説明

薬剤徐放性ステント

【課題】内皮細胞の増殖を阻害しない血管内膜肥厚抑制剤を担持するとともに該薬剤を徐放することのできるステントを提供する。
【解決手段】円筒形状のステント本体と、前記ステント本体表面を被覆している第1被覆層と、前記第1被覆層を実質的に完全に覆うように被覆している第2被覆層と、を具備しており、前記第1被覆層は、ポリマーと内皮細胞の増殖を阻害しない血管内膜肥厚抑制剤(好ましくは、アルガトロバン)とを含み、前記ポリマーと前記血管内膜肥厚抑制剤の重量構成比率が、ポリマー8〜3対血管内膜肥厚抑制剤2〜7の範囲にある第1組成物により形成されており、前記第2被覆層は、ポリマー単独により形成されているか、または、ポリマーと薬剤を含み、ポリマー80重量%に対する薬剤の重量構成比率が20重量%未満である第2組成物により形成されているステント。

【発明の詳細な説明】
【関連出願】
【0001】
本願は2007年9月4日出願の特願2007−228788の優先権を主張するものであり、その全体を参照により本出願の一部をなすものとして引用する。
【技術分野】
【0002】
本発明は、狭窄した血管系の処置に有用な薬剤徐放性のステント、その製造方法、およびステントからの薬剤の放出速度の調整方法に関する。さらに詳しくは、内皮細胞の増殖を阻害しない血管内膜肥厚抑制剤を担持したステント、その製造方法、およびステントからの薬剤の放出速度の調整方法に関する。
【背景技術】
【0003】
動脈硬化の進行により狭窄した動脈患部をバルーンカテーテルにより機械的に拡張し、その内腔に金属製ステントを留置して血流の回復を図るステント治療法が近年急速に普及し、患者にとって福音となっている。狭窄・閉塞により生命の危機に陥る可能性が高い冠動脈においては、ステントを留置しても、まもなく血管内膜が肥厚し、せっかくステント留置により確保された内腔が狭まり、再治療が必要となる確率が20〜30%に達する。そこでステント内狭窄を抑制するため、ステント表面に狭窄抑制効果が期待できる薬剤を担持させ、血管内で薬剤を徐々に放出させて狭窄を抑制する試みがなされ、シロリムス(免疫抑制剤)やパクリタキセル(抗がん剤)を使用した薬剤放出ステント(以下DESと称することがある)の実用化につながった。しかし、これらの薬剤は血管細胞(内皮細胞、平滑筋細胞)の細胞周期に作用して増殖を停止させる作用を有しているため、平滑筋細胞の過剰増殖による血管内膜肥厚を抑制するだけにとどまらず、ステント留置時に剥がれた内皮細胞の増殖も抑えてしまい、血管内壁の修復・治癒が遅れるという副作用が生ずる。血管内壁が内皮細胞で被覆されていない部分では血栓が発生しやすいことから抗血栓剤の服用を半年以上の長期間行わなければならず、また抗血栓剤を服用していても遅発性血栓症が発生し突然死する危険性がある。
【0004】
血管内へのステント留置からステント内狭窄に至る因果関係の最初に位置する事象は、「ステント留置の際の血管への傷害、特に内皮細胞への傷害」であり、次いで傷害部位での「血栓生成」、「白血球の血管への接着・浸潤」、「炎症」「平滑筋細胞の増殖」、「狭窄」の順に因果関係が成り立つとされている。そこで、「血栓生成」を抑制することが、狭窄抑制の有効な対策になるとの推測から、ヘパリン、ヒルジンなど抗血栓薬の薬剤放出ステントへの応用はその開発の初期段階に精力的に検討されたが、臨床での有効性は確認されなかった。シロリムスなパクリタキセルを使用した薬剤放出ステントが普及した今日、抗血栓薬をコーティングしたステントは少数派となっている。現在のところ、内皮細胞の増殖を阻害しない血管内膜肥厚抑制を担持した薬剤徐放性のステントは実用化されていない。
また一方、特許文献1にはアルガトロバン(抗血液凝固剤)とシロスタゾール(抗血小板剤)の両方の薬剤を放出するステントが実施例に記載されている。また、特許文献2にはリン酸緩衝液(pH7.4)中に3週間浸漬したアルガトロバンを含有するポリマーフィルムからの薬剤放出速度が記載されている。しかし、ステントに坦持された状態での顕著な内膜肥厚抑制効果は見出されるに至っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−190687
【特許文献2】WO2007/058190
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、内皮細胞の増殖を阻害しない血管内膜肥厚抑制剤を担持するとともに該薬剤を徐放することのできるステントおよびその製造方法を提供することである。
【0007】
また、本発明の他の目的は、ステントからの薬剤の放出速度の調整方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の第1の構成は、外表面と内表面とを有する円筒形状のステント本体と、前記ステント本体の少なくとも外表面を被覆している第1被覆層と、前記第1被覆層を実質的に完全に覆うように被覆している第2被覆層と、を具備しており、前記第1被覆層は、ポリマーと、内皮細胞の増殖を阻害しない血管内膜肥厚抑制剤とを含み、前記ポリマーと前記血管内膜肥厚抑制剤の重量構成比率が、ポリマー8〜3対血管内膜肥厚抑制剤2〜7の範囲にある第1組成物により形成されており、前記第2被覆層は、ポリマー単独により形成されているか、または、ポリマーと薬剤を含み、ポリマー80重量%に対する薬剤の重量構成比率が20重量%未満である第2組成物により形成されているステントである。
【0009】
上記の本発明において、「ステント」とは、血管や他の生体内の管腔が狭窄や閉塞した場合、当該狭窄部等を拡張し、必要な管腔領域を確保するために、当該部位に留置する管状の医療用具である。ステントは、直径が小さいまま体内に挿入され、狭窄部で拡張させて直径を大きくし当該管腔部を拡張保持するために使用されるものである。
【0010】
本発明において、「ポリマー」とは、ホモポリマー、コポリマー、またはポリマーの混合物を含む用語として用いられる。
【0011】
本発明において、「第1組成物」および「第2組成物」は、ポリマーと薬剤を含んでおり、薬剤はポリマー組織(緻密な組織または多孔組織を含む)に分子分散または微細な固体状でミクロ分散しているものをいう。後述するように、第1組成物中において、薬剤(アルガトロバン)はポリマー組織にミクロ分散しているのが好ましく、第2組成物においてポリマー組織は緻密な組織であることが好ましい。本発明において、「緻密組織」とは、光学顕微鏡による観察では、組織内に空隙がほとんど観察されない組織をいう。
【0012】
本発明において、内皮細胞の増殖を阻害しない血管内膜肥厚抑制剤としては、アルガトロバン(Argatroban)、キシメラガトラン(Ximelagatran)、メラガトラン(Melagatran)、ダビガトラン(Dabigatran)、ダビガトラン・エテキレート(Dabigatran etexilate)などがあげられるが、なかでも、アルガトロバンが好ましいので、以下、アルガトロバンを例にして説明する。
【0013】
本発明において、「アルガトロバン」は、下記の化学構造式で示される、(2R,4R)−4−メチル−1−[N−((RS)−3−メチル−1,2,3,4−テトラヒドロー8−キノリンスルホニル)−L−アルギニル]−2−ピペリジンカルボン酸・水和物に付された一般名である。アルガトロバンは、抗トロンビン作用を有する化合物としてすでに知られている(特許文献1および2)。
【0014】
【化1】



【0015】
本発明の第1の構成において、前記第1被覆層の厚さが、1〜20μmの範囲内にあり、前記第2被覆層の厚さが、0.5〜5μmの範囲内にあることが好ましい。
【0016】
前記第1被覆層におけるアルガトロバンは、ポリマーにミクロ分散していることが好ましい。
【0017】
前記第1被覆層には、アルガトロバン以外の他の薬剤を含まないことが好ましい。
【0018】
前記第2被覆層は、ポリマー単独から形成されていることが好ましい。
【0019】
