説明

視神経炎の治療

【課題】視神経炎を治療する新規方法の提供。
【解決手段】視神経炎の発生する危険のある哺乳動物に、グルタミン酸が仲介するレチナール細胞損傷を阻害する保護薬剤を投与することを含む、視神経炎を治療する方法。さらに、(a)グルタミン酸仲介型レチナール損傷を引き起こす薬物、及び(b)グルタミン酸仲介型レチナール損傷を抑制する保護薬剤を含む組成物であって、該薬物が該保護薬剤の存在下で化学療法学的に活性である、組成物。

【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
発明の背景
本発明は視神経炎に関する。
エタンブトールはミコバクテリウム感染の治療における重要な薬物である。エタンブトールは水溶性の熱に対して安定な化合物であり、多くのM.アビウム(M. avium)複合体の株に対してだけでなく、ほとんどすべての結核菌(M. tuberculosis)株及びM.カンサシー(M. Kansasii)株に対しても活性である。他の細菌に対しては作用しない。エタンブトールは、ほとんどのイソニアジド耐性の結核菌及びストレプトマイシン耐性の結核菌の増殖を抑制する。この薬物にはほとんど副作用がないが、残念ながら視神経炎は例外である。この視神経炎はエタンブトールが投与されている患者のうち15%もの人に発生する。エタンブトールは視力の衰え、赤色を緑色と識別する能力の喪失、視野試験を行った場合の中心暗点の形成、又は視野の同心性狭小の発生の直接の原因となる。エタンブトールが関与する視覚障害は多くの場合、可逆的である。しかしながら視覚喪失は、エタンブトールを投与される患者の3%もの人で永続することがある。
【0002】
最近急激に発生してきた多剤耐性(MDR)の結核菌(TB)は緊急の公衆衛生問題となっており、素早い対応が望まれている。アメリカ合衆国において薬剤耐性の結核菌の罹患率が増加してきた結果として、結核治療に対する手段が変化した。最初に行う4薬剤管理が結核治療のために現在推奨されている。抗生物質のエタンブトールを用いた治療法は、新たに診断されたすべての症例において第1選択治療法として好適である。一般の人々及びAIDS感染者のどちらの人々のミコバクテリウム感染の治療においてもエタンブトールが重要な役割を果たすとすれば、エタンブトール治療の結果として起こりうる潜在的な破壊的視覚喪失は非常に重要であると考えられる。
エタンブトール及び他の治療薬を用いた治療の結果として起こる視覚障害及び視覚喪失はよく報告されているが、その損傷が生じる機序は明らかにされていない。
【発明の開示】
【0003】
発明の概要
本発明は、本発明者らによる、視神経炎の原因論における重要な過程の発見に基づく。したがって本発明は、グルタミン酸仲介型レチナール細胞損傷を抑制する保護薬剤を投与することによって、視神経炎を治療する方法、及び視神経炎が発生する危険に直面している哺乳動物における視覚障害を治療する方法を提供する。
【0004】
請求の範囲に記載された方法は、特発性の、又は薬物によって誘導される視神経炎を治療するために用いることができる。視神経炎を発生する危険に直面した哺乳動物とは、薬物を用いた治療を受けているか、又は視覚障害や視覚喪失を引き起こすことがわかっているかもしくは引き起こす可能性のある疾患即ち症状が起きている動物であると定義する。特に、その疾患即ち症状は、眼に影響を与える他の疾患は除外されているため、視神経炎が視覚喪失を起こす可能性があるか、又はその可能性が高い疾患即ち症状である。例えば多くの薬物が有害な視神経障害を起こすことがわかっている(表13参照)。薬物誘導性でない視神経炎は通常は特発性であるが、それは若い女性及び多発性硬化症患者に、より起こりやすい。
【0005】
いくつかの薬物が関与する視神経炎がN-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体を経由して仲介されているという本発明者らの発見によって、NMDA拮抗薬がレチナールの神経節細胞を保護できるということが認識された。したがって本発明の第2の面は、薬物を、グルタミン酸仲介型のレチナール細胞損傷を抑制する保護薬剤と同時に、又は連続的に投与することによって哺乳動物における該薬物の毒性を減少させる方法を特徴とする。保護薬剤は、視神経細胞の機能障害を減少させるか、又は破壊することによって作用することができる。保護薬剤とともに投与される薬物は、視神経細胞、例えばレチナール神経節細胞に損傷を与える可能性のある物質であってもよい。その例としては抗生物質、例えば結核などのミコバクテリア感染を治療するのに用いられる薬物であるエタンブトールである。この抗生物質は、保護薬剤の存在下で化学療法学的な作用を保持しているものであるべきである。
【0006】
好ましい保護薬剤は、例えばメマンチン(memantine)もしくはジゾシルピン(dizocilpine)(MK-801)などの不競合性オープンチャンネル遮断薬のようなNMDA拮抗薬である。その他の不競合性のNMDA拮抗薬は、例えばジベンジルシクロヘプテン(dibenzyocycloheptene)誘導体(Merck; Somerset, N. J.)、例えばシグマ受容体リガンド、例えばデキストロルファン(dextrorphan)、デキストロメトルファン(dextromethorphan)、モルフィナン誘導体(Hoffman LaRoche; Nutley, N. J.)、例えばカラミフェン(caramiphen)及びリムカゾール(rimcazole)(これもカルシウムチャンネルを遮断する)、ケタミン、チレタミン(Tiletamine)及び他のシクロヘキサン類、フェンサイクリジン(Phencyclidine:PCP)及びその誘導体、ピラジン化合物、アマンタジン(amantadine)、リマンタジン(rimantadine)及びその誘導体、CNS1102(ならびに関連する二置換グアニジン及び三置換グアニジン)、ジアミン類、コーヌス・ジェオグラファス(Conus geographus)由来のコナントカン(Conantokan)ペプチド、及びアガトキシン-489(Agatoxine-489)である。
【0007】
保護薬剤はまた、競合性のNMDA受容体結合性薬物、即ち作働薬の結合部位に作用する薬物であってもよい。例えば、CGS-19755(チバガイギー(CIBA-GEIGY); Summit, N. J.)及びその他のピペリジン誘導体、D-2-アミノ-7-ホスホノヘプタノエート(AP7)、CPP{[3-(2-カルボキシピペラジン-4-y-プロピル-1-ホスホン酸]、LY274614、CGP39551、CGP37849、LY233053、LY233536、O-ホスホホモセリン、又はMDL100-453などである。好ましい競合性のNMDA受容体結合性薬物は2-アミノ-5-ホスホノバレレート(APV)である。
【0008】
請求の範囲に記載された方法において用いることのできるその他のNMDA拮抗薬には、NMDA受容体のグリシン部位で作用するNMDA拮抗薬、例えば、キヌレレート(Kynurenate)、7-クロロ-キヌレネート(7-chloro-kynurenate)、5,7-クロロ-キヌレネート(5,7-chloro-kynurenate)、チオ誘導体、及びその他の誘導体(Merck)、インドール-2-カルボン酸、DNQX、キノクサリン(Quinoxaline)、又はCNQX、NBQX、グリシン粒子作働薬(例えば、P-9939,Hoecht-Roussel; Somerville, N. J.)を含むオキシジアゾール誘導体が含まれる。また、NMDA受容体のポリアミン部位で作用するNMDA拮抗薬、アルカイン及び関連のあるビグアニジン類並びに生物ポリアミン類、イフェンプロジル(Ifenprodil)及び関連薬物、ジエチレントリアミン SL82,0715、又は1,10-ジアミノデカン及び関連の逆作働薬が含まれ、また、NMDA受容体の還元部位で作用するNMDA拮抗薬には、酸化型及び還元型のグルタチオン、PQQ(ピロロキノリンキノン)、ニトログリセリン及びその誘導体、ならびにニトロプルシドナトリウム及び他のNO発生剤などの一酸化窒素(NO)又はその他の酸化状態の一酸化窒素(NO+、NO−)を発生する化合物、一酸化窒素シンターゼ(NOS)阻害剤(例えばN-モノ-メチル-L-アルギニン(NMA)、N-アミノ-L-アルギニン(NAA)、N-ニトロ-L-アルギニン(NNA)、N-ニトロ-L-アルギニンメチルエステル、を含むアルギニンアナログ、N-イミノエチル-L-オルニチン、フラビン阻害剤)、ジフェニルイオジニウム、カルモジュリン阻害剤、トリフルオペリジン、カルシニューリン阻害剤、例えばFK-506(カルシニューリン(calcineurin)を阻害し、したがってNOSジホスホリラーゼを阻害する)などが含まれる。他の非競合性のNMDA拮抗薬である、例えば831917189(ヘキスト−ルセル(Hoechst-Roussel); Somerville, N. J.)も用いることができる。