説明

自動車用樹脂ガラス及びその製造方法

【課題】優れた耐候性及び耐摩耗性、耐擦傷性を有し、しかもシンプルで且つ低コストな工程によって量産可能な自動車用樹脂ガラスを提供する。
【解決手段】透明な樹脂基板12の少なくとも一方の面上に積層形成されたハードコート層14を、真空蒸着重合によって形成された有機高分子薄膜16を含んで構成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車用樹脂ガラス及びその製造方法に係り、特に、自動車のフロントガラスやリヤガラス、窓ガラス等として好適に使用可能な自動車用樹脂ガラスと、その有利な製造方法とに関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、環境への配慮や燃費向上のために、自動車の軽量化が進められている。そして、そのような軽量化対策の一つとして、自動車に使用されるガラスの樹脂化が検討されてきている。自動車用の樹脂ガラス(有機ガラス)の材料には、ポリカーボネートや、ポリアクリレート、ポリメチルメタクリレート、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリオレフィン、ABS等の透明(無色透明以外に有色で透明なものも含む)な平板を形成可能な樹脂材料が使用可能である。そして、その中でも、耐衝撃性や、耐熱性、透明性等に優れたポリカーボネートが好適に使用される。しかしながら、樹脂ガラスは、その形成材料たる樹脂の種類に拘わらず、無機ガラスよりも表面の硬度が低い。そのため、耐摩耗性や耐擦傷性が不十分であり、しかも耐候性にも劣るといった欠点を有している。
【0003】
そこで、例えば、特開平9−239937号公報(特許文献1)や特開平11−227092号公報(特許文献2)等には、ポリカーボネートからなる透明な樹脂基板の表面にシリコン系塗料等の有機塗料を塗装して、ハードコート層を積層形成した樹脂ガラスが、提案されている。特開平2−66172号公報(特許文献3)や特開2004−237513号公報(特許文献4)、特開2004−175904号公報(特許文献5)等には、ポリカーボネートからなる透明な樹脂基板の表面に形成されるハードコート層を、シリコン系塗料やアクリル系塗料等の有機塗料の塗膜と、かかる塗膜上にプラズマCVDやスパッタリング、電子ビーム蒸着等の真空成膜プロセスにより積層形成された酸化珪素(SiO2 )薄膜とからなる複層構造とした樹脂ガラスが、提案されている。
【0004】
有機塗料の塗膜を含むハードコート層が樹脂基板の表面上に積層形成されてなる樹脂ガラスにあっては、有機塗料の塗膜によって、耐候性が有利に高められ得る。また、かかる樹脂ガラスでは、有機塗料に紫外線吸収剤や赤外線吸収剤等が添加されることによって、更に優れた耐候性が発揮され得るようになる。そして、有機塗膜と酸化珪素薄膜の複層構造を有するハードコート層が設けられてなる樹脂ガラスにおいては、酸化珪素薄膜により、無機ガラスと同等の表面硬度が得られて、十分な耐摩耗性や耐擦傷性が、より安定的に確保され得ることとなる。
【0005】
ところが、そのような従来の樹脂ガラスには、以下の如き幾つかの問題が内在していた。即ち、上記の如き従来の樹脂ガラスを作製する際には、有機塗膜を含むハードコート層を形成するための塗装作業が行われる。この塗装作業は、湿式工程であるため、乾燥工程が必須となる。そして、有機塗膜が複層構造とされる場合には、そのような塗装作業を繰り返し行う必要がある。しかも、ポリカーボネート等の樹脂基板は、有機塗膜との付着性が小さい。それ故、樹脂基板の表面上に有機塗膜を含むハードコート層を形成する際には、樹脂基板とハードコート層との間に、それらの付着性を高めるためのプライマー層を形成する必要があった。
【0006】
従って、従来の樹脂ガラスにあっては、有機塗膜を含むハードコート層の形成に際して、極めて面倒で、時間の要する作業を行わなければならなかった。しかも、有機塗膜の形成設備として、有機塗料の塗装設備と乾燥設備の両方が必要となるだけでなく、塗膜中への異物の混入を防ぐのに、塗装の作業空間を清浄化するための設備も必要であった。それ故、設備費が嵩むといった問題もあった。
【0007】
また、有機塗膜を含むハードコート層の形成に際して、紫外線吸収剤や赤外線吸収剤等が添加された有機塗料を用いる場合には、有機塗料に紫外線吸収剤や赤外線吸収剤等が多量に添加されていると、塗料のポットライフが短くなったり、或いは粘性が大きくなって、レベリング性が低下する等の問題が生ずる可能性がある。それ故、従来の樹脂ガラスでは、有機塗料への紫外線吸収剤や赤外線吸収剤等の添加による耐候性の更なる向上に限界があったのである。
【0008】
さらに、有機塗膜と真空成膜プロセスによって形成された無機塗膜とを含む複層構造を有するハードコート層が形成された樹脂ガラスにおいては、それの製造に際して、湿式の塗装工程と乾式の真空成膜プロセスの両方を実施しなければならない。そのため、設備が大がかりなものとなって、コスト高となってしまうことが避けられなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平9−239937号公報
【特許文献2】特開平11−227092号公報
【特許文献3】特開平2−66172号公報
【特許文献4】特開2004−237513号公報
【特許文献5】特開2004−175904号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ここにおいて、本発明は、上述の如き事情を背景にして為されたものであって、その解決課題とするところは、優れた耐候性及び耐摩耗性、耐擦傷性を有し、しかもシンプルで且つ低コストな工程によって量産可能な自動車用樹脂ガラスを提供することにある。また、本発明にあっては、そのような自動車用樹脂ガラスを容易に且つ短い生産サイクルで経済的に有利に製造可能な方法を提供することをも、その解決課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上記した課題、又は本明細書全体の記載や図面から把握される課題を解決するために、以下に列挙する各種の態様において、好適に実施され得るものである。また、以下に記載の各態様は、任意の組み合わせにおいても、採用可能である。なお、本発明の態様乃至は技術的特徴は、以下に記載のものに何等限定されることなく、明細書全体の記載並びに図面に開示の発明思想に基づいて、認識され得るものであることが、理解されるべきである。
