説明

表面被覆切削工具

【課題】基材と被膜との密着性を良好に保ち、過酷な切削条件に耐え得る表面被覆切削工具を提供する。
【解決手段】本発明の表面被覆切削工具は、基材と、該基材上に形成された被膜とを備えるものであって、基材は、硬質粒子と該硬質粒子を結合する結合相とを含み、被膜に接する硬質粒子は、被膜に接する側の表面に凹凸が形成されており、表面被覆切削工具の表面に対する法線を含む平面で切断したときの断面において、基材は、被膜に接する側の表面に位置する長さ50μmの基準線における面粗度Rmaxが1μm以上10μm以下であり、基準線における硬質粒子の凹凸を構成する凹部を挟む両端の凸部の先端を結ぶ線分Aの長さLは、10nm以上100nm以下であり、線分Aに平行でかつ凹部の最深部に接する線分Bと、線分Aとの距離Dは、10nm以上100nm以下であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面被覆切削工具に関し、特に表面が凹凸加工された基材上に被膜を被覆した表面被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
表面被覆切削工具の耐摩耗性および表面保護性を向上するために、WC超硬合金、サーメット等からなる基材の表面に、Ti、TiAl等の窒化物を単層または複数層積層した被膜を被覆することはよく知られている。
【0003】
近年、ステンレス、インコネル、チタン合金等のように、被削材の難削化が進んでおり、工具材料に要求される性能は厳しさを増す一方である。難削材の加工には、被膜の耐熱性を向上させることはもちろん、被膜が被削材に溶着して剥離することを防ぐために、基材と被膜とを強固に密着させる必要がある。
【0004】
たとえば特許文献1では、基材表面に、0.5μm以上30μm以下の面粗度Rmaxの凹凸を形成し、該凹凸が形成された基材上に被膜を形成する技術が開示されている。このような表面に被膜を形成することにより、基材と被膜との間にアンカー効果を作用させて、基材と被膜との密着性の向上を図っている。
【0005】
また、特許文献2には、基材表面に平均高さが0.05μm以上0.5μm以下の略三角形状の凸状結合相を形成し、かかる凸状結合相上に被膜を形成する技術が開示されている。このようにして被膜を形成することにより、凸状結合相と被膜とを密着させることをもって、基材と被膜との密着性の向上を図っている。
【0006】
特許文献3には、被膜を構成する結晶粒として、微粒の結晶粒と粗粒の結晶粒とを含むことにより、切削時に生じやすい大規模な溶着剥離を抑制する技術が開示されている。また、特許文献4には、被膜にSiを混入することにより、耐熱性および耐摩耗性を向上せしめた表面被覆切削工具が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平04−280972号公報
【特許文献2】特開2007−031779号公報
【特許文献3】特開2008−284636号公報
【特許文献4】特開平08−118106号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献2に示されるように、基材としてWC超硬合金を用いる場合、基材に含まれる結合相は基材表面において、表面全体の10%程度を占めるのみに留まる。このため、基材表面に位置する結合相の全てを理想的に被膜に接合させたとしても、基材と被膜とを強固に密着させることはできなかった。
【0009】
また、特許文献3では、被膜を構成する結晶粒を微粒化したことに伴い、基材を構成する硬質粒子も微粒にする必要がある。このため、基材を構成する材料が大幅に制限されることになる。また、特許文献4に開示される被膜は、Siを含有するため、圧縮残留応力が非常に高くなり、被膜が基材から剥離しやすいことが課題であった。
【0010】
以上、要するに、基材と被膜との密着性を向上させる試みは、従来から検討されているものの、ドライ切削、高送り条件等のような過酷な切削条件に耐え得るほど、基材と被膜とを密着させることはできていなかった。
【0011】
