超低周波音用吸音装置
【課題】 より簡素化された構成を用いて超低周波騒音を効果的に抑制する吸音装置を提供することであり、特にエンジンテストセルやエンジンランナップハンガーなどにおいて、内部空間で発生する1〜20Hzの超低周波騒音を低減させる吸音装置を提供する。
【解決手段】 多孔質層11と背後空気層12と壁面13で構成され、多孔質層を超低周波音源に対面する側に配置し、多孔質層と壁面との間に厚さ2mから10mの背後空気層を形成する。特に多孔質層の面密度が0.5〜10kg/m2の範囲にあることが好ましい。
【解決手段】 多孔質層11と背後空気層12と壁面13で構成され、多孔質層を超低周波音源に対面する側に配置し、多孔質層と壁面との間に厚さ2mから10mの背後空気層を形成する。特に多孔質層の面密度が0.5〜10kg/m2の範囲にあることが好ましい。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超低周波数領域の音波を吸収する吸音構造に関し、特に周波数20Hz以下の音波を発生する施設に適用して超低周波音を吸収して環境を保護する吸音装置に関する。
【背景技術】
【0002】
1〜20Hzの周波数帯域を持つ超低周波騒音は、人の耳には聞こえないが、波長が長いため遠地点まで伝播し、建具のガタつきなどの物理的障害ばかりでなく、悪心やいらつきなどの心理的障害、頭痛や睡眠不調などの生理的障害などの原因になることが知られている。
たとえば、市街地においても、工場の機械類や、地下鉄工事で掘り出した土砂を分別する振動篩など、超低周波騒音の発生源となる機器が多数存在する。
また、ジェットエンジンはそのジェット流により極めて広範な周波数帯域に亘って強い流体騒音を発生するので、ジェットエンジン用テストセルやエンジンランナップハンガーなど、壁で囲われた空間でジェットエンジンを運転する施設では施設の規模に応じた共鳴を生じ、大型施設では20Hz以下の超低周波数の騒音成分を放出して遠地点まで影響を及ぼす場合がある。
【0003】
特許文献1〜3には、このような超低周波騒音を低減させるための防音装置が開示されている。
特許文献1は、工事現場を囲繞して騒音が外部に漏れるのを防止する壁式・ハウス式の防音壁を組立自在にするための防音パネルを開示したものである。防音パネルは、枠体と枠体に収めた吸音機構からなり、枠体は互いを繋ぐための接続部がその縁部に形成されており、吸音機構は枠体の中に補強材で支持した鉄板層と鉄筋コンクリート層と空気層とグラスウールなどの吸音層をこの順に積層して収めた多層構造を有する。
特許文献1に開示された防音パネルは、枠体の側面同士をボルト・ナットで繋げば簡単に壁式・ハウス式の防音壁を形成することができ、撤去も容易で破砕せずに何度でも再使用することができ、使用しないときはすっきりとまた安定した状態で収納しておくことができる。
【0004】
さらに、異なる吸音材料を4層複合したため、20Hz〜10kHzの普通の騒音が拡散しないように抑止する上、20Hz以下の超低周波騒音に対しても一定の防音効果を有する。なお、低周波騒音の防音効果は、鉄筋コンクリート層の厚さが大きいほど、また補強材の配置間隔が小さいほど大きくなる。
たとえば、補強材の厚さ6mm、鉄板層の厚さ2.3mm、鉄筋コンクリート層の厚さ150mm、空気層の厚さ35mm、吸音層の厚さ50mmの吸音機構で構成された防音パネルを用いたときに、16Hzの超低周波数騒音が壁内外で32dBの差を生じたとされている。
吸音層と空気層によって騒音の振動を吸収する機構であるため、空気層は必須であるが、ここで使用される空気層は防音パネル内に形成されるもので35mmという比較的薄い厚さしか持たない。
【0005】
また、特許文献2は、騒音源となる機械類などを囲って超低周波音を減衰・吸音させて、外部に漏れる騒音のレベルを低下させるために使用する吸音構造体を開示している。
従来の多層吸音構造では、超低周波音を効果的に吸音するためには6層構造というような多くの層を持ち、さらに吸音材の層の間に空気層を設けることが必要であるとされていた。
これに対して、特許文献2に開示された多層吸音構造体は、発泡コンクリートなどの硬質多孔体層からなる第1層、グラスウールなどの軟質多孔体層からなる第2層、ロックウールなどの硬質多孔体層からなる第3層、および空気層からなる第4層の4層構成によって、効果的に吸音することができるとされている。なお、空気層は外側の遮音板と第3層の間に形成される。
【0006】
開示された多層吸音構造体の吸音機構は、第1層と第3層が質量、第2層が減衰、第4層がバネに相当する機械的な振動系を構成し、これにより超低周波帯域の音響エネルギーが減衰され、騒音が吸収されると考えられる。
実施例として、図12の断面図に示すような、第1層から第3層までの厚さが120mmで、空気層の厚さが380mmの構造体が記載されている。図13はこの吸音構造体の低周波領域における吸音特性を表すグラフである。これによると、20〜30Hzの領域で吸音率が最大になり、その領域では吸音率が0.5に達している。
この多層吸音構造体で防音囲いを作って内部に振動篩を設置して作動させたところ、超低周波音について、防音囲いの外壁から1m位置で外壁のみで作った囲いと比較して19dB、20〜40m位置で9〜3.5dBの、大幅な音圧レベルの低減効果が得られたとされる。
【0007】
ところで、大型エンジンや航空機を収納してエンジンテストを行うエンジンテストセルやエンジンランナップハンガーでは、騒音源から大きな音響エネルギーが放出され、また建屋はほぼ閉鎖された大型の空間となるので、建屋に共鳴して強い低周波騒音が発生する。
特にジェットエンジンを試験するエンジンテストセルでは、セルの中にエンジン運転音や気流誘発音など超低周波数から高周波数まで広い範囲にわたって強い騒音を発生する騒音源が存在し、騒音源を囲むセルの内法寸法に対応する共鳴作用によって特定の周波数を持った音波が選択的に定在して強い騒音となる。あるエンジンテストセルは主要な空間長が80mあるいは100mもあるため、定在波の波長が長くなり5〜20Hzの超低周波音が発生する。
このようなエンジンテストセルやランナップハンガーは、一般に、人家などから離れて建設されるが、超低周波音は非常に遠方まで伝播するので、発生源で十分抑制しておく必要がある。
【0008】
エンジンテストセルなどにおいて、特許文献1の防音パネルや特許文献2の吸音構造体などを利用して防音壁を形成すると、複雑な多層構造のため製造費や工事費が上昇する上、20Hz以下の超低周波騒音に対する抑制能力が十分ではない。たとえば、特許文献2に開示された吸音構造体でも、20Hz以下の超低周波音に対しては0.5より小さい吸収率しか持たない。
ところで、エンジンテストセルで発生する低周波騒音はセルの構造に依存する固有な周波数成分が強いので、固有周波音に対する対策が有効である。
特許文献3には、5〜15Hzなど超低周波騒音を低減させる防音機構を設備したエンジンテストセルが開示されている。特許文献3に開示された防音機構は、吸音材を多層に重ねた複合構造体ではなく、ヘルムホルツ共鳴型消音器を利用するところに特徴がある。
【0009】
特許文献3に開示された防音機構では、図14に示すように、エンジンテストセルのたとえば床下など隣接する位置に、共鳴周波数がエンジンテストセルの固有周波数に近くなるように調整したヘルムホルツ型共鳴器を開口がテストセルと連通するように設置しておく。
すると、騒音のうち共鳴周波数近くの成分が干渉により効率よく消音され騒音レベルが十分低下して、超低周波数帯域の騒音公害が低減する。
なお、特許文献3に記載された実施例のように10Hzと15Hzに共鳴が起こる建屋など複数の固有周波数音を発生する場合や、帯域幅を持った超低周波騒音が発生する場合には、ヘルムホルツ型共鳴器を複数設けて、それぞれの固有周波数に対応する共鳴周波数を持つようにしたり、適当な間隔で共鳴周波数を選んで調整すればよい。
【0010】
しかし、特許文献3に記載されたような、ヘルムホルツ共鳴型消音器を設けて超低周波音を吸収する方法では、共鳴周波数の極く近傍しか消音効果が及ばないので、広い帯域幅を持った騒音に対しては数多くの消音器を設ける必要がある。また、設置面積を節約するためヘルムホルツ共鳴型消音器をたとえば床下に設けるとすると、設置工事費が過大になる。
【特許文献1】特開2001−032400号公報
【特許文献2】特開平10−140700号公報
