質量分析装置
【課題】排出効率が高く、質量分解能が高くかつ排出エネルギーの低いリニアトラップを提供することである。
【解決手段】排出効率が高く、質量分解能が高くかつ排出エネルギーの低いリニアトラップを実現する質量分析装置であって、オン源で生成したイオンを導入し、入口、出口を有する高周波電圧を印加した四重極ロッド電極を有する質量分析計において、少なくともそのイオンの一部を、四重極電界の中心軸上に形成したトラップポテンシャルによってトラップし、隣接する四重極ロッドの中間方向へと、トラップした該イオンの一部が振動し、振動した該イオンを、引出し電場により排出し、排出した該イオンを検出または、他の検出プロセスへと導入する。
【解決手段】排出効率が高く、質量分解能が高くかつ排出エネルギーの低いリニアトラップを実現する質量分析装置であって、オン源で生成したイオンを導入し、入口、出口を有する高周波電圧を印加した四重極ロッド電極を有する質量分析計において、少なくともそのイオンの一部を、四重極電界の中心軸上に形成したトラップポテンシャルによってトラップし、隣接する四重極ロッドの中間方向へと、トラップした該イオンの一部が振動し、振動した該イオンを、引出し電場により排出し、排出した該イオンを検出または、他の検出プロセスへと導入する。
【発明の詳細な説明】
【参照による取り込み】
【0001】
本出願は、2005年10月31日に出願された日本特許出願第2005−315625号の優先権を主張し、その内容を参照することにより本出願に取り込む。
【技術分野】
【0002】
本発明は、質量分析計及びその動作方法に関する。
【背景技術】
【0003】
リニアトラップは内部でMSn分析が可能であり、プロテオーム解析などに広く用いられている。従来、リニアトラップにトラップされたイオンの質量選択的イオン排出が、どのように行われていたのかについて以下説明を行う。
【0004】
リニアトラップにおける質量選択的イオン排出の例として特許文献1に記載されている。軸方向から入射されたイオンをリニアトラップ内に蓄積した後、必要に応じてイオン選択やイオン解離を行なう。その後、対向する一対の四重極ロッド電極間に補助交流電界を印加し、特定イオンを径方向へ励起することができる。トラッピングRF電圧をスキャンすることにより質量選択的に径方向へとイオンが排出される。径方向の四重極電界により形成される調和擬ポテンシャルを質量分離に用いており、質量分解能は高い。
【0005】
また、リニアトラップにおける質量選択的イオン排出の例として特許文献2に記載されている。軸方向から入射されたイオンを蓄積した後、必要に応じてイオン選択やイオン解離を行なう。その後、対向する一対の四重極ロッド電極間に補助交流電圧を印加するなどして径方向にイオンを励起する。径方向に励起されたイオンは、四重極ロッド電極と終端電極との間に生じるFringing Fieldにより、軸方向へとイオン排出される。補助交流電圧の周波数または、トラッピングRF電圧の振幅値をスキャンする。径方向の四重極電界により形成される調和擬ポテンシャルを質量分離に用いており、質量分解能は高い。軸上付近ではRF電圧の影響は低く排出エネルギーは小さい。
【0006】
また、リニアトラップにおける質量選択的イオン排出の例として特許文献3が記載されている。軸方向から入射されたイオンの蓄積を行う。四重極ロッド電極間には、羽根電極が挿入されており、羽根電極と四重極ロッド電極間のDCバイアスによって、リニアトラップ軸上に調和ポテンシャルが形成される。その後、羽根電極間に補助交流電圧を印加することにより軸方向に質量選択的にイオン排出する。DCバイアスまたは補助交流電圧の周波数をスキャンする。軸上付近ではRF電圧の影響は低く排出エネルギーは小さい。
【0007】
上記特許文献2に記載のリニアトラップを配置し、その後に衝突解離室および飛行時間型質量分析計を配置する方法が、特許文献4に記載されている。原理的には、プリカーサーイオンスキャンやニュートラルロススキャンのDuty Cycleが大幅に向上する。
【0008】
上記特許文献3に記載のリニアトラップを多数個タンデムに配置し、イオンのDuty Cycleを向上する方法が特許文献5に記載されている。イオンの蓄積、単離や解離が異なるリニアトラップでパラレルに行われるため、原理的にはDuty Cycleが大幅に向上する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】米国特許5420425
【特許文献2】米国特許6177668
【特許文献3】米国特許5783824
【特許文献4】米国特許6504148
【特許文献5】米国特許6483109
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、排出効率が高く、質量分解能が高くかつ排出エネルギーの低いリニアトラップを提供することである。上記性能を満たすリニアトラップが実現できれば、特許文献4、特許文献5等に記されているようにDuty Cycleを大幅に向上することも可能である。
【0011】
特許文献1の場合においてイオンは径方向に排出される。四重極ロッド電極に印加するkVオーダーの電圧が排出時に印加されるため、排出エネルギー広がりは数100eV以上であり、このイオンを収束させ他のリニアトラップでトラップする際に大幅なイオンロスが発生する。
【0012】
特許文献2の場合においてイオンは軸方向に排出される。イオン排出時に四重極ロッド電極にイオンが衝突してしまい、排出効率は20%以下と低い問題がある。
【0013】
特許文献3の場合において、質量分離にはDCポテンシャルにより形成された調和ポテンシャルを用いており、特許文献1、特許文献2の場合に比べ質量分解能が低い問題がある。
【0014】
特許文献4、特許文献5等の特許において、排出効率が高く、質量分解能が高くかつ排出エネルギーの低いリニアトラップを前提としたDuty Cycle向上方法について記載されているが、上記性能を満たしたリニアトラップの構成に関して実現可能な具体的な記述がなく、また、現在までそれらを実現した公知情報はない。
【0015】
本発明の課題は、排出効率が高く、質量分解能が高くかつ排出エネルギーの低いリニアトラップを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の質量分析計及び質量分析方法は、イオン源で生成したイオンを導入し、入口、出口を有する高周波電圧を印加した四重極ロッド電極を有する質量分析計を用い、
1)少なくとも該イオンの一部を、四重極電界の中心軸上に形成したトラップポテンシャルによってトラップし、
2)隣接する四重極ロッドの中間方向へと、トラップした該イオンの一部を振動し、
3)振動された該イオンを、引出し電場により、四重極ロッドの中心軸方向へ排出し、
