説明

薄板状軸受部材の表面硬化処理方法

【課題】薄板状軸受部材の窒化処理方法として、薄板状軸受部材にシミが生じる不良品の発生率を効果的に低減できる方法を提供する。
【解決手段】複数の薄板状軸受部材を、互いに接触させず、板面が水平面以外の面に沿った状態で支持する治具に保持した状態で、脱脂工程、バリ取り工程、清浄化工程、窒化工程、冷却工程、洗浄工程、乾燥工程をこの順に行う。清浄化工程の最終処理を、水置換剤に浸漬する方法、水置換剤に浸漬した後に乾燥する方法、純水に浸漬する方法、純水に浸漬した後に乾燥する方法、シアン化合物の水溶液に浸漬する方法、およびシアン化合物の水溶液に浸漬した後に乾燥する方法のいずれかの方法で行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、薄板状軸受部材(一枚の薄板からなる薄板保持器、二枚の薄板からなる二枚保持器を構成する保持器用薄板部材、薄板状の軌道輪等)の表面硬化処理方法(窒化、浸炭、および浸炭窒化処理方法等)に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の環境性能向上や電動化に伴う静音化を目的として、自動車用のスラストニードル軸受およびラジアルニードル軸受に低騒音化、低トルク化が要求されている。そのため、スラストニードル軸受およびラジアルニードル軸受でニードル(針状ころ)を保持する保持器には、歪みが少ないことが求められている。このような保持器には、外観品質の安定および向上も求められている。
【0003】
スラストニードル軸受の保持器としては、鋼製の薄板をプレスにより所定形状に加工したもの(薄板保持器)が使用されている。薄板保持器は、中心穴を有する円板状で、板面に針状ころを配置する多数のポケットが形成され、周縁部や板面全体が折り曲げられた形状のものが多いため、洗浄工程で洗浄液が残り易く、乾燥工程での乾燥効率が低いものとなっている。これに伴って、薄板保持器の表面にはシミが発生し易い。
【0004】
また、鋼板のプレス成形により得られたプレス保持器は、高力黄銅製のもみ抜き保持器と比較してコストの点で有利であるが、摺動性および耐摩耗性の点では劣っている。そのため、窒化処理を施して保持器の表面に硬質な窒化物層を形成することにより、プレス保持器の摺動性および耐摩耗性を向上させることが行われている。
薄板保持器の窒化処理では、大量の保持器(二枚保持器の場合は保持器用薄板)を治具に取り付けて、脱脂工程とバリ取り工程と清浄化工程からなる前処理工程を行った後に窒化工程が行われる。バリ取り工程は、例えば、化学研磨液に浸漬する方法や超音波研磨法により行われる。清浄化工程は、例えば、水洗→酸洗→水洗→ブロワーによる水分吹き飛ばしの手順で行われる。そして、窒化工程では、通常、予熱後に窒化処理が行われ、その後に冷却、洗浄、乾燥の各工程が行われる。
【0005】
このような従来の薄板保持器の窒化処理方法では、窒化工程後の保持器に反りが生じたり、表面にシミが生じたりする不良品の発生率が高いため、不良品の発生率を0に近づけることが課題となっている。
特許文献1には、特定の鋼からなるプレス保持器の窒化処理を580℃以下で行うことが記載されている。また、窒化処理方法として、ガスまたは液体(塩浴)による窒化および軟窒化方法が例示されている。
【0006】
特許文献2には、転がり軸受の外輪、内輪、転動体に対する塩浴軟窒化処理の前後に洗浄工程を行うことや、塩浴軟窒化処理の後に冷却を行うことが記載されている。
特許文献3には、シアン含有塩浴剤により表面熱処理された鉄系部品の残留シアン濃度を少なくするために、水酸基を有するアルカリ性水溶液(例えば水酸化ナトリウム水溶液)で洗浄することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−48827号公報
【特許文献2】特開平6−341442号公報
【特許文献3】特開2004−27342号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