前記第2被覆層が第2組成物から形成される場合、第2組成物の薬剤は、アルガトロバン、ラパマイシン、エベロリムス、バイオリムスA9、ゾタロリムス、タクロリムス、パクリタキセルまたはスタチンであることが好ましい。
【0020】
前記第1組成物および/または第2被覆層を形成するポリマーが、生分解性ポリマーであることが好ましい。
【0021】
前記生分解性ポリマーが、ポリ乳酸、ポリ(乳酸―グリコール酸)、ポリグリコール酸、ポリ(乳酸―ε―カプロラクトン)、またはポリ(グリコール酸―ε―カプロラクトン)であることが好ましい。
【0022】
前記ステント本体が、金属材料、セラミック、または高分子材料から形成されていることが好ましい。さらに、前記ステント本体表面に、ダイヤモンド様薄膜が施されていることが好ましい。
【0023】
本発明の第2の構成は、前記第1組成物を、低級アルキルケトン−メタノール混合溶剤、低級アルキルエステル−メタノール混合溶剤または低級ハロゲン化炭化水素−メタノール混合溶剤に溶解した溶液を用いて、ステント本体の少なくとも外表面を被覆し、被覆後、溶剤を除去して第1被覆層を形成する、ステントの製造方法である。
【0024】
本発明の第3の構成は、上記の本発明の第1の構成のステントにおいて、前記第2被覆層の厚さを、0.5〜5.0μmの範囲内で所定の厚さを選択することにより、37℃のリン酸緩衝生理食塩水中で、前記ステントの浸漬時点から1日目及び2日目のアルガトロバンの放出速度が、それぞれ3μg/cm・日以上になるように調節することを特徴とする、アルガトロバンのステントからの放出速度の調整方法である。
【0025】
上記の本発明の第1の構成のステントにおいて、前記第2被覆層の厚さを、0.5〜5.0μmの範囲内で所定の厚さを選択することにより、37℃のリン酸緩衝生理食塩水中で、前記ステントの浸漬時点から2日目のアルガトロバンの放出速度が、3〜100μg/cm・日の範囲にするのが好ましい。
【0026】
上記の本発明の第1の構成のステントにおいて、前記第2被覆層の厚さを、0.5〜5.0μmの範囲内で所定の厚さを選択することにより、37℃のリン酸緩衝生理食塩水中で、前記ステントの浸漬時点から3日目以降7日目までのアルガトロバンの放出速度が、2〜50μg/cm・日の範囲にあるように調節するのが好ましい。
【0027】
前記第1組成物において、アルガトロバンが、ポリマー中にミクロ分散することにより、アルガトロバンの放出速度が調節されていることが好ましい。
【0028】
前記第1組成物を溶解する溶剤を、低級アルキルエステルーメタノール混合溶剤、低級アルキルケトンーメタノール混合溶剤または低級ハロゲン化炭化水素−メタノール混合溶剤の中から選択し、選択された溶剤により前記第1組成物を溶解した溶液を用いて、ステント本体の表面を被覆し、被覆後、前記溶剤を除去して第1被覆層を形成することにより、アルガトロバンの放出速度が調節されるのが好ましい。
【0029】
前記第2被覆層のポリマーが、ポリ(乳酸―グリコール酸)共重合体であり、乳酸とグリコール酸の共重合比率を変えることにより、アルガトロバンの放出速度が調節されることが好ましい。
【0030】
本発明の第4の構成は、本発明の第1の構成のステントを血管内に留置し、前記ステントからからアルガトロバンを放出させて、内皮細胞の増殖を阻害することなく、血管内膜肥厚を抑制する方法である。
【発明の効果】
【0031】
本発明の第1の構成によれば、第1被覆層が内皮細胞の増殖を阻害しない血管内膜肥厚抑制剤(好ましくはアルガトロバン)とポリマーとから構成され、その重量構成比率がポリマー8〜3対血管内膜肥厚抑制剤2〜7の範囲にあり、第1被覆層は、血管内膜肥厚抑制剤を多く含み、その上に、第2被覆層が、ポリマー単独により形成されているか、または、ポリマーと薬剤を含み、ポリマー80重量%に対する薬剤の重量比率が20重量%未満である第2組成物により形成されることにより、前記血管内膜肥厚抑制剤が適度な放出速度で持続的に放出できるため、内皮細胞の増殖を阻害することなく、血管内膜肥厚抑制効果を発揮できるステントを得ることが出来る。とくに、第2被覆層は、薬剤を含まないか含んでも少量であることにより、なかでも、第2被覆層が薬剤を含まない場合には、第2被覆層を構成するポリマー組織が緻密性を維持しているために、第1被覆層に含まれる薬剤(アルガトロバン)の放出を抑制し、持続的に放出させる効果が大きい。
【0032】
さらに、上記本発明の第1の構成のステントによれば、第1被覆層が1〜20μmの範囲の厚み、第2被覆層が0.5〜5μmの範囲内の厚みであり、両層合わせても25μm以下、好ましくは20μm以下の厚みであることが、とくに狭窄防止上で望ましい。
【0033】
本発明の第2の構成において、第1組成物を溶解する溶剤として用いられる低級アルキルケトン、低級アルキルエステル又は低級ハロゲン化炭化水素は、ポリマーを溶解する溶剤であり、メタノールは、薬剤(アルガトロバン)を溶解する溶剤である。混合溶剤を用いることにより、ポリマーと薬剤(アルガトロバン)の両方を溶解することができ、この混合溶剤を用いて形成されたポリマー・薬剤(アルガトロバン)組成物から形成された第1被覆層では、薬剤(アルガトロバン)が被覆層のポリマー中に溶解(分子分散)していなく、ミクロ分散しているため、第2被覆層の厚み等を制御することにより、薬剤放出速度の制御が行いやすいという特徴を有する。
【0034】
本発明の第3の構成によれば、本発明第1の構成のステントにおいて、とくに、高濃度のアルガトロバンを含有した(好ましくは、アルガトロバンが第1被覆層のポリマーにミクロ分散した)第1被覆層上に形成される第2被覆層の厚みを、0.1〜5μmの範囲内で適当な厚みに制御することにより、アルガトロバンの放出速度が、上記の範囲内になるように調整することができる。このことにより、所望の放出速度を得ることが出来る。
【0035】
本発明の第3の構成によれば、ステント本体上に形成された被覆層中のアルガトロバンが、ステントを血管内、特に動脈内留置後、少なくとも2日間にわたり、3μg/cm2・日以上の速度で放出される。このことにより、放出されたアルガトロバンの薬理効果(血管内膜肥厚の抑制)が発現し、ステント内狭窄を有効に抑止する。さらに、該ステントの留置1ヶ月後には内皮細胞が内膜表面全体を被覆しており、その結果、血栓症、特に遅発性血栓症の発症が、既存薬剤放出ステントに比較して少なくなるという顕著な効果を奏する。
【0036】
本発明の薬剤徐放性ステントは、冠動脈のステント治療に有効に用いられるが、脳動脈、腎動脈、末梢動脈のステント治療においても有効である。
【図面の簡単な説明】
【0037】
この発明は、添付の図面を参考にした以下の好適な実施形態の説明により明瞭に理解されるであろう。しかしながら、実施形態および図面は単なる図示および説明のためのものであり、この発明の範囲を定めるために利用されるべきでない。この発明の範囲は添付の請求の範囲によって定まる。
【図1】本発明において使用されるステント本体の形状の1例を示す斜視図である。
【図2】DES2の血管断面の病理標本を示す図である。
【図3】DES5の血管断面の病理標本を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0038】
(ステント)