NMDA受容体で作用する拮抗薬のみならず、NMDA受容体が活性化された後の段階を阻害する阻害剤、例えば、NMDA刺激(NMDAの毒性に関与している)によるプロテインキナーゼCの活性化を阻害する薬物を用いることもできる。即ちそれは、MDL27,266(Marion-Merrill Dow; Kansas City, MO)及びトリアゾール一誘導体、モノシアロガングリオシド(例えば、Fidia Corp., Italyから得られるGM1)及びその他のガングリオシド誘導体、LIGA20、LIGA4(カルシウムATPaseによるカルシウムの押しだしにも影響を与える)などである。また、例えばカッパオピオイド(kappa opioid)受容体作働薬のように、受容体の活性化よりも後の段階を阻害してホスファチジルイノシトール代謝を低下させる薬物も含まれる。即ちそれは、カッパオピオイド受容体作働薬(U50488 (Upjohn; Kalamazoo, MI)及びダイノルファン(dynorphan)など)、カッパオピオイド受容体作働薬、PD117302 CI-977、又は過酸化水素及びフリーラジカルによる損傷を減少させる薬剤(抗酸化剤、U74500A、U75412E及びU74006Fのような21-アミノステロイド(ラザロイド類)、U74389F、FLE26749、トロロックス(Trolox)(可溶性アルファトコフェロール)、3,5-ジアルコキシ-4-ハイドロキシ-ベンジルアミン類、一酸化窒素(NO)もしくは他の酸化状態の一酸化窒素(NO+、NO−)を発生させる化合物などである。本発明の方法はまた、受容体を遮断する薬剤のような、代謝性のグルタミン酸受容体で作用する薬剤、例えば、AP3(2-アミノ-3-ホスホノプリオン酸)の使用、又は、その受容体の作働薬として作用する薬剤、例えば一般的に「トランス」-ACPDともいわれる(1S,3R)-1-アミノ-シクロペンタン-1,3-ジカルボキン酸[(1,3)-ACPD]の使用を含んでいる。また、グルタミン酸放出を抑制する薬剤、例えばアデノシン、及びシクロヘキシルアデノシンのようなその誘導体、CNS1145、コノペプチド類などの誘導体(SNX-111、SNX-183、SNX-230、オメガ-Aga-IVA、ジョウゴグモの毒液より採取される毒物)、ならびに上述のような一酸化窒素(NO)又は他の酸化状態の一酸化窒素(NO+、NO−)を発生させる化合物などである。また、グルタミン酸受容体の刺激後に細胞内カルシウムを減少させる薬物も含まれ、それは例えば、ダントロレン(ナトリウム ダントリウム)、リアノジン(又はリアノジン+カフェイン)などの細胞内カルシウム放出を減少させる薬剤や、又はタプシガルギン(Thapsigargin)、シクロピアゾン酸(cyclopiazonic acid)、BHQ([2,5-ジ-(tert-ブチル)-1,4-ベンゾヒドロキノン;2,5-ジ-(tert-ブチル)-1,4-ベンゾヒドロキノン])などの細胞内のカルシウム-ATPaseを阻害する薬剤である。
【0009】
保護薬剤はまた、例えばエタンブトールが誘導する細胞内のカルシウム量上昇を減少させる薬物のような、カルシウムチャンネル遮断薬であってもよい。カルシウムチャンネル遮断薬は、同時に投与される薬物の活性を破壊しないことが好ましい。カルシウムチャンネル遮断薬は、さらに好ましくは血液-脳関門を通過できるものであり、最も好ましくは例えばニモジピン(nimodipine)のように視神経と接触することができるものである。
本発明はまた、視神経に対して毒性のある薬物を、NMDA拮抗薬及びカルシウムチャンネル遮断薬の両方と同時に投与する方法も含む。
【0010】
詳細な説明
視神経炎の機構
薬物誘導性の視神経炎が、NMDA受容体仲介型のグルタミン酸興奮性毒性に起因することが発見された。グルタミン酸が仲介する細胞損傷及び細胞死は、特発性のレチナール細胞障害及び薬物誘導性のレチナール細胞障害の両方に基づいていると考えられる。
ある種の薬物、例えばエタンブトールは、視覚障害又は視覚喪失を引き起こす毒性の副作用を有する。この毒性はNMDA受容体を介して仲介されることが明らかとなった。例えば抗生物質であるエタンブトールは、内因性のZn2+をキレート化することによって、レチナール細胞がNMDA仲介型のグルタミン酸損傷を起こしやすくするのであろう。NMDA拮抗薬とカルシウムチャンネル遮断薬がレチナール細胞の損傷を減少し抑制する有効な保護薬剤であるということが、下記の結果より示された。
【0011】
薬物誘導性の視神経炎
エタンブトールとは別に、他の数多くの薬物が視神経炎を生じさせ、視覚障害及び視覚喪失を引き起こしうる。本発明の方法は、エタンブトール、5-FU、デフェロキサミン、及びタモキシフェンなどの薬物によって誘導されるレチナール細胞の損傷を抑制するために有効であることが示された。これらの薬物は構造的には無関係であるため、本発明の方法は、薬物が結合した後、即ちレチナール神経節細胞のNMDA受容体が仲介するグルタミン酸興奮性毒性が起きた後の共通の段階又は経路に作用することによってレチナール細胞を保護する可能性が高い。
【0012】
特発性視神経炎
非薬物誘導性の視神経炎の主要な原因又は機構はわかっていない。非薬物誘導性の視神経炎で見られる臨床的な変化、例えばレチナール細胞の損傷は、薬物誘導性の視神経炎の場合に見られるものと同じである。これらの現象は、非薬物誘導性の視神経炎と薬物誘導性の視神経炎とが同じか又はよく似た機構で細胞損傷又は細胞死をもたらすということを強く示唆している。したがって、本発明の方法はまた、非薬物誘導性の視神経炎における損傷からレチナール細胞を保護するためにも有効であると考えられる。
【0013】
視神経炎におけるグルタミン酸の役割
網膜に対するグルタミン酸の毒性は主に、内側のレチナール層、特にレチナール神経節細胞層に対して影響がある。ある種の薬物、例えばエタンブトールの毒性とグルタミン酸の毒性とは、同様の機構を経て仲介されている可能性が高いことがここで発見された。レチナール神経節細胞で起こるインビトロでのグルタミン酸興奮性毒性の大勢を占める形態は、N-メチル-D-アルパラギン酸(NMDA)サブタイプのグルタミン酸受容体が過剰刺激されることによって仲介され、このような過剰刺激はその次に、細胞内のカルシウムを過剰なレベルにする。
【0014】
エタンブトール毒性におけるグルタミン酸の役割
エタンブトールは、培養物中のレチナール神経節細胞及び完全な動物の体内のレチナール神経節細胞の両方を殺す。エタンブトール誘導性の細胞死は、毒性レベルのグルタミン酸で見られるものと類似しており、そのことは、エタンブトール毒性が「興奮性毒性の」機構を経てNMDA受容体を介して仲介されるということを示している。
グルタミン酸は、レチナール神経節細胞にあるNMDA受容体に結合することによって細胞内のカルシウムを直接的に上昇させる。下記に説明したように、エタンブトール単独ではこのような効果はない。内因性のグルタミン酸がインビトロでレチナール神経節細胞培養物状態から除去されると、もはやエタンブトールはレチナール神経節細胞に対して毒性を有しない。これらのデータは、エタンブトールがこれらの細胞の内因性グルタミン酸に対する感受性を高めること、及びエタンブトールがNMDA受容体における直接的な作働薬ではないことを示している。NMDA拮抗薬がエタンブトール仲介型のレチナール神経節細胞の消失を阻止する効果があることがここで明らかとなった。したがって、本発明は、グルタミン酸仲介型の「興奮性毒性」を遮断することのできる薬剤、即ち例えばNMDA拮抗薬及びカルシウムチャンネル遮断薬などを投与することによって、抗生物質の毒性を減少させる方法を提供する。
【0015】
エタンブトールの毒性における亜鉛の役割
エタンブトールは、内因性の亜鉛をキレート化する性質があるため、レチナール神経節細胞に対して毒性がある。エタンブトールは亜鉛の内因性レベルを涸渇させるようである。この涸渇により、細胞、即ち通常内因性グルタミン酸のレベルに対して免疫性の細胞が、低レベルのこの興奮作用性アミノ酸に対し、より感受性となる。
【0016】
Zn2+はグルタミン酸神経伝達において重要な役割を果たすことが知られている。Zn2+は、すべての薬理学上のサブタイプのイオン親和性(ionotropic)のグルタミン酸受容体を、NMDA受容体と同様に調節することがわかっている(Boulter, J., et al., 1993, Neuron 110: 943-954)。高濃度で、Zn2+がNMDA仲介型毒性を阻害することはよく証明されている。Zn2+はまた、NMDA受容体のあるスプライス異型で作働薬により誘導される電流を強化することがわかっている(Hollman, 1993、上記)。しかしながら網膜におけるこの機構は、証明又は示唆されていない。
【0017】
エタンブトールの毒性における亜鉛の役割を研究するための実験を行った。補充した亜鉛は、細胞の生存能力のアッセイにおいてエタンブトールの毒性を遮断することが観察された。