【0012】
そして、本発明にあっては、上記した自動車用樹脂ガラスに係る課題の解決のために、透明な樹脂基板の少なくとも一方の面上に、ハードコート層が積層形成されてなる自動車用樹脂ガラスであって、前記ハードコート層が、真空蒸着重合によって形成された有機高分子薄膜を含んで構成されていることを特徴とする自動車用樹脂ガラスを、その要旨とするものである。なお、ここで言う透明とは、無色透明以外に有色で透明なものも含む。以下、同一の意味において使用する。
【0013】
本発明に従う自動車用樹脂ガラスの好ましい態様の一つによれば、前記有機高分子薄膜が、ポリユリア樹脂薄膜にて構成される。
【0014】
本発明に従う自動車用樹脂ガラスの有利な態様の一つによれば、前記ハードコート層が、前記有機高分子薄膜と、該有機高分子薄膜の前記樹脂基板側とは反対側に、真空成膜プロセスによって積層形成された無機薄膜とを含む複層構造を有して構成される。
【0015】
本発明に従う自動車用樹脂ガラスの望ましい態様の一つによれば、紫外線吸収剤と赤外線吸収剤のうちの少なくとも何れか一方が、真空成膜プロセスによって、前記ハードコート層内に存在せしめられることとなる。
【0016】
ハードコート層が有機高分子薄膜と無機薄膜との複層構造とされる場合には、好ましくは、無機薄膜が金属化合物からなる薄膜にて構成される。
【0017】
ハードコート層が有機高分子薄膜と無機薄膜との複層構造とされる場合には、望ましくは、無機薄膜が、酸化珪素(SiO2 )薄膜にて構成される。
【0018】
本発明に従う自動車用樹脂ガラスの有利な態様の一つによれば、有機高分子薄膜の組成が、該有機高分子薄膜の厚さ方向において異なるように構成される。
【0019】
そして、本発明にあっては、上記した自動車用樹脂ガラスの製造方法に係る課題の解決のために、(a)透明な樹脂基板を準備する工程と、(b)前記樹脂基板の少なくとも一方の面上に、有機高分子薄膜を、真空蒸着重合によって形成することにより、該有機高分子薄膜を含むハードコート層を、該樹脂基板の少なくとも一方の面上に積層形成する工程とを含むことを特徴とする自動車用樹脂ガラスの製造方法をも、その要旨とするものである。
【0020】
本発明に従う自動車用樹脂ガラスの製造方法の好適な態様の一つによれば、真空状態の複数の蒸発源容器内で蒸発させた複数種類の原料モノマーを真空状態の成膜室内に導入すると共に、該成膜室内に導入される複数種類の原料モノマーの組合せを経時的に変更させつつ、真空蒸着重合操作が実施されることにより、前記樹脂基板の少なくとも一方の面上に形成される前記有機高分子薄膜の組成が厚さ方向において変化させられることとなる。
【発明の効果】
【0021】
すなわち、本発明に従う自動車用樹脂ガラスにおいては、ハードコート層に含まれる有機高分子薄膜が、大きな分子量を有すると共に、架橋構造を備えている。それ故、そのような有機高分子薄膜が、樹脂基板上に形成されていることによって、樹脂ガラス全体の耐候性と耐摩耗性及び耐擦傷性が、有利に高められ得る。
【0022】
本発明に従う自動車用樹脂ガラスでは、有機高分子薄膜が、乾式の真空蒸着重合によって樹脂基板に形成されている。そのため、耐候性の向上等を図るための有機塗膜が湿式の塗装によって樹脂基板に形成されてなる従来品とは異なって、有機高分子薄膜の形成に際して、乾燥工程が、何等実施されない。また、有機高分子薄膜が真空中で形成されるものであるところから、有機高分子薄膜の成膜装置に対して、成膜室内を清浄に維持するための設備を特別に付加する必要もない。しかも、有機高分子薄膜は、樹脂基板に対する付着性が、有機塗膜よりも高い。それ故、有機高分子薄膜と樹脂基板との間に、付着性向上のためのプライマー層を形成する必要が、有利に解消され得る。
【0023】
本発明に係る自動車用樹脂ガラスでは、耐摩耗性及び耐擦傷性を更に高めるために、有機高分子薄膜に対して、無機薄膜を真空成膜プロセスにて形成することも可能であるが、その場合には、それら有機高分子薄膜と無機薄膜とが、何れも乾式の工程によって形成される。それ故、本発明に従う自動車用樹脂ガラスにおいては、湿式の塗装工程により形成された有機塗膜を有する従来品に比して、乾式の真空成膜プロセスにて形成される無機塗膜による耐摩耗性や耐擦傷性の向上効果が、より低いコストで確実に享受され得ることとなる。
【0024】
従って、かくの如き本発明に従う自動車用樹脂ガラスにあっては、優れた耐候性と耐摩耗性、耐擦傷性が有利に発揮され得るのであり、しかも、製造時における作業性及び量産性の向上と製造コストの低減とが、極めて効果的に実現され得るのである。
【0025】
そして、本発明に従う自動車用樹脂ガラスの製造方法によれば、優れた耐候性と耐摩耗性、耐擦傷性を有する自動車用樹脂ガラスが、作業性良く、効率的に、しかも経済的に有利に製造され得ることとなるのである。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明に従う構造を有する自動車用樹脂ガラスの一実施形態を示す部分断面説明図である。
【図2】図1に示された自動車用樹脂ガラスの製造に用いられる有機高分子薄膜形成装置を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明を更に具体的に明らかにするために、本発明の実施の形態について、図面を参照しつつ、詳細に説明することとする。
【0028】
先ず、図1には、本発明に従う構造を有する自動車用樹脂ガラスの一実施形態であって、自動車用窓ガラスとして使用される樹脂ガラスが、その縦断面形態において示されている。かかる図1から明らかなように、樹脂ガラス10は、樹脂基板12を有し、この樹脂基板12の一方の板面からなる平滑な表面13上に、ハードコート層14が積層形成されて、構成されている。
【0029】
より具体的には、樹脂基板12は、全体として、無色透明な板状形態を呈している。そして、ここでは、かかる樹脂基板12が、ポリカーボネートを用いた射出成形品にて構成されている。
【0030】
