説明

自動変速機の多板式摩擦係合装置

【課題】引き摺り現象低減効果を維持したまま、摩擦板がセパレータと一体化するときのショックを小さくすることができる多板式摩擦係合装置を提供すること。
【解決手段】摩擦板32が波の頂部及び底部が放射状に整列する波板状に形成されており、摩擦板とセパレータとの間のクリアランスを保ってそれらの間に介在する油を排出することができるので、引き摺り現象を低減することができる。更に、摩擦板とセパレータとが当接を開始したときは高摩擦係数の頂部摩擦部材34のみが当接し、摩擦板とセパレータとが一体化する直前で低摩擦係数の底部摩擦部材35も当接するので、そのときからピストン押圧力に対する摩擦係数の変化は緩やかに変化することになる。このため、摩擦板とセパレータとが一体化するときのショックが小さくなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば車両用の自動変速機に備えられた多板式摩擦係合装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に記載された車両用の自動変速機には、変速機構の動力伝達を制動・制動解除するブレーキや断続するクラッチ等の多板式摩擦係合装置が備えられている。この多板式摩擦係合装置は、ドラム及びハブに交互に配設されたメイティングプレート(セパレータ)及び摩擦板と、油圧により駆動するピストンとを備えている。多板式摩擦係合装置は、油圧制御装置から供給される油圧によりピストンを駆動制御してセパレータと摩擦板とを押圧もしくは押圧解放することで、セパレータと摩擦板とを当接状態もしくは開離状態にして変速機構の回転伝達を制動・制動解除又は断続する。
【0003】
このような多板式摩擦係合装置では、セパレータと摩擦板とが開離状態においてもそれらの間に介在する油によって僅かにトルク伝達する現象、いわゆる引き摺り現象が生じて動力損失の原因となっている。そこで、摩擦板のコアプレートを波板状に形成して摩擦部材をコアプレートに沿って貼着することにより、セパレータと摩擦板との間のクリアランスを保ってそれらの間に介在する油を排出し、引き摺り現象を低減している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3653297(特開平8−200389号公報)(段落0009〜0013、図1,3)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一般的な平板状の摩擦板(平状摩擦板)では、セパレータとの当接開始時に摩擦面全面がセパレータと当接するので、平状摩擦板とセパレータとの係合過程におけるピストン押圧力と摩擦係数との関係は、例えば図4のフラット標準μで示すようになる。すなわち、平状摩擦板がセパレータと当接開始したときのピストン押圧力P1に対する摩擦係数は、所定の摩擦係数μaとなり、その後はピストン押圧力が上昇しても変化しない。
【0006】
一方、上述した波板状の摩擦板(波状摩擦板)とセパレータとの係合過程におけるピストン押圧力と摩擦係数との関係は、例えば図4のウェーブ標準μで示すようになる。すなわち、波状摩擦板では、ピストン押圧力P1が加わったときに波状部分が撓む。このため、波状摩擦板がセパレータと当接開始したときのピストン押圧力P1に対する摩擦係数μbは、平状摩擦板の摩擦係数μaよりも小さくなる。そして、その後はピストン押圧力が上昇するに連れて摩擦係数も上昇し、波状摩擦板のウェーブが潰れきったとき(ピストン押圧力がP2)に所定の摩擦係数μaに達し、波状摩擦板とセパレータとの回転差が無くなる直前(ピストン押圧力がP3)まで変化しない。
【0007】
以上から、平状摩擦板のピストン押圧力に対する摩擦係数の変化と比較して、波状摩擦板のピストン押圧力に対する摩擦係数の変化はウェーブが潰れきるポイントで傾斜角度θaで屈曲するため、ウェーブが潰れきったときのショックは波状摩擦板の方が平状摩擦板よりも大きくなる。
【0008】
