説明

蒸着方法及び蒸着装置

【課題】複数の基板に同時に蒸着するときに、複数の基板に均質な膜を成膜することができる真空蒸着方法及び蒸着装置を提供する。
【解決手段】この蒸着装置は、複数の基板3を保持する基板保持部材2と、基板3上に成膜される蒸着物質を保持する蒸着源4と、基板3面にガスイオンを放射するためのイオン銃5と、イオン銃5から照射されるガスイオンの放射方向D1を整流するための補正板6とを有している。そして、補正板6を調整することにより、基板保持部材2内のガスイオンの濃度分布を均一にすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオンアシスト法を用いた蒸着方法及び蒸着装置に関する。
【背景技術】
【0002】
眼鏡等に用いられる光学レンズには様々な機能が付与される。例えば、真空蒸着法により、基板(レンズ)表面に反射防止膜が成膜されることにより、反射防止機能を有する光学レンズが形成される。
【0003】
ところで、従来用いられてきた真空蒸着法の一つに、イオン銃を用いたイオンアシスト法があり、下記特許文献1においても、イオンアシスト法を用いて反射防止膜が成膜されている。イオンアシスト法とは、光学レンズ等の基板面に蒸着物質を蒸着する際に、基板面にイオン銃でガスイオン(及び中和のための同量の電子)を照射し、その運動エネルギーにより、基板上に蒸着物質を緻密に成膜する方法である。
【0004】
例えば、イオン銃から、プラズマ化された酸素(O)やアルゴン(Ar)等のガスイオンを、加速電極により加速させて基板面に放出することにより、蒸着物質が基板面に緻密に蒸着されるようになる。イオン銃から放出されるガスイオンの量は、基板の素材や蒸発源の材料により決定され、また、イオン銃の出力によっても決定される。
【特許文献1】特開2002−328201号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、このような真空蒸着法やイオンアシスト法を用いてレンズ等の基板表面に反射防止膜を蒸着する蒸着装置では、複数の基板が装着される大型のドームが真空容器内に配置されている。そして、ドーム内に装着された複数の基板に一度に蒸着膜が成膜される。大型のドーム内において、イオン銃でガスイオンを発生させる場合、ドームの内部でガスイオンの濃度の分布が異なる現象が生じる。そうすると、複数の基板を同時に蒸着する場合、それぞれの基板に蒸着される膜質は、ドーム内に配置された各基板の場所により、微妙に異なってくる。
【0006】
また、イオンアシスト法を用いて、基板上に蒸着膜を成膜する場合、複数の基板に対して、蒸着物質が均一な厚さで成膜されるように蒸着するには、イオンガスの濃度分布をドーム内において均等にする必要がある。
【0007】
また、従来、蒸着源から基板面に飛散する蒸着物質の量を調整する方法として、蒸着源に遮蔽板を設け、その遮蔽板の位置を調節することにより、蒸着物質の飛散する方向や量を調整する方法が用いられている。このように、蒸着源に遮蔽板が設けられた蒸着装置においてイオンアシスト法を用いる場合には、遮蔽板の位置によっても、ドーム内で放射されるガスイオンの濃度の分布が変わってきてしまうという問題もある。
【0008】
眼鏡等に用いられるレンズ(基板)に設けられる反射防止膜は、蒸着膜の各層が薄く成膜されるので、蒸着膜の特性のバラツキというのは、大きな問題となる。
【0009】
上述の点に鑑み、本発明は、複数の基板に同時に蒸着するときに、複数の基板に均質な膜を成膜することができる真空蒸着方法及び蒸着装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決し、本発明の目的を達成するため、本発明の蒸着方法は、複数の基板を基板保持部材に保持させる工程、イオン銃から放射されるガスイオンの放射方向を整流するための補正板を調節する工程、蒸着物質を保持した蒸着源から蒸着物質を基板面に蒸着する工程、蒸着物質を基板面に蒸着させると同時に、イオン銃から基板面にガスイオンを放射する工程とを有することを特徴とする。