なお、樹脂基板12の形成材料は、ポリカーボネートに限定されるものではなく、透明な板状体を形成可能な樹脂材料が、何れも採用可能である。例えば、ポリアクリレートや、ポリメチルメタクリレート、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリオレフィン、ABS等も、樹脂基板12の形成材料として使用出来る。そして、それらの樹脂材料の中から、自動車用樹脂ガラスとして必要な特性(例えば、透明性や硬度、耐衝撃性等)を考慮して、使用されるべき樹脂材料が適宜に決定されるのである。
【0031】
樹脂基板12は、必ずしも無色透明である必要はない。例えば、自動車の窓ガラスに一般に採用される薄茶色や青色等の有色の透明であっても良い。樹脂基板12の表面には、付着性の向上や紫外線カット、赤外線カット等の機能性を持たせた被覆層や、所定の文字や絵柄の印刷層、アンテナパターン、ヒーターパターン等が形成されていても、何等差し支えない。
【0032】
そのような樹脂基板12の表面13上に形成されたハードコート層14は、有機高分子薄膜16と無機薄膜18とを含んで構成されている。そして、有機高分子薄膜16が、樹脂基板12の表面13上に形成されている一方、無機薄膜18が、かかる有機高分子薄膜16に対して積層形成されている。即ち、ハードコート層14は、樹脂基板12の表面13上に形成された有機高分子薄膜16と、この有機高分子薄膜16の樹脂基板12側とは反対側に積層形成された無機薄膜18とからなる複層構造を有しているのである。
【0033】
有機高分子薄膜16は、真空蒸着重合操作を公知の手法に従って実施することにより、樹脂基板12の表面13上に形成されている。このような有機高分子薄膜16は、高い分子量を有し、且つ架橋構造を備えている。そのため、有機高分子薄膜16自体が、優れた耐候性と高い耐摩耗性や耐擦傷性とを発揮する。そして、そのような有機高分子薄膜16を含むハードコート層14が樹脂基板12の表面13に積層形成されていることによって、樹脂ガラス10全体の耐候性と耐摩耗性及び耐擦傷性の向上が図られているのである。
【0034】
真空蒸着重合によって樹脂基板12上に形成される有機高分子薄膜16は、膜厚が均一にコントロールされていると共に、膜中の不純物が十分に少なくされている。これにより、有機高分子薄膜16の表面性状や膜質の向上が図られている。ここでは、有機高分子薄膜16の膜厚が、例えば、10〜100μm程度とされている。なお、図1では、樹脂ガラス10の構造の理解を容易とするために、樹脂基板12と有機高分子薄膜16と無機薄膜18のそれぞれの厚さが実際のものとは異なり、特に、有機高分子薄膜16と無機薄膜18のそれぞれの厚さが、誇張されて、実際よりも大きな寸法で示されていることが、理解されるべきである。
【0035】
有機高分子薄膜16は、樹脂基板12に対して、十分に高い付着性を有している。このため、有機高分子薄膜16と樹脂基板12との間には、付着性向上のためのプライマー層等が、何等形成されていない。
【0036】
そして、本実施形態の樹脂ガラス10においては、有機高分子薄膜16が、ポリユリア樹脂製の透明な薄膜にて構成されている。よく知られているように、ポリユリア樹脂は、真空蒸着重合操作によって透明な薄膜を形成するプロセスが容易に選択可能である。また、原料モノマー(ジイソシアネートとジアミン)の重合に際して、加熱処理が不要であり、しかも、水やアルコール等の脱離が全くない重付加重合反応において、形成される。このため、そのようなポリユリア樹脂薄膜からなる有機高分子薄膜16を有する樹脂ガラス10にあっては、有機高分子薄膜16の成膜に際して、原料モノマーの重合時に加熱処理を実施するための設備が不要となって、成膜コストの低減が有利に実現され得る。また、加熱処理時の熱によって、樹脂基板12が変形する、所謂熱負けが惹起されることが有利に回避され得る。更に、原料モノマーの重合反応によって脱離した水やアルコール等を、重合反応が進行する真空槽中から除去する必要がなく、そのための設備も不要となる。これによっても、有機高分子薄膜16の成膜コスト、ひいては樹脂ガラス10の製造コストの低コスト化が、効果的に図られ得る。
【0037】
本実施形態では、ポリユリア樹脂薄膜からなる有機高分子薄膜16が、厚さ方向において異なる組成を有して、構成されている。即ち、有機高分子薄膜16は、真空系内で、蒸発したジイソシアネートとジアミンの二種類の原料モノマーが、樹脂基板12上で重合することによって形成されるものであるが、ここでは、かかる有機高分子薄膜16の樹脂基板12側たる下側部分20と、樹脂基板12側とは反対の上側部分22と、それらの中間部分24とをそれぞれ形成する二種類の原料モノマーの組合せが、互いに異なる組合せとなっている。
【0038】
具体的には、有機高分子薄膜16の下側部分20が1,3−ビス(イソシアネートメチル)シクロヘキサンと1,12−ドデカンジアミンとの重合体からなり、中間部分24が1,3−ビス(イソシアネートメチル)シクロヘキサンとメチレンビス(4−シクロヘキシルアミン)との重合体からなり、上側部分22が1,3−ビス(イソシアネートメチル)シクロヘキサンとN−(2−アミノメチル)−3−アミノプロピルメチレンジメトキシシランとの重合体からなっている。これにより、有機高分子薄膜16が、その厚さ方向において組成が変化する構造とされている。なお、それら下側部分20と中間部分24と上側部分22は、界面を有した積層構造を有するものではない。
【0039】
かくして、有機高分子薄膜16が、下側部分20において、比較的に軟らかく且つ樹脂基板12との付着性に優れた特性を発揮するようになっている。上側部分22は、その硬度が十分に高くされている。中間部分24の硬度は、下側部分20と上側部分22の中間程度の大きさとされている。そして、それにより、有機高分子薄膜16の樹脂基板12に対する付着性が有利に高められている。また、有機高分子薄膜16の硬度が表面側に向かって段階的に硬くされ、以て、表面硬度の低い樹脂基板12と硬度の高い有機高分子薄膜16との間の硬度の違いにより、周囲の温度変化に基づく樹脂基板12と有機高分子薄膜16の膨張や収縮に起因したクラックや剥離が生ずることが防止され得るようになっているのである。
【0040】