ステント本体を構成する素材については、特に制限はなく、従来から知られている金属材料、セラミックや高分子材料が用いられるが、なかでも高剛性かつ耐腐食性の金属であることが好ましい。具体例としてステンレス鋼、タンタル、ニッケル−チタン合金(ニチノールを含む)、マグネシウム合金およびコバルト合金(コバルト−クロム−ニッケル合金を含む)などが挙げられる。ステント本体の構造としては、外表面と内表面とを有する円筒形状を有しており、バルーン拡張型、自己拡張型、およびそれらの組合せであってよい。図1は、本発明において用いられる、特に薬剤放出ステントとして使用されるステント本体の形状の一例を示す斜視図である。ステント本体の網目デザインおよび支柱の形状については、ステント内狭窄を助長する要因、例えば血管内壁近傍での血流の乱れや支柱屈曲部の突出によるフレア現象による血管への機械的刺激が平均以下であれば、特別な制限はない。かかるステント本体として、日本特許第3654627号、同3605388号に開示されているコバルト合金を素材としたステント本体が使用可能であり、ここでの引用により上記特許明細書の開示は本明細書に組み込まれる。また、日本特許第4066440号に開示されているような、上記のステント本体の表面にダイヤモンド様薄膜をコーティングし、生体適合性を改善したステント本体も本発明において使用可能であり、ここでの引用により上記特許の明細書も本明細書に組み込まれる。所定の形状を有するステント本体は、レーザー加工機等により加工し、研磨により表面仕上げを行うことにより形成できる。
【0039】
(ステント本体への被覆)
本発明においては、上記のようなステント本体の円筒状表面の少なくとも外表面、好ましくは、外表面と内表面の両面に、ポリマー被覆層を形成し、このポリマー被覆層に薬剤を担持させて第1被覆層を形成している。ステント表面に薬剤を担持させる方法としては、薬剤とポリマーとを適当な溶剤に溶かして調製したコーティング液中にステントを浸漬し、引き上げて溶剤を乾燥させるディッピング法、薬剤とポリマーとを溶解した溶液を霧状化してステントに吹き付けるスプレイ法、薬剤とポリマーを別々な溶剤に溶解し2本のノズルから同時にステントに吹き付ける2重同時スプレイ法などが挙げられ、本発明においては上記のいずれの方法も適用可能であるが、薬剤を分散(分子分散を含む)させたポリマーのコート層をステント表面に形成する方法が、薬剤の放出速度の制御がしやすいので好ましい。なかでも、後述のように第1被覆層を形成する第1組成物において薬剤(アルガトロバン)はポリマー中にミクロ分散していることが好ましい。
【0040】
(第1被覆層と第2被覆層)
本発明のステントの基本的構造は、(a)ステント本体、(b)ステント本体の少なくとも外表面に形成された、ポリマーと薬剤(好ましくは、アルガトロバン)を含む第1被覆層と、(c)第1被覆層上に形成されたポリマー単独または薬剤をポリマー80重量%に対する重量構成比率として20重量%未満含む第2被覆層とから構成されている。第1被覆層に、薬剤(アルガトロバン)を高濃度に担持(ポリマー中に分子分散、またはナノメートル、サブミクロンオーダの粒子状にミクロ分散することにより保持されている)させ、第2被覆層により、薬剤(アルガトロバン)の放出を抑制することにより、長期間にわたる徐放性が付与されている。第1被覆層の厚み、第1被覆層におけるポリマー中における薬剤(アルガトロバン)の担持状態、第2被覆層の厚み、第2被覆層におけるポリマー組成、組織等の選択により、ステント表面からの薬剤(アルガトロバン)の放出速度が制御される。このため、第2被覆層は、第1被覆層を実質的に完全に覆うように形成される必要がある。
【0041】
(第1被覆層を形成する第1組成物)
第1被覆層は、上記のようにポリマーと薬剤(アルガトロバン)を含む第1組成物から形成されている。第1組成物中におけるポリマーと薬剤(アルガトロバン)との重量構成比率は、ポリマー8〜3対薬剤(アルガトロバン)2〜7(両者合わせて10)であり、薬剤(アルガトロバン)の割合が2未満ではコート層からの薬剤(アルガトロバン)放出速度が小さすぎ、7超えるとコート層がもろくなり、ステント基材に密着させるのが困難である。第1組成物は、ポリマーと薬剤(アルガトロバン)以外にも、特許文献2に開示される放出助剤(カルボン酸エステル、グリセリンのモノエステル、ジエステル、好ましくは、酒石酸ジメチル、酒石酸ジエチル等)を含んでいてもよい。第1組成物において、上記のようにポリマーが薬剤(アルガトロバン)を高濃度に担持することにより、薬剤(アルガトロバン)を長期にわたって放出することができる。したがって、第1組成物のポリマーの薬剤(アルガトロバン)の担持を阻害しないように、第1組成物は、血管内膜肥厚抑制剤(アルガトロバン)以外の薬剤を含まないのが好ましい。第1組成物において、薬剤(アルガトロバン)がポリマー中にミクロ分散しているか分子分散しているかは、示差熱分析により結晶融解熱ピークの有無により確認できる(有:ミクロ分散、無:分子分散)。
【0042】
(第1組成物中の薬剤(アルガトロバン)の担持状態)
上記のように、血中、特に動脈中に挿入されて所定期間経過後においても、ステントから薬剤(アルガトロバン)の放出が維持されていることが重要であるが、本発明のステントにおいては、37℃のリン酸緩衝生理食塩水中で前記ステントの浸漬時点から1日目及び2日目の薬剤(アルガトロバン)の放出速度が、それぞれ3μg/cm・日以上になるように調節されている。薬剤(アルガトロバン)の放出速度が上記のような速度になるためには、第1組成物における薬剤(アルガトロバン)は、ポリマー中に溶解したり、分子分散したりするよりも、上記のようにミクロ分散(ナノメートル、サブミクロンオーダの粒子状にミクロ分散)していることが好ましい。第1組成物のポリマー中に薬剤(アルガトロバン)が溶解している場合には、第2被覆層を介して所定の期間内に必要量の放出を起こすことが困難である。第1組成物中において、薬剤(アルガトロバン)を放出しやすい担持状態にしておいて、第2被覆層により所定の放出速度になるように抑制することが、薬剤(アルガトロバン)の放出速度制御に有効である。
【0043】
(第1組成物を構成するポリマー)
本発明においては、狭窄抑制に有効な量の薬剤(アルガトロバン)を一定時間持続的に放出させることを主眼としているが、そのために、第1組成物において、薬剤(アルガトロバン)を担持させるマトリックスポリマーとして、薬剤(アルガトロバン)が拡散によりポリマー層中を移動しやすいガラス転移温度(Tg)が−100〜50℃の範囲内にある柔軟性ポリマーを使用することが好ましい。このような柔軟性ポリマーとして、シリコーンゴム、ウレタンゴム、フッ素樹脂、ポリブチルアクリレート(−54℃)、ポリブチルメタクリレート(20℃)、アクリルゴム、天然ゴム、エチレン−酢酸ビニル共重合体、スチレン−ブタジエンブロック共重合体、スチレン−イソプレンブロック共重合体、スチレン−イソブチレンブロック共重合体などが例示される。上記の柔軟性ポリマーは、血管内に導入されたとき非分解性であるが、本発明においては、ポリマーに起因する慢性炎症から血管組織を早期に回復させることが要求される場合には、生分解性ポリマー、なかでも半年以内に生体内で分解・消失するものを用いて被覆するのが好ましい。生分解性ポリマーの具体例としては、ポリ乳酸、ポリ(乳酸−グリコール酸)、ポリグリコール酸、ポリ(乳酸−ε−カプロラクトン)、ポリ(グリコール酸−ε−カプロラクトン)、ポリ−p−ジオキサノン、ポリ(グリコール酸−トリメチレンカーボネート)、ポリ−β−ヒドロキシ酪酸などが挙げられる。なかでもポリ(乳酸−グリコール酸)、ポリ(乳酸−ε−カプロラクトン)、 ポリ(グリコール酸−ε−カプロラクトン)は、ガラス転移温度が−20〜50℃の範囲にあり、かつ、生分解速度が半年以内に生体内で分解消失する速度であるので、本発明において好ましく用いられる。これらのポリマーの分子量は、コーティング層の強度確保、コーティング作業効率の観点から、20,000〜500,000が適当である。
【0044】
(ポリマーの選択と薬剤放出速度)
一般的に、コート層からの薬剤放出速度は、非分解性ポリマーではポリマー中での薬剤の拡散速度に依存するが、生分解性ポリマーでは薬剤の拡散速度とポリマーの分解速度に依存する。従って薬剤放出速度をコントロールするためには、ポリマーの種類を適切に選択し、必要に応じて異なる種類のポリマーを組み合わせてもよい。よってポリマー中での薬剤の拡散速度、ポリマーの分解速度という2つのパラメータを調節することにより薬剤放出速度をコントロールできる。薬剤のポリマー中での拡散速度を大きくするにはゴム状ポリマーを選択するのが適切であり、生分解性速度を大きくするには、グリコール酸の共重合比率が大きい共重合体を選択するのが適切である。