本発明は、上記のような現状に鑑みなされたものであって、その目的とするところは、基材と被膜との密着性を良好に保ち、過酷な切削条件に耐え得る表面被覆切削工具を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の表面被覆切削工具は、基材と、該基材上に形成された被膜とを備える表面被覆切削工具であって、基材は、硬質粒子と該硬質粒子を結合する結合相とを含み、被膜に接する硬質粒子は、被膜に接する側の表面に凹凸が形成されており、表面被覆切削工具の表面に対する法線を含む平面で切断したときの断面において、基材は、被膜に接する側の表面に位置する長さ50μmの基準線における面粗度Rmaxが1μm以上10μm以下であり、基準線における硬質粒子の凹凸を構成する凹部のうち、少なくとも1つの凹部において、該凹部を挟む両端の凸部の先端を結ぶ線分Aの長さLは、10nm以上100nm以下であり、線分Aに平行でかつ凹部の最深部に接する線分Bと、線分Aとの距離Dは、10nm以上100nm以下であり、該硬質粒子と被膜との接触線の長さをSとし、接触線には1または複数の所定形状の凹部が含まれ、該所定形状の凹部の長さLの和をTとすると、比T/Sは、0.1以上であることを特徴とする。
【0013】
被膜は、柱状晶の結晶組織からなり、所定形状の凹部に接する被膜の柱状晶の結晶の幅Wは、所定形状の凹部の長さLよりも小さいことが好ましい。長さLが、10nm以上50nm以下であり、かつ距離Dが10nm以上50nm以下であり、かつ比T/Sは0.1以上であることが好ましい。
【0014】
被膜は、Ti、Al、Si、およびCrからなる群より選ばれる1種以上の第1元素の炭化物、窒化物、または炭窒化物を含み、該第1元素に占めるSiの原子比は、20原子%以下であることが好ましい。第1元素に占めるSiの原子比は、3原子%以上10原子%以下であることが好ましい。
【0015】
表面被覆切削工具の表面に対する法線を含む平面で該表面被覆切削工具を切断した場合の断面における基材の表面の長さ50μmの基準線において、1μm以上10μm以下の面粗度Rmaxを形成する第1ステップと、被膜に接する側の基材の表面に位置する硬質粒子の表面に、凹凸を形成する第2ステップと、基材に対し、物理的蒸着法により基材上に被膜を形成する第3ステップとを含み、基準線における硬質粒子の凹凸を構成する凹部のうち、少なくとも1つの凹部において、該凹部を挟む両端の凸部の先端を結ぶ線分Aの長さLは、10nm以上100nm以下であり、線分Aに平行でかつ凹部の最深部に接する線分Bと、線分Aとの距離Dは、10nm以上100nm以下であり、該硬質粒子と被膜との接触線の長さをSとし、接触線には1または複数の所定形状の凹部が含まれ、該所定形状の凹部の長さLの和をTとすると、比T/Sは、0.1以上であることを特徴とする。
【0016】
第1ステップおよび第2ステップはいずれも、イオンボンバード処理によって行なうことが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明の表面被覆切削工具は、上記のような構成を有することにより、基材と被膜との密着性を良好に保ち、過酷な切削条件に耐え得るという優れた効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】基材の被膜に接する側の表面近傍の断面を示す模式図である。
【図2】基材の被膜に接する側の表面に位置する硬質粒子の断面を示す模式図である。
【図3】本発明の表面被覆切削工具を作製するための成膜装置の模式図である。
【図4】基材の被膜に接する側の表面近傍の断面をSEMで観察したときの画像である。
【図5】基材の被膜に接する側の表面に位置する硬質粒子の断面をSEMで観察したときの画像である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明について、詳細に説明する。なお、以下の実施の形態の説明では、図面を用いて説明しているが、本願の図面において同一の参照符号を付したものは、同一部分または相当部分を示している。なおまた、本発明において、膜厚は走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)により測定し、被膜の組成はエネルギー分散型X線分析装置(EDS:Energy Dispersive x-ray Spectroscopy)により測定するものとする。
【0020】
<表面被覆切削工具>
本発明の表面被覆切削工具は、基材とその上に形成された被膜とを備えたものである。このような基本的構成を有する本発明の表面被覆切削工具は、たとえばドリル、エンドミル、フライス加工用または旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップ、またはクランクシャフトのピンミーリング加工用チップ等として極めて有用に用いることができる。
