説明

表面粗化性及び樹脂密着性に優れた電子機器用Cu−Fe−P系銅合金条材

【課題】本発明は、通常の表面処理剤にて、容易に迅速に均質に粗化され、粗化後の表面が樹脂密着性に優れた電子機器用のCu−Fe−P系銅合金条材を提供する。
【解決手段】Fe;1.5〜2.4質量%、P;0.008〜0.08質量%、Zn;0.01〜0.5質量%、残部がCuおよび不可避的不純物である組成を有し、表面から10μmまでの深さの範囲の結晶組織内のEBSD法にて測定したCube方位の方位密度が10〜20%であり、EBSD法にて測定した平均結晶粒径が10〜20μmであり、(111)面のX線回折ピーク強度Iと(220)面のX線回折ピーク強度Iとの比率I/Iが0.05〜2.5である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面が表面処理剤にて迅速にかつ均質に粗化され、粗化後の表面が樹脂密着性に優れた電子機器用Cu−Fe−P系銅合金条材に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体ICなどを格納するパッケージは、金属製リードフレームと封止用材料とから構成される。金属製リードフレームとしては、銅、コルソン系銅合金、Cu−Fe−P系銅合金等が多用されている。封止用材料には、コストの安い樹脂(エポキシ樹脂など)が主流を占めている。また、半導体パッケージ内部には、ヒートスプレッダとよばれる銅及び銅合金板が使用される場合があり、これらの周囲は樹脂で封止される。
この様に、銅及び銅合金板と樹脂とが接合している製品では、銅及び銅合金板の樹脂密着性がしばしば問題になり、樹脂密着性を良好にする方策として、アンカー効果を得る為に表面を粗化処理する方法が採用されているが、充分な信頼性を得るには至っておらず、これらの表面処理に変わる方策として、特許文献1、特許文献2、特許文献3に示す技術が開示されている。
【0003】
特許文献1には、半導体装置等の電子部品の放熱板において、樹脂系接着剤との接着性を向上させる方法として、アミノシラン化合物を0.001%以上含む溶液中に、Ni又はNi合金メッキ付き金属板・条材を浸漬し、接着剤にて樹脂と接着する部分の最表面にアミノシラン化合物皮膜を形成することが開示されている。
【0004】
特許文献2には、銅板を基板とし、ニッケルめっき層を形成させ、その上にシランカップリング剤塗布層またはポリアクリル酸の皮膜を形成させて半導体用放熱板とし、これに半導体チップおよびプリント基板を接着し、トランスファーモールド樹脂で半導体チップを封止し、接着樹脂との密着性に優れた半導体用放熱板を得ることが開示されている。
【0005】
特許文献3には、最表面にSi換算付着量で0.5mg/m以上のシラン化合物被膜が形成され、その下層に厚さ1000〜2000Åの酸化皮膜が形成された銅又は銅合金板・条材であり、40℃〜60℃のシランカップリング剤水溶液を、銅又は銅合金板・条の表面に塗布して該表面にシラン化合物被膜を形成した後、これを加熱処理し、前記シラン化合物皮膜の下層に前記銅又は銅合金板・条の酸化皮膜を厚さ1000〜2000Åの厚さで形成し、樹脂密着性に優れかつ電気絶縁性を有する放熱板用銅又は銅合金板・条材を得ることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2001−342580号公報
【特許文献2】特開2002−270740号公報
【特許文献3】特開2005−226096号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
これらの従来の銅及び銅合金条材の表面処理方法では、充分な樹脂密着性が得られず、表面処理方法自体の改善と共に、その表面自体が通常の表面処理方法により、迅速に且つ均質に粗化され、粗化後の表面が樹脂密着性に優れた銅及び銅合金条材自体の開発が求められていた。
