説明

複数の材料層を有する鋳込まれたシリンダ摺動スリーブを備えるエンジンブロック、およびシリンダ摺動スリーブの製造方法

鋳込まれたシリンダ摺動スリーブを備えるエンジンブロックであって、前記シリンダ摺動スリーブは強度と耐摩耗性の異なる複数の材料層を含み、材料層は摺動内壁面を形成する少なくとも1つの内側層と、この内側層に対して外側にある、スリーブ本体を形成する少なくとも1つの層とを備え、ここで前記スリーブ本体は硬質アルミニウム合金または強化材料によって強化されたアルミニウム合金からなり、前記摺動内壁面は摺動性のあるAl−Si合金によって形成されている。ならびにとりわけ、Si粒子を備えるAl合金の遠心鋳造を、Si粒子が内側領域に、摺動性のあるAl−Si合金を形成しながら蓄積され、外側領域では硬質アルミニウム合金を形成しながら減少するように行う、シリンダ摺動スリーブのための製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋳込まれたシリンダ摺動スリーブを備えるエンジンブロック、とりわけ軽金属エンジンブロックに関するものであり、前記シリンダ摺動スリーブは強度の異なる複数の材料層を含む。材料層は、シリンダ摺動内壁面を形成する少なくとも1つの内側層と、この内側層に対して外側にある、スリーブ本体を形成する少なくとも1つの層とを備える。本発明はさらに、強度の異なる少なくとも2つの異なる材料層を備えた、軽金属エンジンブロックに鋳込むためのシリンダ摺動スリーブ、ならびに軽金属エンジンブロックに鋳込むためのシリンダ摺動スリーブの製造方法に関する。ここでシリンダ摺動スリーブは、強度の異なる軽金属からなる少なくとも2つの異なる材料層を有し、遠心鋳造によって、または材料の異なるパイプの押出成形により作製される。
【背景技術】
【0002】
現在の内燃機関の出力密度の上昇とともに、シリンダ内のシリンダ内壁への要求も定常的に増大し、これは高耐摩耗性の材料を要求する。同時に内燃機関は重量軽減へのますます高い要求を満たさなければならず、このことは軽量材料による製造を要求する。
【0003】
材料側で相反する要求を満たすための普及した手段は、耐摩耗性のシリンダスリーブを軽金属シリンダブロックに鋳込むことである。ここでシリンダスリーブはしばしば鋳鉄または過共晶のAl合金からなり、これらがアルミニウムシリンダブロックに鋳込まれている。
【0004】
軽量構造の観点の下で機関出力密度をさらに高めるためには、この種のAlシリンダ摺動スリーブはもはや適さない。なぜならこのAlシリンダ摺動スリーブは、良好な摺動特性を同時に備えながら所要の強度を提供することができないからである。このことはとりわけ、Alダイカスト合金またはMgダイカスト合金からなるシリンダクランクケースにおいて現れており、ダイカスト合金の強度が小さいためシリンダスリーブが高い強度を有していなければならない。シリンダスリーブのために強固な軽金属を使用すると、所要の摩耗特性の点で欠点が生じる。
【0005】
摩耗特性をさらに改善することは、例えばシリンダスリーブの摺動面に付加的に耐摩耗性の被覆を設けることによって達成される。例えば特許文献1から、シリンダ摺動スリーブ本体の上に摩耗保護被覆部を備えた本体を有する内燃機関用のシリンダ摺動スリーブが公知である。この被覆部は、炭素と酸素を備える硬質合金鉄ベースの、またはTiOベースの少なくとも1つの層からなり、摩耗保護層はマルテンサイト相を有していて、酸化物を形成する。有利な被覆方法は高速フレーム溶射(HVOF)である。
【0006】
特許文献2から、耐摩耗性を向上させた、Al−Si摺動内壁面からなるシリンダ内壁の別の製造方法が公知である。ここでは精密機械加工の最終の方法ステップが少なくとも1つ設けられており、そのステップで機械的な表面層硬化が実行される。
【0007】
別の手段は、Si析出物を多く含有する過共晶のAl合金からシリンダスリーブを作製し、エンジンブロックまたはシリンダクランクケースの完成後に、ケイ素粒が摺動面に露出されるように摺動面を後処理することである。
【0008】