【0045】
(生分解性ポリマーの選択と薬剤放出速度)
第1組成物のポリマーとして、生分解性ポリマーを使用する場合、上記の生分解ポリマーのなかでも、ポリ(乳酸−グリコール酸)(共重合比=100:0〜0:100)、ポリ(乳酸−ε−カプロラクトン)(共重合比=100:0〜25:75)が、人体への使用実績があり安全性上好ましい。生分解性ポリマーの分解速度は、ポリマーを構成するモノマーの化学構造、共重合比、分子量に依存するので、目標とする薬剤放出速度に適するように、これらのパラメータを調節することが好ましい。ポリ(乳酸−グリコール酸)の場合、グリコール酸の比率を増やすと分解速度が速くなり、モル比が50:50の共重合体は、生体内において3ヶ月程度で分解消失する。このようなポリマーを使用すれば、薬剤の放出は2ヶ月以内に完了する。
【0046】
(溶出助剤の添加による薬剤放出速度の調整)
第1組成物は、上記のようにポリマーと薬剤(アルガトロバン)とから構成されるが、さらに、組成物中に、必要により、第3の成分として溶出助剤を配合することにより、拡散速度を速くすることができる。本発明に好適に使用できる溶出助剤は、特許文献2に開示されているように、酒石酸ジメチルおよび酒石酸ジエチルである。これらの溶出助剤は、単独で使用することも、あるいは2種を組み合わせて使用することも可能である。薬剤(アルガトロバン)の放出速度を調節する好ましい態様として、生分解性ポリマーコート層中に酒石酸ジメチルおよび/または酒石酸ジエチルを加えてもよい。添加量は薬剤(アルガトロバン)放出速度に応じて、適宜設定すればよいが、ポリマーの重量の概ね5〜60phrの範囲内にあることが望ましい。この範囲にあると良好な添加効果が得られる。
【0047】
(第1被覆層の厚み)
ステントの単位表面積(1cm2)あたりのコート層の厚さは薬剤(アルガトロバン)を適当量放出させる観点から、1〜25μmの範囲内の厚みが必要である。通常2〜20μmの範囲内にあるのが好ましい。第2被覆層を含めて被覆層が20μmを超えると、ステント内狭窄が大きくなる懸念があるので、第1被覆層の厚さとしては、15μmを超えないようにすることが好ましい。従って、これらの塗布条件が満たせるように、コーティング液組成およびコーティング条件が選択される。第1被覆層は、単一層で形成してもよく、上記の範囲内において複数層で形成してもよい。
【0048】
(第2組成物)
第2被覆層は、ポリマー単独で形成されてもよいが、ポリマー以外の成分として、抗トロビン薬(アルガトロバン等)、免疫抑制剤(ラパマイシン、エベロリムス、バイオリムスA9、ゾタロリムス、タクロリムス等)、抗がん剤(パクリタキセル等)、コレステロール低下剤(スタチン等)などの薬剤を、ポリマー80重量%に対して20重量%未満の範囲内で含む組成物であってもよい。また、酒石酸ジメチル、酒石酸ジエチルなどの溶出助剤、糖類、多糖類、アミノ酸類、無機・有機塩類、蛋白質などの生体成分等の成分は、薬剤(アルガトロバン)が第1被覆層から第2被覆層(トップコート層)を透過する速度を制御するのに役立つし、場合によっては、血小板凝集の抑制、血栓形成の抑制、平滑筋の増殖抑制、血管内皮の治癒促進などに役立つので、20重量%を超えない範囲で適当量添加されてもよい。
【0049】
(第2被覆層を構成するポリマー)
本発明では、第1組成物からなる第1被覆層(ベースコート)上に、ポリマー単独または第2組成物からなる第2被覆層(トップコート層)をコーティングし、第1被覆層からの薬剤の放出速度を抑制し、徐放性を付与する。第2組成物の構成成分としては、薬剤(アルガトロバン)が拡散によりトップコート層中を適度な速度で移動できる物質を使用することが好ましい。この条件を満たす物質しては、分子量が10000〜500000でかつガラス転移温度が−100℃〜60℃の柔軟性ポリマーが好適である。かかるポリマーの具体例としては、シリコーンゴム、ウレタンゴム、フッ素樹脂、ポリブチルアクリレート(−54℃)、ポリブチルメタクリレート(20℃)、アクリルゴム、天然ゴム、エチレン−酢酸ビニル共重合体、スチレン−ブタジエンブロック共重合体、スチレン−イソプレンブロック共重合体、スチレン−イソブチレンブロック共重合体などの非分解性ポリマーが例示される。ポリマーに起因する慢性炎症から血管組織を早期に回復させることが要求される場合には、生分解性ポリマーを用いるのが好ましく、さらに、半年以内に生体内で分解・消失するものがより好ましい。本発明で用いられる生分解性ポリマーの具体例としては、ポリ乳酸、ポリ(乳酸−グリコール酸)、ポリグリコール酸、ポリ(乳酸−ε−カプロラクトン)、ポリ(グリコール酸−ε−カプロラクトン)、ポリ−p−ジオキサノン、ポリ(グリコール酸−トリメチレンカーボネート)、ポリ−β−ヒドロキシ酪酸などが挙げられるが、なかでもポリ(乳酸−グリコール酸)、ポリ(乳酸−ε−カプロラクトン)、ポリ(グリコール酸−ε−カプロラクトン)はガラス転移温度が−20〜60℃の範囲にあり、しかも、半年以内に生体内で分解消失するものであるので、本発明において好ましく使用される。これらのポリマーの分子量は、第2被覆層の強度確保、コーティング作業効率の観点から、10,000〜500,000の範囲内にあるのが適当である。第2被覆層のポリマーと第1被覆層のポリマーは、同じでも異なっていてもよい。
【0050】
(第2被覆層の厚み)
第2被覆層の膜厚は、0.5〜5μmの範囲にあることが好ましい。0.5μm未満では、膜の均一性が確保できなくなり、薬剤(アルガトロバン)放出速度の抑制機能が発揮できない。逆に、5μmを超える厚さになると、薬剤(アルガトロバン)放出速度を遅くしすぎる危険性がある。第2被覆層は、単一層であってもよく、上記の範囲内において複数層で形成してもよい。
【0051】
(第1被覆層の形成方法)
薬剤(アルガトロバン)を担持したマトリックスポリマーをステント本体表面にコートするためには、その薬剤とポリマーとを易揮発性溶剤(例えばフッ素系アルコール)に溶解した溶液をステント表面に噴霧するか、ステント本体を該溶液に浸漬することにより、ステント本体に塗布し、乾燥することにより形成される。本発明において、薬剤(アルガトロバン)を含む第1組成物は、円筒状のステント本体の少なくとも外表面(血管壁と接触する面)にコーティングされる。この場合には、塗布は第1組成物を溶剤に溶解した溶液をステント本体の外表面に噴霧することにより行うのが好ましい。また、外表面だけでなく内表面にも行う場合には、内外両表面に噴霧を行うか、溶液中にステント本体を含浸することにより行うのが好ましい。塗布後の溶剤除去は、減圧、送風、加熱などの方法に適宜行われる。
【0052】
(ステント本体の表面処理)
ステント表面に上記コーティング液をコーティングするにあたっては、溶剤が揮発した後に残る被覆層がステント表面に密着する必要があるので、ステント本体表面はコーティング作業の前に、必要に応じて、洗浄や表面活性化処理をおこなうのが好ましい。表面処理法としては、酸化剤やフッ素ガスなどによる薬品処理、表面グラフト重合、プラズマ放電処理、コロナ放電処理、UV/オゾン処理、電子線照射などが挙げられる。
【0053】
(第1組成物形成のための溶剤の選択)