この発明の課題は、薄板保持器を含む薄板状軸受部材の表面硬化処理(窒化、浸炭、および浸炭窒化処理等の)方法として、薄板状軸受部材に反りやシミなどが生じる不良品の発生率を効果的に低減できる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、この発明は、複数の薄板状軸受部材を治具に取り付けた状態で、バリ取り工程と、バリ取り工程後の清浄化工程と、窒化、浸炭、および浸炭窒化のいずれかを行う表面硬化処理工程と、を行う薄板状軸受部材の表面硬化処理方法であって、前記治具として、複数の薄板状軸受部材を、互いに接触せず、板面が水平面以外の面に沿った配置となり、所定範囲で可動な状態に支持する治具を使用し、前記清浄化工程の最終処理を、水置換剤に浸漬する方法、水置換剤に浸漬した後に乾燥する方法、純水に浸漬する方法、純水に浸漬した後に乾燥する方法、シアン化合物の水溶液に浸漬する方法、およびシアン化合物の水溶液に浸漬した後に乾燥する方法のいずれかの方法で行うことを特徴とする薄板状軸受部材の表面硬化処理方法を提供する。
この発明の表面硬化処理方法によれば、複数の薄板状軸受部材を前記構成の治具に保持した状態で各工程を行うことと、前記いずれかの方法で前記清浄化工程を行うことにより、薄板状軸受部材にシミが発生し難くなる。
【0010】
この発明は、また、複数の薄板状軸受部材を治具に取り付けた状態で、脱脂工程、バリ取り工程、清浄化工程、窒化工程、冷却工程、洗浄工程、乾燥工程をこの順に行う薄板状軸受部材の窒化処理方法であって、前記治具として、複数の薄板状軸受部材を、互いに接触せず、板面が水平面以外の面に沿った配置となり、所定範囲で可動な状態に支持する治具を使用し、前記清浄化工程の最終処理を、水置換剤に浸漬する方法、水置換剤に浸漬した後に乾燥する方法、純水に浸漬する方法、純水に浸漬した後に乾燥する方法、シアン化合物の水溶液に浸漬する方法、およびシアン化合物の水溶液に浸漬した後に乾燥する方法のいずれかの方法で行うことを特徴とする薄板状軸受部材の窒化処理方法を提供する。
この発明の窒化処理方法によれば、複数の薄板状軸受部材を前記構成の治具に保持した状態で各工程を行うことと、前記いずれかの方法で窒化工程前の清浄化工程を行うことにより、薄板状軸受部材にシミが発生し難くなる。
【発明の効果】
【0011】
この発明の薄板状軸受部材の表面硬化処理方法および窒化処理方法によれば、薄板状軸受部材にシミが生じる不良品の発生率を効果的に低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】保持器用薄板部材の窒化処理方法の一実施形態(一例)を示す工程図である。
【図2】実施形態で窒化処理を行う保持器用薄板部材の形状を示す断面図である。
【図3】実施形態で使用する治具を示す正面図(a)と側面図(b)である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、この発明の一実施形態について説明する。
図1に示すように、この実施形態の窒化処理方法では、図2に示す形状の保持器用薄板部材(薄板状軸受部材)に対して、治具取付工程、脱脂工程、バリ取り工程、清浄化工程、予熱工程、窒化工程、冷却工程、洗浄工程、乾燥工程をこの順に行う。各工程は全て大気圧下で行う。
図2の保持器用薄板部材1は、中心穴11を有する円板状で、板面に針状ころ2を配置する多数のポケット12が形成されている。また、内周縁部13と外周縁部14が同じ向きに折り曲げられている。保持器用薄板部材1は、もう一枚の保持器用薄板部材1Aを内径加締め(または外径加締め)により結合して二枚保持器を構成する部材である。
【0014】
治具取付工程では、図3に示すように、複数の保持器用薄板部材1を治具に取り付ける。この治具は、複数の保持器用薄板部材1の中心穴11に貫通配置されて保持器用薄板部材1をつり下げ状態で支持する棒状のつり下げ部材3と、保持器用薄板部材1の両脇に配置されて板厚方向に延びる棒状の横移動制限部材4と、前後の保持器用薄板部材1の間に配置されて横方向に延びる棒状の前後離間部材5と、からなる。
この治具により、複数の保持器用薄板部材1は、互いに接触せず、板面が略鉛直面(水平面以外の面)に沿った配置となり、所定範囲(上下方向で中心穴11の直径の範囲、左右方向で2つの横移動制限部材4で制限された範囲、前後方向で2つの前後離間部材5の間)で可動な状態に支持される。