細胞をNMDAにさらすと、細胞内のカルシウムが直接的に増加する。エタンブトール及びNMDAをレチナール神経節細胞に同時に投与した場合、細胞内のカルシウムは、NMDA単独を用いた場合よりもさらに大きく増加することが測量された。エタンブトール及びZn2+は、単独で用いても組み合わせて用いても細胞内のカルシウムレベルに影響を与えない。エタンブトール、亜鉛、及びNMDAを同時に投与することにより、細胞内のカルシウム濃度に対してNMDA単独と同じ効果があった。これらの実験は、エタンブトールがNMDAに対するレチナール神経節細胞の感受性を高めること、及びこの高められた感受性が内因性の亜鉛に緊密に関連していることを示唆している。
【0018】
これらのデータは、外来のZn2+を投与することによりエタンブトールの毒性からレチナール神経節細胞を保護できることを示唆している。しかしながら経口で亜鉛を補充すると、結核菌(TB)に対するエタンブトールの化学療法効果を抑制してその薬物を無効にしてしまう。本発明は、抗生物質(エタンブトール)の化学療法的活性を失わないようにしつつ、エタンブトールの毒性を減少させる方法を提供するものである。NMDA拮抗薬は、エタンブトールの抗ミコバクテリウム活性を保持したままエタンブトールの毒性からレチナール神経節細胞を保護することができる。したがって本発明は、抗生物質の毒性を減少させるための有望な臨床上の手段を提供する。
【0019】
TB及びAIDS感染症におけるエタンブトールの役割
ミコバクテリウム・ツベルクローシス(Mycobacterium tuberculosis)は、ヒト、ヒトに密接に接触する他の霊鳥類、及びヒトと密接に接触する他の哺乳動物、特に飼い犬及び飼い猫などに感染する偏性寄生菌である。しかしながらヒトのみが該微生物の保有宿主である。M.ツベルクローシス(M.tuberculosis)は好気性で胞子を形成せず、運動性のない桿菌である。AIDS患者に疾患を生じさせる他のミコバクテリアは、M.カンサシー(M. kansasii)、M.キセノピ(M. xenopi)、M.チェロニ(M. cheloni)、M.ゴルドネ(M. gordonae)、及びM.ボビス(M. bovis)(Mandell, G. L., Douglas, R. G., et al., 1990, Churchill Livingstone: 1074参照)である。
【0020】
エタンブトールは、AIDS及び一般の人々の両者に起こる結核を治療する際の頼みの綱である(MMWR, 1993, Morobidity & Mortality Weekly Report 42: 961-4、及びMMWR, 1993, Morobidity & Mortality Weekly Report 42: 1-8参照)。エタンブトールは、AIDS患者に対する2番目に多い病原体である、ミコバクテリウム・アビウム(Mycobacterium avium)の治療でも頼みの綱となる可能性が高い。 ミコバクテリアは、エタンブトールが指数関数増殖期の培養物に添加されると、急速にその薬物を取り込む。しかしながらこの薬物は結核菌静止性であるため、生長は24時間までは有意には阻害されない。エタンブトールの作用機構の詳細はわかっていないが、この薬物はミコバクテリアの細胞壁へのミコール酸の取り込みを阻止することがわかっている。
【0021】
TB感染症及びHIV感染症の両方が悪化している場合、エタンブトールは、ミコバクテリア疾患の治療における臨床的化学療法剤であり続けるであろう。エタンブトール治療で起こりうる潜在的な破壊的視覚喪失に加えて、可逆的な視覚喪失までも重大な臨床上の問題となりうる。即ちそれは患者の遵守である。結核に対する化学療法剤は、通常長期間にわたって処方されるが、このような治療の結果として視覚障害を起こした患者は、治療コースを最後まで続ける可能性が低い。部分的な、又は不完全な遵守は病原性ミコバクテリアの薬物耐性株を出現させる重要な要因である。
【0022】
この副作用をエタンブトールの化学療法としての効果を損なうことなく抑制することができるなら、患者の遵守及び生活の質の両方を改善できるであろう。エタンブトール治療によって生じる視覚喪失が減少又は阻止することができれば、患者の順応と生活の質の両方を改善することができるであろう。
【0023】
下記に記載した実験から、以下のことが示された。1)エタンブトールはレチナール神経節細胞に対してインビトロでもインビボでも毒性がある。この毒性は、TB又は他のミコバクテリア感染症のためのエタンブトール治療を受けているヒトの眼の組織において、予想可能な濃度で発生する。2)エタンブトールの毒性はNMDA拮抗剤及びカルシウムチャンネル遮断薬によって阻止される。3)エタンブトールの毒性は、内因性のグルタミン酸の存在に依存している。これらの結果はエタンブトールがNMDA受容体でグルタミン酸に対するレチナール神経節細胞の感受性を増加させることを示唆している。
【0024】
エタンブトールがレチナール神経節細胞に対して毒性を発揮する正確な機構にかかわらず、記載されたNMDA拮抗薬及びカルシウムチャンネル遮断薬は保護薬剤として有効に機能する。本発明は、AIDS患者及びTB患者におけるエタンブトールの毒性を抑制する新規で有望な方法を提供する。
【0025】
保護薬剤としてのNMDA拮抗薬
抗生物質の毒性を減少させるために有効であると考えられる保護薬剤は、それらの作用様式によって分類することができる。表1には、NMDA結合性部位、例えばAPVにおいて作働薬として作用する競合性のNMDA拮抗薬が列挙されている。表2には、不競合性のNMDA拮抗薬、例えばMK-801及びメマンチンが列挙されている。表3〜12には、視神経炎の治療において有効であると考えられる他のNMDA拮抗薬が列挙されている。
【0026】
利点
薬物誘導性の視神経炎を治療するために患者に投与される保護薬剤は、主要薬物の治療作用を妨害してはならない。エタンブトールの副作用を遮断できる薬理学的な薬剤を同定することができるが、エタンブトールの抗菌作用を犠牲にすることはできない。本明細書に開示された実験は、請求の範囲に記載した方法が抗生物質の化学療法剤としての作用を破壊することなくレチナール細胞に対する損傷を効果的に減少させることを示している。インビトロでの実験では、エタンブトールと同時に細胞に添加するメマンチン及び他のNMDA拮抗薬が、有効な保護薬剤となりうることが示された。
他の主要な利点は、これらの薬物のうちの多くのもの、例えばメマンチン及びニモジピンをほとんど毒性を与えることなく全身に投与できることである。これらの薬物の多くは充分に特徴がわかっており、治療薬として一般的に用いられている。MK-801(ジゾシルピン)はオープンチャンネルNMDA遮断薬であるが、この薬物は最も特徴が明らかにされている未知のNMDA拮抗薬の一つである。カルシウムチャンネル遮断薬であるニモジピンには、他の適応症に対しても一般的な臨床薬として承認されているという利点がある。ニモジピンはまた、NMDAの毒性を弱めることもわかっている。パーキンソン病の治療薬としてヨーロッパで現在用いられているメマンチンは毒性が限定されており、臨床的な使用においてはMK-801よりも優れているようである。
【0027】
NMDA拮抗薬としてのメマンチンの優越性
メマンチンは臨床上充分使用できるものであって、NMDAオープンチャンネル遮断作用がある不競合性の拮抗薬である(Chen, H. S. V., Pelligrini, J. W., et al., 1992, J. Neurosci. 12: 4424-4436参照)。
メマンチン(1-アミノ-3,5-ジメチルアダマンタン塩酸塩)は、抗パーキンソン症候群(Schwab, R. S., England, A. J., et al., 1969, JAMA 208: 1168参照)、及び抗癲癇性(Meldrum, B. S., Turski, L., et al., 1986, Naunyn Schmiedebergs Arch Pharm 332: 93参照)の性質を有することが知られており、それはアマンタジン(1-アダマンタナミン塩酸塩)のアナログであって、アメリカ合衆国で20年以上もの間臨床的に用いられている周知の抗-ウイルス薬(Schneider, E., Fischer, P. A., et al., 1984, Dtsch Med Wochenschr 109: 987参照)である。
【0028】
メマンチンは独特の即効性の速度論を有するため、MK-801よりも安全であることがわかっており、潜在的に損傷を受けている神経の領域であっても実質的に残っているNMDA受容体が機能できるようにする(Chen, 1992, supra参照)。低マイクロモルの濃度レベルのメマンチンは、パーキンソン病を治療しそして充分な耐性がある(Wesemann, W., Sontag, K. H., et al., 1983, Arzneimittelforschung, 33: 1122参照)。メマンチンは過去十年もの間、ヨーロッパでパーキンソン病に対して用いられている。
【0029】