【0021】
<基材>
本発明の表面被覆切削工具の基材としては、硬質粒子と該硬質粒子を結合する結合相とを含むものであれば、特に限定なく使用することができる。たとえば、超硬合金(たとえばWC基超硬合金、WCの他、Coを含み、あるいはさらにTi、Ta、Nb等の炭窒化物等を添加したものも含む)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの)、立方晶型窒化硼素焼結体等をこのような基材の例として挙げることができる。上記の中でも、被膜との密着性を良好に保つという観点から、WC基超硬合金、サーメット等を用いることが好ましい。基材として超硬合金を使用する場合、そのような超硬合金は、組織中に遊離炭素やη相と呼ばれる異常相を含んでいても本発明の効果は示される。
【0022】
なお、これらの基材は、その表面が改質されたものであっても差し支えない。たとえば、超硬合金の場合はその表面に脱β層が形成されていたり、サーメットの場合には表面硬化層が形成されていてもよく、このように表面が改質されていても本発明の効果は示される。
【0023】
本発明において、基材を構成する硬質粒子は、基材の主成分として含まれるものであり、基材の硬度を高めるために含まれるものである。一方、結合相は、上記硬質粒子同士を結合させるために設けられるものである。超硬合金からなる基材を用いる場合、硬質粒子としてはたとえばWC、TiC、TiCN等が用いられ、結合相としてはたとえばCo、Ni等が用いられる。一方、サーメットからなる基材を用いる場合、硬質粒子としてはたとえばTiC、TiN、TiCN、WC等が用いられ、結合相としてはたとえばCo、Ni等が用いられる。
【0024】
本発明に用いられる基材は、その表面にマクロな凹凸が形成されているが、該凹凸とは別に、基材の表面に位置する硬質粒子の被膜側の表面にミクロな凹凸が形成されることを特徴とする。本発明において、前者のマクロな凹凸(基材表面の凹凸)を面粗度というパラメータによって規定し、後者のミクロな凹凸(硬質粒子表面の凹凸)を凹部を挟む凸部の先端を結ぶ線分の長さと該線分から凹部の最深部までの深さというパラメータによって規定する。
【0025】
そして、前者のマクロな凹凸が基材と被膜との密着性の向上に寄与し、後者のミクロな凹凸が被膜を構成する結晶の幅Wを緻密にすることに寄与する。本発明の基材は、前者のマクロな凹凸と後者のミクロな凹凸とが組み合わせられた表面性状を備えることにより、従来技術では予測し得ないほど基材と被膜との密着性を向上させることができ、もって過酷な切削条件に耐え得る表面被覆切削工具を提供することができる。以下においては、図1を用いて、前者のマクロな凹凸(基材表面の面粗度)を説明し、図2を用いて、後者のミクロな凹凸(硬質粒子表面の凹凸)を説明する。
【0026】
<基材の表面の面粗度>
図1は、表面被覆切削工具の表面に対する法線を含む平面で切断したときの断面であって、基材の被膜に接する側の表面近傍を示す模式図である。本発明の基材は、図1に示される表面被覆切削工具の表面に対する法線を含む平面で切断したときの断面において、被膜に接する側の表面に位置する長さ50μmの基準線における面粗度Rmaxが1μm以上10μm以下であることを特徴とする。ここで、面粗度Rmaxは、基準線内の基材の凸部の最大値(最高高さ)と凹部の最小値(最低高さ)との差であり、その値が大きいほど凹凸の段差が粗いことを示す。
【0027】
このような面粗度を表面に有する基材は、その上に形成される被膜との接触面積が大きくなるため、被膜との密着性を向上させることができる。基準線における面粗度Rmaxが1μm未満であると、基材と被膜との接触面積を確保することができず、十分な密着性を確保することができなくなる。10μmを超えると、基材の表面の凹凸が、その上に形成される被膜にまで影響を与え、被削材が被膜に溶着しやすくなり溶着剥離を起こしやすくなる。
【0028】
基材の表面の面粗度Rmaxは、次のようにして算出する。まず、被膜の表面に対する法線を含む平面に沿って被膜および基材を切断し、その断面を機械研磨する。そして、その断面に対する垂直方向からSEMを用いて2500倍〜5000倍で観察する(図1は観察画像の模式図である)。この観察画像において、基準線内の基材の凸部の最大値と凹部の最小値との差が面粗度Rmaxとなる。
【0029】
<硬質粒子表面の凹凸>