4)排出した該イオンを検出または、他の検出プロセスへと導入することを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、排出効率が高く、質量分解能が高くかつ排出エネルギーの低いリニアトラップが実現する。
【0018】
本発明の他の目的、特徴及び利点は添付図面に関する以下の本発明の実施例の記載から明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1A】本方式の実施例1。
【図1B】図1Aの矢印1Bの方向に見た断面図。
【図1C】図1Aの矢印1Cの方向に見た断面図。
【図1D】図1Bの矢印1Dの方向に見た断面図。
【図1E】図1Cの矢印1Eの方向に見た断面図。
【図2】実施例1の測定シーケンス。
【図3】本方式の効果の説明図。
【図4】本方式の効果の説明図。
【図5A】本方式の効果の説明図。
【図5B】他の条件での本発明の効果の説明図。
【図6】本方式の効果の説明図。
【図7A】本方式の実施例2。
【図7B】図7Aの矢印7Bの方向に見た断面図。
【図8A】本方式の実施例3。
【図8B】図8Aの矢印8Bの方向に見た断面図。
【図9】本方式の実施例4。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【実施例1】
【0021】
図1Aから図1Eは、本方式リニアトラップを実施した質量分析の構成図である。図1Aは装置全体図、図1Bと図1Cは径方向装置断面図、図1Dと図1Eはイオントラップ部の軸方向断面図である。また、図中1B,1C,1D,1Eは、矢印方向に見た場合の断面図であることを示す。エレクトロスプレーイオン源、大気圧化学イオン源、大気圧光イオン源、大気圧マトリックス支援レーザー脱離イオン源、マトリックス支援レーザー脱離イオン源などのイオン源1で生成されたイオンは細孔2を通過して差動排気部5に導入される。差動排気部はポンプ20で排気される。差動排気からイオンは細孔3を通過して分析部6へと導入される。分析部はポンプ21で排気され、10-4Torr以下(1.3×10-2Pa以下)に維持される。細孔17を通過したイオンはリニアトラップ部7へと導入される。リニアトラップ部7はバッファーガスが導入され(図示せず)、10-4Torr〜10-2Torr(1.3×10-2Pa〜1.3Pa)に維持されている。リニアトラップ部7は、リニアトラップ部を構成する電極の電圧を制御する電圧制御部19を有する。導入されたイオンは、入口側端電極11、四重極ロッド電極10、前部羽根電極13、トラップ電極14に挟まれた領域にトラップされる。この領域にトラップされたイオンは後に述べる方法により、特定質量数のイオンが共鳴振動され、引出し電極15が形成する引出し電界により軸方向へと排出される。トラップ電極14、引出し電極15はイオンの通過軌道近辺に位置するため、薄板状の電極を用いても良いし、ワイヤ状電極を使用しても良い。ワイヤ状の電極を用いた方がイオン透過率のロスが小さくなるが電極の形状の加工性は低くなる。図には、直線形状のトラップ電極および引出し電極が書かれているが、これ以外にも効率的に軸方向にイオンを引き出す形状の電極形状はシミュレーション等により最適化できる。上述した引出し電界により、排出されたイオンは後部羽根電極16、出口側端電極12等により加速され、細孔18を通過し、検出器8により検出される。検出器としては、電子増倍管やシンチレーターと光電子増倍管との組み合わせたタイプのものなどが一般に用いられる。
【0022】
正イオン測定の典型的な印加電圧について以下説明する。測定シーケンスを図2に示す。四重極ロッド電極10のオフセット電位には、前後の電極電圧により+−数10Vが印加されることもあるが、以下四重極ロッド電極10の各部電極の電圧を記述するときには、四重極ロッド電極10のオフセット電位を0としたときの値と定義する。四重極ロッド電極10に振幅(100V〜5000V、周波数500kHz-2MHz)程度の高周波電圧(トラップRF電圧)を印加する。このとき対向した四重極ロッド電極(図中(10a、10c)および(10b、10d):以下この定義に従う)は同位相のトラップRF電圧を印加し、一方、隣接した四重極ロッド電極(図中(10a、10b)、(10b、10c)、(10c、10d)および(10d、10a):以下この定義に従う)には逆位相のトラップRF電圧が印加される。
【0023】
測定は3つのシーケンスで行われる。トラップ時間には、トラップRF電圧の振幅値を100〜1000V程度に設定する。他の電極への印加電圧の一例として、入口側端電極電圧を20V、前部羽根電極電圧を0V、トラップ電極14を20V、引出し電極15を20V、後部羽根電極16、後部端電極12を20V程度に設定する。四重極電界の径方向にはトラップRF電圧により擬ポテンシャルが、四重極電界の中心軸方向にはDCポテンシャルが形成されるため、細孔17を通過したイオンは、入口側端電極11、四重極ロッド電極10、前部羽根電極13、トラップ電極14に挟まれた領域にほぼ100%トラップされる。トラップ時間の長さは1ms〜1000ms程度とリニアトラップへのイオン導入量に大きく依存する。トラップ時間が長すぎると、イオン量が増え、リニアトラップ内部でスペースチャージと呼ばれる現象が起きる。スペースチャージが起こると後述する質量スキャン時にスペクトル質量数の位置がシフトしてしまうなどの問題が生じる。逆に、イオン量が少なすぎると十分な統計誤差を生じ十分なS/Nの質量スペクトルを得ることができない。適当なトラップ時間を選択するために、イオン量を何らかの手段でモニタしてトラップ時間の長さを自動で調整することも有効である。
【0024】
次に質量スキャン時間には、トラップRF電圧振幅を低い方(100V-1000V)から高い方(500V-5000V)へとスキャンし、イオンを順次排出する。入口側端電極電圧を20V、後部羽根電極16、後部端電極12を−10Vから−40V程度に設定する。トラップ電極14には3V〜10V程度、引出し電極には−10Vから−40V程度が印加される。スキャン中に電圧値を変動させることにより、より広い範囲で分解能の良いスペクトルを得ることができる。前部羽根電極13は隣接した四重極ロッド電極10の間にそれぞれ挿入される。一対の対向した前部羽根電極13a、13cとの間に補助交流電圧(振幅0.01V〜1V、周波数10kHz - 500kHz)が印加される。この際、補助共鳴電界方向がトラップ電極方向と90°直交し、かつ引出し電極方向と同一方向に一致する方向を選択する(図中13a−13cの方向)。補助交流電圧の振幅値は固定しても良いが、スキャン中に補助交流電圧の振幅値を変動させることにより、より広い範囲で分解能の良いスペクトルを得ることができる。共鳴した特定質量のイオンは隣接する四重極ロッドの中間方向31の方向に強制振動する。軌道振幅が広がったイオンはトラップ電極14と引出し電極15の電位差(VT−VE)により生じる電場が生成する領域に達し、軸方向へと排出される。このとき、トラップRF電圧振幅VRFと質量数m/zとの間には[数1]の関係がある。