メマンチンのボルト数及び作働薬依存性は、不競合性阻害及びオープンチャンネル遮断の機構と矛盾がない。薬理学的に不競合性の拮抗作用とは、作働薬によって受容体が活性化される前に、偶発的に起こる拮抗薬による阻害と定義される。この場合、オープンチャンネルの遮断は、遮断薬が孔の電場に移動して効果的にそのチャンネルを遮断する前に、NMDA受容体作用性のイオンチャンネルが開かなくてはならない一つのタイプの不競合性阻害である。メマンチンの遮断部位は、Mg2+結合部位の近傍に、又は相互作用して、チャンネル孔の内部にあると考えられている。
【0030】
メマンチンは不競合性のオープンチャンネル遮断薬であるため、遮断の程度は作働薬の濃度が増加するにつれて増加する(Chen, 1992、上記)。したがってメマンチンの重要な利点は、グルタミン酸の毒性負荷が大きくなるほど、メマンチンの神経保護がより効果的になることである。グルタミン酸の興奮毒性と直面すると、メマンチンによって阻害される電流の比率は実際には増加する。それでもNMDAにより引き起こされる応答は基底レベルのままである。他のNMDAオープンチャンネル遮断薬、即ちケタミン、フェンサイクリジン、及び三環性抗うつ薬などと比較すると、静止電位でおよそ1〜2μMのKiで結合した低マイクロモルのメマンチンは即効性の作用を有するため、この薬物はNMDAが関与する神経毒性の抑制にとって理想的である。
【0031】
メマンチンがNMDAが引き起こす[Ca2+]iの応答を阻害することが見出された。ディジタル方式のカルシウムイメージング法を用い、6μMのメマンチンが200μMのNMDAによって誘導されたカルシウムの過剰流入をかなり抑制できることが観察された。実際には[Ca2+]iは、メマンチンの存在下で、低い程度のNMDA受容体刺激と関連するレベルにまでしか上昇しなかった。この結果はさらに、メマンチンが、基本的なNMDA受容体仲介型応答は起こさせることができるが、過剰なNMDAの活性は遮断するという前提を確証するものである。
【0032】
インビボで、メマンチンは、その濃度がKi付近に維持されている限り臨床的に用いることができる。本発明によって用いると、それは潜在的なNMDA仲介型グルタミン酸毒性がある間、オープンチャンネル遮断剤として機能する。あるメマンチン濃度においては、高濃度のNMDAの効果は低濃度の効果よりも比較的大きな程度に遮断された。
【0033】
ヒトの用量及び投与
本発明の方法は、ヒトなどの哺乳動物を治療する際に用いられる。
本発明によると哺乳動物は、薬剤学的に有効量の保護薬剤単独か又は例えばエタンブトールなどの他の薬物と複合した保護薬剤を用いて視神経炎を抑制するのに充分な期間だけ治療が行われる。エタンブトールは通常、経口投与される。即ちエタンブトールとともに投与される保護薬剤は、経口的に供給してもよいし、又は下記に記述されているか又は当業者に知られている他の適当な供給方法によって供給してもよい
【0034】
本発明の方法では、薬剤学的に有効な量の保護薬剤を単独で視神経炎を治療する目的で投与することができる。他の方法では、保護薬剤を例えばエタンブトールなどの他の薬物と連続的に又は同時に投与してもよい。保護薬剤及び薬物の最も有効な投与方法及び用量の管理は、治療すべき疾患のタイプ、その疾患の深刻度及び経過、すでに行った治療法、患者の健康状態、及び薬物に対する応答性及び治療を行う医師の判断によって異なる。一般的には、保護薬剤は、血清濃度又は生体内濃度が0.1nM〜100mMになる用量で患者に投与されるべきである。
【0035】
好ましくは保護薬剤及び薬物は、薬物を用いて治療を行う前、後、又は前後に同時に又は連続的に投与される。従来の様式の投与方法及び標準的な用量管理が、例えばグルタミン酸拮抗薬などの保護薬剤について用いられる。薬物を保護薬剤と同時に投与する際の最適用量は、当業者に周知の方法を用いて決定することができる。保護薬剤の用量は、この保護薬剤と同時に投与される薬物の用量に基づいて、また治療管理に対する個々の患者の応答性に基づいて患者一人一人に対して調節すればよい。保護薬剤を患者に一回で投与してもよいし、又は一連の治療で投与してもよい。
【0036】
血液−脳関門を通過できない薬剤、例えばメマンチン、ジゾシルピン、APVは、局所的に、例えば吸入、局所適用、又は包膜内投与により投与すればよい。血液−脳関門を通過できる薬剤であるニモジピンなどは、例えば経口投与、静脈内投与などで全身性に投与することができる。
【0037】
これらの治療法で用いられる複合剤はまた、さまざまな剤形であることができる。これらには例えば、錠剤、丸剤、粉末剤、液状の溶剤又は懸濁剤、リポソーム剤、坐剤、注入可能な不溶性の溶液などの固形、半固形、及び液状のものなどが含まれる。好ましい剤形は、採用しようとしている投与形態及び治療適用によって選ばれる。複合剤はまた、当業者に知られている薬剤学上受容可能な通常の担体を含むことが好ましい。
【0038】
本明細書に記述した保護薬剤の効力及び適量は、げっ歯動物モデルを用いてエタンブトール−誘導性のレチナール神経節細胞の消失について評価することができる。保護薬剤、即ちNMDA拮抗薬、及び抗生物質の初期用量は、インビトロで最初に決定することができる。これらの実験から得られたデータは、ヒトへの投与を行う際の適切な用量管理法を決定するために用いることができる。最初に0.1〜1000μMのMK-801、0.1〜1000μMのメマンチン、及び0.1〜1000nMのニモジピンを、細胞の生存能力の実験で種々の濃度のエタンブトールに対してインビトロで試験した。これによってインビボで最適な濃度を選択できるようになる。
【0039】
一旦、インビトロでレチナール神経節細胞の消失を抑制できる適切な濃度が例えばニモジピンについて決まると、この濃度のニモジピンの存在下及び非存在での最小阻害濃度の評価は、エタンブトール(及び他の抗ミコバクテリア薬)の抗微生物効力が維持されていることを保障できるように決定することができる。
【0040】
エタンブトールの毒性を調べるラットモデルを用いたインビボでの実験は、次のように行うことができる。エタンブトールを1日に100mg/kgの用量でロングエバンスラット(Long Evans rats)に経口で投与する。対照の動物には担体のみを入れる。2カ月ないし4カ月が経過した後その動物を屠殺し、眼を摘出する。視神経と視交差を別々に分析する。全ての網膜を完全なマウントとして調製し、確立されたプロトコールにしたがってニッスル(Nissl)染色を行う。神経節細胞に焦点を合わせるとそれぞれの網膜にある細胞は、40倍の倍率で装備したアップライト方式の顕微鏡を用いてマスクした方式でカウントされる。接眼レンズのレチキュールの領域内に全ての明確に染色された細胞が含まれている。サンプル領域を、視神経からレチナールの末梢に向かう側頭部の軸、鼻の軸、腹側の軸及び背側の軸に沿って間隔をおいて0.25μM採取する。40個の領域をそれぞれの網膜に対して分析する。ここでは網膜の異なる領域にある異なるレチナール神経節細胞の密度の違いを除外する。
【0041】
NMDA拮抗薬即ちニモジピンの保護効果を更に簡単に検出するために、インビボにおけるレチナール神経節細胞の消失の激しさを増加させてもよい。例えば、約30%のレチナール神経節細胞の消失がエタンブトールを投与したことで起こるなら、これによって拮抗薬の試験を簡略化できるであろう。治療期間が長いこと又は短いことによっても評価することができる。例えばエタンブトールを、図2A〜2Cに示したように1カ月間だけラットに投与するのではなく、むしろラットに2〜4カ月間投与し、その後レチナール組織を評価することもできる。ニモジピン、メマンチン、又はMK-801をエタンブトールと同時に、又は連続的に投与してもよい。動物をその後で殺し、網膜を上述したように評価する。
【0042】
またN-(6-メトキシ-8-キノリル)-p-トルエンスルホンアミド(TSQ、Molecular Probes, Eugene, OR)も、エタンブトールを慢性的に投与した場合にレチナール神経節細胞から亜鉛の涸渇が生じるかどうかを試験するためにこれらの調製物に入れて用いることができる。TSQを用いる染色法は、エタンブトール試験を行う被検者において亜鉛を評価するため、及びエタンブトールとともに保護薬剤を投与されたそれらの被検者において亜鉛を評価するための両方の場合で用いることができる。
【0043】
いくつかのNMDA拮抗薬は、インビトロにおいてもインビボ においても正常の神経機能を妨害する能力があることがよく詳細に記述されている(Lipton, S. A. and Rosenberg, P. A., 1994, N Eng J Med 330: 613-622参照)。NMDA拮抗薬の投与によってもたらされる好ましくない毒性の副作用は、インビトロのアッセイによって容易に検出することができる。このアッセイでは、レチナール神経節細胞に対するエタンブトールの毒性を抑制するように投与された薬剤の能力が、培養物中でスクリーニングされる。このようなアッセイは完全な動物を研究するよりも簡単でかなり迅速に行える。しかしながらヒトに投与する前に、技術的に認められているラットモデルを用いたインビボでの研究が、インビトロでの毒性研究を確認するために行われる。このような通常の毒性の評価法は、当業者にはよく知られている。
【0044】