公知の方法は、一部では高コストであり、摺動面の複数の後処理ステップ、シリンダ内壁のためのコストの掛かる被覆方法を必要とし、一部では高価な材料を必要とするという欠点を有する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】ドイツ特許第10308562 B3号公報
【特許文献2】ドイツ特許出願公開第10135618 A1号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
したがって本発明の課題は、クランクケースまたはシリンダブロックに鋳込むためのシリンダスリーブの安価な製造方法を提示することである。ここではシリンダブロックが、摺動面の耐摩耗性が高く、かつ改善された強度を有しており、鋳込まれたシリンダスリーブを備えるエンジンブロック、ならびにシリンダスリーブ自体を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この課題は本発明により、鋳込まれたシリンダ摺動スリーブを備えるエンジンブロック、とりわけ軽量金属エンジンブロックであって、前記シリンダ摺動スリーブは強度が異なる複数の材料層を含み、材料層は、シリンダ摺動内壁面を形成する少なくとも1つの内側層と、この内側層に対して外側にある、スリーブ本体を形成する少なくとも1つの層とを備え、請求項1の特徴部分により、前記スリーブ本体は硬質アルミニウム合金または強化材料によって強化されたアルミニウム合金からなり、前記摺動内壁面は摺動性のあるAl−Si合金によって形成されることにより解決される。ならびに、軽金属エンジンブロックに鋳込むための、少なくとも2つの別の材料層を備えるシリンダ摺動スリーブであって、請求項11の特徴部分によりシリンダ摺動スリーブは、硬質アルミニウム合金または強化材料によって強化されたアルミニウム合金からなるスリーブ本体と、強度の低い、摺動性のあるAl−Si合金からなる内壁とから一体的に形成されていることによって解決される。
【0012】
本発明の課題のさらなる解決手段は、軽金属エンジンブロックに鋳込むためのシリンダ摺動スリーブの製造方法である。ここでシリンダ摺動スリーブは強度の異なる軽金属からなる少なくとも2つの異なる材料層を有し、ここで請求項14の特徴部分により、シリンダ摺動スリーブの製造は、Si粒子を備えるAl合金の遠心鋳造によって、Si粒子が内側領域に、摺動性のあるAl−Si合金を形成しながら蓄積され、外側領域では硬質アルミニウム合金を形成しながら減少するように行われる。ならびに軽金属エンジンブロックに鋳込むためのシリンダ摺動スリーブの製造方法によっても解決される。ここでシリンダ摺動スリーブは強度の異なる軽金属からなる少なくとも2つの異なる材料層を有し、請求項19の特徴部分により次のステップを有する。
・摺動性のあるAlSi合金からなる材料層で硬質Al合金からなるアルミニウムパイプの内側を被覆して、片側が被覆されたパイプを形成するステップ、
・壁厚が減少し、粗いシリンダ摺動スリーブを形成するように前記パイプを押出成形するステップ、
・前記粗いシリンダ摺動スリーブを最終寸法に機械的に後処理するステップ。
【0013】
したがって本発明の第1の側面では、エンジンブロックまたはシリンダクランクケースに鋳込まれたシリンダスリーブが設けられており、このシリンダスリーブは少なくとも2つの材料層からなり、この材料層は大きな強度と、高い耐摩耗性または良好な摺動特性という2つの機能を有する。ここでは摺動スリーブがワンピースに組み立てられていることが非常に重要である。ワンピースのシリンダ摺動スリーブは、硬質アルミニウム合金または強化材料によって強化されたアルミニウム合金からなるスリーブ本体と、摺動性のあるAl−Si合金からなる摺動内壁面とからなる。
【0014】
本発明は、摺動スリーブにおいて硬質特性を耐摩耗性に結び付ける原理に基づくものである。ここで確実な材料としてAl合金があり、このAl合金の組成および添加物は、スリーブの半径方向拡がりにわたり変化する。組成の変化はいずれにしろ連続的である。または種々異なる材料勾配を以て変化することができる。移行領域または浸透領域の外では組成が実質的に一定である。したがってこれらの領域は有利には材料層として定義される。シリンダスリーブは少なくとも2つの材料層を有し、これらはシリンダ摺動面とスリーブ本体に相当する。
