
・スペーサ層12:Co40Fe4020(CoFeBターゲットを用いたスパッタ法)
・スペーサ層12の設定値Tra:3nm
・スペーサ層12の層数:10層
次いで、実施例の測定試料10をXRD装置20に移載してX線回折スペクトルを計測し、回折次数として3次と5次を選択して人工格子周期Λを求めた。
【0072】
なお、X線のスキャン範囲としては、小角範囲(2θ=2°〜16°)を用い、入射X線Rxの照射位置、すなわち膜厚測定位置としては、基板Sの中心から8mm、24mm、40mm、56mm、72mmの点を選択した。また、対象膜厚Tの計算方法としては、式(2)及びスペーサ層12の設定値Traを用いた。
【0073】
【表3】

【0074】
表3に示すように、各測定位置の対象膜厚Tは、いずれもTEM像の観測結果に基づいて制御された設定膜厚(2nm)と略同じ膜厚を示すことが分かる。また、各測定位置の対象膜厚Tは、それぞれX線回折スペクトルを計測した後に実施したTEM像の観測結果と同じ値であることが認められた。
【0075】
上記実施形態によれば、以下の効果を奏する。
(1)上記実施形態においては、測定対象層11と、測定対象層11と異なる電子密度を有するスペーサ層12とが基板Sの上に交互に積層された測定試料10に対してX線を照射して小角度のスキャンを行うことにより測定試料10のX線回折スペクトルを測定する。そして、X線の波長をλ、X線回折スペクトルに基づくn次の回折角をθ、X線回折スペクトルに基づくm次の回折角をθ、スペーサ層12の膜厚をスペーサ膜厚Tとするとき、測定対象層11の対象膜厚Tを式(1)に基づいて測定する。
【0076】
したがって、測定対象層11とスペーサ層12からなる人工格子膜は、小角度のX線照射により、人工格子周期Λ、すなわち対象膜厚Tに関する情報を回折角θとして出力する。式(1)における回折次数は、(n−m)の項により相対的な差分値で規定されるため、絶対的な情報を必要としない。よって、上記膜厚測定方法は、対象膜厚Tを厚膜化させることなく、非破壊的に容易に測定することができる。この結果、上記膜厚測定方法は、数〜数十原子層の膜厚からなる絶縁体層の膜厚に関して汎用性を損なうことなく測定精度を向上できる。
【0077】
(2)上記実施形態においては、スペーサ層12の成膜時間を固定し、かつ、測定対象層11の成膜時間を変更した異なる少なくとも2種類以上の測定試料10の各々のX線回折スペクトルを測定することにより測定対象層11の膜厚の変化量を演算し、対象膜厚Tを測定する。各X線回折スペクトルから得る各回折角の値は、原子層レベルの膜厚変動を大きく反映するため、測定対象層11の膜厚の変化量、ひいては対象膜厚Tが、より高い精度の下で決定される。したがって、数〜数十原子層の膜厚からなる絶縁体層の膜厚に関して、汎用性を損なうことなく測定精度を向上できる。
【0078】
(3)上記実施形態においては、スペーサ膜厚Tの設定値をTraとするとき、対象膜厚Tを式(2)に基づいて測定する。したがって、対象膜厚Tは、一つの測定試料10から得る2つの異なる回折角θにより一義的に決定される。よって、上記膜厚測定方法は、測定試料10の数量とスキャン角度の範囲とを最小限に抑えることができるため、数〜数十原子層の膜厚からなる絶縁体層の膜厚に関して、さらに汎用性を向上できる。
【0079】
(4)上記実施形態においては、対象膜厚Tの測定に用いる回折次数が、2次〜5次である。したがって、上記膜厚測定方法は、屈折の影響を受ける低次の回折角θと、回折強度の低下を伴う高次の回折角θとを、測定範囲より除外できる。よって、上記膜厚測定方法は、より高い精度を有する回折角θを利用することができ、数〜数十原子層の膜厚からなる絶縁体層の膜厚に関して、さらに測定精度を向上できる。
【0080】
(5)上記実施形態においては、測定対象層11は、酸化マグネシウムからなる層である。したがって、上記膜厚測定方法は、数〜数十原子層の膜厚からなる酸化マグネシウム層の膜厚に関して、汎用性を損なうことなく測定精度を向上できる。
【0081】
尚、上記実施形態は、以下の態様で実施してもよい。
・上記実施形態において、スペーサ層12は、単層構造である。これに限らず、スペーサ層12は、多層構造であっても良い。この際、測定対象層11との間の界面状態を円滑にする層を挟入する構成が好ましい。この構成によれば、X線回折スペクトルから界面状態の荒れ起因するノイズを低減できる。ひいては、対象膜厚Tの測定精度を、さらに向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】膜厚測定試料の構成を示す側断面図。
【図2】(a)〜(c)は、それぞれ測定試料の電子密度を模式的に示す図。
【図3】膜厚測定装置の構成を模式的に示す図。
【図4】X線回折スペクトルを示す図。
【符号の説明】
【0083】
λ…波長、θ…回折角、S…基板、Tra…設定値、10…多層体としての測定試料、11…測定対象層、12…スペーサ層。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
絶縁体からなる層の膜厚を測定する膜厚測定方法であって、
測定対象層と、前記測定対象層と異なる電子密度を有するスペーサ層とが基板上に交互に積層された多層体に対してX線を照射して小角度のスキャンを行うことにより前記多層体のX線回折スペクトルを測定し、
前記X線の波長をλ、前記X線回折スペクトルに基づくn次(nは1以上の整数)の回折角をθ、前記X線回折スペクトルに基づくm次(mはnと異なる1以上の整数)の回折角をθ、前記測定対象層の膜厚をT、前記スペーサ層の膜厚をTとするとき、
前記測定対象層の膜厚を式(1)に基づいて測定することを特徴とする膜厚測定方法。
【数1】

【請求項2】
請求項1に記載の膜厚測定方法であって、
前記スペーサ層の成膜時間を固定し、かつ、前記測定対象層の成膜時間を変更した異なる少なくとも2種類以上の前記多層体の各々のX線回折スペクトルを測定し、
前記各X線回折スペクトルから検出する前記各回折角と式(1)とを用いて前記測定対象層の膜厚の変化量を演算し、前記変化量と前記成膜時間の変更量とを比較することにより前記測定対象層の膜厚を測定することを特徴とする膜厚測定方法。
【請求項3】
請求項1に記載の膜厚測定方法であって、
前記スペーサ層の膜厚の設定値をTraとするとき、
前記測定対象層の膜厚を式(2)に基づいて測定することを特徴とする膜厚測定方法。
【数2】

【請求項4】
請求項1〜3に記載の膜厚測定方法であって、
前記測定対象層は、酸化マグネシウムからなる層であることを特徴とする膜厚測定方法。
【請求項5】
基板の上に絶縁障壁層と磁性層とを有する磁気デバイスの製造方法であって、
前記絶縁障壁層の膜厚は、請求項1〜4のいずれか一つに記載の膜厚測定方法に基づいて制御されることを特徴とする磁気デバイスの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−36671(P2009−36671A)
【公開日】平成21年2月19日(2009.2.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−202056(P2007−202056)
【出願日】平成19年8月2日(2007.8.2)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)
【Fターム(参考)】