説明

表面電流測定装置及び表面電流測定方法

【課題】本発明は、海水等の導電性の液体に接する構造物の防食電流(表面電流密度)を高精度に計測するための表面電流測定装置及び表面電流測定方法に関する。
【解決手段】構造物の表面を覆うための絶縁性カバー1と、絶縁性カバー1の内側に設置された対極2と、絶縁性カバー1の内側と外側にそれぞれ設置された参照電極3、4と、参照電極間の電位差を計測する電圧計7と、対極2と構造物との間に直流電流を供給するための直流電源5とを備え、電位差が0のときの電流値に基づいて構造物の表面電流密度を算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海水等の導電性の液体に接する構造物の防食電流(表面電流密度)を高精度に計測するための表面電流測定装置及び表面電流測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
海洋プラント、船舶などといった海洋構造物は、周囲を海水に囲まれ、更には潮風に曝されるといった厳しい腐食環境下にある。この様な腐食を防止するために、例えば船舶用塗料を海洋構造物の表面に塗膜するといったことが考えられるが、摩耗等によって塗膜が劣化し、塗り替えが必要となるため、海洋構造物の表面の腐食や塗膜劣化の状況を把握することが必要である。
しかしながら、腐食や塗膜劣化の状況判断は、主にダイバーによる目視で行っており、塗膜内部の劣化や腐食の判断ができないといったことがある。
【0003】
一方、海洋構造物の腐食防止の他の例として、電気防食工法がある。電気防食工法には外部電源方式(外電電極法)と流電陽極方式(流電陽極法)の2つの方式がある。中でも、下記特許文献1に記載されているような、流電陽極方式が主流である。流電陽極方式は、金属のイオン化傾向の高低を利用したもので、図1に示すように、鉄(鋼材)よりもイオン化傾向の高いアルミニウム、亜鉛、マグネシウム或いはそれらの合金などから成る犠牲陽極102を防食対象の鋼材100の海水領域101に触れる部位、即ち対象表面103に溶接などにより電気的に接続し、犠牲陽極102と鋼材間の電位差により発生する電流を防食電流として鋼材100を防食状態に保つ方法である。また、この方法は上述の表面塗膜と併せて利用できる。
【0004】
しかしながら、流電陽極方式を用いた場合もまた、腐食や塗膜劣化の把握は主に目視で行っていた。また、電気防食用の犠牲陽極の寿命予測(交換時期)に関して、特許文献1では、単に構造物に流入する電流値若しくは電位差を経験値的に測定し、交換時期を推定するものであり、腐食や塗膜劣化の把握とは直接的に関係するものではなかった。
このような問題を解決するために、犠牲陽極の寿命予測及び腐食や塗膜劣化の把握を同時に観測できるようにすることが考えられる。例えば、下記特許文献2のように、表面電流密度を計測する方法が提案されている。
【特許文献1】特開2003−286591号公報
【特許文献2】国際公開第2005/050816号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、海水領域の電場を複数の電極でコントロールしようとすると不安定になったり、機器が複雑化したりするといった問題があった。特に微小な電流を測定しなければならない場合には制御電極からの電流によるノイズの影響で測定が不可能であるといった問題点があった。
本発明は、上述したような問題点を解決するためになされたものであり、本発明は、海水等の導電性の液体に接する構造物の防食電流(表面電流密度)を高精度に計測するための表面電流測定装置及び表面電流測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、高精度に防食電流を計測することができる装置を提供することを目的とし、本発明の上記目的は、導電性の液体に接する構造物の表面を覆うための絶縁性カバーと、前記絶縁性カバーが設置された状態においてその内側に設置された対極と、前記絶縁性カバーが設置された状態においてその内側と外側にそれぞれ設置された2本の参照電極と、該参照電極間の電位差を計測する電位差測定手段と、前記対極と前記構造物との間に直流電流を供給するための直流電源とを備え、前記電位差の実測値若しくは該実測値に基づく外挿値が0のときの前記電流値に基づいて前記構造物の表面電流密度を算出することを特徴とする表面電流測定装置によって達成される。
【0007】