【特許文献3】特開2003−307467号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、より簡素化された構成を用いて超低周波騒音を効果的に抑制する吸音装置を提供することであり、特にジェットエンジンなどをテストするエンジンテストセルや航空機を収納してエンジンテストするエンジンランナップハンガーなどにおいて、空間で発生する1〜20Hzの超低周波騒音を低減させる吸音装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するため本発明の超低周波音用吸音装置は、多孔質層と背後空気層と壁面で構成され、多孔質層を超低周波音源に対面する側に配置し、多孔質層と壁面との間に厚さ1mから10mの背後空気層を形成することを特徴とする。
従来、背後空気層を持った吸音機構の吸音率については、数10Hz以上の領域で検討されたものが知られていて、斯界の常識ではこれ以下の低周波領域では吸音率は低下するとされていた。さらに、20Hz以下の超低周波領域における吸音率に関しては、技術資料は殆ど無く、本発明の発明者には、超低周波音の吸収についてなされた具体的な技術報告としては上記特許文献2しか見つからなかった。特許文献2における背後空気層の厚さは380mmである。
【0013】
これに対して、本発明者らは鋭意研究の結果、従来の常識に反して背後空気層を1m以上、好ましくは2m以上と十分厚くすることによって、非常に効果的に超低周波音を吸音することを見出した。超低周波音は波長が長いので、多孔質層と空気層をマス+バネ力学系に当て嵌めて考えたときには、極めて厚い空気層が必要になることが予測され現実的でないとされていたが、実際には1m〜10m、好ましくは2m〜10mの範囲で、さらに好適には3〜5m程度の実用的な長さで顕著な吸音効果を有することが分かった。
しかも、空気層の前面に配置する多孔質層は、薄い方が吸音率が高い傾向を示す。これは、吸音材は厚いほど効果があるとする従来の常識からは思いがけない現象である。
【0014】
本発明の吸音装置は、ヘルムホルツ型消音器のように鋭い周波数特性を持たず、周波数の変化に対して比較的緩やかに吸音率が変化する。したがって、吸収したい超低周波音が複数の共鳴周波数を持ったり、ある程度の帯域幅を持ったりしても、1種類の吸音装置で対処することができ、特許文献3記載の発明のように多数の消音機構を準備する必要がない。
【0015】
なお、本発明の吸音装置でも、吸音率が最大となる周波数fmxについては、マス+ダンパ+バネ系の吸音メカニズムを適用することができ、多孔質層の面密度をm、空気の密度をρ、空気層の厚さをd、音速をcとすると、
fmx=1/2π×(ρc2/md)1/2
という関係式によって求められることが試験によっても確かめられた。
正確には、音響管試験装置を用いてグラスウール板など多孔質層の内部における実効伝播音速(複素数)と多孔質層の実効密度(複素数)を求めて、1次元音響波動方程式に当て嵌めることにより、多孔質材の層厚と背後空気の層厚の任意の組み合わせに対する吸音率を求める。
この式によれば、吸音率が最大になる周波数は、空気の密度の平方根に比例し多孔質層の面密度と空気層の厚さの積の平方根に反比例する。したがって、吸音したい周波数が低いときには、多孔質層の面密度すなわち厚さと空気層の厚さを大きくすればよい。
【0016】
また、本発明の吸音装置における多孔質層は、あまり高い面密度を持つ必要が無い。面密度を1.6〜64kg/m2の範囲で選択して確認した結果、吸音率が最高になるのは面密度が1.6kg/m2のときで、垂直入射吸音率の最大値が0.9〜1.0に達し、8kg/m2では最良のものと比較すると吸音率が1/2程度まで低下し、16kg/m2では1/3程度まで劣化することが観察された。
特許文献2に記載された構造体の吸音率は、最も高い場合でも0.5程度でしかないことと比較すると、本発明の吸音装置における吸音効果は著しく向上していることが分かる。上記試験結果から、実用的な吸音材厚みを想定すれば、少なくとも面密度が0.5〜10kg/m2の範囲では、従来技術の防音装置より良好な効果を有するということができる。
【0017】
多孔質層は、吸音材料としてよく使用されるグラスウール板で形成することができる。また、ロックウールやウレタンフォーム、あるいはフェルト地などの吸音材料も使用することができる。
たとえば密度32kg/m3のグラスウール板を使って構成体を形成した本試験の結果によれば、グラスウール板の厚さが小さい50mmのときに大きな吸音率を呈し、250mmで吸音率が半減し、500mmで1/3に落ちるという結果を得ている。したがって、本発明の構成では、従来の常識に反して、厚いグラスウール板を使っても必ずしも吸音効果は大きくない。
【0018】
なお、空気層の中間のたとえばほぼ中央などにさらに多孔質層を介在させることもできる。空気層の総厚は変えずに中間に多孔質層を入れると、高周波側の吸音率が大きくなる傾向があるので、抑制できる騒音周波数領域が拡大する効果が期待できる。
なお、このような複層構造にしたときにも、多孔質層の面密度は単層構造におけると同じものであることが好ましい。
本発明の吸音装置は、閉空間内に存在する超低周波音を効果的に低減するために利用することができるばかりでなく、開放空間で発生する超低周波騒音を減少するために利用することができることはいうまでもない。
【0019】
さらに、本発明は上記発明の吸音装置を備えて、効果的に超低周波騒音を抑制することを特徴とする建屋である。
上記発明の吸音装置をエンジンテストセルやエンジンランナップハンガーなど超低周波騒音を発生する可能性がある大型の建屋に適用するときには、これらの建屋がそれぞれの方向において共鳴周波数を支配する寸法要素を持っていることから、これらの特徴的な固有周波数特性に合わせて多孔質層の面密度と空気層の層厚を決定して、吸音装置を設置することにより発生する超低周波騒音を効果的に低減させることができる。
【0020】
たとえば、横方向に100m長の音場を形成するハンガーでは約1.7Hzを基調とした共鳴周波音が複数個存在するので、発生する超低周波騒音を抑制することが好ましい。
なお、方向毎に発生する共鳴周波数が異なるときには、方向ごとにそれぞれ適合する吸音装置を配置すると、各種騒音を有効に減少させることができる。
【0021】
本発明に従って、たとえば面密度が1.6kg/m2のグラスウール板と厚さ約5mの背後空気層を組み合わせた構成にすると、20Hzにおける吸音率が0.97程度、5Hzにおける吸音率が0.6、また3Hz付近でも0.4になり、吸音効率が従来技術のものと比較して大幅に向上することが分かる。したがって、このように構成された吸音機構を側壁部分に設置した吸音装置は著しい防音効果を発揮する。
【0022】
さらに低周波領域に強い吸音効果を及ぼすため最大吸音率の位置を低周波側に移動する場合は、多孔質層の面密度を高めるか背後空気層の層厚を増加させればよい。最大吸音率の位置を、たとえば15Hz付近に設定するときには、同じ面密度の多孔質層を使用して背後空気層の厚さを約10mまで増大すればよい。
なお、従来の設計思想にしたがって、密度が64kg/m3のグラスウール板の厚さを100mmとし、厚さ900mmの背後空気層と組み合わせた構成では、吸音率が20Hzで0.5程度、5Hzのところではせいぜい0.15となり、十分でない。
【0023】
また、共鳴に寄与する代表長さがたとえば80mであるエンジンテストセルでジェットエンジンをテストするときには、面密度1.6kg/m2の多孔質層と厚さ約4mの背後空気層を組み合わせた構成にすると、発生する超低周波騒音を効果的に抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、実施例を用いて本発明を詳細に説明する。
【実施例1】
【0025】
図1は、本発明の第1の実施例に係る吸音装置をエンジンテストセルに適用した場合を示す概念図である。
本実施例の適用対象となるエンジンテストセル1は、一端に吸気口2、他端に排気口4を有する約80m長の部屋で、エンジン性能を引き出すためのオーグメンター3が排気口4に繋がるように設けられ、オーグメンター3の直ぐ上流にジェットエンジン5を懸下して作動させ、エンジン性能のテストを行う。
【0026】
ジェットエンジン5を運転すると、燃料の燃焼、エンジン本体の振動、ジェットエンジンの上下流における気流などによって、超低周波から高周波まで広い帯域に亘って音波が発生する。これらの音源から発生する音響エネルギーは、エンジンテストセル1の形状・構造に対応して多くの共鳴を引き起こし、エンジンテストセル1内にセル構造に特有の周波数特性を持った騒音を発生させる。
