説明

芳香族化合物の芳香環の位置選択的重水素化方法

【課題】芳香環を有する化合物が、ハロゲン原子又はその他の置換基を有している場合であっても、芳香環の特定の位置だけを水素化又は重水素化する方法を提供する。
【解決手段】芳香族ボロン酸を反応基質とし、水中又は重水中、アルカリ存在下で、後周期遷移金属を活性炭素に担持させた触媒を用いて加熱することにより、芳香環上の炭素−ホウ素結合だけを選択的に開裂させて水素又は重水素で置換された芳香族化合物を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重水素化された芳香族化合物の製造法に関するものであり、特に芳香環を位置選択的に重水素に置換する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
重水素化された化合物は、医療、農薬品、有機EL材料などの機能性材料の原料として、あるいは、反応機構や物質代謝の解析に用いられる標識化合物として有用であるとされている。
従来、こうした重水素化された化合物の製造法、特に芳香環を重水素化する方法については課題が多く、様々な方法が提案されている。
【0003】
たとえば、特許文献1では、反応基質にハロゲン化した芳香族化合物を用い、これを重水溶液中で、アルカリ金属炭酸塩及び/又はアルカリ土類金属炭酸塩存在下に、ニッケル−アルミ合金触媒、銅−アルミ合金触媒、コバルト−アルミ合金触媒等のラネー合金触媒で処理することにより、重水素化芳香族化合物が純度良く得ることができるとしている。
しかしながら、特許文献1の方法では、ハロゲン原子が導入された部分のみが重水素化され、芳香環自体は重水素化されないというものであるが、ハロゲン原子が導入された部分は全て重水素化されてしまうため、芳香族環上の特定のハロゲンのみが重水素に置換された、ハロゲン化芳香族化合物を得ることは困難である。
【0004】
また、特許文献2の方法は、特許文献1の方法では芳香環自体は重水素化されないという問題を解決するものであって、それぞれ芳香環を有する化合物、複素環を有する化合物等の反応基質を、水素ガス或いは重水素ガスと接触することにより活性化された、白金触媒、ロジウム触媒、ルテニウム触媒、ニッケル触媒及びコバルト触媒から選ばれる触媒の共存下に、重水素源として重水素化された溶媒を用いて反応させることにより、従来高温条件或いは酸塩基条件下等の過酷な条件でしか行うことのできなかった重水素化を、比較的低温かつ中性条件で行うことができるとしている。
これらの方法によれば、芳香環を有する化合物が、ハロゲン原子、或いは二トロ基、シアノ基等を置換基として有している場合であっても、該ハロゲン原子或いはこれらの置換基は、水素原子或いは重水素原子に置換されることなく、芳香環のみの重水素化が行われるものであるが、芳香環の一部を選択的に重水素に置換することは考慮されていない。
【0005】
また、非特許文献1には、ジハロベンゼン類を、乾燥テトラヒドロフラン中金属マグネシウムと反応させることによって生成した有機マグネシウム化合物を用いて、重水素化酢酸、重水素化メタノール等中で分解せしめることによる重水素化ハロベンゼンの合成法が報告されているが、合成実験操作上、反応溶媒、試薬、原料に充分な乾燥を必要とする禁水系の反応条件が必須であること、副生物の生成等により目的とするモノ重水素化ハロベンゼンの収率は低く、乾燥が不十分な場合には導入される重水素の含量が低下してしまうため実用的な方法ではなかった。
【0006】
さらに、非特許文献2には、フェニルボロン酸が水中150℃で加熱することにより84%の収率でベンゼンが得られることが報告されているが、40時間の反応時間を有し、有効な方法ではなかった。
【0007】
このように、標識体及びビルディングブロック等の種々の用途に有用であるとされている、重水素化された芳香族化合物は、その用途に応じて、芳香環にハロゲン原子やその他の置換基を有する様々な芳香族化合物が要求されるところ、従来技術においては、芳香環上のハロゲン原子やその他の置換基を維持したまま、特定の位置のみを触媒的に重水素化する方法については、未だ充分な方法がないのが現状である。
【特許文献1】特開平6−228014号公報
【特許文献2】国際公開第2004/011400号パンフレット
【非特許文献1】Journal of the American Chemical Society、78巻、601頁、1956年