【0011】
本発明の蒸着方法では、イオン銃の放射されるガスイオンの放射方向を整流するための補正板が調節されるので、基板保持部材内のガスイオンの濃度分布が均等にされる。
【0012】
また、本発明の蒸着装置は、複数の基板を保持する基板保持部材と、基板上に成膜される蒸着物質を保持及び昇華させる蒸着源と、基板面にガスイオンを放射するためのイオン銃と、イオン銃から放射されるガスイオンの放射方向を整流するための補正板とを有することを特徴とする。
【0013】
本発明の蒸着装置では、補正板により、イオン銃から放射されるガスイオンの放射方向が整流され、基板保持部材内のガスイオンの濃度分布が均等にされる。
また、本発明の蒸着装置では、補正板は、イオン銃の銃口付近に備えられる構成であることが好ましい。本発明において、銃口付近とは、銃口から放射されるガスイオンの放射方向に影響を及ぼすことができる程度の範囲内に定義されるものであり、銃口直上であって、銃口に近接する位置であってもよい。
また、本発明の蒸着装置では、補正板は可動式であることが好ましい。補正板を可動式とすることにより、補正板の位置を適宜調整することができる。
また、本発明の補正板は、非金属で構成されることが好ましく、特に、カーボンで構成されることが好ましい。補正板を非金属、特にカーボンで構成することにより、ガスイオン放射時に、補正板に由来するコンタミを防止することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、複数の基板に蒸着膜を同時に成膜する場合、蒸着膜の種類にかかわらず、その蒸着膜を均質な膜質とすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。
【0016】
図1に、本発明の一実施形態に係る蒸着装置の概略構成を示す。本実施形態例に係る蒸着装置1は、複数の基板3を保持する基板保持部材2と、基板3上に成膜される蒸着物質を保持する蒸着源4と、基板3面にガスイオンを放射するためのイオン銃5と、イオン銃5から照射されるガスイオンの放射方向D1を整流する補正板6とが真空容器7内に配置されて構成されている。
【0017】
まず、基板保持部材2は、例えばドーム型に構成され、そのドーム内部に、レンズ等の基板3を保持できる図示しないホルダが複数形成されている。図2は、基板保持部材2、蒸着源4、イオン銃5を上面から見たときの図である。本実施形態例における基板保持部材2においては、基板保持部材2中心部から外周部にかけて、基板3を保持できる位置が複数段、図1に示す例では5段に構成されている。そして、ドーム型の基板保持部材2は、ドーム型の凸面が上側となるように、真空容器7内上部に配置される。また、ドーム型の基板保持部材2の頂上部分には、駆動機構14が設けられており、複数の基板3を保持した基板保持部材2が、蒸着時に頂上部分を軸として旋回されるように構成されている。
【0018】
蒸着源4は、真空容器7内の下部に配置されており、基板保持部材2に保持された複数の基板3と対向するようになっている。なお、蒸着源4には所望の蒸着物質が1種あるいは必要に応じて数種類保持される。蒸着源4に保持された蒸着物質は、図示しない加熱機構によって昇華され、基板3面に向って飛散される。加熱機構としては、抵抗加熱や電子銃等が用いられる。また、本実施形態例においては、蒸着源4の直上に遮蔽膜9が形成されており、この遮蔽膜9により蒸着物質の飛散方向D2や、飛散する蒸着物質の量が調整されるようになっている。この遮蔽膜9は、例えば図2の矢印a2方向に移動可能な構成とされ、蒸着源4に保持された蒸着物質の材料に応じて、その遮蔽面積が調整される。この遮蔽膜9により、各基板3に蒸着される蒸着膜の膜厚分布を制御することができる。
【0019】