薬剤(アルガトロバン)を溶解可能で、コーティング後に容易に除去可能な、沸点100℃未満の揮発性溶剤として、メタノール、エタノール、トリフルオロエタノール、ヘキサフルオロイソプロパノールと、これらのアルコールを含有する混合溶剤が挙げられる。ポリマーとしては、上記に例示したポリマーが用いられるがなかでも、極性の高いポリ(乳酸−グリコール酸)、ポリ(乳酸−ε−カプロラクトン)が上記の溶剤に対する溶解性の点で好ましい。薬剤(アルガトロバン)と上記のポリマーの両方を溶解し、薬剤の徐放性を付与するのに適した溶剤として、トリフルオロエタノール、ヘキサフルオロイソプロパノールのほか、酢酸エチル、酢酸メチル、酢酸ブチルなどの低級アルキルエステル(炭素数:6以下)とメタノールの混合溶剤、アセトン、メチルエチルケトンなどの低級アルキルケトン(炭素数:6以下)とメタノールの混合溶剤、塩化メチレン、クロロホルム、ジクロロエタンなどの低級ハロゲン化炭化水素(炭素数:4以下)とメタノールの混合溶剤などが例示される。なかでも、薬剤(アルガトロバン)をポリマーにミクロ分散させて、薬剤徐放性を与える観点から、低級アルキルエステルとメタノールの混合溶剤、低級アルキルケトンとメタノールの混合溶剤および低級ハロゲン化炭化水素とメタノールの混合溶剤が好ましい。これらの混合溶剤を用いて被覆層を形成して溶剤を除去した場合には、薬剤(アルガトロバン)がポリマーにミクロ分散して担持され、この上に第2被覆層が形成されると、薬剤(アルガトロバン)の放出速度が望ましいものとなる。
【0054】
(第2被覆層の形成)
第2被覆層は、ポリマーを溶剤に溶解した溶液またはポリマーと他の構成成分からなる第2組成物を溶解した溶液を、第1被覆層上に塗布することにより形成される。塗布方法は第1被覆層の形成と同様である。
【0055】
(第2組成物の形成)
第2被覆層を形成するポリマーまたはポリマーと他の構成成分を含む第2組成物を形成するための溶剤として、上記第1組成物を形成する溶剤を用いることができるが、アルガトロバンを溶解しないがポリマーやその他の成分は溶解する溶剤(低級アルキルエステル、低級アルキルケトン、低級ハロゲン化炭化水素等)を用いてコーティングする方法が薬剤放出速度を精密にコントロールできる点で好ましい。この場合、第2組成物はアルガトロバンを含まない。
【0056】
(薬剤放出速度の調整)
本発明の薬剤徐放性ステントがステント内狭窄を顕著に抑制するには、実施例の項に記載した動物試験結果から明らかなように、37℃のリン酸緩衝生理食塩水(pH7.4)にステントを浸漬してから少なくとも2日間の間はアルガトロバンが3μg/cm2・日以上、好ましく4μg/cm2・日以上、さらに好ましくは6μg/cm2・日以上の速度で放出するよう放出速度を調節する必要があることを本発明者は見出した。またその放出速度の上限は、狭窄抑制効果の観点からは必ずしも明確ではないが、薬剤量が多すぎると出血等の副作用を招く恐れがあり、かつ必要以上の薬剤量の使用は製造コストの点からも好ましくないため、500μg/cm2・日、通常300μg/cm2・日が適当である。なお3日目以降の放出速度は、ステント内狭窄を抑制する必須条件とはならないが、3日目以降の継続的なアルガトロバンの放出が狭窄抑制効果をさらに高めることも期待されるので、2μg/cm2・日以上の薬剤放出速度が3日目以降も1〜2週間継続するのが望ましい。ステントを動脈内に留置して最初の少なくとも2日間、アルガトロバンの放出速度を3μg/cm2・日以上の速度で放出させる方法としては、本発明に係る薬剤コート層が特に好ましい。即ち、アルガトロバン20〜70重量%、およびポリマー80〜30重量%からなる第1組成物が、円筒状のステント本体の少なくとも外表面に均一に、厚さ1〜15μmの範囲内でコーティングされ、かつ第1組成物から形成される第1被覆層の表面を実質的に完全に覆うように、ポリマー単独またはポリマーと薬剤を含み、ポリマー80重量%に対する薬剤の重量構成比率が20重量%未満である第2組成物からなる第2被覆層が均一にコーティングされているステントでは、アルガトロバンの放出速度を、37℃のリン酸緩衝生理食塩水(pH7.4)にステントを浸漬してから少なくとも2日間の間はアルガトロバンが3μg/cm2・日以上、好ましく4μg/cm2・日以上、さらに好ましくは6μg/cm2・日以上の速度で放出するよう放出速度を調節することを実現できる。
【0057】
薬剤(アルガトロバン)の放出速度は、第1組成物のポリマー中に薬剤(アルガトロバン)を高濃度に担持させ、第2被覆層はポリマー単独または薬剤を含むとしても20重量%未満の少量である組成物から形成された緻密なポリマー層が厚み0.5〜5μmの範囲内で存在することにより、第1被覆層に含まれる薬剤(アルガトロバン)の放出が抑制されて徐放性を与える。とくに、第1被覆層において、薬剤(アルガトロバン)はポリマーにミクロ分散状態で担持されていることが好ましい。薬剤(アルガトロバン)をミクロ分散状態で担持するためには、上記のようにポリマーと薬剤(アルガトロバン)を含む組成物を調整するときに用いられる溶剤の選択により可能である。
【0058】
薬剤(アルガトロバン)の放出速度は、第1組成物、第2被覆層を構成するポリマーにより影響されるが、用いられるポリマーにより、上記範囲内で被覆層の厚みを変えることにより、制御可能である。なかでも、乳酸とグリコール酸との共重合ポリマーが好ましい。
【実施例】
【0059】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、これらの実施例は本発明の限定を意図するものではない。実施例中で用いる材料、使用量、濃度、処理温度などの数値条件、処理法などは本発明の範囲内における好適例にすぎない。
【0060】
[製造例1]
アルガトロバン140mgとポリD,L−乳酸/グリコール酸共重合体(モル比:50/50)160mgを2,2,2−トリフルオロエタノール20mLに溶解し均一な溶液(コーティング液)を調製した。図1に示すデザインを有する加工時の外径=1.55mmΦ、拡張後内径=3mmΦ、長さ17mm、全表面積=0.70cm2の、ステント本体(Stent1と称す)をスプレイ式コーティング装置のマンドレルに装着した。前記コーティング液を20μL/分の速度でノズルより噴射し、ノズル下9mmの位置でステント本体を毎分120回転の速度で回転させつつ往復運動させて約4分間にわたってステント本体の端から中央までの表面にコーティングをおこなった。コーティング終了後10分間ステントを窒素気流下で乾燥し、ついで残りの半分をコーティングした。全面コーティングが終了したステントは約1時間風乾してから、真空恒温乾燥器中、60℃で17時間乾燥して溶剤を完全に除去した。同一条件で30本のステント本体にコーティングを行った。精密天秤でμgの単位まで秤量すると、得られたステントには、アルガトロバンと前記共重合体の混合物が平均619μgコーティングされていた(平均第1被覆層厚さ5.2μm)。以下ではこのステントをDES1と称す。
【0061】
[製造例2]
ポリD,L−乳酸/グリコール酸共重合体(モル比:50/50)300mgをクロロホルム20mLに溶解し、均一な溶液(コーティング液)を調製した。製造例1で作製したDES1をスプレイ式コーティング装置のマンドレルに装着した。前記コーティング液を20μL/分の速度でノズルより噴射し、ノズル下9mmの位置でステントを毎分120回転の速度で回転させつつ往復運動させて約100秒間にわたってステントの端から中央までの表面にコーティングをおこなった。コーティング終了後10分間ステントを窒素気流下で乾燥し、ついで残りの半分をコーティングした。全面コーティングが終了したステントは約1時間風乾してから、真空恒温乾燥器中、60℃で17時間乾燥して溶剤を完全に除去した。同一条件で15本のステントにコーティングを行った。精密天秤で秤量すると得られたステントには、前記共重合体が平均103μgコーティングされていた(平均第2被覆層厚さ0.9μm)。以下では、この2層コーティングされたステント(コーティング総量722μg、平均被覆層厚さ6.0μm)をDES2と称す。
【0062】
[製造例3]