【0008】
本発明は、通常の表面処理剤にて、容易に迅速にかつ均質に粗化され、粗化後の表面が樹脂密着性に優れた電子機器用のCu−Fe−P系銅合金条材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本出願人は、特許第4527198号公報で開示されるように、直径が15nm未満の非常に微細な析出物粒子(Fe−P系化合物)は、500℃といった高温領域においては、粒子の移動を拘束するピン止め効果が小さく再結晶化の抑制効果をあまり期待出来ないが、透過型電子顕微鏡観察において、1μmあたりの析出物粒子の直径のヒストグラムにおけるピーク値が直径15〜35nmの範囲内でありかつ当該範囲内の直径の析出物粒子が総度数の50%以上の頻度で存在し、その半値幅が25nm以下である析出物粒子(Fe−P系化合物)は、500℃前後の高温領域での再結晶化抑制に非常に効果的であり、更なる耐熱性の向上に大きく寄与することを見出している。
【0010】
本発明者らは、上記の知見を更に検討の結果、Fe;1.5〜2.4質量%、P;0.008〜0.08質量%、Zn;0.01〜0.5質量%、残部がCuおよび不可避的不純物である銅合金条材は、表面から10μmまでの深さの範囲の結晶組織内のEBSD法にて測定したCube方位の方位密度が10〜20%であり、EBSD法にて測定した平均結晶粒径が10〜20μmであり、(111)面のX線回折ピーク強度Iと(220)面のX線回折ピーク強度Iとの比率I/Iが0.05〜2.5であると、その銅合金条材の表面の析出物粒子(Fe−P系化合物)が非常に均質に分散されて、通常の表面処理剤により、迅速に均質な粗化がなされ、更に、粗化された表面の算術平均粗さRaが0.15〜0.25μmであり、最大高さRzが1.0〜2.0μmであり、二乗平均平方根粗さRqと最大高さRzの比Rq/Rzが0.10〜0.25であると、樹脂を密着した際の高温及び高湿度での接着性が特に優れていることを見出した。
【0011】
これらの知見より、本発明の表面粗化性および樹脂密着性に優れた電子機器用銅合金条材は、Fe;1.5〜2.4質量%、P;0.008〜0.08質量%、Zn;0.01〜0.5質量%、残部がCuおよび不可避的不純物である組成を有し、表面から10μmまでの深さの範囲の結晶組織内のEBSD法にて測定したCube方位の方位密度が10〜20%であり、EBSD法にて測定した平均結晶粒径が10〜20μmであり、(111)面のX線回折ピーク強度Iと(220)面のX線回折ピーク強度との比率I/Iが0.05〜2.5であることを特徴とする。
【0012】
EBSD法にて測定したCube方位の方位密度が10%未満であると、表面処理剤による表面の粗化が充分になされず、方位密度が20%を超えると、銅合金条材表面の歪が生じ易くなり、均質な粗化が出来難くなる。
Cube方位とは、結晶の<001> 方向が圧延方向、圧延面法線および幅方向と平行になる方位であり、圧延面には(100)面が配向する。Cube方位が発達するにつれて、そのCube方位を有する結晶粒の存在比率は大きくなり、Cube方位が過度に発達すると、当該銅合金の強度は低下する。
EBSD法でのCube方位の方位密度は、試料表面に電子線を入射させ、この時に発生する反射電子から菊池パターン(Cube方位マッピング)を得る。この菊池パターンを解析すれば、電子線入射位置の結晶方位を知ることができる。そして、該電子線を試料表面に2次元で走査させ、所定ピッチ毎に結晶方位を測定すれば、試料表面の方位分布が測定出来る。
【0013】
EBSD法にて測定した平均結晶粒径が10μm未満では、表面粗化の効果が飽和してコスト的に無駄である。平均結晶粒径が20μmを超えると、表面の均質な粗化に支障をきたす。
EBSD法での平均結晶粒径は、菊池パターン(Cube方位マッピング)を解析し、結晶粒径と各面積比率のヒストグラムから求めた。