本発明の目的は、上述した問題を解消するためになされたもので、引き摺り現象低減効果を維持したまま、摩擦板のウェーブが潰れきったときのショックを小さくすることができる多板式摩擦係合装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するため、請求項1に係る発明の構成上の特徴は、供給される油圧により軸方向に押動制御されるピストンと、前記軸方向に交互に配置された形で、第1部材にスプライン係合する摩擦板及び第2部材にスプライン係合するセパレータと、を有し、前記ピストンにより前記摩擦板と前記セパレータとを押圧・押圧解放することで前記第1及び第2部材を接続・開離する自動変速機の多板式摩擦係合装置において、前記摩擦板は、波の頂部及び底部が放射状に整列する波板状に形成されたコアプレートと、該コアプレートの波の頂部及び底部に設けられた頂部摩擦部材及び底部摩擦部材と、を有し、前記頂部摩擦部材の摩擦係数が、前記底部摩擦部材の摩擦係数よりも高くなるように構成されており、前記摩擦板は、前記ピストンの押圧により前記波板状から平板状に弾性変形することで前記セパレータと当接し、前記ピストンの押圧解放により前記平板状から前記波板状に復元することで前記セパレータと開離することである。
【0010】
請求項2に係る発明の構成上の特徴は、供給される油圧に基づき軸方向に押動制御されるピストンと、前記軸方向に交互に配置された形で、第1部材にスプライン係合する複数の摩擦板及び第2部材にスプライン係合する複数のセパレータと、を有し、前記ピストンにより前記摩擦板と前記セパレータとを押圧・押圧解放することで前記第1及び第2部材を接続・開離する自動変速機の多板式摩擦係合装置において、前記摩擦板は、波の頂部及び底部が放射状に整列する波板状に形成されたコアプレートと、該コアプレートに設けられた摩擦部材とを有し、前記複数の摩擦板は、前記ピストンの押圧力に対向する反力が異なるコアプレートを有する摩擦板を組み合わされており、前記摩擦板は、前記ピストンの押圧により前記波板状から平板状に弾性変形することで前記セパレータと当接し、前記ピストンの押圧解放により前記平板状から前記波板状に復元することで前記セパレータと開離することである。
【0011】
請求項3に係る発明の構成上の特徴は、請求項2において、前記摩擦板は、前記波板状に形成されたコアプレートの波の振幅によって前記ピストンの押圧力に対向する反力が調整されていることである。
請求項4に係る発明の構成上の特徴は、請求項2において、前記摩擦板は、前記波板状に形成されたコアプレートの波の波長によって前記ピストンの押圧力に対向する反力が調整されていることである。
請求項5に係る発明の構成上の特徴は、請求項2において、前記摩擦板は、前記波板状に形成されたコアプレートの板厚によって前記ピストンの押圧力に対向する反力が調整されていることである。
請求項6に係る発明の構成上の特徴は、請求項3乃至5において、前記コアプレートが波板状に形成された摩擦板に加え、コアプレートが平板状に形成された摩擦板が含まれていることである。
【発明の効果】
【0012】
上記のように構成した請求項1に係る発明によれば、波の頂部及び底部が放射状に整列する波板状に形成された摩擦板(以下、波板状摩擦板という)では、ピストン押圧力が加わったときに波状部分が撓む。このため、セパレータとの当接開始時の摩擦係数は、波板状摩擦板の方が一般的な平状摩擦板よりも小さくなる。そして、その後はピストン押圧力が上昇するに連れて波板状摩擦板の摩擦係数も上昇するが、波板状摩擦板のウェーブが潰れきる前に低摩擦係数の底部摩擦部材も摺接するので、そのときからピストン押圧力に対する摩擦係数の変化は緩やかに変化することになる。
【0013】
このため、波板状摩擦板のウェーブが潰れきったときのショックを小さくすることができる。また、波板状摩擦板は、波の頂部及び底部が放射状に整列する波板状に形成されていることから、セパレータとの間のクリアランスを保ってそれらの間に介在する油を排出することができるので、引き摺り現象を低減することができる。
【0014】
上記のように構成した請求項2に係る発明によれば、小反力摩擦板及び大反力摩擦板を組み合わせた構成であり、以下で説明する作用効果を奏する。ここで、小反力摩擦板及び大反力摩擦板は、波の頂部及び底部が放射状に整列する波板状に形成されており、大反力摩擦板は、小反力摩擦板と比較して例えば波の振幅が大きくなるように、もしくは波の波長が小さくなるように、もしくは板厚が厚くなるように形成されている。