また、イオン銃5は、蒸着源4と同様に、真空容器7内の下部に配置されており、基板保持部材2に保持された基板3と対向する位置に、銃口5aが真空容器7内に臨むように設置されている。イオン銃5には、酸素(O)やアルゴン(Ar)等の導入ガスをプラズマ化し、正イオンからなるガスイオンを発生するためのRF電源12と、ガスイオンを加速して放射するためのDC電源13とが接続されている。本実施形態例におけるイオン銃5は、例えば、銃口5aの直径が約250mmのものを用いる。
【0020】
そして、イオン銃5から放射されるガスイオンの放射方向を整流する補正板6は、ガスイオンの放射軌道や放射角度に影響を及ぼすことのできる範囲内で、配置する位置やその形状が決定される。本実施形態例においては、補正板6は、銃口5aの一部を覆うことができる程度の大きさの板で構成され、銃口5a付近、たとえば、銃口5aの直上に100〜150mmの位置となるように構成される。また、本実施形態例の補正板6は可動式とされ、適宜、補正板6の位置を調整することにより、イオン銃5から放射されるガスイオンの放射方向D1を整流することができる。
【0021】
ここで、本実施形態例に用いられる可動式の補正板6は、エアシリンダー10の回転駆動力により可動される。本実施形態例において、補正板6は、支持部11に回動可能に取り付けられており、支持部11は、真空容器7の外側の大気圧領域にまで延長されている。支持部11の下部は、補正板6の回転駆動力となるエアシリンダー10に接続されている。そして、エアシリンダー10には、制御駆動回路8が接続される。
本実施形態例では、この制御駆動回路8からの制御信号により、エアシリンダー10が駆動され、補正板6が支持部に対して回動することにより、補正板6の位置が調節されるようになっている。
【0022】
図3に、本実施形態例の補正板6を上面から見たとき概略構成を示すとともに、補正板6がエアシリンダー10により駆動されたときの概略構成を破線で示す。本実施形態例では、エアシリンダー10による回転駆動力によって、補正板6が支持部11に対して、矢印a1で示すように回動し、補正板6の位置が調節される。
【0023】
図3に示すように、補正板6の位置が調節されることにより、基板3面に向って露出されるイオン銃5の銃口5aの面積が変化する。そして、このような補正板6を設けて、その位置を調整することにより、イオンガスの放射方向D1(図1参照)を制御し、ドーム内のイオンガス濃度の分布を均一にすることができる。
【0024】
イオン銃5から放射されるガスイオンの濃度は、イオン銃5の銃口5a付近で最も高濃度となるが、ガスイオンが放射される部分、特に、イオン銃5の銃口5a付近に補正板6を備えることにより、ガスイオンの放射軌道、放射角で決定される放射方向D1の制御を容易に行うことができる。
【0025】
また、補正板6の位置を調節して、ガスイオンの放射方向D1を整流することにより、基板保持部材2に保持された複数の基板3に選択的にガスイオンを放射することもできる。更に、イオン銃5の銃口5a付近に補正板6を備えることにより、補正板6をより小型化することができる。
また、銃口5a付近に補正板6を備える場合は、蒸着源4から飛散される蒸着物質の飛散行路を妨げることがない。
【0026】
補正板6がアルミやステンレス等の金属で構成される場合、ガスイオンによるスパッタリング現象が生じ、蒸着物質以外の物質により、コンタミ(Contaminationの略:汚染物のこと)が発生してしまう。真空蒸着を行う場合、このように発生するコンタミは、蒸着膜の膜質が悪化する原因となる。
本実施形態例では、補正板6をイオン衝撃に対して強い非金属で構成することにより、スパッタリング現象の発生を効果的に抑制することができる。そしてこのように、補正板6を非金属で構成する例は、補正板6がガスイオンの放射強度が強い領域、例えばイオン銃5の銃口5aに備えられている場合に特に効果的である。
【0027】
また、補正板6を非金属で構成する例の中でも特に、カーボンにより構成することが好ましい。カーボンは、ガスイオンに対する耐性が極めて強い。このため、カーボンで補正板6を形成することにより、補正板6のスパッタリング現象をより確実に抑制することができる。
【0028】