【0014】
また、(111)面のX線回折ピーク強度Iと(220)面のX線回折ピーク強度Iとの比率I/Iは、主に表面粗化の迅速性に寄与し、I/Iが0.05未満では、効果が飽和し、I/Iが2.5を超えると、粗化の速度が遅くなる。
本発明では、通常の表面処理剤とは、銅或いは銅合金表面粗化剤、例えば、硫酸−過酸化水素系エッチング剤を意味し、これらの表面処理剤を使用して、本発明の銅合金条材表面を均質に粗化するのに要する時間は50秒以下である。
樹脂密着される表面の粗化は、通常、銅合金条材の表面より10μm以内の深さの範囲がなされれば良く、Cube方位の方位密度、平均結晶粒径、(111)面のX線回折ピーク強度Iと(220)面のX線回折ピーク強度Iとの比率I/Iは、表面より10μmまでの深さの範囲で上記の数値範囲内であれば充分であり、10μmを超えてまで上記の数値範囲内とするのは製造コスト的に無駄となる。
【0015】
更に、本発明の電子機器用銅合金条材は、表面処理剤により表面粗化された表面の算術平均粗さRaが0.15〜0.25μmであり、最大高さRzが1.0〜2.0μmであり、二乗平均平方根粗さRqと最大高さRzの比Rq/Rzが0.10〜0.25であることを特徴とする。
表面の算術平均粗さRaが0.15μm未満、或いは、0.25μmを超えも樹脂密着性が悪くなる。
最大高さRzが1.0μm未満、或いは、2.0μmを超えても樹脂密着性が不充分となり、特に高湿度時での密着性が悪くなる。
二乗平均平方根粗さRqと最大高さRzの比Rq/Rzが0.10未満では、粗化が均質になり過ぎて樹脂密着性が悪化する傾向が見られ、0.25を超えると、粗化が不均質になり樹脂密着性が悪くなる。
【0016】
更に、本発明の樹脂密着性に優れた電子機器用銅合金条材は、Ni;0.003〜0.5質量%及びSn;0.003〜0.5質量%を含有することを特徴とする。
これらの元素は、電子機器用銅合金の特性を向上させる効果を有しており、用途にあわせて選択的に含有させることで特性を向上させることが可能となる。
【0017】
更に、本発明の樹脂密着性に優れた電子機器用銅合金条材は、Al、Be、Ca、Cr、Mg及びSiのうちの少なくとも1種以上を含有し、その含有量が0.0007〜0.5質量%に設定されていることを特徴とする。
これらの元素は、電子機器用銅合金の特性を向上させる効果を有しており、用途にあわせて選択的に含有させることで特性を向上させることが可能となる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、通常の表面処理剤にて、容易に均質にかつ迅速に粗化され、粗化後の表面が樹脂密着性に優れた電子機器用のCu−Fe−P系銅合金条材を得ることが出来る。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の一実施形態である電子機器用銅合金条材について詳細を説明する。
本発明では、表面が迅速に均質に粗化され、粗化後の樹脂密着性に優れたCu−Fe−P−Zn系銅合金条材の基本組成は、Fe;1.5〜2.4質量%、P;0.008〜0.08質量%およびZn;0.01〜0.5質量%を含み、残部がCu及び不可避不純物からなる。この基本組成に対し、後述するSn、Ni等の元素を更に選択的に含有させても良い。
【0020】
(Fe)
Feは銅の母相中に分散する析出物粒子を形成して強度及び耐熱性を向上させる効果があるが、その含有量が1.5質量%未満では析出物の個数が不足し、その効果を奏功せしめることができない。一方、2.4質量%を超えて含有すると、強度及び耐熱性の向上に寄与しない粗大な析出物粒子が存在してしまい、耐熱性に効果のある析出物粒子が不足してしまうことになる。このため、Feの含有量は1.5〜2.4質量%の範囲内とすることが好ましい。
【0021】
(P)