【0015】
シリンダスリーブがワンピースであることの利点は、例えば各形式の被覆の場合に発生し得る、形状結合または材料結合の継ぎ目が存在しないことである。とりわけ一定のAl相が形成される。このことにより、スリーブの熱伝導率が高くなり、種々異なる材料層相互の物理的融和性が最大となる。このことは、被覆されたシリンダ摺動スリーブと比較して大きな利点である。
【0016】
エンジンブロックは、閉鎖デッキ構造または開放デッキ構造に、とりわけ有利にはAlダイカスト合金またはMgダイカスト合金から作製される。アルミニウム合金からなるシリンダスリーブ、とりわけアルミニウム製のスリーブ本体は、非常に類似の材料であるから、鋳包合金に対して非常に良好な結合性、または材料結合および形状結合を示す。
【0017】
シリンダクランクケースに鋳込んだ後、内壁はすでに所要の摺動性または耐摩耗性の材料層を有しており、付加的な被覆は必要ない。後処理は摺動面の精密仕上げに限定することができる。しかし有利にはエンジンブロック内の内壁は滑らかにホーニング仕上げされており、Si粒子は合金内に残る。これにより内壁の表面は、Si粒の上にある薄いAl層により覆われる。有利にはAl被覆の厚さは、2〜10μmの領域にある。
【0018】
シリンダ摺動スリーブは、硬質Al合金がスリーブ本体に対して使用されているため高い安定性を有する。この高い安定性によりシリンダ内での高い燃焼圧力も許容され、その際に硬質Al合金を鋳包体として使用する必要がない。これにより安価なダイカスト合金でもシリンダクランクケースに対して使用することができる。
【0019】
スリーブ本体に対しては有利には鍛錬用合金(押出し合金とも称される)または鋳造合金が使用される。
【0020】
スリーブ本体のための鍛錬用アルミニウム合金は典型的には、熱間加工および冷間加工(圧延、押出成形、鍛造)によるプレート生産およびベルト生産によって作製される。典型的な「天然硬質」鍛錬用アルミニウム合金は、AlMg、AlMn、AlMgMn、AlSi硬化可能な鍛錬用合金である。典型的な硬化可能鍛錬用アルミニウム合金または押出し合金は、AlMgSi、AlCuMg、AlZnMg、AlZnMgCuの系、まとめるとAl(Mg、Si、Mn、Cuおよび/またはZn)である。とりわけ合金タイプ6100(AlSi1MgMnCu)、4032(AlSil2、5MgCuNi)、2016(AlCu9SiMg)、2219(AlCu6Mn)、2014 AlCu4SiMg、または2024(AlCu4Mg)が適する。さらにタイプ7000のZn含有合金も重要である。これらの合金はたしかに腐食に脆弱であるが、その代わりに硬質である。とりわけZn成分は融点の低減に作用し、これによってシリンダ摺動内壁面の鋳包の際にダイカスト合金に対してより良好な結合反応を示すことができる。とりわけAlZn4.5Mg1からAlZn8MgCuまでの一連の合金のうち、500〜600Mpaの引張強さと400〜500MPaの降伏点を備える鍛錬用合金が関心の対象である。
【0021】
ここでシリンダ摺動スリーブは個別に、またはシリンダスリーブパケットとして、すなわち繋がっているシリンダスリーブとして使用することができる。
【0022】
とりわけシリンダ摺動スリーブのスリーブ本体に適する鋳造合金には、とりわけ降伏点が240〜350MPa、引張強さが350〜420MPaに達することのできるAlCu4Tiベースの合金またはAlCu4MgTiが含まれる。さらに410〜450MPaの降伏点と460〜510MPaの引張強さに達することのできる合金タイプAlCu4MgAgTiもよく適する。
【0023】
材料コストが比較的低いので、降伏点が150〜200MPaであり、引張強さが250〜300MPaのAlMg5またはAlMg5Si2Mnもスリーブ本体にとって非常に重要である。典型的で安価なAl鋳造合金、例えばAlSi8Cu3、AlSi9Mg、AlSi11Mg、またはAlSi12CuNiMgも使用することができる。これらのさほど強固ではないAl鋳造合金では強度の低い欠点を、場合により構造的構成によって埋め合わせることができる。例えばスリーブ本体の壁厚を、比較的に大きく実現することができる。