【0025】
【数1】
ここで、r0は、ロッド電極10と四重極中心との距離である。また、qejは、トラップRF電圧の各周波数Ωと補助交流電圧周波数ωの比から一義的に算出できる数値であり、この関係を図3に表示する。以上のようにVRFとm/zを関連付けることにより、質量スペクトルを得ることができる。一方、電圧を高いほうから低いほうへとスキャンすることも可能である。この場合には質量カットオフの問題により、検出可能な質量ウィンドウが小さくなる問題が生じる。これとは別に補助交流電圧の周波数をスキャンする方法もある。例えば高周波数(200kHz程度)から低周波数(20kHz程度)までスキャンすると順次対応した質量数のイオンが排出される。qejは補助交流周波数の各周波数と補助交流周波数の各周波数とに依存した数値であるため、周波数をスキャンすると、qejが変動し、[数1]から明らかなように排出されるm/zが変動する。1次の共鳴のみを考慮すれば、補助交流周波数の周波数が高いほど低質量、低いほど高質量のイオンに対応する。質量スキャン時間の長さは10msから200ms程度であり、検出したい質量範囲にほぼ比例する。
【0026】
最後に、排除時間ではすべての電圧を0にして、トラップ外へとすべてのイオンを排出する。また、上記3つのシーケンスを繰り返し行うことにより、S/Nの良い質量スペクトルを積算することもある。排除時間の長さは1ms程度である。なお、上述した3つのシーケンス以外にも各シーケンス間に数ms程度のイオンクーリング時間を設置して良い。イオンクーリング時間では次のシーケンスの開始条件と同じ値に設定しておくことによりイオンの初期状態を安定化することができる。
【0027】
以上のようにして、得られた質量スペクトルを図4に示す。レセルピンのメタノール溶液をエレクトロスプレーイオン化した。差動排気部5での電位差を高く設定することにより、衝突解離を行った。トラップRF周波数を770kHz、補助交流周波数を200kHzに設定した。質量数397、398のイオンピークが確認できる。このうち質量数397のイオンピークから高い質量分解能(M/DM>800)が得られた。また、このときの排出効率は80%以上と高効率であった。また、軸方向排出であるため、原理的に排出エネルギーは低い。このように、排出効率が高く、質量分解能が高くかつ低排出エネルギーを実現できる理由を以下に述べる。
【0028】
図5Aと図5Bに図1Dの点線領域200の電界シミュレーション結果を示す。濃い部分ほど高電位であり、2Vごとに等高線を表示した(2.0Vの等高線を表示してある)。質量数609、トラップRF電圧振幅800V、トラップRF電圧周波数770kHz とした。図5Aは、トラップ電極、引出し電極共に0Vの場合、図5Bはトラップ電極6V、引出し電極−20Vの場合を示す。図5Bの場合でのみ軸方向201の電界が形成されていることがわかる。この電界は、トラップ電極と軸方向の電位差により生じた直流電位であり、容易に調整が可能である。このため、このDC電位の調整により引出し力を、擬ポテンシャルによる質量分離と独立に調整可能である。一方、特許文献2では、RF電界により生じる擬ポテンシャルの端部での歪みに起因する軸方向電場を利用している。引出し力は、擬ポテンシャルによる質量分離と独立のパラメータでないため、分解能と排出効率との両立が難しいと考えられる。また、排出効率が高い他の理由として特許文献2では対向した四重極ロッド間にイオンを強制振動する。このため、四重極ロッド電極に、より小さな軌道振幅で衝突してしまい、これがイオンロスの要因の一つになっていると推定される。一方で、本実施例では隣接した四重極電極の中間方向に強制振動するため、四重極ロッド電極に衝突しにくくイオンロスが比較的小さいと推定される。
【0029】
図6に質量数599,609,619と10Thずつ質量数が異なるイオンについてイオン軌道計算を行った。補助交流電界は、質量数609のイオンが共鳴する周波数(155kHz)に設定した。イオン個数は5個で計算時間は1msとした。質量数599のイオン軌道101、質量数619のイオン軌道103は中心付近で収束したままであるが、質量数609のイオンは径方向に大きく強制振動しトラップ電界を乗り越えて軸方向へ効率的に排出されている様子が分かる。実施例1では、本方式リニアトラップを実施した質量分析装置の一例について説明した。以下の実施例でも上述した理由で、排出効率が高く、質量分解能が高くかつ排出エネルギーの低いリニアトラップが実現可能である。
【実施例2】
【0030】
図7Aと図7Bは、本方式リニアトラップを実施した質量分析装置の構成図である。また、図7Aに断面図を記載した。リニアトラップに到るまでの装置構成およびリニアトラップ以降の装置構成については、実施例1と同様であり、省略する。実施例2では実施例1であった前部羽根電極がない。また、四重極ロッド電極が、前部四重極ロッド電極50、後部四重極ロッド電極51に分割されている。これについて説明する。実施例1では、対向した一対の前部羽根電極間に補助交流電圧を印加していた。実施例2では、隣接した電極(50a、50bおよび50c、50d)に位相が反転した補助交流電圧30をトラップRF電圧に重畳する。これにより隣接する四重極ロッド電極の中間方向31にイオンが強制振動し、引出し領域において軸方向へとイオンが軸方向へと引出され、出口側端電極12の細孔18より排出される。四重極ロッド電極の中間方向31にイオンが強制振動する点では実施例1と同様である。実施例1では排出されたイオンを効率的に検出器へと導くため負の電圧を印加した後部羽根電極が挿入されていた。実施例2ではこれに代わり後部四重極ロッド電極51が設置される。後部四重極ロッド電極51への印加電圧は前部RF電圧とトラップRF電圧成分に対し、−10Vから−40V程度のオフセット電圧を印加する。実施例2は実施例1に比べ、前部羽根電極が与える四重極電界への影響が低減できるため、質量分解能が向上するが、四重極ロッド電極へ印加する電源が複雑になるという問題もある。
【実施例3】
【0031】
図8Aと図8Bは、本方式リニアトラップを実施した質量分析装置の構成図である。図8Aはその縦断面図である。リニアトラップに到るまでの装置構成およびリニアトラップ以降の装置構成については、実施例1と同様であり、省略する。実施例3では実施例1と比べ、引出し電極、後部羽根電極がなくなっている。これについて説明する。実施例3では、実施例1、2と同様、補助交流電圧の印加により隣接する四重極電極の中間方向31にイオンが強制振動する。実施例3では引出し電極の変わりに出口側端電極12に−5〜−40V程度の電圧を印加して引出し電場を形成する。引き出し領域において軸方向へとイオンが引出され、出口側端電極12の細孔18より排出される。実施例3は実施例1、2に比べ、電極数が減少しコストが低減できる利点がある。
【実施例4】
【0032】