PはFeと共に銅の母相中に分散する析出物粒子を形成して強度及び耐熱性を向上させる効果があるが、その含有量が0.008質量%未満では析出物粒子の個数が不足し、その効果を奏功せしめることができない。一方、0.08質量%を超えて含有すると、強度及び耐熱性の向上に寄与しない粗大な析出物が存在してしまい、耐熱性に効果のあるサイズ析出物粒子が不足してしまうことになると共に導電率及び加工性が低下してしまう。このため、Pの含有量は0.008〜0.08質量%の範囲内とすることが好ましい。
【0022】
(Zn)
Znは銅の母相中に固溶して半田耐熱剥離性を向上させる効果を有しており、0.01質量%未満ではその効果を奏功せしめることができない。一方、0.5質量%を超えて含有しても、更なる効果を得ることが出来なくなると共に母層中への固溶量が多くなって導電率の低下をきたす。このため、Znの含有量は0.01〜0.5質量%の範囲内とすることが好ましい。
【0023】
(Ni)
Niは母相中に固溶して強度を向上させる効果を有しており、0.003質量%未満ではその効果を奏功せしめることができない。一方、0.5質量%を超えて含有すると導電率の低下をきたす。このため、Niを含有する場合には、0.003〜0.5質量%の範囲内とすることが好ましい。
【0024】
(Sn)
Snは母相中に固溶して強度を向上させる効果を有しており、0.003質量%未満ではその効果を奏功せしめることができない。一方、0.5質量%を超えて含有すると導電率の低下をきたす。このため、Snを含有する場合には、0.003〜0.5質量%の範囲内とすることが好ましい。
なお、本発明の銅合金は、Al,Be,Ca,Cr,Mg及びSiのうちの少なくとも1種以上が0.0007〜0.5質量%含有されていても良い。これらの元素は、銅合金の様々な特性を向上させる役割を有しており、用途に応じて選択的に添加することが好ましい。
【0025】
本発明の樹脂密着性に優れた電子機器用銅合金条材は、Fe;1.5〜2.4質量%、P;0.008〜0.08質量%、Zn;0.01〜0.5質量%、残部がCuおよび不可避的不純物である組成を有し、表面から10μmまでの深さの範囲の結晶組織内のEBSD法にて測定したCube方位の方位密度が10〜20%であり、EBSD法にて測定した平均結晶粒径が10〜20μmであり、(111)面のX線回折ピーク強度Iと(220)面のX線回折ピーク強度Iとの比率I/Iが0.05〜2.5であることを特徴とする。
EBSD法にて測定したCube方位の方位密度が10%未満であると、表面処理剤による表面の粗化が充分になされず、方位密度が20%を超えると、銅合金条材表面の歪が生じ易くなり、均質な粗化が出来難くなる。
Cube方位とは、結晶の<001> 方向が圧延方向、圧延面法線および幅方向と平行になる方位であり、圧延面には(100)面が配向する。Cube方位が発達するにつれて、そのCube方位を有する結晶粒の存在比率は大きくなり、Cube方位が過度に発達すると、当該銅合金の強度は低下する。
EBSD法でのCube方位の方位密度は、試料表面に電子線を入射させ、この時に発生する反射電子から菊池パターン(Cube方位マッピング)を得る。この菊池パターンを解析すれば、電子線入射位置の結晶方位を知ることができる。そして、該電子線を試料表面に2次元で走査させ、所定ピッチ毎に結晶方位を測定すれば、試料表面の方位分布が測定出来る。
EBSD法にて測定した平均結晶粒径が10μm未満では、表面粗化の効果が飽和してコスト的に無駄である。平均結晶粒径が20μmを超えると、表面の均質な粗化に支障をきたす。
EBSD法での平均結晶粒径は、菊池パターン(Cube方位マッピング)を解析し、結晶粒径と各面積比率のヒストグラムから求めた。
(111)面のX線回折ピーク強度Iと(220)面のX線回折ピーク強度Iとの比率I/Iは、主に表面粗化の迅速性に寄与し、I/Iが0.05未満では、効果が飽和してコスト的に無駄となり、I/Iが2.5を超えると、粗化の速度が遅くなる。