【0024】
内側材料層はシリンダ摺動内壁面に相当する。この内側材料層に対して、本発明による摺動性のあるAl−Si合金が設けられる。このAl−Si合金はとりわけ過共晶のAl−Si合金であり、ここではSi析出により耐摩耗性が高められる。シリンダ摺動内壁面を形成するのに有利な合金には、AlSi12CuMgNi、AlSi12Cu4Ni2Mg、AlSi18CuMgNi、またはAlSi25CuMgNiベースの合金がある。さらにとりわけCu、Mn、Fe、Niおよび/またはTiを3重量%以下の量で添加したAlSi9−13合金も有利である。
【0025】
本発明の別の構成ではシリンダスリーブに、合金に結合された添加材料が設けられている。シリンダスリーブは、繊維または粒子からなる強化材料によって強化することができる。ここで添加材料はスリーブ本体を強化し、またはシリンダ摺動内壁面の耐摩耗性および摺動特性を改善するという役割を有する。例えばSiCのように格段に高い弾性率を備える強化粒子または強化繊維を装入することによって、これを支持するスリーブの弾性率を格段に高めることができる。このことは運転時の遅滞に関して有利であり、ひいては燃料消費およびオイル消費の点で有利に作用する。複数の材料層または材料勾配を備えるワンピース構造のスリーブによって、強化材料、例えば弾性率向上のためのSiC粒子が摺動内壁面領域に存在しないことを保証することができる。そうでないとそこには、摺動内壁面の加工性に関する問題、および摩擦相手、すなわちピストンリングまたはピストンの摩耗の問題が生じることになる。
【0026】
同時に異なる添加材料を使用し、両方の作用を同時に達成することができる。
【0027】
スリーブ本体を強化するための添加材料として強化材料Si、TiC、ZrOおよび/またはSiCが有利である。これらは粒子として、とりわけ強化繊維として使用することができる。摺動内壁面を改善するための添加材料としてとりわけSi粒子が重要である。
【0028】
シリンダスリーブの内部では、スリーブ本体の添加材料を備えるAl合金と、このAl合金と異なった摺動内壁面即ち摺動面の添加材料を備えるAl合金が互いに移行している。このことは合金組成が勾配状に変化することによって行われ、Alは一定の相として留まる。
【0029】
エンジンブロックはスリーブ本体と鋳包材料との間に、ある程度の厚さで鋳造された中間層を有することができる。この中間層は、シリンダスリーブ材料と鋳包材料からなる混合ゾーンである。この種の中間層はとりわけ、シリンダスリーブが鋳込みの前に外側被覆部または外側材料層を有している場合に観察される。この被覆部または層は結合を改善するために、即ちシリンダスリーブと鋳包材料との間の材料結合を改良する目的で作られる。この場合、例えばZn合金またはSn合金からなる被覆が公知である。
【0030】
本発明の別の側面は、軽金属エンジンブロック自体に鋳込むためのシリンダ摺動スリーブである。このシリンダ摺動スリーブは、強度と耐摩耗性が異なる少なくとも2つの異なった材料層を有し、シリンダ摺動スリーブは、硬質アルミニウム合金または強化材料によって強化されたアルミニウム合金からなるスリーブ本体と、摺動性があり、強度の比較的弱いAl−Si合金からなる摺動内壁面とからワンピースで形成されている。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】シリンダスリーブの横断面における構造を示す。縮尺は分かりやすくするために変化されている。
【発明を実施するための形態】
【0032】
ここで図1はシリンダ摺動スリーブ(1)、シリンダ摺動内壁面(2)、スリーブ本体(3)および材料外側層(4)を示す。
【0033】
材料層は相互に勾配形状に移行する。ここで勾配は有利には非常に急峻である。これによりシリンダ内壁(2)とスリーブ本体(3)による顕著な層状構造が生じる。硬質アルミニウム合金からなる勾配のない層の厚さは有利には3mmを越える。