【0015】
先ず、小反力摩擦板のみで多板式摩擦係合装置が構成されている場合を考えると、小反力摩擦板がセパレータと当接開始して小反力摩擦板にピストン押圧力が加わると、小反力摩擦板は撓む。このため、小反力摩擦板がセパレータと当接開始したときの摩擦係数は、一般的な平状摩擦板がセパレータと当接開始したときの摩擦係数よりも小さくなる。そして、その後はピストン押圧力が上昇するに連れて小反力摩擦板の摩擦係数は上昇し、小反力摩擦板のウェーブが潰れきったときに一般的な平状摩擦板の摩擦係数に達し、小反力摩擦板とセパレータとの回転差が無くなる直前まで変化しない。
【0016】
次に、大反力摩擦板のみで多板式摩擦係合装置が構成されている場合を考えると、大反力摩擦板がセパレータと当接開始して大反力摩擦板にピストン押圧力が加わった場合は、大反力摩擦板は小反力摩擦板と比べて剛性が高く撓みが小さいので、大反力摩擦板の波のうねりにより大反力摩擦板とセパレータとの当接部分に油が侵入し易い。このため、大反力摩擦板の見掛け上の摩擦係数が低下して、大反力摩擦板がセパレータと当接開始したときの摩擦係数は、小反力摩擦板がセパレータと当接開始したときの摩擦係数よりも小さくなる。そして、その後はピストン押圧力が上昇するに連れて大反力摩擦板の摩擦係数も上昇するが、小反力摩擦板と比べて剛性が高い分、小反力摩擦板のウェーブが潰れきったときのピストン押圧力よりも大きいピストン押圧力で大反力摩擦板のウェーブが潰れきることになる。そして、大反力摩擦板のウェーブが潰れきったときに一般的な平状摩擦板の摩擦係数に達し、大反力摩擦板とセパレータとの回転差が無くなる直前まで変化しない。
【0017】
よって、小反力摩擦板のみを備えた多板式摩擦係合装置とした方が、大反力摩擦板のみを備えた多板式摩擦係合装置よりも、ウェーブが潰れきるまでの時間を短縮することができるので有利であるが、何れの装置もウェーブが潰れきるポイントで大きく屈曲するため、ウェーブが潰れきったときのショックは大きくなる。
【0018】
本発明の多板式摩擦係合装置は、小反力摩擦板及び大反力摩擦板を組み合わせた構成となっており、そのピストン押圧力に対する摩擦係数の変化は、小反力摩擦板及び大反力摩擦板の各変化を合成したものとなる。すなわち、セパレータと当接開始したときの合成摩擦係数は、小反力摩擦板の摩擦係数と大反力摩擦板の摩擦係数の中間値、つまり小反力摩擦板の摩擦係数よりは小さいが大反力摩擦板の摩擦係数よりは大きくなる。
【0019】
そして、合成摩擦係数の変化は、小反力摩擦板のウェーブが潰れきってから大反力摩擦板のウェーブが潰れきるまでは、小反力摩擦板及び大反力摩擦板の摩擦係数の変化よりは緩やかになる。以上により、本発明の多板式摩擦係合装置において、最終的に大反力摩擦板のウェーブが潰れきったときのショックを小さくすることができる。また、小反力摩擦板及び大反力摩擦板は、波の頂部及び底部が放射状に整列する波板状に形成されていることから、セパレータとの間のクリアランスを保ってそれらの間に介在する油を排出することができるので、引き摺り現象を低減することができる。
【0020】
上記のように構成した請求項3に係る発明によれば、ピストンの押圧力に対向する反力の調整は、波の大きさを変化させた摩擦板を使用するのみで可能となるので、装置の構成を簡易なものとして低コスト化を図ることができる。
上記のように構成した請求項4に係る発明によれば、ピストンの押圧力に対向する反力の調整は、波の数を変化させた摩擦板を使用するのみで可能となるので、装置の構成を簡易なものとして低コスト化を図ることができる。
【0021】
上記のように構成した請求項5に係る発明によれば、ピストンの押圧力に対向する反力の調整は、板厚を変化させた摩擦板を使用するのみで可能となるので、装置の構成を簡易なものとして低コスト化を図ることができる。
上記のように構成した請求項6に係る発明によれば、ピストンの押圧力に対向する反力の調整は、平板状の摩擦板を含ませても可能であるので、ピストン押圧力に対する摩擦係数の変化を更に緩やかにすることができる。また、装置の構成をより簡易なものとして更なる低コスト化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】(A)は、本発明の多板式摩擦係合装置が適用される車両用の自動変速機のスケルトン図、(B)は、その作動表とギヤ比及びギヤ比ステップを示す図である。