【0027】
エンジンテストセル1において共鳴に寄与する代表長さが大きくなり、騒音源がこの代表長さに対応する音響エネルギーを大量に放出する場合は、より高い周波数成分に加えて、最近注目されるようになった超低周波領域の騒音が顕著に成長して問題が生ずる場合がある。
たとえば、部屋の代表長さが80mである場合には、約2Hzの共鳴波およびその高調波が発生する可能性があり、騒音源の放出する音響エネルギーがこの成分を大量に含む場合は、これら超低周波騒音が無視できなくなる。もちろん、部屋の代表長さがさらに長くなればさらに低い周波数の基本波およびその高調波が発生する。
【0028】
本実施例は、エンジンテストセル1の両端に多孔質層11で前面を塞いだ空気室12を設けることにより、効果的な吸音装置を構成したものである。
多孔質層11は、吸音材として入手しやすいグラスウール板で形成し、適当な面密度を持つように厚さを調整する。空気室12の多孔質層11と壁13との距離、すなわち空気層の層厚は、超低周波騒音を考慮に入れて、減衰したい周波数領域に基づいて決定する。
なお、エンジンテストセルの天井や側壁にも、同様の防音構造14,15を設置しても良いことはいうまでもない。天井や側壁に設ける防音構造体は、側端に設ける超低周波騒音用の構造と類似の構成であっても良いが、エンジンテストセル1中に発生する他のもっと周波数の高い騒音に対応するものであっても良い。
【0029】
図2には、選択可能な防音構造の1例について測定した吸音率の周波数特性を、従来設計に基づいた構造と比較して示す。
選択した防音構造は、面密度1.6kg/m2のグラスウール板を前面におき厚さ4mの背後空気層を設けたものである。本実施例の防音構造は、吸音率のピークとなる周波数を23Hzになるように選択したものである。
なお、比較対象は、従来技術から低周波騒音の抑制に適するとされる一般的な防音構造で、面密度3.2kg/m2のグラスウール板に300mmの背後空気層を設けたものである。
【0030】
グラフの横軸は音波の周波数、縦軸は垂直入射吸音率を表す。垂直入射吸音率は、対象の吸音構造を長さ10数mの長大音響管試験装置に組み込み、1〜33Hzの音を与えて2マイクロホン法によって測定して求めた。
本実施例の防音構造では吸音率のピークとなる周波数が23Hzとなるように選択したが、図2の測定結果からも分かるように、吸音率は周波数に対して緩やかに変化し、広い範囲に亘って高い値を維持するため、超低周波音に対しても十分に吸音効果がある。図2によると、本実施例の吸音装置の吸音率は、20〜30Hzの部分で0.97以上あり、周波数が低くなるにつれて低下するが、10Hzで約0.8、5Hzでも0.4以上ある。
【0031】
一方、従来技術による吸音装置では、30Hzにおける吸音率が0.3とさほど高くない上、周波数が減少するにつれて吸音率も単純に低下し、20Hzで0.2弱、10Hzで0.07程度に劣化する。
このように、本実施例の吸音装置は、従来技術による吸音装置と比較しても30Hz以下の超低周波領域の全領域にわたって圧倒的に吸音率が高く、エンジンテストセルに適用したときに超低周波騒音の抑制効果が大きい。
【0032】
さらに、吸音装置の多孔質層と空気層の最適な組み合わせを知るために、条件を変化させて吸音率の周波数特性を求めて、解析した。吸音率の周波数特性は長大音響管試験装置を用いた測定試験と、実効音速と実効密度を用いて1次元音響波動方程式から解析的に求める方法とを行って、両者が適度に合致することを確認している。しかし、ここでは主に試験装置による測定結果に基づいて説明する。
【0033】
なお、本実施例の吸音装置において吸音率が最大となる周波数fmxは、1次元音響波動方程式に基づいて、多孔質層をマス+ダンピング、背後空気層をバネとした1自由度振動系における共振周波数として求めることができ、多孔質層の面密度をm、空気の密度をρ、空気層の厚さをd、音速をcとすると、
fmx=1/2π×(ρc2/md)1/2 (1)
または、
md=1/4π2×ρc2/fmx2 =K/fmx2 (2)
という関係式を用いて算出すればよい。
【0034】
図3と図4は、空気層の厚さが垂直入射吸音率に及ぼす影響を表すグラフである。
図3は、面密度は1.6kg/m2のグラスウール板を使って、空気層の厚さを約2.5m、4m、5mと変化させたときの垂直入射吸音率の周波数特性を表したもので、参考のため、空気層厚が5mでグラスウール板の厚みが100mmで面密度が3.2kg/m2になるときの吸音率特性を記入してある。
また、図4は、面密度3.2kg/m2のグラスウール板を使って、空気の厚さを約1m、3m、5mと変化させたときの垂直入射吸音率の周波数特性を表したもので、参考のため、空気層厚が5mのときについてグラスウール板の板厚を半減させて面密度が1.6kg/m2になるときの吸音率特性を記入してある。
【0035】
図3に表示したケースのうち、多孔質層の面密度が1.6kg/m2のケースを取り出してみると、吸音率の最大値はほぼ1.0に達し、10〜30Hzの領域で十分大きな吸音率を有することが分かる。また、空気層の厚さが大きいほど吸音率が最大になる周波数が低くなり、超低周波音の領域まで吸音率が高くなる。たとえば、空気層が5m程度であれば、5Hzの付近でも吸音率が0.55に達して、従来の装置では考えられない吸音効果を発揮することになる。
また、図4を参照すると、多孔質層の面密度が3.2kg/m2のケースでは空気層が3m、5mでは超低周波音の吸音率が1.0には達しないが結構高く、従来製品よりかなり高い性能を有する。さらに、空気層1mでは10Hzで吸音率が0.2しかなく本実施例の他のケースと比較するとかなり性能が劣るとはいえ、従来の防音装置より良好な結果を得ることが分かる。
【0036】
なお、図3におけるケース3,4と図4におけるケース8,7は相互にほぼ同じ面密度を持つ多孔質層とほぼ同じ厚さ約5mの空気層を持つものであるが、一方のグラスウール板が密度32kg/m3、他方が64kg/m3であるにもかかわらず、互いにほぼ同じ傾向を有することが分かる。特にケース4とケース7は殆どグラフが重なるほどよく似た特性を持っており、先述の式(1)が妥当であることが確認できる。
【0037】
図5は、吸音率の周波数特性が多孔質層の種類ではなく面密度に基づいて決まることを検証するグラフである。
図5の各ケースは、いずれも厚さ5mの空気層を持っている。
図5のケース11と12は多孔質層の面密度が1.6kg/m2のケースで、ケース13〜16は面密度が3.2kg/m2のケースである。ケース11と13は密度32kg/m3のグラスウール板(GW32K)を使ったとき、ケース12と14は密度32kg/m3のグラスウール板(GW64K)を使ったとき、ケース15と16は密度32kg/m3のグラスウール板(GW32K)と密度32kg/m3のグラスウール板(GW64K)を合わせて面密度を3.2kg/m2にしたケースである。
【0038】
面密度が高いケース13〜16では、3〜33Hzの全領域に亘って相互に殆ど差がないほどよく一致していて、8〜28Hzの領域に亘って吸音率が0.8程度でその外側で吸音率が低下している。
面密度の低いケース11とケース12は最大吸音率がいずれも1.0に達する代りに高い吸音率を示す領域が狭い傾向を持っている。図5によると、ケース11とケース12では最大吸音率を示す周波数が僅かにずれているが、全体的にはよく似た周波数特性を示す。
すなわち、周波数特性は多孔質層を構成する物体自体の密度にかかわらず、多孔質層の面密度に従って決定されると言うことができる。
【0039】
また、図6、図7、図8は、多孔質層の面密度が吸音率に与える影響を解析的に調べた結果を示すグラフである。図はそれぞれ、空気層が5m、3m、1mであるときの垂直入射吸音率の周波数特性で、多孔質層の面密度をパラメータとしてプロットしたものである。なお、多孔質層の面密度が64kg/m2のケースは32kg/m2のケースと近似していたので、グラフの煩雑を避けるため表示を省略した。
図6〜図8から分かるように、多孔質層の面密度が大きいほど吸音率がピークを示す周波数が低くなるが、吸音率のピーク値は面密度が小さいほど大きくなる傾向がある。多孔質層の面密度と吸音率の関係は比較的連続的で閾値があるわけではないが、面密度が16kg/m2以上になると吸音率が0.3程度になり、また顕著なピークを持たなくなる。なお、面密度が8kg/m2の装置では中間的な性質を現す。
