説明

超短パルスレーザー集光と高電圧印加の併用による針状サンプル表層のイオン化方法、及びこれを使用した針状サンプル表層の分析方法

【課題】
従来の針状サンプルのイオン化には、針先にパルス高電圧を印加するか、あるいはナノ秒レーザーを照射していた。このようなイオン化の方法では3次元アトムプローブ電界顕微鏡においては、針状サンプルの破壊を招くか、あるいは加熱による温度上昇のため分解能の低下を招いていた。また、半導体や絶縁体の分析は極めて困難であった。
【解決手段】
電界蒸発が生じる閾値以下の高電圧を印加した波長より充分小さな曲率半径をもつ針状サンプルに対して、その針先に超短パルスレーザー光を集光することにより、針状サンプルの表層の原子をイオン化により順次除去し、内部に残留応力を有する針状サンプルを破壊することなく元素の3次元分布の分析を可能とし、さらに分解能を高めるだけでなく半導体や絶縁体の分析を可能とするイオン化の方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、針状サンプルの先端の原子のイオン化による除去方法に関するものである。さらに詳しくは、この発明は、高電圧電源による電圧印加と超短パルスレーザー集光による電圧印加とを同時に行うことにより、光の波長より充分小さな曲率をもつ針状サンプルの先端の原子を個々に順次イオン化により除去する方法に関するものである。又、この発明は、この除去方法を用いた針状サンプル表層の分析方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、レーザーを集光することで瞬間的に物体表面の温度を上昇させ、表面の物質の蒸気圧を高めることで原子化あるいはイオン化により穿孔や切断あるいは剥離を行うことができる。とりわけ、レーザーパルスの時間的長さがフェムト秒台の超短パルスレーザーの開発が進んだ今日では、蒸発させる部分以外の周辺の温度の上昇を防ぐことで加工精度を高めることが可能となっている。
【0003】
又、超短パルスレーザーの集光により原子力用ステンレス鋼材の表層の引っ張り残留応力硬化層を蒸発除去し、且つ、材料の内部の残留応力を引っ張り側から圧縮側に変化させる手法が提案され、原子炉内部のステンレス機器をはじめとする応力腐食割れの対策技術の開発が進められている。
【0004】
一方、先端部分が10nmオーダーの曲率半径の金属の針状サンプルに約10kVの電圧を印加することにより、針の先端部に発生する大きな電界強度の勾配を生じさせ、表層の原子をイオン化により除去する現象がアトムプローブ電界顕微鏡に利用されている。最近ではイオン検出器に位置敏感型検出器を導入し、針状サンプル表面からイオン化されたイオンの2次元分布を得ることができる。このイオン化を順次進めることにより針を構成する原子の3次元マッピングも可能である。
【0005】
超短パルスレーザーによる高精度加工結果については、加工のメカニズムとともに研究論文(非特許文献1)に示されている。また、熱影響を極力抑制した超短パルスレーザー蒸発をステンレス鋼材表面の残留応力改善に適用する技術については申請者により特許が出願されている(特許文献1)。また、残留応力3次元アトムプローブ電界顕微鏡に関しては、研究論文(非特許文献2)に装置製作を行う上での注意点が示されている。
【非特許文献1】S. Nolte, C. Momma, H. Jacobs, A. Tuennermann, B. N. Chichnov, B. Wellegehausen and H. Welling: J. Opt. Soc. Am. B, 14, 2716 (1997).