【非特許文献2】Journal of Chemical Society、2171頁、1930年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、以上のような事情に鑑みてなされたものであって、芳香環を有する化合物が、ハロゲン原子又はその他の置換基を有している場合であっても、芳香環の特定の位置だけを重水素化する方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、芳香族ボロン酸を反応基質とし、重水中、アルカリ存在下で、後周期遷移金属を活性炭素に担持させた触媒を用いて加熱することにより、ハロゲン原子又はその他の置換基を有している場合であっても、芳香環上の炭素−ホウ素結合だけを選択的に開裂させ、重水を用いた場合において高選択的に重水素を導入でき、しかも炭素−ホウ素結合以外は反応することなく芳香環上に維持されるうえ、短時間、且つ高効率で、水素又は重水素で置換された芳香族化合物を得ることができるという知見を得た。
【0010】
本発明は、これらの知見に基づいて完成に至ったものであり、以下のとおりのものである。
(1)反応基質として芳香族ボロン酸を用い、重水中で、アルカリ存在下、後周期遷移金属を活性炭素に担持させた触媒を用いて加熱することにより、該芳香族ボロン酸の炭素−ホウ素結合だけを選択的に開裂させて芳香環に重水素を導入することを特徴とする、重水素で位置選択的に置換された芳香族化合物の製造方法。
(2)前記反応基質が、一般式(I)
【化1】

(式中、nは、0〜5の整数を表わし、Rは、それぞれ独立に、ハロゲン原子、アルキル基、アリール基、アルキルオキシ基、アリールオキシ基、及びニトロ基からなる群から選ばれる原子又は基を表わす。)で表される芳香族ボロン酸であって、一般式(II)
【化2】

(式中、n及びRは、一般式(I)中と同じものを表わす。)で表される芳香族化合物を製造する、(1)に記載の製造方法。
(3)前記後周期遷移金属が、パラジウム、白金、及びルテニウムから選ばれることを特徴とする(1)又は(2)に記載の製造方法。
(4)後周期遷移金属を活性炭素に担持させた後、アルカリ水溶液により処理して得られる触媒を用いることを特徴とする(1)〜(3)のいずれかに記載の製造方法。
(5)(1)〜(3)のいずれか1項に記載の、重水素で位置選択的に置換された芳香族化合物を製造するのに用いられる触媒であって、後周期遷移金属を活性炭素に担持した後、アルカリ水溶液により処理されていることを特徴とする触媒。
【発明の効果】
【0011】
本発明において、重水を用いることにより、芳香環にハロゲン原子又はその他の置換基を有する芳香族化合物であっても、ハロゲン原子やその他の置換基を維持したまま、位置選択的に高純度で重水を導入することが可能となり、種々の重水化芳香族化合物を、短時間で、且つ高効率で製造することができ、それにより、薬剤の体内動態等を検査するために有用な重水素標識体及びビルディングブロック等への提供の幅を広げることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明は、反応基質として芳香族ボロン酸を用い、重水中で、アルカリ存在下、後周期遷移金属を活性炭素に担持させた触媒を用いて加熱することにより、重水素で置換された芳香族化合物を製造するものである。
すなわち、例えば、下記の一般式(I)
【0013】
【化1】

(式中、nは、0〜5の整数を表わし、Rは、それぞれ独立に、ハロゲン原子、アルキル基、アリール基、アルキルオキシ基、アリールオキシ基、及びニトロ基からなる群から選ばれる原子又は基を表わす。)で表される芳香族ボロン酸を、重水中で、アルカリ存在下、後周期遷移金属を活性炭素に担持させた触媒を用いて加熱することにより、芳香環上の炭素−ホウ素結合だけが選択的に開裂され、選択的に重水素を導入することができるとともに、炭素−ホウ素結合以外は反応することなく芳香環上に維持され、下記の一般式(II)
【0014】
【化2】

(式中、n及びRは、一般式(I)中と同じものを表わす。)で表される、重水素で置換された芳香族化合物を高効率で得ることができる。
【0015】
本発明において、上記一般式(I)及び(II)中、Rは、アルキル基、アルケニル基、アリール基、アルキルオキシ基、アシル基、ハロゲン基、ニトロ基、シアノ基等が挙げられる。
また、本発明において用いられるアルカリとしては、NaOH、KOH、LiOH、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素カリウム等が用いられる。
また、本発明において用いられる水又は重水には、必要に応じてテトラヒドロフラン、ジオキサン等の有機溶媒を混合させた溶液を用いることができる。
【0016】
本発明において、前記炭素−ホウ素結合を選択的に開裂させるのに用いられる触媒は、後周期遷移金属を活性炭素に担持させた触媒である。
該後周期遷移金属としては、鉄、コバルト、ニッケル、銅、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム、白金が挙げられるが、好ましくは、パラジウム、白金、及びルテニウムが用いられる。