【0040】
また、全幅が大きいほど、すなわち空気層の層厚が大きいほど、最大吸音率を示す周波数が低くなり、全幅が3mや5mの装置では超低周波騒音に対して非常に良好な防音効果を発揮する。また、空気層の層厚が大きい方が吸音率の周波数特性中により顕著なピークが現れる。
しかし、図8に示した全幅1mのケースでは、3mや5mの装置と比較すると、10Hz以下の騒音を抑制する効果が小さい。ただし、従来技術の防音装置では超低周波音を有効に抑制するものがなかったことを考慮すると、全幅1mの装置でも従来よりは効果のある吸音装置になる。
【0041】
なお、図9は、空気層の中間にさらに多孔質層を設置したときの吸音率の周波数特性を表したものである。図には、多孔質層と空気層を合わせた全幅が5mになる吸音装置について、面密度1.6kg/m2の多孔質層を前面に設け、さらに空気層の中間位置におなじ面密度1.6kg/m2の多孔質層を設けたものの垂直入射吸音率と、多孔質層の面密度をそれぞれ3.2kg/m2にしたものの垂直入射吸音率を示した。吸音率はいずれも長大音響管試験装置によって測定したものである。なお、それぞれ多孔質層を前面に設けただけの防音装置の吸音率を点線で表して比較が容易にできるようにしてある。
【0042】
図9に示された試験結果によると、空気層の中間位置に多孔質層を設けることにより、超低周波数域における吸音率が上昇するわけではないが、高周波数側に吸音率の高い領域が広がる傾向が見られる。したがって、このような複膜構造を利用することにより、騒音抑制が可能な周波数領域が拡大する効果が期待できる。
本発明により、市場に大量に頒布され入手の容易な、たとえば1種類のグラスウールを25〜100mm程度の薄い板にしたものを多孔質層として使用して背後空気層を2〜5m程度設けることにより容易に、たとえば16Hzにおける吸音率が0.9以上になるなど、超低周波領域の吸音率が著しく向上して、効果的な吸音装置を構成することができる。
なお、多孔質層の表面に、従来の騒音対策で普通に用いられるような表面保護シートを適用しても良いことはいうまでもない。また、パンチングメタルなどの多孔板で保護しても良い。
【実施例2】
【0043】
図10は、本発明の第2の実施例に係る吸音装置をエンジンランナップハンガーに適用した場合を示す概念図である。防音構造体の原理は第1実施例と全く同じものであるから、詳細な説明は省略する。
適用対象のエンジンランナップハンガー21は、一端に吸気口22、他端に排気口24を有する約100m長の部屋で、航空機23を収容して、ジェットエンジンを作動させ、エンジン性能のテストを行う。
【0044】
ジェットエンジンを運転することにより、広い周波数帯域に及ぶ音響エネルギーが放出され、エンジンランナップハンガー21内に構造特有の周波数特性を持った騒音を発生させる。エンジンランナップハンガー21の代表長さが大きいので、超低周波領域の騒音が発生することを抑制することが困難になる場合がある。たとえば、ハンガーの幅が100mであれば、約1.7Hzの共鳴波とその高調波による超低周波騒音が発生する。
【0045】
本実施例は、エンジンランナップハンガー21の両側の壁に多孔質層31と背後空気層32を設けた吸音装置である。
多孔質層31の面密度と背後空気層32の層厚を、ハンガー内で発生する超低周波騒音に基づいて決定する。エンジンランナップハンガー21の天井や側壁にも、同様の防音構造34,35を設置しても良い。
【0046】
図11には、本発明に基づき代表長さ100mに対応して選択した防音構造と従来設計に基づいた構造について、それぞれ吸音率の周波数特性を示す。
共鳴に寄与する代表長さ100mに対応して選択した防音構造は、吸音率のピークとなる周波数を21Hzになるように算出したもので、面密度1.6kg/m2のグラスウール板と厚さ5mの背後空気層で構成している。
なお、比較対象は、面密度6.4kg/m2のグラスウール板に900mmの背後空気層を設けたものとした。
【0047】
図11の選択構造によれば、18〜21Hzにおいて最高吸音率、約0.97を示し、その両側で吸音率は緩やかに減衰する。高周波数側と比較すると、低周波数側における減衰はさらに緩く、10Hzで0.87、5Hzで約0.6になる。したがって、これら構造体をエンジンランナップハンガー21に設備することにより、超低周波音は著しく減衰し、ハンガーの周辺に害を及ぼさない。
なお、天井やハンガー側面に設ける吸音装置は、上記の代表長さ100mに対して最適設計した構造体を用いないで、これより高周波の騒音に対する防音効果を目的とするものとしてもよい。
【0048】
上記各実施例では、多孔質層をグラスウールで形成した場合を主として説明したが、面密度が吸音特性を左右する重要な要素であることから、ロックウールやウレタンフォーム、あるいはフェルト地など、他の多孔質材料も使用することができることは明らかである。
また、閉空間内で発生する騒音を抑制するものとして説明したが、本発明の吸音装置は開放空間で発生する超低周波音に対しても吸音効果があるので、多孔質層と背後空気層で構成した構造体で騒音源を囲ったり挟んだりして防音する装置としても良いことはいうまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明第1の実施例に係る吸音装置を説明する断面図である。
【図2】第1実施例の吸音装置の垂直入射吸音率の周波数特性を表したグラフである。
【図3】本発明の吸音装置の1例を使って空気層の厚さが垂直入射吸音率に及ぼす影響を表すグラフである。
【図4】本発明の吸音装置の別例について空気層の厚さが垂直入射吸音率に及ぼす影響を表すグラフである。
【図5】多孔質層の吸音率周波数特性が面密度に基づいて決まることを検証するグラフである。
【図6】全幅が5mの装置において多孔質層の面密度と吸音率の関係を表すグラフである。
【図7】全幅が3mの装置において多孔質層の面密度と吸音率の関係を表すグラフである。
【図8】全幅が1mの装置において多孔質層の面密度と吸音率の関係を表すグラフである。
【図9】本実施例の吸音装置の空気層の中間にさらに多孔質層を設置したときの吸音率の周波数特性を表したグラフである。
【図10】本発明第2の実施例に係る吸音装置を説明する断面図である。
【図11】第2実施例の吸音装置の垂直入射吸音率の周波数特性を表したグラフである。
【図12】従来技術における超低周波音用吸音構造体を説明する断面図である。
【図13】図12に示した吸音構造体の吸音率周波数特性を表したグラフである。
【図14】従来技術によるエンジンテストセルの超低周波騒音用吸音装置の1例を示す断面図である。
【符号の説明】
【0050】
1 エンジンテストセル
2 吸気口
3 オーグメンター
4 排気口
5 ジェットエンジン
11 多孔質層
12 空気室
13 壁
14,15 防音構造
21 エンジンランナップハンガー
22 吸気口
23 航空機
24 排気口
31 多孔質層
32 背後空気層
34,35 防音構造
【技術分野】
【0001】
本発明は、超低周波数領域の音波を吸収する吸音構造に関し、特に周波数20Hz以下の音波を発生する施設に適用して超低周波音を吸収して環境を保護する吸音装置に関する。
【背景技術】
【0002】
1〜20Hzの周波数帯域を持つ超低周波騒音は、人の耳には聞こえないが、波長が長いため遠地点まで伝播し、建具のガタつきなどの物理的障害ばかりでなく、悪心やいらつきなどの心理的障害、頭痛や睡眠不調などの生理的障害などの原因になることが知られている。
たとえば、市街地においても、工場の機械類や、地下鉄工事で掘り出した土砂を分別する振動篩など、超低周波騒音の発生源となる機器が多数存在する。
また、ジェットエンジンはそのジェット流により極めて広範な周波数帯域に亘って強い流体騒音を発生するので、ジェットエンジン用テストセルやエンジンランナップハンガーなど、壁で囲われた空間でジェットエンジンを運転する施設では施設の規模に応じた共鳴を生じ、大型施設では20Hz以下の超低周波数の騒音成分を放出して遠地点まで影響を及ぼす場合がある。
【0003】
特許文献1〜3には、このような超低周波騒音を低減させるための防音装置が開示されている。
特許文献1は、工事現場を囲繞して騒音が外部に漏れるのを防止する壁式・ハウス式の防音壁を組立自在にするための防音パネルを開示したものである。防音パネルは、枠体と枠体に収めた吸音機構からなり、枠体は互いを繋ぐための接続部がその縁部に形成されており、吸音機構は枠体の中に補強材で支持した鉄板層と鉄筋コンクリート層と空気層とグラスウールなどの吸音層をこの順に積層して収めた多層構造を有する。