アルガトロバン120mgとポリD,L−乳酸/グリコール酸共重合体(モル比:50/50)180mgを2,2,2−トリフルオロエタノール20mLに溶解し均一な溶液(コーティング液)を調製した。前記Stent1をスプレイ式コーティング装置のマンドレルに装着した。上記コーティング液を20μL/分の速度でノズルより噴射し、ノズル下9mmの位置でステント本体を毎分120回転の速度で回転させつつ往復運動させて約4分間にわたってステント本体の端から中央までの表面にコーティングをおこなった。コーティング終了後10分間ステントを窒素気流下で乾燥し、ついで残りの半分をコーティングした。全面コーティングが終了したステントは約1時間風乾してから、真空恒温乾燥器中、60℃で17時間乾燥して溶剤を完全に除去した。同一条件で30本のステント本体にコーティングを行った。精密天秤でμgの単位まで秤量すると、得られたステントには、アルガトロバンと前記共重合体の混合物が平均493μgコーティングされていた(平均第1被覆層厚さ4.1μm)。以下ではこのステントをDES3と称す。
【0063】
[製造例4]
ポリD,L−乳酸/グリコール酸共重合体(モル比:50/50)300mgをクロロホルム20mLに溶解し、均一な溶液(コーティング液)を調製した。DES3をスプレイ式コーティング装置のマンドレルに装着した。前記コーティング液を20μL/分の速度でノズルより噴射し、ノズル下9mmの位置でステントを毎分120回転の速度で回転させつつ往復運動させて約100秒間にわたってステントの端から中央までの表面にコーティングをおこなった。コーティング終了後10分間ステントを窒素気流下で乾燥し、ついで残りの半分をコーティングした。全面コーティングが終了したステントは約1時間風乾してから、真空恒温乾燥器中、60℃で17時間乾燥して溶剤を完全に除去した。同一条件で15本のステントにコーティングを行った。精密天秤で秤量すると得られたステントには、前記共重合体が平均148μgコーティングされていた(平均第2被覆層厚さ1.2μm)。以下では、この2層コーティングされたステント(コーティング総量641μg、平均被覆層厚さ5.3μm)をDES4と称す。
【0064】
[製造例5]
アルガトロバン120mgとポリ−D,L−乳酸180mgをアセトン/メタノール混合溶剤(体積比:7:3)20mLに溶解し、均一な溶液(コーティング液)を調製した。前記Stent1をスプレイ式コーティング装置のマンドレルに装着した。前記コーティング液を20μL/分の速度でノズルより噴射し、ノズル下9mmの位置でステント本体を毎分120回転の速度で回転させつつ往復運動させて約4分間にわたってステント本体の端から中央までの表面にコーティングをおこなった。コーティング終了後10分間ステントを窒素気流下で乾燥し、ついで残りの半分をコーティングした。全面コーティングが終了したステントは約1時間風乾してから、真空恒温乾燥器中、60℃で17時間乾燥して溶剤を完全に除去した。同一条件で30本のステントにコーティングを行った。精密天秤でμgの単位まで秤量すると、得られたステントには、アルガトロバンと前記共重合体の混合物が平均583μgコーティングされていた。以下ではこのステント(平均第1被覆層厚さ4.9μm)をDES5と称す。
【0065】
[製造例6]
ポリD,L−乳酸/グリコール酸共重合体(モル比:50/50)300mgを酢酸エチル20mLに溶解し、均一な溶液(コーティング液)を調製した。DES5をスプレイ式コーティング装置のマンドレルに装着した。前記コーティング液を20μL/分の速度でノズルより噴射し、ノズル下9mmの位置でステントを毎分120回転の速度で回転させつつ往復運動させて約100秒間にわたってステントの端から中央までの表面にコーティングをおこなった。コーティング終了後10分間ステントを窒素気流下で乾燥し、ついで残りの半分をコーティングした。全面コーティングが終了したステントは約1時間風乾してから、真空恒温乾燥器中、60℃で17時間乾燥して溶剤を完全に除去した。同一条件で15本のステントにコーティングを行った。精密天秤でμgの単位まで秤量すると、得られたステントには、前記共重合体の混合物が平均255μgコーティングされていた(平均第2被膜厚さ2.1μm)。以下では、この2層コーティングされたステント(総コーティング量838μg、平均被覆層厚さ7.0μm)をDES6と称す。
【0066】
[製造例7]
ポリD,L−乳酸/グリコール酸共重合体(モル比:50/50)300mgを2,2,2−トリフルオロエタノール20mLに溶解し均一な溶液(コーティング液)を調製した。Stent1をスプレイ式コーティング装置のマンドレルに装着した。前記コーティング液を20μL/分の速度でノズルより噴射し、ノズル下9mmの位置でステント本体を毎分120回転の速度で回転させつつ往復運動させて約4分間にわたってステント本体の端から中央までの表面にコーティングをおこなった。コーティング終了後10分間ステントを窒素気流下で乾燥し、ついで残りの半分をコーティングした。全面コーティングが終了したステントは約1時間風乾してから、真空恒温乾燥器中、60℃で17時間乾燥して溶剤を完全に除去した。同一条件で10本のステントにコーティングを行った。精密天秤でμgの単位まで秤量すると、得られたステントには、前記共重合体が平均487μgコーティングされていた。以下ではこのステント(平均被覆層厚さ4.1μm)をPCS1と称す。
【0067】
<薬剤放出試験1>
製造例1〜6に示した6種類の薬剤コーティングステントからの薬剤放出速度を測定した。各ステントは直径3mm、長さ20mmのバルーンカテーテル上にマウントし、エチレンオキサイドガス(EOG)滅菌をおこなった。滅菌後、バルーンカテーテルを約12気圧で30秒間加圧し、ステントを直径3mmに拡張した。ステント3本を清浄な密閉ガラス容器に入れ、30mLのpH7.4のリン酸緩衝生理食塩水を加えた。ステント全体が液中に浸漬された状態で、37℃恒温器内で振盪をおこなった。
【0068】
所定時間毎に溶出液のUV吸収(331nm)を紫外可視分光光度計UV−2450(島津製)で測定し、アルガトロバンの吸光度を測定した。アルガトロバン0.001%濃度、0.0001%濃度のリン酸緩衝生理食塩水を用いて検量線を作成し、吸光度を濃度に換算し、溶出したステント表面積1cm2あたりのアルガトロバン放出量を求めた。結果を表1に示す。
【0069】
【表1】

【0070】
表1より、2層コーティングされた薬剤コーティングステント(DES2、DES4およびDES6)では、いずれも浸漬24時間以内のバースト様の急激な放出は見られず、浸漬24〜48時間の間におけるアルガトロバンの放出量が、4μg/cm2・日以上で
あり、アルガトロバンの放出性が示された。
【0071】
<動物試験1>
製造例1、2、4、6で作製した薬剤放出ステント、DES1、2、4、6および製造例7のポリマーコーティングのみを施したPCS1、Sent1の6種類のステント各6本、合計36本をクラウン系ミニブタ(体重25〜40kg)18匹の冠動脈(LAD、LCX)に埋植し、1ヶ月後にステント内狭窄の度合いを定量的冠動脈造影法(QCA)で評価した。
【0072】
各ステントをバルーンカテーテルにマウントし、EOG滅菌をおこなった。各ステントは全身麻酔下、ミニブタの右大腿動脈からシースイントロデューサーを使い、6Frのガイディングカテーテルを使用して冠動脈内に挿入した。元の血管径に対して、ステント埋植後の血管径(近位部)が1.0〜1.2の範囲内に収まるよう、埋植部位とステント拡張圧を選択して、ステントの埋植をおこなった。埋植3日前からステント摘出までの33日間、アスピリン100mgとクロピドグレル50mgを混餌投与した。
【0073】
埋植30日後に、ステント埋植部位をX線造影法により血管内腔径をステントの近位部、中央部、遠位部の3ヶ所で計測した。狭窄率は以下の計算式により算出した。
血管径狭窄率=(埋植直後の内腔径−1ヶ月後の内腔径)/埋植直後の内腔径×100
算出された平均血管径狭窄率(%)を表2に示す。
【0074】
【表2】

【0075】
表2からわかるように、24〜48時間のあいだの薬剤放出量が4μg/cm2・日以上であるDES4(実施例2)ではStent1(比較例3)より狭窄率が小さい。これに対し、1μg/cm2・日以下であるDES1(比較例1)は薬剤を含有しないPCS1(比較例2)とほぼ同じ狭窄率を示して狭窄抑制効果はまったく認められず、さらに非被覆ステントのStent1(比較例3)よりも狭窄率が大きくなっており、ポリマーコーティングによる悪影響のみが現れている。