図2は、基材の被膜に接する側の表面に位置する硬質粒子の断面を示す模式図である。図2に示されるように、被膜に接する硬質粒子は、被膜に接する側の表面に凹凸が形成されており、上述の基準線における硬質粒子の凹凸を構成する凹部のうち、少なくとも1つの凹部において、該凹部を挟む両端の凸部の先端を結ぶ線分Aの長さLは、10nm以上100nm以下であり、線分Aに平行でかつ凹部の最深部に接する線分Bと、線分Aとの距離Dは、10nm以上100nm以下であることを特徴とする。このような形状の凹部を形成することにより、その上に形成される被膜を構成する結晶の幅を100nm以下の微細な構造にすることができ、もって溶着剥離や被膜の破壊が著しく生じにくくなる。上記の長さLおよび距離Dはいずれも、10nm以上50nm以下であることが好ましい。
【0030】
上記の長さLが10nm未満または100nmを超えると、被膜の結晶の幅を微細化しにくく、被削材を切削加工するときに溶着剥離や被膜を構成する結晶粒の脱落が生じやすくなる。
【0031】
本発明における硬質粒子の表面に形成される凹凸の形状を示す長さLおよび距離Dは、次のようにして算出する。上述の基材表面の面粗度Rmaxを算出するときに得た断面に対し、SEMを用いて25000倍〜50000倍で観察した画像を得る。かかる画像にて観察できる任意の凹部を拡大し、その凹部を挟む凸部の先端を結んで線分Aを描き、その線分Aの長さLを測定する。そして、該線分Aに平行でかつ凹部の最深部に接する線分Bと線分Aとの距離Dを測定する。
【0032】
本発明においては、硬質粒子と被膜との接触線の長さをSとし、該接触線には1または複数の所定形状の凹部が含まれ、該所定形状の凹部の長さLの和をTとすると、比T/Sは、0.1以上であることを特徴とする。ここで、「接触線」とは、表面被覆切削工具の表面に対する法線を含む平面で切断したときの断面において、硬質粒子と被膜とが接触する線状の部分をいう。比T/Sが大きいほど、硬質粒子と被膜とが接触する部分の硬質粒子の表面に凹凸が形成されていることを示す。
【0033】
このような接触線の長さSは、表面被覆切削工具の断面の画像に基づいて直接的に算出する。比T/Sの算出方法としては、まず、表面被覆切削工具の断面において、硬質粒子と被膜との接触線の長さSが1μmとなる範囲に対し、その長さSの範囲を占める部分の所定形状の凹部の個数を求め、それぞれの所定形状の凹部の長さLを加算してTを算出する。このようにして接触線の長さSに対する所定形状の凹部の長さの和Tの比T/Sを算出する。上記の比T/Sは、0.2以上であることがより好ましい。一方、比T/Sが0.1未満であると、微細な結晶の割合が低くなり、溶着剥離や被膜破壊を抑制する効果が得られにくくなるため好ましくない。
【0034】
<被膜>
本発明における被膜は、基材上の全面を被覆する態様を含むとともに、部分的に被膜が形成されていない態様をも含み、さらにまた部分的に被膜の一部の積層態様が異なっているような態様をも含む。また、本発明の被膜は、その全体の膜厚が1μm以上10μm以下であることが好ましい。1μm未満であると耐摩耗性に劣る場合があり、10μmを超えると基材との密着性および耐欠損性が低下する場合がある。このような被膜の特に好ましい膜厚は2μm以上5μm以下である。また、本発明の被膜は、1層のみに限られるものではなく、2層以上積層させたものであってもよい。
【0035】
本発明の被膜は、Ti、Al、Si、およびCrからなる群より選ばれる1種以上の第1元素の炭化物、窒化物、または炭窒化物を含み、該第1元素を占めるSiの原子比は、20原子%以下であることが好ましい。より好ましいSiの原子比は3原子%以上10原子%以下である。Siの原子比が20原子%を超えると、被膜の圧縮残留応力が大きくなりすぎて、被膜自体が自己破壊するため好ましくない。このような組成からなる被膜は、柱状晶の結晶組織からなるものとなる。
【0036】
従来のようにSiを含まないTiNやTiAlNからなる被膜は、通常100nm以上の幅の結晶粒になりやすいが、上記のように被膜の構成成分としてSiを含むことにより、被膜を構成する結晶の幅Wを微細化することができ、もって耐熱性および耐摩耗性を向上させることができる。
【0037】
上記の被膜において、結晶の幅Wは、凹部の長さLよりも小さいことが好ましい。被膜を構成する結晶の幅Wが、上記の硬質粒子の表面の凹部の長さLよりも小さくなると、基材に対する被膜の密着性を向上させることができ、もって被削材の溶着剥離や被膜を構成する粒子の脱落等を著しく発生しにくくすることができる。これによりSiを含有したために、被膜の圧縮残留応力が高くなっても、基材と被膜との密着性が低下しにくくなる。なお、上記の結晶の幅Wは、被膜の断面をSEMで観察したときに、被膜を構成する結晶粒の長手方向に対し、垂直方向に最短となる線分の長さをいうものとする。