なお、有機高分子薄膜16は、ポリユリア樹脂薄膜に、特に限定されるものではない。公知の真空蒸着重合法によって、樹脂基板12上に形成可能な樹脂薄膜が、有機高分子薄膜16として、何れも採用され得る。従って、有機高分子薄膜16を、例えば、ポリウレタン樹脂薄膜、ポリエステル樹脂薄膜、ポリアミド樹脂薄膜、ポリイミド樹脂薄膜、ポリアミドイミド樹脂薄膜、ポリアゾメチン樹脂薄膜、アクリル樹脂薄膜等にて構成することも出来る。そして、それら各種の樹脂薄膜を二層以上積層して、有機高分子薄膜16を互いに異なる種類の樹脂薄膜が積層されてなる複層構造としても良い。また、有機高分子薄膜16をポリユリア樹脂薄膜にて構成する場合にも、かかるポリユリア樹脂薄膜が、芳香族ポリユリア樹脂薄膜であっても、脂肪族ポリユリア樹脂薄膜であっても良い。
【0041】
有機高分子薄膜16は、樹脂ガラス10全体の透明性を確保する上で、透明性を有する樹脂薄膜にて構成されていることが、望ましい。しかしながら、たとえ透明性を有していなくとも、膜厚が十分に薄くされること等によって光透過性が発揮される樹脂薄膜は、有機高分子薄膜16として十分に使用可能である。なお、この有色の樹脂薄膜には、金属錯体等の顔料の含有によって有色とされるものも含まれる。
【0042】
一方、有機高分子薄膜16と共にハードコート層14を構成する無機薄膜18は、真空成膜プロセスによって、有機高分子薄膜16の樹脂基板12側とは反対側の面上に積層形成されている。この無機薄膜18は、酸化珪素薄膜からなっており、例えば、100nm〜20μm程度の膜厚を有している。
【0043】
このように、本実施形態の樹脂ガラス10においては、ハードコート層14の最外層(最上層)が酸化珪素薄膜からなる無機薄膜18にて構成されている。そのため、無機ガラスに匹敵する表面硬度が得られ、それによって、優れた耐摩耗性や耐擦傷性が確保され得る。そして、その結果、樹脂ガラス10が、ワイパーにて表面が擦られるフロントガラスやリヤガラス、或いは昇降ウインドウ用の窓ガラス等として、有利に適用可能となっている。
【0044】
無機薄膜18は、酸化珪素薄膜に、何等限定されるものではない。無機材料を用いた真空成膜プロセスによって形成される薄膜が、酸化珪素薄膜に代えて、無機薄膜18として採用可能である。例えば、窒化珪素、炭化珪素、酸化チタン、窒化チタン、酸化ジルコニウム、酸化インジウム錫、酸化インジウム、酸化錫、フッ化マグネシウム等の金属化合物からなる無機材料を用いた真空成膜プロセスによって形成される薄膜が、酸化珪素薄膜に代えて、無機薄膜18として採用され得る。それらの無機材料を用いて形成された無機薄膜18は、何れも、優れた耐摩耗性や耐擦傷性を発揮する。無機薄膜18は、必ずしも、単層構造とされている必要はない。従って、上記に例示されたものに酸化珪素を加えた各種の金属化合物の中から二種類以上のものを用いて、真空成膜プロセスを実施することにより、無機薄膜18を、二層以上の複層構造をもって形成しても良い。
【0045】
無機薄膜18は、有機高分子薄膜16と同様に、樹脂ガラス10全体の透明性を確保する上で、透明性を有していることが望ましい。しかしながら、膜厚が十分に薄くされること等によって光透過性が発揮されるのであれば、不透明であっても良い。
【0046】
ところで、かくの如き構造を有する樹脂ガラス10を製造する際には、例えば、以下のようにして、その作業が進められる。
【0047】
すなわち、先ず、ポリカーボネート樹脂を用いた射出成形を実施することにより、透明な樹脂基板12を成形して、準備する。樹脂基板12の成形手法としては、射出成形手法以外にも、板状の樹脂成形品の成形が可能な成形手法が、何れも採用可能である。
【0048】
次に、成形された樹脂基板12の平滑な表面13上に、有機高分子薄膜16を形成する。その際には、例えば、図2に示されるような有機高分子薄膜形成装置26が、用いられる。
【0049】
図2から明らかなように、有機高分子薄膜形成装置26は、成膜室28を有している。この成膜室28は、内部を密閉し得る耐圧容器からなっており、図示しない蓋部にて覆蓋可能な取出し口(図示せず)を有している。そして、この取出し口を通じて、樹脂基板12が出し入れされ得るようになっている。
【0050】
かかる成膜室28の上壁部には、排気パイプ30が接続されている。この排気パイプ30は、その先端において、電動式の真空ポンプ32に連結されており、その中間部には、成膜室内圧コントロールバルブ34が設けられている。この成膜室内圧コントロールバルブ34が開作動した状態で、真空ポンプ32が作動することにより、樹脂基板12が配置された成膜室28内が、真空状態(減圧状態)とされるようになっている。そして、その際に、成膜室28に取り付けられた圧力センサ(図示せず)にて検出される成膜室28の内圧が予め定められた設定値(目標値)となるように、成膜室内圧コントロールバルブ34が、図示しないコントローラによる制御の下で開閉作動し、以て、成膜室28の内圧(真空度)が調節されるようになっている。
【0051】
排気パイプ30上の成膜室内圧コントロールバルブ34と真空ポンプ32との間には、トラップ装置35が設置されている。このトラップ装置35は、公知の構造を有し、成膜室28内の空気中の水分や、後述する真空蒸着重合法による成膜操作によって生ずる水分、或いは成膜操作において余剰となった原料モノマー等を捕捉し得るようになっている。
【0052】
成膜室28の側部には、公知の構造を有するプラズマ発生装置36が設置されている。成膜室28の下側には、混合室42が、成膜室28と連通して、設けられている。この混合室42には、第一原料モノマー導入パイプ44aと第二原料モノマー導入パイプ44bと第三原料モノマー導入パイプ44cと第四原料モノマー導入パイプ44dとが、それぞれ接続されている。それら第一乃至第四原料モノマー導入パイプ44a〜44dの延長方向の中間部には、第一仕切りバルブ46aと第二仕切りバルブ46bと第三仕切りバルブ46cと第四仕切りバルブ46dとが、それぞれ設置されている。それら第一乃至第四仕切りバルブ46a〜46dは、図示しないコントローラの制御の下で、個別に且つ任意に開閉作動させられるようになっている。
【0053】