【0034】
有利な実施形態では、スリーブ本体(3)は粒子強化された、または強化されないAlSi12、AlCu4Ti、AlCu4MgTi、またはAlZn4.5Mg1〜AlZn8MgCuからなり、シリンダ摺動内壁面(2)を形成する内側材料層は鋳造合金AlSi17、AlSi18CuMgNiまたはAlSi25CuMgNiからなる。
【0035】
シリンダ摺動スリーブの別の変形実施形態は材料外側層(4)である。この材料外側層は、鋳包プロセスを改善するための被覆部とすることができる。本発明の有利な実施形態では、シリンダ摺動内壁面(2)と材料外側層は同じ合金からなる。
【0036】
本発明は、シリンダ摺動スリーブの製造方法にも関する。
【0037】
軽金属エンジンブロックに鋳込むためのシリンダスリーブの本発明の第1の製造方法では、シリンダ摺動スリーブが強度の異なる軽金属からなる少なくとも2つの異なる材料層を有し、遠心鋳造技術が使用される。ここではSi粒子を備えるAl合金の遠心鋳造を行い、これによりSi粒子は内側領域では、摺動性のあるAl−Si合金を形成しながら蓄積され、外側領域では硬質アルミニウム合金を形成しながら減少する。この相分離とSi勾配の形成が可能であるのは、SiとAl合金がそれらの密度の点で相互に格段に異なっているからである。遠心分離の際の遠心力によって、比重の軽いSi粒子は上方へ浮揚し、または上方に蓄積される。
【0038】
密度に依存する勾配形成のこの原理は、粒子および/または繊維形態の別の添加材料のためにも使用することができる。遠心分離すべきAl合金は有利には、遠心鋳造の際に外側領域に蓄積されるAl合金よりも密度の高いセラミック強化粒子を付加的に有する。有利な強化粒子にはSiC、TiC、Siおよび/またはZrOがある。
【0039】
比重の軽い粒子と重い粒子の適切な組合せは、例えばSiとSiCにより得られる。密度差によって、SiC粒子を備える過共晶のAlSi合金では、Si粒子が有利には内側に、SiC粒子が有利には外側に蓄積される。このことは、Siを内壁の改善のために使用することができ、SiC含有量は外側縁部に向かって増大し、これによりスリーブ本体の強度を高めることを意味する。
【0040】
遠心鋳造では適切にコーティングすることにより、または適切なツール幾何形状により、シリンダスリーブの外面を粗化することができる。このことの利点は、公知の鋳鉄−粗鋳造スリーブと同様に、粗鋳造表面をスリーブ外側に形成できることである。この粗鋳造表面はダイカストへの接合に非常に有利である。なぜなら金属接合の他に、スリーブとダイカスト材料との高度な機械的繋ぎ合わせを達成することができるからである。
【0041】
本発明の特に適切な別の実施形態では、少なくとも以下のステップを備える鋳造工程が行われる。
・摺動性のあるAlSi合金からなる材料層で硬質Al合金からなるアルミニウムパイプの内側を被覆して、片側が被覆されたパイプを形成するステップ、
・壁厚が減少するように前記パイプを押出成形して、粗いシリンダ摺動スリーブを形成するステップ、
・前記粗いシリンダ摺動スリーブを最終寸法に機械的に後処理するステップ。
【0042】
ここでAlパイプの被覆は有利には、アルミニウム合金により鋳造することにより行われる。しかし同様に他の方法も適する。この方法ステップはコスト的に有利で簡単なプロセスを用いることができる。なぜなら正確な寸法に完成する必要はないからである。2つの層間の結合さえも不完全でよく、なぜならそれに続く同時押出ステップで材料層が相互に機械的に混合または固定接合されるからである。
【0043】
アルミニウムパイプには付加的に、Al合金からなる材料層(材料外側層(4))を設けることができる。有利にはこの材料層は、エンジンブロック用のアルミニウムダイカスト合金またはマグネシウムダイカスト合金と同じ組成である。Alパイプの被覆は溶解したAlSi合金に浸漬することによっても行うことができる。これによりスリーブ本体は両面がAlSi合金により被覆される。
【0044】