【図2】図1の自動変速機の構造例を示す図である。
【図3】多板式摩擦係合装置の第1の実施の形態の一部を示す模式図である。
【図4】第1の実施の形態の多板式摩擦係合装置のピストン押圧力と摩擦係数との関係を示す図である。
【図5】多板式摩擦係合装置の第2の実施の形態の一部を示す断面図である。
【図6】第2の実施の形態の多板式摩擦係合装置のピストン押圧力と摩擦係数との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
図1(A)は、本発明の多板式摩擦係合装置が適用される車両用の自動変速機のスケルトン図、(B)は、その作動表とギヤ比及びギヤ比ステップを示す図である。この自動変速機1は、トルクコンバータを介してエンジン出力軸等に接続される入力軸2及び車輪等に接続される出力軸3を有している。入力軸2と出力軸3との間には、デュアルプラネタリギヤユニットからなるフロントプラネタリギヤユニット5及び2つのシンプルプラネタリギヤユニット、すなわち、ミドルプラネタリギヤユニット6及びリアプラネタリギヤユニット7からなるリアプラネタリギヤセット9を有している。
【0024】
フロントプラネタリギヤユニット5は、入力軸2にクラッチC3を介して接続されたサンギヤS1を有しており、サンギヤS1には、ピニオンP1が噛合しており、ピニオンP1には、リングギヤR1に噛合したピニオンP2が噛合している。ピニオンP1,P2は、キャリアCR1に支持されており、キャリアCR1は、ギヤケース10に設けられたワンウエイクラッチF−1及びブレーキB−1に接続している。
【0025】
また、リアプラネタリギヤセット9のフロントプラネタリギヤユニット5側のミドルプラネタリギヤユニット6は、入力軸2にクラッチC−1を介して接続されたサンギヤS2を有しており、サンギヤS2は、リングギヤR2と噛合するピニオンP3と噛合している。ピニオンP3は、キャリアCR2に支持されており、キャリアCR2には、クラッチC−2を介して入力軸2が接続している。リングギヤR2には、フロントプラネタリギヤユニット5のリングギヤR1が接続しており、それらリングギヤR1、R2は共にギヤケース10に接続されたブレーキB−2で係止し得ると共に、同様にギヤケース10に接続されたブレーキB−2と共にワンウエイクラッチF−2、ブレーキB−3を介して係止し得る。
【0026】
更に、リアプラネタリギヤセット9の出力軸3側のリアプラネタリギヤユニット7は、入力軸2にクラッチC−1を介してサンギヤS2と同期回転し得るように一体的に接続されたサンギヤS3を有しており、サンギヤS3は、リングギヤR3と噛合するピニオンP4と噛合している。リングギヤR3は、ミドルプラネタリギヤユニット6のキャリアCR2と接続していると共に、ギヤケース10に設けられたワンウエイクラッチF−3及びブレーキB−4により係止し得る。また、ピニオンP4は、キャリアCR3に支持されており、出力軸3がキャリアCR3に接続している。このような構成の車両用の自動変速機1は、図1(B)に示す作動表に示された組み合わせで多板式摩擦係合装置である各ブレーキB−1〜B−4及び各クラッチC−1〜C−3を作動させることにより、前進1速〜6速の変速段と、後進1速の変速段を形成する。
【0027】
図2は、図1の自動変速機1の構造例を示す図であり、多板式摩擦係合装置であるブレーキB−1に着目して説明する。ブレーキB−1は、ギヤケース10(第2部材)の内周側に形成されているスプライン11に係合している複数のセパレータ31と、各セパレータ31の間にそれぞれ配置されて、ハブ部材13(第1部材)の外周側に形成されているスプライン14に係合している摩擦板32とを有している。なお、図示左方が車両前方、図示右方が車両後方となる。複数のセパレータ31のうちの最前方に配置されたセパレータ31は、ブレーキB−3用アクチュエータ40のシリンダ42に当接する形で前後方向に位置決めされている。ブレーキB−1の後方側には、ブレーキB−1用アクチュエータ20が配設されている。このブレーキB−1用アクチュエータ20は、シリンダ部材22と、該シリンダ部材22に前後方向へ移動自在になるように嵌合されているピストン部材21とを有している。