特許文献1に開示された防音パネルは、枠体の側面同士をボルト・ナットで繋げば簡単に壁式・ハウス式の防音壁を形成することができ、撤去も容易で破砕せずに何度でも再使用することができ、使用しないときはすっきりとまた安定した状態で収納しておくことができる。
【0004】
さらに、異なる吸音材料を4層複合したため、20Hz〜10kHzの普通の騒音が拡散しないように抑止する上、20Hz以下の超低周波騒音に対しても一定の防音効果を有する。なお、低周波騒音の防音効果は、鉄筋コンクリート層の厚さが大きいほど、また補強材の配置間隔が小さいほど大きくなる。
たとえば、補強材の厚さ6mm、鉄板層の厚さ2.3mm、鉄筋コンクリート層の厚さ150mm、空気層の厚さ35mm、吸音層の厚さ50mmの吸音機構で構成された防音パネルを用いたときに、16Hzの超低周波数騒音が壁内外で32dBの差を生じたとされている。
吸音層と空気層によって騒音の振動を吸収する機構であるため、空気層は必須であるが、ここで使用される空気層は防音パネル内に形成されるもので35mmという比較的薄い厚さしか持たない。
【0005】
また、特許文献2は、騒音源となる機械類などを囲って超低周波音を減衰・吸音させて、外部に漏れる騒音のレベルを低下させるために使用する吸音構造体を開示している。
従来の多層吸音構造では、超低周波音を効果的に吸音するためには6層構造というような多くの層を持ち、さらに吸音材の層の間に空気層を設けることが必要であるとされていた。
これに対して、特許文献2に開示された多層吸音構造体は、発泡コンクリートなどの硬質多孔体層からなる第1層、グラスウールなどの軟質多孔体層からなる第2層、ロックウールなどの硬質多孔体層からなる第3層、および空気層からなる第4層の4層構成によって、効果的に吸音することができるとされている。なお、空気層は外側の遮音板と第3層の間に形成される。
【0006】
開示された多層吸音構造体の吸音機構は、第1層と第3層が質量、第2層が減衰、第4層がバネに相当する機械的な振動系を構成し、これにより超低周波帯域の音響エネルギーが減衰され、騒音が吸収されると考えられる。
実施例として、図12の断面図に示すような、第1層から第3層までの厚さが120mmで、空気層の厚さが380mmの構造体が記載されている。図13はこの吸音構造体の低周波領域における吸音特性を表すグラフである。これによると、20〜30Hzの領域で吸音率が最大になり、その領域では吸音率が0.5に達している。
この多層吸音構造体で防音囲いを作って内部に振動篩を設置して作動させたところ、超低周波音について、防音囲いの外壁から1m位置で外壁のみで作った囲いと比較して19dB、20〜40m位置で9〜3.5dBの、大幅な音圧レベルの低減効果が得られたとされる。
【0007】
ところで、大型エンジンや航空機を収納してエンジンテストを行うエンジンテストセルやエンジンランナップハンガーでは、騒音源から大きな音響エネルギーが放出され、また建屋はほぼ閉鎖された大型の空間となるので、建屋に共鳴して強い低周波騒音が発生する。
特にジェットエンジンを試験するエンジンテストセルでは、セルの中にエンジン運転音や気流誘発音など超低周波数から高周波数まで広い範囲にわたって強い騒音を発生する騒音源が存在し、騒音源を囲むセルの内法寸法に対応する共鳴作用によって特定の周波数を持った音波が選択的に定在して強い騒音となる。あるエンジンテストセルは主要な空間長が80mあるいは100mもあるため、定在波の波長が長くなり5〜20Hzの超低周波音が発生する。
このようなエンジンテストセルやランナップハンガーは、一般に、人家などから離れて建設されるが、超低周波音は非常に遠方まで伝播するので、発生源で十分抑制しておく必要がある。
【0008】
エンジンテストセルなどにおいて、特許文献1の防音パネルや特許文献2の吸音構造体などを利用して防音壁を形成すると、複雑な多層構造のため製造費や工事費が上昇する上、20Hz以下の超低周波騒音に対する抑制能力が十分ではない。たとえば、特許文献2に開示された吸音構造体でも、20Hz以下の超低周波音に対しては0.5より小さい吸収率しか持たない。
ところで、エンジンテストセルで発生する低周波騒音はセルの構造に依存する固有な周波数成分が強いので、固有周波音に対する対策が有効である。
特許文献3には、5〜15Hzなど超低周波騒音を低減させる防音機構を設備したエンジンテストセルが開示されている。特許文献3に開示された防音機構は、吸音材を多層に重ねた複合構造体ではなく、ヘルムホルツ共鳴型消音器を利用するところに特徴がある。
【0009】
特許文献3に開示された防音機構では、図14に示すように、エンジンテストセルのたとえば床下など隣接する位置に、共鳴周波数がエンジンテストセルの固有周波数に近くなるように調整したヘルムホルツ型共鳴器を開口がテストセルと連通するように設置しておく。
すると、騒音のうち共鳴周波数近くの成分が干渉により効率よく消音され騒音レベルが十分低下して、超低周波数帯域の騒音公害が低減する。
なお、特許文献3に記載された実施例のように10Hzと15Hzに共鳴が起こる建屋など複数の固有周波数音を発生する場合や、帯域幅を持った超低周波騒音が発生する場合には、ヘルムホルツ型共鳴器を複数設けて、それぞれの固有周波数に対応する共鳴周波数を持つようにしたり、適当な間隔で共鳴周波数を選んで調整すればよい。
【0010】
しかし、特許文献3に記載されたような、ヘルムホルツ共鳴型消音器を設けて超低周波音を吸収する方法では、共鳴周波数の極く近傍しか消音効果が及ばないので、広い帯域幅を持った騒音に対しては数多くの消音器を設ける必要がある。また、設置面積を節約するためヘルムホルツ共鳴型消音器をたとえば床下に設けるとすると、設置工事費が過大になる。
【特許文献1】特開2001−032400号公報
【特許文献2】特開平10−140700号公報
【特許文献3】特開2003−307467号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、より簡素化された構成を用いて超低周波騒音を効果的に抑制する吸音装置を提供することであり、特にジェットエンジンなどをテストするエンジンテストセルや航空機を収納してエンジンテストするエンジンランナップハンガーなどにおいて、空間で発生する1〜20Hzの超低周波騒音を低減させる吸音装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するため本発明の超低周波音用吸音装置は、多孔質層と背後空気層と壁面で構成され、多孔質層を超低周波音源に対面する側に配置し、多孔質層と壁面との間に厚さ1mから10mの背後空気層を形成することを特徴とする。
従来、背後空気層を持った吸音機構の吸音率については、数10Hz以上の領域で検討されたものが知られていて、斯界の常識ではこれ以下の低周波領域では吸音率は低下するとされていた。さらに、20Hz以下の超低周波領域における吸音率に関しては、技術資料は殆ど無く、本発明の発明者には、超低周波音の吸収についてなされた具体的な技術報告としては上記特許文献2しか見つからなかった。特許文献2における背後空気層の厚さは380mmである。
【0013】
これに対して、本発明者らは鋭意研究の結果、従来の常識に反して背後空気層を1m以上、好ましくは2m以上と十分厚くすることによって、非常に効果的に超低周波音を吸音することを見出した。超低周波音は波長が長いので、多孔質層と空気層をマス+バネ力学系に当て嵌めて考えたときには、極めて厚い空気層が必要になることが予測され現実的でないとされていたが、実際には1m〜10m、好ましくは2m〜10mの範囲で、さらに好適には3〜5m程度の実用的な長さで顕著な吸音効果を有することが分かった。
しかも、空気層の前面に配置する多孔質層は、薄い方が吸音率が高い傾向を示す。これは、吸音材は厚いほど効果があるとする従来の常識からは思いがけない現象である。
【0014】
本発明の吸音装置は、ヘルムホルツ型消音器のように鋭い周波数特性を持たず、周波数の変化に対して比較的緩やかに吸音率が変化する。したがって、吸収したい超低周波音が複数の共鳴周波数を持ったり、ある程度の帯域幅を持ったりしても、1種類の吸音装置で対処することができ、特許文献3記載の発明のように多数の消音機構を準備する必要がない。
【0015】