【0038】
<製造方法>
本発明の表面被覆切削工具を作製する方法としては、表面被覆切削工具の表面に対する法線を含む平面で該表面被覆切削工具を切断した場合の断面における基材の表面の長さ50μmの基準線において、1μm以上10μm以下の面粗度Rmaxを形成する第1ステップと、被膜に接する側の基材の表面に位置する硬質粒子の表面に、凹凸を形成する第2ステップと、該基材に対し、物理的蒸着法により基材上に被膜を形成する第3ステップとを含むことを特徴とする。
【0039】
ここで、上記の第1ステップおよび第2ステップにおいて、基材および硬質粒子の表面に凹凸を形成する方法としては、イオンボンバード処理、化学的エッチング処理、ショットブラスト処理、およびこれらを組み合わせた処理等を挙げることができる。中でもイオンボンバード処理は、その後の被膜を形成するステップを同一の装置内で行ない得るため、基材の表面処理から被膜の成膜に至るまでの各ステップを一貫して行なうことができ、生産性の観点から最も好ましい。
【0040】
本発明の被膜は、物理的蒸着法(PVD法)により形成されることが好ましい。これは、本発明の被膜を基材表面に成膜するためには結晶性の高い化合物を形成することができる成膜プロセスであることが不可欠であり、種々の成膜方法を検討した結果、物理的蒸着法を用いることが最適であることが見出されたからである。物理的蒸着法には、たとえばスパッタリング法、イオンプレーティング法などがあるが、特に原料元素のイオン率が高いカソードアークイオンプレーティング法を用いると、被膜を形成する前に基材表面に対して金属またはガスイオンボンバードメント処理が可能となるため、被膜と基材との密着性が格段に向上するというメリットがある。したがって、本発明の被膜は、物理的蒸着法の一種であるカソードアークイオンプレーティング法を採用して形成することが好ましい。以下においては、アークイオンプレーティング装置を用いて本発明の表面被覆切削工具を作製する各ステップを図3を参照しつつ説明する。
【0041】
図3は、本発明の表面被覆切削工具を作製するための成膜装置の模式図である。図3に示される装置は、チャンバー1と、該チャンバー1に原料ガスを導入するためのガス導入口2と、原料ガスを外部に排気するためのガス排出口3とを有する。チャンバー1は、真空ポンプ(図示せず)に接続されており、ガス排出口3を通じてチャンバー1の内部の圧力を変化させることができる。
【0042】
また、チャンバー1内には基材5を保持するための基材ホルダー4が設けられており、この基材ホルダー4は、基材バイアス直流電源10の負極に電気的に接続されている。他方、基材バイアス直流電源10の正極はアースされ、かつチャンバー1と電気的に接続されている。チャンバー1の側壁には、アーク式蒸発源6、7が取り付けられており、アーク式蒸発源6、7はそれぞれ、可変電源である直流電源8、9の負極に接続されており、直流電源8、9の正極はアースされている。
【0043】
<第1ステップ>
まず、基材ホルダー4に基材5をセットし、Arガスによるスパッタクリーニング(ボンバード)を兼ねた第1ステップのイオンボンバードを行なう。
【0044】
第1ステップにおいて、基材表面の長さ50μmの基準線において、1μm以上10μm以下の面粗度Rmaxを形成する。かかる第1ステップは、基材5に対し、チャンバー1内の圧力を0.5Pa以上1.5Pa以下の比較的低圧で、−1200V以上−800V以下の比較的高いバイアス電圧を基材に維持してイオンボンバード処理することにより行なわれることが好ましい。
【0045】
<第2ステップ>
続く、第2ステップにおいては、基材の被膜に接する側の表面に位置する硬質粒子の表面に凹凸を形成する。かかる第2ステップは、基材5に対し、チャンバー1内の圧力を1.5Pa以上2.5Pa以下の比較的高圧で、−800V以上−400V以下の比較的低いバイアス電圧を基材に維持してイオンボンバード処理することにより行なわれることが好ましい。
【0046】
<第3ステップ>
上記のようにして基材表面をイオンボンバード処理を行なった後に、該基材に対し、物理的蒸着法により基材上に被膜を形成する。まず、アーク式蒸発源7に被膜を構成するターゲットをセットする。ターゲットとしては、TiやCrの種々の金属単体もしくは金属化合物を用いることができる。
【0047】