次の方法ステップでは被覆されたパイプが押出成形され、このときに壁厚が低減される。ここでは高圧により、異なる材料層が堅固に機械的に接合され、溶接される。
【0045】
同時押出により形成された、少なくとも2つの材料層を備える粗いシリンダ摺動スリーブが、続いて機械的に後処理され、最終寸法に調整される。
【0046】
アルミニウムパイプは有利には鍛錬用合金、とりわけ押出成形された鍛錬用合金、または粒子強化されたAl鋳造合金から作製される。
【0047】
摺動性のあるAlSi合金からなる内側材料層と、硬質Al合金からなる外側材料層を備えた、軽量金属エンジンブロックに鋳込むためのシリンダ摺動スリーブを製造するための別の手段は接合鋳造法であり、ここでは異なる溶解鋳造物が同時に鋳造される。
【0048】
シリンダ摺動スリーブは、重ねられた、または段階的な同時チクソキャスティング法によって、異なるAl合金の押出成形または同時押出成形で形成することができる。
【0049】
摺動性のあるAlSi合金は、結晶質で比較的粗いSi析出物を組織に含むことを特徴とする。Si結晶は耐摩耗性を高めるために非常に重要である。
【0050】
本発明の有利な改善形態では、シリンダ摺動スリーブが軽金属エンジンブロックに鋳込まれた後、摺動面に構造ホーニングが実行される。ここで構造ホーニングは、できれば表面の最終加工とすべきである。
【0051】
理想的には、この精密仕上げされた摺動内壁面は現在の技術よりもできるだけ滑らかにホーニングされる。すなわち支持するSi粒子または金属間化合物が機械的または化学的に露出されるのではなく、アルミニウムの非常に薄い被覆(2〜10μm)とともに残る。これによって摩擦値、ひいては摩擦損失を格段に低減することができる。この種の摺動内壁面上でのピストン/ピストンリングの摩耗を回避するために、精密な構造ホーニング、例えば螺旋ホーニングが行われる。この螺旋ホーニングは必要なオイル溜め容積を形成する。したがって構造ホーニングは、エンジンオイルのためのオイル溜めポケットまたはオイルリザーバを形成するために使用される。これらはとりわけ、典型的には螺旋状に経過する微細な筋または溝として形成される。
【0052】
構造ホーリングされた摺動面を有するエンジンブロックは有利には、滑らかに被覆されたピストンリングを有するピストンと組み合わせて使用される。特に有利には、構造ホーリングされた摺動面とDLC被覆されたピストンリングであるピストンとの組合せである。DLC被覆とは、ダイヤモンドライクカーボン被覆であり、すなわちガス相から析出されたダイヤモンド状の層である。この組合せの利点は、ピストン負荷が高い場合に懸念される、ピストンリングと摺動面のAlとの間の材料摩耗が格段に低減されることである。したがって、とりわけSi結晶が特別に露出されていなくても無害である。これまではホーニング後にさらなる方法ステップで、Si結晶の上に塗膜または分散されたAlを再び除去しなければならなかったが、DLC被覆されたピストンリングとの有利な組合せではこのことを省略できる。
【0053】
被覆されたピストンリング、とりわけDLC被覆されたピストンリングによって、摩耗の回避されることが保証される。DLC被覆されたピストンリングにより、構造ホーリングされたAlSi摺動内壁面の摩耗安全性が、Si粒子が露出されていないAlSi摺動内壁面の場合では約100%改善されたことが示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋳込まれたシリンダ摺動スリーブを備えるエンジンブロックであって、前記シリンダ摺動スリーブは強度と耐摩耗性の異なる複数の材料層を含み、当該材料層は、摺動内壁面を形成する少なくとも1つの内側層と、この内側層に対して外側にある、スリーブ本体を形成する少なくとも1つの層とを備え、
前記スリーブ本体は硬質アルミニウム合金または強化材料によって強化されたアルミニウム合金からなり、前記摺動内壁面は摺動性のあるAl−Si合金によって形成されている、ことを特徴とするエンジンブロック。
【請求項2】
前記シリンダ摺動スリーブの材料層は相互に勾配形状で移行することを特徴とする請求項1記載のエンジンブロック。