【0028】
シリンダ部材22は、その後方側がギヤケース10の段差部12に当接しており、ギヤケース10に対して位置決め固定されている。ピストン部材21とリテーナ24との間にはリターンスプリング23が縮設されている。リテーナ24は、ギヤケース10のスプライン11の後方部分に配設されたスナップリング25により固定され、ピストン部材21は、リターンスプリング23により後方に付勢されている。また、ピストン部材21にはOリング26,27が配設されて、ピストン部材21とシリンダ部材22との間をシールすることで油室29を形成している。ピストン部材21は、シリンダ部材22に油密状に嵌合されている。そして、油室29には、不図示の油圧制御装置に連通する油路28に接続されている。
【0029】
このような構成において、油圧制御装置より油路28を介して、ブレーキB−1用アクチュエータ20の油室29に所定の油圧が供給されると、スプリング23の付勢に反してピストン部材21が前方に押圧され、該ピストン部材21によりブレーキB−1のセパレータ31を前方に押圧する。該セパレータ31が前方に押圧されると、該セパレータ31と摩擦板32とが係合し、該摩擦板32がギヤケース10に対して固定される。すると、スプライン14を介してハブ部材13もギヤケース10に対して固定される。
【0030】
図3は、図2のブレーキB−1の第1の実施の形態のブレーキ30Aの一部を示す模式図である。セパレータ31は、平板リング状に形成されている。摩擦板32は、コアプレート33を波の頂部及び底部が放射状に整列する波板状に形成し、波の頂部に高摩擦係数を有する板状の摩擦部材(頂部摩擦部材)34を貼付し、波の底部に頂部摩擦部材34の摩擦係数と比べて低摩擦係数を有する板状の摩擦部材(底部摩擦部材)35を貼付した構成となっている。すなわち、コアプレート33は、リング形状であって周方向に一定の振幅及び波長で波打つ形状に形成されている。頂部摩擦部材34及び底部摩擦部材35は、リングを所定角度で分断した形状であってコアプレート33の波の頂部(波の底部)に倣った湾曲した形状に形成されている。
【0031】
このような構成のブレーキ30Aにおいて、ピストン部材21によりセパレータ31が前方に押圧されて摩擦板32との当接を開始すると、該セパレータ31は先ず摩擦板32の高摩擦係数の頂部摩擦部材34と当接する。しかし、この摩擦板32では、ピストン押圧力が加わったときに波状部分が撓むので、図4のウェーブ山高μ・谷低μで示すように、摩擦板32とセパレータ31との当接開始時(ピストン押圧力がP1の時点)の摩擦係数μcは、図4のフラット標準μで示す一般的な平状摩擦板とセパレータとの当接開始時(ピストン押圧力がP1の時点)の摩擦係数μaよりも小さくなるが、図4のウェーブ標準μで示す一般的な波状摩擦板とセパレータとの当接開始時(ピストン押圧力がP1の時点)の摩擦係数μbよりも大きくなる。
【0032】
更にピストン部材21によりセパレータ31が前方に押圧されてピストン押圧力が上昇すると摩擦係数も上昇するが、摩擦板32のウェーブが潰れきる前(ピストン押圧力がP11の時点)に低摩擦係数の底部摩擦部材35も摺接するので、そのときからピストン押圧力に対する摩擦係数の変化は緩やかに変化して、摩擦板32のウェーブが潰れきるポイント(ピストン押圧力がP2の時点)で所定の摩擦係数μaに達することになる。
【0033】