第一乃至第四原料モノマー導入パイプ44a〜44dの先端部には、第一蒸発源容器48aと第二蒸発源容器48bと第三蒸発源容器48cと第四蒸発源容器48dとが、それぞれ接続されている。それら第一乃至第四蒸発源容器48a〜48dは、何れも、耐圧容器からなっている。そのような第一乃至第四蒸発源容器48a〜48dの外周上には、各蒸発源容器48a〜48dの内側空間を加熱するためのヒータ50a,50b,50c,50dが、それぞれ配設されている。
【0054】
そして、第一乃至第四蒸発源容器48a〜48d内には、有機高分子薄膜16を形成する、第一原料モノマー52aと第二原料モノマー52bと第三原料モノマー52cと第四原料モノマー52dとが、液体の状態で、それぞれ収容されている。ここでは、第一蒸発源容器48a内に、第一原料モノマー52aとして、1,3−ビス(イソシアネートメチル)シクロヘキサンが、溶液の状態で、所定量だけ収容されている。第二蒸発源容器48b内には、第二原料モノマー52bとして、1,12−ドデカンジアミンが、溶液の状態で、所定量だけ収容されている。第三蒸発源容器48c内には、第三原料モノマー52cとして、メチレンビス(4−シクロヘキシルアミン)が、溶液の状態で、所定量だけ収容されている。第四蒸発源容器48d内には、第四原料モノマー52dとして、N−(2−アミノメチル)−3−アミノプロピルメチレンジメトキシシランが、溶液の状態で所定量だけ収容されている。なお、各蒸発源容器48a〜48dに収容される原料モノマー52a〜52dは、有機高分子薄膜16を構成する樹脂薄膜の種類によって、適宜に変更可能である。有機高分子薄膜16をポリユリア樹脂薄膜にて構成する場合にも、上記に例示された原料モノマー52a〜52d以外の種類の原料モノマー52a〜52dを、各蒸発源容器48a〜48d内に収容しても良い。
【0055】
かくして、有機高分子薄膜形成装置26においては、真空ポンプ32の作動時に、第一乃至第四仕切りバルブ46a〜46dが開作動することにより、第一乃至第四蒸発源容器48a〜48d内が、成膜室28や混合室42と共に真空状態とされるようになっている。また、内部が真空とされた第一乃至第四蒸発源容器48a〜48dが、第一乃至第四仕切りバルブ46a〜46dの閉作動下で、各ヒータ50a〜50dにてそれぞれ加熱されることによって、第一乃至第四蒸発源容器48a〜48d内に溶液の状態で収容された第一乃至第四原料モノマー52a〜52dが、蒸発して、蒸気となり、この蒸気となった第一乃至第四原料モノマー52a〜52dが、各蒸発源容器48a〜48d内の上部空間内と、各仕切りバルブ46a〜46dよりも各蒸発源容器48a〜48d側の各原料モノマー導入パイプ44a〜44d部分内とに、それぞれ収容されるようになっている。そして、コントローラの制御の下で、第一乃至第四仕切りバルブ46a〜46dの任意のものが開作動させられることにより、開作動した仕切りバルブ46a〜46dを有する原料モノマー導入パイプ44a〜44dが開放状態とされる。その際、開放状態とされた原料モノマー導入パイプ44a〜44dに接続する蒸発源容器48a〜48d内の原料モノマー52a〜52dの蒸気が、開放状態とされた原料モノマー導入パイプ44a〜44dを通じて、混合室42内や成膜室28内に導入されるようになっている。
【0056】
そして、このような構造とされた有機高分子薄膜形成装置26を用いて、樹脂基板12の表面13上に、有機高分子薄膜16を形成するには、先ず、図2に示されるように、有機高分子薄膜形成装置26の成膜室28内に、樹脂基板12を、表面13が、混合室42側に向けられるように配置する。このとき、樹脂基板12の表面13とは反対側の裏面に、公知の手法によりマスキングを施しておいても良い。
【0057】
次いで、第一乃至第四原料モノマー導入パイプ44a〜44d上に設けられた第一乃至第四仕切りバルブ46a〜46dを開作動させる。そして、その状態下で、真空ポンプ32を作動させて、成膜室28、混合室42、第一乃至第四原料モノマー導入パイプ44a〜44d、及び第一乃至第四蒸発源容器48a〜48dの内部を、それぞれ真空状態(減圧状態)とする。このような操作は、成膜室28内の圧力が、例えば、1×10-3〜1×10-1Pa程度となるまで行われる。
【0058】
そして、成膜室28内の圧力が所定の大きさとなったら、第一乃至第四仕切りバルブ46a〜46dの全てを閉作動させた後、第一乃至第四蒸発源容器48a〜48d内に収容された液状の第一乃至第四原料モノマー52a〜52dを、各ヒータ50a〜50dにて、80〜150℃程度にまで加熱する。これにより、第一乃至第四原料モノマー52a〜52dを蒸発させて、第一乃至第四蒸発源容器48a〜48d内で第一乃至第四原料モノマー52a〜52dの蒸気を発生させる。
【0059】
その後、第一乃至第四蒸発源容器48a〜48dのそれぞれの内圧を検出するのに、各蒸発源容器48a〜48dに設置された圧力検出センサ(図示せず)が予め設定された値となったら、図示しないコントローラによる作動制御の下で、先ず、第一仕切りバルブ46aと第二仕切りバルブ46bだけを開作動させる。これにより、第一蒸発源容器48a内で発生した第一原料モノマー52aの蒸気と、第二蒸発源容器48b内で発生した第二原料モノマー52bの蒸気とを、第一及び第二原料モノマー導入パイプ44a,44bを通じて、混合室42内に導入する。
【0060】
そして、第一原料モノマー52aの蒸気と第二原料モノマー52bの蒸気とを混合室42内で混合させつつ、成膜室28内に導入させて、樹脂基板12の表面13上に導く。そこで、それら第一原料モノマー52aと第二原料モノマー52bとを重合させる。
【0061】
引き続いて、第一仕切りバルブ46aと第二仕切りバルブ46bとを開作動させてから所定の時間(例えば、1分程度)が経過したら、第一仕切りバルブ46aは開作動させたままで、第二仕切りバルブ46bだけを閉作動させる。そして、それと同時に、第三仕切りバルブ46cを開作動させる。これにより、第三蒸発源容器48c内で発生した第三原料モノマー52cの蒸気を、第三原料モノマー導入パイプ44cを通じて、混合室42内に更に導入する。
【0062】
そして、第一原料モノマー52aの蒸気と第三原料モノマー52cの蒸気とを混合室42内で混合させつつ、成膜室28内に導入させて、樹脂基板12の表面13上に導く。そこで、それら第一原料モノマー52aと第三原料モノマー52cとを重合させる。
【0063】