【0076】
<動物試験2>
製造例2で作製したステント(DES2)6本および製造例5で作製したステント(DES5)(比較例4)6本をクラウン系ミニブタ(体重25〜36kg)6匹の冠動脈(LAD、LCX)12本に動物試験1の手順に従って埋植し、28日後に病理解剖して摘出した心臓をホルマリン固定した。該心臓からステントが埋植されている血管組織を切り出し、アクリル樹脂で固定したのち、ステントの中央、両端の3ヶ所で切断して厚さ6μmの薄切片を作製した。これらをヘマトキシリン・エオシン染色とエラスチカ・ワンギーソン染色により染色し、面積狭窄率(%)と内皮細胞被覆率(%)を評価した。DES2では面積狭窄率は28±8%で、実施例1の平均血管径狭窄率とほぼ一致した。内皮細胞の被覆率は100%で、ステント埋植時の血管内壁の傷害は完全治癒していた。DES5では面積狭窄率は64±16%で、比較例1および比較例2の平均血管径狭窄率とほぼ一致した。比較のためDES2の病理標本の一例を図2に、DES5の病理標本の一例を図3に示した。
【0077】
動脈用ステントの表面に担持されたアルガトロバンが、37℃のリン酸緩衝生理食塩水(pH7.4)中で、該ステントの浸漬時点から少なくとも2日間は3〜300μg/cm2・日の速度で放出されるように、アルガトロバンの放出速度が調節されている薬剤徐放性動脈ステントが作製された。これを動脈内に留置した場合、放出されたアルガトロバンが血管内膜肥厚を有効に抑制でき、かつステント留置1ヶ月以内に血管内壁がほぼ完全に内皮細胞で覆われることが、以上の薬剤溶出試験および動物実験の結果から示された。
【0078】
[製造例8]
アルガトロバン140mgとポリD,L−乳酸/グリコール酸共重合体(モル比:65/35)160mgをアセトン/メタノール混合溶剤(体積比=7:3)20mLに溶解し均一な溶液(コーティング液)を調製した。前記Stent1と同形状の、ダイヤモンド様薄膜コーティングされたコバルト合金製ステントをプラズマ放電処理後、スプレイ式コーティング装置のマンドレルに装着した。前記コーティング液を20μL/分の速度でノズルより噴射し、ノズル下9mmの位置でステント本体を毎分120回転の速度で回転させつつ往復運動させて約4分間にわたってステント本体の端から中央までの表面にコーティングをおこなった。コーティング終了後10分間ステントを窒素気流下で乾燥し、ついで残りの半分をコーティングした。全面コーティングが終了したステントは約1時間風乾してから、真空恒温乾燥器中、60℃で17時間乾燥して溶剤を完全に除去した。同一条件で10本のステント本体にコーティングを行った。精密天秤でμgの単位まで秤量すると、得られたステントには、アルガトロバンと前記共重合体の混合物が平均643μgコーティングされていた(平均第1被覆層厚さ5.4μm)。以下ではこのステントをDES7と称す。
【0079】
[製造例9]
ポリD,L−乳酸/グリコール酸共重合体(モル比:65/35)150mgを前記アセトン−メタノール混合溶剤20mLに溶解し、均一な溶液(コーティング液)を調製した。製造例8で作製したDES7をスプレイ式コーティング装置のマンドレルに装着した。前記コーティング液を20μL/分の速度でノズルより噴射し、ノズル下9mmの位置でステントを毎分120回転の速度で回転させつつ往復運動させて約180秒間にわたってステントの端から中央までの表面にコーティングをおこなった。コーティング終了後10分間ステントを窒素気流下で乾燥し、ついで残りの半分をコーティングした。全面コーティングが終了したステントは約1時間風乾してから、真空恒温乾燥器中、60℃で17時間乾燥して溶剤を完全に除去した。同一条件で10本のステントにコーティングを行った。精密天秤で秤量すると得られたステントには、前記共重合体が平均241μgコーティングされていた(厚さ2.0μm)。以下では、この2層コーティングされたステント(コーティング総量884μg、平均被覆層厚さ7.4μm)をDES8と称す。
【0080】
[実施例4]
<薬剤放出試験2>
製造例8に示した薬剤コーティングステントからの薬剤放出速度を測定した。各ステントは直径3mm、長さ20mmのバルーンカテーテルに上にマウントし、エチレンオキサイドガス(EOG)滅菌をおこなった。滅菌後、バルーンカテーテルを約12気圧で30秒間加圧し、ステントを直径3mmに拡張した。ステント3本を清浄な密閉ガラス容器に入れ、30mLのpH7.4のリン酸緩衝生理食塩水を加えた。ステント全体が液中に浸漬された状態で、37℃恒温器内で振盪をおこなった。
【0081】
所定時間毎に溶出液のUV吸収(331nm)を紫外可視分光光度計UV−2450(島津製)で測定し、アルガトロバンの吸光度を測定した。アルガトロバン0.001%、0.0001%のリン酸緩衝生理食塩水を用いて検量線を作成し、吸光度を濃度に換算し、放出したステント表面積1cm2あたりのアルガトロバン放出量を求めた。結果を表1に示す。
【0082】
【表3】

【0083】
表3より、2層コーティングされた薬剤コーティングステント(DES8)では、いずれも浸漬24時間以内のバースト様の急激な放出は見られず、浸漬24〜48時間の間におけるアルガトロバンの放出量が、46μg/cm2・日以上であり、アルガトロバンの放出性が示された。
【0084】
[実施例5〜8]
アルガトロバン30mgとポリD,L−乳酸/グリコール酸共重合体(モル比:65/35)90mgを表4に示す4種類の有機溶剤5mLに溶解し、ガラス板にキャストした。これを室温で6時間風乾後、60℃で17時間真空乾燥して、アルガトロバンを含有するポリマー被膜を回収した。この被膜をDSC装置(示差走査熱量測定)により熱分析した。室温から210℃まで毎分5℃の速度で昇温し、アルガトロバンの結晶融解温度(吸熱ピーク温度)を測定した。結果を表4に示す。2,2,2,−トリフルオロエタノールを使用したコーティングでは、室温から210℃の間に吸熱ピークは現れず、アルガトロバンはポリマー中に分子分散していると推測された。一方、アセトン−メタノール混合溶剤、酢酸エチル−メタノール混合溶剤および1,2,ジクロロエタン−メタノール混合溶剤を使用した場合は、178℃付近にアルガトロバンの結晶融解による吸熱ピークが現れた。これから、使用する溶剤によりポリマー中に取り込まれたアルガトロバンの分散状態に差異があることが判明した。
【0085】
前記キャストフィルムを表面3cmの断片に切り離し、30mLのpH7.4のリン酸緩衝生理食塩水を加えた。ステント全体が液中に浸漬された状態で、37℃恒温器内で振盪をおこなった。浸漬開始2日目から7日目までの溶出液のUV吸収(331nm)を紫外可視分光光度計UV−2450(島津製)で測定し、アルガトロバンの吸光度を測定した。アルガトロバン0.001%、0.0001%のリン酸緩衝生理食塩水を用いて検量線を作成し、吸光度を濃度に換算し、放出したステント表面積1cm2あたりのアルガトロバン放出量を求めた。結果を表4に示す。吸熱ピークが現れなかった実施例5に比べ、吸熱ピークが現れた実施例5、6および7のアルガトロバンの放出量は、10倍以上であった。
【0086】
【表4】

【0087】
<動物試験3>
製造例8で作製したステント(DES8)10本および内膜肥厚抑制剤としてラパマイシン(免疫抑制剤)を使用している市販の薬剤放出ステント「Cyper」(ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社)10本をクラウン系ミニブタ(体重27〜43kg)8匹の冠動脈(LAD、LCX、RCA)20本に動物試験1の手順に従って埋植し、90日後に病理解剖して摘出した心臓をホルマリン固定した。該心臓からステントが埋植されている血管組織を切り出し、アクリル樹脂で固定したのち、ステントの中央、両端の3ヶ所で切断して厚さ6μmの薄切片を作製した。これらをヘマトキシリン・エオシン染色とエラスチカ・ワンギーソン染色により染色し、面積狭窄率(%)と内皮細胞被覆率(%)を評価した。DES8では面積狭窄率は30±13%で、内皮細胞の被覆率は100%で、ステント埋植時の血管内壁の傷害は完全治癒していた。Cypherでは面積狭窄率は54±22%で、内皮細胞の被覆率は95%であった。