よって、一般的な波状摩擦板のピストン押圧力に対する摩擦係数の変化はウェーブが潰れきるポイント(ピストン押圧力がP2の時点)で傾斜角度θaで屈曲するが、摩擦板32のピストン押圧力に対する摩擦係数の変化はウェーブが潰れきるポイント(ピストン押圧力がP2の時点)で傾斜角度θb(<θa)で屈曲するため、ウェーブが潰れきったときのショックは摩擦板32の方が波状摩擦板よりも小さくなる。また、摩擦板32が放射状の波板状に形成されており、セパレータ31と摩擦板32との間のクリアランスを保ってそれらの間に介在する油を排出することができるので、引き摺り現象を低減することができる。なお、高摩擦係数を有する板状の摩擦部材を波の頂部及び底部に貼付した摩擦板とした場合は、図4のウェーブ高μで示すように、セパレータとの当接開始時(ピストン押圧力がP1の時点)の摩擦係数はμcであるが、ウェーブが潰れきるポイント(ピストン押圧力がP2の時点)での摩擦係数は所定の摩擦係数μaを越えたμdとなるため使用できない。また、低摩擦係数を有する板状の摩擦部材を波の頂部及び底部に貼付した摩擦板とした場合は、図4のウェーブ低μで示すように、セパレータとの当接開始時(ピストン押圧力がP1の時点)の摩擦係数は最小のμeとなり、さらにウェーブが潰れきるポイント(ピストン押圧力がP2の時点)での摩擦係数は所定の摩擦係数μaに達しないμfとなるため使用できない。
【0034】
図5は、図2のブレーキB−1の第2の実施の形態のブレーキ30Bの一部を示す断面図である。セパレータ31及び摩擦板36a,36bは、第1の実施の形態と同様の形状に形成されている。ただし、摩擦板36a及び摩擦板36bは、ピストン部材21の押圧力に対向する反力が異なる構成となっている。すなわち、摩擦板36a,36bは共に、コアプレート37a,37bを波の頂部及び底部が放射状に整列する波板状に形成し、同一の摩擦係数を有する摩擦部材38a,38bを貼付した構成となっている点では第1の実施の形態と同様の構成である。なお、異なる摩擦係数を有する摩擦部材38a,38bを貼付した構成としてもよい。
【0035】
しかし、摩擦板36aのコアプレート37a及び摩擦板36bのコアプレート37bは、周方向の波の振幅、すなわちコアプレート37a,37bの厚さ方向の波の頂分と底部との距離、又は波の波長、すなわちコアプレート37a,37bの周方向の波の頂部(底部)と頂分(底部)との距離、又はコアプレート37a,37bの板厚が異なる構成となっている。例えば、コアプレート37aの周方向の波の振幅をコアプレート37bの周方向の波の振幅よりも小さくすることにより、摩擦板36aは摩擦板36bよりも小反力の摩擦板となる。また、コアプレート37aの周方向の波の波長をコアプレート37bの周方向の波の波長よりも大きくする、すなわちコアプレート37aの周方向の山数を少なくすることにより、摩擦板36aは摩擦板36bよりも小反力の摩擦板となる。また、コアプレート37aの板厚をコアプレート37bの板厚よりも薄くすることにより、摩擦板36aは摩擦板36bよりも小反力の摩擦板となる。
【0036】
図5に示す例では、摩擦板36aは、周方向の波の振幅を摩擦板36bよりも小さくした小反力の摩擦板であり、摩擦板36bは、周方向の波の振幅を摩擦板36aよりも大きくした大反力の摩擦板である。そして、ブレーキ30Bは、複数(本例では3枚)の小反力摩擦板36aと複数(本例では3枚)の大反力摩擦板36bとを組み合わせた構成となっている。このように、ピストン部材21の押圧力に対向する反力の調整は、コアプレート37a,37bに形成する波の振幅や波の波長、又はコアプレート37a,37bの板厚を変化させた摩擦板36a,36bを任意の枚数組み合わせることにより可能となるので、ブレーキ30Bの構成を簡易なものとして低コスト化を図ることができる。なお、平板状の摩擦板を組み合わせても同様にピストン部材21の押圧力に対向する反力を調整することができる。
【0037】
ここで、先ず、小反力摩擦板36aのみでブレーキが構成されている場合を考えると、ピストン部材21によりセパレータ31が前方に押圧されて小反力摩擦板36aとの当接を開始すると、小反力摩擦板36aは撓む。このため、図6のウェーブ反力小で示すように、小反力摩擦板36aとセパレータ31との当接開始時(ピストン押圧力がP1の時点)の摩擦係数μpは、一般的な平状摩擦板とセパレータとの当接開始時(ピストン押圧力がP1の時点)の摩擦係数μaよりも小さくなる。そして、その後はピストン押圧力が上昇するに連れて小反力摩擦板36aの摩擦係数は上昇し、小反力摩擦板36aのウェーブが潰れきったとき(ピストン押圧力がP12の時点)に一般的な平状摩擦板の摩擦係数μa達し、小反力摩擦板36aとセパレータ31との回転差が無くなる直前(ピストン押圧力がP3の時点)まで変化しない。