以上のような構成の蒸着装置1において、蒸着源4に保持された蒸着物質が加熱機構により昇華され、基板保持部材2に保持された複数の基板3面に蒸着膜が成膜される。そして、同時に、イオン銃5からガスイオンを基板3面に向って放射することにより、蒸着膜が複数の基板3面に緻密に成膜される。
本実施形態例では、遮蔽膜9を制御して、蒸着源4の遮蔽面積を調節することで、飛散される蒸着量を制御することができ、その結果、基板3に成膜される蒸着膜の膜厚を調整することができる。また、補正板6の位置を調節して、ガスイオンの放射方向D1を適宜整流することにより、基板保持部材内2のガスイオンの濃度分布を均一にすることができる。その結果、基板保持部材2に保持された複数の基板3に均質な蒸着膜を成膜することができる。
【0029】
また、本実施形態例の蒸着装置1を用いて、眼鏡用の基板3上に反射防止膜を設ける場合は、例えば、低屈折率の蒸着物質として、二酸化珪素(SiO)、硅素とアルミニウムの混合酸化物等を用い、高屈折率の蒸着物質として酸化ジルコニウム(ZrO)、酸化タンタル(Ta)、酸化ニオブ(Nb)、酸化チタン(TiO)等を用いることができる。
本実施形態例の蒸着装置1において、材料の異なる蒸着物質を用いて、順に蒸着膜を成膜する際は、その蒸着物質毎に、遮蔽膜9及び補正板6の位置を調節して、基板3上に蒸着膜を成膜するようにする。
【0030】
以上の蒸着装置1を用いて、基板3上に蒸着膜を成膜したときの具体的な実験結果を、図4〜図8に示す。以下、図4〜図8に基づいて本実施形態例の蒸着装置1における補正板6の調整などについて説明する。
【0031】
まず、図4〜図7に、以下の成膜条件による測定結果を示す。
[成膜条件]
蒸着物質:酸化タンタル(Ta
蒸着源の加熱機構:電子銃
補正板の材料:カーボン
イオン銃のDC電源の出力:加速電圧400V、加速電流400mA、サプレッサ電圧400V、バイアス電流1500mA
ガス条件:酸素(O)ガス
ここで、蒸着源4直上に配置された遮蔽膜9は、酸化タンタル(Ta)用の配置とされる。すなわち、Taの飛散特性に合わせて、蒸着源4の遮蔽面積が調整され、各基板3表面に成膜されるTa膜の膜厚が制御されるように遮蔽膜9が配置される。
【0032】
図4に、上述に成膜条件において、補正板6を銃口5a上部の所定の位置に配置したときと、補正板6を銃口5a上部から外れる位置に配置したときの、イオン電流密度の測定結果及び、成膜されたTa膜の屈折率の測定結果を示す。図4は、基板保持部材2中心からの距離に対するイオン電流密度と、基板保持部材2中心からのそれぞれの距離に保持された基板3に成膜されたTa膜の屈折率を測定したものである。また、図4に示す屈折率は、波長480nmに対する屈折率を測定したものである。図4において、補正板6を銃口5a上部の所定の位置に配置した場合の測定値を実線で示し、補正板6を銃口5a上部から外れる位置に配置した場合の測定値を破線で示している。
【0033】
本実施形態例において、補正板6を銃口5a上部の所定の位置に配置する場合は、エアシリンダー10により支持部11を回転させて、銃口5a上部の所定の位置に補正板6を移動させればよく、また、補正板6を銃口5a上部から外れる位置に配置する場合は、エアシリンダー10により支持部11を回転させて、イオン銃5の銃口5a上に補正板6が重ならないように移動させればよい。補正板6を銃口5a上部から外れた位置に配置した場合は、放射されるガスイオンが補正板6に遮られることがない。また、補正板6を銃口5a上部の所定の位置に配置した場合は、放射されるガスイオンが、所定の方向に放射されるように制御される。
この実験においては、イオンガスの濃度分布はイオン電流密度として測定した。
【0034】