【請求項3】
前記シリンダ摺動スリーブは鋳込む前にワンピースで組み立てられ、これにより材料層の間には形状分離または材料分離が存在しないことを特徴とする請求項1または2記載のエンジンブロック。
【請求項4】
前記シリンダ摺動スリーブは、エンジンブロックのアルミニウムダイカスト合金またはマグネシウムダイカスト合金に鋳込まれていることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載のエンジンブロック。
【請求項5】
前記シリンダ摺動スリーブは3つの材料層を有し、最外の材料層は、エンジンブロック用のアルミニウムダイカスト合金またはマグネシウムダイカスト合金と実質的に同じ組成を有することを特徴とする請求項4記載のエンジンブロック。
【請求項6】
前記スリーブ本体は、Al(Mg、Si、Mn、Cuおよび/またはZn)ベースの押出し合金または鍛錬用合金、とりわけAlSi1MgMnCu、AlSi12.5MgCuNi、AlCu9SiMg、AlCu6Mn、AlCu4SiMg、AlCu4Mg、AlZn4.5Mg1からAlZn8MgCuまでの群から選択されることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載のエンジンブロック。
【請求項7】
前記スリーブ本体は、AlCu4TiまたはAlCu4MgTi、AlSi7MgZn、AlSi12CuNiMg、AlSi7Mg0,6、AlSi9Mg、またはAlSi8Cu3ベースのAl鋳造合金からなることを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項に記載のエンジンブロック。
【請求項8】
前記シリンダ摺動内壁面は、過共晶のAlSi合金、AlSi12CuMgNi、AlSi12Cu4Ni2Mg、AlSi18CuMgNi、AlSi25CuMgNiまたはAlSi9−13からなることを特徴とする請求項1乃至7のいずれか1項に記載のエンジンブロック。
【請求項9】
前記シリンダスリーブは繊維または粒子からなる添加材料を有しており、該添加材料は前記スリーブ本体および/またはシリンダ摺動内壁面に配置されていることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載のエンジンブロック。
【請求項10】
前記添加材料は強化材料Si、TiC、ZrOおよび/またはSiCを含むことを特徴とする請求項9記載のエンジンブロック。
【請求項11】
軽金属エンジンブロックに鋳込むためのシリンダ摺動スリーブであって、強度と耐摩耗性が異なる少なくとも2つの異なる材料層を備えるシリンダ摺動スリーブにおいて、
前記シリンダ摺動スリーブは、硬質アルミニウム合金または強化材料によって強化されたアルミニウム合金からなるスリーブ本体と、摺動性があり、強度の比較的弱いAl−Si合金からなる摺動内壁面とからワンピースに形成されている、ことを特徴とするシリンダ摺動スリーブ。
【請求項12】
前記材料層は勾配状に相互に移行しており、硬質アルミニウム合金からなる勾配のない層の厚さは3mmを越えることを特徴とする請求項11記載のシリンダ摺動スリーブ。
【請求項13】
前記スリーブ本体は、粒子強化された、または強化されないAlSi12、AlCu4Ti、AlCu4MgTiまたはAlZn4.5Mg1〜AlZn8MgCuからなり、
内側材料層は、過共晶のAlSi合金、AlSi12CuMgNi、AlSi12Cu4Ni2Mg、AlSi18CuMgNi、AlSi25CuMgNiまたはAlSi9−13からなる鋳造合金の1つからなることを特徴とする請求項11または12記載のシリンダ摺動スリーブ。
【請求項14】
軽金属エンジンブロックに鋳込むためのシリンダ摺動スリーブの製造方法であって、前記シリンダ摺動スリーブは強度の異なる軽金属からなる少なくとも2つの異なる材料層を有する方法において、
前記シリンダ摺動スリーブの製造は、Si粒子を備えるAl合金の遠心鋳造によって、Si粒子が内側領域に摺動性のあるAl−Si合金を形成しながら蓄積され、外側領域では硬質アルミニウム合金を形成しながら減少するように行う、ことを特徴とする製造方法。