【0038】
次に、大反力摩擦板36bのみでブレーキが構成されている場合を考えると、ピストン部材21によりセパレータ31が前方に押圧されて大反力摩擦板36bとの当接を開始した場合は、大反力摩擦板36bは小反力摩擦板36aと比べて剛性が高く撓みが小さいので、大反力摩擦板36bの波のうねりにより大反力摩擦板36bとセパレータ31との当接部分に油が侵入し易い。このため、大反力摩擦板36bの見掛け上の摩擦係数が低下して、図6のウェーブ反力大で示すように、大反力摩擦板36bがセパレータ31と当接開始したとき(ピストン押圧力がP1の時点)の摩擦係数μqは、小反力摩擦板36aがセパレータ31と当接開始したとき(ピストン押圧力がP1の時点)の摩擦係数μpよりも小さくなる。そして、その後はピストン押圧力が上昇するに連れて大反力摩擦板36bの摩擦係数も上昇するが、小反力摩擦板36aと比べて剛性が高い分、小反力摩擦板36aのウェーブが潰れきったときのピストン押圧力P12よりも大きいピストン押圧2で大反力摩擦板36bのウェーブが潰れきることになる。そして、大反力摩擦板36bのウェーブが潰れきったときに一般的な平状摩擦板の摩擦係数μaに達し、大反力摩擦板36bとセパレータ31との回転差が無くなる直前(ピストン押圧力がP3の時点)まで変化しない。
【0039】
よって、小反力摩擦板36aのみを備えたブレーキとした方が、大反力摩擦板36bのみを備えたブレーキよりも、ウェーブが潰れきるまでの時間を短縮することができるので有利であるが、何れの装置もウェーブが潰れきるポイント(ピストン押圧力がP12,P2の時点)で傾斜角度θcで屈曲するため、ウェーブが潰れきったときのショックは大きくなる。
【0040】
本実施形態のブレーキ30Bは、小反力摩擦板36a及び大反力摩擦板36bを組み合わせた構成となっており、そのピストン押圧力に対する摩擦係数の変化は、図6のウェーブ大・小反力の組合せで示すように、小反力摩擦板36a及び大反力摩擦板36bの各変化を合成したものとなる。すなわち、セパレータ31と当接開始したときの合成摩擦係数μrは、小反力摩擦板36aの摩擦係数μpと大反力摩擦板36bの摩擦係数μqの中間値、つまり小反力摩擦板の摩擦係数μpよりは小さいが大反力摩擦板の摩擦係数μpよりは大きくなる。
【0041】
そして、合成摩擦係数の変化は、小反力摩擦板36aのウェーブが潰れきってから大反力摩擦板36bのウェーブが潰れきるまで(ピストン押圧力がP12の時点からP2の時点まで)は、小反力摩擦板の摩擦係数の変化及び大反力摩擦板の摩擦係数の変化よりは緩やかになる。以上により、ブレーキ30Bにおいて、最終的に大反力摩擦板36bのピストン押圧力に対する摩擦係数の変化はウェーブが潰れきるポイント(ピストン押圧力がP2の時点)で傾斜角度θd(<θc)で屈曲するため、ウェーブが潰れきったときのショックを小さくすることができる。
【0042】
また、小反力摩擦板36a及び大反力摩擦板36bは、波の頂部及び底部が放射状に整列する波板状に形成されていることから、セパレータ31と各摩擦板36a,36bとの間のクリアランスを保ってそれらの間に介在する油を排出することができるので、引き摺り現象を低減することができる。また、小反力摩擦板36a及び大反力摩擦板36bのバネ力がセパレータ31との間でクッションとして作用するので、摩擦板36a,36bがセパレータ31と一体化するときのショックを低減するために端部のセパレータ31と摩擦板36a(36b)との間に配置していたクッションプレートを省略することができ、部品点数の削減及び低コスト化を図ることができる。
【0043】
図5に示すブレーキ30Bにおいては、小反力摩擦板36a及び大反力摩擦板36bを夫々3枚配置しているが、小反力摩擦板36aを4枚もしくは5枚に増やし、大反力摩擦板36bを2枚もしくは1枚に減らすことにより、更には平板状の摩擦板も組み合わせることにより、摩擦係数の変化を更に緩やかにすることができる。すなわち、図6に示す実線で表された小反力摩擦板36a及び大反力摩擦板36bの合成摩擦係数の変化を、点線で表された平板状の摩擦板の変化に近付けることができるので、各摩擦板36a,36bがセパレータ31と一体化するときのショックを更に小さくすることができる。