樹脂密着される表面の粗化は、通常、銅合金条材の表面より10μm以内の深さの範囲がなされれば良く、Cube方位の方位密度、平均結晶粒径、(111)面のX線回折ピーク強度Iと(220)面のX線回折ピーク強度Iとの比率I/Iは、表面より10μmまでの深さの範囲で上記の数値範囲内であれば充分であり、10μmを超えてまで上記の数値範囲内とするのは製造コスト的に無駄である。
【0026】
更に、本発明の電子機器用銅合金条材は、前記表面処理剤により粗化された表面の算術平均粗さRaが0.15〜0.25μmであり、最大高さRzが1.0〜2.0μmであり、二乗平均平方根粗さRqと最大高さRzの比Rq/Rzが0.10〜0.25であることを特徴とする。
表面の算術平均粗さRaが0.15μm未満、或いは、0.25μmを超えも樹脂密着性が悪くなる。
最大高さRzが1.0μm未満、或いは、2.0μmを超えても樹脂密着性が不充分となり、特に高湿度時での密着性が悪くなる。
二乗平均平方根粗さRqと最大高さRzの比Rq/Rzが0.10未満では、粗化が均質になり過ぎて樹脂密着性が悪化する傾向が見られ、0.25を超えると、粗化が不均質になり樹脂密着性が悪くなる。
【0027】
次に、本発明の析出物粒子(Fe−P系化合物)を有するCu−Fe−P系銅合金条材の製造条件の一例について以下に説明する。析出物粒子を銅合金条材の表面より10μmまでの深さの範囲の結晶組織内に均質に分散させる為の冷間圧延、低温焼鈍の各条件を除き、通常の製造工程自体を大きく変えることは不要である。
先ず、上記の好ましい成分範囲に調整された銅合金を溶解鋳造し、鋳塊を面削後、圧延率を60%以上にて熱間圧延を施し、次に、900〜950℃にて2〜4時間の溶体化処理を行う。
【0028】
(時効処理)
溶体化処理後の銅合金板を必要に応じて冷間圧延した後、450〜575℃にて3〜12時間の時効処理を行い、広範な粒度分布を有する析出物粒子を析出させ、最終の目的とする構成の析出物粒子を得るための素地をつくる。450℃以下或いは3時間以下では析出物粒子が充分に析出せず、575℃以上或いは12時間以上では銅合金組織が軟化する。
【0029】
(第1冷間圧延)
時効処理後の銅合金板を加工率65〜75%で1パス当りの圧下率を5〜10%で冷間圧延し、析出物の粒径を小さくすると共に更なる析出物粒子の析出を促進させる。析出相の優先核形成サイトが核生成の駆動力的に有利な転位セル境界となるため、核生成頻度が促進される。加工率が65%以下では析出物粒子の粒径を小さくするには不十分であり、75%以上では核生成頻度の促進効果に支障を来たす。1パス当りの圧下率が5%未満でも10%を超えても、(111)面のX線回折ピーク強度Iと(220)面のX線回折ピーク強度Iとの比率I/Iが0.05〜2.5の範囲に収まらない。
【0030】
(第1低温焼鈍)
第1冷間圧延後の銅合金板を250〜350℃にて30〜150秒の低温焼鈍を行い、析出物粒子の直径を一定の範囲値内にシフトさせる。これにより、表面から10μmまでの深さの範囲の結晶組織内のEBSD法にて測定したCube方位の方位密度が10%〜20%であり、EBSD法にて測定した平均結晶粒径が10μm〜20μmとし、表面処理剤により、銅合金条材の表面が均質に粗化されるようにする。250℃或いは30秒未満では効果がなく、350℃或いは150秒を超えると、析出物粒子の粗大化に繋がりピン止め効果の発揮に支障をきたし、表面状態の均質性をなくす。
この1回の低温焼鈍のみでは、析出物粒子の直径を一定の範囲値内にシフトさせ、表面から10μmまでの深さの範囲の方位密度、平均結晶粒径を所定範囲値内に入れるのは無理であり、更なる冷間圧延及び低温焼鈍が必要となる。
【0031】
(第2冷間圧延)