被膜を構成する金属元素が2種以上である場合、アーク式蒸発源7に加えて、アーク式蒸発源6にターゲットをセットすることが好ましい。なお、図3においては、2個のアーク式蒸発源6、7を備える場合を示しているが、3個以上のアーク式蒸発源を用いてもよいことは言うまでもない。
【0048】
上記のようにターゲットをセットした後に、アーク式蒸発源6、7に直流電流を印加するとともに、アーク式蒸発源6、7とチャンバー1との間に数十から数百V程度の電圧を印加することにより、アーク式蒸発源6、7とチャンバー1との間をアーク放電させる。そして、アーク式蒸発源6、7にセットされたターゲットを部分的に溶解し、アーク式蒸発源6、7から基材5に向けてターゲットを蒸発させる。この蒸発したターゲットが窒素ガス等の原料ガスと反応させて、基材上に被膜を形成する。
【0049】
被膜を被覆するときにチャンバー1内に導入する原料ガスとしては、アルゴンガス、窒素ガス、または酸素ガスの他、メタン、アセチレン、ベンゼンなどの炭化水素ガスなどが挙げられ、これらを1種以上混合して用いてもよい。
【0050】
以上の製造方法により作製される表面被覆切削工具は、基材と、該基材上に形成された被膜とを備える表面被覆切削工具であって、基材は、硬質粒子と該硬質粒子を結合する結合相とを含み、被膜に接する硬質粒子は、被膜に接する側の表面に凹凸が形成されており、表面被覆切削工具の表面に対する法線を含む平面で切断したときの断面において、基材は、被膜に接する側の表面に位置する長さ50μmの基準線における面粗度Rmaxが1μm以上10μm以下であり、基準線における硬質粒子の凹凸を構成する凹部のうち、少なくとも1つの凹部において、該凹部を挟む両端の凸部の先端を結ぶ線分Aの長さLは、10nm以上100nm以下であり、線分Aに平行でかつ凹部の最深部に接する線分Bと、線分Aとの距離Dは、10nm以上100nm以下であり、該硬質粒子と被膜との接触線の長さをSとし、接触線には1または複数の所定形状の凹部が含まれ、該所定形状の凹部の長さLの和をTとすると、比T/Sは、0.1以上である。
【実施例】
【0051】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0052】
<実施例1>
本実施例の表面被覆切削工具の基材として、その材質がISO P30グレードの超硬合金であって、形状がSFKN12T3AZTNのものを用いた。基材を構成する超硬合金は、硬質粒子としてWCを含み、該硬質粒子をCoからなる結合相によって結合してなるものである。図3は、本実施例の表面被覆切削工具の作製に用いた成膜装置の模式図である。
【0053】
上記基材を図3の成膜装置の基材ホルダー4にセットするとともに、アーク式蒸発源7のターゲット材料にTiをセットした。そして、真空ポンプによりチャンバー1の内部の圧力を1.0×10-3Paとなるまで真空引きを行なった。これと同時に、チャンバー内のヒーター(図示せず)により、チャンバー内の温度を450℃まで昇温した。
【0054】
そして、第1ステップとして、Arガスを導入してチャンバー1の内部の圧力を1.0Paに保持し、直流電源9からDCバイアス電圧を徐々に上げながら−1200Vに維持し、イオンボンバード処理を60分間行なった。このようにして基材表面を9.4μmの面粗度Rmaxにした。
【0055】
次に、第2ステップとして、チャンバー内の圧力が2.0Paとなるようにガス導入口2からアルゴンガスを導入したとともに、DCバイアス電圧を−600Vに維持し、イオンボンバード処理を30分間行なった。このようにして基材表面に位置する硬質粒子の表面に凹凸を形成した。
【0056】
その後、チャンバー内の圧力が3.0Paになるようにガス導入口2から窒素ガスを導入するとともに、直流電源9からアーク式蒸発源7に100Aの電流を供給し、アーク式蒸発源7から前方向にTiイオンを蒸発させた。そして、アーク式蒸発源7に電流を供給するとともに、ガス導入口2から窒素ガスを導入し、基材バイアス直流電源10の電圧を60Vにセットし、その電圧を一定に保った。基材5の表面でTiイオンと窒素ガスとが反応することにより、基材上に3μmの厚みのTiNからなる被膜を形成した。以上のようにして、本実施例の表面被覆切削工具を作製した。
【0057】
<実施例2〜7および比較例1〜6>