【請求項15】
前記Al合金は、遠心鋳造の際に外側領域に蓄積されるAl合金よりも密度の高いセラミック強化粒子を付加的に含有することを特徴とする請求項14記載の方法。
【請求項16】
前記セラミック強化粒子は、SiC、TiC、Siおよび/またはZrOから形成されることを特徴とする請求項15記載の方法。
【請求項17】
Al合金として過共晶のAlSi合金が使用されることを特徴とする請求項15または16記載の方法。
【請求項18】
前記シリンダ摺動スリーブの外面は、遠心鋳造の際に高い粗度を以て鋳造され、該外面は相応のコーティングを鋳型に施すことによって形成されることを特徴とする請求項14乃至17のいずれか1項に記載の方法。
【請求項19】
軽金属エンジンブロックに鋳込むためのシリンダ摺動スリーブの製造方法であって、該シリンダ摺動スリーブは強度の異なる軽金属からなる少なくとも2つの異なる材料層を有し、
・摺動性のあるAlSi合金からなる材料層で硬質Al合金からなるアルミニウムパイプの内側を被覆して、片側が被覆されたパイプを形成するステップ、
・壁厚が減少し、材料層が強固に結合されるように前記パイプを押出成形するステップ、
・前記粗いシリンダ摺動スリーブを最終寸法に機械的に後処理するステップ
を含むことを特徴とする製造方法。
【請求項20】
前記アルミニウムパイプの外側は、エンジンブロック用のアルミニウムダイカスト合金またはマグネシウムダイカスト合金と実質的に同じ組成を有するAl合金からなる材料層により付加的に被覆されていることを特徴とする請求項19記載の方法。
【請求項21】
前記材料層の少なくとも1つは、前記アルミニウムパイプへの鋳包みまたは鋳合せによって取り付けられることを特徴とする請求項19または20記載の方法。
【請求項22】
前記アルミニウムパイプは、鍛錬用合金、とりわけ押出成形された鍛錬用合金、または粒子強化されたAl鋳造合金から選択されることを特徴とする請求項19乃至21のいずれか1項に記載の方法。
【請求項23】
軽金属エンジンブロックに鋳込むためのシリンダ摺動スリーブの製造方法であって、前記シリンダ摺動スリーブは、摺動性のあるAlSi合金からなる内側材料層と、硬化Al合金からなる外側材料層とを有し、
前記シリンダ摺動スリーブは、重ねられた、または段階的な同時チクソキャスティング法によって、異なるAl合金の押出成形または同時押出成形で形成される、ことを特徴とする製造方法。
【請求項24】
前記シリンダ摺動スリーブを軽金属エンジンブロックに鋳込んだ後、摺動面の構造ホーニングが、オイル溜めポケットが形成されるような方法で行われることを特徴とする請求項14乃至23のいずれか1項記載の方法。
【請求項25】
構造ホーニングの後、表面は実質的にAl合金から形成され、露出されたSi結晶によっては形成されないことを特徴とする請求項24記載の使用法。
【請求項26】
請求項24記載の方法によって製造されたシリンダ摺動スリーブを、DLC被覆されたピストンリングを備えるピストンのために使用する使用法。

【図1】
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【公表番号】特表2011−506096(P2011−506096A)
【公表日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−535252(P2010−535252)
【出願日】平成20年11月21日(2008.11.21)
【国際出願番号】PCT/EP2008/008357
【国際公開番号】WO2009/068132
【国際公開日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【出願人】(598051819)ダイムラー・アクチェンゲゼルシャフト (1,147)
【氏名又は名称原語表記】Daimler AG
【住所又は居所原語表記】Mercedesstrasse 137,70327 Stuttgart,Deutschland
【Fターム(参考)】