第1低温焼鈍後の銅合金板を加工率15〜30%で1パス当りの圧下率5〜10%で冷間圧延し、析出物粒子を目的とする直径の範囲内にシフトさせる素地を作成する。加工率30%以上では全体としての圧延率が高くなり、再結晶化を促すことに繋がり、また、強度、導電率、ビッカース硬度にも悪影響を及ぼす。加工率15%以下では殆んど効果はない。1パス当りの圧化率が5%未満でも10%を超えても、(111)面のX線回折ピーク強度Iと(220)面のX線回折ピーク強度Iとの比率I/Iが0.05〜2.5の範囲に収まらなくなる。
【0032】
(第2低温焼鈍)
第2冷間圧延後の銅合金板を250〜350℃にて30〜150秒の低温焼鈍を行うことにより、1μmあたりに存在する析出物粒子の直径を一定の範囲値内にシフトさせる。これにより、表面から10μmまでの深さの範囲の結晶組織内のEBSD法にて測定したCube方位の方位密度が10%〜20%であり、EBSD法にて測定した平均結晶粒径が10μm〜20μmとし、表面処理剤により、銅合金条材の表面が均質に粗化される。250℃以下或いは30秒未満では効果がなく、350℃或いは150秒を超えると析出物粒子の粗大化に繋がりピン止め効果の発揮に支障をきたし、表面状態の均質性をなくす。
この第2低温焼鈍にて、1μmあたりに存在する析出物粒子の直径を一定の範囲値内にシフトさせ、表面から10μmまでの深さの範囲の結晶組織内のEBSD法にて測定したCube方位の方位密度が10%〜20%であり、EBSD法にて測定した平均結晶粒径が10μm〜20μmとならなければ、更に冷間圧延及び低温焼鈍を上記の加工率、熱処理条件にて繰返すことが必要となる。この場合、冷間圧延或いは低温焼鈍を単独で繰り返しても意味はなく、冷間圧延の後に低温焼鈍を行うことが重要である。
前述の様な構成とされた本実施形態の電子機器用銅合金は、通常の表面処理剤により迅速で均質な粗化処理がなされ、樹脂密着に優れたCu−Fe−P系の銅合金条材となる。
【実施例】
【0033】
以下、本発明の実施例について比較例を含めて詳細に説明する。
表1に示す組成の銅合金(添加元素以外の成分はCu及び不可避不純物)を、電気炉により還元性雰囲気下で溶解し、厚さが30mm、幅が100mm、長さが250mmの鋳塊を作製した。この鋳塊を730℃にて1時間加熱した後、圧延率67%にて熱間圧延を行って厚さ10mmに仕上げ、その表面をフライスで板厚8mmになるまで面削した後、920℃にて3時間の溶体化処理を行った後、板厚1.5mmまで冷間圧延を行った。次に、450〜575℃にて3〜12時間の時効処理を行った後、表1に示す条件にて、第1冷間圧延、第1低温焼鈍、第2冷間圧延、第3低温焼鈍を行い、表1に示す実施例1〜16、比較例1〜16の0.3mmの銅合金薄板を得た。
【0034】
【表1】

【0035】
得られた銅合金薄板から組織観察用の試験片を採取し、機械研磨およびバフ研磨を行った後、電解研磨して表面を調整した。得られた各試験片について、日立ハイテク社製のSEM 型番「S−3400N」) と、TSL社製のEBSD測定・解析システムOIM(Orientation Imaging Macrograph)を用いて300μm×300μmの領域を1μmの間隔で測定した。その後、同システムの解析ソフト(ソフト名「OIM Analysis」)を用いて、Cube方位の方位密度( 理想方位から15°以内) と平均結晶粒径(隣接するピクセル間の方位差が15°以上である境界を結晶粒界とみなした)を求めた。
また、X線回折装置にて、各試験片の(111)面と(220)面の回折ピーク強度を
測定し、そのピーク強度比率I/Iを求めた。
これらのCube方位の方位密度と平均結晶粒径、及び、(111)面のX線回折ピーク強度Iと(220)面のX線回折ピーク強度Iとの比率I/Iを表2に示す。
【0036】
次に、これら試験片を、HSO:70.5g/L(0.72mol/L)、H:34g/L(1mol/L)からなる組成のマイクロエッチング剤に35℃で表2に示す時間浸漬して表面の粗化を行い、粗化後の各試料片表面の表面粗さ(算術平均粗さRa、最大高さRz、二乗平均平方根粗さRq)を測定した。