まず、この成膜条件において、補正板6を銃口5a上部から外れた位置に配置した場合についてみる。この場合、基板保持部材2のそれぞれの位置に保持された複数の基板3に成膜されたTa膜の屈折率は、基板保持部材2外周部分、例えば、中心部から数えて4段目、5段目に保持された基板3において急激に大きくなっていることがわかる。すなわち、基板保持部材2の中心部分に保持された基板3表面よりも、外周部分に保持された基板3表面に成膜されたTa膜のほうが大きな屈折率を有する結果となった。このときのイオン電流密度に関してみると、Ta膜の屈折率が大きくなった基板保持部材2の外周部分のイオン電流密度の方が、基板保持部材2中心部分のイオン電流密度よりも大きな値を有している。
【0035】
次に、補正板6を銃口5a上部の所定の位置に配置した場合についてみる。この場合は、イオン電流密度は、補正板6を銃口5a上部から外れた位置に配置した場合に比べ全体的に減少しているが、基板保持部材2外周部分においても減少している。そして、基板保持部材2のそれぞれの位置に保持された複数の基板3に成膜されたTa膜の屈折率分布は、それぞれほぼ一定の値を有している。
【0036】
図5に、図4に示したグラフを基板保持部材2内のイオン電流密度とTa膜の屈折率分布の関係に変換したグラフを示す。図5から、蒸着物質としてTaを用いた場合は、イオン銃5の銃口5aに補正板6を用いた場合において、基板保持部材2内のイオン電流密度の値のバラツキが小さく、かつ、複数の基板3上に成膜された蒸着膜の屈折率の分布がほぼ一定になることがわかる。これに対し、イオン銃5の銃口5aに補正板6を用いなかった場合においては、基板保持部材2内のイオン電流密度の値のバラツキが大きく、かつ、屈折率の分布が安定していないことがわかる。
【0037】
図6は、補正板6を銃口5a上部から外れた位置に配置した場合において、基板3に成膜されたTa膜の反射率の測定結果を示したものであり、横軸に波長、縦軸に反射率を示す。また、図7は、補正板6を銃口5a上部の所定の位置に配置した場合において、基板3に成膜されたTa膜の反射率の測定結果を示したものであり、横軸に波長、縦軸に反射率を示す。
【0038】
図6及び図7においては、それぞれ基板保持部材2の中心部(以下、1段目)に保持された基板3の反射率r1から、最外部(以下、5段目)に保持された基板3の反射率r5までの段毎に反射率r1〜r5を測定しており、図6及び図7では、基板3が保持される設置位置による反射率の違いが読み取れる。
【0039】
図6からわかるように、補正板6を銃口5a上部から外れた位置に配置した場合においては、基板保持部材2の5段目に保持された基板3の反射率r5が全波長において最も高く、次いで4段目に保持された基板3の反射率r4が高い。そして、1段目の基板3の反射率r1が最も低い結果となっている。そして、基板3が保持された段、すなわち、基板保持部材2の中心からの距離によって、反射率r1〜r5でバラツキが見られる。
【0040】
一方で、図7からわかるように、補正板6を銃口5a上部の所定の位置に配置した場合においては、1段目〜5段目に保持された基板3間の反射率r1〜r5のバラツキが、図6に示した場合に比較して抑制されている。すなわち、イオン銃5の銃口5a上部の所定の位置に補正板6を配置した場合には、1段目の基板3から5段目の基板3にかけて、その表面に成膜されたTa膜の反射率r1〜r5のバラツキが若干変化するものの、補正板6を銃口5a上部から外れた位置に配置した場合よりも、反射率r1〜r5のバラツキが顕著に改善されていることがわかる。
【0041】
図4〜図7に示す結果から、基板3にTa膜を形成する場合においては、補正板6を銃口5a付近の所定の位置に配置した場合に、イオン電流密度が基板保持部材2内で安定した値を有するようになることがわかる。そして、その結果、基板保持部材2に保持された複数の基板3に、同程度の屈折率を有する均質なTa膜を成膜することができる。
【0042】
次に、図6に、以下の成膜条件による測定結果を示す。
[成膜条件]
蒸着物質:二酸化珪素(SiO
蒸着源の加熱機構:電子銃
補正板の材料:カーボン
イオン銃のDC電源の出力:加速電圧400V、加速電流400mA、サプレッサ電圧400V、バイアス電流1500mA
ガス条件:酸素(O)ガス