図9は、本方式リニアトラップを実施した質量分析装置の構成図である。イオン源からリニアトラップに到るまでの過程およびリニアトラップから質量選択的にイオンを排出する過程においては実施例1と同様であり省略する。実施例4ではリニアトラップから質量選択的に排出されたイオンを衝突解離部74に導入する。衝突解離部74は、入口側端電極71、多重極ロッド電極75、出口側端電極73より形成され、内部は1mTorr〜30mTorr(0.13Pa〜4Pa)程度の窒素、Arなどが導入されている。細孔70から導入されたイオンは衝突解離部で解離する。この際、四重極ロッド電極10のオフセット電位と多重極ロッド電極75のオフセット電位との電位差を20V〜100V程度に設定することにより効率的に衝突解離を進行することができる。解離生成したフラグメントイオンは、細孔72、細孔80と通過し、飛行時間型質量分析部85へと導入される。飛行時間型質量分析部はポンプ22により排気され、10-6Torr以下(1.3×10-4Pa以下)に維持される。なお、本実施例では、4本のロッド状電極よりなる衝突解離室を例示しているが、ロッド電極の本数は6本、8本、10本またはそれ以上でも良いし、レンズ状電極を多数配置し、各々に位相の異なるRF電圧を印加した構成であっても良い。いずれにしても、衝突解離部として使用可能な構成であれば同様に本発明は適用できる。飛行時間型質量分析部へ導入されたイオンは押しだし加速電極81により定期的に直交方向に加速され、引出し加速電極82により加速された後、リフレクトロン電極83により反射され、MCP(マイクロチャンネルプレート)等よりなる検出器84で検出される。押し出し加速から検出までの時間により質量数が、信号強度によりイオン強度が分かるため、フラグメントイオンに関する質量スペクトルを得ることができる。このフラグメントイオンは、リニアトラップから排出された特定m/zのプリカーサーイオンに対するフラグメントイオンであるから、リニアトラップで排出されたイオンの質量を1次側、飛行時間型質量分析部で検出されたイオンの質量を2次側、信号強度を3次元側として、3次元的な質量スペクトルを得ることができる。このような情報からプリカーサーイオンスキャンやニュートラルロススキャンで得られる情報も得ることが可能である。実施例4で示した衝突解離以外にも、この部分に磁場を印加して、電子を入射すれば電子捕獲解離が可能であるし、レーザー光を入射することによる光解離なども可能である。
【0033】
実施例1から4に共通するが、出口側もしくは入口側端電極としてメッシュ状の電極を用いて良いし、トラップ電極、引出し電極にはワイヤ状以外の形状の電極(薄板状)を用いることも可能である。また、質量スキャンの方式として、トラップRF電圧周波数およびその振幅、補助共鳴電圧周波数、電圧振幅の複数を同時に変化させても良い。いずれの場合でも、隣接した四重極ロッド電極の中間方向に軸方向への引出し電場を形成すること、また、引き出し電場により効率的にイオンを排出できるように四重極ロッド電極の中間方向にイオンを強制振動することがこの発明の本質である。
【0034】
上記記載は実施例についてなされたが、本発明はそれに限らず、本発明の精神と添付の請求の範囲の範囲内で種々の変更および修正をすることができることは当業者に明らかである。
【参照による取り込み】
【0001】
本出願は、2005年10月31日に出願された日本特許出願第2005−315625号の優先権を主張し、その内容を参照することにより本出願に取り込む。
【技術分野】
【0002】
本発明は、質量分析計及びその動作方法に関する。
【背景技術】
【0003】
リニアトラップは内部でMSn分析が可能であり、プロテオーム解析などに広く用いられている。従来、リニアトラップにトラップされたイオンの質量選択的イオン排出が、どのように行われていたのかについて以下説明を行う。
【0004】
リニアトラップにおける質量選択的イオン排出の例として特許文献1に記載されている。軸方向から入射されたイオンをリニアトラップ内に蓄積した後、必要に応じてイオン選択やイオン解離を行なう。その後、対向する一対の四重極ロッド電極間に補助交流電界を印加し、特定イオンを径方向へ励起することができる。トラッピングRF電圧をスキャンすることにより質量選択的に径方向へとイオンが排出される。径方向の四重極電界により形成される調和擬ポテンシャルを質量分離に用いており、質量分解能は高い。
【0005】
また、リニアトラップにおける質量選択的イオン排出の例として特許文献2に記載されている。軸方向から入射されたイオンを蓄積した後、必要に応じてイオン選択やイオン解離を行なう。その後、対向する一対の四重極ロッド電極間に補助交流電圧を印加するなどして径方向にイオンを励起する。径方向に励起されたイオンは、四重極ロッド電極と終端電極との間に生じるFringing Fieldにより、軸方向へとイオン排出される。補助交流電圧の周波数または、トラッピングRF電圧の振幅値をスキャンする。径方向の四重極電界により形成される調和擬ポテンシャルを質量分離に用いており、質量分解能は高い。軸上付近ではRF電圧の影響は低く排出エネルギーは小さい。
【0006】
また、リニアトラップにおける質量選択的イオン排出の例として特許文献3が記載されている。軸方向から入射されたイオンの蓄積を行う。四重極ロッド電極間には、羽根電極が挿入されており、羽根電極と四重極ロッド電極間のDCバイアスによって、リニアトラップ軸上に調和ポテンシャルが形成される。その後、羽根電極間に補助交流電圧を印加することにより軸方向に質量選択的にイオン排出する。DCバイアスまたは補助交流電圧の周波数をスキャンする。軸上付近ではRF電圧の影響は低く排出エネルギーは小さい。
【0007】
上記特許文献2に記載のリニアトラップを配置し、その後に衝突解離室および飛行時間型質量分析計を配置する方法が、特許文献4に記載されている。原理的には、プリカーサーイオンスキャンやニュートラルロススキャンのDuty Cycleが大幅に向上する。
【0008】
上記特許文献3に記載のリニアトラップを多数個タンデムに配置し、イオンのDuty Cycleを向上する方法が特許文献5に記載されている。イオンの蓄積、単離や解離が異なるリニアトラップでパラレルに行われるため、原理的にはDuty Cycleが大幅に向上する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】米国特許5420425
【特許文献2】米国特許6177668
【特許文献3】米国特許5783824
【特許文献4】米国特許6504148
【特許文献5】米国特許6483109
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、排出効率が高く、質量分解能が高くかつ排出エネルギーの低いリニアトラップを提供することである。上記性能を満たすリニアトラップが実現できれば、特許文献4、特許文献5等に記されているようにDuty Cycleを大幅に向上することも可能である。
【0011】