その後、第一仕切りバルブ46aと第三仕切りバルブ46cとを開作動させてから更に所定の時間(例えば、1分程度)が経過したら、第一仕切りバルブ46aは開作動させたままで、第三仕切りバルブ46cだけを閉作動させる。それと同時に、第四仕切りバルブ46dを開作動させる。これにより、第四蒸発源容器48d内で発生した第四原料モノマー52dの蒸気を、第四原料モノマー導入パイプ44dを通じて、混合室42内に更に導入する。
【0064】
そして、第一原料モノマー52aの蒸気と第四原料モノマー52dの蒸気とを混合室42内で混合させつつ、成膜室28内に導入させて、樹脂基板12の表面13上に導く。そこで、それら第一原料モノマー52aと第四原料モノマー52dとを重合させる。
【0065】
これにより、樹脂基板12の表面13に対して、図1に示されるような構造、つまり、厚さ方向において組成が傾斜的に変化する構造を備えた有機高分子薄膜16を形成する。具体的には、厚さ方向における樹脂基板12側の下側部分20が、第一原料モノマー52aと第二原料モノマー52bとの重合物からなる組成を有し、その中間部分24が第一原料モノマー52aと第三原料モノマー52cとの重合物からなる組成を有し、その上側部分22が、第一原料モノマー52aと第四原料モノマー52dとの重合物からなる組成を有する有機高分子薄膜16を、真空蒸着重合により形成するのである。そして、第四仕切りバルブ46dを開作動させてから更に所定の時間(例えば、1分程度)が経過したら、それら第一仕切りバルブ46aと第四仕切りバルブ46dとを閉作動させる。これによって、有機高分子薄膜16の形成操作を終了する。
【0066】
その後、プラズマ発生装置36を作動させる。これにより、プラズマ発生装置36にて発生するプラズマを有機高分子薄膜16の表面に照射する。そうして、有機高分子薄膜16の表面改質を行う。つまり、有機高分子薄膜16に三次元架橋構造を導入して、有機高分子薄膜16、ひいては目的とする樹脂ガラス10の耐摩耗性や耐擦傷性を高めるのである。
【0067】
なお、そのような有機高分子薄膜16の表面改質操作は、有機高分子薄膜16に対するコロナ処理やUV処理、加熱処理等によっても実施可能である。また、有機高分子薄膜16の形成操作の開始に先立って、例えば、樹脂基板12の表面13に対するプラズマ処理やコロナ処理、UV処理、加熱処理等を、公知の手法に従って実施することにより、樹脂基板12の表面13のクリーニングや表面活性処理を行っても良い。
【0068】
上記の如き真空蒸着重合による有機高分子薄膜16の形成操作の前、形成操作中、或いは形成操作の終了後に、紫外線吸収剤や赤外線吸収剤を用いた真空成膜プロセスを実施しても良い。かかる真空成膜プロセスを、有機高分子薄膜16の形成操作の前又は後に実施することによって、樹脂基板12の表面13上か、或いは有機高分子薄膜16の樹脂基板12側とは反対側の面上に、紫外線吸収剤や赤外線吸収剤からなる薄膜が形成される。かかる真空成膜プロセスを、有機高分子薄膜16の形成操作中に実施することによって、有機高分子薄膜16の内部に、紫外線吸収剤や赤外線吸収剤が、原子や分子の状態で含有させられる。それらの結果として、樹脂基板12、ひいては樹脂ガラス10の耐候性の向上が、有利に図られ得ることとなる。
【0069】
有機高分子薄膜16の形成操作の前、形成操作中、或いは形成操作の終了後に、金属錯体等からなる顔料を用いた真空成膜プロセスを実施しても良い。かかる真空成膜プロセスを有機高分子薄膜16の形成操作の前又は後に実施することによって、樹脂基板12の表面13上か、或いは有機高分子薄膜16の樹脂基板12側とは反対側の面上に、着色層が形成される。かかる真空成膜プロセスを有機高分子薄膜16の形成操作中に実施することによって、有機高分子薄膜16の内部に、顔料が、原子や分子の状態で含有させられる。それらの結果として、樹脂ガラス10の表面を所望の色に容易に着色することが出来る。
【0070】
有機高分子薄膜16の形成操作の前、形成操作中、或いは形成操作の終了後に、シランカップリング剤を用いた真空成膜プロセスを実施しても良い。かかる真空成膜プロセスを有機高分子薄膜16の形成操作の前又は後に実施することによって、樹脂基板12の表面13上か、或いは有機高分子薄膜16の樹脂基板12側とは反対側の面上に、シランカップリング剤からなる薄膜が形成される。かかる真空成膜プロセスを有機高分子薄膜16の形成操作中に実施することによって、有機高分子薄膜16の内部に、シランカップリング剤が、原子や分子の状態で含有させられる。それらの結果として、樹脂基材12と有機高分子薄膜16との付着性や、有機高分子薄膜16と無機薄膜18との付着性が、効果的に高められ得る。
【0071】
なお、上記の如き紫外線吸収剤や赤外線吸収剤を用いた真空成膜プロセス、顔料を用いた真空成膜プロセス、シランカップリング剤を用いた真空成膜プロセスとしては、真空蒸着法、スパッタリング法、イオンプレーディング法、電子ビーム蒸着法、分子線エピタキシー法、イオン化蒸着法、パルスレーザー堆積法等のPVD法や、熱CVD法、ALE法、プラズマCVD法、MOCVD法等のCVD法が、例示され得る。
【0072】
そして、上述のようにして、樹脂基板12の表面13上に有機高分子薄膜16を形成したら、この有機高分子薄膜16上に無機薄膜18を積層形成する。この操作は、有機高分子薄膜16が表面13上に形成された樹脂基板12を、有機高分子薄膜形成装置26の成膜室28内に収容配置したままで、実施される。
【0073】
すなわち、第一仕切りバルブ46aと第四仕切りバルブ46dとを閉作動させて、有機高分子薄膜16の形成操作を終了したら、成膜室28内の真空状態を維持したままで、公知のプラズマCVD法を実施して、有機高分子薄膜16上に、酸化珪素薄膜からなる無機薄膜18を積層形成する。そして、樹脂基板12の表面13上に、有機高分子薄膜16と無機薄膜18とからなるハードコート層14を形成するのである。なお、図2には、プラズマCVD法による無機薄膜18の形成のために、成膜室28内に原料ガスを導入するための設備が省略されていることが、理解されるべきである。
【0074】
無機薄膜18を形成する際に実施される真空成膜プロセスは、例示のプラズマCVD法に限られるものではない。プラズマCVD法以外にも、スパッタリング法、真空蒸着法、分子線エピタキシー法、イオン化蒸着法、パルスレーザー堆積法等のPVD法や、熱CVD法、ALE法、MOCVD法等にCVD法が、例示され得る。