【特許文献1】特開2004-212833号(ステンレス鋼表面の超短パルスレーザー光を用いた応力除去法)
【非特許文献2】D. Blavette, B. Deconihout, A. Bostel, J. M. Sarrau, M. Bouet and A. Menand、Rev. Sci. Instrum, 64, 2911(1993).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
現在市販されている3次元アトムプローブ電界顕微鏡においては、針状サンプルに対して時間的に変化しない高電圧電源の電界を印加し、これに時間的にパルス状に変化する電界の印加を行うことにより針状サンプル表層の原子のイオン化を行っている。このため、針状サンプルは導電性を有することが必要であり、半導体や絶縁体を分析することが極めて困難であり、利用分野の拡大の障害となっている。また、金属のような良好な導電性を有するサンプルの場合でも、針状サンプル内部に残留応力が存在する場合には、パルス状の高電圧の印加によって針状サンプル自体が破損を招く。
【0007】
また、3次元アトムプローブ電界顕微鏡により原子レベルで高精度な分析を行うためには、針状サンプルの熱振動の抑制のため針状サンプルを極低音に冷却する必要がある。QスイッチYAGレーザー等を用いてレーザー蒸発を実施した試みはあるが、レーザーパルスの時間長さがナノ秒(10−9秒)台の長パルスのため針先が加熱され高精度な分析を行うことができない。このため、レーザーパルスの時間長さがフェムト秒台のレーザーパルスを針先に集光し、熱影響を抑制した状態での光による電界蒸発を行う研究が近年開始されている。しかしながら、フェムト秒レーザーシステムの取り扱いの煩雑さとその高額な維持経費およびレーザーシステムの不安定性の問題から、3次元アトムプローブ電界顕微鏡との組み合わせは研究段階に留まっている。
【0008】
この発明は、以上の事情に鑑みてなされたものであり、3次元アトムプローブ電界顕微鏡のレーザー光電界によるイオン化を容易にし、装置全体の小型化と消費電力の節約及び取り扱いの簡便化に寄与することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この発明は、上記の課題を解決するものとして、フェムト秒からピコ秒にかけての超短パルスレーザー光を針状サンプルの先端に高強度に集光することにより低エネルギーのレーザーパルスエネルギーにて分析に充分なイオン化を行う方法である。第一に、針状サンプルの半径はレーザー光の波長よりも短い曲率半径100nm以下とし、光電界強度の増大効果を利用する。第二に、高電圧電源を用いて数kVの高電圧を針先に印加する。高電圧の値は電界蒸発が生じる閾値以下とする。第三に短焦点レンズにより超短パルスレーザー光を針先に集光する。短焦点レンズの焦点距離は10倍の顕微鏡対物レンズの場合、4.5mm程度となり10ナノジュールのレーザーパルスエネルギーを直径10ミクロンの範囲内に集光できる。上記により、レーザー光の集光直径と高電圧の値を調整することにより針先近傍の電界強度を針先表面の原子がイオン化する値以上とすることができ、表層より原子を順次イオン化により除去できる。除去されたイオンはその質量と初期の位置により定まる軌道を描いて対向する位置敏感型検出器により計測される。従って、パルス高電圧のように針先の破損を誘引することなく、また、ナノ秒レーザーによる蒸発のように針先の温度上昇を招くことなく高精度な3次元アトムプローブ電界顕微鏡による計測が可能である。
【発明の効果】
【0010】
この発明によって、3次元アトムプローブ電界顕微鏡に対して、内部に残留応力を有する針状サンプルのパルス高電圧の印加による破損を完全に防止することを可能とし、加熱による温度上昇に伴い生じる前記顕微鏡における分解能の低下を防止する方法が提供される。さらに、この発明はレーザー装置の負担を著しく低減できることから、従来、分析が極めて困難であった半導体や絶縁体の分析を可能となる小型で高繰返しのレーザー組み込み型の3次元アトムプローブ電界顕微鏡を提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以上のように、この発明は、レーザー光の波長と比べて十分小さな曲率半径をもつ針状サンプルに対して、時間的に変化しない高電圧電源からの電界の印加と超短パルスレーザー光集光による時間的にパルス状に変化する電界の印加との双方を同時に組み合わせることにより、針状サンプル本体に破壊に至る過大な荷重をかけることなく針状サンプル表層の原子を順次イオン化により排除する原子の除去方法(請求項1)を提供する。
【0012】
また、この発明は、原子炉圧力容器内のシュラウド及び再循環系配管のステンレス鋼材料から作製した残留応力を有する針状サンプルに対して、針先の破損を完全に防ぐ3次元アトムプローブ電界顕微鏡にとって不可欠な針状サンプル表層の原子のイオン化による除去方法(請求項2)を分析サンプルの一態様として提供する。
【0013】