特許文献1の場合においてイオンは径方向に排出される。四重極ロッド電極に印加するkVオーダーの電圧が排出時に印加されるため、排出エネルギー広がりは数100eV以上であり、このイオンを収束させ他のリニアトラップでトラップする際に大幅なイオンロスが発生する。
【0012】
特許文献2の場合においてイオンは軸方向に排出される。イオン排出時に四重極ロッド電極にイオンが衝突してしまい、排出効率は20%以下と低い問題がある。
【0013】
特許文献3の場合において、質量分離にはDCポテンシャルにより形成された調和ポテンシャルを用いており、特許文献1、特許文献2の場合に比べ質量分解能が低い問題がある。
【0014】
特許文献4、特許文献5等の特許において、排出効率が高く、質量分解能が高くかつ排出エネルギーの低いリニアトラップを前提としたDuty Cycle向上方法について記載されているが、上記性能を満たしたリニアトラップの構成に関して実現可能な具体的な記述がなく、また、現在までそれらを実現した公知情報はない。
【0015】
本発明の課題は、排出効率が高く、質量分解能が高くかつ排出エネルギーの低いリニアトラップを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の質量分析計及び質量分析方法は、イオン源で生成したイオンを導入し、入口、出口を有する高周波電圧を印加した四重極ロッド電極を有する質量分析計を用い、
1)少なくとも該イオンの一部を、四重極電界の中心軸上に形成したトラップポテンシャルによってトラップし、
2)隣接する四重極ロッドの中間方向へと、トラップした該イオンの一部を振動し、
3)振動された該イオンを、引出し電場により、四重極ロッドの中心軸方向へ排出し、
4)排出した該イオンを検出または、他の検出プロセスへと導入することを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、排出効率が高く、質量分解能が高くかつ排出エネルギーの低いリニアトラップが実現する。
【0018】
本発明の他の目的、特徴及び利点は添付図面に関する以下の本発明の実施例の記載から明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1A】本方式の実施例1。
【図1B】図1Aの矢印1Bの方向に見た断面図。
【図1C】図1Aの矢印1Cの方向に見た断面図。
【図1D】図1Bの矢印1Dの方向に見た断面図。
【図1E】図1Cの矢印1Eの方向に見た断面図。
【図2】実施例1の測定シーケンス。
【図3】本方式の効果の説明図。
【図4】本方式の効果の説明図。
【図5A】本方式の効果の説明図。
【図5B】他の条件での本発明の効果の説明図。
【図6】本方式の効果の説明図。
【図7A】本方式の実施例2。
【図7B】図7Aの矢印7Bの方向に見た断面図。
【図8A】本方式の実施例3。
【図8B】図8Aの矢印8Bの方向に見た断面図。
【図9】本方式の実施例4。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【実施例1】
【0021】
図1Aから図1Eは、本方式リニアトラップを実施した質量分析の構成図である。図1Aは装置全体図、図1Bと図1Cは径方向装置断面図、図1Dと図1Eはイオントラップ部の軸方向断面図である。また、図中1B,1C,1D,1Eは、矢印方向に見た場合の断面図であることを示す。エレクトロスプレーイオン源、大気圧化学イオン源、大気圧光イオン源、大気圧マトリックス支援レーザー脱離イオン源、マトリックス支援レーザー脱離イオン源などのイオン源1で生成されたイオンは細孔2を通過して差動排気部5に導入される。差動排気部はポンプ20で排気される。差動排気からイオンは細孔3を通過して分析部6へと導入される。分析部はポンプ21で排気され、10-4Torr以下(1.3×10-2Pa以下)に維持される。細孔17を通過したイオンはリニアトラップ部7へと導入される。リニアトラップ部7はバッファーガスが導入され(図示せず)、10-4Torr〜10-2Torr(1.3×10-2Pa〜1.3Pa)に維持されている。リニアトラップ部7は、リニアトラップ部を構成する電極の電圧を制御する電圧制御部19を有する。導入されたイオンは、入口側端電極11、四重極ロッド電極10、前部羽根電極13、トラップ電極14に挟まれた領域にトラップされる。この領域にトラップされたイオンは後に述べる方法により、特定質量数のイオンが共鳴振動され、引出し電極15が形成する引出し電界により軸方向へと排出される。トラップ電極14、引出し電極15はイオンの通過軌道近辺に位置するため、薄板状の電極を用いても良いし、ワイヤ状電極を使用しても良い。ワイヤ状の電極を用いた方がイオン透過率のロスが小さくなるが電極の形状の加工性は低くなる。図には、直線形状のトラップ電極および引出し電極が書かれているが、これ以外にも効率的に軸方向にイオンを引き出す形状の電極形状はシミュレーション等により最適化できる。上述した引出し電界により、排出されたイオンは後部羽根電極16、出口側端電極12等により加速され、細孔18を通過し、検出器8により検出される。検出器としては、電子増倍管やシンチレーターと光電子増倍管との組み合わせたタイプのものなどが一般に用いられる。
【0022】
正イオン測定の典型的な印加電圧について以下説明する。測定シーケンスを図2に示す。四重極ロッド電極10のオフセット電位には、前後の電極電圧により+−数10Vが印加されることもあるが、以下四重極ロッド電極10の各部電極の電圧を記述するときには、四重極ロッド電極10のオフセット電位を0としたときの値と定義する。四重極ロッド電極10に振幅(100V〜5000V、周波数500kHz-2MHz)程度の高周波電圧(トラップRF電圧)を印加する。このとき対向した四重極ロッド電極(図中(10a、10c)および(10b、10d):以下この定義に従う)は同位相のトラップRF電圧を印加し、一方、隣接した四重極ロッド電極(図中(10a、10b)、(10b、10c)、(10c、10d)および(10d、10a):以下この定義に従う)には逆位相のトラップRF電圧が印加される。
【0023】
測定は3つのシーケンスで行われる。トラップ時間には、トラップRF電圧の振幅値を100〜1000V程度に設定する。他の電極への印加電圧の一例として、入口側端電極電圧を20V、前部羽根電極電圧を0V、トラップ電極14を20V、引出し電極15を20V、後部羽根電極16、後部端電極12を20V程度に設定する。四重極電界の径方向にはトラップRF電圧により擬ポテンシャルが、四重極電界の中心軸方向にはDCポテンシャルが形成されるため、細孔17を通過したイオンは、入口側端電極11、四重極ロッド電極10、前部羽根電極13、トラップ電極14に挟まれた領域にほぼ100%トラップされる。トラップ時間の長さは1ms〜1000ms程度とリニアトラップへのイオン導入量に大きく依存する。トラップ時間が長すぎると、イオン量が増え、リニアトラップ内部でスペースチャージと呼ばれる現象が起きる。スペースチャージが起こると後述する質量スキャン時にスペクトル質量数の位置がシフトしてしまうなどの問題が生じる。逆に、イオン量が少なすぎると十分な統計誤差を生じ十分なS/Nの質量スペクトルを得ることができない。適当なトラップ時間を選択するために、イオン量を何らかの手段でモニタしてトラップ時間の長さを自動で調整することも有効である。