なお、本発明の吸音装置でも、吸音率が最大となる周波数fmxについては、マス+ダンパ+バネ系の吸音メカニズムを適用することができ、多孔質層の面密度をm、空気の密度をρ、空気層の厚さをd、音速をcとすると、
fmx=1/2π×(ρc2/md)1/2
という関係式によって求められることが試験によっても確かめられた。
正確には、音響管試験装置を用いてグラスウール板など多孔質層の内部における実効伝播音速(複素数)と多孔質層の実効密度(複素数)を求めて、1次元音響波動方程式に当て嵌めることにより、多孔質材の層厚と背後空気の層厚の任意の組み合わせに対する吸音率を求める。
この式によれば、吸音率が最大になる周波数は、空気の密度の平方根に比例し多孔質層の面密度と空気層の厚さの積の平方根に反比例する。したがって、吸音したい周波数が低いときには、多孔質層の面密度すなわち厚さと空気層の厚さを大きくすればよい。
【0016】
また、本発明の吸音装置における多孔質層は、あまり高い面密度を持つ必要が無い。面密度を1.6〜64kg/m2の範囲で選択して確認した結果、吸音率が最高になるのは面密度が1.6kg/m2のときで、垂直入射吸音率の最大値が0.9〜1.0に達し、8kg/m2では最良のものと比較すると吸音率が1/2程度まで低下し、16kg/m2では1/3程度まで劣化することが観察された。
特許文献2に記載された構造体の吸音率は、最も高い場合でも0.5程度でしかないことと比較すると、本発明の吸音装置における吸音効果は著しく向上していることが分かる。上記試験結果から、実用的な吸音材厚みを想定すれば、少なくとも面密度が0.5〜10kg/m2の範囲では、従来技術の防音装置より良好な効果を有するということができる。
【0017】
多孔質層は、吸音材料としてよく使用されるグラスウール板で形成することができる。また、ロックウールやウレタンフォーム、あるいはフェルト地などの吸音材料も使用することができる。
たとえば密度32kg/m3のグラスウール板を使って構成体を形成した本試験の結果によれば、グラスウール板の厚さが小さい50mmのときに大きな吸音率を呈し、250mmで吸音率が半減し、500mmで1/3に落ちるという結果を得ている。したがって、本発明の構成では、従来の常識に反して、厚いグラスウール板を使っても必ずしも吸音効果は大きくない。
【0018】
なお、空気層の中間のたとえばほぼ中央などにさらに多孔質層を介在させることもできる。空気層の総厚は変えずに中間に多孔質層を入れると、高周波側の吸音率が大きくなる傾向があるので、抑制できる騒音周波数領域が拡大する効果が期待できる。
なお、このような複層構造にしたときにも、多孔質層の面密度は単層構造におけると同じものであることが好ましい。
本発明の吸音装置は、閉空間内に存在する超低周波音を効果的に低減するために利用することができるばかりでなく、開放空間で発生する超低周波騒音を減少するために利用することができることはいうまでもない。
【0019】
さらに、本発明は上記発明の吸音装置を備えて、効果的に超低周波騒音を抑制することを特徴とする建屋である。
上記発明の吸音装置をエンジンテストセルやエンジンランナップハンガーなど超低周波騒音を発生する可能性がある大型の建屋に適用するときには、これらの建屋がそれぞれの方向において共鳴周波数を支配する寸法要素を持っていることから、これらの特徴的な固有周波数特性に合わせて多孔質層の面密度と空気層の層厚を決定して、吸音装置を設置することにより発生する超低周波騒音を効果的に低減させることができる。
【0020】
たとえば、横方向に100m長の音場を形成するハンガーでは約1.7Hzを基調とした共鳴周波音が複数個存在するので、発生する超低周波騒音を抑制することが好ましい。
なお、方向毎に発生する共鳴周波数が異なるときには、方向ごとにそれぞれ適合する吸音装置を配置すると、各種騒音を有効に減少させることができる。
【0021】
本発明に従って、たとえば面密度が1.6kg/m2のグラスウール板と厚さ約5mの背後空気層を組み合わせた構成にすると、20Hzにおける吸音率が0.97程度、5Hzにおける吸音率が0.6、また3Hz付近でも0.4になり、吸音効率が従来技術のものと比較して大幅に向上することが分かる。したがって、このように構成された吸音機構を側壁部分に設置した吸音装置は著しい防音効果を発揮する。
【0022】
さらに低周波領域に強い吸音効果を及ぼすため最大吸音率の位置を低周波側に移動する場合は、多孔質層の面密度を高めるか背後空気層の層厚を増加させればよい。最大吸音率の位置を、たとえば15Hz付近に設定するときには、同じ面密度の多孔質層を使用して背後空気層の厚さを約10mまで増大すればよい。
なお、従来の設計思想にしたがって、密度が64kg/m3のグラスウール板の厚さを100mmとし、厚さ900mmの背後空気層と組み合わせた構成では、吸音率が20Hzで0.5程度、5Hzのところではせいぜい0.15となり、十分でない。
【0023】
また、共鳴に寄与する代表長さがたとえば80mであるエンジンテストセルでジェットエンジンをテストするときには、面密度1.6kg/m2の多孔質層と厚さ約4mの背後空気層を組み合わせた構成にすると、発生する超低周波騒音を効果的に抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、実施例を用いて本発明を詳細に説明する。
【実施例1】
【0025】
図1は、本発明の第1の実施例に係る吸音装置をエンジンテストセルに適用した場合を示す概念図である。
本実施例の適用対象となるエンジンテストセル1は、一端に吸気口2、他端に排気口4を有する約80m長の部屋で、エンジン性能を引き出すためのオーグメンター3が排気口4に繋がるように設けられ、オーグメンター3の直ぐ上流にジェットエンジン5を懸下して作動させ、エンジン性能のテストを行う。
【0026】
ジェットエンジン5を運転すると、燃料の燃焼、エンジン本体の振動、ジェットエンジンの上下流における気流などによって、超低周波から高周波まで広い帯域に亘って音波が発生する。これらの音源から発生する音響エネルギーは、エンジンテストセル1の形状・構造に対応して多くの共鳴を引き起こし、エンジンテストセル1内にセル構造に特有の周波数特性を持った騒音を発生させる。
【0027】
エンジンテストセル1において共鳴に寄与する代表長さが大きくなり、騒音源がこの代表長さに対応する音響エネルギーを大量に放出する場合は、より高い周波数成分に加えて、最近注目されるようになった超低周波領域の騒音が顕著に成長して問題が生ずる場合がある。
たとえば、部屋の代表長さが80mである場合には、約2Hzの共鳴波およびその高調波が発生する可能性があり、騒音源の放出する音響エネルギーがこの成分を大量に含む場合は、これら超低周波騒音が無視できなくなる。もちろん、部屋の代表長さがさらに長くなればさらに低い周波数の基本波およびその高調波が発生する。
【0028】
本実施例は、エンジンテストセル1の両端に多孔質層11で前面を塞いだ空気室12を設けることにより、効果的な吸音装置を構成したものである。
多孔質層11は、吸音材として入手しやすいグラスウール板で形成し、適当な面密度を持つように厚さを調整する。空気室12の多孔質層11と壁13との距離、すなわち空気層の層厚は、超低周波騒音を考慮に入れて、減衰したい周波数領域に基づいて決定する。
なお、エンジンテストセルの天井や側壁にも、同様の防音構造14,15を設置しても良いことはいうまでもない。天井や側壁に設ける防音構造体は、側端に設ける超低周波騒音用の構造と類似の構成であっても良いが、エンジンテストセル1中に発生する他のもっと周波数の高い騒音に対応するものであっても良い。
【0029】
図2には、選択可能な防音構造の1例について測定した吸音率の周波数特性を、従来設計に基づいた構造と比較して示す。
選択した防音構造は、面密度1.6kg/m2のグラスウール板を前面におき厚さ4mの背後空気層を設けたものである。本実施例の防音構造は、吸音率のピークとなる周波数を23Hzになるように選択したものである。
なお、比較対象は、従来技術から低周波騒音の抑制に適するとされる一般的な防音構造で、面密度3.2kg/m2のグラスウール板に300mmの背後空気層を設けたものである。
【0030】
グラフの横軸は音波の周波数、縦軸は垂直入射吸音率を表す。垂直入射吸音率は、対象の吸音構造を長さ10数mの長大音響管試験装置に組み込み、1〜33Hzの音を与えて2マイクロホン法によって測定して求めた。