二種の薬剤、即ちニモジピンとメマンチンは、ヒトにおいて特によく使用に耐えるものである。他のNMDA拮抗薬である例えば抗けいれん薬、2-フェニル-1,3-プロパンジオールジカルバメート(フェルバメート)、及び表1〜12に列挙された薬剤の多くのものは、現在臨床で使用されているものであって、保護薬剤として用いることができる。上述したアッセイは、エタンブトールの毒性からレチナール神経節細胞を保護することができる他のNMDA拮抗薬を同定するために用いることもできる。
【0045】
抗生物質及び保護薬剤は、医学的に受容できる剤形、例えば動物やヒトに投与するのに適当な非毒性で製薬上受容可能な担体物質と組み合わせた剤形で投与することができる。抗生物質及び保護薬剤を他の抗ミコバクテリア薬と組み合わせて投与すると有効である場合もある。例えば、保護薬剤を他の治療薬、即ち一種又はそれ以上の抗生物質又は一種又はそれ以上の抗炎症薬などを、根底にある感染症を治療する目的で同時に、又は連続的に投与することができる。治療法を組み合わせると、それぞれの薬物の投与量をより少なくすることができ、それによっていずれかの薬物単独で高用量を用いて治療を行った場合に起こる潜在的な副作用を減少させることができる。
【0046】
インビトロ及びインビボでの視神経炎の評価
ラットはエタンブトールの毒性を評価するために技術的に認められているモデルである。レッセル(Lessell)らは、ラットにエタンブトールを投与した毒性効果について研究した。障害は、「軸索の焦点拡張」という顕著な特徴を有する視神経及び視交差で同定した(Lessell, S., 1976, Investigative Ophthalmology & Visual Science 15(9): 765-9参照)。眼はこの実験においては評価しなかった。他の研究では種々の動物モデルにおけるエタンブトール誘導性の障害を研究しているが、これまで眼の組織学的な研究はなされていない(Trentini, G. P., Botticelli, A., et al., 1974, Virchows Archiv A Pathological Anatomy & Histopathology 362 (4): 311-14、Wolf, R. H., Gibson, S. V., et al., 1988, Laboratory Animal Science 38 (1): 25-33参照)。
ロング−エバンス(Long-Evans)又はスプレイジドウレイ(Sprague Dowley)CDラットを、インビトロでの実験でラットのレチナール細胞の起源として用いられたのと同じく、インビボでの研究で用いた。
【0047】
生後間もないp2〜p10の年齢のラットを細胞培養物のための神経を採集するために用いた。いずれかの性のラットは一度に生まれた10匹の子供で、乳汁を分泌する成体のメスにあてがわれた。
【0048】
レチナール神経節細胞を逆行的に標識するように蛍光色素を注入する間、その動物に麻酔をかけ、かりにその動物が意識がなく、反応性がないような場合には必要な切開だけを行った。麻酔はその動物の年齢に合うように選択する。注入自体は微細な針を用いて行い、その針を軟骨組織を通って注意深く挿入した。続いてその切開部を細かく縫合して閉じてからその動物を温め、酸素含有量の多い環境の下で蘇生させた。全工程は通常5分で終わり、その子供のラットを母親にすぐに返す。その動物に不快感の兆候は見られず、20分以内には正常にふるまうようになる。
【0049】
培養物形成のためにレチナール細胞を収穫する目的で、その動物をCO麻酔又は冷却麻酔を行ってから頚部を脱臼させて殺す。大人のラットもCO麻酔をかけて麻痺させてから屠殺する。
【0050】
生後間もないラットのレチナール神経節細胞を当業者によく知られた方法を用いて培養した。簡略して述べると、4〜6日目の年齢のロング−エバンスラットのレチナール神経節細胞をDiIを用いて逆行性に標識した。NMDA応答は、急激に分離しかつ培養したこの年齢のレチナール神経節細胞中に存在していた。ラットの子供の上丘に、DiIを用いて麻酔を行った状態で注入した。この色素はその後レチナール神経節細胞(上丘に突出しているレチナール細胞のみ)にさかのぼって移動した。注入してから2日〜6日経過した時点でその動物を断頭して殺した。摘出した後でパパインによる緩和な処理を行ってその網膜を分離した。続いてレチナール細胞を、35mmの組織培養皿に載せられているポリ-L-リジンで被膜したカバーグラス片に載せた。普通に用いた生育培地は、0.7%(w/v)のメチルセルロース、0.3%(w/v)のグルコース、2μMのグルタミン、5%(v/v)のラットの血清、及び1μg/mlのゲンタマイシンを添加したイーグル最小必須培地であった。レチナール神経節細胞はさかのぼって移動したDiIの存在を検出して同定した。生きている細胞を、フルオレセインアセテートをフルオレセインに吸収しそして分解する能力によって計測した。迅速に単離したレチナール神経節細胞ニューロンを、10μMのエタンブトール及び次の薬物のそれぞれ、即ちメマンチン、MK-801、APV、及びニモジピンのそれぞれとともに24時間培養した。
【0051】
蛍光イメージング法は、エタンブトール誘導毒性に関して、及びNMDA受容体仲介型神経毒性によって果たされる役割に関して続いて行う細胞生理学法でも用いられる。
【0052】
神経細胞内の遊離のCa2+濃度([Ca2+]i)を、当業者に知られた方法に従い、fura-2アセトキシメチルエステル(fura 2-AM:分子プローブ)を用いて分析した。DiI標識したレチナール神経節細胞を、fura-2を用いて続いて標識した。作働薬(NMDA-グリシン、グルタミン酸など)を、対象の細胞から10〜20μm離れたところに空気式のピペット(口径〜10mm、3〜6psi)を用いて供給した。データをメタモルフソフトウエアパッケージを用いて分析した(イメージ1参照)。
【0053】
Zn2+感受性の蛍光色素であるN-(6-メトキシ-8-キノリル)-p-トルエンスルホンアミド(TSQ、Molecular Probes, Eugene, OR)も、エタンブトールの存在下及び非存在下の分離されたレチナール神経節細胞の調製物において利用することができ、これによりエタンブトール処理を行った結果として起こる細胞内のZn2+濃度の変化を測定することができる。
【0054】
もう一つの蛍光プローブであるmag-fura-2(Molecular Probes, Eugene, OR)は、サイトソルのMg2+濃度をインビトロで追跡するのに用いることができる。Mg2+濃度の変化を直接的に測定するためには、fura-2又はTSQの代わりにmag-fura-2を用いて理想条件に整えた同種の培養物をモニターすることによって行うことができる。遊離のZn2+はまた、mag-fura-2を用いて測定することもできる。mag-fura-2の励起スペクトルに生じるピークは、Zn2+に対応する323nmとMg2+に対応する335nmとに現れる。これは同じ細胞内にあるサイトソルのZn2+及びMg2+の両方を同時に測定することを可能にしており、サイトソルの亜鉛についてのエタンブトールの影響をMg2+についてのエタンブトールの影響から分離することを可能にしている。
【0055】
以下の実施例は、(a)損傷を受けた細胞、(b)細胞消失の機構、及び(c)エタンブトールの毒性の副作用を遮断する薬剤を同定し、説明している。抗生物質の毒性を抑制する本発明の方法の効果はまた、インビトロでもインビボでも説明することができる。
実施例1: エタンブトールはインビトロにおけるレチナール神経節細胞に対して有害である
最初の実験はインビトロで行った。新しく分離したラットのレチナールの調製物を徐々に濃度を増加させたエタンブトールにさらした。これらの実験で、50%又はそれ以上のレチナール神経節細胞が、10μMのエタンブトールに培養物中で24時間さらされたときに殺されることを確定した。逆行性にさかのぼって移動する蛍光色素のDiIは、レチナール神経節細胞を標識するために用いた。この色素を生後4日目(P4)のラットの子供の上丘に注入した。上丘に突き出た網膜の細胞だけがレチナール神経節細胞であり、従ってこれらの注入された動物から取り出した網膜を評価する場合、DiI蛍光を示すのはこれらの細胞のみである。目をP6〜P10の動物から摘出し、レチナール組織を分離した。レチナール細胞を、徐々に濃度を高めたエタンブトールの存在下でインキュベートし、24時間でその生存能力を測定した。レチナール神経節細胞は、DiI蛍光の存在によって確認した。
【0056】
生存能力を、第2の蛍光色素であるフルオレセインジアセテートの取り込み及び開裂によってアッセイした。エタンブトールの毒性はレチナール神経節細胞においてのみ検出された(図1における白丸参照)。エタンブトールの毒性がない場合は、これらの調製物に含まれる他の細胞型で見いだされた。フルオレセインジアセテートの取り込みは細胞タイプに特異的に起こるのではなく、これらの調製物に含まれるほとんどの生きた細胞によって取り込まれ開裂することが観察された。したがって、レチナールの分離状態で他の細胞型の相対的な「健康状態」をアッセイすることができた。エタンブトールのレチナール神経節細胞に対する選択的な毒性は、インビボで確認されている(下記の記載参照)。