【0015】
脱脂工程では、複数の保持器用薄板部材1を治具に取り付けた状態で、アルカリ性脱脂液による処理を含む多段階の脱脂処理を行った後に水洗処理を行う。各段階の脱脂処理は、容器に入った処理液に保持器用薄板部材1を浸漬し、容器を揺動させることで行う。
バリ取り工程では、脱脂工程後の保持器用薄板部材1を治具に取り付けた状態のままで、酸洗と水洗を行った後、硫酸と過酸化水素をベースとして界面活性剤を含む化学研磨液に所定時間浸漬する。
【0016】
清浄化工程では、バリ取り工程後の保持器用薄板部材1を治具に取り付けた状態のままで、水洗、酸洗、水洗をこの順に行った後、下記の(1) 〜(6) のいずれかの方法で最終処理を行う。
(1) 保持器用薄板部材1を治具に取り付けた状態のままで、容器に入った水置換剤に浸漬し、容器を揺動させた後、容器内から取り出す。水置換剤として、灯油に界面活性剤が添加されている市販の水切り剤を使用する。
(2) 保持器用薄板部材1を治具に取り付けた状態のままで、容器に入った水置換剤に浸漬し、容器を揺動させた後、容器内から取り出して、温風乾燥、真空乾燥、スピン乾燥、バレル乾燥、吸引乾燥等の方法で乾燥する。水置換剤として、灯油に界面活性剤が添加されている市販の水切り剤を使用する。
(3) 保持器用薄板部材1を治具に取り付けた状態のままで、容器に入った純水に浸漬し、容器を揺動させた後、容器内から取り出す。
【0017】
(4) 保持器用薄板部材1を治具に取り付けた状態のままで、容器に入った純水に浸漬し、容器を揺動させた後、容器内から取り出して、温風乾燥、真空乾燥、スピン乾燥、バレル乾燥、吸引乾燥等の方法で乾燥する。
(5) 保持器用薄板部材1を治具に取り付けた状態のままで、容器に入ったシアン化合物の水溶液に浸漬し、容器を揺動させた後、容器内から取り出す。
(6) 保持器用薄板部材1を治具に取り付けた状態のままで、容器に入ったシアン化合物の水溶液に浸漬し、容器を揺動させた後、容器内から取り出して温風乾燥、真空乾燥、スピン乾燥、バレル乾燥、吸引乾燥等の方法で乾燥する。
【0018】
予熱工程では、清浄化工程後の保持器用薄板部材1を治具に取り付けた状態のままで、予熱炉に入れて、複数の保持器用薄板部材1の全てが所定温度となるまで加熱する。
窒化工程では、予熱工程後の保持器用薄板部材1を治具に取り付けた状態のままで、シアン化ナトリウムとシアン酸ナトリウムとの混合塩浴中に浸漬して、570〜650℃で所定時間加熱処理する(「タフトライド法」と称される塩浴軟窒化を行う)。
【0019】
冷却工程では、窒化工程後の保持器用薄板部材1を治具に取り付けた状態のままで、シアンイオン濃度が0.02mol/ l以上0.40mol/ l以下で、温度が50〜60℃に保持されたシアン化ナトリウム(シアン化合物)水溶液に浸漬して、複数の保持器用薄板部材1の全てが50〜60℃になるまで保持する。
洗浄工程では、冷却工程後の保持器用薄板部材1を治具に取り付けた状態のままで、温水に浸漬して超音波洗浄を行った後、多段階の温水洗浄を行う。
【0020】
乾燥工程では、洗浄工程後の保持器用薄板部材1を治具に取り付けた状態のままで、電気オーブンに入れて乾燥させる。
この実施形態の窒化処理方法によれば、複数の保持器用薄板部材1を図3に示す治具に取り付けた状態で、図1に示す前記各工程を行うことにより、保持器用薄板部材1に反りとシミが発生することを防止できる。
【0021】
また、清浄化工程の最終処理の違いによる効果を以下に示す。
(1) または(2) の方法で行った場合は、従来の方法(ブロワーによる水分吹き飛ばし)と比較して良好な表面状態が得られる。また、純水を用いた場合よりも表面が早く乾くため、次の工程への移動までの時間を短くできるという利点がある。
(3) または(4) の方法で行った場合は、不純物が含まれていない純水を用いることで、水道水を用いた場合と比較して良好な表面状態が得られる。
(5) または(6) の方法で行った場合は、シアン化合物の水溶液が有する防錆効果により、(1) 〜(4) の方法で行った場合と比較してさらに良好な表面状態が得られる。