さらに、この発明は、アトムプローブ電界イオン顕微鏡における分解能を向上する技術(請求項3)、及び、レーザー集光点での電界強度を6〜103V/nmの範囲で調整することにより、針状サンプル表層に含まれる最もイオン化が容易なルビジウム原子から最もイオン化が困難な炭素原子に至る任意の元素を分析する方法(請求項4)を提供する。
【実施例】
【0014】
以下、本発明を実施例によってさらに詳細に説明する。
図1は、この発明の原理図であり、超短パルスレーザー光の集光によりパルス的に印加される電界によるイオン化によって、針状サンプルの表層から離脱するイオンの個々の位置と質量を同時に検出するものである。図1において、超短パルスレーザー光照射前の高電圧印加状態(上)、超短パルスレーザー光のパルスの選別照射と表層原子のイオン化(中)、イオンの飛行と位置検出(下)が示されている。
【0015】
実施例で用いた超短パルスレーザーは、モードロックレーザー発振器として標準的な性能を有する。すなわち、チタンサファイヤ結晶をレーザー媒質に用い、カーレンズ効果を利用するもので、レーザーパルス幅は150フェムト秒、パルスエネルギーは10ナノジュール、繰り返し周波数は78MHzである。
【0016】
パーソナルコンピューター(1)からの指示により、レーザー照射に先立って、高圧電源(2)より電界蒸発が生じる閾値以下の高電圧が針状サンプル(9)に印加される。一方、モードロックレーザー発振器(3)から生じる高い繰り返しのレーザーパルス列は、位置敏感検出器(4)による信号読み出し処理が追従可能な速度までパルスピッカー(5)により、レーザーパルスが間引かれる。現在、信号読み出し処理速度の制限から100kHzの繰返し周波数がアトムプローブ電界顕微鏡の限界である。光検出器(6)で検出したレーザー光をスタート信号としてタイマー(7)を駆動する。一方、レーザー光は顕微鏡対物レンズ等の短焦点レンズ(8)を通過して極低温に冷却された針先(9)に直角方向から集光され、針先近傍にはパルス的な高い電界強度が発生する。
図1(上)は、超短パルスレーザー光がパルスピッカーを通過しミラーで反射されレンズにより針先に対して直角方向から集光される直前の様子を示し、図1(中)は、超短パルスレーザー集光による光電界の印加と表層原子のイオン化の様子を示し、図1(下)は、繰り返されるイオン化により針先の原子は消失し、コピュータ内に原子の種類と位置のデータに変換される計測終了時の様子を示す。
【0017】
使用する超短パルスレーザーのパルスエネルギーと繰り返し周波数に依存してタイマー駆動のスタート信号は異なる。現在、再生増幅器付の超短パルスレーザーシステムでは繰り返し周波数10kHz、パルスエネルギー0.1ミリジュールのものが市販されており、このようなレーザーシステムを利用する場合には、実施例で行ったようなレーザーパルス列の間引きは不必要である。また、パルスエネルギーが発振器のみの場合に比べて著しく大きいため、短焦点レンズによる高強度の集光は不要である。
【0018】
超短パルスレーザーの集光によるパルス電界により、針状サンプルの表層の原子は温度上昇を招くことなく極低温のままイオン化する。発生したイオンは電界蒸発が起こる閾値以下の高電圧の電界により生じている電気力線に沿った軌道を描き(10)、位置敏感型検出器(4)に向かって飛行する。レーザー照射から位置敏感型検出器に到達するまでの飛行時間からイオンの質量を、また、位置敏感型検出器上の検出位置からイオン化した原子の針状サンプルの位置をパーソナルコンピューターにより解析し決定する。
【0019】
上記の過程は超短パルスレーザーシステムより針先に高い電界強度が印加される毎に繰り返される。原子の電界蒸発は最表層のみで生じるため、集積された個数に比例する深さ方向の座標が与えられれば、3次元の元素分布を得ることができる。
【0020】
図2は、超短パルスレーザー発振器からパルスピッカーにより切り出された単一のレーザーパルスである。前後にあるのは切り出し前のパルス列である。切り出されたパルスの偏向面は垂直偏向となっている。針状サンプルに照射する際には、針状サンプルの針の長手方向と偏向の方向が平行となるように1/2波長板を回転することで針先に有効なパルス状の電界を印加できる。
【0021】
原子の電界蒸発の閾値が、レーザー照射前に印加されている高電圧と切り出し前のパルス列による光電界強度との和より大きい場合、この原子のイオン化は生じない。切り出された単一のレーザーパルスによって、針先の電界強度が原子の電界蒸発の閾値を超えたときだけイオン化が生じる。
【0022】
図3は、超短パルスレーザー光を10倍の集光レンズにより炭素薄膜に集光したときの蒸発痕の顕微鏡写真である。この炭素薄膜は光透過性の基板に蒸着により形成した。写真では、レンズと炭素薄膜の距離を4.5mmから100ミクロン毎に変化させた。写真中の左から3列目が最小の蒸発痕であり、直径約20ミクロンであり、このときレンズと炭素膜の距離は4.7mmとなる。
【0023】