また、本発明の上記目的は、前記直流電源から供給する電流を調節するための制御部と、前記供給される電流の電流値及び前記参照電極間の電位差を解析するための解析部とをさらに備えるとともに、前記制御部は、前記内側と外側の参照電極間の電位差が0に近づくように前記直流電源を制御し、前記解析部は、前記電位差の実測値若しくは外挿値が0のときの前記電流値に基づいて前記構造物の表面電流密度を算出することを特徴とする前記表面電流測定装置によって効果的に達成される。
【0008】
本発明は、高精度に防食電流を計測する方法を提供することを目的とし、本発明の上記目的は、導電性の液体に接する構造物の表面電流密度を測定する方法であって、該方法は、前記構造物の表面を絶縁性カバーで覆うステップと、前記絶縁性カバーを設置した状態においてその内側と外側にそれぞれ参照電極を設置するステップと、前記絶縁性カバーを設置した状態においてその内側に1本の対極を設置するとともに、前記対極と前記構造物との間に直流電流を供給するステップと、前記参照電極間の電位差の実測値若しくは該実測値に基づく外挿値を求めるステップと、前記電位差の実測値若しくは外挿値が0に近づくように前記直流電流値を調節するステップと、前記電位差が0のときの前記直流電流の電流値に基づいて前記構造物の表面電流密度を算出するステップと、を備えたことを特徴とする表面電流測定方法によって達成される。
【0009】
また、本発明の上記目的は、前記直流電源から供給する電流を調節するための制御部と、前記供給される電流の電流値及び前記参照電極間の電位差を解析するための解析部とをさらに備えるとともに、前記制御部が、前記内側と外側の参照電極間の電位差が0に近づくように前記直流電源を制御するステップと、前記解析部が、前記電位差の実測値若しくは外挿値が0のときの前記電流値に基づいて前記構造物の表面電流密度を算出するステップとを備えたことを前記表面電流測定方法によって効果的に達成される。
【発明の効果】
【0010】
本発明の表面電流計測装置および表面電流計測方法によれば、液体内の表面電流密度計測を高精度に計測できるようになった。例えば、カバーの直径が30cmの場合には、電流密度で従来は50mA/mであったものが、0.5mA/mまで測定できるようになった。
また、本発明では、電流密度測定の他、電位差の校正、電流制御等が簡便にできるようになった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の表面電流測定装置および表面電流測定方法について、図面を参照しながら詳細に説明する。
図2は、本発明の表面電流測定装置を示した概略図である。
本発明の表面電流計測装置は、測定対象表面を覆うための半球状カバー(容器)1と、電流を印加するための対極(補助電極)2と、カバー1の内側に設ける容器内参照電極3と、カバー1の外部に設ける容器外参照電極4、電流を印加するための直流電源5と、表面電流を測定する直流電流計6と、容器内参照電極3と容器外参照電極4との電位差を測定する直流電圧計7と、直流電流を制御するための制御部8、並びに電位差及び電流を解析するための解析部9を含む。直流電源5には、電流値を制御するための制御部8が図2では外付けで接続されているが、外付けのタイプは導線を用いて接続しても、赤外線等による遠隔操作でも良く、更には制御部が直流電源5に内蔵されている形でもかまわない。
また、カバーの形状は半球状には限らず、円筒状又は角柱状であってもよい。
【0012】
次に、直流電源5は鋼製の海洋構造物10に接続される。海洋構造物とは、一般的に船舶や防波堤などの海水や潮風に接する構造物のことを指す。直流電源5を海洋構造物10に接続することによって、海洋構造物10はアースの役割を果たす。また、直流電源5には電流計6と対極2が直列に接続されており、電流計で測定された電流値は、解析部9へと情報が伝達し、解析される。なお、導線については、耐海水性コーティングされていれば材質は特に問わず、対極2を導線に接続する際は、カバー1を貫通するような形で接続しても、対象表面12と接触部13との間に隙間がある場合は、その隙間から導線を通しても良い。対極2は白金(Pt)製が好ましいが、銀、銅、アルミニウム、チタン、クロム、亜鉛、金、タングステン等の金属単体や、若しくはそれらの合金などでもかまわない。カバー1は、絶縁性材質であることが好ましいが、プラスチック製で、絶縁性があればポリ塩化ビニル(PVC)、ポリカーボネート(PC)、ポリプロピレン(PP)、或いはポリエチレンテレフタレート(PET)に代表されるポリエステルなど材質は問わない。また、金属性のカバーにエポキシ樹脂などを絶縁塗装したカバーを用いても良い。また、カバー1は気密性を有する必要は無く、カバー1自体に孔(mmオーダー)や亀裂、前述の導線貫通のための孔があってもかまわない。