粗さの測定は、レーザー顕微鏡(オリンパス社製OLS300)を用いた。
また、樹脂との密着性の評価(樹脂密着性)は、各銅合金薄板から作製した試験片の粗化面に、フィルムタイプのエポキシ系樹脂接着剤(東レ社製TSA−66)を用いて試験冶具を接着した後、室温にてせん断試験を実施し、樹脂の破壊モードを検査した。この時、破壊モードが樹脂内破壊のものを○ 、一部界面剥離を△ 、完全界面剥離のものを× とした。
これらの算術平均粗さRa、最大高さRz、二乗平均平方根粗さRqと最大高さRzとの比、及び、樹脂密着性の評価結果を表2に示す。
【0037】
また、各試験片の引張強さ、ビッカース硬さ、導電率の測定結果を表2に示す。
引張強さは、試験片を長手方向に圧延方向に平行としたJIS5号片を作製して測定した。
ビッカース硬さは、10mm×10mmの試験片を作製し、松沢精機社製のマイクロビッカース硬度計(商品名「微小硬度計」)を用いて0.5kgの荷重を加えて4箇所硬さ測定を行い、硬さはそれらの平均値とした。
導電率は、ミーリングにより10mm×30mmの短冊状の試験片を加工し、ダブルブリッジ式抵抗測定装置により電気抵抗を測定し、平均断面法により算出した。
【0038】
【表2】

【0039】
表2の結果より、本発明のCu−Fe−P系の銅合金条材は、通常の表面処理剤により、迅速に均質な表面粗化処理がなされ、優れた樹脂密着性を有し、引張強さ、ビッカース硬さ、導電率も良好であることがわかる。
【0040】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明はこの記載に限定されることはなく、その発明の技術的思想を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Fe;1.5〜2.4質量%、P;0.008〜0.08質量%、Zn;0.01〜0.5質量%、残部がCuおよび不可避的不純物である組成を有し、表面から10μmまでの深さの範囲の結晶組織内のEBSD法にて測定したCube方位の方位密度が10〜20%であり、EBSD法にて測定した平均結晶粒径が10〜20μmであり、(111)面のX線回折ピーク強度Iと(220)面のX線回折ピーク強度Iとの比率I/Iが0.05〜2.5であることを特徴とする表面粗化性及び樹脂密着性に優れた電子機器用銅合金条材。
【請求項2】
表面処理剤により表面粗化された表面の算術平均粗さRaが0.15〜0.25μmであり、最大高さRzが1.0〜2.0μmであり、二乗平均平方根粗さRqと最大高さRzの比Rq/Rzが0.10〜0.25であることを特徴とする請求項1に記載の表面粗化性及び樹脂密着性に優れた電子機器用銅合金条材。
【請求項3】
Ni;0.003〜0.5質量%及びSn;0.003〜0.5質量%を含有することを特徴とする請求項1或いは請求項2に記載の表面粗化性及び樹脂密着性に優れた電子機器用銅合金条材。
【請求項4】
Al、Be、Ca、Cr、Mg及びSiのうちの少なくとも1種以上を含有し、その含有量が0.0007〜0.5質量%に設定されていることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の表面粗化性及び樹脂密着性に優れた電子機器用銅合金条材。

【公開番号】特開2012−111999(P2012−111999A)
【公開日】平成24年6月14日(2012.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−262229(P2010−262229)
【出願日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【出願人】(000176822)三菱伸銅株式会社 (116)
【Fターム(参考)】