本実施例の防音構造では吸音率のピークとなる周波数が23Hzとなるように選択したが、図2の測定結果からも分かるように、吸音率は周波数に対して緩やかに変化し、広い範囲に亘って高い値を維持するため、超低周波音に対しても十分に吸音効果がある。図2によると、本実施例の吸音装置の吸音率は、20〜30Hzの部分で0.97以上あり、周波数が低くなるにつれて低下するが、10Hzで約0.8、5Hzでも0.4以上ある。
【0031】
一方、従来技術による吸音装置では、30Hzにおける吸音率が0.3とさほど高くない上、周波数が減少するにつれて吸音率も単純に低下し、20Hzで0.2弱、10Hzで0.07程度に劣化する。
このように、本実施例の吸音装置は、従来技術による吸音装置と比較しても30Hz以下の超低周波領域の全領域にわたって圧倒的に吸音率が高く、エンジンテストセルに適用したときに超低周波騒音の抑制効果が大きい。
【0032】
さらに、吸音装置の多孔質層と空気層の最適な組み合わせを知るために、条件を変化させて吸音率の周波数特性を求めて、解析した。吸音率の周波数特性は長大音響管試験装置を用いた測定試験と、実効音速と実効密度を用いて1次元音響波動方程式から解析的に求める方法とを行って、両者が適度に合致することを確認している。しかし、ここでは主に試験装置による測定結果に基づいて説明する。
【0033】
なお、本実施例の吸音装置において吸音率が最大となる周波数fmxは、1次元音響波動方程式に基づいて、多孔質層をマス+ダンピング、背後空気層をバネとした1自由度振動系における共振周波数として求めることができ、多孔質層の面密度をm、空気の密度をρ、空気層の厚さをd、音速をcとすると、
fmx=1/2π×(ρc2/md)1/2 (1)
または、
md=1/4π2×ρc2/fmx2 =K/fmx2 (2)
という関係式を用いて算出すればよい。
【0034】
図3と図4は、空気層の厚さが垂直入射吸音率に及ぼす影響を表すグラフである。
図3は、面密度は1.6kg/m2のグラスウール板を使って、空気層の厚さを約2.5m、4m、5mと変化させたときの垂直入射吸音率の周波数特性を表したもので、参考のため、空気層厚が5mでグラスウール板の厚みが100mmで面密度が3.2kg/m2になるときの吸音率特性を記入してある。
また、図4は、面密度3.2kg/m2のグラスウール板を使って、空気の厚さを約1m、3m、5mと変化させたときの垂直入射吸音率の周波数特性を表したもので、参考のため、空気層厚が5mのときについてグラスウール板の板厚を半減させて面密度が1.6kg/m2になるときの吸音率特性を記入してある。
【0035】
図3に表示したケースのうち、多孔質層の面密度が1.6kg/m2のケースを取り出してみると、吸音率の最大値はほぼ1.0に達し、10〜30Hzの領域で十分大きな吸音率を有することが分かる。また、空気層の厚さが大きいほど吸音率が最大になる周波数が低くなり、超低周波音の領域まで吸音率が高くなる。たとえば、空気層が5m程度であれば、5Hzの付近でも吸音率が0.55に達して、従来の装置では考えられない吸音効果を発揮することになる。
また、図4を参照すると、多孔質層の面密度が3.2kg/m2のケースでは空気層が3m、5mでは超低周波音の吸音率が1.0には達しないが結構高く、従来製品よりかなり高い性能を有する。さらに、空気層1mでは10Hzで吸音率が0.2しかなく本実施例の他のケースと比較するとかなり性能が劣るとはいえ、従来の防音装置より良好な結果を得ることが分かる。
【0036】
なお、図3におけるケース3,4と図4におけるケース8,7は相互にほぼ同じ面密度を持つ多孔質層とほぼ同じ厚さ約5mの空気層を持つものであるが、一方のグラスウール板が密度32kg/m3、他方が64kg/m3であるにもかかわらず、互いにほぼ同じ傾向を有することが分かる。特にケース4とケース7は殆どグラフが重なるほどよく似た特性を持っており、先述の式(1)が妥当であることが確認できる。
【0037】
図5は、吸音率の周波数特性が多孔質層の種類ではなく面密度に基づいて決まることを検証するグラフである。
図5の各ケースは、いずれも厚さ5mの空気層を持っている。
図5のケース11と12は多孔質層の面密度が1.6kg/m2のケースで、ケース13〜16は面密度が3.2kg/m2のケースである。ケース11と13は密度32kg/m3のグラスウール板(GW32K)を使ったとき、ケース12と14は密度32kg/m3のグラスウール板(GW64K)を使ったとき、ケース15と16は密度32kg/m3のグラスウール板(GW32K)と密度32kg/m3のグラスウール板(GW64K)を合わせて面密度を3.2kg/m2にしたケースである。
【0038】
面密度が高いケース13〜16では、3〜33Hzの全領域に亘って相互に殆ど差がないほどよく一致していて、8〜28Hzの領域に亘って吸音率が0.8程度でその外側で吸音率が低下している。
面密度の低いケース11とケース12は最大吸音率がいずれも1.0に達する代りに高い吸音率を示す領域が狭い傾向を持っている。図5によると、ケース11とケース12では最大吸音率を示す周波数が僅かにずれているが、全体的にはよく似た周波数特性を示す。
すなわち、周波数特性は多孔質層を構成する物体自体の密度にかかわらず、多孔質層の面密度に従って決定されると言うことができる。
【0039】
また、図6、図7、図8は、多孔質層の面密度が吸音率に与える影響を解析的に調べた結果を示すグラフである。図はそれぞれ、空気層が5m、3m、1mであるときの垂直入射吸音率の周波数特性で、多孔質層の面密度をパラメータとしてプロットしたものである。なお、多孔質層の面密度が64kg/m2のケースは32kg/m2のケースと近似していたので、グラフの煩雑を避けるため表示を省略した。
図6〜図8から分かるように、多孔質層の面密度が大きいほど吸音率がピークを示す周波数が低くなるが、吸音率のピーク値は面密度が小さいほど大きくなる傾向がある。多孔質層の面密度と吸音率の関係は比較的連続的で閾値があるわけではないが、面密度が16kg/m2以上になると吸音率が0.3程度になり、また顕著なピークを持たなくなる。なお、面密度が8kg/m2の装置では中間的な性質を現す。
【0040】
また、全幅が大きいほど、すなわち空気層の層厚が大きいほど、最大吸音率を示す周波数が低くなり、全幅が3mや5mの装置では超低周波騒音に対して非常に良好な防音効果を発揮する。また、空気層の層厚が大きい方が吸音率の周波数特性中により顕著なピークが現れる。
しかし、図8に示した全幅1mのケースでは、3mや5mの装置と比較すると、10Hz以下の騒音を抑制する効果が小さい。ただし、従来技術の防音装置では超低周波音を有効に抑制するものがなかったことを考慮すると、全幅1mの装置でも従来よりは効果のある吸音装置になる。
【0041】
なお、図9は、空気層の中間にさらに多孔質層を設置したときの吸音率の周波数特性を表したものである。図には、多孔質層と空気層を合わせた全幅が5mになる吸音装置について、面密度1.6kg/m2の多孔質層を前面に設け、さらに空気層の中間位置におなじ面密度1.6kg/m2の多孔質層を設けたものの垂直入射吸音率と、多孔質層の面密度をそれぞれ3.2kg/m2にしたものの垂直入射吸音率を示した。吸音率はいずれも長大音響管試験装置によって測定したものである。なお、それぞれ多孔質層を前面に設けただけの防音装置の吸音率を点線で表して比較が容易にできるようにしてある。
【0042】
図9に示された試験結果によると、空気層の中間位置に多孔質層を設けることにより、超低周波数域における吸音率が上昇するわけではないが、高周波数側に吸音率の高い領域が広がる傾向が見られる。したがって、このような複膜構造を利用することにより、騒音抑制が可能な周波数領域が拡大する効果が期待できる。
本発明により、市場に大量に頒布され入手の容易な、たとえば1種類のグラスウールを25〜100mm程度の薄い板にしたものを多孔質層として使用して背後空気層を2〜5m程度設けることにより容易に、たとえば16Hzにおける吸音率が0.9以上になるなど、超低周波領域の吸音率が著しく向上して、効果的な吸音装置を構成することができる。
なお、多孔質層の表面に、従来の騒音対策で普通に用いられるような表面保護シートを適用しても良いことはいうまでもない。また、パンチングメタルなどの多孔板で保護しても良い。
【実施例2】
【0043】
図10は、本発明の第2の実施例に係る吸音装置をエンジンランナップハンガーに適用した場合を示す概念図である。防音構造体の原理は第1実施例と全く同じものであるから、詳細な説明は省略する。