【0057】
さらに図1に示されているように、エタンブトールは用量依存性の態様でレチナール神経節細胞に毒性を示す。最大の2分の1の効果は、ほぼ10μMにおいて見られた。このことは次の理由から重要である。グンデルト(Gundert)及び共同研究者は、薬物を経口投与した患者の脳脊髄液においてエタンブトールの濃度が10μMとなっていることをすでに見いだしている(Gundert, 1972; Gundert, R. U., Klett, M., et al., 1973, European J. of Clinical Pharmacology 6 (2): 1973。Gundert, R. U., Weber, E., et al., 1972, Verhandlungen der Deutschen Gesellschaft fur Innere Medizin 78 (1564): 1564-7参照)。同じ濃度は、エタンブトールを投与された実験動物の目においても確認された。したがって、エタンブトールの10μMという濃度は、慢性の抗ミコバクテリウムの治療のためにエタンブトールが投与されている患者において視神経及びレチナール神経節細胞がエタンブトールにさらされている場合の、エタンブトール濃度の範囲内に含まれる。
【0058】
実施例2: インビボにおけるエタンブトールの毒性
レチナール神経節細胞に対するエタンブトールの毒性をインビボで確認した。ロングエバンスラットには、1日当り100mg/kgの用量のエタンブトールを30日間経口で投与した。30日経過した後でその動物を屠殺し、目を摘出した。図2B〜2Cにおいて示されているように、エタンブトールは18%のレチナール神経節細胞の消失を引き起こしたが、この他の目の病原性は検出されなかった。組織学的な変化が現れている視交差と視神経の分析はエタンブトールの毒性に特徴的である。したがってこれらのインビトロ及びインビボにおける結果は、エタンブトール治療を行った結果として現れる眼の症状が、レチナール神経節細胞の直接作用の結果であることを示唆している。
【0059】
実施例3:NMDA拮抗薬が薬物毒性を阻害する
エタンブトールがレチナール神経節細胞に対して毒性であることを確かめた後、抗生物質仲介型の細胞消失を抑制、又は遮断するための戦略を探索した。データはエタンブトールの毒性が比較的選択的であることを示唆していた。インビトロ及びインビボの両方で見られた病原性の変化はレチナール神経節細胞だけに起きていた。
このことは、グルタミン酸興奮性毒性がエタンブトール仲介型の細胞消失にかかわっていることを示唆していた。したがってNMDA拮抗薬及び/又はカルシウムチャンネル遮断薬に対して、エタンブトールの毒性を遮断する能力を試験した。図3に示されているように、NMDA拮抗薬及びカルシウムチャンネル遮断薬はエタンブトール治療が関与するレチナール神経節の細胞消失を抑制した。左の4本の棒グラフは、薬物を添加しないか、ジゾシルピン(オープンチャンネルNMDA拮抗薬、MK-801)、APV(特異的NMDA受容体拮抗薬である2-アミノ-5-ホスホノバレレート)、オープンチャンネルNMDA遮断薬であるメマンチン、又はカルシウムチャンネル拮抗薬であるニモジピンのいずれかを添加した対照の培養物の処理を示している。図3の左の4本の棒グラフによって示されているように、これらの薬物は、単独ではレチナール神経節細胞の生存能力対して効果がない。しかしながら右の棒グラフで示されているように、これらの薬物はエタンブトールから得られるレチナール神経節細胞を保護する。
【0060】
上記に記載したようにグルタミン酸はレチナール神経節細胞の種々の受容体に結合することができるが、その有毒作用はNMDA受容体を通って支配的に仲介されているようである。エタンブトールの毒性がNMDA受容体を通って仲介されることを確認するために、生存能力の研究を非NMDAグルタミン酸拮抗薬を用いて行った。図3に示されているように非NMDA拮抗薬である6-シアノ-7-ニトロキノキサリン-2,3-ジオン(CNQX)には、エタンブトールが仲介する細胞死を抑制する効果がなかった。CNQX及びこの種の保護薬剤のうちの他の薬剤は、レチナール細胞を保護するためには高い濃度が必要であるかもしれない。このことはNMDA拮抗薬であるAPV、MK-801、メマンチン、又はカルシウムチャンネル遮断薬であるニモジピン、即ちレチナール神経節細胞をエタンブトールが誘導する損傷から保護する(上記に記載したように)ニモジピンとは対照的である。
【0061】
上記に記載したように、他の薬物が視神経障害を引き起こすことも知られている(表13参照)。しかしながら薬物毒性の機構は明らかにされていない。実験は、NMDA拮抗薬がそのような薬物によって誘導されるレチナール細胞の損傷を抑制できるか否かを調べるために行った。図8に示されているように、薬剤、即ち、5-FU、デホロリキサミン、及びタモキシフェンは、レチナール神経節細胞に対してすべて毒性であることがわかった。レチナール神経節細胞に対するこれらの薬物の細胞毒性は、NMDA拮抗薬であるMK801によって抑制された。このデータは、構造的に無関係の薬物、例えば表13に列挙された薬物によって誘導される視神経炎が、レチナール神経節細胞に対して直接作用によって仲介されていることを示唆している。これらのデータはまた、この細胞毒性がNMDA受容体を介して仲介されていること、また、本発明の方法が薬物誘導製のレチナール細胞損傷及び視神経炎を予防したり抑制したりするために用いることができることも示している。
【0062】
実施例4: 内因性のグルタミン酸はエタンブトールの毒性にとって必須である
エタンブトール毒性における内因性のグルタミン酸の役割を評価した。レチナール培養物に含まれる内因性のグルタミン酸は、26±2μM(平均値±標準偏差、n=12)(高圧液相クロマトグラフィーによって測定)であった。
この含有量の内因性のグルタミン酸は、エタンブトールとともに一晩インキュベートすることによっては影響されなかった。標準的な細胞培養条件においてこの含有量のグルタミン酸は、レチナール神経節細胞に対して比較的非毒性であるように思われた。それにもかかわらず、内因性のグルタミン酸がこれらの調製物でエタンブトールの毒性を発現するのに必要であるかどうかについて調べるために実験を行った。図4は、この実験の結果を示している。内因性のグルタミン酸を、共通基質のピルビン酸の存在下でグルタミン酸−ピルビン酸トランスアミナーゼ(GPT)という酵素を添加することによって特異的に減成させた。この処理によって、HPLC分析で測定したところによると、内因性のグルタミン酸の含有量が7±1μM(n=4)にまで減少する結果となった。これらの条件においてエタンブトールは、レチナール神経節細胞に対してもはやそれ以上毒性を示さなかった。酵素を熱処理(HT)しても、又はGPT又はピルビン酸のいずれか単独とともに培養物をインキュベートしてもレチナール神経節細胞はエタンブトールの毒性から保護されなかった。したがってこれらのデータは、レチナール神経節細胞に対するエタンブトールの毒性が内因性のグルタミン酸の存在を必須としていることを強く示唆している。
【0063】
レチナール神経節細胞に対するエタンブトールの毒性がNMDA受容体を通って仲介されるという発見は、いくつかの方法により説明できる。NMDAの主要な効果は、ニューロンにおける細胞内のカルシウムを増加させるという既知の能力である。この効果は蛍光色素であるfura-2を用いてモニターされた。したがって、分離したレチナール神経節細胞をfura-2を用いて標識した。1nM〜1mMの濃度のエタンブトールを、5分以内の間にレチナール神経節細胞に吹き付けた。検査した25個の細胞の全てで変化が見られなかった。対照として100μMのNMDAをこれらの細胞に続いて吹き付けたところ、25個の細胞のうち23個の細胞において細胞内のカルシウムが200μM又はそれ以上もの上昇が見られた。内因性のグルタミン酸がエタンブトール仲介型の細胞死にとって必須であるという知見を伴うこれらのデータは、エタンブトールがNMDA受容体における作働薬として単純に働いているらしいことを示唆している。
【0064】
実施例5: エタンブトールの毒性における亜鉛の役割
上述したようにZn2+は、グルタミン酸神経伝達で重要な役割を果たしていることがわかっている。Zn2+は、脳のある領域に、最も顕著なのは海馬状組織の苔状繊維系に存在するグルタミン酸受容体の調節因子であると考えられている。高濃度のZn2+がNMDA仲介型毒性を阻害することはこれまでによく報告されている(Choi, D. W., Weiss, J. H. et al., 1989, Ann NY Acad Sci 568 (219): 219-24、Christinem C. W. and Choi, D. W., 1990, J Neurosci 10 (1): 108-16、Yeh, G. C., Bonhaus, D. W., et al., 1990, Mol Pharmacol 38(1): 14-9 参照)。