【0022】
また、同じ処理液に浸漬した後に温風等により乾燥する方法としない方法との比較では、乾燥をしない場合には、次工程の予熱工程で予熱炉の耐火寿命を低下させるが、乾燥にかかる手間とコストがない。乾燥をする場合は、乾燥のためのコストと手間がかかるが、予熱炉の耐火寿命の点では有利であると言える。
なお、この実施形態では、複数の保持器用薄板部材1を板面が略鉛直面に沿った配置となる治具を用いているが、板面が斜めに配置される治具を用いてもよい。
【0023】
また、この実施形態では、冷却工程でシアン化ナトリウム水溶液を使用しているが、シアン化カリウム水溶液や、シアン化ナトリウムとシアン化カリウムの混合水溶液等を使用してもよい。
また、この実施形態では、窒化工程の前処理工程として、脱脂工程、バリ取り工程、清浄化工程をこの順に行い、窒化工程の後工程である冷却工程の後に、洗浄工程、乾燥工程をこの順に行う場合について説明しているが、バリ取り工程を窒化工程の前に行う場合でも、バリ取り工程後の清浄化工程の最終処理を前記(1) 〜(6) のいずれかの方法で行うことで、保持器用薄板部材1にシミが発生することを防止できる。
【0024】
また、この実施形態では、窒化工程で570〜650℃での塩浴軟窒化を行っているが、この発明の方法は、窒化工程としてガスによる窒化および軟窒化を行う場合や、窒化工程以外の浸炭工程および浸炭窒化工程を行う表面硬化処理方法にも適用される。
さらに、この実施形態の方法では、二枚保持器を構成する保持器用薄板部材を処理対象としているが、この発明の方法は、一枚の薄板からなる薄板保持器や薄板状の軌道輪等の薄板状軸受部材にも適用でき、治具を工夫することで薄板形状でない軸受部材にも応用できる。
【符号の説明】
【0025】
1 保持器用薄板部材(薄板状軸受部材)
11 保持器用薄板部材の中心穴
12 保持器用薄板部材のポケット
13 保持器用薄板部材の内周縁部
14 保持器用薄板部材の外周縁部
2 針状ころ
3 治具のつり下げ部材
4 治具の横移動制限部材
5 治具の前後離間部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の薄板状軸受部材を治具に取り付けた状態で、バリ取り工程と、バリ取り工程後の清浄化工程と、窒化、浸炭、および浸炭窒化のいずれかを行う表面硬化処理工程と、を行う薄板状軸受部材の窒化処理方法であって、
前記治具として、複数の薄板状軸受部材を、互いに接触せず、板面が水平面以外の面に沿った配置となり、所定範囲で可動な状態に支持する治具を使用し、
前記清浄化工程の最終処理を、水置換剤に浸漬する方法、水置換剤に浸漬した後に乾燥する方法、純水に浸漬する方法、純水に浸漬した後に乾燥する方法、シアン化合物の水溶液に浸漬する方法、およびシアン化合物の水溶液に浸漬した後に乾燥する方法のいずれかの方法で行うことを特徴とする薄板状軸受部材の表面硬化処理方法。
【請求項2】
複数の薄板状軸受部材を治具に取り付けた状態で、脱脂工程、バリ取り工程、清浄化工程、窒化工程、冷却工程、洗浄工程、乾燥工程をこの順に行う薄板状軸受部材の窒化処理方法であって、
前記治具として、複数の薄板状軸受部材を、互いに接触せず、板面が水平面以外の面に沿った配置となり、所定範囲で可動な状態に支持する治具を使用し、
前記清浄化工程の最終処理を、水置換剤に浸漬する方法、水置換剤に浸漬した後に乾燥する方法、純水に浸漬する方法、純水に浸漬した後に乾燥する方法、シアン化合物の水溶液に浸漬する方法、およびシアン化合物の水溶液に浸漬した後に乾燥する方法のいずれかの方法で行うことを特徴とする薄板状軸受部材の窒化処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−207267(P2012−207267A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−73513(P2011−73513)
【出願日】平成23年3月29日(2011.3.29)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】