ここで、蒸着源4の直上に配置された遮蔽膜9は、SiO用の遮蔽膜である。すなわち、SiOの飛散特性に合わせて、蒸着源4の遮蔽面積が調整されており、各基板3表面に成膜されるSiO膜の膜厚が制御されるように構成されている。
【0043】
図8に、上述に成膜条件において、補正板6を銃口5a上部の所定の位置に配置したときと、補正板6を銃口5a上部から外れる位置に配置したときの、イオン電流密度の測定結果を示す。図8は、基板保持部材2中心からの距離に対するイオン電流密度を測定したものであり、補正板6を銃口5a上部の所定の位置に配置した場合の測定値を実線で示し、補正板6を銃口5a上部から外れる位置に配置した場合の測定値を破線で示している。
【0044】
本実施形態例において、補正板6を銃口5a上部の所定の位置に配置する場合は、エアシリンダー10により支持部11を回転させて、銃口5a上部の所定の位置に補正板6を移動させればよく、また、補正板6を銃口5a上部から外れる位置に配置する場合は、エアシリンダー10により支持部11を回転させて、イオン銃5の銃口5a上に補正板6が重ならないように移動させればよい。補正板6を銃口5a上部から外れた位置に配置した場合は、放射されるガスイオンが補正板6に遮られることがない。また、補正板6を銃口5a上部の所定の位置に配置した場合は、放射されるガスイオンが、所定の方向に放射されるように制御される。
この実験においては、イオンガスの濃度分布はイオン電流密度として測定した。
【0045】
図8からわかるように、蒸着物質としてSiOを用いた場合には、補正板6をイオン銃5の銃口5a上部の所定の位置に配置した場合よりも、補正板6を銃口5a上部から外れた位置に配置した場合のほうが、基板保持部材2内でのイオン電流密度の差異が小さいことがわかる。補正板6を銃口5a上部の所定の位置に配置した場合、特に、基板保持部材2の下段部分において、イオン電流密度の落ち込みが大きくなっていることがわかる。
【0046】
このように、蒸着物質としてSiOを用いた場合には、補正板6を銃口5a上部から外れた位置に配置した場合のほうが、補正板6を銃口5a上部の所定の位置に配置した場合に比べて、基板保持部材2内のイオン電流密度の差異が小さくなることがわかった。この実験において、成膜されるSiO膜の屈折率分布について測定されていないが、イオン電流密度の測定結果より、補正板6を銃口5a上部から外れた位置に配置した場合の方が、複数の基板3に、より均質なSiO膜が成膜される。
【0047】
以上の実験結果からわかるように、蒸着物質の材料により、基板保持部材2内のイオン電流密度(ガスイオンの濃度分布)が均一になるような補正板6の最適な位置は異なる。上述した実験結果では、蒸着物質にTaを用いた場合では、補正板6を銃口5a上部の所定の位置に配置した場合において、イオン電流密度が均一になり、蒸着物質にSiOを用いた場合では、補正板6を銃口5a上部から外れた位置に配置した場合、すなわち、補正板6を用いない場合の方が、イオン電流密度が均一になる。このような結果となるのは、蒸着物質の材料が異なることにより、蒸着源4に設置される遮蔽膜9の構成が異なることによるものであると考えられる。また、遮蔽膜9が用いられる場合に限らず、基板3の素材や、蒸着物質の材料により決定される必要なガスイオンの量、必要なガスイオンを放射するためのイオン銃5の出力の設定など、種々の条件によっても適当な補正板6の構成は変わるものである。すなわち、基板保持部材2内において、ガスイオンの濃度分布を均一にするために、用いられる蒸着物質や種々の条件とのバランスを取った上で、補正板6の位置を調整する必要がある。
【0048】
また、上述の実験では、補正板6を銃口5a上部の所定の位置に配置する場合と、補正板6を銃口5a上部から外れた位置に配置する場合の、2通りの配置条件から、効果的な補正板6の配置条件を見たが、2通りの配置条件に限られるものではない。すなわち、補正板6が配置される位置は、基板保持部材2内のイオン電流密度、すなわちガスイオンの濃度分布が均一になるような位置であることが好ましく、その位置は適宜設定されるものである。本実施形態例の蒸着装置1では、補正板6は、支持部11に回動可能に取り付けられているので、補正板6の位置を細かく制御することができ、基板保持部材2内のイオン電流密度がより均一になるような位置に、補正板6を配置することができる。