【0017】
また、本発明では、これらの後周期遷移金属を担持させる担体として、活性炭素を用いるものであり、該活性炭素に担持される後周期遷移金属の量は、重量比で1から20%、好ましくは1から5%である。
また、後周期遷移金属を活性炭素に担持させた触媒は、反応基質である芳香族ボロン酸に対して、反応基質に対して0.01モル%から10モル%であり好ましくは0.1から5モル%の量で用いられる。
【0018】
本発明では、アルカリ存在下、後周期遷移金属を活性炭素に担持させた触媒を用いることにより、芳香族ボロン酸の炭素−ホウ素結合を選択的に開裂させることができるが、本発明においては、更に、後周期遷移金属を活性炭素に担持させた触媒をアルカリ水溶液で処理して、活性化することが特に好ましい。
該アルカリ水溶液としては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ金属水酸化物、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等のアルカリ金属炭酸塩、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム等のアルカリ土類金属水酸化物等が用いられ、特に好ましくは、炭酸水素ナトリウムが用いられる。
該活性化処理は、後周期遷移金属を活性炭素に担持させた触媒を、アルカリ水溶液に入れ、加熱することにより行われ、該活性化処理により、活性炭素に固定されている後周期遷移金属は還元される。このときの加熱温度は、40℃から200℃であり、より好ましくは100℃から150℃である。
【0019】
本発明において、前記炭素−ホウ素結合を選択的に開裂させるのに必要な加熱は、50〜200℃であり、好ましくは100〜150℃で10分から3時間、好ましくは30分〜1時間である。
また、加熱手段としては、オイルバスを用いた加熱方法或いはマイクロ波を用いた加熱方法が用いられる。
【実施例】
【0020】
以下、本発明を実施例によってさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
(実験装置)
市販の耐圧ガラスチューブ、テフロン(登録商標)製セプタ、アルミキャップシール、テフロン(登録商標)で被覆された撹拌子、オイルバス、マグネティックスターラー、CEM社製マイクロハフォーカスド化学合成装置を使用した。
【0021】
(実施例、比較例で使用した原料、触媒等)
水(イオン交換処理したもの)
重水(大陽日酸株式会社製、重水素純度99%)
活性炭素(クラレコール社製、GC、比表面積1000平米/g、粒径60メッシュ)
ビス(アセチルアセトナート)パラジウム(和光純薬工業(株)社製、純度95%)
フェニルボロン酸他各種誘導体及び炭酸水素ナトリウム、水酸化カリウムは市販(和光純薬工業(株)社製、純度95%以上、1級または特級)のものをそのまま使用し、再結晶等の前処理等は行わなかった。
【0022】
(実施例、比較例で使用した分析装置)
ガスクロマトグラフィー分析は、(株)島津社製GC−2014を用い、FIDディテクターにて検出し内部標準として用いたエチルベンゼンをもとに作成した検量線から定量を行った。
ガスクロマトグラフィー−質量分析は、日本電子(株)社製SUN200を用いた。イオン化法は電子衝撃法を使用しイオン化電圧は70eVであった。
【0023】
(触媒調整)
減圧下充分に乾燥させた0.5グラムの活性炭素と、0.072gのビス(アセチルアセトナート)パラジウムをガラス容器中に入れ、容器内を窒素置換した後、これを予め180℃に加熱したオイルバスに1時間浸漬した。淡黄色のビス(アセチルアセトナート)パラジウムは消失し、活性炭素に担持されたことを確認し反応を終了した。得られた黒色物質の光電子分光分析によりパラジウムが活性炭素に固定化されていることを確認した。固定化されたパラジウムの重量は5wt%、原子価は2価であり、還元された0価のパラジウムは認められなかった。以下、本物質を「Pd(II)/C」とする。
【0024】
(触媒活性化)
50mgのPd(II)/Cと2mLの1M炭酸水素ナトリウム水溶液を耐圧ガラス容器に入れ、テフロン(登録商標)製セプタ、アルミキャップシールしたのち150℃にて1時間加熱した。得られた黒色固体を濾別、乾燥後、光電子分光分析から、活性炭素上に固定化されていたパラジウムは0価に還元され、パラジウム2価は観測されなかった。以下、本物質を「Pd(0)/C」とする。
【0025】
(参考例1)
121.9mg(1.0mmol)のフェニルボロン酸、50mgの5wt%Pd(0)/C、及び2mlの1M炭酸水素ナトリウム水溶液を耐熱ガラスチューブに入れ、セプタムキャップを用いて密閉状態とした。この耐熱ガラスチューブを、150℃に設定しておいたオイルバスで30分間加熱撹拌した。反応終了後、耐熱ガラスチューブが冷却してから、エチルベンゼン(ガスクロ分析用内部標準)を加え、ジエチルエーテルで抽出した。