適用対象のエンジンランナップハンガー21は、一端に吸気口22、他端に排気口24を有する約100m長の部屋で、航空機23を収容して、ジェットエンジンを作動させ、エンジン性能のテストを行う。
【0044】
ジェットエンジンを運転することにより、広い周波数帯域に及ぶ音響エネルギーが放出され、エンジンランナップハンガー21内に構造特有の周波数特性を持った騒音を発生させる。エンジンランナップハンガー21の代表長さが大きいので、超低周波領域の騒音が発生することを抑制することが困難になる場合がある。たとえば、ハンガーの幅が100mであれば、約1.7Hzの共鳴波とその高調波による超低周波騒音が発生する。
【0045】
本実施例は、エンジンランナップハンガー21の両側の壁に多孔質層31と背後空気層32を設けた吸音装置である。
多孔質層31の面密度と背後空気層32の層厚を、ハンガー内で発生する超低周波騒音に基づいて決定する。エンジンランナップハンガー21の天井や側壁にも、同様の防音構造34,35を設置しても良い。
【0046】
図11には、本発明に基づき代表長さ100mに対応して選択した防音構造と従来設計に基づいた構造について、それぞれ吸音率の周波数特性を示す。
共鳴に寄与する代表長さ100mに対応して選択した防音構造は、吸音率のピークとなる周波数を21Hzになるように算出したもので、面密度1.6kg/m2のグラスウール板と厚さ5mの背後空気層で構成している。
なお、比較対象は、面密度6.4kg/m2のグラスウール板に900mmの背後空気層を設けたものとした。
【0047】
図11の選択構造によれば、18〜21Hzにおいて最高吸音率、約0.97を示し、その両側で吸音率は緩やかに減衰する。高周波数側と比較すると、低周波数側における減衰はさらに緩く、10Hzで0.87、5Hzで約0.6になる。したがって、これら構造体をエンジンランナップハンガー21に設備することにより、超低周波音は著しく減衰し、ハンガーの周辺に害を及ぼさない。
なお、天井やハンガー側面に設ける吸音装置は、上記の代表長さ100mに対して最適設計した構造体を用いないで、これより高周波の騒音に対する防音効果を目的とするものとしてもよい。
【0048】
上記各実施例では、多孔質層をグラスウールで形成した場合を主として説明したが、面密度が吸音特性を左右する重要な要素であることから、ロックウールやウレタンフォーム、あるいはフェルト地など、他の多孔質材料も使用することができることは明らかである。
また、閉空間内で発生する騒音を抑制するものとして説明したが、本発明の吸音装置は開放空間で発生する超低周波音に対しても吸音効果があるので、多孔質層と背後空気層で構成した構造体で騒音源を囲ったり挟んだりして防音する装置としても良いことはいうまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明第1の実施例に係る吸音装置を説明する断面図である。
【図2】第1実施例の吸音装置の垂直入射吸音率の周波数特性を表したグラフである。
【図3】本発明の吸音装置の1例を使って空気層の厚さが垂直入射吸音率に及ぼす影響を表すグラフである。
【図4】本発明の吸音装置の別例について空気層の厚さが垂直入射吸音率に及ぼす影響を表すグラフである。
【図5】多孔質層の吸音率周波数特性が面密度に基づいて決まることを検証するグラフである。
【図6】全幅が5mの装置において多孔質層の面密度と吸音率の関係を表すグラフである。
【図7】全幅が3mの装置において多孔質層の面密度と吸音率の関係を表すグラフである。
【図8】全幅が1mの装置において多孔質層の面密度と吸音率の関係を表すグラフである。
【図9】本実施例の吸音装置の空気層の中間にさらに多孔質層を設置したときの吸音率の周波数特性を表したグラフである。
【図10】本発明第2の実施例に係る吸音装置を説明する断面図である。
【図11】第2実施例の吸音装置の垂直入射吸音率の周波数特性を表したグラフである。
【図12】従来技術における超低周波音用吸音構造体を説明する断面図である。
【図13】図12に示した吸音構造体の吸音率周波数特性を表したグラフである。
【図14】従来技術によるエンジンテストセルの超低周波騒音用吸音装置の1例を示す断面図である。
【符号の説明】
【0050】
1 エンジンテストセル
2 吸気口
3 オーグメンター
4 排気口
5 ジェットエンジン
11 多孔質層
12 空気室
13 壁
14,15 防音構造
21 エンジンランナップハンガー
22 吸気口
23 航空機
24 排気口
31 多孔質層
32 背後空気層
34,35 防音構造
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多孔質層と背後空気層と壁面で構成され、多孔質層を超低周波音源に対面する側に配置し、多孔質層と壁面との間に厚さ2mから10mの背後空気層を有することを特徴とする超低周波音用吸音装置。
【請求項2】
前記多孔質層は0.5kg/m2から10kg/m2の範囲の面密度を有することを特徴とする請求項1記載の超低周波音用吸音装置。
【請求項3】
前記多孔質層はグラスウール、ロックウール、ウレタンフォーム、フェルトのいずれかで形成することを特徴とする請求項1または2記載の超低周波音用吸音装置。
【請求項4】
前記背後空気層の中間にさらに多孔質層を配置したことを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の超低周波音用吸音装置。
【請求項5】
共鳴に寄与する代表長さに対応して超低周波騒音が発生する建屋において、代表長さの方向にある壁面に厚さ2mから10mの背後空気層を介して多孔質層を備えて超低周波騒音を抑制した建屋。
【請求項6】
前記多孔質層は0.5kg/m2から10kg/m2の範囲の面密度を有することを特徴とする請求項5記載の建屋。
【請求項7】
前記建屋がジェットエンジンをテストする建屋であることを特徴とする請求項5または6記載の建屋。
【請求項1】
多孔質層と背後空気層と壁面で構成され、多孔質層を超低周波音源に対面する側に配置し、多孔質層と壁面との間に厚さ2mから10mの背後空気層を有することを特徴とする超低周波音用吸音装置。
【請求項2】
前記多孔質層は0.5kg/m2から10kg/m2の範囲の面密度を有することを特徴とする請求項1記載の超低周波音用吸音装置。
【請求項3】
前記多孔質層はグラスウール、ロックウール、ウレタンフォーム、フェルトのいずれかで形成することを特徴とする請求項1または2記載の超低周波音用吸音装置。
【請求項4】
前記背後空気層の中間にさらに多孔質層を配置したことを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の超低周波音用吸音装置。
【請求項5】
共鳴に寄与する代表長さに対応して超低周波騒音が発生する建屋において、代表長さの方向にある壁面に厚さ2mから10mの背後空気層を介して多孔質層を備えて超低周波騒音を抑制した建屋。
【請求項6】
前記多孔質層は0.5kg/m2から10kg/m2の範囲の面密度を有することを特徴とする請求項5記載の建屋。
【請求項7】
前記建屋がジェットエンジンをテストする建屋であることを特徴とする請求項5または6記載の建屋。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2007−139807(P2007−139807A)
【公開日】平成19年6月7日(2007.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−157817(P2004−157817)
【出願日】平成16年5月27日(2004.5.27)
【特許番号】特許第3580810号(P3580810)
【特許公報発行日】平成16年10月27日(2004.10.27)
【出願人】(000000974)川崎重工業株式会社 (1,710)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年6月7日(2007.6.7)
【国際特許分類】
【出願日】平成16年5月27日(2004.5.27)
【特許番号】特許第3580810号(P3580810)
【特許公報発行日】平成16年10月27日(2004.10.27)
【出願人】(000000974)川崎重工業株式会社 (1,710)
【Fターム(参考)】
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