【0065】
エタンブトールとその酸化代謝産物(2,2'-(エチレンジイミノ)-ジブチリックアシッド)の両者が生理条件でZn2+をキレート化するために、エタンブトールは内因性のZn2+をキレート化することによって、即ちこれにより内因性のZn2+を涸渇化することによってNMDA受容体で機能できるという可能性がある(Cole, A., May, P. M., et al., 1981, Agents & Actions 11 (3): 296-305参照)。このことはその後でNMDA仲介型細胞毒性の効力を増加させることになるに違いない。かりにエタンブトールが内因性のZn2+をキレート化するならば、その後で内因性のグルタミン酸はレチナール神経節細胞に対して有害作用を与えるようになるであろう。
【0066】
この仮説は、外因性のZn2+によってエタンブトールの毒性からレチナール神経説細胞を保護できることを示唆している。実際にこのことは、図5に示されているようなケースがありうる。分離したレチナール細胞を、何も薬物を添加していない場合、10μMのエタンブトールを添加した場合、100μMのZnClを添加した場合、又はエタンブトールとZn2+の両方を添加した場合のいずれかの条件でインキュベートした。レチナール神経節細胞の生存能力は24時間後に測定した。上記に示したようにエタンブトールはレチナール神経節細胞に対して毒性であるが、外因性のZn2+はこの毒性を遮断した。
【0067】
細胞内のカルシウムの増加は、外因的に供給したグルタミン酸又はNMDAに対してニューロンが最初に行う応答の一つであるため、続く実験を細胞内のカルシウムの変化を検出する目的で行った。分離したレチナール神経節細胞をカルシウム感受性の色素であるfura-2を用いて標識した。fura-2を用いればサイトソルのカルシウム濃度を測定することが可能になる。
【0068】
100μMのNMDAを個々のレチナール神経節細胞に提供し、細胞内のカルシウム濃度の増加量を測定した。この細胞内のカルシウム濃度の増加は図6における1番目の棒グラフで示されている。続いてこの細胞を回復させて細胞内のカルシウム量を基線まで戻した。続いて10μMのエタンブトールと100μMのNMDAを、同時に同じ細胞に提供した(図6における2番目の棒グラフ参照)。20個のうち16個の細胞でこの処理によって細胞内のカルシウムが少なくとも20%増加する結果となり、このことはエタンブトールがNMDAに対する細胞の応答性を大きくしていたことを示唆している。
【0069】
第2の実験として、100μMのZn2+塩化物をエタンブトール/NMDA吹き付け器に添加した。100μMのZn2+の存在するところでは、100μMのNMDAと10μMのエタンブトールとは、NMDA単独の場合と違いがないほどの細胞内のカルシウムの増加を引き起こす(図6における3番目の棒グラフ参照)。100μMのZn2+を添加した10μMのエタンブトールも、又はそれぞれの成分を別々にしたものも、細胞内のカルシウムに影響がない(それぞれ10個の細胞のうち10個の細胞で)。したがって外因性のZn2+は、NMDA/エタンブトールの応答性を、NMDA応答性の基線にまで減少させた。
【0070】
図7は、レチナール神経節細胞に対するエタンブトールの毒性についての機構を示している。自然な状態でZn2+は、内因性のグルタミン酸がレチナール神経節細胞に対して有毒作用をもたらすのを抑制する保護薬剤としてはたらく。このZn2+をエタンブトールによってキレート化すると、細胞には内因性の濃度のグルタミン酸に対する感受性がもたらされる。エタンブトールがすでに濃度が低くなっている患者の血清Zn2+をさらに涸渇させると、レチナール神経節細胞を内因性のグルタミン酸に対して更に感受性にすることができる。
【0071】
これらの実験は、Zn2+の添加、即ち経口的にZn2+が投与されると、エタンブトールの毒性の副作用から患者を保護することができる。しかし残念なことに、亜鉛の補充によってTBに対するエタンブトールの抗生物質作用が有意に減少してしまうため、この溶液は用いることができない。
【0072】
実施例6: 抗菌性作用の保存
以下の実験は、NMDA拮抗薬又は上述したカルシウムチャンネル遮断薬が細菌に対するエタンブトールの毒性を妨害しないことを確認するために、インビトロで行った。
【0073】
NMDAが存在する場合又は存在しない場合における抗生物質の調製物に対するミコバクテリウムの感受性を評価した。11個のM.ツベルクローシス(M. tuberculosis)及び8個のM.アビウム(M. avium)を評価の目的でAIDSの患者(Infectious Disease Unit, Massachusetts General Hospital)から採取した。それぞれの種に対するエタンブトールの最小阻害濃度は、放射分析バクテック(Bactec)法によって求めた(Siddiqi, S., Heifets, L., et al., 1993, J. of Clinical Microbiology 31 (9): 2332-8参照)。数種の抵抗性のミコバクテリア種に対して抗菌性の効果を発揮するためには、高濃度のエタンブトールが必要である。これらのエタンブトールの値については、100μMのZn2+、12μMのメマンチン、12μMのMK-801、100μMのAPV、及び100nMのニモジピンの存在下でそれぞれの種に対して再評価を行った。メマンチン、MK-801、APV、及びニモジピンでは、さまざまなミコバクテリア種を死滅させるのに必要なエタンブトールの濃度に影響がなかった。同様の試験を他のいくつかの抗ミコバクテリア化学療法薬について行い、効力に対して上向きの影響がないことを検出した。これらのデータは、メマンチン、MK-801、APV、及びニモジピンがこれらの条件で、ミコバクテリアを死滅させるエタンブトールの能力を傷つけないことを示している。これらの結果は、これらの薬剤がエタンブトールの抗菌性作用を傷つけることなくエタンブトールの副作用を制御する目的で用いることができることを示唆している。しかしながらZn2+は、試験した一種のミコバクテリア以外のすべてに対してエタンブトールの化学療法作用を排除した。Zn2+は、エタンブトールの化学療法作用を妨害すると考えられる。エタンブトールにはZn2+をキレート化するという既知の効果があるため、Zn2+−エタンブトールの複合体が形成され、そしてその複合体がもはや有効な抗菌性薬剤ではないという可能性がある。
【0074】
インビトロでの感受性の研究では、試験した薬剤がエタンブトール又は他の抗ミコバクテリア薬の化学療法作用を問題となるほど減少させる性質がありそうなことを示していなかった。最小阻害濃度を決定するために用いた放射分析バクテック法はインビボでの感受性の優れた推定法とはなるが、予測できない薬物相互作用が、特にミコバクテリウム・アビウム感染症の治療に際しては存在する可能性がある。薬物相互作用はミコバクテリア感染症の「ベイジマウス」モデルを用いて、また当業者に既知のインビトロ及びインビボでの他のアッセイ法を用いても評価することができる。
【0075】
【表1−3】

【0076】
【表4−6】

【0077】
【表7−9】

【0078】
【表10−12】

【0079】
【表13】

【0080】
まず図面を簡単に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】図1は、インビトロでのレチナール神経節細胞に対するエタンブトールの用量依存的な毒性を示す線グラフである。分離したげっ歯動物のレチナール神経節細胞を、エタンブトールとともに、エタンブトールの濃度を増加させながら24時間インキュベートした。フルオレセインジアセテートを吸収して分解する細胞の能力を、生存能力及び損傷の消失の指標とした。レチナール神経節細胞を、1,1'-ジオクタデシル-3,3,3',3'-テトラメチルインドカルボシアニン(DiI)(Molecular Probes, Eugene, OR)の蛍光(上丘に行った前の注入から反対に輸送される)によって同定した。レチナール神経節細胞(白い丸)及び他の全ての細胞(白い四角)を、生存能力について別々に評価した。レチナール神経節細胞に、エタンブトールによって選択的に損傷を与えた。最大効果の半分が10μMのエタンブトールで現れた。(*)は、分散分析(ANOVA)を行い、続いてP<0.01で平均のシェッフェ(Scheffe)多重比較を行うことによって得られた統計的な差を示している。値は対照(n=1)に対して標準化し、4つの実験の平均値±標準偏差で表した。この4つのそれぞれの実験で、少なくとも150個のレチナール神経節細胞を対照の値に対して評価した。