【0024】
次に質量スキャン時間には、トラップRF電圧振幅を低い方(100V-1000V)から高い方(500V-5000V)へとスキャンし、イオンを順次排出する。入口側端電極電圧を20V、後部羽根電極16、後部端電極12を−10Vから−40V程度に設定する。トラップ電極14には3V〜10V程度、引出し電極には−10Vから−40V程度が印加される。スキャン中に電圧値を変動させることにより、より広い範囲で分解能の良いスペクトルを得ることができる。前部羽根電極13は隣接した四重極ロッド電極10の間にそれぞれ挿入される。一対の対向した前部羽根電極13a、13cとの間に補助交流電圧(振幅0.01V〜1V、周波数10kHz - 500kHz)が印加される。この際、補助共鳴電界方向がトラップ電極方向と90°直交し、かつ引出し電極方向と同一方向に一致する方向を選択する(図中13a−13cの方向)。補助交流電圧の振幅値は固定しても良いが、スキャン中に補助交流電圧の振幅値を変動させることにより、より広い範囲で分解能の良いスペクトルを得ることができる。共鳴した特定質量のイオンは隣接する四重極ロッドの中間方向31の方向に強制振動する。軌道振幅が広がったイオンはトラップ電極14と引出し電極15の電位差(VT−VE)により生じる電場が生成する領域に達し、軸方向へと排出される。このとき、トラップRF電圧振幅VRFと質量数m/zとの間には[数1]の関係がある。
【0025】
【数1】
ここで、r0は、ロッド電極10と四重極中心との距離である。また、qejは、トラップRF電圧の各周波数Ωと補助交流電圧周波数ωの比から一義的に算出できる数値であり、この関係を図3に表示する。以上のようにVRFとm/zを関連付けることにより、質量スペクトルを得ることができる。一方、電圧を高いほうから低いほうへとスキャンすることも可能である。この場合には質量カットオフの問題により、検出可能な質量ウィンドウが小さくなる問題が生じる。これとは別に補助交流電圧の周波数をスキャンする方法もある。例えば高周波数(200kHz程度)から低周波数(20kHz程度)までスキャンすると順次対応した質量数のイオンが排出される。qejは補助交流周波数の各周波数と補助交流周波数の各周波数とに依存した数値であるため、周波数をスキャンすると、qejが変動し、[数1]から明らかなように排出されるm/zが変動する。1次の共鳴のみを考慮すれば、補助交流周波数の周波数が高いほど低質量、低いほど高質量のイオンに対応する。質量スキャン時間の長さは10msから200ms程度であり、検出したい質量範囲にほぼ比例する。
【0026】
最後に、排除時間ではすべての電圧を0にして、トラップ外へとすべてのイオンを排出する。また、上記3つのシーケンスを繰り返し行うことにより、S/Nの良い質量スペクトルを積算することもある。排除時間の長さは1ms程度である。なお、上述した3つのシーケンス以外にも各シーケンス間に数ms程度のイオンクーリング時間を設置して良い。イオンクーリング時間では次のシーケンスの開始条件と同じ値に設定しておくことによりイオンの初期状態を安定化することができる。
【0027】
以上のようにして、得られた質量スペクトルを図4に示す。レセルピンのメタノール溶液をエレクトロスプレーイオン化した。差動排気部5での電位差を高く設定することにより、衝突解離を行った。トラップRF周波数を770kHz、補助交流周波数を200kHzに設定した。質量数397、398のイオンピークが確認できる。このうち質量数397のイオンピークから高い質量分解能(M/DM>800)が得られた。また、このときの排出効率は80%以上と高効率であった。また、軸方向排出であるため、原理的に排出エネルギーは低い。このように、排出効率が高く、質量分解能が高くかつ低排出エネルギーを実現できる理由を以下に述べる。
【0028】
図5Aと図5Bに図1Dの点線領域200の電界シミュレーション結果を示す。濃い部分ほど高電位であり、2Vごとに等高線を表示した(2.0Vの等高線を表示してある)。質量数609、トラップRF電圧振幅800V、トラップRF電圧周波数770kHz とした。図5Aは、トラップ電極、引出し電極共に0Vの場合、図5Bはトラップ電極6V、引出し電極−20Vの場合を示す。図5Bの場合でのみ軸方向201の電界が形成されていることがわかる。この電界は、トラップ電極と軸方向の電位差により生じた直流電位であり、容易に調整が可能である。このため、このDC電位の調整により引出し力を、擬ポテンシャルによる質量分離と独立に調整可能である。一方、特許文献2では、RF電界により生じる擬ポテンシャルの端部での歪みに起因する軸方向電場を利用している。引出し力は、擬ポテンシャルによる質量分離と独立のパラメータでないため、分解能と排出効率との両立が難しいと考えられる。また、排出効率が高い他の理由として特許文献2では対向した四重極ロッド間にイオンを強制振動する。このため、四重極ロッド電極に、より小さな軌道振幅で衝突してしまい、これがイオンロスの要因の一つになっていると推定される。一方で、本実施例では隣接した四重極電極の中間方向に強制振動するため、四重極ロッド電極に衝突しにくくイオンロスが比較的小さいと推定される。
【0029】
図6に質量数599,609,619と10Thずつ質量数が異なるイオンについてイオン軌道計算を行った。補助交流電界は、質量数609のイオンが共鳴する周波数(155kHz)に設定した。イオン個数は5個で計算時間は1msとした。質量数599のイオン軌道101、質量数619のイオン軌道103は中心付近で収束したままであるが、質量数609のイオンは径方向に大きく強制振動しトラップ電界を乗り越えて軸方向へ効率的に排出されている様子が分かる。実施例1では、本方式リニアトラップを実施した質量分析装置の一例について説明した。以下の実施例でも上述した理由で、排出効率が高く、質量分解能が高くかつ排出エネルギーの低いリニアトラップが実現可能である。
【実施例2】
【0030】