【0044】
なお、上述した第2の実施形態では、所定数の大反力摩擦板36aを配設してから所定数の小反力摩擦板36bを配設した構成としたが、大反力摩擦板36aと小反力摩擦板36bを交互に配設した構成としても良い。また、各実施形態では、多板式摩擦係合装置としてブレーキB−1に適用した場合を説明したが、他のブレーキB−2〜B−4、更には各クラッチC−1〜C−3にも同様に適用可能である。
【符号の説明】
【0045】
1…自動変速機、31…セパレータ、32…摩擦板、36a…低反力摩擦板、36b…高反力摩擦板、33,37a,37b…コアプレート、34…頂部摩擦部材、35…底部摩擦部材、38a,38b…摩擦部材、B−1〜B−4,30A,30B…ブレーキ、C−1〜C−3…クラッチ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
供給される油圧により軸方向に押動制御されるピストンと、
前記軸方向に交互に配置された形で、第1部材にスプライン係合する摩擦板及び第2部材にスプライン係合するセパレータと、を有し、
前記ピストンにより前記摩擦板と前記セパレータとを押圧・押圧解放することで前記第1及び第2部材を接続・開離する自動変速機の多板式摩擦係合装置において、
前記摩擦板は、波の頂部及び底部が放射状に整列する波板状に形成されたコアプレートと、該コアプレートの波の頂部及び底部に設けられた頂部摩擦部材及び底部摩擦部材と、を有し、前記頂部摩擦部材の摩擦係数が、前記底部摩擦部材の摩擦係数よりも高くなるように構成されており、
前記摩擦板は、前記ピストンの押圧により前記波板状から平板状に弾性変形することで前記セパレータと当接し、前記ピストンの押圧解放により前記平板状から前記波板状に復元することで前記セパレータと開離することを特徴とする自動変速機の多板式摩擦係合装置。
【請求項2】
供給される油圧に基づき軸方向に押動制御されるピストンと、
前記軸方向に交互に配置された形で、第1部材にスプライン係合する複数の摩擦板及び第2部材にスプライン係合する複数のセパレータと、を有し、
前記ピストンにより前記摩擦板と前記セパレータとを押圧・押圧解放することで前記第1及び第2部材を接続・開離する自動変速機の多板式摩擦係合装置において、
前記摩擦板は、波の頂部及び底部が放射状に整列する波板状に形成されたコアプレートと、該コアプレートに設けられた摩擦部材とを有し、前記複数の摩擦板は、前記ピストンの押圧力に対向する反力が異なるコアプレートを有する摩擦板を組み合わされており、
前記摩擦板は、前記ピストンの押圧により前記波板状から平板状に弾性変形することで前記セパレータと当接し、前記ピストンの押圧解放により前記平板状から前記波板状に復元することで前記セパレータと開離することを特徴とする自動変速機の多板式摩擦係合装置。
【請求項3】
請求項2において、前記摩擦板は、前記波板状に形成されたコアプレートの波の振幅によって前記ピストンの押圧力に対向する反力が調整されていることを特徴とする自動変速機の多板式摩擦係合装置。
【請求項4】
請求項2において、前記摩擦板は、前記波板状に形成されたコアプレートの波の波長によって前記ピストンの押圧力に対向する反力が調整されていることを特徴とする自動変速機の多板式摩擦係合装置。
【請求項5】
請求項2において、前記摩擦板は、前記波板状に形成されたコアプレートの板厚によって前記ピストンの押圧力に対向する反力が調整されていることを特徴とする自動変速機の多板式摩擦係合装置。
【請求項6】
請求項3乃至5において、前記コアプレートが波板状に形成された摩擦板に加え、コアプレートが平板状に形成された摩擦板が含まれていることを特徴とする自動変速機の多板式摩擦係合装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−242901(P2010−242901A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−93572(P2009−93572)
【出願日】平成21年4月8日(2009.4.8)
【出願人】(000100768)アイシン・エィ・ダブリュ株式会社 (3,717)
【Fターム(参考)】