【0013】
次に、直流電圧計7には、容器内参照電極3と容器外参照電極4を接続する。ここで、容器内参照電極3は、対極2と同様にカバー1を貫通するような形で接続しても、対象表面12と接触部13との間に隙間がある場合は、その隙間から導線を通しても良い。参照電極3と4は、銀/塩化銀(Ag/AgCl)電極が好ましいが、水銀電極又はカロメル電極でも良い。なお、直流電圧計7の情報を解析部9に伝達する際は、導線で接続する代わりに、赤外線等による遠隔操作でも良い。
【0014】
続いて、本発明の表面電流測定装置を用いた表面電流測定方法についてフローチャート(図3)を参照しながら説明する。
先ず、図2で示した容器内参照電極3と容器外参照電極4のオフセット電位差を計測する(ステップS1参照)。計測方法は、電極3及び4として用いるための電極(銀/塩化銀電極)を電位差の無い状態の海水に浸して、オフセット値を記録する(オフセット計測)。この場合、電位差の無い海水とは、海水領域11若しくは前記海水領域の水質に近い海水を、バケツなどの容器に組み入れて、前記容器内にカバーなどで仕切りをしないで均一の状態にした海水のことである。オフセットの校正はこの時点で行ってもよいが、実際の電位差測定の時点(後述のステップS3)で行ってもよい。
【0015】
次に、図2に示したように該表面電流装置を組んだ後、カバー1を対象表面12に設置し、固定する。カバー1の固定には磁石を用いることが好ましいが、磁石の代わりにゴム製の吸盤などを用いても良い。また、対象表面12とカバー1は、接触部13を介して密に接していても、対象表面12とカバー1の間に隙間が空いていても良い。なお、対象表面12は表面塗膜されている状態である。
【0016】
次に、電流発生器から電流を発生させる(ステップS2参照)。ここで言う電流発生器とは、図2に示しているように直流電源5と電流値を制御するための制御部8とで成る部分のことを指す。また、解析部9には直流電流計6と直流電圧計7が接続されている(図2参照)。電流発生器で電流(このときに流れる電流をIとする。)を増加しながら、容器内参照電極3と容器外参照電極4の電位差VOI及びIを、計測時間t(秒)に対して、図4のようにプロットする(ステップS3参照)。なお、電位差VOIは、オフセット校正済みの電位差である(ステップS4参照)。予めオフセット校正するのが好ましいが、オフセット校正はデータ解析時に行うこともできる(ステップS5)。
【0017】
次に図4より、電位差VOIが平衡に達したとき、即ちVOI=0(mV)になった時間における電流発生器からの電流Iを解析部9に算出(出力)する(ステップS6参照)。ここで、図4のデータを、図5に示すように電位差VOIと電流Iとの関係にプロットし直したとき、図5中の切片(電流I)の電流値がIとなる。下記式1に示しているように、電流Iを表面積S(m)で割ることで表面電流密度i(A/m)を算出し解析部9に出力する(ステップS7参照)。ここで、表面積Sとは、対象表面12がカバー1によって覆われた領域の面積のことを指す。
i=I/S ・・・(式1)
【0018】
カバーがシート状の場合(図6参照)、海水に適用する場合はシートの径が1mの場合では対象面との隙間が数cmで実用可能である。この場合、電流印加の対極が測定対象面に近くなるので、電流が対象面で分布する。その影響を補正するためにシート状カバーの覆われた領域の表面積Sよりも小さい実効表面積S’によって電流密度を上記式1により算出する。S’は例えばSの60%乃至70%でよい補正が達成される。
【0019】
以上、本発明の表面電流計測装置および表面電流計測方法について海洋構造物を例として説明したが、本発明はこれらに限定されるものではなく、導電性の液体に接する構造物に対して同様に適用できるものである。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】一般的な流電陽極方式の概略図である。
【図2】本発明の表面電流測定装置の概略図である。
【図3】本発明の表面電流測定装置を使用した場合の表面電流測定方法のフローチャート図である。
【図4】VOI−t及びI−tプロット図である。
【図5】VOI−Iプロット図である。
【図6】カバーがシート状の場合の表面電流測定装置の概略図である。
【符号の説明】
【0021】
1 カバー
2 対極(補助電極)
3 容器内参照電極
4 容器外参照電極