抽出液をガスクロマトグラフィーを用いて分析し、99%以上の収率でベンゼンが生成していることを確認した。
【0026】
(参考例2)
マイクロ波加熱を用いて以外は実施例1と同様の反応を行い、99%以上のベンゼンの生成を確認した。
【0027】
(参考例3)
1Mの水酸化カリウム水溶液を使用した以外は実施例1と同様の操作を行い、99%以上のベンゼンの生成を確認した。
これらの参考例1ないし3から、芳香環上の炭素−ホウ素結合だけを選択的に開裂させ、高選択的に水素を導入して、水素で置換された芳香族化合物を得ることができたことがわかる。
【0028】
(実施例1)
1Mの炭酸水素ナトリウム重水溶液を使用した以外は参考例1と同様の操作を行い、99%以上のモノ重水素化ベンゼンの生成を確認した。得られた重水素化ベンゼンの重水素化率をGC−MSから計算したところ重水素化率は90%以上であった。
【0029】
(実施例2)
2−クロロフェニルボロン酸を原料に用いた以外は実施例1と同様の操作を行い、91%の収率で2−重水素化クロロベンゼンを得た。
得られた2−重水素化クロロベンゼンのプロトンNMRの結果を図1の下段に示す。図の上段は、比較用に用いたクロロベンゼンのプロトンNMRの結果である。
【0030】
(実施例3)
1MのKOH重水溶液を用いた以外は実施例2と同様の操作を行い、73%の収率で2−重水素化クロロベンゼンを得た。
【0031】
(実施例4)
3−クロロフェニルボロン酸を原料に用いた以外は実施例1と同様の操作を行い79%の収率で3−重水素化クロロベンゼンを得た。
得られた3−重水素化クロロベンゼンのプロトンNMRの結果を図2の下段に示す。図の上段は、比較用に用いたクロロベンゼンのプロトンNMRの結果である。
【0032】
(実施例5)
4−クロロフェニルボロン酸を原料に用いた以外は実施例1と同様の操作を行い67%の収率で4−重水素化クロロベンゼンを得た。
得られた4−重水素化クロロベンゼンのプロトンNMRの結果を図3の下段に示す。図の上段は、比較用に用いたクロロベンゼンのプロトンNMRの結果である。
【0033】
(実施例6)
3−フルオロフェニルボロン酸を原料に用いた以外は実施例1と同様の操作を行い81%の収率で3−重水素化フルオロベンゼンを得た。
【0034】
(実施例7)
4−フルオロフェニルボロン酸を原料に用いた以外は実施例1と同様の操作を行い88%の収率で4−重水素化フルオロベンゼンを得た。
【0035】
(実施例8)
2−メチルフェニルボロン酸を原料に用いた以外は実施例1と同様の操作を行い、ほぼ100%の収率で2−重水素化トルエンを得た。
【0036】
(実施例9)
4−メチルフェニルボロン酸を原料に用いた以外は実施例1と同様の操作を行い、95%の収率で4−重水素化トルエンを得た。
【0037】
(実施例10)
2−ホルミルフェニルボロン酸を原料に用いた以外は実施例1と同様の操作を行い、51%の収率で2−重水素化ベンズアルデヒドを得た。
【0038】
(実施例11)
4−ホルミルフェニルボロン酸を原料に用いた以外は実施例1と同様の操作を行い、34%の収率で4−重水素化ベンズアルデヒドを得た。
【0039】
(実施例12)
2−アセチルフェニルボロン酸を原料に用いた以外は実施例1と同様の操作を行い、53%の収率で2−重水素化アセトフェノンを得た。
得られた2−重水素化アセトフェノンのプロトンNMRの結果を図4の下段に示す。図の上段は、比較用に用いたアセトフェノンのプロトンNMRの結果である。
【0040】
(実施例13)
4−トリフルオロメチルフェニルボロン酸を原料に用いた以外は実施例1と同様の操作を行い、57%の収率で4−重水素化トリフルオロメチルベンゼンを得た。
【0041】
(実施例14)
4−メトキシフェニルボロン酸を原料に用いた以外は実施例1と同様の操作を行い、90%の収率で4−重水素化アニソールを得た。
得られた4−重水素化アニソールのプロトンNMRの結果を図5の下段に示す。図の上段は、比較用に用いたアニソールのプロトンNMRの結果である。
【0042】
(実施例15)
4−メトキシカルボニルフェニルボロン酸を原料に用いた以外は実施例1と同様の操作を行い、10%の収率で4−重水素化安息香酸メチルを得た。
【0043】
(実施例16)
3−ニトロフェニルボロン酸を原料に用いた以外は実施例1と同様の操作を行い、47%の収率で3−重水素化ニトロベンゼンを得た。
得られた3−重水素化ニトロベンゼンのプロトンNMRの結果を図4の下段に示す。図の上段は、比較用に用いたニトロベンゼンのプロトンNMRの結果である。
【0044】
(比較例1)