【0049】
そして、本実施形態例の蒸着装置1では、制御駆動回路8からの制御信号により、適宜、補正板6の位置を調整することができる。このため、蒸着物質の材料を変えて蒸着膜を形成する場合においても、真空を保持した状態で補正板6の位置を調整することができ、成膜途中の基板3を大気に曝すことがない。
また、本実施形態例においては、蒸着源4直上に遮蔽膜9を構成する例を用いたが、遮蔽膜9が構成されない蒸着装置においても本発明の補正板を用いる構成は適応可能である。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明の一実施形態に係る蒸着装置の概略構成図である。
【図2】本発明の一実施形態に係る蒸着装置における基板保持部材を上面からみた図である。
【図3】本発明の一実施形態に係る蒸着装置における補正板の部分を上面からみた図である。
【図4】本発明の一実施形態に係る蒸着装置を用いた実験結果(その1)である。
【図5】本発明の一実施形態に係る蒸着装置を用いた実験結果(その2)である。
【図6】本発明の一実施形態に係る蒸着装置を用いた実験結果(その3)である。
【図7】本発明の一実施形態に係る蒸着装置を用いた実験結果(その4)である。
【図8】本発明の一実施形態に係る蒸着装置を用いた実験結果(その5)である。
【符号の説明】
【0051】
1・・蒸着装置、2・・基板保持部材、3・・基板、4・・蒸着源、5・・イオン銃、6・・補正板、8・・駆動制御回路、9・・遮蔽板、10・・エアシリンダー、11・・支持部、12・・RF電源、13・・DC電源、14・・駆動機構

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の基板を基板保持部材に保持させる工程と、
イオン銃から放射されるガスイオンの放射方向を整流するための補正板を調節する工程と、
蒸着物質を保持した蒸着源から蒸着物質を前記基板面に蒸着する工程と、
前記蒸着物質を前記基板面に蒸着すると同時に、イオン銃から基板面にガスイオンを放射する工程と、
を含むことを特徴とする蒸着方法。
【請求項2】
更に、前記基板面に蒸着する蒸着物質の蒸着量を調整するための遮蔽膜を調節する工程
を有することを特徴とする請求項1記載の蒸着方法。
【請求項3】
複数の基板を保持する基板保持部材と、
前記基板上に成膜される蒸着物質を保持する蒸着源と、
前記基板面にガスイオンを放射するためのイオン銃と、
前記イオン銃から放射されるガスイオンの放射方向を整流するための補正板と、
を備えることを特徴とする蒸着装置。
【請求項4】
前記補正板は、前記イオン銃の銃口付近に備えられている
ことを特徴とする請求項3記載の蒸着装置。
【請求項5】
前記補正板は、可動式である
ことを特徴とする請求項3又は4記載の蒸着装置。
【請求項6】
前記補正板は、非金属で構成されている
ことを特徴とする請求項3〜5のいずれか1項記載の蒸着装置。
【請求項7】
前記補正板は、カーボンで構成されている
ことを特徴とする請求項6記載の蒸着装置。
【請求項8】
前記蒸着源には、基板上に成膜される蒸着物質の蒸着量を調整する遮蔽膜が設けられている
ことを特徴とする請求項3〜7のいずれか1項記載の蒸着装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−179828(P2009−179828A)
【公開日】平成21年8月13日(2009.8.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−17822(P2008−17822)
【出願日】平成20年1月29日(2008.1.29)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】