5 直流電源
6 直流電流計
7 直流電圧計
8 制御部
9 解析部
10、100 海洋構造物
11、101 海水領域
12、103 対象表面
13 接触部
102 犠牲陽極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性の液体に接する構造物の表面を覆うための絶縁性カバーと、前記絶縁性カバーが設置された状態においてその内側に設置された対極と、前記絶縁性カバーが設置された状態においてその内側と外側にそれぞれ設置された参照電極と、該参照電極間の電位差を計測する電位差測定手段と、前記対極と前記構造物との間に直流電流を供給するための直流電源と、を備え、
前記電位差の実測値若しくは該実測値に基づく外挿値が0のときの前記電流値に基づいて前記構造物の表面電流密度を算出することを特徴とする表面電流測定装置。
【請求項2】
前記直流電源から供給する電流を調節するための制御部と、前記供給される電流の電流値及び前記参照電極間の電位差を解析するための解析部とをさらに備えるとともに、
前記制御部は、前記内側と外側の参照電極間の電位差が0に近づくように前記直流電源を制御し、
前記解析部は、前記電位差の実測値若しくは外挿値が0のときの前記電流値に基づいて前記構造物の表面電流密度を算出することを特徴とする請求項1に記載の表面電流測定装置。
【請求項3】
前記絶縁性カバーはプラスチック製である請求項1又は2に記載の表面電流測定装置。
【請求項4】
前記絶縁性カバーは、絶縁性樹脂でコーティングされている請求項1又は2に記載の表面電流測定装置。
【請求項5】
前記絶縁性樹脂は、エポキシ製樹脂である請求項4に記載の表面電流測定装置。
【請求項6】
前記絶縁性カバーは、半球状、円筒状又は角柱状である請求項1乃至5のいずれかに記載の表面電流測定装置。
【請求項7】
前記絶縁性カバーは、シート状である請求項1乃至5のいずれかに記載の表面電流測定装置。
【請求項8】
前記対極は、白金、銀、銅、アルミニウム、チタン、クロム、亜鉛、金、タングステンのうち少なくとも1つの金属から成る請求項1乃至7のいずれかに記載の表面電流測定装置。
【請求項9】
前記対極は、白金、銀、銅、アルミニウム、チタン、クロム、亜鉛、金、タングステンのうち2つ以上の金属から成る合金である請求項8に記載の表面電流測定装置。
【請求項10】
前記参照電極は、銀/塩化銀電極、水銀電極又はカロメル電極のいずれかである請求項1乃至9のいずれかに記載の表面電流測定装置。
【請求項11】
前記制御部は、前記直流電源と遠隔操作で接続される請求項2に記載の表面電流測定装置。
【請求項12】
請求項1乃至11のいずれかに記載の表面電流測定装置を使用した表面電流測定方法。
【請求項13】
導電性の液体に接する構造物の表面電流密度を測定する方法であって、該方法は、
前記構造物の表面を絶縁性カバーで覆うステップと、
前記絶縁性カバーを設置した状態においてその内側と外側にそれぞれ参照電極を設置するステップと、
前記絶縁性カバーを設置した状態においてその内側に1本の対極を設置するとともに、前記対極と前記構造物との間に直流電流を供給するステップと、
前記参照電極間の電位差の実測値若しくは該実測値に基づく外挿値を求めるステップと、
前記電位差の実測値若しくは外挿値が0に近づくように前記直流電流値を調節するステップと、
前記電位差が0のときの前記直流電流の電流値に基づいて前記構造物の表面電流密度を算出するステップと、を備えたことを特徴とする表面電流測定方法。
【請求項14】
前記直流電源から供給する電流を調節するための制御部と、前記供給される電流の電流値及び前記参照電極間の電位差を解析するための解析部とをさらに備えるとともに、
前記制御部が、前記内側と外側の参照電極間の電位差が0に近づくように前記直流電源を制御するステップと、
前記解析部が、前記電位差の実測値若しくは外挿値が0のときの前記電流値に基づいて前記構造物の表面電流密度を算出するステップとを備えたことを特徴とする請求項13に記載の表面電流測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−47811(P2010−47811A)
【公開日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−214049(P2008−214049)
【出願日】平成20年8月22日(2008.8.22)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】