121.9mg(1.0mmol)のフェニルボロン酸、及び2mlの純水を耐熱ガラスチューブに入れ、セプタムキャップを用いて密閉状態とした。この耐熱ガラスチューブを、150℃に設定しておいたオイルバスで30分間加熱撹拌した。反応終了後、耐熱ガラスチューブが冷却してから、エチルベンゼン(ガスクロ分析用内部標準)を加え、ジエチルエーテルで抽出した。抽出液のガスクロマトグラフィー分析からベンゼンの生成は認められず、水相から原料のフェニルボロン酸を回収するのみであった。
【0045】
(比較例2)
純水の代わりに2mlの1M炭酸水素ナトリウムを使用した以外は比較例1と同様の操作を行った。5%のベンゼンの生成が認められたが残りの部分は原料回収であった。
【0046】
(比較例3)
比較例1に、50mgのPd(II)/Cを加えて操作を行ったところ20%のベンゼンの生成が認められたが残りの部分は原料回収であった。
【0047】
(比較例4)
純水の代わりに重水を用いた以外は比較例3と同様の操作を行い、15%の収率で重水素化ベンゼンを得たが、残る85%は原料回収であった。
【0048】
(比較例5)
比較例1に、50mgのPd(0)/Cを加えて操作を行ったところ32%のベンゼンの生成が認められたが残りの部分は原料回収であった。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明の製造方法で得られる重水素芳香族化合物は、薬剤の体内動態等を検査するために有用な重水素標識体及びビルディングブロック、或いは残留農薬検査、水質検査用サロゲートとして有用である。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】実施例2で得られた2−重水素化クロロベンゼンとクロロベンゼンのプロトンNMRの比較結果を示す図。
【図2】実施例4で得られた3−重水素化クロロベンゼンとクロロベンゼンのプロトンNMRの比較結果を示す図。
【図3】実施例5で得られた4−重水素化クロロベンゼンとクロロベンゼンのプロトンNMRの比較結果を示す図。
【図4】実施例12で得られた2−重水素化アセトフェノンとアセトフェノンのプロトンNMRの比較結果を示す図。
【図5】実施例14で得られた4−重水素化アニソールとアニソールのプロトンNMRの比較結果を示す図。
【図6】実施例16で得られた3−重水素化ニトロベンゼンとニトロベンゼンのプロトンNMRの比較結果を示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
反応基質として芳香族ボロン酸を用い、重水中で、アルカリ存在下、後周期遷移金属を活性炭素に担持させた触媒を用いて加熱することにより、該芳香族ボロン酸の炭素−ホウ素結合だけを選択的に開裂させて芳香環に重水素を導入することを特徴とする、重水素で位置選択的に置換された芳香族化合物の製造方法。
【請求項2】
前記反応基質が、一般式(I)
【化1】

(式中、nは、0〜5の整数を表わし、Rは、それぞれ独立に、ハロゲン原子、アルキル基、アリール基、アルキルオキシ基、アリールオキシ基、及びニトロ基からなる群から選ばれる原子又は基を表わす。)で表される芳香族ボロン酸であって、一般式(II)
【化2】

(式中、n及びRは、一般式(I)中と同じものを表わす。)で表される芳香族化合物を製造する、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記後周期遷移金属が、パラジウム、白金、及びルテニウムから選ばれることを特徴とする請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
後周期遷移金属を活性炭素に担持させた後、アルカリ水溶液により処理して得られる触媒を用いることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の、重水素で位置選択的に置換された芳香族化合物を製造するのに用いられる触媒であって、後周期遷移金属を活性炭素に担持した後、アルカリ水溶液により処理されていることを特徴とする触媒。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−137911(P2009−137911A)
【公開日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−318292(P2007−318292)
【出願日】平成19年12月10日(2007.12.10)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構委託研究「革新的部材産業創出プログラム/新産業創造高度部材基盤技術開発・省エネルギー技術開発プログラム/革新的マイクロ反応場利用部材技術開発」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】