実施例2〜7および比較例1〜6の表面被覆切削工具は、実施例1の表面被覆切削工具に対し、第1ステップおよび第2ステップのイオンボンバード処理の条件、ならびに被膜を形成するターゲット材料が、表1の「第1ステップ」、「第2ステップ」、および「被膜」の「組成」の欄に示されるように異なる他は、実施例1と同様の方法により作製した。なお、比較例1、2、および6においては、第2ステップを行なわなかった。なおまた、実施例6のように、被膜を構成する金属元素が多い場合は、図3中のアーク式蒸発源6、7の両方にターゲット材料をセットした。
【0058】
【表1】

【0059】
なお、目的の組成からなる被膜を得るために、チャンバー1に原料ガスを供給するためのガス導入口2からは、図示していないマスフローコントローラーを介して様々な原料ガスを導入した。
【0060】
<基材の表面分析>
上記のようにして作製した実施例1の表面被覆切削工具において、被膜の表面に対する法線を含む平面に沿って被膜および基材を切断し、その断面を機械研磨した。そして、その断面に対する垂直方向からSEMを用いて25000倍で観察した。実施例1の表面被覆切削工具の断面をSEMで観察した画像を図4に示す。
【0061】
図4は、基材の被膜に接する側の表面近傍の断面をSEMで観察したときの画像である。図4に示される断面において、長さ50μmの基準線における最大値と最小値との差を面粗度Rmaxとした。異なる5つの基準線で同様の方法により面粗度Rmaxを測定し、その5回の面粗度Rmaxの測定値の平均を表1の面粗度Rmaxの欄に示した。
【0062】
次に、同断面をSEMを用いて25000倍で観察した。図5は、基材の被膜に接する側の表面に位置する硬質粒子の断面をSEMで観察したときの画像である。なお、図5においては、凹部のうちの1つを示したものである。基材の表面に位置する硬質粒子の表面の凹凸を構成する凹部のうちの任意の5つの凹部において、該凹部を挟む凸部の先端を結ぶ線分Aの長さLを求め、その5点の平均値を算出し、表1の「長さL」の欄に示した。また、線分Aに平行でかつ凹部の最深部に接する線分Bを描き、線分Aと線分Bとの距離Dを求め、その5点の平均値を算出し、表1の「距離D」の欄に示した。
【0063】
被膜を構成する結晶粒の幅Wとしては、同断面をSEMを用いて25000倍で観察した画像において、断面の観察で区別し得る結晶粒の長手方向に対し、垂直で最短となる線分の長さを算出し、その5回測定の平均値を表1の「結晶の幅W」の欄に示した。
【0064】
上記の各実施例の表面被覆切削工具の断面において、硬質粒子と前記被膜との接触線の長さSが1μmを占める範囲の所定形状の凹部の個数を算出し、そのそれぞれの所定形状の凹部の長さLを加算することによりT/Sを算出した。同様の方法で5回測定し、その平均値を表1の「比T/S」の欄に示した。
【0065】
以上の分析の結果から、各実施例で作製された表面被覆切削工具は、基材と、該基材上に形成された被膜とを備える表面被覆切削工具であって、基材は、硬質粒子と該硬質粒子を結合する結合相とを含み、被膜に接する硬質粒子は、被膜に接する側の表面に凹凸が形成されており、表面被覆切削工具の表面に対する法線を含む平面で切断したときの断面において、基材は、被膜に接する側の表面に位置する長さ50μmの基準線における面粗度Rmaxが1μm以上10μm以下であり、基準線における硬質粒子の凹凸を構成する凹部のうち、少なくとも1つの凹部において、該凹部を挟む両端の凸部の先端を結ぶ線分Aの長さLは、10nm以上100nm以下であり、線分Aに平行でかつ凹部の最深部に接する線分Bと、線分Aとの距離Dは、10nm以上100nm以下であり、該硬質粒子と被膜との接触線の長さをSとし、接触線には1または複数の所定形状の凹部が含まれ、該所定形状の凹部の長さLの和をTとすると、比T/Sは、0.1以上であることが確認された。
【0066】
<工具寿命の評価>
上記で作製した各実施例および各比較例の表面被覆切削工具のそれぞれについて、乾式の断続切削試験を行なうことにより工具寿命の評価を行なった。断続切削加工の条件は、SUS304を被削材として用い、切削速度120m/min、送り速度0.2mm/刃、切り込み2.0mmの条件で、基材の表面が露出するまでフライス切削加工を行なった。そして、基材露出までに切削した切削長さを下記の表2に示した。なお、切削長さが長いほど、工具寿命が長いことを示している。
【0067】
【表2】

【0068】
表2から明らかなように、各実施例の本発明に係る表面被覆切削工具は、各比較例の表面被覆切削工具に比し、工具寿命を向上させていることが明らかである。これは、基材と被膜との密着性が向上したことによるものと考えられる。以上により、本発明によれば表面被覆切削工具の工具寿命を向上できることを確認した。