【0075】
このように、本実施形態の樹脂ガラス10にあっては、その製造に際して、有機高分子薄膜形成装置26の成膜室28内に、樹脂基板12が収容配置されたままで、真空蒸着重合とプラズマCVD等の真空成膜プロセスとが、乾式工程にて連続的に実施される。そして、それによって、有機高分子薄膜16と無機薄膜18とからなるハードコート層14が、樹脂基板12の表面13上に形成される。
【0076】
従って、本実施形態の樹脂ガラス10にあっては、樹脂基板12上に積層形成されたハードコート層14中の有機高分子薄膜16と無機薄膜18とによって、優れた耐候性が発揮され得ると共に、耐摩耗性や耐擦傷性が極めて有利に高められ得る。
【0077】
そして、本実施形態の樹脂ガラス10は、湿式の塗装工程と乾式の真空成膜プロセスとを別々の装置を用いて別個に実施して、有機塗膜と無機薄膜とからなるハードコート層が樹脂基板の表面上に形成されてなる従来の樹脂ガラスとは異なって、製造に際して、乾燥工程とそのための設備、更には成膜環境を清浄化するための設備等も省略され得る。その結果、生産サイクルが十分に短縮され得ると共に、製造コストの削減が効果的に図られ得る。
【0078】
また、かかる樹脂ガラス10では、ハードコート層14が有機塗膜を有しないところから、有機塗膜を有する従来品とは異なって、無機薄膜を真空成膜プロセスによって形成する際に、有機塗膜中からの脱ガスにより、真空排気に余分な時間が掛かるといった事態が生ずることも、有利に回避され得る。しかも、ハードコート層14には、付着性向上のためのプライマー層が何等設けられていない。これらによっても、生産性の向上とランニングコストや製造コストの低減とが効果的に図られ得る。
【0079】
本実施形態の樹脂ガラス10では、真空蒸着重合による有機高分子薄膜16の形成と同時に真空成膜プロセスを実施して、例えば、紫外線吸収剤や赤外線吸収剤等を有機高分子薄膜16中に含有させることが出来る。それによって、耐候性の更なる向上が、生産サイクルを長くすることなく、容易に実現可能となる。有機塗料中に紫外線吸収剤や赤外線吸収剤等を添加する場合、塗料として取り扱える状態を確保するために、紫外線吸収剤や赤外線吸収剤等の添加量が制限される。しかしながら、本実施形態では、塗料を使用しないため、そのような紫外線吸収剤や赤外線吸収剤等の使用量の制限がない。それ故、紫外線吸収剤や赤外線吸収剤等の十分な量の使用によって、耐候性の向上効果が、より有効に享受され得るのである。
【0080】
次に、前記実施形態の樹脂ガラス10が、上述したような優れた特徴を発揮するものであることを確かめるために、本発明者が行った各種の評価試験について、詳述する。
【0081】
先ず、公知の射出成形手法により、透明な平板からなる樹脂基材を成形して、準備した。その一方で、図2に示される如き構造を有する有機高分子薄膜形成装置を準備した。また、この有機高分子薄膜形成装置の第一蒸発源容器内に、1,3−ビス(イソシアネートメチル)シクロヘキサン溶液を収容し、第二蒸発源容器内に、1,12−ドデカンジアミン溶液を収容し、第三蒸発源容器内に、メチレンビス(4−シクロヘキシルアミン)溶液を収容し、第四蒸発源容器内に、N−(2−アミノメチル)−3−アミノプロピルメチレンジメトキシシラン溶液を収容した。なお、それら各蒸発源容器内に収容される各原料モノマーの量は、互いに同一の量とした。
【0082】
そして、先に詳述した、前記実施形態の樹脂ガラスの製造時に実施される真空蒸着重合操作と同様な操作を行って、樹脂基板上に有機高分子薄膜を形成した。即ち、先ず、有機高分子薄膜形成装置の真空ポンプを作動させて、成膜室内と各蒸発源容器内とを真空状態(減圧状態)とした。真空状態とされた成膜室内の圧力は、1×10-3〜1×10-1Paであった。次に、全ての蒸発源容器内を、一旦、密閉した後、それら各蒸発源容器内の原料モノマーを加熱し、蒸発させて、各蒸発源容器内に、原料モノマーの蒸気を発生させた。このときの原料モノマーの加熱温度は、80〜150℃とした。その後、各蒸発源容器の内圧が所定の値となったときに、第一蒸発源容器と第二蒸発源容器とを開放して、それら第一及び第二蒸発源容器内で発生した1,3−ビス(イソシアネートメチル)シクロヘキサンの蒸気と1,12−ドデカンジアミンの蒸気とを成膜室に導入し、樹脂基板の表面上で、1,3−ビス(イソシアネートメチル)シクロヘキサンと1,12−ドデカンジアミンを重合させた。引き続き、第一蒸発源容器と第二蒸発源容器の開放から1分経過後に、第二蒸発源容器を閉鎖すると同時に、第三蒸発源容器を開放して、第三蒸発源容器内で発生したメチレンビス(4−シクロヘキシルアミン)の蒸気を成膜室内に更に導入し、樹脂基板の表面上で、1,3−ビス(イソシアネートメチル)シクロヘキサンとメチレンビス(4−シクロヘキシルアミン)を重合させた。次いで、第三蒸発源容器の開放から1分経過後に、第三蒸発源容器を閉鎖すると同時に、第四蒸発源容器を開放して、第四蒸発源容器内とで発生したN−(2−アミノメチル)−3−アミノプロピルメチレンジメトキシシランの蒸気を成膜室内に更に導入し、樹脂基板の表面上で、1,3−ビス(イソシアネートメチル)シクロヘキサンとN−(2−アミノメチル)−3−アミノプロピルメチレンジメトキシシランを重合させた。その後、第四蒸発源容器の開放から1分経過後に、第一蒸発源容器と第四蒸発源容器をそれぞれ閉鎖して、真空蒸着重合操作を終了した。これにより、厚さ方向において組成が傾斜的に変化してなる構造の有機高分子薄膜を、樹脂基板の表面上に形成した。なお、ここで形成された有機高分子薄膜の厚さは、50μmであった。
【0083】
次に、有機高分子薄膜が表面に形成された樹脂基板を、真空状態とされた成膜室内に配置したままで、公知のプラズマCVD法により、酸化珪素からなる無機薄膜を、有機高分子薄膜の樹脂基板とは反対側の面上に積層形成した。ここで形成された無機薄膜の厚さは5μmであった。かくして、樹脂基板の表面上に、有機高分子薄膜と無機薄膜とからなるハードコート層が形成された、目的とする樹脂ガラスを得た。
【0084】