図4は、図3の枠内をレーザー共焦点顕微鏡による3次元表示した結果である。蒸発痕の中心に直径5ミクロン、深さ0.5ミクロンの蒸発孔があり完全に炭素膜の蒸発が認められる。超短パルスレーザー発信器からの単一パルスのエネルギーが10ナノジュールの場合、直径5ミクロン程度に集光することで、集光点の電界強度は、微小な針先の電界強度の増大効果と相まって、容易に最も電界蒸発が困難な炭素の103V/nmを超える。従って、1)レーザーパルスのエネルギー、2)集光直径、3)偏光面の回転、4)レーザー照射前に印加する高電圧のいずれか、あるいは複数を組み合わせることで任意の元素の原子をイオン化することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0024】
以上により、超短パルスレーザー集光による針状サンプルの表層原子の電界蒸発と、それによる3次元アトムプローブ電界顕微鏡による針先の原子の3次元マッピングの高度化が可能となる。
もちろんこの発明は、超短パルスレーザーシステムで使用されるレーザー媒質の種類に限定されるものではない。この発明に必要なパルス長さは1ピコ秒以下である。実施例で使用した超短パルスレーザーはチタンサファイヤ結晶をレーザー媒質に使用しており、パルス長さは0.15ピコ秒である。1ピコ秒以下の超短パルスレーザー光が発生可能なレーザー媒質として、チタンサファイヤの他にもネオジウムイオンを含むガラスや結晶がある。今後は一層の高出力を目指してイッテルビウムイオンを含むガラスや結晶を用いた超短パルスレーザーシステムが開発されている。この発明にはこれらの次世代の小型超短パルスレーザーの利用が望まれる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】波長より充分小さな曲率半径を有する針状サンプルに高電圧と超短パルスレーザー光が集光されてイオン化を生じ、加速されたイオンの飛行時間と検出位置から針先の元素の3次元マッピングを得る原理図である。
【図2】パルスピッカーにより切り出された単一の超短パルスレーザー光を示す図であり、コントラスト比をあえて悪くして切り出し前のパルス列も同じ図に示した。
【図3】超短パルスレーザー光により蒸発させた炭素蒸着膜の顕微鏡写真を示す図であり、落射照明による撮影のため黒く写る部分は蒸発により平滑度が失われている。
【図4】図3の枠内のレーザー共焦点顕微鏡による3次元表示を示す図であり、蒸発痕中央部に直径5ミクロン、深さ0.5ミクロンの蒸発穴が認められる。
【符号の説明】
【0026】
1 パーソナルコンピューター
2 高電圧電源
3 超短パルスレーザー(発振器)
4 位置敏感型検出器
5 パルスピッカー
6 光検出器
7 タイマー
8 短焦点集光レンズ
9 波長より充分小さな曲率をもつ針状サンプル
10 表層でイオン化し電気力線に沿って位置敏感型検出器に到達するイオンの軌跡

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザー光の波長と比べて十分小さな曲率半径をもつ針状サンプルに対して、時間的に変化しない高電圧電源からの電界の印加と超短パルスレーザー光集光による時間的にパルス状に変化する電界の印加との双方を同時に組み合わせることにより、針状サンプル本体に破壊に至る過大な荷重をかけることなく針状サンプル表層の原子を順次イオン化により排除することを特徴とする、超短パルスレーザー集光と高電圧印加の併用による針状サンプルからの原子の除去方法。
【請求項2】
前記サンプルが、原子炉圧力容器内のシュラウド又は再循環系配管のステンレス鋼材料から作製した残留応力を有する針状サンプルである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
針状サンプルに対して、時間的に変化しない高電圧電源からの電界を印加し、更に前記サンプルに対して、超短パルスレーザー光をアトムプローブ電界顕微鏡の短焦点レンズを通して集光することにより時間的にパルス状に変化する電界を印加し、針状サンプル表層の原子のイオン化を行い、イオン化された原子が、その表層における位置から電界により生じる電気力線に沿って位置敏感型検出器まで飛行した時間に基づいてイオンの質量を決定し、更にそのイオン化された原子の位置敏感型検出器上の検出位置から前記サンプル表層上の原子の存在位置を検知することを特徴とする、針状サンプル表層の分析方法。
【請求項4】
超短パルスレーザー光の集光強度を短焦点レンズの使用により高め、集光点での電界強度を6〜103V/nmの範囲で調整することにより、針状サンプル表層に含まれる最もイオン化が容易なルビジウム原子から最もイオン化が困難な炭素原子に至る任意の元素の原子をイオン化し除去し分析する請求項3記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−260780(P2006−260780A)
【公開日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−72440(P2005−72440)
【出願日】平成17年3月15日(2005.3.15)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】