【0088】
本発明の薬剤徐放性ステントでは、ミニブタにステントを埋植した1ヶ月後に血管内皮は完全に修復されていたが、Cypherでは3ヶ月が経過しても血管内壁の一部が内皮細胞により被覆されていなかった。
【0089】
本発明の特定の実施形態について説明を行ったが、この技術分野における当業者は本明細書において記述された上記の実施形態を容易に修正することができることは明らかである。したがって、本発明は、この明細書で示された特定の実施形態に限定されることなく、他のいかなる修正、変更、実施の形態への利用に適用されるものであり、それゆえに、他の全ての修正、変更、実施形態は、本発明の精神および範囲内に入るものとみなされるべきである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外表面と内表面とを有する円筒形状のステント本体と、前記ステント本体の少なくとも外表面を被覆している第1被覆層と、前記第1被覆層を実質的に完全に覆うように被覆している第2被覆層と、を具備しており、
前記第1被覆層は、ポリマーと、内皮細胞の増殖を阻害しない血管内膜肥厚抑制剤とを含み、前記ポリマーと前記血管内膜肥厚抑制剤の重量構成比率が、ポリマー8〜3対血管内膜肥厚抑制剤2〜7の範囲にある第1組成物により形成されており、
前記第2被覆層は、ポリマー単独により形成されているか、または、ポリマーと薬剤を含み、ポリマー80重量%に対する薬剤の重量構成比率が20重量%未満である第2組成物により形成されているステント。
【請求項2】
請求項1において、前記血管内膜肥厚抑制剤の必須成分が、アルガトロバンであるステント。
【請求項3】
請求項1において、第1被覆層の厚さが、1〜20μmの範囲内にあり、第2被覆層の厚さが、0.5〜5μmの範囲内にあるステント。
【請求項4】
請求項2において、前記第1被覆層におけるアルガトロバンは、ポリマーにミクロ分散しているステント。
【請求項5】
請求項2において、前記第1被覆層には、アルガトロバン以外の薬剤を含まないステント。
【請求項6】
請求項1において、前記第2被覆層は、ポリマー単独から形成されているステント。
【請求項7】
請求項1において、第2組成物の薬剤は、アルガトロバン、ラパマイシン、エベロリムス、バイオリムスA9、ゾタロリムス、タクロリムス、パクリタキセルまたはスタチンであるステント。
【請求項8】
請求項1において、前記第1組成物および/または第2被覆層を形成するポリマーが、生分解性ポリマーであるステント。
【請求項9】
請求項8において、前記生分解性ポリマーが、ポリ乳酸、ポリ(乳酸―グリコール酸)、ポリグリコール酸、ポリ(乳酸―ε―カプロラクトン)、またはポリ(グリコール酸―ε―カプロラクトン)であるステント。
【請求項10】
請求項1において、ステント本体が、金属材料、セラミック、または高分子材料から形成されているステント。
【請求項11】
請求項10において、ステント本体表面に、ダイヤモンド様薄膜が施されているステント。
【請求項12】
外表面と内表面とを有する円筒形状のステント本体と、
前記ステント本体の少なくとも外表面を被覆している、1〜15μmの範囲の厚さを有する第1被覆層と、
前記第1被覆層を実質的に完全に覆うように被覆している、0.5〜5μmの範囲の厚さを有する第2被覆層と、を具備しており、
前記第1被覆層は、ポリマーとアルガトロバンとを含み、ポリマーとアルガトロバンの重量構成比率が、ポリマー8〜3対アルガトロバン2〜7の範囲にある、第1組成物により形成されており、
前記第2被覆層は、ポリマー単独により形成されているか、または、ポリマーと薬剤を含み、ポリマー80重量%に対する薬剤の重量構成比率が20重量%未満である第2組成物により形成されているステント。
【請求項13】
請求項2における前記第1組成物を、低級アルキルケトンーメタノール混合溶剤、低級アルキルエステルーメタノール混合溶剤、または低級ハロゲン化炭化水素に溶解した溶液を用いて、ステント本体の少なくとも外表面を被覆し、被覆後、前記溶剤を除去して第1被覆層を形成するステントの製造方法。
【請求項14】
請求項2に記載のステントにおいて、
前記第2被覆層の厚さを、0.5〜5.0μmの範囲内で所定の厚さを選択することにより、37℃のリン酸緩衝生理食塩水中で、前記ステントの浸漬時点から1日目及び2日目のアルガトロバンの放出速度が、それぞれ3μg/cm・日以上になるように調節することを特徴とする、アルガトロバンのステントからの放出速度の調整方法。
【請求項15】
請求項2に記載のステントにおいて、
前記第2被覆層の厚さを、0.5〜5.0μmの範囲内で所定の厚さを選択することにより、37℃のリン酸緩衝生理食塩水中で、前記ステントの浸漬時点から2日目のアルガトロバンの放出速度が、3〜100μg/cm・日の範囲にあるように調節することを特徴とする、アルガトロバンのステントからの放出速度の調整方法。
【請求項16】
請求項2に記載のステントにおいて、
前記第2被覆層の厚さを、0.5〜5.0μmの範囲内で所定の厚さを選択することにより、37℃のリン酸緩衝生理食塩水中で、前記ステントの浸漬時点から3日目以降7日目までのアルガトロバンの放出速度が、2〜50μg/cm・日の範囲にあるように調節することを特徴とする、アルガトロバンのステントからの放出速度の調整方法。
【請求項17】
請求項14,15または16において、前記第1組成物において、アルガトロバンが、ポリマー中にミクロ分散することにより、アルガトロバンの放出速度を調節している、アルガトロバンのステントからの放出速度の調整方法。
【請求項18】
請求項14,15または16において、前記第1組成物を溶解する溶剤を、低級アルキルエステルーメタノール混合溶剤または低級アルキルケトンーメタノール混合溶剤の中から選択し、選択された溶剤により前記第1組成物を溶解した溶液を用いて、ステント本体の表面を被覆し、被覆後、前記溶剤を除去して第1被覆層を形成することにより、アルガトロバンの放出速度を調節している、アルガトロバンのステントからの放出速度の調整方法。
【請求項19】
請求項14,15または16において、前記第2被覆層のポリマーが、ポリ(乳酸―グリコール酸)共重合体であり、乳酸とグリコール酸の共重合比率を変えることにより、アルガトロバンの放出速度を調節している、アルガトロバンのステントからの放出速度の調整方法。
【請求項20】
請求項2記載のステントを血管内に留置し、前記ステントからアルガトロバンを放出させて、内皮細胞の増殖を阻害することなく、血管内膜肥厚を抑制する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−264253(P2010−264253A)
【公開日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−134943(P2010−134943)
【出願日】平成22年6月14日(2010.6.14)
【分割の表示】特願2009−531112(P2009−531112)の分割
【原出願日】平成20年9月3日(2008.9.3)
【出願人】(504184721)株式会社日本ステントテクノロジー (28)
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)
【出願人】(391003668)トーヨーエイテック株式会社 (145)
【出願人】(508276235)
【Fターム(参考)】