【0069】
以上のように本発明の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0070】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0071】
1 チャンバー、2 ガス導入口、3 ガス排気口、4 基材ホルダー、5 基材、6,7 アーク式蒸発源、8,9 直流電源、10 基板バイアス電源。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、該基材上に形成された被膜とを備える表面被覆切削工具であって、
前記基材は、硬質粒子と該硬質粒子を結合する結合相とを含み、
前記被膜に接する前記硬質粒子は、前記被膜に接する側の表面に凹凸が形成されており、
前記表面被覆切削工具の表面に対する法線を含む平面で切断したときの断面において、前記基材は、前記被膜に接する側の表面に位置する長さ50μmの基準線における面粗度Rmaxが1μm以上10μm以下であり、
前記基準線における前記硬質粒子の前記凹凸を構成する凹部のうち、少なくとも1つの凹部において、該凹部を挟む両端の凸部の先端を結ぶ線分Aの長さLは、10nm以上100nm以下であり、前記線分Aに平行でかつ前記凹部の最深部に接する線分Bと、前記線分Aとの距離Dは、10nm以上100nm以下であり、
前記硬質粒子と前記被膜との接触線の長さをSとし、前記接触線には1または複数の所定形状の凹部が含まれ、該所定形状の凹部の前記長さLの和をTとすると、比T/Sは、0.1以上である、表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記被膜は、柱状晶の結晶組織からなり、
前記所定形状の凹部に接する前記被膜の柱状晶の結晶の幅Wは、前記所定形状の凹部の長さLよりも小さい、請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記長さLが、10nm以上50nm以下であり、かつ前記距離Dが10nm以上50nm以下であり、かつ前記比T/Sは0.1以上である、請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
【請求項4】
前記被膜は、Ti、Al、Si、およびCrからなる群より選ばれる1種以上の第1元素の炭化物、窒化物、または炭窒化物を含み、
前記第1元素に占めるSiの原子比は、20原子%以下である、請求項1〜3のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項5】
前記第1元素に占めるSiの原子比は、3原子%以上10原子%以下である、請求項4に記載の表面被覆切削工具。
【請求項6】
表面被覆切削工具の表面に対する法線を含む平面で該表面被覆切削工具を切断した場合の断面における基材の表面の長さ50μmの基準線において、1μm以上10μm以下の面粗度Rmaxを形成する第1ステップと、
被膜に接する側の前記基材の表面に位置する硬質粒子の表面に、凹凸を形成する第2ステップと、
前記基材に対し、物理的蒸着法により前記基材上に被膜を形成する第3ステップとを含み、
前記基準線における前記硬質粒子の前記凹凸を構成する凹部のうち、少なくとも1つの凹部において、該凹部を挟む両端の凸部の先端を結ぶ線分Aの長さLは、10nm以上100nm以下であり、前記線分Aに平行でかつ凹部の最深部に接する線分Bと、前記線分Aとの距離Dは、10nm以上100nm以下であり、
前記硬質粒子と前記被膜との接触線の長さをSとし、前記接触線には1または複数の所定形状の凹部が含まれ、該所定形状の凹部の前記長さLの和をTとすると、比T/Sは、0.1以上である、表面被覆切削工具の製造方法。
【請求項7】
前記第1ステップおよび前記第2ステップはいずれも、イオンボンバード処理によって行なう、請求項6に記載の表面被覆切削工具の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2012−16783(P2012−16783A)
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−155824(P2010−155824)
【出願日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【出願人】(503212652)住友電工ハードメタル株式会社 (390)
【Fターム(参考)】