【図2】図2A及び2Bは、インビボでのレチナール神経節細胞に対するエタンブトールの毒性を示している染色された組織断面の写真である。ラットには、1日あたり100mg/kgの用量で30日間エタンブトールを投与した。30日経過した後でその動物を屠殺し、眼を摘出した。組織の断片と、ニッスル(Nissl)で染色した全量を調製した。対照の網膜は図2Aに示されている。図2Bはエタンブトールで処理した動物から採取した網膜を示しており、レチナール神経節細胞層(レチナール神経節細胞及び置換されたアマクリン細胞の両方を含んでいる)から細胞が消失していることを示している。他のレチナール層、即ちINL(内側の核の層)、ONL(置換されたアマクリン細胞)では変化は見られなかった。 図2Cは、図2Bに示されている細胞の消失を定量化して示した棒グラフである。エタンブトールで処理した動物では、レチナール神経節細胞層における細胞の数が対照の眼(n=5)よりも18%少なかった。(*)は、t-検定(P<0.01)による対照との統計学上の違いを示している。
【図3】図3は、NMDA拮抗薬によるエタンブトールの毒性の減弱を示す棒グラフである。分離したレチナール細胞を、薬物を添加しないか、又は12μMのジゾシルピン(オープンチャンネルNMDA拮抗薬、NK-801)、100μMのAPV(特異的なNMDA受容体の拮抗薬)、12μMのMEM(オープンチャンネルNMDA拮抗薬)、100nMのニモジピン(「Nimo」カルシウムチャンネル遮断薬)、もしくは100μMのCNQX(非NMDA拮抗薬)のいずれかを添加してインキュベートした。左側の6本の棒グラフによって示されているように、レチナール神経節細胞のインキュベーションを薬物単独で行った場合は、細胞の生存能力に影響がなかった。右の棒グラフは、10μMのエタンブトールの存在下における細胞の生存能力を示している。APV、メマンチン、ニモジピン、及びMK-801は、エタンブトール介在型の毒性からレチナール神経節細胞を保護できることがわかった。しかしながら非NMDAグルタミン酸拮抗薬であるCNQXは、試験した濃度ではエタンブトール介在型の細胞死を抑制する効果はなかった。値は対照(n=1)に対して標準化し、4つの実験の平均値±標準偏差で表した。この4つのそれぞれの実験では、少なくとも150個の細胞をそれぞれの実験における対照の値に対して評価した。(*)は、分散分析(ANOVA)を行い、続いてP<0.01として平均のシェッフェ多重比較を行うことによって得られた統計的な違いを示している。
【図4】図4は、内因性のグルタミン酸を酵素分解することによるエタンブトールの毒性の抑制を示す棒グラフである。同族の対照培養物に比較して、10μMのエタンブトールとインキュベートしたレチナール神経節細胞の約半分が、24時間以内に死滅した。共通基質であるピルビン酸ナトリウムの存在下でグルタミン酸−ピルビン酸トランスアミナーゼ(GPT)を用いて処理しても、又はいずれかの化合物単独で処理しても、レチナール神経節細胞に影響はなかった。GPTを不活化するために、熱処理(HT)を行った。酵素にピルビン酸を添加した調製剤ではエタンブトールの毒性を阻止できなかった。エタンブトールの存在下では、GPT(ピルビン酸非存在下)又はピルビン酸単独のどちらもエタンブトールの毒性からレチナール神経節細胞を保護できなかった。これとは対照的に、内因性のグルタミン酸を酵素分解するために、ピルビン酸の存在下でGPTを投与した場合、10μMのエタンブトールはそれ以上レチナール神経節細胞を損傷させることはなかった。(*)は分散分析(ANOVA)を行い、続いてP<0.01として平均のシェッフェ多重比較を行うことによって得られた統計的な違いを示している。
【図5】図5は、Zn2+を外因的に投与することによってエタンブトールの毒性を抑制できることを示す棒グラフである。分離したレチノール細胞を、薬物を添加しないか、又は10μMのエタンブトール(Eth)、100μMのZnCl、もしくはエタンブトールとZn2+の両方を添加してインキュベートした。Zn2+はエタンブトール介在型の毒性からレチナール神経節細胞を保護した。値は対照(n=1)に対して標準化し、4つの実験の平均値±標準偏差で表した。この4つのそれぞれの実験で、少なくとも150個の細胞をそれぞれの実験における対照の値に対して評価した。(*)は、分散分析(ANOVA)を行い、続いてP<0.01として平均のシェッフェ多重比較を行うことによって得られた統計的な違いを示している。
【図6】図6は、NMDAへの細胞応答におけるエタンブトール及びZn2+の効果を示す棒グラフである。分離したレチナール神経節細胞を、カルシウム感受性の色素であるfura-2を用いて標識した。続いて、100μMのNMDAを吐出器を用いて供給し、細胞内のカルシウム濃度のピークを測定した(ピークの応答は、すべての細胞でNMDA添加後10秒から70秒の間に現れた)。それから、示された薬物を、10μMのエタンブトール(Eth)又は100μMのZn2+という濃度で供給した。値は平均値±標準偏差で表した。エタンブトール+NMDAでは、細胞内のカルシウムがNMDA単独の場合よりも20%増加が見られた。(*)は、分散分析(ANOVA)を行い、続いてP<0.01として平均のシェッフェ多重比較を行うことによって得られた統計的な違いを示している。エタンブトール、NMDA、及びZn2+が同時に存在する場合に、NMDA単独の場合と同程度の増加が引き起こされた。エタンブトール単独又はZn2+との組み合わせでは、これらの条件下では影響が現れない。
【図7】図7は、NMDAに対する細胞の応答に関するエタンブトールとZn2+の役割について提案された機構を示す概略図である。生理的なZn2+の存在下では、内因性のグルタミン酸はレチナール神経節細胞(RGC)に対して毒性がない。しかしながら内因性のZn2+がエタンブトールによってキレート化されると、内因性のグルタミン酸はこれらの細胞に対して毒性を有するようになる。
【図8】図8は、保護薬剤のMK801によって薬物毒性を抑制できることを示す棒グラフである。これらの薬物はすべて、レチナール神経節細胞に対して毒性を有する。レチナール神経節細胞はいずれかの薬物単独(5-フルオロウラシル(5-FU)、デホロリキサミン(Defororixamine)、及びタモキシフェノール薬物(Tamoxifenor drug)+MK801)と24時間インキュベートし、その後で細胞の生存率を測定した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
視神経炎を患っているか又は発生する危険がある哺乳動物における視神経炎の治療又は予防のための薬物を調製するための、グルタミン酸仲介型レチナール細胞損傷を抑制する保護薬剤の使用。
【請求項2】
視神経炎が薬物誘導性である、請求の範囲1の使用。
【請求項3】
保護薬剤が表13に列挙された物質から選択されるものである、請求の範囲2の使用。
【請求項4】
(a)グルタミン酸仲介型レチナール損傷を引き起こす薬物、及び(b)グルタミン酸仲介型レチナール損傷を抑制する保護薬剤を含む組成物であって、該薬物が該保護薬剤の存在下で化学療法学的に活性である、組成物。
【請求項5】
薬物が抗生物質である、請求の範囲4の組成物。
【請求項6】
抗生物質がエタンブトールである、請求の範囲5の組成物。
【請求項7】
保護薬剤がN−メチル−D−アスパラギン酸(NMDA)拮抗薬である、請求の範囲1の使用又は請求の範囲4の組成物。
【請求項8】
NMDA拮抗薬が不競合性のオープンチャンネル遮断薬である、請求の範囲7の使用又は組成物。
【請求項9】
遮断薬がメマンチン(memantine)である、請求の範囲8の使用又は組成物。
【請求項10】
遮断薬がジゾシルピン(dizocilpine)である、請求の範囲8の使用又は組成物。
【請求項11】
遮断薬が表2に列挙された遮断薬から選択されるものである、請求の範囲8の使用又は組成物。
【請求項12】
NMDA拮抗薬が競合性のNMDA受容体結合性薬剤である、請求の範囲7の使用又は組成物。
【請求項13】
受容体結合性薬剤が2−アミノ−5−ホスホノバレレート(APV)である、請求の範囲12の使用又は組成物。
【請求項14】
受容体結合性薬剤が表1に列挙された物質から選択されるものである、請求の範囲12の使用又は組成物。
【請求項15】
NMDA拮抗薬が表3〜8及び10〜12に列挙された物質から選択されるものである、請求の範囲7の使用又は組成物。
【請求項16】
保護薬剤がカルシウムチャンネル遮断薬である、請求の範囲1の使用又は請求の範囲4の組成物。
【請求項17】
カルシウムチャンネル遮断薬を投与することをさらに含む、請求の範囲4の組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−169223(P2008−169223A)
【公開日】平成20年7月24日(2008.7.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−45328(P2008−45328)
【出願日】平成20年2月27日(2008.2.27)
【分割の表示】特願平8−503189の分割
【原出願日】平成7年6月7日(1995.6.7)
【出願人】(596114853)マサチューセッツ・アイ・アンド・イア・インファーマリー (11)
【Fターム(参考)】