図7Aと図7Bは、本方式リニアトラップを実施した質量分析装置の構成図である。また、図7Aに断面図を記載した。リニアトラップに到るまでの装置構成およびリニアトラップ以降の装置構成については、実施例1と同様であり、省略する。実施例2では実施例1であった前部羽根電極がない。また、四重極ロッド電極が、前部四重極ロッド電極50、後部四重極ロッド電極51に分割されている。これについて説明する。実施例1では、対向した一対の前部羽根電極間に補助交流電圧を印加していた。実施例2では、隣接した電極(50a、50bおよび50c、50d)に位相が反転した補助交流電圧30をトラップRF電圧に重畳する。これにより隣接する四重極ロッド電極の中間方向31にイオンが強制振動し、引出し領域において軸方向へとイオンが軸方向へと引出され、出口側端電極12の細孔18より排出される。四重極ロッド電極の中間方向31にイオンが強制振動する点では実施例1と同様である。実施例1では排出されたイオンを効率的に検出器へと導くため負の電圧を印加した後部羽根電極が挿入されていた。実施例2ではこれに代わり後部四重極ロッド電極51が設置される。後部四重極ロッド電極51への印加電圧は前部RF電圧とトラップRF電圧成分に対し、−10Vから−40V程度のオフセット電圧を印加する。実施例2は実施例1に比べ、前部羽根電極が与える四重極電界への影響が低減できるため、質量分解能が向上するが、四重極ロッド電極へ印加する電源が複雑になるという問題もある。
【実施例3】
【0031】
図8Aと図8Bは、本方式リニアトラップを実施した質量分析装置の構成図である。図8Aはその縦断面図である。リニアトラップに到るまでの装置構成およびリニアトラップ以降の装置構成については、実施例1と同様であり、省略する。実施例3では実施例1と比べ、引出し電極、後部羽根電極がなくなっている。これについて説明する。実施例3では、実施例1、2と同様、補助交流電圧の印加により隣接する四重極電極の中間方向31にイオンが強制振動する。実施例3では引出し電極の変わりに出口側端電極12に−5〜−40V程度の電圧を印加して引出し電場を形成する。引き出し領域において軸方向へとイオンが引出され、出口側端電極12の細孔18より排出される。実施例3は実施例1、2に比べ、電極数が減少しコストが低減できる利点がある。
【実施例4】
【0032】
図9は、本方式リニアトラップを実施した質量分析装置の構成図である。イオン源からリニアトラップに到るまでの過程およびリニアトラップから質量選択的にイオンを排出する過程においては実施例1と同様であり省略する。実施例4ではリニアトラップから質量選択的に排出されたイオンを衝突解離部74に導入する。衝突解離部74は、入口側端電極71、多重極ロッド電極75、出口側端電極73より形成され、内部は1mTorr〜30mTorr(0.13Pa〜4Pa)程度の窒素、Arなどが導入されている。細孔70から導入されたイオンは衝突解離部で解離する。この際、四重極ロッド電極10のオフセット電位と多重極ロッド電極75のオフセット電位との電位差を20V〜100V程度に設定することにより効率的に衝突解離を進行することができる。解離生成したフラグメントイオンは、細孔72、細孔80と通過し、飛行時間型質量分析部85へと導入される。飛行時間型質量分析部はポンプ22により排気され、10-6Torr以下(1.3×10-4Pa以下)に維持される。なお、本実施例では、4本のロッド状電極よりなる衝突解離室を例示しているが、ロッド電極の本数は6本、8本、10本またはそれ以上でも良いし、レンズ状電極を多数配置し、各々に位相の異なるRF電圧を印加した構成であっても良い。いずれにしても、衝突解離部として使用可能な構成であれば同様に本発明は適用できる。飛行時間型質量分析部へ導入されたイオンは押しだし加速電極81により定期的に直交方向に加速され、引出し加速電極82により加速された後、リフレクトロン電極83により反射され、MCP(マイクロチャンネルプレート)等よりなる検出器84で検出される。押し出し加速から検出までの時間により質量数が、信号強度によりイオン強度が分かるため、フラグメントイオンに関する質量スペクトルを得ることができる。このフラグメントイオンは、リニアトラップから排出された特定m/zのプリカーサーイオンに対するフラグメントイオンであるから、リニアトラップで排出されたイオンの質量を1次側、飛行時間型質量分析部で検出されたイオンの質量を2次側、信号強度を3次元側として、3次元的な質量スペクトルを得ることができる。このような情報からプリカーサーイオンスキャンやニュートラルロススキャンで得られる情報も得ることが可能である。実施例4で示した衝突解離以外にも、この部分に磁場を印加して、電子を入射すれば電子捕獲解離が可能であるし、レーザー光を入射することによる光解離なども可能である。
【0033】
実施例1から4に共通するが、出口側もしくは入口側端電極としてメッシュ状の電極を用いて良いし、トラップ電極、引出し電極にはワイヤ状以外の形状の電極(薄板状)を用いることも可能である。また、質量スキャンの方式として、トラップRF電圧周波数およびその振幅、補助共鳴電圧周波数、電圧振幅の複数を同時に変化させても良い。いずれの場合でも、隣接した四重極ロッド電極の中間方向に軸方向への引出し電場を形成すること、また、引き出し電場により効率的にイオンを排出できるように四重極ロッド電極の中間方向にイオンを強制振動することがこの発明の本質である。
【0034】
上記記載は実施例についてなされたが、本発明はそれに限らず、本発明の精神と添付の請求の範囲の範囲内で種々の変更および修正をすることができることは当業者に明らかである。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料をイオン化させるイオン源と、
前記イオン源によりイオン化されたイオンをトラップさせる入口側電極、出口側電極、四重極ロッド電極、及びトラップ電極を備えたイオントラップと、
前記イオントラップを構成する電極への電圧を制御する制御部と、
前記イオントラップによってトラップされたイオンを検出する検出部とを有する質量分析装置であって、
前記制御部は、前記四重極ロッド電極の中心軸上にトラップポテンシャルを形成させてから、隣接する前記四重極ロッドの中間方向へトラップした前記イオンの一部を振動させ、前記振動したイオンを引き出し電場を形成することにより前記四重極ロッドの中心軸方向へ排出する電圧を印加することを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記イオントラップは、さらに隣接する前記四重極ロッド電極間に羽根電極を有し、前記制御部は、前記羽根電極へ交流電圧を印加して前記イオンを振動させることを特徴とする質量分析装置。
【請求項3】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記制御部は、2対の隣接した前記四重極ロッド電極各々に位相が反転した補助交流電圧を印加して前記イオンを振動させることを特徴とする質量分析装置。
【請求項4】
請求項2に記載の質量分析装置において、前記羽根電極は、前記入口側に設けられた前部羽根電極と、前記出口側に設けられた後部羽根電極とで形成されており、前記前部羽根電極と前記後部羽根電極との間に、前記前部羽根電極側に前記トラップ電極及び前記後部羽根電極側に前記引き出し電場を形成する引き出し電極とを備えたことを特徴とする質量分析装置。