そして、上記のようにして得られた樹脂ガラスから試験片を切り出し、この試験片を用いて、光学特性、外観、常温下での付着性、冷熱サイクル下での付着性、耐摩耗性、耐温水性、耐湿性、耐熱性、促進耐候性、及び耐衝撃性の評価試験を行った。それらの結果を下記表1に示す。
【0085】
なお、各評価試験は以下のようにして実施した。
<光学特性>
JIS K 7105に準拠して実施した。
<外観>
目視により実施した。
<常温下での付着性>
JIS D 0202に準拠し、以下のようにして実施した。
試験片のハードコート層の表面にカッターナイフを垂直に当て、1mm角の碁盤目(1 00マス)を描き、接着強度0.44±0.05kgf/mmの接着テープを碁盤目の切削 を行った面に圧着した後、45°の角度で急激にテープを剥がした。
<冷熱サイクル下での付着性>
−18℃2H→23℃50%RH2H→80℃50%RH2Hを10サイクル行った 後に、付着性試験を、JIS D 0202に準拠して実施した。
<耐摩耗性>
ASTM D 1044に準拠し、以下のようにして実施した。
試験片をテーパ摩耗試験機に取り付けて、4.9Nの荷重で研磨した。
<耐温水性>
試験片を40℃の温水中に240時間浸漬後、JIS D 0202に準拠して、付 着性試験を実施した。
<耐湿性>
JIS R 3212に準拠し、以下のようにして実施した。
50±2℃、95%以上の恒温槽に2週間放置した後、付着性試験を行った。
<耐熱性>
試験片を80℃の雰囲気に168時間放置した後に、JIS D 0202に準拠し て、付着性試験を実施した。
<促進耐候性>
JIS R 3212に準拠し、以下のようにして実施した。
サンシャインカーボンアーク試験機を用い、ブラックパネル温度:63±3℃、48 分照射、12分照射と純水スプレーの60分サイクル、放置時間:1000時間の条 件で実施した。
<耐衝撃性>
JIS K 5400に準拠し、以下のようにして実施した。
23℃の環境下で、直径:38mmで227gの鋼球を2m(t>3.5mmは2.5m )の高さから落下させた。
【0086】
【表1】

【0087】
表1に示された結果から、真空蒸着重合によって形成された有機高分子薄膜と、真空成膜プロセスによって形成された無機薄膜とからなるハードコート層が樹脂基板の表面上に積層形成された、本発明に従う構造を有する樹脂ガラスが、優れた外観と高い付着性を有し、冷熱サイクルでクラックや剥離が生ずることがなく、そして、耐候性と耐摩耗性において優れた特性を発揮するものであることが、明確に認識され得る。
【0088】
以上、本発明の具体的な構成について詳述してきたが、これはあくまでも例示に過ぎないのであって、本発明は、上記の記載によって、何等の制約をも受けるものではない。
【0089】
例えば、前記実施形態では、樹脂基板12の一方の面からなる表面13のみに、ハードコート層14が形成されていた。しかしながら、かかるハードコート層14を、樹脂基板12の他方の面たる裏面のみに、或いは表面13と裏面の両方に形成しても良い。
【0090】
ハードコート層14は、少なくとも有機高分子薄膜16を有しておれば良い。従って、無機薄膜18を省略することも出来る。無機薄膜18が省略された樹脂ガラス10は、耐摩耗性や耐擦傷性が多少低下するが、例えば、ワイパーの作動や昇降による擦れ等が生じない部位(例えば、三角窓やサンルーフ)等として、十分に使用可能である。
【0091】
有機高分子薄膜16を単一組成を有するものにて構成しても良い。
【0092】
前記実施形態では、樹脂基板12に対する有機高分子薄膜16と無機薄膜18の形成が、有機高分子薄膜形成装置26の成膜室28内での連続工程によって実施されていた。しかしながら、樹脂基板12に対する有機高分子薄膜16の形成と、有機高分子薄膜16に対する無機薄膜18の積層形成とを、互いに独立した別個の装置や設備を用いた別々の工程で実施しても、何等差し支えない。
【0093】
樹脂基板12に対する有機高分子薄膜16の形成に際しては、例示された有機高分子薄膜形成装置26以外の装置や設備を用いることも出来る。
【0094】
加えて、本発明は、例示した自動車用窓ガラスとその製造方法以外に、無機ガラスの代替品として自動車に設置される全ての樹脂ガラス(例えば、太陽電池の表面パネルや各種のミラー用ガラス等)とその製造方法に対して、有利に適用可能である。また、自動車用樹脂ガラス以外にも、列車の窓、オートバイの防風フード、ヘルメットのバイザー、メガネレンズとそれらの製造方法に対しても適用可能である。
【0095】
その他、一々列挙はしないが、本発明は、当業者の知識に基づいて種々なる変更、修正、改良等を加えた態様において実施され得るものであり、また、そのような実施態様が、本発明の趣旨を逸脱しない限り、何れも、本発明の範囲内に含まれるものであることは、言うまでもないところである。
【符号の説明】
【0096】
10 樹脂ガラス 12 樹脂基板
14 ハードコート層 16 有機高分子薄膜
18 無機薄膜 26 有機高分子薄膜形成装置
28 成膜室


【特許請求の範囲】
【請求項1】
透明な樹脂基板の少なくとも一方の面上に、ハードコート層が積層形成されてなる自動車用樹脂ガラスであって、前記ハードコート層が、真空蒸着重合によって形成された有機高分子薄膜を含んで構成されていることを特徴とする自動車用樹脂ガラス。
【請求項2】
前記ハードコート層が、前記有機高分子薄膜と、該有機高分子薄膜の前記樹脂基板側とは反対側に、真空成膜プロセスによって積層形成された無機薄膜とを含む複層構造を有している請求項1に記載の自動車用樹脂ガラス。
【請求項3】
透明な樹脂基板を準備する工程と、
前記樹脂基板の少なくとも一方の面上に、有機高分子薄膜を、真空蒸着重合によって形成することにより、該有機高分子薄膜を含むハードコート層を、該樹脂基板の少なくとも一方の面上に積層形成する工程と、
を含むことを特徴とする自動車用樹脂ガラスの製造方法。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−116182(P2011−116182A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−273520(P2009−273520)
【出願日】平成21年12月1日(2009.12.1)
【出願人】(308013436)小島プレス工業株式会社 (386)
【Fターム(参考)】