【請求項5】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記制御部は、前記出口側電極に対し、引き出し電場を形成する電圧を印加することを特徴とする質量分析装置。
【請求項6】
請求項1に記載の質量分析装置において、隣接する前記四重極ロッド電極間に備えられたワイヤ状の引き出し電極により前記引き出し電場を形成することを特徴とする質量分析装置。
【請求項7】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記トラップ電極は、隣接する前記四重極ロッド電極間に備えられたワイヤ状の引き出し電極であることを特徴とする質量分析装置。
【請求項8】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記制御部は、前記引き出し電場の大きさを変化させ、イオンを質量に応じて排出することを特徴とする質量分析装置。
【請求項9】
請求項1又は2に記載の質量分析装置において、前記制御部は、補助交流電圧の振幅を変化させることにより、排出されるイオンを質量に応じて振動させることを特徴とする質量分析装置。
【請求項10】
イオン源と、
前記イオン源で生成されたイオンが導入される多重極ロッド電極と、
前記多重極ロッド電極へのイオンの出入口に設けられた入口電極及び出口電極と、
前記多重極ロッド電極の両端の間であって、隣り合うロッドの間に互い違いに設けられた第1,2の電極と、
電極への電圧を制御する制御部と、を有することを特徴とする質量分析装置。
【請求項11】
請求項10に記載の質量分析装置において、前記第1の電極は導入されたイオンをトラップするためのトラップ電極であり、前記第2の電極はトラップされたイオンを引き出すための引き出し電極であることを特徴とする質量分析装置。
【請求項1】
試料をイオン化させるイオン源と、
前記イオン源によりイオン化されたイオンをトラップさせる入口側電極、出口側電極、四重極ロッド電極、及びトラップ電極を備えたイオントラップと、
前記イオントラップを構成する電極への電圧を制御する制御部と、
前記イオントラップによってトラップされたイオンを検出する検出部とを有する質量分析装置であって、
前記制御部は、前記四重極ロッド電極の中心軸上にトラップポテンシャルを形成させてから、隣接する前記四重極ロッドの中間方向へトラップした前記イオンの一部を振動させ、前記振動したイオンを引き出し電場を形成することにより前記四重極ロッドの中心軸方向へ排出する電圧を印加することを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記イオントラップは、さらに隣接する前記四重極ロッド電極間に羽根電極を有し、前記制御部は、前記羽根電極へ交流電圧を印加して前記イオンを振動させることを特徴とする質量分析装置。
【請求項3】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記制御部は、2対の隣接した前記四重極ロッド電極各々に位相が反転した補助交流電圧を印加して前記イオンを振動させることを特徴とする質量分析装置。
【請求項4】
請求項2に記載の質量分析装置において、前記羽根電極は、前記入口側に設けられた前部羽根電極と、前記出口側に設けられた後部羽根電極とで形成されており、前記前部羽根電極と前記後部羽根電極との間に、前記前部羽根電極側に前記トラップ電極及び前記後部羽根電極側に前記引き出し電場を形成する引き出し電極とを備えたことを特徴とする質量分析装置。
【請求項5】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記制御部は、前記出口側電極に対し、引き出し電場を形成する電圧を印加することを特徴とする質量分析装置。
【請求項6】
請求項1に記載の質量分析装置において、隣接する前記四重極ロッド電極間に備えられたワイヤ状の引き出し電極により前記引き出し電場を形成することを特徴とする質量分析装置。
【請求項7】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記トラップ電極は、隣接する前記四重極ロッド電極間に備えられたワイヤ状の引き出し電極であることを特徴とする質量分析装置。
【請求項8】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記制御部は、前記引き出し電場の大きさを変化させ、イオンを質量に応じて排出することを特徴とする質量分析装置。
【請求項9】
請求項1又は2に記載の質量分析装置において、前記制御部は、補助交流電圧の振幅を変化させることにより、排出されるイオンを質量に応じて振動させることを特徴とする質量分析装置。
【請求項10】
イオン源と、
前記イオン源で生成されたイオンが導入される多重極ロッド電極と、
前記多重極ロッド電極へのイオンの出入口に設けられた入口電極及び出口電極と、
前記多重極ロッド電極の両端の間であって、隣り合うロッドの間に互い違いに設けられた第1,2の電極と、
電極への電圧を制御する制御部と、を有することを特徴とする質量分析装置。
【請求項11】
請求項10に記載の質量分析装置において、前記第1の電極は導入されたイオンをトラップするためのトラップ電極であり、前記第2の電極はトラップされたイオンを引き出すための引き出し電極であることを特徴とする質量分析装置。
【図1A】
【図1B】
【図1C】
【図1D】
【図1E】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5A】
【図5B】
【図6】
【図7A】
【図7B】
【図8A】
【図8B】
【図9】
【図1B】
【図1C】
【図1D】
【図1E】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5A】
【図5B】
【図6】
【図7A】
【図7B】
【図8A】
【図8B】
【図9】
【公開番号】特開2009−117388(P2009−117388A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−40516(P2009−40516)
【出願日】平成21年2月24日(2009.2.24)
【分割の表示】特願2006−544154(P2006−544154)の分割
【原出願日】平成18年3月8日(2006.3.8)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年2月24日(2009.2.24)
【分割の表示】特願2006−544154(P2006−544154)の分割
【原出願日】平成18年3月8日(2006.3.8)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】
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